イリヤを家に招いてから一夜明けた、昼下がりの午後。

 家の結界の強化や、冬木市全域に亘る監視網を遠坂とメディアは着々と準備している。

 イリヤとバゼットはそれの手伝いで、狩人(ハンター)としての意見等々が役立つのだそうだ。

 セイバーやキングも、何やら防衛準備をしているらしいし、アーチャーは………如何でも良いか。

 

「で。俺は何をするわけでもなく、テレビを見ているわけだ」

 

「何か言いましたか? エミヤ様」

 

「いや、何でもないよ」

 

 台所から顔を覗かせ、問うたのはセラだ。

 何というか………似たような境遇にある所為か、物凄く親しみが持てる。

 まぁ端的に言えば、苦労人同士ってこと何だけどな。

 

「すまないな、セラ。俺も何か手伝えれば良いんだけど………」

 

 俺は遠坂たちから、絶対に何もするな、と厳命されている。

 理由は言わずもがな、移植したアーチャーの腕の所為だ。

 運良く生き残ったものの、危険な状態であることには変わりないらしいのだ。

 そんな理由で、俺はらしくないことに一人ボ〜ッとしている。

 

「気にする必要は御座いません。

 料理でしたら、私だけなくメディア様、トオサカ様も出来ます。

 今はただ、ご自愛してくださいませ。

 それがイリヤスフィール様の為でもありますので」

 

 堅苦しい言い方だが、それはセラの個性だと思う。

 それに何よりもセラは…………イリヤのことをとても大切に思っている。

 主だからとかじゃなく、イリヤのことを母の様に、姉の様にとても………、

 

「それにしても、予想以上に聖骸布をつけたまま生活するのは大変だな。

 短い間でも良いから、少しぐらい外せれば良いのに…………」

 

 そうすれば手が洗えるし、料理も出来るんだけどなぁ…………。

 

「無茶を言ってはなりません。

 エミヤ様が生きていること自体、奇蹟なのですから……これ以上を望むのは過分というものです」

 

「ん………そうだな。

 我が儘を言っても仕方ないし、折角助けてくれた皆にも申し訳なかったな」

 

 子供みたいな愚痴にも、セラは真摯に諭してくれる。

 ……………失礼かもしれないが、母親のようだな。

 俺は大火災以前の記憶が殆ど無いし、母親の顔も思い出せないけど………セラみたいな人だったのかな?

 

「……って、何考えてるんだろ」

 

「は? どうかなさいましたか?」

 

「い、いや、何でもない」

 

 つい口を滑らして、言ってしまった言葉に、俺は激しく後悔。

 もう子供じゃないんだし、母親のことを思い出すって言うのもなぁ………。

 

「んじゃ、暇だしそこら辺を見てくるよ」

 

「余り遠くへは行かぬように…………まだ腕は安定しておりませんので」

 

 やはり母親のような言葉に、俺は苦笑しつつ、ただ分かったとだけ告げて居間を後にした。

 

 

 

 


 

 

Twin Kings

 

第十二話「開放」

 

 


 

 

 

 

 

「おや、ミスタ・士郎。暇そうだね」

 

 肌寒い風が吹く庭を歩いていると、突然バゼットから声を掛けられた。

 相変わらず変化に乏しい表情で、静かに此方を見ている。

 

「えぇ、まぁ……皆して何もするなって言うものですから」

 

「それは当然だろう。本当なら、ベットに括り付けて置くほどの重傷者だ」

 

 言われ、俺は思わず苦笑した。

 確かにアーチャーの腕を移植した俺は、死んでいても可笑しくないと言われている。

 …………けど、正直なところ酷い状況だということが分からない。

 紅い聖骸布を巻かれた左腕だけなのだ。一度でも、腕が無くなったという事実の証明は。

 俺が教会で目覚めた時、既にアーチャーの腕はイリヤの魔力で復元していた。

 無くなった腕からの痛みなどは無く、謎の短剣が突き刺さった後の記憶も曖昧。

 これでは危機感も湧かないというものだろう。

 

「その様子では、危機感の欠片も無さそうだね」

 

「あはははは……………」

 

 苦笑が乾いた笑いに変わり、バゼットも口元を吊り上げて微笑する。

 …………………ちょっと怖いです。

 

「では、もっと明確な危機感を与えようか」

 

「え?」

 

 魔術師然としたバゼットは、今まで以上の鋭い眼で俺を見据える。

 これから口にすることが冗談でもなんでもなく、純然たる真実だと言わんばかりに。

 

「昨日、キングと再契約しただろう?」

 

「え、えぇ………それが、何か?」

 

「契約自体には問題は無かった。

 問題があるのは…………君のやった魔術回路の起動方法だよ」

 

 魔術回路の起動方法?

 それは切嗣(オヤジ)から教えてもらった、数少ない魔術の一つだけど………、

 

「まず聞きたいのだが………アレは自殺か?」

 

「はぁ!?」

 

 バゼットの言葉に、俺は訳も分からず驚いた。

 失礼だろうが、俺は思わずバゼットの正気を疑ってしまう。

 

「な、何を言ってるんだ?

 アレは切嗣(オヤジ)から教えてもらった数少ない魔術の一つで………」

 

「アレが? だとしたら、その養父は君に死んでもらいたかったのではないか?」

 

「ッ!! …………バゼット」

 

 ぐっと強い目で睨み、それ以上の侮辱に対して警告する。

 俺に対する侮辱は受ける。だって、俺は実際弱いのだから。

 けど、切嗣(オヤジ)への侮辱は赦せない。切嗣(オヤジ)は…………本当に凄い魔術師だったから。

 

「すまない。……………だが、君のやっていることは自殺と変わらないのだ」

 

「なんでさ?」

 

「君は、魔術回路を起動するとき………自分の中に回路を作っているだろう?」

 

 う〜ん、特別意識したことは無いが…………確かに作ってたな。それが普通だし。

 

「言われてみればそうだ。でも、それは普通だろ?」

 

「普通だって? 莫迦な………さっきも言ったろう? アレは自殺だと」

 

「え? でも、だって………」

 

「確かに、生まれて初めて魔術回路を起動するのであれば、魔術回路とは作るものだ。

 だがねミスタ・士郎。

 作るのは一回だけ、それ以降はスイッチを切り替えるように、魔術回路を起動するのだよ」

 

「へ?」

 

 思わず間抜けな声が、口から零れる。

 かなり初耳のお話なんですが……………。

 

「その様子では知らなかったようだね。まぁ、君の養父も気付かなかったのだろう。

 何せ、魔術回路なんてものは、一度作ってしまえば躰が本能的にスイッチを作る。

 次回から魔術回路を使う時も、無意識の内にスイッチを使うはずだから」

 

 え、え〜っと………それって、もしかして…………?

