合同練習の翌日、高町恭也はいつものようにチャイム数分前に登校した。
高町恭也の登校時間は、チャイムまで数分という時間帯がほとんどである。
断っておくと別に彼は朝が弱いわけではなく、寧ろ一般学生が安眠している時間には既に起きている。
ただ彼の場合は朝の日課がたっぷりと詰まっているだけである。
だから今日もチャイム五分前に登校してきた恭也に、寝起きの気配は全くなかった。
教室に入った恭也が向かうは窓際二列目最後尾の一つ手前。
新学年初の席替えにおいて、かなり寝やすい席を引き当てた恭也は、それだけ見ると幸運と言えるだろう。
ただ右隣には、狙ったように引き当てたお目付け役、赤星勇吾がいる辺り、幸運と言い切れないのだが。
「おはよう」
いつものように友人と挨拶を交わしながら席に向かう。
そしていつもの学校が始まる………
「高町君、おはようございます」
「………野々村さん。おはようございます」
少しだが、日常は変わり始めていた。
風芽丘異伝
第参話 変わり行く日常
「おはよ、高町君」
席に着いた恭也に、藤代奈津美が駆け寄ってくる。
予め用があったらしい素振りなのだが、しかし切り出した話題はついさっきのことだった。
「野々村さんと話してたみたいだけど………」
この学校で赤星勇吾に次いで恭也のことを知る彼女としては、見過ごすことの出来ない光景だった。
と言っても相手は高町恭也、
「店の新メニューについて訊かれていたんだが」
………色気よりも食い気と言うのだろうか………
肩を落とす奈津美に気づいているのかいないのか、とにかく恭也は淡々と続けていく。
「この前、母さんが野々村さんに新作が出ると教えたらしく、それがどうなったのかと」
「へー、新作か。そりゃ楽しみだ」
隣の席で一時間目の用意をしていた勇吾が話に加わってくる。
肩を落としている奈津美と違って、こちらは結構楽しそうだった。
話すだけでも珍しい。
他人が見れば小さすぎる一歩だが、当人にとっては大きな一歩である。
………別に恭也は対人恐怖症でもなんでもないのだが。
「おそらく持ってくることになるだろうから、いつものように感想を頼む」
「了解」
「やったね!」
勇吾と奈津美の歓声が揃った。
翠屋の店長にして第一パティシエ、高町桃子は新作を完成させると、子どもたちの友人に感想を求めることが多い。
勿論、彼らに専門的な評価は無理なのだが、美味しいの一言が聞ければ嬉しいし自信になるものよ、と彼女は話していた。
「で、今回の感想は?」
「なかなかだと思う」
勇吾の質問に対してそう返し、俺はあまり食べたくはないがな、と付け加える恭也。
矛盾しているようだが、原因は単純、高町恭也は甘いものが苦手なのである。
しかし、かなり味覚の鋭い恭也は味見役にぴったりなので、母親は好んで彼に試食を頼んでいた。
まあ、無表情な息子が困った顔をするのを見るのが楽しいという理由もあるのだが。
翠屋新作試食という楽しみなイベントに頬を緩める二人、それを見た恭也は頬を掻こうとし
「高町。手、大丈夫か?」
頬を掻こうと上げた左手には白い包帯が巻かれていた。
考えるまでもない、昨日の傷である。
「ああ、大事無い。これも二、三日で取れる」
「それならいいんだけど。でも利き腕じゃなくて良かったね」
「ああ」
そう言って恭也は右手を掲げる。
昨日、細かな破片を振り払ったその手には傷は見当たらなかった。
「でも、お前。左でも字、書けるよな」
「えっ?」
頷く恭也に驚く奈津美。
色々と恭也については聞いているが、今の勇吾の発言は初耳だった。
「こいつ、中学の時、右手を怪我してきたことがあったんだけど………」
とある理由で週末、山に篭っていた恭也は、週が明けると右手に包帯を巻いて登校してきた。
その理由については、熊に襲われただの、山賊と闘っただの、色々噂が流れたのだが事実はようと知れず。
はっきりした事実は恭也が利き腕を一週間ほど使えないということだけだった。
利き手を怪我した恭也に学校は優しかった。
自分からノートのコピーを申し出る友人、移動に際して自主的に荷物持ちをするクラスメイト。
そんな親切の中でも際立っていたのが新人の数学教師だった。
彼は板書を写せない恭也のために、自分の授業の空を利用してわざわざお手製のプリントを用意したのである。
板書よりも詳しく説明されたそれは、実に分かりやすいものだった。
そして昼休み、クラスメイトは見てしまった。
そう、左手に箸を持ち、平然と食事をする恭也を。
荒れる箸使いが嘆かれる中、その箸使いは巧みと言えるものだった。
当然上がる疑問の声。
それに対する恭也の返答は
『利き腕は右だが、左も使える』
そして、だったらノート書けたんじゃないか、との疑問には
『申し出を断るのも失礼だろう』
最後に勇吾の、それって詐欺じゃないか、との言葉に
『実際に利き腕は右。怪我をしたのも事実。何処にも虚偽はないぞ。単に左でも十分に間に合うということを、言わなかっただけだ』
