二つの月と星達の戦記

第7話 風に舞う羽

 

 

 

 

 

 戦闘が終了して20時間後、格納庫。

 ゴドウィンと大型艦の後始末が大凡完了した頃。

 ヴァニラを除くエンジェル隊のメンバーは格納庫に集まっていた。

 やっている事は自分達の紋章機の整備、調整だ。

 

 ―――名目上は。

 

「間違いないね。

 全機に搭載されているよ」

 

「はい、間違いなくこれがタクトさんが使った設定ですわ」

 

 探していたのだ、先の戦闘でタクトが5番機で使ったセッティングを。

 現在エンジェル隊の各々が普段紋章機で使っているセッティングは、初期(初めて搭乗した時の)状態から自分用にカスタマイズしたものだ。

 更に状況に応じて幾つかのセッティングを用意しており、状況に合わせて最適な操縦ができる様にしている。

 そのセッティングというのは、レバーの角度毎の反応だったりパターン化された動作だったりするもので、カスタマイズされているかどうかで戦闘能力は大きく変動するだろう。

 

 そんなセッティングの変更を、タクトは先の戦闘において僅か数秒で行った。

 常識的に考えてそんな事は不可能だし、そもそも動かせないのだから、乗ったことのある筈のない戦闘機を直ぐに乗りこなす事も在り得ない。

 タクトのH.A.L.O適合値はギリギリ紋章機を移動させるのものでしかない事は、先の戦いでのデータで解っている。

 だというのに、タクトはそれを可能とした。

 僅か数秒の時間で、ヴァニラ専用だった筈の機体を自分のものにしたのだ。

 

 その在り得ない筈の現象を可能としたのが、『存在していたセッティング』だ。

 

「でも、これは初期設定ですよね?

 しかも、全機に共通した」

 

 ミルフィーユも、確かに知っていたセッティングだった。

 なにせ、そこから自分用にカスタマイズしたのだから。

 

 そう、初期設定。

 それこそタクトが使ったセッティングだった。

 僅か数秒で出来たのも、それが5番機のデータに存在したのも、この初期設定が残っていたからだ。

 初期状態というのは消さずにのこしておくべき重要な情報で、初期化すればそのセッティングに戻る様になっているもの。

 全員この状態から始め、何かあったらこの状態に戻す事になっている。

 尚、今回タクトは初期の状態を引き出しはしても『初期化』の作業を行った訳ではないので、ヴァニラが使っていたカスタマイズデータは消えていない。

 なので、既に5番機はヴァニラ用のセッティングに戻っている。

 

「全機共通。

 武装も運用方法も違う機体なのに、対応できていて、ある妙な点がある設定だ。

 そうだ、今思えば違和感はあった。

 この初期設定は、単座の戦闘機であるのに、2人で運用する事を前提にされている部分があった」

 

 各自、自分用のセッティングをして、初期設定とは大きくかけ離れている部分がある者も居る。

 しかし、2番機と5番機といった、飛行速度や武装による運用方法の違いがあっても、初期設定ならどちらの機体もある程度は動かす事ができた。

 それくらい洗練されたものだったのだ。

 そして、先の戦闘において、タクトがヴァニラと2人で操縦するという、本来出来はしない筈の事ができたのも、そのデータ自体が複座の戦闘機のものだったからだ。

 

「はい、それは確かです。

 私が紋章機に初めて触れた、あの組み上げの最終段階で、ハードとしては完成していた紋章機に入れるソフトが提供されました。

 今搭載されているソフトウェア、初期設定のデータを」

 

 過去の記録を調べていたクレータが戻ってきた。

 今回の事は、クレータも無視できぬ事である為、整備班も協力しているのだ。

 整備班が、クレータが協力する事で、情報量は大きく増える。

 何故なら、クレータは1番機の完成に携わり、誰よりも紋章機に詳しい筈の人物なのだから。

 

「データについては何か情報は?」

 

「あまり詳しくは知る事はできませんでした。

 ただ、複座のデータを単座に調整した、という情報は頂いていました」

 

「それは、誰から?」

 

「シャトヤーン様からです。

 このデータはシャトヤーン様から直々に、メモリーディスクを手渡されて頂いたものでした」

 

「シャトヤーン様が直々に?!

 確かに、紋章機は白き月でも重要な物だが……」

 

 公に姿を殆ど見せず、月の巫女達ですらそう滅多に会う事もない月の聖母シャトヤーン。

 確かに重要で厳重に管理しなければいけないデータではあろうが、それを自らの手で運ぶなど、ただ事で無い事は明白だった。

 

「はい、あの時は整備班一同驚いたものです。

 それに、今考えればあの時のシャトヤーン様は妙でした。

 どこか複雑な感情を抱いておられた、というのは確かです」

 

 シャトヤーンにとって、そのデータがなんなのか、それは推測の域を出ない。

 だから、それはひとまず置いておく事にする。

 下手な推測は、真実を遠ざけてしまう事もある。

 

「じゃあ、やはり少なくとも誰かがテストをしたんだろうね。

 そのテストに使った実機―――

 複座の紋章機、H.A.L.O適合者と操縦者を分けたタイプ、テストタイプの紋章機というのが存在した」

 

 考えてみれば自然な事だ。

 H.A.L.O適合者は極めて希少で、皇国中からかき集めてやっと5人揃ったのだ。

 しかし、H.A.L.Oに適合できるからといっても、戦闘機の操縦ができるとは限らない。

 ならば、適合者は適合者として乗せ、操縦者は別の者がすれば良い。

 むしろテンション管理もしなければならないH.A.L.O適合者が操縦までするのは負担が大きすぎるのだ。

 

 現在それができているのは、H.A.L.Oによる操縦補助とパイロットへの負荷軽減が優秀である事が上げられる。

 パイロット志望ではなかったミルフィーユや、年齢的に幼いヴァニラも操縦できるくらいに。

 普通なら、加速によるGに耐える為だけでも相当の訓練が必要なのだ。

 それくらいの操縦補助と負荷軽減ができるのも、紋章機のハードウェアとしての有能さと、それを活かす搭載されているソフトウェアあってこそで、それを作る事ができた膨大なデータの賜物だ。

 

「私が紋章機を知ったのは、1番機を組み上げている途中の段階でした。

 1番機はプロトタイプとして組まれていました。

 私達整備班は紋章機を『造った』訳ではなく、あくまで『組み上げた』に過ぎません。

 紋章機の設計計画とそのパーツ、特にクロノストリングエンジンは用意されていた物を使っています」

 

 白き月が扱うロストテクノロジー。

 技術は解明され、生産、応用する事が可能となった物も多い。

 しかし、その一方で、あくまで複製するしかない物から、複製もできず、あるものを使うしか無い物というのもある。

 紋章機もそれに近いもので、重要なパーツほど複製すらできない、未解明部分の残る代物だった。

 そんな物を使っているのは、実動させながらデータを採取し、解明するというのもあり、その名目で運用してきた。

 それがこの戦争において重要な戦力となってしまったのは、皮肉な話なのか、それとも―――

 

「複座の設計図案とかは?」

 

「私の知る限りは存在しませんが、実動データが在る以上は在ったのでしょう」

 

「整備班班長でも知らない事が多いのか」

 

「ええ、今考えればというのもありますが、紋章機に関するプロジェクトには腑に落ちない点が多々あります。

 シャトヤーン様は、どこか紋章機を戦力として完成させる事を急いでおられた様な節もありますし」

 

 シャトヤーンと言えば、平和を愛する慈悲深い女性として知られている。

 そんな彼女が、紋章機をロストテクノロジーの一つとしてではなく、戦力と見ていたのであれば、その意味はどれ程になるか計り知れない。

 そして、紋章機が戦力として、戦闘機として完成したのはこの戦争が始まる直前だった。

 

「まあ、それはいいさ。

 元々シャトヤーン様には謎が多すぎる」

 

 皇族よりも厳重な情報規制が敷かれる代々の月の聖母。

 その中でも当代の聖母は、その過去からして不明点が多かった。

 それでも、少なくとも人前に出ている時のシャトヤーンは人格者として、技術者としてこの上ない人物であり、巫女達が自然と『様』を付けて呼ぶくらい慕われている。

 

「ところで、シャトヤーン様のH.A.L.O適合値のデータってあるのかい?」

 

 フォルテはどこか、期待しつつ尋ねた。

 パーソナルデータと言う部分は特に厳重なシャトヤーンだ。

 普通なら、そんなデータは公開されていないと考えるのが普通だ。

 しかし、

 

「あります。

 非常に高い適合値で、月の聖母でなければエンジェル隊だったのではないか、というくらいに」

 

 紋章機、と言うよりH.A.L.Oシステムに関しては殆どシャトヤーン1人で調査していた部分がある。

 その為、そのデータとして残っている事もあり、その点は整備班班長クラスの権限でなら知ることができる事だった。

 本来、それは口外してはならない部類の情報だが、クレータはそれを知りつつ口にした。

 後に必要になる情報と考えて。

 

「そうか。

 推測の域は出ないが、テストタイプのH.A.L.Oシステム担当はシャトヤーン様だったと考えるのが自然か。

 そして、パイロットは―――」

 

 フォルテはその続きを口にしなかった。

 口にせずとも、その場の全員が頭に浮かべるのは唯1人。

 推測でしかないとはいえ、その結論に達した。

 達してしまった事は、この先の戦いでどんな意味を持つだろうか。  

 

 

 

 

 

 一方その頃、タクトとレスターもある意味で密会を行っていた。

 場所は司令官室、話し相手はアレン・ヴァイツェン。

 ガルド侯爵、ゴドウィン・T・ガルドの下に潜入していた宇宙皇国警察の捜査官であり、タクトとレスターの師であるルフトの1人息子である人物だ。

 一応アレンは名目上は今回の事件の後処理の最終調整として、ここを訪れているのだが、実際その仕事は早々に終えて雑談に花を咲かせている。

 

「改めて、久しぶりだな、アレン。

 元気そうでなによりだ」

 

「ええ、本当に。

 お2人ともご無事でなによりです」

 

 軍の士官と警察の捜査官。

 立場上、会うこと、話すことすら難しい立場にある2人で、連絡も最低限しか行っていなかった。

 通信では3年、こうして直接会うのは実に6年ぶりになる。

 

「夢への道は順調かい?」

 

「ええ、実は今回のもその一環でして。

 恐怖政治というものについて、学ばせてもらいました」

 

「ほう、ありゃ恐怖政治のお手本みたなもんだからね、参考になったろう?」

 

「ええ、それはもう、利点も、問題点も、よく見えましたよ」

 

 アレンは今は宇宙皇国警察に所属しているが、将来的には政治家を目指している。

 エリートコース、とも言えるが、アレンは軍人である父を見ながら、軍の必要性と、軍では出来ない事を感じて育った、それ故の道だ。

 まだまだ先は長いし、ルフトの息子という立場を余す所なく利用したとしても、その道は険しいが、アレンならできるとタクト達は信じている。

 そして、自分たちではどうにもできない部分も、アレンならばタクトでは考えられない手段で解決してくれると期待している。

 その為なら、タクトの物となったマイヤーズの名も惜しみなく使うつもりでいる。

 

 それに、アレンならば、最高の味方も居るのだ。

 

「こんな状況で聞くのもなんだが、奥さんと娘さんは元気?」

 

「大丈夫です、無事は確認してます。

 とはいえ、ここしばらく仕事の都合上直接連絡はとってないんですが」

 

「ああ、それもそうだな」

 

 潜入捜査をするとなれば、危険なのは本人だけではない。

 特にゴドウィン程の危険で用心深い人物ともなれば、家族の安全を確保するのは宇宙皇国警察側の責任だ。

 今は引越しをした上で、護衛がついている状況にあるのだろう。

 そして、その場所はアレン本人も知らない。

 

「大変だな、家族ともろくに会えないとは」

 

「奥さんも大変だろうな、ろくに帰らない亭主となると」

 

「ははは、ええ、私も辛いですが、妻には苦労を掛けてます。

 仕事に理解があるいい妻で助かってますよ」

 

 タクトもレスターもアレンの妻とは顔なじみだ。

 今年で5歳になる娘についても、直接会ったことはないが、通信で話したことくらいはある。

 

「再会できる環境は、こちらでかならず現実のものとしよう」

 

「お願いしますよ」

 

「俺も久しぶりに会いたいものだ

 彼女は結婚してから美しさに磨きが掛ってるしな」

 

「あ、レスターさん、いくら人妻好きだからって、手を出さないでくさいよ」

 

「お前、まだそれを言うか!」

 

 レスターの人妻趣味、というのは士官学校時代に流れた噂の一つだ。

 因みに、そのせいで泣いたのはレスター本人だけではなかったのは、タクトとアレンは知っている。

 尚、よく朴念仁と言われるレスターをして、羨むくらいアレンの妻は良く出来た女性なので、アレンは実際気苦労も多かったりする。

 

「ははは、タクトさんも娘に手を出さないでくださいよ。

 というか、顔を合わすのも恐ろしい」

 

 更に子煩悩で、娘ともなれば、将来は男友達でも出来ようものならどうなるか、解ったものではない。

 余談ならが、タクトはロリコンではないが子供の相手が良くできる男で、一時期は戦災孤児達の面倒も見ていたくらいだ。

 その中でも特に女の子は子供として接しながら、女性としても扱う一面を皮肉って、現代の光源氏だと言われた事もあった。

 それを知るからこその冗談でもあるだろうが、実はアレンにしてみれば本気なのかもしれない。

 

「ほう、言う様になったじゃないか、アレン君。 

 あの写真、奥さんに送ってもいいんだよ?」

 

「げぇ! あの写真まだ持ってるんですか!? 愛の溢れる家庭になんというテロリズム!

