二つの月と星達の戦記

第8話 折られた翼

 

 

 

 

 

 既にローム星系に集結し、周囲警戒にでてきていた味方の部隊と合流したエルシオール。

 大艦隊と言える味方に護られながら、ローム星系への残りの道を移動していた。

 これだけの味方がまだ生存していた事に驚き、気が緩みかねない程の安心感を得たエルシオールクルーの顔には笑顔が戻っている。

 それは、エンジェル隊のメンバーも同じ事。

 この戦いの中、変わらず笑顔を絶やさなかったと思われているミルフィーユすら、一時期その笑顔が危ぶまれていたのだから。

 今こうして味方と合流した中に、この戦いが始まった時の司令官にして、自分達の為に囮となり生存すら危惧されていたルフトの姿があった意味は大きい。

 

「皆も本当に、よく無事じゃった。

 ここまでご苦労じゃったな」

 

「いえ、ルフト准将の苦労と比べれば」

 

「無事でなによりです」

 

「それも、味方をこんなにひきつれて来るとは、本当に驚きましたよ」

 

 その喜びを今、エンジェル隊とルフトは分かち合っていた。

 場所はクジラルーム。

 特別にテーブルと椅子、更にミルフィーユ特製のお菓子を用意してのちょっとしたお茶会だ。

 

 ただ、ここで行われる話は、そんな楽しいものばかりではなかった。

 

 既にタクトとルフト、更にシヴァを交えた報告と情報交換は完了しており、その後の僅かな時間を利用している。

 タクトとレスターは現在合流した味方との情報共有と連携について話しているところで、ここにはいない。

 ここに居るのはエンジェル隊とルフト。

 そしてクジラルーム故に宇宙クジラと、離れた場所にクロミエも居るが、それだけだ。

 

「さて、何かワシに聞きたい事がある様じゃな?」

 

 一通り挨拶程度の会話をした後、切り出したのはルフトからだった。

 ここまで状況をセットされてそれと気付かない訳もない。

 それに、ルフトも今はさほど暇ではないので、単純に会話を楽しむだけの時間もなのというのもあった。

 

「司令官、タクト・マイヤーズについて」

 

「まあ、そうじゃろうな」

 

 内容もルフトが予想出来ない訳がない。

 何せタクトを司令官として推したのはルフトなのだから。

 そして、ここまでの道中様々な出来事があり、タクトが秘密を垣間見せた事も予想できた。

 

「ワシもあまり知っているとは言い難い。

 ワシが知るのは『名前』と『顔』と『性格』くらいなもんじゃからな」

 

「またまた。

 士官学校時代の教官でしたのでしょう?」

 

「ああ、じゃからその頃からの『顔』と『性格』は知っておるよ。

 そして、なまえもその時に聞いた。

 じゃがな、その過去―――『タクト』の過去は解らん。

 准将程度の権限で調べられるのは、お主達が知るのと大差無い情報だけじゃった」

 

「准将の権限でも……」

 

 ルフトは、普段の明るい振る舞いからは想像もつかないが、昔の経験から臆病な程に用心深い。

 それは教官をしていた頃も当然変わる事はなく、生徒となる者達についてもやりすぎなくらい調査をしていた。

 だがその時、タクトについてだけは、殆ど何も解らなかったのだ。

 確かに准将という地位は軍のデータベースにアクセスするには高いのか低いのか微妙な所だろうが、それでも少なくとも一般人、並の貴族なら調べられない訳はないのだ。

 それはつまり、調べる事がゆるされないと言う、何かしらのブロックが『准将』では突破できないという意味になる。

 今のルフトの言葉から、その本当の意味まで辿り着いたのは、この中ではミントくらいだろう。

 

「戦闘機が扱える事については?」

 

「なんじゃ、その事も解っておるのか。

 波乱だったとは聞いておったが、そこまでとはな……

 アレについては、ワシも当時驚いたぞ。

 パイロット候補生でもないのに、既にパイロットとしてはほぼ完成していて、じゃが、パイロットになる気がないのじゃからな」

 

 本来、それならパイロットになる事を勧めるだろうが、ルフトはそうしなかった。

 本人の希望というのもあるが、それ以上にパイロット以外の道も見えていたからだ。

 指揮権限を持つ役職でこそ、得るものがあると。

 そして、それは正しかったとルフトは判断している。

 

「パイロット能力についても、ワシは解らん。

 じゃが、一つ面白い話を知っておる」

 

「面白い話?」

 

「紋章機にはテスト用の試作機があり、それは複座だった、という情報は掴んでおるか?

 いや、タクトのパイロット能力を知っておるのなら、それを知らざるを得ない状況じゃったろう」

 

「はい、司令官はヴァニラと2人で5番機を操縦した事があります。

 その時に紋章機は元々複座として作られた事が解りました」

 

「そのセッティングをタクトさんは知っていて、完璧に乗りこなしていました」

 

「そうか……」

 

 前提として話した事から、ルフトも知らない情報が入った。

 推測として、可能性の一つとして考えていた事が、ルフトの中で真実に近づいた。

 ルフトはその真実かもしれない推測に、思いを馳せ、少し目を閉じた。

 そして、再び目を開いた時、真実に辿り着くかもしれない者達に情報を与える。

 

「では、その複座のテストデータを単座用に書き換える時、とある戦闘機パイロットのデータが参照された事は知っておるかな?」

 

「とある戦闘機パイロット?

 それはつまり、全く運用の違う5機の紋章機のセッティングデータは、1機のテスト機のデータを使っただけでなく、1人のパイロットのデータで調整されたという事ですか?」

 

「そうなるな。

 最早知る者は少なかろうが、そのパイロットは天才と名高かった。

 シルフィード・オペラという名を聞いた事はあるかのう?」

 

「風の精霊とまで呼ばれた、あのオペラですか?!

 当然知っていますよ、当時は特に酷かった内乱において、数々の戦況を覆したエースパイロットじゃないですか!!」

 

 最も早く反応したのはフォルテだが、エンジェル隊は全員知っていると顔に出していた。

 それもそうだろう、今はもう載っていないが、一時期は軍で使う教本に写真付きで紹介されていたくらいの人物なのだ。

 軍内部だけでなく、一般にも広く知れ渡った存在である。

 例えその者が活躍したのが30年程前の事でも、若いエンジェル隊のメンバーもほぼ常識レベルで知っている。

 

「オペラ・ハイラル。

 確かにあの人のデータならば、紋章機に使われていてもおかしくは無いですね」

 

「30年後の現在ですら、彼女を越える戦闘機乗りは居ないといわれてますし」

 

 エースパイロットとして活躍し、試作機のテストも担当したという実績もある。

 その時の情報は後の戦闘機開発に多大な影響を与えたとも言われている。

 ならば、そのデータが紋章機に使われていたとしてもなんら不思議はない。

 ただ、もしそうならば、クレータくらいは知っていてもおかしくはないのだが、先日紋章機について調べたクレータからその様な報告はなかった。

 故に、この様な疑問が出る。

 

「ルフト准将、その情報はどこで?」

 

 ただの推測ではなく、情報として持っていたルフト。

 ルフトがそう言うからには、確信を持てる情報源がある筈だ。

 それは、どこか―――いや、誰か。

 

「シャトヤーン様じゃよ。

 紋章機の情報として、口頭でのみそう教えていただいた」

 

「調整した御本人からですか。

 確かにそれは確実でしょうね。

 しかし、何故それを?」

 

「最も考え易い理由は、ワシとオペラの関係を知っていた可能性じゃな。

 ワシは、オペラの上司であった時期がある」

 

「鬼神ルフトとシルフィード・オペラのタッグが過去にあったとは……」

 

「輝かしい戦果ばかりではなかったがな」

 

 その昔を思い出してか、ルフトの顔が一瞬曇った。

 そして、その時のルフトの思い出こそ、今に繋がる可能性もあるのだ。

 

(あの頃は、そう―――あの頃は楽しかった。

 辛く、厳しい戦いのなかでも……そうでしたよね? トーラリオ殿下……)

 

 脳裏を過ぎるある人物。

 その人もまた、鍵だったのかもしれない。

 今に繋がる、大きな道の始まりだったのかもしれない。

 その思いの上で、ルフトは伝える。

 

「シャトヤーン様からそれを聞いた時、こんな事を言われた。

 『タクトでは気付かないかもしれないから、もし必要なら教えて欲しい』とな」

 

「それは……」

 

 どういう意味か、と問おうとして止める。

 聞いても、ルフトとてその真意を言葉にして教えてもらった訳ではないだろうし、ここはエンジェル隊のメンバーも、自分で考える必要がある部分だ。

 

「ワシがタクトに指揮権を委ねるつもりだったのはシャトヤーン様もご存知じゃ。

 じゃがな、普通に考えれば記載がある筈の、オペラの名が開発上に出ていないその理由も考えなくてはならんじゃろう」

 

 シルフィード・オペラは、当時の戦闘機の試作機のテストパイロットも務め、そのデータは後の戦闘機開発に下地になっている。

 ならば、そのデータが紋章機に使われているのはむしろ自然であるから、開発上にそれが明記されていても全く問題にはならない筈だ。

 なのに、紋章機の開発者は、シャトヤーンはその名を伏せ、ルフトにのみそれを教えた。

 それには、何か意味がある筈なのだ。

 

「後一つ。

 これはワシ個人の感想じゃが―――

 タクトの飛び方を見ているとな、ワシはどうしてもオペラと重ねてしまう事があった。

 タクトがワシの前で飛んだのは数回だけじゃったのにな」

 

「オペラ・ハイラルは、確か30年ほど前から消息不明になっていましたね?」

 

「ああ。

 そして、ワシにもその消息は解らん。

 随分探したんじゃがな……今では残り香すらおった」

 

 当時の激戦を共にした部下で戦友である人。

 それが突如行方を眩ませれば、ルフトが探さない訳がなく、しかし30年間も消息がわからない。

 何故解らないかといえば、『何か』に妨害されているからだ。

 今では准将にまで出世しているルフトでも追う事が許されない、そんな状況なのだ。

 

「それはつまり―――」

 

「おっと、この事は無闇に口にするな。

 お前達にとっても、危険な情報じゃ」

 

「解りました」

 

 オペラとタクトの繋がりは全て推測の域を出ない。

 しかし、状況としては繋がるっている様にみえる。

 場合によっては、心があるが故に口にする事を忌避する程の真実に―――

 

 

 

 

 

 それから10時間後、一行はローム星系へと辿り着いた。

 ただ、ここから更に皇国軍の集まる場所に移動するのに暫くの時間を要する。

 しかし、ほぼリアルタイムの通信が取れることで、皇国軍の本隊から連絡が入った。

 

『こちらはトランスバール皇国軍、総司令ジーダマイアである』

 

 通信を入れてきたのは、良く言えば恰幅の良く、温和な感じの中年の男で、これでもローム星系に集まるトランスバール皇国軍のリーダーたる人物。

 本星が落とされ、ここロームに集結し、再編成された軍の総司令となった人だ。

 因みに、ジーダマイアの階級は大将。

 トランスバール皇国軍の宇宙軍では、後3名の大将が居るはずだが、ここに来れたのはジーダマイアだけらしい。

 それ以上の階級、元帥等は本星で他の皇族、貴族と共に生死不明状態で、事実上死亡扱いだ。

 

「エルシオール司令官、タクト・マイヤーズです」

 

『マイヤーズ大佐、話はルフト准将から聞いておる。

 よくぞシヴァ皇子を護り、ここまで辿り着いた』

 

「はっ!」

 

『早速で悪いのだが、現在ローム星系に接近するエオニア軍がある。

 数は大凡500。

 我々は、これに対し打って出るつもりだ』

 

「500ですか」

 

 少し前にエルシオールが待ち伏せを受けたときは100の大艦隊だった。

 その5倍の数。

 尚、情報によれば、現在ローム星系に集まり、戦闘可能な戦艦は200ほど。

 全戦力がそれではなく、後方支援及び守備の為に差し引かれた数が200で、更に戦闘機も存在するし、それを考えればそれほど不利な戦いでもないだろう。

 

『うむ。

 嘗て無い大部隊であるが、ここで退く訳にはいかぬ。

 ついては、この戦いにエルシオール、ひいてはシヴァ皇子も参加して頂きたい。

 この戦いで今後の戦局が左右される可能性が高く、ここで大々的にシヴァ皇子の存在を示しておきたいのだ』

 

「承知いたしました。

 シヴァ皇子に提案いたします」

 

『うむ、頼んだぞ』

 

 通信はそこで終わった。

 通信が完全に切断された事を確認した後、タクトはレスターの方を見る。

 レスターもタクトを見て、苦い顔をしていた。

 前回、エルシオールは100の大艦隊に襲撃された。

 その時と比べ、敵がの数が5倍に増えてはいるが、味方は100倍近く増えていていて戦力比率に差はほとんどない。

 それなのに今後の戦局を左右するなどと言われたのだ。

 確かに、シヴァ皇子が合流して初めての防衛線ともなれば、その意味は大きい。

 しかし、タクトもレスターも嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

 

 

 その後、シヴァ皇子と会談に臨み、タクトは作戦参加の承諾を得た。

 

「基本的にシヴァ皇子はブリッジに居ていただくだけで結構でございます」

 

「解った。

 指揮を執れと言われても私は素人だ。

 私は見守るだけにしよう」

 

「恐らく、最初の号令を行っていただく事となりますが、その時はよろしくお願いいたします」

 

「うむ。

 ついにこの日が来たのだ。

 例えそれだけであっても、私は全力をもって職務を全うしよう。

 戦いの事は任せるぞ、マイヤーズ」

 

「はっ!

