『素晴らしい………純粋な魔力ならば、聖杯にすら匹敵するか』
どっかの家の屋根の上。
言峰の命令で、シロウたちを見張ってた訳だが………今回は少々毛色が違う。
一人でシロウが出かけたかと思えば、言峰の野郎がいきなり『追え』とか命令してきやがった。
あまつさえ、シロウが殺されかけても気付かれないように監視に従事しろ、なんてな。
全くいつもながら訳分からねぇこと言いやがる…………が、とんでもないことが起きやがった。
「オイ、言峰。ありゃ何なんだ?」
さっきから念話と、俺の視覚を覗き見ていた最低なマスターである言峰に問う。
問うているのは、ついさっき起こったシロウから発生した膨大な魔力のこと。
ライダーが魔眼を使ったのにも驚いたが、その直後にシロウが放出した魔力。
意味が分からねぇ…………なんでシロウの奴は、英霊を遥かに上回る魔力が出せるんだ?
言峰の奴は、あの気色の悪いジジイ同様、シロウの変化を知っている節がある。
いや、知っているからこそ、ずっと傍観を決め込んでたんだろう。……ったく、良い趣味してやがる。
『アレか…………そうだな、私も名は知らん。
だが、アレは竜の持つ魔力炉心に匹敵………或いは、それを上回るものだ』
「はぁッ!? 竜って、あの幻想種の中でも頂点に立つバケモノだろ!?
何だって、シロウの奴がそんなものを持ってんだよ!!」
竜の持つ魔力炉心と言えば、基本的にルーン魔術以外に詳しくない俺ですら知ってる代物だ。
魔力炉心とは、文字通り魔力を生み出す炉心だが…………その力は常識外れにも程がある。
英霊となった俺ですら、竜の10分の1……いや、100分の1の魔力しかない。
全く、ふざけた事実だ。
が、一番ふざけているのは、それを超えるかも知れねぇものが、シロウの躰の中にあるってことか。
「つーか、シロウの奴このままじゃあ死ぬんじゃねぇか?」
人間が英霊よりも弱い理由の一つに、肉体の有無がある。
魔力って言うのは肉体と、とことん相性が悪い。
だから、肉体を持つ人間には一度に扱える魔力の上限がある。
それを無視して魔力を使ったりすると、肉体の方に負荷が掛かりすぎてぶっ壊れる。つまりは死ぬ。
シロウはまだ生きているみたいだが、死ぬのも時間の問題だろう。
『死ぬ………か。ふむ、それは有り得んな』
「あ? 何でそんなことが言えんだよ」
妙に確信に満ちた声の言峰に、俺は訝しげに問う。
如何見ても、シロウの奴はヤバイ状況だ。
とてもじゃねぇが、俺には助ける方法なんざ、サッパリ思いつかねぇな。
「セイバーとキングの奴が、宝具でもガンガン使うのか?」
『フッ、そんな派手なことをする必要など無い』
思いつくのはそれぐらいだ。そうじゃなけりゃ、他に何があるんだ?
如何考えても、あの魔力を制御するなんて不可能だしな。
『ランサーよ。監視はもう充分だ、戻って来い』
ったく、勝手なことばかり言いやがって。
『さっきからイスカンダルが五月蠅いのだ。早く戻って、相手をしてやれ』
……………………急に旅に出たくなったなぁ。
Twin Kings
第十三話「想うべきこと」
「―――――! ―――――ッ!!」
気絶している士郎さんの体が、声無き悲鳴を上げて断続的に跳ね上がる。
原因は態々調べなくても分かる。魔力だ。………それも、物理的圧力を持つほどの。
「先輩………先輩ッ!」
「シロウ、シロウ!!」
イリヤと………確か、間桐 桜という少女が、士郎さんの体を押さえている。
気休めにすらならない行為だが、誰も何も言わない。
そして、利用されたに過ぎないにしろ、士郎さんを嵌めた間桐桜とライダーが此処にいることにも。
理由は簡単だ。士郎さんが無事じゃない………それだけで、全員の心は乱れている。この私ですら。
「メディア、衛宮君の容態は如何なの?」
「それを訊くのかしら、マスター」
訊かずとも分かるだろう、という意図を込めて、マスターを見返す。
やはり彼女も歳相応の少女だった、ということだろう。
普段は魔術師然としていても、いざという時は地金を晒してしまう。
魔術師としては、あるまじき姿。けれど、17歳の少女としては正しい姿。
いや…………ひょっとしたら、士郎さんだからこそ、なのかも知れない。
人としての、少女としての姿を晒してしまうのは。
「一体、何なのよコレはッ!!」
感情に任せた叫びに、誰も言葉を返せるものは居ない。
だって、それはこっちが聞きたいことなのだ。
本当に…………何が起こっているのだろうか? 士郎さんの身に。
容態を確かめようにも、溢れる魔力によって解析すら無力化されてしまう。
「不味いぞ。今のままでは、ミスタ・士郎の肉体は崩壊する。
恐らくは…………明日の夜明けまでが、タイムリミットだろう」
無情な一言に叫びは中断され、場に痛いほどの沈黙が支配する。
士郎さん自身は、実に良くやっている。
魔力の放出と同時に魔術回路を閉じて、無制限の放出を止めた。
これが無ければ触れることも出来ず、担いでくることも出来無かっただろう。
今でも溢れているのは、閉鎖した隙間から漏れている部分に過ぎない。
堅牢な士郎さんの魔術回路を持ってしても、完全に塞き止めることは不可能だったようだ。
「何とか…………何とか出来ぬのか!?」
「方法としては、士郎さんの魔力を消費する他に手は無いでしょう。
現状、何が原因かも分からないのですから。
取り敢えず躰の中に溜め込んだ魔力で、破裂しないように減らすしか…………」
キングの言葉に、現状での手段を告げる。
今の士郎さんの状態を例えるなら、ヘリウムガスを容れ続けている風船と同じだ。
膨らんで、膨らみ続けて…………やがて限界が来て破裂する。
猶予は…………もう少しで6時になるから、大体12時間。
たった12時間で、士郎さんを助ける方法となると……………、
「やはり直接的な手段しかないかな、Ms.メディア」
「そうね………士郎さんには悪いけれど、それ以外の方法は無さそうよ」
私が思いついたのは、間違いなく士郎さんは嫌悪する方法だ。
加えて言えば、それで助かるという確証も無い。
けれど、他に方法が無いのも事実。なら、その手段に賭けるしかない。
「バゼット、貴女も手伝ってくれるのかしら?」
