二つの月と星達の戦記
第3話 運命を運命としたもの
前の戦闘から48時間が経過したエルシオール艦内。
その中、シヴァ皇子が住まう部屋の直ぐ側に設けられている、エンジェル隊用の個室、ランファの部屋。
本人と、本人が招き入れる以外、艦長すら入れない、厳重なセキュリティによって護られたその一室は、一風変わった飾りつけがされている。
ランファの故郷の独特のデザインに、ランファなりのアレンジが加えられたものだ。
それも、ただ綺麗に飾っているだけでなく、それぞれの配置に呪術的な意味もある。
占い好きで、自らも占いをする事もある少女らしい空間である。
「えっと、第4獅子座の……」
そんな部屋のベッドで、この部屋の主であるランファは雑誌を読んでいた。
皇国でも有数の女性向け雑誌で、皇国がこうなる前―――クーデターが起きる直前に発行されていた最新号だ。
ランファも普段から購読している物なのだが、今ランファが手に持っているのはミルフィーユからの借り物である。
なにせ、クーデターが起きる直前の最新号で、地域によっては、印刷する為のデータこそ出回っていても、雑誌という形で販売されていないタイミングに出たのだ。
これは、たまたま料理の特集があった為、ミルフィーユが買っていたもので、同時に占いの特集も組まれていると聞き、借りて部屋に持ち帰ったのだった。
「好きな食べ物は辛い物、趣味は占い、っと……」
当然、ランファが見るのは占いのコーナー。
タイトルを『マダムが導く あなたのステキな未来航路』。
皇国でも有名で、的中率99%を謡うマダム・ギャプレーの星占いだ。
占いの的中率をどう測っているか、突っ込みたいところではあるが、それでも多くの人に信じられており、ランファも信じている1人だ。
しかし、
「……へ?」
その信じている筈の占いで、信じられない事が書かれていたとしたら。
人はどの様に反応するものであろうか。
曰く、
『今の貴方は運命の転換期。
貴方は大切な人と出会うでしょう。
運命的な出会いと、運命的な出来事を通しての急接近。
勝負をかけるなら今しかない』
防音も完璧の個室に、絶叫が響き渡った。
同じ頃、エルシオール ブリッジ。
「無人哨戒機から情報です。
周囲に敵影無しです。
重力障害も許容範囲内ですし、このまま順調に進めそうです」
「そうか。
なら、まだ暫くは平和が続きそうだな」
「前回の戦闘から48時間続いている平和だ。
現状を考えれば儚いものではあっても、もう少しは続いてくれてもいいだろう」
ココからの報告を聞いて、タクトだけでなく、生真面目なレスターも、そんな言葉を漏らした。
頼もしいエンジェル隊が居るお陰で、現在戦闘での苦戦は無く、順調に進んできていると言える。
尤も、それは、タクトがエルシオールの指揮を任されてからの話で、エンジンの修理が終わる前の、ルフト准将の英断あってこそのものだろう。
「今回のクーデターが起こって、エルシオールが白き月を出てから見ても、一番の平和だと思います」
「ルフト准将が上手く指揮を執ってくれていたとは言え、マイヤーズ司令が来る前までは結構戦闘も頻発してましたから」
「そうか。
まあ、休憩時間になったら、十分に英気を養っておいてくれよ」
と、2人に言いつつ、タクトは横を、レスターの方を見る。
なにやら忙しそうに作業をしている。
生真面目で、タクトと違っていろいろと苦労を背負い込みかねない性分であるレスターだが、軍人として、逆に休むべきときはちゃんと休む。
自身の管理は基本中の基本だからだ。
だから、タクトがわざわざ言う必要は無いし、タクトが言うべき事でもないだろうが、それでも気になった。
「で、レスター、お前はさっきから何をやってるんだ?」
「ああ、管理体制の事でちょっとな。
気になる事があって調べてるんだ」
2人がエルシオールに着任してから今日まで、僅か4日。
正直、司令官が引継ぎを受けるには、あまりに短い時間だ。
タクトも、レスターも、この艦の事についてはまだ知らない事が多い。
司令官とその副官で、この艦の運用をする頭である2人がそんな事では拙いのだが、物理的に時間が足りないのだから仕方ない。
追々やっていくとして、特にレスターは、タクトがエンジェル隊のテンションアップという重要な仕事をしている間も、こういった管理の仕事に余念が無い。
休憩こそしているが、自室に戻っているのかどうか、だいぶ怪しい。
その内、寝袋を持ってくるんじゃないかとタクトは密かに思っている。
「そうか、まあがんばってくれ」
「ああ」
お前もやれよ、という言葉が聞こえてきそうだった。
レスターから、と言うよりもブリッジ全体から。
実際タクトも把握していないと困る事が多いが、タクトにはタクトにしかできない仕事があるので、ここは役割分担をするしかない。
「さて―――」
そして、タクトが、そのタクトにしかできない仕事に向かおうとした。
その時だった。
「あ、マイヤーズ司令、ちょっとよろしいですか?」
「ん? なんだい?」
タイミングを見計らっていたのだろう、アルモがタクトを呼ぶ。
「この間の戦闘の時の事なんですが」
「前回のかい?」
「はい、その時に司令は小惑星を利用しましたが。
その際、小惑星の軌道計算で……」
「あ、すまん、その前にいいか」
前回の戦闘の事で、何か聞くことがあるらしかったアルモだが、タクトの横からの声で遮られた。
その声の主は当然レスター。
しかし、どうも急いでいる様子だ。
「どうした、レスター」
「ああ、ちょっと、ここはアルモとココに聞きたい」
「はい?」
「え、なんですか?」
話を遮られたアルモも、突然話を振られたココも少し驚いた様子だった。
タクトも、レスターの様子に軽く驚いていた。
冷や汗すら流しているレスターにだ。
「物資の管理、統括的な管理って、誰がやってるんだ?」
レスターがアルモとココにしたのは、そんな質問だった。
極々簡単な問いだ。
はっきり言って、船の構成員なら誰でも知ってなければならない事。
宇宙を渡る上で、物資の管理―――食料から生活用品、船体の整備用品、軍艦としては弾薬など。
生命維持から戦線維持、戦艦として、内部の人間と兵装を維持する為に、絶対に誰かが管理しなければならない。
何がどう減っているかによっては、航行の予定を変更しなければならない場合もある。
「え? ああ、それでしたら……」
「えっと、たしか……」
アルモもココも、直ぐに答えようとした。
しかし、その言葉は直ぐに止まり、自分の端末から何かを探し、そして硬直する。
「ははは、まさか、誰も管理してなかった、なんて事は……」
その様子を見て、タクトも冷や汗を流し始める。
そもそも、突然のクーデターで、元々儀礼艦として白き月で管理されていたものを、軍用として緊急利用しているのだ、このエルシオールは。
更に、ルフト准将が居なくなった時、軍人はタクトとレスター、エンジェル隊を除いて全てルフト准将の方についた。
つまり、唯でさえ緊急編成だった上に、人員の異動が発生しているのだ。
当然、その時引き継いでいる暇などなかっただろうし、準備もままならなかった筈。
ならば―――
「あ、あの……そもそも、エルシオールは長期で航海する事もなかったので……」
「ルフト准将が居た時は、確かにそう言う管理部門を急遽設けてあったんですが……」
時間を置いて、アルモとココから返って来た答えは、今しがたタクトが考えていた事とほぼ同じものだった。
再び硬直する4名。
だが、いつまでも固まっている訳にはいかない。
「各部門へ緊急通信! 管理責任者と非常回線を開け!」
分担作業、などと言っている状態ではなくなり、タクトは立ち上がってココに命令を下した。
ブリッジで、そんな騒ぎがあった数分後。
エンジェル隊の部屋があるフロアの廊下を、ランファは1人歩いていた。
「そんな筈はないわ……アイツが運命の人な訳が……あんな怪しげな男……」
先ほどまで部屋で占い雑誌を見ていたランファだが、今は特に用事がある訳でもないのに廊下を歩いていた。
1人でなにやらブツブツと言いながら、ただうろうろと廊下を歩いている。
「出会い……出会いというなら、あのレスター・クールダラスもなかなかな男よね。
クールだし、カッコイイし。
そうだわ、運命の出会いというならそっちよね!」
1人で喋って1人で納得する。
それは、自分に言い聞かせている様でもある。
ともあれ、とりあえず落ち着きを取り戻そうとしていた。
しかし、そこへ人が近づいてくる。
「ランファ」
廊下を走ってやってきたのは、なにやら慌てた様子のタクトだ。
まだランファとタクトの付き合いは短いが、初めて見るくらい真面目な顔つきだった。
「あ、あらタクトじゃない。
どうしたの?」
やっと平静を取り戻そうとしていた所だったのに、タクトの顔をみて心臓が跳ねる。
タクトの様子に驚いているのもあり、かなり心が乱れた状態だ。
そこへ、
「俺と付き合ってくれ」
などと、真っ直ぐにタクトは言って来た。
至極真面目な顔で、それも強く求める様に。
「え? は? えぇぇぇ?!」
その言葉に、思わず後退るランファ。
心臓は飛び出しそうなくらい跳ね回り、先ほど納得しかけていた代案がなんだったかなんて思い出せないくらい心は乱れる。
「君しかいないんだ」
更に、駄目押しの一言。
ランファを逃さんとする様に迫り、ランファの手を取る。
「ちょ、ま、待って!」
やっと出せた言葉が、それだった。
夢にまで見た、待ち焦がれていた筈の事だ。
そう言う状況だと、そう思いながら、ランファは受け入れられずにいた。
しかし、何を戸惑っているのか、もし、これが占いのものと違うと断言できるなら、冷静に切って捨てればいいのに。
ランファは、自分が混乱している理由すら解らず、思考は停止寸前だった。
が、
「さあ行こう。
俺達の担当は格納庫だ」
「へ? か、格納庫?」
タクトはランファの手を引いて、移動を始めようとしていた。
だが、格納庫に何をしに行こうというのか。
そう疑問に思ったとき、急に思考が動き出す。
「ミルフィーには食堂で食料関係、ヴァニラには医療品関係、フォルテにはエルシオールの弾薬と整備物資を見に行ってもらっている。
ミントは日用雑貨と、統括的な計算を。
後は紋章機の整備物資と、弾薬だ」
「え? え? ちょっと、だから、何なの? 何の話?」
そこでやっと、ランファは気付き始める。
どうやら、自分がとんでもない勘違いをしていた事を。
「あ、悪い悪い。
どうも物資の統括管理がルフト准将が居なくなった後からされていなかったみたいで。
今艦総出で棚卸をしてるんだ。
ランファは俺と来て、手伝ってくれ」
同時にランファは考える。
今自分がした勘違いは、自分の思考が迷走しただけではないと。
「ま、紛らわしい言い方するなぁぁっ!」
思わず、ではなく、確かな意思の下、ランファはタクトに拳打を放つ。
かなり全力の右フック。
「え?! ちょっ!」
タクトは慌てて防御するも、防ぎきれず、そのまま廊下を軽く空中散歩する事になる。
幸い、受身を取ったタクトに大した怪我はなく、自分で先の発言の問題点に気付いたので、謝罪し、当初の予定通り一緒に格納庫へ行く事になった。
余談だが、その様子を、騒ぎを耳にしたシヴァ皇子の侍女が見ていたのだが、立ち去る2人を、正確にはタクトを見ながら溜息を吐いていたりした。
格納庫を訪れたタクトとランファ。
ここ2日は戦闘も無かったので、格納庫で行われているのは主にチェック作業の筈だが、今は大半の人員が物品の在庫のチェックをしている。
統括的に管理がされていなかったとはいえ、部署ごとに管理はしていた。
しかしながら、この機会であるので、改めてチェックし、その上での最新情報を集める事になっているのである。
「あ、マイヤーズ司令。
ご苦労様です」
「クレータ班長、急な仕事を頼んで悪いね」
「いえ。
ところで、どうしたんですか? 顔に傷が……それにランファさん、顔赤いですよ?」
先に連絡を入れておいたクレータの下を訪れたタクトとランファ。
これは急ぎの用件なのだが、その前に、指揮官とパイロットの健康状態は、この状況で無視できる筈もないので、クレータは尋ねてくる。
尚、ランファは付いてきはしたものの、そっぽ向いたままである。
「あ、まあ、気にしないでくれ、ちょっとした事故があったんだ。
で、こっちの状態は?」
「はい、とりあえず、昨日までのデータはこちらです。
今改めてチェックしていますが、元々厳重に管理しているものですから、漏れがあったら大問題ですし。
とりあえず、このデータを信用してください」
兵装の管理は、極めて厳重に行われなければならない。
それは当然だ。
危険物でもあるし、戦争をしている以上、命に直結する問題になる。
