そこは墓場だった……………。

 

 幾千……幾万の剣が墓標のように突き立てられた……墓場。

 

 そんな赤い、赤い荒野の棺の上に、アイツは立っている。

 色々なモノを捨てて墓守のように、アイツは立っている。

 

 この世界には、それだけしかない。…………否、それ以外は存在し得ない、というべきか。

 この世界は、何て寂しいのだろう。

 私は知らず、自分の躰を強く抱いていた。…………そうしなければ、寒さに凍えそうだったから。

 孤独という名の地獄を作ったならば、こんな世界なのかもしれない。

 そんな埒も無いことが思い浮かぶが、視線はアイツから逸らさない。

 

 アイツは真っ直ぐに前を見据えている。

 こんなにも寂しく、哀しく、虚しく、朽ち果てた世界に居るのに………アイツは、前を見据えている。

 まるで、それしか知らないかのように………………。

 

 何故か、それが酷く癪に障る。

 その在り方が如何しようもなく歪で、救われない在り方だからだろうか?

 いや、それはきっと違う。私が腹を立てている理由は―――――――――

 

 

 

 

 


 

 

Twin Kings

 

第七話「同居、開始」

 

 


 

 

 

 

 

「知らない天井ね…………」

 

 ボンヤリとする思考のまま、ふとした言葉が口に出る。………何となく、お約束のような気がしたのだ。

 視界に映るのは、少し和風テイストな部屋。

 完全に洋風な作りをしている遠坂家では、お目に掛かれない光景だ。

 そう、此処は遠坂家ではなく衛宮家。その理由は…………面倒なので後で考えよう。

 

「着替え…………」

 

 意味の分からない言葉を呟きながら、家から持って来たバッグを漁る。

 程なく、学園の制服一式が出てきて、それらを着込む。

 う〜…………眠い。今、何時かしら?

 

「あれ? 時計が…………」

 

 無い。しまった………腕時計………持って来たと思ったのに。

 まぁ今更悔やんでも仕方ないし、一日ぐらい無くても問題ないか………。

 

「でも、あの夢は…………」

 

 意識が、思考の海に沈む。

 脳裏に浮かぶのは、さっきまでの夢。まぁ夢である以上、殆ど思い出せないんだけど……。

 私が寝起きからちゃんと動けるのは、間違いなくそれが関係している。

 あれは……あの世界は―――――――――

 

「凛」

 

「ひゃ! ………アーチャー?」

 

 び、吃驚したぁ………。もう! いきなり声をかけないでよ!!

 

「何を面白い声を上げている。…………まぁ君にしては早起きしたようなので、良しとしようか」

 

 う、五月蠅いわね。一言多いのよ、アンタは。

 

「キャスターが………いや、メディアが君を呼んでいる。何でも重要な話だそうだ」

 

「メディアが?」

 

 アーチャーの言葉に、私は立ち上がる。

 何の話かは知らないが、重要と付く以上は無意味な話では無いだろう。

 夢のことは一先ず置いておくことにする。今はまだ、その時じゃない。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

トントントントン

 

「士郎さん、下拵えが終わったわ」

 

「ん、有難うメディア。じゃあ、そこにあるダシと一緒に煮込んどいて」

 

 俺の言葉に従って、メディアは手際良く煮込み始める。

 メディアとは、キャスターの真名だ。

 昨日、一頻り泣くと真名を明らかにし、真名で呼んで欲しいと言ったのだ。

 理由は………葛木先生がキャスター≠ニ、呼んでいたから…………。

 彼女にも色々と思うところはあったのだろうが、俺はそれからメディアと呼んでいる。

 

「でも、意外だな。和食がこんなにも上手いなんて」

 

「柳洞寺では私が料理を作っていたのよ。寺では精進料理≠ナなければならないらしくて」

 

 成程。精進料理は和食という分類の中でも難しいものの一つだ。

 何せ、大豆で肉の感じなどを再現したりするからな。

 兎に角、手間のかかる料理だからなぁ……………料理の腕が上がるのも当然か。

 

「おはよ〜……って、あんた等何してんのよ」

 

「おはよう、遠坂。早いんだな」

 

「おはようじゃないわよ。何でサーヴァントに料理なんて手伝わしてるのよ?」

 

 はて? 何か可笑しいのだろうか、メディアたちを手伝わせるのは。

 視線を遠坂から居間へ。そこにはセイバーとキング、そしてアーチャーの三人が居る。

 

「むぅ、遅い。遅いぞ雑種!」

 

「落ち着きたまえ、キング。君は女性として淑やかさが足りないな。

 それは兎も角セイバー、珈琲と紅茶…どちらにするかね?」

 

「では、紅茶をお願いします」

 

 うむ。腹ペコな二人に、執事然としているアーチャー。最早、日常の光景だな。

 

「ゴメン………今回は私が間違ってたみたいね」

 

 何故か頭痛を抑えるように、こめかみに手を当てる遠坂。………風邪だろうか?

 

「分かるわ、マスター」

 

「有難うメディア。…………でも、割烹着は脱いでから言って欲しかったわ」

 

 会話の一部からも分かるように、メディアは遠坂と契約している。

 最初メディアは俺と契約しようとしたんだが、横に居た遠坂の視線が物凄く怖かったので辞退した。

 その後、魔力供給も充分である遠坂と改めて契約した、というわけである。

 遠坂としても、俺にサーヴァントの数が劣っているのが癪だったらしい。

 ………………この時、メディアが残念そうだったが………すまん、遠坂には逆らえないのだ。

 

「うっし、料理完成。遠坂、お前も運ぶのを手伝ってくれよ」

 

「はいはい、皿はこれで良いのよね?」

 

 あぁ、と答えてどんどん皿に盛り付けていく。

 今日の朝食は和食。一応、和食は俺の得意料理である。

 御飯に味噌汁、焼き魚に精進料理の一種である炊き合わせを加えた。

 炊き合わせは、海老芋の含め煮、慈姑(くわい)の含め煮、大徳寺麩、梅花京人参、(ふき)の色煮、牛蒡(ごぼう)万年煮の六種。

 あとはアクセントに大豆を煮たものと柚子、木の芽を加える。出来る限り旬の食材を使った、会心の出来だ。

 

「はぁ〜、大したものね。

 噂には聞いてたし、昨日のお弁当も美味しそうだったから期待してたけど………期待以上だったわ」

 

「ま、今日の炊き合わせは会心の出来だけどな。

 それに、今日はメディアの協力があったからな」

 

 うむ、メディアは本当に料理が上手い。…………精進料理だけだけど。

 

「でも、可笑しいな…………桜の奴、今日は遅いな」

 

 時計を見れば時刻は七時半。いつもならもっと早く来るんだが………?