「あぁ。私には彼に助けられた借りもあるし、私としても手っ取り早く魔力を回復できる。
この国で言うところの一石二鳥≠ニいう奴だ」
バゼットは、既に魔術師としての精神が出来ている。
表面的に士郎さんを心配しながらも、内心で冷静に計算する精神が。
しかし、私のマスターは無理だろう。彼女は、まだ少女≠フ面が強い。
私はそれを危険だと判断する反面、それを快いとも判断する。
全く…………裏切りの魔女とまで言われた私も、甘くなったものね。
「ちょっとメディア! 衛宮君を何とかする方法があるのッ!?」
「えぇ、マスター。恐らくはたった一つだけ」
「ならば教えて頂きたい! 今のままではシロウが危険だ!!」
急かすマスターとセイバー。二人とも士郎さんが心配なのね。
いえ、二人じゃ無かったわね。この場の女性は、全員が士郎さんを心配している。
バーサーカーは分からないけど、アーチャーは喜んでいるかもしれない。
まぁアーチャーは余計なことを言って、マスターから追い出されたから、此処には居ないのだけれど。
「教えてあげても良いけど、すぐにこの部屋から出てって貰うわ」
「……………それは如何いう意味かしら?」
「そんなに怖い目をしなくても、方法を聞けば出て行く理由も納得がいくわ」
そこで一息。
時折痙攣するように躰を震わせる士郎さんを見てから、全員に向かって言葉を作る。
「私の提案する方法は一つ。
それは、士郎さんと交わることによって、直接魔力を搾取する方法よ」
『なっ!!』
幾つかの驚きの声が重なる。
一応、ストレートな言葉を避けたつもりだけど………余り変わって無いわね。
「ど、どうして、いきなり、そういうことに!?」
間桐桜が、支離滅裂ながらも慌てて問う。
まぁ来るだろうと思っていた問いだ。私は慌てることなく、用意した回答を口にする。
「士郎さんは、体内から発生し続けている魔力の所為で、破裂寸前の風船と同じよ。
風船を破裂させない為には、どこかで空気を抜いてやるしかない。
この時点で考えられる手段は四つ。
1.士郎さんが魔術を使い、体内の魔力を消費する。
2.私たちが魔術を使い、士郎さんの魔力を抜き出す。
3.士郎さんと契約しているセイバーとキングが、大量に魔力を消費する。
4.たった今、私が提示した。士郎さんと交わる。
さぁ、貴女も魔術師ならば考えなさい。どれが実現可能で、どれが不可能かを」
この問いは間桐桜に向けたものだったのだけれど、その答えは色々なところから来た。
「1は無謀だな。今、この状態で魔術回路を開けば、風船に針を刺すようなものだ」
「2も無理そうね。解析すら無効化する対魔力だと、大魔術すら無効化してしまうでしょうし」
「3は余りに危険です。私の宝具は効果範囲、その威力共に大き過ぎますので」
「じゃあ……………」
バゼット、マスター、セイバーの三人が立て続けに否定する。
焦るのは分かるけれど、殆ど同時に口にした言葉は酷く聞き取り辛い。
兎も角、最後の答えを口にするのは間桐桜。
「先輩と…………その…するしか無い」
言葉に、私は首肯する。
結局、士郎さんを助けるにはそれしか手段が無い。
互いの心を無視した関係など、士郎さんは嫌がるだろう。……きっと、私の身を気遣って。
しかし、そうする他に何の手立てが無い以上、私は迷わない。
「メディア、ならば私も………協力します」
「セイバー?」
私は自ら志願するようなことを言う彼女の名を、思わず呼んでいた。
頬は赤く、それなりに恥ずかしそうだが………その目には強い意志が宿っている。
信じられない、とは言わないが、流石に驚いた。
セイバーは間違いなく未経験だろうし、男女の関係にも疎い。
純粋に士郎さんを助けたいのでしょうけど……………いや、邪推はやめておこう。
「協力してくれるのは有り難いわ。ただ、覚悟しなさい」
こんな初体験は、彼女には少々酷だろう。………まぁ私の方がもっと酷かったのだけれど。
「……………」
「………キング?」
袖を引っ張られる感覚に振り向けば、顔を真っ赤にしたキングの姿。
彼女には悪いけれど、正直セイバー以上に驚かされた。
だって、キングは男女の関係に対しては、いつも子供みたいな反応をしていた記憶しかない。
確かに士郎さんのことを嫌っては…………いえ、寧ろ好きだと言うことは分かる。
とはいえ、それで助ける為に身体を張れるかと言えば、別問題だろう。
「本当に、良いの?」
だからだろうか。私は気が付けば、そう彼女に訊ねていた。
キングは耳まで赤くしながら、静かに首肯。
どうやら彼女の決意は本物のようだ。
キングの胸中で何があったのかは、知らないけど………それは決意させるに値したものなのだろう。
「あ、あの! 私も……その、協力します」
「貴女も…………?」
続く申し出は、間桐桜だった。これは、別に意外では無い。
何故なら、私がこの手段を提示した時、彼女は僅かに悦びをその瞳に宿したのだ。
言うとは思っていた。そして、有難いとも思う。
正直なところ、士郎さんの魔力を搾取するといっても、一人では高が知れている。
限界まで溜め込めば、人間でも1000以上の魔力を詰める。英霊ならば、その10倍は楽に越えるだろう。
しかし…………今の士郎さんから発せられる魔力は、上限が全く見えない状態だ。
下手をすれば底無しなのだろうが………考えたくは無い。
もし、そうならば士郎さんを助ける術は皆無なのだから………………。
「あの…………」
いけない。思考が逸れていたようね。
間桐桜は、不安そうにこっちを見ている。彼女も一応、マスターの一人ではある。
状況が状況だけに、彼女の状態を調べていないのが気懸かりだけど………。
「…………お願いするわ」
私にはこうとしか言えない。
例え、この場で間桐桜に協力を頼むことが致命的なミスであっても………私は士郎さんを助けたい。
「ならば、私も協力します。
令呪による強制とはいえ、彼をこうしてしまった理由の一つは私にあるのですから」
長い紫色の髪を持つサーヴァント・ライダーもまた、静かに協力を申し出る。
あの時発動した石化の魔眼=c……アレを保有する英霊といえば、私の知る限りたった一人。
ゴルゴン三姉妹の末妹であり、支配する女≠意味する名のメドゥーサ。
