「飯、食いに行こうぜ」


「ああ」


 海鳴市風芽丘、山と海に囲まれ、四季折々の風物が楽しめるベットタウン。

 春には桃色に染まる木々を楽しめる山、その近くに学校がある。


 私立風芽丘


 その2年F組の教室で二人の男子が話をしていた。

 一人は赤星勇吾。


「って、そういや今日は神咲先輩に呼ばれてたな」


「そうなのか」


 赤星の出した名前は、部の先輩だった。

 彼の所属しているのは剣道部、2年生エース、赤星勇吾の名は学内では有名である。

 故に彼らに向けられている視線のほとんどは赤星宛のものだった。


「だったら俺は………」


「いや、別にお前がいてもいいだろう。席には余裕があるだろうし。ついでに入部してもらえるとありがたいんだけどな」


「遠慮しておく。だが昼は世話になる」


「残念だな。まあ行こうぜ、高町」


 そして、もう一人は高町恭也。

 相方ほど、というかあまり有名ではない彼は2年F組、帰宅部、そして赤星勇吾の親友である。


 二人は連れ立って学食へと向かっていった。

 そして二人が去った教室で女子生徒が二人、彼らのことを話題にしていた。


「あいかわらず仲良いな、あの二人」


「そうなんだ。赤星君と高町君がね」


 中学時代からの親友と言う二人が、剣道部も含めて昼食を共にするのはよくあるである。

 昨年度も一緒のクラスだった人間ならば慣れたものなのだが、今年度からのクラスメイトにとっては、明るく朗らかな赤星勇吾と暗い、というよりも言葉少ない高町恭也の組み合わせは少し意外に写っていた。

 まあその辺は、友人ってそんなものかも、で納得できるのだが。


「でも、赤星君が高町君を勧誘してたけど、高町君ってそんななの?」


 どうやら二人の会話の一言一句をしっかり聞いていたようである。

 二人は耳元で話していたわけではないが、それほど大きな声を出していたわけでもない。

 赤星勇吾のファン、おそらく彼女はそんなところだろう。


「そう言えば、去年からやってたような。でも高町君って帰宅部だし、そんなに体育の成績がいいって話も聞いたことないし・・・・・」


 結局、彼女たちの疑問に答えが出ることはなかった。


 高町恭也、彼を知るものは、今のところ赤星勇吾とその周囲の限られた人間のみだった。




































 風芽丘異伝


       第壱話 始まりは学食から




































「あぁ、出遅れたか」


 2年B組の教室から手を叩きながら一人の男子生徒が出てきた。

 着崩した制服、それに似合わぬ自他共に認める女顔、彼の名前は相川真一郎という。

 ちなみに他はともかく自は限りなく消極的であり、その姿の何箇所かに抵抗の後を見ることが出来る。

 まあ、あまり効果はないのだが。


「日直の馬鹿野郎!」


 彼の制服には白い粉が点々と付いていた。

 先ほどまで黒板と格闘していた彼、しかも四時間目は板書量が多いことで有名な教師である。

 スタートダッシュの重要な昼休みで、この遅れは結構な痛手だった。


 と言っても彼の進むべき道は前にしかない。

 目指すは学食、早足で廊下を進んでいると


「相川か」


「御剣、お前も出遅れか」


 隣のA組から顔見知りの女子生徒が現れた。

 御剣いづみ、変わった資格を持っている校内のちょっとした有名人である。

 真一郎とは去年のクラスメイト、今年になってクラスは別れたが、それでも隣のクラスということもあり、付き合いは続いていた。


「ちょっと唯子のノートを写していたらな」


「で、その唯子は?」


「瞳さんに呼び出されたらしい」


 自然と並んで学食に向かう二人。

 その彼らの話題に上っている唯子、鷹城唯子は真一郎の幼馴染みであり、いづみの現クラスメイトである。

 容姿端麗、成績優秀、所属している護身道部での成績も優秀、なのだが


「じゃあ、あのバタバタしてたのは唯子か」


「だろうな。遅れるニャー、とか言いながら教室を飛び出していったぞ」


「あいつは………それはそうと、御剣」


「なんだ?」


「お前がニャーとか言ってもメチャクチャ似合わないな」


「ほっといてくれ」


 その言葉から連想される人柄とは、ずれているのは間違いない。

 なにせ鷹城唯子はニャーと言っても違和感はほとんどない人柄なのだから。


 それから二人は迫るGWの話などをしながら食堂に向かった。

 


































