二つの月と星達の戦記

第5話 傷だらけの翼

 

 

 

 

 

 補給から50時間後。

 比較的平和な航行が続く中、エルシオール内部では人が忙しなく働いていた。

 内部だけでなく、戦闘がない時間は外部でも忙しいのだが、それは今はおいておこう。

 忙しいのは特に整備班。

 本来紋章機を整備をする筈の人員が、何故かエルシオール内部の通路の床や天上のパネルを外して作業を行っていた。

 当然これは理由がある事で、上からの命令で行われている事だ。

 しかし、誰も、何をやっているかは知らない。

 整備班がやっているのだからなんらかの整備だろうと、そう思っている程度だ。

 

 それは整備とは大きくかけ離れた事であると、気付く者はいない。

 整備班にタクトとレスター、それとフォルテが混じっている事にすら気に留めたものはいなかった。

 

「これで、こちらの設置は完了。

 順調ね」

 

 床下から出てきたクレータ整備班長。

 パネルを戻し、工事中の標識を外し、そこを何の変哲も無い通路に戻す。

 そしてPDAで全体の進行状況を確認する。

 司令官、タクト・マイヤーズから提案され、整備班と共同で計画した、ある仕掛けの設置状況だ。

 良い材料が手に入った事で、進行は予定通りに行われている。

 むしろ、予定より早いくらいである。

 

「これも、全てこれのお陰ね」

 

 そう呟いてクレータが見るのは、何かの設計書。

 素人が見ても何かはさっぱり解らないだろうが、それはこのエルシオールの設計書だ。

 詳細な情報が書き込まれ、何が何処でどうなっているかが解る。

 

「でも―――」

 

 クレータは考えてしまう。

 随分安請け合いをしてしまった、この計画。

 それを可能としたこの設計書。

 これは失われた、もしくは未だ白き月の奥深くで眠っているとされている、『超』が付くほどの貴重且つ極秘とされる筈の資料だ。

 なにせこれは、エルシオールが発見された後で書いた物ではなく、エルシオールを作った人が残した本物の設計書、その直接のコピーなのだから。

 

 儀礼艦エルシオール―――

 10年ほど前に、白き月の奥で簡単な仕様書と共に発見されたとされている戦艦。

 同時に発見された紋章機の母艦として運用する事を想定されたものである、とクレータは聞いている。

 白き月は、管理者である月の聖母シャトヤーンですら解っていない事が多く、未だに眠っている機構、眠っている技術があるとされている。

 その中で発見された戦艦であり、これもまたロストテクノロジーの塊であった。

 だが、使い方と整備の仕方の資料はあったが、細かい設計書や目的を記す資料がなく、大事な部分の情報が欠落していた。

 その為、このエルシオールも、実はまだ解っていない部分、整備している整備班でも触れられない、所謂ブラックボックスが多々存在する。

 クレータが知っている、エルシオールが発見された後に解析した事で書かれた設計書は、黒く塗りつぶされた場所だらけの物。

 少なくともその設計書だけでは、エルシオールを複製する事はおろか、似たようなスペックを持つ船を作る事すら不可能なレベルだった。

 優秀な戦艦であるエルシオールが、今まで儀礼艦としてしか使われていなかったのには、そう言った理由もある。

 

 そんな、今でも尚謎とされている筈の情報の一部を、タクトは持ってきた。

 辺境の守備隊の司令官で、階級を見ても大佐でしかないタクトが、直接整備する整備班でも知らない様な、このエルシオールの機密情報を持っていたのだ。

 もしかしたらルフトがシャトヤーンから貰い受けており、それを受け継いだ、とも考えたが、あの脱出の場面でシャトヤーンがクレータにではなくルフトに渡した理由が考え付かない。

 確かに権限のある人でなければ取り扱えない重要機密ではあるが、シャトヤーンが軍人にこの機密を渡す理由もない筈なのだ。

 少なくとも、クレータが知りうる限りでは。

 

 ならば、何故タクトがこんなものを持っていたのか。

 思考は延々と続いてしまう。

 

「そっちはどうだい?」

 

 と、そこで声を掛けられ、クレータは慌ててPDAの画面を切り替えた。

 同時に振り向くと、一応今見ていた画面を知られても問題のない人物である事が解り、今の自分の動作を、むしろ挙動不審だったと考えてしまう。

 やってきた人物、それはフォルテだ。

 

「フォルテさん。

 ええ、こちらは順調ですよ。

 そちらの製作はどうですか?」

 

「ああ、全て終わったよ」

 

 フォルテも、この計画において重要な役割を持っている人物だ。

 先ほどまで、格納庫の機材を使ってある物を作っていた。

 この計画において、重要な物を。

 

 先ほどまで格納庫の製作室に篭っていたフォルテは、若干疲れている様に見える。

 ただ、その疲れというのは肉体的なものだけではないと、クレータは考えている。

 何せ、フォルテが作ったものは―――

 

「初めて作ったものだけど、テストもしてあるから問題ないよ。

 誤作動だけはしない様に何重にもプロテクトもしてあるし。

 厳重すぎて、発動すべき時に不発になるんじゃないかと思うくらいさ」

 

「それも仕方ありません。

 仕掛ける場所が場所ですし」

 

「ああ。

 タクトとしても1つ動けばいいと思ってるくらいだしね。

 兎も角、設置は頼んだよ」

 

「お任せください」

 

 フォルテが作成した物は、既に他の整備班が運搬し、設置に掛っている。

 下準備はもう終えているので、これを設置すればこの計画は完了となる。

 この計画の必要性は、クレータもフォルテも理解している。

 フォルテならば、クレータよりも必要性は感じているだろう。

 しかし、クレータはやはり納得しきれないところもある。

 同時に、この計画は発動しなければ良いと願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に1時間後、ブリッジ。

 今エルシオールは、小惑星の影に隠れている。

 近くを敵艦が移動しているのだ。

 しかし、敵艦はエルシオールに気づく事なく、別の方向へと移動して行く。

 

 いや、正確にはエルシオールに気付き、エルシオールを追っているつもりなのだ。

 

「いやー、ホント便利だな、このデコイ。

 また買おう」

 

「ああ。

 逃げ回る、なんて事を常に考えるのは軍にとってはちょっとアレだが、一つくらい常備しててもいいよな。

 暇を見て上層部への提案書を書いておこう」

 

 無人哨戒機からの情報で進路上に敵が居る事を察知したエルシオールは、一度敵のレーダー範囲のギリギリの位置に入りわざと発見された。

 その後、先日ブラマンシュ社から購入したデコイを射出、エルシオールは小惑星の影に隠れ、敵をやり過ごしたのだ。

 そのデコイというのは、本来なら対宇宙海賊用として商船などが使うもの。

 格納時は3m四方のコンテナ1個程の大きさで、展開すれば並の戦艦くらいの大きさまで偽装できるものである。

 しかもナノマシンを利用し、あらゆる外観とレーダー反応、更に熱量、音波も再現してくれるという優れものだ。

 その分値段は高かったものの、それで一回の戦闘が回避できるのなら、ミサイルなどの必要費用から考えても格段に安い。

 因みに、このままデコイが別の部隊に見つからない限り、5時間程デコイとしての機能を維持し、その後自爆(周囲への影響の無い)する様に設定している。

 尚、味方が見つけた場合は事前に知らせるべき識別を出せていないが、この宙域ならば味方が居るとはほぼ考えられない為、今回は無視している。

 

『普通なら、敵の数を減らすと言う意味があるから、戦うかどうかは迷うところだけど。

 敵が無尽蔵としか思えない無人艦隊じゃねぇ』

 

『こちらの被害を0にできるのは良い事です』

 

 タクトとレスターの声が通信に入ったらしく、格納庫の紋章機で待機しているフォルテとヴァニラからそんな意見も上がってくる。

 デコイを使う事は待機前に通達しているが、それでもデコイが絶対とは言えない為の待機だ。

 既に一度使用し、信頼できるとしていても、用心する事に越した事はない。

 

「あ、皆、そろそろいいよ。

 エルシオールは後1時間程周囲警戒しつつ、この位置で隠れてるけど、戦闘待機は解除する」

 

『了解』

 

 とりあえず敵はエルシオールのレーダーからも外れ、見えなくなった。

 ひとまず安全になったという事で、艦全体の警戒も解除する。

 

「タクト、残っているデコイは後一つだぞ」

 

「ああ、解ってる。

 こんなに便利なら後2、3個買っておくべきだったが、まあ、今言っても仕方ない。

 次の使用は慎重に考えないとな」

 

 エンジェル隊が紋章機から降り、且つ通信もカットした事を確認した後、レスターとタクトはそんな会話をしていた。

 避けられる戦闘は後1度。

 補給をしたとはいえ、弾薬が有限な事に変わりは無い。

 ここからこそ、指揮官の真価が問われる事になるだろう。

 指揮官として、使える手段は前よりも圧倒的に増えているのだから。

 

「ところで、外装の改修状況は?」

 

「そっちは80%完了。

 後半日で何とかなるだろう。

 テストを含めてな」

 

「そうか」

 

 その手段の一つ、追加装甲と追加武装。

 ブラマンシュ社から購入した汎用性が高く、後付できる装備を、現在急ピッチで設置中である。

 今まで2回の戦闘をデコイを使って逃げたのは、こんな状況だったからというのがある。

 勿論、中断して戦闘もできる状況にはしているが、できればまだこの姿は見られない方が良いだろう。

 

 尚、追加された装備は全て外付け、後付できる物。

 なにせ、このエルシオールは下手に内部を弄れない為、ドッグを使用できない、航行しながらの急な改修という理由以上に、そう言う手段を使わざるを得ない。

 それでいて貧弱な火力と装甲を補う為、かなりの数と種類の外付け装備を施しているので、外観としてはかなり不恰好になってしまう。

 それも考えて、塗装やあまり意味の無い装甲も装着し、外観も保とうとしている。

 逃亡の最中とはいえ、ムーンエンジェル隊を伴い、最後の皇族が乗る艦が不恰好では何かと問題があると思われるからだ。

 とは言え、半分はこのエルシオールを整備している整備班の趣味の問題だったりする。

 タクトやレスターもそれを考えてはいたが、実際に言い出したのは整備班の方で、かなり強行に外観用装甲の設置を申し出てきた。

 因みに、その設置がなければ、後10時間は早く終わった筈だった。

 

 尤もタクトとしては、そのあまり意味のない装甲も使い方次第だと思っているので、その10時間を無駄だとはまったく思っていない。

 

「装備の使用方法は大丈夫だよね?」

 

「はい、問題ありません。

 既にマニュアルは頭に入れました」

 

 タクトが問いかけると、ブリッジからはっきりとした回答が返って来る。

 今まで戦闘も隠れるだけだったのもあり、ブリッジメンバーには割りと余裕もあったからだろうが、もとよりロストテクノロジーを扱う優秀なスタッフだ。

 汎用の外付け装備の扱いなどお手の物だろう。

 

「いい返事だ。

 じゃ、俺の方もがんばるとしますか。

 と言う訳で、1時間程行ってくるよ」

 

「ああ、行ってこい」

 

 とりあえず敵は去ったという事で、ブリッジを出るタクト。

 タクト本来の仕事、と言うのもあるが、今は別の仕事の為に出る。

 指揮官として、エルシオールに施している、もう一つの装備の確認の為に。

 

 

 

 

 

 ブリッジを出たタクトが先ず訪れたのは展望公園。

 ブリッジから近い場所というのもあるが、ここに、タクトがチェックしなければならない物がある。

 

「順調みたいだな」

 

 展望公園の端、木々や草花で覆われ、映像とはいえ空の見えるこの場所で見える、艦内である証たる外壁。

 そのある場所、あるパネルの前でタクトは小さな紙切れを見ていた。

 鍵の付いたパネルの中から取り出した紙で、何か文章が書かれている。

 しかし、タクトはそれを見終わると、手持ちのレーザー銃を最小出力で発射し、紙を燃やしてしまう。

 

「さて……と?」

 

 この場所のチェックは終わったので、次の場所に移動しようとした時だ。

 タクトの視界の端にピンクの髪が映った。

 展望公園に入った時ざっとエンジェル隊のメンバーがいない事は確認したが、その髪はミルフィーユに間違いない。

 

「なにやってるんだ?」

 

 その見える髪の位置がどうもおかしい。

 高さが低く、かがんでいる状態と思われる。

 タクトはそんな疑問を抱きながら近づいていく。

 

「ミルフィー」

 

「あ、タクトさん」

 

 ある程度近づいて声を掛けると、ミルフィーユが顔を上げる。

 やはり屈んでいた状態だったらし。

 それに、よく見るとミルフィーユはところどころ土で汚れていた。

 

「草花の世話かい?」

 

 土いじりをしていたのは間違いない。

 ミルフィーユの性格も考えると、草花の世話なんかをしていてもおかしくはない。

 実際には展望公園の維持担当は別に部署があるが、手伝いを申し出ている可能性は十分に考えられる事だ。

 

「いえ、今日は違います。

 草花には違いないんですけど」

 

「一体なにを?

 ん? それは……お、宇宙トマトの苗か」

 

 更に近づいてみると、ミルフィーユが植えていた植物が見えてくる。

 タクトも実物を見たことは2度くらいしかないが、しかし、既に小さな青いが実が見える為に解る。

 確かに草花には違いなく、しかし、花とは違うもの。

 小さな菜園がそこにあった。

 

「はい。

 この前の補給の時に苗と種を取り寄せたんです。

 それで公園の一角を借りて、まだ植えたばかりですけど」

 

「そうだったのか。

 見事な菜園だね。

 これなら公園としての景観にも、むしろ貢献しているくらいだ」

 

「いえ、そんな。

 ありがとうございます」

 

 心を和ます為の展望公園。

 景観が命とも言えるが、その一角にある畑は、むしろその心を和ませる役割を果たしているとタクトは思う。

 この時代、本物の農場など、映像や記録でしか見た事がない人も多かろう。

 プラントで作られる野菜、工場で作られる合成食料がむしろメインとすら言えるこの世の中だ、本来在るべき形で栽培される食物は、人々に大地での生活を思い返させる。

 

「でもこの公園の土は良くできていますから、私は殆ど世話をしなくても育ってくれると思います」

 

「そう言えば、この公園のシステムは一応艦内にあったものを使ってるんだっけか」

 

「はい。

 きっと、この船を作った人達も、この展望公園みたいな場所を必要としていたんですね」

 

「そうだね」

 

 資料によれば、クジラルームの『海』は兎も角、エルシオールには元々動植物を住まわせる為に作ったと考えられる設備が搭載されていた。

 食料の自給自足であれば、あくまで艦としての広さしかないのだから、効率を考えてのプラントとなる筈だが、その設備は違った。

 設備は、移動したり、拡張したりでそのまま使っていないのだが、しかし、恐らくは望まれた形での使われ方をしている。

 

「おっと、邪魔しちゃったね。

 あと、ごめん、まだ行かなきゃならない場所があるから手伝えないんだ。

 土いじりってのはちょっとやってみたいんだけど」

 

「いえ、気にしないでください。

 私が好きでやっているので。

 タクトさんもお仕事がんばってくださいね」

 

「ああ」

 

 タクトは、本当に昔を懐かしみつつミルフィーユを手伝いたい気持ちなのだが、今はできない。

 ミルフィーユの傍にある資材、苗、種の数を見ると、1時間で済む話ではなさそうだ。

 おそらく、補給の後、戦闘とその他の仕事の合間に少しずつ進めてきたのだろう。

 なればこそ手伝いたいのであるが、今タクトには別に優先すべき仕事がある。

 惜しみつつも、タクトはその場から移動した。

 

 

 

 

 

 次にタクトが訪れたのはクジラルームだ。

 宇宙クジラに直接会い、少し話をした。

 先日のプローブの件以来、宇宙クジラも重要な情報源となりつつある。

 人間にも、人間の作った機械にも無い特殊な感覚で現状を見ている宇宙クジラは、危険を察知するのに大いに役立つだろう。

 シャトヤーンがそれを考えて乗せたとは考えにくいが、現状ではそれを利用しなくてはならない。

 幸い、宇宙クジラはタクトの事を気に入ってくれているらしく、とても協力的だ。

 何かお礼ができればと考えているが、とりあえず、今はこの戦争に勝つ事を最優先としている。

 翻訳のクロミエにも、気遣いと言う意味も含め、いろいろと苦労掛ける事になるから、こちらは同じ人間として、戦後に報酬を上乗せしておこうと考えている。

 

 そうして、宇宙クジラとの数分の会話が終わった。

 その後だ。

 

「あ、そうだ。

 今ヴァニラさんが来てますよ」

 

「え? 何処に?」

 

「こちらです」

 

 クロミエに案内され、移動したのはクジラルームの管理室に隣接する温室だった。

 そこでは様々な植物と、小動物が飼育されている。

 資料によれば、この温室も元々備え付けられていたもので、この温室の植物はこのエルシオール内で保存されていた物らしい。

 ノアの箱舟ではないが、種の保存という意味も兼ねていたのかもしれない。

 実際この場所で見つかった植物は、現在のトランスバース皇国が知りうる限りの範囲では、見つかっていない物もあったらしい。

 その為、今では人の手も加えて、万全の管理体制が敷かれている。

 小動物は、少しでも自然の状態に近づける為に放されている、という部分もあるが、実は、大部分はクロミエの先任者の趣味だったらしい。

 虫の役割は専用ナノマシンに任せて、外見の可愛い小動物ばかり居るあたりがその証拠である。

 

「やあ、ヴァニラ」

 

「タクトさん」

 

 そんな温室に、ヴァニラは居た。

 丁度、宇宙ウサギのエサの時間だったらしく、可愛らしい宇宙ウサギがエサを食べているのをヴァニラはじっと見ていた。

 

「この温室の管理も僕の仕事なんですが、ヴァニラさんにはよく手伝っていただいています」

 

「そうなんだ。

 ヴァニラ、もしかして動物が好きかい?」

 

 ヴァニラはよく自分の管轄ではない仕事も手伝っている。

 それは医療関係から整備までだ。

 だが、その中で、この仕事、動物の世話は意味が違っている気がする。

 思えば、ヴァニラがナノマシンに持たせている形も小動物だ。

 

「え? ……はい」

 

「そうか」

 

 タクトの問いに少し戸惑ってから答えるヴァニラ。

 相変わらず無表情で、その感情は読み辛い。

 しかし、感情が無いという事はなく、ただ表現の仕方を知らないだけだと思われる。

 

「そうだ、平和になったら出かけようって前に言ったけど、動物園なんてどうだろう?

