「う………ぁ、っ」
意味不明の呻き声が口から漏れ、埋没していた意識が浮上する。
最初に感じたのは酷い倦怠感。体が鉛のように重く感じる、とは良く言うが、正にその通りだ。
今までも魔力の使い過ぎで、ボロボロになったことは何度かある。
しかし、今回は殊更酷い。今までのが大したことは無い、と言えるぐらいに。
「ほぉ……大したものだな、衛宮士郎。よもや、意識を取り戻すとは」
どこかで聞いたことのある声に、思い通りに動かない体に鞭打って視線を向ける。
そこには黒い神父服を纏い、初めて会ったときと変わらぬ嫌な目付きをした言峰の姿が……ッ!?
「こ! ……み、ねッ!?」
「落ち着け、衛宮士郎。貴様の父…切嗣は如何なる時も焦らなかったぞ」
言峰の言葉に、俺は冷静さを一瞬で取り戻す。
まぁ、他にも声が上手く出ないのと、
切嗣 の名を出された所為 もあるが。やはり
切嗣 を知っているような口振り………なら言峰は、ひょっとして………。
「ちょっと、言峰! 勝手にシロウの傍に……ッ!! シロウッ!!」
うおっ!? い、イリヤ? ううむ……動けない俺はまな板の鯉と一緒だ。
よってイリヤのタックルも、甘んじて受ける羽目になった。
「シロウシロウシロウシロウ、シロウッ!!」
俺の名を連呼しつつ、しがみ付いくるイリヤはかなり可愛い。
………しかし如何せん、俺は体がまともに動かないので何も出来ない。変な意味じゃないぞ。
「イリ、ヤ………良か…った。無事、だ……ったか」
さっきよりは声が出るようになったな。それに体も徐々にだけど、動くようになってきたみたいだ。
「シロウは無茶し過ぎだよッ!!」
あぁ、前にセイバーと同じこと言われたなぁ。
確かに予想外のことがあ……………あれ?
「イリヤ、俺に何があったんだ?」
「憶えてないの?」
「黒い短剣を、身を挺して防いだことは憶えてるんだけど……その後の記憶が曖昧で」
漸くまともに声が出るようになったな。
今はまだ、歩くことも儘ならないだろうけど、身を起こすことは出来るようになったか。
「…………シロウ。落ち着いて、左腕を見て」
ん? 左腕がな――――――――ッ!?
そこに在ったのは、見慣れた服に覆われた腕ではなく。
見たことも無いような、紅い布に覆われた腕だった……………。
Twin Kings
第十一話「紅い腕」
「なん……だ、コレ?」
余りの異様に、俺の口に出たのは掠れた声だった。
紅い布は、如何見ても包帯などには見えない。
好奇心に押された俺は、この紅い布を取ってみることに、
「ダメッ!!」
ッ!? イリヤ……?
いきなり俺の手を押さえ、紅い布を取ることを阻んだ小さな手。
それはイリヤだったのだが…………何だ? 何をそんなに怯えているんだ?
「イリヤスフィールに感謝するのだな、衛宮士郎よ。
オマエがその
聖骸布 を取っていれば、その腕に喰われていたぞ」
「喰われていた………?」
どうやったら自分の腕に喰われ…………腕? 左……腕?
「あ――――――――」
思い出した………あの時、短剣が俺の左肩に刺さった時………何かが溢れた。
それで俺は意識を失って……それで、如何したんだ?
「イリヤ、あの後どうなったんだ?」
「………勿論話すけど、出来れば落ち着いて聞いてね」
少しだけ躊躇った後、イリヤは真っ直ぐに俺を見ながら、口を開いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「アギィィィィアアァァァァ!?!?!?」
「シロウッ!!」
聞くのも恐ろしいほどの絶叫を上げながら、シロウが地面をのた打ち回る。
私は慌てて近付こうとするが、それは二人の手で静止させられた。
「離してッ! 離しなさいッ!!」
「申し訳ありません、イリヤスフィール様。それだけは出来ません。
彼をご覧下さい。あの様な闇が、体から溢れ出ているではありませんか!」
私を拘束している一人、セラが叫ぶように言うが私は聞かなかった。
殺す筈だったシロウは、私にとって何よりも大切な人だったことに気付いたから。
一人ぼっちの私の……………たった一人の家族だからッ!!
「■■■■■■■■――――――――ッ!!!」
「バーサーカーッ!?」
土機像 を薙ぎ払ったバーサーカーが、イスカンダルではなく此方に突進してくる。漸く気付いたが、誰もが戦闘を止めて此方を見ていたり、近付いてくる。
そして誰よりも速かったバーサーカーは…………、
「■■■■■■――――――――ッ!!!」
バシュッ!!
何かが弾けるような音と共に、シロウの腕が宙を舞う。
落下し、地面を転がる左腕からは絶えず闇としか形容できないものが溢れ続けていた。
いや、そんな事よりもシロウはッ!?
「ア………グ………ォォァ………」
肩口を押さえ、私には想像も出来ない激痛に呻くシロウ。……良かった、まだ生きてる。
「
破戒すべき全ての符 ッ!!」
キャスターが変な形の短剣を、転がっている左腕に突き刺す。
それにより、甲にあった令呪が消えていった。…………しかし、闇は消えない。
「クッ! そんな、これは魔術じゃないのッ!?」
何やら叫んでいるが、無視。今はそんな事よりもシロウが重要だから。
私を拘束していたリズとセラは、既に拘束を解いている。
バーサーカーが肩から左腕を斬り飛ばした御蔭で、シロウにはもう闇が付いていないからだ。
「シロウッ! シロウ、しっかりしてッ!!」
「…………………」
私の呼び掛けにも、シロウは何の反応も返さない。
完全に意識を失ってる。なのに、肩からは止め処なく血が溢れ出ていた。
死が………ヒタヒタとシロウを近付いている。
嫌………シロウが死ぬのは嫌ッ!!
