「さて、今の私は気分が良い。…………無粋な真似は止めてもらいたいものだな」

 

「ほぅ、儂の存在を感知するか。流石は、御伽噺に名高き剣士よな」

 

 私の言葉に、醜悪なソレは姿を見せる。

 一見、老人のようにも見えるソレは、古くに謳われる物の怪の類か…………。

 

「失せよ。醜悪なる妖術師よ」

 

「醜悪とは言ったものだな、佐々木 小次郎よ」

 

 月光に照らされた妖術師は、見る者に嫌悪を抱かせるような笑みを作る。

 ………まったく、世の中とは良く出来ている。

 衛宮 士郎たちと出会う、という幸福の後には、妖術師と出会うという不幸があるとは。

 

「間違ったことを言った覚えは無いな。

 …………その身…………一体、何人を犠牲してきた?」

 

 私の言葉に、妖術師はニタリ、と嗤う。

 それは私を選定し、それが予想以上だったことを悦んでいるような嗤い。

 

「気に入った。単なる傀儡とする気だったが、変更するとしよう。

 佐々木 小次郎よ。儂のサーヴァントとなれ」

 

「サーヴァントとな………。成程、貴殿もマスターか。

 しかし、良いのか? そこな影に隠れたるモノは……貴殿のサーヴァントでは無いのか?」

 

 クカカカカ、と耐え切れなかったのか、盛大に嗤う妖術師。

 耳障り以外のなにものでもないが、少し我慢することにした。

 そして一頻り嗤うと、手に持った杖で地面を叩き、

 

「構わん。姿を見せてやれ」

 

 言葉に応じて現れるのは、一人の少年。年の頃は、衛宮 士郎と同じだろうか?

 

「確かにこやつもサーヴァントよ。しかし、あの衛宮の倅が従えておるモノには届かぬ。

 故に儂は駒が欲しいのだ。御主のように、強い駒がなぁ」

 

 やはり醜悪。無粋だが、此処で斬るべきか…………。

 

「儂に従えば、衛宮の倅と戦う機会をやろう」

 

「…………ほぅ」

 

 その提案は酷く魅力的だ。

 私を召喚したあの女が、衛宮 士郎に殺されるか、それとも懐柔されるかは分からぬ。

 しかし、どちらであろうと私と彼らと戦うことは出来なくなる。それは困る。

 

「どうじゃ、悪い話ではあるまい?」

 

 醜悪な笑みに、甘美な問いかけ。

 ふ………元より極めし剣も邪道。なれば、外道に身を堕とすも一興か。

 

「良いだろう。我が剣、汝に預けよう」

 

 私が望むは、彼らとの心躍る戦い。

 ならば………悪役の方がらしいというものか………。

 

 

 

 

 

 


 

 

Twin Kings

 

第六話「叶わぬ夢」

 

 


 

 

 

 

 

「知らない天井だ…………」

 

 一昔前に流行ったアニメの名言を口にしつつ、俺は身を起こした。

 視界に映るのは、間違いなく衛宮家ではお目に掛からない光景。

 赤を基調とした洋風の作りは、年月を感じさせる風格すら匂わせている。

 天蓋付きのベッドから降り、僅かにふらつく足取りで外に出た。

 

「シロウ、もう起きても大丈夫なのですか?」

 

 唐突にかけられた声に、俺はゆっくりと視線を其方に向ける。

 見れば私服姿のセイバーが立っている。気遣わしげな目で俺に近づき、俺の体に触れた。

 

「少し熱いですね…………、熱を測りましょうか?」

 

「いや、いい………。それよりも此処は…「私の家よ、衛宮君」

 

 セイバーではない声に、反射的に視線を向けた。

 そこには赤いトレーナーに、黒のミニスカート姿の遠坂が立っている。

 

「………え〜っと、おはよう」

 

「おはよう………じゃないわよ、この莫迦っ!!」

 

 がおー、と何故かお怒りの遠坂。…………寿命が縮んだ気がするぞ。

 

「な、何だよ」

 

「何だよ、じゃないわ! あれ程言ったのに、その日の内に行くなんて如何いう了見よっ!!」

 

