二つの月と星達の戦記

第1話 天使の翼は

 

 

 

 

 

 エルシオール 司令官室

 

 エンジェル隊と挨拶を交わしたタクト。

 それから今後の目的を話し合う事になった。

 

「エオニア軍に反抗する勢力にアテはあるんですか?」

 

 タクトは問う。

 現在クーデター、と言う事になっている今回の戦争。

 しかしながら本国まで落ちてしまっているこの状況では、こちら側の戦力は最早『反抗勢力』という名前になる。

 そして、エオニアが持つ勢力は既に『軍』を名乗れる程に大規模なものだ。

 そう、エオニア軍に一度敗北した我々はこれから反抗を行うのだ。

 

「ああ。

 ロームまで行けばな。

 エオニア軍に反撃する態勢を整えられるじゃろう」

 

「ローム星系ですか……」

 

 ここクリオムからロームまでは、たとえクロノ・ドライブという空間航行を用いてもかなりの時間が掛かる位置だ。

 ロストテクノロジーの塊とはいえ単艦の戦艦と戦闘機5機に、護衛艦2隻だけでは危険極まりない旅路になる。

 

「まあ、なんとかなるでしょう」

 

 が、タクト・マイヤーズはあっさりと笑みを浮かべながら言う。

 

「そうか。

 頼むぞ」

 

「了解しました」

 

 そして、ルフトもそんなタクトに笑って任せる。

 

 もし、この場に他の軍人―――タクトを理解するルフトとレスター以外の者がいたなら怪訝な顔をしただろう。

 楽観過ぎる、と。

 幸いと言うべきか、エンジェル隊は途中から話を聞く形であった為、話の全容が見えてない。

 

 だが違うのだ。

 タクトはヘラヘラしている様でいてその瞳に迷いも揺らぎもない。

 浮ついている様に見えても、真っ直ぐに真実を見据えている。

 だからこそルフトはそれを信頼しているのだ。

 

「ではとりあえず、後でシヴァ皇子にはお目通りを……」

 

 これから護る対象である最後の皇族、シヴァ皇子への謁見について話をしようとしたルフト。

 だが、その時だ。

 

 ヴィー! ヴィー! ヴィー!

 

 ここ司令官室だけでなく、艦内全域に響き渡る警報音。

 

「敵襲、ですか?」

 

 この艦に乗ったばかりのタクトはルフトに問う。

 警報音についてはある程度規則はあるものの、艦によって完全に一致はしない為、確認する様に問う。

 笑みを残したままの顔で。

 しかし、今度は知らぬ人でも解るだろう真剣な目で。

 

「そのようじゃな。

 エオニア軍の恐ろしいところは、倒しても倒してもすぐに新手が来ることでな」

 

「そう言えば、相手は無人艦隊でしたね。

 何処かで量産しているのか?」

 

 ルフトの言葉にレスターは先ほどの戦闘の後で得た情報を思い出す。

 確かに無人であれば人の育成を必要とせず、生産ラインさえ整えば、これ程数を揃えやすい武力はあるまい。

 

 しかし、一体どこであの艦隊を生産しているというのだろうか。

 あの無人艦は決して弱くない。

 無人にしてあの性能を発揮するには、かなり高度な技術が必要で、更にそれを生産する工場と資源が必要だ。

 そんなものを一体何処からエオニアは得たというのか。

 

 この銀河を彷徨う中で、一体―――

 

「兎も角、迎撃の準備じゃ。

 エンジェル隊は格納庫へ。

 わしらはブリッジへ行くぞ」

 

「了解」

 

 ルフト、タクト、レスターはブリッジへ。

 エンジェル隊の5人は格納庫へと速やかに移動する。

 

 また、実戦が始まろうとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 エルシオール ブリッジ

 

「ここがエルシオールのブリッジじゃ」

 

 ルフトに案内されたそこは、先ほどまでタクトが乗っていた艦とは比べ物なら無い高性能機器が並ぶ空間だった。

 

(殆ど弄られた様子はないな) 

 

 それを見たタクトはそんな事を考える。

 圧巻とも感動ともとれるレスターの様子を他所に。

 

「流石、辺境を警備する巡航艦とは比べ物になりませんね」

 

 一言、そんな感想を述べるレスター。

 

「そうだな〜」

 

 そしてレスターがタクトの様子を伺った時には、既にタクトは普段どおりのゆるい顔をしていた。

 そんな事をしている内にオペレーター席から声が聞こえた。

 

「ルフト司令、このアステロイド帯に向かって敵が接近中です」

 

 オペレーター席から振り向きながら報告を行ったのは女性だった。

 20そこそこか、それよりも若いかもしれなない、丸いメガネをかけた長い栗色の髪の少しおっとりした感じの女性。

 

「それと、敵艦から通信がはいっています」

 

 もう一人のオペレーターも振り向いて報告を上げる。

 こちらも女性で、こちらも二十歳前後の若い女性だ。

 短い青の髪の少し鋭い感じの女性。

 

 しかし、報告には疑問点があった。

 『敵艦から通信』?

 それは、今度の敵が無人艦でないという事だ。

 

「通信? めずらしいの。

 今までは無人艦ばかりじゃったのに」

 

 ルフトもそれに気付き、軽く驚く。

 

 同時にこれはチャンスかもしれないとルフトとタクトは構える。

 人が乗っているのなら、話が出来るのなら何かしらの情報を掴めるかもしれない。

 

「ああ、それから……本日から司令官はこのタクト・マイヤーズじゃ」

 

 だが、それより先にルフトはタクトを紹介しておく。

 司令の座が移動した事を、ここに改めて宣言する意味も含めて。

 

「え? そうなんですか?」

 

「うむ、詳しい話は後じゃ。

 2人とも、タクトに挨拶を」

 

 どうやら事前の通知は一切なかったらしい。

 青い髪の女性の方が驚いている。

 

「あ、はい。

 私、通信担当のアルモです。

 よろしくおねがいしまーす」

 

 青い髪の女性、アルモが立ち上がってタクト達に会釈する。

 先ほどの報告の時は鋭い感じがしたが、今は年相応の女性らしい感じがする。

 

「レーダー担当のココと申します。

 よろしくお願いします、マイヤーズ司令」

 

 栗色の髪の女性、ココも同様に会釈する。

 2人とも状況の割りには明るく挨拶してくれる。

 

「アルモにココか。

 よろしく」

 

 タクトも穏やかに笑みを浮かべながら、人によっては軽いと言われてしまうだろう雰囲気で、2人と挨拶を交わす。

 そして、司令官席に立つ。

 上官たるルフトの前であるが、しかし、司令の座は自分の物になり、そしてここからはタクトの仕事だ。

 

(まさか、本当にここに立つ事になるとはな)

 

 その席の前に立ちながら、タクトはふとそんな事を考える。

 が、それも一瞬。

 既に敵は目の前に居るのだ。

 タクトは即座に行動をとる。

 

「では、早速だけど詳しい情報の分析をお願いするよ。

 アルモは敵との通信を繋げてくれ」

 

 穏やかに、しかしハッキリと司令を伝える。

 

「了解しました」

 

 それに応え、動く2人。

 そして、通信画面が直ぐに開かれる。

 中央のスクリーンに映し出される映像。

 そこにはヒゲを生やした中年の軍人らしき男が映っていた。

 

『オッホン。

 こちら、正統トランスバール皇国軍。

 我輩の名はレゾム・メア・ゾム少佐であーる!

 旧体制に尻尾を振る犬どもに告ぐ。

 今すぐに投降し、エルシオールと紋章機を引き渡せ。

 そうすれば命だけは助けてやろう。

 我々は寛大なのだ』

 

 妙に勝ち誇った様子で告げるレゾムという男。

 そんな男を前に、タクトは心の中で笑みを浮かべる。

 

「正統トランスバール皇国軍とやら、質問をよろしいかな?」

 

『許すぞ、我々は寛大だからな』

 

 穏やかに問うタクトに対し、余裕だという様に返すレゾム。

 そう、タクトはあくまで穏やかだ。

 だが、

 

「『正統』トランスバール皇国軍、という事は、何処かに本家があるのかな?」

 

『な、なぬ?』

 

 その問に、レゾムは間抜けな顔で問い返す。

 意味が解らないと言う様に。

 

「始まったな」

 

「始まりましたね」

 

 タクトの後ろで、タクトをよく識る2人が呟く。

 溜息を吐く様に。

 それは、頼もしいと思うと同時に、敵を哀れまんばかりの複雑な心境の現れだ。

 

「それとも元祖トランスバール皇国軍? トランスバール皇国軍本舗とか?」

 

『わ、我々を観光地の土産物屋の、のれん争いと一緒にするな!

 失礼な!』

 

 やっとタクトの言っている言葉の意味を理解し、怒りを顕わにするレゾム。

 だが、それでもタクトは涼しげだった。

 いや、一点だけ変わっている部分がある。

 

「そうだな、失礼だ。

 土産物屋の方がまだ歴史がある。

 そう、君の様に寝返っただけの軍隊もどきよりはね」

 

 タクトは笑っている。

 在る一部分を除き全ての箇所は笑っているのだ。

 そう、目―――ただ、眼光を除いては。

 

『ぬぅ……』

 

 通信越しですらその視線に危機感を感じたのだろう。

 一瞬ひるむレゾム。

 だが、

 

『ふふ、はははは、何を言うかと思えばそんな事か。

 今すぐ投降してやればエオニア様に取り立ててやらんでもなかっ―――』

 

「降伏はしない、以上だ。

 クーデター軍に尻尾を振った裏切り達よ」

 

『ぐっ! よろしい。

 たとえ紋章機といえども多勢に無勢、宇宙のチリになるがいい!』

 

 大口を開けて叫ぶレゾム。

 と、そこで通信画面が消失する。

 

「通信、切れました」

 

 アルモが向こうが一方的に切ったものだと伝える。

 まあ、それもそうだろう。

 

「やれやら、相変わらずじゃな」

 

「まったく」

 

 後ろの2人、ルフトとレスターは感心するほどに呆れている。

 何せ、今タクトが何をしたかといえば敵を挑発したのだから。

 この危機的状況の中で、である。

 

「はい、宣戦布告完了」

 

 爽やかな笑顔を見せるタクト。

 それを振り返ってみたオペレーター2人は、

 

「マイヤーズ司令って凄いんですね……いろんな意味で」

 

「まあ……な」

 

 そんな感想にルフトもそう応えるしかなかった。

 

「そんなに褒めても何もでないよ」

 

 からからと笑うタクト。

 その様子はとても先ほど、凍えんばかりの視線を放っていた主とは思えない。

 

「まったく……

 しかし、エオニア軍に寝返った軍人か……軍のモラルも落ちたものだ」

 

「まったくだ」

 

 先ほどのレゾムが寝返った軍人と判別した材料は口ぶりからである。

 それに、エオニアが追放される時についた者の名にはなかった。

 

 そう、敵はもはやエオニアと無人艦だけでなく、そんな裏切り者も含むのだ。

 そんな裏切り者が出る軍を嘆くタクト達軍人3名。

 

 だが、その中でもタクトの溜息は他の2人とは違う意味の深さを持っていた。

 

「兎も角、レスター。

 俺はエルシオールの司令官になったわけだけど。

 レスターはどうする? このまま俺の副官としてついてきてくれるかな?」

 

 穏やかな笑みをもって問うタクト。

 それは解りきった答えを聞く問だ。

 

「そうだな。

 どうせ俺以外にお前の副官なんか務まるものか。

 付き合ってやるよ」

 

「ありがとうレスター。

 じゃあ、いっちょ派手に行こうか」

 

「ああ」

 

 軽いのりで話す2人。

 しかし、この場に気付く者は居ない。

 それがどんなに軽く見えても、その間に入れる者など居ない事に。

 

 そして、戦闘が始まる。

 敵の艦隊が動き出したのだ。

 

「格納庫のエンジェル隊から通信です」

 

「解った、繋げてくれ」

 

 開かれる通信画面は5つ。

 エンジェル隊全員分だ。

 

『お待たせしました、エンジェル隊出撃準備完了です』

 

 報告を上げるのはミルフィーユ・桜葉。

 

『あのオッサンにたった5機で何ができるか、目にモノ見せてやるわ』

 

『……最善を尽くします』

 

 続いて、ランファ、ヴァニラが出撃前の挨拶の様にタクトに言葉を伝える。

 

『さて、さっきの指揮を見る限りは大丈夫だろうけど、基本私達は自分で判断して行動する。

 必要な時だけ命令をくれればいいよ』

 

 一度タクトの指揮を見ているフォルテは何も心配する様子はない。

 だが、それは自らの力だけでもこの状況を切り抜けられる自信があるからこそだろう。

 ただ一度きりでは、信頼は得られよう筈もないのだから。

 

『マイヤーズ司令官の指揮で全員が出撃するのは、これが初めてですわね。

 まだ時間に余裕がありますし、各機の特徴の説明などはいかがですか?』

 

 最後にミントがまだ見ていないだろう、自分達の機体も含めての解説を提案する。

 確かに、使う駒の能力も知らずに戦う事はできない。

 司令官としては絶対に必須の情報だ。

 

 しかし、

 

「君達の機体は1ヶ月前と変わっているかい?」

 

『1ヶ月前ですか?

 いえ、特に改修はしておりませんが』

 

「なら必要ないよ」

 

 少し不可解な問。

 だが、最後の言葉と同時に見せた真っ直ぐな瞳に、誰も不安を抱く事はなかった。

 

『では、お願いいたしますね』

 

「ああ。

 現座状況の分析は?」

 

「はい、ただいま」

 

 ココがメインスクリーンに現在のマップを映し出す。

 エルシオールの周囲には入り組んだアステロイド帯。

 その入り組んだ道の先全てに敵が配置されている。

 その数、駆逐艦7、巡洋艦4に旗艦1だ。

 旗艦へ向かうならほとんど一直線に行けるが、2時方向に敵が居る為、それを無視する事はできない。

 

「エルシオールは修理中だったな。

 修理状況は?」

 

「残念ながら移動、攻撃共に不可能です。

 ですから敵は近づけないでください。

 尚、護衛艦隊も損傷が激しく、戦闘には耐えません」

 

 いよいよもって状況は不利だろう。

 元々逃げ場はなかったが、そもそも逃げる事ができない。

 こうなっては、全てエンジェル隊と、3隻の駐留艦隊を使うタクトの指揮だけが頼りとなる。

 

「このエルシオールにはシヴァ皇子が乗っておられる。

 この艦が沈む事は皇国が沈むのと同意じゃ」

 

 そして、最後に告げられる最重要事項。

 これはゲームではなく実戦。

 こちらのキングを取られれば、それはタクトの死だけでは済まされない重大な責任。

 

「解ってますよ。

 まあ、こういう場合敵の頭を叩くに限ります。

 12時方向へは1番、3番が。

 10時方向へは4番、5番がそれぞれ敵を倒しつつ旗艦まで進行、これを撃破。

 ランファ君は2時方向の敵を迎撃し、倒したら一度エルシオールまで戻ってきてくれ。

 後、戦闘できない護衛艦隊は動けるなら下がれるだけ下がれと伝えてくれ。」

 

『了解!』

 

 戦闘が開始される。

 タクトの指揮の下、エルシオールで、エンジェル隊全員揃っての初めての戦闘が。

 

「さあ、敵は紋章機を良く知らないらしい。

 教えてあげると良い、君達が何であるかを」

 

『了解でーす』

 

『もっちろんよ』

 

『お任せください』

 

『了解、司令官殿もやる気だね』

 

『戦いの結果で示されるでしょう』

 

 発進する5機の紋章機。

 それぞれ、事前に指示した方向へと飛んでゆく。

 

「駐留艦隊は3隻並んで壁になる様に。

 ランファ君はその脇を通ってくれ」

 

『了解』

 

 3隻の艦が並び、そこから放たれるミサイルの雨。

 それは攻撃であると同時に弾幕としての盾でもある。

 

 音のない宇宙空間で炸裂するミサイル。

 その衝撃はアステロイド帯を更に細かにしつつ、残骸によってその密度を増やしていく。

 こちら側のクリオム星系駐留艦隊3隻に対し、敵側も3隻。

 弾幕の張り合いの様な形になり、状況は硬直する。

 だが、

 

 ヒュンッ!!