尤も、宇宙を渡る上で、管理しなくて良いような物資は何一つ無いと言っていい。
食料は勿論、調味料を失い、まともな食事が出なくなれば、それは多大なストレスとなり、ただでさえストレスを抱えやすい『宇宙』で、『戦争』とう状況の中では精神衛生を維持しずらくなる。
それに、例えば塩の1つでも欠ければ、人は正常な活動に多大な支障が出てくるなど、栄養管理は当たり前にされなければならない。
日用雑貨にしたところで、シャンプーが無くなれば、女性にとっては大問題で、これもまた大きなストレスとなるだろう。
女性で、しかも元々軍人でない者が大半を占めるエルシオールならば尚更で、まったく笑えない問題となる。
「白き月を出る際に、詰めるだけ詰めて来ましたし、ここへ来るまでも紋章機に大きな損害はありませんでした。
その為、紋章機の整備物資に関しては、十分な在庫があります」
クレータは、問題のない整備状況を伝える。
だが、それに続く言葉は『ただ』という接続語だった。
「弾薬はあまり十分とはいえません。
クリオム星系駐屯軍からの補給を受けていますが、紋章機には転用できない専用装備も多いので、在庫は半分といったところです」
「そうだろうな。
で、正直なところ、後何回戦闘可能なんだい?」
重要なのはそこである。
レスターも、それで気付いたのだ。
補給を期待できない今のエルシオールの状況から考え、後何回戦闘ができるか。
それを計算しようと、物資の在庫を確認した時に、統括的に管理されていない事に気付いたのだ。
そう、今エルシオールは補給が期待できない。
現在エルシオールは敵から隠れ、シヴァ皇子を護送し、敵が網を張る中を突破しなければならない。
その中に味方は期待できず、つまり、補給も出来ないという事になる。
普通、戦闘を続けながらの行軍は、補給が絶対に不可欠である。
食料は勿論、弾薬を湯水の如く使う戦闘となれば、戦艦の中に蓄えておける量など高がしれている。
それも、もとより軍の戦艦より遥かに居住性が高く、宇宙クジラが住まう空間まであり、戦闘艦としては極端に備蓄量の少ないエルシオールなら尚更である。
一回の戦闘ですら、切れてしまう物もあるかもしれないというのに、補給もなく、補給用の艦艇すら連れずに連戦を行うなど、本来は在り得ない事だ。
「前回程度の規模の戦闘ですと、後―――4回はなんとか。
ただ、実弾がメインの4番機に関しては、特に消費が激しく、ストライクバーストを使われますと、後2回の出撃がやっとです。
それと、3番機に関しては、19機搭載していますフライヤーが壊されてしまうと、予備が後20機で、大体1回の全換装分しかありません。
滅多な事では破壊される事もないとは思いますが、こちらは、完全な特注品で、白き月にしか在庫がありません。
ここで修理、生産も一応可能ですが、その速度と精度、更に裂かれる人員を考えますと、できないと思っていただいた方が良いかと。
5番機のナノマシンですが、現在戦闘中の修理は殆ど行っていない為、あまり消費はされていませんが、在庫は修理回数にして12回分程度になります。
リペアウェーブを使う場合は2回で空になると思います。」
エルシオールは兵装も、搭載している戦闘機である紋章も、両方ロストテクノロジーの塊。
その問題点は扱い難さだけでなく、整備する為の物資の補充にも影響する。
紋章機本体の損傷が少なく、武器は汎用の物が多い事で、今は何とか補充が利くが、それでも限界がある。
「え、そんなに無いの?!
私、ワイヤーアンカーをメインで戦った方がいい?」
「いや、まだそれを気にしなくていいよ。
そんな事を気にして、君達が怪我をする方がよっぽど問題だしね。
にしても、4回か……」
流石のタクトも難しい顔をする。
今この場で、笑ってみせても、2人の心情を晴らせるものでもないだろう。
因みにだが、実弾をメインにしているのは確かに4番機ハッピートリガーだけであるが、5番機までの紋章機で、物質的に消費する兵装が無い機体は1機もない。
4番機までの全機はミサイルなりレールガンなりを搭載し、5番機ハーベスターはナノマシンを搭載している。
逆に4番機ハッピートリガーにも、エネルギー兵器は複数搭載されている。
全機装備の換装は可能で、全てエネルギー兵器に載せ換える事も可能なのだが、その換装パーツは白き月で、普段使わない為、持ち出しが間に合わなかった。
ともあれ、現状は今の装備で戦わなければならず、ミサイル等の実弾がなくなる事は戦力に大きく影響し、ナノマシンが無くなれば紋章機の損害を戦闘中に直せない事になる。
元々戦闘中の修理が可能などという事が贅沢とも言えるが、5機しかない戦力なので、大きな痛手だ。
もし、エネルギー兵器だけで戦闘し、ナノマシンも無くなったとなれば、戦力は半減近くまで落ち込むだろうとタクトは考えている。
「解った。
引き続き物資の調査を進め、後で改めて報告を上げてくれ」
「承知しました」
「ランファ、一度ブリッジに戻ろう」
「解ったわ」
先ほどまでそっぽ向いたままのランファも素直にタクトに従い、タクトの後ろを付いてく。
格納庫の状況だけで、あまり思わしくない状況なのだ、全体としてはいかほどか、そう考えつつ、2人は格納庫を後にした。
数分後のブリッジ。
各所に直接調査に行っていたエンジェル隊も全員集まり、会議の様な場となっていた。
本来なら会議用の部屋でも使いたいところであるが、タクトとレスターの両名の出席は絶対であり、2人が同時にブリッジから離れる事は避けたいので、ブリッジでの会議となった。
また、何か問わなければならない時、通信を開いてもらうにアルモが居て、全ての場所と通信回線が開けるブリッジの方が楽、というのもある。
「さて、とりあえず報告から頼むよ」
「では、私から、食料の状況について報告します」
PDAを片手に1歩前に出るミルフィーユ。
「現在食料の備蓄は非常食を含めると十分にあります。
必要な栄養を満たす為だけなら2ヶ月くらいは持ちます。
しかし、美味しい料理を食べられる期間は後せいぜい2週間だそうです。
今から1人1人前しか食べなくても、という計算です。
普段通りに作ると10日間もつかどうかという量になります」
「そうか」
「一応、料理長からは、非常食でも工夫でなんとかするとは言っていました」
「頼もしい限りだ。
そこは任せよう。
さて、次ぎ」
「では、私から、生活雑貨の残量について報告します」
続いて、ミントが同様にPDAを持って前に出る。
「生活雑貨は既に切れ始めている物もあります。
女性には必須のヘアトリートメントやスキンケア用品が、既に在庫を切らした物があるそうです。
必需品ではないものの、クルーのほぼ全員が軍人として訓練されている訳ではありませんので、それすら士気に関わるものと思われます。
それと、宇宙コンビニでは、そろそろお菓子を含む食品関係が底を突くそうです」
「そうか。
ところで、ケア用品の類で、一種類でも完全に切れるまでは?」
「計算では3週間になります。
石鹸だけでしたら、後2ヶ月は持ちますが」
男なら、石鹸1つあれば髪も身体も洗って問題ないだろうが、軍人でもない女性がそれでは辛い筈だ。
いや軍人でも、この艦でまだ平気な顔ができるのはフォルテくらいなものかもしれない。
みれば、ミントもかなり気にしている様子。
まあ、お菓子が切れる方を気にしているのかもしれないが。
「解った。
では、次ぎ」
「では、私からエルシオールの整備物資と、エルシオールが戦闘で使う弾薬について報告します」
続いては同様にPDAを持ったフォルテが前に出る。
「最初に言っておくと、危機的状況と言える。
司令官殿もご存知かと思うが、この艦は司令官殿と合流する前はかなり激しい戦線を潜り抜けて来ている。
そして、司令官殿と合流した時に起きていたエンジンの故障。
外装関係の予備パーツは残り僅かで、中破1回の修理分、エンジンに関してはもっと危機的で、小破程度で2回分、中破以上するともうアウトらしい。
と言うより、整備班が威信に掛けて動かしているものの、エンジンが一度壊れてしまっている為、できる限り早くドッグに入りたいそうだ。
弾薬は、クリオム星系軍と合流した時にある程度補充したが、せいぜい後3戦分と言ったところらしい」
「そうか」
「それと、ミサイル等の弾薬はいいんだけど、整備物品はこの艦の特性上、どこかで補充しようにも手に入らない可能性の方が高いよ」
高性能なロストテクノロジーの塊。
整備に時間が掛かり、デリケートな部分が多い他、問題点が出てくる。
しかも、確かに高性能なのだが、それだけの問題点を覆す価値があるかは、フォルテも大分微妙なところだと考えていた。
「ああ、それは解ってるよ。
とりあえず、次ぎの報告を頼む」
「では、私から医薬品関係の報告をいたします」
続いては、やはり同様にPDAを持ったヴァニラが前に出る。
「医薬品関係は特に問題ありません。
クーデターが勃発して以来、エルシオール艦内で大きな怪我をした人がいない為、殆ど消費していない状態です。
ただ、使用期限がある為、1ヶ月以内に補充がないと困る部分があります。
それと、私のナノマシンが、若干減ってきています。
軽い怪我でも使用してきたのもありますが、寿命、その他故障による減少がある為、今のまま使い続け、補充が無い場合、48日後に使い切る計算になります」
「解った。
じゃあ、最後にランファ、頼む」
「ええ、私から紋章機の物資について報告します」
最後に、タクトと共に格納庫に行ったランファが前に出る。
因みに、PDAを持っているが、後から渡され、この報告の為に情報をまとめたのだ。
「私達の紋章機の整備物資は特に問題なく、在庫もあるそうよ。
ただ、弾薬、フライヤーと、ナノマシンを含む消耗品が余裕が無い状態。
戦闘可能回数は4回程度。
ただし、フォルテさんのストライクバーストは、後2回の使用が限度になる、との事です」
図表を映し出しながら簡単に説明するランファ。
今までの全員の武装の使用頻度と、該当する弾薬の在庫の比較などの図表だ。
簡単にとはいっても、ランファが纏めた図表はパイロット当人達にとっては詳細データであり、直感的にも解りやすい物となっている。
「戦闘はエルシオールが完全に逃げに徹して、4回が限度か」
「エルシオールで使う弾薬は兎も角、紋章機の弾薬も残り少なかったとはね。
今日気付いて良かったよ」
現状、危機的状態と言えるが、後1回しか戦えませんなどという報告が急に上がってこられるよりは、遥かに対策が立て易い。
考える事が仕事であるタクトとレスターは、既に今後の対策を練り始めている。
「まずは、皆ご苦労様。
休んでいる所、急に呼び出してすまなかったね」
「いや、大事な事だからね、これくらいは使ってもらって全然構わないさ」
「そうですよ、大変な時ですから、皆で協力しないと」
「ああ、そうだね」
若干暗くなりかけていた雰囲気が、少しは和らぐ。
しかし、これではまだ全く足りていない。
「とりあえず、ミルフィーは、食堂に、在庫を気にせず調理をしてくれと言っておいてくれ。
1週間以内には何とかするよ」
「あ、はい、解りました」
食事という、不可欠なものが欠ける事はあってはならない。
しかも、目に見えて食事の事情が悪化していれば、クルーが否応無しに現状の危機を実感してしまうだろう。
それは避けるべきで、可能な限りの期間、今の士気を維持しておきたいところだ。
それに、1週間あれば、最低限食料はなんとか対策するつもりでもあった。
逆に、それすらできなければ、ローム星系に辿り着く事は、絶望的と言えるだろう。
「戦闘でも、君達は弾薬の残りを気にして戦う必要は無い。
そんな事をするくらいなら、最初から逃げるからね」
「わかりました」
残り何発撃てる、などと考えて戦闘ができるほど、そういった状況での戦闘になれてはいないエンジェル隊のメンバーだ。
それができるとしたらフォルテくらいだろう。
兎も角、そんな事を気にして、紋章機が壊れたり、パイロットが怪我をしては元も子もない。
攻撃する手段がないなら、戦闘そのものを回避する方向で考えればいいのだ。
そして、それはタクトの仕事だ。
「よし、もう少しでクロノ・ドライブに入るし、今回はこれにて解散と―――」
その時、ブリッジに、いや艦内全体に警報が響き渡った。
「どうした!」
「所属不明の戦闘機……ミ、ミサイルです! ミサイルを発射しました! 数5、直撃まで後12秒!」
慌てたココからの報告が出る。
突然敵が現れたのだ。
しかし、それにしても近すぎる。
こちらが戦闘の準備をする間も無く攻撃されるなど、あってはならない事だ。
完全に不意を突かれた、奇襲を受けてしまったのだ。
「緊急回避!