敵………では無いのでしょうね。ただ味方でもない。
彼女は間桐桜に従っている。だから、間桐桜が敵につくならば、彼女もそれに従うだろう。
それだけに油断はならないが、無理に遠ざける必要も無い。
「メディア、私も協力するわ」
「い、イリヤ!? 貴女も協力するって………い、いや、幾らなんでも早すぎるわよ!!」
な、情けない。この私とあろう者が、動揺を全く隠せていない。
けれど、目の前に立つ幼い少女が、臆面も無くそういわれると…………何というか、焦る。
「何言ってるのよ。今は一人でも多い方が、シロウの助かる確率が上がるんでしょ?」
「そ、それはそうなのだけれど…………」
イリヤの言っていることは、尤もな話だ。
色々なものを無視すれば、イリヤの申し出は有難く、諸手を上げて歓迎するところだけれど。
幾らなんでも………………子供は、ちょっと。
「その目………私のこと、子供だと思ってるわね?」
「見ての通りじゃない」
私の言葉に、イリヤは深々と溜息を吐いた。
そして士郎さんの方を見て、気絶しているかどうかを確認する。
「…………私は、シロウやリンよりも年上よ」
「へ?」
唖然とした声を上げたのは、マスターだが……誰もがその告白に驚いた。
私も驚きを声にしないのが精一杯で、疑問を作ることすら出来ない。
「4年くらい前に、私の身体は聖杯≠ニして完成させられたわ。
その時からかな………私は成長≠キることが無くなったの」
その言葉を聞いた時、私の中にあるのは納得の二文字だった。
つまりは願望機となる為に、人としての機能を代価にしたのだろう。
全く馬鹿らしいことだが、魔術師としてはそれほど間違ってはいない。
「これはシロウには秘密だからね。私にとって、シロウはお兄ちゃんで良いんだから」
嬉しそうに、士郎さんの髪を手で梳くイリヤ。
あぁ、そうか。イリヤは士郎さんと、家族で在りたいのだ。
その為には、兄妹という関係が最も良いと思っているのだろう。
兎も角、ここまで聞かされた以上は下手に断ることも出来ない。
後は士郎さんに任せよう。……………特殊な趣味が無ければ良いのだけれど。
「あ、セラとリズも勿論協力するよね」
「イリヤ様が言うのであれば、私は構いません」
「サービス満載?」
「はしたないこと言うな!」
イリヤの侍女コンビが、変な漫才を繰り広げている。
何とも…………この二人には、緊張感というものが無いのかしら?
「さて、後はマスターね。
数は充分………とは言わないけれど、これで何とかしてみせる。
だから貴女は、暫く席を外してくれないかしら」
言うが、マスターは難しい表情を作って動かない。
マスターは表情を次々に変えた後、全員に宣言するように言葉を作った。
「私も………その…協力するわ」
「えっ!?」
マスターの言葉に、何故か間桐桜が大きく反応する。
対し、私はそれほど驚くことは無い。
彼女の性格を考慮すれば、何となく予想は出来ていたのだ。
「………同情とか、義務感なら止めなさい」
「違うわよ。私は衛宮君のこと嫌いじゃないし、寧ろ気に入ってる。
それに…………私は彼に借りがあるもの」
ふぅん……その借り≠ニいうのは、士郎さんに助けられたことだけじゃないみたいね。
私の予想としては、ライダーの魔眼から庇われたことかと思ったけれど……そこだけは意外だわ。
「そう。マスターが言うなら、好きにすると良いわ」
「何か………対応がいい加減な気がするんだけど」
少し目元を引き攣らせながら、マスターは笑顔で問う。
今はマスターよりも、士郎さんの方が大変なので無視しておくことにする。
「セイバー、士郎さんを起こしてくれるかしら」
「分かりました」
承諾の声の後、セイバーが士郎さんの半身を起こして背後に回る。
そして、セイバーが微かに力を籠めると………、
「うっ!」
妙な呻き声を上げて、士郎さんの目に意志が戻る。
しきりに目を瞬かせて、周囲をキョロキョロと見る。………大丈夫かしら?
「あ、あれ? 此処家? 急に声がして………えっと、何が起こったんだっけ?」
…………不思議ね。彼がオタオタしていると、安堵できる。
たったそれだけのことなのに…………これも一種の才能かしら?
「落ち着いて、士郎さん。順を追って説明するから」
「お、おう。分かった」
一先ず落ち着かせ、説明しなければならない。
そして、説得もしなければならない。彼の命を………護る為に。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺が気絶している間に、随分凄いことになっていたようだ。
まぁ、つい最近、全く同じような経験をしているんだけどね。
簡単に言うと、ライダーが魔眼を発動させた時……俺から膨大な魔力が生まれたらしい。
普通なら信じられないことだが、今は体中が異常に熱い。
多分、魔力と相性の悪い肉体が、膨大な魔力に反発しているのだろう。
そして、異常な魔力を発生させた俺を、バーサーカーが殴って気絶させたそうだ。
……………………良く生きてたな、俺。
「そして士郎さんを、此処まで運んで来たというわけです」
「ゴメン。心配掛けてばっかりだな」
「そう思うなら、私に一言ぐらい相談しなさいよ」
遠坂の言葉に、俺は苦笑して頬を掻く。
「いや、あの時は桜が人質にされてると思ったら……その…頭に血が上って」
「先輩………」
切嗣 の教えである、常に冷静であることを完全に忘れていた。全く情けない話だな。それで結局みんなに迷惑を掛けてるんだから。
「大丈夫か、桜。怪我は無いか?」
「あ、はい。大丈夫です」
良かった………取り敢えず、桜は無事か。
「なぁ……慎二は、一体如何したんだ?」
「兄さんは…………」
俺の問いに、桜は言葉を失う。
しかし、答えはすぐにやってきた。桜の口からではなく、遠坂から。
「慎二は、サーヴァントに憑かれているわ。恐らくは、もう………」
俺を気遣ったのか、それとも桜を気遣ったのか。
遠坂には珍しく、はっきりとは言わなかった。
慎二は魔術師じゃなかった……なのに、サーヴァントが呼べたということは、臓硯が絡んでいる。
心に怒りが湧き上がる。臓硯への怒りが。
心に後悔が湧き上がる。何も出来なかった自分への後悔が。
拳を強く握り締め――――――!