 

 その脇を高速をもって赤いものが通り過ぎる。

 紋章機2番機、カンフーファイターだ。

 

『ぶっとべぇ!』

 

 全ての砲門を前方の駐留艦隊に向けている中で現れた紋章機。

 そちらに砲門を向ければ前方からのミサイルの雨に撃たれ、紋章機を無視すれば紋章機の攻撃に貫かれるのみ。

 

『遅いわよ!』

 

 だが、そんな判断をする暇もなく、カンフーファイターはその速度を持って敵を叩く。

 戦闘機による通り抜けざまの攻撃。

 放たれるのは近距離ミサイル。

 それは駆逐艦を落とす程ではない。

 しかし、その狙いが砲門だったとしたら―――

 

 そう、後は駐留艦隊のミサイルの雨で押しつぶされるだけである。

 

「向こうは心配ない。

 後は―――」

 

 その様子をカメラで見ていたタクトは、全体画面の中から12時方向へ向かった2人の様子を見る。

 いや、ランファを見ながらも一応全体の様子には気を配っていた。 

 だがランファに向けていた分をミントに向ける。

 すると、丁度1隻落としているところだった。

 

 そこで、タクトはミントに個別回線を開いた。

 

「調子よさそうだね、ミント君」

 

『ええ、絶好調ですわ』

 

 直接話してみると、そのテンションの上がり方が良く解る。

 更にタクトは全体の敵味方の配置を確認する。

 今丁度フォルテが10時方向の道にいた敵を倒したところだ。

 これで旗艦へ向かうまで残る敵は3隻。

 まだ距離はあるが、全て今最前線に居るフォルテのハッピートリガーを狙っているらしい。

 

「フォルテ君、ヴァニラ君、そこから敵を無視して全速で敵旗艦へ。

 ミルフィーユ君は2人と全速で合流し、そのまま敵旗艦へ。

 ミント君はミルフィーユ君の後を8割の速度で飛び、8秒後にフライヤーダンスを、進行方向2時の敵を中心に」

 

『了解』

 

 多少疑問はあるだろうが、指示を受けた4名は指示通りに行動する。

 フォルテのハッピートリガーを狙っていた3機は、接近するが、しかしハッピートリガーの速度に追いつけない。

 そのままハーベスターと、合流したラッキースター共々素通りさせてしまう結果になる。

 が、そこで後ろからくるトリックマスター。

 

『フライヤーダンス!』

 

 トリックマスターから射出される多数の小型の『フライヤー』と呼ばれる遠隔コントロールユニット。

 それらはミントによって操られ、敵は全方位から無数の射撃を受けることになる。

 普段は3機しか展開していないが、フライヤーダンスは搭載の全19機を同時に操作し、敵を全方位から焼き尽くす技だ。

 

 ドゴォォンッ!

 

 ハッピートリガーを追おうとしていた為、半ばミントには背を向ける形となっていた3隻。

 そこへ来るのは本来在り得ない角度からの攻撃。

 爆発する砲門や機関部。

 更に、

 

 ドォォォンッ!

 

 3隻を同時に狙った事で、1隻当たりの攻撃量は減ったが、近すぎた3隻の位置関係とアステロイド帯に居た事もあり、誘爆と衝突を繰り返す。

 ついには3隻とも爆砕し、アステロイド帯の一部と化す。

 

「見事だ、ミント君」

 

『いえ、マイヤーズ司令官の指揮あってこそですわ』

 

 それが偶然ではなく、狙った事だというのはミントにも解る。

 だが、それができたのもミントの能力あってこそだとタクトは讃えるのだ。

 

 そう、思っていたよりもずっと効果的だった。

 

 そうしている間にも戦闘は進んでいた。

 それはタクトの計算よりも早く、あっけなく。

 

『お、おのれぇぇぇ!

 撤退だ!』

 

「え? もう?」

 

 3機で旗艦に集中砲火を浴びせていたとは言え、タクトが思わずそんな声を上げてしまう程に、あっけなく敵は後退する。

 

「敵艦、後退してゆきます」

 

 その他の敵も全て引き上げてゆく。

 と、そこで、

 

『戻ったけど、何するの?』

 

 最初の司令どおりエルシオールまで戻ってきていたランファ。

 数の上では一番敵を落としているが、何処か不満そうだった。

 

「ああすまない。

 ちょっと敵を過大評価していた様だ。

 と、言うより、まさか本当に何も知らないで挑んできていたとはね」

 

 紋章機、その性能は単機で、小隊規模の艦隊と対等とすら言われている。

 それが5機も揃っていたら何ができるか。

 敵も考えているから何か策を講じているのかもしれないと思っていたのだ。

 

 が、それは取り越し苦労だったらしく、戦闘は終わる。

 

「まあいいや。

 俺達の勝利だ、皆戻ってきてくれ」

 

『了解』

 

 皆に帰還命令を出すタクト。

 この戦いは全て無事に終えることができた。

 エルシオールも損害はなく、エンジェル隊も掠り傷程度、駐留艦隊も全艦無事だ。

 

 その事にまず一人安堵するタクト。

 そして、

 

「深読みしすぎたか」

 

「いやぁ、無知とは恐ろしいねぇ」

 

 今回の戦闘を振り返り、笑いながら評価するレスターとタクト。

 この先はそう甘くは無いと気を引き締めつつ、2人は今の戦いを振り返る。 

 

「さて、とりあえずはどうするかなー」

 

「うむ、修理はまだ時間がかかるしな。

 しかし、ここに留まるのも問題じゃな」

 

「そうですね。

 修理は駐留艦隊と合同でなんとか早急に終わらせましょう」

 

 ローム星系に行こうにも船自体が動かないのでは話にならない。

 まず、それからだ。

 

 

 

 

 

 

「マイヤーズ司令、エンジェル隊、ただいま帰還しました」

 

 それから数分後、ブリッジにエンジェル隊が戻って来る。

 

「おつかれさま。

 皆のおかげで全員無事だよ」

 

 まずは労うタクト。

 この戦い、彼女達の能力あってこその勝利だ。

 

「お役に立てて光栄です」

 

 静かに応えるヴァニラ。

 その表情に喜びなどの感情は見えないが、全く何も感じていない訳ではない、そうタクトは判断する。

 

「見事だったよマイヤーズ司令。

 本当に実戦経験がなかったのかい?」

 

「私は少し物足りないくらいだわ」

 

「勝てましたねマイヤーズ司令」

 

「お疲れ様です、マイヤーズ司令。

 見事な采配でしたわ」

 

 その他とフォルテ、ランファ、ミルフィーユ、ミントと言葉を交わす。

 その時、ふと思ってタクトは提案する。

 

「皆お疲れ様。

 ところで、皆、戦闘時はともかく、平時は俺の事はタクトでいいよ。

 長いだろ『マイヤーズ司令』なんて」

 

 実のところ、タクトは『マイヤーズ』の名で呼ばれる事があまり好きではなかった。

 いや、嫌がっているといっても良かった。

 その理由を知るものは少ないが、可能な限り名の方で呼ばせようとする。

 

「解りました。

 では私の事はミルフィーと呼んでください」

 

「OK、ミルフィー、これからもよろしく」  

 

「私もヴァニラでけっこうです」

 

「ああ、じゃあタクトと呼ばせてもらうよ。

 私としても君付けはちょっとこそばゆいしね」

 

「私もまあランファと呼ぶことを許可してあげるわ」

 

「私もミントでよろしくお願いします、タクトさん」

 

「うん、皆よろしく」

 

 だが、名で呼び合うという事は大抵の場合、親しみやすくなる。

 だから、その事がマイナスに働く事はなく、理由も追求される事はなかった。

 

「まるで口説いている様だな」

 

「まったくじゃ。

 まあ、だからこそ白羽がたったのじゃがな」

 

 そんな様子を見ながら、半ば呆れながら話すレスターとルフト。

 しかし、和気藹々と話すタクトと天使達を見ながら、この戦いの行く末に笑みをこぼすのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから駐留軍と合同でエルシオールの修復作業が行われる。

 

「マイヤーズ司令、機関室から通信が入りました。

 エンジンの修理完了まで後3時間だそうです。

 尚、護衛艦隊の修理もほぼ同時に終わるとの報告がありました」

 

「そうか、了解」

 

 アルモからの通信を聞き、今まで掛かった時間を考える。

 

「護衛艦の方の損傷はかなり酷かった筈だが、同時か……。

 流石に修理には手間が掛かるな。

 ロストテクノロジーの塊だけに」

 

「クロノクエイク以前の代物か……

 高性能なのと引き換えというところか、複雑だな」 

 

 時空震・クロノクエイク。

 約600年前にこの世界を襲った大災害の名である。

 それによりそれまでに存在した技術は衰退、当時の技術は今からは想像もできないものとなり、その時の遺産は貴重なものとなっている。

 

「それにしても火器系が少ないな、この艦」

 

 自分達が乗る船という事で、システムを見渡していたレスター。

 今は装備の項目を見ているらしく、そんな事をぼやく。

 

「この船は儀礼艦として使っていまして、それに出るときも緊急だった為、殆ど装備は―――」

 

「『白き月』か。

 一度戻れたら戦闘ももっと楽なのにな」

 

「はい。

 我等が『月の聖母』が紋章機をお与えにならなかったら、今頃は……」

 

 レスターの呟きに応えたのはココ。

 しかし、タクトはそれに割り込んだ。

 装備の目録には目を通していない筈なのに―――

 

 が、更にその言葉の中に気になる言葉があり、レスターは確認する。

 

「『我等が』って事は君達はまさか白き月の―――『月の巫女』か?」

 

「はい、良くご存知ですね。

 この船の乗組員のほとんどは『月の巫女』です」

 

 『月の聖母』。

 トランバール皇国に多大なロストテクノロジーの恩恵を授けた『白き月』の管理者の名である。

 地位としては、例えるならば宗教上の女教皇と言った感じであろう。

 更に、持つ権限も女教皇で例えられ、事実上皇帝に並ぶ程である。

 軍の准将であるルフトがシャトヤーンの命によって動くのはそれがあるからだ。

 管理者は代々初代管理者の一族の中から選ばれるらしいが、詳しい事は公にされていない。

 

 そして、『月の巫女』とは『白き月』で働く研究員であり、『月の聖母』に仕える者達の総称である。

 巫女達は例外無く崇拝に近い形で『月の聖母』を慕っており、こと今の代のシャトヤーンという人物は人気が高いらしい。

 強制されるまでもなく、巫女の誰もが彼女を『様』と付けて呼び、彼女の下で働いている事を誇りとし、彼女を呼ぶときは『我等が月の聖母』と呼ぶのである。

 

 尚、象徴だけと思われがちな『月の聖母』であるが、管理者としてだけでなく研究員としても働いている―――らしい。

 らしい、と言うのが多いが、『白き月』、『月の聖母』に関してはあまり情報が出されないからである。

 それはロストテクノロジーがあまりに強大な力を持っているからという理由もあるが、今の代になってから何故か更に表に出なくなっていた。

 

 それは兎も角、

 

「なんてこった……じゃあ、この船の乗組員はほとんど非戦闘員か」

 

 そう、彼女等は軍人ではない。

 そんな者達を戦闘に巻き込んでしまっている事、そして今後の事を考えて嘆くレスター。

 しかも、その『ほとんど』の例外がエンジェル隊とルフトの部下数名くらいなので、クルーは全員非戦闘員と言える。

 

「非常時でしたし。

 それにロストテクノロジーを扱うには専門の知識と経験が必要ですから」

 

「ああ、解ってるよ」

 

 彼女達のことも含めタクトは始めから解っていた。

 だからこそ、今言わなければならない事がある。

 

「悪かったね、命令なんかして。

 軍人でない君達には謂れないことだ」

 

 タクトはもう何度も彼女達に司令官として命令を下している。

 非常時とは言え、従う義務などない者達に戦う命令をしているのだ。

 それを当たり前のように。

 必要であった事とは言えるが、言葉にしなければならぬ事であろう。

 

「その点に関してはご安心を。

 『白き月』を出る際、シャトヤーン様より、司令官の命令はシャトヤーン様の命令と同じと考える様に言われています」

 

「ですから、私達はなにがあろうとマイヤーズ司令に従います」

 

 ココもアルモもそう言って笑顔を見せてくれる。

 この非常時だというのに何とも頼もしい精神力だ。

 

「ありがとう。

 君達本人にそう言ってもらえて助かるよ。

 これからも兵士同然にこき使わせてもらうから、よろしくね」

 

「はい」

 

 このブリッジに立つ者達4人は改めて挨拶を交わした。

 これから先戦ってゆく為に。

 

 と、そこにルフト准将が戻ってきた。

 確か、シヴァ皇子のところへ行っていた筈だ。

 

「おや、2人ともここにいたか。

 ちょうどいい、シヴァ皇子と謁見の準備が整った」

 

「……そうですか」

 

 ルフトの言葉にやや言葉が沈むタクト。

 普段の彼なら『堅苦しいのはいやだなー』などと軽い調子で言う筈なのにだ。

 皇族に謁見するという事で緊張している、という風でもない。

 それは何処か遠くを見て―――

 

「まあ、兎も角行きましょう」

 

 そんな表情もやはり僅か一瞬。

 直ぐに表向きはいつもの調子に戻し、3人で移動する。

 

 そう、元に戻すのだ、表向きだけでも―――

 

 

 

 

 

 

 謁見の間

 

 儀礼艦であるこの艦には、もともとそう言う部屋が用意されている。

 それが何故エンジェル隊の私室の傍であるかは不明だが、兎も角そう言う位置に存在する。

 今タクト、ルフト、レスターはそこでシヴァ皇子が来るのを待っていた。

 

「現在シヴァ皇子は少々気が立っておられる。

 くれぐれも言葉には気をつけてな」

 

「解ってますよ」

 

 クーデター軍に終われ逃げている。

 そんな状況が許せないのだろう、見栄であれ威厳を示さなければならない皇族としては存在意義にすら抵触しかねない。

 気が立っているのも仕方の無い事だ。

 しかし―――

 

 と、そんな話をしていると、侍女であろう人が現れる。

 

「お待たせいたしました、シヴァ皇子のお成りでございます」

 

 現れた侍女はショートのブラウンの髪と瞳の若い女性。

 凛とした立ち姿で、美女と言って差し支えないだろう。

 

「……」

 

 その女性を見た時、一瞬タクトの視線が止まる。

 が、それも本当に一瞬。

 

 その女性に続き一人の子供が現れる。

 子供、とはいうが、10歳前後の外見にしては在り得ない気品を持っている。

 この子が短い蒼い髪と紅い瞳を持った最後の皇族、シヴァ・トランスバール。

 

「お前が新任の司令官、マイヤーズという名だったな」

 

「はっ、タクト・マイヤーズと申します。

 参上が遅れましてまことに申し訳ありません」

 

 シヴァ皇子の言葉に、タクトは表面上は完璧な軍人を装う。

 そう、表面上は……

 

(この子が最後の皇族―――逆に言えばこの子がいなくなれば―――

 何を考えている! この子は―――)

 

 そんな葛藤があったことなど、誰にも悟られぬ様。

 

「ではタクト・マイヤーズに命ずる。

 今すぐエルシオールを転進させ、本星まで引き返せ」

 

「……はっ?」

 

 どんな命令が来るかと思っていたタクトだったが、予想外な―――いや、考えていた中でも最もあって欲しくない命令だった。

 

「聞こえなかったのか?

 今すぐ本星に戻り、臣民を救うのだ」

 

「シヴァ皇子、どうか今しばらくのご辛抱を。

 まもなく援軍を到着いたします、反撃は援軍が到着してからでも遅くありません」

 

 タクトが何か答える前にルフトが前に出る。

 しかし、その言葉は―――

 

(ああ、なるほど)

 

 タクトはようやく理解した。

 一瞬、なんて愚かなガキに仕える事になったのだと悲観してしまったが、そうではないらしい。

 

 援軍? そんなものは来ない。

 援護を待てば、などと言う生易しい事では済まされないのだ、今の状況は。

 そんな言葉を使っているということは、つまり、ルフトは本当の事をシヴァ皇子に話していないのだ。

 

「そんな言葉は聞き飽きた。

 それでもお前は武人か、ルフト。

 皇族の中で、残ったのは私だけだと聞く。

 ならば、この危急存亡の時に、シヴァが臣民を、シャトヤーン様を救わずしてどうする!!

 今この時も罪無き者達が逆賊エオニアによって苦しめられておるのだ!

 なのに、私だけ背をそむける事などできぬ!」

 

 シヴァ皇子は叫ぶ。

 知る限りの情報を元に、自分にできる事、すべき事を考えて。

 

(ああ……この子は本当にあの男―――あのジェラールの血を引く子か?)