のんびりお茶を飲む姿には、後ろめたさの欠片も見出せなかった。
ただ、ほんの少し笑っていたことを勇吾に確認されていたが。
「ふむ。そんなこともあったな」
無口、無愛想、無表情と三拍子揃った恭也だが、この出来事で意外に茶目っ気があることが判明。
それで一躍時の人になった、わけではないが、それでもそのクラスの友人とは現在も交流があった。
なお、きっちり一週間続いた数学教師のプリントは、口止め料としてコピーされクラス中に配られていたりする。
そのお陰か、その学期のテストは他クラスよりも少しだけ平均点が良かった。
なんにせよ、懐かしい思い出である。
「じゃあ、高町君ってほとんど両利き?」
「ああ。右で出来ることなら大体、左でも出来るようにしている」
精度は落ちるが、との恭也の言葉に奈津美が感心したように頷く。
極めて常識外れのことを話しているのだが、高町恭也にとっては良くあること、いちいち驚くほどのことでもない。
何しろ結構いい性格をしている高町恭也という人間は、本当に多芸なのだから。
ただし学生生活にはあまり役立たない方向でだが。
「それで藤代さん、俺に何か?」
いつもの時間だとHRまで後一分ほどだろう。
隣のクラスは既に静まっていた。
「あっ、そうそう。高町君、今日のお昼の予定は空けておいてね」
ようやく切り出された本題に首を傾げる恭也。
学食組、帰宅部、人間関係限定派、である恭也に昼の予定は特にないのだが、
「別に構わないが………」
何かあるのか、と問おうとしたところでドアが開かれた。
いつもより少し早い担任の登場に、それぞれ散っていた生徒が自分の席に戻っていく。
「じゃあ、よろしく!」
言い残し去っていく奈津美の背中を怪訝な顔で見送る恭也。
隣で先ほどよりも笑みを深くしている勇吾を端目に捉えていたものの、こちらから聞き出すことも不可能である。
「朝のHRを始めます」
結局、担任の連絡が始まる中で、恭也はいつものように窓の外を見る体勢に入った。
そんな先のことよりもまず目の前の現実である。
さて、今日はどの時間に寝ようか………
少し掠れたチャイム、ぶつかり合う筆記用具、そして重なり合う紙、それらが告げるのは解放の時。
ここ2年F組の教室でも、無事に午前中の授業を終え、昼休みに入っていた。
そんな中、まだ頭を下げ続ける、ひどく礼儀正しい男子生徒が一人………
「起きろ、高町!」
「………終わったのか」
机に突っ伏していた恭也が身を起こす。
四時間目は日本史
初老の先生の授業は寝やすいことで有名だった。
「今日の分のノートは、後で渡してやるよ」
「………ありがたいんだが、いいのか?」
「………まあな」
「助かる」
自分から申し出たのだが、勇吾の表情は些か苦かった。
一方の恭也は、降って沸いた幸運にそれとは分からない程の喜色を浮かべる。
そして、一応出していた開始前と全く変わっていない日本史一式を片付けると
「赤星、今日はどうする?」
恭也と勇吾の昼食は学食か、もしくは購買で買って教室で食べる、がパターンである。
昨日は学食、ならば今日は………
「ああ。今日はこれがある」
と勇吾が手にしたのは、脇に下げていた紙袋だった。
中身を見ると
「重箱?」
「散らし寿司だ」
赤星勇吾の家は寿司屋を営んでいる。
安くて美味いと、結構な評判の店であり、高町家も何度もお世話になっていた。
………豪快な親父さんがサービスと言ってマグロの頭を取り出して、妹がやたらと怯えたこともあったが。
ちなみにフォローは飾り寿司、頭はしっかり恭也と勇吾が頂いていた。
「親父さんか?」
「いや。俺が作った」
と二段重箱を持ち上げる。
恭也を指で招きながら、先行して教室を出ていった。
「何処に行くんだ?」
後に続いた恭也も教室を出る。
そう言えば、朝に昼休みの予定を訊いてきた奈津美はいつの間にかいなくなっていた。
「いいから、付いて来い」
勇吾が進んだのは、学食と反対側。
階段に辿り着くと、ただ上を目指す。
ただただ登った先にあるもの、それは
「………屋上か?」
この学校では屋上は開放されており、眺めも良好なために、弁当をここで食べる生徒もいる。
ただ夏は直射日光で干上がり、冬は遮るもののない寒風に吹き晒されるなど、眺めと引き換える条件が厳しい。
なのでそこまで混み合う場所でもない。
それに激戦区の購買を潜り抜けた生徒たちがわざわざ屋上まで登る気力もなく、中庭などの弁当スポットに流れると言うこともあったりする。
なんにせよ、基本的に学食組の恭也には縁遠い場所だった。
規則的な足音が響く。
昨日も見せていた足腰の強さを存分に発揮した勇吾は、かなりのハイペースで階段を登りきった。
僅かに遅れて恭也の到着、こちらも疲れを全く感じさせなかった。
「で、結局なんなんだ?」
間違いなくこの行動は勇吾と、そして奈津美の共謀だろう。
