夢を見ている。
夢の中の彼女は、王様だった。
世界が一つだけだった頃の、たった一人だけの王様。
人ならぬ血が流れている彼女は――――――――生れながらに孤独だった。
人は孤独であることに堪えられない。
人は縁を結び、身を寄せ合って生きるものだからだ。
純粋な人では無い彼女は、純粋な人でなし≠ナも無かったからこそ、孤独に苛まれる。
彼女は孤独であることを恐れた。
彼女が治める民もまた、彼女を恐れた。人では無い彼女を。
恐れは彼女の心に影を作り、影は彼女を捕らえる。
彼女の心の光が強ければ強いほど、なお深く、なお昏く。
膨れ上がる影が、優しい彼女の心根を歪めるのに、時間は掛からなかった。
心の影のままに振舞っても、孤独は消えず、空虚さだけが募っていく。
そんな時、彼女の前に立つものが居た。
始めは敵だった。
自己を最強と自負する彼女は、勝てると思った、が……そうはならない。
真っ向から戦い、敵は強く、彼女と互角の戦いを行なった。
七日七晩戦い続け、その先に待っていたの……………彼女にとっては初めての友=B
敵は友に変わり、誰にも見られることなく―――――――その幸福に涙した。
彼女は幸せだった。
見慣れ、空虚な世界は、生まれ変わったように新鮮に感じられた。
友と大地を駆け、天空を見上げ、共に笑い合う日々。
それはどうしようもないほどに幸せな日々だと、当たり前の日常を彼女はそう評した。
別れは唐突だった。
二人の関係を危惧した人でなし≠ェ、二人を呪ったのだ。
彼女は無事だった………が、彼女は友を失うこととなる。
彼女は嘆き、怒り、憎み、…………そして恐怖した。
それは友を失った嘆き。
それは友を奪われた自分への怒り。
それは友を奪った者への憎しみ。
それは友を亡くしたことへの恐怖。
彼女は特に恐怖を強く感じた。
友を亡くしたことを恐怖したと、彼女は思いこんでいるが………俺には分かる。
彼女は、孤独になったことを恐怖したのだ。
たった一人であることが、どれだけ寒く、恐ろしいことかを知っているが故に。
それから直ぐに旅に出た。それは不死を求める旅。
彼女は一つしかない世界を廻り、全ての財宝を手に入れる。
けれど、結果的に不死は手に入ることは無く。
彼女は……………孤独のままに死んでいった。
余人は語る。
彼女は友の死に、己が死を恐怖したからこそ、不死を求めたのだ、と。
しかし、それは間違いだ。
彼女が不死を求めた本当の理由は―――――――、
Twin Kings
第四話「昼食戦争?」
「………また、変な夢か」
ボンヤリした寝起き特有の思考のまま、口から言葉が零れた。
昨日も変な夢を見た。
はっきり言って、内容など全然憶えていない。けれど………、
「胸が痛い………」
泣き出しそうな位に哀しい気持ちになる。
内容も憶えていないのに、酷く哀しいことだけ憶えているなんて変な話だ。
「…………3時? うわ、早く起き過ぎたな」
ふと、時計が目に映り、いつも以上にボンヤリする頭の理由を察する。
とはいえ、既に起きてしまっている以上は、二度寝することも出来ず、起きることにした。
朝食の支度、加えてセイバーたちの昼食の支度をしても良いが、余りにも早い時間。
如何したものか、と悩むと同時に、あることに気が付いた。
「そういえば、二人を召喚してから鍛錬をサボってたな………」
以前……といっても三日前だが、それまでは毎日欠かさずに行なっていた魔術の鍛錬を思い出した。
切嗣 に教わった、数少ない魔術の一つとも言える鍛錬。実は
切嗣 に教わったのは、大半が心構えのようなものだ。俺に魔術を教えることを躊躇っていたのだから、必然的に心構えばかりを教えたのだろう。
まぁその御蔭か、気持ちを切り替えたり、冷静に考えたりすることも、楽に出来るようになったんだが………。
ガタン……ギィィィィィィ
土蔵の扉を開き、中へと足を踏み入れる。
板張りの床には、二人を召喚した時に浮かび上がった魔法陣が描かれ、
土蔵の壁には、鍛錬での失敗作が陳列されている。
それらに目もくれず、片隅に置いてあるストーブに火を灯した。
これで直ぐに暖かくなるだろう。寒さには強い方とはいえ、二月の朝は冷え込む。
土蔵の中心で胡坐をかいて座り、静かに瞑目する。
「――――
同調、開始 」
静かに言葉を紡ぎ、体に魔術の通り道を作ってやる。
この言葉自体に意味は無い。こんなものは、自己暗示に過ぎないのだから。
そして魔術を行なうにあたっての、いつもの痛み≠ェ奔る。
それは例えるならば血管の中に、太い針金を通されるような激痛。
常人ならショック死しかねないほどの激痛だが、俺にとっては慣れたものだ。
こういった痛みをカットする方法も、あるにはある。無論、独学だが。
自分を人形か何かに見立て、痛みを感じているのは自分では無い、と錯覚させる方法だ。
………………あれ? どこかで聞いたような。
「今日は…………これにするか」
手短にあった角材を手に取り、再び自分だけの詠唱を紡ぐ。
「――――
同調、開始 」
頭の中に、角材の情報が一気に流れ込んでくる。
本質、材質、工程、経験………凡そこの角材に関する全てが、一瞬で知覚できた。
だが、これは無駄な情報だ。本当に一流の魔術師なら、自分に必要な情報しか引き出さない。
俺は未熟な為に、全てを引き出してしまい。その加減など、全く出来ない。
……………む、飛騨高山産の樹齢30年物か。良い角材だな。
「―――――構成材質、補強」
ゆっくりと角材の中に魔力を流し込み、その存在を強化≠オていく。
これが俺の使える唯一の魔術。
本当はもう一つあるのだが、アレは息抜きぐらいで戦いに使える様な魔術じゃない。
「――――――――ふぅ、成功だ」
玉のような汗を拭い、珍しい成功例である角材を眺める。
やはり二人を召喚してから、魔術の調子が良い。
偶に成功するときは、いつも倒れこんでしまうのだが、今日はそんな事は無い。
ましてや、成功例が一割を下回る強化が、成功すること自体が驚きなのだ。
「でも、こんなのじゃあサーヴァントは相手に出来ない」
木材に、鋼鉄に匹敵する強度を与えることが出来ても、サーヴァントと渡り合うことなど出来ない。
「――――
同調、開始 」
今度は角材ではなく、角材を持っている右腕に魔力を流し込む。
これは割りと簡単だ。強化の度合いにもよるが、自分の躰の強化は殆ど失敗しない。
「ふっ!」
手に持った角材を、強化した腕で振るう。
空気を切る音が僅かに響く。………………が、
「遅い」
セイバーやランサーに比べて、亀のように鈍い木材の動き。
しかも二人に比べて、ただ棒を振り回しているだけの動きは、不様を通り越して醜かった。
「ハァ………」
思わず鬱屈した溜息が、口から零れ落ちる。力は及ばず、技も稚拙、魔術すら半人前以下。
二人へまともに魔力を供給出来ず、神算鬼謀を持ち合わせている訳でもない。
彼女達にとって、俺なんて足手纏い以外の何者でもないだろう。
「……………息抜きでもするか」
陰鬱する思考と共に、手に持っていた角材を脇に置き、脳裏に持っていた角材を強くイメージする。
ふっ……と、見たこともないはずの剣が脳裏をよぎる。
コレを行なう時はいつも剣がよぎるのだが、原因は未だに良く分からない。
っと、雑念を混ぜないようにしないと。
「――――
投影、開始 」
創り上げられるのは、一つの幻想。何も無い無≠セった掌に、幻想という名の有≠ェ現れる。
…………などと、大袈裟な言い方をしても、現れたのは角材なんだが…………。
兎も角、これが俺の使えるもう一つの魔術………
投影 である。イメージ次第で万物を創ることが可能という、最も魔法に近い魔術。
が、俺の実力では創ると言っても、外見だけ。中身の無い、硝子細工のように脆い紛い物が限界だ。
「ま、これは簡単だしなぁ」
ふぅ、と一息吐いて投影した角材を放り投げる。
俺の投影した物は、薄氷のように脆く、創った時から形が崩れると気化するように消えるのだ。
だからこそ、創ったままでは消えない%渇e作品の処分は、投げて割ることにしている。
カランカラン………
「は?」
思わず間が抜けた声が漏れた。
それも当然だ。砕ける筈の投影した角材が、床にぶつかって尚砕けなかったのだから。
慌てて床に転がった角材を拾い上げて、
「――――
同調、開始 」
――――――――そんな莫迦な!!?