 こちらとしては、お2人の女性遍歴とその証拠写真くらいしか対抗手段がないのに」

 

「お前もアレを処分してなかったのかよ。

 ……この職場ではそれは危険だ、出したらどうなるか、解ってるだろうねぇ」

 

「ふふふ、さて、どうでしょう」

 

 黒い含み笑いと、暗い笑みで支配される場。

 互いに知り合う過去は、綺麗なものばかりで飾られていればどれだけ幸せか。

 因みに、一応言っておくと、同性同士なら笑いの種にされる程度の事である。

 ともあれ、このどす黒さは、とてもエンジェル隊や他のエルシオールクルーには見せられないものだろう。

 

「と、冗談はさておき」

 

「はい」

 

 と、切り替える。

 その速さは、やはり長年の付き合いがあってこそできる事だろう。

 そして、切り替えたからには、一度冗談では済まされない内容になる事を意味する。

 

「君の父上の事だが……」

 

「ええ、解っています。

 あの人は優秀な軍人ですから、まだしぶとく生きているでしょう」

 

 話事態はゴドウィンとの話にもあり、アレンはそれを外で聞いていた。

 だが、その時もアレンに動揺は無かった。

 

「そうだな」

 

 ルフトは自ら囮となった。

 あまりに危険な行為で、フォルテすら今生の別れと判断したくらいだ。

 並の軍人ならそうなった可能性は高く、生存の見込みは薄いが、ルフトならという思いもある。

 ルフトがどれ程優秀な軍人であるかは、彼の生徒だったタクトとレスター、そして息子のアレンが良く知っているのだから。

 

 そう、アレンとタクト達の出会いは、タクトとレスターがルフト教官の生徒であった時の事だ。

 それから、ずいぶんと時間も過ぎた。

 

「それにしても、驚いたよ。

 ルフト先生に紹介された当初は、曲がった事が嫌いな熱血馬鹿だった君が、あんな潜入捜査に携わっているとはね」

 

「ははは、熱血馬鹿は酷いですねぇ。

 まあ、まさにその通りでしたが。

 しかし、タクトさん達と出会ってもう8年。

 僕も成長できたと思っています」

 

「8年、か。

 もうそんなになるんだな」

 

 今では一人称は『私』を使っているアレンだが、昔の使っていた『僕』に戻っている。

 妻も娘もいないこの場、3人だけの場だからだろう。

 

「まだ俺達がルフト先生の下で学んでいる時だからな、出会いは」

 

「ああ、あの頃は……

 大変だったなぁ……」

 

 普通は懐かしさに思わず微笑む、ところであろうが、そうはならない。

 当時のルフトから受けた授業の数々、その壮絶さたるやいっそ地獄に落としてくれと言えるようなものだった。

 タクトをして、異常と言わしめる訓練の内容は、死人が出なかったのがいっそ不可解な程だ。

 

「今思い出しても、どうして自分が生きているのか不思議でならないよ」

 

 レスターも壁に寄りかかり、涙ぐむ程に思い出すだけで精神にダメージがある様なものだ。

 当然、その教えあってこそ、今の2人があったのだから感謝はしているが、もう一度あの訓練を受けたいとは思わない。

 

「父はいろいろ異常でしたからね。

 アレには母も卒倒しましたし」

 

 当時の惨状を知る者の一人として、その惨状を齎した人物の息子として、アレンは苦笑するしかない。

 因みに、アレンも幼少時からいろいろ訓練を受けさせられ、それが原因の夫婦喧嘩も多かったとか。

 それも当然だろう、わが子を千尋の谷に突き落として平気な母親はどれ程いるか、という話なのだから。

 

 そもそも、ルフト准将は平時の姿しか知らぬ人からは想像もできぬだろうが、嘗ては『鬼神ルフト』などと呼ばれていた軍人だ。

 貴族出身でもないのに准将に就けているのは、実績あってこそのもの。

 タクト達が生まれる前の、内乱が激しかった時期に活躍し、数多の戦場を生き抜いた経験を持っている。

 

 余談だが、その当時のルフトは、数多の死別、数多の裏切りにより人の心を失いかけ、殺戮の為だけの人形に成り下がっていた。

 そんなルフトの心を救ったのが、当時軍医だった1人の女性で、今は亡きルフトの妻である。

 更に子供、つまりアレンが生まれてからは、嘗ての殺人兵器の状態からは考えられない親馬鹿になり、周囲からは誰かと摩り替っているのではないかと、本気で心配されたくらいだったそうだ。

 因みに、今は孫娘が生まれて爺馬鹿になり、それが今の平時のルフトになっている。

 

 しかし、人の心を取り戻したからこそ、失いたくない大切な家族が出来たからこそ、ルフトの親として、教官としての厳しさは常軌を逸したものとなった。

 酷い戦争を知るが故に、数多の死を知るが故に、息子アレンには生き残る術として、非情、残忍とすら言われる程の教育を施した。

 教官となり、生徒を受け持てば、生き抜くだけでなく、守り抜く為の力を授けようとしたのだ。

 ただ、それが並の人間にはとても耐えられない為、ルフトの生徒の大多数は途中で脱落してしまう。

 逆に、耐え抜いた者は必ず輝き、極めて優秀な士官になるという結果になっており、タクトとレスターを受け持った時には、潰れるかもしれないが、期待の新人を任せるという状況になっていた。

 そうして、教官としても洗練されたルフトの下、タクトとレスターは生き延び、今の2人があるのだ。

 因みに、タクトとレスターはルフトの教官として4期目の生徒であり、2人はルフト最後の生徒でもある。

 

「厳しくていて、それでも人の心を失わない配慮もする。

 遊びも入れる、大凡完璧な先生だったからな。

 ホント、二度と受けたくは無い授業ではあるが、感謝はいくらしても足りないよ」

 

「大いに役立ってるしな」

 

 白兵戦の技能については、つい先日使ったばかりだ。

 あれもルフトの教えの賜物といえよう。

 

「ははは。

 僕の方も、父の教えあってゴドウィンの下でも生き残れましたよ」

 

 自分の身を護るという点では、息子としてルフトからは数多くの技術を教えてもらっているだろう。

 きっと、たった2年しか教えを受ける事ができなかったタクトとレスターよりも。

 

「問題は僕の―――私達の娘の事ですね。

 今はまだ5歳ですし、孫娘という事もあってか、父はあの特訓を課していないのですが……」

 

「ルフト先生も辛いだろうな。

 息子には平和を実感させてやれなかったが、孫の代なら、と仰っていたし」

 

 アレンが生まれる頃には、ほぼ内乱は収まった状態であった。

 しかし、それでもルフトはアレンに生き延びる術を教えた。

 使う必要の無い平和を祈りながら。

 しかし、現に今皇国全体を巻き込む戦争となってしまった。

 そうなれば、この戦争が終わっても、また何か起きた時の為に、生き延びて欲しい孫娘にも、アレンと同じ事を教える必要がある。

 

「あの時の事があるので、この戦争がなくても年齢次第で教育を開始したとは思いますが」

 

「あの時、か」

 

「そうだな、娘さんにも関係する事件だしな」

 

「ええ」

 

 あの時、あの事件。

 タクト、レスター、アレンにとって、忘れられない、決して忘れてはいけない忌まわしい事件。

 

 まだ訓練生だったタクトとレスター、そして父に会いに来ていたアレン。

 ある惑星での軍事訓練中、軍の訓練所がある街で起きた、そして街が消えたテロリストによる襲撃事件。

 丁度ルフトの不在時に発生し、軍の施設はそこに居た訓練生ごと跡形もなく、街も爆撃により壊滅してしまった。

 その襲撃した犯人こそ―――

 

「アレン、あの因縁にも決着がつきそうだよ」

 

 タクトは、静かに告げた。

 軍内部でも無かった事とされているあの事件。

 解決のしようがないあの出来事に、終止符の目処ができたのだと。

 

「っ!! ついに、ヘルハウンズと!」

 

「ああ、敵として現れた。

 実行犯ではないかもしれないし、ほんの一部の部隊だろうが、しかし表に出てきた。

 ならば、いくらでもやり方がある」

 

「その時は全力で協力致します」

 

「ああ、頼むよ」

 

 ヘルハウンズ隊は、テロを起こした犯行グループに雇われていだけとされている。

 しかし、一般の市民まで巻き込み、事件を起こした罪は大きく、許される筈もない。

 アレンの一存とはいえ、宇宙皇国警察の協力が得られる事は大きい。

 タクトとアレンが組めば、もみ消す事を防ぐ事ができるかもしれないのだ。

 

「それと、ゴドウィンが持っていた情報の中にもヘルハウンズ隊に関する物があった筈です。

 是非活用してください」

 

「流石はゴドウィン卿、と言うべきかな。

 確認するよ。

 持てる全てをもって、今後は逃がさない、何も奪わせない!

 終わったら、連絡する」

 

「はい。

 その時は、妻に話してやりたい」

 

「ああ、あの子と、そして他の生き残った人々にも吉報を届けよう」

 

 アレンの妻は、その事件があった星、消えた街の住人だった。

 アレンが救出した娘で、その後所謂吊橋効果ではなかったが、結婚し、今では娘もできて幸せに暮らしている。

 

 尚、アレンの妻となった女性だが、ルフトは結婚どころか、付き合う事からして反対した。

 理由は、あまりに都合が良すぎる様に見えるからだ。

 戦地で助けた女性とそのまま付き合うなど、ドラマの様でいながら、本来はあってはならない。

 そして、ルフトは嘗て、女性スパイを仲間が連れ込み、大きな被害を受けた経験もある。

 アレンがルフト准将という軍の要人の息子である事から、スパイとして用意された女だとも考えられるのだ。

 

 その為、かなり長い期間、ルフトはその女性を監視し、今尚警戒を完全に解く事はない。

 ルフトを人間不信といってしまうのは簡単だが、それ程、戦争というのは常識が通用せず、良心は付入る隙でしかない。

 一応、元々の住人であった証明もとれ、孫も生まれた事で、ある程度は認めているが、アレンにも仕事の話はするなときつく言い聞かせている。

 例えその女性がスパイではなかったとしても、情報は知ってしまうだけでも危険な場合があのだから。

 

「ところで、タクトさんとレスターさんは、まだ『2人』のままなんですね」

 

「……ああ」

 

 その当時、ルフト教官の下で学んだのは、タクトとレスターだけではなく、総勢10名の生徒がいた。

 タクトとレスターの初めての戦友でもある者達。

 そして、タクトとレスターにとって、初めて死という別離を経験する戦友でもあった。

 

 軍医になる者から、銃器のプロ、格闘戦のプロ、魔法で変身しているとしか思えない変装の達人で諜報員、戦闘機のパイロットも居た。

 タクトとレスターにとっては、一心同体に近い強い絆を持った仲間達。

 半分はルフトの意思でない編成とはいえ、1教室で1つの部隊とする様なメンバーだった。

 実際、卒業後は一定期間はそのメンバーに更に人数を足すだけの部隊を作り、運用する予定もあったのだ。

 そんなメンバーを持って、あの事件ではタクトの指揮の下、テロリストの撃退にあたり、その目的は達成された。

 

 街の壊滅、軍施設の消滅―――そして、タクトとレスター以外、全員の死という犠牲をもって。

 軍施設に居た全訓練生を含めても、タクトとレスター以外に生存者は居ない。

 他の教官の下で鍛えられ、切磋琢磨に競い合った他の仲間達も。

 

 当時士官学校の同期で組んでいたフットボールチームは、その名ごと失われた。

 

「別に拒んでいる訳じゃないんだがな」

 

 タクトはこれまで、レスター以外に心を許した仲間を持たなかったのは事実。

 しかし、それは孤高を気取っていた訳ではなく、どうしてもタクトとレスターにはついてこれる者がいなかったのだ。

 鬼神ルフトの生徒であり、実戦を経験し、仲間と死別した事もある2人とは、志からしてかみ合う者が現れなかった。

 

「エンジェル隊のメンバーはどうなんですか?」

 

「仲間である事には変わりないよ」

 

「では、この戦争中に、終わるまでに何かがあると期待しています」

 

「まあ、そうだな。

 ならなければ勝てないかもしれないからな。

 俺も、努力するよ」

 

「タクトさんとレスターさんならきっと」

 

 上辺だけの仲間というなら、皇国軍は全てそうなる。

 しかし、本当に信頼しあえるかというと別だ。

 そして、エンジェル隊とは、H.A.L.Oシステムの関係もあり、真に仲間と言える間柄になれたなら、それが戦力に直結する。

 現在ですら高い戦力を持つエンジェル隊だが、既にヘルハウンズ隊とはよくて引き分けているという状況だ。

 だから、必ず必要になる。

 タクトの指揮能力にも限界があり、今後更に戦闘が激しくなる事が予想されるのだから。

 

「……ところで、私はゴドウィンとの会談を外部から監視していたのですが」

 

「ああ、聞いてしまったか。

 いや、それともゴドウィンの集めた資料でそれ以前に知ってしまったか?