 あう。遠坂の怒りの原因は、柳洞寺に行ったことか。

 一成が心配だったとか、キャスターのやったことが赦せないとか、言っても遠坂の怒りは鎮まらないだろう。

 

「と、遠坂の言葉を無視したのは悪かったよ。

 でも、俺は黙って待っているなんてことは…「ちょっと黙りなさい」…イエッサー」

 

 遠坂の言葉に敬礼付きで従う俺。

 ………あれ? いつの間にか上下関係が決まっているような。

 

「はぁ………、衛宮君がそういう奴だってことは、知っているつもりだったんだけどね。

 兎も角、私の忠告を無視した上に謎の影にやられるなんて、ね」

 

「ん、また使い魔で覗いてたのか?」

 

「人聞きの悪い言い方しないでよ!! それに今回は違うわ。

 昨日の柳洞寺での一件の全ては、セイバーから聞いてるのよ」

 

 そうなのか? と目で問うと、セイバーは首肯した。

 ふむ、それは説明の手間が省けて良い。

 

「それで、諸々の話を改めて衛宮君としたいの。………昨夜の行動の言い訳も一緒にね」

 

「…………………あぁ、急に眩暈が」

 

「そう? じゃあ、早く寝た方が良さそうね」

 

 にっこりと微笑みながら言う遠坂。

 …………あの〜、つかぬことをお聞きしますが、その腕で光っているものは……ひょっとして……。

 

「コレ? 魔術刻印っていうモノだけど、効果はこれから教えてあげるわ」

 

 やはり身を持ってですか? と敬語で問うと、返答の変わりに何かが飛んでくる。

 俺はそれを躱すことも出来ず、あっさりとそれに意識を刈り取られた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「う………」

 

 窓から差し込む陽光の眩しさに、私は眼を覚ました。

 外を見れば、太陽は頂点からやや西に傾いている。

 ボンヤリとした頭で考える。……今日の夕食は何にしようか? と。

 私のマスターである宗一郎様は、好き嫌いもなければ自己主張もしない。

 宗一郎様ならば、きっと何を出しても美味しい、と言ってくれるに違いない。

 けれど、私は手を抜かない。宗一郎様が笑ってくれるような料理を―――――――――

 

「あ……アァ……ぁ」

 

 何を想っているのだろう?

 何を幻想(ゆめ)に浸っているのだろう?

 もう………どれだけ渇望しようとも、宗一郎様には会えないのに。

 

「うあ………ぁ……っ!」

 

 悲鳴すら声にならない。こんなにも哀しいのに、叫ぶことが出来ない。

 脳裏に流れていくのは、短い間だけ………私のマスターだった男性(ひと)

 夢のような日々をくれたあの人に、私は………私は………っ!!

 

「その様子では、マスターに思いを寄せていたようだな。キャスター」

 

「ッ!?」

 

 突然の声に目を見開けば、壁に凭れ掛かっている少女。

 確か昨夜の少年と共に居たサーヴァントの一人。

 絹のように綺麗な金髪を、ストレートに流している彼女は思わず息を呑むほど美しい。

 それに加えて、彼女には自分に対する絶対的なまでの自信を持っているように見える。

 私などとは違い………裏切られて惨めな思いなど、したことも無いだろう。

 

「…………何の用かしら」

 

 ともすれば掠れてしまいそうになる声を、何とか取り繕う。

 何となく………弱いところは見せたくなかった。

 

「雑種………あぁ、私の一応マスターだ………が、貴様に話があるそうだ。(ワタシ)についてくるがいい」

 

 此方の返答も聞かずに踵を返す彼女は、それが当然のように歩き始める。

 普通なら無視してやるところだが、一つだけ……気になることがあった。

 それはあの少年。もう一人のサーヴァントに、シロウと呼ばれていたあの少年こと。

 宗一郎様と比べるまでも無い子供だが、今は………少しだけ気になっている。

 その理由は………きっと彼の叫びが………そこから伝わる想いに、共感するものがあったからかも知れない。

 そして私は立ち上がる。あの少女の言葉に従うのは癪だが、それ以上に好奇心が勝っていた。

 

「その前に……………」

 

「?」

 

「涙は拭いておけ。今のままというのは、見苦しいぞ」

 

