二つの月と星達の戦記

第2話 ここに在る運命

 

 

 

 

 

 ルフト准将の英断により、エルシオールは敵の追っ手から逃れる事ができた。

 しかし、それは同時にエルシオールが全ての護衛艦を失った事を意味する。

 更には、まともな軍人はタクト、レスター、そしてエンジェル隊の僅か7名という構成メンバーの船。

 ロストテクノロジーの結晶たるエルシオールと紋章機があるとはいえ、単艦に僅か5機の戦闘機で敵の追撃を振り切り、ローム星系までたどり着かねばならない。

 

 つい先ほど1回目のクロノ・ドライブに入り、とりあえず安全な時間となった。

 

 尚、クロノ・ドライブとは一般的に使われている恒星間航法であり、超光速航法である。

 クロノスペースという超空間に侵入し、その中を移動して通常空間に復帰ドライブアウトする事だ。

 移動速度はだいたい時速0.1光年。

 そのあまりの速度もあり、このクロノ・ドライブ中では、いかなる機体も細かい機動をする事はできず、ましてや戦闘行為など不可能である。

 光速を超える速度で移動している為、ミサイルやレーザーが届くとかいう以前に、例えすぐ傍に敵が居ても、相手を視認する事もできない為である。

 だから少なくともクロノ・ドライブの最中は安全なのだ。

 

 因みに、クロノスペースという超空間に侵入する、とはいうが、実際には通常空間と重なった空間であり、進路上に物が存在すると衝突する事になる。

 これがちょっとした宇宙のチリ程度なら防御フィールドで防げるが、小惑星や宇宙船クラスの大きさになると、双方の構成物質が核融合反応を起こして互いに消滅する。

 その為、クロノ・ドライブを行える航路というのは定められており、クロノ・ドライブを行う際には進路上の安全を確認する事が必須となる。

 クロノ・ドライブは場合によっては撤退行動に使われるが、これは自分のテリトリー内でしか使えない。

 何故なら、安全が確立されていないからである。

 安全の確証がない航路でのクロノ・ドライブは『賭け』にすらならない自殺行為だ。

 敵の領域内では使えず、エルシオールはローム星系にたどり着くまで撤退行動にクロノ・ドライブを使う事はできない。

 

 余談だが、600年前のクロノ・クエイクの際にはクロノ・ドライブが使用不能となった為、恒星間の行き来が不可能となり、それ以前の文明が一度衰退したのである。

 更に余談だが、上記理由により、クロノ・ドライブの航路に障害物を置くと、その航路を使った船を消滅させる事がで、進行妨害ができる。

 だが、そんな事をすれば、自分も困る事になるし、全世界を敵に回す事になるので、例えテロリストでもそれだけはしない。

 

 

 

 と、小難しい話はこの辺にして、今はクロノ・ドライブ中であり、安全な時間だ。

 エンジェル隊もこの時間を自由に使っているだろう。

 タクトも仕事をレスターに任せ、レスターもタクトはタクトにしかできない仕事をしろと言ってブリッジから追い出し、タクトは今艦内を歩いている。

 今回のクロノ・ドライブは2時間程。

 ちょっと所用で数分費やしたが、後100分以上はエンジェル隊とコミュニケーションの時間として取る事ができる。

 

「さて、まずはっと……」

 

 肝心のエンジェル隊を探す所からだ。

 限られた戦艦の内部とはいえ、宇宙クジラが住める程の広さだ。

 探すのは手間となるだろう。

 これと言って用事もないのに通信で呼び出す訳にもいかない。

 通信端末の機能を使えば何処にいるかくらいは解るのだが、それも心情的にしたくない。

 ミントが居る事を考えれば、そんな事をして居場所を探知しているなどすぐに知られるので、彼女達の精神衛生にも影響するし、タクト自身も完全に割り切れるものではない。

 まあ、彼女達が居そうな場所というのも限られているので、そこを適当にまわるしかないだろう。

 

「まずはティーラウンジかな」

 

 艦内を案内してもらった時、ミルフィーが言っていた。

 ティーラウンジで皆で集まる事があると。

 ならば、まずそこに行けば誰かしらに会える確率は高いだろう。

 

 

 そうして、ティーラウンジへ移動したタクト。

 因みに、艦内の移動は単純な徒歩だけではなく、エレベーターやリフトと言った高速移動設備でブリッジから格納庫まででも1,2分あれば着ける。

 

「皆は……」

 

 ティーラウンジを入り口から覗くタクト。

 今はクロノ・ドライブ中という事もあり、利用しているクルーはそれなりの数がいる。

 その全員が女性であるのを見ると、ちょっと来る場所を間違えたかと一瞬思ってしまう程だ。

 元々のこの艦の男女比と、場所的なものを考えればまあ、そうなる確率は高い。

 つまりは、少なくとも暫くはこの艦で生活する事になるタクトは、慣れておかなければいけない事だろう。

 

(まあ、若い女性だけの領域に入るのはむしろ願ってもない話だし、相手側も別にこちらを異物として見ている訳じゃない。

 比率的には少なくとも元々男性も居る訳だから当然の事だけど)

 

 因みに、白き月で働く男性というのは、それだけで嫉妬の対象だ。

 一般の男からみれば、正に楽園だし、普通に考えても、白き月で働く事はロストテクノロジーに関わる中でもエリートの様なイメージとなる。

 そういった技術なく白き月に関わるとなると、この艦で言うと宇宙コンビニの店員の様な立場になるが、この艦の宇宙コンビニの店員になるには普通では在り得ない程厳重な審査を通る必要がある。

 戦艦の中で働くというのもあるし、これが白き月だとしても、ロストテクノロジーの技術を盗み、悪用される事、つまりはスパイの可能性を考えなくてはならないからだ。

 その為、この艦の宇宙コンビニの店員は、定期的、しかもかなり短い周期で滅茶苦茶面倒な検査、審査を受け続けなければならない。

 しかし、それでも、一般の男にとっては、やはり嫉妬の対象である事には変わりいのだ。

 

(実際、可愛い子多いしな〜、これは、実物を見たら更に欲望から志願する人が増えそうだよな)

 

 そんな事を考えながら目的の人物達を探す。

 艦内の施設である為、さほど広くは無い(といっても実物をそのまま入れたかの様にしっかり造ってある)ので時間は掛からない。

 それに通常のクルーは皆軍服に似た同じ服を着ているのに対し、エンジェル隊のメンバーはかなり大胆に改造された軍服を着ているので、この中では目立つ。

 

 因みに、このエルシオールのクルーが着ているのは、正式な軍服ではない。

 と言ってもパッと見ただけでは区別はつかないもので、そもそも正式な軍服から階級に関わる要素を排除したものでしかない。

 なぜそんな物を着ているかという、エルシオールが儀礼艦とはいえ戦艦であり、軍に属し、白き月の持ち物でありながら、軍の管理下にあるからだ。

 その艦を運用するのは本来なら軍人でなければならないが、ロストテクノロジーの塊であるこのエルシオールを普通の軍人で運用するのは不可能な為、白き月の巫女達によって運用されている。

 そこで、本当に形だけ、名目上だけ(経歴書に軍歴として記載されない程)であるが、クルーは全て軍人として登録されている。

 その為、クルーは軍服モドキを着用する事になっている。

 今回の出航の際には白き月にいた人間を全員詰め込むようにして出てきたので、本来クルーでなかった者も乗ったことになるが、クルーとして登録され、軍服モドキを着用している。

 

 と、儀礼艦として運用されている限りはそれでよかったのだが、実際戦闘を行ったとなれば問題となる。

 特にブリッジクルーのアルモやココなどは、今後名目上だけの軍歴では許されなくなるだろう。

 

 まあ、それは今はいいだろう。

 次にエンジェル隊の軍服だが、先にも述べたとおり、大胆なまでに改造されている。

 これは彼女達の階級(尉官以上)と、パイロットという役職があるからこそ許されているものである。

 当然、改造にも限度があり、原型を留めているのか怪しい者もいるが、規則には従っている。

 だが、あそこまでの改造は正直普通の部隊では許されていてもする事はないだろう。

 これは、白き月を拠点とし、紋章機という特殊な機体のパイロットという部隊だからこそ出来たものと言える。

 時としてパイロットは象徴的役割を果たす為、エンジェル隊ともなれば、華やかな見栄えである事が望まれるからだ。

 そして、今後、エンジェル隊の活躍によっては、本当に軍を象徴する部隊として、公に見せる『顔』として利用される事になるだろう。

 戦後はこの戦争で失った分の兵を補充する為に広報活動をする可能性もある。

 

「……お、いたいた」

 

 また小難しい話になってしまったが、まあそれはそれとして、難なくエンジェル隊のメンバーを見つけることができたタクト。

 見れば1つのテーブルに5人全員が集まっており、なにやら話をしている様だ。

 タクトが声を掛けようとしたその時、5人の話し声がタクトの耳に入る。

 

「で、どう思うんだい? あの司令官殿の事」

 

 皆に問いかけるフォルテ。

 話の途中だったみたいだが、今からが本題らしい。

 

「正直得体が知れないですね。

 私、フォルテさんには遠く及びませんけど、ある程度実戦を潜り抜けてきたと自負してます。

 でも、アレはおかしかったですよ」

 

 最初に自分の意見を述べたのはランファだ。

 手合わせをした時の事、冷静に考えるだけの時間は十分あった。

 だが、アレでタクトの事が理解できたのではない、むしろ理解不能というのが今の答えだ。

 

「そうだね。

 経歴を見た限り、実戦経験はなかったけど、アレは実戦を経験してるね。

 艦隊での戦闘ではなく、白兵戦を。

 それも、経歴に載せれらない様な事を」

 

 フォルテはルフトから貰った情報の他に、独自にタクトについて調べている。

 と言っても、今の状況ではエルシオールのデータベースにある情報が全てで、ろくな情報はなかった。

 ただ、記録上はやはり実戦経験の無い司令官として載っているのに、タクトの言葉からも何らかの実戦を経験している事は明白だった。

 

「ミント、あんたはどう思う?」

 

「そうですわね……。

 お2人がおっしゃった部分に関しては解りませんが、少なくとも器の小さい偽善者でも、滑稽な小悪党でも無いと思いますわ。

 私の能力への反応は正直、初めてのものでしたし。

 単なる馬鹿というのも考えましたが、戦闘指揮を見る限りそうではないと判断していますわ」

 

 割と酷い言い方ではあるが、ミントはタクトに対してそれなりの評価をしている、様に聞こえる。

 だが、直接言葉にしていないだけで、警戒はしているのだ。

 器の小さい偽善者ではなく、大物かもしれない、けど、滑稽な小悪党ではなく、実はエオニア以上の漆黒の野心を持っているかもしれない。

 そう考えているのだ。

 しかし、少なくとも『興味』というものを抱いているのは事実で、全ては今後のタクト次第といえるだろう。  

 

「確かに、戦闘指揮はいい線いってるわよね。

 まだそんな激しい戦闘はなかったけど、各紋章機の特性を活かした指示を出すし。

 一応ルフト准将が推すだけの事はあったわ」

 

「いや、実は私はそれが一番おかしいと思ってる」

 

 ミントの戦闘指揮に対する評価にランファも同意した。

 しかし、そこにフォルテが言葉を挟んだ。

 

「確かにルフト准将の推薦だから、それなりの理由があるのは解る。

 けど、いくらなんでもあの司令官殿は紋章機に詳しすぎやしないかい?」

 

「そういえば、私の『ハイパーキャノン』も、ミントの『フライヤーダンス』の事も知ってましたね。

 でも、それは『宇宙最強といわれる戦闘機で、興味があった』って言ってましたよ?」

 

 1番機のハイパーキャノンや、3番機のフライヤーダンスは武装の正式名称ではない。

 あくまでエンジェル隊とその周囲が認知する必殺技の様なものとしての通称であり、仕様書などには載ってない。

 ただ、別に隠している訳ではないから、何処かにそういう資料を作られたのかもしれない。

 ならば、興味がある人は知っている可能性もなくはない。

 フォルテの疑問に対し、ミルフィーが意見を述べる。

 

 だが、それはフォルテも聞いている言葉だ。

 

