氷銀の森と呼ばれる森がある。
一年の殆どを雪で覆われるカノン国内に於いて、年中雪に埋もれているという寒冷の森だった。
だが此処は、その理由とは別の理由で人々は近づかない。
別の理由とは、魔物の質が恐ろしく高いことにあった。
並みの戦士達では、全く歯が立たない程に強い魔物が跋扈する魔の森。
しかしこの森の主に比べると、そんな魔物たちですら赤子同然だった。
森の主とは『氷雪の魔狼 フェンリル』。
世界の終末にて、神々を喰い殺したとされる白銀の体毛をもった強大な魔獣。
ことの真偽は定かではないが、森の主に会い、生きて帰った者は口を揃えてこう言うのだ。
「あ、あれは人間の敵う相手じゃない!!
神をも喰い殺し、遺跡を守る為に存在する化け物だ!!!」
宵闇のヴァンパイア
第九話 聖殿の守護者
「ふぅ、この辺りも久しぶりじゃな」
「そうですね、先生」
羅異の言葉に、秋子が賛同する。
二人の周りには天馬を除く、会談に参加した全員と祐一の姿があった。
全員が完全に武装しており、この一行がピクニックに行くのではなく、戦場に行くのを窺わせる。
だが、それなりに警戒しながら、一行は終始笑顔だった。…………約一名を除いて。
(くそっ、なんだってこんな事に)
心の中で吐き捨てているのは、祐一だった。
全くの計算外。今の状況は、祐一にとってかなり不満があった。
あの会談である程度までは話し、秋子たちをこの一件から引かせるつもりだった。
普通なら引いてくれる筈だった。
ヴァンパイアとして秋子たちに警告することによって、不信感以上に恐怖を与えれば引いてくれると思った。
また、そうするように天馬が仕向けてくれると思っていた。
しかし、現状はそうならなかった。
何処で間違ってしまったのか? 正直疑問は尽きないが、事実は変わりようが無い。
水瀬家で秋子の帰りを待ち、秋子たちが帰ってきた時にはもうどうしようもなかった。
秋子と名雪の目には決意の火が灯っており、帰ってくるなり今日の準備を始め、祐一に今日のことを話した。
本当に…………儘ならないものだ、という気持ちを乗せて、今日だけで何十回目のため息を吐いた。
「うぐぅ、お兄ちゃん大丈夫?」
「あぁ、やばいかも知れん。
思わずお前が食い逃げを止めてしまうほどに…………」
「うぐぅ!! それは大変だよ!! ……って、ボクは食い逃げばっかりしてないよ!!!」
「フッ……ノリツッコミとはな。 腕を上げたな、あゆ」
妹のような同級生であるあゆの成長に、祐一はサムズアップしながら賞賛してやる。
だが、祐一の賞賛もお気に召さなかったらしく。あゆは酷いよ、お兄ちゃん……等と文句を言っている。
「しかし、本当に大丈夫なんですか?
あの…………急な話でしたし、体調が悪いのでしたら家で休んでいた方が………」
「大丈夫だ、別に病気でもないしな。
それにもう『氷銀の森』だぞ、此処から一人で帰れなんて酷いぞ」
秋子の心配そうな問いにも、祐一は意地悪な返答を返す。
無論、これが冗談だということぐらい秋子には分かってはいたが、落ち着いて切り返すことなんて秋子には出来ない。
「そ、そんなつもりじゃ!!!」
「クスクス……冗談だ」
慌てふためいて必死に否定する秋子に、祐一は咽喉を鳴らしながら笑う。
本当に可笑しそうに笑う祐一に、思わず頬を膨らませて怒る秋子。
「さて、この森で何かあったのか?」
プイ
「………………」
祐一の問いにも、秋子は思いっきり顔を背けて答えた。
その様子に慌てた様子も無く、祐一は苦笑して秋子を見ていた。
「ふむ。儂が答えてやろうか?」
「ん? あぁ、頼む」
如何やらこのご老体自身が話しくてウズウズしていたらしく、嬉しそうに声をかけてきた。
「この場所はな、儂らが最後に戦った場所なんじゃよ」
懐古する表情で、羅異は何処か遠い処を見ている。………だから気づかないのだろう。秋子から睨まれていることに………。
「最後っていうことは、もしかして此処で『氷雪の魔狼』と戦ったんですか!?」
「うむ。少なくとも儂たちはそう思っておった…………」
「ふぇ〜。凄いね、舞」
「うん。お母さん凄い」
香里の驚いた声に、羅異は含みのある言葉で返すが、佐祐理と舞は気づかずにただただ驚くばかりだ。
佐祐理と舞の言葉に、静華が恥ずかしそうに苦笑する。
「ちょっと宜しいでしょうか?」
「何かな?」
フレームの無い眼鏡を指で押し上げながら、久瀬は羅異に話しかける。
「『儂たちはそう思っておった…………』と、仰られましたね?