とりあえず一食分食費が浮きそうなのは嬉しいのだが、理由が分からないのは不気味だった。
しかし勇吾はその疑問には答えず、屋上へと出る扉を開ける。
そして恭也にではなく、扉の先へと声をかけた。
「連れてきました」
開かれる扉、差し込む陽光。
それに一瞬で適応した恭也が見たのは、
「こんにちわ、高町君」
凛と微笑む千堂瞳の姿だった。
シートに座る五人。
そこには千堂瞳に神咲薫など護身道部と女子剣道部の首脳が揃っていた。
「………?」
扉を開け、姿を見せた高町恭也。
瞳はその表情から困惑を見て取った。
おそらく何も聞いていないのだろう。
彼の背を押している赤星勇吾からも、先ほどまで共に用意をしていた藤代奈津美からも。
ほとんど変わっていない表情の中の困惑を見とれたのは、恭也の顔を真っ直ぐ見ているお陰である。
背を押されながら進んでくる恭也を迎えるべく、彼女たちは揃って立ち上がった。
礼を以って迎えるべきである。
何せ高町恭也は、恩人なのだから。
中央に瞳と神咲薫、そして端にそれぞれ副主将が一列に並ぶ。
そして瞳が話を切り出した。
「高町君、昨日は言いそびれてしまったのだけど」
瞳の言葉に一同が一斉に頭を下げる。
「昨日は、どうもありがとう」
「………」
唐突、前置きなし。
いきなりの感謝を告げた瞳たちが顔を上げると、恭也は会釈を返していた。
大仰な感謝に戸惑っていても、そこは翠屋店長の息子、身に付いたものは確かである。
と言っても状況が分からないのは変わりなく
「………どうなってるんだ?」
と、隣の赤星に問うている。
そんな恭也に瞳は座るように勧めた。
「………」
とりあえず勧められるままにシートに座った恭也。
その前には弁当箱が二つ、置かれていた。
一つは、赤星作、散らし寿司の重箱、そしてもう一つは
「………どうぞ」
「………ありがとうございます」
千堂瞳作の弁当だった。
目の前に並ぶ散らし寿司と弁当、恭也が真っ先に箸を伸ばしたのは………
「ぐっ!」
脇腹に捻じ込まれる勇吾の肘。
緩みをついた的確な一撃に思わず漏れる呻き声。
そして逆隣に座る護身道部副部長、深山陽子は
「ああぁ」
聞いていた通りの反応に苦笑していた。
その脇で矯正を受けた恭也は弁当を手に取り―というか床に置かれているのを左手で支え箸を使う―、瞳は自分作の弁当に取り掛かる。
「………おいしいです」
「………よかった」
以上、会話終了。
顔を上げたのもそこだけで、それぞれ弁当に没頭し続ける。
元々無口な恭也と男性恐怖症の瞳。
二人の会話が弾むにはまだ………時が必要だろう。
そんな瞳がわざわざ恭也の昼食を用意したのには理由があった。
護身道部に限らず、武道系の部活動には顧問の立会いが原則である。
まして、合同練習のようないつもと異なる状況においては必須と言ってもいい。
しかし昨日立ち会っていた顧問は剣道部側一人。
それもいたのは途中まで。
実は昨日護身道部と剣道部、両部の顧問とも急用が入っていたのだった。
このように顧問の立会いが得られない場合は、延期にするのが常。
だが、両部ともGWに大会が控え、また体育館を貸し切れる日も当分ない。
結果、合同練習は立会いなしで行われることになったのである。
そんな状況で起こりかけた事故、もし起こっていたとすると………
監督不行届き、ではすまなかっただろう。
大会出場取り止め、休部、最悪の場合は………廃部。
瞳が負ったであろう怪我は、軽いものではないのは間違いないのだから。
だが実際残ったのは、保健室のノートに書かれた一人分の名前のみ。
高町恭也。
名前だけを残した彼は、その危機を文字通り掴み取った。
だからこそ感謝を形で示そうとしているのだが
「ねえ、高町君。よかったら明日からもしばらくローテーションでお弁当、持ってくるけど」
「お気持ちは嬉しいですが、さすがに結構です」
僅かに微笑みながら、恭也は否と答えた。
彼が受けるべきは、少しの感謝。
この弁当は少しの感謝には十分すぎなのだから。
黙々と食べる主賓につられるように、ほとんど無言のまま昼食は進んでいった。
淡々と箸を動かす彼は、既に千堂瞳作の弁当を食べ切り、散らし寿司に取り掛かっている。
それほど忙しなく箸を動かしているようには見えないのだが、現在1.5人分を終了。
箸の動きは淀みなく、口元と重箱を往復していた。
(高町、恭也)
そんな彼に向かう視線が一つ。
その見惚れるとは程遠い視線の主は
「薫。高町君がどうかしたの?」
何故か緊張感を帯びている女子剣道部部長、神咲薫だった。
「…なんでんなか」
当人作の物ではない弁当を突付きながら、強い視線を主賓に向けている薫。
隣に座る副部長、三沢春那の呼びかけに視線を手元に帰すものの………結局、視線は戻っていった。
(高町、恭也)
この席において唯一あの場に立ち会っていなかった彼女。
それでも概要は複数の人間から聞いていた。
だから感謝を示すことに否があるわけではない。
