衛宮家の居間。
俺を含めた全員が、その部屋に集まっていた。
配置として、俺の左は銀の鎧を纏った少女、右が金の鎧を纏った少女。
正面に遠坂が座り、その横に紅い外套を纏った白髪の男が座っている。
ランサーとかいう、青い革鎧を身に纏った男に破壊された硝子は、遠坂が直してくれた。
遠坂というのは、俺と同じ学年の女生徒のことで、名を
遠坂 凛 という。成績優秀、品行方正、衆目美麗という出来すぎた人間なのだが…………。
「何よ?」
ふっ、儚い夢だったという訳ですか………。
机を挟んで座っている遠坂は、間違いなく遠坂だ。
黒髪のツインテールに、意志の強そうな瞳。うん、間違いないな。
「何よ、そのがっかりした様な目は………」
「何でもない。ただ、少し現実の厳しさを知っただけだ」
そうさ、これが真実なんだ。
あの優しい遠坂は猫で、いつもはそれを被っているだけ………。
分かってるよ、騙された方が悪いんだってことは………。
「なに無言で黄昏てるのよ! しかも、何かムカつく!!」
あぁ、こうやって少年は大人の階段を上っていくんだな…………。
Twin Kings
第一話「金さん銀さん」
「それにしても驚いたわね。衛宮君が魔術師だったなんて」
晴れやかな表情で、遠坂は言う。
余りにも晴れやかな表情だったので、俺は思わずジト目で睨んでしまう。
「何よ。そんなに痛かったの?」
「当たり前だ。思いっきりテンプルに入れやがって…………」
殴られた箇所を押さえつつ、倒れていた体を起こす。……………良く気絶しなかったな。
「何故か殴っておいた方がいい気がしたのよ。気にしないで」
「気にするわっ!!」
全く、この乱暴者め! 親の顔を見てみたいぞ。
「で、遠坂も魔術師なんだろ?」
「まぁね。この辺り一帯の管理をしているが遠坂家だから」
話を切り替え、確認作業のような問いに、遠坂は頷いて答えた。
管理、というのは、恐らくは霊地の管理のことだろう。
霊地というのは、地脈が多く交わり、土地自体に強力な魔力が宿った場所のことを言う。
魔術師から見れば、大規模な魔術儀式などの時に有効な場所であり、管理するのは当然の場所だ。
…………と、いうことを
切嗣 から聞かされたことがあった。
「衛宮君って、協会に属して無いでしょ?」
「協会って、魔術師協会のことだろ? そんなの俺も、死んだ親父も属してない筈だぞ………多分」
「多分って…………いい加減ね。まぁ、そうだとは思ってたけどね。私の所に挨拶に来ない時点で」
苦笑と共に、遠坂は頷いている。
魔術師協会………通称・協会と呼ばれる組織は、魔術師達の総本山のことだ。
世界中に支部を持ち、ありとあらゆる霊地の管理を行ない、そして『根源』を目指すことを目的とする組織。
大抵の魔術師は、この協会に属しており、俺のように単独でやっている人間は、本当に稀である。
「さて、回りくどいのも何だし、率直に聞くわ。……………貴方、何をしたの?」
殺気すら滲ませた問いに、全身から冷汗が噴き出る。
気を抜けば、ガタガタと体が震えそうになるが、遠坂の問いは容赦なく続いた。
「本来1クラスに1体しか呼べない筈のサーヴァントを、同時に二体も呼ぶなんて」
弾劾するような言葉だが、俺には言っている意味がさっぱり分からなかった。
「分かってるの? 貴方は、この聖杯戦争を根底から覆しかねないことを――――――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
必死に叫びを上げて、遠坂の糾弾に静止を掛ける。
むー、という表情だが、取り敢えずは止めてくれたので、今の内に聞いておこう。
「まず訊きたいことなんだけど…………聖杯戦争って何?」
『はぁ!?』
三つの声が、完璧にはもった。一つは遠坂、残る二つは俺の左右に座る二人から。
逆に声を上げなかったのは、紅い外套の男だ。
こちらを嘲るように見ている。……………………やっぱりムカつくな。
「それに、サーヴァントとかセイバーとか…………何のことかさっぱりだぞ」
『………………』
うっ! 分かってたけど、沈黙が痛い…………。