 ここでも小動物と触れ合えるが、映像でしか見たことのない動物を直接見てみるのもいいと思うんだ」

 

「それは……」

 

「返事は直ぐでなくてもいいよ。

 でも、戦いが終わったら、その時は聞かせて欲しい」

 

「……はい、解りました」

 

 また戸惑っているヴァニラ。

 そんなヴァニラの頭を軽く撫でるタクト。

 そんな姿を他者が見たらどう思うだろうか。

 クロミエの場合は、『妹の様に可愛がっているのか、口説いているのかなかなか難しいところですね』などと思っていたりするのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 クジラルームを出たタクトは、医務室前までヴァニラと一緒に移動した後、格納庫へと向かった。

 

「クレータ班長は?」

 

 入って直ぐ手近な整備員に尋ねると、奥に居るという話を聞いてそちらまで移動する。

 移動した先は、ヴァニラでも滅多に近づかない、部品を調整の為に削ったり、材料から部品を作り上げる為に使う製作室だ。

 現在作製は行われておらず、数名の整備員とクレータ班長、そしてフォルテで、ある作業の最終チェックを行っていた。

 

「やあ、皆。

 もしかして、丁度いいタイミングだったかな?」

 

 こんな場所で、フォルテも交えてしているチェック作業は、現状一つしかない。

 タクトが依頼し、このエルシオールの内部に施している、ある仕掛けの最終チェックだ。

 

「はい。

 今、全ての作業が終了し、動作チェックをしているところです」

 

「戦闘がなかったからね、予定より早く終わったよ」

 

 やはり、戦闘を回避できたとうのは大きかったらしい。

 整備員とフォルテの疲労も、タクトが予想していたよりは軽い。

 

「そうだね」

 

 とはいえ、全員疲労しているのは見て解る。

 普段やらないような作業をした事による、肉体的疲労よりも、その作業内容による精神的疲労だ。

 現状は、戦闘がなかった事で整備班には若干の余裕があるから、整備班は大丈夫だろう。

 しかし、精神状態こそ戦闘力だと言える紋章機のパイロットたるフォルテはそうもいかない。

 とはいえ、彼女はエンジェル隊の中でも軍人らしい軍人であるから、自己管理の領分として、タクトが何もしなくても回復させるだろう。

 

「これが、仕様書です」

 

「ああ、ありがとう」

 

 最終チェックを行う傍らで、タクトは渡された仕様書を確認する。

 最終チェックは問題なく行われ、仕様書の変更もなく、これが完成した仕様書となる。

 

「もう一つの方も完成しているのか」

 

 タクトが受け取った仕様書には、もう一つの計画の方の報告書も混じっていた。

 本来は別々の計画だったが、開始が同時だった為、同じ計画として扱われている。

 

「はい。

 平行して作業していましたので、既に完成しています。

 とは言え、やはり常設はできない為、使用時には設置まで1分ほど時間をいただく事になりますが」

 

「ああ、十分だよ。

 訓練は?」

 

「シミュレーターで行う予定になってる。

 プログラムもできた所だから、これから全員でやる事になる」

 

「解った、頼むよ」

 

 一通り仕様書をチェックするタクト。

 タクトが見て、問題点は見当たらなかった。

 

「皆、ご苦労様。

 本来なら要らぬ苦労をかけてしまった。

 そして、完成させてくれてありがとう」

 

「いえ、必要である事は私達も認識していますから」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。

 報酬は、この戦いが終わったら、必ず」

 

「はい、楽しみにしています」

 

 精神的な疲労を重ねた整備班も、例の報酬の話をすると、少しだけ笑みを取り戻す。

 それでも、完全に笑えないのは、やはりこの作業のせいだろう。

 だが、既に新しい絆を得た整備班なら、時間と共に回復してくれる事とタクトは判断している。

 

「フォルテも、かなり苦労を掛けたね。

 この分はかならず、何かで返すよ」

 

「まずはこの戦いの中で勝ち進む指揮で示してくれればいいさ、司令官殿」

 

「勿論さ」

 

 その後、タクトは仕様書を紙にコピーし、配布する分を用意する。

 エンジェル隊の分と、タクトとレスター用、それと後一つ。

 

「ところでマイヤーズ司令、この仕掛けを施す為に頂いた、エルシオールの設計書はどうしますか?」

 

 当然破棄するものとして、クレータは確認している。

 一部とはいえ、エルシオールの設計書など、危険極まりないものだ。

 もし、敵にでも渡ったら、この船は終わりと言ってもいい。

 

「クレータ班長のもの以外は破棄。

 クレータ班長は、厳重に保管してくれ。

 次使う様な場合は、それじゃ足りないから、それをもう一度使う事は無いと思うが、念の為に」

 

「つまり、マイヤーズ司令は、やはり原書をそのままお持ちであると?」

 

「すまん、その質問には答えられないよ」

 

「失礼しました」

 

「いや、すまないね。

 もう少しだけ、待ってくれ。

 できれば、使いたくない手札でもある」

 

「それは……私にも理解できます」

 

 失われているか、未だに発見されていないとされている設計書だ。

 それが既にあり、しかし隠されていたとなれば、何らかの理由がある事は明白。

 そしてロストテクノロジーとなれば、扱い方次第ではどれほど危険になるかなど、クレータが知らない筈もない。

 クレータは整備班の班長として、技術者として、設計書を見たいという思いと、且つ、人として、これ以上の設計書を見ることがない様にと、矛盾した事を願うのだった。

 

「じゃあ、俺はちょっとこれを必要な人に配布してくるよ」

 

「私は手伝わなくていいのかい?」

 

「いや、俺1人でやるよ」

 

「じゃあ、任せるよ」

 

「ああ」

 

 タクトはフォルテの申し出を断った。

 疲労したフォルテを休ませるという意味もあるが、これは半ば汚れ役。

 しかし、司令官が直接やらなければならない仕事でもある。

 フォルテへのフォローは今はする時ではないと、それ以上の言葉はなくタクトは格納庫を出る。

 

 

 

 

 

 次にタクトが移動した先は、格納庫からも近いトレーニングルーム。

 案の定というか、一日一度は必ず訪れているのだろう、ランファがトレーニングに励んでいた。

 

「やあ、ランファ。

 あー、がんばってるね」

 

「あら、タクト。

 もしかして、今、前にジジくさいって言った言葉を引っ込めたの?」

 

「正解。

 そんなにジジくさい?」

 

「ジジくさいわよ」

 

 ジジくさい、といわれているのは『精が出るね』という言葉だ。

 苦笑して誤魔化すタクトだが、実は内心結構ショックを受けている。

 まあ、タクトは今年で26と、20台後半に入ってしまったが、それでもまだ20台。

 ジジくさい、などと言われて気にならない筈もない。

 と、それは追々考えるとして、今はちゃんと用があってここへ着ている。

 

「ランファ、悪いんだけど、組手に付き合ってくれないか?」

 

「いいわよ。

 アンタとなら、実戦に近い感覚でできるし」

 

 実にあっさり、ランファはタクトの要求を受け入れた。

 ランファとしても、それが良いと判断しての事だ。

 前回こそ、大きな戦闘は無かったが、その前、あのヘルハウンズと戦って以降、ランファはいろいろ考えいていたのだ。

 紋章機という、宇宙最強と言って良い筈の機体に乗りながら、同じ戦闘機での勝負で、対等か、それ以下の結果しか出せなかった。

 自分は未熟だと常々考え鍛錬を怠っていないランファだが、だからこそ、何か普段とは違う修練が必要だと思っている。

 例えば、戦闘機での戦闘とは大きく違っていても、実戦に限りなく近い恐怖を持てるタクトとの組手などだ。

 

 タクトにしても、ランファの為というのもある。

 戦闘機乗りとしての訓練はシミュレーターでの戦闘訓練もしているが、所詮シミュレーターはシミュレーターだ。

 無人機相手ならそれでもいいだろうが、人の乗った戦闘機が出てきた以上、それだけでは足りなくなる。

 ランファならば、こうして身体を動かす事で何か掴む事もできるだろうと、組手の相手を頼んだ。

 同時に、ランファレベルの相手と組手をすることで、タクト自身の体の鈍りを無くすのも目的である。

 

 20分ほど、スポーツウェアのランファと、軍服のままのタクトによる組手が行われた。

 この間、見学していたのが女性クルーしかいなかったのが幸いする様なハプニングもあったりした。

 今回はちゃんと柔道場の様な別の部屋で組手を行ったのだが、一部の壁がガラスで、中の様子は外からもまる見えな部屋だった。

 そもそも隠すという意味がないので普段は問題にはならないのだが、組手をしている2人と、その組手のやりかたに問題があった。

 具体的に言うと、薄いスポーツウェアが服としての機能を果たせなくなるほどボロボロになり、スポーツ用の下着までズレでモロに見えてしまったとか。

 ただ、組手中は、周囲のクルーが『アレは目がイッてた』とか『アレが軍人なんですね』とか感想を漏らすくらい、2人とも真剣だった為に続行されていたのだ。

 それを見たクルーの一部が、トレーニングルームを男子の入場を禁止してくれたので、大きな問題にはならなかった。

 タクトについても、ランファと真剣な組手をしているのを見て、普段は結構軽い印象のタクトも、戦いとなれば恐ろしい程の頼もしい姿をするという風に見られたらしく、支持率低下は起きなかった様だ。

 

「ふぅ。

 ありがとう、ランファ、いい運動になったよ」

 

「こちらこそ、いい勉強になったわ」

 

 20分の組手を終え、タクトはボロボロになった軍服の上着を脱ぎ、ランファは下着姿以下になっていた状態にタオルを羽織っていた。

 2人とも流石に汗だくで、呼吸も乱れているが、それでも顔にはまだ余裕が見られる。

 

「でだ。

 思うに、ランファはやはり素直すぎると思う。

 俺程度の身体能力で、相手ができたのがいい証拠さ」

 

「ええ、それは自覚しているわ。

 師匠にも言われてたし」

 

「そうか。

 けど、俺はそのままでもいいと思っている。

 正攻法というのは、突き詰めれば、生半可な策では揺るがない、強い力だからね」

 

「けど、私はまだ未熟よ」

 

「それが解っているなら十分さ。

 未熟でなくなる、なんていうのは、結局成長を見込めなくなったという事に過ぎない。

 人は死ぬまで未熟なままだ。

 要は、それを忘れず、日々精進すればいいのさ。

 次の目標ができた事で、君は更に強くなるだろう。

 それに、戦略を練るのは俺の仕事さ、君は余計な事を考えず、自らを鍛えてくれいればそれでいい」

 

「ふん。

 そう言うからには、下手な指揮をしないでよ」

 

「任せとけ」

 

 そんな会話をしている間に、2人は呼吸を整え終えていた。

 ランファとして、もう1度くらい組手の相手をして欲しい気分だったが、タクトにはその時間がない。

 タクトは脱いだ上着から書類を取り出す。

 格納庫でコピーした、とある計画の仕様書だ。

 

「ランファ、これを。

 極秘だから、ここでは出さないでくれよ」

 

「なに? これ」

 

「極秘なので、口にはできない。

 ああ、後、1時間後くらいにレスターの相手をしてやってくれないかな。

 アイツもかなり鈍ってる筈だし」

 

「ええ、いいわよ。

 じゃ、1時間くらいは休憩を兼ねて、これを読んでおくわ」

 

「頼むよ」

 

 2人はまず更衣室に移動して、シャワーと着替えを済ます。

 

 

 

 

 

 着替えを済ませたタクトが、次に移動した先はホール。

 喉が渇いたので、飲み物を買いに来たのだ。

 だが、そこで、ラウンジあたりで見つけようと思っていた人物に会う事ができた。

 

「あら、タクトさん」

 

「ミント。

 丁度良かった」

 

 タクトは正直にそう告げた。

 ミントの前では隠す意味もないが、そんな事を考えるまでもなく、ただ思った感想を口にしていた。

 

「と、申しますと、やっと整備班がやっている隠し事を教えていただけますの?」

 

「君達にまで隠している訳じゃないさ」

 

 タクトは周囲を確認する。

 広いホールで、休憩所も兼ねているこの場所だが、今は人が少ない。

 若干名クルーが居るが、コソコソすると逆に不審を抱かれるだろう。

 タクトは、封がされているとは言え、秘密にしている文書、計画の仕様書をその場で取り出した。

 

「と言う訳で、これがそうだよ。

 目を通しておいて欲しい。

 それと、君は射撃訓練をしておいてもらえると助かる」

 

「解りましたわ。

 他の人達にも、タクトさんの方から?」

 

「ああ。

 まだ渡す先があるから、悪いけど、これで失礼するよ」

 

「忙しいのは承知していますわ。

 どうぞ、おかまいなく」

 

「じゃあ、またね」

 

「はい」

 

 話が早くて助かる反面、ミントのテンション管理はしなかった事になる。

 つまりは、タクト本来の仕事を放棄していると言える。

 それでも、今はやるべき事を優先し、タクトはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 これで、本日はエンジェル隊のメンバー全員と一度は顔を合わせた事になる。

 仕様書を受け取る前に会っていたミルフィーユとヴァニラにももう一度会い、仕様書を手渡してある。

 そうして、エンジェル隊全員に渡した後、向かう先はエンジェル隊の私室がある場所の直ぐ傍、謁見の間だ。

 

「こんにちは。

 シヴァ皇子は今お忙しいでしょうか?」

 

 訪れたのはシヴァ皇子の部屋だ。

 入り口で侍女と挨拶し、取り次いでもらう。

 

「いえ、現在はお勉強の合間の休憩中となっております。

 約束のチェスの件ですか?」

 

「ええ」

 

「暫くお待ちください」

 

 営業スマイル的な笑顔でタクトと話す侍女。

 タクトも、同様に誰にでも見せる顔でしか応対しない。

 

「シヴァ皇子よりお許しでました。

 どうぞこちらへ」

 

「はい」

 

 その会話の中、タクトは例の仕様書を侍女に渡した。

 会話中はなんら不自然な様子を見せず、しかし侍女も解っていたかの様に受け取る。

 いや、侍女も解っていたのだ、タクトが何かをしていて、自分にもその説明をしにくると。

 

 

「マイヤーズ、待ちかねたぞ」

 

 そんなやり取りあったとは知らず、部屋では既にチェスの広げていたシヴァが待っていた。

 恐らく、休憩中と言っていたこの時間にも、1人でチェスの練習をしていたのだろう。

 

「なかなか時間がとれず、申し訳ありません。

 早速ですが、皇子、基本的なルールはもう把握されましたか?」

 

「ああ、お前が忙しいのは承知しているからな、ルールブックは既に読んでおる。

 駒の動かし方は心得ているぞ」

 

「そうですか。

 では、本日は、基本戦術から説明したいと思います。

 簡単な実戦形式で行います。

 まず、基本的なゲームの進め方として―――」

 

 それから、30分程、タクトはシヴァにチェスを教えた。

 遠い昔、自分がある人に教えてもらった情景が頭を過ぎる。

 それを懐かしむと同時に、その人が教えてくれた様に、自分はシヴァに教える。

 それは、何の因果だろうか、などと思いつつ、しかし、タクトはこの時間を楽しんだ。

 

 シヴァは、流石、というべきか、聡明だ。

 タクトの説明に、2つ先のレベルの戦略まで見通して理解する。

 基礎的な知識があったのは大きいだろうが、それだけでは説明がつくまい。

 僅か30分という講義で、基本的なゲームの進め方をマスターしたと言える。

 

「流石皇子、飲み込みが早いですね。

 これなら、次からはゲームをしながらでもよさそうです」

 

「うむ、やはりゲームだからな、実際やってみないと解らない事も多いだろう。

 次からは、という事はもう時間か」

 

「はい、申し訳ありません」

 

「構わん、もとより私の我侭だ。

 職務に戻るが良い」

 

「はっ。

 では、またいずれ」

 

「ああ、楽しみにしておるぞ」

 

 次の約束はできないが、タクトは必ず時間を見つけてまたここへ来るだろう。

 何故か、タクトは、本心から、また来たい、来るべきだと思えていた。

 この時間が楽しかったのもあるが、それ以上の気持ちが動いていた。

 それに、皇族として振る舞いながらも、年相応と言える純粋な笑顔を見せるシヴァに、タクトは心が安らぐのを感じていた。

 

「では、失礼いたします」

 

「マイヤーズ司令、またのお越しを、お待ちしております」

 

 入り口で、侍女に見送れるタクト。

 その時、侍女からタクトへ何か紙の文書が渡された。

 周囲からは、その様に見えなかったが、確かに渡された文書。

 ここへ来た時、タクトから侍女へ渡した様に、タクトも侍女から当たり前としてその文書を受け取った。

 

 ただそれだけのやり取り。

 個人的な感情など入り込まない、互いの仕事としての行動だった。

 

 

 

 

 

 渡すべき女性には全て、仕様書は手渡し終えたタクトはブリッジに戻ってきた。

 

「ただいま」

 

「特に変化はない」

 

「そうか。

 ほれ、レスター、お前用」

 

「ああ」

 

 ブリッジに戻ってきたタクトは、挨拶代わりに状況を確認し、更にレスターに仕様書を手渡す。

 自然な流れで渡した為、視線を向けていなかったブリッジメンバーは、タクトがレスターに何かを渡した事は気付かなかっただろう。

 

「レスター、ここは俺が残るから、お前はトレーニングルームと射撃訓練所に行ってこい。

 トレーニングルームが先な、ランファが待ってる」

 

「そうか。

 じゃ、暫く出るぞ」

 

「ああ」

 

 これも、自然な会話の流れかの様にして、レスターはブリッジから出た。

 出て、暫く、タクトは普通に司令官席に座って仕事をする。

 ブリッジメンバーも、当然、変わらず仕事を続けていた。

 だが、

 

「って、えー!?