 

「しかし………君は予想以上に魔術の才能が無いのだね。

 ここまで無いと、致命的という言葉すら生温い気がするよ」

 

 グハッ!! …………俺、終わってる?

 物凄く…………果てし無くショックだ。

 

「一体、その間違った魔術回路の起動方法を何年やってきたんだ?」

 

「………………八年間、ほぼ毎日」

 

「…! 良く……………生きていたね」

 

 は、はは…………イスカンダルの言葉じゃないが、俺って相当なラッキーボーイ?

 い、いや…………今なら、ミラクルボーイとよばれるかもねー。

 

「正気を取り戻しなさい。

 確かに余りに才能が無さ過ぎて、悲観するのも分かるが………」

 

 フ、フォローするか貶すか、どっちかにしてください。

 

「ま、まぁ何だ。もう少しその腕が落ち着いたら、最低限のことは教えるよ」

 

「…………お願いします」

 

 項垂れるように頭を下げると、バゼットも言葉を失ったように此処から離れていった。

 才能が無いとは思ってたけど……………マイナスだったとはなぁ。

 

「ハァ…………自虐ネタは止めとこう。これ以上は鬱になりすぎる」

 

 再度、溜息を一つ。

 そこで電話のベルが鳴り響いた。

 

「誰だろ?」

 

 今、家には自分を含めて十人ぐらい居るはずだが、電話に出て良いのは俺ぐらいだ。

 全く知らない人が電話を掛けてきたのなら良いが………これが藤ねえとかだったら目も当てられない。

 少し小走りになりながら、俺は衛宮家にあるたった一つの電話へと向かった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 電話が鳴っている。

 しかし、私……遠坂 凛は電話に出ることが出来ない。

 何故なら、ここは私の家ではなく、衛宮君の家なのだから。

 

 今、私は寝泊りをしている衛宮家の離れで、息を潜めていた。

 別に息を潜める必要は無いのだが………そこはそれ、気分の問題である。

 

「さて、凛。ここに衛宮士郎以外を集め、何の密談をするつもりだね?」

 

 私のサーヴァントであるアーチャーが、軽く周囲に目配せしながら言う。

 そう、この部屋には衛宮君とリズとセラ以外の全員が集まっている。

 リズとセラには話し合いのことを言ったものの、衛宮君には何も話していない。

 

「そうだぞ、小娘。

 このような狭苦しいところに、(ワタシ)を押し込めおって………」

 

 さっきからブツクサと五月蠅いのは、衛宮君のサーヴァントの一騎・キング。

 中々腹の立つ奴だが…………不可解なほどの実力者だ。

 

「勿論、これからの動きを決定付けるのよ」

 

「待ってください。ならば、何故シロウをこの場に呼ばないのですか?」

 

 さっそく反論したのは、衛宮君のもう一騎のサーヴァント・セイバー。

 可愛いし、強いんだけど…………あのね、別に手を上げる必要は無いのよ。

 

「士郎さんが此処に居られると、少々不味いのよ」

 

 この場での最後のサーヴァント、キャスター……メディアの言葉に、セイバーが訝しむ。

 

「遅くなったね」

 

 ここで入ってきたのは、バゼットだった。

 うん、これで全員揃ったわね。

 

「それじゃ、話を始めるわ。

 セイバー。貴女の質問の答えは、話を聞けば分かるから」

 

 私の言葉に、セイバーは静かに聞く姿勢に変わる。

 さて…………私は視線を一人の方へ向ける。向けたのは、銀の髪の少女……イリヤ。

 

「今回の聖杯戦争の狂いに、アインツベルンは何か思い当たる節があるんじゃない?」

 

「ふぅん………。今後の動きを決めるのは建前で、本音は私から情報引き出すつもりかしら」

 

 無意味に衛宮君に甘える時とは違い、今のイリヤは冷厳な雰囲気を漂わせている。

 まぁこんな魔術師の顔は如何でも良い。

 今の目的の一つは、イリヤからの情報を少しでも多く引き出すこと。

 全部聞けることなんて、端っから期待してないけどね。

 

「今回の聖杯戦争は、間違いなく貴女としても不本意な状況でしょう?

 なら……全面協力という形をとって、事態の究明を――――――

 

「待って。何故、遠坂家に全面協力しないといけないのかしら?」

 

 チッ………ここで家を持ち出してくるか。

 アインツベルンと、遠坂は聖杯戦争を作った三家≠ナはあっても親交がある訳じゃない。

 寧ろチョモランマのように自尊心の高いアインツベルンとは、仲は悪いほうだ。

 でも、ここで引き下がる訳にはいかない。

 

――――――次のニュースです。

 連続する昏睡事件の犯人は未だに見つかっておらず、行方不明者も出ている模様です。

 その被害者の数は相当数に上り、警察の対応に、疑問の声も上がっているようです』

 

 ラジオを付け、都合よく出てきた昏睡、行方不明事件のニュース。

 衛宮君はまだ気付いていないが、メディアが仲間になってからも、事件は終わっていないのだ。

 最近は事件が立て続けで、ズタボロになることの多い衛宮君はテレビも見ていない。

 その他の情報も、私とメディアが気付かれないように隠匿している。

 理由は言わずもがな。………このことを知ったら、衛宮君はすっ飛んでいってしまうだろうから。

 

「私は直接見たわけじゃないけど、セイバー、キング、メディアがこの犯人を見ているわ」

 

「ふぅん…………」

 

 この反応…………やっぱり何か知っているわね。

 何とか引き出すには、こっちもそれ相応のカードを切らなきゃいけない。

 

「葛木を貪った謎の影の正体に…………アインツベルンなら心当たりがあるんじゃないかしら?」

 

「…………さぁ? どうかしら」

 

 クッ! あくまでもとぼけるつもりか。

 

「ミス・イリヤ。この場は、協力をすべきなのではないか?」

 

 助け舟を出したのは、バゼットだ。

 彼女も今は矜持よりも、解決が求められると切に訴えるが………イリヤは聞く耳を持たない。

 

「それは貴女たちの都合よ。そして、私には私の都合がある。

 大体、私にはバーサーカーがいるもの。貴女たちは必要ないわ」

 

「ッ!! アンタ、あんな目に遭ってまだ分からないのッ!?」

 

 思わず感情に任せて叫んでしまった言葉を、イリヤは鼻で笑う。

 

「確かに私だけじゃ厳しいかもしれない」

 

「じゃあ…ッ!!」

 

「けど、私にはシロウが居るもの。

 シロウが私を護ってくれる………セイバーとキングも、それに従ってくれるんじゃないかしら?」

 

 最悪…………。

 イリヤの言うことは、確かに尤もな意見だ。

 あの馬鹿………衛宮君なら、協力関係がなくてもイリヤに刃を向けることは無理だろう。

 寧ろ護る為に尽力するだろうし、セイバーとキングも嫌々でも衛宮君に協力する。

 正しく私にとっては、最悪の状況といえよう。…………あのヘッポコめぇ……………。

 

「じゃあ、私たちには協力しないと?」

 

「勘違いしないで。私は初めから、シロウにしか協力しないわ。

 だから、しない≠じゃなくて無い≠フよ。私たちの間に、協力なんてものは」

 

 あー、もうッ!!