では、やはり貴方方が倒したのは、『氷雪の魔狼 フェンリル』では無いのですか?」
「流石は『久瀬』の次期当主じゃな。察しが良い。
御主の方こそ、『やはり』と言うからには、気づいておったか」
「はい、初めから気になっておりました。疑念に変わったのは、屋上の一件ですよ。」
互いに推し量るような会話に、周囲は困惑気味だ。
その会話の内容を理解しているのは、祐一と秋子と静華位だった。
「ねぇ、お母さん。久瀬君たちは、何を言ってるの?」
「二人が話しているのは『氷雪の魔狼 フェンリル』のこと。
そして、あのヴァンパイアの使い魔の『フェンリル』と呼ばれた魔獣のことよ」
名雪の素直な疑問に、秋子が優しく教えてやるのだが、まだ理解出来ていなかった。
「え〜っと。なぁ相沢、何を疑問に思ってるんだよ?
『フェンリル』って魔物の名前だろ? 別に『第一種』って訳でも無いのなら同じ名前でも珍しくないだろ」
北川の問いに答えたのは、祐一ではなく秋子だった。
「北川さん。これは余り知られていないことなんですが、『フェンリル』は『第一種』に認定されているんです」
『えぇ!?』
秋子の言葉に、殆どの者が驚きの声を上げる。
ざわめきが続く中で、一弥が疑問の声を上げる。
「じゃあ、政府の発表が間違っているんじゃないんですか?」
「かも知れませんが、伝承を考慮するならば、自然と答えが変わってきますよ」
矢継ぎ早に放たれた久瀬の反論に、周囲の視線が集まる。
「『其は終末の獣なり。滅びの火の中で生まれ、滅び行く者たちの阿鼻叫喚と共に在る者なり。
其の巨大な顎は、一度に家々を飲み干し。氷結地獄より来る息は、国々を凍てつかせた。
昏き支配者を主と定め、幾億の生命を奪いし終末の獣……名をフェンリルと云う』という伝承ですよ」
朗々と語られる伝承に、全員が息を呑む。
「この伝承は何故か一般には伝わっておらず、我が家の書庫に在った一冊に書かれていました。
良いですか。此処で注目すべきは『昏き支配者を』の一文です。
私は此の『昏き支配者』とはヴァンパイアを指しているのでは無いか? と考えているんですよ」
久瀬の言葉に、誰からも反論は無い。寧ろ全員が久瀬の推論に聞き入っていた。
「倉田 天馬氏も言っておられたでしょう? あのヴァンパイアは特別だと。
私はその辺りに伝承が広まらなかった理由や、様々な要因が絡んでいるように思えるんですよ」
「論じているところ悪いが…………」
久瀬の推論が乗ってきた所で、祐一が声をかける。
「如何にも妙な雰囲気だぞ」
「ふぇ? 何が妙なんですか? 別に静かな森ですけど…………」
佐祐理の言うとおり、雪に覆われた森は静かで魔物の姿も無い。だが、それ故に可笑しいのだ。
この森について、佐祐理たちよりも多少は知っていたのか、香里がはっとした表情になる。
「そうだわ………確かに可笑しい。だって此処は『氷銀の森』なのよ!?