 

ドタドタドタ……

 

「む、餓えたトラがやってきたか」

 

 玄関から近づいてくる足音に、俺は大食らいの姉代わりの女性を浮かべる。

 

スパーンッ!!

「おっはよー、士郎! セイバーちゃんとキングちゃんも元―――――

 

 む、今日は反応が早そうだな。耳栓耳栓……っと。

 

増えてるーーーーっ!!!!

 

 トラ咆哮。その大音声に、俺以外の全員が耳を押さえ―――――莫迦なっ!?

 アーチャーも既にガード済みだって!!!

 

「ど、どういうことなのよぅ!! 何で増えてるのよぉ!!」

 

「お、落ち着け藤ねえ。この二人はセイバーとキングの保護者の方だ」

 

「え?」

 

 咄嗟に口にした言葉に、藤ねえはキョトンとした表情になる。

 そして、ゆっくりと視線をアーチャーに。

 

「ふむ、二人の兄のアーチャーです。妹たちがご迷惑を掛けたようで申し訳ない」

 

 うわ、サラッと合わせやがった。…………まぁ此処で下手に焦られても困るが。

 打ち合わせ無しで、あっさりと嘘八百を並べられるアーチャーに、俺は戦慄する。

 

「私が長女のメディアです。急な話で連絡も出来ず、本当に御免なさい」

 

「い、いえいえ良いんですよ!!」

 

 藤ねえには欠片も存在しない淑やかさを見せるメディアに、逆に藤ねえの方が焦ってる。

 …………………でも、サラリと嘘の言えるメディアがちょっと怖かったり。

 

「え、え〜っと。じゃ、じゃあ如何して遠坂さんが居るの!?」

 

 何故か分が悪いと思った藤ねえは、最後の一人……遠坂に的を絞る。

 しかし藤ねえの言葉に、遠坂は笑みを浮かべる……………あ、赤いあくま……………。

 

「私は画家のメディアさんに、美術を教えてもらおうと思いまして。

 藤村先生もご存知でしょう? 私は卒業したら倫敦の美大に行くことを」

 

「じゃ、じゃあ別に士郎の家じゃなくても、遠坂さん家でも良いんじゃ………」

 

「あら? それは無理ですよ、藤村先生。私は偶然メディアさんとお会いしただけです。

 慣れない日本の生活なんですから、ご家族の方と一緒の方が良い筈ですよ」

 

 藤ねえ撃沈……………遠坂の理論武装の前には、藤ねえの本能も完敗か。

 

「ううううぅぅぅぅぅぅぅ……………遠坂さんも士郎の家に泊まるの?」

 

「えぇ、勿論。可愛い教え子の将来の為ですから、当然認めてくださいますよね? 先生」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! 認める以外に選択肢が無いよーーーーっ!!!」

 

 またまた雄叫びを上げながら、藤ねえは目の前の料理を物凄い勢いで食べ始めた。

 アーチャーが居る以上は、間違いがどうこうと言っても反論にはならないし、家族は一緒なのが普通。

 遠坂としても勉強の為、と言えば仮にも教師である藤ねえは反対出来ない。

 ………………哀れ、トラ。あくまの前には、猫同然だな。

 

「そういえば桜は如何したんだ、藤ねえ?」

 

「うぅ………桜ちゃんなら暫くは来ないって」

 

 猛烈な勢いで食べていた藤ねえは、箸を止めずに言う。………行儀が悪いぞ。

 

「は? 何かあったのか」

 

「ん〜、良く分かんない。

 アレが長引いているのかもしれないから、もしかしたら暫く学校休むのかも」

 

「アレ? ………あぁ、昨日言ってた奴か」

 

 むむ…………学校を休むほどのことなのか。

 

「藤村先生……そのアレって、月に一回のアレですか?」

 

「そうだよ。士郎には分からないみたいだけどね」

 

 苦笑しながら言う藤ねえ。…………何だか馬鹿にされた気分だ。

 

「そう…………桜が…………」

 

「お見舞いに行くべきかな…………」

 

「あー、衛宮君。それだけはやめた方が良いわ。桜の名誉の為にも」

 

 むむ………俺が行くと桜の名誉が傷つけられるのか?

 

「分からん……………アレって何なんだ?」

 

「中学の保健体育で習わなかったかしら?」

 

 ………保健体育? む……寝ていた記憶しかない。

 

「ま、衛宮君らしいから良いんだけどね」

 

「そうそう、士郎は知らなくても良いのよ」

 

「失礼ですが、シロウは知らない方がらしいと言えます」

 

「そうだな、雑種は知らぬ方が当然なのだ」

 

「クスクス、そうね。士郎さんは知らない方が、士郎さんらしいわ」

 

 な、何も総出で言わなくても……………。

 

「あぁ、そうだ。藤村先生、今日は衛宮君、学校を休みますから」

 

「「え!?」」

 

 唐突な遠坂の言葉に、俺と藤ねえの間抜けな声が重なる。

 その間抜けな様子が可笑しかったのか、遠坂は笑みを深めながら口を開いた。

 

「えぇ、衛宮君は昨日ちょっとした怪我をしたんですよ。

 私は休んだ方が良いって言っているのに、衛宮君ったら聞き入れてくれなくて………困ってるんです」

 

 120%演技している遠坂の言葉に、藤ねえはあっさりと騙された。

 まぁ、俺の日頃の行いを省みると、遠坂の言葉も信憑性を帯びるんだが…………。

 ただ俺は一言だけ言いたかった。

 遠坂は困るよりも先に拳が出るだろ、と………勿論、口には出さない。命が惜しいし。

 

「うんうん、駄目よ士郎。遠坂さんの言うことを聞いて休まないと」

 

 むぅ…………これが優等生という肩書きの力か。まぁ、藤ねえが単純な所為もあるだろうけど。

 しかし、何でまた俺を休ませようとするんだ?

 

「アンタの肩……影に貫かれたんでしょ?