投影した角材を解析して得られた情報は、創った本人である俺が一番驚愕した。
有り得ない事実に、頭が混乱し、意味が分からなかった。
「此処に居るのですか? シロウ」
突如聞えた声に、反射的に視線を向ける。
その先には、セイバーの姿があった。
「あ、ど、どうかしたのか? セイバー」
「いえ、別に何もありませんが………、ただ目覚めた時にシロウが部屋には居なかったので」
そう言われて、ふと、土蔵の壁に掛けられた時計を見れば、六時少し前。
良い時間だな、と頭の片隅で思うと同時に、今まで考えていたことに蓋をしておく。
考えている時間も無いだろうし、脳が混乱気味の今では、良い考えなど思い浮かぶとは思えないからだ。
「ん、そろそろ朝食の支度をしないとな。
有難うな、セイバー。態々声を掛けてくれて」
「い、いえ。私の方こそ料理を食べさせて貰えて、感謝しています」
ペコリ、と可愛らしく頭を下げるセイバーに、苦笑しつつ頭を撫でてやる。
「な!? な、何を!!?」
「あ? あ、あぁ、すまん。つい、何となく…………嫌だったか?」
「い、いえ、別に嫌では無いのですが…………サーヴァントである私の頭を撫でるなど……その………」
どんどん尻すぼみになっていくセイバーの声に、俺は口元の笑みを深めた。
別に俺は人の頭をついつい撫でてしまう癖など無い。
ただ、セイバーが小動物のように可愛らしい仕草を見せるものだから………つい、ね。
「さて、じゃあ戻るか」
俺はセイバーを連れて、土蔵を後にする。
………………本物と、全く同じ♀p材を置いて………………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日の朝食は、洋食にしておいた。
セイバーとキング、二人とも如何見ても日本人には見えないからだ。
数種のサンドイッチに、それを作る時に余ったパンの耳を利用した菓子。
ベーコンと目玉焼きに、牛乳を添えて完成だ。
「出来たのか?」
「ん? あぁ、キングか。おはよう」
「む…………おはよう」
小声だが、律儀に返してくれる辺り、キングは良い奴だと思う。
未だに名前を呼ばれないことには、僅かだが不満があるが、それは俺の未熟さ故にだ。
だからこそ、キングに認められるように努力しないとな。
「目玉焼きがあるんだけど、黄身は半熟が良いか? それとも…「雑種に任せる」…はは、了解」
キングは顔だけでも雄弁に語っている、目玉焼きとは何だ? と。
そうだよな。過去の英雄たるキングが、目玉焼きなんて知っている訳無いよなぁ。
召喚時の常識の中に、料理の知識まで与えられる訳もないし。
そう考えれば、随分と間抜けなことを聞いたものだ。
「良し、完璧だな」
中々の出来具合の料理を見て、俺は思わず自画自賛的な言葉を口走る。
無論、朝食じゃない。実際あの朝食のメニューで、上手いも下手もそうは無いだろう。
俺が言っているのは、それとは別のメニューなんだが………、
「何をしている、雑種。
食事の用意が出来たのなら、さっさと運ばぬか」
「あぁ、悪い悪い」
キングの言葉に、苦笑しながら食事を運ぶ。
皿は一つ……二つ……三つ……………五つっと。
「………………ん? 俺と、セイバーと、キングと…………」
ピンポーン
「あっ!」
「む、何だ、今の音は? 敵か?」
俺の横で、キングが何かを言っているが良く聞えない。
魔術の調子が良くなっても、頭の調子はすこぶる悪いみたいだ。
取り敢えず、俺の横で警戒したように身構えているキングに声をかける。
「来客を知らせるものだから、安心して良い。
じゃ、ちょっと行って来るから」
「早くするがいいぞ」
キングなりの催促の声を背中に受けつつ、重い足取りのまま玄関まで歩く。
多分、二人が揃って立っているだろう。でなければ、桜の方か………。
藤ねえは呼び鈴なんて鳴らさずに、ズカズカ入り込むからなぁ。
「おっはよー、士郎!
急に休んだ不良学生の為に、お姉ちゃんが来てあげたぞ〜」
「お早う御座います、先輩。
藤村先生も言ってますけど、昨日は如何したんですか?」
年不相応に元気良く挨拶をしたのは、俺にとって姉のような存在である
藤村 大河 。橙色に近い色合いのショートカットの髪の、溌剌とした…………恐らくは美女…………かなぁ?
