聞かされた言葉に、秋子と静華の二人は思わず呆然としてしまった。

 二人にとってはそれほど衝撃的な名前だった。


「し、栞さん。もう一度聞いてもいいですか?」


 自分の可笑しな声を自覚しながら、秋子は再び栞に尋ねた。


「は、はい。その人の名前は………」


 もう一度聞いた名前はやはり聞き間違いなどではなく、よくよく女性との縁が深い人だと再認識することとなる。


「相沢……相沢祐一さんです」






 









 
宵闇のヴァンパイア




     第六話 姉妹の絆 <前編>







 









「相沢……祐一………。

 茶色がかった髪を肩ほどまで無雑作に伸ばして、端正な顔立ち。

 長身で引き締まった体付きで、少し意地悪な性格の相沢祐一さんですか?」


 顔を俯かせて、ぼそぼそと尋ねる秋子。…………はっきり言って不気味である。


「え、えっと、意地悪な性格かどうかは分からないんですけど外見は合ってます」


 豹変とも思える秋子の変化に顔を引き攣らせながら、栞は何とか答えた。

 静華はそんな秋子を横目で見やりながら、気づかれないようにため息を吐いた。


(あ〜、スイッチが入っちゃったみたい………。

 相沢祐一………どうしてアイツの女癖の悪さで私が苦労しないといけないんだろう…)


 別に祐一が栞を口説いたわけではない、そして栞が祐一に一目惚れしたわけでもない。

 それでも秋子の機嫌は悪くなるだろうし、静華はそのとばっちりを受けるだろう。

 好きな男の傍に自分の知らない女が居る、それだけで人の心は揺らぐ。

 特に秋子にとって祐一は特別な存在なのだ、ちょっとしたことにも反応してしまうのである。


「あの〜、相沢祐一さんを知ってるんですか?」


「ん?…ん〜、まぁね。秋子の家に居候してるのよ、彼」


「ではその人に会わせて下さい!」


 突然の興奮したような声に、静華と栞の二人だけでなく、ブツブツと何かを言っていた秋子も驚いて顔を上げた。


「あ。……そ、その、申し訳ない。私も柄にも無く興奮しているみたいです、すみません」


 集まった視線に、バツが悪そうに頬を掻きながら勇人はそう言った。


「う〜ん、会わせたいのはこっちもなんだけど。彼の居場所が分からないのよ」


「どういうことですか?水瀬さんの家で居候しているのでは無いのですか?」


「そうなんだけどね……、どこかに行ってて秋子にも分からないんだって、彼の現在位置」


 肩を竦めながら、静華はそう苦笑しながら言った。


「まぁ、明日中には見つかるでしょうから心配することは無いわ」


「………そうですか」


 そう返事する勇人だったが、その顔には焦りがありありと浮かんでいて不安な様子を隠せてはいなかった。


「そうだ……、相沢祐一という人物はどんな人なんですか?」


 焦燥感を誤魔化すかのように勇人は、静華に尋ねた。


「え?う、う〜ん……そうねぇ変わった人って感じかな?」


「変わった人………ですか?」


「うん。永遠の十七歳とか言って、初めて会ったときから姿が変わってないのよ。

 ちなみに私と初めて会ったのは、今から大体十八年前に会ったんだけどね」


「ほぉ……魔術師なんですか?」


 姿が変わってないというのは然程珍しいものでもない。

 ただそれには膨大な魔力か高額の薬品が必要となるので、それを行なう者は数少ない。

 しかも不老というだけで不死でもなく、老化も止まったりはしない。

 年月が経てば確実に肉体は衰えていくし、それに伴って若い頃の姿を維持するのが難しくなる。

 故にそれを行なう者は本当に少なく、ある意味珍しいとも言えるのだ。


「どうかしら、魔剣士というのが一番表現としては近いんじゃないのかな?

 私は彼が戦っているところを見たことないし、秋子から聞いたところによるとそういう表現になるんだけどね」


「貴女との面識は少ないのですか?」


「少ないなんてものじゃないわ、何せ一度も喋ったこと無いもの」


「は?」


 静華の言葉に勇人から間の抜けた声が出た。

 そして驚きの表情で静華を見る、その傍らに座っている栞もかなり驚いた表情で見ている。


「な、何よ。そんなに変なの?」


「まぁ、失礼ですが変わってますよ。

 一度も喋ったことの無い人をそこまで評価して、楽しそうに語る人を私は初めて見ました」


「えっ?」


 思わず静華は自分の顔を触ってみる。

 確かに頬が緩んできている……正直ところ静華は、自分は祐一を嫌っている……いや、祐一に嫉妬していると思っていた。

 だが違ったようだ、川澄静華は相沢祐一のことを結構気に入っているようだった。


「そうだったんだ………。

 ……って、今はそんなことどうでもよかったわね」


 静華が刹那、何を思ったかは不明だが、以前よりもほんの少し良い顔になった事は確かだった。


「まぁ、私のことはこれ位にして彼についての話を再開しましょう」


「お願いします」


「え〜っと、どこまで話したかな?………あぁ、どんな人物だったか、ね?

