ウォン……ウォン………
暗い部屋に、機械の駆動音が木霊している。
やがて駆動音の間隔が狭まっていくにつれて、機械に光が収束していく。
パシュゥゥゥゥゥゥゥン!!
機械の中で、収束した光が弾けた。
空気を抜くような音と共に、自動で扉が開いていく。
「到着しました」
「ふぇ〜、本当にあっと言う間に着きましたねぇ」
無表情なメイドが、真っ先に出て佐祐理たちに言う。
それに続いて、佐祐理たちがゾロゾロと機械の中から出てきた。
「では、まずは一階へと移動致しましょう」
メイドの言葉に従い、佐祐理たちは部屋を出て行った。
宵闇のヴァンパイア
第十二話 常夏の国で
「さて、これから如何しましょうか?」
代表して秋子が全員に声を掛けた。
今は食堂に集まり、これからしなければならないことを考えることになった。
勿論、最終的には東鳩へと向かうのだが、その間にもするべきことは幾つかあった。
「まずは斉藤さんを紹介したいんですけど………」
佐祐理が遠慮がちに意見を述べた。当然、それに異を唱えるものなどいない。
これからの旅の仲間となるのだから、最低限名前ぐらいは知っておきたいものだ。
「じゃあ、斉藤さん。自己紹介を」
「はい。私の名は
機械的に自己紹介をする氷雨に好印象を抱くのは無理だが、少なくとも嫌な感じはしない。
彼女の服装は完全なメイド服。
黒を主体としたメイド服に、白いエプロンにヘッドピースも付けている。
彼女の髪は灰色掛かった銀髪で、大体肩ほどまで伸ばしていた。
表情というものが無く、敢えて言うのなら無表情というのが彼女の表情といえよう。
中々の美女であるが故に、余計に氷のような冷たさを醸し出していた。
「では、自己紹介も終わりましたね。まずは目的を明確にしておきましょう」
「? 祐一さんを追うんじゃないですか」
秋子の言葉に、佐祐理が首を傾げる。
見れば、氷雨以外の全員が首を傾げており、秋子の言っている意味を理解出来ていないようだ。
「その通りです。ですが、カノンであったことを、これからの旅に引き摺るつもりはありません」
『!』
その言葉に、やはり秋子と氷雨以外がハッとした表情になる。
「皆さんは、同年代の方々に比べて覚悟が出来ています。
ですが、やはりまだ若いんですよ。私に比べて」
最後は冗談めかした言葉にも、香里たちは強張った表情のままだった。
秋子はそんな子供たち−秋子から見て子供と同じ−に、更に言葉を続けていく。
「表面上は皆さん平静ですね? ですが、心の傷は治り難いものです。
何れ皆さんを歪めてしまいかねない。だからこそ、今此処で覚悟を決めましょう」
静かに目を閉じて、秋子は右手を豊かな胸に押し付ける。
それに倣う様に、氷雨以外の全員が同じように右手を胸に押し付けた。
「目を閉じれば、
それはとても辛いことです。でも、その痛みを引き続けると何時か取り返しのつかない事になります」
静かに。だが、激しい口調で秋子は語る。
大人として、子供たちを導くのは務めだ、と秋子は思う。
「この中で、一番祐一さんのことを引き摺って取り乱した私が、偉そうに言えることじゃ無いんですけど………」
苦笑。唯一その表情を見たのは氷雨だが、香里たちにも容易に想像できた。
「祐一さんのことばかり考えていては、油断に繋がり、油断は死に繋がります。
皆さんの場合ならば、スノーフェリアの地獄を何時までも引き摺っていては、死に繋がります。
これが年長者として、皆さんに言える忠告。この世界は人に甘くない、ということです」
その言葉は、全員に重く圧し掛かった。
何よりも経験に基づいた言葉は、香里たちの表情をより一層引き締める。
「大丈夫。きっと私たちならば祐一さんと再会出来るはずです。
目の前の壁から、少しずつ始めましょう」
秋子の言葉に、全員が力強く頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふぅ、取り敢えず必要なものは揃いましたね」
屋敷で着替えを済ませた一行は、町で旅の必需品を色々と買っていた。