「それでもだよ。

 そもそも宇宙最強、なんていわれているけど、そんな事は一般の認識じゃない。

 確かに性能面ではロストテクノロジーの塊だけあって高いけど、使える人間が限られる上に性能は全てテンション次第。

 兵器としては不安定の極みとすら言える代物だ。

 こと軍内部じゃ、私達エンジェル隊は正式な戦力として数えられていないのが現実さ」

 

 兵器とは、訓練すれば誰でも使えて、量産が利き、安定した性能を発揮できる事が求められる。

 勿論、使い手によってはスペックをフルに発揮できるか否か、また使い方によって計算以上の戦果を挙げる事もあるだろう。

 しかし、それも大多数の人間によって動く『軍』の中では考慮されない程小さな違いでしかない。

 そんな中で特定の誰かによって、戦局を覆せる程の力を発揮できる『かもしれない』、けど全く役に立たない『かもしれない』、などという不安定な戦力は『軍』としては最初から無いものとして数えられるべきなのだ。

 フォルテの言う通り、軍内部ではスペックこそ高い評価はしていても、戦力としては認知されていない。

 それは先の戦闘での裏切り者の反応をみれば解る事だ。

 そもそも、あまりに不安定な性能にスペックを数値としてデータにする事ができず、扱いに困っている程なのだ。

 事実として、エンジェル隊の軍としての稼動は無いに等しく、白き月で、白き月の仕事をしていたに過ぎない。

 

 フォルテは、エンジェル隊が白き月所属であるのは、整備の問題もそうだが、厄介払いなのではないかとも考えているのだ。

 そんな部隊に詳しいなど、フォルテとしては怪しいとしか言いようが無い事なのだ。

 

「私はいい人だと思うんですけど」

 

 フォルテやランファがタクトの事を怪しんでいる事に、少し悲しげな表情を見せるミルフィー。

 

「まあ、単純な悪人ではないとは思いますわよ」

 

「そうね、そこら辺もまあルフト准将の推薦だしね」

 

「そうだね、何か裏の理由があるにせよ、この艦にはシヴァ皇子がいる事も考えれば、ルフト准将なら最善として呼んだんだろうさ」

 

 ミルフィーは特に理由無く、自分の判断としてタクトを疑っていない様だが、ミントは心を読んだ感想として、ランファとフォルテはルフトへの信頼分でしか考えていない。

 

「ヴァニラ、あんたはどう思う?」

 

「私は、命令ならば従うだけです」

 

「そうかい」

 

 今まで何の意見も述べていないヴァニラに確認するフォルテ。

 しかし、ヴァニラはある意味軍人として最も真っ当な答えを告げるだけだった。

 フォルテはある程度その答えを予想していたのか、それ以上の追求はしなかった。

 

「……」

 

 が、それ故に気づかなかった事がある。

 ヴァニラが何かを言いかけて止めた事を。

 

 ともあれ、それで話題としては一度止まった。

 

(まいったねぇ)

 

 そんな会話を聞いてしまったタクトはというと、溜息を吐くばかりだった。

 尚、出るに出られない状況だったので、入り口付近の物陰に隠れている。

 

(俺の役割を考えると、この雰囲気は拙いな。

 というか、これから彼女達と暫くは付き合わなければならない以上、司令官として以前に俺個人として耐えられん。

 ま、なんとかするしかないか)

 

 そう考えつつ、タクトは一旦その場を後にした。

 

 

 

 

 

 それから数分後、タクトは射撃訓練場に居た。

 

 パシュッ パシュッ

 

 訓練所で聞こえるのは乾いた音の連続。

 その後に続く機械音だけだ。

 

「ふぅ……まあまあか」

 

 タクトがやっていたのは、まあここが射撃訓練場であるので、当然射撃訓練だ。

 ただし、フォルテの様に火薬式の銃ではなくレーザー銃で。

 結果としては、かなり良いと言えるものだ。

 針の穴をも通す精密射撃でもないし、目にも止まらぬ早撃ちという訳でもない。

 だが、それでも十分な速度と精度だと言える。

 しかし、

 

(動く事もなく、生きてもいない的だしな)

 

 タクトは納得していなかった。

 勿論、この様な訓練が無意味だとは思っていないが、それでもどこか心許なさを感じているのだ。

 

 と、そこへ、

 

 プシュッ!

 

「おや、司令官殿じゃないか」

 

「フォルテ。

 少し借りてるよ」

 

 部屋に入ってきたのはフォルテだ。

 フォルテは先客に少し驚きながらも、すぐに表情を戻す。

 

「なんだい司令官殿。

 私達が司令官殿を批判したからって、こんなところで憂さ晴らしかい?」

 

 先ほどのラウンジでの会話をタクトが聞いているのを知っているかの様に、そしてからかう様に言うフォルテ。

 

「なんだ、気付いていたのか」

 

「いや、こんな所でこんなタイミングで居るのはおかしいからね」

 

「それもそうだな」

 

 と、どうやらフォルテは別にタクトに聞かれていたのを気付いていた訳ではなかった様だが、タクトも別もなんら変わる事なく笑って答えるだけだった。

 タクトとしてはどちらでもかまわないのだ、特にフォルテ相手ならば。

 

「で、本当は?」

 

「君を待っていた、と言ったら?」

 

「とりあえず20点だね」

 

「手厳しいな〜」

 

 と、そんな他愛も無い会話を1つ挟みつつ、2人は本題へと入る。

 

「まあ、この後彼女達に会うにしてもタイミングというものがあるし、久々に銃の訓練もできて時間を無駄なく使えるし、さっきの会話の事を気にせず話せるフォルテが来る可能性も高かった。

 と言う意味では君を待っていたのは嘘じゃないよ」

 

「そうかい。

 で、さっきの私達の話を聞いて何か釈明でもあるのかい?」   

 

「いや、釈明の類はないよ。

 信用ってのは時間をかけて培うものだからね。

 今の評価に関して、会話の1つや2つでなんとかしようなんて思ってない」

 

「まあ、そりゃそうだね。

 じゃあ、何の話だい?」

 

 余裕の様子で笑みを見せるフォルテ。

 しかし、フォルテもタクトが持ちかけてくる話を予想できていない。

 考えられる事はいくつもあるが、これといった決定的なものがない。

 だから例えどんな話でも驚く事は無いと考えていた。

 だが、

 

「ああ、まずは謝罪だな。

 悪い、軍人の補充はできなかった」

 

「ああ、その話か……」

 

「だから、ちょっと君が持っている火薬を借りたい」

 

「……は?」

 

 タクトが先ず持ちかけてきた話は予想の中に入っていた。

 この艦には軍人はエンジェル隊とタクト、レスターしか居ないという問題を解決する為、護衛艦からこちらへ何名か移すつもりだったのだ。

 しかし、そんな暇もなく敵がやってきて、ルフトが護衛艦を率いて行ってしまった。

 あのタイミングで何人か軍人を置いていけなどと言える筈もない。

 時間的にも、ルフト達がこれから置かれる状況を考えてもだ。

 

 だから、それはいい。

 人員補充の件はタクトの責任ではないし、わざわざ謝罪される事でもない。

 しかし、その後言い出した言葉は全く予想外だった。

 というよりも、どうしてそんな話に繋がるのかが解らない。

 

「火薬なら幾らでもあるだろう?」

 

「いや、万が一の時の為の備えに使うから、念には念を入れたい」

 

 タクトの言いたい事が解らず、とりあえず当然とする質問をぶつける。

 だが、タクトは真っ直ぐにフォルテを見てそう答えるだけだった。

 

「……」

 

「……」

 

 暫しの沈黙。

 その時間、見詰め合うようでいて睨み合う様な交錯する2人の視線。

 

「……何か、策があるんだね?」

 

「ああ」

 

 どうやら何か白兵戦に対して採れる策がある。

 しかし、タクトはまだそれを話す気はない。

 フォルテにそこまでは解った。

 そして、出した答えは、

 

「必要な量は? 暫く補充もできそうにないんだから、全部ってのは勘弁してくれよ」

 

「詳細は後で、どちらにしろ材料が足りないんだ。

 ただ、君の火薬を使うって事を頭に入れておいて欲しい」

 

「そうか、解った」

 

 フォルテは、タクトの策とやらに興味を持った。

 何も話さないからそれが有効かどうかは解らない。

 それでも、面白そうだと感じてしまうのだ。

 まだ指揮官として実力を認め訳ではないが、それでも、これからが楽しみに思えた。

 

 

 

 

 

 射撃訓練場を出たタクトは次に格納庫へとやってきた。

 エンジェル隊の誰かがいる事も少し期待したが、どうやら今は居ない様だ。

 一応他にもクレータ班長に話があったので、探してみるが、見当たらなかった。

 整備をしている整備班の女性クルーに尋ねると休憩室に居るとの事でタクトは休憩室へと向かった。

 どうやら今は1人で休憩しているらしい。

 

「クレータ班ちょ……」

 

 共有スペースの休憩室で、そもそも格納庫に設置されている休憩室であるので防音完備でノックのしようもない為、そのまま休憩室の扉を開けたタクト。

 すると、

 

「きゃー、リッキーくーーん!」

 

 タクトが耳にしたのは格納庫の轟音にも負けないトンデモ音量の音楽と、それにすら負けない女性の黄色い声だった。

 

「……」

 

 流石のタクトも一時唖然となってしまう。

 だが、いつまでもそうしている訳にはいかない。

 この部屋に居るのがクレータ班長だけで、先ほどから黄色い声を上げているのは間違いなく彼女だ。

 

(まだ出会って間もないが、もっとクールな印象だったんだけど……まあ、趣味には口を出すまい)

 

 先ほどから大音量で流れている音の元はどうやらコンサートの映像。

 それも10歳前後の少年のアイドルグループのものの様だ。

 タクトは詳しく知らないが、アニーズ・プロダクション関係のアイドルだと思われる。

 一般的にも有名なプロダクションで、アイドルにさしたる興味もないタクトでも知っているアイドルが居る。

 

 さて、それは兎も角として、タクトは少し迷った。

 一応休憩時間なので楽しみ方は個人の自由だ。

 随分と楽しそうなので、邪魔をしては悪いだろう。

 しかし、流石にこのまま帰るのもどうだろうか、用事もあるし。

 

(仕方ない)

 

 声を掛けずらい雰囲気であるが、タクトはクレータに近づく。

 何故接近するかといえば、こちらの声は聞こえている様子は無いからだ。

 

「クレータ班長!」

 

「……きゃぁっ! マ、マイヤーズ司令!

 ど、どうしてここに?! あ、み、見ないでください!!」

 

 肩を叩いて改めて声を掛けてやっと気付くクレータ。

 そして、慌てて流れている映像の前に立って隠そうとする。

 

「あー、いや、まあ、なんだ、趣味をとやかく言う気は無いよ」

 

「こ、この事は秘密にしてください!」

 

 映像を止めつつ、半ば涙目になりながら、訴えるクレータ。

 

「ああ、いいけど。

 もしかして整備班のメンバーにも内緒なの?」

 

「当然です! 自分より10も年下のアイドルのファンだなんて知られたら威厳に関わります!」

 

「まあ、解る気がするよ。

 秘密はまもるさ。

 邪魔して悪かった。

 でも、秘密ならなんでこんな所で見てるんだい?」

 

 クレータの慌て様から、この事は極秘事項扱いという事は解った。

 しかし、ここは共有スペースである整備班の休憩室だ。

 こんな所で見ていたら誰かに見られる恐れが高い。

 

「私の部屋には外部の映像データを再生する機器がないんですよ。

 緊急の出航でしたので、持ち出せなくて」

 

「なるほどね」

 

 と、そこまで聞いて先ほどまで少し疑問だった事が解った。

 現在格納庫では他の整備班のメンバーは働いているのに、班長が1人休憩しているのは変だと思っていたのだ。

 そう言うシフトにしているだけかもしれないし、何か書類関係の仕事でもしているのかとも思ったのだが、正体はコレだったらしい。

 

「で、お楽しみを邪魔して悪いんだけど、ちょっと時間いいかな?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 映像データを止め、記憶媒体を取り外した所で落ち着き、本題へと入る事にする。

 

「班長である君に、整備班の状況を聞きたいんだ」

 

「状況、ですか?」

 

「ああ、各紋章機の整備状況と、整備班そのものの状況だよ」

 

 現在このエルシオールにとって紋章機は主力であり、唯一の戦力だ。

 パイロットであるエンジェル隊の精神状態も大切だが、機体が整備不良では元も子もない。

 そして、機体を整備する整備班に何か問題が起きれば、機体を維持する事はできなくなる。

 