 結局、このカードも切るしかないじゃない!!

 

「じゃあ、別のことを聞かせてもらうわ。

 聖杯とは…………イリヤ、貴女の心臓のことね?」

 

『!』

 

 私の言葉に、メディア、アーチャー以外の全員が驚愕した。

 驚くのも無理は無い。実際、私もそれを聞かされた時は、驚きのあまり信じられなかったぐらいだし。

 

「な、何を言うのですか、リン!?」

 

「驚くのも無理は無いわ。

 けどね………紛れも無い事実よ。そうでしょ? イリヤ」

 

 私の言葉に、肯定も否定も無い。イリヤはただ、表情を完全に消し去った。

 やっぱり…………ね。メディアの推測は、間違ってなかったわけか。

 

「いつ………気付いたのかしら?」

 

「確信を持ったのはつい最近よ。

 ただ、メディアと契約して直ぐにその可能性は示唆されてた。

 この聖杯戦争のカラクリについて………ね」

 

 そう、メディアと契約して直ぐに聞かされたのは聖杯だけじゃない。

 この聖杯戦争という儀式のカラクリも、推測の域は出ないが………聞かされていた。

 

「話してみなさい。合っていれば、認めてあげるわ」

 

「偉そうに………」

 

「マスター。私から話して良いかしら?」

 

 メディアの言葉に、私は頷いて肯定を示した。

 メディアは一息つき、顔を上げる。

 

「この聖杯戦争は、七人の魔術師、七騎のサーヴァントで殺し合う大儀式。

 これは表向きの前提ですね。

 真の目的は、霊長最強の魂である英霊を呼び集め、その魂にある膨大な魔力を利用するのが目的」

 

 ここで一息。

 七人の魔術師も、七騎のサーヴァントも全ては真実を覆うヴェール。

 聖杯に必要だったのは、霊長最強の魂たる英霊だった……本当にふざけた真実。

 でも、これで全てじゃない。

 

「本当は七人の魔術師も必要ないのでしょう? ただ、英霊を召喚するのに必要だった。

 つまり、大多数の魔術師が手駒として英霊を召喚するのに、本当に道具だったのは魔術師の方……」

 

 まさしく最低な話だ。

 魔術師が聖杯を得る為の道具として、サーヴァントが与えられるのではなく。

 聖杯が聖杯となる為に必要な英霊を集める為に、道具として魔術師を利用する。

 まんまとそれに利用されたのだから、初めて聞かされた時はかなり腹が立った。

 私が聞かされたのはこれで全てだ。さぁ、ここからイリヤの情報を引き出さないと……、

 

「加えて言えば、聖杯が全ての願いを叶えるというのも嘘なのでしょう?」

 

 へ?

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」
「ちょ、ちょっと待って頂きたい!!」

 

 私のセイバーの声が重なるが………そんなことは如何でも良い!!

 聖杯は全ての願いを叶えることが出来ない!? そんな話、私は聞かされてないわよ!!

 

「ごめんなさい、マスター。

 ここから先は私の完全な推論。何の確証も無いのよ」

 

 だ、だから話さなかったとでも………?

 っとに! アンタのマスターは私だって言う自覚あるのかしら…………。

 

「話を続けましょう。

 人が作るものに、全ての願いを叶えるたった一つのモノなんて有り得ないはずよ。

 死者を蘇らせるならば、それに特化したものが。

 空間を制御するならば、それに特化したものが。

 時間を移動するならば、それに特化したものが。

 一つの奇蹟は、一つのものに存在する。

 全ての奇蹟は、一つのものに存在しない。

 何故ならそれは、絶対的な過分となってしまう。例え、英霊の魂を使っているとしても」

 

 長い言葉を流れるように言い切り、断言する。

 朗々と詠う様に、たった一息で口にした言葉は、自然と耳に入った。

 そして不思議なほどに、メディアの言葉を理解する。

 

「だから、聖杯は全ての願いを叶えることなど出来ない。

 この地で得られる聖杯の恩恵は、精々膨大な魔力。

 或いは、英霊を取り扱っているところから考慮して、魂に関係する奇蹟でしょう」

 

「参ったわね…………流石はコルキスの王女、と言ったところかしら」

 

 メディアが一息ついたところで、イリヤ閉ざしていた口を開く。

 ということは…………。

 

「凡そ合っているわ。

 大したものね、この六百年近く誰一人気付けなかった真実に気付くなんて」

 

「では…………この地の聖杯では、何の願いも叶えられないのですか…………」

 

 愕然としたセイバーが、呆然とたったそれだけを口にする。

 どんな願いかは知らないけど、セイバーも望みがあって、この戦いに身を置いているんだったわね。

 まぁそれが実は嘘っぱちで、この戦いは全くの無駄骨だと知ったら…………ショックよねぇ。

 

「そして、聖杯の構造ですが………」

 

「大変ですッ!!」

 

 と、ここでセラが部屋に飛び込んできた。

 酷く慌てた様子で、常に無表情の鉄面皮を体現していたセラからは信じられない様相。

 

「何があったの!?」

 

 セラの異様に、それ相応の異変があったことを察する。

 私は思わず強い口調で問うと、セラは一息ついて口を開いた。

 

「それが、エミヤ様が屋敷より出て行ってしまわれました」

 

『なッ!?』

 

 あ、あの馬鹿ぁ! なんだって外に出て行くのよぉ!!