 大丈夫だよ、実はレスターとルフト先生には既に話してあるんだ」

 

 アレンが言葉に気を付けながら話すのは、タクトがマイヤーズ家の養子であるという事。

 貴族である筈のタクトにとっては、あまりに大きな問題である筈だった。

 しかし、タクトは氣にする様子がない。

 レスターも、ただ一度頷くだけだ。

 

「そうでしたか。

 ですが、私個人としては口外するつもりはないのですが、報告義務がありまして」

 

「ああ、構わないよ、ゴドウィンの集めた情報を見たが、この程度なら問題ない。

 こう言う言い方も問題だろうが、この戦争があるから、そんな事些細な問題だ」

 

「確かに、既にマイヤーズ家の方々が亡くなられているという状況も、この戦争の中での出来事の一つ。

 そして、戦争がどういう形で終わったとしても、そのような事を気にする暇は暫くないでしょうね」

 

 戦争は終わったら『めでたしめでたし』ではない。

 終わってからの苦労も計り知れない。

 既に失われた物は多く、特に本星にいた皇族、軍人、貴族は多数亡くなった関係で、今後の政治には大きく変化し、そこからも混乱が生まれる事になりかねない。

 復興は今考えるだけでも障害が多い。

 その中で、マイヤーズ家の3男が養子だった事など、どれ程の問題になろうか。

 

「問題は、これからじゃないんだ。

 俺の生まれについては。

 むしろ過去にある」

 

 そこで、タクトは一度目を閉じ、覚悟を決めたように目を開いた。

 

「アレン、あの事件は俺の暗殺こそ目的だったとすれば、どうする?」

 

 ヘルハウンズ隊が実行部隊となり、一つの街が消えたテロリストの襲撃事件。

 この事件は、あまりに大きな出来事である為、完全にもみ消される事はなかったが、それでも扱いは明らかに小さく、謎があまりに多い。

 その一つが、テロリストの目的だ。

 テロ行為とは、確かに直接目的に結びつく事は少ないが、今回は更におかしいとされている。

 

 だが、タクトがそこに居れば話は別だ。

 タクトには、暗殺される理由があった。

 明確な証拠などないが、タクトはどうしてもそれを考えずにはいられない。

 そして、自分が責められても仕方のない事だとも。

 

 しかし―――

 

「どうもしませんよ。

 例え本当にタクトさんの暗殺目的で起きた事件だったとしても、あそこで起きた惨劇について恨むべきは実行部隊。

 そして、暗殺を仕向けた人物の方だ。

 タクトさん、貴方はそんな十字架を背負わなくていいんです」

 

 アレンは、あの惨劇に巻き込まれ、その事件の被害者を妻に持つ者として、ここに明言した。

 なんら迷いもなく、あの頃から変わらぬ真っ直ぐな瞳でタクトを見ながら。

 

「私は、貴方がマイヤーズ家の人間であるから付き合っている訳ではありません。

 私はタクト・マイヤーズを、タクトとして認めています。

 例え流れる血がどんなものであろうと、貴方は私の友だ」

 

「ありがとう。

 実は、既にルフト先生とレスターにもそう言ってもらっていたんだが、俺の素性はそう簡単に話せないから、君には今まで言えなかった。

 すまない、そしてありがとう」

 

 アレンはタクトとレスターを2人だ、と言った。

 しかし、タクトとレスターにとって、アレンは仲間の1人だ。

 あの時からずっと、そしてこれからも。

 

「この戦争、勝つぞ。

 そして、平和を築こう」

 

「ああ、勿論だ」

 

「ええ、私の全てをもって」

 

 先ほど、エンジェル隊と真に仲間にならなければ危ういと考えた。

 しかし、この3人がこうしているだけでも、負ける気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから20時間後。

 大型民間船とも別れ、再びローム星系を目指すエルシオール。

 クロノ・ドライブに入り、安全な時間となった。

 と、そこで、ブリッジにいたタクトは呼び出しを受けた。

 『時間があるなら』という配慮された呼ばれ方ではあるが、呼んだのはシヴァ。

 特に急ぎの用事がない事もあり、タクトはすぐさまシヴァ皇子の部屋へと向かった。

 

「タクト・マイヤーズ、参りました」

 

 ここのところシヴァ皇子とはチェスの相手という事で頻繁に訪れているタクトだが、今回は呼び出されたのだ。

 当然、チェスの相手の指名などという事はなく、司令官と皇子としての会談となる。

 ただし、その場には侍女ヘレスが控えている。

 内容によっては、侍女も下げるだろうが、しかしシヴァはヘレスを下げることなはなかった。

 ただ、最初タクトはさしてヘレスの存在を気にする事はなかった。

 

「マイヤーズ。

 報告書は読ませてもらった」

 

 報告書とは、先のゴドウィンとのやりとりを纏めたものだ。

 シヴァはまだ子供であれ、最後の皇族として扱うと決めているタクトは、包み隠さず報告をしている。

 その中には、ゴドウィンがシヴァの存在を認識しながらもエオニアにつく、と言った内容も含まれている。

 

「やはり、この状況では、貴族からの裏切りもあるか」

 

「まことに残念ながら、現在の戦況から考えればある程度覚悟が必要かと思われます。

 しかし、逆に反撃の狼煙を上げる事ができれば、その時は隠れ潜んでいる民が立ち上がる事も期待できます」

 

 エオニアはあくまで反逆者で、多くの人々を殺し、多くの物を破壊した。

 確かに現政権の腐った部分を焼き払ったのは、感謝する者の方が多いだろうが、あまりに乱暴だ。

 そして、エオニアの演説は一見正しそうでいて、何かが欠けており、説得力は低い。

 そうなれば、今まで一応あった平和を崩された怒りの方が大きくなり、エオニア軍に積極的に従う民は少なくなる。

 だからこそ、現政権の生き残りが反撃を開始したという情報が大きな意味を持つ。

 そこに戦果がついたなら更に大きく、状況を一変できるくらいの効果が期待できる。

 無人艦隊とはいえ、無敵の軍団という程ではないのだから。

 

「ああ、それは解っている。

 私もその時になれば、この命の全てをかけよう。

 だが、その前に一つ、お前にだけは話しておきたい事がある」

 

 本題に入った。

 しかし、とタクトは考える。

 この状況で、シヴァ皇子の側からタクトに言わなければならない情報とはなんだろうか。

 言ってはなんだが、継承権があるのかも怪しかった幼い皇子が知っていそうな、重大な情報などタクトには考え付かなかった。

 

 そして、その情報とは―――

 

「タクト、私は女なのだ」

 

「は―――女……?」

 

 そういわれた瞬間、タクトの頭の中でいくつもの思考が交錯する。

 シヴァは自分が女だと言った。

 そんな情報はいかほどの価値があろうだろうか?

 いや、今の法では女は皇帝にはなれない、女帝という大きな問題だ。

 だが、この状況でそんなものどれ程の意味があるか?

 公表の時期を誤れば、生き残りが継承権が無い、皇族の血を引くだけの小娘となれば、エオニア側につく人間が増えかねない。

 

 いや、そんな事はどうにでもなるから今はいい。

 それよりも―――

 

「ああ、私は女だ。

 流石に証拠を見せろといわれても困ってしまうが」

 

「いえ、それは、信じます。

 この様な場で言える冗談でもありますまい。

 そして、確かに重要な情報になります。

 今の法では女性に皇位継承権は無いので、公表時期によっては問題が起きるでしょう」

 

 タクトは先ず、シヴァの告白に対する答えを示す事にした。

 

「しかし、そんなことは些細な問題です。

 民とっても、公表時期さえ誤らなければ、今まで女性に継承権がなかったのがおかしかったのだ、となる筈です。

 そして、私個人としても全く問題にならない。

 この様な言い方は不遜となるやもしれませぬが、私は貴方の性別にも、流れる血にも興味がない。 

 ただ、貴方が皇子として、次の皇として相応しいと判断したらからこそ、貴方に従う事を決めました。

 ですから、シヴァ様は、自らの性別など気になさらず、堂々とされていれば良いのです」

 

「そうか……ありがとう、タクト・マイヤーズ。

 これからも頼むぞ」

 

「はっ!」

 

 それは、つい先日、友から言われた言葉のほぼそのままの内容だった。

 タクトは、なんら恥じる事なく口にしながら、後に冷静に考えて、友から貰った言葉をそのまま告げる事になろうとはと、心の中で苦笑するのだった。

 だが、それも一瞬の事。

 必要だからこその言葉で、シヴァにとってはこれで終わりでも、これはタクトにとっては前振りとも言える。

 

「シヴァ皇子、一応公表するまでの間は、何処に耳があるやもしれぬ為、皇子と呼ばせていただきますが。

 それより、お許しいただけるのならば、一つお尋ねしたい。

 何故、この様な―――性別を偽る事を?」

 

 シヴァは『皇子』である、つまり男であるという事は世界に向けて公表されている事だ。

 一体誰がどこまで知っているのかは不明だが、少なくとも全ての民を偽った事になる。

 そんな事をする理由が、タクトには思いつかない。

 そもそも、男女という性別を偽る意味など、今の時代どれ程意味があろうか。

 物語に出てくる貴族、王族の家系ならば、家を継ぐために女が男と偽るのはままある事であるが、物語だから良いもので、現実的には無意味だ。

 それに、シヴァの皇位継承権はかなり低く、他に皇を継ぐ者などいくらでもいるのだから、更に意味がない。

 

 タクトの知りうる、考えうる限りでは思いつかないその理由とは―――

 

「うむ、それなのだがな、実は私も解らぬのだ」

 

「解らないですと?」

 

「ああ、これはシャトヤーン様の配慮なのだ。

 私の母親は白き月に関わる者だったらしく、私は出産自体が白き月だったと聞く。

 出産の後、シャトヤーン様によって父ジェラールに報告がなされたが、その時にシャトヤーン様は性別を偽って報告なさったそうだ。

 検査の結果、ジェラールの血を引く者とだというものと、男の子である、と。

 そうして、私はシャトヤーン様と、シャトヤーン様と親しい数名の侍女によって育てられ、今まで性別が露呈する事はなく、生まれたときから今までの侍女とシャトヤーン様以外は知らぬ秘密となった。

 私は、父ジェラールに直接会ったことはあっても、触れられた事はなく、父ジェラールも終ぞ私の正しい性別を知る事はなかったのだ」

 

「シャトヤーン様が?」

 

「ああ。

 隠すといっても、私としてする事はせいぜい言葉遣い程度のもので、なんら苦労もなかったがな。

 だが、この先はそうもいくまいな」

 

 実の母を知らず、実の父に触れられる事すらなかった境遇。

 シャトヤーンの息が掛った者だけをシヴァの侍女とできたのも、ジェラールが護ろうともも、監視しようともしなかった証と言える。

 それは同情を禁じえないが、今はおいておこう。

 

 シヴァは今年で9歳。

 まだ第二次性徴を迎える前の為、服を着ていると男女の正確な見分けなどできない。

 だが、第二次性徴を迎えれば、声の変化が無い事、女性特有の身体つきになる事、そして生理的な問題で隠す事は難しくなる。

 とはいえ、現在の技術をもってすれば、隠し通す事は不可能ではないが、理由が無い。

 継承権の問題なら、既にシヴァしか継承者がいないことで、世論も女皇の存在を認めるだろう。

 だから、今後は無理して隠す必要性はタクトには考えられない。

 

 後は、シャトヤーンが何をして、シヴァの性別を偽ったか、だ。

 

「……」

 

 タクトはヘレスを見る、最初は気にしなかったが、実はヘレスの存在はこの話の内容では重要だ。

 なにせ、シヴァの性別を知る、シヴァの侍女の1人なのだから。

 そして、ヘレスならシャトヤーンの意図を知っている可能性があった。

 少なくとも、タクトはそう考えていた。

 

「ああ、ヘレスに聞いても無駄だ。

 答えてはくれん」

 

「はい、この問題はシャトヤーン様から直接伺ってください。

 私も、直接理由を教えていただいた訳ではございませんから」

 

 タクトの視線に気付いたシヴァが先にそう答え、ヘレスも告げる。

 しかし、その言葉の内容、直接教えてもらわずとも、推測できる情報を持っていることになる。

 タクトは解らなくとも、ヘレスはそれが必要だった理由が理解できているのだ。

 