「紋章機の整備に問題はありません。

 特に司令が着任してからの戦闘ではほとんど被弾もしてませんから、次の戦闘には何の影響もない筈です」

 

「そうか。

 では、整備班の人間の状態はどう思う? 班長として」

 

「……そちらは、正直あまりよくはありません」

 

 紋章機についてはハキハキと答えたクレータだったが、整備員の事となると表情をやや曇らせた。

 その事を大体予想していたタクトは、特にリアクションもせず、続く言葉を待っていた。

 

「実のところ、今やっている作業は念には念を、の更に念を入れた機器のチェック作業です。

 勿論、元々日頃の整備は欠かしてませんが、常に戦闘が想定されるという今の状況下で、皆暇な時間があるなら仕事をしていた方が落ち着くという状態になってます」

 

 エルシオールは本星の傍にある白き月から逃亡してきたのだ。

 本星や白き月が敵の砲撃に晒されている様を後ろに見ながら。

 そして、幾度も敵との遭遇戦を経て今に至る。

 宇宙艦隊同士の戦闘を経験している人間など、軍内部でも殆ど居ない筈だ。

 地上での内戦などは多少あったにせよ、皇国全てを巻き込んだ戦争なんて起きた事は無かったのだから。

 整備上のマニュアル等は揃っていても、人間の精神状態はマニュアル通りにはいかない。

 戦い、逃げる日々が続く以上、戦力である紋章機に命を預けている事になり、そうなれば、整備員としては仕事が普段よりも念入りになるのは当然の事だろう。

 問題は、どこまでやるべきで、何処からがやりすぎにになるのかの境界が判断できていない事だ。

 

「やはりか。

 軽く見た感じではそこまで追い詰められている様子はないが、どう見ている?」

 

「私もまだ『問題』というレベルではないと思っています。

 今のところ連戦と言うほど戦闘も頻発してませんから、肉体的な疲労も蓄積してません。

 疲労状態で整備してもミスをするだけだというのは皆解ってますから、休むべき時にはちゃんと休んでます。

 精神状態は、まあ、こんな事になるとは誰も思っていませんでしたから、不安や疲れがあります。

 ですが、紋章機が負けないというのは、他のクルーよりも私達の方が解っているつもりですから。

 それに、普通にティーラウンジにいってお茶を楽しむ余裕はまだありますし、私なんかはさっきのアレなどで自力で心を癒してます」

 

「なるほどね」

 

 アイドルのコンサート映像を見るのが精神安定に必要だ、などと平時に言ったら笑われるだけだろう。

 しかし、こと戦時下ではそれも馬鹿にできない。

 逆にそんなもので心の平静が保てるならば、ぜひ利用してもらいたいと推すことだろう。

 心を病み、狂ってしまう人も出かねないのが戦争という状況なのだ、戦艦の中でできる程度の趣味がある事は大きな利点と言える。

 

「そんな訳ですので、もし補給がありましたら、外部映像データを再生できる機器をお願いしますね。

 整備班長の精神維持に必須ですから」

 

「はいはい。

 とりあえず、君が大丈夫なのは解ったから、他の整備員を頼むよ。

 もし駄目そうだったら医務室に行く事を勧めてやってくれ」

 

「はい、解りました」

 

 とりあえず今はまだ整備班は大丈夫だろう。

 明るく笑える班長もいる事だ、そう簡単に崩れる事はないだろう。

 そう判断し、クレータに秘密の事で念押しされつつ、タクトは格納庫を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 格納庫を出たタクトは次に医務室に来ていた。

 ヴァニラがいればとも思ったのだが、

 

「あら、マイヤーズ司令、いらっしゃい」

 

「あれ? 先生1人?」

 

 医務室にはケーラ1人しかいなかった。

 ヴァニラも、患者も居ない様だ。

 

「ヴァニラに用だった? 今丁度倉庫に備品を取りに行ったところなのよ」

 

「そうですか。

 まあ、それならそれで好都合と言えるんですが」

 

「つまり、ヴァニラ本人に聞かれると拙い話ってことかしら?」

 

「それもありますね」

 

 タクトの一言で察してくれたケーラ。

 タクトは椅子を借りてケーラを向かい合う。

 

「単刀直入に聞くけど、今のエンジェル隊の状態をどう見てます?」

 

「やっぱりそれか。

 そうね、戦争という事で皆少なからず動揺してるし、普段通りとはいかないわ。

 でも、戦争になっているという状況で、こんな場所でパイロットをやっている割には、十分精神状態は落ち着いていると思うわよ。

 マイヤーズ司令も指揮を執っていて何か問題を感じました?」

 

「いや、全く問題は無い。

 ただ、俺は元々の彼女達、戦争が始まる前の彼女達を知らないからね」

 

 わざわざ聞きに来たものの、司令官として接している限りでは、今のエンジェル隊が精神的に問題がある様には見えない。

 クーデターが起き、砲撃にさらされる本星を背に逃げてきたにしては皆元気だ。

 H.A.L.Oシステムは外見だけでなく、精神的に良い女性を選りすぐっているらしい。

 

「それでですね、できれば白き月に居た頃の彼女達について話を聞ければと思いまして」

 

「なるほどね。

 と言っても、私も付き合いがあるのはヴァニラくらいだったわ。

 彼女達は仕事でも殆ど怪我をしたりしないから、医務室に来る事なんて滅多に無いし。

 ああ、ランファは格闘をやってる関係で5人の中では1番使用頻度は高いけど。

 後は、稀に良く解らないロストテクノロジーに触れたから検査、ってことで来たりはしたけどね」

 

「そういえば、それが彼女達の本来の仕事でしたね」

 

 600年前に起きたクロノ・クエイクにより衰退した文明と技術。

 しかし、白き月によってもたらされた技術により、トランスバールは銀河を渡るまでの技術と文明を取り戻した。

 だが、白き月だけで旧文明の技術全てを取り戻せた訳ではなく、宇宙には旧文明の残した技術がまだまだ眠っているのだ。

 それを発掘、調査するのが白き月の仕事であり、調査段階に関してはエンジェル隊の仕事で、エンジェル隊はロストテクノロジーの発掘、調査の為に存在していたとすら言える。

 紋章機は、単機でクロノ・ドライブが可能という事もあり、戦闘機でありながら、殆ど移動用として使われていたくらいである。

 まあ、平和な情勢ならば、戦闘機などそんな利用価値くらいしかないとも言えるのだが。

 

 で、実際エンジェル隊の仕事の成果は、大小さまざまな形で一般の人々の生活にも恩恵をもたらしている。

 それがエンジェル隊の成した事と知っている人は、全くと言っていいほどいないのが現実だろうが、事実は事実。

 ともあれ、彼女達の仕事は成果を挙げており、彼女達は白き月でエンジェル隊として、充実した日々を送っていた筈である。

 

「ええ。

 因みに、医療関係のロストテクノロジーもいくつか彼女達が見つけてるのよ。

 まだ実用段階には至ってなくて、エルシオールの、この医務室ですら使ってないのばかりだけど」

 

「そうでしょうね」

 

 ロストテクノロジーの中でも医療関係となると、実用には時間が掛かる。

 理想的と言える様な発掘(完璧な状態+仕様書、取扱説明書付き)でもない限り、まず用途の解明から始まり、整備できるか、生産できるかという問題に移る。

 その用途の解明で、医療機器と解っても、命に直結する問題である為、念には念を入れた調査が年単位で行われ、普通発掘から実用は5年でできればかなり早い方と言える。

 余談ながら、日用雑貨程度のものならば、状態次第では即実用化というのも有り得、実際いくつかそうなったものもある。

 

「で、話を戻すけど、ヴァニラ以外は正直白き月での様子は、私もあまり情報を持ってないわ。

 ヴァニラに関しては、今も白き月でも殆どやっている事は変わって無いわ」

 

「そうですか。

 あ、ところで、ヴァニラも制服改造してますよね? あの改造って誰の趣味なんですか?」

 

 エンジェル隊のメンバーは全員軍服を改造している。

 ヴァニラも例外ではなく、着色の改造からフリルを着けるなど、メンバー内でもかなり大胆な部類の改造をしている。

 しかし、タクトが今知る限り、ヴァニラが自分でそんな事をするとは思えないのだ。

 だから、『誰の仕業か』という聞き方になる。

 

「ああ、アレ? アレは私が主犯よ〜。

 かわいいでしょう? あの子自分の事には無頓着でね、私服も全くと言って良いほど持ってないし。

 それにあの年齢でH.A.L.Oに適合したからって軍に居るでしょう。

 だから、ちょっとくらいね」

 

「そうですか。

 いいんじゃないでしょうか。

 何か上層部から言われるような事があったら俺も弁護しますよ。

 医療にも携わってますから、そこらへんで理由はいくらでもつけられますし」

 

「あらそう? 助かるわ。

 あ、因みに、エンジェル隊の他の人達も結構面倒見てくれてるわよ、ヴァニラに関しては。

 あの軍服の改造にも関わってるし」

 

「そうですか、エンジェル隊は皆仲が良さそうですね」

 

 年齢もバラバラで、性格も個性的なエンジェル隊。

 嫌われる要素と言える部分を持っている者も多いのに、今タクトが見る限り全員の関係は良好だ。

 一番年上で隊長でもあるフォルテが取り纏めてきたのかもしれないが、それでも十分素晴らしい事だと言えるだろう。

 

「ところで、私からも1つ聞いて良い?」

 

「なんですか?」

 

 話が一段落したところで、ケーラがそう尋ねてきた。

 何かと思って即答したタクトだったが、

 

「艦内を見回った時、ランファと組手をして怪我したじゃない。

 その時、ヴァニラが診た訳だけど。

 ―――ヴァニラがつけたカルテを見させてもらったわ」

 

「……そうですか」

 

 あの時はナノマシンでの治療をしてもらった。

 だが、記録としてカルテは当然つけている。

 そして、ナノマシンで治療されたという事は、ちょっとした精密検査を受けるのと同じくらいの結果が出ている筈だ。

 

「まあ、もう完治しているものばかりだったけど……ずいぶん傷をお持ちね」

 

「まあ、軍人ですから」

 

 軍人になる前のものもある事を言っているのはタクトも解っているし、別に笑って誤魔化す気はない。

 だが、タクトはただそれだけ答えた。

 ケーラはそれ以上聞かない。

 聞いてはいけない事が混じっていると察しているのだ。

 だが、これだけは言わなければならないと判断し、次の言葉を告げる。

 

「当然ヴァニラもある程度疑問に思っている筈よ。

 あの子は別に心が冷めている訳じゃないから」

 

「そうでしょうね、ちょっと迂闊でしたよ」

 

 暫しの沈黙。

 互いにそれ以上の言葉が無くなった時の事だった。

 

 プシュッ!