 変な呪いでも貰ってるかもしれないから、メディアに見てもらいなさい」

 

 小声で囁かれた声に、幻痛が奔る。

 う…………確かにあの影が、左肩を貫いたんだよなぁ………確かに変なものが付いてそうだ。

 

「分かった。今日のところは休ませてもらうよ」

 

「うんうん、今日は珍しく素直ね。………おかわり!」

 

 はいはい、と言って藤ねえ専用の丼を受け取る。

 さて、今日は如何するかなぁ…………。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

キ〜ン コ〜ン カ〜ン コ〜ン ♪〜

 

 四時間目終了のチャイムの音色が、学校中に響く。

 別段、特別なことなど何も無い半日が過ぎた。

 変な夢の所為で寝足りなかった私としては、眠気を抑えるのに苦労した半日だったけど。

 そういえば、今日も慎二の奴が休んでたわね…………そして桜も。

 間桐の家の二人が休んでいることは、やっぱり気になるわね。

 二人とも魔術師では無いとはいえ、あの間桐 臓硯がどう動いているのかが気になるわ。

 

「お〜お〜、怖い顔しちゃって。なんかあったのかい? 遠坂」

 

「あら、美綴さん。

 いいえ、別に何もありませんよ。そんなに怖い顔をしていました?」

 

 私に気さくに話しかけてきたのは、友人である美綴 綾子。

 恐らく、私の友人関係では彼女が一番の親友だろう。

 ………あぁ、でも、最近だけど衛宮君とも仲が良いのよね。一応、魔術師同士だし。

 って、何考えてるんだろ私は。彼は何れ敵になるのに………。

 

「ん〜、被っていた猫が取れかけていたって感じかな」

 

「まぁ、私は猫なんて被ってませんよ」

 

 綾子の鋭い指摘に、ちょっぴりドキッとしたのは自分だけの秘密。

 切り替えが上手くいかないわね………士郎が日常でも、非日常でも変わらないのがいけないのよ!

 魔術師たるもの、日常の自分と魔術師としての自分を切り替えて生きるものだって言うのに。

 アイツは、いつも変わらない。私もそれに感化されてしまったのだろう。

 

「まぁ良いか。

 それは兎も角、何時もの購買でパンか?」

 

「いいえ、今日はお弁当よ」

 

「なぬ!?」

 

 私が鞄から弁当を取り出すと、綾子は大袈裟に驚いた。

 なんか失礼な反応じゃない?

 

「万年寝坊助な遠坂が弁当だって!? しかも手作りだなんて…………誰に作って貰った?」

 

 ぐっ………ここで作ったのは私よ!! と、叫びたいが今≠フキャラじゃない上に、私は作ってない。

 そう、この弁当は士郎が作った弁当だ。悔しいが士郎の料理は、かなり美味しい。

 特に和食は飛び抜けている…………中華なら負けないけど、冷めた中華ほど不味いものは無い。

 つまりは弁当に向かないのだ。しかし、士郎の料理は冷めても、味を損なうことなく美味しい。

 はっきり言えば、何時も食べている安っぽいサンドイッチなど、士郎の弁当に比べれば月とスッポン。

 多少のリスクを背負ってでも食べたい。………そう思って貰ってきたんだけど。

 

「さぁ、吐け。一体誰に作ってもらったんだい?」

 

「さぁ? 誰でしょうね」

 

 ちょっとリスクを負い過ぎたかしら? 兎も角、綾子の追及から逃げないと。

 

「じゃあ、私は行くところがあるので………」

 

「あ、ちょ、遠坂!」

 

 強引に綾子の追及を逃れ、教室を出る。

 彼女の良いところは後を引かないところだから、もうこれ以上は何か言ってくる事は無いだろう。

 そして私は足取りも軽く階段を上る、弁当の中身を予想しながら。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 う、うぅ………全身が悲鳴を上げている。

 俺の躰は地に伏し、至るところから発せられる痛みの信号に震えていた。

 そして俺の前には、一人の剣士が立ち、鋭い眼で俺を見下ろしている。

 

「さぁ立ちなさい、シロウ。貴方はこんなものでは無い筈です」

 

「ちょ、ちょっと休ませてくれ…………」

 

「何を言うのですか、シロウ。今のままでは、サーヴァントに抵抗すら出来ませんよ」

 

 セイバーの容赦の欠片も無い言葉に、うぅ、と呻き声で返答した。

 鋭い打ち込みを受けた体は、なかなか思うように動かない。

 だから俺は道場の床に倒れたまま、むぅ、と立つセイバーを見上げていた。

 そう、此処は衛宮家にある道場。

 壁には幾多の竹刀や木刀が掛けられ、『則天去私』や『無想』と書かれた掛け軸がある。

 道場の中央に俺とセイバーが居り、端の方にキングとメディアの二人が観戦している。

 

「さぁ、立ってくださいシロウ」

 

 一歩前に出るセイバーは、身を屈めて俺に手を差し伸べる。

 ……………う、それ以上にこの位置は、

 

「も、もうちょっとかな………」

 

「何がもうちょっとなのですか?」

 

 いや、漢としての理想郷が…………。

 

「不埒者ッ!!」

 

「へごっ!!」

 

 高速で飛来した竹刀が、俺のこめかみに激突した。

 投げたのは、声質からキングだろう。

 

「な、何をするのですか、キング!!」

 

「愚か者め!! そこに居る雑種に、スカートの中を覗かれていたのだぞ!!」

 

 あう……キングには思いっきりばれていたようだ。

 漢として思わず覗き掛けてしまったが、やっぱりセイバーにはお仕置きされるかなぁ。

 

「それはキングの勘違いでは? 私のスカートの中など見ても、シロウに何の得も無いでしょう」

 

「正気か? 男など、皆ケダモノだぞ」

 

 キングの歯衣着せぬ言葉が、グサグサと胸に突き刺さる。

 それにしても、セイバーは本気で分かっていない様子だ。一体、どんな人生を送ってきたんだ?

 

「まぁまぁ、キングも落ち着きなさい。

 そういうことをするのは、男性の本能みたいなものよ」

 

 流石は大人の女性、といった様子で諌めるメディア。

 ………でも、そこはかとなく視線が冷ややかだ。

 

「ふん。これではあの小娘と同盟を組んだのも、下心からかも知れんな」

 

「む、そうなのですかシロウ?