強大な魔物が跋扈する魔の森のはずでしょ? なのにこの森に入って一度も魔物に遭わないなんて可笑しすぎるわ」
「やれやれ、漸く気づいたのか…………。
経験不足にも程があるな。どういう教育の仕方だ、石橋?」
ここに来て漸く気づいた香里たちの様子に、呆れた様子で石橋を見る祐一。
祐一の視線以上に、羅異の視線が石橋に突き刺さり、石橋は思いっきり身を縮めている。
「この馬鹿弟子が………儂に続いて教師となった以上は、もっと確りとやらんか!!」
羅異の怒声に、石橋は益々身を縮めて羅異の怒りが過ぎるのを待っている。
ちなみにこの間、秋子たちが周囲に気を配り、何かが起こっても直ぐに対応できるように備えていた。
「秋子、何時までも怒ってないで話を聞いてくれ」
プイ
「…………………」
秋子は周囲の気配を探りながらも、祐一と顔を合わせないようにしている。
「やれやれ…………」
呟いて直ぐに、祐一の手が秋子の腰に伸びる。
一気に引き寄せて、軽く抱きしめるような格好になる。
「ひゃん!!」
「クスッ………俺が悪かったよ、秋子。だから機嫌を直してくれ」
可愛らしい悲鳴を上げた秋子の耳元で、まるで愛を囁くように呟かれた言葉。
これには流石の秋子も、顔を真っ赤にして頷くしかなかった。
「うわ〜。ジゴロ? それとも女誑し?」
「何方も似た意味を持っていたと記憶しているが…………俺の記憶違いか?」
静華からの冷やかしと非難を含めた言葉に、祐一は苦笑しながら切り返す。
ふと気づけば、周囲の視線が祐一と秋子の二人に集まっていた。
一部……というか、羅異からの「やるな……」などという例外こそあるが、殆どが嫉妬の視線だった。
まぁ、それが秋子なのか祐一なのか、何方に向けられたものなのかは、敢えて言うべき事ではないだろう。
「お前たちは此処が『氷銀の森』だと分かっているのか?」
『お前に言われたくない!!』
祐一の呆れの入ったコメントに、殆ど全員が声を揃えて反論してきた。
まぁ確かに祐一には言われたくないだろう。彼の行為を省みれば当然といえば当然だ。
「ま、そんなことは如何でも良いだろ。
そんなことよりも……………この辺りじゃないのか? 『氷銀の聖殿』やらは……………」
祐一の言葉に、今までのふざけているような態度から一変して真剣な雰囲気に変わる。
普段は如何であれ、直ぐに雰囲気を変えて、戦闘の空気へと変えることが出来ることは、祐一としても認めていた。
ある意味、これもまた強者の条件であり、更なる高みを目指せるという潜在能力の高さを示していた。
「そうですね。…………はっきりとは言えませんが、この辺りだったと思います。
私達が来たのは十年以上前の一度きりなので、絶対とは言い切れないんですが…………」
「いや、充分だ。それに………その確証たる存在もお出ましのようだからな………」
え? という疑問の声が出た瞬間、森の影から何かが飛び出した。
恐ろしく俊敏な動きで、一行の一番前に立っていた羅異に襲い掛かる!!
「ォオッ!!!」
ガギィィィィィン!!
金属特有の甲高い音と共に、羅異は大剣で何かを吹き飛ばした。
そこで漸く襲撃者の姿を目の当たりにする。
「グルルルルルルル…………」
「奴だ!!」
咽喉を鳴らす、唸り声で祐一たちを見据える存在。
真っ白な雪のような体毛を持ち、金色の瞳を持った巨大な狼。
その全長は優に3mはあり、凄まじい存在感を放っている。
「あ、アレって…………」
「えぇ、十数年ぶりだけど変わってないわね」
一弥の震えた声に、静華が落ち着いた声で返す。
間違いなく、『氷雪の魔狼 フェンリル』と呼んでいた魔物だった。
「人間よ…………この地へ何の用だ?」
突然フェンリル(?)が喋り始めるが、既に見ている所為か動揺は少ない。
「力試しか? なれば付き合ってやらぬ事も無い。
然れど、この先へは進ませぬ。…………このフェンリルの名に賭けて」
自らをフェンリル名乗る魔物。全員の緊張感が高まる中で、祐一はこの魔物を
(クハハハハ…………あの程度でフェンリルだと?