ドクンッ
「ガッ!! ア、ハッ……!!」
鼓動が跳ね上がった。
な、んて………お、グゥッ!!
「衛宮君!?」
「先輩!?」
ヤバイ…………言葉が声にならない。
汗が滝のように流れ出し、躰の異常を訴えている。
くそ、何が起こったんだ!
「落ち着いて、士郎さん。貴方の中にある
魔具 が、強い感情に呼応しているのよ」
メディアが静かに俺を抱きしめ、子供に言い聞かせるような声音で言う。
普段ならメディアに抱きしめられるのは、相当恥ずかしいのだが………今はそう思わない。
寧ろ今の俺にあるのは、子供が母親に抱かれた時のような安堵。
嵐の海のように荒れ狂っていた心が、湖畔のように静まっていくのを肌で感じる。
「有難う、メディア。もう充分だ」
声を掛けると、メディアは静かに抱きとめていた手を解く。
微妙に名残惜しい気もしたが、周囲からの視線に殺気が伴いそうなので、止めて置いた。
「では、話を再開するわ。
士郎さんの中には、恐らくは
魔具 が存在する。それも竜の持つ魔力炉心に匹敵するような、
魔具 がね」
「竜………」
メディアの言葉に、何故かセイバーが反応した。
何か複雑な感情が籠められているようにも感じるけど………なんだろ?
セイバーの生前にでも、何か関わりがあるのか?
「ところで士郎さん。身体の痛みはどうかしら?」
「ん? …………あれ。そういえば、痛くないな」
「そう………やはり士郎さんの魔術回路は、相当頑強なのね」
良く分からないが、褒められたようだ。
うん、まぁ褒められたということは、良いことなんだろう。
「はい、そこで調子に乗ってヘラヘラしない」
遠坂のいつものツッコミが入り、周りに笑いが零れる。
それは微々たるものだったけれど、今までの重い空気よりはマシだ。
「クス、じゃあ本題に入りましょうか」
微笑して言うメディアに、何故かセイバーとキング、遠坂と桜の顔は緊張する。
はて……? 本題って言うのは、なんだろ?
「士郎さんを助ける為に、士郎さんには私たち全員を抱いてもらいます」
「は?」
抱く? ハグ……じゃなくて、抱くって言うのはエッチするっ――――――!!
「うえええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?」
は? え!? い!! な、なぬぅ!?
「な、なななななななんでさぁっ!?」
「落ち着いて、士郎さん。そのことを説明するから」
そ、そんなこと言われても、無理だ!!
だだだだだ、だって、いきなりそんなこと言われたら、その! なぁっ!?
「それは無茶と言うものだよ、Ms.メディア。
いきなり自分たちを抱いてくれなどと、常識の範囲を逸脱している」
「ふぅん、そんなものかしらね?
私の時代の男なんて、こう言われれば喜び勇んで服を脱ぎだすのに」
『どんな時代だ!!』
メディアの言葉に、俺と遠坂がツッコミを入れる。
でも、その御蔭か少しだけ気持ちが落ち着く。
………って、ツッコミで落ち着くって何か嫌だなぁ。
「それはさて置き、士郎さんから膨大な魔力が発生している……これは説明したわね?
彼女たちには説明したけれど、今のままでは命に係わるわ。
如何にかするには、魔力を抜くしか方法は無いのだけれど。それには、私たちを抱くしかないのよ」
「………………」
そこはかとなく端折られた説明な気がしないでもないが、俺はただ呆然と聞いていた。
正直なところ、何故そうしなければならないのか分からない。
魔力の移譲の方法の一つに、身体を重ねるという手段があることぐらいは知っている。
けど、今回の目的は俺の魔力を減らすのが重要なんだ。
だったら俺には魔術がある。魔術を使えば――――――――、
「待ちなさいッ!!」
「!?」
強く掴まれた腕に、俺は全ての動きを止める。
掴んだのは、初めて見るほど焦った表情のメディアだ。
「はぁ………もう死んでいるけど、寿命が縮まるかと思ったわ」
「え? 何か、拙いことしようとした?」
俺の言葉に柳眉を寄せて、怒りと怖れを綯い交ぜにした表情でメディアは口を開く。
「一体、何を考えているの!! 軽率にも程があるわよ!!」
「い、いや、魔術を使えば魔力は減るし………」
「もしもその方法が採れるのならば、態々士郎さんが嫌がる方法を提示しないわ!!
今の状況で魔術回路を開けば、抑えられていた魔力が一気に発露して――――死ぬわ!!」
激昂したメディアに、自分がどれだけ莫迦なことをやろうとしていたのか………思い知らされた。
メディアは俺がどんな奴か知っているのに、この方法を提示した意味を、俺は考えていない。
だから、安易に魔術を使おうとしたんだ。それが、自分の命を捨てるような真似であっても。
「ごめん」
たった一言。
俺はそれだけを口にして、頭を下げた。
幾ら動揺していたとはいえ、何も考えずに魔術を使おうとしたのは俺の落ち度だろう。
だから、俺は謝罪する。軽率なことをして、メディアを心配させたのは悪いことだから。
「いえ………私も少し取り乱しましたね。前はこんなことなかったのに………」
不思議とその言葉は優しく、どこか嬉しそうなことに気付く。
でも、その想いはきっとメディアだけのものだ。
だから俺は何も言わず、彼女の次の言葉を待つ。
「ふぅ………では、士郎さん。今は一分一秒が惜しいから―――――」
「駄目だ」
「駄目って………士郎さん、今はそんなことを言ってる場合じゃ」
「そんなのは駄目だ。幾ら俺を助ける為って言っても…………皆を犠牲にするのは絶対に駄目だ」
頑とした態度で、俺はきっぱりと言い切った。
これだけは譲れない。皆が優しくたって、こんなことで甘えられない。
「そう――――――意志は固そうですね」
静かに……部屋の中の停滞した空気が動き出す。
何故だろう? 気配が動き出すのを、鋭敏に感じられる。
俺の背後。ライダーが、俺を取り押さえようと動いている。
スッ………
「え?」
気付かれないようにしたんだろうが、幾らなんでも遅すぎだ。
まるでビデオのスローモーションのように、ゆっくりとした動き。
これぐらいなら、俺でも半身逸らせば躱せる速さだった。
「ライダー! 士郎さんを捕まえなさい!!」
メディアの言葉に、ライダーが動きのギアを一気に上げる。
しかし…………遅い。そこらの子供よりも、遅い動きだ。
何故? と、問うよりも早く気付いた。自分が異常に疾いのだということを。
「ッ!」
反射的に畳を蹴り、後ろに立ち上がりながら避けようとした。
しかし、畳を蹴ることによって生まれた動きは、俺の想像を遥かに上回る。
バキィッ!! ザザザザザザザザザザッッッ!!!