 彼女の言葉に、カッと頬が熱くなる。

 恥ずかしい…………裏切りの魔女とまで言われた私が、涙を見られるなんて…………。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 俺が目を覚ましたのは、遠坂の攻撃を受けてから二時間後だった。

 丁度キャスターが意識を取り戻したらしく、たった今キングが呼びに行っている。

 

 さて、俺が今何をしているかと言えば、あのアーチャーの淹れた紅茶を飲んでいる。

 悔しいが、こんなに美味い紅茶は初めてだ。

 英霊としては如何かと思うが、非常に負けたような気分に陥る。

 

「見事ですねアーチャー。私はこれ程の紅茶は初めてです」

 

「ふっ、この程度ならばコツを掴めば誰にでも出来ることだ」

 

 セイバーの賞賛に、茶菓子を出しながら言うアーチャー。

 更に、さり気無い動きでセイバーのカップに紅茶を注ぎ足す。

 ………………悔しいが、これも真似できない。

 全員に注意を払い、減っている物があれば直ぐに補充する。しかも、その行為が本当に自然なのだ。

 正しく超一流の執事を思わせるような……………あれ? アーチャーって英霊じゃないのか?

 

「連れて来てやったぞ」

 

 ノックもなく扉が開き、キングがズンズンと入ってくる。

 そして誰かの言葉を聞くこともなく、キングは俺の隣に座った。

 続いて入ってきたのはキャスター。昨夜と同じ、濃い紫色のローブを頭から被っている。

 その為、彼女の顔は未だに見たことが無い。

 

「やっと会えたわね、キャスター」

 

「私としては会いたくは無かったわ、アーチャーのマスター。

 けれど貴女には礼を言うべきなのかしらね。貴女が居なければ、私は座≠ノ戻っていたでしょうし」

 

 そうなのか? と、目で問うと遠坂は頷きを一つ。

 

「此方から一方的に行なった、仮契約みたいなものよ。

 その気になれば、一方的に破棄することだって容易いでしょうね」

 

 成程、と俺は頷き、視線をキャスターに。

 ローブの所為で表情は見えないが、昨夜よりは落ち着いて見える。

 

「私を留めた理由は償いをさせるため? それとも、あの影のことかしら?」

 

 どこか失笑しているように口元を吊り上げ、キャスターは言う。

 

「そうね、知っているなら後者ことに関して詳しく教えて欲しいんだけど」

 

「残念ね。私も知らないわ、あんなもの。………でも、一つだけ確かなことがある」

 

「それは?」

 

「アレもまた、聖杯戦争に関わっている………私から言えるのはそれだけよ」

 

 昨夜、葛木先生を殺し、俺たちにも襲い掛かってきた謎の影。

 その正体は不明だが、この莫迦げた宴……聖杯戦争に関わる存在らしい。

 

「じゃあ、サーヴァントだと思う?」

 

「さぁ? 如何かしらね。………けれど、その推察は近いと思うわ。

 まぁ、あんな代物が人に御し得るとは到底思えないのだけれど」

 

 その後も、遠坂とキャスターは2、3の質問を繰り返す。

 その間、俺は何をしているのかといえば、遠坂たちの話を聞きつつ、クッキーを齧っていた。

 

「う…………悔しいけど、美味い」

 

「アーチャーの手作りなのですか?」

 

「ふ……無論だ。ちなみに、無塩バターと塩の分量が味の決め手だな」

 

 セイバーの質問に、アーチャーは俺に(被害妄想かもしれないが)誇示するように言う。

 その時、セイバーは「甘いのに塩を使ってあるとは……」と、とても感心していた。

 なんだか知らないが、非常に悔しい。思わず不機嫌さが顔に出ると、ふと、キングが視界に映る。

 彼女もクッキーを齧っているのだが、何故か難しい顔をしている。

 不味い、という訳では無さそうだが……………何かに悩んでいるような?