「解りました。

 とりあえず、シャトヤーン様にお尋ねしましょう」

 

 おそらく、この戦争中、一度は白き月へ戻る事になる。

 その確信があるからこそ、そんな言葉で締める事ができた。

 今は気にしても仕方ないと、タクトは一度この件について考える事を止める。

 

「そうそう、後一つ、使うかどうか解らぬが一応伝えておこう。

 私は、H.A.L.Oとの適合も高い数値でできる。

 エンジェル隊にも負けぬほどにな。

 お前の戦術は信用している故、使ってくれてもかまわん」

 

「それは……そうか、男性だとしら、男性で初の適合者になるから、それも隠されていたのですか。

 了解いたしました、この情報、有効に活用させていただきます」

 

「私からもお伝えするとすれば、一応戦闘機の操縦ができる、という事を。

 エンジェル隊の方々にはとてもかないませんが、逃げる事くらいは可能です」

 

「解りました」

 

 シヴァとヘレスからの情報を受け取り、使う機会など無い事を祈りつつ、使えるパターンを幾つか考えておくタクト。

 シヴァとしては、自分をH.A.L.O適合者として乗せつつ、タクトが操縦する事で、エンジェル隊が何らかの理由で紋章機を動かせない時の戦力補充と考えているのだろう。

 タクトとしては、それは様々な理由からほぼ使えない使用例なのだが、他にもランファやフォルテといった対人戦力を紋章機で移動してもらいつつ、シヴァ達をその乗ってきた紋章機で逃がす、という手も考えられる。

 積極的に使うべきものでもないし、使いどころが難しいが、使えない訳ではなく、場合によっては切り札にもなりえる。

 タクトは、この情報について改めて考える事にする。

 

 ただ、この時、タクトは失念していた。

 エンジェル隊にも負けぬ程のH.A.L.O適合値の意味を。

 皇族に出たことは、後々意味が付けられそうだ、くらいにしか考えなかった。

 ミントやヴァニラといった者すら連れてこなければならなかったエンジェル隊。

 そんなH.A.L.O適合値をシヴァが持っていた意味を。

 タクトは良く知っているが故に、H.A.L.Oに適合するある可能性について失念したのだ。

 

 

 

 

 

 タクトはその後クジラルームへと向かった。

 目的は当然、宇宙クジラに会うことだ。

 

「今のところ嫌な感じはしないんだね?」

 

 キュオオオンッ

 

「はい、『嫌な感じ』はしないそうです」

 

 ミントとはまた違った形で人の心を、いやこの宇宙中の『意志』を読み取れると言っても過言では無い宇宙クジラの能力。

 その感性はこの単艦での逃避行には欠かせない情報源になっている。

 今エルシオールは明確に狙われている為、敵意を感じ取ってくれれば、待ち伏せを見抜ける可能性もある。

 

「そうか」

 

 ただ、欠点は細かな言葉として捉える訳ではないし、あまりに広域から拾ってくるので意味は曖昧になりがちなところだろう。

 それでも、使い方次第で、タクトはそれを上手くやりくりする事で有益なものとする為に存在すると言っても良かった。

 だが、流石に解らない事もある。

 

「ただ、最近になって感じる事があり、『期待』と言える感情に包まれている、とのことです」

 

「期待?」

 

「はい、総合して、その様な意味になる様ですよ」

 

「期待、か」

 

 先日の戦闘で、タクトは戦闘機のパイロットとしての能力も見せている為、それに関するものだろうと考える。

 しかし、包み込まれているという表現も気になる。

 まだエルシオールの存在を知っているの僅かな者達で、包み込まれる程の期待は背負っていない筈だ。

 

「うん、それはまた情報を整理しておくよ。

 ありがとう」

 

「いえ、大変でしょうけど、タクトさんもがんばってください」

 

「ああ、クロミエもご苦労様」

 

「いえ、これが僕の仕事ですから」

 

 クロミエは当初、これ程宇宙クジラが有効活用されるとは思っていなかったのか、とても嬉しそうだ。

 自分の仕事をここまで活用してくれるのは誇りにもなるだろう。

 そして、壮大な無駄とも思われがちなこの空間そのものにも意味が出てくる。

 

 因みに、植物園、動物園(小動物限定)の方は、この戦況下においてはとても有益だ。

 クロミエの話では、多数のクルーが植物を眺めたり、小動物と戯れて心を癒している。

 女性クルーばかりなのもあり、効果としては絶大だろう。

 勿論、男性クルーの姿もあるとか。

 

 そして、宇宙クジラとの会談も終わって、戻る途中にも、管理室周辺に女性クルーの姿を確認できる。

 その中に、タクトとしては決して見逃せない姿もあった。

 

「ヴァニラ、今日も着てたのかい?」

 

「あ、タクトさん」

 

 現在ヴァニラは謹慎中の身で、仕事関係は禁止されている。

 後から考えると趣味らしい趣味の無いヴァニラには逆に辛くなる可能性もあったが、ヴァニラにはここがある。

 クロミエからの情報では、殆どの時間をここで過ごしていたそうだ。

 因みに、早くに気付いたエンジェル隊のメンバーからは小説だの映画だの差し入れもあったらしいが、小説も映画もここでみていたらしい。

 そして、謹慎が解けるまでもう少しというこの時間もまたここに来ている。

 

「ちゃんと休んでいるみたいだね。

 どうだい? たまにはこんな時間があってもいいんじゃないかな」

 

 ヴァニラは実際働き過ぎだ。

 現状でも十二分に役に立っているのに、自らを力不足として技量をさらに上げようともしている。

 普通、ヴァニラくらいの年齢ならもっと遊びを知っていても良さそうなのに。

 今回の事は、ヴァニラには丁度良かったのかもしれない。

 いろいろな事を考える時間もできただろう。

 

「はい、そうかもしれません」

 

 実にあっさり、肯定の言葉が返ってきた。

 これにはタクトも少し驚きつつ、やはり良い傾向にあると確信する。

 

「うん、休みも入れながら、これからもがんばろうな」

 

「はい」

 

 そんなヴァニラを、殆ど無意識で頭を撫でるタクト。

 ヴァニラは少し俯きながらも、拒む事はなかった。

 

「っと。

 じゃあ、俺は行くよ」

 

 子ども扱いしてしまっていると、手を離すタクト。

 ヴァニラよりも外見は子供っぽいミントにはしないのに、ヴァニラには何故かしてしまう。

 自分の行動を少し不思議に思いつつ、この場を去ろうとした。

 休んでいるヴァニラには今タクトは不要だろうと思ったからだ。

 

「あの……」

 

 と、背を向けたところでヴァニラから声が掛った。

 

「ん?」

 

「動物園……」

 

 ヴァニラから出た単語。

 それは、前にタクトからこの戦いが終わったら行こうかと誘った場所だ。

 それを、今度はヴァニラから。

 

「この戦いが終わったら、一緒に動物園に行って貰えませんか?」

 

 どこか、怯えた小動物を思い起こさせる表情。

 おそらくは、初めて口にする類の言葉だから勝手が解らないからのだろう。

 しかし、それは確かにヴァニラからのお誘いだ。

 

「ああ、勿論だよ。

 一緒に行こう、この戦いが終わったら、必ず。

 だから、これからも一緒にがんばろうな」

 

 レディからのお誘いを断るタクトではない。

 しかし、この場合、ヴァニラからだかこそ断るなどという選択はない。

 自分から誘った事であるという事すら越えて、ただ自然とタクトはその答えを口にしていた。

 

「はい」

 

 タクトは自然と笑みとなり、そんなタクトの答えを聞いてヴァニラも微笑んだ。

 

 

 

 

 

 その後、心が洗われる様な気分だったタクトだが、しかし仕事は続いている。

 次はランファかフォルテでもいるかとトレーニングルームと射撃訓練所を覗いたのだが、どちらも見つける事はできなかった。

 その代わり、射撃訓練所では意外な人物を見つける事になる。

 

「……」

 

 パシュンッ! パシュンッ!

 

 タクトの入室にも気付かずに、ただ黙々とレーザー銃の射撃を続けるのはミルフィーユ。

 普段の明るい姿からは考えられないくらいの無表情。

 両手でレーザー銃をしっかり構え、確実な射撃をしている。

 軍人として射撃訓練をしているのだから当然かもしれないが、タクトとしてはあまりにミルフィーユらしくないと言える光景だった。

 

「あ、タクトさん」

 

 一通り訓練が終わったらしく、結果が表示された所でやっとタクトに気付く。

 因みに結果は全弾命中。

 フォルテ曰く、ミルフィーユは全弾命中か、全弾外れかのどちらかだと言っていたが、タクトが見るに、少なくとも今回は実力によるものだと思える。

 士官学校を卒業した、れっきとした軍人であるならば当然とも言えるが、しかし、それ以上に努力も重ね事が伺える綺麗な射撃だった。

 

「やあ、珍しいねこんな所で」

 

「はい……

 やっぱり、似合わないですよね」

 

 ミルフィーユの表情は暗かった。

 先日、人間を相手にして戦う事について悩んでいたようだったが、まだ解決には至っていない様だ。

 尤も、そう簡単に解決できるものでもないだろう。

 

「まあ、似合わないといえば似合わないな」

 

 タクトは、嘘を言っても仕方が無いと、正直な感想を口にする。

 顔は普段の様に明るいまま、しかし言葉は軽くない。

 

「タクトさんもそう思いますよね。

 私は、きっと軍人には―――」

 

「ミルフィー!」

 

 タクトの感想を聞いて、更に落ち込んだ様子のミルフィーユは何かを口にしようとした。

 しかし、それはタクトによって止められる。

 そして、タクトは続けた。

 

「仮に―――そう仮にだ、ミルフィー。

 軍人に対して向き不向きがあるとしたら、それはなんだろうか?

 人を平気で殺せることかい?」

 

 軍人の仕事とはなんだろうか、と考えた時に、最も浮かびやすいのは『人殺し』ではないだろうか。

 勿論、軍人の仕事はそれだという訳ではない。

 しかし、戦争となれば、敵を屠るのが軍人の仕事で、つまりは敵となる人間を殺す事がそれだ。

 

「それは……」

 

 エンジェル隊の中で、最も軍人らしい人物といえばフォルテであるというは、エルシオールに居る人間の共通の認識だろう。

 そして、事実としてフォルテはエンジェル隊の中では軍歴が最も長く、実戦も経験している。

 つまり、エンジェル隊の中で、確実に人殺しの経験がある人物だ。

 それは、ミルフィーユも解っている。

 

「ミルフィー。

 俺も、人を殺した事があるよ。

 直接殺した事も、指揮をして、部下に人を殺さなければならない命令を下した事もある」

 

「え……?」

 

「意外かい?

 俺も、軍人だよ」

 

「……」

 

 ミルフィーユは、完全に言葉を失ってしまう。

 きっと、自分の言葉はタクト達を傷つけるものだったと後悔しているのかもしれない。

 言葉が何もみつからない様子で、タクトから目を逸らしてしまっている。

 

 だからこそ、タクトは更に続けた。

 

「ミルフィー。

 君にとって、軍人になってエンジェル隊に居る事が、なんなのかは俺は知らない。

 けど、俺はエンジェル隊に君が居てよかったと思っている」

 

 持ち前の運によって、士官学校に入学する事となり、エンジェル隊に配属されるまでになったミルフィーユ。

 本来持っていた夢を捨て、あえてこの道を歩み続ける事にした彼女は、何を思っていたのだろうか。

 それをタクトはまだ知らない。

 だが、H.A.L.Oがどの様に人を選んでいるかしらないが、ミルフィーユの存在はエンジェル隊には必要だったとタクトは思う。

 

「軍務の中で、君が存在する意味は大きい。

 こと、エンジェル隊にとっては、君は必要だよ」

 

 人が人を殺す、それを冷静且つ、確実に行う。

 それだけならまだ可能だ。

 しかし、それでいて、人の心を失わない様にするのは至難の業だ。

 そんな時、自分が異常になっていないかを確認できる鏡があれば、自分を正常に近づける事が可能かもしれない。

 例え、血で汚れてしまった事がはっきりと見えて、より辛い思いをしたとしても、壊れかけた自分を直せる可能性があるならば、そうしたいとタクトは考える。

 ただ、それは言葉にはしない。

 

「でも、私は……」

 

「ミルフィー。

 俺は部下に人を殺す様な命令を下した事がある。

 しかし、それは『殺せ』と命じたのではない。

 勿論、最善の選択として『殺す』だろうと認識して命令し、部下はそれを選んだ。

 だが、もし他に手段があるならば、それを選んでくれてかまわない。

 もし間違っても『殺せ』などとい命令をしたならば、無視してくれてかまわない」

 

 タクトは、命を奪う行為の命令は可能な限りしないつもりでいる。

 司令官としては、極めて難しい信条であるが、それを曲げるつもりは無い。

 もし、人の乗った戦艦等へ攻撃をするならば、最後の引き金は自分で引くつもりでいる。

 それは、レスターにも任せるつもりはない。

 