まぁ、容姿は兎も角、俺にとっては姉のような存在で、藤ねえと呼んでいる。
名前からしてモロだが、タイガーやトラなどと呼ばれるのを嫌がるが、トラ柄の服を好んで着ている。
対して、礼儀正しく、同時に控えめに質問してきたのは俺の後輩である
間桐 桜 。紫色っぽい髪色で、その長さは大体腰まで伸ばしている。
向かって右側の髪に、一房だけ赤く小さなリボンが結ばれている。
優しげな風貌で、結構な美人。プロポーションも……勿論直接見たわけでは無いが、結構良い。
そして苗字から分かる様に、慎二の妹である。………信じたくは無いが、臓硯の孫でもあるんだよなぁ。
「二人ともおはよう。
昨日のことなんだが…………二人に話さなければならないことがあるんだ」
「「?」」
二人が同時に首を傾げ、何だろう? といった感じだ。
間違いなく、とんでもないことになるだろうが、腹を括らなければ…………。
「全部、居間で話すよ。二人もそこに居るし」
………………………………………
………………………………
………………………
………………
…………
……
「………と、言う訳で二人が家に滞在することになったから」
「ふ〜ん」
「………………」
セイバーとキング。この二人が家に泊まることを、嘘八百を並べて説明した。
てっきり大騒ぎをするかと思われた人は、予想外に淡白な反応。もう一人は大体予想通りなのだが………。
話した内容は、
切嗣 の欧州での知り合いの娘で、知人である切嗣 を頼って来た、ということを話した。当然、経緯として親は既に他界していたり、此処以外に行く当てが無いとも付属として言い含めておく。
「話は終り? じゃあ、御飯を食べようよ」
「あ、あぁ、うん。そうだな、いただきます」
食事の礼の言葉を言い、桜やセイバーたちもそれに倣う。
それはさて置き、余りにも淡白すぎる藤ねえを観察してみる。
まず、牛乳を一口。そしてトーストを一齧りして、動きを止めた。
その途端、
「な、なんだってーーーーっ!!?」
―――――っ、ぁ! じ、時間差かよ………。
しかも何で驚き方が、M○R風なんだ?
「どーいうことなのよぅ! はっきり、きりきりと説明しなさーい!!」
「だー! たった今説明しただろうが!!」
「納得できる訳無いじゃない!!
兎も角、男と女が一つ屋根の下でドラマチックな展開なんて、お姉ちゃんは許しません!!」
「な!? そ、そんなことあるわけないだうが、このトラー!!!」
「トラっていうなーーー!!」
結局、大騒ぎになってまった。
それから二十分。我関せず、とばかりにマイサーヴァント二人は食事を続け、
吼え立てるトラを宥めつつ、哀しそうな顔を作る桜を気遣いながら、説得を続けた。
……………………本当に、どっちが主人か分からないな。
「む〜。……………分かったわよぅ、お姉ちゃんも認めてあげる」
「……………分かりました。先輩と藤村先生がそういうなら………………」
藤ねえは不承不承だが、何とか納得してくれたようだ。
問題は桜なんだが…………、桜は自分の意見を強く主張したりはしない。
だからこそ、藤ねえが了解した途端に反対意見を取り下げてきた。
きっと藤ねえとは違い、納得してはいないんだろう。
普段なら、無理にでも話を聞いてやる所なんだが、流石に藤ねえの説得だけで体力を使い切った感じだ。
暇を見つけて、二人で話し合うことにしよう。
『―――――次のニュースです。
昨夜未明、新都にあるオフィスビルの一室で、七名の意識不明者が発見されました。
発見された方々に外傷は無く、一連の昏睡事件の一つだと警察も発表しています。
これで昏睡事件は四件目に入りました。
事件に統一性が無く、その周期も不定期な為に住民の不安も募っている模様です』
「ん〜、また昏睡事件かぁ」
何と無しにつけていたテレビから、随分と物騒なニュースが流れていた。
放送されている場所などを考えれば、慎二の仕業と決め付けるには無理がある。
無論、慎二にも不可能では無いが………………何故か違うと思えた。
「困りますね。このままだと、放課後の部活動も禁止になっちゃいます」
「あ〜うんうん、それが今職員会議で問題になってるのよぉ。
私みたいな運動系の部活動を担当してる先生は、まだ大丈夫だって言うんだけど、文化系がねぇ。
結構な論争になってるんだよぉ。
昨日もヒートアップし過ぎちゃって、柔道部の前田先生が学年主任に腕十字を極めてね。
もうちょこっとで、折る所だったんだよ〜」
…………………いや、そんなことを楽しそうに言われても困るんだが。
桜も、そうなんですかぁ、とか感心した声を上げない。
「あ、そろそろ時間ですね」
ふと、時計に目をやった桜が、確認するように呟く。
普通に行くのなら、早い時間なのだが、弓道部の朝練のある桜には良い時間だ。
「そうだな。じゃあ行くか」
「え?」
「あ、嫌だったか? 最近、物騒みたいだし。俺なんかでも桜を守れるかなって」
「そ! そんなことないです!!
そ、その! あのあの、嬉しいです!!」
「そ、そうか」
「は、はい!」
顔を赤く、恥ずかしげに染めながら言われると、こっちの方が気恥ずかしくなる。
取り敢えず今のままでは恥ずかしいので、話題を逸らすことにする。
「じゃ、じゃあこれを持っていってくれ」
「これ……先輩が作ったお弁当ですか?」
「あぁ。それと、遠慮はしなくて良いぞ。
元々セイバーとキングの昼食の為に作って、それはついでだから」
遠慮など欠片も無い藤ねえと違い、桜は直ぐに遠慮してしまう。
だからこそ、一応の釘を刺しておかないと。
「…………はい。有難う御座います、先輩」
そういって桜は、名前に相応しい華やかな微笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いつもよりも少しばかり早い時間。
弓道部に入っていた頃は、いつもこんな時間だったのだが、止めてからは稀な時間になった。
「おや? 間桐に……衛宮じゃないか。やったな間桐、遂に衛宮を落したんだな」
「み、美綴先輩!!? な、なんてこと言うんですかぁ!!」
羞恥に顔を真っ赤にしながら叫ぶ桜。ま、俺なんかとそういう目で見られたら嫌だよな。
それは兎も角、声をかけてきたのは弓道部主将で俺にとって友人である
美綴 綾子 。亜麻色の髪を肩口で切り揃え、しっかりとした顔の作りは、男らしい美人だろう。
実際、美綴は後輩に男女を問わず人気が高い。性格も姉御肌なところがあるので、人気に拍車を掛けている。
「そうだぞ、美綴。そんなことを言ったら、桜に失礼だ」
「「………………」」
ぬ………何故か二人から呆れたような目で見られた。
そして美綴が、何故か憐れむように桜の肩を叩く。
「先は長いな」
「うぅ……………」
さっぱり意味が分からない。
しかし、不思議と莫迦にされた気分だ。
「さて、相変わらずな衛宮は、一体如何したんだ?