 それはいけない、嘗て私の知る騎士にも女性にだらしない人が居ましたが……碌な人間ではありませんでした」

 

「ち、違うに決まってるだろ!!」

 

 キングの言う小娘とは遠坂のことであり、同盟とは文字通りの意味だ。

 謎の影のこともあり、イリヤとバーサーカーという強力な敵もいる。

 確かに俺も遠坂も、サーヴァントを二人も仲間にしているが…………それでも危険なのだ。

 だから、昨日の間に遠坂に同盟の話を持ち掛けると、意外な程あっさりと同意した、という訳である。

 …………………しかし、セイバーの言う女にだらしない騎士って誰のことだ?

 

「さぁ話はこの位にして、そろそろ昼食にしましょう」

 

「シロウ、早く立ち上がって此方へ。お腹が空きました」

 

 メディアの言葉に、瞬間移動の如き速さで弁当まで移動したセイバーが続いて言う。

 ………………一房だけ跳ねている髪が、ピコピコ動いているように見えるのは、気のせいだろうか?

 

「士郎さんは肩を見せてください」

 

「ん…」

 

 上着を脱ぎ、上半身の裸を晒す。右肩には火傷の痕が鮮明に残っている。

 此方に関しては単なる古傷だ。まぁ、これが理由の一つとなって弓道を辞めたんだが。

 しかし、今回はそのことは関係ない。

 メディアが触れたのは反対の左肩。………つまり、あの影に貫かれた部分だ。

 自分でも不気味に思えぐらいの不死性で、肩の傷は完治どころか傷痕すら見えない。

 

「やはり何も異常は見えないわね」

 

「無いと何か拙いのか?」

 

 メディアの言葉に、俺は首を傾げる。

 さっきまでセイバーと打ち合っていたのも、メディアの指示によるものなのだ。

 何でも、通常状態では異常が見られなかったから、様子を変えてみよう、とのこと。

 しかし…………無いなら無いで、良いんじゃないのか?

 

「明確な異常があったほうが、分かり易いのよ。

 今の貴方には、異常が本当に無いのか、それとも異常が潜んでいるのか………それが分からないのよ」

 

 むむ………成程。

 

「それに私は治癒魔術が苦手だから………。

 材料さえ揃えられれば、擬似的な不死の薬だって作れるけれど、ね」

 

 不死の薬とは………また凄いな。

 改めて目の前に居るのが、偉大なる英霊だと再認識し―――――

 

「ぬ! セイバー、それは(わたし)が狙っていたものだぞ!!」

 

「ふっ、甘いですねキング。兵は拙速を尊ぶ、という言葉を知らないのですか?」

 

 やっぱり二人は二人だなぁ、と思ってみたり。

 しかし……孫子の言葉を何でセイバーは知っているんだ?

 

「おーい、俺とメディアの分も残しといてくれよ」

 

「あぁ! キング、それは私が!!」

 

「馬鹿め!! (モグモグ)油断した…(アグアグ)…貴様が悪いのだ!!」

 

 二人とも聞いてる? っていうか、キング。行儀が悪いから食べながら言うのは止めなさい。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 ふぅ、衛宮君の弁当は予想以上だったわね。…………また明日も作って貰おう。

 ただ私が料理が出来ないと思われるのも癪だし………うん、今晩は私が料理を作ろう。

 

「凛、何時まで食べているつもりだ?」

 

「もう終わったわよ、アーチャー。……でも、もう少しゆっくりしても良いんじゃないの?」

 

 急に実体化しながら言うアーチャーに、ちょっと不機嫌さを見せながら返答する。

 

「フッ………何を莫迦なことを言っている。

 君は一度決めたなら、そこまで突っ走るような性格をしていたと思うが?」

 

「それじゃ猪じゃないの!! 遠坂家の家訓は、どんな時も余裕を持って優雅たれ、よ。

 私だって、家訓に則って行動しているつもりよ!」

 

 まったく、コイツは私を何だと思っているのよ!

 …………もう一度令呪でもかましてやろうかしら。

 

「まぁ君の性格を論議したところで意味は無いか。

 では、もっと建設的な話しないか、マスター」

 

 相変わらずムカつくが、言っていること自体は間違ってない。

 

「アンタ……やっぱりムカつくわよ、その態度」

 

「フッ、自分に正直に生きているだけなのだが………」

 

「あーもう! そういう態度がムカつくの!!

 兎も角、この話はもう良いわよ。今は学校に張られた結界の話をするわよ」

 

 声高に宣言すると、アーチャーはスッと目を細める。

 今までのおちゃらけた雰囲気が消え、英霊の名に相応しい重いものへ……。

 そして私もスイッチを切り替える。

 学校での優等生としての自分から……魔術師の自分へと。

 

「学校に張られた結界は、内部にいるものを溶解し、その存在の全てを吸収するタイプだな。

 完成までには、現状の進行ペースから見て凡そ七日程。

 結界は幾つかの基点を使用したモノで……………推測だが、宝具の一種だろう」

 

「チッ………宝具ってことはメディアでも解呪は不可能ね。

 この結果を張ったサーヴァントを見つけ出して、叩くしかないか」

 

 けど………一体、どのサーヴァントが?

 セイバー、アーチャー、キャスターは既に味方になっている。

 そして、あのバーサーカーがこんな宝具を保持していることは間違っても無い。

 と、すれば残るのはランサー、ライダー、アサシンの三体。

 アサシンに関してはキャスターが召喚したが、山門から離れたことは無いという。

 ライダーに関しては………はっきりとしない。

 セイバーが斬り伏せたそうだが、その生死自体ははっきりしない。つまりは、生きている可能性があるのだ。

 最後はランサーだが、アーチャーの話では無いだろう、とのこと。

 アーチャーはランサーの正体に気付いているみたいだが、私はまだ聞いていない。

 しかしアーチャーが言うのなら、その通りなのだろう。

 

「私の予想としてはライダーだな。

 何より、他にこれほどの宝具を保有するものが想像出来んね」

 

「そうね、私もそう思うわ。となれば、張らせたのは慎二でしょうね。

 ……………ひょっとしたら、臓硯の指示の可能性もあるけど」

 

 どれだけの時を生きているのかは知らないけど、あの怪異バグ爺が弱いとは思えない。

 きっと老獪な策を………いや、何を企んでいるのかも分からない。

 聖杯を手にすることが目的なんでしょうが……………一体、どんな切り札を持っているのやら。

 少なくとも、マスターの権利を委譲する為の書なんて、遠坂には伝わってないし。

 

「さて、如何するのだ? 我がマスターよ。

 現状……戦力としてはイリヤスフィールが、厄介なのは臓硯。

 そして謎に包まれているのはランサー、となるが……」

 

「頭が痛いわ………謎の影のことだってあるのに」

 

 今回の聖杯戦争は、確実に狂ってきている。

 セイバーの重複召喚、マスター権の委譲、サーヴァントがサーヴァントの召喚。

 そして謎の影………本当、頭が痛いわ。

 

「ふむ………やはり今暫くは衛宮 士郎との同盟も有益か」

 

「……そういえば、アーチャーと衛宮君って仲悪いわよね?