 この戦い、必ずや勝利で飾ってみせます」

 

「うむ」

 

 そこで、一通りの儀礼的な会話が終わった。

 皇子とエルシオール司令官の会話はこれで終了。

 普通ならここでシヴァ皇子の許しを得てタクトは下がって終わりなのだが、そうはならなかった。

 

「ときにマイヤーズよ、総司令官はジーダマイアと言ったな?」

 

「はい。

 ジーダマイア大将。

 30年前の内乱でも活躍された実績のある将にございます」

 

「そうか……

 総司令は、やはり階級が上のものから決まるのだろうな」

 

「はい、基本的にはそうなります」

 

「マイヤーズ、私はジーダマイアについてよく知らぬ。

 お前の評価はどうだ?」

 

「はい、私もジーダマイア大将とは直接の面識が無い為、あくまで軍内部での情報による評価になりますが。

 戦歴は優秀といえば優秀なのですが、勝ち戦しか経験しておらず、掃討戦が主でした。

 性格としましては調子に乗りやすい、とも言えます。

 上からも下からも、ある程度は扱い易い人物とも思われている様です。

 また、これはご存知かもしれませんが、出世に対しての欲が強く、今回はご自身が最も高い地位に居たからというのもありますが、そこからまた上を狙う筈。

 どうか、お気をつけください」

 

「そうか……」

 

 シヴァは、その立場上、臣下について不用意な発言はできない。

 その為、タクトの言葉をただ聞くだけに留める。

 だが、戦後については、既に考えて行動しなければならない。

 ジーダマイアについても、どう扱うかによって必要な恩賞も変わるし、どういう立場に出世させなければならないかも決まってしまう。

 それによって、その後がどうなるかも考えておかねば、この戦争に勝ったとしても、皇国が立ち直れるかどうかが変わってしまう。

 

「うむ、ご苦労だった。

 では下がってよいぞ」

 

「はっ!」

 

 これからシヴァは次の戦いでの自分の動きと、その際の臣下への発言について考えなくてはならない。

 現在予想されている会戦開始時間は14時間後。

 シヴァの戦いは、ここから本格化する。

 

 

 

 

 

 14時間後。

 本隊と合流したエルシオールは、ローム星系に接近するエオニア軍を迎撃する為、戦闘準備に入っていた。

 エンジェル隊は既に紋章機に搭乗、発進し、エルシオールの前方で待機している。

 エルシオールブリッジではシヴァ皇子が総司令官から作戦についての説明を受けているところだ。

 

「うむ、解った。

 私はここで見届けよう」

 

『はっ! 必ずや勝利してご覧に入れます』

 

 通信越しでの初の会見。

 ジーダマイア総司令官はたいそう張り切っていた。

 

「エオニア軍、まもなく予定宙域に入ります」

 

「よし。

 迎撃せよ」

 

『了解。

 総員、迎撃開始!

 皆の者、シヴァ皇子の御前である! 奮闘せよ!!

 我等、トランスバール皇国軍に勝利を!!』

 

 シヴァ皇子の言葉、そして総司令の言葉は味方全機へと発信されている。

 通信からは、声を上げる皇国軍兵士の声が聞こえる。

 反撃の時を喜ぶ歓喜の声だ。

 

 そうして、迎撃は始まった。

 エルシオールは戦線から少し下がった位置で待機、紋章機だけでの戦闘となる。

 ここまできて、味方もこれだけいて、シヴァ皇子の乗るエルシオールが前に出る必要がないからだ。

 エルシオールは紋章機の司令塔としての役割だけこなしていた。

 

『敵部隊を撃破、このまま進軍します!』

 

『左翼、攻撃が温いぞ! 押し込め!』

 

 エルシオールに入る味方からの報告、指令は明るく、威勢の良いものばかりだ。

 敵の数は大凡500に対し、こちらも戦闘機を含めれば500弱に昇る。

 ほぼ同数での戦いで、後は兵器と兵士の能力が無人艦に勝っていれば良いだけの戦いだった。

 

「2番機、3番機はその部隊を撃破後、指定されたポイントに向かい味方を援護せよ。

 1番機、4番機はそのまま直進し敵を撃破。

 5番機は指定されたポイントで待機」

 

 エルシオールと紋章機はいつも通りに戦うだけ。

 敵の数は多いがこちらの数も多く、無理をして戦う必要も無い為、タクトの指揮もあり危なげない戦いを繰り広げていた。

 

「我が軍は優勢だな」

 

「はい。

 皆の奮闘しております」

 

 だが、そんな戦いを見るシヴァの表情は硬かった。

 そして、それはタクトとレスターも同じで、恐らくはルフトも同様だろう。

 4人が共通する感想それは『弱すぎる』だ。

 この戦いの無人艦の様子を見る限り、ただ真っ直ぐ突っ込んできて攻撃するだけの単純な行動しかしていない。

 確かに司令官クラスの存在が見えないが、小規模な部隊でももう少し戦術的に動いていた筈。

 そんな動きだから、突っ込んできた無人艦をこちらは数機、数隻で攻撃し、各個撃破できている。

 

 実際のところ、無人艦と皇国軍の戦艦の性能はあまり差はなく、後は人員の能力でしか差はつかない。

 ルフトくらいになれば、敵艦2,3隻に相当するだろうが、並みの兵士では、無人艦1隻とほぼ互角くらいになるだろう。

 その為、同数での戦いとなれば、負けはしないだろうが、こちらも相当な被害を覚悟していた。

 

 しかし、現状そうはなっていない。

 圧勝という言葉にしかならないくらい、皇国軍が押しており、味方の損害は軽微だ。

 そうなれば、上の人間は更に張り切って次々と指令を出してアピールする。

 勿論シヴァ皇子に対するアピールだ。

 勝てる事が確定した為、後はどう自分の存在を次期皇王に印象付けるかの戦いに移っている。

 

 ただ、そのアピールはシヴァ皇子には届いていなかった。

 

「マイヤーズ」

 

「恐らく、この戦いの後、対策会議がある筈です。

 そこで危険性は訴え、注意を促します」

 

「頼むぞ」

 

「はっ!」

 

 こんなものではない。

 こんな楽に勝てる相手ではない。

 今までの戦いを見てきたシヴァにはそれが解っている。

 しかし、味方の大多数はそうではなかった。

 大多数の味方と合流し、敵の大部隊の迎撃に圧勝したこの状況で、シヴァもタクトも、不安を感じずにはいられなかった。

 

 そしてもう一つ。

 

「あれ? レーダーに……」

 

「どうした?」

 

「いえ、レーダーに大きな質量、小惑星くらいの反応が一瞬あったのですが、消えました」

 

「位置は何処だったんだ?」

 

「エオニア軍の後方です。

 長距離レーダーのギリギリの位置でしたので誤検知だと思いますが」

 

「そうか。

 一応、調べておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 少し気になる出来事があった。

 その後、何の情報も入らず、誤検知だったとされてしまう事だが、それでも。

 

(小惑星規模の質量……か)

 

 更にその後、やはり迎撃戦は大勝に終わり、総司令ジーダマイアはローム星系への帰還を凱旋だとまで言い出す始末だった。

 とりあえず、味方の損害は軽微で押さえられ、勝利した事に喜びつつ、エルシオールもやっとわずかながらとはいえ休息の時間を得られる事となった。

 

 

 

 

 

 それから更に5時間後。

 エルシオールはまだ宇宙を飛んでいた。

 

「タクト、まだファーゴには入れないの?」

 

「ああ、まだだなぁ」

 

 エルシオールが休息を得られるのは惑星ローム、第3都市衛星ファーゴ。

 ローム星系最大の宇宙港でもあり、トランスバール全域でもかなり大きな都市衛星だ。

 流石に戦時である事から惑星に降りる訳にはいかないが、それでも人が生活する空間に戻れるのは久方ぶりの事。

 エンジェル隊のメンバーも待ちきれぬ様子でブリッジにまで上がってくる始末だ。

 

「どうも、シヴァ皇子の出迎えの準備で遅れている様なんだよ」

 

「警備の問題かい?」

 

「いや、形式的な問題だと思う。

 警備の問題はあったけど、そっちはルフト先生のお墨付きで完了してるらしいよ」

 

「おお、そりゃ安心だ」

 

 最後の皇族にして皇王になる人物を戦時下で護衛する人間ともなれば、厳選に厳選を重ねる必要がある。

 ルフトも、情報が不足するようなら、エンジェル隊、特にミントとフォルテを常勤させるくらいの予定でいたのだ。

 なんとか、全ての情報で信用のおける人材が確保できたという事でそれは免れたが、ファーゴ自体の警備の問題もあるので、ルフトは未だその調整に忙しい。

 

「そういえば、シヴァ皇子はファーゴの離宮に移られるんですよね?

 この戦いの中、これからどうなさるんですか?」

 

「基本的にここで戦況を見守っているだけになるだろうな。

 なにせ最後の皇族だ。

 ここまで無事だっただけでも一つの奇跡である事を考えれば、これ以上の危険な道を行く理由はないさ。

 味方もまだこれだけ居る事だしね」

 

「そうですか……」

 

 それはつまり、シヴァがエルシオールを降りる事を意味し、少し寂しげな顔をするミルフィーユ。

 元より皇族、そう易々と会ったり話したりできる相手ではない。

 それが通常に戻るだけの話だが、感情はそう簡単に割り切れるものではない。

 それは、タクトも同じ事だった。

 

(……まあ、無事である事に越した事はない。

 それに、期待できる人材だからな)

 

 シヴァにはこれからこそ頑張ってもらわねばならない。

 危険にさらすより、より多くの事を学び、戦後の復興に尽力してもらう事こそ重要だ。

 最後の皇族として覚悟されているとはいえ、あんな子供にこんな重大な責務を押し付けるのは悲しいが、タクトにできる事は自分の仕事を全うする事だけ。

 

「マイヤーズ司令、今通信が入りました。

 14:00にてエルシオールはファーゴ第4宇宙港に入港せよとのことです」

 

「解った。

 後2時間程か……

 シヴァ皇子の出迎えがまず先になるだろうから、それにも時間が掛かるだろうが、皆久々の休暇だ。

 じっくり英気を養っておいてくれよ」

 

「はい」

 

 やっと休みがとれると、エンジェル隊の殆どの者は浮かれていた。

 フォルテも浮かれると言う程にないにせよ、一緒に笑い合っている。

 戦いはここで終わった訳ではないが、こう言う切り替えこそ戦士には必要な能力だ。

 

 しかし、この英気を養った次の戦いで、タクトが彼女達と戦えるかは別の話だ。

 エンジェル隊という皇国軍最大戦力。

 その名と実力は、皮肉ながらこの逃避行で実証されてしまった。

 それにより、信用もある事から、エルシオールとエンジェル隊はこのままファーゴに残り、シヴァ皇子の護衛を勤める可能性が高い。

 それに対し、タクト・マイヤーズという司令官はいくらでも変えが利く。

 H.A.L.Oシステム上、そんな事はないのだが、それを解っていない上層部から見ればそうなる。

 一応タクトは、シヴァ皇子を無事にここまで届けた英雄になる為、それを前線で使わない理由はなく、結果タクトはエルシオールの司令官の座を降りる事になるだろう。

 つまりは、エンジェル隊とタクトはここでお別れとなる。

 

 まだ正式な辞令が届いた訳ではないが、ルフトもそうなるだろうと考えている。

 ルフトの感情としては、このままタクトはエンジェル隊の指揮を執り、エルシオールに乗っていた方が良いと考えているが、所詮准将でしかないルフトの論理的でない意見など通る訳もない。

 

(まあ、それでこの戦いに勝てるならそれでいいのさ……)

 

 タクトも、自分はこの艦、エルシオールには乗るべきではないと考えていた。

 エルシオールに乗り続けてしまっては何れ―――

 

(ただ……このまま、上層部が考えている様なシナリオで動くか。

 第一、辞令が下るまでの数日の間に何の事件も起きないか、そこが問題だな)

 

 タクトは、なんとなく、自分はまだエルシオールから降りる事はできないと感じていた。

 この戦いの流れは、軍の上層部が見ているところとは全く違う方向にある。

 そして、その流れの中、タクトはきっと鍵と―――そうだ、鍵として、閉じられた扉を開く役割がまだ残っているのだ。

 

(そうだ、俺は道を開くだけの存在。

 俺は、俺自身は主役ではない)

 

 自分に言い聞かせるようにそう考えながら、タクトは笑みを保ちながら、笑いあうエンジェル隊を見ていた。

 

 

 

 

 

 その後、タクトは先ずシヴァにファーゴへの入港時間を知らせる為、シヴァ皇子の部屋にやってきた。

 が、

 