秋子の話を聞き、香里たちの表情から憑き物が取れたように、その影は見えなくなっていた。
ともあれ、一行はスノーフェリアで着ていた冬服から別荘にあった夏服に着替え、旅の必需品を買っている、というわけだ。
香里たちは、どんなものが必要なのかよく分かってはいなかったが、経験者である秋子や氷雨は手馴れたものだ。
「ふぇ〜、氷雨さんも手馴れてるんですねぇ」
「お嬢様、私のことは氷雨で構いません」
「ふぇ。でしたら佐祐理のことも佐祐理で構いませんよ」
佐祐理の言葉に、氷雨は困ったような顔すらしないで佐祐理の訂正を諦めたようだ。
「氷雨さんは、何かをしていたんですか?」
「えぇ、まぁ……………色々と」
珍しく言い淀む氷雨に、訊いてはならないことだと判断して話を打ち切った。
「これから如何しましょうか?」
「船を探すべきでしょうが、その場合はかなり時間が掛かってしまいます。
このエアーから東鳩に渡ろうとすれば、船旅だけで一ヶ月は浪費するでしょう」
氷雨の言葉に、全員が思案するような顔になる。
この世界の船と言えば、蒸気船だ。小型であれば高速艇も存在するが、エアーから東鳩の距離を進むには無理がある。
世界中に散らばる遺跡から、テレビなどの情報機関は再建したものの、交通機関の再建にはまだまだ時間が掛かると云われている。
「それに…………船が使えない可能性も御座います」
「え? どうしてですか?」
続いた氷雨の言葉に、疑問の声が上がる。
「相沢様とカノン国王陛下の交渉に問題が御座います」
『!?』
この言葉に、全員が強い関心を示した。
誰もが今まで座っていた席から立ち上がり、思わず詰め寄るような形になる。
そんな皆の激しい様子にも、氷雨は表情一つ変えずに言葉を続けた。
「カノンに於いて『百鬼夜行』が蔓延った時、相沢様は国王陛下に交渉致しました。
『俺が百鬼夜行を殲滅してやろう。その代わり、これから言う人間を国から出すな。いいな?』
この交渉事に、国王陛下は応じました」
「なるほどね…………それで正規の方法では国外には出られなかったのね」
氷雨の説明に、香里が納得した声を上げる。
国王からすれば、突然現れた百鬼夜行を倒してくれるなら殆どのことに応じるだろう。
まして、代価が『何人かの人間を国内から出さない』だけで良いのなら、尚更だ。
「無いとは思いますが、カノンからの通達がエアーに渡っている可能性も、零では御座いませんので」
「………………困った」
全員の言葉を代弁するかのように、舞が声を上げた。
八方塞かと思い、言葉が無くなった所で秋子が思い出したかのように顔を上げた。
「もしかしたら………ですが。方法があるかも知れません」
「本当ですか、秋子さん?」
「えぇ。昔の友人で、エアーに住んでいる人が居るんですけど、ひょっとしたら……………」
自信の無さそうな意見だったが、他に手段があるわけでもない。
「では、その方の下に行ってみましょう。
現時点では、その方法に縋るほか無さそうですし」
氷雨がこの場を締め、秋子たちは次の目的地へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ガタンゴトン…ガタンゴトン…
「それで、どんな人なんですか?」
一行は列車に乗り、目的地を目指していた。
六人という少々多人数だったが、広めのボックス席を取ったのでゆったりと座れている。
「彼女は静華のような戦士タイプの人なんですけどね。先生……あ、羅異先生のような大剣に近い剣を使ってるんですよ」
「彼女? その方は女性なんですか?」
僅かな驚きと共に、美汐がさらに尋ねた。
「えぇ。昔、ギルドから回された仕事をしたことがあるんです」
「へぇ、強いんですか?」
「とっても強い人ですよ」
ニッコリと微笑みながら言う秋子の言い方から、単なるお世辞というわけでも無さそうだ。
ただ彼女よりも遥かに強い………といった意味でも無さそうだが………。
「あの……その人はなんて「ふぇ〜、凄いです!」…?」
香里が続けて質問しようとすると、横から佐祐理の興奮したような声が聞えてくる。