段々と上がっていく眉尻に、それを見ている俺の心拍数も危険な域に達しないか不安が………。
「ハァ…………何だってこんな奴にセイバーが行くのよ。
あぁ! 私なら最強のコンビになれたのにぃ!!」
『おいおい』
俺と誰かの声が被る。………って、男の声だからアイツしか居ないか。
「ふん。確かにどちらのセイバーにも、こんな半人前にもならないマスターを得たことは不幸だろうよ」
「っだと、テメェ」
ムカつく。他の誰に言われるよりも、コイツに言われることが我慢なら無い。
思わず立ち上がり、詰め寄ろうとする俺を誰かの手が止めた。
「マスター、敵を斬るのなら指示を」
冷静な少女の言葉は左手から。
銀の鎧を纏った少女が、敵意を孕んだ瞳で男を睨んでいる。
これが逆に自分を冷静にしてくれた。
「いや、良いんだ。え、っと…………」
「セイバーです。セイバーとお呼び下さい」
セイバー? と、オウム返しで口にすると、今度は右手から声が出た。
「違う。
我 の方がセイバーだ、貴様は別の類だろう」
ふん、といった感じで、不機嫌そうに言い捨てる金の鎧を纏った少女。
対して銀の鎧を纏った少女が、こめかみをヒクつかせる。
「良い度胸です。………………敗北を味わいたいようですね」
ピクッ
「…………貴様こそ、もう一度地面を舐めたいようだな」
あぅ。ヤバイ………これはヤバイ。
さっきまで庭でやっていた珍騒動の再現が――――――。
「あぁもう! 金セイバーも銀セイバーも大人しくしなさい!!」
「誰が金セイバーだ!」
「誰が銀セイバーですか!」
遠坂の言葉に、異口同音で反論する二人のセイバー。
さり気無く自分がどちらか分かっている辺り、自分でも認めているんだろうか?
「気に入らないのなら、金さん銀さんでも良いわよ」
「「ふざけるなぁっ!!」」
トオサカサン、オネガイデスカラヒニアブラヲソソガナイデ…………。
「アーチャー、此処は一時休戦ということで良いでしょうか」
「クックックックッ、良いだろう。
我 もそう言おうと思っていたところだ」
ゆらりと幽鬼の如く立ち上がる二人。
うぅ、滅茶苦茶怖い。間に挟まれている俺の神経が、秒単位で削れていくのを感じるぞ。
「待て、銀セイバー。今、何と言った?」
「セイバーです!!
えっと、アーチャー、此処は一時休戦ということで良いでしょうか≠ナすが、何か?」
「アーチャー、だと?」
男が目を細め、何かを思案するように腕を組んだ。
余りに不可解な行動に、全員の動きが止まる。……と、思ったら遠坂が口を開いた。
「ちょ、何言ってるのよ! アーチャーはコイツよ。
まさか……………貴女、昔の聖杯戦争の記憶があるの!?」
有り得ない、とばかりに声高に叫ぶ遠坂に、金セイバー(仮)や紅い外套の男も同じような表情をしている。
逆に銀セイバー(仮)は、喋りすぎたとばかりに苦い表情をしていた。
う〜ん、やっぱり言っている意味が分からないけど、銀セイバーがピンチっぽいな。
「なぁ、遠坂。彼女を問い詰める前に、俺にも事情を説明してくれ。
はっきり言って、理解不能な出来事が立て続けに起こっていて、脳が爆発しそうだ」
爆発までは言い過ぎだろうが、脳ミソがいっぱいいっぱいなのは本当だ。
正直なところ、ちゃんとした説明が欲しい。それと、事実を受け止めるだけの時間も。
「ハァ………しょうがないわね。良い? 一度しか言わないから良く聞きなさい。
それと、説明の途中で質問しないこと。質問は最後に、纏めて聞くから」
「了解」
返事と共に頷き、ぐっと遠坂を見つめて言葉を待つ。
「コホン。じゃあ、まずは聖杯戦争とは? これについての説明からしましょうか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………以上が、聖杯戦争に関しての最低限の知識ね」
「………………」
正直に言って、言葉が出なかった。
聖杯という最高位の聖遺物を巡る殺し合い、それを聖杯戦争という。
七人の魔術師をマスターと呼び、それらに与えられる七体の従者・サーヴァント。
使い魔としては最高ランクの英霊を従えた戦いに、俺は巻き込まれたらしい。
巻き込まれたこと自体は、別に如何でも良かった。