エンジンと格納庫への直撃だけは避けろ!」
「弾幕を張れ!」
即座に命令を下すタクトとレスター。
だが、あまりにも遅すぎた。
ミサイルの接近12秒など、もう目の前だ。
回避などできる筈もなく、打ち落とすにも数が多すぎるし、エルシオールは実際のところ、まともな弾幕を展開する事すらできないのだ。
「拙い! 全砲門下方へ無標準発射、2秒後自爆!」
ミサイルの狙いは最初から格納庫だった。
それを軌道から読んだタクトは、エルシオールもダメージを受ける事を承知でミサイルの爆風による盾を敷いた。
ズドォォォンッ!!
音の無い宇宙でありながら、艦全体に爆音が響き、衝撃が伝わる。
避難勧告も出せなかった為、物の落下、転倒、それによる怪我人が数名出た可能性がある。
それでも、格納庫を潰されたら終わりだ。
「ダメです! 1発残って……」
ズダァァンッ!
ある程度の衝撃を覚悟したブリッジ。
「ん?」
しかし、衝撃も、爆音もあったものの、極めて小さいものだった。
直撃した格納庫はどうかはまだ解らないが、せいぜい、何かがぶつかった程度の衝撃でしかない。
「格納庫、状況!」
『こ、こちら格納庫。
ミサイルが1発格納庫の外壁に当たりましたが、どうやら不発だった様です』
直ぐに回線を格納庫へ繋ぐ。
出てきたのはクレータだ。
画像は最初は乱れたが、直ぐに回復した。
「そうか……被害状況は?」
『今調べていますが……あっ!
紋章機を支えるアームが! ミサイル衝突の影響で曲がってしまっています。
これは……3番機から5番は発進不能です!』
クレータの連絡と一緒に格納庫内の映像も映し出される。
不発だったとは言え、直撃だった為、格納庫ではかなりの衝撃があった様だ。
3番機と4番機を支えるアームが曲がり、5番機を半ば潰すような形で倒れてしまっている。
幸い、紋章機自体に損害は無いようだが、出撃できなければ同じ事だ。
「復旧急げ! ミサイルだけな筈はない、敵はまだ残っているんだぞ!」
『はい!』
ミサイルが不発だったのは、爆風による盾のおかげか、それとも何らかの幸運か、それとも―――
そんな事を考えたタクトだが、その思考は一旦中断する。
その前にすべき事があるからだ。
「エンジェル隊、出撃!
とりあえず、今出れる1番機と2番機だけで先行して出てくれ」
「了解!」
「ココ、敵は?」
「はい、捉えています。
数は2。
大型の戦闘機です。
小惑星の影に隠れていたものと思われます。
先ほどの攻撃の後、エルシオールから離れ、そこから敵は動いていません」
「戦闘機だけ? それも2機だけか?」
「はい」
「……周囲の再度確認するんだ」
「了解」
おかしい事がいくつかある。
こんな所に戦闘機が2機だけでいる事は、普通に考えて在り得ない。
普通の戦闘機は単独で長時間行動できない為、母艦は存在している筈だ。
奇襲の為、戦闘機だけ離れて隠れていたと言う場合、母艦から離れ、どれだけ長時間待機していたのかという問題もでてくる。
それに、何故動かないのか。
ミサイルによる奇襲は、十分効果を上げている。
そもそもエンジェル隊は出撃体勢すらとっていなかったのだ。
戦闘機、たった2機とは言え、今来られてはエルシオールはかなりの損害は免れられまい。
敵は倒せるだろうが、それでも、損害を被る事は確定だ。
無人機であれば、死を恐れぬ軌道でくるだろうから、尚更厄介なものとなるだろう。
そもそも無人機ならば、突撃による特攻なんかされればひとたまりもない。
(無人機だったら、な)
戦闘機クラスの無人機は今まで見た事が無い。
無人艦そのものが優秀だから必要ない、とも言えるだろうが、小回りの利く戦闘機はあって困る事は無い筈なのだ。
だが、
「アルモ、敵機に通信を試みてくれ」
「え? あ、はい」
敵機に通信、それが通用したのはあの裏切り者の軍人の時だけだ。
それ以外は、全て無人艦を相手にしてきたが故、忘れがちな行為。
「有人戦闘機か?」
「確証はないよ。
けど……」
艦艇がいるなら兎も角、こんな所で戦闘機が2機だけなど、どう考えてもおかしい。
近くに母艦があるのは当然だが、それで、たった2機で奇襲を行うなど、無人艦がする事ではないだろう。
ならば、
「敵機と通信が繋がりました」
『おや、そっちから話しかけてくるとはね。
エンジェル隊が出てきてから話し掛けようと思ったんだけど』
通信ウィンドウに映し出されたのは髪の長い青年だった。
美の文字をつけても構わないだろう。
戦闘機に乗っているというのに、パイロットスーツらしき物を着ないで、実に優雅な振る舞いを見せている。
「データ照合でました。
敵機はシルス高速戦闘機。
かなり改造されてますが、あの戦闘機、皇国の物です」
ココが報告を上げてくる戦闘機の名前は、確かに皇国軍でも使われている戦闘機のものだ。
しかし、今モニターに映っている敵機の外見からは、その元となっている筈の戦闘機の面影は殆ど見えない。
カラーリングからしても無人機に近い感じで、最初はエオニア軍の新型かと思ったくらいだ。
つまり、それ程の改造を加えてあるという事だ。
シルス高速戦闘機は、皇国の戦闘機でもかなりトップクラスの性能を誇っているにも関わらずだ。
「で、何の用だい? 挨拶にしては無粋な物が送られてきたが」
『そうかい? 楽しいのはこれからだよ。
それと、実は君には用は無いんだ』
不敵に笑みを浮かべる青年。
ココとアルモが一瞬怯むくらい、冷たい笑みだった。
『こちら格納庫、1番機、出撃します!』
『こちら2番機、出るわ』
そこに、格納庫の紋章機から通信が入る。
そして、同時にエルシオールを飛び出す1番機と2番機。
ひとまずエルシオールの前に出て、敵機と対峙する。
『ああ、待っていたよ、マイハニー』
『え?』
今までタクトと離していた敵が、突如エルシオールとの通信を断ち、1番機に通信を入れる。
ブリッジでも、1番機経由でその会話が聞き取れるが、その内容には聞いた当人であるミルフィーユも、ブリッジのメンバーも唖然とするばかりだ。
更に、
『おお! お前だな、2番機のパイロット!
お前が俺のライバルに相応しいか、試してやるぜぇ!』
『うわ、何、この暑苦しいの』
ランファの方には今まで黙っていた方が通信を入れている様だ。
額に傷のある男で、年齢はタクトと同じか少し下くらいだろう。
こちらも、先の青年同様にパイロットスーツを着ていない。
パイロットスーツを着ていないことに関しては、エンジェル隊も同じだが、普通はパイロットスーツを着るものだ。
耐Gの為にも、宇宙という環境に耐える為にも必要なものだ。
エンジェル隊がパイロットスーツを着ていないのは、紋章機がそれだけ優秀だと言ういう事を表している。
それでも、危険を伴う戦闘となれば、専用のパイロットスーツを作るべきなのだろうが、元々戦闘が任務に入っていなかったエンジェル隊には、パイロットスーツ自体の用意がないのだ。
とりあえずその問題は置いておいて、2人の男が自ら顔を出してきた。
顔というのは重要な情報であるのにも関わらずだ。
『僕の名前はカミュ・O・ラフロイグ
会いたかったよ、マイハニー。
エンジェル隊、1番機ラッキースターのパイロット、ミルフィーユ・桜庭』
『俺はギネス・スタウト。
お前の力を見せてみろ、2番機カンフーファイターと、パイロット、ランファ・フランボワーズ』
更に、あっさりと自らの名を名乗り、それぞれミルフィーユとランファの名を呼ぶ。
一応、紋章機のパイロットの詳細については軍事機密だ。
タクトくらいの階級になれば閲覧できるし、彼女らが白き月で働いている時は、白き月の関係者には知られている上、出先で顔と名前を知られてしまう事もあっただろう。
だが、そう簡単に知る事のできる情報ではない。
「2人とも、そんなのは無視して、攻撃。
不意打ちの代償を支払ってもらってくれ」
『あ、はい!』
『解ってるわよ!』
人が相手ならば、もう少し会話をして、引き出せる情報を出しておきたかった。
しかし、この2人はミルフィーユとランファしか見ていない。
それではタクトからアプローチしにくいし、会話が長引くと、こちら側のテンションの低下に繋がる気がした為、タクトは直ぐに命じる。
『おや、残念。
もう少し話をしたかったのだが』
『俺はいいぜ! さあ、来い!』
そうして、戦いが始まった。
初となる戦闘機同士の戦い。
4機はエルシオールの前で高速で飛び交い、ミサイルやレーザーを振りまいていく。
戦闘機同士の高速機動戦となっている為、エルシオールは下手な援護ができず、また奇襲を受けたばかりである為、周囲への警戒に忙しい。
『あ、また避けた!』
『ちょっとっ! 言ってる事とやってる事が違うわよ! 逃げんな!』
ただし、攻撃しているのは殆ど紋章機側で、敵はほぼ回避に専念する形となっている。
紋章機並の速度を持った、敵のシルス高速戦闘機は、2人の攻撃を巧みに回避し続けている。
だが、それだけだ。
反撃する様子は無い。
(こいつ等は……)
その様子を見ながら、タクトは思う。
この戦闘は、負けないが、勝てもしない、と。
すると、敵から通信が入った。
『まあ、こんなものだろう。
ギネス、引くぞ』
『仕方ない。
なかなかの攻撃だったぜ! 次ぎはちゃんと相手をしてやるからな!』
『では、マイハニー、また後で』
そんな言葉を残し、敵機は後退していく。
紋章機並の速度を持った戦闘機の全速の後退だ。
2番機だけなら追えない事もないだろうが、深追いのリスクを負う事はできない。
「……逃がしたか。
仕方ない、2人とも、戻ってきてくれ」
『了解』
敵は去った。
しかし、タクトは嫌な予感がしてならなかった。
それから30分後。
既に1番機、2番機共に回収したし、アームの修理も終わって、全機出撃する事もできる。
予定では、ここからクロノ・ドライブを行う筈だった。
だが、
「どうする、タクト」
「そうだな……」
先ほど、エルシオールは奇襲を受けている。
小惑星の影に隠れた敵機に気付けず、ミサイルを1発受けてしまったのだ。
エルシオールの被害としては、実際のところ、向かって来ていたミサイルを迎撃する際、至近距離でミサイルを自爆させた時の物の方が大きいくらいだ。
しかし、問題は、実際の被害ではなく、『奇襲を受けた』という事実だ。
それは、奇襲ができてしまう、つまりは、こちらの航路が読まれているという事に他ならない。
それも、相手は有人機で、結局近くで母艦は見つからなかった事を考えれば、かなりの精度で読みきられてしまってい恐れがある。
ならば、このままクロノ・ドライブを行っても、ドライブアウトした先に敵が待ち構えている可能性が高い。
「クロノ・ドライブを行う。
敵は2機だった。
まだ完全にコースを読みきられた訳ではないだろう。
なら、先の戦闘、こちらの位置情報から、より絞り込んだ位置に敵が集結してしまう前に突破する」
「了解。
クロノ・ドライブを行う」
タクトの決断を、レスターがブリッジ全体へと下す。
既に準備の大半は終わっていたので、直ぐにクロノスペースへ入る事となった。
(さて、この決定がどう出るか……
いや、その前に)
クロノスペースに入り、安定すると、直ぐにタクトは席を立った。
タクトがまず訪れた先は、格納庫だった。
「あら、マイヤーズ司令」
格納庫に入ってすぐ、整備班に指示を飛ばしているクレータを見つけられた。
アームの修理は終わったし、紋章機も故障していないが、後始末がまだ残っている様だ。
「クレータ班長、と、フォルテも一緒か」
「おや、司令官殿じゃないか」
アームの修理の後始末をしている横で、フォルテは整備員と一緒に仕事をしていた。
自機の整備とはまた別の事をしている様だ。
「フォルテも気になってるのかい?」
「も、って事は司令官殿もさっきのミサイルの事で?」
「ああ」
タクトがここへ来た理由は、戦闘が始まる前、不意打ちで打ち込まれたミサイルについてだ。
爆風の盾を敷いたとはいえ、不発だったというのは、少々都合が良すぎるだろう。
「ランファなんかは、ミルフィーが居るから、そう言うこともある、くらいにしか考えてないんだろうけどね。
私はどうも気になる」
「やっぱり君が居てくれて助かるよ」
都合が良すぎる、という事に関しては、確率を無視するミルフィーユが居るとどうとでもなる事だ。
故に、付き合いが長いランファなんかは、そういうおかしな事が起きても、殆ど気に留めない傾向にある。
ミルフィーユ当人は、そもそもそういった事態に対して警戒が弱い。
とはいえ、今回はちゃんと爆風の盾を敷いたという、ミサイルの信管が壊れてもおかしくは無い状態であり、今に至るまで何も異変が起きていないので、ミントなんかもあまり深く考えていないのが現状である。
「で、どうなんだい?」
「はい、船体のダメージから見ても、信管の壊れたミサイルが衝突した、という風な感じでした」
「信管が作動しなかったとなると、不発のミサイルがあるはずだろ? それはどうした?」
「いえ、それが、探したんですが見つかりませんでした。
戦闘にまぎれて何処かに行ってしまったものと思われます」
報告をするのは、クレータ。
船体の修理と同時に、事前にフォルテに言われてミサイルも探していたのだ。
不発のミサイルさえ回収できていれば、タクトも何の疑いも持たずにすんだのだが、実際戦闘にもなっている以上、発見できないのも仕方の無い事だ。
「私も一応いろいろ調べたけどね、今のところ何も見つかってないよ。
それに、クロノ・ドライブに入った以上は、外側は調べらないし、もう引き上げるべきかもね」
「そうだな」
今エルシオールはクロノスペースの中だ。
外部から手が出せる状況ではなく、最も安全な状態と言える。
「あ、そうだ、フォルテ、話は変わるが、さっきのエルシオールに奇襲を掛けてきた2人、見覚えはないかい?」
「ああ、あの2人かい?