 クールダラス副指令、トレーニングルームで、ランファさんとなにするんですか!?」

 

 突然、といえば突然、アルモが声を上げた。

 タクトとレスターの会話は、別に2人だけにしか聞こえない程小さな声であった訳ではなく、普通にブリッジメンバーにも聞こえる音量だった。

 だから、当然、アルモの耳にも入っていたが、内容を理解するのに今ままで掛ったようだ。

 そして、他のブリッジメンバーも、アルモの言葉に、ようやく、確かに変だ、という風に気付くのだった。

 

「ん? 何ってトレーニングだよ。

 レスターはずっと忙しくて、トレーニングルームに行く暇もなかったからね。

 流石に体が鈍るから、ちょっと行ってもらったよ」

 

「それは、まあ解りますけど、でもランファさんが待っているって?」

 

「ああ、組手の相手を頼んどいたんだ。

 ランファが相手なら、直ぐに勘も戻るだろう」

 

 タクトは、それを当たり前の様に言う。

 他の人はタクトにしろレスターにしろ、あってまだ数日なのに対し、タクトとレスターは長い付き合いだ。

 レスターの事をタクトが良く知っているのは、まあ当たり前の事だ。

 

「一度見たことがありますが、ランファさんって、確かお強いんじゃ?」

 

「ああ、強いな。

 あの格闘センスなら、一般の宇宙軍の兵士を5、6人、いや10人近くを同時に相手をしても軽く勝てるだろう。

 エンジェル隊でなければ、特殊部隊に配属されていてもおかしくない。

 まあ、エンジェル隊も特殊部隊な訳だが」

 

「そんなランファさんと組手をして、クールダラス副指令は大丈夫なんですか?」

 

「ああ、その事か」

 

 やっとアルモが何を驚いるのかが解り、タクトは苦笑した。

 自分達が、本当に彼女達に何も知らせていないのだと、改めて実感できた。

 隠している事も多いが、こんな事すらまだ明かしていなかったのだ。

 この戦乱を戦い抜く戦友となる筈の者達に。

 

「レスターは、ランファと同様に、士官学校を次席で卒業している。

 平民の出、というのもランファと同じだよ。

 それで、少しは解ってもらえるかな?」

 

 敢えて、明言はしない。

 これ以上ない例があるのだ、むしろその方が解りやすいだろう。

 付け加えるとしたら、

 

「そうそう、銃撃戦ではギリギリ俺が勝ってたけど、素手の格闘、更には剣技となると、俺は一度もレスターに勝った事がないんだ」

 

 タクトがランファと組手をした事、そしてその内容は、既に噂として広まっている。

 ランファが一切手加減できない相手だった、として。

 むしろタクトの強さは誇張されている節があるくらいだ。

 ならば、この2つの情報は、レスターに対する認識を変えるのには十分だろう。

 悪くなる、という事はないが、けれど、悪い場合は『畏怖』というものが付くかもしれない。

 

「クールダラス副指令、そんなに……」

 

「ああ、彼は、俺の最も信頼する、本当に頼りになる副官だよ」

 

 そんな話をブリッジしているのと同じ頃、トレーニングルームでは、後に艦内で知らぬ者はいないといわれる程、有名になった一戦が行われていた。

 短い棍を両手に持ったランファと、木刀を持ったレスターの組手だ。

 因みに、レスターはタクト同様に軍服で望み、ランファも、2度の学習から、と言うより事前に解っていた事だから、普段着ている軍服を着ていた。

 もしかしたら、それも原因だったのかもしれない。

 戦う者としての服装で望んだ事が。

 

 2人の組手は前半ランファが押していたが、それでも押し切れず、やがて体力の面で勝るレスターが巻き返し、白熱した。

 最終的に、ランファはお嫁に行くのに支障の出る傷がいくつもできたし、レスターも入院が必要なくらいの怪我をするまで終わらなかったのだ。

 それでも尚止まらない組手に、終にはトレーニングルームから直接タクトが呼ばれたくらいであった。

 怪我は、エルシオールには優秀なナノマシンの使い手がいる為、どちらも全く問題なく、綺麗さっぱり治療する事ができた。

 ただし治療は直ぐに終わったが、その後2時間ほどケーラのお説教で医務室を動けなかったりした。

 なんとも平和的な落ちの付いた話だが、その部分は兎も角として、見学者によって、2人の戦いの話が艦内に広がるのは大した時間が掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

「で、すっかり人気者だな、レスター」

 

「変な言い方するな。

 まあ、怖がられなくて良かったとは思うが」

 

 10時間後。

 その間に休憩でブリッジを出る度、レスターは女性クルーだけでなく、男性クルーにも質問攻めを受ける事となっていた。

 ランファの強さは、強い憧れを持ってクルーの間では話題となっていたのに、それに対抗できる人物が現れたのだ。

 直接見たクルーは、あまりの血なまぐささにちょっと引いたりもしたが、話を聞いただけの女性クルーからは、強くてクールな男性として人気が急上昇。

 男性クルーからは、普段肩身が狭い関係で希望とされるいる様だった。

 タクトの時は、そのタクトの派手なやられっぷりからそうはならなかったが、これでレスターへの支持率は大きく高まっただろう。

 

「いい事じゃないか」

 

「からかうな。

 そんな話はいいから、ほれ、完了したぞ」

 

「ん、そうか」

 

 レスターがタクトの話を止める為に出してきた情報は、外装の換装作業についてだ。

 完了報告書として、今しがた情報が上がってきたのだ。

 

「予定より早かったな。

 流石に皆優秀だね」

 

「ああ」

 

 これで、エルシオール内外の改修作業は全て完了した。

 新たな戦いの準備ができたのだ。

 これで、いままで以上に戦える。

 

「ローム星系までは最短で後10日。

 まだ先は長いな」

 

「そうだな」

 

 現在のエルシオールにとって、ローム星系がゴールと言える。

 しかし、本当にローム星系がゴールである確証はなく、ゴールした後には直ぐに次の戦いが始まる。

 ローム星系に辿り着く事は、戦いを始める前提条件に過ぎないのだ。

 

「次のクロノ・ドライブまでは?」

 

「後4時間というところか」

 

「とりあえず、次の休憩までも長いわけだな」

 

「その間にやる仕事は多いぞ」

 

「ああ」

 

 先の見えない戦いの話は兎も角、今は司令官としての普通の仕事に取り掛かるタクト。

 レスターが代行してやっているとはいえ、司令官でなければ決められない事も多い。

 もし紙に印刷したら、山と積まれ、前が見えなくなるだろうくらいの量の仕事に、早速苦戦を強いられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、54時間が経過した。 

 2日半近く敵艦にも遭遇せず航行するエルシオール。

 タクトが、2回もシヴァ皇子にチェスを教えにいく事が出来たのだから、本当に何もなかったのだ。

 平和が続く事はいい事だが、それはいつ崩れてもおかしくない儚い平和だ。

 それでも、長く続いて欲しいと願うのは当たり前で、それが当たり前だった事を夢みる。

 緊張は途切れる事はないが、それだけでも疲れは溜まる。

 そんな時間が経過した、その時だった。

 

「3番機から通信。

 敵艦を捕捉、数は少なくとも5」

 

「3番機を中継し、スクリーンに出します」

 

 先行し、周囲を警戒してもらっていたミントから、敵発見の連絡。

 敵襲が突然なのは当然で、そんな事にはブリッジのメンバーも、もう慣れたものだ。

 素早く自分の仕事をこなし、迎撃準備に入る。

 

「敵は巡洋艦3、駆逐艦5の編成です」

 

 スクリーンに敵の配置が出る。

 このまま前進を続けた場合、戦場となるのはあまり障害物のない開けた空間になるだろう。

 戦略的に利用できる物がないと言う事だが、この程度の敵なら、エンジェル隊を先行させるだけで問題なく片付けられる。

 だが、

 

「どうする? 最後の一つ、使うか?」

 

 今回が、エルシオールを改修し終えた最初の遭遇。

 3番機が先行しての敵発見である為、まだ相手からこちらは見えていないだろう。

 改修した姿を見せず、やり過ごす、というのも手ではある。

 

「いや、戦おう。

 最後の一つはいざと言う時にとっておきたい。

 それに、この程度なら、エルシオールの武装を晒さずに勝てるだろう」

 

「そうだな。

 エルシオール、速度、微速前進に変更。

 エンジェル隊に発進命令を」

 

「ミントは戻ってくれ。

 機体も収容して、格納庫待機でいい。

 この程度の数なら、4機で十分対応できるだろう」

 

『了解しました』

 

 直接ミントに指示を下すタクト。

 ミントの先行偵察は、交代時間直前だった為の処置だ。

 つまり、ミントの疲労を考慮しての事。

 ミントはなんら意見を述べる事なく命令に従う。

 ミントとしては、十分戦える状態にあるが、その過信が命取りになりかねないのが戦場だ。

 冷静な判断のできるタクトの命令に意見を挟む事はしない。

 元々司令官の命令にいちいち意見をしていたら戦場は混乱するだけなので、当然といえば当然だが、素直に命令を聞くのはタクトへの信頼が上がってきた証明とも言えるだろう。

 

 最初の頃は警戒されている節もあったが、今では、少なくとも司令官としての信頼は得られていると言える。

 一個人としては、まだ謎な部分が多い為、まだ完全に心を開いている者はいないのが現状である。

 それは、最初から特に警戒していないミルフィーユにも言える事だ。

 そして、つい先日渡したある計画の仕様書により、タクト個人へ感情は悪化した可能性が高い。

 今のところ、誰からも苦情の様な声は来ていないが、納得できているとも思えない。

 

『エンジェル隊、出撃準備完了。

 出るよ』

 

「発進を許可する。

 手早く片付けてくれ」

 

『あいよ、了解』

 

 今日まで十分休めたことで、気力も十分のエンジェル隊。

 この戦闘はタクトが指揮をするまでもないだろう。

 発進したエンジェル隊は、途中3番機とすれ違い、戦闘を開始する。

 

「3番機、帰還しました。

 収容します」

 

 戦闘中で、まだ敵との交戦が始まったばかりとうタイミングで紋章機を収容する。

 まだ流れ弾も来ない位置だが、慎重且つ迅速に行われた。

 

「この程度なら、後1機減らしても大丈夫だと思うんだが」

 

「いや、敢えて出しておく事にする」

 

「そうか」

 

 3番機を使わない事に関して、レスターとタクトでそんな会話がされた。

 ブリッジにも聞こえている会話だが、恐らく、どういうタクトの答えの意味が解った者はいないだろう。

 

 戦闘は、順調に進んでいた。

 全機ほぼ無傷で、1隻ごと、確実に数を減らし、且つエルシオールへも近づけさせない。

 

「紋章機との距離を開けすぎるな」

 

 タクトは、一言そんな注意をするだけで、紋章機各機への細かい命令も必要なかった。

 しかし油断はしない。

 常にモニターから目を離さず、状況を監視している。

 だから、直ぐに気づく事があった。

 

「ん? ……敵の動きがおかしい……」

 

 一見、いつも通りの戦闘に見える。

 無人艦故の無機質な戦術を駆使した、冷たい戦闘。

 感情のある人間が乗っていない為、死を恐れることなく、己の役割だけを果たす動き。

 たとえ味方が破壊されようとも、それすら計算の内として動く。

 だから、最後まで敵の攻勢は一切衰えない。

 

 だが、今、タクトが見る戦況は、敵が引いている様に見える。

 ほんの僅かな差で、撤退行動を取っている訳でもなく、速度を落としている訳でもないのに、戦っている場所が、タクトの予想より離れた位置にある。

 ただ、エルシオールから引き離そうとしているにしては、あまりに小さな変化だ。

 フォルテも、まだ気付いていないくらい、小さなもの。

 

「呼び戻すか?」

 

「いや、いい。

 ミントも居るしな。

 それは、敵も解っている筈だが」

 

「そうだな」

 

 こちらの戦力が、エンジェル隊5機のみである事は、既に知れ渡っているだろう。

 それを補う為に、無人戦闘機の購入も検討されたが、管理の問題でできなかった。

 それに、その無人機の性能では、無人艦隊相手に使うには心許なく、よほどの数が揃わなければアテにできないといういうのもあった。

 

「敵、増援です。

 ミサイル発射艦、本艦の3時方向と9時方向から出現しました」

 

 その時、新たな敵情報が表示される。

 地図上で、丁度エルシオールの左右から挟む様に現れた敵影。

 現れた位置から、エルシオールを直接狙う為の伏兵であると判断できる。

 だが、距離が十分にある為、今なら紋章機を呼び戻せば間に合うだろう。

 つまり、投入のタイミングが全くあっていないのだ。

 

『タクトさん、私がでましょうか?』

 

 今度はミントからそう申し出てくる。

 補給も完了し、ミントが出撃するには何の問題もない。

 そう、ミントに出てもらえば、呼び戻す必要もない。

 戦闘中の再出撃は、そのタイミングを狙われると危険だが、まあまだ敵の射程外なので、間に合う。

 それくらい、いかに無人艦でも解る筈の事だ。

 

「……いや、ミント、むしろ紋章機から降りて、例の準備を」

 

『……解りました。

 幸い格納庫ですから、直ぐにできますよ』

 

「頼むよ。

 ミサイル発射艦は2番機と4番機で対処する。

 呼び戻してくれ」

 

「了解」

 

 いやな予感がしていた。

 どんなに準備をしていても、嫌な事には変わらないある予想だ。

 そして、それはすぐに現実のものとなる。

 

「4番機、ミサイル発射艦を撃……え?

 破壊した無人艦から熱量!

 大型のミサイルが発射されました!」

 

「2番機と交戦したいたミサイル発射艦が自爆、爆発の中から大型のミサイルが現れました!

 ミサイルだけじゃない! これは大型戦闘機……シルス高速戦闘機です!」

 

 元々動きの鈍いミサイル発射艦をあっけなく撃破したと思えば、それはただの張りぼてだった。

 そして、中から出てきたのは大型のミサイルと、大型戦闘機、ヘルハウンズ隊が使っている戦闘機だ。

 タイミングを間違えていると思われたミサイル発射艦は、その存在自体が罠だった。

 

「エルシオールの武装を全て解放、撃ち落せ!

 弾幕パターンC!」

 

「弾幕パターンC、撃ち方始め!

 左舷ミサイル、7秒後に一斉発射。

 右舷ミサイル、9秒後に波状発射」

 

 タクトが号令を下し、レスターが更に細かい指示を出して迎撃体制に入る。

 既に敵との距離はあまりない。

 出し惜しみなど一切せず、隠している追加武装も含め、全てここに投入する。

 それによって実現するのは、今までとはまるで違う、レーザーとミサイル、弾薬による結界。

 これが、弾に因る幕、即ち弾幕だ。

 勿論、隙間なく埋め尽くされている訳ではないが、敵のミサイル、戦闘機が近づけない様にできれば、覆われているのと同じになる。

 ただ、これには一つ欠点がある。

 

「ランファ、フォルテは、指定ポイントへ移動後、援護射撃!

 狙いはヘルハウンズ隊と思われる大型戦闘機だけでいい」

 

『了解!』

 

 傍にいる2機の味方機へ、わざわざ離れろと命じる。

 弾幕という結界は、敵味方を識別できない。

 いや、撃っているエルシオールは識別していても、既に放った弾はどうする事もできない。

 それにより、弾幕は、展開しすぎると味方への誤射の可能性も高まり、護衛してくれる筈の味方の動きも制限してしまいかねない。

 

 尚、ヘルハウンズと思われる、と言っているが、断定しないのは、同型の戦闘機という情報しかまだないからだ。

 とは言え、タクトは既にヘルハウンズであるという考えの下で行動している。

 ただ、気になるのは、ヘルハウンズ隊同様に5機の戦闘機が居るのだが、動きがややおかしいのが居ること。

 そして、良く見てみると、ヘルハウンズ隊の戦闘機は、全機、やたら大型のバックパックらしきものを背負っている。

 その大きさは、元々大型の戦闘機のサイズを倍近くまでしてしおり、動きがおかしいのはその為とも考えられる。

 しかし、ならば何故そんな物を付けているのか、それはなんなのか。

 

「レスター、パターンR」

 

「了解。

 弾幕パターン修正、CからBへ。

 20秒後BからEへ。

 エルシオール、進路変更、面舵10」

 

「クレータ班長、3番機の格納位置を変更。

 アレをやる」

 

『了解しました。

 1分、いえ30秒ください』

 

「大丈夫だ、1分使って確実にやってくれ」

 

『はい』

 

 タクトは戦況を読みながら、レスターと、今度は格納庫のクレータに司令を出す。

 進路を変えたエルシオールは、紋章機が無人艦と戦っている場所から、少し離れる事になる。

 そして、弾幕のパターンがレスターの指示通りの時間に変更される。

 今、ミサイルの方は全て撃破して、残るはヘルハウンズ隊の戦闘機だけとなった。

 その直後だ。

 

 突如、大型戦闘機の動きが変わる。

 

「来るぞ!

 総員対衝撃防御!」

 

 タクトが全館にそう流す。

 そして、大型戦闘機が、弾幕を半分無視し、体当たりをするかの様なコースで突っ込んでくる。

 弾幕の激しい場所から逃れ、比較的守りの薄いエルシオールの後方、格納庫の脇を狙っている。

 

「下方、砲門一斉発射!

 5番、7番の追加装甲をパージ!」

 

 砲弾と共に、炸薬で爆破分離された追加装甲盤が飛ぶ。

 弾と、圧倒的な面積を誇る追加装甲の盾が、戦闘機の進路を阻む。

 だが、それでも足りなかった。

 

「敵戦闘機、バックパックをパージ!」

 

 ズダァァァァンッ!!