 何がそんなに気に喰わないの?」

 

 ふと気になったことが、思わず口に出る。

 思い返せば二人は非常に仲が悪い。

 セイバーとキングみたいに、いきなり戦い始めたりはしないけど………。

 

「ふん………あんな破綻した借り物の幻想を見続ける奴など、何れ全てを不幸にする。

 凛、君も奴には深く関わらないことだ。奴は何れ周囲を巻き込んで崩壊するぞ」

 

 …………まいった。仲が悪いとは思っていたけど、此処まで致命的だったなんて。

 これならセイバーとキングの方が、仲が良いといえる。

 あの二人はただ反発しているだけ。けど、アーチャーは衛宮君を憎悪している。

 それこそ……………衛宮君を殺しかねないほどに…………………。

 

「そういえば、今朝はメディアと何を話していたのだね?」

 

「……………ちょ……っとね」

 

「ふむ、歯切れが悪いな。余り良い話では無かったようだ」

 

 アーチャーの推察は正しい。

 今朝、メディアから聞かされた話は本当に嫌な話だったから………。

 もしも今朝の話が真実だとしたら……………私は決断しなければならない。

 冬木市の管理を任されている………遠坂として………。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「おー、士郎君じゃないか。学校はどうしたんだい?」

 

「ちょっと用があって休んだんですよ。それより牛バラ肉を500gください」

 

 あいよ、という肉屋の小父さんの声を聞き、財布を取り出す。

 馴染みである肉屋の小父さんは、軽口を叩きながらも手際良く肉を包んでくれる。

 

 さて、俺が今何をしているかと言えば、夕飯の買出しに来ているのだ。

 大食漢の二人……って、女の子だから大食女か?

 兎も角、その二人に加えて三人も同居人が増えたのだから、必然的に食料も大量に必要になる。

 そういうわけで、俺は一人で商店街に来ていた。

 遠坂にでも見つかったら、またサーヴァントを連れていないことを怒られそうだが……一応、理由がある。

 

 セイバーとの訓練の後、暇だった俺は物置から将棋を引っ張り出した。

 セイバーたちにルールを説明し、彼女たちとやったんだが………セイバーとキングが異常に弱い。

 まぁ、それだけなら良いんだが、二人とも滅茶苦茶負けず嫌いだったのが運の尽き。

 何度も何度もやらされた………んだけど、俺とメディアの全勝。手を抜くと、二人して怒るし。

 四人を順位付けするなら、

 一位が俺。まぁ切嗣(オヤジ)と何度も打ったし、藤ねえの爺さんとも打ったことあるしな。

 二位が僅差でメディア。多分ちょっと練習すれば、俺よりも遥かに強くなるだろう。

 ここで越えられない壁があり、その下に同着でセイバーとキングがいる。

 それほど二人は弱い……弱すぎた。と、まぁそういう訳で、メディアは再戦希望の二人に拘束された。

 しかし買い物には行かなければ夕食が無くなるので、俺は一人寂しく買い物をしているという訳である。

 

「あれ? 全部買い終わってる………」

 

 これまでの経緯を回想している間……つまり、無意識に買い物をしていたのか、俺?

 凄いな、自分の新たな一面を―――――ん? ちょっと待てよ。

 無意識にやった、ということは……それって本能ってことか? 買い物が本能……。

 ふと、脳裏に執事然とした紅い外套のどこぞの英霊が思い浮かぶ…………絶対に嫌だ!!

 

「い、いかんいかん! 俺の行き着く先があんな嫌な奴と同じだ何て………寒気がするな」

 

 ブンブン、と頭を振って空恐ろしいイメージを振り払う。

 英霊なのに執事って………笑い話にしかならない。

 

「えー! どうして買えないのー!!」

 

 ん? 何だ、どこかで聞いたことがあるような声だが………?

 

「だからね、これは外国のお金なの。悪いけど、うちではこの国のお金しか取り扱ってないのよ」

 

「えー!」
「……………えー」

 

 なっ! イリヤ!!? なんで此処に居るんだ!?

 

「ねー、リズ。日本のお金は無いの?」

 

「…無い。そっちはセラが全部管理してるから」

 

「むー、セラはケーキ買うのダメって言うし」

 

 ……………むぅ、どうやらケーキを買いに来ただけみたいだな。

 隣にいる白と黒の修道女のような服の女性は、侍女か何かだろうか。えらく片言な日本語が印象的だ。

 

「ねー、これでも良いじゃない! だからケーキ頂戴!!」

「ちょうだい」

 

「そう言われてもねぇ………」

 

 二人の言葉に、店員さんも困っているな。

 正直、イリヤに関わるのはちょっと怖いが、困っている人をそのままにするのは俺の正義が許さない。

 

「こら、店員さんを困らせちゃ駄目だろ」

 

「え? シロウ!?」

 

 驚いたように身を引き、目を見開くイリヤ。

 そんな彼女を置いておき、俺は店員さんに話しかける。

 

「すいません。彼女は俺の知り合いなんで、俺が代わりに払いますね」

 

「あぁ、士郎君の知り合いなのかい? そりゃあこっちとしても助かったよ」

 

 安堵した笑みを浮かべ、直ぐにケーキを包み始める。…………何か多くないですか?