 

 タクトに先ほどまでの悲観的なまでの想いはない。

 むしろ、今は希望すら湧いてくる程だ。

 これならば、もしかしたら正せるのかもしれないと。

 

「お気持ちは重々お察しいたしますが、エルシオールのみでは……

 せめて、援軍が到着するまでおまちください」

 

「では、『シヴァここにあり』とふれて回るがよい。

 さすれば勇猛な皇国軍兵士達が駆けつけるであろう」

 

 あくまで強気の姿勢を崩さないシヴァ皇子。

 流石にルフトも返答に困っている。

 そんな事、できるわけがないのだから。

 

「恐れながら申し上げます」

 

 そこで、タクトはルフトの前に出た。

 

「―――っ!

 ま、待て、タクト!」

 

 タクトがやろうとしてることを察したルフトは慌ててとめようとするが、遅い。

 

「残念ですがその御命令に従う事はできません。

 今の我々に出来ることはローム星系まで逃げることだけでございます」

 

 ハッキリと告げるタクトに、ルフトとレスターはやってしまったという表情を隠せない。

 

「逃げるだと!

 この腰抜けめ!!」

 

 対し、シヴァ皇子はこの場でタクトを斬り殺さん勢いだ。

 いや、一声かければ事実タクトは処刑されていただろう。

 だが、それでもタクトは真っ直ぐにシヴァを見たまま更に告げる。

 

「なんとおっしゃってもかまいません。 

 ですが、今や本星はエオニアの手におち、皇国軍も壊滅状態。

 挙句、軍からは裏切り者も出ている状況。

 シヴァ皇子がここに居ると宣伝したら、集まってくるのは敵だけです」

 

 全ての情報を晒した。

 10歳の子供に対し、今どれ程の危機かを。

 そして、それは同時に―――

 

「まさか!

 私をたばかると承知せんぞ!」

 

 タクトの言葉が信じられない様子のシヴァ皇子。

 それはそうだろう、たかが逆賊と思っていたエオニアが、これほどの猛威を振るっているとは考えもしなかったのだから。

 

「これ、タクト!

 シヴァ皇子はまだ10歳なんじゃぞ」

 

 流石にそれ以上はと止めに入るルフト。

 だが、タクトはそれすら振り払った。

 

「残念ながら、シヴァ皇子は最後の皇族。

 子供だからと言ってはいられる状況ではありません。

 それに、シヴァ皇子は親族たる皇族の死も、全てを受け止めようとしていらっしゃるではありませんか!

 ならば、嘘を伝える事はシヴァ皇子に対して失礼と判断します」

 

 ルフトに対し、そう言い切ったタクトはもう一度シヴァと向き合う。

 真っ直ぐにシヴァを見て。

 

「シヴァ皇子、私が申した事は全て事実です。

 シヴァ皇子は最後の皇族としての覚悟、決意、ご立派であります。

 しかしながらなればこそ、今は耐え忍んでいただきたい」

 

「そんな……クーデターはそこまで深刻に……」

 

 やはりショックなのだろう。

 既に本星まで落とされたなど。

 大凡希望など無いと言える状況だ。

 

「しかし、ならばせめて『白き月』のシャトヤーン様だけでも!

 シャトヤーン様は私を引き取って養い、育ててくださった育ての親、その恩に報いなければ!」

 

「そのシャトヤーン様に逃がしていただいたのをお忘れですか!」

 

「くっ!」

 

 しかし、それでもシヴァ皇子は諦めきれずに戻りたいという気持ちを言葉にする。

 だが、と、タクトはそれすら止めた。

 シヴァ皇子を逃がしたのはシャトヤーンの判断によるもの。

 白き月と自分を囮にして、シャトヤーンはシヴァを逃がしたのだ。

 逃げた先で希望を掴むと信じて。

 

 それも皇子は解っている。

 だが、10歳の子供には抑えられぬ感情もあるだろう。

 育て貰った親を置いて、盾にする様に逃げなければならなかった自分の無力が許せないのだ。

 

 しかし、そんな事を言い出すと言う事は―――

 

(彼女の事、大切に想っているのですね……

 それに、シャトが親、か……)

 

 複雑な―――しかし確かに良いといえる思いを抱くタクト。

 この幼き皇に。

 この先、この世界を統べるかもしれない人に。

 

「ローム星系まで行けば、反撃できるだけの戦力を揃えられます。

 貴方が居れば皇国は復興できます。

 ですから、今は皇国の為に耐え忍んでください!」

 

 今一度逃げる事を進言し、更にまだ希望は残っている事も告げる。

 その上で頭を下げ、タクトは皇子の判断を待った。

 

「……解った。

 タクト・マイヤーズ、先ほどの命を取り下げ、改めて命ず。

 私を、このシヴァをローム星系まで送り届けよ。

 ロームにて戦力を整え、私はエオニアを討つ!」

 

「はっ! このタクト・マイヤーズ、命に代えましても必ずやローム星系まで皇子を送り届けましょう」

 

 凛々しく、そして力強く宣言する皇子と、軍人の鑑の様な完璧な返答をするタクト。

 今ここにタクトとシヴァの出会いと、初めての命令と受諾がなされた。

 

 これが2人の関係の始まり。

 この先長きに渡る戦いの中、その先も尚続くこの2人を取り巻く時間の始まりだった。

 

「頼むぞ。

 ……もう下がってよいぞ。

 少し、疲れた」

 

 命を下した後、シヴァ皇子は先ほどの凛々しさに影を見せる。

 流石に10歳の子供には無理があったのかもしれない。

 しかし、見事な決断だったと言えよう。

 

「はっ!」

 

 そんな皇子の様子を喜びながらも、しかしやはり哀れみと言える気持ちを抱きながらルフト、タクト、レスターは退室する。

 その後ろで、

 

「皇子」

 

「大丈夫だ」

 

 侍女とシヴァ皇子のやり取りが聞こえた。

 タクト達も部屋から出て、自動で閉まる扉の前で敬礼していた。

 

「……」

 

 その中、1人右手の拳を胸の前で軽く握るタクト。

 複雑な心を内に秘めながら。

 

 

 

 

 

 

 その後、廊下を歩いて移動する3人。

 

「ふぅ……流石に緊張したよ」

 

「ホント、よくお前の首が文字通り飛ばなかったものだ」

 

 タクトがシヴァへの発現は、暴言とも言えるものだ。

 雲の上の人と言える皇族に対し、言葉を選んでいない。

 タクトも、もし相手がジェラール皇帝であったなら、その場で斬り殺されていたと考えている。

 

「まったくじゃよ。

 しかし、結果が良かったらよいものを、少し言い過ぎたのではないか、タクト」

 

 ルフトも最終的に先ほどのやり取りは納得している。

 だが、相手は皇族とは言え子供。

 ルフトは少しシヴァの事が心配だった。

 

「ダメですよルフト准将、子供だからって嘘を教えては。

 あのままじゃシヴァ皇子が道化になってしまうではないですか。

 それはあんまりです。

 それに、こればかりは、ちゃんと受け止めてもらわないと、護れるものも護れませんよ」

 

「そうじゃな……少し私情が入っていたのかもしれんな」

 

 タクトの返答に少し遠い目をするルフト。

 まるで誰かを思い出す様に。

 

「大丈夫ですよ、先生のご子息は出来た人ですから、お孫さんも無事ですよ」

 

「む、ばれたか。

 ああ、解っておるとも。

 何せ自慢の孫じゃからな」

 

 ルフトにはシヴァと丁度同じくらいの孫が居るのだ。

 だが、この状況では無事かどうかも解らない。

 それが気がかりで、シヴァに対しその気持ちが少し移ってしまっていたのだろう。

 准将とはいえ、ルフトも人であり、護るべき者を持つ者だ。

 

「息子さんは自慢じゃないんですか?」

 

「最近ますます生意気になっとるからの、アレの事など知らん」

 

「まったく、仲のいい家族で羨ましい」

 

「ははは、まったく」

 

 笑いあう3人。

 こんな状況であるが、そんな話で笑えることはきっと幸いな事だ。

 

 だが、やはり少し有事という事もあったから気持ちに余裕が足りなかったのかもしれない。

 知っている筈のレスターもルフトも、タクトの言葉がどれだけ重かったのか、この時気付く事はできなかった。

 

 

 

 

 

 エルシオール ブリッジ

 

「あ、お帰りなさい」

 

 3人がブリッジに戻ってくると、そこではエンジェル隊が全員揃っていた。

 

「ん? どうしたんだい?」

 

 タクトは呼んだ覚えは無く、来る様な用件も無かったと記憶している。

 だが、1人や2人なら兎も角、全員となると何か目的がある筈。

 

「ああ、わしが呼んでおいたのじゃよ。

 わしらがトランスバールを出てからエオニアが演説を流しておったのでな、それを皆で見る事にしよう」

 

「エオニアの演説ですか」

 

「あまり面白そうなものじゃありませんね」

 

 クーデター軍のリーダーたるエオニアの演説、敵側であるタクト達から見て面白い訳もない。

 それはレスターですらそんな一言をこぼす程だ。

 そして、エンジェル隊もまた同様の反応を見せている。

 しかし、同時に聴いておかなければならないという気持ちは、皆平等にある様だ。

 

「じゃあ頼むよ」

 

「了解、メインスクリーンに出します」

 

 アルモの操作によってメインスクリーンに映し出される映像。

 そこには長い金色の髪をもった美形と言えるほど整った顔立ちの若い男が立っていた。

 身なりからだけでなく、立ち振る舞い、その深い瞳からも気品を感じる。

 追放されたとは言え本物の皇族、エオニアがそこに居る。

 

『愛すべきトランスバールの臣民達よ。

 私はエオニア・トランスバール。

 トランスバール皇国代14代皇王である』

 

 エオニアの演説はまず、自らを王と名乗るところから始まった。

 自ら他の皇族を皆殺しにした上でだ。

 

『私は非道な前王ジェラールと腐敗しきった貴族諸侯に鉄槌を下し、正統なる血筋に基づく王座を回復させた』

 

 この言葉を聞いて、民衆はなんと思うだろうか。

 崩御したジェラール皇王の下の政治は、確かに小さな内乱が起きた事はあるが、しかしそこまで悪いものではなかった。

 少なくとも、何も知らない国民にとっては、であるが。

 しかし―――

 

(ああ、そこまでは正しい。

 だが、それをどうやって正当化する?)

 

 タクトは知っている。

 どれ程皇国の上層部が腐っているかを。

 そして、それは軍も同じ事だ。

 実際クーデターが起きただけで、裏切り者が出るほどのモラルしかない。

 

 しかし、だがしかしだ。

 だからといってエオニアは人を殺している。

 その矛先は確かに腐りきった部分に向けていたとしても、無関係な人を巻き込んでいる。

 それを正しいと言えるだけの正義が無ければ、一体誰がそんな言葉に賛同できようか。

 

『彼ら一部の特権階級の者達は『白き月』のロストテクノロジーを独占、悪用し、至福を肥やす為だけに使っていた。

 これを不当と呼ばずなんと呼ぼう。

 だが、その大罪には裁きが下され、諸君等を苦しめていた不当な権力は倒れた。

 皇国に正しい秩序が戻ったのだ。

 諸君等の前には更なる繁栄が約束されるだろう。

 今まで独占されたロストテクノロジーは開放され、距離と文化の違いによってバラバラだった皇国も真に一つとなる事ができる。

 そうなれば、未だこの宇宙に眠る『白き月』とも並ぶロストテクノロジーを探す事ができる。

 そして、それによって我々は更なる栄華をつかむ事ができるだろう』

 

 エオニアが正義を謡う。

 エオニアが持つカリスマ性故に正義として映ってしまう言葉が紡がれる。

 だが、

 

(……足りないぞ、エオニア)

 

 冷静に見るタクトには、それがクーデターを起こす正義として謡うには弱いと感じられていた。

 あれだけの大事をして尚正当化できる様な言い訳ではないと。

 

(お前が理論武装を怠る訳がないのに、何故……)

 

 怪訝に思いながら映像の中のエオニアを睨むタクト。

 程無く演説も終わろうとしていた。

 

『混乱に乗じて狼藉をはたらく一部の者達は、今ならその行為も寛大な処置を考えよう。

 我等の下に帰順するがよい。

 さあ、正しき形となった『正統トランスバール皇国』の一員として、私と共に星の彼方の栄光を掴み取るのだ』

 

 力強い宣言と共に、エオニアの映像は途切れた。

 

 暫く、ブリッジに沈黙が降りる。

 

「タクト、お前はどう思う?」

 

 その沈黙の中、ルフトはタクトに問う。

 タクトにある、ある秘密を知っての問。

 この艦を、皇国の未来を託す上で必要不可欠の回答要求である。

 

「そうですね……確かに正しく聞こえるでしょう。

 事実、国民は知らなくとも、皇国の上層部と軍の上層部の大半はどうしようもない腐り方をしている。

 が、それを焼くには建前だらけの理路整然としすぎた演説です。

 革新家として正しくも映るでしょうが、しかし言葉の内容は具体性に欠け、何かを隠している様にすら思える。

 現状ある情報だけでは、とても信用できる相手ではありません」

 

「うむ、そうじゃな」

 

 合格点としての回答であるが、ルフトは複雑な顔をしていた。

 だが、タクト以外は立ち位置の関係でその表情を見る事はできていない。

 

「さすが、人を見る目もあるんだね、司令官殿」

 

「すごいです、タクトさん。

 私全然気付きませんでした」

 

「あったりまえでしょう。

 私はエオニアの事なんか最初から信用してないわよ」

 

「冷静な判断です」

 

「確かに情報が不足していますわね」

 

 エンジェル隊はタクトの判断を評価している様だ。

 だが、演説を聴いている間とその直後は何もいえなかったが、改めて考えれば大抵誰にでも解ることだ。 

 

(そうだ、俺程度の解説で説き伏せられてしまうぞ。

 一体何を考えて……いや、何を隠している、エオニア。

 それに、貴方もそれでいいのか?)

 

 エンジェル隊の言葉に答えながらも、しかしタクトは一人そんな事を考えていた。

 実は、タクトは先の演説の映像でエオニア以外の人物も見ていた。

 映像には中央に立つエオニアとその後方に整列した兵士達が居た。

 が、それ以外に、兵士の前、エオニアより一歩下がった左に控えている女性が居た。

 立ち位置からして、誰もが副官であると予測し、事実今も副官であろう人物を。

 複雑な―――とても複雑な心で。

 

 

 

 

 それから、エンジェル隊は一旦この場で解散した。

 今、ブリッジでは航路についての話がされている。

 

「ロームまでの航路はとりあえずこんな感じで組んでいる。

 まあ、敵に発見された場合も考えて臨機応変に動かなければならんが、いくつかパターンも用意した」

 

「さっすがレスター、頼りになるよ」

 

「まあこれくらいはな。

 で、最短コースでも2週間は掛かる計算になる」

 

「ふむ、2週間か」

 

「最短、だから敵に見つからなかった場合だな。

 索敵も進めているが、正直現状では解らん」

 

「まあ、そうだよな。

 とりあえずはエルシオールの修理が完了した時、一番安全なコースで行こう」

 

「ああ」

 

 そこで一応航路の話は終わり、レスターはオペレーターと共に無人哨戒機からの情報を整理する。

 索敵や航路などはレスターの仕事となっている。

 因みにタクトの副官であるレスターはこの艦の副司令であり副艦長という位置づけになっている。

 実際問題として、そんな肩書きは必要ないのだが、このエルシオールが軍の戦艦として動く以上は、必要な処置でもある。

 

「ところでタクト、どうじゃエンジェル隊は?」

 

 話が終わったところでルフトがそんな話をふってくる。

 明るく、楽しそうに。

 

「粒がそろってますからねぇ」

 

「そうじゃろう、そうじゃろう。

 わしも後10歳若ければの」

 

 かっかっかっ、と笑うルフト。

 自慢の息子殿が居たら『10年で足りるのかクソジジイ、とりあえず母さんの墓前に報告な』と突っ込んでくるに違いない。

 まあ、最後の一言は冗談に決まっているが。

 

「まったく、『H.A.L.Oシステム』は面食いなのかと言いたくなりますね。

 こっちとしては嬉しいですけど」

 

「そうじゃのう」

 

 先ほどから美女美少女の話に笑う二人であるが、その笑いの中少しだけ雰囲気が変わる。

 H.A.L.Oシステム―――Human-brain and Artificial-brain Linking Organization System

 『有機脳人工脳連結装置』と訳すことの出来るこのシステムは、エンジェル隊の乗る各紋章機に搭載されている。

 詳しい事は実はあまり良く解っていないのだが、要は機械である紋章機とリンクできるシステムであり、簡単なところでは操縦系の補助などの機能がある。

 補助、なので、それだけで操縦できる訳ではない。

 だが、それでも極めて優秀な補助システムであり、紋章機ほど高性能な機体を操るには必須とすら言えるシステムだ。

 