 

 医務室の扉が開いた。

 タクトが振り返ると、そこには荷物を持ったヴァニラが入ってくるところだった。

 

「ヴァニラ、ご苦労さま」

 

「やあ、ヴァニラ、お疲れ様」

 

 何事も無かったかの様に微笑みながらヴァニラを迎える2人。

 

「タクトさん、どこかお怪我でもされたのですか?」

 

「いや、ケーラ先生にちょっと話を聞いていた所だよ」

 

 ヴァニラも特に気にした様子はない。

 違和感もなかっただろう。

 そこら辺は無駄にヴァニラの倍近い人生を歩んできた2人ではない、と言ったところだろう。

 

「そうですか」

 

 無表情のまま、素っ気無くそう言って荷物を奥へと運ぶヴァニラ。

 

「あ、そうだ、マイヤーズ司令、コーヒーはお好き?」

 

「ええ」

 

「じゃあ、ヴァニラ、マイヤーズ司令にコーヒーを淹れてあげて」

 

「はい」

 

 何か良い事でも思いついた様子でヴァニラにそう頼んだケーラ。

 ヴァニラは何の疑問も持った様子はなく、また別の場所へと移動した。 

 

「え? ヴァニラが?」

 

「ええ、ヴァニラの淹れるコーヒーは美味しいんですよ」

 

 前に来た時、次はコーヒーでも、という風に言われた気がするが、ヴァニラが淹れるとは思わなかった。

 そんな話をしている内に少し離れた場所でコーヒーを淹れる音が聞こえ、香りもしてくる。

 そして、程なくヴァニラがカップにコーヒーを淹れて戻ってきた。

 

「どうぞ、タクトさん」

 

「ああ、ありがとう」

 

 ヴァニラからコーヒーを受け取って一口。

 

「お、美味いな」

 

 タクトはコーヒーに詳しい訳ではないが、少なくとも自動販売機で買うコーヒーよりも美味しく感じた。

 

「別に特別良い豆を使ってる訳じゃないのよ。

 ヴァニラの焙煎と豆の挽き方が上手なの」

 

「ええ、これは素人のものじゃないですよ。

 凄いじゃないか」

 

「いえ、特別な事をしている訳ではありません」

 

 タクトは十分凄い事だと思うが、ヴァニラは謙遜というか、事実として特に何かをしているという意識は無い様子だ。

 そんなヴァニラを見て、少し微笑むタクト。

 少しだけ、過去を思い返しながら。

 

「また頼むよ」

 

「はい」

 

 思わぬところでヴァニラの特技を知ったタクト。

 その後、もう少しケーラと話をして、医務室を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 医務室を出たタクトは再びティーラウンジへと向かった。

 既にフォルテとヴァニラは別の場所へと移動しているので、あの場は解散している筈だ。

 もう全員そこには居ないかもしれないが、一応中をのぞいてみる事にする。

 

「お、いたいた」

 

 ティーラウンジに着いたタクトは、ティーラウンジ全体を見渡す事なく、エンジェル隊のメンバーの1人を見つけた。

 

「やあ、ミント」

 

「あら、タクトさん」

 

 ティーラウンジに居た、というよりもまだ同じ席に残っていたミント。

 穏やかな笑みでタクトを出迎える。

 ヴァニラもそうだったが、先ほどまであんな話をしていたとは感じさせない対応だ。

 

「タクトさんもいかがですか?」

 

「いいのかい? じゃあご一緒させてもらうよ」

 

 ミントのテーブルに広げられた駄菓子とお茶。

 タクトにとって随分と懐かしい物もあったので、暫く駄菓子の話をしながらお茶の時間を楽しんだ。

 

「で、お話がある様ですけど」

 

「あ、やっぱりバレてたか」

 

 だが、その時間は長くは続かない。

 何せタクトがいつ話を切り出そうかとかずっと考えていたからだ。

 ミントが相手では読まれて当然の思考だ。

 

「まあ、ちょっと試したい事があるのと、聞いておきたい事があるんでね。

 それに付き合って欲しい」

 

「構いませんよ」

 

「そうかい? 悪いね、お茶の時間に」

 

「いえ」

 

 2人は見た目の上では特に変わらない。

 しかし、既にタクトの用件は始まっている。

 

「で、これが試してみたい事なんだけどさ」

 口で言っている事と考えている事を分けて、ちゃんと伝わるかどうかなんだけど

「あら、面白い事を考えますのね。

 ええ、とりあえずは成功していますわ」

 

「そうか、なら、ちょっと難しい話を。

 今までの君達の戦闘の事なんだけど、ずっと無人艦だったんだよね?」

 今この艦にいる軍人は君達エンジェル隊と俺とレスターだけだ。

「ええ、そうですわね」

 

「人が乗っていたのはあの裏切り者が来た時は初めて、でいいのかな?」

 現状では持って万が一にも白兵戦になった時、戦力になるのはエンジェル隊の中ではフォルテ、ランファ、それと君だと考えてる。

「ええ、そうです。

 間違いありません」

 

「エオニア軍は人手不足の筈だ。

 だから、殆どチェック無しに寝返ったものを採用してると思うけど、君はどう思う?」

 そこで、聞きたいのは、君が生身の人間を撃って殺せるかという事だ。

「そうですね……あの演説からしても来る者は拒まずという感じだと思いますわ。

 流石に追放された時に追従した者達だけでは、無人艦を駆使しても皇国を制圧しきれませんもの」

 

 エオニア軍の事について話している2人。

 しかし、その最後、ミントは口でそう答えながら、なにげなく空いた皿に、ティースプーンで文字を書いていた。

 『可能です』と。

 

「そうか。

 ありがとう、参考になったよ」

 今後も、周囲の混乱を避けるため、もしくは聞かれてはいけない話なんかを、こうやって伝えるかもしれない

「お気になさらずとも結構ですわ。

 なかなか面白い試みだと思いますから」

 

 表面上は話を始めた頃と変わらない様子のミント。

 だが、正面に座り、ずっと様子を見ていたタクトからすれば、テンションは大幅に下がっている事が解る。

 

「じゃあ、俺はこれでお暇するよ」

 ……すまない

「ええ」

 

 席を立つタクトを見送るミント。

 ミントは暫くその背を見送るだけだったが、声の届くギリギリの距離で、ふと呟いた。

 

「駄目ですよ、指揮官でしたら、非情になりきるくらいしませんと」

 

「……ははは、すまないね、半端な指揮官で。

 君には筒抜けだもんな。

 指揮官として信用を得るのは難しいかもしれないな」

 

 ミントの言葉に振り返らず応えるタクト。

 ミントが言うそれについて考えないようにするという事が不可能だと解っていた。

 だから、指摘されるのもある程度覚悟していたが、やはり言われると少し自分が情けないと感じる。

 

「まあ、程度によります、気をつけてくださいね」

 

「ああ」

 

 今度こそタクトはその場からは離れる。

 後に残ったミントはまた趣味である駄菓子を口にする。

 その顔は、タクトが来る前と変わらず、きっとテンションもタクトが来る前と変わらないだろう。

 

 

 

 

 

 次にタクトが向かったのは食堂。

 ここへ来たのは誰かが居る事を期待したのではなく、少々腹が減ってきたからだ。

 いや、食事をする事で少し精神を落ち着けたかったのもあるかもしれない。

 

「何か残ってるかな」

 

 食事の時間からは既に外れている。

 別に飯を抜いた訳ではないが、食える時に食っておくべきとタクトは考えている。

 それに、今は戦時下だ。

 いつ戦闘が始まるかもしれないという事を考えれば、食事は回数を分けて摂る方が良い。

 

「あら、司令さん、いらっしゃい」

 

「おばちゃん、何か残ってない?」

 

 カウンターまで言っておばちゃんに尋ねるタクト。

 因みに、食堂には一度来ているし、艦内に一度着任の挨拶をしているので、タクトの顔と役職はクルー全員に知られている。

 ただ、クルーは軍人ではないので、こうしてわりとフランクに話をしたりする。

 まあ、タクトとしては堅苦しいのは嫌いなので、そっちの方が良いと思っていたりする。

 

「う〜ん、少し時間が掛かるね。

 ランファスペシャルなら今できたところだけど」

 

「ランファスペシャル?」

 

 恐らくはエンジェル隊のランファの事だろう。

 しかし、個人の名前が入った料理とは一体どういう事か。

 

「おばちゃーん、できたー?」

 

 と、そこへ丁度ランファがやって来る。

 どうやらランファが注文していた物だったらしい。

 

「あらタクトじゃない。

 貴方も食事?」

 

「ああ。

 ちょっと小腹が空いてね」

 

「はいよ、ランファスペシャル。

 いつも通り大盛りだよ」

 

 と、タクトとランファが挨拶を交わしたところで、ランファスペシャルが出てくる。

 それはどうやらカレーの様だ。

 若干色が赤に近いが、匂いもやっぱりカレーのもので、食欲をそそられる。

 

「ありがとう、おばちゃん」

 

 それを嬉しそうに受け取るランファ。

 

「あ、おばちゃん、ランファスペシャルなら直ぐできるの?」

 

「ええ、ちょっと作りすぎちゃったからね」

 

「じゃあ、俺にもランファスペシャルをもらえる?」

 

「え? ま、まあいいんだけど。

 大丈夫かい?」

 

 どうもおばちゃんの言葉がおかしい。

 そう感じながらもタクトは大して気にする事なく答えた。

 

「ええ、好き嫌いはないですから。

 それに、この香りを前に食欲は抑えられませんよー」

 

「まあ、香りはねぇ……じゃあ、1人前ね」

 

「あら、貴方も食べるの?」

 

「ああ、君のスペシャルメニューらしいけど、いいかい?」

 

「ええ、別に構わないわよ」

 

 そう言う訳で、ランファにも快諾してくれたのでタクトもランファスペシャルを受け取り、ランファと一緒に食事を摂る事になった。

 近くのテーブルで向かい合って座る2人。

 

「いただきます」

 

 そして、早速一口、ランファスペシャルを口にするタクト。

 最初に口に広がるのは調和したスパイスの旨味。

 これは絶品だ、とそう思った。

 しかし、

 

「う……」

 

 その次の瞬間。

 加速的に広がる味があった。

 それは、

 

「か、からぁぁぁぁい!!」

 

 今まで味わった事の無い程強烈な辛味。

 カレーだから辛いのは当たり前だが、これは通常のそれを圧倒的に凌駕していた。

 慌てて水を飲むタクト。

 しかし、コップ一杯の水でかき消せる程の辛味ではなかった。

 

「やっぱりそうなったかい。

 ほれ、お水」

 

 と、そこへおばちゃんが水の入ったポットを持ってきてくれる。

 作り手だけあってか、解っていた事なのだろう。

 

「お、おばちゃん、なにこれ」

 

 流石にタクトも問わずにはいられない。

 まだ痺れが残る舌でおばちゃんに問う。

 

「なにって、ランファスペシャル1000倍カレーよ。

 辛くて美味しいでしょう?」

 

 答えたのはランファ。

 しかも平然と同じカレーを食べながら。

 

「1000倍って……」

 

 唖然とせずにはいられない数字だ。

 よく10倍カレーくらいなら聞くし、100倍カレーなどというものもネタとして耳にした事がある。

 しかし、このカレーはその更に10倍。

 その何倍というのが何を基準にしているのか問いただしてみたいが、兎も角、これは確かにそれくらい名乗れる物だったのだろう。

 

 だが、

 

「でも、確かに旨い」

 

 まだ舌には焼け付く様に痺れているが、しかしそれでも尚カレーとしての旨味も同じ様に口の中に残っていた。

 

「そりゃね。

 私だって料理人としてただ辛いだけの料理なんて作らないよ」

 

 胸を張って述べる食堂のおばちゃん。

 どうやらこれは単純な辛いカレーではなく、試行錯誤されて開発された物らしい。

 

「辛すぎて殆どランファちゃん専用だけど、クルーの中には2、3人、たまに食べる人がいるよ。

 辛いけど、それ以上に美味しいから癖になるって言ってね」

 

「た、確かにこれはそうなるかもしれない」

 

 自慢げなおばちゃんの言葉を納得できる。

 そういう料理だ。

 が、事実として一口食べただけで舌が焼けた様に痺れる程の辛さだ。

 一皿全てを食べられるかは別問題。

 しかしだ、やはり目の前にある限りその香りで食欲がそそられる。

 これは味覚もあるが、嗅覚としても癖になるほどの匂いだ。

 

「あ、おばちゃん、水、そのポットごともらえます?」

 

「ああ、いいけど。

 食べるのかい?」

 

「ええ」

 

 食べ続ける事を選択するタクト。

 

「無茶しない方がいいわよ。

 慣れない人には無理なんだから」

 

 一応、平然と食べる自分が異常である事は理解しているらしい。

 だが、

 

「大丈夫さ。

 それに、目の前にある食べ物は残さない主義でね」

 

 そういいつつ、汗をだらだらと流し、次の一口を口に入れるタクト。

 そうしてまた水をのみ、また一口。

 そんな事を続けながらタクトはランファスペシャルを一皿完食するのだった。

 

「ひ〜〜〜……舌が痺れてもう何も感じないよ」

 

 最後にコップの水を飲み干し、スプーンを置くタクト。

 舌もそうだが、口の周りも少し腫れてしまっている。

 

「よく食べきったわね〜。

 ミルフィーは最初に一口食べたっきり拒絶してるのに」

 

「まあ、普通はそうなるよね」

 

 食べきっておいてなんだが、これは一口食べただけでもトラウマになりかねない程の辛さだ。

 知らずに食べたら気絶できるかもしれない。

 

「それにしても、食べ物は残さない主義、ねぇ。

 貴族の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったわ」

 