ひょっとして弓道部に戻る気になったとか?」
「悪いが外れだ。
最近物騒だからな。頼りないだろうけど、桜の護衛」
ふぅ〜〜ん、とあからさまに何か含んだ声を上げて、大仰に首を振る美綴。
それがあんまりにも不吉だから、俺は不機嫌さを露にしながらそっぽを向いてやった。
「あはは、拗ねるなよ衛宮」
「五月蠅い。俺は別に拗ねてなんかないぞ、不機嫌になっただけだ」
「くくく、悪かったよ。だから機嫌を治せ」
笑いながらそんなことを言ってくる美綴には、悪びれた様子など欠片も無い。
とはいえ、このやり取りも割といつものことだ。
「おまえなぁ………いつもだけど、悪いと思って「あー、衛宮君だぁ」
美綴に言っている途中で、のほほ〜んとした声が聞えた。
振り向けば、ジャージ姿の三人の女性が立っている。
向かって左は、眼鏡を掛けた玲瓏な顔立ちの美人の名は、
氷室 鐘 。灰色染みた長い髪をストレートに背中に流している。
その前髪は切り揃えられ、髪の色が黒ければ日本人形にも見えるだろう。
どこか達観した雰囲気を醸し出しているが、俺としては仙人のようにも感じた。
真ん中に立つのは、俺に声を掛けてきた子で、名は
三枝 由紀香 。美綴と同じ亜麻色の髪をショートカットにして、内側にまいている。
ぽややん、とした子犬のような雰囲気の持ち主で、見ていて安らぐ感じがする。
そして右側に立っているのは、
蒔寺 楓 。日に焼けた褐色の肌に、黒髪のショートカットというよりも短髪といった髪。
見た目からして快活な感じで、実際その通りだということを、俺は知っている。
「おはよう、三枝さん、氷室さん、蒔寺さん」
「おはよう衛宮くん、早いんだね」
「お早う、衛宮の」
「はよ〜。ところで何やってんの、衛宮?」
三者三様の朝の挨拶。
俺と彼女たちの関係と言えばちょっとした知人≠ニいったところか。
そのきっかけもまた、ちょっとした出来事だった。
人助けを義務≠ニする俺は、たまたま困っている三枝さんを見つけ、助けたのだ。
まぁ、助けたと言っても手伝い程度のことなのだが………。
そのことに対して、律儀な三枝さんは後日、お礼を言いに来てくれたのだ。
……仲の良い、氷室さんと蒔寺さんと一緒に。
そんな縁で三人と知り合い。以来、顔を会わせれば話す程度の関係を築いている。
「最近物騒だからね、護衛の意味で桜と一緒に来たんだ」
「やっぱり衛宮くんは『正義の味方』だね」
相も変らぬほにゃ、とした笑顔で、確認のように呟く三枝さん。
――――――――正義の味方――――――――
これは俺が
切嗣 に引き取られてから得た、俺の理想であり目標。言いまわっている訳では無いが、つい口を滑らせて三枝さんを含め、この場の五人には話したことがある。
はっきり言って、こんなことを言うと普通は笑われる。
………………ってか、実際に蒔寺さんには大爆笑されたんだよなぁ。あの時は、流石に腹が立ったな。
程度の差こそあれ、美綴や氷室さんにも笑われた。笑わなかったのは、桜と三枝さん位のものだ。
桜には「先輩らしいです」と言われ、
三枝さんには「衛宮くんなら似合うね」と言われたのだが、如何いう意味だろうか?
「はは、俺はそんなに立派じゃないよ」
真っ直ぐな瞳で見ながら言われたことに、若干の気恥ずかしさを感じて言う。
それを三枝さんは「そんなことないよ!」と、何故か気合を入れて否定してきた。
三枝さんの両サイドの二人も、苦笑しながら「そんなことない」と言ってくれる。
嬉しいのは嬉しいのだが、如何せん物凄く恥ずかしい。
そういう理由で困っていると、意外なところから救いの主がやってきた。
「ぬ、衛宮? 如何したのだ?」
「一成?」
掛けられた声に振り向けば、そこには俺の親友……
柳洞 一成 が立っていた。一成の容姿は、黒髪を額の右側で分け、全体を左へと流している。
キリっとした精悍な顔立ちは、中々に美形な造りをしていると、女子の間でも割と評判だ。
「はて? 今日は別段頼み事はしていないと思ったのだが?
それとも別件で早く来たのか、衛宮」
「あぁ、うん。今日は別件だ。物騒だから桜の護衛で、な」
「成程成程、流石は衛宮だ。男児として女子供を護るは義務だからな。
しかし、最近はこの辺りも頓に物騒になってしまった…………嘆かわしいことだ」
ふぅ、と嘆息しながら頭を振る一成。
一成は見た目以上に生真面目な性格で、誰も守ろうとしないような校則すら守っている。
「生徒会長として、生徒の模範で在らねばならん」と言うが、そんな奴はそうは居ないだろう。
そんな一成にとっては、町の治安が良くないのは、許せないのだろう。俺もそうだが………。
「ところで、これから如何するんだ衛宮?
桜も送ってきたし、これから暇なんだろ?」
今まで黙っていた美綴が、突然そんなことを言ってくる。
少し考え、確かにすることも無い俺は、あぁ、と簡潔に答えた。
するとにまぁ≠ニいう非常に宜しくない笑みを浮かべる美綴。
…………………一成も心当たりがあるらしく、非常に嫌そうな顔をしていた。
「じゃあ弓道部へ来い。慎二の奴は来ないだろうから安心して良いぞ」
「いや、俺はもう辞めた身だし………」
「大丈夫だって。顧問の藤村先生は、衛宮の弓道衣も弓具も保管してるから」
「はっ? 莫迦言うな、まさか射させる気か!?」
まるで何でもないことのように言う美綴に、俺は思わずツッコミを入れる。
俺は弓道部を辞めた身だ。そんな奴が参加したら、部の調和が乱れるだろうに。
全く…………隙あらば俺を復帰させようとするからな、コイツは。
「男が細かいことを気にするな。私はまだオマエさんに一度も勝ってないんだぞ。
負けっぱなしっていうのは、私の性分が赦さない」
これが俺を復帰させようとする最大の理由だろう。
自慢では無いが、弓道に於いて俺は的を外したことが一度としてない。
別に俺に格別の才能があったわけじゃない。
ただ単に、魔術師としての鍛錬が役にたっただけの話だ。
だが、俺が一度も射を外さなかったのも、また事実。
それが美綴にとっては、負けた、ということらしいのだ。
「チッ、しょうがないな。今日は見学だけで赦してやろう」
「いや、だから………話聞いてるか?」
グワシと二の腕を掴まれ、連行される俺。
今日の朝は、弓道部の見学に決まってしまったようだ…………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
私の名………それは明かせないが、今はセイバーと呼ばれている。
サーヴァントと呼称される、聖杯戦争で戦う為に召喚された英霊の一人。
私は今、シロウの家の一角にある道場で瞑想をし、これまでのこと。そして、これからのことを考えていた。
まず第一に、今回の聖杯戦争は明らかに異常だということ。
……と言っても、私は過去一度しか聖杯戦争には参加していないのだが……。
兎も角、今回は様々なことが異常だった。
まず第一にクラスの重複召喚。
本来1クラスに1体の英霊が、私とキングの二人が同時に召喚されたのだ。
召喚者が、何かしらの違法を使って呼んだのならば分からなくも無いが、シロウに限ってそれは在り得ない。
それで原因は未だに不明。
システム自体に欠陥や、綻びが生じたのかもしれないが、推測の域を出ることは無かった。
次にマスターとしての権利を、委任するという反則。
この聖杯戦争を創り上げた三家の一つである、マキリの生き残りであるマキリ ゾウケン。
あの存在を初めて見たときから、私の直感は警鐘を鳴らしっぱなしだ。
私の命を幾度と無く救ってきた、予知に近い直感を疑う私では無い。
ゾウケンの存在は、これから先も私の敵であり、味方になりえることなど有り得ない、と。
他にも様々な矛盾や異常を感じているが、それらは未だ形に成りえない。
言うなれば、種を蒔かれている状況だろうか?