 所進んで学食前、真一郎といづみは知り合いの上級生二人と遭遇していた。


「瞳ちゃん」


「あら、真一郎と、御剣さん」


 とても上級生に対するものとは思えない呼び掛けを気にする様子もなく、淑やかに微笑む三年女子。

 彼女が『瞳ちゃん』且つ『瞳さん』こと、千堂瞳である。


「真一郎たちは今からお昼?」


「そうなんだけど、混んでるんだよね」


 親しく会話する二人に通りすがりの視線が集まる。

 護身道部主将であり、その他諸々優秀な千堂瞳(ファンクラブあり、ただし構成メンバーのほとんどが女子)が姉妹(姉弟にあらず)の契りを交わした、ある意味有名人である相川真一郎(こちらもファンクラブあり、構成メンバーは女子中心だが)のツーショットは注目を集めるのに十二分だった。


 ちなみに学年も違い部という共通点もない二人が、親しくなった切欠は………転落事故だった。


 去年の冬、真一郎は体調不良にもかかわらずアルプス登山を決行した。

 しかし天候は生憎の吹雪、そのためパーティーからはぐれてしまった真一郎は一人、雪の中を彷徨っていた。

 視界は白一色、体調は更に悪化し、前後不覚のまま進んでいく先には断崖絶壁が。

 既に意識はほとんどなく風に吹かれるまま、崖へと突き進む真一郎。

 だが、崖から転落しかかった彼を間一髪で掴む手が。

 そのまま引き上げられた真一郎、しばらくして熱を感じ、目を開けると、そこにいたのが微笑む千堂瞳だった。


 などということではなく、校舎内で階段から落ちた真一郎を瞳が受け止めたのが切欠だった。

 落ちる真一郎を受け止める瞳、構図が普通と逆な気もするがファンには堪らない光景だったとか………


「御剣も今日は学食なんだ」


「はい」


 そしていづみと話しているのが神咲薫。

 こちらは女子剣道部の主将である。


「神咲先輩はいつも学食でしたか?」


「そうだね。耕介さんに頼むわけにもいかんし」


 別に目つきが悪いわけでもなく、容姿はむしろ上級に属している二人が話しているのだが、何故か避けるような流れが出来ていた。

 無意識の間に発する空気が相乗効果で結界を織り成している、とかいないとか………


「御剣さん」


 そんな二組だが今いるのは学食前、ここはゴールではなく通過点に過ぎない。


「鷹城さんが何処に座ってるのか、分かりますか?」


「………えっと………」


 学食を他から見ると軽く見渡すいづみ、しかし


「いました。あそこです」


 指差す先には、確かに鷹城唯子が座っていた。

 ただ常の穏やかな雰囲気とは違って、そう、狼の目つきになっていたが。


「唸ってるな、あいつ」


 声は聞こえずともそこは幼馴染み、真一郎の眼は正確に鷹城唯子を捉えていた。

 彼女を呼び出したのは瞳、なのだが薫と話があった瞳は少し遅れてしまい、結果、彼女はお預けをくらっているわけである。


「席は………空いてるみたいね」


 真一郎の言葉に苦笑しながら確認した瞳は、少し先行すると振り返り


「二人とも一緒に食べない?」


 剣道部と護身道部によって確保された領域、そこの空いていた四席が埋まった。




































「いただきます」


 瞳たちが加わって総勢十人、運動部らしく一斉にあげた(数人の例外あり)声にはかなりの迫力があった。

 解き放たれた獣たちが箸を取る。

 声もなく昼食は進んでいった。


 そしてしばしの後、瞳が口を開いた。


「鷹城さん、今日の合同練習の話なんだけど」


「ふぇ?」


 別に唯子だけに話があるわけではないのだが、こういう場合、彼女の名前を呼ばないと、食事に没頭し続けることがあるのを、瞳はよく知っていた。

 揃って顔を上げる護身道部員と剣道部員、いづみと真一郎もつられて顔を上げる。


「今日の剣道部との合同練習、残念ながら神咲さんが参加できなくなりました」