 う〜ん、これ以上は特に言うべきことは無いわね。

 他に言うべきことがあるとしたら…「ただいま〜」……誰?」


 静華が何かを言いかけた瞬間、誰かが美坂家に帰ってきた。

 静華としてはこの場にいる三人が全員だと思っていたので、勇人に聞いた。


「あぁ、長女の香里が帰ってきたんでしょう。最近はガーデンで色々と忙しいようですから……」


 そう言う勇人の顔は、どこか悲しげであり。

 隣に座っている栞に至っては、悲痛な感じですらある。

 そんな二人を訝しげに見る静華だったが、特に突っ込んだ質問はしなかった。

 音の具合から香里と呼ばれた女性は、リビングには来ないでそのまま上に上がろうとしているようだ。


「香里! 話があるからこっちへ来なさい!」


 勇人は声を張り上げて、娘を呼ぶ。

 一瞬だけ迷うかのように静かだったが、ややあって此方へ足音が近づいてきた。


「何? お父さん」


 リビングへ来たのは、ウェーブの掛かった茶色い髪の美女だった。


「香里さん?」


「えっ!? どうして秋子さんが此処にいるの!?」


 互いに顔を見合わせて、水瀬秋子と美坂香里は困惑と驚きの声を上げた。


「? 香里は水瀬さんと知り合いなのか?」


「え? う、うん。名雪のお母さんだから、何度か会ってるけど………」


「ほぅ、そうだったのか。

 水瀬さんがここに居るのには理由がある。

 実はな、栞が助かるかもしれないんだ。今度は、本当に」


 嬉しげに語る勇人に、香里は複雑そうな顔に、栞はそんな香里の表情を見て悲しげな顔になる。


「それにしても香里さんに妹が居たなんて…初耳ですよ。どうして言ってくれなかったんですか?」


 一応は立ち直った秋子が、香里に訊く。

 だが、香里は曖昧に笑うだけで何も答えなかった…………何も…………。


「とりあえずどういう事なのか説明してよ。私には何のことかサッパリなんだから」


「あぁ実はな…………」


 勇人が代表で香里に話し始めた。

 栞と秋子たちがここへ来てからの経緯と、栞の病についての推察。

 そしてそれを治す事が出来なかったこと………最後の希望として相沢祐一という人物ならば可能かもしれないということ。

 それらの事をやや興奮気味に話した。勇人もまた栞が助かることへの喜びが抑えきれないようだ。

 だが、そんな勇人をよそに香里の表情はどんどん曇っていき、栞の表情もそれに倣うように曇っていった。

 そのことに気づいたのは興奮していた勇人ではなく、横で聞いていた秋子と静華の二人だった。


「美坂さん、今日はこの位にしておきませんか?明日、改めて祐一さんをこちらを伺いますから……」


「おっと、これは失敬。随分遅い時間なのに……申し訳ない」


「いえ、では私たちはこれで…」


 そう言って二人は美坂家を後にした。

 様々な想いを残して………。






 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆








「どう思いますか、静華?」


「う〜ん、結構複雑そうね」


 暗い夜道を二人の美女は話しながら歩いていた。

 会話の内容………それは栞の病の事ではない。

 香里と栞……この姉妹のことについてだった。


「香里さんの態度から察するに、嫌っているわけではないが嫌いなふりをしていると、いった感じですね」


「うん、それは私も感じた………可哀相だけど第三者如何こう出来る問題じゃないしね……」


「えぇ………ですがこのままだと最悪のケースになることも……」


「ある……ってことよねぇ。はぁ、どうしたものかしらね」

 

 片手を額に当てて静華は思わずため息をつく。

 今のままでは遠からず香里か栞のどちらか……或いは両方が壊れる可能性がある。

 そのことに両親は気づいているだろうが、どうにも出来ないのが現状のようだ。

 

 「う〜ん………どうする?」 「こればかりは私たちの力ではどうすることも……当人たちの問題ですし……」

 

「だよねぇ………。でも、このままじゃあ………。  う〜ん、そうだ!相沢祐一にどうにかしてもらうとか?」

 

  冗談じみた口調で、静華が言うと秋子は思案するような顔になった。

 

「良いかも知れませんね……」

 

「え!?……マジ?冗談だったんだけど…」

 

「私は大真面目です」

 

 はっきりと言う秋子に、静華は本気なのだということを理解した。

 

「ふ〜、分かった。あなたが信頼している彼だもんね、私もそう信じることにするよ」

 

「えぇ、信じてください……私を、そして祐一さんのことを」

 

 秋子らしい暖かな微笑を浮かべて、秋子は静華にそう言った。

 その言葉を聞いたときの静華の心には、現金だが先程までの不安は一掃されているのだった。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「ただいまぁ〜………って言っても誰も「……おかえり」え?」

 

 静華は秋子と別れた後、まっすぐ家に帰ってきた。

 誰もいないと思っていた家の中から、誰かの返事が返ってきた。

 

「……舞?どうしたの、今日は随分と早いのね」

 

 静華の視線の先にいるのは、彼女の娘である舞の姿があった。

 いつもはもっと遅い時間までガーデンにいるのだが、今日は随分と早い。(それでも充分遅い時間だが)

 何かあったのだろうか?と、静華は若干不安になる。

 

「もう……行かなくていい」

 

「え?」

 