 

「どうかしたのか、キング?」

 

「む…………いや、このクッキーが、な」

 

「私の作ったクッキーに不備でもあったのかな?」

 

 何か言いよどむキングに、アーチャーが問う。

 少し迷ったような仕草を見せて、キングは口を開いた。

 

「暖かくないのだ」

 

「言っている意味が理解できんな。クッキーは元々暖かくなど無いぞ」

 

「そんなことは分かっておる! ただ………その、何と言うのか………」

 

 旨い言葉は見つからないのか、キングは腕を組んで悩んでしまう。

 …………しかし、暖かくない? 額面通りの言葉では無いのだろうが、一体如何いう意味なのだろう?

 

「雑種の作った物は安堵できるが………貴様の作った物は寂しいのだ」

 

 アーチャーの作った物は寂しい? やはり意味が分からない。

 分からないまま視線をアーチャーに移すと、酷く空虚な笑みを作ったアーチャーが居た。

 

「そう……か」

 

 短く言葉を返したアーチャーは、何故か養父・切嗣を連想させる。

 いや………その理由は分かっている。この顔は、失ってしまった何かを眩しく思う顔だ。

 嘗て俺が、切嗣の代わりに正義の味方になるといった時も、切嗣は同じ顔で微笑んでいたのを憶えている。

 

「確かに貴様の作った物の方が、美味いには美味いのだがな」

 

 最後に付け足された言葉が、俺としては心に突き刺さった。

 ……………料理の勉強………しようかなぁ。

 

「あんたたち、私とキャスターが真面目に話してる横で何してるのよ」

 

 話の終わったらしい遠坂が、此方を半目で睨みつつ言う。

 いや、余計な口を挟むよりは良いかなぁ、と思ったから何だけど。

 

「言っとくけど、言い訳したらまたガンドだからね」

 

「何でもありませんサー!」

 

 笑顔で恐ろしいことを言う遠坂に、俺は敬礼と共に返答する。

 …………我がごとながら、情けない。いや、それだけ遠坂が恐ろしいということか。

 ちなみに、遠坂の言うガンド≠ニはルーン魔術に分類される呪詛の一種のことだ。

 対象を指差すことで、魔力で編まれた呪詛が効果を及ぼすものだが………遠坂のは破格である。

 高密度で編まれている遠坂のガンドは物理的な効果すら及ぼすのだ。

 その威力は? と、言えばヘビー級のパンチに匹敵ほどなのである。

 

「兎も角、柳洞寺に行くわよ」

 

「え? 何で……「話、聞いて無かったわね」…も、申し訳ない」

 

 これは俺が全面的に悪いので、謝るほか無い。

 ふぅ、と嘆息を一つ。遠坂は手で髪を梳きながら口を開く。

 

「話にある謎の影について、現地調査をすることにしたのよ。

 まぁ何も無い可能性が高いんだけど、それでも魔術師としての務めは必要だしね」

 

「魔術師の務めって?」

 

「記憶操作に決まってるじゃない。

 キャスターのことは勿論、葛木先生のことに対してもフォローは必要でしょ」

 

 あぁ、成程。魔術は隠匿するのが基本、とまで言われるほど隠すのが普通だったな。

 それにキャスターは兎も角、葛木先生に関しては………。

 

「さ、行くわよ。今日は土曜だし、関係者は揃ってるでしょ………多分」

 

 …………最後の一言が妙に気になるが、行き当たりバッタリの方が遠坂らしいか。

 勿論そんなことを口に出そうものなら、………(ブルブル)…凄いことになるな。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 夕暮れの近い時間帯に、俺たちは柳洞寺の石段を上っていた。

 俺と遠坂、セイバーにキングは兎も角としても、アーチャーとキャスターは非常に目立つ。

 幸運にも人に見咎められることは無かったが…………キャスターの魔術だろうか?