「落ち着きなさい、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
そっと私の肩を抱くのは………シロウと一緒に来た灰色がかったショートカットの女性。
随分弱ってるみたいだけど、この女も魔術師……………。
「何の用。シロウには指一本触らせないわ」
私はこの女を警戒している。だって、こいつはランサーとずっと何かを話してた。
きっとシロウも騙されてるのよ。
「安心したまえ、私はミスタ・士郎の味方だよ」
「嘘。だって、そこのランサーと仲が良いもの」
「ハハ。嬢ちゃん、そりゃあ当たり前だぜ。俺はバゼットのサーヴァントだったんだからな」
サーヴァントだった? そう、そういうこと。
「負けて、奪われたのね」
バゼットと呼ばれた女からは、マスターの気配がしない。
それに加えてバゼットは隻腕だ。きっと言峰にランサーを奪われたんだ。
「間抜けな話だがね。それよりもランサー、君の見立てではミスタ・士郎は如何かな?」
「かなりヤベェな。多分………
治癒 ≠フルーンも効果ねぇぞ」
ランサーが口にしたのは、絶望的な事実。
私はいつの間にか抱きしめていたシロウを、一層強く抱きしめた。
「ルーンでは効果は期待できないか。しかし、他にも方法がある筈だ」
言葉だけ見れば平静のようだが、バゼットは沈痛な面持ちをしている。
「いや、こいつは治療とか、そんなレベルじゃねぇ。
シロウの場合…………霊体がごっそり無くなってやがる」
「なっ!?」
驚愕に声を荒げたバゼットに、私は訳も分からぬまま不安になる。
私には、魔術師としての知識が殆ど無いから……………何も出来ない。何も分からない。
「雑種ッ!! 如何した、いつまで寝ているのだッ!?」
「落ち着きなさい、キング。貴女が暴れても、士郎さんは回復しないわ!」
煩い二体のサーヴァントは、キングとキャスター。
キングはシロウに掴みかかろうとして、キャスターはそれを押さえ込んでいた。
………………そっか。キングもシロウが居ないと不安なんだ。
「ちょっとバゼット、衛宮君の容態はどうなの!?」
「最悪だ……………霊体が欠損しているらしい」
「ッ!!」
リンにもバゼットの言っていることが分かったみたいだけど、私にはまだ分からない。
「如何いうことだッ! 霊体が欠損すると治せないのかッ!?」
「当然よ。人間は私たち英霊のような高位霊的存在じゃない。
だから人間の霊体は復元しないの。
私たちにとっては指を切った程度の傷でも、人間にとってそれは致命傷なのよッ!!」
う………そ…………。シロウは助からないの………?
「イリヤ」
「イリヤスフィール様」
背後から静かに抱きしめられる。顔は見なくても分かる、リズとセラだ。
二人の暖かさと、抱きしめているシロウの焼けつくような熱さに、思わず涙が零れそうになる。
「え? ちょ、ちょっと待って。衛宮君の魔力がどんどん上昇してるッ!?」
リンの驚愕した声に、私は余り関心を示せなかった。
魔力が高くなったから助かるなんて、有り得ない事ぐらい私だって知っている。
「傷口が………塞がってる?」
え? 傷口が、塞がった?
慌てて確認すると、止め処なく流れていた血が止まっている。
血で汚れた左肩にあった傷も、いつの間にか無くなっていた。
「助かるの…?」
「いえ………肉体の傷は再生しても、霊体が再生出来なければ」
一縷の望みに縋るように口から零れた声に、キャスターが絶望に塗れた言葉を返す。
キングが泣くように叫び、キャスターが無力さに打ちひしがれ、リンが崩れそうな表情で方法を考える。
そんな周囲の場景も、どこか遠くに感じられた。
「…イリヤ!」
「イリヤスフィール様ッ!!」
私を抱きしめていた二人が、驚いたように叫ぶ。
何だろう? と思っていると、セラがハンカチを取り出して私の目元を拭く。
あ…………私は今、泣いているんだ。そう認識した途端、抑えが効かなくなった。
「ひぁ……」
はしたなく声を上げ、ボロボロと涙を零す。
取りとめも無いことが心をグルグル廻り、もう何も考えられない。
ただ嫌だと叫んだ。シロウが死ぬのは嫌だと、必死になって叫んだ。
そうすれば、シロウは死なないとでも思っている子供のように。
「シロウッ!?」
「これは何事かね、凛?」
セイバーとアーチャーが現れ、慌てた様子で此方に来る。だが、それはどこか異界の出来事。
私はそんなことを気にも留めず、ただただ泣きじゃくっていた。
「…………成程。ならば丁度良い、私の腕を使えばよかろう」
『なっ!?』
周囲が何か驚いている。だけど、私は必死にシロウに縋り付いて泣き続けた。
「なに、丁度左腕が使えなくなった所だ。
この具合ではメディアの協力があっても、全エネルギーを回復にまわしても、二日は掛かるだろう。
それならばいっそ切断し、イリヤスフィールの魔力をもって回復した方が遥かに早い。
幸いなことに、衛宮士郎はイリヤスフィールに気に入られているようだからな」
「そ、それはそうかもしれませんが……人間と英霊では霊的圧力が違いすぎますッ!!