「シヴァ皇子は外出中でございます」

 

 ファーゴに到着後は、離宮に移るという事は既に連絡済みなので、その準備をしているものと思ったが、意外にもシヴァは部屋に居なかった。

 ただ、出迎えてくれた侍女は準備に忙しい様子だった。

 

「どこへ行かれたか解りますか?」

 

「クジラルームかと」

 

「クジラルーム?」

 

 シヴァがクジラルームを訪れる理由を、タクトは思いつかない。

 クジラルームは小動物が居るから憩いの場にもなっているが、クロミエから訪れているという話は聞いていなかった。

 

「はい、宇宙クジラから話を聞いているのです。

 あの宇宙クジラはトランスバール史の生き証人ですから」

 

「ああ……なるほど」

 

 正確な年齢こそ不明だが、宇宙クジラはその長寿もあって、トランスバールを長く見守ってきた存在でもある。

 直接見聞きした情報はなくともその能力をもって、知ることの出来た情報は多かっただろう。

 宇宙クジラ特有の視点でみたトランスバール史、というのも確かに価値があるのかもしれない。

 

「場合によっては、『答え』に行き当たってしまいますから、あまりお勧めはできなかったのですが」

 

「答え?」

 

「ええ」

 

「……」

 

 侍女ヘレスは、謎掛けの様にそう言って、微笑んだ。

 これはタクトにも関係のある事だと言う様に。

 

 確かに宇宙クジラからの得られる情報は貴重だ。

 言葉としてはやや欠けた情報だが、それでも重要な部分は解るし、宇宙クジラの視点だからこそ解る事もあるだろう。

 そして、この戦争は多くの謎があり、終わりまでに導かなければならない答えもある。

 その他の事に関しても、謎と導くべき答えは多数あり、それを宇宙クジラなら既に解っている可能性もあるだろう。

 だが、宇宙クジラから言ってこないという事は、重要性を感じていないか、聞かれるまで黙っているべきと判断しているかのどちらかだ。

 

 だからこそ、ヘレスは『お勧め』できないと言ったのだろう。

 過程を経ずに得た答えは、その意味すら歪みかねない。

 

 ともあれ、ヘレスはやはり何かしら知っていてるのは間違いない。

 だが、その答えに辿り着いて欲しいのか否かが、タクトにはよくわからなかった。

 

「考えておこう。

 ともあれ、俺はシヴァ皇子に連絡をしに行くよ」

 

「はい、お願いいたします。

 こちらは少し手が離せませんので」

 

 そう言って、ヘレスは部屋に戻ってしまう。

 タクトも、直ぐにクジラルームへと向かった。

 

 ただ、道中に少し考える。

 ヘレスは、ファーゴの離宮に移ることをどう考えているのかと。

 シヴァ皇子の性別の秘密の問題もあるし、そこでのヘレスの仕事は楽ではないだろう。

 そして、そもそも離宮に移り、この艦から降りれると考えているのだろうか。

 ヘレスなら別の情報から、それらについて別の答えを見つけているのかもしれない。

 

 そして、ならば今ヘレスが行っている準備とは、何の準備だろうか。

 

 

 

 

 

 その後、クジラルームに着いたタクトは、入った瞬間にここで間違いないと判断できた。

 何せ、宇宙クジラがその姿を現して、クロミエと会話をしているのが入り口からでも容易に見て取れたのだから。

 

(という事は、俺が宇宙クジラと話している時に誰かが入ってきても同じ様に見える訳か。

 気を付けておこう)

 

 と、そんな事を考えつつ、クロミエとシヴァ皇子が居るところへと向かう。

 

「あ、タクトさん」

 

「マイヤーズか」

 

「シヴァ皇子、こんなところにいらしたのですか。

 と、こんなところ、というのも失礼ですが。

 何をしていらっしゃったのですか?」

 

「宇宙クジラに聞いておったのだ。

 歴代のトランスバール皇王の事を」

 

「そうでございましたか……」

 

 それだけで、タクトなんとなく解った。

 シヴァは白き月で育った。

 父親であるジェラールから遠く離れて。

 その為、皇族とはどういうものか、そのお手本が近くになかったのだ。

 だから、自分がどうするべきかの指針を、宇宙クジラが記憶する歴代の皇王から学ぼうとしているのだろう。

 

「初代から現代まで、苦難の多い道のりであったと再確認できた。

 今でこそ安定してきていたが、初代皇王の苦労はそれはそれは大きかったのだろう。

 宇宙クジラも辛かったそうだ」

 

「クロノ・クエイク直後の世界で、大混乱を治めたのですから、その苦難は想像に絶します」

 

「ああ。

 そして、一度安定したかと思ったら内乱の連続。

 今の私が置かれている様な、大きな危機もあった。

 それに、一番最近では我が父ジェラールの兄上達、トーラリオ伯父は内乱の鎮圧の中で命を落としておし、同じくヴァリア伯父も内乱平定後の会談中に暗殺されてしまった」

 

「トーラリオ様ですか、私が生まれた頃でございますね。

 ヴァリア様に関しては、その悲報は幼い時分ながら覚えております。

 当時の内乱は特に大きく、ルフト准将も苦労されたと聞いています」

 

「ああ、そうらしいな。

 今日はその辺りの話を宇宙クジラに聞いておったところだ。

 当時の丁度エルシオールに当たるといえるのだろうな、トーラリオ伯父上が総指揮をされ、ルフトが司令官、そして女性のエースパイロット、オペラ・ハイラル率いるシルフィード部隊。

 数々の苦難を乗り越え、平和の礎となった者達の話はとても参考なった」

 

「そうでございますか」

 

 まるで自らの事の様に語り、そこから勇気を得ようというシヴァ。

 その瞳に、曇りはなかった。

 

 しかし、シヴァも、クロミエもこの時気付かなかったが、シヴァがこの話をした時、一瞬タクトの表情が曇った。

 シヴァの口からオペラ・ハイラルの名が出たその時に。

 だが、それも一瞬、既にいつものタクトに戻っている。

 

「タクトよ、私は自分を不幸とは思わぬ。

 歴代の皇王も、私などとは比べ物にならない苦難を乗り越えてきたのだ。

 まだまだ未熟だが、これから歴代の皇王にも恥じぬ皇王となろう」

 

「はい。

 私も全力をもって、シヴァ皇子を行く道を切り開きましょう。

 どうか、存分にお使いください」

 

「頼りにしているぞ、マイヤーズ。

 さ、先ずはこの戦いに勝たねばならぬ。

 それに先立って、最初に行うのは皆のものへの挨拶からだな」

 

「はい。

 先ほどファーゴより連絡があり、シヴァ皇子をお迎えする準備が整ったそうです」

 

「うむ、では私も準備をしよう」

 

 最初は不安からここを訪れていたのだろうが、今のシヴァの瞳に迷いはなかった。

 自分のやるべき事に自信を持ち、やり遂げる覚悟がある。

 10にもならぬ子供に背負わせる様なことではないが、しかしシヴァはそれができる器だったと感じる事ができる。

 

「クロミエ、ご苦労であった。

 宇宙クジラも時間をとらせたな」

 

「いえ、宇宙クジラも話ができて喜んでおります。

 私も、お役に立てて光栄です」

 

「タクトも、伝令ご苦労だった。

 私は先に戻る」

 

「はっ!」

 

 小柄ながら、王といての器を感じさせる堂々たる姿で去るシヴァ。

 その姿を見送りながら、タクトは自分の判断が間違っていなかったと笑みを浮かべた。

 

 ただその後で、タクトは宇宙クジラの方を振り向いて伝える。

 

(宇宙クジラ、頼む、頼むから、できるだけあの話はしないでくれ。

 オペラ・ハイラルの話は―――)

 

 それは懇願だった。

 最近ようやく耳にしなくなった人の名を、もう聞くべきではない人の名を、話に出さないで欲しいと。

 ただ、これはチャンスでもあった。

 タクトも知りたいと願い、しかし適わなかった情報を持っているかもしれない者が目の前に居る。

 決して導けぬ答えに辿り着ける可能性が見えた。

 しかし、その情報を得る為にはクロミエを、第三者を仲介しなければならない。

 それ故に、この手段は使えない、使ってはならない。

 

(頼む、宇宙クジラ)

 

 宇宙クジラは何も答えない。

 答えたらそれはクロミエに伝わるからこその配慮か、それとも聞き入れてもらえなかったのか。

 どちらか、タクトに知る術はない。

 だが、どちらにしても、タクトには願う事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 その後ファーゴに入港し、離宮へ移るシヴァ皇子を見送ったタクト。

 タクトはそこから直接会議に参加する事となった。

 対エオニア軍の緊急対策会議だ。

 

 しかし、先の迎撃戦においてあまりに圧勝してしまったが故、ジーダマイア総司令を始め、上層部のほぼ全員が今戦いの行く先を完全に楽観し、それよりも戦後の事しか考えていなかった。

 集結した部隊からの情報を見る限り、そもそもここまで辿り着いた部隊はその道中大規模な襲撃を受けておらず、小競り合い程度の戦闘しかしていなかった様だった。

 タクト達が経験してきた激しい戦いは、誰も経験していなかったのだ。

 ただ、ここへ辿り着けなかった部隊というのも存在しており、クーデーター前と比べれば、ここにローム星系に居るトランスバール軍は6割程度まで数を減らした事になる。

 しかし、全滅してしまったのか、まだ辿り着けていないだけなのか、それを確かめる術がない。

 もし、全部隊が全滅したいた場合、つまり皇国軍の4割の戦力がどこかで倒されていた場合は、エオニア軍の戦力はかなり大きなものになる筈。

 しかしながら、それも先の迎撃戦で敵500もの戦力を既に削いでいる事を考えれば、それがエオニア軍の本隊であったなら、エオニア軍の戦力は大部分を失った事になるだろう。

 総合して、緊急対策本部では、本星が落とされたのはあくまで不意打ちによるもので、先の迎撃によりエオニア軍の脅威の大半は失わせたものと結論付けた。

 エルシオールへの攻撃が激しかったのはあくまでシヴァ皇子の存在あってこそだと。

 

 タクトとルフトは、本星への攻撃の際の情報、エルシオールの交戦記録やここへ到着していない部隊がある事で、エオニア軍の脅威を呼びかけたが、聞き入れられなかった。

 歴戦の英雄と、シヴァ皇子護送の英雄である2人も、所詮准将と大佐。

 将官をメインとする軍上層部を動かすにはあまりに小さすぎた。

 いや、この場合説得できるだけの情報がなかったというのもある。

 実際、今ある情報からだけではエオニア軍が脅威とはいえないのだ。

 ただ―――ただ気になるのは、未だエオニアが顔を出していない事。

 それすら、本隊を失って逃げ惑っている可能性を指摘されてしまうだろうが、それでもタクトはこんな楽観的な結論は危険としか思えなかった。

 

 

 

「……結局ダメじゃったか」

 

「もう少し情報があれば……」

 

 緊急対策会議は既に終了し、会議場にはタクトとルフトだけが残っていた。

 タクトは、シヴァ皇子との約束をさっそく反故した事になってしまった。

 挙句の果てに軍上層部はシヴァ皇子の無事を祝して舞踏会を開くとまで言い出す始末。

 確かに、まだトランスバールにはこれだけの力があると示す機会は必要だが、それでもあまりに緊張感に欠けた提案だ。

 

「ところで、タクト、お前はどう思っておる?