ただ情報入手先の一つが彼女の視線を鋭角にしていた。
一方、鋭角な視線を向けられている当人は、
(ふむ………さてと………)
錦糸卵を摘み上げながら、見るは重箱一点。
恭也は極めて自然に視線を外していた。
そんな恭也に勇吾が小声で話しかける。
「おい、高町」
「ああ」
女子剣道部部長、神咲薫。
全国でも有数の剣道選手だが、それだけでないことは勇吾から聞いていた。
だからだろう、その鋭角な視線は………
【御神流・奥義ノ歩法・神速】
【神速】はあの場のほとんどの人間に対して結果のみを示した。
故に、彼女たちには多少の驚きがあったものの、その満足できる結果を受け入れ、恭也に対し感謝を表している。
しかしその結果へと至る過程を見取った人間にとって、その過程は驚愕の一言だろう。
「今日、御剣さんに会ったか?」
「休み時間に一回。視線を感じた」
御剣いづみと神咲薫は個人的に親しい、というのは剣道部の中では有名な話である。
学校の近くで斬り合っていたなどという目撃証言もあるが………。
とにかく十中八九、いづみから薫へと何か話が行ったのだろう。
「………俺から話しとくか?」
「………いや。過ぎるのを待つ」
別に恭也は変身ヒーローを気取る気など毛頭ない。
だが、知られることは実際に被害が生じる恐れがあった。
だからこそ軽々しい行動は、絶対に避けねばならない。
昨日、【神速】を使ったことについて後悔しているわけではないのだが。
「二人ともそんなに顔を寄せ合ってると、思わず噂を流してしまいそうになるんだけど」
そんな学生生活に似合わぬ警戒をしていた恭也に、深山陽子より学生生活にある意味相応しい脅威が衝きつけられた。
確かに恭也と勇吾の体勢は………当人たちの容姿も加わって妖しいのは間違いない。
「………誤解です」
二人は自分たちがその手の話をされているというのを、奈津実から聞いたことがあった。
根も葉もない噂でも広まれないとは限らない、というか面白いなら確実に広まるだろう、特に学校においては。
故に彼らは、頭を急激に離し
「あっ」
両者同時に、箸で掴んでいた物を落とした。
落ちていくのは、恭也が食べようとしていたアナゴに白米、そして勇吾の肉団子。
それぞれ再起不能コースへと進路を取っている。
ドクンッ!
落下速度が落ちる、否、感覚時間が引き延ばされる。
恭也が、動いた。
まず捉えたのは、最遠の肉団子。
腰の回転を以って加速された箸は、落下していく肉団子を掴み取った。
勿論、力の入れすぎで潰すような真似はしない。
その所業たるは、かの大剣豪、宮本武蔵と引き分けたという無手の武術家に勝るとも劣らぬものだった。
そして勇吾の弁当箱の真上で離された肉団子は、数回弾んだ後にその場に落ち着いた。
クリア
同時に包帯に包まれた白い左手も動いていた。
恭也が落としたのは多数、一つ一つを箸で止めるのは効率が悪い。
指先だけで滑らされた重箱がもっとも多くを受け止められる地点に移動する。
そして拾いきれない残りを、瞬時に戻ってきた箸が弾く。
結果、全てのものは再起不能を免れた。
ALL、クリア
ほとんど息を止めていた恭也はそこまできて、ようやく息をついた。
食料の重要性を痛いほど、というか生死の境で理解している恭也にとって、米一粒であろうと見捨てるという選択肢はない。
例外があるとしたら、元々は食べることの出来たものを組み合わせた結果、どういう因果か生まれてしまった劇物ぐらいである。
とにかく普通の食べ物には常に感謝の心を忘れない恭也は、助かってくれた彼らに笑みを見せる。
とそんな恭也に
「………高町君、すごいね」
呆れ半分、感心半分の声がかけられる。
かなりの速度で動いたとはいえ、さすがに【神速】ほどではなかったためにしっかり過程を目撃されていた。
結果、薫の視線はますます鋭くなり
「高町君って何かやってるでしょ」
「………家で少し」
話すつもりのないことまで話すことになってしまったりもした。
改めて言おう。
助けたことに後悔は、ない。
ないのだが
「高町、お前なぁ………」
「………言うな」
激動の昼休みを終え、午後の授業も通り抜けた帰宅部、高町恭也は商店街に立ち寄った後に帰宅していた。
そのまま制服を着替え、知り合い曰く、あれほど目の色が変わるのも珍しい、との日課に没頭。
それを終えた頃には春の陽は大分傾いていた。
そして今、運動着に身を包んだ彼は準備運動を終えようとしていた。
彼が今から行うのはランニング。
毎日絶対に行うことではないが、空いた時間の利用方法としてはかなり上位に来るものである。
「恭ちゃん、今から?」
「ああ」
体を左右に曲げている恭也に、三つ編みに眼鏡をかけた少女―恭也の妹、高町美由希―が声をかけた。
その手にあるのは、駅前の本屋のカバーの付いた文庫本。
それも結構な厚さの一冊だった。
「もう少し待ってくれたら、区切りのいいところまで行くんだけど」
とシオリを挟んであるページを開く。