 何時も通りの、言葉の足りない舞の言葉。

 長い間一緒にいる舞のことなので、静華には大抵のことなら理解出来る。

 しかし、唐突な言葉に静華は一瞬思考が停止した。

 それだけ舞の一言は、静華を驚かせた。

 

「もうガーデンには行かなくていい……」

 

 固まってしまった静華を見て、舞は理解出来なかったんだと勘違いして、今の言葉を言い直した。

 

「ま、舞じゃあ『まもの』はもう居ないのね?」

 

 静華は、舞がガーデンで何をしているのかぐらい知っていた。

 無論、『まもの』が何であるのかすら………。

 それでも静華は何も言わなかった、………いや、何も言えなかったと言うべきか………。

 何故『まもの』が生まれたのかを、舞は頑なに喋らなかった。

 それは今から八年ほど前のこと………当時、十歳の舞は並々ならぬ決心を元に『まもの』を生み出した。

 それから数日の間はその理由を覚えてをいたのだが、『まもの』を生み出した代価か、その記憶は急速に薄れていった。

 静華はその理由を問い質そうとしたが舞は一切語らず、やがて舞自身も忘れてしまった。

 『まもの』が何であるかを………。

 

「『まもの』じゃない、アレは私……」

 

「!! あなた記憶が!」

 

コクリ

「……全部思い出した」

 

 失われた筈の記憶………、舞はそれを取り戻した。

 それはつまり舞が嘗て持っていた能力の復活を意味する。

 それを舞は知らない、舞は自分を知らないが故に………。

 しかし静華は知っている、舞の能力の燐片を………それがどんな意味を示しているかも………。

 だからこそ静華の胸中は複雑だった、舞を知っているが故に………。

 

「お母さんに紹介したい子が居る」

 

「え?……あ、ごめん、何?」

 

 思考の海に埋没していた静華は、舞の言葉で現実に引き戻されるが、咄嗟に反応できなかった。

 

「紹介したい子が居る」

 

 舞は特に気にする訳でもなく、もう一度同じ言葉を言う。

 

「紹介したい子?………う〜ん、舞の彼氏とか?」

 

 気を取り直して、からかう様な口調で言う静華。

 完全に冗談なのだが、純粋な舞はきっと顔を真っ赤にしてチョップしてくれるだろうと思っての言葉だった。………が。

 

「……………今日は違う。でも、今度紹介する」

 

 確かに顔を真っ赤にしている、しかしその言葉は予想していなかった。

 

「……………モシカシテ、スキナヒトガデキタノカナ?」

 

 思わずおかしな口調になってしまうほど、静華は驚いてしまった。

 しかも次の舞の行動に、完全に思考が停止してしまう。

 

コクン

「……………」

 

 耳どころか全身を赤くして、さらに恥じらいを全面に押し出しながら舞は頷く。

 それが止めとばかりに、静華の思考は完全に停止した。

 

(舞………それは萌えすぎよ)

 

 ………と、謎の言葉を心の中で呟きながら。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、祐一さん」

 

「あぁ、ただいま」

 

 舞との一件の後、祐一は現在の住処である水瀬家に帰ってきていた。

 秋子に少し怒られるくらいは覚悟していたが、予想に反して秋子は何時も通りの微笑を浮かべている。

 少なくとも、表面上は………。

 

「食事にしますか?それともお風呂にしますか?」

 

「取り敢えず飯にする」

 

 ちょっとした夫婦のようなやり取りをしつつ、二人はリビングへと向かった。

 

「ん?………秋子、レンはどうした?」

 

 何時もなら、祐一が帰宅すればすぐに擦り寄ってくるはずのレンが居ない。

 そのことを不審に思い、秋子に尋ねるが……。

 

「さぁ?部屋で寝ているのでは?」

 

 ……と、軽く返されただけだった。

 まぁ何かあれば念話をするだろうと思い直すと、祐一は取り敢えずは気にしないことにする。

 

「じゃあ、すぐに用意しちゃいますね」

 

 そう言うと秋子はキッチンに姿を消した。

 特にすることも無く暇だった為、祐一はボ〜っとテレビを見ることにする。

 しばらくすると、キッチンの方から祐一を呼ぶ秋子の声が聞こえてきた。

 

「祐一さん、用意が出来ましたよ」

 

 牛丼を多少食ったが、まだまだ食える成長期(?)の男の子なので。

 若干早めのスピードでキッチンに向かった。

 

「さぁどうぞ」

 

 キッチンに入り、祐一がテーブルの料理を見た瞬間に秋子はそう言った。

 しかし、祐一からすれば何がどうぞなのか分からない。

 テーブルの上にあるのは、芳ばしい匂いのするトーストと一杯の紅茶だった。

 朝食のメニューならば分からないでもない、しかし今は夜だ。

 とても夕食のメニューとは掛け離れたもののような気がする………。

 

「どうかしましたか?」

 

 秋子は何時もどおり振舞っている。

 だがテーブルの上のメニューを見て確信した、秋子は怒っている…と。

 

「秋子、連絡も無くこんな時間まで出かけていたのはすまなかったが、これは酷いんじゃないのか?」

 

「何を言っているんですか?私は怒ってなんかいませんよ」

 

 秋子は微笑を崩さず、平然と言ってのけた。

 やれやれと、祐一はため息を吐くと腹も減ったのでこれで我慢することにする。

 