 この状況を」

 

「ここにおびき寄せられたと考えられます」

 

「お前もそう思うか。

 確証がなにもないからワシも言わなかったがな。

 まだ到着しない部隊は、やはり全滅じゃろうな」

 

「ええ、ゴドウィンの件もありますが……

 到着してない部隊のリストも気になります」

 

「ああ、ワシもおかしいと思っておる」

 

 実は、ここに到着してない部隊の司令官、ないし駐在する星のトップというのが、あまり良い噂の無い軍人、貴族ばかりなのだ。

 いや、良い噂がない、などという言い方は正しくなかった。

 ルフトの情報網では、悪人、罪人だらけだ。

 いっそ全員死んでいた方が今後のトランスバールの為とも言えるくらいのどうしようもない暗部だった。

 

「エオニアの追放に関わった人も多い為、その関係で優先的に攻撃したとも考えられますが。

 エオニアとしても、腐った人材を除去したとも言えるのでしょうね、占領した後の事を考えて。

 ただ……」

 

「徹底的過ぎるものはあるな。

 利用できそうな人材も中にはおる。

 金さえ積めば動き、優秀な人材じゃ」

 

 腐った部分はただ切り落とせば良いと言うほど、社会は単純にできていない。

 腐った部分が大きければ大きいほど、ただ切り落とした場合の影響は巨大となり、全てダメになる可能性すらある。

 腐った部分でもあれば、一応全体が生き続ける事もある。

 正直なところ、軍だけにしても、元帥が全て死亡し、大将も1名、中将、少将を含む幹部が10名足らずまで減ってしまった今、軍の機能は大混乱している。

 実際のところ、エルシオールがファーゴに到着するまでは、誰が総指揮を執るかだけでも大揉めに揉め、エオニア軍への反抗の話が出来なかったくらいだ。

 

「選民主義的に、選定を行う訳でもない様じゃし、これでは統治に困る筈なんじゃがなぁ」

 

「一応、来るもの拒まずという演説でしたしね。

 いや、あの演説をした時には、既に潰し終えていたのか?」

 

「タクトよ、悪いが教えて欲しい。

 エオニアはどの様な人物であった?」

 

「……聡明な方です。

 軍略においても、政治においても、とても優秀で、少々自分で背負いすぎる面がありましたが、それができてしまう人でもありました。

 理想を実現するのに必要な犠牲をいかに最低限に抑え、犠牲を最大限に活かせるか、それを理解しています。

 ですから、このやり過ぎと言える殺戮も、何か意味があると考えます」

 

 ルフトの問いに、タクトは目を瞑ったまま答えた。

 余計な感情を表に出さぬ様に。

 

「そうか……悪かったな」

 

「いえ、私も感情を抜きにした情報整理が必要でしたから」

 

「うむ、まだ分析が必要じゃな」

 

「はい」

 

「ワシは一旦戻り、情報の再整理をする。

 タクトは……

 そうじゃ、舞踏会、厄介な事にお主の出席は確定じゃぞ」

 

「ああ……そうですね。

 ルフト准将もそうでは?」

 

「そうなるかのぅ」

 

 この舞踏会はシヴァ皇子の無事合流を祝したもの。

 ならば、その英雄たるタクトとエンジェル隊の出席は当然のものとされる。

 ルフトも、その際に自らを囮とした英雄で、そもそもそれ以前に准将として出席が義務だろう。

 

「まあ、エンジェル隊は喜びそうですがね」

 

「これも経験じゃし、いい気晴らしにもなるじゃろう。

 そうそう、ドレスの購入は軍で持つから、ファーゴで仕立てる様に伝えておいてくれ。

 タクトも本来の仕事に勤しむが良い」

 

「ははは、頑張ります」

 

 舞踏会、大凡一般人には縁の無い、妙な憧れを抱く事もあるイベントだ。

 ランファ辺りなら舞い上がりそうなものだろう。

 しかし、これが単純に楽しいものじゃないので困る。

 何せ、こういった場は、お偉方の駆け引きの場でもある。

 タクトは、一応貴族であるが、そう言ったパーティーに参加した経験は片手に数える程しかない。

 場合によってはミントから手ほどきを受ける必要もあるだろう。

 ルフトが期待する様な、エンジェル隊のテンションアップが叶うかは、かなりの難題と言え、気持ちを切り替えて笑っているルフトに対し、タクトは苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 エルシオールに戻ったタクトは先ず舞踏会の事を伝える為にブリッジにエンジェル隊を集めた。

 

「舞踏会? ホントに?!」

 

「舞踏会に招待されるなんて、夢みたいです」

 

 案の定、ランファは聞いた瞬間から目を輝かせる。

 ミルフィーユも同様だった。

 まあ、これが普通の女の子の反応なのだろう。

 

「なるほどね、私達はシヴァ皇子を無事に送り届けた英雄ってことかい」

 

 フォルテは冷静に分析している様ではあるが、結構楽しげだ。

 ミントは何も言わないが、まんざらでは無い様だ。

 ただ、ヴァニラだけは、あまり良く解っていない様だった。

 

「そう言うこと。

 俺とエンジェル隊は強制参加だ」

 

「強制されるまでもなく、行くに決まってるじゃない」

 

「舞踏会か~。

 あ、もしかしてドレスとか必要なんですか?」

 

「ああ。

 そこで、ルフト准将よりエンジェル隊に、ドレスを仕立てるよう指令が出ている。

 今回は強制参加なのもあるから、軍の予算から出してくれるってさ。

 ファーゴには幾つか専門店があるから行っておいで。

 あ、ミント、そこら辺の案内とか、パーティーでのマナーとかの教授も含めて頼んでいいかい?」

 

「ええ、お任せください。

 ドレス代を持っていただくのなら、それくらいお安い御用ですわ」

 

 ミントはこのメンバーの中では社交界に通じる人物。

 そう言う店から作法まで全て任せても問題ないだろう。

 ミントの存在は、この先もこう言うことが在り得る、軍の顔として利用される可能性のあるエンジェル隊では貴重かつ重要だった。

 そう、美女揃いな事もあり、エンジェル隊は利用される可能性が極めて高い。

 今回も、どんな政治的利用をされるかわかったものでは無いが、その辺りの回避方法もミントなら心得ている筈なので心強い。

 

「ヴァニラ、いい機会だからお洒落しておいで」

 

 が、負の要素ばかりではなく、表の部分はそれはそれで有効に活用すべきだ。

 一通り必要な事を伝えた後、タクトは浮かれるエンジェル隊の中で、1人反応に困っているヴァニラにそう囁く。

 

「おしゃれ、ですか?

 しかし、軍の予算ということは、元々は一般の人からの税金では?」

 

「ははは、確かにね。

 でも、こういうのも社会にとっては必要なんだ。

 こう言う機会に出会ったのだから、全力で楽しまなければ損だよ。

 これもまた経験ってやつさ」

 

「そう言うものでしょうか?」

 

「ああ」

 

 一般の女の子が夢にまで見るシチュエーションなのだから、それを楽しんでしまうのも良いだろう。

 一応納得はした様で、楽しそうに舞踏会の事について話しているエンジェル隊に目を向けるヴァニラ。

 後は女性同士、エンジェル隊に任せれば大丈夫だろう。

 

「じゃあミント、後はよろしく」

 

「あれ? タクトさんは行かないんですか?」

 

「ああ、みんなのドレス姿をイの一番に見られないのは残念だけど。

 着るものは男の俺は軍服で済んじゃうし、英雄司令官として、まだちょっと仕事が残っててね」

 

「そうなんですか」

 

「流石に司令官ともなると大変ですわね。

 あ、そうだ。

 先ほどファーゴで見つけた駄菓子のセットを差し上げますから、お仕事がんばってください」

 

「おお、新作の駄菓子かい?」

 

 タクトが緊急対策会議に出ている間は自由時間で、エンジェル隊、その他クルーも交代でファーゴに出ていた。

 その時のお土産らしい。

 

「ドレスの方は今から楽しみにしてるからな~」

 

「OK、せいぜい鎮静剤の用意でもしておきなさい」

 

「では、行ってきます」

 

 笑い合いながらエンジェル隊を見送るタクト。

 舞い上がっているのもあるからか、誰も疑問を抱かずに出発してしまう。

 いや、実際仕事があるというのは本当だ。

 しかし、それが主な理由ではない。

 

「さて、他の皆は悪いけど、留守番ね」

 

「えー、私も舞踏会に出たいです~」

 

「エンジェル隊だけ特別なのは解りますが、酷い扱いの差ですね」

 

 笑いながら言うタクトに抗議で返すのはアルモとココ。

 当然ならが本気での言葉では無いが、本音ではあるだろう。

 

「ははは、この戦いが終わったらまたこう言う機会もあるだろうし、その時は連れて行ってあげるよ。

 ただ……今回はここで仕事をしてくれ。

 参加せざる得ないエンジェル隊は楽しい雰囲気を出してもらわねばならないから敢えて言っていないが……俺が敵ならこんなチャンスは逃さない」

 

「……敵、来るんですか?」

 

「確証は何もない。

 だが、嫌な予感がしてね」

 

「俺も、ブリッジで待機している。

 もしもの時は、いつでも出られるようにしておくさ」

 

「ああ、頼む。

 では、その話を詳しくしよう。

 何かあったときの対応について」

 

 その後、格納庫のクレータも交え、司令官とエンジェル隊が外出中に襲撃があった際の動きについて話しあった。

 全てもしもの話だが、タクトは使う事になるという予感がしていた。

 

 

 

 

 

 もしもの時の動きについて話し合った後、タクトは司令官室で情報整理をしていた。

 ここではファーゴのデータベースが使える他、味方部隊が得た情報も閲覧できる。

 エルシオールのデータベースだけでは解らなかった事も知る事ができる。

 そこからまた別の答えが見つかる事を期待し、数多の情報から必要な部分を抜き出す作業を行う。

 

 今、司令官室に居るのはタクト1人で、ここで調べ物をしているのは1人だ。

 単独で、情報を整理するのはとても難しい。

 しかし、タクトは1人ではない。

 

「優秀な部下が居るとホント助かるな」

 

 タクトが手にしているの、先ほどミントから貰った駄菓子の詰め合わせ。

 その中に入っていたメモ用紙だ。

 そのメモにはこう書かれていた

 

『ファーゴの物流を調べた所、経済的圧力を仕掛けてられている形跡あり。

 主にブラマンシュ関係への圧力で、影響は大きくは無いが、ブラマンシュが支援を行うのは難しい。

 個人的な予想は、ヘルハウンズ隊がどこかの商社を裏で操っている可能性が高い』

 

 エオニアが直接動いているほど表だったものでも、規模の大きさでもなく、あくまでヘルハウンズ隊という下の者の独断である可能性。

 そして、ブラマンシュを狙っている事から、主にエンジェル隊、エルシオールに対する対策である事が考えられる。

 元よりブラマンシュを頼りにする事は考えてないかったが、これで頼りずらい状況にされているという事だ。

 

「こっちも問題だな」

 

 タクトは別の報告書に目を通す。

 レスター、クレータが調べていたロームでの補給物資の状況についての報告書だ。

 その報告書の結果だけを言うなら、あまり余裕がない状態との事だ。

 元々皇国中に展開していた軍がここ一箇所に集まったのだから、物資が不足するのは当然だが、敵もその点を突いている可能性がある。

 特に兵器関連を生産している星からの連絡が途絶えている事が多く、どの様な理由で連絡がつかないかは解らないが、補給の期待ができないという事だ。

 ロームにある貯蔵分があれば、とりあえず今すぐに補給が滞る様な事はないが、長期戦は論外となるだろう。

 元々長引かせれば長引かせる程、人が動かすトランスバール皇国軍より、無人のエオニア軍の方に分が寄るし、民の方も疲弊してしまう。

 しかし、長期戦が困るから、補給線を断っているというには中途半端らしい。

 現在生きている補給路を護れば、暫くは粘れるくらいのラインは確保できているのだ。

 勿論、それではジリ貧になる可能性が高く、そういう戦い方を選ぶのは得策ではないだろう。

 

「何を考えている? エオニア」

 

 エオニアの策が半端でこうなっている、とは考えない。

 仮にそうだったとしても、そんな楽観をできる訳がない。

 少なくとも、タクトはこれを策の成功とした上で、その策の目的を考えずにはいられない。

 

「そういえば……」

 

 タクトはふと思う事があり、席を立った。

 通信でもいいのだが、あまり部屋に篭りっぱなしでも思考が停滞しかねないので、外を歩く事にした。

 

 

 

 

 

 タクトが歩いて移動した先、まずは格納庫だ。

 クレータに少し確認したい事があって訪れたのだが、格納庫には殆ど人の気配はなかった。

 

「ん? 休憩中か?」

 

 そう1人呟いて、整備班もファーゴへの上陸許可を出している事を思い出す。

 とは言え、誰一人いないというの筈はなく、奥の方か休憩室には誰かしら居るはずだ。

 そう考えて見回すと、少し奇妙な光景があった。

 

「おかしいわねぇ」

 

 そんな声を聞いてタクトが振り向いた方向、1番機の頭に人の姿があった。

 ミントほどの背丈の少女で、長いブロンドに紫色の瞳。

 レオタードの様な服を着て、何故か左手はチューブを嵌めている。

 少なくとも、エルシオールの乗員ではないし、紋章機の上に命綱もなしに乗っているのはとても危険だ。

 

「君、そんなところで何をしているんだい?」

 

 その光景に驚きながらも、タクトはまず声を掛ける。

 忍ぶ様子はないが、子供がエルシオールに迷い込める訳はない。

 スパイと考えておいて方が無難だろうと、レーザー銃の安全装置も外す。

 

「何って、見てるだけよ」

 

 と、そんな事を答えながら、少女は紋章機から飛び降り、タクトの方へと近づいてくる。

 その間もキョロキョロと周囲を見渡し、何かを探している様にも見える。

 そうしてタクトのすぐ傍まで来ると、やっとタクトの顔を見た少女。

 が、急に驚いた顔をして言う。

 

「あ、貴方は! お姉さまをふった男!」

 

「……はぁ?」

 

 タクトを指さし、此処であったが百年目とでも言いそうな、しかし子供っぽい怒りの視線を向けてくる。

 勿論タクトには心当たりの無い言葉だ。

 

(お姉さま? いや、彼女には妹はいないし、あの子の妹はこんな子じゃないし……

 いやいやいや……)

 

 勿論タクトには心当たりは無い。

 5秒くらい考えたがやっぱり無いったら無い。

 

「いや、君一体誰と間違えて……」

 

「全く、あんな女と比べてお姉さまを選ばないなんてどうかしてるわ!