現状では芽を摘むことすら出来ない。目下の問題は、私のマスターであるシロウのことだ。
マスターとして未熟な彼は、魔力供給が出来ない。
これはかなり致命的なことで、特に私は肉体の強化や武具の使用に多大な魔力を消費する。
更に宝具の使用など論外だ。使えるとしても、恐らくは一度が限界だろう。
しかし、それらを悲観する気は全く無い。そして運命などと言う気は無いし、悲運だとも思わない。
そんなことを言ったところで現状は変わらないし、私が努力すれば事足りることだ。
私が懸念しているのは、シロウがあの<Lリツグの息子らしいということ。
衛宮 切嗣 。私の聖杯戦争に於ける前・マスターであり、寒気がするほど強かった男。
そして………………最後の最後で私を裏切った男でもあった。
彼は恐ろしいほどに強かった。幾多の強敵と渡り合ってきた私が、掛け値無くそう言えるほどに。
純粋な戦闘能力が高いだけでなく、彼は手段を選ばない。故に彼は間違いなく最強のマスターだった。
そんな彼と私の二人が契約を交わし、聖杯戦争に挑んだのだ。
前回の戦いで、苦戦したことなど……………いや、一度だけあったか。
アーチャー……現・キングとの戦いでは苦戦を強いられた。
それはあくまでも、キングが破格のサーヴァントであったということである。
彼女のマスターは確かに優秀ではあったが、キリツグに及ぶところではなかった。
…………………しかし、今はそんなことは如何でも良い。
問題はシロウの語るキリツグが、私の知るキリツグとは大きく異なっているということだ。
シロウの言うキリツグは、実に立派な人物だった。
だが、私の知るキリツグは確かに強かったが、人として褒められるような人物では断じて無い。
その余りの変貌振りに、私は強い違和感を覚えて全てをシロウに語ってはいない。
私がシロウに言ったことといえば、十年前の聖杯戦争でキリツグが私のマスターだったということだけ。
それ以上の詳しい説明は、一切していない。
けれどシロウは、「そっか」といって微笑んでいた。…………何故だろうか?
それ以上の追究もせず、ただ微笑んだシロウは…………酷く危うい気がした。
シロウ…………私の現・マスターであり、変わった人。
生前、死後を合わせても、彼のような人は初めてだ。
サーヴァントである私を人のように扱い、自分の身を危険に晒してでも私を庇う人など……。
莫迦げている、と私は思う。今の私は受肉した霊体であり、分体である。
つまり、私が首を刎ねられようが、心臓を貫かれようが、私は死なないのだ。
ただ、現世に止まる力を失い、英霊の御座に戻るだけのこと。
それなのに、彼は身を挺して私を護ろうとする。普通は逆だというのに………。
そこまで分かっていながら、私はシロウを好ましいとしか思えない。
シロウは歪だ。
いつ、それに気付いたのかは分からないが、私はそれに気付いている。
自己犠牲、という言葉があるが、シロウはこれを超えている。
シロウには、初めから自己と言う概念が無い。
故に彼は自己を犠牲にすることすら、思い至らないのだ。
それがどれほど異常で、歪んでいるのか………私にも容易に想像がつく。
今のままでは、遠からずシロウは崩壊してしまうだろう。
私には、それが認められない。
同時に、それが赦せない。
私は私の目的の為に今、此処に在るが、それとは別にシロウの歪みを直したいとも思っている。
それが叶うか如何かは別だが、出来うる限り直したい。
その想いが、日増しに強くなる。………といっても、まだ二日目だが。
理由は…………やはり毎夜見るシロウの過去だろうか。
兎に角、私は心密かに誓いを立てる。
私を一人の女の子として扱う、変わったマスターを護ることを………。
くぅ………
む。私の腹が自己主張を突然始めた。
しかも随分と元気だ。
何故か、と思って時計に目をやればその疑問は直ぐに氷解した。
「迂闊でした………」
そういって立ち上がり、シロウが用意してくれたべんとう≠ネるものを食しに向かう。
時刻は既に一時半。
迂闊だった、と何度も思いながら、やや急ぎ足で台所へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
四時間目の授業終了の音を聞き、教科書等々をしまう。
同じクラスの一成も、同じように教科書類をしまい、そして俺の所へとやってきた。
「衛宮、今日は如何するのだ?」
如何、というのは学食でパンを買ってくるのか? ということだろう。
「今日は弁当なんでな、悪いがいつも通り頼む」
「承知した。では、行くか衛宮」
一成と共に弁当を持ち、一緒に生徒会室へと向かう。
理由は簡単だ。このまま教室で食べるとハイエナ(級友)が集まってくるのだ。
なんでも俺の弁当は美味いらしく、すぐに持って行かれてしまう。
そんな理由で俺は教室で弁当を食べない。いつも生徒会室で食べることにしている。
微妙に職権乱用な気がしないでもないが、一成は俺の頼みならば構わん、と言ってくれている。
「ぬぉ!? な、何故貴様が此処にいる!!?」
俺よりも先に教室を出た一成が、珍しく大声を上げた。
何事かと教室を出て見れば、そこには一成の天敵が立っている。
「あら。本校の生徒である私が、同学年のクラスの前に立っていても、別に不自然じゃありませんよねぇ?」
「黙れ、女狐!! 貴様、今度は一体何を企んでいる!!!」
本性をつい最近知った俺は、これが物凄く猫を被っていることを知っている。
そしてそれに突っ掛かっている一成の言葉が、正しいことも。
しかし………止めとけ、一成。遠坂には勝てないぞ………。
「企んでいるだなんて失礼ね。
ただ、ちょっと衛宮君に用があって待ってただけよ」
「な、なにぃ!?」
ふふん、と笑いながら俺に流し目をくれる遠坂。
そこに色気など欠片も無い。あるのは、分かってるわね、という脅迫めいた暗示だけだ。
「すまん、一成。そういうことらしい…………」
「な!? 何を言っているのだ衛宮!!」
「じゃあねぇ、柳洞くん」
愕然とする一成を、面白くして仕方が無いといった様子で俺の手を引く遠坂。
本当にすまん、一成。この埋め合わせは何時かするから………。
遠坂に拉致された俺は、学校の屋上までやってきていた。
二月の風は冷たく、肌に痛いが、その分屋上には他の生徒の影は無かった。
「ほら、こっちよ」
言われて見れば、遠坂は屋上の端、風が当たらない場所へと移動している。
随分手馴れているな、と変に感心しながら遠坂の隣に腰を下ろした。
「さてと、まず一つ聞きたいんだけど。………貴方死にたいの?」
ゾッとするような声音で、横に座る遠坂が声を紡ぐ。
僅かに冷汗が滲むを感じつつ、俺は何とか口を開いた。
「そ、そんな訳ないだろ。何でいきなりそうなるんだよ」
「決まってるじゃない。
マスターがサーヴァントも連れずに出歩くなんて、自殺行為以外の何ものでもないわ」
「そ、そうは言ってもセイバーやキングを、学校に連れてこれるわけないだろ!