 

 

 

 

 

 

「えへへ〜、ありがとうシロウ!」

 

 嬉しそうに笑うイリヤは、あの夜と違い、歳相応の少女の微笑みだった。

 こんな笑顔を見せられると、こっちとしても楽しくなってくるな。

 今、俺とイリヤたちは商店街を離れ、小さな公園に居る。

 そして、これまた小さなベンチに三人の身を寄せて座っていた。

 

「いいさ、別に。それよりも、この人は………?」

 

「リーズリット」

 

「は? ……あぁ、リーズリットさんですか?」

 

 色々なものが抜けているリーズリットさんの言葉は、ちょっと理解し辛い。

 それにしても無表情のままで言ってくる彼女は、相当変わった人だなぁ。

 

「リズ」

 

「は?」

 

「リーズリットの愛称よ。多分、そう呼んで欲しいんでしょ」

 

 イリヤの言葉に、リーズリットさん………リズはコクン、と首肯する。

 

「分かった。じゃあ俺も士郎で良いよ」

 

「シロウ……」

 

 う〜む、セイバーやイリヤもそうだが。外国人に俺の名前を教えると、みんな発音が変だなぁ。

 まぁ別に良いか。それで困ることは無いしな。

 

「シロウは何してたの?」

 

「ん? 俺は夕飯の買出しだな。同居人が増えたから、消費量も増えたんだよ」

 

 エンゲル係数が鰻上りだが、今のところキングの御蔭で金には困ってない。

 不幸中の幸い、というやつか。

 

「ふ〜ん。その様子じゃ、サーヴァントにも御飯あげてるんだね」

 

「勿論だぞ。イリヤはあげてないのか?」

 

「バーサーカーに? あげる訳無いじゃない。魔力は充分にあげてるんだから」

 

 む…………当然でしょ、と言った感じで言われると、少し反発したくなるな。

 けど、それが普通なのか。

 まぁ、俺の場合は魔力供給が出来ないから、その代わりという意味合いもあるしな。

 でも、あのバーサーカーがテーブルについて、ナイフとフォークを使って食事?

 …………駄目だ…………俺の想像力の限界を超えている。

 

「シロウの作る御飯かぁ………美味しいの?」

 

「ん……そうだな。今のところ、美味しいって言って貰えてるな」

 

 思い浮かぶのは、やはり金と銀の二人。

 あの二人と出会ってから、まだ五日。それでも二人とは長い付き合いのようにも思える。

 その理由は、やはり聖杯戦争にあるのだろう。

 莫迦げた戦いだが、それだけ濃密な時間を過ごしている。良いか悪いかは別にして。

 

「へぇ〜」

 

「興味があるなら食べてみるか?」

 

「ほんとに!?」

 

 パァ、と笑顔になるイリヤ。こんな顔をされると、こっちまで嬉しくなってくる。

 

「あぁ。いつでも俺の家に来れば作ってやるぞ」

 

「! シロウの…………家…………」

 

 イリヤの顔から笑顔が………いや、表情自体が消える。

 その無表情な顔は、今まで見たどの顔とも違う。それはまるで、イリヤの泣き顔のようだ。

 

「如何したんだ、イリヤ?」

 

 それが余りに痛々しくて………俺は思わず訊いていた。

 

「キリツグが………住んでた家なんだよね?」

 

「え?」

 

 予想外の名前に、俺は呆然とイリヤを見返してしまう。

 キリツグ…………衛宮 切嗣…………俺の親父を、如何してイリヤが知っているんだ?

 

「如何してイリヤが、切嗣(オヤジ)のことを知っているんだ?」

 

 問うた言葉に、返答は無かった。代わりとばかりに、誰かが俺の袖を引っ張る。

 

「シロウ。それ以上、イワヌガハナ」

 

 …………多分『言わぬが華』と言ったつもりなんだろうが、ちょっと発音が可笑しい。

 それに、恐らくは意味も分かってはいないのかもしれない。

 まぁそれは兎も角として、リズの言いたい事は分かった。だから、彼女の頭に手を置き、

 

「優しいんだな、リズは」

 

 撫でながらそう言ってやると、リズは不思議そうにしながらも目を閉じる。

 その仕草は、動物が撫でられることを甘受しているようにも見えた。

 

「むー! 私を放って置いて、リズとイチャイチャするなんて、シロウのサイテー男!!」

 

「い、イリヤ、別にそういうつもりじゃ………」

 

「ふん、だ! どうせリズの胸に見惚れてたんでしょ、シロウのケダモノ!!」

 

 ち、違うぞ。断じて違う!!

 俺は純粋にリズの優しさが嬉しくてだなぁ……って、リズも「これ?」とか言って、胸を持ち上げるな!

 

「イリヤ、安心して良い」

 

「む、どうしてよリズ?」

 

「イリヤのようなツルペタの方が、喜ばれることがある」

 

 チラリとこっちを見ながら、そんな爆弾発言を言うなーーーっ!!

 というか、止め以外の何者でもないぞ…………。

 

「む〜、それはそれで嬉しくない」

 

「いや、俺はそういう趣味無いから」

 

 取り敢えず否定しておかないと………、社会的に駄目な気がする。

 

「まぁ良いわ、シロウはシロウだし。それよりも、シロウが私の城に着てよ」

 

「城?」

 

「イリヤ…」

 

 急なイリヤの誘いに、俺は首を傾げた。城って……そんなもの冬木市にあったか?

 そしてリズは無表情のまま、咎めるような目でイリヤを見つめる。

 

「良いじゃない、リズ。貴女の主人は私よ」

 

「セラが怒る。御飯抜きは嫌」

 

「大丈夫よ、シロウが作ってくれるから」

 

「いつでも来て」

 

 変わり身早ッ!!

 …………何故か見ず知らずのセラって人と、気が合いそうな気がする。同じ苦労を背負ってそうだ。

 

「そう言われても、俺はイリヤの城なんて知らないぞ。

 第一、城がこの町にあるだなんて聞いたことも無い」

 

「私の城の場所? それは森の中にあるのよ」

 

「森? ってことは、あの郊外の森か?」

 

 確かに、あの恐ろしく広大な森ならば、城ぐらいひっそりと建ってそうだ。

 しかも、あの森は色々と曰くのある森だし………噂だと、何処かの金持ちの所有地らしいし。

 

「でも、あの森は滅茶苦茶広いぞ」

 

「大丈夫よ。道なら今から教えるわ」

 

 そう言うと、イリヤはその小さな手で俺の頬を捕らえる。

 柔らかくて、暖かい……その何とも言えない感触に、顔に血が上る。

 

「なななななな、何をぉーーーっ!!」

 

「も〜、これ位でオタオタしないの。シロウってば純情なんだから」

 

 うふふ…、という妖しい笑いを漏らすイリヤに、俺は益々焦る。

 しかし、そんな俺の動揺を完全に無視して、イリヤは互いの額を押し当てた。

 

「静かにして、心を落ち着かせて。今から飛ばす≠ゥら」

 

 え? という疑問の声に応えるものはなく。俺の意識は転移していく…………。

 

 

 

 

 最初に見えたのは森の入り口。

 舗装された道路の先に、別世界の入り口のように森が広がっている。

 

 ―――――ここがアインツベルンの森よ。

 

 い、イリヤ!? 一体何処から?