確かに後十数ページで、その章は終わるのだが
「どうせ続きが気になって読み続けるだろ。いいから夜までには読み切っておけ」
「ん〜。分かった」
恭也の言葉に早速本に戻る美由希。
その集中力や感嘆せざるをえないものなのだが
「普通に歩いてても何かしらにぶつかるアイツが、本を読みながら歩くと見事な歩法………一体どうなっているのやら」
妹の謎について思いを馳せること十数秒。
考えても詮無きことと割り切った恭也は出発した。
一般人からすると速めのペースを、特に息も切らす気配もなく保った彼が辿り着いたのが、『ドラッグストアふじた』。
そこで学校帰りには持ち合わせがなかったために買えなかった消毒薬のセール品を纏め買い。
そして彼はドラッグストアの袋片手に商店街を走り去った。
十数分後、恭也の姿は神社の境内にあった。
八束神社と言うこの神社があるのは風芽丘を囲む山の中腹、正月でもない今は人の気配などほとんどない。
そこで彼は、一人動いていた。
動き続けること小一時間。
滲んだ汗で額に貼り付けた前髪を掻き揚げた恭也は、ようやく動きを止めた。
汗を掻いているにも関わらず、上げようとしなかった黒い袖口を少し捲し上げ、デジタル時計で時刻を確認する。
時間にはまだ余裕があった。
「ふむ」
行動選択までの間は一瞬。
恭也は立ったまま目を閉じた。
先ほどまで常より荒かった呼吸は極小に抑えらている。
身じろぎもしない。
音も動きもない恭也は、完全に周囲に溶け込んでいた。
「………」
頬に当たる風、木々のざわめき、その全てが視覚を閉じた恭也に世界を構築させていく。
先ほどまでの記憶にそれを足すことで、現在の周囲が恭也の中に出来上がった。
リアルタイムに視覚を使わずとも周囲を見る。
それはこの場所の動くものの少なさを差し引いても、卓越した技術と言うしかない。
まあ、あまり一般的な技術ではないので、比較対象がほとんどないのだが。
「ん?」
現在、全開に活用している聴覚に、引っかかるものがあった。
人ではないものがすぐ近くの森を動いているらしいのだが、些か気になる音を発している。
鍛錬を中断し、向かった先にいたのは
「猫………」
茶色の虎縞の猫と、茶色の猫だった。
寄り添って歩く二匹、というか実際に茶が虎縞を支えて歩いていた。
「怪我、してるのか」
虎縞の猫の前足は何かで切ったのか、傷ついていた。
猫なりの処置はしてあるのだろうが、ここは森の中。
清潔とは言い難い状態である。
あまり器用ではない笑みを浮かべながらしゃがみこんで鼻先に手を伸ばす。
首輪などは付けていなかったので、噛まれるかもしれないのを覚悟しながらだったのだが、
「にゃー」
2匹とも走り去るようなこともせず、しかも警戒の素振りもあまり見せなかった。
人への慣れ具合からして飼い猫、ないし日常的に人と関わっている猫かもしれない。
などと見当をつけながら、虎縞の猫を抱え上げた。
「消毒ぐらいはしてもいいか?」
野生の回復力に任せたほうがいいのかもしれないが、その傷は結構深めに見えた。
渡りに船と言うのか、ドラッグストアに寄って消毒薬は買い込んでいる。
なので茶の猫に断りを入れると、こっちの言葉が分かったかのように小さく鳴き返した。
見るになんとなく保護者のように感じたのだが、間違いなかったらしい。
森から出た恭也は、境内に置いていた袋から購入した物を一式取り出した。
「痛いだろうが、我慢してくれ」
手馴れた様子で消毒を済ませ―恭也の言葉が分かったのか、猫はかなり痛がったが爪を立てるようなことはしなかった―ガーゼを当てる。
買い込んだのはその二つなのだが、
「このままだと、元の木阿弥だな」
確かにこのまま歩かせると、消毒の意味がなくなってしまう。
まあ、そこまで面倒を見る義理など恭也にはないのだが、
「獣医、何処にあったかな………」
猫を抱えたまま、風芽丘の地図を脳裏に描く。
とそこに
「小虎!!」
声と共に少女が一人、勢いよく飛び出してきた。
さざなみ寮生、陣内美緒は疾走していた。
目指すは小虎。
美緒の友達の元である。
小虎が負傷したという情報が美緒の耳に入ったのは、さざなみ寮で管理人に夕飯の催促をしていた時だった。
詳しく聞くに、怪我はかなりのもので、次郎が付き添っているらしい。
そこでさざなみ寮のオーナーに治療の準備をしてくれるよう言い残し、陣内美緒は走り出した。
目指すは八束神社の辺り。
道なき道を突っ走り、辿り着いた先には小虎と次郎、そして小虎を抱える黒い男がいた。
「小虎!!」
「美緒嬢、落ち着け」
大声で小虎の名を呼ぶ美緒を、次郎が落ち着いた口調で宥める。
まあ次郎さんは猫なのだが、気にしてはいけない。
理解できているのは美緒だけだ。
恭也には普通に鳴いたようにしか聞こえない。
「君はこの猫の?」
小虎を抱えた黒尽くめが話しかけてくる。
見たことのない男だったが、その腕の中の小虎は和んでいた。