 しかしまぁ、霊体化させれば良いと思うんだが…………いや、何も言うまい。

 下手に混ぜっ返して赤いあくま≠ニ金色のおうさま≠フ頂上決戦が再燃したら大変だ。

 ………………兎も角、二人の性格がぶつかり合った、という訳である。

 

「ねぇ、衛宮君」

 

「ん?」

 

「確か、山門に佐々木 小次郎って名乗るアサシンが居たのよね?」

 

 あぁ、と首肯すると視線を山門に。

 何も感じない…………ただの山門。それはつまり、

 

「アサシンも影にやられたようね」

 

 感情の見えない声で言うキャスターに、俺は眉根を寄せる。

 ちゃんと話したわけじゃないが、佐々木小次郎には好意的な印象しかない。

 だからだろうか? 彼が死んだとは思えないのは………。

 

「詳細は分からないけど、サーヴァントの気配は無いわ。

 ただ、やられたような気配も無いし…………う〜ん、保留にしときましょう」

 

 そういうと、遠坂はさっさと山門を潜る。

 スタスタと歩き、真っ直ぐに本堂に向かう遠坂。

 そして何の迷いもなく、本堂の扉を開けた。

 

「成程。何もかも、残さずってわけね」

 

 開け放たれ、日の光が差し込んだ本堂は静謐な空間を未だに作り上げていた。

 昨夜見た光景が嘘のように思える本堂には、血の一滴も見ることが出来ない。

 

「…………………」

 

 ただ無言で、キャスターは本堂の中へと入っていく。

 そして葛木先生が倒れていた場所に触れる…………………。

 その光景が遠坂に如何映ったかは分からない。

 しかし、それは遠坂から言葉を奪い去るだけの力があった。

 

「一人に…………して貰えないかしら」

 

 僅かに震えた声に、反論の声など上がる筈も無い。

 遠坂や、セイバーたちは声を返すこともなく出て行く。………俺を除いて。

 

「セイバーのマスター…………貴方も、よ」

 

「悪いけど、それは出来ない」

 

 それは出来ない、と俺は言う。

 キャスターは壁を見たまま動かないが、出て行こうとした遠坂の目が、俺を捉える。

 言葉にしたわけじゃない。けれど、遠坂の目はやめなさい≠ニ、咎めているように見えた。

 それでも俺は…………、

 

「俺は残る。此処で、キャスターの傍に居るよ」

 

 俺の言葉に、遠坂が驚きの表情を作る。そしてキャスターは、僅かに震えていた。

 

「遠坂たちは、記憶操作の方を頼む」

 

「………………好きにしなさい」

 

 何故か、不機嫌そうに言うと遠坂は本堂を後にする。

 残されたのは、俺とキャスターの二人。

 

「何故、一人にはしてくれないの………?」

 

「俺は、一人にしてやることが良いとは思えないから」

 

 キャスターは俺に背を向けて、俺は彼女の背に向かって言う。

 

「それは押し付けね」

 

「分かってる」

 

 短い言葉に、短く返す。

 俺のやっていることは、酷いことなのかもしれない。けど、キャスターを一人には出来なかった。

 

「昔………俺の両親が死んだ時に、ずっと傍に居てくれた人がいる。

 その人は俺の救いだったから…………だから―――――――

 

「だから、私も救うと!?」

 

 激昂したように叫ぶキャスター。

 遂に振り向いたキャスターは、今まで以上に感情を露にしている。

 きつく握られた両手は胸のところで合わさり、彼女の頑なさを表していた。

 ローブの影から覗く彼女の口元からは、荒い息が漏れている。

 

「一体何様のつもり!? 貴女如きが、私を救うだなんて!!」

 

「違うよ。俺はただ傍に居るだけ。

 必要なら聞いているし、必要なら言ってやる。俺はただ、その為に此処に居る」

 

「それが余計なお世話だと言うのです!!」

 

 半狂乱になって叫ぶキャスターに、一歩近づく。

 更に一歩、もう一歩と俺はキャスターに近づいていく。

 対してキャスターは動かない。ただ俺に罵声を浴びせるばかりだ。

 

「如何して………一人にしてくれないの………」

 

 今にも泣き出しそうなキャスターの声。俺はキャスターの目前に立ち、その言葉を聞く。

 

「キャスター……辛いなら泣いたって良いんだぞ」

 

「ッ!!」

 

 彼女は不器用だな、と俺は思う。だから、彼女は一人にしても上手く泣けないだろう。

 泣けない、というのは言葉以上に辛いことだ。

 だから俺は此処に居る。彼女の涙を、見届ける者として。

 

「如何してそんなことを言うのよ…………」

 

