「それで? 黒の姫は此処で待っていろ、と言ったのか?」
女医であり、この診療所の主たる聖の言葉に、往人が頷いた。
「場所の指定はされなかったし、プライミッツ・マーダーとかいう犬が俺たちの匂いを憶えたって」
往人の言葉に、聖が驚きに目を見開く。そして呻くように呟いた。
「プライミッツ・マーダー………………ガイアの怪物≠ゥ」
「ガイアの怪物? あぁ、そういえばそんな名前も言ってたな」
思い出したように呟き、それがどうかしたか? と言わんばかりの表情の往人。
その様子に、聖が「あぁ」と、気付いたような声で反応し、口を開く。
「死徒二十七祖が第一位。そして霊長に対して、最強の
その名も『ガイアの怪物』。…………或いは
宵闇のヴァンパイア
第十四話 誓いし契約
ゴクリ………と、息を呑む音がやたらと大きく響く。
ヴァンパイアたる死徒たち。
その中でも最強クラスの実力者たちを、死徒二十七祖という。
死徒二十七祖の番付は、人類にとっての何れほどの脅威かを表している。
それで第一位。昨日の交渉では、単なる巨大な犬にしか見えなかった存在は、霊長に対する最大脅威だった。
「その様子では、そこのメイドさん以外は気付かなかったようだな」
やれやれ、とばかりに肩を竦める聖に、全員が情け無い思いを抱く。
特に秋子などは、穴があったら入りたい位に恥ずかしかった。
「まぁ、仕方ない………といえば、それまで何だろうが。
それでも君たちは知っていった方が良い。君たちが追うのはヴァンパイア。
そして君たちが関わっていくのも、ヴァンパイアが居るだろうから」
聖の忠告に、全員が深く頷く。
ここで祐一のことをヴァンパイアだと知っているのは、秋子たちによって説明を受けたからである。
初めこそ驚きを隠せない様子だったが、それらは直ぐに受け入れられた。
その背景には、今ベットの上で苦しみに喘いでいる少女の存在があったことは、言うまでも無い。
「それで君たちはこれから如何するつもりなんだ?
交渉の代価として、来栖川に黒の姫御一行を紹介するは分かったが」
「東鳩への移動手段ですね」
「あ、あぁ」
言葉の最後を奪うような形で、氷雨が言葉を紡ぐ。
逆に奪われるような形になった聖は、歯切れ悪く言葉を返した。
「その件に関しては問題ありません。既に目処は立ちましたので」
「ほぅ………、良く出来たメイドさんですね」
心底感心した様子で、聖は秋子へと微笑んだ。
対して秋子は「え、えぇ……」といった様子で、彼女も良く分かっていない雰囲気である。
「あ、あのぉ氷雨さん。私たちは、その方法を知らないんですけど………」
え? という表情で聖が視線を彷徨わせると、晴子たちが一斉に頷いた。
それを確認すると共に、聖は氷雨の方に再度視線を向けると、彼女は深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。この件に関しては、全て私の判断で皆様にお話しませんでした」
「………どうして話さなかったの?」
無口な舞が、相変わらずの無表情で問う。
対する氷雨は、どこか無機質ですらある表情で、問いに答えた。
「お話しする必要が無い、と判断しました。
今日の契約≠ェ成れば、アルトルージュ様よりお話しすると思われますので」
この言葉には、僅かだが全員が驚いた。
氷雨の言葉を端的に言い換えれば、来栖川への移動手段も、アルトルージュに任せる≠ニいうことである。
多少の違いこそあれ、氷雨以外の全員に同じ考えが浮かぶ………対価が足りるのか?≠ニいう考えが。
それを見透かしたように氷雨は一度頷き、顔を上げると共に口を開く。
「問題ありません。
アルトルージュ・ブリュンスタッドにとって昨日の対価は、それだけの価値を持っているのですから」
これに強い驚きを示したのは、往人、晴子、聖の三人。
逆に秋子たちは、酷く納得できた。