 

 ―――――もう、そんなに動揺しないでよ。制御が難しいんだから。

 ―――――兎も角、詳しい話は後でするから、今は黙って見てて。

 

 む、むぅ……分かった。

 

 ―――――うんうん、素直で宜しい。じゃあ……一気に城まで行くわよ。

 

 イリヤの宣言と共に、視界が連続して転換する。

 森に生える木々の視点が、代わる代わる俺を森の奥まで導いていき………見えたのは古城だった。

 森の中にある開かれた場所に、静謐な雰囲気すら漂わせる古城が、静かに建っている。

 

 ―――――此処が私の城よ。道筋は憶えた?

 

 あ、あぁ……何とか。

 

 ―――――じゃあ、戻すね。

 

 イリヤの言葉に従い、俺の意識は再び転移した………。

 

 

 

 

 最初に来たのは、強烈なまでの吐き気。例えるなら、重度の乗り物酔いに掛かったみたいだ。

 

「大丈夫? シロウ」

 

「だ、大丈夫じゃ………な、い。なん……だ、今の………は」

 

 腹の中の物を、残らずぶちまけてしまいそうになるのを堪えて、何とかそれだけを口にする。

 

「アインツベルンの得意とする魔術で、『転移』を使ったのよ。

 シロウの意識を転移させて、木とかに一時的に移して道を教えたの」

 

 成程…………。その時の負荷が、この凶悪なまでの吐き気って訳か。

 

「普通、魔術師相手にはまともに使えないんだけどね。

 シロウの対魔力がビックリすぐらい低いんだもん。意外と簡単だったわ」

 

 う………それはそれで、嫌な評価だなぁ。

 

「はぁ〜、頭がグラグラする」

 

「いたいのいたいのとんでいけ〜?」

 

 リズが俺の頭を撫でながら言ってくれる。……言葉尻が疑問系なのはご愛嬌か。

 

「えへへ〜、私もしてあげるよ」

 

 そう言って、イリヤも俺の頭を――――――ノォォォォォォ!!? ゆ、揺するなぁ!!

 

「頼むから止めてくれ。これ以上やったら、俺は人間ポンプに成り果てるぞ」

 

「イリヤ、乱暴」

 

「むー! リズが懐柔されてるじゃない!!」

 

 俺とリズの言葉に、むくれるイリヤ。

 その仕草はなかなかに可愛らしいが、リズを懐柔って………人聞きが悪いな。

 

「イリヤ。そろそろ帰らないと、セラが五月蠅い」

 

「そうね。勝手に抜け出してきたし、あんまり小言は聞きたくないし」

 

 そう言うと、舞うようにベンチから立ち上がり、踊るように振り向く。

 

「じゃあね、シロウ。

 今日は昼間だから見逃したけど、夜に会ったら殺してあげる」

 

 謡うようにイリヤは言葉を紡ぐ。それは夜に出会う、マスターとしてのイリヤ。

 子供としての、無邪気さからくる無慈悲さを見せる………イリヤの歪な顔だった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 学校が終り、私は衛宮家に帰ってきた。

 

「……クス」

 

 自分の思考に、思わず失笑が零れる。

 昨日の内に荷物を運んだとはいえ、実質住み始めたのは今日から。

 まして、私が此処に住むのも聖杯戦争の間……加えて衛宮君との同盟の間だけだ。

 にも拘らず、私は衛宮家に帰ってきた=H 私も莫迦なことを思ったものね。

 

ガラッ

「ただいま〜」

 

 あぁ、それでもそのことに心地良さを感じてしまう。

 父さんが前回の聖杯戦争で死んでから、一度も使うことの無かった言葉は心を弾ませる。

 そしてそれに返す者が居ることにも………、

 

「お帰りなさい、リン。変わりありませんか?」

 

「えぇ、有難うセイバー」

 

 自然と、口元が笑みの形に吊り上る。こういうのを、人並みの幸福と言うのかしら。

 そんなもの……今までは心の贅肉だと思っていたけど、案外良いものね。

 

「メディアとキングは? それに衛宮君は?」

 

「前者の二人ならば、居間にいます。今はキングの番ですので。

 シロウならば、夕食の買出しに……「一人で!?」…え、えぇ、はい」

 

 今までのぬるま湯のような心地良さが、一気に吹き飛んだ。

 一体、何をしているのよ!! 幾らなんでも軽率すぎる!!

 

「どうして一人で行かせたのよ!!」

 

「そ、それが私が気付いた時には、既に…………」

 

 出かけていたって訳? 何を莫迦なことを言っているのかしら………。

 人間が最高級の使い魔……英霊を出し抜いて何処かに行けるなんて…………まさか、

 

「セイバー、その時何をしていたのかしら」

 

「………………(ビクッ)」

 

 この反応………間違いなく、何かやってたわね。

 そういえば、さっきの言葉も何か可笑しい。キングの番…………?

 

「アーチャー、セイバーを連れて来なさい」

 

「了解した」

 

 ヒョイ、とアーチャーが猫の子のようにセイバーを摘み上げる。

 セイバーは余程後ろめたいのか、反抗することなく、されるがままだ。

 しかし、そんなことは慰めにもならない。今朝のように痛み出す頭が、この先の場景を予想している。

 

バンッ!!

 

「クゥゥゥッ!! もう一度だ!!」

 

「ハァ…………もう諦めなさいよ」

 

 ものすごーく悔しがっているキング。

 ものすごーく疲れ果てているメディア。

 互いの間にあるのは…………将棋だった。

 

「あ、あんたたち………何をやっているのよ」

 

「む、見て分からぬか? ショウギを打っているのだ」

 

 盤面から目を逸らさず、キングの奴はあっさりとそんなことをほざいた。

 自分のマスターである衛宮君を放って置いて、自分は将棋ですって…………!!