 ランファから漏れる言葉。

 それはタクトを貴族という風に見てきた訳ではないのに、タクトが口にした言葉と情報が繋がってしまったが故に出た言葉だ。

 どうしても消す事はできないランファの思いが絡むもの。

 いや、消す気などない、ランファの過去であり、故郷に関する思いが作用した反射的なものであった。

 

「貴族といってもね、軍人だし。

 食料の重要性は理解しているつもりだよ」

 

 ランファの生まれについては情報として知っている。

 だから、ランファが何を思ってそんな言葉を口にしたのかも大体解る。

 

「まあ、そうか。

 常識的に考えて、その筈よね」

 

 ランファはタクトの言葉を頭では納得している。

 だが、それを否定する過去でもあるのか、心までは納得できていない様子だ。

 尤も、タクト自身も、同じ事なのだが。

 

「と、言っても俺自身は貴族じゃないからね。

 あんまり参考にはならないけど」

 

「……は?」

 

 マイヤーズというのは有能な軍人を輩出してきた伯爵家の姓である。

 タクトはその三男―――というのがランファの持っている情報だった。

 

「あー、しかっし汗かいちゃったな。

 こりゃ一度汗流さないと拙いかな。

 あ、ごめんランファ、そう言う訳で先に行くよ」

 

「え? ええ、汗臭い男なんて最低なんだから、シャワー浴びてきなさい」

 

「ああ、そうするよ。

 じゃ」

 

 タクトはランファスペシャルが盛られていた皿を片付け、食堂を後にした。

 ますます解らない、という顔をしたランファを残して。

 

 

 

 

 

 その後、シャワーを浴びて着替えたタクトは再び艦内を歩いていた。

 やって来たのはエンジェル隊の私室や謁見の間があるフロア。

 その謁見の間、シヴァ皇子の下へとタクトは向かった。

 

 本来、よっぽどの事が無い限りはここへは来ないつもりだった。

 しかし、先ほど口走ってしまった予定外の言葉。

 どうやら自分は弛んでいると判断したタクトは、自分を引き締める意味でここへやってきたのだ。

 

「これはマイヤーズ司令」

 

「どうも、侍女さん」

 

 謁見の間の前で、タクトはシヴァ皇子付きの侍女と会う。

 実は、謁見の間まで来ながらシヴァ皇子に会う為に来た訳ではない。

 

「シヴァ皇子の様子はどうですか?」

 

「既に回復なされております。

 今はお勉強中ですよ」

 

「そうですか」

 

 前回、真実を知ったシヴァは精神的に相当まいった筈だ。

 それでも尚、正しい判断を下し、タクトに逃げる事を命じた。

 素晴らしい精神力だが、やはり子供である事は事実で、タクトも心配していたのだ。

 だが、どうやらタクトはシヴァ皇子を甘くみていたらしい。

 事務的な言葉であるが、侍女からそう聞いて、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「ところで、こんな状況下で勉強ですか?」

 

「こんな状況下だからこそです。

 それに最後の皇族となられた皇子は、この戦争の中での旗印としてだけでなく、戦後の復興という大きな役目があります。

 必要な知識は今から身につけておきませんと」

 

「なるほど」

 

 この艦は儀礼艦であり、シヴァ皇子が住んでいた白き月にあったのだから、そう言う勉強できる環境が存在するのはまあ解らないでもない事だ。

 それにしても、まだ勝てるかも解らない戦後の事を考え、その勉強をしているとは、シヴァ皇子は本当に皇位を継ぐに相応しい人格を持っているのだろう。

 今から戦後の事を考えるのは、タクト達を信じてくれているのもあるが、それよりも、皇族として、戦って勝てばいいだけという単純な考えでは許されないからというのがある。

 シヴァ皇子はそれを理解した上で、逃げているという状況下でもそれに屈する事なく自らがやるべき事を成し遂げる準備をしている。

 その心意気だけでも、タクトは護るに値する人物だと思える。

 

「そういえば、教育係の人もこの艦に乗り込んでいるんですか?」

 

「専門という意味ではおりません。

 元々白き月において皇子の身の回りを世話する者は少なく、専属では私だけでした。

 その為、教育も兼任しております」

 

「そうなんですか」

 

 今、侍女個人の話になりかけた。

 しかし、タクトは侍女が自ら話す事を受けるだけで、それ以上を聞こうとはしない。

 

「では、お仕事のお邪魔をするのもなんなので、私はこれで」

 

「はい、では失礼いたします」

 

 あくまで事務的に話、分かれる2人。

 その場を離れるタクトは振り返る事なく、次の目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 次の目的地、展望公園に移動しようとした時だった。

 エンジェル隊の私室のあるフロアを横切ると、そこで見知った人物を、ついでに言えば展望公園で探そうと思っていた人物を見つけた。

 

「ミルフィー」

 

「あ、タクトさん」

 

 タクトが声を掛けると駆け寄ってくるミルフィー。

 どうやらミルフィーもタクトに用があったらしい。

 

「タクトさん、今お時間大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

「じゃあピクニックに行きませんか?」

 

「ピクニック?」

 

「はい」

 

 唐突な提案に流石に聞き返さずにはいられないタクト。

 しかし、ミルフィーはただ笑みを浮かべ、肯定するだけだった。

 そんな笑顔を見ていると、急にそんな事を言い出した理由などどうでもよくなってくる。

 

「そうだね、それもいいかもしれない。

 いつ行くんだい?」

 

「今からです。

 皆で」

 

「今からか……クロノ・ドライブの時間はまだあるか。

 皆への連絡は?」

 

「それがまだなんですよ。

 準備をしてたら、すっかり忘れてて」

 

 なんとも、根本的なことを失念していた様だ。

 だが、時間はまだある、今からなら十分取り返せるあろう。

 

「解った、俺が直ぐに皆に連絡するよ。

 ミルフィーは公園で待ってて」

 

「はい、お願いしますね、タクトさん」

 

 タクトの返事に満面の笑みで答え、自室の方へと駆け出すミルフィー。

 それを見送ったタクトも移動し始める。

 とりあえず、通信を使わずに直接伝えに行くつもりだ。

 

「それにしても、ピクニックか……」

 

 移動中、タクトは今更ながらピクニックをするのだと考えて、言葉を漏らしていた。

 それは、まさかこのエルシオールの中で、そんな事をする事になるとは思わなかったという苦笑もあるが、それ以上に懐かしさと、まだそんな事をできる余裕があるのだという喜びからくるもの。

 ミルフィー以外の4人にあった後、自分の気持ちを引き締めた筈だったのだが、無駄になってしまったと言えるくらい、タクトは素の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 それから15分後、なんとかエンジェル隊全員にピクニックの件を直接話し、了解を得たタクトは展望公園へと移動した。

 ピクニックの件に関しては皆快諾してくれて、直ぐに集まる事となった。

 ただ、何故か全員準備がどうとか言っていたのが気に掛かるところだ。

 

(ピクニックの準備ならミルフィーがしているって伝えたんだけどな)

 

 そんな事を考えつつ、最後にミルフィーと連絡を取った際に頼まれた飲み物を買い、展望公園にたどり着いたタクト。

 と、丁度そこでミントとランファと出会った。

 

「あらタクトじゃない、アンタも何か準備してきたの?」

 

「ああ、俺はミルフィーに頼まれた飲み物を……

 って、2人とも、それは何?」

 

 今のランファの台詞も気になる所だが、もっと気になるのはランファとミントの荷物。

 2人して、一体どこの戦地へ赴くのかという装備を背負っていたのだ。

 

「何って、個人用耐熱シールドと捕縛用のトリモチ弾。

 それからガスマスクと簡易テント。

 後は、今日は水難の相が出てたから傘。

 時間がなかったし、あんまり用意できなかったわ」

 

「私は工具と通信障害に強い無線機、後は小型暗号解読機ですわ。

 優先順位が高いものを持ってきました」

 

 当たり前の様に装備の内容を告げる2人。

 だから、一体どこの戦場へ行こうというのだろうか。

 因みに、後から合流するヴァニラは常時連れているナノマシンペットに加え、医療関係の物を、フォルテは武器弾薬の類を持参していた。

 見事に皆それぞれに役割通りの装備を揃えて来ているのだ。

 今回の件についてなんら話し合う様な事はなかった筈なのに。

 

「なんでまたそんな装備を?

 というか、何処から持ってきたの?」

 

 ここは軍艦の中。

 ある程度の装備は配備されているとは言え、倉庫を漁るほどの時間は無かった筈だ。

 それに、軍艦で、ある程度装備が充実しているからこそ、倉庫番でも無い限り必要なものを集めるのには時間が掛かる。

 

「エンジェル隊の専用ロッカーよ。

 エンジェル隊だけでの行動も多いし、必要そうな機材は専用で管理してるわ」

 

「ああ、そういえばあったね。

 そんな物が入っているとは思わなかったよ」

 

 確かにエンジェル隊の私室の近くにはエンジェル隊専用の倉庫が、ロッカーという名で存在する。

 パイロットである彼女達は艦内においてかなり広い個人部屋を持ち、且ロッカーまで専用で持つという優遇ぶりだ。

 まあ、それはある意味当然の権利であるが、兎も角、タクトはそれを知っていながら、私物が詰っているものと思っていたのだ。

 

「まあ、全部こんな機材が入っている訳ではありませんが。

 私室で管理しているものもありますし。

 特にフォルテさんやヴァニラさんの持ち物は」

 

「まあ、一緒には置いておけない物もあるしね。

 しっかし、そんなものが置いてる部屋か、俺やレスターなら兎も角、君達だと想像できないな〜」

 

 因みにだが、実際タクトとレスターの私室にはわりといろいろな兵装が置いてある。

 勿論自分自身が使える範囲のものであり、これは護身の為の装備だ。

 一応タクトもレスターも軍の司令官と副司令である為、何かと厄介の種を持ってしまっている。

 

「勿論、パッと見は解らない様に配置してあるわよ。

 フォルテさんの場合、趣味の銃器はむしろ飾ってるけど」

 

「フォルテは銃器を飾った部屋か……若干納得してしまったけど。

 まあ、いいや、そろそろ行こうか」

 

「そうですわね」

 

 そんな会話をしながらタクト達は公園の中へと入る。

 

 

 軍艦の中とは思えない広大且地上と見まごう出来の展望公園の中、小高い丘の様になっている場所が集合場所となった。

 天井のスクリーンには地上からみる青空が映し出され、本当に地上のどこかにピクニックに来た気分になれる。

 長く宇宙を往く船であればこういった地上を思い出す様な施設はあるものだが、ここまで本格的なものはタクトも見たことがない。

 

 そんな公園の丘で、シートを敷き、ミルフィーが作ったお弁当を広げるエンジェル隊とタクト。

 

「おー、美味そうな弁当だねー。

 流石ミルフィー」

 

「えへへ、ありがとうございます。

 たくさん作りましたから、遠慮なく食べてくださいね」

 

 ピクニックにぴったりのバスケットに入ったお弁当を広げるエンジェル隊。

 なんとも平和な光景だ。

 

「本当に美味しそうだなぁ。

 ミルフィーは料理が得意なんだ」

 

「はい、私の唯一の特技です」

 

 ミルフィーのお弁当を見てただただ感心するタクト。

 こうして食堂以外で、人が作った食事を摂るというのも一体どれくらいぶりだろうか。

 

「本当は特性ケーキも作る予定だったんだけど、途中でオーブンが壊れちゃって」

 

「えー!」

 

「あら、それは残念ですわね」

 

「……ケーキ」

 

 お弁当を広げる中、ケーキまで用意するつもりだったらしいミルフィーだが、エンジェル隊のメンバーからは本当に残念そうな声が上がる。

 ランファは勿論、ミントやフォルテ、ヴァニラまでも目に見えて残念そうにしている。

 どうやらミルフィーの料理の腕は隊員全員から認められている様だ。

 

(それにしてもヴァニラもケーキで目に見えて一喜一憂するのか。

 あの頃の彼女と同じだな)

 

 その風景に、少しまた昔を思い出すタクト。

 だが、あまり長くそんな事を考えているのは今ここに居る彼女達に失礼でもあるので、直ぐにその思考は取りやめる。

 

「まあ、過ぎた事は仕方ないさ。

 お弁当をいただくとしようじゃないか」

 

 ケーキが無いことで若干下がっていたテンションも、直ぐに回復し、それ以上に上がってゆく。

 