私も気になってね、調べたんだけど、エルシオールの記録じゃ何も出てこなかったよ。
どこかで見た気はするんだけどね。
ああ、因みにミルフィーとランファは全くしらないってさ」
「そうかい。
俺もどこかで見た気がするんだが……」
これがタクトのもう1つの心配事。
先ほどエルシオールを襲ったカミュとギネス。
その顔と名前は、どこかで見聞きしたと思うのだ。
向こうからアッサリ顔を出し、名前を告げたのは、単に馬鹿だからという事は無いだろう。
タクトが見た感じでは、それなりの実力者だと思っているし、実際紋章機に乗ったミルフィーユとランファの攻撃を避けきった。
それは、奇襲の為、長時間単独行動ができ、紋章機同様にパイロットスーツを必要としないくらい高性能な大型戦闘機を使っているというのもあるが、どんなに機体がよくてもパイロットの腕は必要だ。
顔と名前を晒したのは、そんな情報が無いという自信なのか、それとも知られたところでなんら問題はないという方の自信なのか。
あんな高性能な機体を使うパイロットなら、何処かに記録があると考えられるのだが。
「まあ、それは後でこっちでも調べてみるよ。
フォルテはこれからどうする?」
「そうだね、これ以上さっきのミサイルの事を調べても何も出てこないだろうし。
私は私の穴倉にでも篭ってくるよ」
「そうかい。
じゃあ、何かあったら行くよ」
「ついでに射撃訓練もしとくことをお勧めするよ」
「ああ、時間があれば、実際しておきたいんだけどね。
では、クレータ班長、ここは任せたよ」
「はい」
タクトとフォルテは格納庫を出て、すぐに別れる。
タクトが次に向かう先の関係で、丁度反対方向へ別れる事になった。
が、そこで、
「ん?」
タクトは一度後ろを振り向いた。
フォルテが向かった方向で、既にフォルテがいなくなった先だ。
何故か、視線を感じたのだ。
見る限り誰もいない筈の廊下で。
特に、格納庫から射撃訓練所がある場所への道は元々人通りが無いに等しい場所だ。
格納庫から出て射撃訓練所方面は、後他に機関室くらいしかないからである。
「おかしいな……」
若干不審に思いつつも、視線を感じたという不確かなだったので、とりあえずタクトは次ぎの目的地へと移動した。
ギギ……ギィー……
次にタクトが訪れた場所は、医務室だ。
「やあヴァニラ、やっぱりここだったか」
「タクトさん、どうしました?」
医務室を訪れると、ヴァニラが1人でおり、カルテをつけていた。
「さっき奇襲を受けた時に、怪我人が出なかったかと思ってね。
で、どうだったか解るかい?」
「はい、怪我人は3名出ています。
いずれも軽傷で、転倒と、倒れてきた物にぶつかった人、それと調理中だった鍋の中身がこぼれ、火傷をした人です」
「そうか、まあ、軽傷でよかった。
ヴァニラが診てくれたのかい?」
「はい、いずれもナノマシンで治療しています」
「そうか。
ありがとう」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「それでもだよ」
そう言って、タクトはヴァニラの頭を撫でた。
「あ……」
「お、あっと、すまん」
殆ど無意識での行動だったのだが、ヴァニラが驚いた声を上げたので、直ぐに手を引っ込める。
流石に年頃の女性にする事ではなかっただろう。
それに、プロとして仕事をしている者に対して、子供を褒める様な行為は、失礼でもあった。
「悪かった、失礼だったな。
それに、勝手に髪にも触れちゃったし」
「いえ……」
素直に謝るタクトに対し、ヴァニラはなんとも複雑そうだった。
感情をあまり表に出さない子であるが、ともかく、複雑な思いを抱いているという事だけは解る。
だからこそ、タクトはすまないと思う。
「ただいま、ってあらマイヤーズ司令」
と、丁度そこへケーラが戻ってくる。
手には薬品が入っているだろう箱を持っている。
そして、よく見れば、部屋のゴミ箱には薬のビンらしきものの破片が入っている。
先ほどの騒ぎで割れてしまった物の予備を取りに行っていたのだろう。
それを考えると、先ほどの奇襲の被害、人の怪我だけではなく、物品の損失も大きかったのでは無いかと考えられる。
先ほど、ヴァニラから調理中の鍋がこぼれて火傷をした人がいると話からも、食材が無駄になった事が解る。
これは、後ほど調査の必要があるだろう。
そんな事をタクトは考えつつ、ちらっとヴァニラを見ると、既に普段通りの顔に戻っていた。
それに対し、今度はタクトがちょっと複雑な思いを抱く事となる。
と、そこに、ケーラから全く予想していなかった言葉が掛けられた。
「あら? マイヤーズ司令、さっき倉庫に居ませんでした?」
「え? いや、ブリッジから格納庫寄って、ここに来たけど。
倉庫には入ってないよ」
「さっき倉庫の中でマイヤーズ司令を見たと思ったんですけど、気のせいだったかしら。
まあ、いっか。
それよりマイヤーズ司令、さっきのもうちょっと何とかならなかったんですか?
怪我人も出ましたし、薬の棚も酷い事に」
軽く考える様にして言ったケーラだったが、それ以上は気にする事を止めたらしい。
それ以上に言いたい事もあったからだろう。
「ああ、すまない、完全に不意を突かれたからね。
流石にこんなの何度も受けてたら洒落にならないから、次からは無い様には努めるよ」
ケーラとそう話ながらも、タクトは気になっていた。
ケーラが見たというタクトを。
見間違えた、としても、かなり難しい話だ。
何せ、この艦でちゃんとした軍服を着ている人間などレスターとタクトくらいで、それも、人が殆どいない筈の倉庫で見間違える事も考えにくい。
「じゃあ、ちょっと俺はまだ用事があるんで」
「ええ」
ケーラとヴァニラに見送られ、医務室を出るタクト。
怪我人の確認の為に訪れただけだった医務室だが、タクトの中で不安が広がり続けていた。
医務室を出たタクトは大きくなる不安を抱えながら、次ぎ何処へ向かうのが最良かを考えていた。
(いっそ、使ってしまった方が……)
そう考えつつ、その手段を用いるには迷いが大きい。
この戦争が続く以上、使わざる得ない事は確実であるのに、タクトは迷っている事がある。
「あ、タクトさん」
と、そこで声を掛けられた。
振り返ると、そこに居たのはクロミエ。
ただ、どこか不安そうな顔をしていた。
「ああ、クロミエ、何か用かい?」
「あ、いえ。
すいません、別に用はないんですが……
先ほどから別の方向へ向かうのを見た気がして……」
クロミエがどこか不安そうだったのは、例えるなら幽霊でも見たかの様なものだった。
在り得ないと言う考えと、現実を照らし合わせた上での混乱だ。
「それは、確かに俺だったかい?」
「え? あ、はい。
呼びかけても返事がありませんでしたけど、あの距離では見間違えませんよ」
自分でも変な事を言っているな、とそう思いながら答えるクロミエ。
こんな話を妙に真剣に聞くタクトというのにも、どこか不審な気持ちを抱いたのかもしれない。
「……クロミエ、宇宙クジラに用があるんだ。
今からいいかい?」
「え? はい、いいですよ」
少し考えたタクトは、そこから直ぐにクジラルームへと移動した。
クジラルームへと移動したタクトとクロミエは、さっそく宇宙クジラと会っていた。
そこで、タクトが切り出した言葉は、クロミエも少し戸惑う様なものだった。
「いきなりで悪いが―――エルシオールに異物的な物が入っていないか、解らないかな?」
タクトは、何かがエルシオールに入り込んだ事を確信していた。
先ほどのミサイルの奇襲の際に、何かを仕掛けられたのだと。
ただ、それが何か、までは解らない。
しかし、宇宙クジラならば、何かを感じ取っているかもしれない、そう考えて尋ねてきたのだ。
キュオオオン
宇宙クジラからの返答は直ぐにあった。
「先ほどから、何かが居るのは間違いない。
ただ、それが『何』かは解らない。
けれど、そえれは、大きな混乱を招くものだ」
「それは何処に?」
「解らない。
酷く曖昧だ」
「せめて数は解らないかな?」
「複数、である事は確かで、2,3か。
1つではないが、多くもない」
クロミエの翻訳の下、宇宙クジラと会話するタクト。
クロミエは、一体2人が何を話しているのか解っていないが、翻訳に徹している。
いや、クロミエにも、もうこの艦で異変が起きている事だけは理解できている。
人の言葉に訳しながらも、宇宙クジラから伝わる大きな不安を感じ取れているのだ。
「そうか。
助かったよ。
じゃあ、すまないけど俺は、急用ができたんで。
後、クロミエ、暫くクジラルームから出ないでくれ」
「はい、解りました」
安全の為と、クロミエにそう言い残してクジラルームを出るタクト。
安全な筈のクロノ・ドライブ中であるにも関わらず、そんな事を言わなくてはならない。
既に、その安全は崩されたのだ。
いや、崩されただけではなく、反転させられたと言ってよい。
完全な密閉状態のクロノ・ドライブ中に、内部に敵が居るのだから。
クジラルームを出たタクトはまずブリッジに通信を入れた。
「レスター、ちょっといいか?」
『なんだ? 今忙しいんだが』
「忙しいとこ悪いけど、ちょっとこの前、チェスをやった時にさ、俺何でお前に勝ったのかど忘れしちゃってさ。
覚えてないかなぁ、と思って」
『忙しいと言っただろうが。
この前のだったら、お前のポーンが……』
前回、タクトとレスターがチェスをやったのはもう随分前で、クーデター前の話だ。
それでも最後の決着くらいは覚えているもので、ポーンがナイトに成った事でチェックメイトになったのだ。
盤上の全ての駒の配置は把握していたのに、ポーンが次ぎで成る事と、普通はクイーンに成るのだが、ナイトにも成れる事を失念していた。
というよりも、タクトにそう誘導されてたのだ。
そういう勝負だった。
「ああ、そうだったそうだった。
見事に成功したよなー。
盤上で見えている筈なのにね」
『そうだな』
「ところで、今通信とか乱れてる様にみえるんだが。
おかしくないか?」
『は? そうだな……さっきから通信にノイズが……っ!』
「で、俺はクイーンを動かそうと思うんだ」
『そうか、こっちも次ぎの手を考えておくよ』
「じゃ、よろしく」
大凡意味不明な会話を済ませ、タクトは再び動き出す。
ブリッジでは、何故かレスターが各ブリッジ要員の側まで歩いていって、個別に指示を出していた。
ブリッジとの通信を終えたタクトは、再び医務室に来ていた。
「あら、マイヤーズ司令、どうしたんですか?」
「いやぁ、ちょっとね」
ケーラとヴァニラは、先ほどケーラが持ってきていた薬を整理しているところだった。
タクトは挨拶もそこそこに、ヴァニラの方へと歩み寄る。
「ちょっと気になったんだけど、このナノマシンペット、だっけ?