 しかし、H.A.L.Oシステムの真価はそんなところではない。

 この装置、理屈は解明されていないが、クロノ・ストリング・エンジンという、戦艦などにも搭載されているロストテクノロジーのエンジンの出力を上げることができる事だ。

 正確には出力を上げる、ではなく、出力を安定させるといった方が正しいだろう。

 何故そうなるかといえば、まずクロノ・ストリング・エンジンの説明をせねばならない。

 

 クロノ・ストリング・エンジン―――『超時空弦推進機関』といわれる今では艦船の一般的な推進機関になっている。

 クロノ・ストリングは宇宙創生のエネルギーの欠片とも言われ膨大なエネルギーを秘めている。

 これを重力制御によって補足、クロノ・ストリング反応を起こしエネルギーを得るというロストテクノロジーである。

 だがしかし、クロノ・ストリングは確率的にエネルギーを放出し、膨大なエネルギーを放出することもあれば、次の瞬間には放出が完全に止まることもあるという不安定な機関でもある。

 艦船では、不安定な代わりに大量のクロノ・ストリング・エンジンを搭載する事で確率的に安定供給を得ている。

 

 そんなエンジンを紋章機は搭載している。

 しかし、数で確率をカバーしていないのに何故安定したエネルギーを得られるかのか。

 そこでH.A.L.Oシステムの真価が発揮される。

 一体どう言う理屈かクロノ・ストリングがエネルギーを放出する確率に干渉できるのだ。

 その為、紋章機は戦闘機サイズでありながらクロノ・ストリングエンジンを搭載し、膨大な力を秘めた戦闘機となっているのである。

 単純出力で考えれば、戦艦クラスの出力を大型とはいえ、単機の戦闘機が持っているのだ。

 しかもそれだけでは留まらない為、現在紋章機は間違いなく宇宙最強の戦闘機である。

 

 しかしながら、そのH.A.L.Oシステムにもまた問題があり、解析が殆ど出来ず、紋章機に搭載されている分しか確認されていない。

 そして、各機のH.A.L.Oシステムは何故か動かせる人間と動かせない人間が存在する。

 つまり、適合しなければ紋章機を動かす事はできないのだ。

 更に、H.A.L.Oシステムはパイロットと機械が直結する為、パイロットの状態、特に感情に左右されてしまうシステム。

 パイロットの調子が良いと紋章機は凄まじい力を発揮するが、不調だと一般の戦闘機よりも劣る性能しか出してくれない。

 

 そんな不安定なシステムなのだ。

 

「で、解っておるのじゃろ?

 自分がなにをするか」

 

「ええ」

 

 機械の動作原理など置いておいて、要はパイロットの調子、更に言ってしまうとテンション次第で戦闘力が変わる。

 今後の戦闘に勝利できるかはパイロットのテンションをどう高く維持するかが問題となるのだ。

 ならば、それを知る司令官の務めは何か。

 

「俺はエンジェル隊のテンションを上げる為の人材。

 まあ、彼女達の強さを維持する触媒と言える事をすれば良いのでしょう?」

 

「まあ、言ってしまえばな。

 だが……」

 

「解ってます、そんな気持ちで向き合っても彼女達のテンションは上げられないでしょう。

 俺は純粋に思っていますよ、女神の剣が選んだ天使達がどんな子達なのか。

 だから、きっとH.A.L.Oシステムの事なんか知らなくても、彼女達に歩み寄っていましたよ」

 

「そうか。

 蛇足じゃろうが、一つ言っておくが、わしはおぬしだから呼んだのじゃぞ。

 過去も、現在の全ての能力も含め、おぬしだからじゃ」

 

「ありがとうございます、ルフト先生」

 

 タクトはあえてルフトを『先生』と呼ぶ。

 タクトが最も信頼し、尊敬している師である人に、最大の敬意を込めて。

 

「じゃあちょっと行ってきますね」

 

「ああ行ってこい」

 

 ルフトに見送られ、ブリッジを出るタクト。

 既に2度戦いを共にしているが、しかしまだちゃんと向かい合っていない天使達に会いに。

 天使たる彼女達の素顔を知る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルシオール 艦内廊下

 

 ブリッジから出て廊下を歩くタクト。

 と、そこで一つ重大な事を思い出した。

 

(てか、俺この中知らないし)

 

 エルシオールに着いてからは、目まぐるしい程に事が起こり、まだ艦内をまともに歩いた事が無かった。

 因みに地図などは無い。

 ここは一応にも戦艦の中であり、万が一敵に潜入された時に道標など置いておける筈はないのだ。

 それは儀礼艦といえども同じことだ。

 

(仕方ない、誰か適当に……)

 

 道を聞ける人を探しあたりをきょろきょろと見回すタクト。

 その内に―――

 

 プシュッ!

 

 近くで扉が開く音がしたのでそちらに目を向けた。

 と、そこで不思議な物をみつけた。

 

(……ああ、噂は本当だったのか)

 

 眩暈すら覚えるタクト。

 タクトが目にしたのは扉の先、そこには―――コンビニが在った。

 

「本気で宇宙コンビニのチェーン店……」

 

 中に入って改めて見てみてもコンビニだった。

 一応戦艦に相当する艦船の中に、コンビニエンスストアがあるのだ。

 コンビニ相当の店があるなら別だが、普通にチェーン店の一つである。

 普通は考えられない。

 

 常識に囚われないタクトであり、ここは戦艦とはいえ白き月所属な事もあるので、まあ受け入れられる事である。

 しかし、それでもどうかと考えてしまうタクト。

 と、その時、

 

 カラン カラン カラン

 

 鐘の音が聞こえた。

 どうやら福引か何かをやっているらし―――

 

「って、俺かよ」

 

 ふと福引場の垂れ幕を見てみれば『新司令就任記念キャンペーン』とあった。

 コンビニが存在する時点でおかしいが、そんな事をキャンペーンにするのはいかがなものか。

 

(いいのか? エルシオール……)

 

 虚空を見上げつつ、などと考えるタクト。

 その後で鐘をならした、つまりは良い賞品をゲットできた人はだれかと見てみる。

 すると、

 

「やったー、また一等」

 

 そこに居たのはミルフィーユ・桜葉だった。

 だが、それよりも気になる事がある。

 

(また?)

 

 そんな疑問を浮かべながら、目の前に居るのだから聞けば良いだろうと近づくタクト。

 

「ミルフィー」

 

「あ、タクトさん」

 

「一等だって? 何が当たったんだい?」

 

「本星でも超レアなプレミア最高級三ツ星ランチバスケット『マリーゴールドVSOP』です!

 欲しかったんですよ、これ」

 

 目を輝かせて喜ぶミルフィー。

 

(なんだそりゃ? というか、何故そんなものがコンビニの福引の景品なんだ?)

 

 タクトをして何処から突っ込めば悩むこの状況。

 とりあえず、仕方ないので話を進めることにする。

 

「ところで、またって言ってなかった?」

 

「はい、これで4つ目です」

 

 と、獲得した4つの同じバスケットを見せてくれるミルフィー。

 

「そうなんですよー、4つ連続で1等を取られちゃったんですー」

 

 その横から泣きながら付け加えるコンビニの店員。

 一体どれ程の割合で1等が入っているか知らないが、4連続という言葉からそれだけで在り得ない確率と考えられる。

 

(そうか、この子は1番機のパイロットだものな)

 

 在り得ない、と思ったタクトだが、直ぐに考え直す。

 情報でも得ていたはずだ。

 

「凄い強運だねー」

 

「はい、よく言われます。

 私ツイてるときはもうとことんツイてるんです」

 

 そんな言葉ですまされるのか怪しい『確率を無視する体質』。

 情報ではそう記載されていた。

 それ故にミルフィーユは1番機のパイロットたりえるのだ。

 

 彼女の搭乗するGA-001ラッキースターは紋章機のプロトタイプだったらしく、安定性よりも最大性能を求めたもので、極めて不安定な機体なのだ。

 H.A.L.Oシステムもあって元々不安定なのだが、ただ飛ぶだけでも困難なほど出力が安定してくれないのである。

 それをミルフィーユ・桜葉は『確率を無視する』事によって安定して動かしている。

 

 尚、潜在能力としては全機体でトップであるラッキースターの武装は安定的なものである。

 機体の中央に中距離ビーム砲、左肩に近距離ミサイル、両足部に中口径レールガン、その隣に接続された近距離レーザー砲。

 右肩にはエネルギーシールド発生装置があり、攻の遠中近、速度と防御を全て兼ね備えたバランスの良い機体である。

 特殊兵装は高出力のビーム砲、通称『ハイパーキャノン』だ。

 これは艦艇すら貫き、複数の戦艦を薙ぎ払う事が可能な反則レベルのビーム砲である。

 普段は、威力を落とし、中距離ビーム砲として使っている。

 

 不安定な機体に安定した武装、そして強力な必殺武器を所持。

 何とも不可思議なセッティングであるが、ミルフィーユはそれを乗りこなし、現在でこそ十分に強いが、まだ強さの底は見えていない。

 

(だが、今はそれはいいだろう)

 

 文章上で得た情報と、2度の実戦を見て導き出される余りに不明瞭な未来。

 ならばと、タクトは今はそれを忘れ目の前にいるミルフィーを意識する。

 未来に繋がる今を見据える為にも。

 

「それにしてもミルフィーは何を買いに来たんだい?」

 

「ピクニック用品です。

 ピクニック用品の特売だったので」

 

「ピクニック用品?」

 

 福引をするという事は何かしら買い物をしたという事だ。

 それが気になって尋ねてみたが、予想しなかった答えが返ってきた。

 

「はい、銀河展望公園によくピクニックに行きますから」

 

「公園……戦艦の中でピクニックか……そんなものがあるんだ」

 

 話には聞いていたが、ピクニックできる程などとは思ってもいなかった。

 流石に驚くしかないタクト。

 その場で頭を抱えた気分でもあるが、

 

(レスターの反応が楽しそうだ)

 

 などと同時に考えていたりする。

 

「はい、ありますよ。

 よかったら案内しましょうか?」

 

「そうだな。

 ちょっとお願いするよ、艦を見回るつもりだったんだ」

 

「はい。

 あ、でもその前に……」

 

 快く道案内を引き受けてくれたミルフィーだが、自分が持っている荷物を思い出す。

 ちょっと持って歩くには多すぎるだろう。

 バスケットを4つも当てたのだからそれもまた当然。

 

「ああ荷物ね、運ぶのは君の部屋でいいかい?」

 

「あ、ありがとうございます。

 たすかります」

 

「いやいや、いいよこれくらい、案内してもらうお返しさ」

 

 それから一度ミルフィーの部屋に荷物を置いてからタクトは艦内を回った。

 

 

 

 

 

 

 エルシオール 格納庫

 

 先に展望公園の位置と中を確認しておきたかったが、その前に格納庫に行く事にした。

 一応タクトは現在仕事中で、役職は司令官。

 ならば、一番に知っておかなければならないことがある。

 それは味方の情報、紋章機の事だ。

 エルシオールに着てから、まだ紋章機をじっくり見た事はない。

 一応情報としては頭にあるが、それも一ヶ月前の模擬戦時の物。

 既に化石に等しい古いデータでしかない。

 

「ここがエルシオールの格納庫です。

 紋章機の整備と私達パイロットのリンク調整をしてくれるところです」

 

「うん、最初に入った場所だけど、やはり凄い設備だ」

 

 広大な空間に配備される機器はほぼ全てロストテクノロジーの塊。

 そして、この空間に収められているが5機の紋章機。

 この艦の格納庫はほとんど紋章機の為に構成されている。

 

 因みにリンク調整とは、ミルフィ達パイロットと紋章機を繋ぐH.A.L.Oシステムとの接続調整の事だ。

 理論的には一度調整すれば、それでいい筈だが、生きている人間は常に変化するものであるが故、定期的に調整しないとリンクがズレるらしい。

 

「あ、そうだ、整備班長を紹介しておきますね」

 

「うん、よろしく」

 

 そう言って走って格納庫で人を探しに出るタクト。

 やがてミルフィーは一人の若い女性を連れて戻って来る。

 

「マイヤーズ司令官、はじめまして。

 エルシオールの整備班長をしておりますクレータと申します」

 

 整備班長を名乗るのは、まだ若い女性だ。

 整備に女性が居る事自体が珍しいのに、こんな若い女性が班長を務めるなど軍では考えられない事だ。

 因みに、後で調べてみたら24歳とあまりの若さを表示され、本人に会った後でありながらタクトはそれを見たときは驚いてしまった。

 

 尚、別にクレータが老けて見えるとかそう言う意味ではなく、やはりそのあまりの若さが外見で年齢を推察していても信じられないくらいなのである。

 

「新任のタクト・マイヤーズです、よろしくクレータ整備班長殿。

 それにしても少し驚きましたよ、こんな若い女性が整備班長だとは」

 

 ロストテクノロジーの塊であり、月の巫女が整備する艦なのでそれを考えれば不思議はない。

 尚、月の巫女は男子禁制ではないのに、何故か8割が女性という集団である。

 だが、やはり若くして班長の地位につくのは稀である筈だ。

 逆に言えば、それだけの実力を持たなければない。

 

「若いし女ではありますが、白き月の研究者として、ロストテクノロジーの整備は心得ております。

 ですから整備はお任せください」

 

「ああ、よろしく」

 

「はい」

 

 握手を交わすタクトとクレータ。

 因みにだが『若い』という部分が若干強調された気がしなくもない。

 と、その後でクレータは一つ付け加える。

 

「そういえば、マイヤーズ司令を待っている人がいますよ」

 

「待っている人?」

 

 と、示された先、紋章機を整備する人中に混ざっている軍人が一人。

 長身に軍帽を被り、モノクル(片メガネ)をかけた女性、フォルテ・シュトーレンだ。

 

「やあ、早かったじゃないか」

 

「やあフォルテ」

 

「艦内を見て回ってるって聞いたからね、機体をチェックするついでに待ってたのさ」

 

「そうなんだ。

 少し見せてもらうよ、君達の紋章機を」

 

「ああ勿論。

 どうやら紋章機の事は情報として知っていたみたいだけど。

 どうだい? 直接見た感想は」

 

「そうだね……」

 

 改めて搭乗者たるフォルテに言われ、紋章機を眺めるタクト。

 紋章機は大型戦闘機に属する機体で、GA-001ラッキースターで全長約50m、全幅28m、全高21mという大きさだ。

 機体ごとに武装が違い、大きさも違い、パーソナルカラーも違う。

 全て搭乗者に合わせた専用機である。

 謎の多いH.A.L.Oシステムを搭載し、戦闘機でありながらクロノ・ストリング・エンジンで動く宇宙最強の機体。

 それが今タクトの目の前に5機並んでいる。

 

「壮観、と言うしかないね」

 

 複雑な感情を隠しながら、無邪気な笑みを浮かべるタクト。

 隠している部分はあるが、これもまた素直な気持ちの一つだ。

 

「そうかい」

 

 フォルテは解っているのかいないのか、特にタクトの感想については口を挟まなかった。

 

「ところで、司令官殿はどこまで紋章機の情報を持ってるんだい?」

 

 そこで話を切り替えるフォルテ。

 2度もの戦闘を殆ど何の説明もないままこなした実績と、口にした言葉の中にもあった。

 タクトは実際紋章機をかなり詳しくしっている。

 

「そうだね、GA-004ハッピートリガーは、5番機までの紋章機中では最も装甲が厚く、最重量。

 その為速度、回避能力は5番機までの紋章機では最低であるが、あくまで紋章機の中での話。

 武装は連装長距離レールガン、中距離レーザーポッド、中距離ミサイル、中距離レーザー。

 そして、全武装を一斉発射する通称『ストライクバースト』の威力は戦艦をも一撃で沈める程。

 ってところくらいかな」

 

 すらすらとフォルテ・シュトーレンの乗るハッピートリガーの特徴を口にするタクト。

 それも、あくまで通称でしかないフォルテが使う必殺技の名前までだ。

 いや、タクトは既にラッキースターの必殺技『ハイパーキャノン』と、トリックマスターの必殺技『フライヤーダンス』の名を口にしている。

 だから、もう驚くべき事ではないのだが―――しかし、

 

「よくそこまで」

 

 顔には出さないが、フォルテは怪訝に思っている。

 少し、知りすぎていると。

 それに、気になる言葉もあった。

 

「本当、良くご存知ですね」

 

「そりゃあまあ、宇宙最強と言われる戦闘機の事ですからねぇ。

 興味を持つのも当然でしょう?」

 

 クレータの問いに屈託の無い笑みで返すタクト。

 それは最もな答えだ。

 レスターも直ぐには解らなかったが、ある程度は知っている。

 まあ、本日襲撃してきた敵の様に、知らない者は全く知らない事でもあるが。

 その理由は完全に過去の遺産に頼ったシステムであり、信用性など無いに等しく、先に述べているH.A.L.Oシステムにより安定性も皆無。

 兵器としては全く持ってナンセンスな機体だ。

 ぶっちゃけって言ってしまえば、そんなものに頼るくらいなら現代技術で量産できる兵器の方が扱いやすくていいのだ。

 

「流石に、あのルフト准将が推すだけの事はあるねぇ」

 

「いやぁ、それほどでも」

 

 怪訝には思うフォルテだが、ルフトのお墨付きであり、自分の上司としては良い事でもある。

 だから、適当に笑っている。

 タクトも、フォルテが怪訝に思っている事を知りながら、だからこそ普通に笑う。

 

「んじゃ、私は戻るとするよ」

 

「ああ、じゃあまた後で」

 

 フォルテと別れ、もう少し格納庫を見て回るタクト。

 ミルフィとクレータの案内でリンク調整の様子も見せてもらった。

 更にその後機関室の様子を見て回る。

 

 

 

 

 

 機関室を出たタクトとミルフィー。

 と、そこで機関室の脇に部屋があるのを見つける。

 

「ん? あれは?」

 

「ああ、あそこは……」

 

 ミルフィーに連れられ一緒に部屋に入るタクト。

 

 プシュッ!