「ミルフィーの場合、自分の運が人を巻き込む事を気にしているんだろうけど。

 それならば、運が作用した後に、うまく立ち回ればいいさ。

 その為の実力を、君は持っているだろう?」

 

 100%命中の銃撃の腕前、紋章機の操縦技術だって、全て運頼みな訳がない。

 ミルフィーユ・桜葉は、エンジェル隊として恥じないだけの技術力を持っている。

 

「もし君が決めたなら、俺も可能な限りは手伝うよ」

 

「タクトさん……」

 

 まだ答えは出ない。

 だが、少なくともミルフィーユはタクトの目を見ることが出来ている。

 

「俺にもし今言える事があるとすれば、後は……

 自分の命を護る事だけには躊躇するな、ってところかな」

 

「……はい。

 それは、守ります」

 

「よろしい。

 後ミルフィーのお菓子、次の作品を心待ちにしてるからな」

 

「はい、次に時間がある時に作りますから、楽しみしてくださいね」

 

 笑顔のタクトに答える様に、ミルフィーユも笑顔を作る。

 今はまだ、作った笑顔。

 だが、今はそれでいい。

 

 

 

 

 

 射撃訓練所を出たタクトは、次に何処へ行こうか少し迷っていた。

 今日まだ会っていないランファとフォルテが居そうだったトレーニングルームと射撃訓練所は居なかった。

 そこを回る前には食堂とコンビニ、ラウンジを覗いてみたが、少なくともその時間には居なかった。

 

「後は自室か……

 あー、あと格納庫も回ってなかったな」

 

 丁度格納庫には用事もある為、そちらに回る事にするタクト。

 今はまだヴァニラは謹慎中なのでできないが、できればヴァニラと一緒が良かったのだが、それは後でにする。

 

 射撃訓練所からは近く、直ぐに到着したタクト。

 格納庫は今日も整備班が忙しく働いている。

 大型民間船から捕縛用の装備を少し分けてもらったので、そのテストも行われている。

 それについては、今のところタクトは口を出す気は無く、常時装備はできない為、せいぜいいつでも出せるようにしておいてくれ、と言うくらいだ。

 見たところエンジェル隊の姿は無い。

 ハーベスター以外の紋章機は調整も終わっている様なので、ここで待っていても来る事はないだろう。

 

 ならば、とタクトはそのハーベスターについての打ち合わせをする為、クレータを呼んだ。

 

「はい、元々想定されている物ですし。

 修理用を少しいじれば、すぐにでも可能です」

 

「そうか。

 次々仕事を増やして悪いが、準備をしておいてくれ」

 

 話しているのは、5番機の武装について。

 前回の戦闘で使った、ナノマシンによる敵戦闘機の機能破壊。

 修理に使っているナノマシンは、修理の為に機能への干渉も行い、故障箇所の排除などで『破壊』も行う為、機能破壊も元々存在していた機能と呼べる。

 だが、今まで戦闘で使用しなかったのは、ナノマシンを使った敵機の破壊となると、敵機サイズに比例して多量のナノマシンを消費し、修理と同等の集中力を必要とする上、時間も掛かるので、効率的に考えて使い物にならないので、使わなかった。

 しかし、敵に人間が存在する場合には、一部機能に限定して破壊する事で、戦闘能力を奪い、殺さずに倒すという事も可能になる。

 勿論、効率だけを考えるなら、ミサイル、レーザー、ビーム等の通常兵器で攻撃し、相手を兵器から脱出させる方が遥かに良いが、脱出装置も万能ではない。

 当然ながら、ナノマシンでの機能破壊も危険が伴うが、攻撃を加えてる事で脱出装置の機能を壊してしまう可能性と比べれば遥かに安全と言える。

 

 今のままでも修理の応用でナノマシンによる敵機の機能破壊は可能だが、それでは消費するナノマシンも、ヴァニラに掛る負荷も高すぎる。

 その為、5番機に搭載するナノマシンの一部を予め敵機破壊用に機能を限定、調整する事で、消費量とヴァニラへの負荷軽減を図りたいのだ。

 味方の修理に使えるナノマシンの量が減ることになるが、今のところ、そこまでナノマシンが切迫した事はない。

 敵を見て積み替える事もできるし、敵機破壊用に調整したナノマシンというのを、予め用意しておく事にメリットは多く、デメリットは少ない。

 

「後はヴァニラ次第だけど」

 

「前回の様な使い方なら、使う可能性はあるのでしょうけど」

 

 デメリットの1つは、ナノマシンの調整にはヴァニラの協力が不可欠である事。

 運用するのもヴァニラだし、仕事を増やし、破壊用のナノマシンの作製という行為が精神的な負荷となる事も懸念される。

 

「ともあれ、準備はしておいてくれ。

 で、ヴァニラが来た時にその話を振ってくれればいい」

 

「了解しました」

 

 タクトとしては、強制をするつもりはなかった。

 とはいえ、前回の様な事態が想定できるとなれば、ヴァニラに選択肢はないだろう。

 後は、タクトが如何にそう言った事態の発生を防げるかだ。

 1兵士たるヴァニラにはできなくとも、司令官であるタクトならできることがある。

 悲観的なくらい準備を整えつつ、それが無駄になる事を目標とするのが、司令官の仕事だとタクトは考えていた。

 

 

 

 

 

 そうして、悪い方向になった時の準備を済まし、格納庫を出たタクト。

 そこで、廊下の先から声が掛った。

 

「司令官殿、こんなところにいたのかい」

 

「フォルテ、どうしたの?」

 

 声をした方向をみれば、先ほどまで探していたフォルテが居る。

 どうもフォルテもタクトを探していた様子だった。

 

「ああ、暇ならちょいと付き合ってほしいんだけど」

 

「いいよ」

 

 と、ほぼ反射的に返事をするタクト。

 そんなタクトに、フォルテはにやりと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 それから移動した先、そこはタクトが通りかかった事くらいしかない施設だった。

 その施設の名はシミュレーションルーム。

 主にエンジェル隊が紋章機による戦闘を仮想的に経験する為の施設だ。

 この施設はエルシオールに元々存在していた施設だが、内装の殆どと、ソフトウェアは現在の白き月の技術者が作ったものだ。

 元々存在したハードウェアは、他では考えられない程高性能で、シミュレーションとは思えないほどの臨場感を味わえるらしい。

 ソフトウェアを作った技術者が、ハードの性能を活かしきれないと嘆いた程とか。

 

 因みに、紋章機のシミュレーターとしてだけでなく、さまざまな乗り物のシミュレーションも行う事ができる様になっており、エンジェル隊以外の利用もある。

 ただ、現状ではエンジェル隊の利用が最優先とされ、他の利用者は殆どいない様だ。

 また、エンジェル隊は定期的、高頻度で利用し、戦闘の無い日も、訓練の為に利用している。

 余談ながら、最近は緊急帰還システム、クレーンを使わない突入方法の訓練に半分くらいの時間を割いている。

 フォルテ曰く、まだ暫くは高い頻度での訓練が必要とのことだ。

 

 で、そんな場所に連れてこられたタクト。

 そこで待っていた人もいた。

 

「お帰りなさい、フォルテさん。

 あ、タクト、本当に見つけてきたんですか」

 

「やあランファ」

 

 待っていたのはランファ。

 タクトも探していた人物だが、シミュレーションルームとは思わなかった。

 定期的なシミュレーションルームの利用の時間についてはタクトも把握している。

 今は定期外の利用だ。

 戦況上、それも当然の事だが、シミュレーションのやりすぎで疲労が溜まっては元も子もない。

 そのへんの休息についてはきちんとしているので、大丈夫だは思うが、ヴァニラの事もあるので、少し注意が必要なのかもしれない。

 尚、シミュレーションルームについては、タクトは探す場所として基本的に入れていない。

 シミュレーションルームの利用中では、タクトができる事など無いに等しいからだ。

 

 だが、そう言えたのもつい先日までの事だろう。

 

「まあ、そう言うわけでだ。

 司令官殿にちょっと相手をしてもらいたくてね」

 

 既にタクトのパイロットとしての腕は知られている。

 如何に紋章機の性能があるとはいえ、操縦技術だけなら一流なのは確かなのだ。

 それを利用しない手はない。

 

 特に、ヘルハウンズ隊という生きた人間の乗る敵戦闘機を相手にしなければならないとなれば、今のシミュレーターでの訓練では限界がある。

 

「それは構わないが。

 あまり期待しないでくれよ」

 

 タクトは、拒む事はなかった。

 確かに現状では自分の指揮があったとしても、ヘルハウンズ隊との戦闘には不安がある。

 こうして自分の身を消費してできることならばやっておくべきだと、シミュレーターに搭乗する。

 こうして、タクトとランファ、フォルテのシミュレーター訓練が行われた。

 

 

 

 

 

 1時間後

 

 プシュッ!

 

「ふぅ……」

 

 呼吸を整えながシミュレーターから出るタクト。

 シミュレーターとは言え、本物の戦場と誤認するくらいのリアリティがある上、長時間の搭乗は楽ではない。

 

「ご苦労さん」

 

「ああ、ありがとう」

 

 最後はランファとの訓練だった為、外で見ていたフォルテが、飲み物を持ってくる。

 それを受け取って一気に飲み干すタクト。

 喉は渇いていたというのは解るが、一見してさしたる疲労は見られない。

 

「ほれ、ランファ」

 

「どうも」

 

 ランファの方も一見して疲れは見えない。

 やや表情が暗い程度の違いだろう。

 

「いやー、久々であまり上手くはいかなかったけど、お役に立てたかな?」

 

「ああ、十分さ。

 悪いね、長い時間つき合わせて」

 

「クロノ・ドライブ中なら、構わないよ。

 また必要だったら呼んでくれていいけど。

 ただ、あんまり期待はしないでくれよ」

 

「十分だって。

 じゃ、また今度頼むよ」

 

「ああ、またね」

 

 フォルテとタクトでそんな一見いつも通り明るい感じでの会話を済ませ、タクトはシミュレータールームを出た。

 ただ、ランファはその姿をただ黙って見送るだけだった。

 

 

 

 

 

 タクトの出たシミュレータールーム。

 そこは、フォルテとランファの2人だけが残る。

 

 ガンッ!

 

 タクトが離れたのを確認してから、ランファは壁を叩いた。

 そして、疲労もあって、膝を折る。

 

「アイツ、私のカンフーファイターを、完璧に……」

 

 そして口に出すのは、悔しさに震える声だ。

 

 今回のシミュレーター訓練は、フォルテ、ランファともに2回ずつ、計4回行われた。

 2人はどちらも当然自分の機体を使った。

 対してタクトは、それぞれ1回目は5番機を使ったが、2回目は相手の機体、フォルテを相手に4番機を、ランファを相手に2番機を使い、同機体同士の対戦を行った。

 いずれも、最終的に勝利したのはフォルテ、ランファの方だ。

 しかし、こと同機体同士では、フォルテはストライクバースト、ランファはアンカークローを、ほぼ捨て身で放ってやっと掴んだ勝利だった。

 タクトが5番機を使った時も、さんざん苦労してやっとの勝利。

 それくらい、タクトの操縦技術は高かった。

 

 それも、2番機と4番機を、僅か1分ほど慣らし運転しただけで、本来の搭乗者を振り回す程に乗りこなしてみせた。

 それには、2人共ショックを隠せない。

 中でも、敵機の捉え方と、回避、防御、ダメージコントロールはずば抜けており、初めて乗ったはずの機体ですら、紙一重での回避と、ダメージの食い止め方を理解していた。

 本来の搭乗者すら知らなかった回避方法と、防御方法を、その場でやって見せたのだ。

 そのあまりの上手さに、攻撃が当たらず、当ててもダメージが与えられず、結局捨て身という手段に頼らざるを得なかったのである。

 

 更に、4連戦をしておいて、さして疲労の色も見せずに去っていく姿は、更に追い討ちを掛ける結果となった。

 シミュレーターとはいえ、パイロットに掛る負荷、加速によるGや、ダメージを受けたときの揺れも再現し、撃墜された時など、コックピットをかき回され、直後に立ち上がるのは困難な筈なのに。

 

「ああ、操縦技術は私達より上だ。

 それは認めよう。

 流石は―――だな」

 

 しかし、それでいながら勝利できたのは、捨て身の攻撃もあったからだが、それ以上に、負けはしなかった理由がある。

 タクトは、攻撃の殆どをオート設定にしており、本人は1,2つの武器を使うだけで、後は操縦に徹していた。

 勿論、それを差し引いても、自分たちの機体を使いこなされた事の言い訳には程遠い。

 そもそも武装のオート設定は、ランファ達も使えるものだ。

 それでも相手のタクトが複座を前提にしている事は間違いなく、その姿勢を崩す事はなかった。

 第一、複座なら強い、などというのはないし、複座の難しさも、しかも操縦と火気管制を別々に担当した場合の難しさは2人共在る程度は理解している。

 下手をすれば弱体化する事は勿論、搭乗者同士が生半可な信頼関係では自滅する事すら在り得ると。

 

 尚、先日ヴァニラと即興の複座が出来たのは、ヴァニラがやる事は一つで、敵機とは機体性能で勝っていた事が大きい。

 更には、タクトのヴァニラを膝に乗せるという行為が、2人の身体を密着させ、タクトの操縦をヴァニラは全身で感じ取る事ができたのもあり、上手くいったのだ。

 

「私達の先輩だ。

 それを認めるんだランファ。

 いい事じゃないか、目標がすぐ傍に居る」

 

 自分は紋章機を完璧の乗りこなしているなどという驕りは持っていないつもりでいた。

 だが、こうして未熟さを知れた事は、まだ上に昇れるという証明でもある。

 そして、2人は、いやエンジェル隊は、僻んで歩みを止めるようなそんな志の低い者の集まりではあらず、これをバネに更に羽ばたける者達だ。

 

 既にランファも立ち上がり、遠くを見つめている。

 まだ見えぬ光の先を。

 そして、この戦争に、あのヘルハウンズ隊に勝利する道筋を見出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 それから数分後、タクトはラウンジに来ていた。

 

「さて……ああ、丁度良かった」(流石にそろそろ限界だ、座ろう)

 

 ラウンジを見渡すと、ミントの姿を確認できたので、そちらに向かう。

 

「やあ、ミント、ご一緒していいかな?(流石に1時間もぶっ続けで乗ってたら辛いなぁ)

 

「あらタクトさん。

 それも、男の子の意地ですか?」

 

「ははは、まあね」(そっちも鍛えてるね。どんな調子かな?)