これって触れたりするの?」
「はい、可能です。
ただ、見た目どおりの触り心地とはいきませんが」
「ふーん……」
タクトはヴァニラの答えを聞きながら、ナノマシンペットに手を伸ばす。
触れてみると、ナノマシンの塊という存在はしている為、当然触れられるし、その感触はある。
ただ、ヴァニラの言う様に小動物を触っているという感覚より、風船に近い感じだ。
ナノマシンの力を使えば、それこそ本物の小動物の様な手触り感も再現できるだろうが、流石にそこまで再現すると無駄が出すぎるだろう。
このナノマシンペットは、単にナノマシンを集合させ、形を持たせ、持ち運び易い様にするのが主な目的なのだから。
「一応、それらしくする事もできるよね?」
「ええ、可能です」
「そう言えば、前に、服みたいな形に変える事はできるって、聞いたね」
「はい」
「ありがとう、疑問も解けたよ」
一通りナノマシンペットを撫で回したタクト。
そして、直ぐにその場を去ろうとする。
ケーラにしてみれば、何をしに来たんだと突っ込みたいところだろう。
「じゃあ、悪いね、よろしく」
最後にそう言って医務室を出るタクト。
去り際に言う台詞としては意味不明だ。
しかし、
「結局何しに来たのかしら」
率直な疑問を口にするケーラ。
「ケーラ先生、私、仕事ができましたので、5分後に医務室を出ます」
「え? そうなの? それは構わないけど……仕事って?」
ケーラがヴァニラの方に目を向けると、ヴァニラはナノマシンペットにくっついていた紙切れを読んでいた。
そして、それを示し、仕事と答えるのだった。
医務室を出たタクトは、次に行く先を少し考えていた。
実際、目的はあるのだが、その目的が何処に居るかが確証が無い。
と、そんなところで、廊下でランファの姿を見かけた。
「お? ランファじゃないか」
「えええ!? ま、またタクト!」
タクトが声を掛けると、ランファは素っ頓狂な声を上げて2,3歩下がった。
何故か、顔が赤い気もする。
「また?」
と、ランファの様子は兎も角、今の状況ではとても捨て置けない台詞があった。
「あ、うん。
なんか、さっきタクトが別々の方向に歩いていくのを同時に見て……
なんだったのかしら? はっ! まさか宇宙ドッペルゲンガー?!」
宇宙ドッペルゲンガーとは、タクトの記憶が正しければ、本人そっくりの姿で、見かけると死期が近い事をあらわしている、というものだ。
大昔からあるオカルトの一種で、ランファらしい発想とも言える。
「まだ暫くは死ぬ気はないんだけどなー。
でも、ランファも見たとなると、ちょっと放っておけないな」
「私も、って?」
「ああ、ケーラ先生とクロミエも見たとか言っててね。
ランファ、悪いけど、宇宙ドッペルゲンガー探しに協力してくれないか?」
「え? まあ、いいけど……」
どこか、乗り気でない、というよりは、別に気になる事がある感じではあるが、ランファの協力が得られた。
タクトとしては、宇宙ドッペルゲンガーであるとは思っていないが、それでも、そう考えてくれた上で協力してくれる事は今はありがたい事だった。
「ところで、ミント見なかった?」
「ミント? 確かラウンジに居たわよ」
「そうか、じゃあまずは、ミントにも聞き込みに行こう」
丁度良く情報を得られたので、当初の目的を果たす為、タクトはミントの居るというラウンジへと移動した。
ラウンジに着くと、直ぐにミントは見つかった。
さして広くないラウンジであるので当然だが、なんと言ってもミントはその中でも目立つからだ。
悪い意味ではなく、制服のせいだけではなく、特有の雰囲気がそうさせるのだとタクトは思う。
例えば、紅茶の入ったティーカップを持つ手つきからだけでも、気品が感じられる。
綺麗なティーセットも、ケーキも、彼女の為に存在するのだというくらい絵になっているのだ。
と、そこまで考えてタクトは思った。
「やあミント。
おや、今日は駄菓子じゃないのかい?
それはそれで、君には良く似合うけど」
すまんが、緊急事態が発生した。
「あらタクトさん。
まったく、お上手ですわね。
ええ、報告にも上げました通り、駄菓子の類も減ってきていますので。
自作も暫くは自粛する事にしてますの」
「って、自作までしてたのかい?」
念の為、これで伝える。
「ええ、趣味の1つですわ」
ミントについて新たに情報を得たのだが、今はそれを活用できる状況ではない。
早速本題に出る事にする。
「ところで、ミントは俺を見かけなかった?
クロノ・ドライブに入った後で。
そう、どこか不自然な俺に」
エルシオールに俺の姿を模した何かが侵入したみたいだ。
「いえ、見かけていませんが。
なんですの? それは」
「いやね、ランファは宇宙ドッペルゲンガーじゃないかって言ってるんだけど。
他にもケーラ先生と、クロミエが見ていてね、今一緒に探してるんだ」
偵察用兵器の一種だと思われる。
「なるほど。
それでさっきからランファさんはキョロキョロしているんですね」
「そ、そうなのよ、何処に居るか解らないし」
よほど宇宙ドッペルゲンガーが気になるのか、落ち着かない様子のランファ。
ミントはそんなランファを見て、一度微笑んだ。
「俺の姿なら、結構目立つと思うんだけどね」
さっきヴァニラにシヴァ皇子に変装して、囮になって貰い今から3分後に医務室から出て居住区周辺を歩き回る様に頼んだ。
「そうですわね。
では、私も協力させていただきますわ。
少し艦内を見て回りましょう」
「そうかい? 頼むよ。
俺も気になっててね」
護衛を頼む。
「見つけられましたら、ご連絡しますわ」
「ああ、よろしく」
すまない、囮なんてしたくなかったんだが、ヴァニラを護ってくれ。
「では、後ほど」
最後に、タクトの目を見て、ミントはラウンジを出た。
「じゃあ、俺達も移動しようか」
「そうね」
「とりあえず、次はフォルテにも話をしておこう」
と言う訳で、タクトは次にフォルテの下へと向かった。
格納庫で、射撃訓練所に居ると聞いていた為、タクトは直ぐにそこへ向かった。
中に入ると、火薬式の銃を連射するフォルテの姿があった。
「おや、司令官殿、どうしたんだい?」
「ああ、ちょっとね。
実はさ、ランファが俺の宇宙ドッペルゲンガーを見たらしくてね」
「ほう、宇宙ドッペルゲンガーねぇ」
「そうなんですよ。
アレは確かにタクトだったわ」
タクトとランファの話を、半分くらいに聞いて微笑むフォルテ。
しかし、
「ケーラ先生とクロミエも見ていてね。
俺も艦の様子が変だと思うし、なんか怪しくてね。
ミントにも協力してもらっているよ」
「ふーん」
表向きには変わらなくても、フォルテの目付きが変わってくる。
「俺は人通りが無い場所が怪しいと思うんだけど」
「そうだねぇ。
じゃあ、私も探してみるよ」
「え、フォルテさんも手伝ってくれるんですか?」
「ああ、今丁度暇だしね」
フォルテは付き合いがいい方だが、こんな事にまで協力してくれるのは、ランファにとっては意外だったらしい。
フォルテは、ただいつもの様に笑いながら快諾している。
「そうかい? 頼むよ。
俺達はブリッジ方面にでも行ってみようと思う」
「解った、じゃあ、後で」
「ああ」
一緒に射撃訓練所を出て、別々の方向へ向かフォルテとタクト、ランファ。
フォルテもそうだが、タクトもやや急ぎ足で艦内を移動する。
「そういえば、ミルフィーは何処にいるか知らない?」
「えっと、多分自分の部屋じゃないかしら。
試したいお菓子の作り方があるって言ってたから」
「そう」
ミルフィーユの居場所を聞いて、どこか安堵した様子のタクト。
ランファは当たりを見渡していた為、それには気付いていない。
それどころか、辺りを見回すのが忙しくて、付いて来ていながら、タクトが歩く速度を上げている事にも気付いていないかもしれない。
この時、クロノ・ドライブに入ってから、20分が経過していた。
フォルテと別れ、ブリッジの近くまで来た時だ。
『タクト、今何処だ?』
突然レスターから通信が入った。
「ブリッジに向かうところだ。
展望公園前だな」
この艦の妙な配置の1つで、ブリッジから出て直進方向に展望公園が存在する。
格納庫に近い射撃訓練所から移動してきたタクト達は、今展望公園前を通ってブリッジに向かうところだった。
『なら至急、ブリッジを正面として、6時の方向に向かってくれ。
以上』
と、それだけ言って通信を切るレスター。
レスターにしては適当な喋り方で、あまりに唐突な切り方だった。
それに、展望公園の前にいて、そこからブリッジを見て6時方向、つまりは後方で、展望公園の方向という事なのだが、それなら展望公園と言えば良い筈。
それなのにそう言わなかったからには、それなりの理由がある。
「ランファ、展望公園に行くぞ」
「え、いいけど、なんなの、今の」
「すまん、もしかしたら説明する暇は無いかもしれん」
すぐさま反転し、展望公園へと走るタクト。
公園の入り口は直ぐそこだ。
公園に辿り着くには数秒と必要なかった。
「……」
公園に入って、直ぐに周囲を見渡す。
全域を確認するには広すぎて、障害物も多い場所だ。
だが、その中で、1人の人物を見つける。
「ヴァ……いや、本物の方か―――」
そこに居たのは、シヴァ皇子だった。
何故こんな所に、と思うが、別に艦内を出歩いてはいけない訳でもないし、普通の部屋より広いとは言え、自室に篭りっきりというのもおかしい。
もしかしたら、今まで見かけなかっただけで、普通に出歩いていたのかもしれない。
というより、自室に篭っている方が不自然と言えよう。
「あれ? シヴァ皇子じゃない。
って、タクト、アレ!」
追いついてきたランファもシヴァ皇子の姿を見つける。
それと同時に、見つけた。
2人が探していた物を。
「―――っ! シヴァ皇子!」
シヴァ皇子の背後には、『タクトの姿』があった。
当然、それはタクト・マイヤーズではなく、タクトの姿を模した『何か』だ。
あろうことか、ソレはシヴァ皇子を見つけ、駆け寄ってきていた。
シヴァ皇子はタクトの声に気付き、歩みを止めた。
(やはり、こいつの狙いは!)
思考は一瞬。
「ランファ、シヴァ皇子を!」
「っ! 解ったわ」
ランファはまだ状況が上手く飲み込めていない。
それでもちゃんと動けたのは、日頃の訓練の賜物だと言えよう。
しかし、そこに声が響いた。
「ランファ、動くな!」
それは、シヴァ皇子に背後に居るタクトの姿を模した何かから発せられた。
このタクトの偽者は、タクトの声まで真似て見せたのだ。
「え?!」
流石にランファも混乱し、一瞬動きが止まる。
「ランファ、お前が正しいと思う行動をとれ!
以降、俺の声は無視しろ!」
「止まるんだ、ランファ!」
2つのタクトの声が木霊する。
「っ!
シヴァ皇子!」
ランファは再び動きだす。
先行していたタクトをも追い抜き、シヴァ皇子の下へ。
そして、背後に迫っていたタクトの偽者に気付き、混乱しているシヴァ皇子を抱きかかえ、横へ飛ぶ。
ランファは、今までついてきていたタクトでも、背後から来ていたタクトの偽者でも、どちらでもない方向へとシヴァ皇子を退避させたのだ。
「よし!」
カチャッ!