 

 エルシオールが揺れる。

 分離されたバックパックが、更にその外装を脱ぎ捨て、鋭角のミサイルの様な姿となった。

 そして、それが直進し、エルシオールに突き刺さったのだ。

 数は4つ、ほぼ同じ場所に突き刺さった。

 減らせたのは1つだけだった。

 

 それが突き刺さった場所は、格納庫と推進装置の間。

 下手をすればエンジンに直撃し、大惨事となっていたが、それは敵も避けるべき所。

 敵としても、かなりきわどい場所を攻めた事になる。

 

「司令、内部に侵入者です!」

 

 何故、そんな事をするかと言えば、その突き刺さった物、潜入用突撃艇にこそ、パイロットであるヘルハウンズ隊が乗っているからだ。

 カメラに映し出されるのは3人の男と多数の人あらざる影。

 リセルヴァと、ベルモット、レッドアイの3名。

 全員、戦闘用の宇宙服を装備している。

 人あらざる影は、ナノマシンをつかってヒトガタへと姿を換える戦闘用の兵器。

 偵察用プローブとは違う、完全に戦闘用に特化されたパペットソルジャー、戦闘用パペットだ。

 見たところ武装はレーザーライフルと、レーザーブレードだけと思われる。

 輸送時の小型化を重視したタイプらしく、中型ミサイル程度の多きさの突撃艇に入っていたとは思えない程の数、カメラに映っているのをざっと数えても20は下らない。

 

『やあ、今、そっちに家の3人がお邪魔したよ』

 

 と、その時、通信を強制的に割り込ませてきたのは、ヘルハウンズ隊のカミュ。

 こちらは、前と同様、パイロットスーツも着ていない。

 

『俺達2人はお前等の相手だぜ!』

 

 そして、ギネス。

 こちらも同様にパイロットスーツは着ていない。

 この手のスーツは即時着用など不可能な筈なので、乗り込むメンバーは最初から決まっていたのだろう。

 

 そう、乗り込まれたのだ。

 エルシオールの中へ、人と、戦闘用の兵器が。

 タクトとレスター、そしてエンジェル隊しか軍人のいない船に、傭兵と機械の兵士の侵入を許してしまった。

 

 だが、

 

「その様だ。

 ならば、歓迎しないとな」

 

 タクトは至って冷静だった。

 

「パターンR、始動」

 

 レスターの言葉と共に、隔壁が作動する。

 ただし、全ての隔壁を閉じ、侵入者を隔離した訳ではない。

 そんなことをしても、大した時間稼ぎにはならないし、エルシオールには、こうやって入ってきた敵を排除する機能がない。

 むしろ、隔壁によって、彼等が行きたいだろう場所、シヴァ皇子の部屋、ブリッジ、機関室、格納庫への道だけが開かれる。

 案内するかの様に。

 

『どういうつもりだ?』

 

 監視カメラが拾った音声。

 潜入したリセルヴァが、カメラ越しにタクトを睨む。

 

「歓迎すると言っているんだ。

 そう言う事だ、フォルテ、戻ってくれ、お相手してさしあげないといけない。

 こちらの準備はできている。

 できるかい?」

 

『勿論だよ』

 

「よし。

 ミルフィーユとランファは、外のヘルハウンズ隊の相手を、ヴァニラは残りの無人機を頼んだよ」

 

『了解』

 

「レスター、ここは任せる」

 

「ああ」

 

 タクト、エンジェル隊も、動揺は見られない。

 シヴァ皇子が居る艦内に敵の潜入を許したのに、そして、タクトがブリッジを離れると言っているのにレスターも冷静だ。

 それもそうだろう。

 つい先日完成しているのだ。

 この為の準備が。

 

 エルシオール内で白兵戦を行う準備があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 その頃、侵入したヘルハウンズ隊は、まだその場所に居た。

 いや、迂闊に動けないというのが正しい。

 

「どうする? まさか罠張ってきたか?」

 

「だが、お前の調べじゃ、対人兵装は購入してなかったんだろう?」

 

 ヘルハウンズ隊は、先日、タクト達がブラマンシュ社から購入した物をほぼ全て把握していた。

 商船の積荷をスキャンした結果と、ブラマンシュ社の倉庫から動いた物を調べたのだ。

 そうして、直接リストを手に入れる事なく、大体の情報が揃う。

 特に兵器となれば、動かすだけでも解りやすい情報となる。

 その為、エルシオールが外付けにしていた追加装甲、追加武装は完璧に読みきった。

 その内容から、どう設置するのかも含めてだ。

 

 だからこそ、こんな奇襲を決行したのだ。

 補給を済ませ、準備を整えている所に、敢えて飛び込む奇襲。

 しかし、この奇襲すら、タクト達は読んでいた。

 

 いや、それも当然だろう。

 タクト達にに、『シヴァ皇子の生け捕り』というのが、目的の1つであると告げたのは、ヘルハウンズ隊のカミュなのだから。

 宇宙における艦隊戦で、相手を生け捕りにするのは難しい。

 よほど圧倒的な戦力で降伏を迫れば別だが、乗員を確実に生かして、戦艦を行動不能にするのは、極めて困難だ。

 砲門と推進装置を破壊すればいいだろうが、ミサイルが内部で暴発したり、動力部に弾が当たって爆発でもしたら、乗員の命は絶望的だ。

 そうならない様に何重にも安全処置は組み込まれているが、確実とはいえないし、戦闘によるダメージなど、どんなに考えても、きりがない。

 

 と、なれば、内部に侵入して、直接確保する、という手段を使うのは、誰でも考え付く事だ。

 そして、それが、クルーが民間人であるエルシオールなら尚更の事だ。

 軍艦なら、クルーは全員軍人で、クルーは全て戦力になりえるが、エルシオールはそうではない。

 場合によって、そのクルーが人質になりえるくらい、内部の人という戦力は少ない。

 更に、儀礼艦だったからか、対人用の設備が乏しい事も突入を容易にする。

 対人用の設備が乏しいのは、偵察用プローブなんかが自由に動き回れた事で証明されており、その際、艦内の様子は大体把握している。

 本来、軍艦なら、エリアの移動だけで、多重のセキュリティが敷かれているものだが、エルシオールはブリッジや格納庫、機関室といった重要施設でやっと軍艦並みと言える。

 それらの弱点を突いて、少数精鋭と機械兵士による制圧が可能と判断されたのだ。

 

「今言っても仕方ない。

 ハッタリの可能性もあるからな。

 行くか、行かないかだ」

 

 言い争う2人に、レッドアイが告げる。

 ここで時間を潰しても、いい事など何もないのだ。

 

「行くぞ。

 ここまで来て、何もせず退ける訳がない」

 

「ま、そうだな。

 どんな罠でも、逆に利用してやるよ!」

 

 流石に人材として優秀なヘルハウンズ隊だけあり、直ぐに2人も平静に戻り、自らの役割を思い出す。

 そして、その後は、ただ無言で、3人は、それぞれ戦闘用パペットを連れて3方に分かれる。

 更に、戦闘用パペットの数機が、別の場所へと向かう。

 エルシオール制圧作戦が開始したのだ。

 

 

 

 

 

 丁度その頃、格納庫でも動きがあった。

 

「4番機、準備は出来ています。

 いつでもどうぞ」

 

 いつもは番号順にならんでいる紋章機だが、戻ってきている3番機を一番後ろまで下げている。

 その上で、空いているスペースになにやら普段は無い機械が設置されている。

 

『10秒後に突入する、退避を』

 

「了解、総員退避!」

 

 最後まで機器のチェックをしていた整備員も、全員格納庫の奥へと下がる。

 そして、きっちり10秒後だ。

 

 ズダァァァンッ!!

 

 紋章機格納スペースに、突っ込んでくるのは4番機。

 それを設置した機器が展開する特殊なネットで受け止め、停止させる。

 

 エルシオールの紋章機格納方法は、アームで固定して、出し入れするという方式だ。

 出撃、収納は、直下の特殊な出入り口から、アームを伸ばして降ろす、降ろしたアームに固定して引き上げる事で成される。

 基本的に宇宙で使う事と、地上であれ、滑走を必要としない紋章機だからできる方式でもある。(紋章機は惑星の大気圏内でも飛行可能である)

 この格納方法の長所は、スペースが小さくて済む事で、エルシオールの内部の空間を贅沢に利用できる理由の一つとも言える。

 

 だが、この方法での出撃、格納は、周囲の安全が確保できている事が絶対条件だ。

 アームを伸ばし、外に出す場合、紋章機は停止状態で外に出る事になり、外に機体全体が出るまで、動く事はできない。

 また、格納時は、停止するか、エルシオールとの相対速度を合わせ、アームが掴むのを待ち、更にアームが引っ張り上げてくれるのを待つ必要がある。

 この時間は時間にして30秒程と短時間に思える。

 しかし、戦闘時には、致命的な時間になる。

 ある程度バリアも展開しているし、機体自体も頑丈だが、ほぼ無防備で停止している戦闘機など、的以外のなにものでもない。

 当然、エルシオールが攻撃を受けている時など、特に危険で、まず出撃、収納は不可能と言える。

 

 その為、タクトと整備班で用意したのが、この突入方法。

 ギリギリまで速度を落としつつ、紋章機自ら格納庫へ突入する方式だ。

 元々、アームで安全に出し入れしているだけの出入り口である為、狭く、高度な操縦技術が要求される。

 ただ、スペースの狭さから、突入による収納は4機までが限界になる。

 元々、があったからこそ、その数が可能になっている。

 速度を間違えれば、格納庫にも、紋章機にもダメージを与える事にもなる。

 それに、簡易な補給、修理が、艦に収納しなくてもできる事から、戦闘中の収納などあまり必要としない筈なので、滅多な事では使わないだろう。

 しかし、こういう方法が用意されているか否かでは、不測の事態への対応が違ってくる。

 今回もそれに当てはまる。

 

 今回はある程度タクトが予想して、必要だからと用意させたものだが、今後も突然戦闘中に艦内で人員が必要になる事は無いとは言えない。

 今後も、常時この方法での収納は可能にしておくつもりでいる。

 また、出撃に関しては、ヘルハウンズ隊の最初の奇襲時、アームが壊れて1番機と2番機以外が出撃できないという事態が発生していた。

 その為、本来の出撃方法以外、強制排出と言える方法での出撃方法もいくつか考えられている。

 まだ、全てが備わった訳ではないが、現状でも使える方法は用意されている。

 

「よし、なんとか成功っと」

 

 停止した紋章機から飛び降りるフォルテ。

 訓練はシミュレーションでしかできなかった為、実は、自信はいまいちだった。

 なんとか、許容範囲内での衝撃ですんだが、やはり若干機体にも格納庫にも傷ができてしまっている。

 今後、暇があれば、ちゃんとした訓練をすべきだろう。

 

「フォルテさん、ミントさんから預かっている荷物です」

 

 降りたフォルテに大きなバックを渡すクレータ。

 ミントは、既に自分の役割に就いている。

 

「私のも用意してくれてたか、ありがたい。

 じゃ、ここは私に任せてもらおうか。

 では、例の計画通り、担当の整備班以外はシェルターに移動」

 

「了解」

 

 フォルテの指示の下、シェルターに移動する整備班。

 その一部、クレータを含む数名は、整備にも使う防護服を着て、整備に使う機器の前に立つ。

 フォルテは、バックから銃器を取り出し、設置していく。

 それと、ジャケット型の防護服も着て、透明の盾、耐爆、耐レーザー加工の施された大型のシールドを背負う。

 ヘルハウンズ隊が着用している戦闘用宇宙服というのはこの戦争が始まる以前から常備しているが、それを着るほどの余裕はない為、こういう装備になってしまう。

 

「さて、白兵戦も久しぶりだね。

 腕がなるよ」

 

 設置し終えた頃、格納庫の扉の端が赤熱化する。

 高エネルギーのレーザーブレードで焼ききられているのだ。

 そして、程なく扉は破られ、格納庫は戦場となった。

 

 

 

 

 

 戦場は、格納庫だけではない。

 既に艦内全てが戦場である。

 それは、敵兵士が存在する、という理由からではない。

 

 ズゴゴゴゴンッ!!

 

 突如、通路で爆発が起きる。

 ブリッジに向けて、エルシオール艦内の通路を走る、リセルヴァの部隊、その先頭を走っていた戦闘用パペットがトラップに掛ったのだ。

 

「なんだ!」

 

 トラップである事は、明確。

 だが、爆発、と一言で言うが、何の爆発か、何を目的とした爆発かで、トラップの種類は変わる。

 それは、対処法も変わるという事にも繋がる為、必ず見分けなければならない。

 

(床板が飛んでいる、地面に仕掛けられていたのか。

 それに、損傷した、ヤツは穴だらけ……)

 

 冷静に被害を観察するリセルヴァ。

 そして、一つの答えに辿り着いた。

 

「まさか……指向性対人地雷か!」

 

 指向性対人地雷とは、一定方向へ向けて威力が展開される地面に設置するトラップの事。

 そして、今、リセルヴァの部隊が掛ったのは、クレイモア地雷などに見られる金属球を打ち出すタイプの地雷。

 床パネルの下に設置され、一定の圧力掛ると床パネルを打ち抜き、天井まで打ち抜く威力だ。

 そう言うトラップだ。

 

「馬鹿な! 自分の艦内に対人地雷を仕掛けるなど、ありえない!」

 

 この時代、地雷は非人道的な兵器として、その大半が禁止されている。

 そもそも、地雷という技術そのものがクロノ・クエイク以前に一度禁止、封印された技術だ。

 リセルヴァが知っていたのは、数年前にとある星で内乱が起きた際に利用され、今日でも脅威とされているからである。

 トランスバール皇国の人々にとっても、撤去が難しく、未だに残った地雷の被害にあう人が居る現実がある以上、忘れられない兵器だ。

 

 そんな物を、自分の艦に仕掛けるなど、一体どういう神経か。

 リセルヴァは戦慄を禁じ得なかった。

 しかも、見れば、地雷を踏んだ戦闘用パペットと、その効果範囲に居た戦闘用パペットは、同様に完全に壊れ、動かなくなっている。

 この戦闘用パペットは、偵察用プローブ同様に、まさに骨と皮の存在で、体積に比較して、機械部分は小さく、その部分への金属球の直撃は、よほど運が悪くなければ起こらない。

 それでも、今、対人地雷で壊れているのは、弾がただの金属球ではないからだ。

 ナノマシンで固定している、皮だけにしては十分な強度を持つ外装を、簡単に貫くほど威力もさることながら、戦闘用パペットを破壊するその金属球の機能が脅威だ。

 天井を見れば、打ち出された弾を受け止める為の特殊な素材でできていた。

 そして、受け止められた弾が、バチバチと火花を散らしているのが見え、やはりただの弾では無い事は解るが、それ以上は直ぐには解らない。

 だが、解析する時間もあまりない。

 

「やってくれる……」

 

 既にリセルヴァにとって、対人地雷が、先日の補給時のリストになかった、などという事はどうでもいい事になっている。

 現に目の前にあるのだから、手に入れた方法など、今論じるべき事ではない。

 リセルヴァは、仲間に通信で、対人地雷の被害について連絡するが、その時、既に他の部隊も被害に合っているところであった。

 

 既に艦内は戦場だった。

 それは、敵がそこに居るからではなく、この場所で攻防が行われているから戦場なのだ。

 ヘルハウンズ隊が踏み込んだのは、無人の荒野ではなく、知将の住まう砦なのだ。

 

 

 

 

 

「冗談じゃない!」

 

 機関室へ向かうベルモットは悪態を吐きながら進んでいた。

 ここまで進んできて引っかかったトラップは全部で4つ。

 未然に回避したのは3つで、半分も回避できていない。

 対人指向性地雷の後、同じく地雷があったが、その後は、高圧電流風呂付きの落とし穴、壁から槍が飛び出したり、天井から金属の塊が無数に降り注いだりだ。

 ブラマンシュ商会から買ったリストを見ても解らなかった理由は解った。

 だが、進めば進む程、アナクロさは増し、準備万端とはいえない事が伺える。

 

 しかし、それでも十二分に効果的だった。

 最初の地雷が『存在した』というだけで、警戒が必要となり、進行速度は鈍る。

 2個目が実在したら、罠は一つだけでは無い確証として、更に慎重に進まざるを得ない。

 そして、解除に手間取るし、失敗すればそれで兵力を失う。

 戦闘用パペットは、最初に連れていた10機から、3機まで減ったのだから、大損害だ。

 

 それに、解除しようとした時に気づいた事がある。

 

(罠の始動はON一回のみの回線で、遠隔解除はできない。

 つまり、この罠は相手も解除できない事になる)

 

 ベルモットは最初、ネットワークで管理されているトラップなら、ハッキングして解除する自信があった。

 しかし、それはできなかったのだ。

 ベルモットは元々傭兵としては裏方で、機械の整備、調整を担当していたメカニック。

 それが、奇襲を受けた際、在るだけの機材を利用して迎撃し、逆に敵を全滅させた功績をもってパイロットにまでなったのだ。

 つまり、今ベルモットは、嘗て出世する切欠となった事件を逆に受ける立場に居るという事になる。

 しかしそれでも、自分の艦に罠を張り、それを解除できない状態にするなど正気とは思えなかった。

 まして、ON1回きりのトラップなど、効率としても悪すぎる。

 

 だが、それが可能なのは、最初の罠、ルートの指定である事は気付いている。

 タクトは、隔壁を利用せず、ヘルハウンズ隊に、わざわざ道を示した。

 それが最短ルートと分かっていた為、ヘルハウンズ隊は、その道を利用した。

 わざわざ隔壁を破り、遠回りする程の余裕は無いからだ。

 そうしたのは、非戦闘員であるクルーへの被害をなくす為と最初考えたが、それ以外にも、トラップを仕掛けた道を進ませるというのがある。

 相手の通る道を限定しておけば、トラップは効果的に仕掛けられる。

 なんとも単純明快なトラップだ。

 3人の部隊がほぼ同時に最初のトラップに引っ掛かり、互いに連絡して警戒できなかったのも、それによる計算だ。

 

 今ヘルハウンズ隊は、完全にタクトの掌の上だ。

 しかし、既にベルモットは機関室の目の前、減ってはいても、戦闘用パペットを3機残している。

 勝負はまだこれからだ。

 

 プシュッ!