余りにも愚か。余りにも矮小。下らな過ぎて逆に
祐一からすれば余りにも身の程を弁えぬ発言に、心の中で盛大に嘲笑っていた。
「フェンリルよ!! 我々はこの先にある遺跡に隠された『鍵』を護る為にやって来たのだ!!」
「……………ん? 貴様、倉田 天馬の所縁の者か?」
僅かな迷いの後、フェンリル(?)から問いが出る。
フェンリル(?)の視線は、佐祐理と一弥の二人に注がれていた。
僅かに体を震わせながら、佐祐理と一弥の二人がフェンリル(?)の前に出る。
「わ、私達が倉田 天馬の孫で倉田 佐祐理です」
「ぼ、僕がその弟の倉田 一弥です」
姉である佐祐理が率先して名乗り、一弥も慌てて名乗り出る。
フェンリル(?)は二人の緊張と恐怖を全く気にすることなく、無雑作に近づいて二人の匂いを嗅ぎ始める。
「確かに……………あの男に似た匂いがするな。良いだろう、我について来るが良い」
フェンリル(?)は直ぐに踵を返して森の中を進んでいく。
一行は黙ってついて行く、という選択肢を選ばざる負えないようだ。
「お前たちの祖父である倉田 天馬には、とても感謝している。
彼が『鍵』にあの封印術を掛けなければ、『鍵』は既に持ち出されていただろう」
「!? 何者かが既に侵入していたのですか!?」
フェンリル(?)の話の内容に、秋子が驚愕の表情を作る。
「うむ。それも我等には全く気づかせないでな……………」
「我等? その言い方だとまるで…………」
フェンリル(?)の言葉の奇妙さに気づいた静華が上げた疑問に、フェンリル(?)は頷きながら答える。
「気づいている者も多いようなのでな。隠す必要も無かろう」
「じゃあ………」
「我はフェンリルではない。我……いや、我等は
我が個体名をシリウスという。お前たちもそう呼んで欲しい」
シリウスは話しながら、どんどん森の奥深くに入って行く。
「やはり天狼族でしたか。古の種族で、遥か昔に絶滅したかと思っていましたが………」
「それも遠くは無かろう。我等は世界の中でも、この森以外には存在しない。
人ほどに繁殖力も高くない我等は、緩やかな滅びへと向かっている」
シリウスはその事実を哀しむ訳でもなく、ただ淡々と語り続ける。
「然れど、我等が使命は果たさねばならぬ。他の何を犠牲にしても……………」
「そこまで…………そこまで固い信念を持っているのに、こんなに簡単に連れて行ってくれても良いの?」
「構わぬ。我等の嗅覚はただ匂いを嗅ぐだけではない。心を感じ取ることが可能なのだ。
少なくともこの中には欲に塗れ、『鍵』の力を欲する者は居ない」
揺ぎ無い、確信に満ちた声に、訊いた香里の方が気圧された。
「着いたぞ」
端的に呟かれたシリウスの言葉を、殆どの者が聞いてはいなかった。
森の開かれた場所に着いた時、その物体は悠然と建っていた。
氷銀に煌めく壁を持ち、何者にも穢せない神聖さを誇る遺跡…………氷銀の聖殿が姿を見せた。
「ここが…………」
「綺麗………」
誰とも無しに、感嘆の呻きが漏れる。
「何をしている。さっさと中に入れ」
シリウスの言葉に、全員が慌てて聖殿の中に駆け込んだ。
聖殿の中は、外見に負けず劣らずの美しさで、見る者を魅了して止まなかった。
だが、その中で唯一渋い顔をしている者が居た。
「如何した? 難しい顔をしているな」
「此処に…………何人入り込んだ?」
祐一の言葉に、全員の視線が集まる。そして尋ねたシリウスから感嘆の呻きが漏れる。
「気づいたのか…………? 驚いたな。この地は初めてなのだろう?」
「あぁ。だが、そんなことよりも何人だ?」
「分からぬ。…………ただ、多数では無い。それだけは確信がある」
一人と一匹の謎の会話に、全員が訝しげな顔になる。
「オイ。何を話してんだよ?」
「此処への侵入者についてだ。俺達以外………それも『鍵』目当ての奴が来ている」
『なっ!?』
全員が驚きの表情になる。侵入者については聞いてはいたが、まるで痕跡が無いのだ。
もう何百年も訪れた痕跡の無い、静謐な聖殿にしか見えなかった為だ。
「不味いな…………。シリウス、天馬が封印を施した場所まで案内してくれ」
「分かった」
祐一の言葉に、シリウスはすぐさま承知すると、風のような速さで遺跡の中を進む。
祐一はその速度に合わせて走り、他の皆は遅れないように必死に走り始めた。
「此処だ」