それは、タクトにとって最良の選択だった。
既に抜いていたレーザーガンを構え、走りながら連射する。
パシュンッ! パシュッン! パシュンッ!
「ガ……ギ……」
数発の連射で、何発かは偽者の身体に命中する。
しかし、その姿に穴は開くものの、殆ど怯みすらしない。
レーザーで撃たれた跡を見るに、タクトの姿は立体映像の類ではなく、ナノマシンによる偽装だ。
ナノマシンにより、見た目だけでなく、その形通りに物に触れる事もでき、触感も再現しているかもしれない。
かなり高度な技術が使われている偵察用の兵器だ。
とは言え、既に穴も多数空き、修復もでず、その正体を現しつつある。
機械の身体、偵察用兵器としてのボディが。
だが、
(武器を持ってきておくべきだった!)
タクトが持っているのは常備しているレーザー銃1丁のみ。
既に連射も限界に近づいて来ている。
何発かはナノマシンで構成されていたタクトの身体ではなく、機械本体のボディにも命中しているが、外装を削るか、中枢からは程遠い場所にしか当たっていない。
ある程度化けられるサイズを広げる為だろう、機械本体はやや太い棒人間の様な形で、的が小さく、弾が当たらない。
タクトは銃の腕は並より多少上程度だ、走りながら、走っている相手に精密射撃はできない。
「くっ!」
タクトはこのまま接近して肉弾戦を行う事を覚悟する。
偵察用とは言え、なんらかの武器は搭載されている可能性があり、その武装が不明な為、危険極まりないが、シヴァ皇子を危険に晒すよりはましと判断した。
その時、
ズダァァンッ!
突如、偽者の横っ腹を紅いレーザーが貫いた。
タクトが使っているレーザーガンよりも遥かに太く、高出力なレーザー光線だ。
その光が、偽者の機械本体を直撃し、ほぼ上下真っ二つに折るくらいの勢いで、破壊する。
それでも尚衰えぬレーザー光線は、展望台の地面を焼き、大きな砂埃を上げるほどだった。
「ガ……ビ……ゴ……」
ガシャンッ!
崩れ落ちる偵察用兵器。
残っていたタクトの姿も完全に崩れ落ち、完全に本体を曝け出し、地面に倒れた。
パシュンッ! パシュンッ! パシュンッ!
タクトは、倒れたソレに更にトドメを入れておく。
何を搭載しているかわからない兵器だ。
念入りに破壊する。
「……」
そして、もう完全に動かなくなる事を確認してから、しかし銃は向けたまま、タクトは先ほどレーザーが放たれた場所を探した。
それは直ぐに見つかった。
丘の上の木の影、そこにレーザーを放った人物がいる。
「―――っ!」
その姿を見て、タクトは驚愕する事となる。
そんな事をする人と考えて、候補は大凡1人しかでてこず、まさにその人だったのに。
タクトは、それをあまり信じたくなかった。
(ヘレス……)
そこに居たのは、ヘレス・アンダルシア。
シヴァ皇子付きの侍女の姿そのままに、しかしその姿にはあまりに不釣合いなレーザーライフルを構えて。
そのレーザーライフルというのも、軍でも使われているスナイパーライフルで、大型だ。
フォルテくらいの軍人らしい女性ならいざ知らず、とても普通の女性の細腕で扱えるものではない筈だ。
だと言うのに、ヘレスは、その大型レーザースナイパーライフルを、瞬時に折りたたみ、姿を消してしまった。
タクトの記憶では、確か、携帯性を上げる為にほぼ半分に折り畳める仕様だったが、相当手馴れていないと、瞬時に折りたたむなどできない筈なのに。
「タクト、大丈夫?!」
ランファの声で、タクトは一度破壊した偵察用兵器を確認してから、振り向いた。
「大丈夫だ。
そっちは、シヴァ皇子は無事か?」
「ええ」
ヘレスを目撃した事を表に出さぬ様に、タクトはランファとシヴァを見る。
今は、まだ、そんな事を表に出すわけにはいかない。
「私は大丈夫だ。
それより、何があったのだ?」
「はっ! 緊急時の為、皇子には大変失礼を致しました。
ご無礼をお許しください。
実は、クロノ・ドライブに入る前の奇襲の折、偵察用の兵器を潜入させられておりました。
それが私の姿をとり、艦内を探っていたので、今しがた処理したところであります」
「え? そうだったの?」
タクトの説明に、まずランファが驚いていた。
宇宙ドッペルゲンガーという事で動き、タクトも何も言わなかったから当然といえば当然だろう。
この偵察用兵器がタクトの姿をしていたのは、タクトがこの艦で最も階級が高く、司令官として認知されており、よっぽどの奇行をしていないかぎり止められる事はないからだろう。
「すまんランファ。
通信も、生での会話も傍受されている可能性があったからな、表立って口にできなかった。
でも居てくれて助かったよ」
事情を誤解していたとしても、ランファの身体能力は必ず役に立つと踏んでいたが、実際そうなった。
ランファがいなければ、シヴァ皇子が危険だったかもしれないのだから。
「そうだったか。
2人とも、ご苦労であった。
それで、潜入していたのはこれ1体か?」
「フォルテとミント、ヴァニラも捜査にあたっております」
と、そこまで説明した時だ。
『タクト、こっちで1匹片付けたよ』
『タクトさん、ヴァニラさんの変装に引っかかったオモチャ、捕まえましたわ』
丁度全員同時に倒したのか、フォルテとミントから通信が入る。
フォルテの通信ウィンドウには電流の流れるネットに絡まった偵察用兵器が、ミントの通信ウィンドウには高圧電流で焦げている偵察用兵器と、それを観察するシヴァ皇子の―――
いや、シヴァ皇子に変装したヴァニラの姿があった。
「む、私がいる」
「あれはヴァニラです。
失礼ながら、この偵察用兵器の目的にシヴァ皇子があるものと思い、ヴァニラのナノマシン能力で変装し、囮としました。
ミントを護衛につけ、見事に掛かった様です。
ヴァニラ、変装解いていいぞ」
『了解』
タクトが許可を出すと、通信ウィンドウの先で、シヴァ皇子と瓜二つの姿が分解される様にして解かれ、下からヴァニラの姿が出てくる。
服も元の服の上からシヴァ皇子の服に化けていたらしい。
「ほお、凄いものだな、ナノマシンは」
「はい、全くであります。
実は私もここまで精巧な変装が可能とは、思っておりませんでした」
2度目に医務室を訪れた際、紙に書いた簡単な指令書をナノマシンペットに挟んで、囮役となってもらったのだが、タクトも本当にここまで似せられるとは思わなかった。
偵察用兵器を騙せるくらい、簡単な変装になれば良いと思ったのだが、実際には、その偵察用兵器の偽タクト並に見分けがつかない変装だった。
やり方からして、それ用に特化しているだろう、この偵察用兵器と同じレベルという事だ。
背丈はどうしようもないだろうが、恐らく似たような背格好なら、良く知った人でも見分けられないレベルで変装ができてしまうのだろう。
これはヴァニラの医療用ナノマシンが、医療用であるにも関わらず、多彩な使い方ができるという証明だ。
(多用はしたくないんだがな……)
今回の囮だって、やらせたくは無かった。
しかし、そうしなければならない事態となったので、やってもらったのだ。
ならば、タクトはこんな事を今後させなくても良い様にしようと、そう考えるのだった。
『タクト、セキュリティと通信の異常、なくなったぞ』
フォルテ、ミントに続き、レスターからも連絡が入った。
「解った。
クロミエ、宇宙クジラに、妙な気配が消えたか確認してくれ」
『はい、解りました…………
もう無くなった、と言っています』
「そうか、宇宙クジラに礼を言っておいてくれ。
クロミエもご苦労さん」
『いえ、お安い御用ですよ。
お礼はちゃんと伝えておきます』
変な気配を感じていた宇宙クジラにも確認がとれ、これでようやく事件は終わったと言える。
が、
「さて、これからが大変だ。
レスター、ドライブアウトまで後どれくらいだ?」
『後30分だな』
「よし。
シヴァ皇子、申し訳ありませんが自室にお戻り願います。
念には念を入れて調査をします故」
「ああ、解った。
頼むぞ、マイヤーズ」
「はっ!
ランファ、シヴァ皇子の護衛を頼む。
送り届けたら格納庫へ来てくれ」
「解ったわ。
では、シヴァ皇子」
「うむ」
シヴァ皇子とランファを見送り、次ぎにタクトは格納庫へ通信を開いた。
「クレータ班長、直ぐ人を寄越してくれないか。
俺が今いる展望公園と、フォルテの所とミントの所に。
回収し、解析してもらいたい物がある」
ドライブアウトまで後30分。
まだ勝負は始まったばかりなのだ。
20分後、格納庫。
既に3体の偵察用兵器が運び込まれ、整備班によって解体、調査が行われていた。
「でも、後10分程度じゃ、撮られたデータをちゃんと消去するのは難しいですよ」
クレータ班長がメインとなって、解析を進めているが、データを、これを送り込んできた者達のところへ送信するのは、別の機械が担当している可能性がある。
今はクロノ・ドライブ中である為、データの送信もできない。
その為、この偵察用兵器本体を壊せば、問題ないのだが、それくらいの対策はとってあるという事だ。
何処かにあるのだ、この艦にまだ。
偵察用兵器であるこの3体で調査をして、そのデータを受け取り、送信する、それだけの機体だ。
それだけの為に、発見も困難となる。
尤も、時間さえあれば、データの発進をしている以上は、見つけられる事ができるが、今しがた取られたデータの送信までは防げない。
「ああ、それは解ってる。
別の事がやりたくてね。
こいつらのデータ送信、まだ生きてるだろ?」
「ええ、マイヤーズ司令の方で破壊した物はまだ生きてます。
今はブロックしてますが」
因みに、ミント、フォルテが捕らえた機体の方は、高圧電流で破壊した為、解析の役に立ちそうも無いほど壊れているらしい。
偵察用兵器として、あのタクトに化ける能力の他は、あまり頑丈に作られていなかっただろうし、高圧電流という満遍なく壊せる手段を用いたので当然といえば当然かもしれないが。
「俺の予想だと、特にこいつとミントが捕まえたのは、シヴァ皇子を探してたんじゃないかと思うんだ」
尚、フォルテが偵察用兵器を破壊したのは機関室で、ミント達は居住区だ。
フォルテが捕らえた1機はこの艦の制圧を目的としていた可能性が高いが、居住区や展望公園に居た機体は、誰かを探していたという可能性が高い。
となれば、この艦にいそうで、そんな事をして確認しなければならない人物と言えば、シヴァ皇子だ。
シヴァ皇子は最後の皇族。
それくらいの手間を掛けて確認する理由は十分にある。
「はい、そうですね。
捜査対象として、10歳前後の男の子という感じになっている様です。
それ以上はプロテクトも厳重で、解りませんが」
「10歳前後の男の子、ねぇ……」
クレータからそれを聞いたタクトは、少し考え、そして笑みを浮かべた。
「あ、なんか面白い悪戯でも考え付いたのかい?」
その少し邪な、とも言える笑みを見て、フォルテが突っ込んできた。
「解る?