「あら、この玉子焼きおいしいですわね。

 今度作り方を教えてくださいね」

 

「この唐揚げも美味いよー」

 

 タクトを交えたエンジェル隊は和気藹々と時間を過ごす。

 本当に平和な時間だ。

 

 と、そこでふと思う。

 

「ところでランファ、さっき持ってきた機材は何に使うんだい?」

 

 公園の前での話した時も結局用途は聞いていなかったのを思い出す。

 こんな平和なピクニックのどこにあんな物騒なものが必要だというのだろうか。

 

「あー、まあ、使わないで済めばそれでいいんだけど。

 アンタのことだからどうせ調書かなにかで知ってるんでしょう? ミルフィーの特性」

 

「ああ、強運というか、確率というものを無視できる体質だろ?」

 

 それは宇宙コンビニでのくじ引きで、4連続1等を引き当てるというものを目の当たりにしているから解っている。

 とても説明できそうにもない特性ではあるが、兎も角ミルフィーユ・桜庭という人物はそういうものなのだ。

 

「その特性の最大の欠点はね、本人ですら意図して発生を操作できない事よ。

 それと、確率を無視っていうのは、良い方向だけじゃないの。

 私は特にミルフィーとは士官学校から一緒だから、身に沁みて知っているわ」

 

「まあ、タクトさんもそのうち嫌でも体験する事がありますわ。

 今はピクニックを楽しみましょ」

 

 ランファの解説の後、ミントが加わり、そう話を閉めようとする。

 タクトとしても、この楽しいピクニックに水を差す気はないのでそれ以上追求する事をやめた。

 その代わり、

 

「あ、そうそう、皆に聞きたい事があったんだ」

 

 若干離れた場所で話していたタクトは、エンジェル隊皆と合流し、そして話しかけた。

 

「白き月にいた頃の話、何か聞かせてくれないかな」

 

 それは、これから付き合う上で知っておきたい彼女達の過去の話。

 エンジェル隊として白き月で活動していた頃の話だ。

 既にその生活は戦争によって失われている為、皆のテンションを下げてしまう恐れもある。

 だが、そう考えながらもタクトは大丈夫だと思っている。 

 

「白き月にいた頃の話ねぇ。

 なんか、考えると懐かしくもあるね、時間的にはまだ大して経っていない筈なのに」

 

「そうですね」

 

 やはり、戦争という状況の中、平和だった頃の時間は既に過去のものとなってしまっている様だ。

 しかし、それで沈む様なエンジェル隊ではなかった。

 

「あの頃はあの頃で忙しかったわよ。

 一応単独でもクロノ・ドライブが可能な紋章機を持った私達はそれこそ全宇宙を駆け回ってロストテクノロジーを探してたんだから」

 

「休暇はほとんど無い状態でずっとロストテクノロジー絡みの仕事についてましたね。

 まあ、実際には移動時間が殆どで、現場も半分は観光に近い事をしてましたけど」

 

 笑顔のまま平和だった頃の話をするエンジェル隊。

 それは懐かしむという思いはあっても、今からの逃避という訳ではない。

 

「ああ、それは聞いてるよ。

 何せエンジェル隊のロストテクノロジーの発見の成果は素晴らしいの一言だからね。

 ところで、やっぱり皆ばらばらにロストテクノロジーを探してたのかい?」

 

 エンジェル隊が発見したロストテクノロジーの数は相当な数になる。

 5人いるエンジェル隊が宇宙各地に散らばって探していたとしても尚有り得ないといえるくらいの数だ。

 

「いえ、基本的に全員固まって動いてましたわ。

 分かれても2人と3人か、2人と2人で1人は留守番という感じでしたわね。

 2チーム以上の数で動いた事は無かったと思います」

 

「そうだね、安全の為もあって基本的に単独行動はしなかったよ。

 なんせ相手は訳も解らないロストテクノロジーだしね」

 

 だが、さらっとミントは答えた。

 5人でバラバラに動いたとしても、足りないと思っている効率を無視するかの様に。

 しかし、フォルテが付け加えた言葉は正論でもある。

 調査、発掘など普通に考えて単独ではできる事ではないし、それが今は失われた、今より遥かに高度なテクノロジーであり、それがなんであるかも解らない状況であるすれば尚更だ。

 

「発見した数が多いのは、私達が行った先ではほぼ毎回何かしらのロストテクノロジーがあったからよ。

 そのお陰で毎回大変だったけど」

 

 タクトが考えていた効率、というものが根本から吹き飛ぶ発言をするランファ。

 確かにタクトは空振りになる事を考慮して効率を考えていた。

 だが、それでも空振りになる確率は相当低くみつもっていたのだ。

 何せエンジェル隊のロストテクノロジー調査、発掘の成果というのは、常識的に考えて有り得ない程のものなのだから。

 

「それは凄い! 事前調査が優秀だったとしても、そこから何かを必ず見つけられるなんて、一体どうやったんだい?」

 

 ある程度は調書等で知っていた。

 しかし、そんなものある程度でしかなかった事を知り、素直に驚き、真実を尋ねるタクト。

 

「どうやった、と聞かれてもね。

 これも多分ミルフィーのおかげさ」

 

「ミルフィーの?」

 

「そ、ミルフィーの強運があれば、確率なんて在って無い様なものだし」

 

「まあ、見つかるのはいいんですけど、大抵何かしらのトラブルが発生するんですのよ。

 発見の代償かの様に。

 それもあって大体全員で固まって動いてましたの」

 

「なるほど」

 

 ミルフィーの確率を無視できる体質というのは、仕事上で上手く活用できていた様だ。

 それに加え他の隊員の能力もあって、発見したものを無事持ち帰ることができていたのだろう。

 そのトラブルというのがどんなものか詳しく聞きたいところだが、

 

「ごめんなさーい」

 

 そんな話をしていると、ミルフィーが申し訳無さそうな声を出す。

 どうやら皆が言う『トラブル』を自分の責任だとしている様だ。

 それよりもロストテクノロジーを発見してきた功績のほうが凄いと思うのだが。

 

「まあ、いろいろ大変だったけど、充実してたわよ」

 

「そうですわね」

 

「ああ、なかなか楽しい生活だった」

 

 そう言ってみんなは話を区切る。

 過去の事として。

 そこで、タクトは、

 

「なら、それを取り戻す為にもがんばらないとな」

 

 その過去は、過去としてもう取り戻せないものではない。

 この戦争という状況下で離れているだけにすぎないのだ。

 だからこの戦争が終わったなら、きっと―――

 

「そうですね」

 

「ええ、その為にもがんばらないと」

 

 エンジェル隊のメンバーは皆本当に強い、とタクトは思う。

 こんな状況下でも輝く笑顔ができる彼女達なら、きっとこの戦争を勝ち抜く事ができるだろう。 

 

 そうして楽しいピクニックも終わりに近づいた頃、

 

「あら? いつの間にか人が集まってきたわね」

 

 公園を見渡すと、非番のクルー達が集まって着ていた。

 ここは憩いの場であるので人が来るのは当然だが、それにしても多すぎる。

 それに、何故か皆手にお弁当などの食材、更にはバーベキューのセットらしきものまで持ってきている。

 

「なんかバーベキューまでしてますね」

 

「皆もピクニックに来たのかな?」

 

 確かにミルフィーの言う様に、皆ピクニックに来たという感じだ。

 だが、その人数は申し合わせたかの様に多く、恐らく今非番のクルーが全員集まってきているのではないかという程だ。

 

「これもミルフィーのせいかしらね」

 

「でも皆楽しそうです」

 

「そうね。

 あ、私もバーべキュー貰ってこようっと」

 

「ランファさん、本日の適性カロリーをオーバーしてしまいますよ」

 

「あんた、そんな事計算してたの?」

 

 次から次へと人が集まり、エンジェル隊もタクトもその輪に加わる。

 終わりかけたピクニックは新たな人を加えて再開された。

 

 ―――と、思った時だった。

 

 パラ……パラパラ……

 

「え?」

 

 頬に何か冷たいもの当たった、そう思って触るとそれが水である事が解る。 

 そして、それに気付いた次の瞬間。

 

ザーーーーー!

 

 青空だったスクリーンが曇り空へと変わり、雨が降り出してくる。

 

「なに!」

 

 勿論映像なので『雨』ではない。

 これはこの公園環境を保全する為のシステムだろう。

 本物の公園同様に植物がある以上、雨という形で水を与える事も必要なのだ。

 

 しかし、普通人がいる状況下で『雨』を降らせる様な事は無いはずだし、もし降らすとしても警告などをする筈だ。

 

「ちょっと、何よこれ、バーベキューが台無しじゃない!」

 

「傘を持ってきて正解でしたね」

 

「せっかくのピクニックがー」

 

「兎も角皆外へ」

 

 公園に集まっていたクルーも皆慌てて公園の外へと逃げ得だす。

 バーべキューなどを放置するのは危険だが、このままでは風邪をひいてしまう。

 

「ふぅ……酷い目にあった」

 

 とりあえず全員外へ出て難を逃れる。

 衣服は若干濡れてしまったが、大した問題ではないだろう。

 

「それにしても急に雨が降るなんて、環境保全システムの故障か?」

 

「いえ、これは雨というよりもスプリンクラーと思われます。

 恐らくバーベキューの煙を感知して作動したのでしょう」

 

「スプリンクラーか、なるほど、そりゃあ環境保全システムの『雨』と見分けはつかないけど……

 しっかし、バーべキューをするならそこらへんは切っておくものだけど。

 バーベキューは複数の場所でしてたけど、誰もシステムを切らなかったのか?」

 

 仮にも艦内である為、不要な火の扱いには注意が必要になる。

 バーべキューなどのレクリエーションとして使う際は公園を管理している部署に連絡し、システムを調整してもらう必要がある筈だ。

 それを誰も行わずに火を使うなど、本来は有り得ない。

 それに、スプリンクラーの動作にしても、よほど昔のシステムじゃあるまいし、煙を探知、即散水、などという単純な構造ではない筈だ。

 

「それはシステム管理者に確認するしかありませんが、システムの故障という可能性もあります」

 

「まあ、どちらにしろミルフィーの計画したピクニックだしね。

 こんなオチがつくんじゃないかとは思ってたよ」

 

「まあ、今回は軽い方よね」

 

 本来では有り得ない事なのだが、エンジェル隊のメンバーは別に不思議に思っていない様だ。

 ミルフィーが始めたピクニックだったという1点だけで。

 

「ごめんなさーい」

 

 皆に謝るミルフィー。

 皆も責めている、という感じではなく、笑って済ませている。

 

「なるほど、強運と凶運ね。

 なんとなく解ったよ」

 

 とりあえず、タクトはランファ達がさまざまな機材を準備してきた理由が解った。

 確率を無視とは、良い方向にだけ働くものでは無いという事が。

 ついでに、エンジェル隊の精神的な強さの一端を見た気もする。

 こんなトラブルが日常茶飯事なら、大抵の事ではへこたれない強さが必要になるだろう。

 

「今回は軽い方だからね」

 

「すみません、タクトさん」

 

「いや、いいよ、楽しかったしね」

 

 兎も角、例えこれがミルフィーの体質が起こした事態だとしても、ミルフィーを責めるべきではないだろう。

 少なくとも本人が意図していない限り事故だし、ピクニックを楽しんだ分から差し引いても十分おつりがくる。

 

「あ、そろそろドライブアウトの時間だ。

 皆、悪いけど急いで格納庫に行ってくれるかい?」

 

 ふと時計を見ると、ドライブアウトまであと僅かしか時間が無かった。

 本当はもっと余裕を持って解散し、エンジェル隊には紋章機で待機してもらう筈だったのだが、まあまだ間に合うので良しとしよう。

 

「えー、シャワー浴びたいんだけど」

 

「まあ、仕方ないさ、タオルくらいはとってくるとして、急ぐよ」

 

 濡れてしまったのでランファは不満そうだが、それでも格納庫を急ぐエンジェル隊。

 タクトもブリッジへと急ぐ。

 

(ドライブアウトして、何もなければそれでいい、ちょっとだけ我慢をしてもらおう)

 

 安全な時間は終わった。

 タクトはブリッジにつくまでに気持ちを引き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 プシュッ!