「うわっ! あッ!!」
転びそうになる躰を、地面に手をつくことに支える。
一足で飛んだ場所は、部屋の障子突き破り、庭へと移っていた。
雑草の生えた庭を、裸足のままで滑り、何とか止まる。
はっきりいって、何が起こったのかサッパリ分からない。
「魔術回路を閉じているのに、肉体が強化≠ウれてるのか?」
考えられるのはそれくらいだ。しかも、その強化の度合いは未だ嘗て無い程。
何せ、英霊の動きを完全に上まっているのだから。
「シロウッ!!」
「士郎ッ!!」
部屋を最初に出てきたのは、セイバーとキングの二人だ。
今、ここで気付いたが、キングが俺の名前を呼んでくれている。
それを認識した途端、つい笑みが零れた。
「馬鹿者! 何を笑っておるのだ! 早く戻ってこぬか!!」
俺の身を案じた叫びは、凄く嬉しい。
でも、駄目だ。彼女のところへは、行っちゃいけないんだ。
「俺の為に、皆を犠牲には出来ない」
自分の自己犠牲を是としながら、誰かの自己犠牲は認めない。
間違いなく皆には怒られそうな考えだけど、俺の信念みたいなものだ。
正義の味方って言うのは、そういうものなんだから。
「先輩!」
「桜のこと、遠坂に任せるぞ。遠坂なら、きっと桜のことも守ってくれる」
勝手な言葉だ。
自分で言っておきながら、思わず自嘲するような笑みが零れる。
でも、そういう言葉しか思い浮かばなかった。
「ライダー! 先輩を止めて!!」
桜の言葉に、ライダーが弾ける様に飛び出してきた。
続き、セイバーも飛び出してくる。
普段の俺なら速い………けれど、今の俺には、遅すぎる。
「なっ!?」
驚愕の声は、俺以外の誰か。
俺は地面を蹴って跳躍し、その言葉を空で聞く。
力強く蹴りだした大跳躍は、俺の躰を空高く押し上げたのだ。
ありえない光景に誰もが唖然とする中、俺は屋根伝いに逃走を始める。
「――――――ッ!!」
あっと言う間に開いた距離は、聞き取れない誰かの叫びが物語る。
今の俺の速さは、英霊ですら追いつけない速さ。
目に映る景色は、次から次へと後ろに流れていき、肌は冷たい風に叩かれる。
全身で知覚する領域が、広がっていく……………。
「ハ……ァ、ッ」
途切れ気味の呼吸を、荒く、浅く吐く。
今の俺には目で見なくても、視えるものがある。
例えばそう………、
「背後に居る、ランサーとイスカンダルとか」
「はっはっはっ、気付かれてしまったか」
振り向き、視界に納めた二人はカジュアルな服装だ。
今まで見た英霊らしい格好ではなく、現代の若者が着るような服に変わっている。
……………そういえば、ナンパとかしてるらしいからなぁ。
「悪いけど、今の俺はオマエに構ってやる余裕が無いから」
「ほほぅ、随分というようになったなラッキーボーイ」
「途中から尾行してきただろ? どういうつもりかは知らないけど」
イスカンダルの言葉を出来る限り無視して、ランサーへと言葉を向ける。
俺がセイバーたちから全力で逃げている時、どういうつもりかは知らないが二人が尾行してきたのだ。
こっちも全力で走ったのだが、引き離すことは出来なかった。
流石は、全サーヴァントの中で最速を誇るだけはある、ということだろうか。
「さぁな。俺だってこの馬鹿が、いきなり尾行するぞ、とか言いやがったからついて来ただけだ」
「…………一応聞くけど、イスカンダルはどういうつもりなんだ?」
「どういうつもりだ、と問いたいのはこっちだぞ。
全く、レディに恥を掻かせるなど男の風上にも置けん奴だ」
腕を組み、怒ったように言うイスカンダル。
…………レディに恥を掻かせるって、やっぱりあの事だよな。
「おい、イスカンダル。恥を掻かせるって、何のことだ?」
って、ランサーは知らなかったのか。
それに対して、イスカンダルは『ふぅ、やれやれ。これだからボウヤは』的な仕草を見せる。
「決まってるだろう。女性に抱いてくれ、と言われて抱かなかったのだ。このチェリーボーイは」
「だ、誰がチェリーボーイだ!!」
た、確かに俺は………その、経験無いけど。
こんな風に言われると、腹が立つ。なんか、馬鹿にされてるみたいだし。
「この…愚か者がぁっ!!
女性に抱いてと言われれば、ルパン○イブを決めるのが礼儀であろうッ!!」
ど、どっから来るんだよその自信は!