「まぁいいか………」

 

 取り敢えずトーストを取り、そのまま齧り付く。…………パンの味だ。

 

「マーガリンは無いのか?」

 

「祐一さんはマーガリンが好きなんでしたっけ?」

 

「別にそうじゃない。ただ甘いものは苦手なだけだ」

 

 そう祐一が言ったとき、秋子の目がキュピ〜ンと光った気がする………。

 

「甘くないジャムもありますよ」

 

 そう言って取り出したのはオレンジ色のジャムだった。

 

「こいつが?………何のジャムなんだ?」

 

「企業秘密です♪」

 

 口元に指を当てて、悪戯っぽく秋子はそう言った。

 どうも怪しい……そう思わないでもなかったが、特にそれ以上訊く事はなかった。

 

「じゃあ、少しだけでも食ってみるか」

 

「じゃあ塗りますね」

 

 ニッコリと微笑みながら秋子はジャムを少しだけ塗ろうとするのだが……。

 

「キャ♪」

 

 かなり態とらしくトーストの上にジャムを大量に落とした。

 

「ごめんなさい祐一さん、ジャムをかけ過ぎてしまいました」

 

 口調は申し訳なさそうなのだが、その顔は何かをやり遂げたように晴れやかだった。

 

「…………まぁいいさ、特別多いという訳でもないしな」

 

 今一秋子の意図が読めず、祐一は訝しげに秋子を見ながらそう言った。

 

「そうですか、なら残さず食べてくださいね」

 

「あ、あぁ」

 

「残さず食べてくださいね」

 

「分かってる、残さず食べるよ」

 

カシャ

 

 僅かな音が聞こえ、そちらをよく見ると秋子がテープレコーダーを握っていた。

 どうやら今の言葉を録音していたようだ。

 そして秋子はニヤリ……と、怪しく哂った。正直、かなり不気味である。

 

「さ、食べてください」

 

 ここにきて漸く秋子の意図が判った、秋子はこのジャムを食べて欲しいのだ。

 その理由は未だに不明だが………。

 とはいえ、ここまできた以上は食べないという訳にはいかない。

 

「分かったからそんなに急かすなよ」

 

 嫌な予感をひしひしと感じつつ、トーストを手に取る。

 口にトーストを近づけると、何故か本能的に捨てたくなった。

 無論そんなことは出来ないので、理性で必死に捨てないように自制する。

 

「毒じゃないんだよな?」

 

「ふふっ………」

 

 一応訊いてみるが、秋子は微笑むばかりで答えない。

 不気味さが増すばかりで、真意が得られなかったので祐一は聞いたことを後悔した。

 

「さぁさぁ」

 

 秋子はズイっと手で勧めてくる。

 逃れられないことを悟り、祐一は遂に意を決してトーストを口に含む。

 咀嚼して、傍らに置いてあった紅茶で流し込む。

 そして飲んでから気づいた、その紅茶はロシアンティーで、オレンジ色のジャムが入っていることに……。

 一瞬だけ凍りついたように固まる祐一だったが、そのまま流し込む。

 妙な静寂が流れる………。ややあって祐一は口を開いた。

 

「ふぅ、美味いな」

 

えぇ!?

 

 祐一の言葉を聞いた秋子は、何言ってんだこのキチガイは?という目で、祐一を見た。

 そんな秋子の様子を見た祐一は、その様子に眉を顰める。

 

「おい、何だよその目は?お前が食べさせたんだろ」

 

「そっちはどうでも良いんです!……………本当に美味しかったんですか?」

 

 恐る恐る尋ねる秋子に、祐一は何でもないかのように返答する。

 

「あぁ、美味かったぞ」

 

「そ、そんな馬鹿な…………」

 

 驚愕の表情のまま、秋子は後ろに一歩後退する。

 

「こ、これが美味しいはずが………。

 そ、そうだコレは違うジャムだったとかで………」

 

 かなり動揺したままスプーンを手に取り、オレンジ色のジャムを掬い。

 それをそのまま口に運ぶと………。

 

「うっ!!!………」

バタリ……

 

「あ、秋子!?」

 

 バッタリと秋子は床に倒れこみ、完全に気を失った。

 祐一は何が何だか分からないといった表情のまま、取り敢えずは秋子を介抱するのだが全く目覚める気配が無い。

 

「まいったな……。

 仕方ない、部屋に運んでやるか」

 

 そう言うと祐一は秋子を抱き上げ、そのままキッチンを後にした。

 秋子の部屋は一階にあるので、部屋にはすぐ着いたのだが……。

 

「む……鍵が掛かっているな」

 

 扉には鍵が掛かっており、開けることは出来ない。

 秋子のポケットも探ってみるが、何も見つからなかった。

 

「チ……俺の部屋に運ぶしかないか。この時間じゃ、名雪は無理だろうしな」

 

 秋子の娘である名雪のことが脳裏を掠めるが、現在時刻を思い出して頭を振った。

 この時間に起きていたとしたら、それは名雪ではなく名雪のソックリさんに決まっている。

 それが名雪を知る者の共通の認識だろう。

 酷いと言う無かれ、どう言い繕っても名雪の持つ実績は覆らないのだから。

 