ただ、自分の両隣に座っている何の変哲も無い(格好や容姿は除く)少女。
それが、生前の行いによって英雄となった者だということが、酷く衝撃的だった。
そして、何よりもこんな馬鹿げたことを、今までに四度も行なっていることを腹立たしく感じる。
「さて、聞きたいことはこれで全部?」
「あ、いや。悪いが、二、三訊きたい事があるんだけど………」
「良いわよ。答えられる範囲なら、答えてあげる」
なにやら含みのある笑みを浮かべて、遠坂は快諾してくれた。
非常にその含みが気になったが、気にしても仕方ないので無視する。
「えっと、まず一つ目。聖杯を今までに手に入れた奴は居るのか?」
「あぁ、そういうことなら私以上に詳しいのが居るから、そいつに聞いて。
どの道、後であってもらう予定だから。一応言っとくけど、私の知る限りだと居ないわ」
ふむ。まだ気になるが、後で詳しい人に会わせてくれるらしいから良いか。
「じゃあ、セイバーとか、令呪とかについて教えてくれ」
「良いわよ。まず、貴方が召喚したのは剣の騎士・セイバーよ。
他にも私の隣に居るのが、弓の騎士・アーチャー。
貴方を襲ったのが、槍の騎士・ランサー。
他にも狂戦士・バーサーカー、騎乗兵・ライダー、魔術師・キャスター、暗殺者・アサシンが居るわね」
スラスラと語る遠坂。うん、眼鏡が似合いそうだ。
何ていうか、女教師ちっく?
「これらは聖杯が用意したクラスであり、適正がある英霊がランダムに選ばれるのよ。
まぁ、正確にはランダムじゃなくて召喚時の触媒で決まるんだけどね。
それはさておき。英霊である彼らには、本当の名前……つまりは
真名 があるんだけど、普通は呼ばないわね。理由は簡単。そこから弱点が露見する可能性が高いのよ」
成程、と俺は頷いた。英霊というのは、大体にして過去の傑物だ。
当然、その生涯に関して書かれた書物があり、それがあるからこそ、ある意味彼らは英霊となりえるのだ。
そして生涯が書かれたものがあるということは、死因や苦手とするものが自ずと書かれてものである。
俺自身が如何思おうと、既に戦場は用意されている。
そんな場所で、弱点を露見させることなど愚の骨頂だと言えるだろう。
「そして令呪はサーヴァントを律する道具みたいなものよ。三回っていう回数制限つきでね。
詳しく説明すれば、この刺青みたいなのはサーヴァントに対する絶対命令権なのよ。
瞬間的で、具体的な命令ほど強制力が高いわ。逆に長期で、漠然とした命令に対しては効果が低いわね。
先に言っておくけど、サーヴァントはあくまでも協力者なのよ。それも魔術による強制的な。
この令呪を使い切った時、大抵のマスターは自分のサーヴァントに殺される。そこんとこ、忘れないようにね」
ピッと人差し指を立てて、やや強い口調で言い切る。
むぅ。絶対命令権か……………でも、そんなのは………………。
「あぁ、口にしなくてもいいわ。その顔を見れば、一目瞭然だから。
どうせ、命令なんてしないから必要ない、って言うんでしょ?」
む、鋭い………。というか、俺が分かり易いだけか?
「良い? 令呪はね、サーヴァントの意志とは無関係に行動させることが可能なの。
例えば他のサーヴァントとの戦闘中に、どっちでも良いけどセイバーが危なくなるとするわね。
その時、セイバーだけの力では躱せないような攻撃が来たと仮定するわ。
それを令呪なら、貴方とセイバーの魔力で可能な場合のみ、躱させることが出来るの。
分かった? 令呪はね、安全装置であり補助装置でもあるのよ」
そうか、そういうことなのか。うん、良く分かった。
流石は遠坂、人にものを教えるのも上手いな。
「これで全部かしら?」
「あぁ、取り敢えず訊きたい事はこれで全部だ。後は二人の呼び名だな」
「呼び名? ………あぁ、そうね。二人ともセイバーなのよね」
遠坂がやれやれとばかりに溜息を吐き、交互に二人を見る。
二人とも難しい表情で俺の方を見ており、何やら思案しているようだ。
僅かな沈黙の後。先に口を開いたのは、金セイバーの方だった。
「先に言うが………雑種、貴様に真名は教えん」
またしても、堂々と言い放つ金セイバー。なんでさ?