 まあ、こんなさえない男を好きになるお姉さまもどうかしてるけど」

 

「おーい。

 君は一体何の用事でここに来たんだい?」

 

 ブツブツと文句を連ねる少女に、警戒こそ解かないものの扱いに困るタクト。

 いっそ味方はいないかとタクトも再び周囲を見渡す程だ。

 

「だから、見に来たって言ったじゃない。

 お兄様も人使いが荒いんだから」

 

「お兄様?」

 

 先ほどから誰の事かさっぱり予想もつかない人の事ばかり言われ、反応にも困る。

 だが、見るに少女としてはそれでタクトに伝わると思って疑っていない。

 一体誰と間違えているのか、それとも単に油断させる為の演技か―――

 

「それにしても、妙な事してるわね。

 大して意味のない仕様変更もしているし、システムの封印までして。

 エルシオールなんて最大の武器と最大の特徴まで外しちゃってるし。

 何かの試験中?」

 

「……え?」

 

 今この少女は何を言ったか。

 それが頭で理解できるまで、タクトは暫し時間を要した。

 そして、その時間を持って得られた答えは―――

 

「君は、まさか―――」

 

「まあいいわ、もう十分見たし。

 またね」

 

 タクトが何かの『名』を呼ぼうとする前に、少女は駆け出し、紋章機の発進口へと飛び降りる。

 タクトが追いかけ、覗いた時には既に姿はなく、まるで少女は幻だったかの様に消えていた。

 

「……」

 

 まるで狐にでも化かされたかの様な状態だが、タクトはそれを幻では済ませられない。

 

 

 

 

 

 その後、タクトは走って格納庫からクジラルームへと移動する。

 もし彼女が『そう』ならば、宇宙クジラは感じている筈だとして。

 

「クロミエ、クロミエはいるか!」

 

 クジラルームへ入るなり、タクトはクロミエを呼ぶ。

 通信で居場所を探しても良かったが、どの道この場所に居なければ意味はない。

 

「はい、ここに居ますよ。

 タクトさん、丁度いいところに」

 

 クジラルームを見渡せば、クロミエは丁度宇宙クジラと話しているところだったらしく、浜辺に宇宙クジラと一緒だった。

 そして、クロミエ側も、恐らくは宇宙クジラからもタクトの用があった様子。

 

「すまん、至急確認したい。

 ついさっき、エルシオールに侵入者がいなかったか?」

 

「その事でしたか。

 こちらもその事でご連絡しようとしていたところです。

 宇宙クジラは、何かの意思がこの船に入り、先ほど出て行った事を確認しています」

 

「そうか……

 それで、その意思は何処へ帰って行ったか解らないか?」

 

「えっと……

 あっちだそうです」

 

 宇宙クジラの回答、その方角を指し示すクロミエ。

 その方角は、先にエオニア軍の大艦隊と戦闘をした方向で、エルシオールのレーダーが謎の巨大質量を観測した方向でもある。

 

「その『意思』について、何か解る事は?」

 

「少し違和感が……何、とは断定できなくとも違和感を感じる意思だったそうです。

 そして、今は何か大きな意思の傍に居いて、そこでは安定している様だと」

 

「違和感、大きな意思、そこでは安定か……」

 

 やはり、そのまま答えになるような言葉は得られない。

 しかし、大きなヒントとなる言葉でもある。

 そえれが、大凡の見当がついている状態なら尚更の事だ。

 

「ありがとう。

 急にすまなかったね」

 

「いえ。

 あ、それと、今もまだ大きな『期待』の意思は続いているそうですよ」

 

「そうか、解った。

 すまないが、ちょっと用事があるんで、これで失礼するよ」

 

「はい、お仕事がんばってください」

 

「ああ」

 

 タクトは、用事だけ済ませて、すぐにクジラルームを後にした。

 何せ時間が惜しい。

 いや、既に時は遅かったのかもしれないとすら思えてしまう。

 エオニア軍のその源が確定した。

 誰にも伝える事のできない、しかし確かな答え。

 やはり、ローム星系についた程度では、この戦いは終わりそうはなかった。

 

 

 

 

 

 2日後、舞踏会当日、会場。

 時間ギリギリまで仕事をしていたタクトは、舞踏会の開始時間の寸前というところで駆け込む様にやってきた。

 

「ふぅ~、なんとかギリギリ間に合ったな」

 

 なんとか身だしなみを乱した状態での到着というのも避けられ、一息ついたタクト。

 因みにエンジェル隊のメンバーは先に出発し、既に到着している。

 何せあまりの遅さにランファから一度文句の通信が入ったくらいだ。

 

「まったく、遅いわよ」

 

「ギリギリでしたね」

 

「こんな時までお仕事ご苦労様です」

 

 入り口付近をうろうろしていると、そこへエンジェル隊のメンバーがやってくる。

 輝かんばかりの美しいドレス姿で。

 可憐なミルフィーユときらびやかなランファ、着慣れている差か、落ち着いた感じのミント。

 

「まさに重役出勤だね、実際重役だからあまり面白みに欠けるけど」

 

「タクトさん、お水です」

 

 そして、大人の女性とはまさに彼女の事だと言えそうなしっとりとした美しさのフォルテ。

 最後に、清楚な感じがまさに彼女そのものを示している様なヴァニラ。

 どれも美しい花達で、一見して彼女達こそ皇国の最大戦力だとは思えまい。

 

「ありがとうヴァニラ。

 いやー、遅くなってしまって悪いね。

 それにしても、皆綺麗だ、元々素材が違うというのに、着飾ったらまさに天使の姿そのものだよ」

 

「ふふふ、ありがとうございます」

 

「ちょっと言葉が過ぎる感じもあるけど、まあ良しとしましょう」

 

 タクトの感想に、まんざらでもなさそうなエンジェル隊。

 ヴァニラだけは、やや恥ずかしそうであったが、そんな表情を見せるというのもまたヴァニラにとっては新しい事だろう。

 

「それにしても、もうちょっと早く来てくれれば良かったのに。

 お陰で変なのに絡まれたりしたんだから」

 

「変なの?」

 

「恰幅が良くて、調子の良いお方さ」

 

「……ああ」

 

 流石にこの場で直接的な表現もできなかったのだろうが、フォルテの言い方で十分伝わった。

 ジーダマイア大将がタクトの到着前にエンジェル隊にちょっかいを出したのだろう。

 ミントやヴァニラすらそれを思い出してか、かなり嫌そうな顔をしている事から相当な事だったと解る。

 後で聞いたところ、ミントとフォルテで上手くあしらったらしい。

 まあ、上手くあしらえた事自体は、何も騒ぎになっていない時点で解る事である。

 

「君達も英雄、美しくも最強の天使達だ。

 今後もこんな事があるだろうから、覚悟しておいてくれよ」

 

「美しさも強さも、時として罪なのねぇ」

 

「まあね。

 ま、それはそれとして、存分に楽しんでくれよ」

 

「勿論」

 

 そんな話をしている時、ファンファーレが奏でられた。

 シヴァ皇子がいらした様だ。

 場は静まり返り、皆シヴァ皇子を出迎える。

 入り口近くに居たタクトとエンジェル隊はそれを遠巻きに眺めるだけとなった。

 列に入り損ねたとも言う。

 シヴァ皇子の挨拶は要約すれば『戦いは大変だけど、今日は楽しんでくれ』というもの。

 戦場においての初仕事は既に済ませているが、これが一般の公の場としての、シヴァ皇子の初仕事という事になるだろう。

 

 シヴァ皇子の挨拶も終わり、パーティーが開始される。

 再び会場は賑やかになり、ダンスも始まった。

 

「ところでタクト、アンタはシヴァ皇子に挨拶に行かなくていいの?」

 

「ああ、後で行くよ」

 

「というか、英雄殿は特別貴賓席だと思ったが、違うのかい?」

 

「いや、どうも俺の扱いはちょっとね。

 エンジェル隊は完全に英雄だが、その司令官は微妙なところ。

 階級も大佐だから、さほど重要視されていないらしい」

 

「そんなもの?」

 

「そんなものさ。

 ともあれ、君達は楽しんでおいで。

 俺はちょっと挨拶をしなけりゃならん人もいるんで、また後でね」

 

 挨拶、というのはシヴァ皇子も勿論だが、『マイヤーズ』としての仕事だ。

 今日の参加者のリストを見た限りでは、会いたくもないが、しかし無視する訳にもいかない人物が何人か居る。

 マイヤーズ家の当主とタクトの兄達と姉が死亡している事が伝わっているかは定かではないが、既にタクトが『マイヤーズ』だ。

 そうなると、どうしたってここでのタクトの仕事は重要となる。

 

「がんばってくださいね」

 

「ああ」

 

 気遣ってくれるのは、そんな事情を解っているミント。

 ミント本人も、この場での立ち振る舞いはブラマンシュとして見られる事を考えれば、彼女の方も決して楽ではないのに気を遣わせてしまった。

 そうなれば、タクトは男としても情けない姿で居るわけにはいかない。

 

「じゃ、行ってくるよ」

 

「はい、また後で」

 

 エンジェル隊に見送られ、タクトは『マイヤーズ』としての戦場へ赴いた。

 

 

 

 

 

 それから暫く経った後、会場のテラス。

 

「ふぅ……」

 

 タクトは人気の無いこの場所で1人、夜空を眺めていた。

 とは言っても、ここは衛星都市で、空を眺めても軍の戦艦ばかりが目に付く状況だ。

 それが頼もしいとも言えるが、心休まるかは別の問題。

 

 一応、必要な挨拶は終わった。

 シヴァ皇子以外の、会っておく必要がある人には会った。

 その中には、タクトが養子である事も、既にマイヤーズの上の人間が死亡している事も掴んでいる者もおり、いろいろ言われたものだった。

 とは言え、タクトにとって最も会いたくない、トランスバールの裏も表も知る様な重役は居なかった。

 それだけがまだ救いだっただろう。

 それでも尚、この場でも倒れてしまいたいくらいの疲労を感じている。

 

 更にルフトが居なかったのもダメージを大きくしている。

 本来なら参加は義務に近い筈のルフトなのだが、何故か今回急遽防衛任務に当たっている。

 どうも、ジーダマイアからその任を言い渡されたらしい。

 既にシヴァ皇子からの絶大な信頼を得ているルフトを、これ以上シヴァ皇子に近づけたくないのだろう。

 ともあれ、タクトにとっては味方が1人減ったという意味では大きな打撃となってしまった。

 

 落ち着いたら、エンジェル隊でも探して心を癒したほうがいいだろう。

 そう考えていた時だった。

 

「あら、タクト、こんな所で何をしているの? 辛気臭いわね」

 

「もうちょっと別の言い方はないのかい? ランファ」

 

 突然声を掛けられ振り向けば、ランファがそこに居る。

 近づく気配に気付かなかったのは流石に気を抜きすぎだと反省しつつ、改めてランファの姿を見る。

 その出身地故に、苦労をしている筈のランファで、下手をすればこんな所では舞い上がって暴走しそうなものだが、そんな事もない。

 初めて着る筈のドレスも、仮にも貴族であるタクトから見ても問題点が見えないくらい着こなし、自然な雰囲気すらだしている。

 ドレスの着こなしについてはミントの教授によるものだろうが、それを僅か1日程度で取得したランファには素晴らしいの一言だ。

 まったくもっていい女としか言い様がなく、そんな部下を持てている自分が幸いである事を再認する。

 

「ランファはどうしたんだい? まだ舞踏会は半ばだよ」

 

「そうなのよね。

 ちょっと前半からダンスの誘いを受けすぎて、流石にちょっと疲れたわ。

 だから栄養補給と休憩をしているのよ」

 

「なるほどね」

 

 見目麗しい皇国最強戦力。

 その言葉だけでも引く手数多である事は想像に難くない。

 一応それは事前に予測できた事だが、ミルフィーユやヴァニラがちゃんと対処できているかが心配になってくる。

 後で様子を見に行った方が良いだろう。

 

「あ、そうそう、さっきね……っきゃぁ!」

 

 そんな考えを他所に、ランファがなにやら話題を振ろうと近づいてきた。

 だが、その時、ランファはヒールを踏み外したか、突如バランスを崩した。

 

「っと、危ない」

 

 タクトは距離が近かった事もあり、なんとか抱きとめる事に成功する。

 丁度、前から抱きしめた状態だ。

 しかし、今の倒れ方は若干違和感があったのだが―――

 

「敵が侵入しているわ」

 

 その疑問は即座に解けた。

 正面から抱きしめている状態という事は、ランファの顔は丁度タクトの耳の辺りにある。

 そこで、静かに囁かれた。

 

「ミルフィーが偶然、まあいつもの調子で見つけたわ。

 ミントにも裏はとってある。

 この会場に居る実行犯は2人、目的はシヴァ皇子の暗殺。

 1人は囮且つ、実行役の先導で、会場でわざと不信な行動を見せてるわ。

 実際衛兵がそいつを監視してる。

 実行役はウェイター姿で潜入中で、本物のウェイターと入れ替わっていて、身分証明はその人の。

 フォルテさんが既につけてるから合流して。

 私はミントと囮役の方を確保する。

 囮役は、実行役の失敗時、その実行役を囮とし、自分は自爆覚悟で動く予定らしいわ」

 