簡単に腕を繋げるといっても、圧力差によって士郎さん自体が崩壊しかねない…………」
「しかし、他に方法もあるまい。
別に私は何方でも構わんよ。どの道、いずれは衛宮士郎を殺す予定だったのだ。
今ここで死ぬのも、後で死ぬのも変わりは無かろう」
『アーチャーッ!!』
遠い言葉の叫びは三つ。セイバー、キング、そしてリンだった。
「フッ。セイバーとキングは分かるとして、何故君も叫ぶのかね? 凛。
君とて理解していたはずだ。この聖杯戦争に生き残るマスターは一人。
ならば遠からず衛宮士郎と戦う事ぐらい、君ならば理解しているものだと私は思っていたのだが」
「そ、それは…………」
「さて、一応は君たちのマスターだ。
セイバー、そしてキング…………君たちで決めたまえ。私の腕を使うのか、使わないのか」
『………………』
「ふむ。迷うのは良いがね…………それだけ衛宮士郎が死ぬ確率は上がっていくが」
遠い、遠い言葉。私には、もう関係ない。
私はシロウと一緒に堕ちていこう。家族はずっと一緒だから…………。
「アーチャー。貴方の腕、使わせて貰います。
他に方法が無い以上は、私は速やかにその手段を取りましょう」
「
我 も同 意見だ。それにこの雑種も仮にも
我 のマスター………必ず生き残るッ!」
「ならば、残るはイリヤスフィールが私に魔力の提供を承認するだけだな。
話は聞いていたかね? イリヤスフィール。
君にも拒否権は有るが、その場合はセイバーたちを説得するのは任せるぞ」
お兄ちゃん。私のお兄ちゃん………ずっとずっと一緒だよ。
キリツグみたいに捨てたりしないよ。私はシロウと一緒だよ。
「イリヤスフィール…………?」
お爺さまが何か言ってくるかもしれないけど良いの。
バーサーカーが守ってくれるから。あのね、バーサーカーは強いんだよ。
「………………」
私の
未来 は長くないけど、構わないよね?シロウが動けなくても、シロウが喋れなくても良いよ。シロウは居るだけ良いから……、
パンッ!
「目を覚ましたまえ、イリヤスフィール」
「あ…」
叩かれた……? 私が、叩かれて………。
「衛宮士郎を助けたければ協力したまえ。
確かに確率としては低いかもしれないが、縋り付いているよりは遥かにマシだ」
叩いたのは………アーチャーなの? 私には………、
「助けたいのか、助けたくないのか。はっきりしたまえ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
…………………助けたい。
「助けたいッ!!」
「宜しい。では、そういうことだイスカンダル。言峰との話は済んでいるのだろう?」
え?
「ふはははは。アーチャー、せっかちな男は嫌われるぞ。
もっと我輩のように華麗に、優雅に行動してだな……」
「五月蠅い。貴様の方こそ、場の雰囲気というものを考えたらどうだ?
今、ここで無駄な話をして衛宮士郎が死ねば…………貴様の心象は最悪を通り越すだろうな」
「何をしているアーチャー。今すぐに言峰のところへ行くぞッ!!」
え? え? ど、どうしていきなり言峰のところに行くの?
「何を呆けている。衛宮士郎を助けるのだろう?」
訳も分からぬまま、ただアーチャーの言葉に後押しされるように私は走り出す。
ううん、分からなくてもいいわ。シロウが………助かるのなら………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それで、言峰にアーチャーの腕の移植を頼んだのかッ!?」
イリヤの言葉は、俺を驚愕させるのに充分な威力を持っていた。
大体、よく言峰がそれを引き受けたな…………。
「フッ。霊体を移植することなど、凛たちには不可能。しかし、私は霊媒医療に心得がある。
衛宮士郎が死ぬことになろうとも、移植自体は可能だった為、手を貸した。
まして、仮にもこの身は聖職に就くもの。
助けて欲しい、と乞われれば出来る限りのことをするのが当然だろう?」
「いや、お前にそれは当て嵌まらないから」
言峰の言葉を、俺は思わずツッコミのように切って捨てた。
フフフ、とか不敵に哂ってるコイツが純粋に人助けなんて怪しいというか、信用できない。
「まぁ、裏が全く無いか? と問われれば頷くことは出来ないが………」
「やっぱり出来ないのかよ」
内心の呆れを思いっきり籠めた言葉に、言峰はニヤリとした…不敵というか怪しい笑みを浮かべる。
やっぱりコイツは聖職者に見えない。信仰している神だって、きっと邪神だろうと思ってしまう。
「そうだな。私個人の思惑を言わせて貰えば、衛宮士郎の行く末に興味がある。
だからこそ、今死んでもらっては困るのだ。
オマエには悍ましくも美しい絶望の果てで、あの切嗣の理想を見れるか試して貰わねばならん」
「言峰……貴方は……」
やっぱりそうだ。言峰は、
「お前も10年前の聖杯戦争に参加していたんだな。そして、
切嗣 と戦った」
「いかにも。そしてもう一つの事実を教えてやろう。
オマエが現在従えているキングが、10年前の聖杯戦争に於ける私のサーヴァントだった」
『なっ!?』
キングが………言峰のサーヴァントだったッ!?
「尤も、その頃はアーチャーと呼んでいたが」
……………………ハッタリなんかじゃない。
確かにセイバーもキングのことを、最初はそう呼んでいたし。
「じゃあ………キングの真名を知っているのか?」
「無論だ。オマエと違い、私はキングの宝具も把握している」
グッ……! 他の誰に言われるより、言峰に言われると三割増しで腹立つ!!