 私の怒りはぶつけるべき相手も居らず、思わず一目も憚らず地団駄を踏んでしまいそうだ。

 

「それが、リズが電話をしているエミヤ様を見たのが最後で………」

 

「電話? そういえば誰からだったの、さっきの電話は?」

 

 勝手に出て行ったのには、恐らくその電話が関係している。

 まぁ、また食材の買出しとか馬鹿みたいな理由の場合も……………衛宮君なら有り得そうね。

 

「私は聞いていませんが…………リズ、貴女は何かを聞いた?」

 

「………シンジとか、サクラとか叫んでた」

 

「慎二に桜ですってッ!?」

 

 最悪だわ…………間違いなく衛宮君は、罠に自分から突っ込んで行った。

 桜を人質に取るかなんかして、衛宮君を一人で来るように言ったんだろう…………。

 

「自分の命を軽んじるのも、大概にしときなさいよッ………」

 

 一人で来いといわれた時、どうせ迷いなんてものは一つも無かったのだろう。

 私に相談することも無く、ただ桜を助けたい一心で飛び出していった……………本当に馬鹿。

 

「セイバー、キング。衛宮君の居場所は分かる?」

 

「無理です。

 シロウとはパスは存在するものの、魔力が流れてこないのでその居場所を辿るのは………」

 

 あー、もう! あのヘッポコ!!

 無事に帰ってこれたら、魔術をみっちり仕込んでやるんだからッ!!

 

「落ち着きたまえ、凛。

 相手が間桐の兄妹ならば、探す必要など無いでは無いか」

 

「は? どういう意味よアーチャー」

 

「やれやれ、君も存外鈍いな。彼らが従えているサーヴァントは何だったかな?」

 

 え? それは――――――――あッ!!

 

「そうか、学校!!」

 

「あそこにはライダーの張った結界もある…………この上ない罠だろう」

 

 確かにあそこにはライダーの張った結界もあるし、戦うのに広い場所も狭い場所もある。

 加えて言えば、今日は休みだ。

 そうそう人目を気にする必要も無いだろう。

 

「兎に角、急ぐわよ!」

 

 私の声にセラとリズ以外の全員が応じ、部屋を飛び出す。

 ………………衛宮君、最低限無事でいなさいよ。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 俺は今、学園の校舎内を歩いている。

 目指すべきは上。

 殆ど素人と変わらないとまで言われた俺でも、楽に感知できる存在に向かって歩いている。

 

 遠坂の言葉を破ってまで此処に居る理由は、家族である桜を助ける為。

 そして…………友人である慎二を説得する為だ。

 

「待っていたよ、衛宮」

 

「先輩………………」

 

 階段を上がって直ぐに、慎二と桜……そしてライダーの姿が見て取れた。

 桜は泣きそうな顔で、今にも謝りそうな表情で……此方を見ている。

 そして慎二は、あの夜に見た洋書と全く同じものを持ち、そして……………、

 

「約束通り一人で来たようだね。うん、そうでなくちゃ」

 

「慎二、お前………ッ!!」

 

 作ったような嫌な笑みで、慎二が軽薄な言葉を吐く。

 思わず激昂しそうになるが、その妙に違和感の付きまとう笑みに俺は閉口する。

 

「あれ? 衛宮なら怒って叫ぶかと思ったけど………思ったよりも冷静なんだな」

 

 分からない。如何見てもコイツは慎二だ。

 けど、本能的なナニかが………友達だった慎二と過ごした年月が………コイツは違うと訴える。

 その違和感が、いま一歩のところで怒りを抑える要因になっているなんて皮肉だな。

 

「桜を解放しろ。桜には関係無いはずだ!!」

 

 嫌な笑みを張り付かせたまま、慎二は些かも表情を変えない。

 それが益々違和感を際立たせ、コイツが慎二なのか信じられなくなってきた。

 

「………ハッ。衛宮、本当に桜が無関係だと思ってるのか?」

 

「兄さんッ!!」

 

 それだけは言わないで、そう小声で………だが必死さが伝わる声で桜は言う。

 仮面のように変化しない嫌な笑みで桜を一瞥すると、口元だけを卑しく吊り上げた。

 

「桜が、このライダーのマスターなんだよ」

 

――――――――ぇ?」

 

 掠れた声が、ただ呆然とした俺の口から零れる。

 今、慎二は何を言った?

 

「何だよ、聞えなかったのか? じゃあ何度でも言ってやるよ。

 桜は魔術師なのさ。血生臭く、穢れきった魔術師なんだよ!!」

 

 慎二の叫びに桜は涙を零し、ライダーは殺気を孕んだ眼で睨む。

 しかし、慎二はそんなことを意に介さない。

 寒々しい哄笑を上げ、狂い、血走った眼で此方を睨む。

 それらをどこか演じているように、振る舞い見せる慎二に、俺は辛うじて正気を保つ。

 

「違う…………」

 

「あは、アハハハハハ、あはははははははッ!!

 やっぱり衛宮も嫌なんだよな? こんな穢れきった女に付き纏われるのはさぁッ!!」

 

違うッ!!

 

 慎二の言葉を否定し、俺は桜を真っ直ぐに見る。

 顔を俯かせた桜の足元、リノリウムの床には小さな雫が落ちる。

 桜を泣かせたのは、俺の責任だ!

 

「桜は桜だ。魔術師だろうと、何であろうと…………いっつも人に遠慮して、でも時々頑固で……」

 

 あぁ何言ってんだ俺は………。

 でも、既に喋り始めてしまった俺の口は止まらずに、ベラベラと喋り続ける。

 

「最初は料理できなかったのに、最近は美味いし…………弓道だって凄く上手くなってきた………」

 

 あーもう! 益々関係ないことじゃないか!!

 自分の口なのに、自分じゃどうしようもないなんて!!

 

「優しいけど………おっちょこちょいで、ドジなところだって一杯ある」

 

 もう、完全に意味が分からん。…………自分で口走っておいて、無責任だけど。

 だけど……………俺が言いたいのは一つだ。

 

「そういうところも、俺が知らないところもひっくるめて桜なんだ。

 そして桜は家族だ! 俺にとって掛け替えの無い家族………。

 だから、桜が良いことをしたら褒めてやる。

 だから、桜が悪いことをしたら叱ってやる。

 慎二の言うように、桜が穢れてたって構わない。だって………桜は俺の家族なんだからな」

 

「先輩…………」

 

 顔を上げて、ボロボロと涙を零す桜。

 今、この涙は嬉し涙だと信じたい。いや………そうだと信じている。

 

「衛宮……………」

 

「慎二、俺はお前のことも――――――

 

「やれ、ライダー」

ドンッ!!

 

 鳩尾から凄まじい衝撃が突き抜け、呼吸が出来ないまま壁まで吹き飛ばされた。

 したたかに壁に叩きつけられた俺の躰は、もがくように慌てて呼吸する。

 

「ガ、ハァ! ハッハッハッハッ………」

 

 慎二と桜にだけ意識を向けていた所為もあってか、俺は攻撃に対して何も出来なかった。

 その所為でモロに攻撃を受けてしまい、最悪なことに視界まで歪んでくる。

 ヤバイ…………このままだと、嬲り殺しにされて桜が助けられないし、慎二も…………。

 

「存外、精神的にも強いか。ふむ………では、予定通り肉体的負荷を与えてみるとしよう」

 

「し………ん、じ?」

 

 絶え絶えな声で、俺は慎二の名を呼ぶ。

 何だ? 突然、口調が変わっただけでなく、表情は完全に無くなった。

 能面のような無表情だけがあり、人あらざる気配を放っている。

 

「サー、ヴァント?」

 

 今、慎二の放っている気配はライダーと同種。………つまりはサーヴァントの気配だ。

 一体、どうなっているんだ!? 俺の前に居るのは、慎二じゃないのか!?