それこそ大騒ぎになるぞ!!」
俺の言葉に、遠坂は一瞬だけキョトンとした顔を作り、直ぐに不機嫌そうに眉根を寄せる。
ハァ………と溜息を一つ零して、再び口を開いた。
「何、莫迦なことを言ってるのよ。
霊体化すれば、一般人にサーヴァントの姿が見えるわけ無いじゃない」
「………………………何それ?」
「はぁ!? 貴方、セイバーたちから聞いてないの!!?」
「いや………別に、何も」
俺がそう答えると、先程よりも深く、盛大な溜息を漏らす遠坂。
「受肉した霊体であるサーヴァントは、純粋な霊体になることで、
魔力の消費を抑えると共に、一般人に見られないように出来るのよ」
常識よ、常識。と言わんばかりの口振りで語る遠坂に、俺は変に感心してしまう。
「一般人だけでなく、相当な魔術師でもない限りは霊体のサーヴァントは見えないわ。
でも、サーヴァント同士は引かれ合うようになっているらしいから、その存在は感知出来るんだけどね」
成程。しかし、何故セイバーはそのことを教えてくれなかったんだろうか?
今日、学校へ行くことを相談した時、一番反対したのはセイバーだ。
けど、反対するばかりで、今遠坂が言ってたことは、一言も話さなかったはずだが………。
「まぁ良いわ。今回は見逃してあげる、私も貴方に訊きたい事があるから」
「訊きたい事?」
「えぇ。…………貴方、昨夜慎二と戦ったでしょう?」
「ッ!!?」
この問いは、かなりの不意打ちだった。
真剣な表情のまま、真っ直ぐに俺を見つめる遠坂に、下手な嘘は無意味だろう。
「あぁ。昨日の夜、慎二とライダーを相手に戦った」
「やっぱり慎二だったか………今日、休んでるし」
「でも、どうして知っているんだ? あの場には居なかったはずだけど」
「簡単よ、使い魔を飛ばしてたの。
まぁ気付かれないことを最優先したから、声も拾えないような代物だけどね」
何でもないことのように言う遠坂に、ちょっと尊敬してしまった。
碌に魔術が使えない俺としては、使い魔を作ったりすることも出来ない。
本当の魔術師らしく魔術を使う遠坂は、そういう意味でも憧れるものがある。
「まさか……とは思ったんだけどね。
顔はそっくりだったし、貴方も知っているような顔だったから。
それよりも、セイバーがライダーを倒してから如何したの?」
「如何したって………見てたんじゃないのか?」
「何も無ければ、ね。
誰かが私の使い魔を破壊したのよ。その様子だと、それすら気付いてないみたいね」
遠坂の言うとおり、確かに気付かなかった。
だとすれば、その使い魔を破壊したのはきっと臓硯だろう。
キングならきっと言って来るだろうし、俺やセイバーに気付かれずに使い魔を倒す技があるとは思えない。
兎も角、昨夜あったこと。
つまりは臓硯の出現に関することを、遠坂に話した。
奴は途方も無く危険だと、俺の本能が言っている。
だからこそ、奴に対抗するだけの考えを得なければならない。
セイバーやキングは実働専門だ。頭を使うのは、俺や遠坂のようなマスターだろう。
「………………成程。まさか、あの怪異バグ爺が表舞台に立つなんてね」
「何だそれ?」
「あぁ、私が考えた臓硯のあだ名よ。似合うでしょ」
流石に返答に困るので、曖昧に返事をしておく。
特に気にした風も無く、遠坂は言葉を続ける。
「衛宮君、臓硯にだけは気をつけなさい。
私だって何年生きてるか分からないほどの寄生蟲よ、奴は」
「寄生……蟲?」
「衰退し、消えていくマキリの魔術を、唯一継承する老獪なる魔術師・臓硯。
そのマキリの魔術が、蟲使い≠ネのよ」
「蟲って………
蠱毒 みたいなものか?」
蠱毒とは、一般的な意味ならば毒殺などの、毒をもって人を害することだが。
呪術的な意味合いとしては、呪い≠フ一種として数えられる。
壺の中に数十種類の毒蟲など入れ、その中で殺し合わせるのだ。
そして最後に残った一匹を術法に使い、呪いへと変換する。
呪術の中でも割とポピュラーな呪いだと思ったが……………?
「臓硯はそんな間接的なものじゃない………と断言したいけどね。
残念ながら私もマキリの魔術を詳しくは知らないのよ。
魔術師は自分の成果を隠す。これは絶対にして当然の行為よ。
だからこそ、私もマキリの魔術がどんなことかは知らない。ただ家の文献に、そう書いてあっただけよ」
つまりは遠坂も臓硯の手の内は知らない………ということか。
「間桐……マキリ……、なぁ遠坂」
「言いたい事は分かるわ。大方、間桐桜のことでしょう」
遠坂のさっぱりとした物言いに、俺は頷く。
一応は臓硯が違うと言ったが、見た目からして信用出来ない臓硯の言葉では、完全には安心出来ない。
「そうね。衛宮君は素人同然だから分からないかもしれないけど、魔術師は魔術師を見分けられるものなのよ」
「そうなのか?」
「えぇ。特殊な処置をしなければ、魔術師の纏う魔力は直ぐに分かるものよ。
その点、桜は処置も見えないし、魔力も一般人のそれよ。私の見立てじゃ、十中八九魔術師じゃないわ」
遠坂の言葉に、知らず握り締めていた拳を緩める。
ふぅ…と、安堵の息を漏らし、遠坂の言葉を静かに喜んだ。
「ふぅん、やっぱり大切に思っているのね」
「当たり前だろ。桜は家族なんだから」
からかうように言う遠坂に、俺は憮然とした声で返す。
追撃を覚悟していたが、追撃が来ない。何だ? と、思い視線を戻すと、表情の消えた遠坂が居た。
「遠坂?」
「それは…………血の繋がりも無いのに?」
真意の分からない言葉に、俺は困惑していた。
けれど遠坂の瞳は、何かに駆られた様に真っ直ぐで、答え以外を望んでいないようにも見える。
「と、当然だろ。大体、
切嗣 と俺も血は繋がってないしな」
「え?」
驚きに目を見開き、俺の言葉を呆然と受け取ったようだ。
続きを口にするよりも早く、遠坂はバツが悪そうに頬を書いて口を開く。
「ゴメン、悪いこと聞いちゃったかな」
「いや、良いんだ。別に慣れたし」
出来る限り明るい声音で返すと、一度視線を下に向ける遠坂。
顔を上げた時、遠坂の顔には全ての影が消えていた。
「兎も角、お互いに臓硯には気をつけましょう。
間違いなく聖杯を狙っているんでしょうけど、どんな手段を用いるか分かったものじゃないし」
「あぁ、分かった」
そうだ。臓硯は魔術師ではない慎二にマスターをやらせ、慎二は一般人を襲わせた。
そんなことは赦されざることだ。もう二度と、起こさせないようにしないと。
幸い、昨夜の女性は命に別状は無かったけど。もし、また――――――――あ。