「しかし………良く生き残ったものだな、衛宮士郎。
英霊の腕移植して生き残る確立など、零に等しいというのに」
「そ、そうなのか……?」
「そうだ。人間と英霊では霊的圧力差によって、人間の霊体が破壊されるのだ。
端的に言えば、腕の移植ではなく、オマエに止めを刺すの何ら変わらん」
ドッと、冷たい汗が全身から噴出すのを感じる。
言峰の暗い水の底のような目が、語る言葉を全て真実だと訴えているようで。
「だが、オマエは生きていた。流石はあの♂q宮切嗣の養子だというべきか。
嘗ての切嗣とは比べるまでもなく脆弱だが、計り知れぬところは良く似ている」
「あ………。そういえば前々から思ってたけど、
切嗣 ってそんなに有名なのか?」
今のところ言峰と臓硯だけだが、
切嗣 に対して含みを持った言い方をする。やはり
養子 としては、そんな言い方をされると気になるものだ。
「それは愚問というものだ。
衛宮切嗣こそ最強の魔術使いであり、全ての魔術師に対する恐怖の象徴だった。
今も尚……時計搭に住む魔術師たちはエミヤ≠フ名に怯えるだろう」
「そ、そんなに強かったのかッ!?」
「誰も彼もがエミヤ≠フ名を聞いた途端に工房に引き篭もり、防衛の陣を敷く。
そして自分たちに有利な場所を作りながら、己が逃げ道を狭め……誰も彼もが殺された。
私の知る限り、衛宮切嗣と対峙して生き残った者は一人として居ない」
工房といえば、魔術師たちにとっての領地であり、必殺の罠にもなる場所だ。
例え格上の魔術師が相手だろうと、工房であるならば勝てることがあると聞いたことがある。
それでも勝てる
切嗣 は…………格どころか次元が違うとでも言うのか?
「さて、過去の出来事に対しての質問はこれで充分か? 衛宮士郎」
「いや、もう一つ聞きたい。お前は聖杯に何を望むつもりだ?」
ふむ、と言って言峰は片手を顎に当てる。沈黙は数秒………、
「その質問に関しては、後で話そう。恐らく、凛もまた同じ質問をするだろうから」
「む…………分かった」
俺とイリヤだけで話を聞くよりも、遠坂たちと一緒に話を聞いた方が良いのは確かだろう。
まぁ何か企んでそうな顔の言峰を後回しにするのは、少々不安だけど………。
「では、凛の元へ案内する前に食事を用意しよう」
「は?」
「オマエはまだ気付いていないようだが、移植には多大な魔力と体力を消費している。
高位の魔術師ならば空気中に漂う
大源 を吸収し、小源 に変換するだろうが………そんな真似は出来まい」
グッ! 言峰の言い方には正直腹が立つが……………腹が減ってるのも確か。
目覚めてから他の事で頭が一杯だったけど、言われてみれば腹ペコだった。
そして言峰は返答も聞かずに部屋を後にする。
言峰が部屋を出て数十秒………思いの外早く帰ってきた言峰は、中華風の大皿を持ってきた。
「麻婆豆腐だが、辛いのは苦手か?」
「いや、別に大丈夫だけど」
「私も大丈夫だよ」
テーブルの上に置かれた麻婆豆腐からは湯気が立ち、美味そうに見えるんだが………?
何故だろう、本能が喰うな、と叫んでいる感じがする。
「私の自慢の一品だ」
「え゛っ!? って、ことはお前の手作りなのか?」
「安心しろ。毒など入っておらん」
そう言うと自分の小皿に麻婆豆腐を取り分け、蓮華で掬って食べた。
………………確かに毒は入ってないみたいだな。
「如何した? 遠慮など無用だ、存分に貪るがいい。お代わりもまだある」
貪るって……………。
「いっただっきま〜す!」
イリヤもお腹が空いていたのだろう、いそいそと麻婆豆腐を取り分けて食べようとする。
ふぅ、確かに変に勘ぐっても仕方ないな。俺も食うとしよう。
「味に関しても問題は無い。プロに教わったのでな」
「プロ?」
何故だろう……………酷く嫌な感じがする。
「うむ。深山町商店街に居を構える―――――」
ま、まさか…………、
「―――――紅洲宴歳館『泰山』が店長・
魃 氏直伝の麻婆豆腐だ」
「イリヤ、駄目だッ! 喰うなあアァァッ!!!」
パタリ……
「イリヤアアァァァッ!!!」
ガクリ、と崩れ落ちたイリヤを慌てて抱える。
「な、何てもの食べさせやがるッ!!」
「何か問題でも?」
涼しい顔で麻婆豆腐を食べ続ける言峰に、俺は思わず絶句。
か、辛くないのか? そう俺は思うが、言峰は止まらない。
深山町商店街にある紅洲宴歳館『泰山』といえば想像を絶する辛い中華料理を提供することで有名だ。
辛くて心臓の弱い人が死ぬのは当然、うちのは死者が蘇るアルヨ、とは店主の弁。
つまりは次元が違う辛さなのだ。
「し、シロウ〜…………」
「ど、どうしたイリヤッ!? 苦しいのかッ!?」
弱弱しい声が腕の中にあるイリヤから漏れ、俺は慌てて呼びかける。
イリヤは呼吸も浅く、汗をびっしょりとかきながらも言葉を紡ぐ。
「お腹が熱いの………お腹がいっぱい、いっぱい熱いのッ!!」
「イリヤアアァァァァァッ!!!」
最後に大声で叫び、意識を失ったイリヤ。
クソォッ!! 俺が………俺がもっと早く気付ければッ!!