 

「遅いぞ、タクト」

 

 ブリッジに着いて最初に聞いた言葉はレスターのそんな声だった。

 

「悪い悪い」

 

「って、お前びしょ濡れじゃないか、何処で何をしてきた?」

 

「ああ、ちょっとね。

 まあ、水も滴るいい男という事で」

 

「アホ言ってないで早く拭け」

 

 一応ブリッジに来るまでに部屋でタオルを取って拭いてきたのだが、着替える時間は無かったのでそのままだ。

 レスターが投げ渡すハンカチでもう一度拭き、とりあえず格好を整える。

 

「そうそうレスター、もう手料理の心配はしなくて済みそうだぞ」

 

「そうか、俺はお前の料理番から卒業できるのか」

 

 濡れた服を拭きながら、そんな事を話すタクトとレスター。

 

「クールダラス副指令って料理もできるんですか?」

 

 それを聞いたアルモとココが食いついてくる。

 ドライブアウトまではまだ少し時間があるので許される会話だろう。

 

「いや、料理と言うほどのものはできない。

 あくまで軍に居た頃に身につけた自分を管理する手段の延長だ。

 が、こいつ手料理に飢える事があってな、仕方ないから作る事があったんだ」

 

「いやー、自分で作ってもなんかねぇ。

 でもレスターの料理も悪くなかったぞ」

 

「そりゃどうも」

 

 タクトの正直なほめ言葉を受け流し、職務に戻るレスター。

 タクトもドライブアウトの時間なのでそれ以上はふざけない。

 

 尚、一応場の緊張をほぐすという意味はあった。

 まあ、それが会話を始めた理由でどれほどを占めるのかは別だが。

 

「エルシオール、ドライブアウトします」

 

 パシュゥンッ!

 

 アルモの言葉の直後、一瞬強い光でモニターの風景が見えなくなり、その後通常の黒い宇宙が見える。

 

「通常空間に出ました」

 

 クロノ・ドライブから通常空間へと戻った事で周囲が一変する。

 その為、あわただしく計器をチェックするクルー。

 その中で、

 

「……あっ!」

 

 レーダーを担当しているココが声を上げる。

 

「どうした?」

 

「て、敵艦です!」

 

「状況、メインモニターに出せ」

 

「りょ、了解しました」

 

 冷静なレスターの命令で、すぐに周囲の状況がメインモニターに映し出される。

 ドライブアウトしたこの場所で、目の前に展開されている敵艦隊。

 

「待ち伏せされてたか」

 

「エオニア軍はこれほどまで網を広げていたか」

 

 だが、タクトもレスターも冷静だった。

 そもそもクロノ・ドライブはその航路が限られる為、待ち伏せという手段が可能になる。

 ただ、クロノ・ドライブできる航路というのも少なくはなく、全てに場所を見張るにはかなりの数の部隊が必要になる為容易ではない。

 しかし、エオニア軍は無人艦で編成された部隊が大半であり、その数も何処で生産しているのかは謎だが、ともかく無尽蔵とすら思える数だ。

 そうなっているかもしれない、という風にはタクトもレスターも考えていたのだ。

 

「それにしても、いやな地形だなぁ」

 

「そうだな」

 

 モニターに映し出されたこの宙域の状況を見て顔をしかめるタクト。

 レスターも同様だ。

 この宙域は、クロノ・ドライブの出入口として整備されたらしく、スペースデブリや小惑星などが固まって妙な形を形成している。

 エルシオールクラスの艦が進める範囲としては丁度中ほどで狭く括れた歪な管の様な形をしている。

 狭い部分ではエルシオールの大きさで大体4隻分の広さしかない。

 通り道としては十分確保されているが、それは通常航行での話し。

 狭い部分をエルシオールが通る際、前後から攻撃されれば回避はほとんどできなくなってしまう。

 そんな場所で待ち伏せされているのだ。

 こちらの不利は大きい。

 

「どうする? 一旦逃げるか?」

 

 一応、後ろになら今ドライブアウトしてきた方向へクロノ・ドライブができる。

 それでこの場からは逃げられるだろう。

 

「いや、ここで敵に見つかった時点でこちらの目的は半分くらいバレたも同然さ。

 なら、一旦退いて向こうに網を強化されるよりは、突破した方がいいだろう。

 それに、この程度、抜けなければ今後生きていける筈もない」

 

「それもそうだな」

 

 タクトはここで戦う事を決める。

 待ち伏せされ、不利な立場にあるが、それくらい覆せる戦力もある。

 

「敵の情報、出ました。

 モニターに出します」

 

 ココが集めた情報がモニターに映し出される。

 敵はやはり待ち伏せというだけあって狭い道の前後に展開している。

 が、

 

「ん? 数が少ないな。

 やはりエオニア軍も網を張るには苦しかったのか?

 配置もバラバラだし」

 

 今見える戦力はレスターが呟く様に少ないし、粗い。

 巡洋艦タイプ3隻、駆逐艦タイプ4隻の7隻がバラバラに配置されている。

 狭い通路の手前には道を塞ぐ様に2隻と、その左右に1隻ずつだ。

 狭い通路の奥では、離れた位置に3隻がいる。

 戦闘宙域が狭い為、エルシオールが攻撃にさらされる可能性が高いが、この程度なら問題なく突破できるだろう。

 

「これが全てならね……」

 

 敵艦の配置を見て、少し考えるタクト。

 更に敵がいない場所の宙域の様子を眺め始める。

 

「どうする、タクト」

 

「よし、エンジェル隊出撃。

 敵を全て駆逐しつつ、この宙域を突破する。

 エンジェル隊、出撃準備」

 

 ブリッジに指令を出しつつ、格納庫への回線を開くタクト。

 一応今の話は聞いていた筈だが、それとは別に作戦を伝えなくてはならない。 

 

『待ち伏せとはやってくれるね、エオニア軍も。

 待機しておいて正解だったってところだね。

 いつでも出れるよ』

 

「ああ、敵の侵攻速度はかなり早い様だ。

 今後の航行で後ろから敵が来たら困る。

 敵は全て撃墜してくれよ」

 

『了解』

 

『勿論よ、一隻だって逃さないんだから』

 

 タクトの指令にテンションを上げるフォルテとランファ。

 

『エンジェル隊、発進準備完了』 

 

 そして直ぐに準備は整い、後はエルシオールから発進するだけとなる。

 だが、

 

『あれー、すいませーん、1番機ラッキースター、出力上がりません』

 

 そんな時にミルフィーから連絡が入った。

 

「なに? こんな時に何をやっている!」

 

 レスターの叱責が飛ぶが、整備は万全に行われていたし、念には念を入れたチェックもしていたのをタクトは知っている。

 だが、それでも1番機は調子が悪いという。

 

『そう目くじらたてなさんなって。

 紋章機はデリケートなんだよ。

 特にラッキースターは不確定要素が多いんだよ』

 

「ああ、なるほどね」

 

 タクトは1番機ラッキースターの特性を知識でしっていた。

 そして、ミルフィーはそれを乗りこなせるものだと思っていたが、やはりただ良い事だけでは無いという事だろう。

 ミルフィー自身の運が良い方にも悪い方にも確率を無視して変動する様に。

 

「なんだそりゃ。

 タクト、何を納得してるんだ?」

 

「まあ、それは後で話すとして、出撃は3番から5番機でいく。

 整備班は急いで1番機の再チェックを」

 

 レスターを宥め、既に動いているだろう整備班にも指示を出し、改めて発進指令を出す。

 ただ、出撃は出力の上がらない1番機と、更に2番機も除外してだ。

 

『え、ちょっと、2番機、私は?』

 

「いや、最初から少なくとも1機は待機にするつもりだったんだ。

 ランファ、悪いけどエルシオールで待機してくれ」

 

 直ぐにランファが何事かと聞いてくるが、実は最初からランファは残しておくつもりだった。

 

『でも、敵が来てるんでしょう?』

 

「ああ、だからこそだ。

 まあ、今回も俺の考えすぎだったらそれでいい。

 今見える敵だけなら3番から5番機の3機でも十分だろ?」

 

 前回もランファには十分に実力を発揮させてあげられていないが、この様な役回りも2番機の特性あってのこと。

 悪いとは思いつつも、これも作戦なのだ。

 

『勿論さ。

 ではエンジェル隊、3番機から5番機発進する』

 

 機体を減らして尚、敵の殲滅を当然できるものとするタクト。

 それにフォルテはむしろ喜んでいる様で、直ぐに3機は発進体勢をとった。

 

 

 

 

 

 3番から5番機が出撃し、エルシオールの周囲に展開する。

 敵も動き出し、細い道の手前にいる4機がエルシオールへと向かってくる。

 ただ、奥の3隻は動きが鈍い。

 

(やっぱりそっちかな)

 

 その様子を見て、自分の予測が正しいとする証明の1つとして考えるタクト。

 そもそも無人艦で統制もなにもないのだから、動きが鈍いというのはおかしいのだ。

 

「エンジェル隊は先ず目の前の1隻を集中して撃破。

 その後、その後ろの1隻を5番機が担当。

 3番機は10時方向の巡洋艦を、4番機は2時方向の駆逐艦を撃破してくれ。

 エルシオールも動くぞ。

 このまま直進。

 目の前に敵が来るならば撃って出ろ」

 

『了解』

 

「了解。

 全速前進、対艦ミサイル用意。

 レーザー各砲門発射準備!」

 

 タクトが出す指令に、エンジェル隊もブリッジも動き出す。

 その後、タクトは自席に座り幾つものウインドウを展開し、何かを計算し始める。

 

「レスター、長距離ミサイルの発射口を1門俺に。

 戦闘は任せる。

 だが、できる限り全速で直進してくれ」

 

「解った」

 

 レスターはタクトに何をするか、とは聞かない。

 既に戦闘も始まっているし、タクトはタクトの仕事をするのだという事は解っているからだ。

 

 程なく、一番手前側にいた敵とエンジェル隊が接触する。

 しかし、3機の紋章機の一斉攻撃の前に数秒で爆砕。

 

 ドゴォォンッ!

 

 宇宙の藻屑と化す。

 そのまま3番機と4番期機は先の指令通り、その直ぐ後ろにいる巡洋艦を無視し、左右に分かれて別の敵艦へと向かう。

 残った5番機でエルシオールの道を塞ぐ1隻を相手にするが、5番機ハーベスターは最も武装が貧弱な機体。

 撃破以前にエルシオールへと向かう巡洋艦の足をとめる事もできていない。

 まもなく敵艦とエルシオールは交戦する事になるだろう。

 

「ヴァニラ、右のエンジン部の、ここを狙えるかい?」

 

 そんなヴァニラの戦闘を何かを計算しながら横目で見ていたタクトは細かい指示を出した。

 既に2度の戦闘をしている為、敵艦の構造についてはある程度解っている。

 ハーベスターにターゲット位置を転送する。

 

『了解しました』

 

 タクトの命令を忠実に実行するヴァニラ。

 今敵艦の背後で転回しているハーベスターは敵艦の後ろ斜め上から接近、相対速度を合わせ、タクトが指示した位置を正確に中距離ビーム砲で攻撃し続ける。

 武装は少ないハーベスターであるが、その分小回りが利き易い。

 だからこそできるピンポイント攻撃だ。

 

 ドォォォンッ!

 

 暫くして敵艦のエンジン部で爆発が起こる。

 これで敵艦の足は殺した事になる。

 

「よし、次はこの砲門を」

 

『はい』

 

 一度前方に出て転回したハーベスターはタクトが次ぎに示した全面のレーザー発射口を狙う。

 通り抜けざまに中距離ビーム砲と近距離レーザーで、敵艦のレーザー発射口はほぼ壊滅状態となった。

 

 ドォォォンッ!

 

「攻撃を受けたけど、大丈夫かい?」

 

 前方からの攻撃の際、ハーベスターも敵艦からのミサイル攻撃を何発か受けるが、ハーベスターには大型シールドを搭載している。

 ほとんどダメージらしいダメージは受けていない。

 それはモニターで確認できるが、パイロットの状態は別である為、確認するタクト。

 

『問題ありません』

 

「よし、ではその敵は無視して、奥の敵の掃討を頼むよ」

 

『了解しました』

 

 その頃、ミントとフォルテも相手をしていた敵艦を沈めていた。

 フォルテの方は若干ダメージを受けているが、無視できるレベルだろう。

 

「フォルテとミントも次ぎは奥の敵を。

 でもその前に、ここに3発程ミサイルを撃ってから行ってくれ」

 

 フォルテとミントに何かを計算していた画面から出た結果の座標を送る。

 その座標はエルシオールくらいある小惑星だ。

 それの一点をミサイルで撃てという。

 

『ああ、解った』

 

『了解しました』

 

 2人はやや疑問に思っただろうが、この場では聞かず、言われた通りミサイルを発射し、それから次ぎの目標へと向かう。

 

 ドゴォォンッ!