人懐っこい小虎が見知らぬ懐くのは珍しいことではないのだが、それでもその懐き方は特筆すべきものだった。
「あたしは小虎の友達なのだ!」
だからと言って美緒が友好的に接するわけではない。
基本的に彼女は見知らぬ人間に対する警戒心が強い。
しかも目の前の黒尽くめには、野性の勘が危険を嗅ぎ取っていた。
自然と口調は強くなり、目は顔を睨みつけている。
「そうか。さっき怪我をしていたから、とりあえず消毒はしてある」
だが黒尽くめは口調も、友達と言う発言を気にする様子もなく淡々と説明を始めた。
「今から獣医に見せようと思っていたんだが………」
「小虎はあたしが愛に見せるからいい!!」
と美緒の頭より高い所にいる小虎に手を伸ばす。
渡せと雄弁に語る瞳。
しかしその手に小虎は渡されず、言葉だけが投げかけられる。
「だったらその愛さんのところまで、俺が連れて行こう」
君よりも運び手には向いているだろうから、と言ってくる黒尽くめを見上げる。
確かに美緒が両手で抱えるよりも、片手で抱えている男のほうが安定しそうだった。
「案内をお願いする」
しかもその位置に馴染んでいる小虎は美緒に安心の一鳴きを投げかけ、次郎も
「美緒嬢、彼は信頼出来ると思うぞ」
などと言っている。
二匹とも―当猫と保護猫―文句がないのなら、美緒にもそれ以上言うことはなく
「じゃあ、付いてくるのだ!」
若干の苛立ちを見せながら身を翻した。
顔を出している根を乗り越え、安定している石を見切り踏み越える。
しかもそこは急な坂道、なのだが彼らの足取りに乱れはない。
2人と2匹、正確には2人と1匹は道なき道を疾走していた。
「あいつ、なかなかやるのだ」
「そうだな」
先導する美緒の言葉に足元を走る次郎が首肯する。
なかなかやるのは、彼らに付いてきている小虎を抱えた黒尽くめである。
まるで話しているかのような(実際話しているのだが)一人と一匹を不思議そうに見ながらも、その足取りに乱れはない。
八束神社からさざなみ寮まで、普通に歩くと二十分程度はかかってしまう。
なのだが、それは左右に伸びている一般道を利用した場合であり、直線距離はもっと短い。
しかし、その直線距離とは即ち山の木々を突っ切るわけであり、普通の人間がそれをやると二十分以上かかってしまうのは間違いない。
そもそも往路はともかく、小虎の治療もある程度済んでいるので、復路にそんな道を使う必要などないのだが。
………勢いのまま、来た道を引き返してしまったわけである。
この道をよく使う美緒はまだ良い。
しかし、片手に小虎、片手に買い物袋(よく見ると美緒の親友の店のものだった)を持った黒尽くめはちゃんと走れるのか………
(小虎を持ったままこけたら、引っ掻いてやる)
半ば八つ当たりの心配なのだが、それは完全に杞憂だった。
黒尽くめは大して息も切らさず、美緒に追随している。
その余裕具合からして、その気になったら簡単に抜けるのだろう。
それが気に食わない美緒はますますペースを上げ、黒尽くめはあっさり付いて来る。
「美緒嬢、そこまで急ぐこともないのではないか」
「うるさい。次郎ももっと急ぐのだ」
嘆息。
後に次郎も四肢を動かすスピードを上げた。
そんな異常とも言えるスピードで駆け抜けていく彼らの眼前が開けはじめた。
見えてきたのは、山奥にもかかわらず都会的なデザインの建物。
さざなみ寮。
その前で三つ編みの女性、槙原愛が待っていた。
「愛!」
「美緒ちゃん、トラちゃんは?」
その言葉に黒尽くめ、高町恭也は腕の中の猫を差し出した。
「一応消毒はしてあります。触った感じ、多分折れてはいないと思います」
と恭也は眼前の女性―愛と呼ばれていた―に己の持つ情報を話す。
確かめるように少し足を触っていた愛も、そうですね、と肯定したところで
「えっと、貴方は?」
若干の戸惑いを含む声で尋ねた。
まあ、愛から見た恭也は、何故か小虎を抱えて山を突っ切って来た見知らぬ黒尽くめ、ということになるのだから戸惑うのも無理はない。
そんな愛に
「偶然、その猫を見つけた者です。それよりも」
美緒と呼ばれた、先ほどまで恭也を先導していた少女が、愛のスカートを引いていた。
「治療、お願いします」
「は、はい」
事情は分からぬものの、確かに治療を先にすべきである。
踵を返し、小虎を抱えて自分の部屋に戻る………前に
「トラちゃんを連れてきてもらって、ありがとうございました!」
言葉と共に一礼した愛は、美緒に引かれながら寮の中へと消えていった。
そして一人、門の前に残された恭也は
「帰るか」
さざなみ寮。
この国守山にある寮のことについて恭也は詳しいわけではない。
だが分かっている数少ないこと、それはこの寮が女子寮、ということである。
女子寮の前に立つ黒尽くめ。
あまり恭也にとって良い事が起きる状況ではない。
予定より距離が伸びた帰りのコースを走り始めようと身を翻したした………その足元に
ポンポン