 護身道部と女子剣道部で行われている合同練習、それが今日も行われるのだが


「皆さん、申し訳ないです」


 頭を下げる薫、彼女としても楽しみにしていたのだが、急な‘仕事’が入ってしまったのである。


「それでうちの代わりに、赤星君に参加してもらうことにしました」


 女子剣道部主将にして最強、神咲薫は、秒殺の女王と名高い千堂瞳と互角に渡り合える数少ない人物だった。

 合同練習最大の目玉、千堂瞳VS神咲薫。

 別に見せ物ではないが、部員にとって非常に参考になる二人の対戦、なくなるのは大問題である。


 そこで剣道部側から出された提案、それが代役、赤星勇吾だった。

 昨年度に行われた県の新人戦において見事に優勝、実力折り紙付きである。

 それと合同練習を行うのは女子剣道部と女子のみの護身道部。

 さすがに羊の群れ、というわけでもないが、余計な危険は避けるべきだろう。

 その点も、赤星勇吾は太鼓判を押されていた。


「よろしくお願いします」


 赤星は事前に知らされており、女子剣道部、護身道部としても異論なし、これにて会合終了。

 後は食べるだけなのだが、遅れてきた四人、特にその中の二人には気になることがあった。


「赤星君、一つ聞きたいんだけど」


「何ですか?」


 先ほどまでは待たせていたと言うことと、話さなければいけないことがあったので流していたのだが、赤星勇吾の隣には、見慣れぬ男子が座っていた。

 薫が知らないので剣道部員ではなく、もちろん護身道部員でもない。

 まあ部の内密の話をしていたわけではないので聞かれても問題ないのだが。


「隣の彼は?」


「ああ、こいつですか」


 親指で隣を指す赤星、実はさっきも同じ質問を受けたのだが、その時は二人はいなかった。


「俺のクラスメイトで、親友です」


「高町恭也です」


 堂々と親友を言い切る赤星と言葉少なく自己紹介する男子―恭也。

 ちなみに恭也の言葉が少ないのは、2度目であることとは関係ない―1回目もこんなものだった。


「………高町」


 4人の視線が人よりも早く食べ終わり、今はお茶を飲んでいる恭也に集中する。

 見覚えがあるのだが、何処であったのか思い出せない。

 揃いも揃って同じ顔をしていた四人の疑問は


「高町君は翠屋の店員さんで、店長さんの子どもなんですよ」


 唯子の声で解決した。


 翠屋―風芽丘商店街の一角にあるシュークリームが評判の洋風喫茶である。

 ちなみに経営者の名前は、高町桃子。


「ああ。そう言えばレジで会ったことがあるような………」


「ご愛顧、感謝します」


 改めて会釈する恭也に、真一郎たちの記憶が一致する。

 翠屋唯一の男性店員と会う機会はあまりないのだが、それでも何回かは遭遇していた。



「それでは、ご馳走様」


 食後のお茶も飲み終わった恭也がトレイにコップを置く。

 食事には時間をかけない主義な上に話の最中も手を止めなかったために、大盛定食にもかかわらず、人よりもかなり早く完食していた。


「高町、もう戻るのか?」


「ああ。少し寝たい」


「………待った。お前、次の時間、当たるぞ」


「………本当か?」


「間違いない。何処が当たってるか教えてやるから、ちょっと待ってろ」


 彼らの次の時間は英語、恭也にとってはあまり得意ではない科目である。

 と言っても彼は英語が話せないわけではないのだが………


 憂鬱そうにため息をつく恭也、隣の赤星が食べ終わり次第、アルファベットと格闘する羽目になるのだから無理もない。

 そんな恭也に


「そう言えば高町君、今日暇?」


 剣道部2年、藤代奈津美が声をかけた。


「予定は特にないが」


「だったら練習、見に来ない。ほら、前に見たいって」


 その言葉に赤星以外の人物が疑問の色を浮かべる。

 それに気づいているのかいないのか、脇から見ると憂鬱そうな表情を全く変えずに、当人は