 

 部屋に入り、見渡してみるとそこは射撃訓練所だった。

 尤も、1人用なのか、広くはない。

 だが、若干普通の射撃訓練施設では見慣れない物が見える。

 

「あ、やっぱり居ました」

 

 その広くない部屋には1人の人物がいる。

 ミルフィーが『やっぱり』などと付けるその人は、

 

「……」

 

 部屋に居たのはフォルテだ。

 腰にアンティークな皮製のホルダーに銃を納め、標的を睨んでいる。

 そして、

 

 ドドドドドンッ!!

 

 素早い抜き撃ち。

 腰のホルダーに納まっていた銃はフォルテによって抜かれると、瞬く間に標的に穴を開ける。

 標的を下からジグザグに撃ちこみ、全弾見事に命中した。

 

(アレは……)

 

 今聞こえたのは火薬が炸裂する音で、更に実弾が発射された音でもある。

 今となってはアンティーク以外の何物でもない火薬式の銃を使っているのだ。

 そこで、フォルテにはそう言う趣味があると調書にあった事を思い出す。

 と、その時、

 

 カチャッ!

 

「っ!」

 

 撃ち終わったフォルテが銃をタクトに向けた。

 その動作に反応して少し動くタクト。

 だが、

 

「やあ司令官殿。

 私の秘密の穴蔵へようこそ」

 

 直ぐに笑みを浮かべながら銃を下げるフォルテ。

 

「秘密の穴蔵ね。

 火薬式、しかもリボルバー式の銃を使うなんて、通りで普通の施設とは違う筈だ」

 

「おや、見抜いてたのかい?

 目ざといねぇ」

 

 火薬を使用し、更に実弾を発射する銃も使える訓練施設となると、通常のレーザー銃用の射撃訓練用の設備だけでは足りなくなる。

 どうやらこの部屋のタクトでも見慣れない機器はやはりその為のものだった様だ。

 

「しっかし、それでも秘密の穴蔵って言われてるとなると、ここは君以外は使ってないのかい?」

 

「ん? ああ、そうだね。

 ランファとミントはたまに使ってるけど、本当にたまに、だからね。

 施設の仕様も相まって、殆ど私専用さ」

 

「ふ〜ん」

 

 軽い感じで納得するタクト。

 と、そこで、

 

「そうだ、ミルフィー、アンタ最近射撃訓練してないだろ、いい機会だからやっておきな」

 

「えー、私がですかー」

 

 乗り気ではないミルフィーにレーザー銃を渡すフォルテ。

 フォルテがミルフィーにかせたのは100発分の射撃訓練。

 暫しの間、タクトとフォルテはその訓練を横で見守る事になった。

 

「ところで、さっきのは見事な早撃ちだったよ。

 反動の強い火薬式の銃であれほどとは」

 

「それほどでも無いよ。

 どうやら私は火薬式の方が性に合ってるみたいだしね」

 

「なるほど、歴戦の兵士らしいね」

 

 ミルフィーが訓練に集中している横で、会話する2人。

 ミルフィーが居てはできない話だ。

 

「経歴も調査済みかい?」

 

「わるいね」

 

「いいさ、それも仕事だろう」

 

 先程までミルフィーを交えていた時は明らかに雰囲気が違う。

 フォルテも少し遠くを見ている。

 昔を思い出す様に。

 

「それにしても、司令官殿もなかなかの動きだったよ。

 私が銃を向けた時、既に右手で銃を握ってたしね」

 

「ああ、アレ? まだ1発弾が残ってたから動いちゃったけどね

 どちらにしろ間に合ってなかったし、まだまだ甘いよ」

 

「そうでもないと思うけどねぇ」

 

 先程フォルテが使っていた銃は6発装填できるリボルバー銃だ。

 同じリボルバー式でも装弾数は違い、今の時代銃を見ただけで装弾数を直ぐに特定できる人は極めて希少だ。

 更に、残弾数を知るには、フォルテが何発撃ったか、それをちゃんと意識していなければ解らなし、フォルテは撃ち終わってから直ぐに銃を向けたのだ。

 タクトは銃を向けきる前には動いており、向けられてから弾が残っている事が解った訳ではない。

 それに、ここは訓練所であるから、自分に銃が向けられるなどと普通は考えず、咄嗟に反撃の為の行動などとれないだろう。

 よほど訓練を積み、実戦を経験している者でもなければ。

 

 タクトの場合、横から見ていたのもあり、回転式弾装の一発ごとの回転を見て、6発装填だと計算したのである。

 

「俺の実戦経験なんて君に比べれば遊びのレベルさ。

 頭を使う事は得意だけどね。

 悪いが、君を頼りにする事になるよ」

 

 実戦経験、この場合は艦隊戦の事を言っているのではない。

 タクトの艦隊戦の実戦はフォルテ達と出会ったあの戦いが間違いなく初めてだ。

 

「ああ、それは構わないさ。

 で、心配しているのはもしかして、私達エンジェル隊のパイロットとして以外の部分かい?」

 

 フォルテは気づいた。

 先ほどの質問の真の意味を。

 そして、思い出す事は、この艦には今でこそ軍人が数名乗っているが、大半は民間人である事だ。

 

「ああ」

 

「正直なところ、そう言う事態になったら、ミルフィーとヴァニラは戦力外だよ。

 他の2人もあまりアテにはできない」

 

「そうか……」

 

 フォルテはエンジェル隊のリーダーを務めている。

 隊員の事ならば今はフォルテが一番理解しているだろう。

 その彼女が言うのだ、タクトが得ている情報以上に、それは真実だろう。

 

「それはなんとかしよう。

 それが仕事だしね。

 とりあえず、君にも認められる事を目指すさ」

 

「ああ、がんばってくれよ、司令官殿」

 

 フォルテのタクトの呼び方、それは敬意を払っている様でまるで敬意が込められていない。

 フォルテも十分に若い女性だが、タクトは司令官になるには若すぎる年齢だ。

 そして、事実タクトには実戦経験が乏しく、司令官としては青二才で、実戦ともなれば指揮能力でも実戦叩き上げのフォルテに劣る可能性がある。

 だからこそ、これは彼女なりの『挑発』である。

 今はまだ認めて無いと示すと同時に、認めさせろと言っているのだ。

 

 タクトは、それに応え様と、ここに静かに宣言する。

 

「終わりましたー」

 

 と、丁度その時ミルフィーが銃を下ろす。

 普段やっていないせいか、ずいぶん疲れている様子だ。

 しかし、

 

「結果は……全弾命中か」

 

「ミルフィーの成績はアテにならないんだよねぇ。

 全弾命中か全弾外れかだし」

 

「なるほど、これも特性か」

 

「疲れましたー」

 

 ミルフィーの成績を見て複雑な表情を浮かべるタクトとフォルテ。

 それから少し休んでから部屋を出る事にした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングルーム

 

 次にミルフィーとタクトが訪れたのはトレーニングルーム。

 

「ここはトレーニングルームです。

 格闘技やフィットネスの訓練ができますし、その他のスポーツ施設も充実しています」

 

「へー、流石というか、いい設備が揃ってるねー」

 

 部屋を見渡すタクト。

 今の時間は利用者はまばらだが、実に多種多様の運動が行われている。

 部屋を挟んだ先にはテニスコートまである。

 更に、その奥にはサッカーと野球が出来るだけの空間があり、総合的な運動場になっているのだろう。

 はっきり言うと呆れる程の充実ぶりだ。

 確かに宇宙を渡る船ともなれば、この様な施設は必要不可欠と言って良い。

 だが、ここまでくるとちょっとやりすぎな気もする。

 

 と、見渡していると、見知った顔があった。

 

 ドスンッ!

 

 服装こそ変わっていたが、すぐに解った彼女はサンドバックを叩いていた。

 軽く人一人分の重さがある筈の大きなサンドバックをだ。

 

「あ、ランファ」

 

 ミルフィーも気付いて声を掛ける。

 だが、

 

 ドッ!

        バンッ!

      ズバババンッ!

  ズドォンッ!!

 

 サンドバックを叩き続けるランファ。

 最後は蹴りであったが、サンドバックが回転してしまいそうな勢いで宙に舞った。

 単純な腕力だけではない、見事な拳打と蹴りだった。

 

(資料で知ってるつもりだったんだけどな……)

 

 そんな光景を見ながら、もう笑うしかないと思うタクト。

 ランファの特技には格闘技がある。

 軍の士官学校時代は格闘戦に於いてランファに勝てる者はおらず、教官も立つ瀬がなかったとか。

 どうやら出身地において格闘技の師がいたらしく、その時から培われたものとの事。

 

 そんなランファが搭乗するGA-002カンフーファイターは、実に彼女に合った機体だ。

 GA-005までの5機の紋章機の内で最速を誇り、武装は中央の中型ミサイル、両肩の近距離ミサイルに両腕に電磁ワイヤーアンカーを搭載。

 戦闘機でありながら近接格闘戦の様なスタイルが取れる機体となっている。

 電磁ワイヤーアンカーは、特殊武装であり、通称『アンカークロー』として射出し、相手を粉砕する。

 ただし、最高速を誇り回避力が高いかわりに装甲が薄く、敵に囲まれ避ける事が困難な弾雨に晒されるとアッサリ落ちかねない。

 戦場で活躍できる否かは、操縦者の腕もそうだが、運用するタクトの指揮能力にも大きく左右されるだろう。

 

「あら、アンタ達、来てたの」

 

「ランファはトレーニング?」

 

「見りゃ解るでしょ。

 アンタ達は?」

 

「私はタクトさんを案内をしてるの」

 

「ふーん。

 まあいいか。

 ここに来たんだから少し何かやっていく?」

 

 と、タクトを見て問うランファ。

 どうやらランファとしては何かをやらせたいらしい。

 恐らくは、タクトの運動能力を見るために。

 

「そうだね。

 そう言えば、君は格闘技をやってるんだったね?」

 

「ええ」

 

「じゃあ、少し手合わせ願えるかな?

 それが一番早いだろう?」

 

「……ふぅん、解ってるじゃない」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるランファ。

 タクトとしても、乗ってくれて助かっている。

 腕力は先程サンドバックを叩いているのを見れば解るし、敵の殴り方を心得ているのは解る。

 だが、タクトが知りたいのはそんなものではない。

 

「手合わせって、タクトさん……」

 

「大丈夫だよ、すぐに終わるから。

 少し待ってて」 

 

 心配そうなミルフィーを置いて、タクトとランファは部屋の中央付近にあるレスリング用だろう空間に立った。

 スポーツウェアのランファと軍服のままのタクトがだ。

 尚、銃などはミルフィーに預けてある。

 

「そのままでいいの?」

 

 動きやすいスポーツウェアのランファが問う。

 その格好では不利ではないかと言う意味の問いを。

 

「これは軍服だよ? 

 確かに士官用で、その意味は儀礼的なものに偏っているけど。

 だが、それでも戦時に使う軍服だ。

 その意味は軍人である君なら解っているだろう?」

 

「それもそうね」

 

 完全戦闘用には全く及ばなくとも、戦争する人間が着る服だ。

 寧ろランファが着ている動きやすく、汚れてもいいというのが存在意義であるスポーツウェアよりも、身を護るという面では格闘技には向いているかもしれない。

 後は、互いに自分の装備をどう活かすかになるだろう。

 

「じゃ、行くわよ」

 

「ああ」

 

 戦いの開始にゴングは無い。

 互いに交わしたその言葉を相互の了解として、戦いは始まった。

 

 ス……

 

 先に動いたのはタクトだった。

 明らかに何らかの格闘技を修め、慎重に構えているランファに向かってゆっくりと歩くという動作だ。

 その歩き方も普通のもので、廊下を歩いているそれと何ら変わらない。

 速度も、その表情も、全ての動きがただの徒歩。

 

「……」

 

 それを怪訝そうに睨むランファ。

 相手である自分がこうして攻撃的な構えをしていると言うのに、それでも尚自然すぎる徒歩。

 それが逆に怪し過ぎる。

 だから、敢えて手は出さない。

 

 そうして、タクトは普通に歩いてランファの間合いに入ろうとした。

 その時、

 

 フッ!

 

 突如、本当に刹那の切り替えで発生する加速。

 タクトは自然な徒歩から、何の予備動作も無く全速力の跳躍をした。

 そして、ランファの側面に回りこむ。

 

「―――っ!」

 

 タクトの跳躍は、速度として目に止まらぬ程のものではない。

 軍での訓練の延長でしか体術を会得していないタクトに超人的な身体能力がある訳ではないのだ。

 だが、軍の訓練の延長で習った不意打ちの応用、極端な緩急によって、常人では消えたとすら錯覚する。

 実際、見ていたミルフィーや観客となっていた他のクルーもタクトの姿を一瞬見失った。

 

 しかし、ランファは違う。

 ランファは軍に入る前からとある武術の師を持ち、士官学校時代では格闘戦において右に出る者は居なかった実力者。

 この程度の不意打ちで欺く事はできず、ちゃんと目でも追ってくる。

 この不意打ちは何より相対している対象にこそ有効なものであってもだ。

 

 だが、

 

(……っ!!)

 

 ドクンッ!

 

 ランファは確かにタクトの動きを捉えていた。

 目でも追えるし、動き自体も見切った。

 だがしかし、ランファの心臓は突然跳ねた。 

 

「ふっ!」

 

 シュッ!

 

 タクトの手が伸びる。

 鳩尾を狙った抜き手と呼ばれる指による刺突だ。

 元々薄いスポーツウェアの上、この服はヘソの辺りは露出し、ランファの場合その胸でシャツが前に押し出されている分、下側から覗き込めばブラも見えてしまう。

 まあ、今はスポーツ用の物を着けているので、見えてもそんなに嬉しくないが。

 つまり、下側からならば鳩尾へと伸びるその抜き手を阻む物はないのである。

 鳩尾は人体急所の一つと言われ、実際ここを打たれる事は重要な臓器である胃にダメージが行く。

 タクトとしては、女性相手に本気で殴れる場所を考えた上でそうなったというのはある。

 

 だが、そこは人体急所であり、打ち方は抜き手で、『打つ』ではなく『突き』であり『貫く』事を狙っている。

 そして、なにより、

 

(……ああっ!!)

 

 ランファは恐怖を感じた。

 その攻撃もそうだが、合ってしまった目が。

 今対峙している相手、タクトの目、その瞳に込められた感情、更に発生したこの場の空気。

 それは『殺意』であり、殺し合いの場である本物の戦場の空気だ。

 訓練を受け、戦闘機での戦闘はこなすランファであっても経験した事のない、生身の人間同士の殺し合いが、今この場で起きている。

 

「ああっ!!」

 

 ズダァァァァァンッ!!!

 

 次の瞬間には、ランファは蹴りを放っていた。

 自分を殺そうとする相手に、自衛として、全力の回し蹴りを。

 長年の訓練で身に付いた自分の最高の蹴りを持って生き残ろうとした。

 タクトは下側から攻撃する為と全身をバネにした抜き手を放つ為に、ランファの傍でしゃがんでいる状態だ。

 その状態の頭の位置、ランファからすれば腰のあたりの高さにある頭部に全力で蹴ったのだ。

 

「がっ!」

 

 ズドォォォォンッ!!