「マスター、それに関しては私も同意見です。
マスターは少々顔に出すぎる。端的に言えば、嘘を付くのが下手だ。
だからこそ、真名に関しては伏せさせて貰いますが……宜しいでしょうか?」
銀セイバーが詳しく説明してくれた。そういうことか………。
別に良いけど…………。なぁ、遠坂。一人で当然ね、とか言いながら頷くのは止めてくれ。
「分かった。でも、それじゃあ余計に呼び名を決めないとな。
金セイバー銀セイバーや、金さん銀さんは嫌なんだろ?」
「当たり前だ!」
「当然です!」
むぅ、じゃあ如何しようかなぁ………。
「
我 は王だ。セイバーと呼ばぬのなら、王と呼ぶがいい」
「王ねぇ………それだけじゃあ彼女が、何ていう英雄か分からないし、良いんじゃない。
セイバーが剣の騎士という意味で使われるから、ならキングって呼べば?」
遠坂の提案に、俺は即座に頷いた。
よかった…………本当によかった。これで二人が争う原因と、俺の気苦労が減ったな。
「
我 は構わんぞ」
「なら、私が正式にセイバーを名乗ります。これから宜しくお願いします、マスター」
ペコリと頭を下げるセイバーに、俺は手で制止しつつ口を開いた。
「俺は衛宮 士郎。士郎で良いよ、セイバー。セイバーもキングも、これから宜しく」
そういって、俺の方が頭を下げる。
過去の偉大な英雄が仲間になってくれるなら、俺の方から頭を下げるべきだ。
そう、俺は思う。
「分かりました。では、シロウと」
「ふん、
我 はまだ貴様を認めた訳では無い。故に貴様は、雑種のままだ」
二人が其々の言葉で応えてくれる。
ちょっと発音が違うセイバーに、名前すら呼んでくれないキング。
何の手違いか、二人を呼んでしまった以上は、二人と頑張っていこうと思う。
「さ、これで全部ね。今度は私が質問する番ね、ちなみに衛宮君には拒否する権利は無いから」
俺が決意を決めている最中に、ニッコリと微笑みながら、遠坂がそんなことを言う。
もう少しぐらい浸る時間をくれませんか………。
「何で俺には拒否権が無いんだよ」
「だって、私は貴方の為に聖杯戦争のことを教えてあげたのよ。
魔術師の基本は、等価交換。この私がただでモノを教えるとでも思った?」
ニヤリ、と底意地の悪い笑みを浮かべる遠坂。
さっきの含みは、これのことだったのか…………。
「物凄く嵌められた気がするけど…………まぁいいや。
それで、俺みたいなのに何を聞こうって言うんだ?」
「えぇ。改めて確認するけど、貴方は魔術師なのよね?
物凄くショボイ結界しかないけど」
物凄くショボイって……………。
家に張られたのは、
切嗣 が生前に張ってくれた結界だしなぁ。これでも充分役に立ってるんだが………ランサーの侵入にもちゃんと警報が鳴ったし。
「ショボイは余計だけど、そうだ」
「じゃあ、両親から学んだのよね? ………まさか、有り得ないと思うけど、独学?」
「いや、
切嗣 から無理言って教えてもらった」
「無理を言って…………?」
怪訝な表情を作り、何やら考え込む遠坂。
はて? 何か可笑しなことを言ったかな?