「しかし、聞いたところによると練習は開放していないはずだが」


 女子剣道部と護身道部、特に護身道部はを基本的に練習を開放していない。

 練習に集中するためというのが主な理由だが、それ以外にも見物をさせないという理由もある。


 護身道部は千堂瞳や鷹城唯子など、とある男子生徒に言わせれば、粒が揃っているとのこと。

 それらに群がる輩、そんな連中など何人集まっても百害あって一利なし、である。


「それなら許可を貰えば大丈夫。千堂先輩?」


「えっ、えっと………」


 唐突な話の展開の末に、いきなり話を振られた合同練習責任者。

 戸惑っている瞳に藤代がたたみかける。


「高町君は私が保証します。それに赤星君も」


 ラストスパート中の赤星も頷く。

 二人とも高町恭也にその種の心配はないことを、よく知っていた。


「………それなら構わないですが………」


 部員の保証があれば見学はOK、そんな決まりがあるので、断る理由はない。

 と言っても瞳の表情は些か複雑だったが。

 ちなみに、それは別に高町恭也個人への悪感情と言うわけではない。


「ということで………」


 指で○を作る藤代に、恭也が頭を下げた。


「そうか、感謝する」


 そこで赤星が箸を置いた。

 その音に、無言で席を立つ恭也。


「それじゃあ、二人とも頑張って」


「頑張るのは、こいつだけどね」


「………努力しよう」


 藤代の激励を背に、親友二人は揃って戦場へと旅立っていった―と言っても格闘するのは一人だが。


「お前はやったのか?」


「ああ。だが写させる気はないぞ」


「………………」








 そして二人が去った学食では


「なあ、藤代」


「なんですか、神咲先輩?」


「さっきの高町君なんだが………」


 薫が藤代に疑問をぶつけていた。


 翠屋店長の息子、赤星のクラスメイト、宿題未終。

 ひどく断片的だが把握しているプロフィールと先ほどの発言は見事にかみ合っていなかった。


「………そうですねぇ………」


 一方、多少なりとも高町恭也を知っている藤代奈津美。

 話すのは容易いのだが、当人が知られるのを好まないのは、よく知っていた。

 なので


「まあ、見てのお楽しみと言うことで」




 その言葉通り、放課後にこの場にいる人間は高町恭也の一端に立ち会うことになる。

 ただ、そのほとんどは‘目撃’できなかったのだが。

















続く


















 後書き


 皆様、初めまして、希翠と言う者です。

 この度、とらハSSを投稿させて頂くことになりました。



 このSSですが、とらハ1,2の時間軸に恭也、他を入れています。

 1,2のキャラはほとんど出すつもりですが、3のキャラについては未定になっています。

 それと恭也と1,2キャラは知り合いではないので、これから出会うことになります。



 ご感想、ご意見、ご希望、などお待ちしています。

 それではこれからよろしくお願いします。

 では〜







管理人の感想


 希翠さんからSSを投稿していただきました。
 私が氏のSSへ感想を送ったのが知り合ったキッカケです。


 そしてとらハ。
 とらハSSですよ旦那。(誰だ
 しかも恭也主役の1&2時代。(管理人もこの設定のSS練ってたり
 私は1、2ヒロイン大好きなので大いに続きが気になります。
 好きなのヒロインは瞳と薫で。
 恭也との絡みがどのように影響を与えていくか……今から凄く期待します。
 次回も必見です。





感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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