カチャ

「ん?誰か居るのか?」

 

 暗い祐一の自室の中で、蠢く影があった。

 それを注意深く見ようとして、祐一は目を細めてすぐに止めた。

 その影の正体が分かったからだ。

 

パチッ

「何をしているんだ、レン?」

 

 軽い音と共に部屋の電灯が灯った。

 そこには掛け布団を頭から被り、丸くなってベットの上でプルプルと震えているレンの姿があった。

 

「ある…!!」

 

 祐一を呼びながら抱きつこうとしたレンは、祐一の腕の中に居る秋子の姿を見て顔を蒼褪めると、すぐに元の状態に戻る。

 

「どうしたんだ、レン?」

 

「秋子は危ない!」

 

 何時も物静かなレンが怯え、興奮したような声で叫んだ。

 

「危ない?何が危ないんだ?」

 

「お、おれオレン……い、言えない」

 

 今にも泣きそうな声で、レンはそこまで言うと一層震えだした。

 

「オレン………オレンジ色のジャムのことか?」

 

「ッ!!」

 

 今にも泣き出しそうな目で、祐一を見るレン。

 そしてその目には、明確なまでの怯えの色があった。

 

「どうして知ってるの……?」

 

「どうしてって……さっき食べたんだが?」

 

「ッ!!!!」

 

 信じられない……あなた何者?という感じの目で、祐一を見るレン。

 対する祐一は何が何だか……といった顔で、困惑の度合いを増していくばかりだった。

 

「じゃ、じゃあ分かるよね?」

 

「分かる?…………何のことだ?味も悪くなかったし、何も可笑しなところは無かったと思うが」

 

「!!!!」

 

 レンは口をパクパクとさせて、驚愕の表情のまま固まってしまう。

 対して祐一は何をそんな反応を示すのか理解できないといった表情で、首を捻る。

 とはいえ、何時までもこの状態のままというわけにはいかないので、ベットに近づく。

 レンは呆然として動くことは無かったので、ベットの上に秋子を寝かせる。

 

「さて、今日はもう寝るか。

 レン、何時までそうしてるつもりだ?」

 

 そう声を掛けると、漸くレンが我に返った。

 

「大丈夫なの、主!?」

 

 弾けた様に叫びながら祐一に抱きつくと、レンは不安げな目で主である祐一を見ている。

 ちなみに、この時レンが不安に思っているのは祐一の脳である(←酷ッ!)

 まぁ、あのジャム……否、邪夢を食って美味いという祐一の味覚は心配した方がいいだろう。

 

「別に、どうってことは無いが………そんなにヤバイ代物だったのか?

 

フルフル

「…………」

 

 喋りたくも無いのか、レンは目と耳を塞ぎ必死に首を横に振った。

 レンは怯えきっているし、秋子は気絶中、名雪は夢の中、ジャムのことを知るのは明日以降だと判断して今日はもう寝ることする。

 掛け布団を引き寄せ、レンと秋子を引き寄せると目蓋を閉じる。

 『鍵』のことも無論気になるが、どうやらこの国でやらなければならないことが多いようだ。

 舞のことは一応の解決はした。だが、この国での縁はまだ切れてはいない。

 まだまだやることが多そうだ……そう心の中で呟く。

 その中でも一番気になるのは…………………あのオレンジ色のジャムのことだった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと両腕に僅かな痺れ………片方は見慣れたレンの姿、もう片方は秋子の姿だった。

 その表情は昨日の出来事が嘘のように安かであり、起こすのは躊躇われた。

 よって祐一は、二人を起こさないように細心の注意を払ってベットから抜け出した。

 素早く着替えると、部屋を出る。

 部屋には麗しき姫君が二人、そして祐一が向かう先には静寂を打ち砕くものたちが待っていた。

 しかし彼らが本来の役割を果たせたことは無い。

 何故なら、彼らの戦う相手とは猫好きの眠り姫なのだから……………。

 

 

 

 

 

「う〜う〜」

 

「む、火事か?物騒な世の中だなぁ、名雪」

 

 祐一を恨めしげに見ながら唸っている名雪に対して、祐一は平然とそう言った。

 

「う〜、違うよ〜酷いんだよ祐にぃ」

 

「何がだよ?お前が起きないのがいけないんだろ?」

 

「だからってあのジャムは酷いんだよ〜!危うく天に召されるところだったよ〜!!」

 

 名雪の言っているジャムとは、例の……そう昨夜のジャムのことである。

 祐一の実験台として名雪の口の中に無理やり突っ込んだのだ………あの邪夢を!!