 

 エルシオールのセキュリティをいともた易く破ったベルモット。

 扉をくぐり、機関室に入る。

 とは言っても、そこはまだ機関室の前の部屋。

 扉1つで機関室に通さない、セキュリティの為の部屋でもあり、危険な機関室を隔離する為の空間でもある、少し広い部屋。

 2mほどの高さのパネルが規則正しく並んだ空間で、奥は見えない。

 パネルそのものは、中にセキュリティ検査用の端末があったり、いろいろな用途があってそこにあるが、侵入者にとっては一直線に進めない邪魔な壁だ。

 同時に、1つ目の扉を破っても、この部屋のセキュリティを破れなければ、この部屋にとらわれる事となるだろう。

 そして、今回は、もう1つの利用価値が示される。

 

「あらあら、ずいぶんと遅かったですね」

 

 声が響く、暗い部屋の中に、少女の声が。

 

「その声、ミント・ブラマンシュか」

 

 戦闘用宇宙服に備わる機能として、声紋照合もするが、それはあくまで確認の為。

 たった5人しか居ない敵の声だ、聞き間違える筈もない。

 

「はい、貴方のお相手は、ミント・ブラマンシュがいたしますわ」

 

 セキュリティ上重要なこの部屋は、その実、戦場としての価値が高かった。

 

 

 

 

 

 その頃、シヴァ皇子の部屋でも動きがあった。

 

「では、皇子、暫くご辛抱を」

 

「ヘレス……」

 

 シヴァが見たのは、見慣れた侍女の姿ではなかった。

 いや、服装そのものは、いつもの侍女服だ。

 そして、いつもシヴァに向けている微笑もある。

 だが、違う。

 シヴァが知る限り、この侍女は、シヴァの傍に最も長くいてくれたこの女性は、銃を持つなど考えられない人だった。

 

 それなのに、なんて自然に重火器を装備するのだろうか。

 

「ご心配なく、これでも、ほんの一時期ですが軍にも所属してたのですよ」

 

 シヴァは、この侍女、ヘレス・アンダルシアが、自分の護衛も兼ねている事は知っていた。

 だからこそ、ほぼ常に傍に居るのだ。

 しかし、彼女が、その仕事をしている事は見たことがない。

 何せ、自分は今まで皇族の中では、存在を忘れられそうなくらい低い位置に居た。

 最後の皇族となって、やっと、名を知った人も多い事だろう。

 だからこそ、今まで危険らしい危険に遭遇する事もなく、白き月で静かに暮らしてきた。

 そんな中、ヘレスの実力を測る様な機会はなかった―――いや、それは単にシヴァがその機会を全て見逃していたのだ。

 

「ヘレス……武運を祈っておる」

 

「ありがたきお言葉。

 ヘレス・アンダルシア、必ずや狼藉者を追い払い、直ぐにお戻りいたします」

 

 今は戦時。

 自分に最も親しい人すら、戦場に立たねばならぬ非常事態。

 解っていた、他の皇族がみな死に絶え、白き月から逃げねばならなかった時に、解ったつもりでいた。

 だというのに、ヘレスを見送るシヴァは、自分の足で立っているのがやっとという、強いショックを受けていた。

 気丈に言葉も送ってはみたが、それに返答するヘレスは、やはりいつも通りの声で、とても戦いに行く様には聞こえない。

 けれど、肩から下げた重火器が、現実を教えてくれる。

 

 扉が閉じ、部屋に1人残されたシヴァは、最後に呟く。

 

「どうか、無事で」

 

 祈る事しかできない。

 それがなんと歯がゆい事か、シヴァは、白き月から脱出して以来、初めて涙を流した。

 

 

 

 

 

 丁度その頃、レッドアイ率いるシヴァ皇子確保部隊は、エンジェル隊の私室の前まで来ていた。

 そこは、最後の曲がり角。

 この角を曲がれば、シヴァ皇子の私室がある。

 ここまで、トラップに掛って、兵力は半減、レッドアイと、戦闘用パペット5機まで減少していた。

 だが、帰り道は確保しており、ここまでくれば、後はシヴァを連れ去るだけだ。

 楽観はしないレッドアイも、そう判断した。

 危険なのは帰り道の方だろうと。

 

 だが、それはとんでもない油断であると、レッドアイは知ることになる。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

 女性の声が通路に響く。

 エンジェル隊の誰でもない、女性の声だ。

 声紋データもない為、これは事前に遭遇すると考えられる全リストから漏れていた事になる。

 レッドアイは油断なく構える。

 通路の角にまず戦闘用パペットに覗かせ、対象を視認した。

 戦闘用パペットから送られてくる映像データから、それがシヴァ付きの侍女であると解る。

 ただ、この侍女に関して、何の情報も持っていない。

 取るに足らない人物として、リストに入れなかったのか、それとも、本当に情報がなかったのか。

 

「……」

 

 レッドアイに油断はなかった。

 未知の相手で在るが、シヴァ付きの侍女だ、確保しておくべきだと判断し、戦闘用パペット2体を動かした。

 

 ザッ!

 

 角から飛び出した戦闘用パペットは、レーザーライフルで威嚇射撃をしながら、侍女に近づく。

 

「本日は、この様な物を用意させていただきました」

 

 威嚇射撃が飛来するなか、侍女は平然と言葉を続ける。

 そして、自分の右側の、何かを掴んだ、そう見えた。

 

 バサッ!

 

 掴んだのは布状の何か。

 景色が歪み、それが光学迷彩を施されたシールドであると解った時にはもう遅い。

 

「ブラマンシュ社製のガトリングガンでございます。

 どうぞ、ご賞味あれ」

 

 ズガガガガガガガガガガガンッ!!!

 

 火を噴くガトリングガン。

 人の胴体ほどの大きさのあるガトリングガンを、女性がその細腕で抱え、連射していた。

 その射撃は正確で、接近していた戦闘用パペット2体を瞬く間に蜂の巣にし、破壊する。

 そのガトリングガンは、実弾を使った物だ。

 

 この時代、実弾を使った武器は珍しい。

 フォルテ・シュトーレンは趣味で集めているが、軍で使っているのは、ほぼ全てレーザーライフルなどのエネルギー武器だ。

 何故なら、実弾を使う武器は弾を物理的に消費し、補給も専用の物を用意しなければならないが、エネルギー武器なら基本的にエネルギーを充填すれば使える。

 つまり、補給の手間を考えて、圧倒的にエネルギー武器の方が便利だからだ。

 それに、軽量化が進んでいるエネルギー武器に対し、実弾武器は重く、扱いづらい。

 整備の面では実弾武器の方がいいだろうが、既にエネルギー武器は大量生産されている為、壊れたら破棄、という風にしても、不足する事はほとんど考えられない。

 

 勿論例外もある。

 同じ武器ばかり使用されれば、対策が簡単になり、通用しなくなる。

 レーザーライフルしかないのなら、それ専用の対策はいくつかあり、ほぼ無力化する方法もあるくらいだ。

 だから、実弾の武器も、未だに使用されているし、無くはない。

 

 しかし、どちらにしろ、そんな物を購入していれば、リストにある筈だ。

 対人用のガトリングガンなど、見落とし様がない。

 

(対人用なら、な)

 

 破壊された戦闘用パペットが残した最後の映像。

 それで解ったのは、少なくとも、今使用されたガトリングガンは、人が単独で扱う物ではなない、という事だ。

 大きさとしては、ギリギリ大男が抱えられるくらいだろうが、実際、侍女はガトリングガンを持ち上げている訳ではない。

 地面に設置したものの、角度を手で調整しながら射撃しているのだ。

 そして、その形状から、レッドアイは、戦闘機に搭載するガトリングガンを改造したものだと判断した。

 それならば、紋章機用の武器として、対人兵装のリストには入らない。

 更に、ガトリングガンの存在を隠していた光学迷彩も、本来、こんな用途をするものではないものからの転用と考えられる。

 

 しかし、フォルテならばいざしらず、そんな改造したガトリングガンを扱い、威嚇射撃に一切動じない様な人物が、リストから漏れていた。

 シヴァ皇子自身の情報も少なかったが、周囲に居る人物の情報もここまで欠落している。

 レッドアイは、情報収集という、最初の戦いは敗北したのだと、そう判断した。

 

 だが、まだこの場の戦いが敗北と決まった訳ではない。

 

「予定外の行動を指示する」

 

 レッドアイは、残った3機の戦闘用パペットに、事前に入力していなかった特殊な指示を下した。

 

 

 

 

 

 一方、外での戦闘も継続して行われていた。

 

「敵の増援、駆逐艦4」

 

「5番機だけでは対処できんな。

 ヘルハウンズ隊との戦闘状況は?」

 

「ダメです、1番機、2番機共に、殆ど相手にダメージを与える事ができていません」

 

「時間稼ぎも兼ねているのかもしれんな」

 

 ヘルハウンズ隊との戦闘が開始され、3分が経過したが、ヘルハウンズ隊との戦闘にはあまり変化が見られない。

 ここまで、ダメージも与えられていないとなると、相手がそう動いているからだと言える。

 内部に侵入したヘルハウンズ隊は3名。

 装備からして、今戦闘機で戦っている2名が追加で侵入する事は考えずらい。

 ならば、この2名は、紋章機で戦う3人をエルシオール内に戻さない為と、味方の増援を待っている可能性が高い。

 紋章機が5機揃っていれば2隻や3隻の増援が来た所で問題ないが、実質5番機しか無人艦の対処にあたれないとなれば、時間が掛かれば掛るほど不利分が増す。

 

「仕方ない、エルシオールを前に出す。

 弾幕パターンをDに変更。

 取り舵5、速度最大」

 

「了解」

 

 この場で、残る戦力はエルシオールだけだ。

 しかし、いくら追加武装を装備したからと言っても、ヘルハウンズ隊の相手はできないし、数で圧倒的に多い無人艦隊も相手にできない。

 ならば、エルシオールにやれることは。

 

「2番機、指定ポイントへ移動」

 

『え? 了解』

 

 ヘルハウンズ隊のギネスと戦闘中のランファを、殆ど呼び戻す形で移動を指示するレスター。

 それは、同時にギネスもエルシオールへ呼び込むことになる。

 

「右舷に弾幕を集中。

 パターンC」

 

 追加武装により、濃厚となった弾幕でギネス機を迎え撃つが、しかし、相手は並のパイロットではない。

 弾幕を掻い潜りつつ、エルシオールに攻撃を入れてくる。

 こちらは殆ど掠りもしないのに、エルシオールには直撃を3発も受け、追加装甲のいくつかが剥がれる。

 そして、旋回し、ギネス機が再度接近を試みた、その時だ、

 

「右舷追加装甲、1番、4番、5番、9番を強制分離!」

 

「了解、炸薬点火! 

 強制分離します!」

 

「続いて、追加武装、3番、7番を破棄、分離!」

 

「了解、爆破分離実行します!」

 

 エルシオールの右側の追加装甲と、その下に隠されていた追加武装の多くを一度に分離。

 それを盾とすると同時に、敵へと向ける武器にもする。

 だが、速度が遅い。

 ミサイルよりも遥かに遅い速度だ、所詮は分離するだけの爆発で飛んだ装甲板に過ぎない。

 ギネスはそれを軽く掻い潜り、追加装甲を失ったエルシオールへ攻撃を仕掛けようとした。

 だが、

 

『アンカークロー!』

 

 その時、丁度エルシオールの上から下へと回っていたランファが、アンカークローを放つ。

 

『おいおい、そりゃないぜ』

 

 だが、それすら紙一重で回避するギネス。

 距離が遠すぎるのだ。

 だから、自分を甘く見ていると、ギネスは怒っている。

 しかし、ランファの攻撃はそれで終わったわけでは無い。

 

『帰りは怖いわよ!』

 

『なにっ!?」

 

 戻されるアンカークロー。

 それは、ただ回収されるのではなく、エルシオールが分離した追加装甲と追加武装のバルカン砲を掴んだ状態だった。

 今丁度、ギネスが回避した追加装甲と追加武装で、ギネスの真後ろ。

 アンカークローは紙一重で回避した為、そのまま真後ろから追加装甲と、こんな状態でも一応弾が撃てるバルカン砲が迫る事になる。

 

「右舷、全砲門一斉射撃!」

 

『おおおおっ!!』

 

 アンカークローでつかまれた追加装甲とバルカン砲は、それ自体はぶつけても大したダメージにはならなし、固定されていないバルカンなど撃っても当たらない。

 しかし、ワイヤーと追加装甲と、背後からの弾幕という障害物が発生した事により、動ける範囲が限定される。

 そこへ、正面からランファの射撃と、エルシオールからの砲撃が加われば、全てを逃れる事は不可能となる。

 

『ふはははっ!

 なんだ、エルシオールも十分面白いじゃねぇか!』

 

 通信から聞こえてくるギネスの声。

 ギネス機は確かにダメージを負い、中破という状態なのに、聞こえてくる声は笑い声だった。

 あれだけの砲撃でも尚、中破で済んでいる事だけでも恐ろしいが、この状況を楽しんでいる様だ。

 

『だが、これ以上はやれねぇ。

 悪いが、一旦下がるぜ』

 

『ああ、仕方ない』

 

 ヘルハウンズ隊同士の会話も、緊張や怒り、焦りと言った感情は見えない。

 

「2番機、深追いはするな。

 無人機の処理を優先してくれ」

 

『解ったわ』

 

 ただ、冷静なのはこちらとて同じ事。

 追加装甲と追加武装を大量に破棄してまで、ヘルハウンズ隊の1人を退けたのに、喜びの一つも見せない。

 それは、今置かれている状況が、まだまだ危機的だからというのもあるが、これからまだ悪くなるというのも頭に入れているからだ。

 

 ビー! ビー! ビー!

 

 丁度その時、警報が鳴り響く。

 モニターに映し出されるのは、ブリッジに接近するリセルヴァと戦闘用パペットの姿。

 大分時間は稼げたが、やはり、ここまで辿り着いた様だ。

 

「エンジェル隊、後は各々の判断で行動しろ。

 エルシオールは、この場で停止、弾幕パターンをランダムに切り替え、敵が近づいてきたら応戦。

 俺も、少しこの場を離れるぞ」

 

 そう言って、レスターは、ブリッジに用意しておいた、武器を取り出す。

 ただの金属製ではなく、しかしレーザーブレードでもない剣と、マシンガンだ。

 それと、防弾ジャケットと腕に固定するタイプの小型シールドを装備する。

 

「副指令」

 

「大丈夫だ、直ぐ戻る」

 

 アルモにそう答え、ブリッジの扉をくぐるレスター。

 ブリッジの外にでると、少し広めの通路がある。

 それを手元のスイッチで、少し変化させる。

 縦3m、横1mほどの壁がいくつも床から出てくる。

 銃撃が簡単に通らない、障害物を作り、ここを戦場としたのだ。

 

「さて、どれ程やれるかな」

 

 奥の手は、まだある。

 タクトから受け取った、レスターも内容を知らない奥の手だ。

 内容が謎、というのもあるが、奥の手は、使わなくて済むなら、使わない方がいい。

 レスターは、まずマシンガンを構えた。

 足音が聞こえる。

 敵が到着したのだ。

 

 

 

 

 

 侵入された場所から最も近かった格納庫。

 そこでは激戦が繰り広げられていた。

 

 ズドォンッ!! ズドォンッ!!

 

 実弾タイプのショットガンを連発し、また1機の戦闘用パペットを破壊するフォルテ。

 弾は散弾型であり、更に連射する事で、機械部分の小さい戦闘用パペットも破壊する事ができる。

 そして、次の瞬間には、バリケードに身を隠す。 

 格納庫は、資材を利用して作ったバリケードで、ちょっとした森の様になっている。

 更に、格納庫にあるのは資材だけではない。

 

「ポイントE、掛ったよ!」

 

 ズダァァンッ!

 

 フォルテが叫んだ直後、ポイントEと名づけられていた場所に、強力な熱線が降り注ぐ。

 整備の再、装甲を溶接したりするのに使う機器から発せられたものだ。

 戦闘用パペットと言え、溶解しきる事など造作もない。

 

「BからCに向けて、スパイダー発射!」

 

 バシュンッ!

 

 次は、アームを使って放たれたのは、強力な電流が流れるネットだ。

 フォルテの的確な指示の下、整備班が、整備に使う機器を持って援護している。

 確かに軍人はタクトとレスター、エンジェル隊だけだが、それ以外の人員が全く戦えない訳ではない。

 

(とはいえ、あくまで緊急時だらかだけど)

 

 ここでは、使っているのが整備に必要な機器だからまだいいが、本来民間人に戦闘行為をさせるのはよろしくない。

 一応、自主的に手伝ってもらっているという事になっているが、軍が、民間人に戦闘を強要したとなれば大問題だ。

 この場は、整備班達の防衛行為という事にもなるが、それでも、やはりあまり良い事ではない。

 少なくとも、フォルテという軍人がいるのだから。

 

 ただし、それでも、これは非常時だ。

 そもそも、エルシオールは軍艦扱いとなっているのに、クルーが民間人というのがまずおかしい。

 のちのち、書類上の処理だけでも、解決が図られるだろう。

 ともあれ、今は、この戦闘に勝たねば、クルー全員の命も危ないのだ。

 利用できる物は利用している。

 

「パターン解りました。

 ジャミング、掛けます!」

 

「よし、やってくれ!」

 

 ここは格納庫で、居るのはロストテクノロジーに精通した整備班だ。

 戦闘しながらも、戦闘用パペットの構造を解析してきた。

 当然、電子防護も施されているが、ここの設備を持ってすれば、停止させる事も可能となる。

 

 ガガガガガガ!