 素早く、且つ的確に、しかもあくまで囁く様に情報を伝えてくれるランファ。

 

「あったた……助かったわ。

 ヒール高すぎたかしら? 良かった、足は挫いてないし、ヒールは折れてないわね」

 

 そして、演技はほぼ完璧。

 此処が舞踏会の会場である事を意識した上で、最善の情報伝達方法だった。

 

「張り切って踊りすぎたんじゃないか? まあもう少し休んだ方がいい。

 ここは夜風が心地良いよ。

 ま、空調だけど」

 

「そう言うのは雰囲気が重要だからいいのよ、夜風で。

 仕方ないから少し休んでから行くわ」

 

「何か持ってこようか?」

 

「いいわ、ここに来る前に十分食べたから」

 

「そうか。

 一応ヴァニラを呼んでおくよ」

 

 タクトからやるべきは、もっともらしい理由でヴァニラを合流させる事くらいだろう。

 

(まったく、優秀過ぎる部下達で涙が出てくる)

 

 そう心で思いつつ、顔の方は自然な笑み以上の喜びが溢れない様にするのでやっとだった。

 もう先ほどまでのマイヤーズとしての戦いによる心労など、欠片も残らず吹き飛び、次の戦場へと赴く。

 

 

 

 

 

 その後、先ずはヴァニラのところへ向かい、ランファが足を挫いたと言って向かわせる。

 因みに、こんな時でも当然の様にヴァニラはナノマシンペットを連れ歩いている。

 恐らくランファは治療のふりをさせて、ヴァニラに状況を説明して、何らかの役割を与えるだろう。

 その辺はランファに任せる事にする。

 タクトは、何も気付いていない演技の為に寄り道をしつつ、偶然を装ってフォルテと合流した。

 

「やあフォルテ、こんな所にいたのか。

 フォルテは踊らないのかい?」

 

「ああ、私のガラじゃないからね」

 

 バーカウンターで軽く飲んでいたフォルテ。

 そこから会場を眺めるている様で、実はそこに居るただ1人の動向を監視していた。

 

「そういえば、司令官殿はシヴァ皇子への挨拶は済ませたのかい?」

 

「いや、実はまだでね。

 シヴァ皇子の方も忙しい様だし」

 

「そうかい?

 シヴァ皇子なら、部屋に戻られる様だよ」

 

「おお、そうみたいだね」

 

 見ると、貴賓席に居たシヴァ皇子が立ち上がり、移動しようとしている。

 ジーダマイア総司令とその側近も一緒だ。

 

「タクトなら、部屋に挨拶に行っても許されるんじゃないかい?」

 

「流石にエルシオールの司令官だったというだけで、そこまで特別視はしてくれないだろう。

 が、既に挨拶が遅れている状態だし、行ってはみる事にするよ」

 

「ああ、私等の分もよろしく」

 

「了解」

 

 タクトは、まだフォルテからターゲットの情報を貰っていない。

 しかし、ここでシヴァ皇子のところへ行く事を勧められたとなれば、ターゲットは動き出し、場合によっては部屋に戻ったシヴァ皇子を狙っている可能性があるという事なのだろう。

 タクトは、直接伝えられた訳でもないが、フォルテの判断を信じ、シヴァ皇子の移動した部屋へと向かう事にする。

 

 

 

 

 

 タクトは、そこから真っ直ぐにシヴァ皇子が入った部屋へと移動する。

 部屋の位置が解らなかったので、途中で衛兵に尋ねる事となったりして少し遅れた。

 それもあってか、自分の前にシヴァ皇子の部屋を訪ねる者が居た。

 飲み物を持ったウェイターだ。

 シヴァ皇子達に飲み物を運んできたらしい。

 此処へ来るまで衛兵が居た筈だが、衛兵は通した事になる。

 

 タクトは、そのウェイターに気付かれぬように距離を詰めた。

 

「飲み物をお持ちしました」

 

 ノックをして、そう告げるウェイター。

 そして、扉が開かれる。

 扉を中から開けたのは衛兵。

 そして、身分証明を確認し、中に通そうとしたその時だ。

 ウェイターが持っていたトレイの下からレーザー銃が見えた。

 

「ハッ!」

 

 ズダンッ!

 

 が、その瞬間、気配も音もなく真後ろに移動していたタクトが後ろに引き倒す様に投げ飛ばす。

 

 パシュッ!

 

 その時、撃とうとしていた分か、それとも投げた時にぐうぜん引き金が引かれたか、1発のレーザーが発射され、タクトの顔を掠める。

 が、それも1発のみ。

 

 ガッ!

 

 すぐに銃を蹴り飛ばし、組み伏せ、取り押さえた。

 

「何事だ!」

 

 それが終わってやっと部屋の中から衛兵とジーダマイアが出てくる。

 シヴァ皇子はまだ部屋の奥、ウェイターに化けていた襲撃者が銃を見せた瞬間にヘレスが自らを盾とし、前に飛び出した状態だ。

 因みに、ヘレス自身は腕から大きな扇を出して、それを盾としている。

 そうしているからには、ちゃんと盾として機能する物なのだろう。

 

 更に、

 

「援護は必要なかったか」

 

 フォルテも銃を持った状態で衛兵を引き連れてやってくる。

 フォルテはターゲットの退路を断つために動いていたらしい。

 とりあえずは、この襲撃者を拘束、衛兵に引き渡す。

 爆発物などを持っていないかのボディーチェックも欠かさない。

 

「お騒がせして申し訳ありません」

 

 とりあえず、この場の安全が確保され、まずタクトはシヴァ皇子に謝罪する。

 

「襲撃者か」

 

「はい」

 

「もう1人潜入していた者も今捕らえたとの連絡が入りました」

 

 フォルテがミルフィーユからの連絡を受け、タクト及びこの場に居る者、シヴァ皇子とジーダマイアに報告する。

 後に聞いた話では、ランファが此処へ向かっていたターゲットを後ろから締めて気絶させたらしい。

 

「会場は?」

 

「秘密裏に処理ができました。

 会場へは伝わっていないでしょう」

 

「そうか」

 

 通信を受けているのがフォルテの為、タクトはフォルテに確認し、騒ぎが大きくならなかった事を確認する。

 今回の襲撃で重要なのはシヴァ皇子の無事の次にそれなのだ。

 

「警備を強化しろ」

 

 そのやり取りを聞いていただけのジーダマイアは、まずは衛兵にそう指示を出す。

 だが、次にはタクトを睨んで言った。

 

「貴様、ここへ着た事は偶然ではないな。

 何時から気付いていた?」

 

「気付いたのは不信な人物を見かけた事で、30分程前です」

 

「そんなに早く気付いていたのなら、何故知らせなかった?」

 

「申し訳ありません。

 しかしながら、確証があった訳ではなく、また舞踏会の会場である事もあり、慎重に動く様指示いたしました」

 

 ここで、気付いたのはエンジェル隊のメンバーが先で、そう行動していたのもエンジェル隊、特にフォルテであるが、自分の指示としておく。

 手柄を取った形でもあるが、この状況では1兵士でしかないエンジェル隊の独断よりも、司令官の指示とした方が都合が良いからだ。

 

「シヴァ皇子のお命を優先しなかったという事か?」

 

「待て、ジーダマイア」

 

 完全にタクトを敵視し、タクトの判断を悪かった事にしたいジーダマイアだったが、それはシヴァによって止められた。

 

「タクト・マイヤーズよ。

 そう判断した理由はなんだ?」

 

「はっ! この度の舞踏会、現在トランスバールはシヴァ皇子の存在こそ重要でございます。

 つい先日決起したばかりの今、この舞踏会場でシヴァ皇子を襲撃する者があると騒ぎになれば、シヴァ皇子の威光を削ぐ事になります。

 その上、この様な人が多く集まる場所で侵入者が居るという不確定の情報が出回ればパニックになるばかりか、最悪会場にいる全員を人質として取られる可能もありました。

 故に、私はエンジェル隊を用い、秘密裏にターゲットを特定、排除する判断を下しました」

 

「その判断をした上で、襲撃者の確保という危険な役割は自ら行うか。

 見事だ、タクト・マイヤーズ」

 

「し、しかしながら皇子、シヴァ皇子の安全を考えれば……」

 

「ジーダマイア、私の安全を最優先で考えるというのは解るが、この先の事を考えればマイヤーズの判断は正しく、そしてそれは成功した。

 マイヤーズを責めるでない」

 

「はっ! 承知いたしました」

 

 一見、素直にシヴァ皇子の言葉を受け入れるジーダマイアだが、タクトの睨む視線は殺意に近い。

 それは、タクトの考えと判断が間違っていたとかそう言う考えによるものではなく、シヴァ皇子に自分を売り込んだという嫉妬だ。

 残念ながら、ジーダマイアにとって、シヴァ皇子は自分が成り上がる道具でしかない。

 子供である事をよい事に、どんな利用をするか解ったものではない。

 

 

 

 

 

 それから更に時間は経過し、舞踏会も終わりに差し掛かっていた。

 会場の方ではそろそろラストダンスが始まる頃で、それぞれ思い思いの人と手を取り合っている。

 そんな中、タクトはまたテラスに居た。

 

「ふぅ……」

 

 襲撃事件の後始末を終え、やっと解放されたところだ。

 顔の受けたレーザーの傷は既にヴァニラに治してもらっている。

 

(しかし、エンジェル隊は皆優秀な分、損をさせている気がするな)

 

 事件の後始末はエンジェル隊も行っている。

 全員が姿を消すと問題なので、ミルフィーユとランファ、ミントは表に戻っているが、それは他のメンバーがいない事を感づかせない為の接待の様なもの。

 今は3人とも、適当な相手とラストダンスをしている事だろう。

 フォルテは事件の後始末としてタクトと仕事をして、先ほど戻ってきたばかりなので、適当に酒を探しているものと思われる。

 因みに、一緒に戻ってきた訳ではないので、タクトはフォルテと行動を共にしていない。

 ヴァニラは入れ替わっていた本物のウェイターが怪我をしていた為、その治療にあたっている。

 

 と、全員襲撃事件の絡みでろくに舞踏会を楽しめていない。

 エンジェル隊のお陰で襲撃事件が解決したのだから、何か埋め合わせは必要だろう。

 

「さて……」

 

 それを考えるのもいいが、こんな所で1人で居てもしかたがない。

 フォルテの所にでも行こうかと考える。

 丁度その時、こちらに近づいてくる気配があった。

 

「ん? ああ、ヴァニラ」

 

「タクトさん、こんな所にいらしたのですか。

 怪我人の治療は完了しました」

 

「ああ、ご苦労様。

 悪いね、こんなパーティーの時まで」

 

「いえ、私のやるべき仕事ですから。

 それより、タクトさんは何故このようなところに?

 ラストダンス、始まってしまいますよ」

 

「そうだな……」

 

 タクトも舞踏会という事で、あわよくばエンジェル隊の誰かと、とは思っていた。

 しかし、ミルフィーユ、ランファ、ミントはそれぞれ自分の役割として別の誰かと踊っているだろう。

 事件の後始末を終えたばかりのフォルテにその気はなさそうだし、今から探しても間に合わない。

 後は―――

 

「ヴァニラには相手がいるのかい?」

 

「いえ、私は……」

 

 今日ヴァニラが誰かと踊っている姿は見ていない。

 ずっと壁際にいたのを見ている。

 流石に、まだこの様な場所は早かったのかもしれない。

 年齢としてではなく、感情の生育の意味でだ。

 他のメンバーは自分の事で忙しかったし、タクトもそんなヴァニラを横目で見るくらいの余裕しかなかった。

 挙句に襲撃事件だ。

 せめて最後は、という思いがある。

 

「ではヴァニラ、私と踊っていただけませんか?」

 

「……え?」

 

 そう言って、ヴァニラに手を差し出すタクト。

 他のメンバーがいない、というのも当然あったが、だから余ったヴァニラをという訳ではない。

 タクト・マイヤーズは、司令官としてでもなく個人として、ヴァニラにラストダンスの相手を申し込む。

 

「でも、私なんかじゃ……」

 

「ヴァニラ、俺は君と踊りたい」

 

 どんな感情が芽生えたのか、目を逸らしてしまうヴァニラに対し、タクトは誠意を持ってただ真っ直ぐに見つめる。

 しかし、強要的になるのもよくはないだろう。

 タクトは、ヴァニラの感情と、引き際を見極めなければならない。

 

「で、では、あの……よろしくお願いします」

 

 少しして、頬を染めながら、ヴァニラはタクトの手をとった。

 しかし、もう既に会場に戻る時間はない。

 音楽は流れ始めている。

 だから、タクトとヴァニラは他に誰もいないテラスで、2人きりのラストダンスを踊った。

 ただ、静かに―――

 

 ドゴォォオオオンッ!!!