 

 命令が終わった頃、エルシオールの直ぐ傍で爆発が起きる。

 エルシオールの目の前にいた巡洋艦が爆砕した音だ。

 ヴァニラの攻撃で主要な砲門を潰され、足も殺されている状態では、エルシオールの攻撃の雨には耐えられなかったのだ。

 

「よし、急いで突破する。

 奥の敵もエンジェル隊なら直ぐに片付けてくれる筈だ」

 

「了解、進路そのまま、全速前進」

 

「了解、全速前進」

 

 エルシオールに攻撃ができる敵も片付け、後は奥にバラバラでいる3隻を残すのみとなった。

 これならばもう問題はないだろう。

 

「ん〜、じゃあ、こんなところか」

 

 周囲の様子をみつつ、タクトは確保していた長距離ミサイル発射口からミサイルを2発発射する。

 だが、それは敵もいないあさっての方向だ。

 そのミサイルが着弾したのも戦闘とは何の関係も無い場所。

 特に戦闘には関わることなく、そのままエルシオールも前進し続ける。

 

 

 それから少しの時間が過ぎ、細い道の奥にいる3隻とエンジェル隊が交戦を始める。

 妙に離れた位置にいた為、エルシオールが細く狭い道に入った頃にやっと交戦開始となったのだ。

 しかし、その時、

 

 ヴィー! ヴィー! ヴィー!

 

 ブリッジに警告音が鳴り響く。

 

「エルシオール後方に新たな敵がドライブアウト。

 識別不能の大型艦も混じっています。

 更に前方からも4隻の敵艦を確認しました」

 

「なに!」

 

 エルシオール後方に現れた敵艦隊。

 駆逐艦2隻と巡洋艦2隻、更に旗艦と思われる大型艦が1隻だ。

 そして前方から現れて敵艦隊。

 エルシオールは完全に敵に挟まれた事になる。

 それだけではなく、今エンジェル隊は前方の敵を相手にしている最中で、更に新たに現れた敵も相手にしなくてはならず、単純に戻るにしても時間が掛かる上、前方の敵を放置する事はできないので戻れない。

 更には、今エルシオールがいるのは周囲をスペースデブリや小惑星が漂う狭い通路。

 今ここに攻撃を撃ち込まれたらとてもじゃないが回避はできない。

 

 所謂ところのピンチというところだろう。

 と、そこへ、

 

「後方の大型艦から通信が入りました」

 

「ああ、繋げて」

 

 アルモはやや慌てているが、タクトの対応はあくまで冷静だった。

 旗艦という考えは合っていたらしく、人が乗っているらしい。

 そして、通信ウインドウに現れたのは、

 

『わっはっはっは、まんまと罠に掛かりおって。

 この愚か者ど……』

 

 どこかで見た顔だった。

 たしか、レゾムとかいう裏切り者の軍人だろう。

 

「あ、通信切っていいぞ」

 

「了解しました」

 

『な、ちょっと待―――』

 

 顔を見るなり話すだけ無駄と判断したタクトはアルモに通信停止を指示する。

 最後に何か言っていた様だが、それも気にしない。

 と、ちょうどその時だ、

 

『タクトさん、1番機ラッキースター出力正常に戻りました。

 出撃できます』

 

 格納庫のミルフィーから連絡が入る。

 そうだ、今エルシオールには出撃不能だった1番機のミルフィーと、

 

『タクト、私の出番はまだなの?』

 

 出撃可能でも残しておいた2番機のランファが居る。 

 

「今丁度出番が来たよ。

 2人とも今の調子は?」

 

『絶好調です。

 出れなかった分、働きますよ』

 

『気力十分よ、さっさと戦わせなさい』

 

 ゴォォンッ!

 

 丁度そのころ、エルシオールの後方で小惑星が衝突を起こしていた。

 後方からエルシオールへの攻撃に対する盾となるかの様に。

 

 それはミントとフォルテが撃ったミサイルによって微速ながら動いていた小惑星だ。

 更にタクトが戦闘中に関係ないと思える様な場所に撃ったミサイルで加速し、今丁度エルシオールの後ろまで移動してきたもの。

 最悪の場合、これを盾にして逃げ切る為に。

 もしくは、艦内に残しておいた2機の紋章機が出撃するまでの時間を稼ぐ為にだ。

 

 後方の旗艦では、今頃エルシオールを護るように移動してきた小惑星に対して何か言っているかもしれない。

 

「では1番機ラッキースター、2番機カンフーファイター出撃。

 発進後、1番機は敵旗艦へ向けてハイパーキャノンを発射。

 2番機は残りの敵を駆逐してくれ」

 

『了解』

 

 その後、出撃したラッキースターのハイパーキャノンによって堕ちる敵旗艦。

 そして、今までの鬱憤を晴らす様に暴れまわるカンフーファイターに撃墜される4隻の敵艦隊。

 いずれもタクトが細かな指示を出す暇すらなく宇宙の藻屑となった。

 

「あ、そうだ、エルシオールの後ろの小惑星はどけておいて。

 後でくる船の邪魔になるからね。

 ここにミサイルを5発ほど撃てばいいから」

 

 油断している訳ではないが、既に戦闘終了後の事も考えて指示を出すタクト。

 それから程なく前方の敵艦隊もフォルテ達3機によって全滅した。

 

 

 

 

 

 それからまた暫くして、戦闘が終了し、宙域から離脱、敵の追撃もなくなった。

 

「エンジェル隊、戻りました」

 

「皆ご苦労様」

 

 安全と確認し、紋章機を帰還させたタクト。

 そして、一度ブリッジに集まる事となった。

 

「いやー、見事な作戦だったよ。

 待ち伏せの上に挟み撃ちも読んでたとはね、見事だよ」

 

「それ程でもないよ。

 配置が怪しすぎて、動きもおかしいからね、アレくらい解るさ。

 それより、たった3機でよく敵を相手にしてくれていたよ、やっぱりエンジェル隊は頼りになるな」

 

「当然でしょう。

 あんな無人艦、敵じゃないわよ」

 

 暫く和気藹々と話すエンジェル隊とタクト。

 ピクニックに行った事もあってか、タクトを怪しんでいたランファやフォルテも自然な笑みを見せている。

 やはり信頼を得るには実績を残すのが一番であるという事だろう。

 

「それにしても小惑星を利用するなんて。

 ところで、軌道計算はどうやったんですか?」

 

「ん? あの程度の軌道計算なんてエルシオールの演算能力があれば簡単さ〜」

 

 更にアルモとココも加わって、今回の戦果を祝った。

 待ち伏せされていたという状況に加え、敵艦が16隻という戦力でありながらの勝利。

 普通なら戦艦1隻と戦闘機5機で成せるものではない。

 

 プシュッ!

 

「失礼します」

 

 と、そこへシヴァ皇子の侍女がブリッジにやってきた。

 

「シヴァ皇子からの書状を預かってまいりました。

 お受け取りください」

 

 翼と白き月の描かれた書状がタクトへと手渡される。

 

「ああ、どうも……

 中身はなんですか?」

 

 突然ブリッジに侍女が来た事に少し驚くタクト。

 半ば反射的に受け取った書状だが、何のことだか予想もつかない。

 

「皆様に書状を届けるように仰せつかっただけですので、存じません。

 では、私はこれで」

 

 侍女は事務的にそう答え、直ぐにブリッジを出てしまった。

 

「シヴァ皇子から直々のメッセージだって? 何が書いてあるんだ?」

 

「さあ……

 とりあえず開けて見るか」

 

 侍女を見送った後、改めて書状へ視線が集まる。

 兎も角、開けて見なければ始まらないので、書状を開くタクト。

 すると、

 

「『大儀であった、ほめてつかわす。

          ―――シヴァ・トランスバール』

 ……書いてあるのはこれだけ、だが」

 

 僅か一言の書状。

 しかし、これは、

 

「見せて見せて! 皇族の人からの直々のお礼状なんて滅多に見られるものじゃないわ」

 

「ランファさん、この場合は『褒状』といいますのよ」

 

「ホウジョウでもなんでもいいから、早くこっちまで回しとくれよ」

 

 皆結構喜んでいる様だ。

 実際、皇族からの直接メッセージを受け取るなどと言う事は名誉な事だろう。

 しかし、喜んでいるエンジェル隊を見ながら、タクトは別のことを考えていた。

 

(シヴァ皇子は、戦闘を見ているのか……)

 

 自分の身の安全にも関わる事だ、見ていても不思議ではない。

 ルフトが居た頃はまだ逃げている事も隠していた訳だから、見せていなかったのかもしれないが、今は違う。

 ただ、単に見ているだけではなく、たった一文であっても、こうして直接戦っているエンジェル隊にお礼を届ける。

 そういう事ができる人である事が解った。

 それが、タクトにとっては、書状そのものよりもよっぽど価値のあるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、シヴァ私室。

 

「ただいま戻りました」

 

「ああ、ご苦労だった」

 

「いえ」

 

 シヴァは私室で今大量の書物に囲まれていた。

 いずれも政治に関わる上で必要な知識だ。

 戦闘で中断していた勉強をもう再開しているのだ。

 

 だが、

 

「……アンダルシア、やはり軍事関連のテキストも入れてくれ。

 士官学校で学ぶような内容でかまわん」

 

 最近シヴァが勉強しているのは政治に関わるものばかり。

 軍事も政治に無関係ではないが、政治上での軍という形でしかまだ学んでいない。

 シヴァが今知りたいと言っているのは軍を動かすという意味でのものだ。

 

「しかし皇子、軍略など一朝一夕に身につくものではありません」

 

「何も戦闘の指揮を執りたい訳ではない。

 ただ、今戦っている者達がどうしてそう動くのか、少しでも知りたいのだ」

 

 戦後の復興が自分の役割という事は十分理解している。

 だが、今の戦いを見ずに、戦いが終わった後の事だけを考えるなど、シヴァにはできなかった。

 

「……解りました、ではお勉強の予定を少し組みなおします」

 

「いや、新たに付け加えればそれでよい。

 この艦で一番暇なのは私だ。

 それくらの時間はあるだろう」

 

 今でも子供らしい自由な時間など無いと言える状態だが、それでもこの艦で働いている者の中では一番自由な時間があるだろう。

 子供とはいえ、最後の皇族として、自分にできる事は全てしておきたい。

 シヴァはそう考えていた。

 

「承知しました。

 しかしながら、休息を適度に取る事も必要です。

 舞踏のお時間を少し割くことにいたしましょう」

 

「任せる」

 

「はい」

 

 再び今の勉強へと意識を戻すシヴァ。

 侍女はそんなシヴァを微笑みながら見守る。

 事務的なものではない、本当の笑みで。

 

 

 

 

 

To Be Continued......

 

 

 

 

 

 後書き

 

 ギャラクシーエンジェルSSの2話目になります〜。

 と、なにはともあれ、皆様ごめんなさい!

 1話後書きで隔月連載とか言いつつ半年オーバーの連載停止。

 大嘘ついて申し訳ありませんでした!

 

 できる筈だったんですが、こんなに時間が開くまで書き上げる事ができない事態となってしまいました。

 体調の事もありますが、書く速度が著しく落ちたのもありました。

 兎も角、これから暫くはこれを最優先で書き上げ、月刊くらいのペースで行こうと思います。

 遅れた分は集中して取り戻しますので、今後ともよろしくお願いします。








管理人のコメント


 2話です、今回も長いですね……いい事だ。


 随所で意味深な行動や発言を繰り返すタクト。

 原作よりトリックスター的な要素が増している気がしますね。

 一番気になった発言は食堂でランファに言ったことですけど。


 シヴァも艦内で皇族らしい事をやってますね。

 漫画版とごっちゃになってるのかチェスしてるイメージしかありませんでしたが。

 名前が判明した侍女さんも原作と違う感じがするので要注目ですな。


感想はBBSかweb拍手、メール(ts.ver5@gmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)