 

 妙な音と共に、電子攻撃が放たれた。

 単純な威力だけでも、電子機器を破壊できそうな電磁波だ。

 残っていた6機の動きが鈍る。

 

「これで終わりだよっ!」

 

 ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ!!

 

 そこにフォルテは、両手にもったショットガンとグレネードランチャーで物理的に破壊する。

 これで、格納庫を制圧しようとしていた、15機の戦闘用パペットは全て破壊された。

 

「よし、ごくろうさん。

 他の状況は?」

 

「シヴァ皇子の部屋の前、機関室、それとつい先ほどブリッジも戦闘状態に入りました。

 外はヘルハウンズ隊の戦闘機の内1機を退け、なんとか拮抗しているという感じです」

 

 ここ以外には、ヘルハウンズ隊の人間が1人居る事になる。

 その代わりに格納庫は戦闘用パペットの割り振りが多かった様だが、それでも指揮官がいなくては話にならない。

 ともあれ、ヘルハウンズ隊の指揮官がおらず、一番早く戦闘が終了したフォルテは、どこかの援護に向かうべきだが、それがどこかの判断に迷うところだ。

 

「司令官殿は?」

 

「まだ移動中です。

 途中で、トラップの調整もしていましたので」

 

 ONしか出来ないとは言うが、発動の基準くらいは弄ってからONにできるというものだ。

 タクトは、展望室に設置した装置でそれを行ってから、自ら援護に向かっている。

 タクトが何処に向かうかは、最初から決まっている事で、聞くまでもない。

 だが、それがあるからと言って、タクトが行く場所を援護の対象外にするべきではない。

 

「よし、私は援護に向かうから、ここは隔壁を閉じて、閉じこもっといてくれ」

 

「了解しました。

 残っているトラップに注意してください」

 

「ああ」

 

 フォルテは戦闘用パペットの残骸を越え、格納庫を出る。

 向かう先は、最も苦戦しそうな場所だ。

 

 

 

 

 

 その頃、機関室前。

 

「ミント・ブラマンシュか。

 悪いが、お前がテレパス能力者だって事は解ってるだぜ。

 その射程も解ってるし、対策もしてきている」

 

 ベルモットは、まだ姿の見えぬ相手に告げる。

 ミントのテレパス能力は、ミントの故郷の星特有の寄生生物、ミントの頭の耳の部分が持つ能力だ。

 それはつまり、テレパス能力者は数多く存在しており、その『被害者』も膨大な人数にのぼるという事だ。

 

 心を読まれる、と言うのは、嫌悪するのがむしろ普通と言えるだろう。

 その為、対テレパスの研究は当然の様に行われ、公にされていないが、テレパスを防ぐ道具というのも実用化されている。

 ただし、それを使う事は、相手に読まれては困る事がある、と告げているのも同然なので、逆に警戒される恐れがある。

 尤も、交渉などの場合、隠しておきたい情報というのが無い事はほぼ無いだろうから、重要な交渉では、使うと先に宣言される場合もあるらしい。

 とは言え、公にされていない道具である為、よほどの重役でなければその道具の存在自体を知らない。

 

 そんな、公にされていない道具すら手に入れ、この場に利用すると宣言するベルモット。

 自己顕示欲に他なら無いが、当然、挑発としての効果も考えている。

 

「あら、あんな物を装備してらっしゃるの?

 エネルギーの消費は馬鹿にならないでしょうに」

 

 再びミントの声が響く。

 能力を封じたと言われているのに、余裕そうな声だ。

 だが、ベルモットには、その返答の内容に興味は無かった。

 

「そこか!」

 

 パパパパシュンッ!!

 

 静かに動かしていた戦闘用パペットが声のした場所に回りこみ、レーザーライフルを連射する。

 先ほどの会話は無駄な会話ではなく、相手の位置を特定する為のものだった。

 尚、声で判別したのは確かだが、実際には、声がした事で明確化した生体反応を狙ったものだ。

 この部屋は機関部に近いこともあり、高エネルギーが近くで渦巻いており、その影響で戦闘用宇宙服に装備されているレーダーの類もかなり利きが悪い。

 その為、声を出させる事で、反応を明確にしたかったのだ。

 

 だが、

 

「ちっ! 流石にそこまで簡単な相手じゃないか」

 

「私も、一応軍人ですから」

 

 再び全く別の場所で生体反応を検知する。

 今の反応は、囮だった。

 戦闘用パペットの映像から、その囮らしい機械を破壊した映像が見えるが、ミントの姿はない。

 更に、

 

 ズバァァアアアン!!

 

 囮として機械が設置してあった場所から、高エネルギーがあふれ出し、回り込んで射撃した戦闘用パペットを1機巻き込んだ。

 レーザーを打ち込んだことで、高エネルギーが漏れ出したのだ。

 ただ、それも安全装置が働いてか、直ぐに停止し、戦闘用パペット1機の残骸だけが後に残る。

 

「まあ、そうだよな」

 

 ベルモットが笑う。

 相手を軽く見ていた訳ではない。

 ただ、ミントの白兵戦能力は情報でも良く解っていなかったので、ここは、見込みが甘かったというのは事実だ。

 

 ミントは、テレパス以外の能力は、見た目に見合った身体能力より、ちょっと上程度、という記録しかない。

 一応軍人である以上は、正式な訓練を受けており、並の人間よりは遥かに高い運動能力がある。

 が、やはり体型の限界は超えられない。

 ベルモットもかなり小柄な体格だが、男である分、腕力は上だし、今は戦闘用宇宙服を着ている。

 相手の装備は不明だが、仮に同じ用に戦闘用宇宙服を着ていたとしても、自分が着ている物の方が高性能である自信があった。

 いや、とそこで思いなおし、過信を改め、同等以上の装備をしていると仮定しなおす。

 これ以上、情報が無い為、仮定も無意味だろう。

 ならば、後は戦略の問題。

 

 ここはエルシオールで、偵察用プローブで調査した時の情報がほぼ役に立たない程、対人設備が整えられている為、地の利は圧倒的にミントが持つ。

 ベルモットは、残り2機の戦闘用パペットと、自分自身の能力を最大限に活かし、これを覆さなければならない。

 

「そうそう、教えておきますと、私の能力は、直接心を読むだけが能ではありません。

 幼少の頃より読み続けてきた人の心、思考パターンという知識は、他ではあまり無い戦略要素です」

 

「何っ!」

 

 他者の考え方が読める。

 言葉として説明するのは簡単だ。

 しかし、それを持つ事で、どう違うのか、直接読んできたテレパス能力者は、どれ程の情報を得られるか。

 それは、目という器官の無い生物が、目で光を捉える事のできる人間の見える景色を想像する事の様に、持たない者にとっては理解できないもの。

 

(ハッタリだ。

 そんなものがあるなら、ブラマンシュの人間が、そんな事で他者より優れているという情報なんてない)

 

「あら、人外扱いされて、迫害されるのを恐れているからですわ。

 心を読めるとは、そう言う事も直ぐに察知できますから。

 後、人が対テレパス装置を開発する様に、私達も対・対テレパス装置というのを開発していますのよ」

 

 ベルモットの思考に対して、それを読んだかの様に言葉を続けるミント。

 そして、その理由が告げられる。

 至極当然の事だ。

 対策の対策、それは剣が強くなれば盾も強化される様に、永遠に続く連鎖反応。

 

(……まあ、どちらでもいい)

 

 だが、ベルモットは動じない。

 ミント専用の対処装置など、最初から大してあてにしていなかった。

 ミントの言う様に、対策に対して対策を打たれるのは当然の事だ。

 ならば、他の手段で、相手を出し抜けばいいだけの話。

 こちらの思考を読もうとも、逃げられない状況まで追い込めばいい。

 こんな狭い部屋ならば、さして難しい事でもない。

 

(オイラの思考速度についてこれるなら、やってみろ)

 

 元々はメカニックであったベルモットは頭の回転には自信がある。

 残り2機となった戦闘用パペットに、リアルタイムで細かい指示を出しながら、部屋を捜索している。

 生体反応、動体反応、熱源反応、どれもアテにできないが、僅かな変化も見逃さない。

 

 フッ!

 

 戦闘用パペットが半分も進んだとき、部屋の奥から戦闘用パペットに向けて何かが投げられた。

 それは、部屋に立つ壁を越えて、上を通り、放物線を描いて、接近する。

 

「撃つな!」

 

 本来なら、戦闘用パペットは自動迎撃を行うだろうが、ベルモットは止めた。

 

 カラン カラン……

 

 投げ込まれた何かは、戦闘用パペットの脇に落ち、何も起きない。

 レーザーライフルで撃ち抜く事で何かが起きる類のトラップだったのだろう。

 ベルモットはそう判断し、それは無視して、戦闘用パペットの移動を再開する。

 更に、自分も移動を開始、3名で、この部屋を確実に調べつくすつもりだ。

 物陰も、ミントくらいなら隠れられそうな場所は徹底的に調べ、慎重に奥へと進む。

 

 そして、戦闘用パペットが、機関室側の壁まで移動した。

 

「いないっ!?

 ―――しまった!!」

 

 ズババァァァンッ!!

 

 ベルモットがカラクリに気づいた時には遅かった。

 部屋の機関室側に高エネルギーが荒れ狂う。

 高エネルギーの暴走は、やはり直ぐに止まるが、戦闘用パペット2機の反応がロストする。

 ベルモットは、なんとか飛び退いて、影響を受けなかったが、戦闘用パペットを全て失い、自分の身一つとなってしまった。

 更に、

 

 ガタンッ!

   パパパパシュンッ!!

 

 天井の板がはずれ、ミントが飛び出してくる。

 レーザーライフルを連射しながら。

 そう、ミントは最初から、この部屋には居なかった。

 天井に隠れ、有線で部屋の端末に繋いで声を出し、遠隔で罠を動かして、居る様に見せかけていただけ。

 姿は見えなず、この見通しの悪い部屋の何処かに隠れている、と思い込ませる事自体が罠だったのだ。

 

 天井裏に隠れていたミントは、最後の罠を使った事で、ベルモットは逃したが戦闘用パペットは全て排除した。

 ただ、最後の罠の発動時、ミントが部屋内部の情報を得るために使っていた端末も停止した。

 その為、逃したベルモットは、彼がつけている対テレパス装置の反応を頼りに位置を割り出し、自ら飛び出して止めを刺そうとしたのである。

 

 しかし、

 

「くっそ!」

 

 レーザーライフルの射撃はベルモットの身体に命中したが、最後の最後にトリックを見破った事により、回避行動に出ていた為、致命傷は受けていなかった。

 宇宙用戦闘服を着ている事もあり、まだ戦える状態だ。

 しかし、ここの制圧は不可能になった。

 

「姿さえ見えりゃ!」

 

 パシュンッ!

 

 ベルモットはレーザーライフルを1発発射した。

 そのレーザーは、飛び降りてきたミントが、隠れた物陰の脇の壁に命中する。

 そして、

 

 ズバァァンッ!!

 

「きゃぁぁっ!」

 

 その壁に流れていた高エネルギーの暴走が起きる。

 その影響は小さなものだったが、気付いて退避しようとしていたミントを掠める事には成功した。

 ベルモットは元々メカニック。

 これだけの時間この部屋に居たのだ、エネルギーの流れを把握し、ミントがやった様にエネルギーを暴走して爆発させる事くらいはできたという事だ。

 

「く……逃がしましたか……」

 

 最後、飛び出した時の射撃で倒せなかった時点で既に諦めていたが、反撃まで受けてしまったミント。

 既にベルモットが居なくなった部屋で、1人、悔しげに呟いていた。

 ミントは負傷した左腕を押さえ、左足を引き摺りつつも立ち上がる。

 負傷自体は、防護服を着ていたお陰で火傷をした程度で済んでいる。

 ヴァニラさえ居れば直ぐに治せるだろうが、追撃も、どこかに援護に向かう事もできそうにない。 

 

「さて、この片付けは大変ですわね」

 

 改めて部屋を見渡し、また呟く。

 機関室前のこの部屋で、流れているエネルギーを暴走させるというトラップ。

 その代償は大きかった。

 機関室が狙われるのは解っていたが、機関室での戦闘はできず、通路までで食い止める事も難しいとの判断で、この機関室の前の空間を利用する事となった。

 しかし、この部屋も、重要な機械と高エネルギーの流れる場所。

 その高エネルギー自体をトラップとして利用したのだが、それも、部屋の極一部で起こす事が精一杯だった。

 それ以上は機関室への影響や、今後の航行への影響が出てしまうからだ。

 これだけでも、修理に全力をあげても2,3日は軽く掛る筈。

 

「私も、まだまだですわ。

 テレパス能力をもってしてもこの程度なんて」

 

 ヘルハウンズ隊の1人を倒す事で、代償としたかったが、敵わなかった。

 タクトには白兵戦で頼りにされながら、結果は痛み分け、地の利があってこれでは負けも同然だろう。

 対・対テレパス装置は実在するが、ミントは持っていなかった。

 実戦の中で使う事を今まで考えていなかったからだ。

 それ以前に、実戦でテレパスを使用したことは今までに無かったのだから。

 

 通常、忌み嫌われる能力であるテレパス。

 しかし、ミントにとって、それは人が目を使う用に当たり前にある能力だ。

 

「もっと、私も能力を磨かねばなりませんね」

 

 逆に言えば、今まで当たり前にあるものだから鍛えようともしなかった。

 普通の人は、目や耳を鍛える事をしない様に。

 しかし、やはりハッタリにすら使えるくらいに、この能力は白兵戦でも有効だ。

 ならば、鍛えておいて損は無い。

 今回ハッタリにした内容を実現できるくらいには。

 ミントは、そんな事を考えながら傷の応急手当始めた。

 

 

 

 

 

 ブリッジ前、こちらも割りと派手に行われていた。

 

 ガガガガガンッ!!

 

 レスターは障壁から次の障壁に飛び移りつつ、マシンガンを連射する。

 弾は十数発、戦闘用パペットの1機に命中する。

 撃たれた弾は実弾で、レーザーではない。

 その為、殆ど、貫通せず、表面装甲にめり込むだけか、空洞の内部に残る。

 だが、それこそが狙いだ。

 

 ガガガ……ギ……

 

 妙な音を立てながら、形が崩れる戦闘用パペット。

 

「ちっ! 対機動兵器用の特殊弾か」

 

 機能を停止した戦闘用パペットから、最後の情報を受け取ったリセルヴァ。

 それは、ナノマシンを利用して姿を変え、機動する兵器に対するウイルス。

 機動兵器を破壊するナノマシンを搭載した弾頭だ。

 ナノマシンはさまざまな分野で使用され、特に医療では大活躍しているが、その扱いが非常に難しい。

 しかし、用途を限定した非汎用の物なら、実は簡単に使う事ができる。

 戦闘用パペットや偵察用プローブがその姿を偽装、及び機動する為に利用している様に、一定の使用範囲ならプログラムを組めば済むだけだ。

 そしてその逆に、ある機能を阻害するだけのナノマシンというのも作る事ができる。

 尚、医療に使われる様に、逆に人を殺す為だけのナノマシン弾というのも作ろうと思えば簡単に作れるが、非人道的として製造は禁止されている。

 

 ともあれ、物としては存在する訳だが、非汎用である為、量産も限定的だ。

 ブラマンシュ社だから扱っていて、ハーベスター用のナノマシンに紛れ込ませて搬送されていた。

 ハーベスター用のナノマシンから弾を製造する事も考えていたが、それはヘルハウンズ隊が予想してもおかしくないとして、偽装はしつつも購入の形をとった。

 ただ、ヘルハウンズ隊としては、使う可能性は低いと考えていただろう。

 既に偵察用プローブを使用しており、戦闘用パペットの利用も予測されていると判断していてもだ。

 

 戦闘用パペットの利用は、容易に予想できる事だ。

 トランスバール皇国軍からの裏切者が出ているとは言え、エオニア軍は圧倒的な人材不足となっているのは隠し様のない事実。

 だが、それ以上に、戦艦に乗り込むなど、砲門を潰した上で、艦を寄せて、橋を渡す、くらいできないと大量の人員は送れない。

 それに、紋章機が健在である以上は、その手段は現実的ではない。

 そうなれば、今回の様な奇襲を用い、少数精鋭と戦闘用パペットを送る事になるのも、当然の流れだ。

 この手段で人間が3人しか送れないのは、人間を送り込む時に必要な生命時や対衝撃といった装備に関わる容積と、戦闘用パペットを送り込むのに必要な装備容積では、比較にならない。

 輸送時の小型化が利点である、今回の戦闘用パペットなら尚更だ。

 

 と、言う様に、戦闘用パペットの使用は、奇襲による侵入を予想していたのなら、当然想定している事だ。

 だから、対機動兵器用の特殊ナノマシン弾の用意も当然の様に思える。

 ただし、特殊ナノマシン弾は、非汎用で一定の効果しかないナノマシンであり、逆に言えば、プログラムされている事は敵味方の区別なく実行してしまう。

 つまり、宇宙船の中で使うという事は、下手な流れ弾が発生して生命維持装置などに間違って命中してしまえば、乗員全員の命が危険に晒される。

 だから、自分の艦内で使う可能性は低いと考えられていたし、実際、重要な機器が隠せない程ある格納庫、機関室では使用できなかった。

 シヴァ皇子の所で使っていないのは、機動兵器しか破壊できない特殊ナノマシン弾に頼れば、人間を退けられないからだ。

 制圧を目的とする他の場所と違い、人間1人でも無事なら、シヴァを連れ去られてしまうので、汎用の武力が必要となる。

 

 そして、最後に残ったブリッジ前。

 ここも、ブリッジという頭脳の近くであるが故、特殊ナノマシン弾の使用はとても推奨できないが、頭脳が近い為、装甲、シールドは厳重だ。

 マシンガン程度の貫通力なら、問題ないとされ、更に、ブリッジの周辺はトラップが仕掛けられなかった為、ここでは使用が決定されたのである。

 

「だが、それだけでは勝てないぞ」

 

 ここは他の場所と違い、トラップが無いに等しい。

 トラップで最も恐ろしいのは誤爆、暴発だ。

 急な工事であった事と、ブリッジの前という迂回ルートの無い場所である事を考えれば当然、ろくな事ができなかった。

 この障壁の設置は、床下で行われていたから、最後のトラップと合わせて設置する事ができた物だ。

 リセルヴァが、ここまで無事に連れてきた戦闘用パペットは5機。

 先ほど1機倒して、まだ4機居る。

 移動中の破損は10機と大損害だが、その代わり、罠は全て処理してきた。

 侵入した場所から、一番遠い場所という事もあり、退路を確保する為だった。

 戦闘用パペット残り4機とリセルヴァ自身が居れば、まだまだブリッジの制圧には十分だ。

 

 対し、レスターはただ1人で戦う。

 奥の手は残っているとしても、まだ4機も戦闘用パペットを残して最後の手段を使うには不安が大きい。

 

「俺も、まだまだやれる」

 

 レスターは、自分に言い聞かせる様に、そう静かに呟いた。

 負傷した、左腕を押さえながら。

 先ほど破壊した戦闘用パペットから受けた反撃による物で、レーザーライフルの傷だから、出血はないし、左腕が使えないなる程ではない。

 一応、飛び込むようにした移動だったし、防弾ジャケットを着ている上に、右腕に小型とはいえシールドを装備しているのに、この負傷だ。

 まだまだ戦闘は可能なくらい軽傷だが、1機目でこうなれば、残り4機の相手は厳しいものとなるだろう。

 

(それでも、ここは任されているからな)

 

 タクトは別の場所の防衛に向かった。

 ここが狙われると解っていてもだ。

 トラップと奥の手だけで護りきれるとは、思っていない筈だから、レスターがアテにされている、という事だ。

 

 レスターはブリッジの扉の前まで戻り、再びパネルを操作する。

 障壁を出したスイッチだ。

 

 ガシャンッ! ガシャッ!!