 

 ラストダンスの音楽が終わった、その瞬間だった。

 華やかな舞踏会も、タクトとヴァニラの静かな時間も、爆音がその終わりを告げたのだ。

 

「なんだ!」

 

「タクトさん、アレを」

 

 タクトとヴァニラがいたテラスは、この会場の正面入り口方向にあり、正門と庭園を一望できる。

 爆発はその正門付近で起き、そこに侵入する者があった。

 

「どうした!」

 

「何があった!?」

 

 そこへ、シヴァ皇子と侍女のヘレス、更にエンジェル隊や、他の軍人も集まる。

 そして、その目に見るのは信じられない光景だ。

 吹き飛ばされた正門だった場所から、堂々とした姿でこの会場の庭園に入る者、それは―――

 

「「エオニア!」」

 

 その名を口にしたのは、シヴァとタクトで同時だった。

 そう、正門から現れたのはエオニア・トランスバールその人だった。

 僅か数名の護衛と共に、堂々とした姿で会場の庭園に立つ。

 何故こんな所に、という疑問は今は言うべきではないだろうし、意味はない。

 ファーゴは大きな宇宙港があるが故に、その全てに完璧な警備を敷き続けることは困難なのだ。

 

「タクト・マイヤーズ、ついてまいれ」

 

「はっ!」

 

 そして、シヴァはタクトを連れ、慌てる事もなく、ただ静かに移動する。

 正面玄関から外、エオニアの居る庭園へと出る。

 既にエオニアとその護衛部隊は衛兵に囲まれているが、シヴァとタクトは敢えてエオニアの正面に立つ。

 

「これはこれはシヴァ皇子。

 まずは、招かれざる客が少々お騒がせした事をお詫びいたしましょう」

 

「そんなことは良い。

 わざわざ姿を見せたという事は、用件があるのであろう?」

 

「ほう、流石に父君に似て堂々とされている」

 

 この状況で、護衛を引き連れてとは言え、敵の首領の前に立てるシヴァの間違いなく王たる器だ。

 エオニアも追放されてたとは言え皇族である事を考えれば、これぞ王者同士の対峙と言えよう。

 しかし、今の会話を聞いてタクトは疑問に思う事がある。

 

(父君に似て? エオニアがジェラールをそんな風に評価している筈はないのだが……

 ん? 今、エオニアの視線がこちらに向いたか……

 感傷か、エオニア?)

 

 タクトは、ミントが傍に居る事を自覚しながら、そんな事を考えずにはいられなかった。

 そんな内心を他所に、事態は更に進行する。

 

「では、単刀直入に申し上げましょう。

 シヴァ、私に下れ。

 お前はそんなところに居ても、後ろの無能な大人達にいい様に利用されるだけだ」

 

「断る!

 私は、皇族としての職務を全うする」

 

「ほう。

 お前にそんな責任はないのだがな」

 

「なんだと?」

 

 エオニアはどこかもったいぶっている。

 そう感じる会話が展開される。

 エオニアは、演説の時もそうだったが、何かを知っていて、言わないでいる事をわざと見せている。

 だが、何故そんな事をするのか、何を隠しているのか、今のタクトには解らない。

 そしてシヴァも、このやり取りで何かを答えを導ける程、話術を積み重ねている訳ではない。

 それに、シヴァは落ち着いている様でいて、感情を制御しきれていない。

 エオニアと対等にやりあうにはシヴァはあまりに若すぎる。

 

「マイヤーズ、銃を貸せ。

 逆賊は私自ら粛清してくれる」

 

「はっ!」

 

 タクトはシヴァの要請どおり、自分の装備していたレーザー銃を渡す。

 子供にこんな武器を、すぐに撃つと解っていて渡すのは気が引けるが、しかし、シヴァを次期皇王として認めている自分が、今更シヴァを子ども扱いする訳にもいかない。

 ただ気になるのは、エオニアがこの行動を見ている事だ。

 シヴァが銃を持つ事、それがタクトによって齎される事を見ている。

 何を考えてか、苦笑している様に見える。

 

(なんだエオニア? 何が言いたい?)

 

 タクトにはそれ以前にもエオニアに問いたい事がある。

 しかし、この場でそれはできない。

 するわけにはいかない。

 そして、もうそれもできなくなる。

 

「エオニア、私が撃てないとでも思っているのか?」

 

 シヴァは既に銃を構えている。

 が、エオニアも、傍の護衛もこの段階にきても尚動かない。

 それを見て、既に結末が予想できる。

 

「勇猛な事だ。

 しかしシヴァよ、そんな事をしては母君が悲しむぞ」

 

「ッ! 貴様!」

 

 パシュンッ!

 

 その言葉がトドメとなり、シヴァはついに引き金を引き、レーザーはエオニアの頭部に命中した。

 しかし、レーザーはエオニアの頭部をすり抜けるだけだ。

 そこに居たエオニアは、ただの立体映像だった。

 

「立体映像か」

 

 シヴァもすぐに冷静さを取り戻し、銃を降ろした。

 だが、話はまだ終わらない。

 そもそも、エオニアはシヴァの母親を、公表されていない筈の情報を知っている様だった。

 確かにエオニアも皇族である事を考えれば、知っていてもおかしくはない。

 しかし、それを何故この場で出したのか。

 

「ふむ、結局引き金を引いたか。

 それは父君の血かな?

 まあ良い、話はそれだけだ。

 先ほどの話、気が変わったら何時でも連絡を寄越すがよい。

 それでは、また会おう」

 

 エオニアの立体映像は、その台詞を最後に消えた。

 

 ―――が、周囲の護衛は消えない。

 

「そいつらは戦闘用パペットです!」

 

「撃て!」

 

 フォルテの影でバックから出した端末で解析をしていたミントが即座に報告を上げる。

 タクトもそれを聞いてエンジェル隊と周囲の衛兵に攻撃の指示を下し、タクト自身も予備の銃で攻撃する。

 

 バッ!

 

 攻撃開始と同時に、シヴァ皇子はミルフィーユによって抱きかかえられ後退、ヴァニラと合流しミルフィーユと2人で盾となりガードする。

 ミルフィーユは、ドレスのスカートの下に小型の銃を携帯しており、盾となると同時に援護射撃も開始。

 普段どんなに明るい娘であっても、そこはやはり士官学校を卒業したエリート軍人だ。

 ヴァニラはナノマシンペットを手の先に構える様にして待機し、ナノマシンを状況にあわせて散布する用意をし、不測の事態に備える。

 ヘレスはシヴァが下がると同時に前に出て、先ほど使っていた盾となる扇をミルフィーユとヴァニラに渡し、自分はスカートの中から出したライフルで応戦。

 フォルテも何処に隠していたのかレーザーライフルで攻撃している。

 ミントは鞄の中から出した特殊手榴弾を投げつけている。

 ランファは、バックに隠していたらしい特殊なメリケンサックで、生き残り、近づいてきた戦闘用パペットを迎撃する。

 常に護衛であるヘレスは兎も角、エンジェル隊も舞踏会だと浮かれていた割りにはそのドレスの下に装備を携帯する事を忘れない。

 流石は皇国軍最強のエースパイロットと言うべきだろう。

 

「攻撃止め!」

 

 衛兵もかなりの数がいた事もあり、敵は殆ど攻撃もできずに蜂の巣となり、こちら側は被害を受けずに済んだ。

 

「なにごとだ!?」

 

 と、そこへ大分遅れてジーダマイアが到着する。

 

「エオニアの尖兵が潜り込んでおりました。

 今しがた処理を完了したところです。

 しかしながら、ここまで入り込まれているという事は―――」

 

 報告のついでに、タクトは自分の予想を告げようとしたその時だ。

 

 ドゴォォォンッ!!

 

 再び爆音、そして大きな揺れが起きた。

 

「これは……内部からだけじゃない、外部からもだ!」

 

 上空、宇宙空間を見れば、味方艦隊が攻撃を受けているのも見える。

 そして見回せば、肉眼で確認できる距離にエオニア軍の無人艦隊がいる事も確認できた。

 しかし、同時に内部での爆発もまだ続いている。

 

「こ、これはどうした事だ!? 防衛部隊は何をしていた!」

 

「うろたえるな!

 ジーダマイア、会場の人間の避難誘導、いやファーゴ全体に避難勧告とエオニア軍迎撃の指示を出せ」

 

「は、はっ! ただいま!」

 

 シヴァの指示により、なんとか自分のやるべき事を思い出したジーダマイアは、途中揺れで転びながらも持ち場へと戻ってゆく。

 しかし、先ほどタクトを攻撃する対象としていた『シヴァ皇子の安全』については完全に放置だ。

 エオニア軍の不意打ちがよほど利いているのか、余裕が全く見られない。

 

「シヴァ皇子、我々も避難を。

 エルシオールがこの近くに来ます」

 

「流石、用意がいいなマイヤーズ」

 

「本当に。

 予想してたのかい? この事態」

 

「まあ、ある程度はね。

 レスターとの連絡が取れました、ここから一番近い緊急エアロックに向かいましょう」

 

「解った」

 

 これからエルシオールで戦闘になるのは確実だが、それでもエルシオールが一番安全だろう。

 タクトは、先ほどのエオニアを見ても尚そう思える。

 そして、エオニアは何かを重大な事を知っているという事も。

 それを知る為に、エルシオールに戻りエオニア軍の迎撃を行わなければならない。

 エンジェル隊ももうそのつもりでいる。

 

 ただ1人を除いては。

 

「司令官殿、私はファーゴ内部の敵の排除につきたい。

 許可をもらえないか?」

 

「衛兵も動いているが、それでも名乗り出るという事は何か理由があるのか?」

 

「このやり口、私は知っている」

 

「そうか」

 

 今もなお続くファーゴ内部での爆発。

 しかし、どうもそれがファーゴの主要施設を狙ったものではないし、ファーゴそのものを破壊している様にも思えない。

 やり方としては、目的が見え辛いのは確かで、特殊といえば特殊だ。

 

「いいだろう。

 ただし、30分の制限時間と、必ず戦闘可能状態で帰還する事が条件だ」

 

 エンジェル隊という戦力をここで割く事は好ましくは無い。

 しかし、ファーゴには現在トランスバール皇国の重役がいるし、ファーゴ自体には多数の民間人がいる上、拠点としても重要だ。

 ここを失う訳にはいかない。

 

「ああ、解った。

 無理はしないさ」

 

「よろしい。

 済んだら連絡してくれ、シャトルを出す」

 

 そうして、フォルテはエンジェル隊のメンバーから装備を借り、一人舞踏会会場まで戻ってゆく。

 タクト達はそれを背に、エルシオールへと向かう。

 

 

 

 

 

 非常用エアロックからクレータが操縦してきたシャトルに乗り込み、エルシオールへと戻ったタクト達。

 エンジェル隊はすぐに紋章機へと乗り込み、タクトとシヴァ、ヘレスはブリッジへと上がる。

 

「状況!」

 

「エオニア軍無人艦隊300が接近中。

 ルフト艦隊並びに司令官不在の部隊もルフト准将が指揮をとって迎撃に出ている。

 数は前の迎撃時よりも少ないが、動きが別物で、敵は新型も出ていて苦戦中。

 ファーゴは内部での爆発及び無人艦からの攻撃の被弾により混乱中で、シャトルが多数脱出している。

 シャトルの避難先と収容先はルフト准将の方で確保済み」

 

「よし、エンジェル隊は即時発進し、友軍の援護。

 避難民を乗せたシャトルに敵を近づけるな!」

 

『了解!』

 

 大体の状況は移動しながら聞いていたが、最新の情報をブリッジで受け取り、指示を出す。

 とは言え、既にルフトが動いているの為、エルシオールがやるのは援護だけだ。

 舞踏会にルフトが参加していなかったのが、ここまで幸いする事になるとは、ジーダマイアも思いもしなかっただろう。

 

「ルフト准将と通信を繋げ」

 

「丁度、今入っています」

 

『タクト、無事じゃったか』

 

「はい、シヴァ皇子もこちらに」

 

『おお、シヴァ皇子も、よくご無事で』

 

「臣下が優秀で助かる。

 こちらでは私がすべき事もない」

 

 シヴァはやはり口にすべきでないから言わないが、ジーダマイアなどの今の軍の幹部と比べ、安心している様子だ。

 アレが全てではない、エオニアが言う事が全て正しい訳ではないという証明がここにある。

 

「ところでルフト准将、どうしてここまで敵の接近を許したのです?」

 

『それなんじゃが、ワシも解らんのじゃ。

 敵はいきなり真正面に現れた、そうとしか言い様がない』

 

「高度なステルスですか? それにしたってこの大艦隊を隠し通せるなんて……」

 

『ほぼ有り得んじゃろうが、そうとしか考えられん。

 ともあれ、敵はそこおる。

 今は見える限りを叩くしかないじゃろう』

 

「ええ」

 

 これだけの大艦隊が目の前に来るまで気付けないというのは通常在り得ない。

 どう隠した所で、これだけの質量の移動が周囲に影響しない訳がなく、そこから異常を発見できる筈だからだ。

 もしそれが可能だとしたら、それは―――

 

『エンジェル隊、発進完了。

 友軍の援護に向かいます』

 

 着替える間も惜しんでドレスのまま出撃したエンジェル隊。

 今はフォルテが居ない為、連絡の通信を行っているのはミルフィーユだ。

 フォルテがエンジェル隊の隊長であるが、副隊長の座は設けていない。

 その為、フォルテが不在の時は、特に司令官から指示が無い限りは紋章機の番号の若い番号からこういった報告任務を行う決まりになっている。

 

「援護対象は今マーカーを出す。

 迅速にな」

 

『了解』

 

 今もファーゴからは脱出するシャトルが多数出ている。

 こんな状況でミサイル、レーザーの飛び交う戦場が広がっては民間人に被害が出てしまう。

 いや、既に出ている筈だ。

 その状況への思いから、既にH.A.L.Oの出力が普段より高い。

 これならば、エンジェル隊が全員揃っていなくとも、何とかなるだろう。

 

『ん? エンジェル隊、数が足りんぞ?』

 

「ええ、今ファーゴ内部の破壊活動を止めに入っている者がいますので」

 

『そうか。

 じゃが、2機もおらんで手が足りないのは解るが、シヴァ皇子がいらっしゃるのじゃから直衛は残しておいたらどうじゃ?