 ちなみにその時の名雪の反応は、バネ仕掛けの人形のごとく跳ね起きた後。

 バッタリと倒れこみ、そしてピクピクと痙攣していた………。

 

「むぅ、確かにあの反応はやばかったな。一瞬死んだかと思ったぞ」

 

 いやぁ参った参ったという感じで、祐一は笑いながらそんなことを言う。

 その様子を見て、名雪は益々不機嫌さを増して祐一を睨む。

 

「二人とも朝から元気ね………」

 

 そんな二人に呆れた様な声を掛けたのは、名雪の親友である香里だった。

 二人は香里の方へ向き直り、何時も通りの会話をしようと思ったが、香里の目を見てそれが不可能だと悟った。

 酷く思い詰めた様な目で、香里はじっと祐一の方を見ていた。

 先程の呆れたような声も、これを悟らせない為のポーズだったのだろうが、この目を見ればそれは無意味である。

 

「どうしたの香里?何かあったの?」

 

「別に………何も無いわ」

 

 明らかに嘘と分かる嘘をつく香里、恐らくその嘘は自分自身すら騙せていない……。

 

「香里、何があったか全て話せ。

 で、なければ家に引き返すことだな」

 

「どうしてよ………」

 

「言わなくても分かってるんだろう?そう言えるほど、お前の今の状態が酷いことに………」

 

 続く祐一の言葉に、香里は何も言えなくなる。

 周囲には痛い沈黙が流れた……。

 

「授業の………授業の前に付き合ってくれるかしら?」

 

 そんな沈黙の後、香里はまっすぐに祐一を見据えながらそう言う。

 香里の視線を真っ向から受けながら、祐一はただ静かに頷いた。

 

「名雪、祐一君を借りてくわ」

 

「香里!!」

 

 香里の言葉に、名雪が思わず叫ぶ。

 その先の言葉出なかったが、彼女の瞳がそれを代弁していた。

 "私は行ってはいけないのか?=c…と。

 香里はその言葉を背中で拒絶し、言葉で諌めた。

 

「ごめん………今は、今は待って。

 私も……どうすれば良いのか分からないから………」

 

 香里の声は震えていた………、しかし彼女の瞳が涙で濡れることは無い。

 自分の大罪を自覚しているが故に、その償いの一つに泣く事を禁じたのだから……。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 ガーデンの屋上。

 昼休みには何人かの生徒が食事を楽しむ場だが、今はたった二人を除いて誰もいない。

 一人は美坂香里、一人は相沢祐一、一時間目の授業をサボった二人がここで向き合っている。

 学園生活にありがちな甘酸っぱい恋模様は二人の間には無く。

 代わりにあるのは、ただただ重苦しい空気だけだった。

 

「さて、いい加減に話したらどうだ?

 俺を呼び出した理由………まさか初めて会った時から好きでした、何て言うつもりじゃないんだろ?」

 

「もしそうだったらどれだけ楽だったかしらね……」

 

 祐一の軽口に、香里は僅かに笑う。

 だが、その笑顔もやはり翳りがあった。

 

「ふむ。その様子だと自分のことじゃないな、妹の栞のことか?」

 

「!! あなた知ってたの!?」

 

「ふっ、栞とは会ったことがあるしな。それに『魂の在り方』が似ているのは姉妹特有のものだからな」

 

 何でもないことのように言う祐一だが、『魂の在り方』なんて普通は分かるようなことではない。

 とはいえ、香里は祐一の言葉に異論を挟んだりはしなかった。

 それは祐一がこういった不思議なことを言うのが、初めてでは無いからだ。

 最初は気にしていたものだが、今は然程気にするほどのことでもない。

 尚且つ今はそんなことを気にするほどの余裕が、香里には無かった。

 

「そう………」

 

「何だ、反応が薄いな………つまらん」

 

「悪いけど、今は冗談を聞いている気分じゃないの。

 栞のことを知ってるのなら私の言いたいことが分かるでしょ……」

 

 仕切り直すように香里が言い、そして目で問いかける。

 祐一はそんな香里の様子を見て、ガリガリと頭を掻くとハァと息を吐く。

 

「『ヤツ』のことか………」

 

「やっぱり気づいてるのね、栞の体の中に魔物が巣食っている事に………」

 

「無論だ。ある程度の実力者なら、誰だって見抜けるほどあの術式は荒いんだぞ」

 

 ま、それを解呪出来るかどうかはまた別だが……と、祐一は後に続けた。

 

「術式?何を言ってるの、アレは魔物が取り憑いたんじゃ………」

 

「お前こそ何を言ってるんだ?アレは『召喚呪詛』と言う古代語魔術の禁呪の一種だぞ」

 

「!!?」

 

 祐一から語られる事実に、香里は驚愕の表情へと顔を変化させた。

 

「召喚呪詛というのはな、魔物を人間に取り憑かせる術だ。

 こう言うだけなら陰陽術の『憑鬼の術』に似ているが、その効力は半端じゃない。

 憑かせる魔物によっても効果は変化するが、例えばオーガを憑かせた場合………人は内側から喰われる」

 

 淡々と説明する祐一の言葉を聞いて、香里からはどんどん血の気が引いていった。

 

「あまりにも外法ということで古代語魔術の中でも禁呪なった術だ。

 無論、解呪の困難さも一級だからでもあるんだが………」

 

「どうすればいいの…………あの魔物を祓うにはどうすればいいの!!?」

 

 祐一から語られる事実に耐え切れず、香里は叫ぶように詰め寄った。

 

「解呪の方法は唯一つ、中にいる魔物を倒せばいいんだ」

 

「中…ってまさか!?」

 

「そう、栞の精神世界へと行くんだ。そしてそこで魔物を殺す………」

 

 精神世界………つまりは心の中へ入るというのだ、祐一の言う唯一の方法が………。

 そんな魔術は存在しない……よって栞の解呪は…………。

 

「不可能…………なの………?」

 