シリウスが案内したのは、巨大な扉のある大きな空間だった。
此処までくれば、祐一でなくても『鍵』の存在に気づける。それ程に強大な力の波動を感じる空間だった。
「はぁ……………はぁ……………ここが、お爺様が封印した場所」
何とか息を整えつつ、一弥がじっと扉を見つめる。ちなみに魔術師である佐祐理は、息が切れすぎて声も出ない。
他にも栞などは病み上がりに近い状態なので、体力など無きに等しかったので、息切れが激しい。
「はひゅぅ、はひゅぅ……も、も〜だめれす……」
「呂律が回ってないじゃないの。もう、だから止めときなさいって言ったでしょ」
実はこの遺跡に来る前、香里は栞が此処へ来るのを反対していた。
だが、本人の意思がとても固いことや、香里が妹に甘いので、結局連れてくることになったのだ。
そのことについて、祐一から思いっきり呆れられたが…………。
「………………」
祐一は無言で扉に近づく。間近から見るとさらに巨大で、最早扉と言うよりも門のようにも見える。
祐一は扉に触れて、何事か呟くと、魔力の波動が全員に感じられる。
「オイ!! 何やってんだ!!」
石橋が祐一を止めようとして近づこうとするのだが、それは秋子に制止させられる。
「大丈夫です。解析系の魔術を使っているだけですから」
その言葉に石橋だけでなく、何かあったら直ぐに飛び掛る準備をしていたシリウスも構えを解いた。
十秒、二十秒と時間が過ぎていく内に、祐一の顔がどんどん険しくなっていく。
これには流石の秋子も動揺し、不安げな表情になる。不安が伝染したのか、全員に不安の色が見え始める。
そして――――――――――。
「ば……かな……………馬鹿な!!」
ドォン!!
祐一の叫びと共に、轟音が静寂に満ちた聖殿を揺るがした。
音の正体は、祐一の拳が思いっきり扉に叩きつけられた音だった。
無論、祐一の膂力を持ってしても腕力だけでこの扉を破壊することなど出来る筈も無い。
それでも祐一は、叩き続ける。
「や、止めてください、祐一さん!! 手から血が滲んでるじゃないですか!!」
「……………やめる!」
扉を叩き続ける祐一に、秋子と舞の二人が縋り付く。
祐一の表情は苦々しげに歪められており、その表情に秋子と舞は悲しそうになる。
「一体どうしたんですか、祐一さん?」
秋子は祐一に抱き縋りながら尋ねた。だが、祐一はそんな秋子の様子すら無視して呟く。
「やばい……………早く……早く戻らなければ…………」
「祐一!!」
舞が祐一の両頬を捕まえて、無理やり自分と目を合わせる。
祐一は、ここにきて漸く舞の存在に気づいたようだ。
「舞?」
「一人で……………一人で抱え込まないで欲しい。祐一には私も居るから」
哀しげに呟かれた舞の言葉に、祐一は苦笑しながら頭を撫でてやる。
その様子に、秋子は少しだけ悔しそうな表情になるが、それ以上にホッとした表情になる。
「悪かったな、心配かけて」
フルフル
「…………………別にいい」
舞らしい端的な言葉に頬を緩めながら、佐祐理たちの方へ向き直る。
「佐祐理、一弥。如何やら俺達は、天馬に嵌められたようだ」
『えっ!?』
殆どの者から、呆然とした声が漏れる。
「ど、如何いうことなんですか!?」
尊敬する祖父が自分達を嵌めたなどと言われては、温厚な一弥といえども看過できるようなことでは無いようだ。
「あいつが使った封印術だ。この封印術は…【
何処からとも無く声が響いてくる。そして……この場では祐一だけが気づいてしまった。
この巨大な扉に掛けられた封印術が、破られたことに……………。
「何者だ!?」
【クスクスクスクス……知りたければ先に進むといいよ】
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
重厚な音と共に、巨大な扉が開いていく。
「ば、馬鹿な! 扉が開くだと!?」
シリウスの愕然とした叫びが、虚しくも木霊する。
それを嘲笑うかのように、再び謎の声が響いてくる。
【さぁ、急いて……急いて来て下さい。感動のフィナーレは目前ですよ。
勇者諸君。そして守護者さん。そして………そして………あはっ、あははっ、アハハハハハハハハッ!!】
狂った哄笑。
悍ましさに身を震わせながら、祐一たちは扉の先へと足を踏み入れた。
To Be Continued......