 

 障壁の一部が入れ替わる。

 何も障壁を出すだけが能ではなく、一部を出したり、下げたりできる。

 そうした動きで、敵の位置を確認。

 自分の有利な場所だけを出し、

 

 ズガガガガガンッ!!

 

 射撃。

 また1機を仕留める事に成功する。

 だが、それを見ているだけの敵ではない。

 障壁の出し入れの動きを見切り、レスターに接近する戦闘用パペットが1機。

 それを確認した、レスターは、また障壁を入れ替える。

 その入れ替えた時間で、敵が、障壁1枚先まで接近するが、

 

 ザシュッ!

 

 レスターは、障壁ごと、敵を持っていた剣で突き刺した。

 障壁は、同じ見た目で、実は中が空洞で、簡単に破れる物も混じっていたのだ。

 

 ズバババババンッ!!

 

 そして、剣の仕掛けが作動し、強力な電流が放出される。

 内部の機械部分に、直接剣が触れていなくとも、放電により機能を破壊する。

 強力故に短時間で、ほぼ使い捨てだが、刺されば、ほぼ確実に1機は壊せる。

 

(これで、3機、残りは2……)

 

 そうレスターが考えた、その時、音が聞こえた。

 奥の方から聞こえる打撃に似た音で、何かが空気を切る音だ。

 見上げれば、戦闘用パペットが、障壁を飛び越え、こちらに放物線を描いて落下してくる。

 

「ちっ!」

 

 ズガガガガガンッ!!

    パパパパパシュンッ!!

 

 マシンガンで迎撃するが、レスターもレーザーライフルの射撃を受けてしまう。

 なんとか頭部をシールドで護るが、元々両手を塞がないように、腕に装着する小型のシールドである為、とても全身は護れない。

 上の空間は、こちらが物を投げ込む時に使う為の空いていたのだが、敵にそれを先に使われてしまった。

 それも、死を恐れぬ人形だからこそできる、自身を投擲物とした攻撃だ。

 リセルヴァは、戦闘用パペットが残り少なくなっているというのに、それでも、1機を犠牲にして、いや、接近していた2機も最初から囮として、レスターを倒す事を選んだのだ。

 

「ぐ……」

 

 運良く、というべきだろう。

 シールドで護った頭部以外も、致命傷を受けた場所はなかった。

 が、それでも、右腕と、左足、脇腹にもレーザーを受けてしまった。

 直ぐに死ぬ事はないが、戦闘続行は不可能だ。

 

 プシュッ!

 

 レスターは、仕方なく、プロテクトを解除し、ブリッジへの扉を開き、ブリッジの中へと退避する。

 

「副指令!」

 

「大丈夫だ、致命傷はない。

 お前達は仕事を続けろ」

 

 アルモも、ココも、入ってきたレスターを見て、駆け寄ろうとしたが、それは制止する。

 まだ、外での戦闘も続いているのだ。

 

「最後の切り札、使わせてもらうか」

 

 扉を背に、ギリギリ立った姿勢を保ちながら、レスターは、タクトに渡されたスイッチを手にし、迷わず押した。

 その直後だ。

 

 ズガドガラガシャッ!!!

 

 なんとも形容しがたい、滅茶苦茶な音が響いた。

 レスターの真後ろ、ブリッジの前でだ。

 

「ブリッジの前のカメラを」

 

「あ、はい……って、なんですか! これ?!」

 

 カメラが映し出した映像。

 それは、通路がなくなったブリッジ前の姿だった。

 通路がなくなった、とは、通る為に必要な、床が無くなったという意味だ。

 そして、遥か下に、床板と、障壁、それと戦闘用パペットの残骸が見える。

 ただ、見れば、ギリギリで脱出したのか、始めから離れていたのか、リセルヴァが、落ちた床を、残っている通路から唖然としなが見下ろしているのも映っている。

 

 ともあれ、これで、ブリッジの制圧は不可能となった。

 扉自体は無事でも、ブリッジへの道が無いのだ。

 時間と、人員が要れば、この程度問題としないだろうが、リセルヴァ1人ではどうしようもない。

 リセルヴァも、それを理解して、直ぐに撤退を始める。

 

「まったく……こんなばかげたものを用意していたのか……」

 

 ブリッジ前の通路の下に、こんな広大な空間があったなど、知りようも無い。

 あの短時間で用意できるレベルの広さではないから、最初からあった空間なのだろう。

 そして、タクトは、それを知って、大きな落とし穴として利用した。

 

「まあ、いい。

 状況報告」

 

「はい。

 ヘルハウンズ隊、カミュ機との交戦はまだ続いています。

 ですが、無人艦隊の増援も止まり、残り3隻まで減りました。

 途中、5番機により1、2番機への修理も行われている為、紋章機の損傷は軽微です。

 ですが、3機ともエネルギーが残り僅かとなっております」

 

「今相手にしている無人艦を撃墜次第、順次補給に入るよう手配しろ。

 周囲警戒は怠るな」

 

「了解!

 あの、副指令、お怪我の方は本当に大丈夫なんですか?」

 

「ああ、まあ、なんとかな。

 が、応急手当くらいは必要か。

 すまん、アルモ、手伝ってくれ。

 ココ、通信の方も頼む」

 

「了解」

 

 とりあえず、ブリッジは安全となった。

 だが、まだ戦闘は、外でも中でも続いている。

 

 

  

 

 

 シヴァ皇子の部屋の前。

 侵入者の最大の目的であるこの場所は、どこよりも苛烈な戦いが繰り広げられる筈だった。

 しかし、それは、派手な銃撃戦が行われる、という事にはならない。

 とはいっても、

 

 パパパパシュンッ!

      カカカカンッ!

 

 壁際から、ライフルだけを出して、数発発射。

 その射撃は、ヘレスの持っている、対レーザーライフル用のシールドに阻まれる。

 対し、ヘレスは、

 

 ヒュッ!

 

 通路の角に隠れている相手に、手榴弾を投げ込んだ。

 手投げの利点として、曲線を描くき、通路の陰に入り、投げ返す暇なく爆発する。

 

 ドガァァァァンッ!!

 

 使用したのは破片式手榴弾。

 一応、ヘレスはシールドを構えたものの、手榴弾の射程から、投げ返されでもしない限り、ヘレスの居る場所まで破片が飛ぶ事はない。

 それに、戦闘用パペット相手では、直撃でも大した効果はなく、人間の方も、戦闘用宇宙服を着ている事から、ダメージはないと思われる。

 それでも投げ込んだのは、動きがあまりに無い事を不審に思ったからなのだが、やはりこんな事で新たな動きがあるものではなかった。

 そう思った時だ。

 

 ヒュオンッ!

 

 大きな影が通路の角から飛び出してきた。

 

 ズガガガガガガガンッ!!!

 

 即座に、ヘレスはガトリングガンを連射、蜂の巣とするが、直後、それがタダの金属板。

 正確に言うなら、エルシオールの天井の板である事が解る。

 更に言えば、罠を仕掛けていた場所の、罠発動の際に外れた天井板だ。

 そして、その板を囮に、天井板の上に戦闘用パペットが1機飛び出してくる。

 

 ズダンッ! ズダンッ!

 

 ヘレスは、ガトリングガンから手を離し、右肩にかけていたショットガンを射撃、撃ち落す。

 が、見れば、それは、最初にガトリングガンで撃破した、戦闘用パペットの残骸だった。

 そして、その下、天井板の下をくぐり、既に人型からトカゲかなにか様な姿で地面を高速で這い、ヘレスに接近している戦闘用パペットが1機。

 

「このっ!」

 

 ガッ!

 

 地面を這って来る相手をヘレスは先ず蹴り上げる。

 金属製とは言え、中は殆ど空洞だ、流石に全身を宙に浮かす事はできないが、動きが一瞬止まる。

 そこへ、左肩かけていたマシンガンを連射。

 だが、それだけでは倒せない。

 ダメージを無視し、戦闘用パペットはヘレスの足を掴んだ。

 そこへ更に、

 

 ズバンッ!

 

 先ほどガトリングガンで撃った天井板を蹴り、ヘレスにぶつけた上、その奥からもう1機の戦闘用パペットが現れる。

 

「まだ!」

 

 天井版が額に掠りながらも、ヘレスはマシンガンで天井を撃った。

 そこは、丁度火災を検知するセンサーがある場所。

 そこを撃ったとなれば、火災初期消火装置が働く。

 

 シュパァァァァァッ!!

 

 天井から噴出すのは水ではない。

 機械による出火が考えられるこの場所で、用いられるのは特殊なジェル状の薬剤だ。

 それが、ヘレスの手前まで降り注ぐ。

 ヘレスは最初の立ち位置は、それを計算しての事だった。

 

「これでっ!」

 

 そこへ、ヘレスは、足をつかまれている為、地面に倒れながら、後方に置いてあったグレネードランチャーを手に取った。

 装填されている弾は―――

 

 バシュンッ!

    シュバァァァンッ!!

 

 向かってきた1機に着弾、足を掴んでいる1機を巻き込み、周囲が凍る。

 液体窒素の入った、特殊冷凍弾。

 本来、宇宙空間でも活動できるこの戦闘用パペットに、生半可な冷気は通用しない。

 だが、火災消火の為に降り注いでいるジェルごと凍らせ、動きを止めることができる。

 

「てぇっ!」

 

  ズガガガガンッ!!

 

 そこへマシンガンを連射、穴が開いたら、その穴に銃口を押し込んで連射し、破壊する。

 そうして、なんとか2機の戦闘用パペットを処理する。

 

 だが、

 

 パシュンッ!

 

 そのマシンガンは、レーザーライフルによって撃ち落される。

 見れば、通路にレッドアイがレーザーライフルを構えて立っている。

 ヘレスは、足をつかまれた状態且つ、至近距離で2機を凍らせた影響で、倒れた状態から上半身を起こすのが限界。

 更に、つかまれている自分の足は勿論、範囲外であったが、跳ねた液体が掛っており、それが腕に付着して凍っている。

 そもそも、至近距離で冷凍弾を使ったせいで、撃った方の腕は凍傷、天井パネルが掠めて、額から流れていた血まで凍り付いて、左目が開かないという状態だ。

 それで、最後に持っていた武器も撃ち落され、もう何もできない。

 それなのに、レッドアイは、一切油断していない。

 残っていた戦闘用パペットを使い、ヘレスをここまで抑え込んで、尚も慎重にヘレスとの距離を詰める。

 

「……」

 

 対し、ヘレスも、まだ諦めていはいない。

 使える右目だけで、レッドアイの動きを捉える。

 しかし、レッドアイに隙はなく、ヘレスに反撃の手立てはない。

 そして、ヘレスまで、後2m、という所まできた。

 その時だ。

 

 ガシャンッ!

 

 レッドアイの後方で、物音がする。

 ヘレスを視界の端に捉えつつ、そちらを確認すれば、天井板が外れ、白い軍服が見えた。

 

 パパパパシュンッ!

 

 右手に持っていたレーザーライフルを連射するレッドアイ。

 この間も、左手に持ったレーザーガンをヘレスから外さない。

 だが、その次の瞬間。

 

 ヒュオンッ!

 

 ヘレスの真上の天井板が外れ、それがレッドアイに向けて飛ぶ。

 更に、

 

 パパパパシュンッ!

 

 その天井板を貫き、レーザーが飛んでくる。

 レーザーライフルによる射撃だ。

 

 パパパパシュンッ!

 

 レッドアイもそれに応戦しながら跳んで回避する。

 飛んだ方向は、最初に天井板が外れた方向であり、完全に後退だ。

 そちら側を選んだのは、最初に見えた白い軍服は、正に、軍服だけだったからであり、次に開けられた天井から、上着を着ていないタクトが降りたからだ。

 防弾としても効果の高い筈の軍服の上着を脱ぎ囮に使ったタクト。

 右のレーザーライフル、左に、アサルトライフルを持ち、ヘレスの前に立つ。

 

 ズダダダダダダダンッ!!

 

 着地し、姿勢を確保できた所で、こんどはアサルトライフルを連射。

 レッドアイはそのまま通路の角まで退避を余儀なくされた。

 

「タクト・マイヤーズか」

 

 通路の角で、そう名を呟いたレッドアイ。

 その呟きは、現状を確認した上で、撤退を決めた言葉でもあった。

 だが、ただでは退かない。

 

 ピッ ピッ ピッ

 

 音がした。

 タクト達のすぐ傍で。

 音の発信源を探せば、凍りつき、既に内部を破壊されている戦闘用パペットの頭部だと解る。

 

「タクト様っ!」

 

「ちぃっ!」

 

 それに気付いたヘレスは、上半身だけを動かし、タクトに落とした自分のシールドを投げ渡す。

 ギリギリ動く左手で、地面を滑らせる様に。

 

 ズバァァンッ!!

 

 そして、起きたのは小さな爆発だった。

 タクトは、受け取った盾を持ち、ヘレスに覆いかぶさるように庇う姿勢をとっていた。

 爆発そのものに威力はなく、破片が少し飛んだ程度。

 腕で頭を庇っていればそれで済んだくらいだ。

 恐らく、これはレッドアイが、ここへ着いてから仕掛けた物だろう。

 注意を引く事で、攻撃の機会か、または撤退為の時間稼ぎとするか、どちらかの為に。

 そして、それは成功し、レッドアイの足音が遠ざかるのが聞こえる。

 

 更に、タクトは、シールドで護りきれなかった足に3つほど、戦闘用パペットの破片が刺さっている。

 何れも軽傷だが、走るのは辛い。

 いや、それ以前、レッドアイと撃ちあった時に右腕を負傷しているから、戦闘続行も難しい。

 

「タクト様、何故、私を庇ったのです?」

 

「その理由は、答える意味を感じない」

 

 安全が確認され、最初に出たのは、ヘレスからの非難めいた言葉。

 それを、予想しいたかの様にタクトは、即答で斬って捨てる。

 タクトは、立ち上がり、今一度レッドアイが居なくなった事を確認して、改めてヘレスの前に立った。

 

「トラップの発動と、ここまで回り込むのに手間取ってしまった。

 遅れて済まなかった」

 

「やはり、ヒーローは遅れてやってくるのですね」

 

「ふ……とんだ皮肉もあったものだ」

 

 どこかで聞いた台詞だった。

 そして、2人は寂しそうに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、フォルテは通路を走っていた。

 向かう先はシヴァ皇子に部屋。

 侵入者の目的の内、尤も過酷な戦場となると考えられる場所だ。

 だが、その途中、前から人が近づいてくるのに気付いた。

 

 パパパパシュンッ!!

 

 更に、レーザーライフルの射撃が来る。

 フォルテは、大型のシールドを構えながらも、通路の角に身を隠す。

 そして、それは相手も同じ事だ。

 相手は、今しがた撤退してきたレッドアイだった。

 フォルテからは、シヴァを連れていない事から、タクト達が防衛に成功した事は解る。

 ただ、現状では、タクト達が無事かまでは解らない。

 

 しかし、今、こうしてフォルテはレッドアイと対峙する事となった。

 それが重要で、確信した事があった。

 

「アンタ、今はレッドアイって名乗ってるか。

 しかも、ヘルハウンズ隊に入っているとはね」

 

「お前は変わらないな」

 

「そうでもない」

 

 ヘルハウンズ隊の中でも無口で通っているレッドアイが、フォルテの呼びかけに答えた。

 それどころか、会話から、昔からの知り合いという風に受け取れる。

 ヘルハウンズ隊は、エオニアがエンジェル隊に対して、あてつけた相手だ。

 それぞれ、エンジェル隊の誰かにライバル心なりを持っている。

 だが、それは一方的な感情と言える。

 エンジェル隊側は、ヘルハウンズ隊のメンバーの事を知らなかった。

 

 その中で、フォルテとレッドアイは違った。

 

「ヘルハウンズ隊に入った理由は―――まあ、相変わらずか」

 

「俺は何も変わらない」

 

「そうかい」

 

 まるで、久しく会っていなかった旧友にあったかの様に話す2人。

 しかし、それは言葉の上だけの事。

 フォルテは、装備を持ち直し、角から飛び出して射撃する体勢を整える。

 レッドアイも、ここを突破する策を練っているに違いない。

 

 暫し会話も、動きも無くなる。

 時間が経てば有利になるのは、どちらだろうか。

 互いに現状を把握し切れていない為、どちらともいえない。

 だあ、どちらにしろ、ここでじっとしりている事が良い方に働く事はない、そう互いに判断している。

 

 ズガドガラガシャッ!!!