それは、アルトルージュが祐一に抱く思いと、程度の差こそあれ、同種の思いを抱いているからかもしれない。
「なぁ、それはどういう「来られたようです」
晴子の言葉を遮り、氷雨が診療所の出入り口を見る。
釣られるように見てみれば、三人と一匹が立っていた。
「全員揃っているかしら?」
外見が14〜15歳というアルトからは、想像もつかないほど艶っぽい笑みを浮かべての問い。
昨日のような桁外れたプレッシャーが無いせいか、場に息苦しさを感じない。
「はい。それと、昨日お話した子が………」
秋子の言葉と視線に、往人が無言で仕切りに使われていたカーテンを開く。
病院特有の真っ白なベットに横たわり、苦しげな呼吸を繰り返す観鈴の姿が、そこにはあった。
その姿には何も語らず。ただ静かに観鈴の傍らに移動するアルト。
そして観鈴の胸に手を置き、ただ静かに瞑目する。
「……………相当古い呪詛ね、下手をしたら私よりも年上か……………」
『ッ!?』
アルトの言葉に、秋子たちのみならずリィゾやフィナも驚愕を示す。
基本的にヴァンパイアというのは不老不死。
確かに死徒ならば、心臓や首を刎ねられると死ぬが、真祖はそれでも死なない。
ダメージによっては、再生にかなりの時間が掛かるが、今は置いておく。
問題はヴァンパイアというのは、総じて長命であるということ。
見た目が14〜15歳のアルトも、実際は900年以上は生きているのだ。
それよりも古い呪詛とは……………、
「見たことも無い術式ね。恐ろしく複雑で…………駄目か、魔術による解呪は受け付けないみたいね」
一人、ぶつぶつと自分の考えを断片的に口にしていくアルト。
恐ろしく難解な言葉の羅列であり、それを理解しえるのは秋子ぐらいだろう。
「やはり私の能力以外では不可能。…………足手纏いは少しでも減らしたかったけど、ね」
溜息。
呟いた足手纏いと言うのは、言うまでも無く秋子たちのことだろう。
アルトにとって、氷雨以外は全て雑魚であり、殺すまでも無い存在なのだ。
祐一を追う彼女にとっては、秋子たちは足手纏い以外の何者でも無い。
「では、始めましょう」
胸に当てていた手の指で、観鈴の胸を柔らかい動きで引っ掻く。
何気ない動きだったが、ジワリと紅い液体が滲み出てきた。
「っ!?」
思わず前に出そうになる往人と晴子の二人を、リィゾとプライミッツの一人と一匹が制止する。
晴子にはリィゾが、往人の前にはプライミッツが立つ。
晴子の前に立つリィゾは、腰に佩いていた両刃の漆黒の剣を、晴子の眼前へ突き出していた。
眉間に突きつけられた剣は、僅か数ミリという位置で制止している。
リィゾの眼光は、動けば殺すと雄弁に語っており、僅かながら殺気すら放っている。
金縛りを受けたように晴子は動きを止め、ガクガクと震える足で辛うじて立っていた。
問題は往人の方だ。
充分な呼吸が送れない程の浅い呼吸を繰り返し、口からはヒュー、ヒューという肺を潰されたような音がする。
その表情は恐怖を通り越した絶望で彩られ、逸らすことすら許されない視線の先には、プライミッツが静かに佇んでいた。
プライミッツからは、殺気も、怒気も、何も感じられない。
ただ見ているだけ。たったそれだけで、往人は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥っていた。
ガクン
「国崎くん!!」
糸の切れた人形のように、崩れ落ちる往人を、間一髪で聖が支える。
聖に支えられた往人は、白目を剥き、全身を痙攣させながら気絶していた。
ある意味、運が良い、そう聖は思う。
プライミッツ・マーダーと呼ばれる白亜の魔犬は、睨むだけで人を殺せると聞く。
そんな怪物に睨まれて、気絶だけで済んだのなら僥倖以外のなにものでもないだろう。
「――――――我は血を持ちて契約を掲げる者なり」
今起こったことの全てを無視し、短く呟かれた言葉。