 

 優雅にお茶を楽しむミントの姿は相変らず絵になる光景だ。

 しかし、実際ミントの目的はそれではない様だ。

 早速その一部を公開しているが、これはまだ序の口だろう。

 

「お疲れなら、こちらのドリンクがお勧めですわ。

 それにしても、1時間、4回の撃墜を受けてその程度の疲労とは、鍛え方が違う、といったところですか?」

 

「ははは、いや、ミントの言ったとおり、タダの意地さ。

 実際もうきつくってね」(正確な回数も読めるか、いい感じだね)

 

「あら、私達では、意地を使っても立っていられるので精一杯ですわ。

 ランファさんがそうでしたでしょう? たとえ勝利していても。

 尤も、立っているのがやっと、というのは、シミュレーターの疲れだけではないでしょうけど」

 

 一見、会話が普通に成立している様に見えるし、実際ここでの会話は成立している。

 が、周囲の人間は聞き耳を立てているわけでは無いから気づかないだろうが、おかしい部分がある。

 いかにミントが心を読めるとは言え、現場に居なかったのにまるで見てたかの様にタクトとその状況を話している。

 まるで、心どころか、記憶まで見透かすしているかの様に。

 

「さてね。 俺は何も気付かなかったよ」(流石にそこら辺はエンジェル隊内部は強いね)

 

「ふふふ、まあそう言うことにしておきますわ。

 今頃フォルテさんに慰められつつ、自分で立ち上がっているでしょうし」

 

「ああ、エンジェル隊は皆優秀だからね」(今日は全員の成長具合が見えて上司として嬉しい限りだ)

 

「ええ、ヴァニラさんは既に十二分に優秀ですけど、心が完成すればどれ程になるか想像もつきませんわね。

 ミルフィーユさんは、既に完成していたのが崩れた様に見えて、問題点が露呈しただけ。

 それも、そう遠くないうちに解決しますわ。

 そして、私も、この程度では終わりませんわよ」

 

「ああ、見事だよ。

 僅かに読めた情報と、他の情報で補強し、全てを見透かすような喋り方。

 エンジェル隊内部の話とはいえ、今それだけできるなら先が楽しみだ」(話術は元々あったから、応用も利きやすいね)

 

 ミントは今、全てを見てきたかの様な会話をしたが、実際、さほど核心をついた事はいっていない。

 それに、事前にエンジェル隊全員とは会っている為、タクトと会った事でどうなるかの予想はできる。

 それでも、具体的な数字などを加えることで、説得力を増し、何をしたかという僅かな情報から推察して会話に織り交ぜれば、本当に知っているかのように誤認する。

 情報と、話術があればできるトリック。

 しかし、心理戦という意味ではその効果は計り知れない。

 

「元々、交渉でも使っていますから。

 最近使う機会もなかったので、リハビリ程度ですわ」

 

「恐ろしいほどに頼もしいよ。

 特に話術に関しては俺も教えて欲しいくらいだ」(更なる応用の目処は立っているのかな?)

 

「またご謙遜を。

 タクトさんなら、私の様な能力なしでも、この程度はやってのけるでしょうに。

 むしろ私がその技術を盗みたいくらいですわ」

 

「ははは、俺に盗れる程の立派な物はないよ」(アレは性格が悪いだけだとも言われてるしねぇ)

 

 そこで一度会話が途切れ、タクトはミントに勧められた飲み物を注文し、一息ついた。

 タクトとしては、本当に休憩をしに来たので、やっと休めたという事になる。

 が、ミントは何もしていない様で、静かに動いていた。

 

「そうそう、後で格納庫に行って見てください。

 ヴァニラさんが待っていますわ。

 ナノマシンの戦闘利用に関して相談したいのでしょう」

 

「ああ、もう謹慎も解けた時間だったか。

 解った、行ってみるよ」(整備班の子が着てるのか、気付かなかったな)

 

 周りを確認すると、少し離れた場所に整備班のメンバーが来ていた。

 しかし、ミントの視界には入らなかった筈だし、今来た所の様だった。

 ヴァニラが今格納庫に来ていたとしたら、格納庫から来た整備班の思考の比較的表の方にその情報があるだろうが、それにしても素早い情報収集だ。

 テレパスは、個人に向けていない時、広範囲に耳を向ければ、普通の声と同様かそれ以上に、必要な情報だけ取得するのは難しいと言われているのに。

 

 タクトは、兎も角今の情報を活かす為に、ドリンクを飲み干して席を立った。

 

「じゃあ、行ってくるよ。

 ミントも、あまり無理はしないようにね」(心身共に負荷が掛かるだろうから心配だ)

 

「大丈夫ですわ。

 タクトさんが居るだけでも、心の疲れは癒えますから」

 

「またまた、そんなお世辞を言われると舞い上がってしまうよ?」(俺の心なんて黒いだけだろうに)

 

 そんな言葉を残し、その場を去るタクト。

 その背中を、ミントは微笑みながら見送るのだった。

 

 

 

 

 

 ミントの情報を元に、再び格納庫を訪れるタクト。

 そして見回しみれば、情報通りヴァニラがおり、クレータと何かを相談していた。

 

「ヴァニラ」

 

「タクトさん」

 

「あ、司令、丁度いいところに」

 

 やはり、ナノマシンの修理以外の利用についての話をしていた様だ。

 クレータの手元の端末には、敵機の機能の一部を破壊する特化型ナノマシンの仕様が映っている。

 

「早速やってるみたいだね」

 

「はい。

 ですので、タクトさんにも相談しようかと。

 タクトさんなら、単純な破壊活動だけでない、ナノマシンの用途を思いつくのではないかとおもいまして」

 

「それはいいんだけど。

 ヴァニラはいいの?」

 

「はい。

 私は、ナノマシンを使って人を生かしてゆきたいと思います」

 

「そうか」

 

 迷いの無い即答。

 前回の戦闘でも既に答えを見つけていたが、この休暇の間に更に確かなものとしたのだろう。

 これならば、もうタクトから言うべき事はない。

 

「よし、じゃあ一緒に考えよう。

 まあ、俺も幾つか既に案をもっているんだけど。

 まずは……クレータ班長、まだ1つだけ残ってるアレだけど、どれくらい弄れる?」

 

「アレ? ですか。

 ヴァニラさんの協力があれば、ある程度は」

 

「最後の一つだけど、既に敵にも知られている手口だからね。

 有効に利用したい。

 ヴァニラがいれば、あれは更なる力を得る」

 

 格納庫に残っている1つのコンテナ。

 ローム星系まで、まだ8日程の道のりを残すなか、それをどう使えるかで、生き延びる確率は変動する。

 ヴァニラの協力が得られるならば、本来の使い方以外にも使い道が広がる。

 医療用、修理用のナノマシンを戦術兵器に転換するのは、タクトとしてもあまり良い気分ではないが、ヴァニラが言う様に人を生かす為、最大限の利用をしよう。

 この先に残る希望を掴み、その光を更に大きくする為に。

 

 その後、他の案も含めて実用的な用途を7つ程用意し、シミュレーター訓練と、テストが行われる事となる。

 特化型を作り、利用する事になるので、ヴァニラによる宇宙空間でのテストも必要となり、それは移動中に行われる事になった。

 敵に見られぬ様に、安全を確認した上で。

 

 

 

 

 

 それから48時間程は敵と遭遇する事なく、訓練とテスト、タクトはエンジェル隊との交流、シヴァとの交流。

 そして、エルシオール全体の士気向上にあたり、効果を上げる事ができた。

 順調だった道のり。

 しかし、それもこの日までとなった。

 

 

 

 

 

 それから更に10時間後。

 

「敵艦多数接近」

 

「無人哨戒機からの報告。

 敵は巡航艦4、駆逐艦3の編成です」

 

 敵との遭遇。

 敵の規模そのものは、あまり大きくは無く、無人艦のみの編成の為、よほどの連戦でもない限り問題なく処理できる程度だった。

 

「ここは振り切ろう。

 レスター、ルートCで行くぞ」

 

「ああ、進路変更。

 取り舵、全速前進!」

 

「了解、全速前進、振り切ります」

 

 敵前逃亡にも見えるが、弾薬も無限ではないし、無尽蔵にすら見える無人艦を全てエルシオールで相手をする理由はない。

 振り切れる場合は振り切り、避けられる戦いはしない様にした。

 

 そして、エンジェル隊が休めぬ程の連戦でもなかった。 

 次の戦闘も20時間後の事だ。

 

「敵は突撃艦3、巡航艦2です」

 

「振り切れんな。

 叩くしかないだろう」

 

「ああ、予定進路も変更が必要か。

 Bでいくとしよう」

 

 しかし、問題はそんな事ではなかった。

 更に15時間後。

 

「敵影捕捉。

 数は7、更に別方向からも最低でも5の敵影を確認」

 

「振り切るか。

 進路をAに固定のまま、全速!」

 

「了解、進路そのまま、全速前進!」

 

 タクトはこの時には既に気付いていた。

 だが、その時にはもうどうする事もできなかった。

 それから8時間後。

 

「無人哨戒機から報告。

 敵です」

 

「方向的にまずいな。

 タクト、どうする?」

 

「……ルートDを使いたかったのだが」

 

「敵の来た方向だからな、拙いだろう」

 

「そうなんだよな。

 敵を撃破しつつ、進路をルートBにとる」

 

 なんとか打開を試みたが、先にどれ程の敵が居るかも解らない状況での強行はできず。

 その場に於いて最善とされる道を行くしかなかった。

 

「進路上に敵です、巡航艦4、ミサイル艦2です」

 

「3番機から報告、別方向からも敵が接近中」

 

「……タクト、これはまさか―――」

 

「ああ、覚悟が必要だな」

 

 更に23時間後に敵と遭遇した時にはレスターも気付いた。

 現れる敵そのものに問題はない。

 エンジェル隊も疲労はないし、弾薬もまだ大丈夫だ。

 

 しかし、だがしかし―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローム星系までの旅路は、一見問題なく進んでいる様に見えた。

 クロノ・ドライブを3回行えばロームに到着する所まで来ている。

 事実上、あと2回クロノドライブを行えば、ロームに辿り着いたと言える位置におり、今しがた遭遇した敵を撃破し、残り3回の内、1回目のクロノ・ドライブに入ったところだ。

 それなのに、タクトの表情は暗かった。

 

「このクロノ・ドライブの時間は2時間だったか?」

 

「はい、正確には125分を予定しています」

 

「エンジェル隊をブリッジに呼んでくれ」

 

「了解しました」

 

 エンジェル隊を呼び、話す事は、士気にテンションに大きく影響する内容だ。

 しかし、言わねばならない。

 例えあくまで可能性の話だとしても。

 

 

 

「エンジェル隊、全員そろったよ」

 

 クロノ・ドライブ前の警戒態勢があった為、エンジェル隊は格納庫から全員で移動してきた形になる。

 クロノ・ドライブ直後に呼び出したという事で、全員身構えている。

 

「ああ、悪いね。

 けど、君達に言っておかなければならない事がある」

 

 そこで、タクトは一息ついた。

 と、そこでフォルテが口を開いた。

 

「このクロノ・ドライブの先で待ち伏せされている可能性があるって話かい?」

 

「ああ、流石に気付いていたか」

 

「そりゃあね」

 