そちらを向けば舞と一緒に、窓から何かを熱心に見ているようだ。
「如何したんですか?」
「あ、香里さんも見てください。あれが有名な『アザゼルの怒り』ですよ」
そう言って佐祐理が指差したのは、広大な大地だった。
周囲にも山々があるのだが、まるで円形に切り取られたかのように抉られている。
直径が数kmにも及ぶ、円形に広がる大地。これこそが、世界遺産にも指定されている『アザゼルの怒り』である。
その昔、エアーに在った国が余りにも傲慢であったが故に、『闘神 アザゼル』の怒りを買った結果、一夜にして焼き払われた。
この大地は、その時に作られたものらしい。伝説であり、真実は分からないが、自然に生まれるような大地でもない。
数多くの謎に包まれた大地…………それが『アザゼルの怒り』なのだ。
「うわっ! 凄い…………」
香里からも感嘆の溜め息が漏れた。彼女達は、暫し『アザゼルの怒り』に見入った。
そして列車は走り。エアーの南東に位置する、とある港町に到着するのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「え〜っと、確かこの辺りの筈なんですが…………」
キョロキョロと秋子が周囲を見渡して、目的の家を探していた。
この辺りは町の中でも閑散としている場所で、人通りも少ない。
彼女たちからすれば、ここも未開の土地なので少々道に迷っていた。
「あ。あの人に聞いて見ましょうか」
佐祐理の言葉に、前方を歩いてくる一人の男の姿が映った。
ジーパンに、長袖の黒いシャツ。夏国とは思えない格好だったが、それ以上に目を惹くのは目の覚めるような銀髪だった。
氷雨と同じ銀髪だが、いうなれば生命力が違う。兎も角、彼もまた人目引くような人物ではあった。
「あの、すいません」
「あぁ?」
やたらと目付きの悪い………いや、違った。彼は満足に寝ていないのだ。
理由は不明だが、目の下にある隈が半端ではない。
彼の口から出される言葉も、自然と不機嫌さを露にした声だった。
だが、秋子はそれに怒りを覚えるわけでもなく、言葉を続けた。
「
秋子の言葉に、男の表情から僅かだが不機嫌さが消える。
「晴子の知り合いか?」
「はい。古い知り合いで、水瀬 秋子といいます。ところで、貴方は?」
「俺は
言葉短く言う住人に、秋子は深い翳りが見えたが、敢えて何も言わなかった。
「国崎さんですね。宜しければ彼女の家まで案内して貰えないでしょうか」
住人は「ああ」と、やはり言葉少なく答えると踵を返して歩き始めた。
秋子と氷雨以外は失礼だ……という思いを抱いたが、口に出すことは無かった。
だが、彼女たちが抱いた思いも………………これより向かう場所に着いた時、霧散することになる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おか…………えりなさい。ゆ……きと……………さん」
「あぁ。ただいま、
畳の上に敷かれた布団に横たわる少女。血色は悪くないのだが、酷く生命力が無い。
弱々しい動きで片手を上げて、住人はその手を強く握り締めた。
余りの光景に、秋子と氷雨以外から言葉が失われる。氷雨は静かに後ろに控え、秋子は目的の人物を探す。
「晴子…………」
「………………」
目的の人物は、部屋の片隅に居た。だが……その姿は、秋子が知るものとは大きく違っている。
膝を抱え顔を俯かせたその姿からは、彼女の顔も、彼女の嘗てを思い浮かべることも出来ない。
秋子は静かに彼女の傍らに座り、彼女の肩に手を置く。
「秋子?」
「教えてください、晴子。一体、何があったのか? そして、何が起こっているのかを」
上げられた顔は、酷く憔悴しきった……………神尾 晴子だった。
長い…………話だった。
晴子の娘……名を神尾 観鈴といい、彼女はある病気をもっていた。
それは病気というには、余りにも奇妙なものだった。
その症状は他者に好意を寄せると、その者に対して癇癪を起こす≠ニいうものだ。
はっきりいって、これは異常だ。こんな病気など存在するはずが無い。
では、呪詛か?