クレータ班長、アレ貸してよ。
あ、そうだ、フォルテ達は紋章機で待機していてくれ、こっちはもういい。
それより、十中八九ドライブアウト後に戦闘になる」
「了解、ミルフィーもそろそろ来るだろうし、出撃準備を始めるよ」
「頼む」
手伝うというより、半ばギャラリーと化していたフォルテ、ミント、ランファ、ヴァニラは、今回は部屋に居て、騒動には巻き込まれなかったミルフィーユと共に自分の紋章機へと乗り込んでいく。
それを見送ってから、改めてタクトはクレータと話す。
「で、アレってなんですか?」
「クレータ班長の元気の源だよ」
「……は?」
ふっふっふ、などと笑いながら答えるタクト。
その後、10分で、タクトとクレータは、クレータの持ってきた外部映像メディアのデータを拡張しつつ、偵察用兵器に直接流し込む作業を行った。
それから10分後。
ドライブアウトの予定時刻となった。
「エルシオール、ドライブアウト、通常空間へ復帰します」
モニターに映し出される景色が普通の闇色へと戻る。
ドライブアウトする場所だけあり、周囲には何も無い。
だが、少し離れた場所にいくつかの影が見える。
「本艦前方に多数の敵影を確認しました。
無人艦です」
ココから報告により、それが敵である事が確定した。
エオニア軍の無人艦隊だ。
しかし、ブリッジの誰も驚きという反応を示さない。
事前にタクトより敵が待ち構えている可能性を示唆されていたし、もう大分ブリッジ要員の戦闘慣れが進んでいるから、というのもあるだろう。
「数と種類は?」
「駆逐艦5、巡洋艦3の計8隻です」
「よし、エンジェル隊出撃。
各員、指示した順序で敵を攻撃、撃破してくれ」
『了解』
それから始まる戦闘は、全く危なげのないものであった。
障害物も少なく、敵も単純に攻撃を仕掛けてくるだけだった為、タクトの戦略もさして必要なく、エンジェル隊の能力だけで敵を撃破していく。
エルシオールは進路を読まれ、網を張られている状態ではあるが、まだ絞り込めていない為、網の目が粗く、網自体も弱い状態だ。
順調に戦闘は進み、エルシオールは被弾無し、エンジェル隊も無傷に近い状態で、最後の一隻を落とす事ができた。
この程度ならば、さしたる苦労もなく、ローム星系まで辿り着く事ができるかもしれない。
しかし―――
「敵艦の撃破を確認しました。
これで敵は……あっ! 新たに本宙域に接近する機影を確認。
これは―――戦闘機サイズ、先ほどのシルス高速戦闘機です。
数は―――5機」
「……そうか」
なんとなく、なんとなくだが、来ると思っていた。
数も5というのも予想していた。
エンジェル隊の数と同じ5機で、紋章機と同じサイズの戦闘機。
そう言う風に調整されたのだろう。
この5機の敵の後ろに居る者達に。
「通信を開け、挨拶くらいしておこう」
「了解しました」
まだ敵との距離はある。
先の2人がそうだった様に恐らく普通に顔を出して通信に応じてくるだろう。
それどころか、向こうからエンジェル隊に対して話しかけてくるものと考えられる。
その前にタクトで主導権を握っておきたかった。
『おや、またそちらか話しかけてくるのかい?
こちらとしては、君に用はないんだけどね』
『いや、おいらにはある!
あのデータお前の仕業だろ! あやうくサーバーがパンクするところだったんだぜ!
大体なんだよ、あの映像データは、クソ下らないガキどものライブなんて見たくねぇ』
奇襲を仕掛けてきた時にも居たキザったらしい男がまず通信に応じ、それに割り込む形で丸いビン底の様なメガネを掛けた小柄な男が出てくる。
小柄な男、と言うよりは子供と言えるくらいの外見だ。
恐らくは、先ほど駆除した偵察用兵器を担当していたのだろう。
『だが、役目は果たした。
シヴァ皇子はやはりこの艦だな。
プローブでの制圧なんて最初から期待してなかったが、さしたる混乱もなく、この短時間でここで待機させていた無人艦隊を全滅させるとはな。
どうやらまともな指揮官が居るらしいな』
続いて出てきたのは、これもまた若い男で、少年とすら言える。
『お前が、敵か』
5機居る中で、新しい顔ぶれとしては最後の1人。
左目に傷のある男だ。
たのメンバーにくらべて口数が少ない。
『うおおー、さっさとおっぱじめようぜぇ!』
最後に出てきたのは、奇襲の時にも居た大男だ。
これで5人、全員が顔を出した事となる。
「で、目的はシヴァ皇子でいいのかな?
渡す気はさらさらないし、殺させてやる気は更にない」
始めに、タクトは通信を開いた側として、こちらの意思を伝えておく。
至極当たり前の事だが、重要な宣言だ。
『そうかい。
確かに我々の目的にシヴァ皇子も含まれているよ。
ただし、生け捕りという絶対条件付きだけど』
「生け捕りが絶対条件?」
タクトは、少し意外だった。
宇宙からの射撃という手段を持って皇族を焼き払い、皆殺しにしたエオニアが、シヴァ皇子をわざわざ生かしておく理由が思いつかないのだ。
せいぜい、最後の皇族として、確実に殺し、世間に見せしめ為、つまりは、公開処刑をする為くらいか。
『そう。
だから、気を付けてくれよ、間違って艦ごと生死不明じゃ我々のメンツは丸つぶれになる』
「そうかい。
まあ、そっちもせいぜい気をつけて攻撃してくれよ。
ロストテクノロジーの塊だけあって、何がどう誘爆するか判らんからね」
シヴァ皇子の事といい、なかなか上手い具合に情報が引き出せている。
タクトは、もう少しくらいは引き出せるだろうと、話を伸ばす気でいた。
『そうそう、それと、実はこっちが我々の最も重要な目的でね。
そちらの意思を宣言してもらったお礼として、伝えておく事にするよ』
そういいながら、男は微笑んだ。
微笑む、と表現するにはあまりに冷たく、気味が悪い程の美しい表情だった。
『エンジェル隊、紋章機とエルシオールを滅ぼす事。
それが、エオニア様より直接授かった使命だよ。
我等、ヘルハウンズ隊がね』
彼等のバックに居るのはエオニアだった。
ある意味当然であるが、直接の命令で動いているというのは大きな情報だ。
だが、今得た情報の中で、それは取るに足らない程度のものでしかない。
「―――ヘルハウンズだと!」
『―――ヘルハウンズだと!』
同時に声が響いた。
ブリッジに、司令官席からと、4番機からの通信ウィンドウからだ。
その声に、ブリッジは、4番機以外のエンジェル隊は凍りついた。
敵の名乗りではなく、味方の反応で凍りついたのだ。
「エンジェル隊、全員一度補給に戻るんだ。
格納庫、補給の準備を」
まだ敵との距離はある。
無人艦隊との戦闘で消耗した紋章機のエネルギーと弾薬を補充する時間はある。
「エルシオール、発進。
2時の方向へ通常速度進行」
「了解、エルシオール発進。
進路2:00、通常速度」
タクトの司令をレスターが復唱し、ブリッジの操舵要員が舵を切った。
アルモもエンジェル隊と格納庫の連携を取っている。
皆作業をして忙しいのはある。
だが、誰も今後ろを、タクトの方を見ようとは考えなかった。
いや、恐ろしくてできなかったのだ。
指示を出す声はいつも通りに聞こえる。
しかし、絶対に違うのだ、指揮官席の空気が、今までと。
「エンジェル隊の補給終わりました」
「各員、4番機を先頭に左右に展開。
敵を射程に捉えるまで4番機と速度を合わせろ。
目標は全員敵方中央の機体。
1機に一斉射撃を叩き込め」
『了解』
エンジェル隊は、通信越しである為か、全員平静だった。
いや、通信越しでも伝わっているだろうが、仮にも軍人である為、それくらいの対応はできている。
それよりも、エンジェル隊内で気になったのは、4番機からもあくまで静かな返答しか出ていない事だ。
先ほど、タクトと一緒にヘルハウンズの名に反応していたのに。
『さて、では全員揃った事だし、挨拶と行こうか』
こちらが動き出した事で、敵側も動き出す。
恐らく、顔見せと挨拶のつもりだろう、冷たい笑みと共に軽い声が聞こえる。
「そうだね、これが最初で最後になると願って、挨拶をしようか。
フォルテ、そこからストライクバースト!」
『全砲門解放、ストライクバースト!』
互いに、相手を射程におさめたかというギリギリの距離。
そこでタクトはフォルテに対して全弾発射を命じた。
『おっとっ!』
全弾発射という広範囲をカバーする派手な攻撃だが、距離がある為に敵も散開して回避にでる。
ある程度余裕を持って回避されてしまうだろう。
だが、
「ランファ、速度補正+2.0でアンカークロー発射!
ミルフィー、ヴァニラは全速で敵機に接近、近距離レーザー砲!
ミント、フライヤーで追撃! フォルテは補給に戻れ!」
『了解!』
「ランファ、発射後、旋回し、7時方向へ全速移動。
ミルフィー、ヴァニラは、敵とすれ違った後はそのまま前進。
ミントはフライヤーで追いつつ4時方向へ移動」
矢次に出されるタクトからの指令。
相手の回避行動から次の司令を即座に出すタクト。
そして、その司令を実現するエンジェル隊。
『まさか、狙いを私1人に絞るか!』
エンジェル隊全機からの集中砲火だ。
ストライクバーストの爆炎が消え間に打ち込まれたアンカークロー。
それは回避した。
だが、続いて爆炎の中から現れた1番機と5番機。
その2機が発射するレーザーの雨は回避しきれず、ほぼ全弾着弾する。
更に、旋回した先にフライヤーが待ち構えてる。
『くっ! 流石に……だがっ!』
『奇策のつもりだろうけど、甘いぜ!』
『俺達を無視するたぁ、いい度胸だ!』
『今度はこちらから』
『背後、取った』
他の4機は黙っていた訳では無い。
半ば狙っていた1機を囮にする様に、それぞれエンジェル隊の背後をとっていた。
「4番機以外急旋回! 指示したポイントへ全速移動!」
タクトが次ぎに出したのは逃げる指示だ。
何故なら、
「フォルテ、ストライクバースト!」
『了解、2発目だ、ストライクバースト!』
補給を終えたフォルテが、即座にまた全砲門を開く。
勿論、ちゃんと位置取りをしていない為、乱射に近い形だ。
しかし、更に、
「エルシオール全砲門解放、全弾一斉発射」
エルシオールの全弾発射も付け加われば、その宙域はまさに火の海。
事前にそう言う位置へと移動させ、退避を命じたエンジェル隊はギリギリ逃げたが、ヘルハウンズ隊は回避しきれないだろう。
「エルシオール、全速前進。
エンジェル隊も全機続け」
『了解』
周囲を火の海にしておきながら、タクトはその火の海を横目に全速で通り過ぎる。
半ば逃げる形であるが、ヘルハウンズ隊も追う事はできず、タクト達エルシオールは無事、この宙域を離脱した。
ミサイルとビームによる火の海が消え、静けさの戻った宇宙。
そこで、ダメージを負った戦闘機の中、青年は呟いた。
「逃げられたか。
まあ、こちらも流石に追える状態ではないが」
ヘルハウンズ隊の1人、カミュは、エルシオールと、エンジェル隊1番機を見送る。
『おいおい、なんなんだ、さっきのは』
『してやられた、って感じだな』
不満を隠さないギネスと、もう1人の少年、リセルヴァ・キアンティも怒りを隠しきれてない様子だ。
カミュ以外がほぼ無視される形となり、ミサイルとビームのばら撒かれて逃げられたのだ、不満に思うのは当然だろう。
『ち、つまんねぇの、結局まともに文句も言えなかったし。
顔見せっても、兄貴達はいいけど、おいら達はエンジェル隊のやつらと全く顔突き合せられなかったぜ』
一番年少と思われるメガネの少年、ベルモット・マティンは、見た目通りの精神年齢なのか、不満の方向性がやや違う感じだ。
『しかし、いい判断だった』
その中で、左目に傷を持つ青年、通称レッド・アイはエルシオールの行動を評価してい様子である。
カミュの下に、全員の感想が届いた。
あのミサイルとビームの海の中、集中砲火を受けていたカミュすら無事で、他の機体も対した損傷なく宇宙を飛んでいた。
「まあ、いいじゃないか。
どの道彼等とはまた会う事になる。
また、必ずね」
不敵な笑みを見せるカミュ。
キザ、といえばそれまでだろうが、それだけでは済まされない深い冷たさがそこにはあった。
30分後、ヘルハウンズ隊を完全に振り切り、周囲に敵影もなくなった。
エンジェル隊も全機回収し、いちどブリッジに集まる事となった。
「タクトさん、なんかクロノ・ドライブ中に事件があったって本当ですか?」
ブリッジに入ってくるなり、今回蚊帳の外になっていたミルフィーが尋ねてくる。
何かあったことは既にエンジェル隊の仲間から聞いているのだろう。
「ああ、敵の偵察用プローブに侵入されていてね。
その駆除があったんだ」
「どうして私は呼んでくれなかったんですか?」
「今回は、何処で聞き耳立てられているか解らないかったからね。