 見れば、フォルテ以外のメンバーも、さしたる驚きは見せていない。

 確かにここのところの敵の配置、敵の来る方向は『誘導』と取るに十分なものだった。

 そうだ、エルシオールはここまで誘導されたのだ。

 数多にあるローム星系への航路の中でも、この道を通る様に仕組まれ、タクトは嵌ったのだ。

 タクトは途中で気付き、なんとかその道から逸れようとしたが、できなかった。

 敵の数はあまりに多く、底が知れないというのを利用され、脱出させなかったのだ。

 

「改めて言うが、この先、ドライブアウトした先に敵が、恐らく大艦隊が待ち構えていると見て間違いない。

 既に後戻りはできず、進路を変えるのも無意味だった。

 後俺達にできる事は―――罠を突破する事だけだ」

 

「勝算は?」

 

「敵の規模が解らないんだ、何も解らない。

 エオニアがこの艦を、シヴァ皇子をどれだけ評価しているかがまだハッキリしない。

 しかし、エルシオールに全ての戦力を集結できるほど、今のエオニアは暇ではない筈。

 それに、エオニアは単純な力押しというのが嫌いなヤツで、策士と呼べるかは別として、無意味な大戦力を使ってくるとは思えない。

 今までのデータから、勝てると想定できる少し上程度の部隊で攻めて来るだろう。

 今までの、取られている限りのデータだ。

 ならば、今までの戦いで成長している我等ならば越えられる筈はなく、超える為の道を示すのが俺の仕事だ」

 

「そして、その道を作るのが私達の仕事。

 司令官殿の指揮能力に疑いはない。

 存分に私達を使ってくれ」

 

「皆で協力してがんばりましょう!」

 

「どんなに敵が来ても、全部撃破すればいいだけだしね」

 

「敵が策士であるならば、それに溺れさせてしまえばいいのですわ」

 

「どんな小さな光も、手にしてみせます」

 

 正直な話、タクトはこの期に及んでもエンジェル隊を甘くみていたらしい。

 タクトの話に怯む者はなく、むしろ士気を、テンションを上げている。

 流石は『天使』と呼ばれる少女達。

 戦力に問題はない。

 ならば、後はタクトの腕次第だ。

 

「よし。

 では、皆、時間まで十分な休養をとっておいてくれ。

 ドライブアウト前に格納庫で待機。

 以上、解散」

 

「了解」

 

 現状でも、疲労している者はいないが、あると解っている戦闘の前に、十分英気を養ってもらう事にする。

 今のエンジェル隊なら、この時間で、更なる士気の向上が期待できる。

 

 

 

 

 

 エンジェル隊との話が終わった後、タクトはシヴァ皇子の部屋に来ていた。

 待ち伏せの報告の為だ。

 

「エンジェル隊に問題はないか」

 

「はい、他の準備も既に終えております」

 

「なるほど、だからこんな時にチェスの相手と言う訳か。

 そんな、戦いの前だからこそ」

 

 シヴァ皇子の部屋を訪れたタクトは、始めはチェスの相手という事で入室した。

 そして、まるで報告がついでかの様に、チェスを始めてから話をしたのだ。

 

「ははは、流石に鋭いですね。

 不遜とは思いますが、私の英気の為のチェスである事は確かです」

 

 タクトはこれからその頭脳をフルに活用して、敵の僅かな隙を見極め、突き崩さなければならない。

 その為の準備運動として、シヴァとのチェスをしているのだ。

 シヴァは既にタクトといい勝負をできるほどの腕前なので、相手として不足は無い。

 

「それは構わんさ。

 私としても、この遊びから学ぶ事は多い」

 

「恐れ入ります」

 

「時にタクトよ、おぬしはこのチェスを誰から教わったのだ?」

 

 こうして、タクトからチェスを学ぶシヴァ。

 少し思うところがあった。

 こうして教える側のタクトも、覚える前は教わった事がある筈だと。

 ならば、シヴァにとって師と呼べるタクトの師は誰なのか。

 

「それは―――」

 

 タクトは一瞬考えた。

 教わったと言える人は1人しかいない。

 その人は―――

 

「俺にとって、姉―――いや、『姉』と呼びたかった人でした」

 

 タクトは誇る様でいながら、しかし恥ずかしげにそう答えた。

 タクトのチェスは、その『姉と呼びたかった人』に『当時妹の様だった人』と一緒に学んだものだ。

 『兄の様な存在』と、もう1人、大切な人が見守るなかで。

 

「『姉』と呼びたかった、か」

 

「はい」

 

 曖昧な答え。

 しかし、その言葉の意味するところを考え、シヴァはそれ以上追求しなかった。

 

 部屋の裏では、侍女がこの話を聞いているだろう。

 彼女は、このタクトの答えをどう思っているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、ドライブアウトの時間となった。

 タクトはブリッジで待ち伏せに備え、エンジェル隊も既に出撃準備を終えている。

 後は、ドライブアウトしたその時から勝負が始まる。

 これまでで最大の、最も困難な戦闘が。

 

「エルシオール通常空間へ復帰します」

 

 アルモの報告の直後、モニターが光でホワイトアウトする。

 そして徐々に通常の宇宙、黒の色が戻ってくる。

 しかし、モニターに映るのは黒だけではなかった。

 

「前方に敵艦……これは……」

 

 敵が、大艦隊が居ると事前に覚悟していたココも、報告に躊躇する。

 タクトも、流石に目の辺りにすれば表情が強張る。

 数にして、ざっと百。

 嘗て無い大艦隊だった。

 

 クロノ・ドライブの宙域である為、直ぐ傍、という訳ではないが、エルシオールの索敵範囲内というレベルではなく、モニターで目視できるレベルでの大部隊。

 しかし、全ての艦が同時にエルシオールを攻撃できる訳ではない。

 味方が邪魔で攻撃できる数には限りがある。

 特にこの場合、エルシオールとエンジェル隊5機という僅かな相手に対してでは、味方への誤射、誤爆、電子妨害もあるのだからその方が恐ろしい事になる。

 エルシール側には電子妨害が得意な3番機とミントが居ると解っているのだから、ミサイル、レーザーの雨あられという事にはならないだろう。

 

 だが、それでもこの数は威圧するには十分すぎた。

 そして、それを指揮しているだろう、大型の戦艦が丁度エルシオールの真正面に居る。

 一度だけ見たことのあるその戦艦は、ヘルハウンズ隊の母艦と思われる戦艦であり、この場における旗艦だ。

 それに乗っているのは―――

 

「敵艦から通信です」

 

「繋げ」

 

『暫くぶりね、エルシール。

 そして、タクト。

 前はゆっくり挨拶もできなかったけど、また会えて嬉しいわ』

 

 淡い紫色の長髪を靡かせる、麗しい女性。

 顔に大きな切り傷らしき傷跡があるのが惜しまれる程の美女。

 エルシオールの乗組員が見るのはこれで2度目。

 1度目は覚えていない者もいるかもしれないが、あのエオニアの演説の際にエオニアの傍に居た女性。

 

 エオニアの副官、シェリー・ブリストル。

 

「ええ、お久しぶりですね、シェリー。

 こんな形での再会など、神を恨むしかない」

 

 敵大将の副官と親しげに話すタクト。

 既にいくつもの秘密を持っている事を見せているなかでは、どう思われる事だろうか。

 今更と感じるだろうか、不信が募るだろうか。

 だが、向こうから話かけてきた以上、それに乗らない理由はない。

 

『そうね、今日がお別れになるなら、私も神を恨むしかないわ。

 じゃあ、始めましょうか。

 これ以上話す事もないでしょう?』

 

「直接聞けという事ですか? まあ、貴方と話す意味は確かにあまりなさそうだ」

 

『ええ。

 一つ付け加えるなら、『制限時間』があるから、早くしたほうがいいわ』

 

「ご忠告痛み入ります。

 では―――エンジェル隊、総員出撃せよ!」

 

『全部隊前へ、進撃せよ』

 

 まるでゲームでも始めるかの様に。

 しかし、互いを殺す事も厭わない鋭い眼光がぶつかる火花によって、戦いの火蓋は切って落とされた。

 緩く弧を描く様に、エルシオールの前方に壁となって存在している敵艦隊と、エルシオールが動き出す。

 

 だが、ここで一つ、タクトは取っておく行動があった。

 

「ココ、軍向けに救難信号を出しておけ」

 

「救難信号ですか?」

 

「ああ。

 助けが間に合うのを期待はしないが、できる事はやっておきたい」

 

「解りました」

 

 助けが『間に合う』事は期待しない。

 だが、反応は期待している。

 いや、というよりも、もうこの位置で反応がないのなら―――

 

『エンジェル隊、全機出たよ。

 指示を!』

 

「それぞれ個別に指示を出す。

 指示目標を叩け!」

 

『了解!』

 

1番機から4番機までの各機に、攻撃指示を送る。

 それぞれ、1番機は10時方向、2番機が2時方向、3番機が11時方向、4番機が1時方向の敵で、全機を分散する事になる。

 

「5番機はエルシオールの護衛に残ってくれ。

 それと、アレの準備を」

 

『了解』

 

「エルシオール、全速前進。

 目標、敵旗艦!」

 

「了解、エルシオール全速前進。

 目標、敵旗艦。

 追加武装を含む全砲門発射用意!」

 

「了解!」

 

 更に、エルシオールも別の目的の為に12時方向へ進む。

 大艦隊の最前列、エルシオールの真正面に堂々と存在している敵旗艦へ向けて。

 だが、敵はエルシオール前方に緩い弧を描く様に展開している為、このまま進めば、自ら敵に包囲されに行く様なものだ。

 しかし、数の差がある以上、各個撃破で間に合う筈はなく、位置の関係で、エルシオールは後退する事はできない。

 ならばは、タクトが執る策は―――

 

「1番機から3番機、敵無人艦と交戦開始。

 4番機もまもなく敵と交戦に入ります。

 エルシオール、敵旗艦との交戦距離まで、70秒!」

 

「敵旗艦より戦闘機の発進を確認―――これは、ヘルハウンズ隊の機体です!

 数は5、敵旗艦の正面に展開します。

 敵旗艦の周囲の無人艦がその更に前へ、エルシオールと敵旗艦の間に入ります」

 

 状況はめまぐるしく動く。

 この段階でやっと出てきたヘルハウンズ隊というのは少し意外だが、タクトはその動きを見て既に理由は解っていた。

 この戦いにおいては、そのシルス高速戦闘機は障害の一つでしかない。

 

「構わん、このまま進め」

 

 進路を塞ぐ無人艦は4隻。

 エルシオールと5番機では手に余る障害だが、これは最初から計算に入っている。

 

「照準補正、攻撃用意!」

 

 旗艦との戦闘の前に、無人艦との戦闘が始まろうとしていた。

 その時。

 

「1番機から4番機、交戦していた無人艦を撃破」

 

 ミルフィーユ達に指定していた、最初の相手が落ちた報告が入る。

 同時に、4箇所で無人艦が爆発する閃光が発生する。

 偶然ではない、そう計算して各自の攻撃対象を指定したのだ。

 

「ミルフィー、指定方向へハイパーキャノン発射。

 シルス高速戦闘機は無人だ、遠慮なく撃て!」

 

『了解! ハイパーキャノンッ!』

 

 1隻の敵機を落とした事で、テンションが十二分に上がっていたミルフィーユによる1番機の最大攻撃手段、ハイパーキャノン。

 1番機に搭載されているハイパーキャノンは、紋章機の全ての武装の中で最大の出力を誇る兵器で、ピンク色の光が戦場を貫き、その射線上の物体は焼き払われる。

 現状の出力ですら、無人艦を2,3隻くらいなら軽く貫通する程の威力を持った光が、エルシオールに迫っていた無人艦と敵旗艦との間を薙ぎ払う。

 1番機の位置からでは完全に射程外だった為、正確な照準はできていないが、それでもハイパーキャノンの威力はこの程度の距離での減衰はものともしない。

 エルシオールに迫っていた無人艦の後部と、シルス高速戦闘機を5機全てに命中した。

 ただし、薙ぎ払う様に放ち、1機ごとの照射時間が短かった為、どれも撃破までには至っていない。

 

『流石に解ってしまうわね、ヘルハウンズ隊が使っていた戦闘機も、今は無人である事が。

 因みに教えておくと、彼等は解雇された訳じゃないわ。

 むしろ、今は後方に下がって準備をしている。

 その意味、貴方なら解るわね?』

 

「ああ、十分に」

 

 シェリーがわざわざそんな事を教えに通信を入れてくる。

 タクトが無人機と見抜いたのはその動きからだ。

 明らかにヘルハウンズ隊の者達が動かしていた時とは違うし、その気持ち悪いくらいの正確な動き方は、無人艦の動きと酷似していた。

 尚、ミルフィーユはそれを見ていないが、ここはタクトを全面的に信用し、躊躇なく攻撃している。

 高速戦闘機のくせに回避がまにあっていなかったのは、有人機を無人化している問題でなにかあったのだろう。

 全機に命中する事は期待していなかったが、良い結果となった。

 

「エルシオール、攻撃開始!