 

 その時、音が響き、少し遅れて揺れが起こった。

 エルシオール内部からの音で、揺れもその内部の何かに因るもの。

 それがブリッジ前の通路の床が抜けた音と振動だと、今は知らない。

 だが、この音と揺れこそ合図となった。

 

 ダッ!

 

 角から飛び出し、アサルトライフルを構えるフォルテ。

 レッドアイも、同時い飛び出し、武器を抜き放とうとしていた。

 しかし、遅い。

 レッドアイが、何かを構える前に、フォルテの射撃が始まる。

 

 ズダダダダダンッ!!

 

 盾を背負い、両手で構えたアサルトライフルによる射撃。

 それは飛び出しながらでありながら、正確にレッドアイの手元を狙っていた。

 まず、武器を破壊する事を選んだのだ。

 

 だが、

 

 スッ

 

 飛び出した状態で、フォルテと同じように武器を構えるかと思われたレッドアイが、そこから更に宙で回る。

 フォルテが狙った場所、レッドアイが構えた場合、武器があっただろう場所に、筒の様な物を残して。

 それは、戦闘用宇宙服に備え付けられている、宇宙空間を移動する為の小型推進装置だった。

 筒状のそれには、圧縮された噴射剤も入っており、そんな物を銃弾があたればどうなるか。

 

「しまっ―――」

 

 ズドオオオオンッ!!!

 

 フォルテが気付いた時には遅かった。

 人間1人を宇宙空間で移動させる為の推進装置、その圧縮された噴射剤が一気に解放される。

 そのエネルギーは膨大で、大きな爆発がおきる。

 フォルテが背負ったシールドで身を庇うが、それでも数m吹き飛ばされてしまうくらいだ。

 シールドと防護服がなければ死んでいただろう。

 

「く……」

 

 そして、爆発が収まった後、フォルテが起き上がった時には、既にレッドアイの姿は無い。

 レッドアイは、この爆発と、残りの推進装置を使って、一気に移動したのだ。

 戦闘用宇宙服を着ているとは言え、とても無事では済まない筈だが、それでも、フォルテの前から撤退する事に成功している。

 

「今回は、負けか……」

 

 自分のダメージを確認しながら、そんな事を呟く。

 五体満足で、一応骨折までは至っておらず、全身打撲というところだろう。

 これでは、とても追う事はできない。

 この状況における勝敗で言えば、フォルテは負けを認めざるを得なかったのだ。

 だが、その呟き、悔しいというよりは、どこか悲しげなものだった。

 

 

 

 

 

「お、来たか。

 準備は出来てるぜ」

 

 最初に侵入した場所まで戻ってきていたヘルハウンズ隊の3名。

 既にどこも失敗した事は通信で解っている。

 

「情けない話だ、収穫0とは。

 というか、レッドアイ、お前大丈夫なのか?」

 

「問題ない、帰還する」

 

「そうだな」

 

 レッドアイがかなりの負傷を負っているのは気になったが、ここは敵地。

 一応追っ手が掛らない様にしてきたが、無駄口を叩いている程の時間はない。

 直ぐに、侵入に使った突撃艇に積んである、脱出用ポットに乗り込む。

 

 

 

 

 

 タクトに連絡が入ったのはその直ぐ後、ヘレスの応急手当をしているところだった。

 

『ヘルハウンズ隊は脱出したらしい。

 脱出ポットに乗って離脱、刺さっていた突撃艇は自爆した。

 隔壁は正常に閉鎖し、影響は軽微』

 

 因みに、その自爆は、機密を護る為のもので、正確には、エルシオールから離れてからの自爆で、エルシオールにほとんど影響はなかった。

 そして、これが隔壁による時間稼ぎをしなかったもう1つの理由。

 隔壁は、中央で制御できるが、個別にも操作できる。

 取り残されたりした時の為の機能だ。

 

 しかし、逆に、そのシステムを乗っ取られたりすると、拙い事になる。

 宇宙を航行する船において、隔壁が働かない事は、死を意味すると言ってもいい。

 海に浮かぶ船でも同じだが、隔壁がなければ、何処かに穴が開いた時、その穴が一つでも、浸水し、船は沈む。

 宇宙船ならば、内部の空気を失い、それどころか、外へと人や物が吐き出されてしまう。

 

 それは、システムを乗っ取らなくとも、穴を開けてしまったら同じ事。

 穴が空いた隔壁など、何の意味も持たない。

 だから、今回、隔壁による時間稼ぎは使わなかったのである。

 

『艦内全域を調査したが、敵は残っていない。

 後、怪我人は俺達だけ、死者、行方不明者は0だ』

 

「それは何よりだ」

 

 ヘルハウンズ隊は1人も減らせなかった。

 しかし、とりあえず全員が生きていれば、またの機会を狙えばいい事だ。

 

「外は?」

 

『無人艦も倒し終えた所だ。

 ヘルハウンズ隊は、ポットを回収して撤退している』

 

 これで、今回の戦闘は終わり。

 そう思った時だった。

 

『敵増援です!

 数は1、大型の戦艦……初めて見るタイプです』

 

「なに!」

 

 このタイミングでの増援、それも1隻のみ。

 タクトは、嫌な予感がした。

 そして、それはある意味で当たった事になる。

 

『始めまして、エルシオールの皆さん』

 

 そう言って、通信で挨拶してきたのは、エオニアの演説の際、直ぐ傍に居た女性だ。

 

『私はシェリー・ブリストル。

 エオニア様の副官にして、ヘルハウンズ隊の指揮官。

 本日のところは、こちらの負けという事の様ね』

 

 ヘルハウンズ隊を回収し、今から戦う言う気はない様だ。

 それどころか、潔く負けを認めている。

 しかし、そんな態度を見せるシェリーの姿に、何故か、いやな寒気がした。

 ブリッジのレスターも、通信を見ているエンジェル隊もだ。

 

『今日のところは引き下がる事にしよう。

 では、またいずれ会いましょう』  

 

 そんな言葉を最後に、一方的に通信を切ったシェリー。

 戦艦も、直ぐに後退し、エルシオールのレーダーから消える。

 だが、それでもまだ緊張は続いていた。

 

「レスター、1番機と2番機で周囲を警戒しつつ、Cルートで移動開始。

 負傷者が出ているから、ヴァニラには戻ってもらってくれ」

 

『了解した』

 

 レスターに指示を出し、通信ウィンドウを閉じるタクト。

 そして、1人呟く。

 

「俺は、たとえ軽蔑されようとも、ミントの様な力が欲しいと、本当に思うよ。

 解らないんだ。

 あの人が、何を考えているのか」

 

「……」

 

 傍に居るヘレスは何も答えない。

 手を差し伸べる事もしない。

 ただ、タクトから目を逸らす事もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから1時間後、医務室。

 怪我人の回収、治療は一段落した。

 まだ1番機、2番機による交代の周囲警戒を続けているが、内部の警戒態勢は解除している。

 

「それにしても、ヴァニラがいてホント助かったよ」

 

 既に、全員が、自力で立てるまでに回復している。

 僅か1時間の治療で全員がここまで回復するのは、ナノマシンによる治療があってこそだ。

 流石にナノマシンも万能では無い為、完治しているのは、ミントくらいだった。

 死んだ人間を無から作り上げられない様に、人間が作った物を人間が操っているので、限界が存在する。

 多少失った細胞の変わりはできても、失った部分をそのまま作り出せる訳ではない。

 だが、特にヘレスなどは、通常なら整形手術を別に受ける必要があったくらい、酷い怪我だったが、その問題も解決されている。

 まだ全員包帯を巻いているが、レスターとヘレス以外はその下の傷は、見た目では全く解らないくらいだ。

 

「お役に立てて嬉しいです」

 

「でも、もうちょっとなんとかならなかったのか、とは思ってしまうわね。

 最善は尽くした、というのは解ってるつもりだけど」

 

 ヴァニラは特に何も言わなかったが、ケーラは一言付け加える。

 実際には、死者が出なかったのが奇跡くらいの事だったのだから、再起不能者すら居ないのは喜ぶべき事だ。

 しかし、医者として、ここまで負傷するほど戦うのは、褒められる事ではない。

 これが戦争である事と解っていても、認める訳にはいかないから、あえて口にする。

 

「ははは、耳が痛い。

 流石に俺も、こんな事2度もやりたくはないですよ。

 敵も2度も同じ手が通じると考えないでしょうし、今後時間を掛けて対人設備は充実させていきます」

 

 既に整備班に、設置していたトラップの撤去を指示しており、殆どの通路は、通常の状態に戻っている。

 ただ、ブリッジ前の通路は復旧まで数日掛る予定で、今はリフトが仮設されている。

 1人ずつしか出入りできないが、暫くは我慢しなくてはならない。

 

「さて、そろそろ俺達は仕事に戻るか」

 

「そうだな」

 

 司令官、副司令官が2人とも負傷でブリッジを離れている状況はあまりよろしくない。

 流石にこんな状況である為、タクトも司令官として、本来の仕事をしなくてはならないだろう。

 

「タクトさん、クールダラス副指令も、今日1日は安静にすべきなのですが」

 

 そんな2人に、一言、注意するのはヴァニラだ。

 担当医として、当たり前の忠告である。

 例え、2人が働かなくてはならないと解っていても。

 

「ああ、大丈夫、椅子に座って指示を出すだけだから」

 

「流石に、今日は俺も座らせてもらおう」

 

 普段はタクトの横で立ち続けているレスターだが、流石にタクトよりも重症だったのだ。

 ヴァニラがいなければ、1ヶ月はベッドの上だったかもしれないくらいなのだから、立ち位置的な問題があっても、椅子くらいは許されよう。

 

「じゃ、他の皆は十分に休んでいてよ。

 ヴァニラも、戦闘の直後の集中治療だったんだ、ちゃんと休憩はとっておくように」

 

「はい」

 

 先ほどとは逆に、ヴァニラに対して、そんな指示を出すタクト。

 ナノマシンの使用は高い集中力が必要となり、それを5人に使用し続けたのだ。

 見た目に変化がなくても、相当疲労している筈だ。

 

 そんなやり取りの後、部屋を出ようとしたところだった。

 医務室の扉が外から開いた。

 

「そのままで良い」

 

 入ってきた人物に、対し、皆姿勢を正そうとする。

 ベッドに横になっていたフォルテとヘレスも立ち上がろうとしたが、その前にその人によって制止される。

 そんな事をさせる為に、シヴァはここに来た訳ではないのだ。

 

 医務室にやってきたのは、シヴァだった。

 まだ、トラップを撤去、復旧中の事もあり、護衛にランファがついている。

 

「皆のもの、ご苦労であった。

 そして、皆無事であったこと、私は嬉しく思う」

 

「もったいなきお言葉。

 この度は、シヴァ皇子の御身を危険に晒した事、お詫び申し上げねばなりません」

 

「よい。

 おぬしが良くやっている事は解っている。

 いや、だんだん解ってきたと言うべきか。

 私も、どれだけの危険があったのか、まだ理解が足りていなかった。

 苦労を掛けるな」

 

 既に皆、見た目の上では回復しているとは言え、負った傷の程度は聞いているのだろう。

 皇族としての威厳を保ちつつも、シヴァは、その原因たる自分に責任を感じている様だった。

 

「皇子、これこそが我々の務めでございます。

 無礼を承知で、申し上げれば、皇子はこれより一兵士の命など、どうか気になさらないでください」

 

 これは戦争。

 上に立つ者が、戦う者個人個人の命を考えれば、戦う事ができなくなる。

 だから、数でしか見なくて良いとは言わないが、それを考えて潰れてしまっては、更に多くの犠牲を生みかねない。

 だから、フォルテは、シヴァ皇子に言う。

 この中で、最も長く、過酷に、軍人としての生活をしてきたフォルテこそが、それを言わなくてはならなかった。

 

「ああ、解っている。

 いらぬ気苦労まで掛けた。

 これからも、皆の活躍を期待しているぞ」

 

「はっ! 必ずや、ご期待に応えてごらんにいれます」

 

「うむ。

 では、私は戻る。

 ヘレス、お前も十分に休むように」

 

 最後に、シヴァは侍女を見る。

 戦う姿など、想像もしなかった自分の最も傍にいる人を。

 

「いえ、直ぐに戻ります。

 お茶の時間までお待ちください」

 

「……無理はするなよ」

 

「私が、シヴァ皇子に傍に仕え続ける為に、倒れる様な事はいたしません」

 

「そうか」

 

 ヘレスがこの中で一番の重傷で、ヴァニラの治療があって、明日までは絶対安静だった。

 その情報は得ている筈だが、シヴァは安静を厳命する事はしなかった。

 安静にしていて欲しいと願いながらも、それを言う事はできなかった。

 

 

 

 

 

 それから数分後。

 シヴァ皇子が去り、タクトとレスターも医務室を出た。

 ヘレスは、あの後、ヴァニラに無理を言って復帰の準備をしている。

 ヴァニラは、今後暫くの医務室通いを条件に許可をだしていた。

 

 それを見つつ、医務室をでたタクトとレスターは、人気の無い通路に差し掛かってから、口を開いた。

 

「あのヘレスって侍女の事、やはり聞いてはいけないのか?」

 

「……ああ、すまない。

 できれば、墓に持って行きたいが、それはできないだろう。

 だが、もう少し時間が必要だ」

 

「そうか。

 解った」

 

 レスターは、それ以上何も言わなかった。

 タクトの今の顔から感情を読み取る事もしない。

 タクトなら、ブリッジに着くまでには、元に戻っていると知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に数時間後。

 フォルテは部屋のベッドにいた。

 フォルテの負傷は、今回の負傷者の中でも軽い方だったが、それでも今日1日の安静を言い渡されている。

 けれど、自室に戻り、1人でベッドで寝ていると、余計な事しか考えない。

 

「レッドアイ、か……」

 

 ヘルハウンズ隊の1人。

 誰が聞いても、本名ではないそれは、実際にコードネームでしかない。

 他のメンバーは皆本名らしいが、その点でもレッドアイは1人異質だった。

 

「何故、こうななっちまったんだろうねぇ」

 

 その自問は、既に飽きるほど繰り返し、答えが出ぬまま、もう何年も経過している。

 それは考えても無意味な問いだが、だからと言って考えないで済む程、フォルテの精神は完成していない。

 しかし、既に、この自問で疲労してしまう事もないくらい、この自問で疲労する事に疲労している、という状態だ。

 慣れ、とはそう言う事も含んでいる。

 

 だから、実にアッサリ、別の問題に移ってしまう。

 

「しかし、人の縁てのは解らないものだ」

 

 実は、フォルテは、レッドアイとの戦闘後、直ぐにシヴァ皇子の部屋に向かっている。

 そして、タクトが、あのヘルハウンズ隊の司令官だという女の通信を聞いている姿を見たし、その後もらした言葉も聞いている。

 更に、そんなタクトを見つめ続けている侍女の姿もだ。

 

「ま、これも今考えても仕方ないか」

 

 情報が不足している。

 解る事はただ、タクトも、自分と同じかそれ以上の業の下で戦っているという事だけだ。

 それが悪い方向には今向かっていない、そう判断している。

 だから、今タクトをどうこうしようとは思わない。

 

「そう、私は私の務めを果たすだけだ」

 

 フォルテは、自分が1兵士である、1兵士でしかないと自覚している。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 だから、務めの一つとして、考えるのを止め、眠る事にした。

 既に十分横になっているが、寝れる時に寝ておくのも、重要な事だ。

 

「今は……」

 

 何を言おうとしたか、フォルテは自分でも覚えていなかった。

 ただ、最後にそう呟いて、フォルテは、夢のない眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

To Be Continued......

 

 

 

 

 

 後書き

 

 えー、5話でした〜。

 ん〜、また間が空いてしまった。

 前回の更新日を見るのが怖い……

 遅れに遅れましたけど、7割くらいは最後の3日間で書き上げたってのが、またおかしなところです。

 ホント安定しなくてすみません。

 

 反省はとりあえず置いておきまして。

 今回は白兵戦でした。

 ギャラクシーエンジェルのSSを書こうと思った時にやりたかった事です。

 エルシオールのクルーは非戦闘員ていう状況でしたからね。

 その設定における不利な点というのを出したかったんです。

 結果は……いかがなものでしょうかねぇ。

 やっぱり戦闘とか難しいな〜と思います。

 

 ところで、今回は白兵戦があるんで、訓練シーンは軽い描写に留めたんですが、サービスシーンカットになってしまったかしら?

 

 さて、次こそは早めの更新をと意気込みはするけど自信がない。

 とりあえず、次はヴァニラの話になります。

 どんなに遅れても必ず書きますから、待っていてくださいね〜。








管理人のコメント


 5話です、そしてついに原作でもなかった戦闘が。

 作中にもありますが、エオニアの目的(シヴァ確保)から考えれば白兵戦はありますよねぇ。

 ゲームではそこまでやると色々大変なのでしょうけど。

 今回はタクトの読み勝ち(無論戦闘した面子の貢献も)といったところでしょうか。

 まぁ元に戻す作業が大変みたいですけど。


 そして今回も多方面に優秀すぎるヘレスさん。

 どこぞの自動人形メイドのように重火器使用可能とか有能すぎる。

 相変わらずタクトとの過去が気になりますが、台詞を鑑みれば作中で触れられるでしょう。

 その時は、タクトの謎(エルシオールの設計書所持とか)にも触れるのかな?



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