しかも、余りにもイスカンダルが強く言い切るものだから、一瞬納得してしまった。
ここ最近では、一番嫌な納得だ。自分が恨めしく思える。
「まぁイスカンダルのボケは兎も角、成程そういうことか………」
「そういうこと?」
「いや、何でもねぇぜ。それよりもシロウ。今回ばかりは、イスカンダルの味方をするぞ」
ランサーの言葉に、俺は正直驚いた。
だって、ランサーとバゼットは……………、
「あん? 何だその目は。
ははーん、さては俺とバゼットの関係にでも気を使ってんだな」
あっさりと見抜かれ、俺は言葉も無く首肯した。
二人は元々マスターとサーヴァントという関係だった訳だけど、強い絆があるように見える。
それなのに、バゼットが俺と………その、するっていうのは良くないと思うんだけど。
「ハァ………良いか。俺は何だ?」
「え? ランサーだろ」
「馬鹿、そんなことを聞いてんじゃねぇ。俺が言いたいのは、俺は英霊だって言うことだ」
…? 何が言いたいんだ。
「ったく、鈍いなぁ………俺は死んでんだぞ。
そんな俺と、生きているバゼットが良い仲になるわけねぇだろうが」
「なんでさ? ランサーは、今此処に居る。
だから昔の人とか関係ないだろうし、人が人を好きになるのに理由なんて要るのか?」
ランサーの否定に対して、俺は即答気味に答えていた。
それにランサーは目を見開き、すぐに深々と溜息を吐く。
「オマエは…………相変わらず意味分からんところで、穿ったことを言うよなぁ」
む………そうなんだろうか?
と言うか、穿ったこと≠チて何だろう?
「ふははは、ナイスコメントだぞ。うむうむ、プラス10点だな」
良く分からないが、イスカンダルに褒められたらしい。
けど、プラス10点って何のことだ?
「しかしだ、衛宮士郎。レディに恥を掻かせるのはいただけない。マイナス50点」
いや、何だよ。その点数は?
「衛宮士郎…………長ったらしいので、シロと呼ぶが、何故それほどまで嫌がるのだ?
私なら言い終える暇も与えず、ル○ンダイブを発動させるが」
「アホか!! っていうか、シロって呼ぶな!!」
人を犬みたいに呼びやがって……………。
クッ、小学校の頃、そう呼ばれ苛められた古傷が痛む。
「やれやれ、女心が分からない坊やはこれだから………」
芝居掛かっている動きで、イスカンダルは首を左右に振る。
何だよ、と睨んでみれば、溜息と共に言葉は作られた。
「幾ら命を助ける為とはいえ、嫌いな相手に抱いてくれ等と言えると思うか?」
「それは……………」
その状況になってみないと分からないが………って、俺は男だ。
初めてが如何とか気にするのは、やはり女性だろう。
そしてイスカンダルの問いは、俺ではなくセイバーたちのことを言っている。
俺の意見を交えずに、一般論から言えば……………、
「無理……かな」
「その通り。女性の初体験とは、高潔かつ高尚なものなのだよ!!」
何故か熱く語るイスカンダルを見て思う。………本当に人気の無いところで良かった。
「しかし、だ。彼女たちは言ったのだろう? 抱いてくれ、と。
この言葉に在る意味を、この言葉に籠められた決意を」
急に……いや、さっきからずっと真剣な眼に、言葉が伴い俺に向けられた。
イスカンダルが言うと、酷く真面目に聞える言葉は、俺が眼を背けていた事………。
それは……………、
「皆が、俺のことを好きだとでも言うのか?」
「我輩はそうは言わんよ。誰も彼も、人の心を知ることなど出来はしないのだから」
微笑するイスカンダルに、俺は……目が離せなくなっていることに気付く。
普段は莫迦なことばかりをしている奴だけど…………今のイスカンダルは、
「ただ、君を失いたくないと思っている。だから、彼女たちはそれを選択したのだ。
それは、自己犠牲などでは無い。
それは、後悔することでは無い。
我輩の華麗なる人生経験から言わせて貰えば、時には甘えるべきだぞ」
最後は諭すような言葉で締めくくり、イスカンダルは静かに言葉を止めた。
イスカンダルの言葉を聞いて、改めて考える。俺は…………どうすれば良いんだ?
自分が助かる為に、皆を犠牲にしたくなんか無い。
皆の優しさに甘えることも、絶対にしたくない。
俺の中の決して折れてはいけない信念が、そんな答えを出す。
衛宮士郎とは…………何の為に、存在しているのか。何の為に、生きているのか。
俺は、何の為に―――――――――、
「人は己の為に生きる。他人を救うことすら、自分の為でしかない。
さて衛宮士郎。あの煉獄の中で生かされてしまった君は、何の為に生きる?」
――――――ドクンッ
鼓動が跳ねる。
生かされてしまった 俺は………魅せられた理想でしか生きられない。10年前の大火災で、衛宮士郎という人間≠ヘ、死んでいるのだから。
だから、俺が生きるのは…………、
「他人の為だ」
「はぁ? オイ、シロウ。オマエ、自分が何を言ってんのか分かってるか!?」
ランサーの言葉にも、俺の心は揺るがないのを感じる。
いや、揺るがないんじゃない。俺の心は、始めから揺れることなど有り得ないのだ。
俺は■。■は折れず、■は揺るがず、■は愚直なまでに真っ直ぐに在る。
そんな俺に、揺らぐ余地など…………端から無い。
「イスカンダル。テメェ、何をしやがった!!」
「我輩は何も。ただ、気付かせてみたのだよ。彼に、彼の本質を」
「本質だと………………?」
あぁ、そうだ。俺は僅かながら気付いてしまった。
今までの俺は、ただ人間らしく振舞っていたに過ぎない、と。
本当の俺は、■なのだ。故に、故に、故に、故に……………。
「さて、ここまでは言峰との約定なのでな。
衛宮士郎、ここから先は信じてやろう。我輩が………君の可能性を」
イスカンダルの言葉が終わった途端、俺の意識は闇に沈んでいく…………。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一撃でシロウを気絶させたイスカンダルは、崩れ落ちそうになったシロウの躰を支える。
そして、軽い動きで肩に担ぐと、俺に向き直った。
「やはり、初めての場所は城の方が良いだろうか? 何というか、雰囲気的に」
「オマエ………さっきまでの真剣な雰囲気が台無しじゃねぇか」
が、こっちの方がコイツらしいと言えばらしい。
寧ろ、さっき方が違和感バリバリだったからな。
「ふはははは、気にするなランサー。さっきのは言峰との約定で、仕方なくだ。
我輩としても、肩がこるから余りやりたくなかったが」
「………そういや、さっきも約定とか言ってたな。一体、何を約束してたんだ?」
イスカンダルは、俺の言葉と共に跳躍。屋根の上をいきなり走り始める。
そして、それに俺にも追従すると、奴は口を開いた。
「軽く追い込んで、彼に決心させるのが目的だったのだ」
「なんだそりゃ?」
「彼は自身の異常性に気付いていない。異常を正常と捉え、正常の中で生きようとする。
だが、そんなものは遠からず破綻する。それは言峰も、我輩も望むところでは無い」
「じゃあ、テメェらは何を望んでやがるんだ?」
俺の問いに、イスカンダルは笑みを浮かべる。
何の笑みかは分からねぇが…………何だか妙に楽しそうだ。
「異常を異常と認め、その上で異常を求めて生きて欲しいのだよ。我輩は」
はぁ? なんだそりゃあ。
言ってる意味が、良く分からねぇ。異常を認めたら、余計に破綻するんじゃねぇのか?