これこそがアルトが決めた、能力解放のトリガー。
詠唱のように呼ぶのではなく、引き上げる為に使われるのが、この言葉だった。
アルトの指先に付いていた観鈴の血が、まるで生き物のように蠢く。
それが再び血が観鈴の中に戻ろうとするが…………、
パシャ
「アルトルージュ様!?」
突然血が弾けた。
少量の血だったが、勢い良く弾け飛んだ所為で、アルトの頬に僅かに付着する。
「騒ぐな、リィゾ。
単に呪詛が強すぎて、私の契約≠弾かれただけよ」
どこか愉悦すら滲ませた言葉に、プライミッツ以外の全員が驚愕を示した。
地上に於いて最強と謳われる真祖が一体・『黒の姫』………そんな彼女の能力を退けるほど呪詛。
馬鹿げている。こんな呪詛、一体誰が組み上げられるという…………、
「そうか。……………いや、まさか。
だが、伝承と症状が違うが…………」
何か思いついたのか、聖が一人でブツブツと何事か呟く。
その呟きを聞き、アルトが観鈴から聖へと視線を移した。
「何か思い当たることでも?」
「いや、古くから在る呪詛で、恐ろしく強大なモノが一つだけ在るが…………」
「へぇ、興味深いわ。間違いでも構わない、言いなさい。今直ぐに」
強制力すら伴ったアルトの言葉に、憶えている限りのことを脳裏に浮かべる。
そして、それを声に変え、語り始めた。
「翼の呪い=c……古くからエアー全域に亘って発生する、謎の呪詛。
何故かエアーに住む少女だけが呪詛の対象と成り、17歳で絶対に死ぬ呪いだ。
そして名の由来は、死の直前に翼が生えることかららしいが…………悪いが私もこれ以上は知らない。
何せ、この呪詛はもう100年も発現が確認されてないからな」
エアーでのみ発生する不可思議な呪詛………それが翼の呪い≠ナある。
数百年以上も昔から、エアーに発生していたが、誰一人解呪出来なかった強大無比な呪詛。
掛かれば死亡率100%という恐ろしい呪詛だが、有名どころか無名に等しいのには訳がある。
この呪詛は他人にうつることも無ければ、複数に掛かることも無い。
しかも短くて数年、長い時に100年も間が空くのである。それで死亡者は一人ならば、無名なのも仕方ないだろう。
「成程、これが翼の呪い≠ネのね。
300年くらい前に、一度だけ聞いたことがあるけど………実際に眼にするのは今日が始めてだわ」
観鈴の胸元に浮かぶ赤い血を手に取り、ゆっくりとした動きで舐める。
ハァ………、という艶っぽい吐息が漏れ、口元の笑みが深まった。
「面白い。まさか、これ程の呪詛とはね。
ならば私も、相応の力をもって臨みましょう」
瞬間、世界に魔力が溢れ出た。
物理的な圧迫感すら伴った、絶大なる魔力。その魔力は、狭い診療所の一室に限定的に満ちる。
誰かが言葉を発する暇も無く、詠うように詠唱が響き渡る。
「―――――其は血と契約を示すものなり」
ただ漠然と満ちていた魔力が、一つの意志の元、一つの力へと変わっていく。
「―――――真は天蓋にあり、其は水面に浮かぶ」
不思議と昨日のような恐怖は感じない。感じるのは、死すら受け入れてしまいそうな安らぎ。
「―――――其は我が象徴。故に其に在りて、我が力を解放せん」
魔力はたった一つの事象を、構築式によって成していく。それは一般に禁呪とされる最高奥義。
「―――――祭壇より、贄の血で満たせ
瞬くよりも疾く、世界が覆った。
部屋の壁は消え、天井も失せ、天には真円の月が浮かぶ。
真昼だった世界は夜に変わり、硬い床は見たことも無い黒い水が覆っている。
そして黒い水面に浮かぶのは、血のように紅い、禍々しい月。
―――――この世界のなんと美しいことか。
―――――この世界のなんと恐ろしいことか。
―――――この世界のなんと安らかなことか。
固有結界は術者の心を映すと言う。
ならば、夜の闇と、月の光だけがアルトの心にある全てなのだろうか?