 

 その蹴りをタクトは受けた。

 攻撃を中断し、両手でガードするが、それでも蹴り飛ばされる。

 ガードの上から来る衝撃もそうだが、飛ばされ方も異常な程で、タクトの身体はまるで木の葉の様に宙を舞い、壁際へと飛ばされる。

 飛ばされた先はサンドバックがあり、幸いそれに衝突し、ダメージは緩和された。

 

「………………あああっ!!

 タクトさん! 大丈夫ですか!!」 

 

 何が起こったか解らず、暫く呆然としていたミルフィーだが、正気を取り戻して直ぐにタクトに駆け寄る。

 パニックしていないだけ流石に士官学校を卒業した軍人と言ったところだろうか。

 

「っと……まあ、なんとか」

 

 全身の状態を確認し、立ち上がるタクト。

 サンドバックのおかげでなんとか事なきを得た。

 蹴りをガードした腕が痛いが、骨に異常はないだろう。

 

「……あ、ご、ごめん、大丈夫?」

 

 ミルフィーより遅くタクトに駆け寄るランファ。

 外で見ていたミルフィーよりも衝撃だったのだろう。

 先ほどの事、そして自分自身がとった行動というものに。

 

「ああ。

 しっかし強いなぁ。

 負けたよ」

 

 あっけらかんと笑うタクト。

 それを見てランファは余計に混乱する事になる。

 先ほどの一瞬感じた恐怖、死が舞い降りる本当の戦場の感覚はなんだったのかと。

 

「な、なかなかいい動きだったじゃない。

 不意を突かれて手加減を間違えちゃったわよ」

 

「ははは、いやー、本格的に格闘技を修めている君に真正面から勝負しても勝てないからね」

 

 何とかいつもの調子に戻りつつあるランファと、相変わらず軽く笑うタクト。

 その様子に周囲も安心しても元の場所へと戻っていく。

 

「タクトさん、怪我はないですか?」

 

「ん? ああ、ちょっと腕が痛いが、まあ問題ないよ」

 

「ダメですよ! 医務室へ行きましょう」

 

「ん〜、まあそうだね、一応診て貰うか。

 じゃ、俺達はこれで」

 

「え? あ、うん」

 

 やはりまだ何かが引っかかり、反応が遅れるランファ。

 そんな彼女を置いて、タクトとミルフィーはトレーニングルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室

 

 トレーニングルームを後にすると、ミルフィーに連れられ医務室までやってきたタクト。

 その医務室というのもまた現在の技術の最先端が収容された豪華施設であった。

 尤も、何に使う機材なのかは流石に全て解る訳ではない。

 

「先生、いらっしゃいますか?

 タクトさんが怪我を……」

 

 部屋に入るなりミルフィーは少し慌てた様子で呼びかけるが、どうやら先生と呼ばれる人の気配はない。

 その代わりに、

 

「……先生は席を外されています。

 私が治療を……」

 

 そこに居たのはヴァニラだった。

 だが、今ヴァニラは何と言っただろうか。

 確かに着けているヘアバンドらしきもの(にしては大きすぎる物)は看護帽に見えないこともないし、きている服も白く清潔感がある。

 が、それでもヴァニラは肩にウサギかリスに似た小動物を乗せた僅か13歳の少女だ。

 小学校、中学校の保険委員でもあるまいし、普通はこんな少女が医務室で治療をするなんていう事はおかしいだろう。

 

 しかし、

 

「あ、ヴァニラ。

 ヴァニラがいるなら安心」

 

 ミルフィーはそれを一切疑問に思っていない。

 ヴァニラがここ医務室に居る事自体もだ。

 

「ああ、そうか、確か君は……」

 

 タクトは思い出す。

 資料にあったヴァニラの特筆事項を。

 

「それで、どうされたのですか?」

 

「ああ、ランファとちょっと組み手をやってね。

 両手と背を打ったんだ」

 

「診せてもらえますか?」

 

「ああ、頼むよ」

 

 ヴァニラに言われて上着を脱ぎだすタクト。

 ここが医務室である事を考えれば、まあ特に気にする事に無い行為だろう。

 だが、

 

「あっ!」

 

 ミルフィーは顔を赤くして顔を背けた。

 男としては上半身の裸を見られたからと言ってどう思う事はないのだが、ミルフィーくらい純粋な女性にとっては違うのだろう。

 ヴァニラの場合は事情が事情なので、気にしないのだろう。

 

 バサッ

 

「ふぅ……」

 

 上着もシャツも全て脱いで現れるのは軍人として鍛えられた肉体。

 普段の軽い顔やふざけた様子からではとても想像できないだろう、均衡の取れた美しい筋肉がそこにある。

 ボディービルダーとまではいかないし、そもそも見せる為ではなく、使う為の筋肉なので付き方が違う。

 だが、それでも鍛え抜かれた男の体、見る人が見れば何か一言くらいありそうだが……

 

「ではまず腕を」

 

「はい、お願いするよ」

 

 相手が13歳の少女であり、診察する者であるとなればあまり関係の無い話だ。

 

「次は背中を」

 

「はいはい」

 

 両腕を診て貰った後、背中を向けてそちらも診て貰う。

 

「投げられたのですか?」

 

「うん、そんなところだ」

 

 軽く問診もされるが、詳細は伝えない。

 流石に蹴り飛ばされてサンドバックに叩きつけられた、などとは言えないだろう。

 本来なら言うべきだろうが、今はその必要はないだろうから言わない。

 

「軽い打ち身になっていますね」

 

「うん」

 

 診察が終わり、また向かい合う2人。

 ここから彼女の治療が始まる。

 

「では、治療します。

 手を出してください」

 

「ああ、頼むよ」

 

 両腕をヴァニラの前に出すタクト。

 

「はい」

 

 ヴァニラはそれを手に取る。

 そして、意識を集中し始める。

 すると、

 

 パァァ!

 

 ヴァニラの肩に乗っていた小動物らいしきものが発光し、その光がヴァニラの腕を伝いタクトの腕、背へと回る。

 患部まで到達した光は更に患部で発光し、やがて消えていく。

 

「これが、ナノマシンによる治療か」

 

 痛みが引き、傷が消えていくのが解る。

 ナノマシンが身体を治療してくれているのだ。

 ヴァニラが使うナノマシンは分子アセンブラの一種である。

 原子レベルの操作により現存する大半の物質を生成する事ができる。

 それによって傷口を塞いだり、損傷を再構築したりするのである。

 尚、勿論『無』から『有』を作り出す訳ではなく、周囲の塵など、不必要なもの、もしくはナノマシン自身が再構築されてそうなるものである。

 

 簡単に言うと、ほぼどんな怪我もあっという間に、何の痛みも感じることなく治療してくれる凄い機械であり、ヴァニラはその使い手なのだ。

 

「終わりました」

 

「ありがとう」

 

 治療が終了し、患部だった場所とヴァニラの肩の小動物らしきものの発光が止まる。

 どうやらヴァニラの肩に乗っているのはナノマシンの集合体だったらしい。

 別にそんな形であるという決まりはないが、ヴァニラが趣味かなにかでそう言う形にして持ち運んでいるのだろう。

 一つの集合体にする事によって、拡散を防止する意味もある。

 因みに、看護帽らしきものは、このナノマシンを操作する為の装置でもある。

 

「それにしてもナノマシンによる治療は初めて見たけど、やっぱり凄いな」

 

「いえ、そんな事はありません」

 

 服を着ながらではあるが、ヴァニラの技術を賞賛するタクト。

 ナノマシンの操作は非常に難しく、特殊技能と言えるものだ。

 更に治療用ナノマシンとは言え医学の知識がなければ操れる物ではなく、ヴァニラはこの齢にして相等の知識を持っている事になる。

 この年齢で是だけの操作が出来るとなれば、本当に素晴らしい事で、並の賞賛では足りないだろう。

 

 だが、ヴァニラはあくまで冷静に受け答えをするだけで、褒められても感情を見せない。

 それは、ナノマシンをコントロールするにはまず自らをコントロールできなければならないからだ。

 感情すらコントロールし、常に一定の落ち着いた気持ちでなければナノマシンは運用できないらしい。

 調書によれば、ヴァニラは幼い頃からナノマシンのコントロールを収得した為、感情が乏しいとの事。

 

 と、その時、医務室に入ってくる人がいた。

 

「あら、ミルフィーじゃない、どうしたの?」

 

「あ、ケーラ先生。

 タクトさんが怪我をして」

 

 ミルフィーから出た名前からして、どうやらここの本当の主らしい。

 少しウェーブの掛かった銀髪の、モデルでも出来そうなくらいスタイルが良い若い女性だ。

 因みに後に資料で確認するが29歳らしい。

 白衣を羽織り、腕には赤十字の腕章がある。

 女医である事は間違いなく、顔写真までは見なかったが確か資料には腕の良い医者であると載っていた。

 

 しかし、

 

(いくらこの船が白き月の管轄で、クルーは巫女とはいえ、妙に若い女性が多いな。

 しかも美人ばかりだし……)

 

 整備班長のクレータを見た時も驚いたが、流石にタクトもそう思わずにはいられない。

 この艦にはクルーとして女性が多く、その中で医師を務めるなら女性になるのは必然であろう。

 

 が、若くて美人がやたらと多い理由は何か。

 男性であるタクトしては嬉しい限りであるが、H.A.L.Oシステムの面食い説どころかエルシオール、ひいては白き月の面食い説も唱えられそうだ。

 

 まあ、それはとりあえず置いておこう。

 

「あら、そうなの。

 で、そちらの貴方は……どなただったかしら?」

 

 恐らく、巨大とはいえ限られた空間であるエルシオールに勤める女医であるこの人物はクルーの顔と名前を全員覚えているのだろう。

 だから見慣れないタクトを見てそんな事を聞いている。

 

「タクト・マイヤーズです。

 ルフト准将より司令を引き継いだ者です」

 

 自己紹介をしつつタクトはちょっと考える。

 一度艦内放送で自己紹介をしておいた方が良さそうだと。

 

「ああ、貴方が例の。

 それはごめんなさい、私、医務室を預かるケーラです。

 よろしくお願いいたしますわ、司令」

 

「こちらこそ」

 

 笑顔で会釈し合うタクトとケーラ。

 

「ところで、ケーラ先生はやはりカウンセリングなども担当されるので?」

 

 ここは儀礼艦とは言え宇宙を渡る艦船だ。

 そこに務める医師はほぼ全てを賄える事が要求される。

 その中でもカウンセリングは重要な仕事になる。

 唯でさえ地上から離れ、生身では生きる事が適わず、外を眺めても延々と同じ景色が続きがちな宇宙では心は痛みやすい。

 宇宙を渡る事が一般化し、人々の耐性もだいぶ付いているが、それでもやはり広大すぎる宇宙の中では人という存在はあまりに弱いのだ。

 

 そこへ更に戦時ともなれば心のケアがどれだけ重要か、などという事は想像に難く無いだろう。

 いや、宇宙も戦争も経験の無い者にとっては想像を絶するものだ。

 正直、軍人ですらない者がクルーを務めるこの艦が、幾度も戦闘を経験しながら今ほど明るい雰囲気を保っているのは奇跡に近い。

 逃げているという今の状況を考えれば尚更だ。

 そんな中でも何とか艦内がもっているのは、恐らくエンジェル隊の存在、紋章機の強さだけではなく、パイロットである彼女等の強さが影響しているとタクトは考えている。

 

 しかし、言ってしまえばパイロットでしかない彼女等にクルー一人一人を気遣う事は不可能だし、逆に彼女達こそケアが必要だ。

 そう言う状況下となれば、やはり専門家は必須となる。

 

「ええ、勿論。

 尤も、家にはヴァニラがいますから、怪我の治療などは殆どこの子がして、私はカウンセリングがメインになってますけど」

 

「なるほどー」

 

 笑いながら受け答えるタクトとケーラ。

 しかし、この若い女医も解っているだろうし、既にその兆候はでているかもしれない。

 今後、彼女の下には心を病んだ人が助けを求める事が爆発的に増えるだろうと言う事は。

 それを考えるとヴァニラの存在は非常に助かる。

 ケーラはカウンセリングの方に集中できるのだから。

 

「本当、ヴァニラは働き者なんですよ。

 パイロットとしてもそうですけど、無駄なおしゃべりもしないで確実に仕事をこなすんです」

 

「そうね、助かってるわ」

 

 恐らく、タクトとケーラが水面下で考えている事など全く解っていないだろうミルフィー。

 だが、彼女はそれでいいのだとタクトは考える。

 

「……別に褒められる様な事ではありません」

 

 素っ気無く返すヴァニラ。

 そんな働き者らしいヴァニラの本業は一応パイロットだ。

 GA-005ハーベスターに搭乗するエンジェル隊の一員。

 本来在り得ない事、齢13にして軍属となり、更に戦闘機のパイロットまで勤める少女だ。

 因みに、外見だけは一番幼く見るミントですら年齢は16である。

 調べてみたが、H.A.L.Oシステムとリンクが可能と言う事でかなり無理矢理軍属にされた様だった。

 尤も、本人の意思としては拒絶するものではなかったらしいが……

 

 搭乗しているハーベスターは本人の能力もあってナノマシンによる僚機の修理ができる。

 ただし、修理はその構造を良く知る味方の紋章機のみであり、エルシオールはサイズ差から事実上修理ができない。

 基本的に修理は僚機とぎりぎり接近して行われるが、特殊武装であるナノマシンを最大展開すると戦闘宙域に拡散し、僚機全てを修復できる。

 ただ、ナノマシンも有限である為、全域散布、通称『リペアウェーブ』を使うとエルシオールでの補給が必要となる。

 

 その他、ハーベスターの特徴は、まずその外観から、巨大な円形のエネルギーシールドを持つ事が挙げられる。

 その巨大なエネルギーシールドを持つ為にアンバランスに見えながらも高い旋回能力を持ち、回避性能が高い。

 更に移動速度も早く、防御力が高く、回避力も高い、カンフーファイターと並んで小回りの利く機体である。

 ただ、基本的に味方機の修理を目的としている為か、武装は近接レーザーと中距離ビーム砲のみ。

 攻撃力は紋章機中最弱となっている。

 

 尤も、最弱といっても他の紋章機と比べて、という話であり、その高い防御能力、回避能力から実際にその強さは単機でも艦隊を相手にできる。

 

 だがしかし、ハーベスターには本来もう一つ、攻撃手段がある筈なのだ。

 だから、確かめる為にタクトは尋ねた。

 

「ところでヴァニラ。

 そのナノマシンでできた小動物だけど」

 

「ナノマシンペットの事ですか?」

 

 どうやらヴァニラはリスかウサギに似た小動物の形をしたナノマシンの集合体を『ナノマシンペット』と呼んでいるらしい。

 特別な名前は無い様子。

 尤も、小動物の様な動きも再現できるだろうが、そう言う形を取らせているだけなので、ぬいぐるみと同じ感覚なのかもしれない。

 ともあれ、このナノマシンの小動物はヴァニラがそう意識して作っているものだ。

 で、あるからして、

 

「確かナノマシンは、形を自由に変えられるよね?」

 

「はい、これは私がこういう形を取らせているだけですから」

 

「じゃあさ、ナノマシンを自分に纏って形を持たせる事もできるの?」

 

「はい、可能です」

 

「そう」

 

 使い手の技量にもよるが、自由に形を変え、更に必要な物質に変異できるナノマシンの集合体。

 それを使えば外見を変えることも容易だ。

 タクトが資料で知る限り、ナノマシンを常に服にして着て歩いているナノマシン使いが居る。

 

 それは兎も角、何を意図しているか良く解らない問いだ。

 ミルフィーとケーラは特に口を挟む事なく横で聞いているだけ。

 だが、次の質問は別だった。

 

「そう言えば、GA-005ハーベスターに搭載されているナノマシンは修復にしか使っていないのかい?」

 

 普段携帯しているナノマシンに関する質問も必要あってしたものだが、これが本題だった。

 しかし、その質問の内容は普段のヴァニラが搭乗するハーベスターに慣れ親しんでいる者には逆に意味が解らないだろう。

 

「はい、そうです」

 

「ヴァニラの修理があるから凄く助かってますよ」

 

 恐らく、タクトの本当の意図など想像すらできないだろう二人が正直に答える。

 しかし、その中で、

 

「……―――っ!」

 

 ケーラが何かに気付いてタクトを睨んだ。

 先程まで微笑んでいた顔が、殺意すら向けてきている。

 ヴァニラとミルフィーは気付いていないが、タクトには隠さずに向けている。

 だが、

 

「うん、それでいいよ」

 

 タクトはヴァニラとミルフィーの答えに満足した様に微笑む。

 心から、そう思って。

 

「……」

 

 それを見て、ケーラは一度怪訝そうな顔をするが、やがて安堵した様子だった。

 その表情の変化をみて、タクトも理解し、同時に安堵した事がある。 

 だが、今はそれは置いておこう。

 

「じゃあ、そろそろ行くかな。

 ヴァニラ、治療ありがとう。

 ケーラ先生、また今度」

 

「はい」

 

「ええ、今度来たらコーヒーくらい御馳走するわ」

 

 ミルフィーと共に医務室を出るタクト。

 今日はまだ行かねばならない場所がある。

 

 

 

 

 

 

 医務室を出たタクト達。

 ふと廊下を歩いていると思ったことがある。

 

「小腹がすいたな」

 

「あ、それなら……」

 

 思ったことをちょっと口にしたタクト。

 それで次の行き先が決まった。

 

 

 

 

 

 

 ティーラウンジ

 

「ここがいつも皆で集まってお茶をしてるティーラウンジです」

 

「へぇー、これはまたなかなか」

 

 案内されたティーラウンジは、これまた洒落たもので、内容も充実していた。

 何度も思っていた事だが、艦船の中とは思えない施設だ。

 今は適度に人がおらず、席は空いている。

 そんなティーラウンジを見渡していると、

 

「あら、タクトさんにミルフィーユさん」

 

 知った顔が居た。

 ミント・ブラマンシュだ。

 

「あ、ミント」

 

「やあ、お茶の時間だったかい?」

 

「ええ」

 

 一つの席に座り紅茶を片手に茶菓子を楽しんでいるミント。

 ただ、一つ変わっているのは、紅茶と並んでケーキもあるのだが、それと一緒に所謂駄菓子と言われるものもある事だ。

 そして、ミントはその駄菓子の方を食べている。

 それに、頭の白い耳の動きから、心から楽しんでいるものと思われる。

 

「へぇ、杏子飴か。

 懐かしいな」

 

「あら、よく存知で」

 

 ミントが手に取っていたものはタクトも知っている駄菓子の一つだった。

 昔片手で数える程であったが食べた事もある。

 

「一緒にいいかな?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 ミントが座っているのは4人はかけられるテーブルであった為、相席を頼む。

 すると快く了解してくれるミント。

 そこで、

 

「あ、ミルフィー、何か頼む?