「妙ね…………って、もうこんな時間じゃない!?」
偶々視線が時計に合ったのだろう。妙に焦った動きで、遠坂が立ち上がった。
「何、ボ〜ッとしてるのよ! さっさと出かける準備をしなさい!」
今にも飛び出さんばかりの気迫で、捲くし立てる遠坂に、思わず此方も焦ってしまう。
「出かけるって、何処に行くんだよ?」
玄関へと向かおうとした、遠坂の背に投げかけた言葉。
彼女はそれに視線だけで振り向き、一言で答えた。
「教会よ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺の家がある
深山 町から、冬木 大橋を越えて新都 へ。その新都の郊外に立つのが、教会だった。
オフィスビルなどが立ち並ぶ、華々しい都心に比べれば、随分と閑散とした場所に建っている。
だが、それがより一層荘厳な雰囲気を醸し出し、それに加えて立派な教会とくれば充分すぎるほどの異質を見せていた。
「シロウ、私は此処で待たせてもらいます。………宜しいでしょうか?」
「雑種、
我 も此処で待つことにする。この先は貴様等だけで行くがいい」
教会の前に着いた時、セイバーとキングの二人がそういった。
突然そんなことを言い出す二人を、少しだけ怪訝に思ったが、何も言わなかった。
俺は軽く承諾の言葉を掛け、遠坂と共に教会の中へと踏み入った。
「綺礼ー、綺礼居ないのー?」
入り口と一緒くたになっている礼拝堂で、遠坂が教会中に響くような大きな声で呼びかけた。
そういえば教会に入ったのは初めてだなぁ、などという事を思い浮かべていると、ソイツが現れた。
「ふむ、凛か。再三の呼び出しにも応じなかったお前が、自分から
教会 へ来るとは」
「ふん。私だって、出来ればこんな所には来たくは無かったわよ」
神父服に身を包んだ、長身の男。
彫りの深い顔立ち。やや色素の抜けた茶色い髪は、首元で広がるような癖がついている。
が、そんな外見の特徴など如何でも良かった。
それ以上に眼前の男に対して、本能が壮絶なまでの敵意を感じている。
いっそ殺してしまえ、という物騒極まりないほどの敵意を、初対面であるはずの男に抱いてしまった。
敵意なら遠坂のサーヴァントであるアーチャーにも抱いたが、眼前の男は別物だ。
この男とは、同じだが絶対的に違う。そんな矛盾した印象を抱いた。
「ほぅ………成程、そこの男が七人目ということか」
モノを選定するような目で、俺を見る神父。
ここへ来る途中、遠坂からコイツが聖杯戦争の監督役だと聞かされている。
胡散臭い似非神父で、同門の兄弟子なのだと愚痴を交えつつ彼女は語っていた。
「では、君には感謝せねばなるまい。君が居なければ、凛は此処に足を運ぶことは無かっただろう」
一歩、神父が前に出つつ言う。
その横で、遠坂が本当に嫌そうな顔をしていた。
「私の名は
言峰 綺礼 。少年よ、君の名を教えてはくれないか? 最後のマスターとして」
まるで全てを見透かしたような眼で此方を見ながら、神父……言峰が問うた。
物凄く嫌な感じだ。今すぐ言峰の顔を殴りつけて、そのまま庭に埋めてやりたいぐらいだ。
……………なんか、思考がヴァイオレンスになってきているような……………?
「衛宮 士郎」
出来る限り端的に言った言葉に、言峰の笑みが深まる。
僅かな驚きと、壮絶な歓喜…………そんな感情が見て取れた。
これが日常の変人なのかと思えば、言峰の隣にいる遠坂が驚いているので違うのだろう。
「凛、彼はどの程度の知識を持っている?」
「殆ど私が教えたわ。ただ、今までに聖杯を手にしたものはいるのか? っていう質問は別だけど」
言峰の問いに、遠坂があっさりと答える。
ふむ、と両手を腰の後ろに回して組み、言峰が再び口を開く。
「ならば、その問いに答えよう。
結論から言えば、聖杯を手にしたものは居ない。何故なら聖杯は持ち主を選ぶのだ」
「聖杯が…………選ぶ?」
「そうだ。故に聖杯戦争を最後まで勝ち残ったところで、手に入るとも限らん。
尤も、逃げてばかりの者になど絶対に手に入ることは無いがな」
失笑を浮かべ、言峰が語る。
しかし疑問がまだ残った。これは最初に思った疑問で、埒も無いことだが………。
「聖杯は本物なのか?」
伝説では聖者の血を受けた杯であり、その中は常に聖者の血で満たされているという。
血を浴びた者は不老不死となり、聖杯に願えば全ての願いを叶えるという。
しかし、そんなものは伝説だけのものであり、誰一人として聖杯を見た者は居ないというのが現実だ。
だからこそ、聖杯の存在自体が怪しい。ひょっとして誰かの陰謀では無いかと疑ってしまう。
「さて………聖杯の真贋など私にも分からぬ。
ただ言えることは、間違いなく全ての願いを叶えるだけの願望機であることだけだ」
成程、モノの真贋など如何でも良いってことか。
要はその効果………いや、この場合は恩恵か。それが本物でさえあれば問題は無い、と。
「さぁもう良いでしょ、衛宮君。一応、此処に連れてきたのは避難場所だからよ」
「避難場所?」
どういう意味だ? まさか教会内では戦っていけないルールでもあるのか?