次郎と呼ばれていた猫が立ち塞がった。
器用に爪を立てずに肉球で恭也の足首を叩いている次郎に、仕方なく立ち止まる恭也。
留まる必要などないはずなのだが、邪険にするのも気が咎める。
かと言って引き止める理由を聞くのは、いくら聡い猫でも不可能だろう。
こちらの言うことはかなり理解しているらしいが、さすがにこちらに意思を伝えるのは………
『少々、待ってもらえないだろうか』
不可能、でもなかったらしい。
次郎と恭也は確かにアイコンタクトを成立させていた。
「そろそろ夕飯なのでな。帰らなければいけないんだが」
聡い次郎なら分かってもらえるだろうと、説得を始めたところで
「おーい!!」
という男性の声が聞こえてきた。
それを聞いた次郎が恭也の足元から離れる。
どうやらこれを待っていたしい。
「君が、小虎を連れてきてくれたんだよね」
「はい」
姿を見せたのは恭也よりも頭一つ高い男性だった。
年のころは先ほどの愛と同じぐらい、大柄のわりには着けているエプロンが妙に似合っている。
「おっ、次郎。お前が引き止めといてくれたのか。ありがとな」
労いの言葉に軽い鳴き声で返答する次郎。
おそらく大したことじゃない、か、当然のことをしたまで、などと答えたのだろう。
気の回る上に謙虚、実にいい猫柄の猫である。
「美緒から聞いたんだけど、あいつ、礼も言ってないんだって」
「………」
確かに言われた覚えはないが、勝手にやったことについて礼を求めるつもりもない。
しかも正直に答えるのは、告げ口のようで気が咎めた。
故に沈黙している恭也を見て男性は、破顔一笑。
「あいつの代わりに言わせて貰うよ。どうもありがとう」
長身を深く折った。
その足元では次郎まで頭を下げている。
違和感がないのが逆に不思議なその光景に恭也は
「どういたしまして」
そう答えた。
その日、さざなみ寮の夕食はいつもより賑やかだった。
上っている話題は、小虎を連れてきた黒尽くめである。
「ずいぶん変わった奴だな、そいつ」
そう言ったのは仁村真雪。
持ち上げた椀の蒸気に眼鏡を曇らせながら、おそらく当人の前でも変わらない遠慮会釈のない感想を述べる。
その感想に恭也を引き止めた男性、槙原耕介は苦笑した。
確かに、変わっていたのは間違いない。
「お姉ちゃん、失礼だよ。わざわざ小虎を連れてきてくれたのに」
「そうです。仁村さん」
揃って真雪を咎めるのは神咲薫と、真雪の妹、仁村知佳。
この2人は当人を見ていないが、話を聞く限り、親切ないい人であることは間違いないと思っていた。
二人の同時攻撃に首を竦める真雪、しかし
「でも確かに面白そうな子やね」
「だろ」
「絶対、変な奴だったのだ!」
真雪への援護が入った。
箸を鷲掴みにしてご飯粒を飛ばす美緒と、煮物を摘んでいる女性、椎名ゆうひである。
特にゆうひは
「ゆうひさん」
薫の諌めにも引くことなく
「せやかて消毒薬を持って神社にいたんやろ、彼」
なんでそんなん持って境内に、と当然の疑問を上げた。
「なんでも偶然買い溜めしたセール品を持ってたとか。確か………もう七、八個は持ってたな」
答えるは、唯一まともに話した耕介、と言っても彼も大した情報を持っているわけではない。
そして職業柄、発想豊かな真雪でも
「七、八個?そいつ、運動部のマネージャーか、なんかか?」
これと言った答えは浮かばなかった。
「………たぶん違うと思いますけど」
耕介の答えに一同揃って、考え込む。
黒尽くめ………夕方一人境内に………所持品は大量の消毒液………山道を軽々と駆け上がる………何故か次郎と意思疎通をしていた………
材料を揃えて列挙しても、ますます訳が分からなかった。
「それで耕介さん」
さすがというか、答えの出そうにない沈黙を破ったのは、愛だった。
「私、名前も聞けなかったんですけど、訊いてくれました?」
小虎の治療を済ませた彼女が門に戻ると、そこには既に彼の姿はなかった。
美緒は名前を聞くどころか、碌に話をしていないので問題外
よって頼みの綱は耕介のみ。
「ええ。って、そうか。まだ名前、話してなかったな」
あの後、彼と耕介はお互いに自己紹介を済ませていた。
ついでに夕食にも誘ったのだが、それは断られていた。
他に分かっていることは
「風芽丘の学生さんで………」
さざなみ寮生で風芽丘の学生は二人。
話に参加していた神咲薫と
「はぇ、なんですか?」
話に全く参加せずに管理人作の夕食に没頭していた岡本みなみである。
どうやら食事に対する極限の集中力が作り出した、音のない世界に行っていたらしい。
とりあえず丼を食べ切ったことで帰ってきたようだが、集まる視線の意味も分からないために、いい感じに混乱している。
そんなみなみへの説明は省略。
苦笑半分、満足半分の耕介はその名前を告げた。
「名前は、高町恭也」
ガタッ
派手な音を立てたのは、薫だった。
瞬間的にずらされた椅子が、床との間に派手な音を立てる。
聞き覚えのある、最近知った名前。