 

「ライダー、エミヤシロウを痛めつけよ。ただし……殺さぬ程度にな」

 

「………………」

 

 慎二の言葉に、ライダーは無表情のまま動かない。

 その顔にはどこか堪えるようなものが映り、今の慎二が浮かべているものとは一線を画していた。

 

ジャキ………

「ライダーよ、偽臣の書は使いたくないだ」

 

「…!」

 

 黒塗りの短剣………その短剣には、見覚えがあった。

 

「お前だったのか、イリヤを殺そうとしたのは!?」

 

 漸く元通りになった呼吸に、俺は怒りを籠めて叫んだ。

 慎二なのか、サーヴァントなのか分からない相手を睨むが………奴は此方を全く見ない。

 ただ口を開き、一言。

 

「痛めつけよ」

 

ドッ!

 

 鈍い衝撃が、横から来る。

 誰がやったなんて、考えるまでも無い。ライダーだろう。

 本当のマスターたる桜を護る為に、仕方なくあの慎二もどきに従っている。

 ………って、そんな現実逃避の如く状況を判断してても意味が無い。

 ライダーからは、死にはしないがメチャクチャ痛い攻撃が続いている。

 

「ァ………ギ…ゥ」

 

「ふむ。まだ足りぬか…………」

 

「もう止めて兄さん!! どうしちゃったのッ!?

 私が何でもするから、先輩だけは……………先輩だけは………………」

 

 クソッ! 桜を助けようとして来たのに、桜に庇われているなんて………!!

 しかし、桜の切な願いは無情にも無視され、殴打の音は尚も響く。

 やばい…………視界だけでなく、聴覚すら怪しくなってきた。

 全てが遠ざかる感覚は、最近は慣れ親しんだ気絶への兆候。

 慣れ親しんだ原因は、味方の筈の遠坂とかキングとかだという辺り、俺の不幸を表してるなぁ。

 

「……………何が可笑しいのですか」

 

 無言で俺を殴り続けていたライダーが、初めて口を開いた。

 む………ライダーの言うとおりなら、俺は笑っているらしい。

 じゃあ、まだ余裕があるんだろう。…………あるんだろうと思いたい。

 

「ライダー、もっと激しく痛めつけるのだ」

 

「兄さん! お願いッ!!」

 

 必死に縋りつく桜を無視して、尚も短剣を桜の首元に押し付ける。

 そしてライダーは再び無言に戻り、俺の頭を壁に叩きつけ始めた。

 殴るよりも更に鈍い音が響き、鮮血が歪む視界を紅く染める。

 これでも死なないように手加減されているらしく、俺は辛うじて意識を残していた。

 

「止めて…………もう止めてぇ!!」

 

 桜が泣いている……………涙を零し、嗚咽を漏らす。

 慎二は作り物のような無情な眼で、ずっと俺を観察していた。

 観察……? 自分の思考だが、偶に良く分からない表現をする。

 だが、思いついてみれば実にしっくりくる表現だと分かる。

 殺さないように痛めつけろだとか、負荷がどうこうとか………まるで此方を試すような真似。

 理由は分からないが、あの慎二もどきは……いや、その裏で手を引く臓硯は何を企んでいる?

 

「良い眼をしているな、衛宮士郎」

 

 清廉なる風が吹く。

 群青色の衣を纏い、流麗な立ち姿の男………佐々木 小次郎。

 いつの間にか現れた小次郎は、酷く楽しそうに俺を見て、饒舌な口振りで語る。

 

「実に良い眼をしている。知性を輝かせ、勝機を探さんとする眼だ。

 窮地に陥るほど真価を発揮するのか…………それとも窮地に陥らねば力が出せぬのか…………」

 

 そうなんだろうか?

 ライダーによってズタボロにされた体、朦朧とする意識の中で、思考が奔る。

 確かに何時になく頭がまわっている気がする。

 窮地に陥れば実力が発揮されるなんて、まるで漫画のヒーローみたいだが………現実はそう甘くない。

 

「貴公が此処に居るということは、エミヤシロウが此処に居ることを気付かれたか」

 

「うむ。しかし、アレだけの者たちが揃っておきながら、存外遅いようにも感じたが」

 

 ………………まぁ、遠坂たちだしなぁ。

 

「仕方あるまい。ライダーよ、エミヤシロウの左腕に巻かれている布を剥げ」

 

「何をするつもりなのだ?」

 

「何、エミヤシロウに目覚めてもらうのだ。まぁ………それ以前に、死ぬ確率が高いのだが」

 

 何だか勝手な話が…………思いっきり俺を無視して進んでる。

 まぁ俺を殺す算段みたいなものだから、無視されて当然なんだが…………。

 

「申し訳ありません…………ですが、これも桜を守る為です。

 私のことを、幾らでも怨んでください。本当に、ごめんなさい…………」

 

 革製の眼帯に覆われた顔で、ライダーは真剣な表情で言う。

 視界の隅に、必死な表情で此方を見る桜が居る。

 大丈夫だ、と言ってやりたいが…………今回ばかりはどうしようもない。

 腫れ上がった顔で、笑顔なんて見せられた日には気分は最悪だろう。

 

「怨ま、な……い」

 

 掠れた声で、ただそれだけを。

 別にライダーが悪いわけじゃない。だから、別にライダーを怨む理由なんて無い。

 寧ろ必死になって桜を守ろうとしていることを、感謝したいぐらいだ。

 

「では…………」

シュル………………

 

―――――ッ!!』

 

 左腕に巻かれた聖骸布を取った瞬間、名を呼ばれたような気がする。

 でも、その声は遠く………………届かない。

 だってもう、俺の耳は■に変わっていたから……………。

 

 

 

視界が紅く? いや、視界が切り刻まれる!

左の指先から、まるで野菜でも千切りにするようにザクザク、ザクザクと。

軋む、キシム、きしむ、軋ム、キシむ、キしム、きシむ!!!!!

足が、膝が、腕が、肘が、腹が、胸が、肩が、首が、頭が、脳が、眼球が、喉が、心臓が、臓腑が、骨が、

死ぬ? 滅ぶ? 痛い? 斬られる? 串刺し? シぬ! ホロぶ! イタい! キられる! クシザし!