「衛宮士郎よ」
「何だよッ!?」
平然と麻婆豆腐を食っていた言峰が、思い出したように声を上げた。
俺は自分の苛立ちから、思わず声を荒げて応える。
「現在、凛たちは礼拝堂で待機してもらっている」
「………だから何だ?」
「ふむ。この部屋と礼拝堂は構造上、大声は筒抜けになるように設計されている」
は? 何だってそんな無意味な設計を…………大声?
さっきのイリヤの叫びは今までより、遥かに大きかったよな。それに続いた俺の声も。
で、前文を抜かして、最後の部分だけ聞くと……………、
「ま、まままままままままさか………」
「安心しろ、衛宮士郎。ここは幸いにも教会だ。
オマエの魂は、最優先で主の下へと送り届けよう」
「安心できるわけねぇーーーーッ!!!」
ガチャ…ギィィィィィィィ…………
扉の開く音に、思わず目を向けると………………シニマシタ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まったく…………綺礼、アンタの冗談は性質が悪すぎるのよ!」
「何を言う、凛。私は冗談を言った憶えは無いぞ。
第一、久方振りの客人なのだ。
紅洲宴歳館『泰山』が店長・
魃 氏直伝の麻婆豆腐を振舞うのが道理だろう?」
「あんなもん、まともに食えるのはアンタだけよッ!!」
う…………ここは?
「あぁ、良かった。目が覚めましたか、シロウ?」
「セイバー?」
え、っと………セイバーは俺を見下ろすように見ている。
そして、下から見るセイバーの顔の向こうには、天井が見え……る?
そういえば、後頭部に柔らかくて暖かい感触が………って、まさかッ!?
「うわわわわわっ!?」
「あ………駄目です、シロウ。もう少し、横になっていなければ」
気が付けば、セイバーに膝枕してもらっていたようだ。
うわ〜、かなり恥ずかしい。多分、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
「大丈夫かね、ミスタ・士郎。
先程のミス・遠坂たちと言えば、魔王も裸足で逃げ出すような形相だったが」
「あー………まぁ生きてます」
バゼットも心配して気遣ってくれるが、出来ればさっきの遠坂たちは思い出させないで欲しい。
あの時の遠坂たちといえば、トラウマになるぐらい怖かったぞ。………それに慣れた自分も怖いが。
「あれ? …………そういえばセイバーも、さっきの遠坂たちに混じっていなかったか?」
「(ビクッ)…………ま、まさか、そのようなことは」
思いっきり反応した上に、目を逸らしながら言っても説得力は皆無だった。
一応、もう少し追求しておこうかと思い、セイバーに声をかけようとすると、
「雑種! さっさと
我 と契約せぬかッ!!」
キングが突然詰め寄ってきた。けれど、言っている意味が良く分からない。
「キング、いきなり何を言ってるんだよ? 契約なら、召喚の時に……」
「それなら、私が解呪してしまったわ。
あのままだと、闇にキングの令呪が食われそうだったから。
本当は………あの闇も消し去るつもりだったのだけれど………」
無事だった右腕には、まだセイバーの令呪は残っている。
しかし、反対の左手の甲には紅い布しか見えない。
確かに、キングとの契約も切れてしまったのかもしれないな。
「成程。分かった、改めて契約しよう」
「うむ、さっさと契約するぞ」
さて、契約しよう。…………………………え〜っと、どうやって?
「メディア、どうやって契約ってするんだ?」
ズルッと、言峰を除いた全員がこけた。
「このへっぽこッ!!」
「士郎さんが素人と変わらないのを忘れてたわ」
遠坂には思いっきりへっぽこと呼ばれ、メディアには思いっきり呆れられた。
な、なんだよ…………。仕方ないだろ、召喚系の魔術なんて教わってないんだから。
「ハァ………じゃあ、衛宮君は私の言葉に続いて唱えて」
「分かった」
咳払い一つで心を入れ替えた遠坂は、瞬時に魔術師としての彼女に変わる。
神秘的な雰囲気すら纏う横顔に、俺は思わず見惚れてしまう。
「―――告げる」
「―――告げる!」
「汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」
「汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に!
聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」
「―――我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう……」
「―――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」
詠うように契約の言葉を紡ぐ遠坂に対して、俺は必死になって言葉を作っていた。
出来る限り力と想いを籠めた言葉が、礼拝堂に響き渡る。
そしてそれに…………応えたのは、キング。
「セイバーのクラス、キングの名に懸け誓いを受け止めてやろう。
貴様を再び我が主と認めるぞ――――――士郎!」
あ………………初めて俺の名前を、
「か、勘違いするなッ! た、単に契約には名を呼ぶのが普通であって―――ッ!!」
「うん、それでも嬉しいんだ。キングに名前を呼んで貰えて」
今回は仕方なくだけど、いつの日か俺を心から認めて名を呼んでもらおう。そう心に誓う。
……………ところでキング。顔が真っ赤だけど、熱でもあるのか?
「二人とも、盛り上がっているところ悪いけど……………全く契約出来ていないわよ」
『え?』
間の抜けた声が、俺とキングの双方から漏れる。
思わず呆然と遠坂を見ると、頭が痛いとばかりにこめかみを押さえていた。
「魔術回路を起動させずに、契約なんて出来るわけ無いじゃない」
「そ、そうなのか?」
完全に初耳の話に、俺は間抜けにも聞き返す。
とはいえ、俺は別に悪くない…………と、思う。
俺には召喚系の知識なんて皆無だし、セイバーとキングだって正規のやり方じゃない。
それに最初に言ったろ? 契約の仕方が分からないって。
ポン……
「ん? キング、何かあ――――」
突然キングに肩を叩かれ、振り向けば……顔を真っ赤にしながら拳を振り被ったキングの姿。
「この大馬鹿ーッ!!!」
………………………………
…………………………
……………………
………………
…………
……
俺がキングに殴り倒されてから30分。どうにかこうにか、キングとの契約は出来た。
ただ魔術回路を起動した時、遠坂とメディアから後で話があるから≠ニ言われたんだけど…何だろう?