「遠坂、最近の昏睡事件ってもしかして!?」
「何よ、突然。その事件なら、恐らくはキャスターの仕業よ。
まぁ、何人かはライダーの仕業だったかもしれないけど」
あっさりと言ってのける遠坂。
恐らくは……いや、間違いなく遠坂は犯人を追っていたのだろう。
「居場所は分かってるのか?」
「えぇ、勿論よ。
キャスターの拠点は、十中八九、柳洞寺ね」
「柳洞寺だって!!?」
遠坂の言葉に、俺は思わず反射的に叫んでしまう。
だが、柳洞寺といえば一成の実家だ。
つまりはキャスターの手の内に一成が居るということに、他ならない。
「落ち着きなさい。衛宮君が焦ったところで、事態は好転してはくれないわよ」
遠坂の酷く冷静な声に、沸騰しかけた頭が冷える。
確かに遠坂の言うとおりだ。
今、この場で大騒ぎしても何の意味も無い。
「貴方は知らないでしょうけど、柳洞寺は攻めるに難く、守るに易い霊地よ。
誰が作ったか知らないけど、強力な結界が張られていてね。
私たちみたいに肉体を持っているならまだしも、霊体であるサーヴァントなら消し飛ぶような結界が、ね。
その穴は山門ただ一つ。迂闊に手を出せば、一瞬で敗北するわ」
遠坂の警告染みた言葉に、俺の表情も自然と引き締まる。
時折、柳洞寺には足を運ぶことがあったが、そんなことには全く気が付かなかった。
が、今はそんなことよりも、遠坂から聞かされた柳洞寺の攻略法を考えるが…………。
「真っ向勝負。それ以外に手は無いわよ」
「俺もそう思う」
口に出すよりも早く言われた言葉に、即座に同意する。
攻略法は考えうる限り、遠坂のいう真っ向から以外には思いつかない。
しかも攻めるに難い柳洞寺ならば、キャスターのもつ戦力の倍は用意しなければ、勝つのは難しいだろう。
いや、それよりも柳洞寺に住んでいる人を人質にでもされたら…………。
「ここまで話せば充分かと思うけど、迂闊な行動はしないように。
衛宮君たちが勝手に突撃して負けるのは自由よ。
けど、下手なことをされてキャスターに警戒されたり、人質を取られたりしたら厄介なんだもの」
「………………………」
遠坂の見透かしたような言葉に、俺はただ沈黙を返すことしか出来ない。
実際、遠坂の言っていることは尤もであるし、下手なことをしないのが最善だろう。
けど………俺は…………、
「俺は一成が心配だ。だから、そんなに我慢できないぞ」
「そんなこと、言われなくても分かってるわよ。
衛宮君が友達思いで、後先考えずに突っ走ることぐらい、ね」
ハァ……と溜息を吐く遠坂。
むぅ、何やら莫迦にされたような気が…………。
「キャスターだって莫迦じゃないわ。そうそう人死になるようなことはしないわよ。
だって、そんなことしたらマスターやサーヴァントだけじゃなく、世間の目すら欺かなきゃいけない。
衛宮君だって知ってるでしょ? 今の世の中、行方を眩ますのだって難しいことぐらい」
うん、確かに尤もな意見だ。
秘匿することを第一とする魔術師が、人死にを起こしたらどうなるか分からない筈が無い。
少し居なくなった程度で騒ぎになる世の中。
そんな世の中で人死になんて起こったら、人は何としてでも原因を突き止めようとするだろう。
そのことを隠匿する労力を考えれば、一成の身の安全も、ある程度は保障されるのだろう。
「分かった。俺は遠坂を信じるよ」
「…………莫迦ね。敵を信じて如何するのよ?」
「良いんだ。俺は遠坂と戦う気なんて、端から無いんだから」
そういうと、遠坂は「うっ…」と呻いて、そっぽを向いてしまった。
やはり呆れられたのだろうか? 俺としては本心からの言葉なんだけどなぁ。
少しだけ下がった肩に喝を入れつつ、昼下がりの屋上を後にする。
口には出さない、遠坂への感謝を浮かべつつ…………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、道場から台所までという普段なら如何と言う事も無い道程。
今の私には、非常に長い道程だったが、私は遂に走破し、べんとう≠ノ到達した。
二段重ねの長方形の箱の側面には、見事な装飾が施されている。
所謂、じゅうばこ≠ニ言うらしいが、私からすれば瑣末なことだ。
私にとって最優先事項は、じゅうばこ≠フ中身。
シロウが手塩にかけて作ってくれたべんとう≠ェ重要なのだ。
逸る気持ちを抑えつつ、私は遂にその蓋を開けた。
「――――――――――――――――」
驚きに声が出ない。
中身の素晴らしい内容に驚いたわけではなく、何も無いことに驚いたのだ。
そう、じゅうばこ≠フ中は空。空っぽのじゅうばこ=B
シロウが中身を入れ忘れた?
否、シロウが作っている最中は私がずっと監視していたし、ちゃんと入れていたのを確認している。
第一、じゅうばこ≠フ中には、僅かな食べかすが付着している。つまり、中身はあったのだ。
ならば、私が食べた?
否、自己主張を続ける私の腹は、朝食以外の何も食していないことを表している。
なら残る選択肢は、唯一つ。…………私以外の、誰かが食べた。
「ふ、ふふ、ふふふふふふふふっ。
良いでしょう。この行為、私に対する宣戦布告と判断します」
えぇ、私の昼食を掠め取るような罪人には死こそ相応しい。
必ずや罪人を見つけ出して、生きていることを後悔させて上げましょう。
そう、この戦いには正義が私にあり、それは全て聖戦となる筈です!
「まずは咎人を見つけなくては…………」
犯人の手掛かりを求めて、周囲を見渡してみる。
そういえば、キングのじゅうばこ≠ヘ蓋が開いており、中も空だ。
ひょっとして、彼女も食べられたのだろうか?
ならば彼女も仲間だ。共に犯人を捜すのも悪くない。
そう私は結論付けて、取り敢えず話を聞く為にキングを探すことにした。
台所から見える居間には彼女の姿は無いので、自室に居るのだろう。
「キング、居ますか?」
「セイバーか? 元より鍵など無い、入るがいい」
彼女の言葉に、私は襖を開けてキングの部屋に入った。
私の部屋はシロウの隣だが、キングの部屋は少し離れた場所にある。
一応は母屋の中なのだが、シロウの部屋からは二部屋ぐらい離れた部屋がキングの自室だった。
内装は、一言で言うと華美。
吃驚するぐらい華やかで、煌びやかな部屋になっている。………まぁそんなことは如何でも良い。
今はそれよりも、聞かなければならないことがある。
「キング、私のべんとう≠ェ何者かに奪われ「あぁ、それならば
我 が食した」
え?