「まぁ言峰は、生きるのではなく。苦しんで欲しいと思っているのだろうが………」
「オイ、良く分からねぇぞ」
「ん? あぁ、失敬。彼の望みと過去を知っていなければ、分からない話だったな」
ニヤニヤと笑うイスカンダルは、何となく悪戯好きなガキを連想させる。
そういや、コイツは10年前の聖杯戦争から生き残ってんだよな。
じゃあシロウが、もっとガキの頃から知ってるってことか?
「なぁランサー。君は生前、どんな望みを持っていた?」
「あん? 何だって、いきなりそんなことを聞くんだよ」
「良いから良いから。恥ずかしがらずに言いたまえ」
「別に恥ずかしがっちゃいねぇけど………。
そうだな、俺は強者と思いっきり戦いたい、とか思ってたな。今もだけど」
唐突な話題だったが、一応答えておく。
イスカンダルは何度か頷くと、俺らしい、とか漏らしやがった。どういう意味だ?
「そういうテメェはどう何だ? ま、どうせハーレムとかだろ」
「ふははははは、鋭いなランサー。確かに世界中の美女を口説いてみたいとは、何度も思ったが」
イスカンダルが言うと、そこはかとなく現実味が有る辺り恐ろしいな。
案外、世界を統一しようとしたのもその為だったりして…………ヤベ、本当にそう思えてきた。
「だがな、我輩が望んでいたのは…………皆を笑顔にすることなのだよ」
「は?」
余りにも意外な事実に、顎が外れそうになる。
このキチガイが……………実は、笑顔を望んだって………なにぃ!?
「お、おい! それギャグだよな!?
それともドッキリか!? か、カメラ! カメラは何処だ!!」
「ふはははは、大胆な人格否定だなランサー」
「馬鹿野郎! 否定されたのは、こっちだ!! 似合わねぇにも、程があるぞこの野郎!!」
ヤベェ、ちょっと動揺しすぎた。
つーか、終始笑顔のイスカンダルをどうしてくれようか……………。
「我輩はな、楽しいことが好きだ。
始めは自分だけが楽しければ良かったが………その内、周囲も楽しくなければつまらなく感じてな。
それで、とは言わんが世界を統一しようと思った一因であることには違いない」
「んで、それとシロウが如何関係あるんだ?」
何度か目の深呼吸で気持ちを落ち着かせて問う。
イスカンダルは、やはり笑顔で、
「衛宮士郎は、万人を救う正義の味方≠ナ在りたいのだよ」
「……………また、とんでもねぇ望みを持つな。コイツは」
正義の味方ねぇ…………そんな都合の良い存在なんて、なれるわけが無いってのに。
まぁ色々と無茶をやらかすコイツを見ていれば、その思いも本気だって分かるけどよ。
幾らなんでも正義の味方≠ヘ無理だ。なれるわけがねぇ。
「ん? そうか………シロウの異常ってのは」
「彼が正義の味方*]み続け、そしてそれしか望めないことだ」
成程な。確かにそいつは異常だ。そして、そういう奴はいずれ破綻してぶっ壊れる。
予想でも何でもねぇ、事実だ。大体、さっきだって軽く揺さぶられただけで変になったしな。
「それで、何でテメェと言峰の奴はそれを望むんだ?」
「言峰の場合は、自分と正逆だからだろう。
そして…………言峰が唯一執着したあの男の理想を受け継いだのが、衛宮士郎だった」
あの男? シロウの親父の………確か、キリツグだったか?
まぁ言峰のことは、実際良く分からねぇからな。
「言峰のことは良いだろう。我輩にすら、アレは理解できぬ」
「だろうな。じゃあ、オマエはシロウに何を望んでいる?」
「決まっているだろう。全てのものに笑顔を、ただそれだけだ」
…………あー、その、何だ。違和感がありすぎて嘘臭ぇな。
「ぬ………その顔、疑っているな」
「ってか、信じろって言う方が無理だろ」
俺がそう言うと、イスカンダルは『失礼な』と、吐息。
けど、俺は言葉とは裏腹に、イスカンダルの言葉を信じていた。
コイツは馬鹿だが、悪い奴じゃねぇ。
こんなことで嘘は言わねぇだろう。……………まぁ、信じがたいのは変わらねぇが。
「おぉ、着いたな」
見れば、バーサーカーのマスターの城がある森に到着していた。
随分話し込んでたんだな、と思うとイスカンダルはシロウを地面に置く。
「さて、ランサーよ。後はハニーたちに任せよう」
「あぁ、そうだな」
頷き、俺はイスカンダルと共にこの場を後にする。
俺たちに出来ることなんざ、この程度だ。後はシロウたちの問題だろう。
「やれやれ、世話の掛かる正義の味方だ。折角、我輩が助けた美女を無にする気かな」
「助けた…………?」
小声で呟かれた言葉が、俺は妙に気になった。
イスカンダルが助けた女なんて………………まさか、
「オマエ、俺がバゼットを逃がす時――――――」
「しっ!」
口元に指を当て、黙れ、という意志を動きで伝えてきた。
そしてイスカンダルは、普段通りの楽しげな笑みで言う。
「そういうことは、言わない方が格好良いだろう」
――――――ったく、そういうことかよ。
道理で楽に逃がせたはずだぜ。…………全く、馬鹿みてぇだな。俺も。
「オイ、イスカンダル。またナンパに行くか?」
「おぉ! 珍しくやる気だなランサー!!