あの時の二人の目は、怖いというよりも………信じられないものを見るような目だった気が。
「さて、衛宮士郎の所為で話が止まっていたが………改めて話すことはあるかな、凛?」
「当たり前でしょ。何を企んでいるのか………話してもらうわよ」
そして現在、遠坂と言峰の二人が対峙している。
遠坂は厳しい目で言峰を睨み、言峰はいつもの不気味なまでの不敵な笑みを作っていた。
今、礼拝堂の中に居る言峰の味方はランサーだけ。イスカンダルは何故かいない。
そのランサーも、此方にバゼットが居る以上は令呪で強制しない限り、本気では戦わないだろう。
「ふむ………企んでいるとは人聞きが悪い。私は別に何も企んでいない」
「冗談なら聞かないわよ。
アンタがイスカンダルなんて隠し玉を持ってた上に、バゼットのランサーも奪っていったことは明白。
これで何も企んでいないなんて、冗談以外の何者でもないわ」
「確かに、私はバゼットからランサーを右腕ごと令呪を奪った。しかし、それには理由があるのだ」
「理由?」
言峰の言葉に、遠坂が聞き返す。
俺も聞いている訳だが………人の腕を切断するまでの理由なんて、あるとは思えない。
「私の目的の為、協会からの干渉は避けたいのだ」
「だから、その目的は何か? って聞いてるんでしょうがッ!!」
回りくどい言峰の言い方に、怒ったように遠坂が叫ぶ。
言峰は言峰で無意味なまでに余裕の笑みを崩さず、本当に怪しい奴だ………。
「私の目的を言葉にするのは難しいな。
だが、あえて言葉にするのなら………聖杯を、正当な持ち主へ与える≠アとか」
「ッ!! じゃあ、聖杯を手に入れる気は…」
「無い。私は聖杯を手に入れる気はなく、イスカンダルもまた同じだ」
正当な………持ち主に与える? 自分が使うんじゃなく、他の誰かのために………?
「分からないな。お前の言う正当って何なんだ?」
「言った筈だぞ、衛宮士郎。私の目的を言葉にするのは難しい、と。
私の目的は語れることではなく、オマエたちが理解することも出来ないだろう」
結局、肝心なところは黙秘する言峰に、流石に苛立ちが募る。
そして再び口を開こうとした途端、言峰が口を開いた。
「しかし、私が相応しいとは思う者が現れず、それでも聖杯が現れるというならば………」
言峰の視線が、全員を巡り………最後に俺に合わせられる。
この時、俺は背中に何かを背負ったかのように重苦しい重圧を感じた。
「その時は、私が聖杯に願おう」
『ッ!!』
分からない。一体、何を考えているんだ、言峰は。
正当な持ち主に与えるとか、そうでなければ自分が願うとか………訳が分からない。
「いいわ、結局私たちとは相容れないってことでしょう?」
「いかにも。私は衛宮士郎と共に、嘗て………あの男が夢想した幻想の果てを見たいのではない。
私はあくまでも、奴の対極で在らねばならん。双極にて万象を示す………両義のように」
背中に掛かる重圧が、悪寒に変わる。
それは、言峰の視線の質が変わったことに他ならない。
………いや、変わったんじゃない。これが奴の本性なんだ。
バタンッ!
「ふははははははは、遂に……遂に完成してしまったぞッ!!」
礼拝堂に現れたイスカンダルの所為で、今までの疲れるぐらいの緊張がガラガラと崩れていく。
遠坂も今までの緊張感に満ちた表情が崩れ、呆れた顔でイスカンダルを見る。
駄目だ…………イスカンダルが居る時点で、場の空気が引き締まることが無い。
「オォ、生きていたのか!?
ふははは、言峰の話では確実に死ぬとの話だったが……このラッキーボーイめ!!」
思いっきり俺の背中を叩いてくるイスカンダルに、俺が出来たことといえば苦笑ぐらいだ。
イスカンダルという存在はキチガイなんだが、どうにも憎めない。ランサーもある意味そうだが。
まぁ理由としては、イスカンダルには悪意が無い。………ただ莫迦なんだ。
「ラッキーボーイ。君にはもう一つラッキーを上げよう」
そういって差し出された一冊の本。ま、まさか…………。
『偉大なる征服王イスカンダル様の、華麗なる愛のリビドー』
「最新作だぞ、ラッキーボーイ。銀河一の幸せ者めッ!!」
作ったのかよ…………このキチガイ。
仕方が無いので、視線をメディアへ。うん、今回もアイコンタクトは完璧だ。
ヴォワッ!!!
「ぬぁーーーっ!!? わ、我輩の最新作がーーーーッ!!!」
ハァ…………これで少しは懲りてくれたのか?
「うぬぬぬぬ、我輩は諦めぬッ!! さぁランサーよ、再び取材と称したナンパへ出かけるぞッ!!」
こ、懲りてない。いや、それよりもランサー…………手伝わされているのか?