 

脳髄に鉄の杭が差し込まれ、幾つかの剣が差し込まれる。

幾つか? 否、否いな否イナ否いナ否イな否!!

剣は数十、数百、数千、数万、無数、無限!!!!

事象の果て、いつか辿り着くものが此処にあ――――――

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 (ワタシ)ががっこう≠ニいう建物に着いた時、雑種は既に虫の息だった。

 見る影もなく腫れ上がった顔、零れる鮮血。

 怒声を上げそうになるほどの憤怒を感じながら、生きていたことに安堵の息が漏れる。

 そんな自分の変化に戸惑う暇も無く、真紅の布が宙を舞った。

 

「不味い! 聖骸布が………ッ!!」

 

 魔術のことは良く分からぬが、アレがなくては雑種は危険らしい。

 宙を舞った紅い布が、ササキ コジロウ≠ニかいうアサシンの手に渡る。

 ならば、奴を切り伏せて奪い返す!!

 

「それを渡せッ!!」

 

 踏み込むと同時、蔵≠フ中から黒き魔剣……ダインスレフを引き抜き、振りぬく。

 しかし、ダインスレフは奴を斬ることなく、宙を凪いだ。

 

「くっ!」

 

「ふむ。剣術に関して言えば、未熟としか言わざるおえんな。

 しかし……………御主の真価は、剣技ではあるまい」

 

 (ワタシ)を嘲笑うでもなく、アサシンは淡々と(ワタシ)に向かって言う。

 アサシンの言っておるのは、恐らく(ワタシ)の蔵≠フことだということは分かる。

 分かるが……………アレは使えん。使ったが最後、(ワタシ)は座≠ノ戻ってしまう。

 

「貴様如き、コレで充分だッ!」

 

 叫び、剣を振るうも躱される。いとも容易く、いとも簡単に。

 だがそこへ、更に不可視の剣を振るう者が居た。

 

「ハァァァァァッ!!」

 

「セイバーか」

 

 耳障りな金属音を響かせ、セイバーの攻撃を受け流す。

 (ワタシ)もただ見ているわけではない。

 協力などという行為は好きでは無いが、背に腹は変えられぬ!

 

「二対一か…………面白い」

 

 くっ! このバケモノめ!!

 この(ワタシ)とセイバーを同時に相手取りながら、些かも崩れぬだと!?

 大体、他の者共は何をしておるのだ!!

 

「イリヤ、バーサーカーは使える?」

 

「無理よ、天井が低すぎる。……………どうして日本の建物は、こんなに狭苦しいのよ!?」

 

「私に怒らないでよッ!! メディア、衛宮君の様子は?」

 

「大丈夫、と言いたいところだけど…………正直分からないわ。

 士郎さん特有の異常な魔力と不死性で、死なないと思うのだけれど。

 取り敢えずやれるだけのことはしてみる。

 ………………だから、ごめんなさい。戦闘には参加出来そうも無いわ」

 

 今しばらくは、あの魔女の力で保てるか…………。

 

「それじゃあ、アーチャー。ライダーは任せたわよ」

 

「気楽に言ってくれる。まぁ事実、然程難しくは無いが」

 

 アーチャーがワカメのような髪をした男を一瞥し、そう言い棄てる。

 何だ? 女を人質に取っているのか?

 

「言ってくれますね、アーチャー。

 その言葉…………我が神殿の中でも言えますか?」

 

「不味いッ!」

 

 慌てたようにアーチャーが飛び出すが、ライダーが真名を言う方が遥かに早い。

 

――――――――他者封印 鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)

 

 途端、視界の全てが紅く染まる。

 血のように視界が紅く染まり、全身から魔力が吸い上げられるのが分かる。

 不味い! 召喚されてから一度も魔力供給を受けていない(ワタシ)では、コレは不味いッ!!

 

ギィィィィンッ!!

「グゥッ!! 完全に完成し、更に魔力を吸収する一点に効果を絞ったのか!」

 

「その通りです。魔力供給が万全である貴方にも、これは効くでしょう?

 そして、私には嘗て無いほど魔力が充実しています」

 

 いかん…………此処は場所が悪すぎる。

 バーサーカーが動くには狭いこの場所は、ライダーとアサシンにとっては絶好の場所。

 事実、先程からアサシンの動きも……………、

 

「ハァッ!!」

 

シュン―――!

「遅いな」

 

「くっ!」

 

 壁、天井を利用した三次元の移動。

 それに慣れているわけではなさそうだが、此方も慣れているわけでもない。

 しかし、この狭い空間では数の有利を生かすことが出来ない。

 寧ろ単独であるアサシンの方が、縦横無尽に動き回り、此方を幾らでも撹乱してくる。

 

「えぇい! 鬱陶しいッ!!」

 

「落ち着きなさい、キング。

 平静を乱せば、佐々木小次郎の思う壺です!」

 

「黙れ、セイバー! 急がねば、雑種の命が…………」

 

 それ以上は、口にせず。(ワタシ)は思わず視線を下へ。

 

「隙だらけだぞ……」

 

 静かな言葉が耳を打った瞬間、(ワタシ)の躰は宙を舞う。

 反射的に自分から後ろに飛んだが………遅かったようだ。

 躰からは鮮血が噴出し、不様にも床を転がって雑種の方へ落ちる。

 下からの視線………雑種の姿が見えた。

 露出した左腕は、雑種の肌の色とは明らかに違う褐色。

 

 ――――――――原因は、魔女を庇ってあの影に肩を貫かれたこと。

 ――――――――理由は、子供を護って短剣が肩に突き刺さったこと。

 

 自分を蔑ろにして、自分を護ることをせずに、他人を護ることに命を懸ける。

 莫迦な奴だ…………変な奴だ…………でも、

 

 ――――――――雑種は優しい。

 ――――――――雑種は暖かい。

 ――――――――雑種は…………嘗て失ってしまったものを、くれるのではないか?

 

 くれるだろうか…………(ワタシ)に。

 

「士郎さん! 動いては……ッ!!」

 

「うご……かない、と護れ……ない」

 

 あ…………雑種が動いている。護ろうとして。

 そうだ、(ワタシ)は何を考えているのだ?

 思い出せ、自分が一体誰だったかを!