近いかもしれない……だが、これも分からない。
晴子によれば、魔術による解呪は全て試したそうだ。
だが、その全てが徒労に終わった。
・
・
・
・
時は移り、神尾家に新たな人が増える。
彼は旅の人形師………ほんの少しだけ不思議な力が使えるだけの男。
そんな彼を観鈴が神尾家に迎え、それを晴子も認めた。
彼………住人は本当に不思議な存在だった。
エアー各地を回ってきた旅の人形師である彼は、この町で三人の少女と出会った。
三人の少女はそれぞれ問題を抱えていた。
自分では如何しようも無く、いつか自分を壊してしまいかねない程の問題。
住人は、その問題の二つを解決した。
だが、最後の一人………………観鈴だけが未だ救われていなかった。
「……………というわけだ」
どこか自嘲する様な笑みを浮かべ、住人が言葉を締めた。
三人の少女は、全員が彼にとって大切な人なのだろう。
だが彼が…………住人が愛した少女だけが救われていないとは、何という皮肉だろうか。
「なぁ…………秋子。あんたなら治せるんやないか?」
一縷の希望に縋るような晴子の言葉に、秋子が晴子の娘・観鈴の体に手を置く。
「ウォー・イェタギ・ツェニイ・イア……
僅かな光と共に、観鈴の体が調べられる。
解析魔術としては最高位に相応しい情報を、秋子へと送り出す。
「…………………呪い……ですね」
閉じていた目を開き、ポツリと呟いた。
晴子と住人が、それだけで興奮したように身を乗り出す。
「ですが、こんな呪詛は初めてです。具体的な効果は分かりませんし、恐らく解呪も私には………」
身を乗り出していた二人が、ガクリと肩を落とす。
そんな二人を横目で見やりながら、秋子は言葉を続けた。
「しかし可能性は低いですが…………祐一さんならば解呪は可能かもしれません」
「「ッ!?」」
住人と晴子が思わず身を乗り出した。
「私たちは、相沢 祐一という人を追って旅をしているんです。
祐一さんは、私すら知らない魔術に精通していました。
ここにいる香里さんの妹も、私には解呪出来なかったんですが、祐一さんには可能だったんですよ」
秋子が香里を指し示し、香里は真剣な表情で頷く。
「今日、此処に来たのもその手段を求めてなんです。
晴子………そして住人さん、私たちと一緒に祐一さんを追いましょう。
もしかしたら不可能かもしれないけれど………諦めてしまったら、そこで終わってしまうから!」
その言葉は、一体誰の為に?
娘を想う母・晴子にか? 愛しい者を想う恋人・住人にか?