後書き
どうも、放たれし獣です。
遂にカノン編の最終局面を迎えました。次話で『第一部・終わりへの序曲』が終了です。
鍵を狙う敵が漸く登場。そしてカノン以外のキャラたちも、続々と二部では登場します。
次話は微ダークのバイオレンスになってしまうかもしれませんので、先に謝っておきます。申し訳ない。
まぁヘタレ作者の代名詞たる私の書く物ですから、大丈夫でしょう。……………多分。
では、また次回!! 感想や意見などもガンガンお持ちしてますので、ジャンジャンどうぞ。(日本語変?)
そして、以下は設定となっております。
氷銀の森
カノンの首都・スノーフェリアから、北に数キロ行ったところにある広大な森。
この森には強大な魔物が、数多く存在しており、人の侵入を頑なに拒んでいる。(最低でもB2級)
森の中央には、この世の全てを得られる程の財宝が眠る遺跡があると言われているが、確認できたものは居ない。
それはこの森の主『氷雪の魔狼』が、森の中央部への進入を許さない為。
幸運にも遺跡を見たことがある者もいるが、『氷雪の魔狼』への恐怖の為に精神に異常をきたす者ばかりだった。
その為、いつしかこの森への侵入を試みる者は居なくなり、自然と遺跡のことを憶えている者も少なくなった。
氷銀の聖殿
氷銀の森の中央部に存在する伝説の遺跡。
何時、誰が、何の目的で、この遺跡を建造したかは不明。しかし、代々天狼族がこの遺跡を護ってきた。
遺跡の最奥には、史上最強最悪の魔法道具の『七つの鍵』が、安置されている。
これ以上の情報は、歴史の闇へと消えており、存在しない…………………。
天狼族
幻の種族。人間並みの高い知性を持ち、驚異的な身体能力を持つ種族。
雪の様に白い体毛を持ち、3m近い巨躯、
ガイアの中でも『氷銀の森』以外には生息しておらず、その個体数は驚くほど少ない。
しかし、その潜在能力は凄まじく。生まれながらの力だけで、A1級クラスの実力を楽に持っている。
ちなみに秋子たち『カノン四英雄』が戦い、勝利したのは天狼族。(無論、シリウスとは別の)
『氷銀の聖殿』への侵入者以外には寛容で、戯れに強者に戦いを挑むことがある。
この場合で死んだとしても、彼等の中では恥ではなく。殺した相手に、敬意すら抱く。
何故、『氷銀の聖殿』を守護しているのかは不明。
一説によれば『フェンリル』と、何らかの関わりあると言われている。
その所為で『氷雪の魔狼 フェンリル』という伝説に変わってしまった。これが意図的なものなのかは不明。
フェンリル
1000年前の災厄が起こった時、暴れ回ったとされる魔獣。
その姿に対しての記述は一切無い。久瀬家に残っていた伝承だけが、フェンリルへの唯一の手がかり。
『其は終末の獣なり。滅びの火の中で生まれ、滅び行く者たちの阿鼻叫喚と共に在る者なり。
其の巨大な顎は、一度に家々を飲み干し。氷結地獄より来る息は、国々を凍てつかせた。
昏き支配者を主と定め、幾億の生命を奪いし終末の獣……名をフェンリルと云う』
管理人の感想
ついに完全な敵となる存在が出現しましたね。
なかなか素敵そうな性格で。(苦笑
ああいった存在の末路は確定している気がしますが、どうなるでしょう。
実の孫を嵌めたという倉田天馬氏の真意はいかに……。
前回の感じでは良い人そうでしたが。
まぁ良い人=主人公に益がある、ってわけじゃありませんからね。
次回は作者様が大好きなバトル。
祐一も本気にならざるをえないでしょう。
期待大です。
しかし、祐一女の扱い巧い。(爆
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)