よしよし、今日は仕事帰りのOLをナンパしに行くぞ!!」
「分かった分かった」
今日はオマエに付き合ってやるさ。せめてもの、感謝の気持ちでな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
沈んでいた意識が、急に浮上した。
見上げるとベットの天蓋が見え、自分がベットに寝ていることに気付く。
って、此処は一体……………、
「良かった、気が付いたのね士郎さん」
メディア? それに、皆も居るのか。
「森の前に倒れていた時は、流石に焦りましたが………どうやら大丈夫のようね」
「倒れ………? あぁ、そうか。イスカンダルに気絶させられたんだった」
「え!? 大丈夫なの!」
俺は大丈夫だ、と頷き……その時の会話を思い出す。
――――――俺は他人の為にしか生きられない。
それが、俺の本質。そして、これが俺の異常。
理想を理想として片付けることが出来ず、望み、求めてしまうのは…………俺が救われたいから。
イスカンダルはきっと勘違いしているのだろう。
俺は他人に救うことによって、救われようとしている。結局、俺は俺の為に人を救おうとしている。
じゃあ、これは異常じゃないのか?
人は人を救うことすら自分の為だと、イスカンダルは言った。なら俺は正常なのだろうか……。
ワカラナイ……………。俺は正常なのか、異常なのか。
正しいのか、間違っているのか。俺は………俺がワカラナイ。
「士郎さん………?」
裡にあった意識が、投げ掛けられた言葉によって周囲に向く。
皆、心配そうな表情で俺を見ている。
ただアーチャーだけは、普段と変わらない鋭い目付きで俺を見ていた。
だからだろうか………俺は、アイツに問うていたのは。
「アーチャー…………俺は異常か?」
「無論だ。貴様は崩壊している」
『アーチャー!!』
容赦の無い言葉に、俺は寧ろ安堵していた。
俺の為に怒ってくれているセイバーたちには悪いけれど、それだけアーチャーは本音だということだから。
「じゃあ、俺は間違っているのか?」
「当然だろう。貴様は絶対に正しく在れない。何故なら、それは貴様の根源を否定することだからだ」
相変わらずムカつく言い方だな…………。まぁ今の俺には、怒る気力も無いけど。
それに俺がムカつく理由には、他にも理由がある。それは、アーチャーの言うことが尤もだからだ。
容赦なく俺の痛い突き、暴かれたくないところを暴かれる。そんな感覚に陥るから。
「じゃあ…………俺は如何したら良いんだ」
言葉は、問いにすらなら無かった。
さっきから考えが纏まらない…………酷く不安定になる。
俺が■なら、■として在るなら揺らぐことなど有り得ないのに。
でも、俺が■になってしまえば………きっと皆を裏切ることになる。
理由なんて無い。ただ直感として、分かるのだ。
「士郎…………
我 は、失いたくないぞ」
「キング…………」
泣いている。あの気丈なキングが、人目も憚らずに泣いている。
ふと、
切嗣 の言葉を思い出した。
――――――女の子は、泣かしちゃうと損だからね。
変なことを言うなぁ、とか当時は思ってたけど………今は納得する。
あぁ、全くその通りだな
切嗣 。キングの泣き顔なんて、大損だ。だって、彼女は笑っている顔が一番綺麗なんだ。
――――――――――――ザァ――――――――――――
思考に、ノイズが混じる。
だが、今までのノイズとは違う。遠く、俺のものではない記憶のノイズ…………、
『楽しいか? ■■■■■。
我 は……最高に楽しいぞ』
あぁ、綺麗だな。だから、笑って欲しい。だから、望む。
「笑ってくれ、■■■■■■■」
「ッ!! 士郎、どうして――――――ッ!?」
駄目だ……………ノイズが強くなる。
そして声が、意志が強くなる。誰かの意志が、どこまでも…………強く!
『生きろ!』
生きろ、という意志が際限なく広がっていく。
やばい…………抑えきれ、な…い、
「し、士郎!?」
彼女の温もりが服を通して伝わってくる。
無茶苦茶になった意識と躰が、彼女をいつの間にか抱きしめていた。
致命的なことに、駄目だ、と堪えるような意識が湧かない。
寧ろ温もりに安堵して、離したくない、とすら思ってしまった。
それでも何とか抑えようとしているのに、抱きしめた彼女から………止めの一言が来る。
「無理をしないで…………」
全身の力が抜ける。抑えが、効かなくなる。
俺は…………――――――――、
後書き
えー、あー、何と申しますか…………ゴメンナサイ。(汗
よもやここまで半端にクドいとはー、って感じですかねぇ。(激しくマテ
元々「Fate/stay night」は18禁だから、いつかはこんな流れも必要とはいえねぇ……。
どうもベラボウに苦手でして……………。(苦笑
こういうシーンを書こうとすると、ミソが拒否するというか…………。(滝汗
やっぱ、こういうのは大人で、エロい人の方が上手いんですかね? いや、ダンディな人かも。(マテ
正直、今回の話はサラッとスルーして頂きたい様な出来具合です。
かといって、今の私の技量ではこれが精一杯でありますが…………。
うぬぅ……………私もまだまだ修行が足りんなぁ…………。
管理人の感想
賛否両論ありそうな13話です。
私としては賛ですけど。
ちなみに私も今回のようなシーンは苦手。
上手いのはきっとマイペースな人なんでしょう。
今回後半は完全にイスカンダルの一人勝ちですね。
士郎を上手い具合に啓蒙してます。
まぁ前後の発言は彼らしかったですけど。(笑
読者の方もかなり彼の印象変わったんじゃないかな?
しかし何で言峰のサーヴァントなんぞやってるのやら……。
イスカンダルが後半のメインなら、前半は全員を抱くという提案。
前に見たFateSSのように、士郎がなし崩し的に皆を抱くような事にならかったのは良かったです。
しっかり自分の信念に沿って行動してますし。(それが逃げってのがあれですけど
最後の最後で致しちゃったんでしょう。
これで女性陣に対する責任が発生しちゃった事に、士郎は果たして気付くのか?
次回はより複雑になった人間が楽しみです。(笑
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
次話が早めに上がるかもしれませんよ?
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