 

「この大馬鹿ッ!! 自分のマスターも守らずに何やっているのよ!!」

 

「ば、馬鹿だと貴様!! この(わたし)に向かって馬鹿とは何だ馬鹿とは!!」

 

 があーと反論してくるキングに対しても、頭に血が上った私は一歩も引かない。

 

「馬鹿だから馬鹿って言ったのよ!! この、馬鹿金ピカッ!!」

 

「り、リン、落ちつい「貴女もよ、セイバー!!」…は、はい!」

 

「大飯を喰らっといて、マスターの護衛をサボるなんてサーヴァント失格よ!!」

 

 私の叫びに、セイバーはかなりの衝撃を受けたようだ。

 その衝撃を音に変えるなら、古典的だが『ガーン!!』だろう。

 余りの衝撃に身を屈め、のの字を床に書き始めた。これも古典的だ。

 

「グヌヌヌヌヌッ!! 先程の言葉を撤回しろ、小娘!! でなければ痛い目を見るぞ!!」

 

「ふんっ! 何が小娘よ。私よりもチビの癖に!!」

 

「黙れっ!! 貧弱な胸の癖に!!」

 

「何ですってッ!!」

 

 もう赦さない!! この金ぴかは、私の逆鱗に触れたわ!!

 

―――――Anfang(セット)

 

「レーヴァティン!!」

 

 私の魔術回路が起動すると同時に、キングの手に煉獄が形になった剣が現れる。

 魔剣レーヴァティン。

 北欧神話に謳われる炎の世界……ムスペルへイムの王・スルトの持つ、世界を焼き尽くした魔剣。

 数ある魔剣の中でも最も有名なものの一本で、その力は計り知れない。

 

「でも、今更退けるわけ無いでしょうが!! この大馬鹿ッ!!」

 

「一度ならず二度までも……この場で焼き払ってくれるわッ!!」

 

 そして私は感情のままに魔術を行使する。

 何故、衛宮君が蔑ろにされたことへ、ここまで怒りが湧くのか………分からないままに…………。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「ちょっと遅くなっちゃったな」

 

 沈みかけた夕日を見ながら、俺は一人呟いた。

 12月に比べれば、大分日も長くなってきているが、それでも沈むのは早い。

 小一時間もすれば日が沈み、宵闇が辺りを包んでくれるだろう。

 

「イリヤ、リズ………それと、まだ会ってないけどセラか」

 

 セラって言うのはリズの双子で、イリヤの身の回りの世話をしているらしい。

 イリヤに過保護な面があり、ちょっと口煩いのが玉に瑕だそうだ。

 

「ふぅ………やっぱりやり難いよな」

 

 あんな風に自然と話をされると、俺は戦うことを拒否したくなる。

 見ず知らずなら良いのか? って話になっちゃうけど、知り合いとはやりたくない。そんなものだ。

 イリヤが遠坂のように、聖杯を手に入れたとしても悪用しないような人間ならば良いんだが……。

 恐らく………彼女は本心から聖杯を求めてない。親か、誰かから命じられてきたのだろう。

 では、彼女の目的は? これには理由も、確証も無いが…………俺を殺すことだと思う。

 理由なんてさっぱり分からないが、別れ際に俺に宣言した「殺す」の一言。

 あの時………イリヤの目には、僅かな悦びが映っていた気がする。

 

「何であんな目をしているんだろうな…………」

 

 答えは出ない。

 出来ることなら何とかしてやりたいが、イリヤのあの瞳の理由が分からなければ何も出来ない。

 

「クソッ…………!」

 

 苛立ちが口に出る。…………ハァ、俺も未熟だな。

 

「今は夕食を献立に集中するか、

 

――――ドオオオオォォォォォォンッ!!

 

 な、何だ!?」

 

 耳を劈くような轟音が、周囲に響き渡る。

 音源は……………家ッ!? まさか、あの二人がまた!!

 

「って、考えるのは後だ!!」

 

 奇しくも此処から家までの距離は、この間とほぼ一緒。

 それが弥が上にも、崩壊する我が家を連想させて、心を焦らせた。

 

「うっ!? な、なんだこの嫌な感じは!!?」

 

 家に近づくにつれて高まる何か………。それはこの上なく嫌な感じがするものだ。

 

ガラッ

「ただいま!!」

 

 帰ってきたことを知らせる挨拶に、誰の返答も無い。

 半ば予想していたことなので、そんなことを放置して嫌な感じの強い居間へと向かう。

 居間の戸は閉ざされており、中の様子を見ることは出来ない。

 だから俺は開ける。この上なく嫌な感じがしても、真実を得る為に…………、

 

「ッ! …………ごめんなさい。止められなかったわ」

 

 は、はは…い、良いんだよ、メディア。止めようとはしてくれたんだから。

 問題は…………、

 

「こ、小娘!! 貴様の所為で居間が壊れてしまったではないか!!」

 

「な、何言ってんのよッ!! あ、アンタの所為でしょ!!」

 

 この大莫迦者な、二人が悪いんだろう………。

 

「す、すまなかった!! わ、(わたし)が悪かったから…ッ!!」

 

「え、衛宮君! こ、今回は悪かったと思っているからッ!!」

 

 分かってる。分かっているよ、二人とも。

 でもね…、

 

「お仕置きは………必要だろう?」

 

「「イタッ!! イダダダダダダダダダダッ!!!」」

 

 異口同音の二人の苦悶の声を聞きつつ、俺はただ……半壊した居間を眺めていた。

 

 

 

GO AHEAD!

 

 

 

後書き

 

 あ〜、今回はちょっと間が空きました。次回も間が空きます。だって、テストなんですもの。(泣

 ども、テスト真っ最中な放たれし獣です。………てか、テスト期間中に何やってんだよ、俺。

 まぁそんな私事は如何でも良いですよね。というわけで、今回のお話。

 同居への流れ、キャスターの呼び名変更。………どちらもすっ飛ばしました。(ぉ

 理由は二つ。正直、書いたら果てし無く長くなりそうだったから。(ぇ

 それと、他に冒頭の夢を書けそうな良い場所が無かったから。(ぉ

 滅茶苦茶ですが、今回はこの辺で。………単位がやばいんですよ。マジで。(汗

 

 

 

管理人の感想


 7話ですねぇ。

 タイトルは、「トレース、オン」と読むんですよ?(ぇ



 キャスターがさり気なく萌えます。

 呼び方とか?

 彼女には色々頑張ってほしいですね。



 原作とは一味違い、イリヤよりリズを手懐ける士郎。

 その業は既に達人の域。

 もう業と言うか本能と言うか……。

 セラとは会った瞬間にガッチリ握手しそうですけどね。(笑


 相変わらずキれると強い士郎君でした。




感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。

感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)