 膝を突き、打ちひしがれた表情で香里は呆然と呟く。

 栞が助かるかもしれないという夢は……儚い幻想だったという余りにも残酷な現実……。

 香里の意識は、暗い闇の中に放り出された………絶望という名の闇に………。

 

「不可能ではない」

 

 闇を切り裂くような鋭い声。

 いつもはふざけた態度ばかりの祐一が、真剣な眼差しで香里を見ていた。

 

「でも……精神世界になんて…「行く方法はある」…え?」

 

 呆けたような顔で、祐一を見る香里。

 そんな香里を鋭い眼差しで見やりながら、言葉を続けた。

 

「細かい話は省くと栞を助ける方法はあるということだ。

 だが、栞を助けるかどうかはまだ決めてないし、お前には二つほど聞いておきたいことがある」

 

 相変わらず呆けたような顔で祐一を見ている香里に、祐一は疑問を投げかけた。

 

「一つは栞を助けようとする理由。

 そしてもう一つは、何故お前が取り憑いている魔物を知っている?」

 

 そう言った時、香里の体は明らかにビクリと震えた……。

 

「な、何を言ってるの、私が魔物を知っているわけが…「嘘だな」…………」

 

 香里の言葉を遮った祐一の一言に香里は沈黙し、顔を俯かせた。

 

「さっきお前は、『あの魔物』と言った。

 これはその魔物を知っているからこその表現だ、知らないものなら『その魔物』と言うだろうからな」

 

 祐一がそう言うと、二人の間に沈黙が舞い降りる。

 それ以上は何も言わない祐一。

 何も語らない香里。

 沈黙は長く…二人の間に鎮座し、二人を包み続けた………。

 そんな沈黙を破ったのは、香里の方だった……。

 

「私が……四歳の頃だったわ……」

 

 香里は語る…………過去の…………罪の始まりを……………。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 当時の私は、日に日に弱っていく栞を姉として何とかしようと必死だったわ。

 子供の私にはよく解らない医学書とか魔道書を幾つも読んだわ。

 何かしないと私も辛かったから…………。

 そして努力すれば何時かは栞が治る………そう信じていたわ。

 

 

 そんなものは………単なる夢想だと気づかされたあの日まで…………。

 

 

 

 

 

 

 あの日………なぜか真夜中に目が覚めたの。

 肌寒くて、蒼褪めたような月の夜だったわ……。

 

「………なんだろう?」

 

 下の部屋から何か音が聞こえてきたの。

 栞は三歳だったから夜泣きじゃないし、不思議に思って音のする方へ歩いていったわ。

 私は自分の部屋を貰ってたけど、栞はまだ両親と寝てたのよ。

 そして両親の部屋の扉をそっと開けたわ。

 部屋の中には光が溢れてた………今なら分かるけどあれは両親たちを眠らせるためのモノだったんでしょうね。

 そこにはローブを被った……たぶん女が居たわ。

 その女は栞に何かをしていた……何かは分からない……でも絶対良いことじゃない!

 だって、だってその時の女の顔は禍々しく哂ってたのよ!?

 

 ……やがて魔法陣から一人の女の人が出てきて、栞の中へ入っていったわ………。

 

 私は………怖くて何も出来なかった………怖くて怖くて泣き出しそうだった……弱い私はただただ震えることしか出来なかった。

 次の日から栞の症状は一気に悪化したわ。……でも、両親には何も話さなかった。

 怖かったの……栞に憑いたあの女の人が……女の人を栞に憑けたあの魔術師が………。

 いつか……自分にもあの化け物を憑けようとするんじゃないかって………。

 

 

 これが…………………私の罪。

 

 

 私はそれまでにも増して栞を助けようと必死になったわ。

 それは偽善……他の誰に言われるまでも無く、誰よりも私自身が理解していたわ。

 でも、栞はそのことを感謝し、私を頼り始めた………。

 栞が無邪気な顔で感謝するたび…………私は良心の呵責に押しつぶされそうだった…………。

 けど……それは私に課せられた償いであり、罰だと思って助ける努力をしたわ。

 

 

 でも…………私にはそんな罰すら受け切れなかった。

 

 

 私が高等部に上がる前に、医者が宣告したわ。

 

「残念ですが、栞さんの命は高等部卒業どころか、二学年まで保つことは無いでしょう。

 それどころか栞さんの命は、何時終わりが来ても可笑しくない状態です。

 ですので、栞さんには………………」

 

 そこから先のことはよく覚えてないわ。

 でも、気が付いたら栞の病室の前まで来ていた………。

 病室の扉を開けて、栞を励まそうとした時……………。

 

「ゲフッ……ゴホッ、ゲフッ………………あ、お姉ちゃん」

 

 血を吐き出し、蒼白で苦しそうな顔になりながらも栞は私を見つけて笑ったわ。

 儚げな笑顔………14歳の子供がするような笑顔じゃなかった。

 私は栞に笑顔を見せようとして………………………………逃げたの。

 病院を飛び出し、町を駆け抜け、どこまでも逃げたわ。

 やがて森の付近まで来たとき、私は漸く逃げるのをやめた………。

 そして続けてやったのは拳を木にた叩きつけること………。

 何度も……何度も殴ったわ。血が滲んでもお構い無しだった。

 呼吸が出来なくなるほど激しく殴り続けたわ……。

 それは呼吸困難で倒れそうになった時まで続けたわ。

 その後にしたことは後悔………。

 