 俺はアップルティーを、会計は君のもまとめてこれで」

 

 タクトが渡すのはタクトの財布であるカードだ。

 要は奢るといっているのだ。

 

「え? 良いんですか?」

 

「ああ、俺から誘ったものだしね。

 男から誘ったからにはこれくらいは礼儀だよ」

 

「わーい、ありがとうございますー」

 

 喜んでショーケースの下に行くミルフィー。

 それを見送ってタクトは席に着いた。

 

「それにしてもブラマンシュのご令嬢が駄菓子とは、ちょっと変わった趣味だね。

 まあ、俺も駄菓子は結構好きだけど」

 

 ミント・ブラマンシュの姓である『ブラマンシュ』は名門財閥の名でもある。

 そして、ミントはその名門ブラマンシュ財閥のご令嬢なのだ。

 何故そんな者が軍にいるのかと言えば、親としては花嫁修業であり、軍と関係を築く為の策略であったりもするらしい。

 

(駄菓子好きは家では食べられなかった反動とかかな?

 そうなら、共感もできるんだけどなー)

 

 などと考えるタクト。

 タクトも、家では祖母が食べ物に厳しかった為、駄菓子の類はあまり食べた経験がないのだ。

 

「あら、同じですわね、タクトさん」

 

「あ、やっぱりそうなんだ」

 

 まるでタクトの心の中を読んだかの様に微笑むミントに、笑って返すタクト。

 いや、これは、『の様に』ではないのだ。

 

「なるほどー、これが例の」

 

「どうやらご存知の様ですね。

 テレパスで思考を読ませていただきましたわ」

 

 そう、ミントは本当に人の心、考えている事が読めるのだ。

 それはどうやらブラマンシュの家系が持つ能力らしい。

 

 そんなミントが搭乗するのはGA-003トリックマスター。

 左右の弧を描くブームを持つ、現在ある5機の紋章機の中では特徴的なシルエットを持つトリックマスター。

 この弧を描いているブームはレーダーアームと呼ばれ、レーダーや高出力ECM発生装置を内蔵している。

 また、機体中央に搭載される円盤型レーダーによりアクティブホーミングが可能であり、それらのレーダー機能はミントのテレパス能力によって運用されている。

 因みにECMとは電子対抗手段 (ECM:Electronic Counter Measures) であり、敵のレーダーを撹乱する装置の事。

 余談だが、それに対抗する装置をECCM、対電子対抗手段 (ECCM:Electronic Counter-Counter Measures) と言う。

 艦隊戦ともなれば、これらの装置がどれ程優秀かというのも戦局に大きく影響する。

 

 尤も、トリックマスターに搭載されるECMやレーダーは戦闘機に搭載されるものとしては高出力だが、エルシオールのそれを越えるものではない。

 更にミントのテレパスを増幅する効果もあるが、全てのシステムがH.A.L.Oシステムによって機能が上下してしまう為、常時使用できるとも限らない。

 まあ、それでも並のテンション以上の状態ならば、単独で出撃し、索敵、哨戒をするのに適した機体と言える。 

 それにこの広域ECMは完全に封殺する事はできなくとも敵のレーダー等を阻害する事ができ、ホーミングミサイルなどは追尾不能になる。

 それは近くにいる味方にも有効である為、支援する機体としての存在は大きい。

 

 武装は長距離ミサイルとフライヤー。

 このフライヤーもミントの能力によって運用される特殊兵装であり、全方位に攻撃する事ができる。

 最大展開時には離れた場所から艦隊をも壊滅に追い込むことができる、通称『フライヤーダンス』となる。

 

「テレパスか、初体験だよ。

 それじゃあ……」

 

 普通テレパス能力者を相手にすると、できもしないのに思考を封じようする人が多い。

 だが、タクトは違った。

 

(まったく羨ましいよ。

 俺なんかもう、女性の心が読めたらと何度思ったことか……)

 

 などとわざと読ませる様な思考をする。

 因みにだが、心の奥底からの本心である。

 

「と、こんな事をレディーに訴えると怒られるか」

 

「まったくです。

 女性の心を手に取ろうというなら、男性として精進なさってくださいまし」

 

 笑うタクトと、笑いながらそう叱るミント。

 しかし、ミントは少し笑ってから、言った。

 

「……おかしな方ですわね。

 貴方は」

 

 悪い意味ではなく、不思議なものを見る様にタクトに目を向けるミント。

 とても複雑な思いで。

 

「おかしい、か。

 よく言われるよ」

 

 そう言われるのはもう慣れているというか、寧ろ褒め言葉だと思っているタクトはまた笑う。

 ただ無邪気と言える様な笑みだ。

 

「……私、少し用事を思い出しましたわ。

 失礼いたします」

 

 突然席を立つミント。

 まだ駄菓子もお茶も残っているというのに。

 

「ああ」

 

 だが、タクトは止める事なく見送るだけだ。

 ただ、

 

(拙ったかな? 年頃のレディーだし、もう少し気のきいた言葉でも出りゃ良かったんだけど)

 

 心を読めるということは便利だと思う。

 だが、そう思うと同時にどれだけ苦しいは全く解らない。

 見送りつつ、そう考えるタクトは、ミントの残した駄菓子に手を伸ばした。

 

「……うん、美味しい」

 

 懐かしい味を楽しむタクト。

 因みにだが間接キスになるような食べかけではない。

 

 と、そこへミルフィーが戻って来る。

 

「すいません、時間掛かっちゃいました。 

 ……あれ? ミントは?」

 

「ああ、用事があるって行ってしまったよ」

 

「そうなんですか」

 

 それから少しミルフィーと2人でお茶をのみながら茶菓子をつまむ。

 ミルフィーと笑いながら、甘い茶菓子を。

 

 

 

 

 

 それから、Cブロックの食堂、ホールを回るタクトとミルフィー。

 その後で、タクトは再びDブロックにやってくる。

 そこで訪れたのは―――

 

 

 

 

 

 クジラルーム・ビーチ

 

 Cブロックにあるホールの空間無駄遣いも凄かったが、それ以上のものがここにあった。

 

「はははは……艦船にビーチが……」

 

 思わず空笑いが出てしまうタクト。

 軍艦の中を案内してもらっている筈なのに、目の前にビーチが現れたのだ。

 勿論空も地平線も映像だ。

 特に地平線は泳ぐ人の為か、そこは壁だと解り易い様になっている。

 しかし、この空間は十分に広大で、単にビーチでの遊ぶという目的なら十分過ぎる広さが確保されていた。

 

「元は艦内プールだったらしいんですけど」

 

 この部屋の紹介をするミルフィー。

 しかし、今『元』と言った。

 つまりは今は違うと言う事だ。

 

「ビーチとプールの差という訳ではなさそうだね」

 

「はい、今に解りますよ。

 その前にぜひ紹介したい人がいます」

 

 笑って自分から振った話題をはぐらかすミルフィー。

 その後でタクトはミルフィーに連れられ、ビーチにある建物までやってきた。

 ビーチなので海の家となるところだったが、しかしどうやら全く違う建物だ。

 ガラス張りになっている箇所もあり、どうやら温室として機能している部分もある。

 

「ここは?」

 

「ここの管理室です。

 あそこの温室になっている所ではいろいろな動植物がいるんですよ」

 

「ますます艦船の中とは思えないな……」

 

 と、驚きの表情を見せつつも、実はこの温室に関しては驚いていない。

 これはエルシオールに最初からあったものだからだ。

 

「ところで、紹介したい人ってここの管理人かな?」

 

「はいそうですよ」

 

 と、ミルフィーが答えたときだ、

 近くから声が聞こえた。

 

「お呼びですか?」

 

 それは男とも女ともつかない声。

 そして、振り向けば、やはり男女の見分けが困難な、美少年かボーイッシュな少女が立っていた。

 

「はじめまして、マイヤーズ司令官ですね。

 僕はここの管理を任されていますクロミエ・クワルクと申します」

 

 髪はオレンジのショートで、水色の瞳をしており、肩にはクジラのぬいぐるみを乗せている。

 ……いや、そのクジラは生きている。

 どうやら本物の子クジラらしい。

 

「よろしく、タクト・マイヤーズだ。

 タクトと呼んでくれていいよ」

 

「解りました、タクトさん」

 

 軽く自己紹介をするタクト。

 名前からも性別の判別はできない。

 尚、後で資料を漁ってみたが、何故かクロミエの性別を記載した資料がなかったのは別の話である。

 

「実は、タクトさんに挨拶をしたいと言う方がいるのですが」

 

「ああ、それはいいけど。

 誰なんだい?」

 

 挨拶が終わるとそう言い出してきたクロミエ。

 見回したところ、特に人影もなく、タクト達以外の人気配は無い。 

 しかし、

 

「はい、この艦の住人で、宇宙クジラです」

 

「……え?」

 

 今クロミエが言った言葉の意味が解らず、一瞬硬直する。

 その時、

 

 ザバァァァァンッ!!

 

 ビーチの方から大きな水音がする。

 そして、海から巨大な影が現れた。

 

 キューーン

 

 低く木霊する鳴き声。

 

「いやー、資料で読んだときは何の冗談かと笑ったもんだけど……」

 

 もう何度目だろうか、笑うしかないのだ。

 こればかりはタクトをして信じていなかった。

 海から現れたのは宇宙クジラだ。

 かなり巨大でタクトの位置からでは壁にしか見えないくらいだ。

 

 キュオオオン

     ザバァァァンッ!

 

 一度姿を見せた宇宙クジラは再び海の中へと潜っていった。

 

「びっくりしたでしょう? 

 プールの中に宇宙クジラが棲んでるんです」

 

 ミルフィーはそう言って笑うが、ビックリするポイントは『艦船の中の』プールに宇宙クジラが棲んでいる事だ。

 はっきり言って、『何故』と疑問に思わない人はおるまい。

 

「今日は何時になく機嫌が良いみたいですね。

 タクトさんのことを気に入ったみたいですよ」

 

「そうか……

 ところで、何でまた宇宙クジラがエルシオールに?」

 

 疑問を率直に聞いてみる事にするタクト。

 とりあえず、艦内にこんな巨大なビーチがある理由は解ったが、わざわざ艦船にクジラが棲んでいる理由は想像もつかない。

 と、その時、

 

 キュオオオン

 

 宇宙クジラが鳴いた。

 そして、

 

「自分が望んだからだ、と宇宙クジラが言っています。

 後、シャトヤーン様がそれを承諾したと聞き及んでいます」

 

「シャト……シャトヤーン様が?

 それに、宇宙クジラが言っているって、もしかして君は……」

 

 問いの答えにも驚いたが、もう一つ驚くべき事があった。

 いや、それはミントという存在を認める以上は驚く様な事ではないかもしれないが、

 

「はい、僕は宇宙クジラの言葉が解るんです」

 

「なるほど、それもあってここの管理人な訳か」

 

「はい」

 

 稀にいるらしいのだ、動物の言葉が解るという人が。

 クロミエもその1人だった様だ。

 

「あ、そうそうタクトさん、ちょっと……」

 

「ん? なんだい?」

 

 そこで、クロミエはタクトと共に少しミルフィーと離れる。

 どうやらミルフィーに聞かれるのは拙い話らしい。

 ミルフィーは特に何も言う事なくその場で待っている、その間に、

 

「実は宇宙クジラは人の気持ちや思考、精神状態などといったものをテレパシーの様な能力で解るんです。

 エンジェル隊の皆さんの事で何か知りたいことがありましたら、こっそり宇宙クジラに聞いてみますよ」

 

「なるほど、宇宙クジラがここにいる理由の一部が解ったよ」

 

 恐らく、宇宙クジラがこのエルシオールに乗っている理由はそんな事ではない。

 シャトヤーンもそれだけの為に乗せている訳ではないだろう。

 だが、目に見える有用性がここにある。

 

「とりあえず今はいいや。

 でももしかしたら頻繁に来る事になるかもしれない。

 宇宙クジラにはよろしく言っておいてくれないか」

 

 タクトの役割からして、エンジェル隊の精神状態を把握できる事はこれ以上ないくらい便利な事だ。

 彼女達のプライベートの一部を覗き見てしまう事になるだろうが、彼女達の命にも大きく関わる事。

 少し卑怯かもしれないが、ここは使わせてもらう事にする。

 

「はい、解りました」

 

「ところで、宇宙クジラはこんな所にいて不満はないのかな?