 たった一つの世界の、たった一人の王では無いか…………。

 (ワタシ)はセイバーのように、民全員を救おうなど言わぬ。

 (ワタシ)が救うのは何時だって一つのもの。

 

「そこから動くな」

 

 立ち上がり、前へ出て一言。そして振り向き、視界の中心に映す。

 私にとっての、たった一つは…………、

 

「そこで見ておれ、士郎」

 

 お前だ、士郎。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 戦況は悪いの一言だった。

 こちらの最強戦力であるバーサーカーは、場所の所為で使えない。

 大体にして、あの慎二の奴が桜を人質に取っている。

 何故か無抵抗でいろ、等の要求こそ無いものの…………桜の首元に短剣が押し付けられているのは事実。

 迂闊な行動は出来ない。

 イリヤかバゼットなら気にしないんでしょうけど、そういうことは士郎が赦さない。

 だから、イリヤもバゼットも何も言わず苦々しい眼で慎二を見ている。

 思いっきり士郎に感化されているなぁ、と思いつつも嫌な気分じゃない。それに桜は………。

 

「ガハッ!」

 

「森では油断しましたが、今回は全力でいきます。

 他の宝具は使いませんが、この場所ならば私の方が有利には違いありませんので」

 

 鎖の付いた杭を両手に持ち、革製の服と眼帯を持つ紫色の髪の女……ライダー。

 それの相手をしているのはアーチャーだが、はっきり言って劣勢だった。

 問題は学園全域に張られた結界型の宝具『他者封印 鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』にある。

 私のような生きている魔術師であれば、肉体という殻がある分、持っていかれる魔力も少ない。

 しかし、英霊ではそうはいかない。

 受肉しているとはいえ、彼らは霊体に魔力を持って質量を与えているに過ぎないのだ。

 肉体という殻が無くては、魔力は常に消費され、『他者封印 鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』はそれを加速させる。

 しかも魔力は敵であるライダーのものとなり、此方が弱体化するのに対し、相手は更に強くなる。

 罠とは気付いていたけど…………余りにも分が悪い。

 

「ふむ、更に動きが鈍くなってきたな。策とはいえ、余りにも不本意な戦いだ」

 

「……ハァ……ハァ」

 

 アーチャーからセイバーの方へ視線を向ければ、セイバーは既にボロボロだった。

 佐々木小次郎は、セイバーをも上回る剣技を持っていると聞いたけど………桁違いじゃない!

 セイバーも消費する魔力が大きすぎて、まともに動けなくなってきている。

 事実、既に言葉を発する余力すら残っていないようだ。…………此処も、不味い。

 

「メディア、衛宮君は!?」

 

「分からない……………」

 

「なっ!? 分からないってどういうことよッ!!」

 

 訊いたメディアの返答に、私は思わず怒鳴りつけた。 

 戦場から目を離し、振り向くと同時にメディアと衛宮君を視界に入れる。

 しかし、私が言葉を紡げたのはそれまでだった。

 そこから先、私は呑まれ、言葉を発することが出来なくなる。

 

「邪魔だ、小娘」

 

 ――――――――威風堂々。

 常に不遜で、傲慢なキングが…………真剣な眼で、一歩、また一歩と前へ。

 その名に相応しい王≠スる気配を放ち、戦場に立つ。

 片手を天へと向け、いつかのように高らかに指を鳴らした。

 

ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………

 

――――――――ッ!!』

 

 誰もが息を呑む。

 当たり前だ。こんな非常識な力を目の当たりにすれば、誰だって息を呑み、言葉を失う。

 目前の空間には、波紋と共に古今東西の武器が、燦然と現れていたのだ。

 

「下がれ。セイバー、アーチャー」

 

 誰もが自失した空間に、キングの声が寒々しく響く。

 バックステップで武器の群を越えて、二人が此方にやってくると、キングが再び高らかに命じる。

 

「貴様らは、王たる(ワタシ)の持ち物に………いや、大切なモノに手を出した。

 その罪………………万死に値すると心得よ!!」

 

 それが号令だと言わんばかりに、廊下を埋め尽くすほどの武器の群が打ち出される。

 こんなものが相手じゃ、今のライダーたちだって肉片一つ残らないんじゃ………。

 

――――――――秘剣

 

 慎二と桜を庇うように佐々木小次郎が立ち、呟く。

 槍のように長い剣………御伽噺で言うところの物干し竿≠振り被る!

 

――――――――燕返し

 

 視界を埋め尽くすほどの武器の前に立ち、あの佐々木小次郎は己が剣技を振るう。

 そしてその効果は、セイバーから聞いていた常識外れの信じられない結果。

 それは、佐々木小次郎の持つ剣が、同時に三つ存在し(、、、、、、、、)、牢獄を作り上げるという奇蹟。

 

多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)…………」

 

 遠坂家の大師父……キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが到達した第二魔法。

 そして私が目指すものの一つで、到達すべき事象。

 それをあの…………魔術師ですらない佐々木小次郎というサーヴァントは、到達している。

 何て出鱈目な力なのよ……………幾ら英霊だからって、出鱈目すぎる!!

 

「流石に、防ぎきれなかったか…………」

 

 幾つかの武器をその身に突き立てたまま、佐々木小次郎は雰囲気を変えず言い放つ。

 その群青の着物を紅く染めながらも、その立ち振る舞いは何ら変わらない。

 肩に突き立つ剣を引き抜くと、盛大に血が噴き出すが………佐々木小次郎は気にしているように見えない。

 その近くにライダーも居るものの、彼女の幾つかの武器を躰に突き立てている。

 ダメージが大きいらしく、『他者封印 鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』は既に解除されていた。

 

「しかし、其方も限界のようだな」

 

 佐々木小次郎の言葉に、キングに目を向けてみればその姿が霞んでいる。

 不味い! 魔力の使いすぎで、現界することすら困難になってきてるじゃない!!

 

「然れど、此方も同じようなものか。如何するつもりだ?」

 

 その問いは私たちではなく、背後の慎二に。

 奇妙なほどの無表情を保ち、慎二は異様な気配を放っていた。

 それどころじゃなかったので、放っておいたのだが……アレってひょっとして。

 

「ゾウケン…………どこまでルールを無視すればッ!」

 

「イリヤ? あの慎二が何か、気付いているの?」

 

「クラスまでは分からないけど………アレもサーヴァントよ。

 憑依召喚の技術を応用したんでしょうが、あの肉体の持ち主の自我は、崩壊しているかもしれない」

 

 やっぱり……ね。十体目のサーヴァントっていうのは、予想外だったけど。

 大体、自分の孫を差し出してまで、一体何を企んでいるっていうのよ!

 

「ふむ………ただ逃げるにしろ、背後からの追撃をバーサーカーにされては堪らんな」

 

 そう、こっちにはまだバーサーカーが控えている。

 こんな狭い場所じゃ、バーサーカーが動くことは出来ないけど、外に出ればこっちのものよ。

 さっきの戦闘にも参加して無いから、体力は有り余っているだろうし、ね。

 

「ライダー、此方へ」

 

「………………」

 

 血みどろの体を動かして、ライダーが慎二の近くへ。

 一体、何を…………?