こちらがどういう捜査をしているか知られない為に、ランファにも詳細を伝えないまま調査に協力してもらったくらいだし。
それに、エンジェル隊が全員動いているとなると、流石に警戒されるだろうから、1人くらい、部屋でいつもの行動をとっている者がのが丁度よかったんだよ。
のけ者にしたんじゃないよ」
「そうなんですか」
タクトの説明でもミルフィーユはまだ少し悲しげだ。
のけ者にされた、と言うより、役に立てなかった事が悲しいのだろう。
「ところで、部屋でお菓子を作ってたんだって?」
「あ、はい。
雑誌にのってたお菓子を」
「それ、俺達にも味見させてよ」
「はい、勿論。
その為に作りましたから」
そんな会話で、ちょっとはミルフィーユにも笑顔が戻った。
そして、そんな事をしている内に、ブリッジには主要メンバーが揃っていた。
「さて、じゃあ今回の事件詳細を説明しよう」
ブリッジに集まったのは、エンジェル隊とケーラ、クロミエ、整備班からクレータが出席している。
詳細説明という意味では、シヴァ皇子にも必要なのだが、後で文書と合わせて報告するつもりでいる。
「今回の事件、敵偵察用プローブの侵入事件だが、発端はクロノ・ドライブ前の奇襲だ。
あの時撃たれたミサイルは、プローブが搭載されており、元々爆発しないミサイルが混じってたものと思われる。
運悪く、迎撃ではプローブが入ったミサイルを撃ち落せなかった訳だ。
いや、元々爆発しないミサイルなら、誘爆させられないから、残ったのは必然だったのかもしれないな」
今回の件ではむしろ、迎撃方法の問題で、見抜けなかったというのがあるだろう。
爆風による盾を敷いたという、やや不確実な迎撃手段では、信管が壊れて、たまたま不発だった可能性が考えられてしまう。
単に多数のミサイルの中に1発不発弾が混じっている確率よりも、遥かに考えやすい事だ。
「で、俺とフォルテはミサイルを怪しいと考えたけど、何の確証も得られなかった。
けど、そこで最初に聞いたのはケーラ先生が、俺を倉庫で見つけたという話だ」
「あら、それが最初だったの? なら話しておいてよかったわ」
尚、目撃された倉庫の調査も実施している。
偵察用プローブなので、機関室の制圧とかなら兎も角、大丈夫だとは思うが、無視はできない。
偵察用故に、倉庫の大規模な破壊などはできないと思うが、現地調達でどうにでもなる問題だ。
余談ながら、この後、倉庫からプローブからデータを受信し、敵側へデータを送信していた機体が見つり、破壊している。
「更に、クロミエも俺を目撃したと証言してくれたので、俺は宇宙クジラに尋ねてみた。
宇宙クジラはそう言うのに敏感だからね。
詳しくは解らないが、何かに侵入されたと証言を得られた。
だから、俺はまず、レスターと連絡を取った。
ブリッジで調べて欲しい事があったからね」
「あの時の変な会話は暗号だったんですね」
「ああ、そっちでも聞こえてたのか。
まあね、レスターに伝わればいい、そんな即興の簡単な暗号さ」
「で、こっちでは一応艦内全域を調べていた。
セキュリティと通信がやや不安定だったのは、偵察用プローブがジャミングしていたかららしいな。
それを逆にとって、見つけられた訳だが」
因みに、レスターは、フォルテとミントとも連絡をとりあい、プローブ発見に尽力していた。
フォルテとミントとは即興の暗号は使えないので、伝えるのに苦労していた。
「レスターと連絡ととった後、ヴァニラへ紙に書いた指令書をナノマシンペットにくっつけて渡した。
さっきも言ったけど、相手は偵察用プローブで、何処で聞き耳を立てられているか解らない。
侵入がバレたと判断した時点で、とんでもない行動に出る可能性もあったから、慎重にならざるを得なかった。
悪いね、あんな形で突然命令を出して」
「いえ、仕事ですから」
「ヴァニラには、ナノマシンを使ってシヴァ皇子に化けてもらい、囮となってもらった。
あんなに精巧な変装ができるとは思ってなかったけど。
凄かったよ、ヴァニラ」
「いえ、ナノマシンを使えば可能な事です」
「いや、その腕が凄いのさ。
それと、囮にしてごめんな」
「仕事ですから」
そっけなく返すだけのヴァニラだが、それでも少しだけ言葉の端に感情の変化が見られる。
あまりに小さくて、それがどんな変化かもまだ見て取れる事はできないが、悪いものではないとタクトは思う。
「その後、俺はたまたま廊下で会ったランファと合流し、その後一緒に行動。
ランファがミントの居場所を知っていたので、ミントにも協力を要請した。
ミントにはテレパスを使って。
ミントにはテレパスで詳細を伝えられたから、ヴァニラの護衛をお願いした。
更にその後、射撃訓練所に居たフォルテにも協力を要請。
フォルテは元々怪しいと思っていたから、軽く言っただけで伝える事ができた」
「テレパスでって、あの時そんな事してたの?
アンタ、器用ね」
「ああ、結構大変だったよ。
上手く伝わってよかった。
ヴァニラを囮にしただけで、護衛もつけないんじゃ危ないだけだったからね」
「ちゃんと伝わりましたわ。
それにしても、私のテレパスをこんな事に利用なさるなんて、なかなか面白い試みでしたわ」
「ははは、ありがとう。
で、俺とランファはブリッジ方面に向かい、展望公園で偵察用プローブを発見、撃破した」
「殆ど同時だったみたいだよね、私が機関室前でプローブを捕まえたのは」
「こちらもですわね、居住区でヴァニラさんの囮に引っかかったプローブを破壊したのは」
機関室前で捕らえた1機は、艦の制圧の為だったのだが、実際にはエルシオールのセキュリティに阻まれ、制圧は不可能だったと思われる。
それでも、潜入され、物理的にアクセスされていたというのは大きく、危険だった事には変わりない。
制圧、までは不可能でも、大きくエルシオールの機能を妨害するくらいはできたのだから。
「ところで、こっちは銃一丁で苦労したんだけど、フォルテもミントも、よくあんないい武器もってたね」
と、一通り話し終えたところで、タクトは2人に尋ねてみる。
撃破の連絡の時、通信ウィンドウでも見たが、2人はプローブ、というか機械相手にするには都合の良い武装を持っていたのだ。
銃一丁のみで挑んだタクトが迂闊だっただけとも言えるが、一体何処から持ってきたのかが気になった。
「あら、あれくらい乙女の嗜みですわ。
ちょっと電圧を上げたスタンガンを投げただけですもの」
「アレは趣味で持ったものさ、実際使うとはあんまり思わなかったんだけどね」
と、さらっと、恐ろしい事を告げる2人。
ちょっと電圧を上げた、などといっているが、プローブが完全に破壊されるくらの電圧を出せるスタンガンなど、どう考えても過剰な危険武器だ。
それに、フォルテの使った電流の流れるネットにしても、市販品はありえないし、軍用でも見たことがないので、自作ではないかと思われる。
「ああ、そうなの……
まあ、ともあれ、無事侵入したプローブも破壊でき、戦闘にも勝利できてめでたしめでたしさ」
これで報告も終わりと、タクトはそう閉めようとした。
だが、そこでミルフィーユが控えめに聞いてきた。
「あの、ところで、ヘルハウンズ隊ってタクトさんとフォルテさんは知ってるんですか?」
あの時の2人の様子から、知っているだけではなく、何かがあるのは予想できる。
あまり聞かない方がいいのかもしれないが、敵として出てきた以上は、聞かなければならないだろう。
「ああ、ある方面では有名な傭兵団の名前さ。
実は軍とも何度か衝突していてね、それでもなお存続している恐ろしい部隊なんだ。
あんな改良された戦闘機まで所持しているし、規模も大きい。
ちょっと、今後厄介な事になりそうだ、とそう思ったのさ」
「そうですか」
簡単に説明するタクト。
その説明する様子はいつものタクトだと、そう誰もが思う。
しかし、同時に思っている。
何かを隠していると。
今何も喋っていないフォルテにしてもそうだろう。
「じゃあ、これにて解散。
皆、とりあえずはゆっくり休んでくれ。
あ、クレータ班長は、紋章機の整備をよろしくね」
「了解」
この場は解散となり、各自戻るべき場所に戻っていく。
そんな中、タクトは、フォルテを見ていた。
フォルテも一瞬だが、タクトの視線に答える用に、振り向いた。
ただ、それだけであるが、確かに2人の間で何かが交わされたのだ。
互いに、何の情報もだしていないのに、それでも、伝わる何かが。
解散後、ランファは真っ直ぐ自室へ戻っていた。
「はぁ……疲れた……」
事件の直後に戦闘をしたのもあるが、どちらかと言うと精神的に疲れていた。
今日はずっとタクトの事を意識しっぱなしだったからだ。
勿論、あの占いのせいだ。
「結局うやむやだったなぁ」
今日は妙にタクトと一緒に行動する事になる日だった。
それで何か解るかとも期待したのだが、事件だの戦闘だので、結局何も解らずじまいだ。
「運命、か……」
それはランファが好きな言葉の一つでもある。
実は、タクトが合流する前、自分でも占ってみたのだ。
ルフトから、新しい指揮官を迎えると聞いて、実際迎えに行くまでの時間に。
「運命の人、私の運命、皆の運命……」
結果としては、大凡ランファが待ち望んでいたものだった。
運命の人と出会い、運命的な出来事が起きる。
恋愛運でもそうだが、仕事運、つまり仲間達との今後も、また運命的な出来事が待ち構えていると、そう出た。
まあ、クーデターに巻き込まれ、最後の皇族を護送している時点で、大分運命的な出来事の渦中であるから、そちらはあまり驚かなかった。
しかし、何故か、その時は、最後の皇族、シヴァ皇子の護送なんて始まりに過ぎないと、思えてならなかった。
クーデターの事よりも、もっと先があるのではないかと。
「私の未来……」
不安は当然ある。
しかし、同時に期待もある。
恐らく、もうあの頃には戻れない。
白き月で、ロストテクノロジーを探す、そんな日々は。
軍に入ったのに、あんな仕事をするとは思わなかったが、アレはアレで楽しい日々だった。
平和が戻っても、もうその仕事には戻らないと、そう思っている。
「私は……」
この先に何が起こるのか、それを考え、そのままランファは眠ってしまった。
占いを見たことで、余計な事を考えてしまった事と、2度の戦闘、事件と、疲労もピークだった。
占いとはもとより、未来への不安を少しでも和らげるためのもの。
皮肉にも、その占いによって、余計未来の事を考えなくてはならなくなったのだ。
ランファは、夢の中で、夢に見て来たことを考え直す。
自分は、一体この先に何を望んでいるのかを。
ただ、ランファは今日1つ見落とした事がある。
今日ランファが見ていた占いのコーナー。
ランファが見たのは恋愛の部分だけだったが、総合運の欄も存在する。
その項目には、占いの中でも、特に細かく分類されている、エンジェル隊のメンバー、その全員、実は同じ様な内容が書かれていたのだ。
曰く、運命は、既に動き出している、と。
それが何を意味するのか、どういう結果を齎すのかは、月の女神も知る事はできない。
後書き
ギャラクシーエンジェルSSの3話をお届けしましたー。
って、一体何ヶ月ぶりでしょうか? 前回の投稿日を見るのが怖いです……
申し訳ないです、ちょっといろいろあって、執筆できない日々が続いていました。
物理的な時間はあるのに、疲労からか書けなくなったのは始めての経験でした……
おまけに、暫く書いてなかったせいか、これ1話を完成させるのにもずいぶんと時間が掛かりました。
ただでさえ、書くの遅くて、腕前自体低いのに、鈍ったらどうしようもないんですがねぇ。
ともあれ、もう回復しましたので、執筆のペースも大体戻ると思います。
次ぎは多少遅れるかもしれませんが、必ず書きますので。
では、また次回でお会いできればとおもいます〜。
管理人のコメント
3話です、今回も長くて良い事良い事。
やはり孤立無援で行動すると細々とした物資が大変ですよね。
普通なら定期的に補給するものですが、未だに敵勢力下なのでそれも無理ですし。
安全確認が完全じゃない時に補給してたら、停留中にズドンとかやられちゃいますし。
そしてエンジェル隊のライバルであるヘルハウンズの面々も登場。
女性オンリーに対抗してか男オンリーの部隊ですが、1人か2人くらい女性もいればよかったのに……。
まぁ後々を考えればこれで良いとは言えるのですが。
彼女らのライバルが出てきたので、タクトのライバルにも期待ですな。
そして随所に垣間見えるヘレスさんの存在感。
なんか知ってそうなタクトとの間に何か関係はあるんだろうか?
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