「そう、避難場所よ。
サーヴァントが敗れて、マスターだけが生き残った場合、教会に保護してもらうことが出来るのよ。
これも聖杯戦争での死者を減らす為の措置って訳」
「ふっ、といっても教会が利用された事など無いがな」
遠坂の説明に、言峰がケチをつけた。しかし、言峰の言っている意味も分かる。
本当の殺し合いに於いて、強いサーヴァントを相手にするよりも、それよりも弱いマスターを狙うのは当然だ。
余程のことでも無い限り、これは当たり前の方程式といえる。
例え俺がどれだけそれを認めなくても、それは現実に行なわれる。だから、理解しなければならない。
「余計な事は言わなくても良いの。
それともう一つ。此処でならマスターを降りることが出来るわ。
殺される直前で降りるなんて言っても、誰も認めてくれないからね」
降りる。…………誰も殺さずに、安寧の生活に戻ることが出来る。
それが賢い選択だ。
衛宮 士郎には理想があっても、叶えたい願望など無いのだから聖杯を求める理由も当然無い。
でも…………。
「俺は降りないぞ、遠坂。関わっちまった以上は、一人でも多くの人を救いたい。
聖杯戦争での被害を最小限で食い止める為に、俺は戦う」
俺の決意に、遠坂は最初は驚きの表情を作る。
そして直ぐに呆れたとばかりに溜息を吐き、やれやれとばかりに肩を竦めた。
何か、俺の決意に対して「馬鹿じゃないの?」とか言われた気分だ。
思わず不機嫌な表情を作りかけて……………酷く不快な哂い声が礼拝堂に響いた。
「そうか、真に素晴らしい決意だな。正しく、正義の味方≠ニいったところか」
――――――待て。
今、この男は何と言った?
「お前、何で?」
言葉が続かない。気が付けば言峰の不快な哂い声も止まっていた。
ただ沈黙をもって答えとし、ただ沈黙をもって答えを受け入れる。
俺はそのまま踵を返し、入ってきた入り口、即ち出口に手をかけた。
「――――――喜べ、衛宮 士郎」
教会を後にしようとする俺の背に、投げかけられる神父の言葉。
「――――――お前の望みは漸く叶う」
意味の分からない言葉でありながら、その言葉は………酷く俺の心を揺さぶった。
後書き
ギャグが少ねぇっす。…………いや、ほのぼのだから良いか。
ともあれ、放たれし獣です。長いような短いような…………まぁ、殆ど原作どおりですな。
結構、聖杯戦争の語りを端折ったんですが…………不味かったかな。(苦笑
まぁそれも良いか。………………アーチャーたちサーヴァントの台詞が少ないことに比べれば。(滝汗
そして士郎がそこそこ察しが良かったり、餓鬼みたいに喚きません。…………なんで?(核爆
後は、何故凛があんな質問をしたか? ですが……それは追々明らかに。
さて、次回は幼女です。そして漢です。(笑 それではまた。
管理人の感想
隔日で2話です。
しかし今回のタイトルって感想に困りますよね。
双子のおばあ様達を思い出します。
キングが王様的性格で良いですねぇ。
他のSSだとうっかりとかですけど。
これは原作に近いので逆に意外性があります。
次回は戦闘ですね。
相手は原作随一の信頼度を誇るあのコンビ。
……主人公無謀な事しないと良いなぁ。
しかし作者様はほのぼのと仰ってますが、どうなんでしょ?(笑
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)