疑問に答える者は無く、月と水面の境界に彼女は立っていた。
「…………綺麗」
誰とも無く、感嘆の声が漏れた。そう、彼女は余りにも綺麗で、美しい。
薄く瞑目している横顔は、思わず溜息が漏れるほど。
限り無い【魔】に位置する存在でありながら、その容貌は神々しさすら感じられる。
幼い14、5歳だった躰は、20歳前後という大人の躰に変化していた。
不自然なほどに余裕があった漆黒のドレスは、ギリギリまで広がって彼女の肢体を覆う。
メリハリの効いた見事な肉体は、同性ですら魅了するに値した。
「……………では、改めて始めよう」
瞑目していた瞳を、アルトは開いた。
幼い少女の頃と変わらぬ、血に濡れたような深紅の瞳。
その深紅の瞳が、ベットの上に横たわる少女………観鈴の目を射抜く。
浅く、苦しげな呼吸を繰り返し、薄っすらと涙を浮かべた目で、アルトを見返した。
その瞳に映るのは、絶望ではなく希望。
強い意志を持つ瞳を見て、アルトは口元の笑みを深めた。
これだ、この目こそ価値がある…………そう、アルトは思う。
弱く、脆弱で、醜い人間。
これは彼女だけでなく、人間以外の多くの種族が持つ共通の認識だ。
増えすぎた人間は、既に世界を蝕む害悪以外の何者でもない。
だが、人間というものは二面性を持っている。
即ち、強く、強靭で、美しい。
本当に一握りの人間しか持ち得ないものだが、何よりも儚く、価値がある。
長い時を生き、強大な力を有するヴァンパイアたるアルトにも、それは高い価値があった。
「貴女は……………強いわね」
一瞬、アルトが優しく微笑んだように見えた。
だが、それは突然発生した閃光に掻き消され、誰一人確認できたものはいなかった…………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「はぁっ………ぁ………れ?」
眼を開き、上手く稼動してくれない頭で、必死に状況を確認する往人。
観鈴の肌に血が滲んで、自分の頭に血が上って駆け寄りそうになって。
突然動いたはずの自分よりも速く、目の前に白い犬・プライミッツが居て。
そいつの眼を見た途端、
「―――――ぁっ! ぉえ、げぇ!!」
最悪の気分になった。
喉を何かがせり上がり、そのまま吐き出しそうになる。
何とかそれは抑えたが、口の中に酸っぱいものが広がった。
「大丈夫かな、国崎くん」
掛けられた声に、往人は視線を向ける。
そこに立つのは診療所の主・聖だ。
相変わらず趣味の悪いシャツを着込み、その上に医者特有の白衣を着ている。
何故か酷く疲れたような表情をしているが………。
「聖……? そうだ。観鈴、観鈴は如何した!?」
思わず詰め寄りそうになる往人を止めたのは、彼自信の本能だった。
彼の前には小さいが、恐ろしく鋭い輝きを放つ手術などで使われるメスが突きつけられていた。
突きつけたのは他でもない聖で、その疾さたるや抜き手も見せないほどである。
人間は興奮状態であっても、目の前に刃物が突きつけられると、本能的に冷静になるのだ。
「落ち着いたかね?」
「あ、あぁ………悪いな」
「別に気にすることは無い。
君が短慮なのは知っているし、…………何より大きな貸しがある」
僅かに微笑し、往人の言葉に答える聖。
貸しというのは、彼女の妹・佳乃のことだろう。
往人自身は何も出来なかった。そう思っているが、霧島姉妹には深く感謝されている。
ここで多くは語らないが、霧島姉妹にとって往人は、救いの主に等しいのだ。
「で? 観鈴は!?」
「余り変わっていないな、全く…………。