 逃げてしまったことへの後悔。

 あの日助けられなかったことへの後悔。

 今までの自分がしてきた偽善への後悔。

 

 色んな後悔の果てに私は決めたわ。

 二度と泣かないことを……。

 強くなり続けることを……。

 栞の死と共に、自らの命を絶つことを……。

 

 

 この三つが……………私の罰。

 

 

 そして、私は栞を居ないものとして扱ったわ………。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「これが………私が魔物を知っている理由。そして、栞を助けたい理由でもあるわ」

 

 語り終え、最後に付け足すように香里はそう言った。

 

「なるほど、麗しき姉妹愛といったところか……」

 

「そんなのじゃないわ、私はただ………栞のことが好きだから………。

 あの子が笑っていられるようにしたい…………。

 そしてこれは償いであり罰だから……栞への償い……私への罰………」

 

 香里の独白のような言葉を、祐一はただ静かに聞いていた。

 その後、再び沈黙が舞い降りたが、それを破ったのは祐一の方だった。

 

「合格」

 

「え?」

 

「香里は合格だ。

 あとは栞が合格なら、栞の命は助けてやろう」

 

――――‐ぁ!!」

 

 祐一の言葉に、香里は声にならない歓声を上げた。

 長かった……長かった贖罪の日々。

 これで栞は解放される……祐一の言う、忌まわしき呪詛から……。

 

「さて、今度は栞の番だな」

 

「えぇ!こっちよ、栞は自宅で待っているから!!」

 

 逸る気持ちを抑えることが出来ず、祐一の手を引いて家へと向かう。

 祐一はそんな香里を見て、苦笑すると共に考え事をしていた。

 

(やれやれ………まだ栞が助かると決まったわけでもないのに……。

 次は栞を試す番だが、香里を試すことにもなるだろうな。

 はてさて、この姉妹の絆はどれほどのものかな?

 その絆が薄く、細いものならば彼女たちに待ち受ける運命は………双方の死に他ならないだろうな)

 

 祐一の冷たき思考……。

 香里と栞の運命は祐一と出会った事により、どのように流転していくのだろうか………。

 

 

 今はまだ……誰にも分からない………。












  
To Be Continued......












あとがき

 

 な、長ぇ!!いつもの二倍も書いてしまった………あぁ、私は放たれし獣です。

 いやぁ〜疲れました、なんか一部筆が暴走してギャグが入りましたけど、お気になさらず。

 栞を救うイベントは次回まで持ち越しです、申し訳ない。(汗

 よって『鍵』の話も遅くなってしまいます。(滝汗

 今年中に七話書き上げる予定ですけど………たぶん大丈夫だと思います。

 次回はバトルが多いので、そこら辺を書き上げるのは私的には楽なので。

 では、あとがきはこの辺で。ご意見、ご感想をお待ちしております。

 これより以下は設定です、世界観等

 

 

 

古代語魔術(=ハイ・エンシェント)

 

 旧世界(千年以上前の世界)で使われていた古代語を使用した魔術。

 習得は恐ろしく困難ですが、魔術である以上は習得できないということはありません。

 ただ、中位以上の魔術はほぼ才能がなければ習得不可と言われています。

 ちなみにこのSSでは、古代語は「ウォー・イェタギ・ツェニイ・イア」などカナ表記です。

 

 

 

陰陽術

 

 符と印を使った魔術。

 符は紙に特殊な文字書いた物のことを言い、印とは手を組み合わせた時の形のことを言う。

 これら両方、或いは片方を使用して術を構築する。

 五行相克という特殊な考えの元に使われている。

 ちなみに以前、美汐が使った術もこの陰陽術である。

 

 

 

憑鬼の術

 

 陰陽術で使われる魔術の一種で、強化系の魔術。

 精霊や式神などを対象に取り憑かせて、一時的に様々な能力を強化する術。

 ただこれは肉体に掛かる負荷が激しく、長時間の使用には向かない。

 

 

 

召喚呪詛

 

 古代語魔術の中でも、禁呪に指定されている恐るべき外法。

 精霊や式神など人に対して友好的な存在ではなく。

 魔物など、人に対して有害な存在を魔術儀式で取り憑かせる魔術。

 その効力の程は外道の一言。

 人間は内側から喰われ、生きている間は恐ろしい苦痛を味わい続ける。

 ちなみに憑かせる魔物によって、その効果は変わってくる。

 解呪の方法は対象の内側……精神世界に入り、内部にいる魔物を倒すしかない。






管理人の感想


 放たれし獣さんから第6話をいただきました。感謝感謝です。

 前編でこのボリューム。 長さでは私のSSも抜かれてしまいました。(笑

 次回で栞は救われるのかな?



 今回の目玉は謎ジャムを普通に食った祐一でしょうね。

 私のSSでは食って倒れるようなジャムではないんですが、kanonSSではこのタイプがスタンダードなんでしょう。


 レンにも効いた事から、祐一だけが特別って事に。

 耐性とかあったのかな?

 他の吸血鬼にも食わせてみたいですな。(笑




感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。

感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)