それとも…………祐一を追い求める、自分に対してか…………。
「おかあ………さん。………わ、たし……あきらめ………たく……………ないよ」
必死に住人の手を握りながら、観鈴が言葉を紡いでいく。
「ゆき…とさんと、………もっ…と……おしゃ………べり……………たいし」
「分かってる! 分かってるから、もう喋るな!!」
観鈴の言葉に堪えられなくなったように、住人が叫ぶ。
住人の目は潤み、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「秋子…………うちはアンタに賭ける。
頼む、観鈴を………観鈴を救ってやってくれ」
深々と頭を下げる晴子に、秋子は何も言わずに手で制した。
救うのは自分では無いし、あくまでも可能性の提示でしかないからだ。
「話が纏まったのは宜しいですが…………これから如何致しますか?」
涙を零し合う場面には相応しくない、淡々とした言葉が部屋に響いた。
自然と視線が集まり、全員の瞳には氷雨の相変わらず無表情な顔が映る。
「如何するって、その相沢 祐一≠チて奴を探すんだろ」
余りにも淡々とした氷雨の様子に、若干不機嫌になりながらも住人が言う。
「それは元から変わりません。問題は観鈴様のことです。
この状態の観鈴様を連れて、旅をすることは不可能ですが…………」
氷雨の言葉に、誰もが言葉に詰まった。
確かに今までの話は感情で語っていたが、現状を見る限り不可能であるのは明白だ。
とても観鈴を旅に連れて行くことなど出来ないし、東鳩に向かう手段も決まってはいない。
問題点だらけで、これからの手段など一つも決まってはいない。
それどころか観鈴という問題点が増えてしまっている。
全くの予定外で、仕方が無いといえばそれまでだが問題ばかりであるのは否めない。
「まずは観鈴様をお医者様にお見せしましょう。
本日は既に日が沈みかけているので、お見せするのは明日に致しまして、本日はもう休んだ方が宜しいかと……。
秋子様をはじめ、皆様もお疲れでしょう」
氷雨が全員を見やりながら、そう話を締めた。
確かに彼女の言うとおり、秋子たちは『氷銀の聖殿』から一度も休まずに此処まで来ている。
ある意味、精神が肉体を凌駕していたのだろうが、疲労が無くなっている訳ではない。
彼女たちも気付かないうちに、深い疲労を抱いていた。
「そんなら家に泊まり。狭い家やけど、眠るぐらいはできるで」
「有難う御座います、晴子。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一夜明けて、秋子たちは観鈴を連れて旅することを決めたものの、問題も一つ増えてしまった。
「…………医者としては、是が非でも止めますね。
いや、寧ろ神尾さんの方が分かっているのではないか? 旅をするほどの体力が無いことを」
淡々とした口調で話しているのは、
住人が救った少女の一人、霧島
「……………せんせぇ、何とかならんもんですか?」
「現行の医学、魔術では如何しようも…………。
神尾さんの家から、この診療所に来るまでにも随分と無理をしているようですし」
問題というのは、観鈴の体力の問題だった。
少し前までは、癇癪を起こすことはあっても生活に問題がある訳ではなかった。
しかし、最近では異常なまでに衰弱して、体力が減ってきているのだ。
「クソォ…………。漸く……漸く観鈴を助けられるかもしれないのに」
呻くように漏らした住人の呟きに、誰もが痛ましげに目を伏せた。
「方法が…………全く無い訳じゃない」
然程大きな声で言われた訳でもないのに、その声は何よりも耳に響いた。
「本当か、聖!?」
「あぁ。確かな情報筋から聞いた話だ」
喜色を浮かべる住人たちに対して、聖は何故か沈痛な面持ちのままだ。
「その方法は?」
「………………ある存在が、この国に来ている」
「存在?」
随分とゆっくりと語る聖に、焦燥感に駆られている住人は、苛々しながらその先を急かす。
「早く言ってくれ!」
「分かった。その存在は、通称――――――――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「この国は、忌々しい太陽が強いな」
常夏の国・エアーの某所。そこで、一人の少女が呟いた。
少女は動き全てに気品があり、彼女の全てがある種の名画のように見える。
鴉の濡れ羽のように艶やかな漆黒の髪は膝まで伸び、その双眸は血のように紅い深紅を映している。
無駄な装飾など一切無い漆黒のドレスを身に纏い、黒いハイヒールを履いている。
だが、何よりも目を惹くのはその美しさ。