私から言う必要は無いだろうが、敢えて言わせて貰おう。
―――――喜んであげなさい。そして、安心させてやりなさい」
普段使うこと無い口調で往人に告げると共に、背後のカーテンを開く。
そこにはしゃくり上げながら必死に少女を抱きしめる赤毛の女性………晴子の姿。
そして抱きしめられた少女は僅かに苦しそうな表情を作っているが、それでも抑えきれない喜びが顔に映っている。
「―――――ぁ」
不覚にも涙が零れそうになった。
数日しか経っていないにも拘らず、もう何十年も探し求めた錯覚すら覚える。
それほどに想っていたのか………。そんな新たな発見と同時に、少女と目が合った。
「にははは」
少しだけ恥ずかしそうに、そして何よりも嬉しそうに…………。
少し変わった笑い声は、彼女特有の笑い方。
堪えきれない。そう思った途端に、両目から涙が止め処なく流れた。
ゆっくりと、だが確かな足取りで少女へと近づく往人。
少女を抱きしめていた晴子は、目元を押さえながら離れていった。
ベットから半身を起こして、往人を見上げる少女は、彼の目から流れるものに気付いて困ったような表情を作る。
「が、がぉ」
奇妙な鳴き声のようなものを上げる少女。
その声を聞き、在るべき筈の日常を思い出した。
ゴツ
「イタッ! どうしてブツかなぁ」
少しだけ強く小突く。口を尖らせ文句を言う観鈴の顔は、笑顔。
そして、ゆっくりと彼女の頬にも涙が伝う。
お互いに浮かべるのは泣き笑いの表情で、二人にとってコレは儀式だった。
「往人さん。私、諦めなかったよ」
「………あぁ」
泣き笑いの表情で、ポツリポツリと言葉を繋いでいく。
「私、頑張ったかなぁ?」
「………当たり前だ」
少女の問いに、往人は力強く答えた。
「じゃあ、ご褒美が欲しいな」
「………金なら無いぞ」
「にはは、知ってる」
互いに瞬きも忘れ、ただただ次の言葉を待ち、そして紡ぐ。
「………………ギュってして欲しいな」
ギュゥ
「がぉ、苦しいよ」
「馬鹿、我慢しろ」
女性らしい華奢な体を、ゴツゴツとした男の体が包み込む。
溢れていた涙が、更に溢れてきた。
一生分の涙を、ここで使い切るかもしれない………そんな埒も無いことを思い浮かべ、彼女の感触を確かめる。
(小さいな…………)
男と女の体格を比べるなど無意味だが、往人にとって腕の中の少女はとても小さく感じた。
そして、こんなにも小さな彼女が、ずっと戦い続けた………いや、今も戦っている。
――――――――なら、自分は彼女を支えよう。
――――――――なら、自分は彼女を護ろう。
――――――――なら、自分は彼女の傍に居よう。
誰にも聞かせることは無い誓いを、今此処で、心の中で立てる。
決して違える事の無い誓い。
背負った誓いは軽くは無い。けれど、重すぎることも無い。
何故なら、国崎往人は……………誰よりも神尾観鈴を愛しているのだから……………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて、彼方で盛り上がっている二人は放って置くとして、真剣な話をするか」
抱き合う二人を横目で見つつ、元の幼い少女の姿に戻ったアルトがそう前置きして、口火を切った。
「このエアーから東鳩に渡る方法…………。それを貴方たちは如何するつもりなのだ?」
「それは愚問では?」
アルトの問いに、誰よりも早く氷雨が問い返す。
二人の睨み合いは一瞬。真剣な表情を先に崩したのは、アルトだった。
とはいえ、氷雨はずっと無表情のままなのだが………。
「だろうな。だが、それでも訊いた方が良かろう?