「お、俺を巻き込むんじゃねぇッ!!」
「ふははは、何を言うランサー。前回アーケード街に着いた時には、大乗り気だったではないか」
「うわーーっ!!! 有ること無いこと言ってんじゃねぇーーーッ!!!」
…………………あ〜、なんかイスカンダルによるランサーの暴露話になっているような。
取り敢えず、ランサーには全員から冷たい視線が………俺とアーチャーは憐れみだけど。
「何も恥ずかしがる事などないではないか。我輩と同じ行動なのだ、何一つ恥じることは無い」
「オマエと一緒だから恥じてるんだよッ!!」
余りにも憐れ過ぎるランサーを見ていられなくなって、視線を逸らす。
すると、丁度イリヤと目線が合った。
イリヤはさっきの麻婆豆腐のダメージが残っているのか、水を盛んに飲んでいた。
しかし、俺と目線が合うと嬉しそうに笑いながら、口を開く。
「みんな大騒ぎだね」
「全くだな。もう少し、静かでも良いと思うんだが………イスカンダルがなぁ」
そう言って俺が苦笑すると、イリヤは「ううん」と言って首を横に振る。
「違うよ。シロウが無事だったからだよ」
「…? 俺が無事だったから?」
「そうだよ。さっきシロウが起きるまではね、みんな泣きそうな顔してたもん」
思わず、遠坂も? と、聞きたかったが………聞かぬが花か。
まぁ………皆、善い奴ばかりだからな。俺なんかでも、心配してくれたんだ…………。
と、そこでイリヤの視線が変わったことに気付く。む〜、といった何か怒っているような?
「シロウ…………変なこと考えてるでしょ」
へ、変なこと? そんなことは別に考えてないけど………。
「嘘だよ………シロウはいつも自分を蔑ろにしてる。
前に戦った時もサーヴァント二人を庇って、死んじゃっても可笑しくない傷を平気で負うし。
昨日だって………………」
言葉の最後は濁されたが、イリヤの言いたい事は分かった。
そしてそれは……以前、セイバーに言われたことと同じこと。
――――――――シロウ、貴方は無茶をし過ぎる!――――――――
男である俺が、女の子であるセイバーやイリヤを守るのは当然だ。
だから、その対象がサーヴァントだろうと何だろうと変わらない。その為に命を張ることも。
だってそれが正義の味方だろう?
他人の為に己を省みず動くことが出来る人が、俺の目指す正義の味方。
そうすれば…………いつの日か
切嗣 のように、空っぽの俺も――――――、
「―――――ッ! シロウは、おかしいよッ!!」
「きゅ、急に如何したんだよ?」
「だって、シロウは自分がおかしいことに気付いてないッ!」
急に叫ぶイリヤに、俺は困惑することしか出来ない。
俺がおかしいだなんて…………良く分からない。
「それは当然だ、イリヤスフィール。
破綻し、崩壊し、
伽藍洞 の衛宮士郎が正常である筈が無い。そして異常者は、自分を異常だと認識していないが故に異常者なのだ。
自分を異常だと認識した異常者は、既に異常者では無い」
今まで黙っていたアーチャーが、突然話に入ってきた。
しかも言っていることが、滅茶苦茶だ。これじゃあ、俺がそれを否定しても異常者扱いになる。
「アーチャー、その言葉………敵対と判断するが」
「フッ。セイバー、やはり君も理解できないか」
乾いた笑みを浮かべるアーチャーは、何処か空虚に見える。
いや、そんなことよりも対峙するセイバーとアーチャーを止めないと。
「止めてくれ、セイバー。
アーチャーの言い方はムカつくけど、俺が我慢すれば良いし」
「…………分かりました、シロウ。
当人であるシロウがそう言うのであれば、私は何も言いません」
少し、言葉までは間があったが、あっさりと引いてくれたセイバー。
こういう時、相手がキングだったりすると中々引いてくれないんだよなぁ。
「さて、衛宮士郎よ。話は済んだか? ならば早々に出て行ってもらおう。
これ以上は…………騒がしくてかなわん」
言峰の言葉に、流石に悪いな、という思いを抱く。
確かに普段は静寂に満ちた教会が、物凄い騒ぎになっている。……まぁイスカンダルが原因の殆どだが。
こっちとしても大所帯で騒いでいるので、神罰が下りそうだ。
「それに
魃 氏から、新しい麻婆豆腐の試食を頼まれているのだ。…………………そうだ。衛宮士郎、オマエも――――」
「邪魔したな、言峰ッ!!」
俺はにげだした。…………当たり前だが、回り込まれることは無かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
思わず全力疾走で逃げ出した俺は、既に冬木大橋にまで来ていた。
俺の逃走に合わせて遠坂たちもついて来たので、このまま家に帰ることに決まったんだが………、
「何でイリヤも居るのよ」
ギヌロ、という心臓に良く無い目で遠坂に問い詰められ、俺はダウン寸前だった。
とはいえ、俺にもその理由なんて分からない。
イリヤ、リズ、そして名乗ってはいないがセラの三人は、間違いなく俺の家に来る気満々だ。
見えないが、バーサーカーもついて来ていることは、予想に難くない。
「当然でしょ、リン。シロウは私のお兄ちゃんだもん」
そう言ってイリヤが、俺の腕に抱きつくものだから………うぐぅ、遠坂の視線が怖い。
いや…………なんだか、セイバーたちの方からも何だか殺気が。
「イリヤスフィールッ! シロウから離れてください!!」
「嫌よ。サーヴァント如きが私に指図しないで」
セイバーの言葉に、イリヤの冷たいことが返る。
む…………それは聞き捨てなら無い。
「イリヤ、セイバーも法外な経緯だけど、彼女も家族になったんだ。
だからサーヴァント如き、なんて言っちゃ駄目だぞ」
「……………シロウは変わってるね。
えへへ。でも、だからシロウなんだよね。分かった、もうサーヴァント如きなんて言わない」
シロウの言うことだから聞いてあげる、と付け加えてイリヤは楽しそうに笑った。
うんうん、素直に聞いてくれたのは嬉しいけどね。………そろそろ腕を離してくれないかなぁ。
え? いや、別に嫌な訳無いぞ。ただね………突き刺さる視線が致死量にね………。
「ふん…………鼻の下を伸ばしおって」
キング、俺は鼻の下を伸ばしてなんて無いぞ。
「デレデレしちゃって………」
「子供に欲情するなんて、最低ですね」
えぇっ!? 遠坂………いや、それ以上にメディアッ!!