少なくとも好意から反応したわけではない、のだが
「薫さん、どうかしたんですか?」
「神咲。まさか、男か!」
「違います!!」
投げかけられた正反対の姉妹の言葉に、疑問を一旦凍結する。
とにかく姉のほうには反応しておかなければならない。
真雪にかかると、いくら小さな火種でも、見付かったら最後、目を覆わんばかりの大火事に………。
だからこそ完全鎮火するために言葉を強くし、
「そうか、そうか。神咲に男か」
結果、消えることなく更に燃え上がる。
悪循環の見本がここに存在していた。
「ですから、違うんです!!」
「照れるなよ。で愛、その高町ってのどうだったんだ?」
「そうですね。礼儀正しいし優しそうでしたよ。薫さんにはピッタリですね」
「愛さん!!」
食事中に話すのはやめましょう。
しばしそのマナーを口にする当人が、食事中に絶叫していた。
ちなみに真雪は冗談九割九分、愛は至極真面目である。
一人ならともかく二人がかりで長引きそうなこの話は
「結局、薫は恭也君のこと、知ってるんだろ?」
見かねた上に、折角作った夕食が冷めるのも困る耕介によって一応鎮火した。
「ええ。名前と顔……ぐらいしか知りませんが」
本当はもう少し知っているのだが、以下略。
その答えに耕介の表情はあからさまに沈んだ。
「そうか………」
その高町恭也だが、名前は名乗ったものの、他のことは、話の流れで出た風芽丘の学生であること以外、教えてくれなかった。
そして受け取ったのは、感謝の言葉のみだった。
誇りを持って叔母より託された管理人の仕事を行っている槙原耕介。
そんな彼が、寮の一員である小虎を助けてくれた恭也に御礼もせずに済ませることなどできるはずもない。
そしてそんな耕介を良く知っており、彼に負けず劣らず義理堅い薫は
「………たぶん、調べられます」
とりあえず、部の後輩が高町恭也と親しく付き合っている旨を話した。
「今晩にでも電話してみます」
「ありがとう、薫」
喜色を浮かべながら、礼を述べる耕介。
薫がそれを見て浮かべた表情は、複雑だった。
(ほんとに何者なんじゃろ)
高町恭也、薫の疑念の先にいる彼は
「美由希、行くぞ」
「ちょっと待った!」
「何だ、かーさん?」
「恭也、貴方まだ怪我が治ってないじゃない」
「別に左手を使わなければ済むことだが。それに昨日も休んでしまった………」
「いいから。それよりも美由希」
「はい、かーさん」
「左手を使わなければ済む。そうね、これも使わないで済むわよ」
「………」
「赤星君から聞いたわよ。今度小テストがあるんだって」
「………」
「というわけで今晩は勉強にしなさい。もう夕方に走ってきたんでしょ」
「そうそう。私なら一人で大丈夫だから」
「ははっ。お兄ちゃんの負け〜!」
「………………………分かった」
なんというか、家族に囲まれ学生をしっかりやっていた。
続く
後書き
風芽丘異伝、第3話、お待たせいたしまして申し訳ありませんでした。
それと感想を送っていただいた方々、非常に励みになりました。
ありがとうございました。
さて、第3話ですが、場面は多いもののほとんど動いていませんね。
とりあえず、さざなみ寮の顔見せと瞳の弁当と薫の疑念、そのくらいです。
まあ、見知らぬ高町恭也との出会いからやっていくという方針なので、しょうがないかな、と思っていますが………
しかも出会った瞬間、一目惚れ系はあまりないと思うので、ますます展開が遅くなってしまいそうなこと、断らせていただきます。
その辺はこだわりなので、変えることはないと思います。
後、異伝について設定は上げないつもりなので、この場で書かせていただきますが
このSSの恭也は、非常に多芸です
別に問答無用なほど万能にするつもりはないですが、色々と顔を出せるようにしてあります。
予め、ご承知ください。
では〜
管理人の感想
希翠さんから第参話を投稿していただきました。
私も小説内における一目惚れはあまり好きではないです。
勿論全否定はしませんけどね。(実際あることでしょうし
ただ、SSでは笑っただけで多数の人間を惚れさせるという、人類の決戦存在(違)がいたりしますが。
少しずつヒロインと接点が出来ている恭也。
彼はこれからどういった感じで彼女達と触れ合っていくのでしょうか。
まぁ恋愛になったら相手からアプローチされないと気付かれないかもしれませんけど。(苦笑
登場人物が一気に倍近く増えた今回の話。
作家さんにとっては書くのが大変でしょうね。
じっくり腰を据えて書いてみては?
超長編としてね。(笑
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。
特にこのSSは登場人物が多くて大変。
是非感想を送って差し上げてください。
感想はBBSかメール(kisui_zauberkunst@yahoo.co.jp)まで。(ウイルス対策につき、@全角)