 ヴァニラ!」

 

『了解』

 

 後部部分、つまりエンジン部分をやられ、動きの鈍った無人艦にエルシオールと5番機の攻撃が降り注ぐ。

 そして、半壊状態であった無人艦は爆発、撃沈する。

 更に爆発しながら後方に流される無人艦に、半壊していたシルス戦闘機が巻き込まれ、あっさりと爆発、消滅してしまう。

 無人とはいえ、あまりにあっけない最後であった。

 

 カッ! ドオオオンッ!!!

 

 ただ、無人艦の分も合わせ、強い閃光が周囲を包む―――

 いや、これは無人艦と戦闘機の爆発による物ではない。

 

 後方の無人艦なら観測できただろう。

 周囲に展開されるナノマシンを使った閃光とチャフが。

 しかし、そのチャフのせいで、閃光の中に居る味方に伝える事はできない。

 無人艦の撃破と合わせ、ヴァニラがナノマシンを散布、周囲の敵機の目と、耳を奪ったのだ。

 

 そして勿論、そんなものでタクトの策は終わらない。

 

 ブワンッ!!

 

 撃破され、まだ爆発しながら後方、つまり敵旗艦の方へと流されていた無人艦の、その爆炎を飛び越え、エルシオールが飛び出す。

 閃光とチャフで姿を消し、撃破した敵無人艦の残骸を使って不意打ちを仕掛けたのだ。

 そして、全砲門を開いて敵旗艦を狙う。

 それに反応し、敵の旗艦の砲門がエルシオールを狙い、一斉に放たれる。

 チャフが散布されている状況とはいえ、既に閃光の効果は殆ど切れ、カメラはまだぼやけているが見えないこともなく、目視による照準で攻撃は可能だった。

 そして、シェリーが乗っているとはいえ、基本的に無人で全ての機構が管理されている艦の反撃反応は早く、エルシオールの不意打ちは失敗に終わったかの様に見えた。

 だが―――

 

 ブワンッ!!

 

 次の瞬間、無人艦の爆発の下方から、エルシオールが出現する。

 上に出現したのは最後に1つ残っていたデコイだ。

 チャフと閃光の影響がなくとも本物と区別のつかない高性能デコイを使い、1回分の攻撃を逸らし、ここに不意打ちを撃ち込んだ。

 

 ズダダダダダァンッ!!

 

 攻撃が無防備になっていた位置へ集中し叩き込まれ、敵の旗艦は大きく揺らぐ。

 撃破こそしていないが、行動不能になっており、脅威ではなくなった。

 しかし、

 

「それは偽者、だろ?

 解っているよ」

 

 チャフが在る為、シェリーの反応は解らない。

 だが、タクトは解っていた、それにシェリーが乗っていない事を。

 大体、紋章機とエルシオールの性能を知っていて、真正面にのこのこ姿を現すなど自殺行為以外のなにものでもない。

 ヘルハウンズ隊の母艦としていたこの大型戦艦すら、無人艦隊にとっては戦艦の一種でしかないのだろう。

 囮にするなどなんの躊躇もないと見える。

 

「ミント!」

 

『はい、見つけていますわ。

 そこです! フライヤーダンス!』

 

 自分が撃墜した無人機とヴァニラが展開した閃光とチャフで生じた隙に、3番機が旗艦、いや旗艦と思われていた大型戦艦の傍まで来ていた。

 そして、3番機の特徴の一つである索敵能力を使い、見つける。

 シェリーが本当に居る場所を。

 フライヤーが戦場を駆け抜け、撃ち抜いた場所は旗艦と思われていた大型戦艦の後方。

 そこに、フライヤーによって光学迷彩が破られ、姿を現す本当の旗艦。

 大艦隊という森に隠れた大木が、今姿を見せる。

 そこへ、

 

『いっけぇぇぇ!!』

 

 3番機同様にこの騒ぎの隙に近づいてきていた2番機。

 だが、ランファが気合を入れて最初に放ったのは、自らの紋章機に搭載された武器ではない。

 

『そこだね! ストライクバースト!!』

 

 紋章機最速の2番機、その2番機の特徴でもあるアンカークロー。

 そのクローアームに紋章機で最も速度の遅い4番機を掴み、4番機を輸送し、このタイミングに間に合わせた。

 そして、勿論、2番機自身も攻撃に参加する。

 

『アンカークロー!!』

 

 だが、それだけは足りない。

 流石に旗艦だけあり、防御システムは鉄壁だ。

 強襲した2番機、4番機の攻撃でも、まだ耐え凌いでいる。

 そこへ―――

 

 ズダァンッ!!

 

 撃破後、後方へと漂流し、丁度敵の本物の旗艦の傍まで来ていた無人艦の残骸が爆発し、そこからエルシオールが出現する。

 偽者の旗艦を攻撃し、その場に留まっているエルシオールは、デコイとヴァニラが作ったナノマシンによる偽物だ。

 下方から出現したエルシオールが攻撃したのは、エルシオールがパージした追加武装と、操作されたミサイル、更に5番機の武装による攻撃だった。

 チャフの影響下で、事前にそう言う使い方をすると準備されていた為、ヴァニラが作ったナノマシンによるハリボテでも、それらしく見せる事ができたのだ。

 そうして、本物のエルシオールは、ずっと残骸の中に隠れ、ミサイルという高価且つ効率の悪い推進装置で残骸を動かしつつ、敵旗艦が姿を現すのを待っていたのだ。

 ヴァニラが放ったチャフはこれを隠す為にこそ放たれたもので、その後の派手なエルシオールの出現は、残骸の動きから目を逸らす為。

 ただ、実際に爆発している残骸の中に隠れる為に、追加装甲が破られ、本体にも若干ダメージを受けるほどで、これで追加武装、追加装甲共に全て失った事になる。

 そこまでして、エルシオールはこの一撃に掛ける。

 

「エルシオール攻撃開始!」

 

 2番機、4番機に加えエルシオールの砲撃にさらされ、大きく揺らぐ敵旗艦。

 この後、更に捕縛用の武装によって動きを完全に封じるつもりだった。

 

 しかし―――

 

『60点といったところね』

 

 チャフの効果がなくなったところで、シェリーからそんな通信が入った。

 そして、同時に敵旗艦が大きな爆発を起こす。

 それは攻撃による爆発ではなく、内部から、意図的に起こされた爆発。

 

「……」

 

 タクトは、その光景を冷静に見ていた。

 驚いた様子はなく、むしろ当然の事として。

 それは、爆発の後、中型の高速艦が姿を現しても尚続いた。

 敵の旗艦の巨大さは、全て追加武装でしかなく、それを全て脱ぎ去れば、無傷の高速艦となるのだった。

 

『もう時間みたいね。

 予想より早かったわ。

 また会いましょう、タクト』

 

 その通信とほぼ同時に、切り離した追加武装から最後の攻撃が放たれる。

 攻撃目標はエルシオールでも紋章機でもなく、偽物の旗艦としてあった大型戦艦。

 行動不能に陥って、放置されていたその無人艦にトドメの一撃が加わり、大きな爆発を起こす。

 エルシオールや、紋章機を巻き込む程の爆発だ。

 

「エルシオール、急速後退!」

 

 更に、切り離したパーツが盾として、シェリーの乗った高速艦が後退する。

 残っていた敵の部隊はそれを護る様に動き、大型戦艦の爆発から体勢を立て直しているエルシオールはそれを追撃する事はできなかった。

 

「ええ、かならず……」

 

 敵艦隊が離れてゆくなか、タクトは1人そう呟いた。

 これで戦闘は終わった。

 そう思ったときだ。、

 

「マイヤーズ司令、この宙域に接近する艦影が……

 これは! マイヤーズ司令、味方です! 皇国軍の艦隊がこちらに近づいています!」

 

「皇国軍が? 確かに救難信号は出したが、ずいぶんと早い……

 時間切れとはこのことだったのか?」

 

 その報告に、初めて驚いた表情を見せるタクト。

 既に戦闘は終わったに等しかったのもあり、タクトはシェリーの去って行った方向から、そちらへと目を向ける。

 そして、驚きは更に続いた。

 

『エルシオール、応答せよ』

 

 通信を入れてきた皇国軍の指揮官。

 それはルフトだった。

 

「ルフト准将!」

 

『おお、タクト無事じゃったか』

 

「はいなんとか。

 ルフト准将こそ、よくご無事で」

 

『ははは、あの程度じゃワシはやられんよ。

 こちらの方が先にロームに着いたのは誤算だったがな』

 

 自ら囮となり、無人艦をひきつれて別れたルフト。

 だが、今ルフトが引き連れているのは、あの時共に行った護衛艦だけではなかった。

 先ほどシェリーが引き連れていた艦隊にもまけない大艦隊をルフトが引き連れている。

 今までを考えれば、一体何処に隠れていたのかとすら思える程の味方の大艦隊だ。

 

『しかし、来たはいいが、戦闘は終わっておったか。

 ともあれ、合流するとしよう。

 話す事はいろいろあるかな』   

 

「了解しました。

 残敵に警戒しつつ、進路を味方の艦隊へ」

 

 シェリーを退け、味方の艦隊とも合流できたエルシオール。

 しかし、タクトはどうも腑に落ちなかった。

 ロームに到着する事で戦いが終わると思っていた訳ではないが、やはり戦いはまだまだ続くと、そう思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃、某所。

 暗い宇宙の中に浮かぶある場所の、薄暗く、飾り気のない一室。

 その中で輝く程の存在感を示す人物が居た。

 金色に輝く髪を靡かせ、堂々たる姿の王。

 玉座と呼ぶには少々寂しい椅子も、彼が座ればこれ以上ない威厳を持つ。

 彼の名はエオニア・トランスバール。

 

『はい、まだまだの様でした』

 

「そうか、ご苦労だった」

 

『いえ。

 これより帰還いたします』

 

「ああ」

 

 エオニアが通信で話していた相手はシェリーだ。

 主語を完全に省いた会話で、問題なく報告を受け取る様子は、シェリーとの信頼関係が伺える。

 ただ、それを疑問に思うものが居た。

 

「お兄様、何の話をしていたの?」

 

 エオニアと同じ金色の髪の少女。

 何故か左手が金属の筒の様なものになっている不思議な姿をした少女、ノアだ。

 

「エルシオールとの戦闘の報告だよ、ノア。

 まだエルシオールはこちらの事を何も感づいていないそうだ」

 

「そうだったの。

 でも、そんな会話の仕方でよく通じるね」

 

「シェリーは長く傍にいるからな」

 

「そう。

 よく解らないわ」

 

 どこか不満げなノア。

 しかし、そんなノアに対してエオニアは優しげに微笑みながら言った。

 

「それは、ノアが忘れているだけじゃないのか?」

 

「え?」

 

 その言葉をノアが聞いた次の瞬間、何故かノアの姿が揺らいだ様に見えた。

 

「あら? ノイズが走る。

 お兄様、ごめんなさい、少し休んでくるわね」

 

「ああ、構わないよ。

 大事な時期だ、十分に休養してくれ」

 

「ええ、そうするわ」

 

 そう言って部屋から出るノア。

 そうして、部屋で1人になったエオニアは、どことも知れぬ場所に視線を向けながら呟いた。

 

「そもそも、私を『兄』と呼ぶ理由も、自覚はないのだろうな」

 

 どこか悲しげな声。

 しかし、それ以上の何かを含む声が、しかし誰にも聞かれる事はなく、この暗い部屋にただ消えてる。

 

 

 

 

 

To Be Continued......

 

 

 

 

 

 後書き

 

 7話をおおくりしました〜。

 いやー、前回と比べると短いこと。

 しかも、戦闘も短いし、盛り上がりに欠けるかな〜。

 実は完成に時間が掛かった要因に、設定の再調整と、7,8.9話の内容切り分け方に悩んでたのがありました。

 2話とするには長すぎるな〜とか思ってたので、7,8,9話の3話に分けたのですが、それもまた面倒な事になってしまいました。

 今回は見切り発車だったから、いろいろ穴だらけで、変な所で時間が掛かる。

 やっぱり、作るならちゃんと下準備は必要でしたね。

 

 次回は原作的にもあの場面になりますが、やっぱりあの場面です。

 また時間が掛かるかもしれませんが、暫くお待ちを〜。








管理人のコメント


 7話です、何というか、段々と山場が近づいてくる感覚にドキドキしますね。

 徐々に明かされるタクトの過去。

 まぁ今回はレスター含めての過去でしたが。

 仕官学校時代だけで1本話が作れますよねぇ。

 このSSだと、ヘルハウンズは5人だけじゃなくてもっと大掛かりな部隊みたいですね。

 カミュ達が一番凄腕なのは間違いないのでしょうけど、残りは出てくるのかな?


 次回はいよいよ中盤の山場のあの場面。

 シヴァにもエオニアにも見え隠れする謎がある中、果たしてどういった展開になるか期待ですな。


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