俺は浴場なんて……じゃなかった、欲情なんてしてないぞッ!! イリヤはまだ子供なんだ!!
「滅茶苦茶言うなッ! 俺は別に鼻の下を伸ばしてもいなければ、欲情もしてないぞ!!」
「イリヤを腕にへばり付かせた状態でよく言うわね」
あう…………、遠坂の冷徹な一言で我が軍は壊滅ですサー。
くそう、こうなったら、
「イリヤは俺の家に来る気なのか?」
「逃げたわね」
フッ、甘いな遠坂。これは明日の勝利の為だ。
言うなれば、後ろを向いて前進だッ!! ………物凄く情け無い気がするのはきっと気のせいだろう。
「兎も角だ。ミス・イリヤも我々の仲間になるということで、良いのかな?」
「ちょっと違うわ。私はシロウの味方になるの………貴女たちはそのオマケよ」
有難いことに場を納めようとしてくれるバゼットに、俺は心から感謝する。
……………イリヤの言葉には戦々恐々としたが、意外なことに誰も文句を言わなかった。
多分、馴れ合うつもりは無いってことなんだろう。
そう考えると哀しいが、元は敵同士だったんだから今はまだ仕方が無い。
一緒に過ごす時間で、互いの関係も良くなることを祈るばかりだ。
………勿論、仲良く出来るように俺もそれなりの努力はするつもりだが。
「では、貴女たちもそれに倣うと見て良いかな?」
「少々、納得はいきませんが……イリヤスフィール様がそうすると決めた以上は、私も従います。
そういえば自己紹介もまだでしたね。私の名はセラ。イリヤスフィール様の世話係をしております」
深々と頭を下げ、従者としては完璧なまでの礼儀を見せるセラ。
リズの双子だと聞いてたけど、本当に良く似ているな。
リズのとの違いは、修道女のような服の色が白と黒のツートンカラーではなく、白と藍色になったこと。
それとリズには服からはみ出したモミアゲがあるが、セラには無い。
後は…………まぁ何というか、胸がリズよりは小さい。別段、小さいわけでなくリズが大きいだけだ。
「リーズリット、貴女も自己紹介を済ませなさい」
「(コクリ)」
お、今度はリズか。彼女とは別に初対面じゃないしなぁ………。
「オッス。オラ、リーズリット。リズって呼んでくれよな」
ゴスッ!!
「セラ、痛い」
「当たり前ですッ!! 何てことを言うのよ貴女はッ!!」
「セラ、今のは日本伝統の自己紹介」
「嘘仰いッ!!」
凄い拳骨だったな………。いや、それよりもリズの間違った知識か?
う〜む、リズの言っていることもあながち嘘じゃ無いんだが……とんでもなく間違っているんだよなぁ。
まぁでも、リズの御蔭で場の空気は軽くなったな。……皆、呆気に取られているだけのような気もするけど。
「イリヤ、これからシロウの家に行くの?」
「そうよ、リズ」
「御飯が楽しみ」
心なしか弾んだ声でいうリズに、またもお説教を始めるセラ。…………苦労してるんですね。
「シロウ。彼女の言葉ではありませんが、昨夜から一食も口にしておりません。
これでは私の行動に………その、差し支えます」
何故か手を上げて主張するセイバーに、俺は思わず溜息を一つ。
………………らしいと言えばらしいけど、復活して直ぐに食事の準備ですか?
ポン……
ん? 誰かが俺の肩を………、
「苦労しているんですね」
セラ……………。
あぁ、そうだ。俺とセラに言葉は要らない。
ただ、目で語り合い。そしてガッチリと握手をする。…………同士よ!!
後書き
結構、間が空いてしまったなぁと反省する放たれし獣です。
Fateをフルコンプした方は容易に予想できた展開ですが、アーチャーの腕を移植完了です。
あぁ………それにしても時間が掛かりました。
他の作品を書いてたりしてた所為もありますが、それ以上にモチベーションが上がらなくて。(汗
グダグダと書いているうちに、話も何だかグダグダに。(滝汗
それは兎も角、今回は兄貴が三枚目に。……個人的に、三枚目も似合うなぁと思いますが、如何でしょう?
それと、今回アーチャーの言った伽藍洞は『からっぽ』という意味です。
当然のように漢字を無理矢理当て嵌めただけなので、辞書には載ってないのであしからず。
それでは今回はこの辺で。御意見、御感想をお待ちしております。
管理人の感想
士郎とセラが心の友になった11話です。
彼らの間に言葉は要りません。
きっと彼女は衛宮家で頑張ってくれるでしょう。(貧乏くじとも言う
今回はそれなりに話の根幹に関わる事項がありましたね。
あからさまに士郎への敵意を示したアーチャーですが、凛は手を打つんでしょうか。
移植された腕は完璧に起動するんでしょうかね。
腕を見た時の虎と桜の反応が見物です。
ランサーのナンパについてバゼット女史がどんなリアクションを取ったかが1番気になってたり。
取り敢えず言峰=麻婆かつ、今回のイリヤは微妙にエロでした。
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
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