人如きでは、到底具現出来ない美しいその造詣。――――――――そう、彼女は人間では無かった。
「フィナよ。『鍵』の力によって崩壊した国は、この国の隣国ではないのか?」
少女が傍らに立つ二人の内一人に尋ねた。尋ねられた男は、ウェーブの掛かっている豪奢な金髪。
白を主体にした服を身に纏い、腰にはサーベルを帯刀している。
「フフ……、実はね。今日は暑いところにラッキーがあるらしいんだよ」
「フィナ……………お前、またそんなことで」
少女を挟んで反対側にいるもう一人の男が、呆れたような声で咎める。
男は白い男とは対照的に、黒を主体とした服を身に纏い。短く切り揃えられた髪も黒かった。
腰には、黒い鞘に収められた漆黒の長剣を帯刀していた。
多少魔力に敏感な者ならば気付いただろう、その剣から滲み出る禍々しい魔力に…………。
「まぁよい、リィゾ。今更カノンに向かったところで、祐一には会えぬであろうしな」
祐一………その名を口にしたとき、少女は名の主を思い浮かべる。
飄々として捉え所が無く、有り得ない程に強い男の姿を。
ただ姿を思い浮かべたに過ぎないのに、少女の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「しかし、カノンが壊滅するとは……………。カノンの『鍵』はどうなったのでしょうか?」
「そりゃあ、祐一君が何処かに隠したんだろう。今までだってそうだったし、これからもそうするんじゃない?」
黒い男の言葉に、白い男が笑いながら返す。だが、今の言葉を聞いて、急に少女の表情が曇った。
「如何なさいました、姫?」
「いや……………今回の一件。嫌な予感がするのだ。
有り得ないとは思うのだが、……………『鍵』が持ち出されたかもしれぬ」
「まさか………あの『七つの鍵』は如何なる者も狂わせる代物。
そして『鍵』を守護するのは、あの宵闇のヴァンパイア≠ニ謳われた祐一様です。万に一つも有り得ないかと」
「だと………………良いのだがな」
黒い男の言葉にも、少女の顔色は優れない。
祐一………彼が敗北することなど、例え世界が滅びようとも有り得ない、と少女も思っている。
だが、負けないにしろ出し抜かれた、ということも有り得る。
あの『鍵』の恐ろしさは、少女自身よく分かってはいたが、 それでも胸に渦巻く何かを拭い去ることは出来なかった。
「まぁよい。一先ず進むしかあるまい。
せめて、フィナの言う幸運があることを祈ってな」
「御意に」
「行くぞ、プライミッツマーダー」
少女の言葉に、彼女の傍らで伏せていた白い犬が起き上がる。
目が冴えるような白い犬は、その巨躯を震わせながら、少女の傍らを歩く。
主人と同じ寒気がする程の深紅の瞳は、周囲を睥睨し、威圧するように前を見ている。
少女は歩く。前へ、前へと。
そして少女は呟く。それはきっと弱音だったのだろう。しかし、その声は余りにも小さくて………誰にも聞かれることは無かった。
「――――――祐一よ。貴方は今、何処に居るのだ」
そんな…………弱音は。
後書き
第二部開始〜♪ と、言う訳で放たれし獣です。
はい、第十二話。一言で言うなら、展開早ッ!! ですな。(汗
何も考えずにつらつらと書き連ねていたら、いつの間にか此処まで来てしまいました。
まぁ、私的には氷雨がちゃんと出たのと、姫が出たのである意味満足です。(核爆
最後に出てきた姫様御一行は、次話で色々とやってくれます。というか、やらせます。(爆
しかし……………改めて見ても出来が良くないかなぁ。(滝汗
アザゼルの怒り
エアー西部に存在する、円形の大地。
直径約数kmにも及ぶ大地で、現在は観光名所となっている。
この大地は決して自然に出来るものではなく。それは周囲の山々の削られ方で明白。
この世界(ガイア)で最も普及している宗教の一つである、『闘神教』の闘神 アザゼル≠ェ作ったと云われているが定かではない。
ただ最近の研究によると、地上付近の大爆発が原因ではないか。という意見も出ている。
管理人の感想
祝・第二部開始。
1月の沈黙を破り、いよいよ第二部の開始です。
他の連載とか色々大変かと思いますが、頑張ってください。
主人公は登場していませんが、新キャラが数人登場。
まぁ一番注目なのは姫なんですが。
あとはホ○騎士?(爆
AIRからも数人が登場しました。
他の方々が登場するかは、分かりませんが。
次回は双方の接触編になるのかな?
楽しみに待つが吉でしょう。
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)