 肩を震わせ、掠れた声で言うキャスター。その視線は、下に向けられている。

 しかし次の瞬間、彼女の顔が勢い良く上げられた。

 その拍子に頭を覆っているローブが取れる………………。

 

 露になったキャスターの顔は、思わず息を呑むほど綺麗だ。

 水色の長い髪は、背中の中ほどまで伸び、向かって右側の一房が三つ編みになっている。

 そして彼女の耳は、御伽噺で謳われるエルフのように尖っていた。

 ある種、幻想的な美しさをもったキャスターに、俺は少しだけ見惚れてしまう。

 

「裏切りの魔女である私に………何でそんなことを言うのよ………。

 私は………私は………」

 

 上手く言葉に出来ないのか、彼女は言葉を繰り返すばかり。

 俺は彼女が言葉を作るまで、待ち続けた。

 

「悪い魔女なのよ…………」

 

 これが待った結果。これがキャスターを縛っているものか…………。

 でもなキャスター、

 

「でも俺は――――――――――――――

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「悪い魔女なのよ…………」

 

 漸く口に出せたのは、こんな子供のような言葉だった。

 でも、私という存在を言い表すのに、これほど適した言葉は無いかもしれない。

 過去を振り返ってみても、宗一郎様に仕えていた時もそうだ………。

 私は宗一郎様と居たいが為に、数多くの人間から魔力を搾取し続けた。

 理由はどうあれ、赦されることじゃないのは確か。

 それに対して、私の目の前に立つ坊やはどんな答えを―――――――――

 

「でも俺は信じるぞ、キャスターのこと。

 裏切られるかもしれないし、痛い目を見るかもしれないけど……俺はキャスターを信じる」

 

 ――――――――――――――え?

 

「だって、全ては信じることから始まるんだ。

 だから俺はキャスター信じる。キャスターと共に、始める為に」

 

 あ、駄目だ。そう思ったとき、咄嗟に彼の胸に飛び込んでいた。

 宗一郎様よりも小さく、柔らかい胸は……それでも男のもの。

 しかし、それよりも私は双眸から流れる雫に、意識の全てを奪い去られた。

 壊れてしまったように流れ続ける涙は、止まることを知らないかのように彼の胸に消えていく。

 断続的に嗚咽する喉…………止まらない涙…………彼にしがみつく腕。

 全てが私の思い通りに動かない。ただただ子供のように泣きじゃくる私は………、

 

「良いんだ……キャスター。今は何も考えなくて」

 

 ―――――――――あぁ、どうしてこんなにも暖かいのだろう。

 最早、思考すら纏まらない。何も…………考えられない。

 だから、今だけは彼の暖かさに溺れてしまおう。自分の心を落ち着かせる為に。

 

 

 

―――――――――――今だけ、赦してください。宗一郎様―――――――――――

 

 

 

GO AHEAD!

 

 

 

後書き

 

 今回はアレだな………ギャグが足りないような………。(爆

 まぁ良いか、キャスターのフラグは立ちましたしね。

 いやぁ、しかし感情を書くのは非常に難しい。キャスターの心がこれで良いのか少々不安です。

 後は、やはりアーチャーの料理かなぁ。

 彼の料理は技術的なことは士郎よりも上なんですが、如何せん心が。

 料理は心、という言葉もありますしね。やはり、磨耗した心が料理にも表れるのではないかと。

 あと、士郎は藤村組のお手伝いさんに料理を教わったので、まともな勉強はしてません。つまり我流です。

 どうでも良いことかもしれませんが、他に言う場所が無いので。(核爆

 それでは、今回の後書きはこの辺で。御意見、御感想をお待ちしております。

 

 

 

管理人の感想


 6話ですねぇ。

 小次郎さんが敵に……。

 彼は手ごわいでしょうから、士郎君が生き残れるか心配です。



 今回はキャスターの心情が中心。

 正直読んでて照れました。

 最後の士郎とのやり取りも同様に。

 汚れてしまったのだと再確認。(爆



 キングによるアーチャー料理の評価は、原作知ってる身としては切ないところ。

 しかし彼は一流の執事ですね。

 生前の生活が偲ばれます。





 キャスターのフラグもしっかり立ててしまった士郎君の明日はどっちだ?



感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。

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