「セイバーが何時まで経っても来ないのでな。
雑種の作った物だが、腐らせるのも惜しいと思ったのだ。
だからこそ、
我 が食してやったのだぞ。感謝するがいい、セイバー」
そう。そうですかキング。貴女が犯人だったのですね。
「む、如何したのだ? 急に武装などして」
「戦う為です」
「戦う? 敵が居るのか!?」
「はい。私の目の前に」
「くっ、目の前だと!! ………………ん? 目の前?
セイバーの目の前に居るのは「そう、貴女が私の業敵です。キング」
そう言って、私は全力で剣を振り下ろした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
赤い夕日に照らされた影法師が、長く長く大地に広がっている。
俺は正直に言って夕方という時間帯が嫌いだ。
昼と夜の狭間は、世界を赤く染めて、赤は炎と血を連想させる。そして自分の過去を。
昔は夕方になると部屋に閉じこもり、夕日を見ることすら無かったが、今では大分克服したのだろう。
それでもまだ吐き気がして、気分が悪くなるのは仕方のないことだ。
それだけあの事件≠ヘ、凄惨なものだったのだから。
「あら、士郎くん。今学校からの帰り?」
「え、あ、はい。そうですけど」
突然の声に驚きつつも、俺は笑って言葉を返す。
見れば、近所の小母さんが立っている。
若いながら天涯孤独で、一人暮らしをしている俺は、近所の間でもそれなりに有名だった。
だからこそ、同年代の若者がやらないような近所付き合いも、自分には僅かながらある。
この小母さんも、その内の一人だ。
「ねぇ、士郎くん。貴方、犬か猫でも拾ってきたの?」
「え? どうしてそう思うんですか?」
「だって……ねぇ。お昼過ぎから、士郎くん家からドタバタと物凄い音が響いてたのよ。
最初は物取りかと思ったけど……………泥棒が大騒ぎする筈ないでしょう?」
小母さんの言葉に、同居人となった二人の顔が思い浮かぶ。
というか、あの二人以外に大騒ぎする人が居る筈がない。
「スイマセン。ちょっと思い当たることがあるので………」
そういって、俺は帰路を急ぐ。
2〜3分掛かる距離を十数秒で走破して、家の門を潜り抜ける。
玄関を開き、まず向かうのは居間。けれど二人の影はなく、直ぐに場所を変える。
家中から音が奪い去られたように静かで、逆にそれが俺の不安を増長する。
向かうのは、キングの部屋!!
スパーン!!
「やっぱり…………なのか」
勢い良く開けた襖が、小気味の良い音を立てるが、何の慰めにもならない。
キングが整えた華麗だった部屋はボロボロになっており、壁には大穴が開いている。
そして大穴の先には庭が見えており、そこでは物凄い形相をしたセイバーとキングが対峙している。
原因こそ分からないが、何があったのかは一目瞭然だ。
「この一撃が最後の一撃です!!」
「ふん、舐めるなよセイバー。
我 は負けぬ!!」
互いに最後の一撃を繰り出そうとする二人。
決死の覚悟すら滲ませた二人に、若干の呆れと、多大なやるせなさを籠めて全力で叫び声を上げた。
「やめろーーーーーっ!!」
両手の甲……令呪と呼ばれた刺青に、焼けるように痛みが奔ったことに、俺は気付くことは無かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昏い…………昏い闇の底の様な一室に、彼は転がされていた。
部屋の壁という壁から、キチキチという生理的嫌悪を抱かせる音が聞える部屋。
腐敗臭が漂う、醜悪な老人の前で、彼は縛られて………転がされていた。
「クカカカカ。やはり悪名高きエミヤ≠フ息子よ。血の繋がりは無いとはいえ、侮れぬ」
老人の言葉に、彼は瞳に憎悪を映す。
これから行なわれる何かに対する恐怖よりも、脳裏に浮かぶ一人の男への憎悪が、彼の中では勝ったのだ。
「だからこそ、保険が必要だとは思わぬか?
クカカカカ。嬉しかろう嬉しかろう、御主の欲しがっておったサーヴァントが得られるのだぞ」
老人の耳障りな声に、彼はジワジワと恐怖が忍び寄って来るのを、的確に感じ取った。
今すぐ全力で逃げ出すように本能が命じているが、拘束された身では逃げることが出来ない。
だがそんな事実よりも、彼は目前に立つ醜悪な老人から逃げられないことを知っていた。
「儂としても、これは初の試み。まぁ、仕損じることは無いとは思うが」
嗤う老人の声音は、ただただ未知への愉悦に彩られている。
ガタガタ、と彼は遂に震えを抑えることが出来なくなった。
明確なまでの恐怖をその瞳に映し、無駄だと分かっていながら、助けてくれと懇願する。
だが嗤う。老人は声を上げて嗤う。
「クカカカカカカ、何を怯えておる。別に死ぬようなことなど無いぞ」
嗤いながら言う老人に、彼は絶望する。
どう足掻いても老人からは逃げられず、老人は何も止めない。
「此度の聖杯戦争………ひょっとすれば、ひょっとするやも知れぬ。
最後に手にするために、手駒は必要じゃ。御主はその布石となる」
見開かれた老人の目に、凍りつく彼。この時、彼は震えも止まり、絶望も忘れた。
――――――――ただ恐ろしい。
――――――――ただ怖ろしい。
――――――――人では無い、老人が
恐怖 ろしい。
コツ
「では、始めよう。久方振りで、初めての試みをのぉ」
老人が地面を杖で突き、床に描かれていた魔法陣が光り輝く。
粛々と紡がれる老人の声は、既に彼には届かない。
何故なら、彼の意識というものは、既に得体の知れない何かに飲み込まれていたのだから…………。
後書き
食べ物の恨みって、怖いですよね?(挨拶
またしても長かった四話ですが、今回の話は今までの総括です。
まだ四話なのに…………と思う方も多々居られるかと思いますが、我慢して頂きたいです。
こういう話もまた、必要なのですよ。
それはさて置き、今回令呪を初使用。まぁ、使い道はアレですが。(笑
あぁ、でも、叫び声だけは切迫してて良い感じかなぁ。(核爆
それと最後も何かやらかしてます。その全容が明らかになるのは先でしょうがね。
なんと今回の容量は87k。パンパカパーン、遂に歴代最長のお話です。
だから次回は、短くても良いですよね?(爆死
管理人の感想
隔日は崩してしまいましたが4話です。
食べ物の恨みは致死です。
特にFateにおけるセイバーの食事を掠め取ったら、後は死あるのみ。
今回一気に登場人物が増えましたね。
脇役ばかりではありますが。
全体のほとんどが女性と言うところに、士郎君の今後が垣間見えます。(笑
彼は絶対女で苦労するタイプの人間でしょうから。
爺さんが怪しい動きをしてますね。
推測はできますが、何やってるのやら。
まぁ存在自体元から怪しいんですが。
3話と4話で160kb超えてますし、次は短くても良いのでは?
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)