 何か生活の面で改善できる事があれば協力するよ」

 

 宇宙クジラの有用性は極めて高い。

 それ以外、宇宙クジラは自ら望んでこの艦に乗っているらしいが、それでも宇宙クジラからしてみれば狭いこんなプールに棲んでいるのだ。

 窮屈な思いはあるのではないかと思った。

 しかし、

 

 キュオオオン

 

 その時、タクトの思考を感じ取ったのか、宇宙クジラが答えた。

 

「別に不満はない、『彼女』も話し相手になってくれるから、充実している。

 と言ってますよ」

 

「『彼女』? ……まさか!」

 

 クロミエが訳した回答を聞いて思わず宇宙クジラを見るタクト。

 しかし、すぐに平静を取り戻し、思う。

 

「……そうか、『彼女』の話し相手にもなってくれているんだな。

 ありがとう」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、礼を述べるタクト。

 

 キュオオオン

 

 宇宙クジラはその返答の為に一度鳴いた。

 それからミルフィーと合流し、クジラルームを出るタクト。

 思いがけないところで過去からの気になっていた事が少しだけわかり、少し心が軽くなった晴れやかな気分で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 展望公園

 

 クジラルームを後にしたタクト達はAブロックに移動し、展望公園に来ていた。

 丁度ブリッジとは反対側のブロックに位置している。

 そこには、

 

「こうなっていたのか……」

 

 クジラルームでも驚いたが、その続きがここにある。

 広大な空間に設けられた公園。

 空を見渡せば映像とは言え青空があり、一瞬ここが地上ではないかと錯覚するほどの場所だった。

 

「すごいですよね、残念ながら空は映像ですけど。

 たまにピクニックに来たりするんですよ」

 

「なるほど、これならピクニックもできるな」

 

 下手な都会の公園より遥かに広大で、自然溢れる空間だ。

 他の施設の充実具合もあり、最早この艦は宇宙を渡る街と言えるくらいだろう。

 軍艦としては在り得ないものであっても、とても気分の良い船だ。

 

(さて、丁度いい場所は……

 ああ、あそこになるな)

 

 辺りを見渡すタクトは、少し丘になって昇った先にある一本の大きな木を見つけた。

 そして時間を確認する。

 この後予定があるのだ。

 

 しかし、その時だった。

 

『マイヤーズ司令官、及びエンジェル隊のパイロットは至急ブリッジに集合してください』

 

 艦内放送が入った。

 それも、放送を流すアルモの声からは緊張が伺える。

 

「どうしたんでしょう?」

 

「行ってみよう」

 

 幸い場所はブリッジから近い。

 すぐにブリッジへと移動する事にした。

 

 

 

 

 

 ブリッジ

 

 それからタクトとミルフィーはブリッジに行き、他のエンジェル隊の到着を待った。

 そして、全員揃った所で放送の理由が告げられる。

 

「エオニア軍の予想進路が解った。

 どうやらこの宙域に網を張っているらしい」

 

 レスターが告げた情報は、現状から考えればかなり厳しいものだった。

 

「こちらは発見されているのか?」

 

「いや、まだだろう。

 こちらも、無人哨戒機で今しがた解ったくらいだしな」

 

 一気に仕事モードへと切り替え、レスターに問うタクト。

 一応、即座に戦闘、という事にはならない様だ。

 しかし、危ないだろう。

 

「前回の戦闘であの裏切り者を逃がしてしまったのもあるからな。

 しかし、敵が集まるのが早かったな」

 

「ああ、全く一体とこから湧いてくるのやらじゃよ」

 

 前回戦ったあの元皇国軍人がエオニア軍に連絡したというのは当然ある。

 そのため、近くに居たエオニア軍が来るのは解る。

 しかし、レスターが示した情報にある敵艦の数はかなりものものだ。

 最初からこれほどの数がこの宙域にいたというのは考えにくいが、急行してきたにしても早すぎる。

 

「エルシオールの修理状況は?」

 

「まだ完了していません。

 敵の進行速度から考えると、接触と修理完了はギリギリといったところです」

 

 逃げる事はできない。

 

「気付かれない可能性もあるが、こっちから迎撃に出るかい?」

 

「でも、じっとしていればやりすごせるかもしれないのに」

 

「しかし、見つかった時には包囲されていた、なんて事にもなりかねませんわ」

 

 意見を交わすエンジェル隊。

 実際、今打てる手は迎撃か隠れ続けるかの二択しかないだろう。

 常識から考えれば、の話だが。

 

「……」

 

 タクトはその二択以外の選択肢を考え付いている。

 しかし、それを口にする事すらできない。

 その選択はあまりにリスクが大きすぎる。

 だが、だからといって、現在の二択でもリスクが大きい事には変わりなく、この場をやり過ごすならば第3の選択肢の方が確実だ。

 

 そうして、タクトが迷っている中、場を動かす者がいた。

 

「……方策はある」

 

 言葉を発したのはルフト。

 何か覚悟を決めた様子で告げる。

 

「ルフト准将、それは……」

 

 タクトはルフトが言おうとしている方策と言うのが、自分の考えたものと同じだと悟った。

 だから、止めようとした。

 しかし、

 

「エルシオール以外の艦は直ぐにでも動ける。

 わしが、残存艦隊を率いて囮となろう」

 

 ルフトは告げる。

 己の命を餌とし、敵を欺く策を。

 

「幸い、この距離なら艦影の判別はつくまい。

 敵もまさかエルシオールが単独で逃げるとは思うまいしな」

 

 覚悟を決めた顔から、一度笑みを浮かべる。

 皆を安堵させる為の笑みを。

 残存艦隊だけでは、戦力としてあまりに心許ないというのにだ。

 

「最も重要なのはシヴァ皇子の安全じゃ。

 あの方は皇国最後の希望じゃからな」

 

「ルフト准将……」

 

 最早タクトは止める事はできない。

 タクト自身、それが最善だと思ってしまっているのだから。

 そして、レスターもエンジェル隊もそれが解っている。

 

 場に沈黙が下りる。

 そこで、ルフトはタクトと向かい合った。

 

「タクトよ、お前もこれくらいの方策は思いついた筈じゃ。

 だが、言い出せずにいたな」

 

「はい……」

 

「元教官としての最後の追加授業じゃ。

 いいか、指揮官として大切な事は何を優先すべきか速やかに考え、実行する事じゃ。

 そして、戦っているのはお前だけではない、もっと周りの者を信頼する事も大切じゃぞ。

 その上で、決断するときは迷うな。

 いいな」

 

 穏やかに、しかし力強く告げるルフト。

 今のタクトでは決して敵わない歴戦の将軍としての言葉だ。

 

「はい……解りました、ルフト先生」

 

 師の言葉を心に刻み、深く頭を下げるタクト。

 

 そして、その後、エンジェル隊からフォルテが前に出る。 

 

「ルフト准将には大変お世話になりました。

 ムーンエンジェル隊の代表としてお礼を述べさていただきます。

 ご武運を」

 

 エンジェル隊のリーダーが、別れの言葉を送る。

 これから死地へ向かう大切な戦友に。

 だが、

 

「おいおい、まるで今生の別れみたいに言わんでくれ。

 ワシはむざむざ命を捨てる気などないぞ」

 

 フォルテの経験者であるからこそであった最後の別れの挨拶をルフトは笑い飛ばす。

 確かにルフトと残存艦隊はこれから勝ち目の無いと言える戦いをすることになる。

 しかしだ、

 

「ワシはお前達よりも修羅場をくぐってきておるんじゃぞ。

 それに、そこのタクトの戦術の師でもある。

 この程度では死なんよ」

 

 ルフトとて兵を無駄死にさせる気は無い。

 目的を達成し、その上で生き延びるつもりだ。

 囮としての役目をまっとうした後、逃げるだけならば生き延びる自信もあった。

 

「……はっ、失礼いたしました、准将」

 

 フォルテも、この人ならばと思う。

 だが、やはり危険が大きい事には変わりないのだ。

 

「ではな、タクト、レスター、エンジェル隊諸君。

 シヴァ皇子を頼んだぞ」

 

 その言葉を残し、ルフトは即座に準備に取り掛かり物の数分で残存艦隊を動かした。

 

 

 そして、全ての準備が整い、いよいよルフト率いる残存艦隊が動く。

 

「ルフト艦隊、アステロイド帯を抜けました」

 

「敵が進路を変えたな」

 

「ああ」

 

 ブリッジからまだギリギリ視認できるルフト艦隊。

 それに敵艦がついて行く。

 距離もある為、そうそう追いつかれる事はないが、敵の数はルフト艦隊の数倍だ。

 

「……アルモ、艦内に通じた全回線を開いてくれ」

 

「了解しました。

 どうぞ」

 

 アルもが用意した通信ウィンドウの前に立つタクト。

 通信は艦内の全て、あらゆる人に向ける。

 

「各員に通達する。

 直ちに作業を一時中断し最寄りのモニターの前に整列せよ」

 

 その言葉により、既に事情は伝わっているだろう各所のクルーはモニターの前に立つ。

 そして、タクト達とエンジェル隊も整列する。

 

「総員、ルフト准将と勇敢なる将兵達に、敬礼!」

 

「はっ!」

 

 ルフト艦隊が見えなくなるまで敬礼を続ける一同。

 

(ルフト先生、どうかご無事で……)

 

 自分より強いと師だから大丈夫だとは思っている。

 だが、今はそう祈らずにはいられなかった。

 例え、信じる神など居なくとも。

 

 

 

 

 

 それから暫くして、アルモから連絡が入る。

 

「司令、機関室より報告がありました。

 エンジンの修理が完了したそうです。

 通常航行、クロノ・ドライブ共に支障なしです」

 

「よし、エルシオール発進。

 小惑星に隠れながらポイントGKs571へ移動。

 その後クロノ・ドライブに入る」

 

 ルフトの行為を無駄にしない様に、タクトは直ぐに、且つ慎重に行動をとる。

 確実にシヴァ皇子を目的のローム星系まで届ける為に。

 

「発進、警戒を怠るな」

 

「エンジェル隊はクロノ・ドライブに入るまで紋章機で待機」

 

「了解!」

 

 それからぽんとGKs571までは問題なく進行。

 そして、クロノ・ドライブに入る事ができた。

 

 だが、護衛艦を失ったエルシオールの本当の戦いはこれからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 展望公園

 

 クロノ・ドライブに入った後、タクトは1人展望公園に来ていた。

 その中でも中央付近にある大きな木。

 その木陰に入って腰を下ろす。

 そして―――

 

「来てくれたんだな」

 

「はい。

 お久しぶりでございます、タクト様」

 

 タクトの声に返事があった。

 背にしている木を挟んで裏側から、凛とした女性の声が。

 木の裏側に居るのはブラウンのショートヘア、ブラウンの瞳をした女性。

 謁見の間で見かけたシヴァ皇子の侍女だ。

 

「実は、来てくれるとは思わなかったんだよ。

 子供の頃のサインで、今の君が、俺に応えてくれるなんてね」

 

 胸の前で右の拳を軽く握ってみせるサイン。

 それは後で中庭で会おうというサインだった。

 子供の頃に使っていた、他愛も無い暗号。

 

「タクト様……」

 

「ああ、すまない。

 俺もこの艦に乗ってから少し感傷的だ。

 ……本当に久しぶりだ。

 会えて嬉しいよ、ヘレス、ヘレス・アンダルシア」

 

 侍女の名前はヘレス・アンダルシア。

 昔、タクト付きの侍女でもあった者だ。

 そして、同時にそれは―――

 

「呼んだのは他でも無い。

 協力して欲しい。

 昔の様に」

 

「……承知いたしました、タクト様」

 

 タクトの過去を知る人としての協力。

 それはレスターにすら解らない意味がある。

 ヘレスはそれを承諾した。

 この艦で、互いに他人としながら、全てを良い方向へと導く為に動く事を。

 

「ああ、もう俺を様付けで呼ぶ理由はないだろう?

 タクトでいいよ」

 

「はい、タクト様」

 

「……」

 

 返って来るのは感情の見えない声。

 それにタクトは少し溜息を吐いた。

 昔から、妙な所で融通が利かないところがあったのだと思い出しながら。

 だが、その昔の事というのは、まだ平和で楽しかった時期の事だ。

 

 今はその全てが失われてしまった―――

 

「……そう言えば、髪を切ったんだな。

 ショートも似合うよ」

 

「ありがとうございます」

 

 本心からの言葉であったが、言ってから女性の髪の話は迂闊だったかと考える。

 ヘレスは相変わらず事務的な答えしか返してこないが、心ではどう思っていることか。

 そう、元々腰まであった綺麗な髪を切ってしまった、そこに何か理由があったのかもしれないのだから。

 

 当時、よく集まっていた5人の中で、タクトは1人だけ髪が短かった。

 同じ男ですら髪が長かったので、自分も伸ばそうかとすら思ったほどだ。

 そんな過去がある為、ヘレスが髪を切る事で、あの時の欠片がもう一つ無くなっていたのだとすら思えてしまう。

 

「タクト様、資料には記載されず、私が独自に得た情報ですが。

 ミント様のテレパスの有効射程は生身ですと15mが限度の様です。

 エンジェル隊の指揮をする上で、ご利用ください」

 

「そうか、ありがとう。

 ……しっかし、ミントのテレパスは心底羨ましいよ、本当に人の心が読めていたら、こんな事にはなっていなかったのかもしれない。

 そう考えてしまうよ」

 

 言っても仕方の無い事だとは解っている。

 それに、ヘレスに対しては言うべき事ではなかったのかもしれない。

 だが、それでも思ってしまう。

 過去、全てを失ったあの時を思えば。

 

「すまないな、今のお前にはもう関係の無い事なのに。

 それに、俺に付き合うなどお前には苦痛でしかないだろうが……」

 

「いえ、これもシヴァ皇子や皇国の未来の為ならば」

 

 あくまで感情を見せずに応えるヘレス。

 だが、そこにヘレスは言葉を続けた。

 

「そう、タクト様。

 エンジェル隊の皆様のテンションを上げなければいけないという責務がございますね。

 もし、それに疲れたのでしたら、美しい方ばかりのエンジェル隊の皆様と比べたら不出来でしょうが、私が―――」

 

「ヘレス!」

 

 ヘレスの言葉をタクトは止めた。

 何を言おうとしているのかを気付き、それ以上は言わせまいと。

 いや、タクトが聞きたくないのだ。

 その言葉から逃げる事など、許されない事だと解っていても。

 

「ヘレス、あの時の事は、俺はもう許されないのだと解っている。

 全てが終わったらどんな事をしてでも償おう。

 だから……」

 

「承知しました」

 

 その返事の後、ヘレスはその場を離れた。

 振り向けばヘレスの今の顔を見られたのかもしれない。

 だが、タクトは敢えてその場から動かずにいた。

 

 そこへ、最後に言葉が残された。

 

「本当に、貴方がミント様の様な能力を持っていればよかったのに……」

 

「……ヘレス?」

 

 最後の最後で、悲しみという感情が言葉によって伝わってきた。

 だが、その言葉の真の意味が解らず、思わず振り向いたタクト。

 しかし、そこには既にヘレスの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 某所

 

 とある宙域に浮かぶ巨大な建造物。

 全容が見えないその建造物の中、玉座の様な空間があった。

 そこに座るのは長いブロンドに紅い瞳の美青年。

 

 そこへ、1人の女性がやってくる。

 桃色の長い髪、金の瞳の美しい女性だ。

 ただ、左の頬に切傷がある。

 現在の医療技術をもってすれば消せる筈のその傷を、何故か残している女性。

 

「報告致します。

 クリオム宙域にて発見いたしましたエルシオールですが、再び見失ったとの事です。

 エルシオールはクリオムで合流した駐留艦隊と残存していた護衛艦隊で編成した艦隊を囮にし、逃げたものと思われます」

 

「ほう、では今エルシオールは単艦と言う事になるな」

 

「はい。

 それと、クリオム星系の駐留艦隊の指揮官が判明しました。

 こちらになります」

 

 女性が青年の前にウィンドウを出現させ、そこに表示させたのはタクト・マイヤーズの資料。

 

「ほぅ……」

 

 それを見た青年は口元を緩めた。

 実に、楽しそうに。

 

「ずいぶん楽しそうね、お兄様」

 

 と、そこへやってきたのは長いブロンドの髪に青い瞳の幼い少女。

 だが、何故か左手が金属の管の様なものになっている。

 

「ああ、これから楽しくなるぞ。

 彼等を呼ぶとしよう。

 ノア、彼等が必要とする物を揃えてやってくれ」

 

「はい、お兄様」

 

 ノアと呼ばれた幼い少女は無邪気そうな笑みを浮かべる。

 

「お前も出てもらう事になるぞ。

 いいな、シェリー」

 

「はい。

 エオニア様のお望みのままに」

 

 青年、エオニア・トランスバールの言葉を心から受け入れる女性、シェリー・ブリストル。

 そう、この者達こそ、クーデターを起こした本人たるエオニアと、その側近でありエオニアが最も信頼する部下の女。

 エオニアの直接の命の下、側近が動き出す。

 エルシオールに向けて、タクト・マイヤーズに対して、大きな力が動き出したのだ。

 

 

 

 

To Be Continued......

 

 

 

 

 

 後書き  

 

 さて、始まりましたギャラクシーエンジェルSS。

 当初は2話になる予定の部分がそのまま1話に挿入されて出発ですよー。

 更に元1話の部分にも若干追加があります。

 まあ、本当に若干ですが。

 それはさて置き、全てはここから始まるのです。

 連載は大体他のを2つ書いたら更新くらいの感じになるかと思われます。

 隔月連載みたいな感じ? になるかな?

 そんな少しスローペースな更新ですが、どうぞよろしくです〜

 

 では、そんな訳で、また次回をよろしくどうぞ〜








管理人のコメント


 という事でプロローグに引き続き1話です……長いです。

 一読者としては長い方が楽しいので歓迎すべきところですけど。


 1話から既に原作との差異がちらほらと。

 気になる人物や単語がかなりありましたし。

 タクト自身の過去も何か色々あるようでかなり気になりますし。

 さりげない文も後々響いてきそうで楽しみですね。

 原作を知っている人にとってはそういった違いを探すのも楽しいかもしれません。


 話がここからどういった展開を迎えるのか楽しみにしつつ待ちたいと思います。

 さしあたって最初の山場はローム星系でしょうかね?



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