 

「いかん! イリヤ、急いでバーサーカー我々の前方に出すんだッ!!」

 

 え? アーチャー、一体何を言って………?

 

ドンッ……

「奴等に向かって、魔眼を使え」

 

 桜をこっちへ向かって突き飛ばすと同時に、慎二が命じる。

 しかも、ただの言葉じゃない。

 言葉と同時に、慎二の持っている洋書が光っている………令呪の光だ!

 

「くぅっ! 自己封印 暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)解除…………」

 

 一瞬、抵抗するような素振りを見せたライダーだが、令呪の縛りには敵わない。

 そして命じた慎二は、既に反対方向に踵を返しており、佐々木小次郎もそれに続いている。

 

パサッ……………

 

 眼帯? 革製の眼帯が、リノリウムの床に落ちた。

 そして、眼を閉じたライダーの姿。

 

ゾクッ!!!

 

 背筋に、とんでもなく冷たい汗が流れる。

 やばい………ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!

 アレは、違いすぎる!!

 そのイカれた危険に気付いても、その範囲外に逃れることなど不可能。

 間違いのない、冷たい死を身近に感じた時………私の横を歩く彼の姿があった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 ――――――――頭にノイズが奔る。

 ――――――――視界に■が映る。

 

――――――――それでも――――――――

 

 ――――――――体が硬くなる。

 ――――――――心が脆くなる。

 

――――――――動かなくちゃいけない――――――――

 

 ――――――――衛宮士郎とは、正義の味方だ。

 ――――――――エミヤシロウとは、破綻した人形だ。

 

――――――――自己など――――――――

 

 ――――――――自己犠牲? 俺に自己は存在しない。

 ――――――――お人好し? 人を救うことで、自分が救われたいだけ。

 

――――――――初めから無い――――――――

 

 ――――――――狂っている。 初めから。

 ――――――――死の恐怖。  死んでいる。

 

――――――――助けよう――――――――

 

 ――――――――セイバーを。

 ――――――――キングを。

 ――――――――遠坂を。

 ――――――――メディアを。

 ――――――――アーチャーを。

 ――――――――バゼットを。

 ――――――――イリヤを。

 ――――――――バーサーカーを

 ――――――――桜を。

 ――――――――ライダーを。

 

――――――――そうすれば――――――――

 

 

 

 

 

――――――――俺は救われるだろうか?――――――――

 

――――――――――――――――

 

 俺はライダーの前へ立つ。

 全てを振り切って、ライダーの視界を、独り占めするように。

 

「■!!」

 

 何か、言っている。

 ライダーが何かを言っているが、残念ながら俺の耳は既に機能していない。

 第一、如何でも良いことだ。何を言っていようと、俺には関係ない。

 それよりも、ライダーの目は綺麗だ。

 灰色の水晶のような瞳は、瞳孔が四角く切り取られたような形をしている。

 

ピシィ…………

 

 あぁ、指の先が石に変わっている。

 これが危機感の正体、そして俺を停止させる力。

 あの日、死にながら動かされた俺は………此処で停止する。

 切嗣(オヤジ)…………俺にはアンタの理想は継げなかった。

 無理だったのかな、俺と切嗣(オヤジ)が追い求めた理想………正義の味方は。

 

『死ぬな!』

 

誰だろう?

――――――――ドクン

鼓動が跳ね上がる。

――――――――ドクンドクン

もう、動かない筈の鼓動が、

――――――――ドクンドクンドクン

強く、

――――――――ドクンドクンドクンドクン

強く、

――――――――ドクンドクンドクンドクンドクン

脈動させる。

――――――――ドクンドクンドクンドクンドクンドクン

声の主は?

――――――――ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン

力が、溢れてく――――――――

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「アレで良いのか、妖術師よ」

 

 視線の先、気絶させられたエミヤシロウを担いで走る者たちを見て、佐々木小次郎は言う。

 主人たる魔術師殿への言葉使いでは無いが、魔術師殿は気にした様子は無い。

 

「クカカカカ。うむ、ようやった」

 

 魔術師殿は酷く上機嫌に、佐々木小次郎を見ながら言う。

 何らかの深謀遠慮をしいていたようだが、私はその全容を聞かされてはいない。

 

「ほぅ、では………あの凄まじい力に覚えがあるのだな?」

 

「実際に目にするのは初めてじゃが……………クカカカカ」

 

 堪えきれぬように、魔術師殿は哂う。

 何とも悍ましい笑みだ。……だが、それが私には好ましい。

 

「遂に届く。アレならば、次の戦いを待たずとも届こうぞ」

 

 骨と皮で出来ているような渇いた手を握り、脳裏に描いた展望に浸る。

 何とも気の早いことだ…………まぁ、アレを目の当たりにすれば、仕方の無いことか。

 あの――――――――

 

 

――――――――世界を覆いつくすほどの魔力を見れば――――――――

 

 

 

GO AHEAD!

 

 

 

後書き

 

 随分………いえ、二ヶ月も間が空いたことを深くお詫びいたします。

 HPの準備や、他のSSを書いていたとはいえ、空きすぎでした真に申し訳ない。

 しかも、そのブランクが話を妙にしているような…………。(汗

 では、謝罪はこの辺にして内容の方に。

 久々登場の桜嬢。ごめんよ…………また台詞が少ないね。(汗

 今回は、臓硯の老獪な策に、慎二のサーヴァント化を書きたかったので……桜は、ね。(滝汗

 イリヤを仲間にした士郎一行に、戦いを挑んで勝てるのは居ないのです。

 臓硯では力不足だし、言峰のところはイスカンダルがキチガイだし。(ぉ

 だから臓硯は勝つのではなく、得る為の策を練りました。それが、今回のお話。

 さて、またまたピンチの士郎くん。

 はてさて、世界を覆いつくすほどの魔力とは一体なんでしょうか? その辺は、次回。

 

 

 

管理人の感想


 伏線満載の12話です。

 桜は相変わらず不幸ですよねぇ……。



 慎二があれと同化……吸収されたのかな?

 オリジナル慎二君の意識は果たしてまだ残っているのか。

 士郎に色々言っちゃった彼ですが、いい加減桜も反撃に出そうですね。

 でも書が向こうにあるしなぁ、どう出るか。


 そして最大の謎、最後の魔力。

 推論はいくつか出ますが、決定的な事は何もわからず。

 それに士郎が聞いた声は誰の声なのでしょうか?

 実は幻聴だったってオチだったらどうしましょうかね。



 次回が楽しみです。



感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。

次話が早めに上がるかもしれませんよ?

感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)