まぁ有り得ぬとは思うが、転送装置≠所有しているやも知れぬからな」
アルトの言葉に、秋子たちは苦笑するしかない。
所有している訳では無いが、カノンからはそれで来たのだから。
「では、移動方法に関しては、我等に任せてもらおう。なぁ、フィナ」
アルトが視線を送ると、白き騎士は変わらぬ無邪気な笑みを浮かべて答える。
「そうそう、僕の船≠ナひとっ飛びだよ〜♪」
フィナの言葉に、どこか違和感を感じずにはいられなかったが、誰も疑問を挟むことは無かった。
「そうだ、確か晴子だったな。御前に言って置くことがある」
唐突に掛けられた声に、目をしきりに擦っていた晴子が顔を上げた。
思いっきり泣いて、思いっきり擦ったらしく、その両目は兎のように真っ赤になっている。
「あの娘………観鈴に掛けた契約は、時間制限付きだ」
「っ!?」
「無論、手を抜いた訳では無い。本来の姿に戻っても、それが精一杯だったのだ。
私の契約≠ヘ一種の願望機に等しい能力だが、それだけに制限も多い。
アレほど強力な呪詛では、半年間呪詛を停止させておくことしか出来なかった。
恐らく、半年後には塞き止めていた呪詛の力が決壊し、観鈴は一日と保たずその命を儚く散らすであろう」
容赦の欠片も無いアルトの言葉。
だからこそ、その言葉に嘘は無く、その全ては真実であることを証明している。
驚愕に目を見開いていた晴子は、いつの間にか顔を俯かせて、躰を僅かに震わせていた。
「晴子……「うちも此処で誓う」……え?」
気遣わしげに声を掛けようとした秋子だったが、静かに響いた声に動きを止める。
声を発したのは震えていたはずの晴子。
「あの子を護ってみせる。あの子だけは、絶対に死なせへん!!」
拳を振り上げ、天高く誓いを掲げる彼女は………、
「あの子は、うちの大事な娘やから………ホンマにええ子やから………」
秋子が嘗て見た彼女と同じように輝いていて………、
「観鈴の未来を………誰にも奪わせない!!!」
天にある太陽のように、気高く、美しかった………………。
そんな彼女を姿を見ても、秋子の中の何かが晴れない。
祐一と会えないからの不安では無い。この先に待ち受ける何かに対しての、漠然とした不安。
そんな予知めいた予感を感じ取りながらも、彼女は前へ進む。
その先に待ち受けるのが地獄であっても、その更に先に祐一が待つのであれば、秋子は迷うことなく前へと進むだろう。
そして秋子の娘よりも幼く見えるアルトもまた、同じ想いを持っているはずだ。
ここで一旦幕を降ろそう。
常夏の国エアーでの全ての物語は終わった訳では無いけれど、
今はまだ時は満ちず、舞台も未だ整わぬ。
故にもう一つの幕を上げよう。
全ては運命という名のシナリオのままに動いている。
その歯車の中心に立つ、彼の舞台の幕を…………。
後書き
エアー編が終了いたしました。全三話の短いお話でしたが、存外時間が掛かってしまいましたね。(汗
幕引きが少々強引でしたが、このままだと余計なことまで書いてしまいそうで………何というか、ネタバレ的なことを。
彼女達の再登場は第三部になります。きっと先は長いですが、お待ちください。
その再登場の時に、移動手段……フィナの船≠烽ィ目見えです。余り期待しないように。(笑
そして次回から祐一が登場です。なんか、久し振りって感じですな。(苦笑
それではこの辺で。…………………………………………………………萌えが少ないなぁ。(核爆
管理人の感想
14話です。
萌え補完ならず。(核爆
大人にはなったんですけどねぇ。
今回は観鈴と往人のラブ?
最後におっかさんが美味しいとこさらっていきましたけど。(笑
途中往人君はカッコ悪いとこを見せちゃいましたけど、まぁ相手が悪かったですし。
取り敢えず、観鈴は時間制限つきとは言え自由を得られて良かった良かった。
次回からいよいよ祐一編。
新キャラの登場、そしてギャグの嵐が貴方を襲う!?(放たれし獣さん次第
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)