 シャトルの護衛も、こちらでなんとかできておる』

 

「いえ、大丈夫です。

 このエルシオールも、簡単にやられたりはしませんよ」

 

『そうか。

 まあ、その判断は任せよう』 

 

「エルシオールもシャトル護衛に回る。

 シャトルの前に出ろ!」

 

「了解!」

 

 現在、ファーゴに取り付かれる程の敵機の接近を許していない為、攻撃はさほど酷くはない。

 しかし、ルフトが指揮する艦隊も、シャトルの護衛はできているが、実はそれだけだ。

 敵の殲滅は難しく、避難完了まで持たせるのがやっとだろう。

 どうやらジーダマイアと連絡がとれておらず、指揮系統も混乱しているらしい。

 せめてファーゴでの混乱が収まれば――― 

 

 

 

 

 

 その頃、ファーゴ内部では未だに爆発が続いていた。

 しかし、よく見ればおかしいのだ。

 爆発は音ばかり派手なわりに、施設を破壊している訳ではないのだ。

 ならば、その爆発は何の為に起きているのか。

 

 ファーゴの第2宇宙港。

 その物陰で今、作業をしている者がいた。

 その者は痩身の青年で、顔と首から胸にかけて大きな傷をもっていた。

 そんな目立ちそうな風貌の青年だが、今は誰からも注目されることもなく、物陰で何かを設置している。

 

 カチャッ

 

 が、その背後に、更に人が現れた。

 

「やはりお前か、レッド・アイ」

 

「フォルテ・シュトーレンか」

 

 ドレス姿のままのフォルテが、レーザー銃をレッドアイの後頭部に向ける。

 レッド・アイという偽名を名乗る青年は、流石に作業の手を止めざるを得なかった。

 

「このやり口、変わってないね」

 

「そうでもない」

 

「ん?」

 

 背後と取られ、抵抗の仕様が無い筈のレッド・アイだが、慌てた様子はなかった。

 もとより常に冷静さを持った男だが、それ以上に何かがある。

 そうフォルテが気づいた時にはもう遅かった。

 

 ガチャッ!

 

「おっと動くな」

 

「お前は……」

 

 フォルテは右側の物陰からレーザーライフルを突きつけられた。

 そして、物陰から姿を現すもう1人のヘルハウンズ隊、ギネス・スタウト。

 

「俺とて、常に1人で仕事をしている訳ではない」

 

「それもそうだな」

 

 フォルテは、レッド・アイが単独行動を好み、この手の作戦はいつも独りで行っていたという記憶がある。

 だから、こんな大規模な仕掛けでも1人だと勘違いをしていた。

 しかし、ヘルハウンズ隊がタッグを組んでいるというのなら―――

 

 カランッ

 

 その時、フォルテ達の足元に何かが転がってくる。

 小さな金属製の筒で、口紅のケースと思われるものだ。

 それが、

 

 カッ!

 

 フォルテ達の足元に来た瞬間に爆発、強烈な光と、チャフを撒き散らす。

 

 パシュンッ! パシュンッ!

 

 数発のレーザーが発射された音がするが、チャフの影響で減衰し、よほど至近距離で撃たなければ無意味となる。

 そして、光が晴れたところで、再び互いの位置を再確認する。

 レーザーライフルを発射しつつ、飛び退いていたギネスと、合流して並んでいるレッド・アイ。

 大きく飛び退き、別の物陰まで退避したフォルテと、もう1人。

 

「こっちも1人じゃないんでね」

 

「もう、1人で無茶しすぎですよ、フォルテさん」

 

 もう1人はランファ。

 エルシオールに戻るタクト達とフォルテとで別れる際、タクトの指示で援護に残ったのだ。

 単独行動は危険すぎるとして。

 

「で、爆弾は?」

 

「ダメです、解除は不可能です」

 

 此処へ来るまで、幾つかの爆弾を発見したフォルテとランファは、ランファが解除を試み、フォルテが元凶を追う事を選んだ。

 しかし、専用装備も無い上、ランファも爆弾解除の技術は一応知っている程度でしかない。

 フォルテも期待していた訳ではないが、結局状況を変える事はできなかった。

 

「そりゃそうだろう。

 専門家でも苦戦する筈だぜ、アレは。

 それに、もう遅い」

 

 ギネスがそう言った時、近くに人の気配がする。

 それも大勢の人だ。

 見れば、舞踏会に参加していたメンバーと思われるドレス姿の婦人や軍人がこちらに向かってきている。

 中には、子供を抱えた母親と、その母親の手を引く軍人の姿も見える。

 

「なっ! どうして皆此処に!?」

 

「しまっ……」

 

 ドゴゴォォォォオオオオンッ!!

 

 そして、起きる大爆発。

 避難しようとここまで来た者達が、まさに一網打尽となる大爆発。

 悲鳴すら聞こえる事なく、全てが吹き飛んだ。

 

 これこそ度重なる爆発の目的だった。

 誰しも一度爆発が起きた場所には近づかない。

 残った建物が倒壊する危険もあるし、爆発が起きたという恐怖がある。

 それを利用し、爆発をいくつも起こし、避難経路を限定されせる手段。

 警備の厳重な舞踏会場そのものには爆発物を持ち込めない為、避難させる状況を作り、その避難路も限定し、そこで一網打尽とする。

 警備が比較的手薄な場所で仕掛けを行え、見せ掛けの爆発で使う爆薬は少量で済み、結果的に必要な爆薬を少なくできる事からレッド・アイが好んで使用する手段だった。

 

「任務完了」

 

 まさに跡形もなく消し飛んだ人々を見て、レッド・アイがそう呟く。

 ただの仕事の一つが終わった事をただ淡々と確認している。

 

「レッド・アイ! これがお前の選んだ正義か!!」

 

 それを耳にしたフォルテは、思わず叫んだ。

 既に道は違えたと認識した相手だが、それでも最低限の良識はまだ持っていると信じたかった。

 

「ギネス! アンタ、何の罪もない子供まで巻き込んだわね!!」

 

 ランファも、この様な光景を見せられては冷静ではいられない。

 敵だとは認識していたが、ここまでの外道とは思っていなかった。

 いや、こんな残虐な事ができる人間が居るとは思いたくはなかったのだ。

 

「そうだ」

 

 レッド・アイから帰ってくる返答は実にシンプルだった。

 いや、この場合、返答を返してくるだけ、レッド・アイにも感傷という感情が残っている証拠かもしれない。

 

「この世は常に平等だよ。

 金持ちも、貧乏人も、お偉い人も罪人も、1発の銃弾、数グラムの爆薬で死んじまう。

 子供も大人も、罪が有るか無いかも関係ねぇ。

 力が在るか無いか、食うか食われるか、生きるか死ぬか、ただそれだけだ!」

 

 ギネスの返答はやや興奮気味だった。

 ただ、今行った殺戮に対してではなく、ランファが相手という事に対してだ。

 多少なら共感できるものがあるだろうという期待が、その言葉にはあった。

 

「撤退する」

 

「そうだな、まだ外での仕事があるしな」

 

 最後に、そう言い捨ててレッド・アイとギネスの気配は消えた。

 残るのは、ただ静けさだけだ。

 

「……ランファ、私達もエルシオールと合流するよ」

 

「……解りました」

 

 ここでの任務は失敗した。

 だが、まだ彼女たちにもやるべき事がある。

 最早爆発の跡は振り返らず、2人は一番近い緊急エアロックへと向かった。

 

 

 

 

 

 それから20分後、エルシオールブリッジ。

 フォルテからの連絡を受け、シャトルで迎えに行き、既にフォルテとランファは戻ってきている。

 更にそこからすぐに紋章機に乗り換え、出撃するところだ。

 

『敵の目的は要人暗殺だった。

 私達はその阻止に失敗した』

 

「そうか……ご苦労だった。

 あの時点で後手だったんだ、あまり気に病むな」

 

『大丈夫、私達は冷静だ』

 

「そうか」

 

 当然、フォルテもランファも表面上は冷静でも、内心は違う事は解っている。

 H.A.L.Oの出力も高い位置でありながら、乱れが生じているのだ。

 本来なら出撃する事も危険だが、そうも言っていられない状況にある。

 

 ただ、フォルテ達が齎した要人死亡の知らせは、最悪な形であれ混乱を収束させた。

 ルフトが強引ながら指揮系統を自分に纏め上げたのだ。

 これにより全軍が機能し、なんとか戦況を巻き返しつつある。

 しかしながら、敵がこれだけとは限らないし、それに―――

 

「エオニアは姿を見せないな」

 

「近くに居る筈ですが……」

 

 この戦いの中、エオニア本人が姿を見せていない。

 立体映像とは言えファーゴに現れたとなれば、本人も近くに居るはずなのだ。

 そして、こんな大艦隊を差し向けてきておいて、隠れ続けているのもエオニアの性格上在り得ない。

 ならば、まだ何かあると考えた方がいいだろう。

 

『2番機、4番機、出撃完了。

 何処に向かえばいい?』

 

「よし、では―――」

 

 ランファとフォルテの出撃を受け、援護先を指示しようとした、その時だ。

 

「レーダーに感。

 新たな敵が出現しました。

 サイズは戦闘機ですが、新型と思われます」

 

 ココから報告が上がり、接近中の戦闘機の映像が映し出される。

 この宇宙の黒に溶ける漆黒の機影、牙の様な鋭いフォルム。

 意匠として、エオニア軍の無人機に近いものを感じるが、何かが決定的に違う。

 そしてなのより、その数が5機であること。

 

「エンジェル隊を全員集結させろ!」

 

 味方の支援の為、散り散りになっていたエンジェル隊全機をエルシオールまで戻す。

 新たに出現した敵機の速度からしてギリギリだがまだ間に合うだろう。

 いや、敵機の方が間に合う様に飛んでいるのだ。

 

「更に敵艦隊が出現しました! 一体何処から……

 味方艦隊が応戦しています」

 

「おい、おかしいだろ! どうしてそんな位置にいきなり現れる!」

 

 新型戦闘機もそうだが、レーダーに突如出現した様に映っている。

 それは目視計測でも同じ事で、味方艦隊からの報告では本当に突然目の前に沸いて出たとしか言えないとの事だった。

 

「これは……」

 

「やはり居るな、エオニア」

 

 何かが後ろに居る、見えないが確実に居る、それはもう戦っている誰もが感じていた。

 戦闘機サイズならいざ知らず、戦艦サイズがこうも隠れきる事など、本来はできやしない。

 それを可能としている何か、大きな敵が見えないがそこに居る事だけは確かなのだ。

 

「敵戦闘機、こちらの交戦宙域に入ります」

 

『エンジェル隊、全機集結したよ』

 

 敵機の接近に備え、エンジェル隊も全機エルシオールの前に集まった。

 離れて戦闘していた3機は直ぐに修理補給も行われ、万全の体勢に近い。

 ただ、H.A.L.Oの出力からも、全員精神が不安定にあることが解る。

 ファーゴが襲撃され、人が殺され、幽霊の様に出現する敵の艦隊。

 こんな状況で士気を維持するのは極めて困難だ。

 この5機の敵機を落とせたのなら、それも多少はマシになるだろうが、しかし―――

 

『やあ、お迎えありがとう、マイ・ハニー』

 

 通信を入れてくるのは、予想通り見たくも無い顔ぶれ、ヘルハウンズ隊だった。

 そして、今回は尚悪い。

 

『よう、おいらの爆弾を解体しようとした馬鹿がいたんだってな。

 どうよ? おいらの爆弾はそんじょそこらに転がっている様な雑品とは訳が違っただろう?

 それに、こっちはお前らとは遭遇しなかったみたいだが、特製の戦闘用パペットも入り込んでたぜ? 個別の要人暗殺は完璧にこなしたぞ。

 まったく、上手く行き過ぎて笑いがとまらないな~、ははははは!』

 

 自慢げに通信を入れてきたのはベルモット。

 もしこの話が本当ならば、あの立体映像のエオニアと護衛の戦闘用パペットは囮だった事になるだろう。

 そして、トランスバール皇国軍は完全にしてやられた事になる。

 

『貴方は、それだけの技術を持ちながら、何故人を殺す事をしているのですか?』

 

 不愉快な笑い声に対し、普段通りの無表情、無感動に見えて、明らかな怒りという感情を乗せているヴァニラ。

 しかし、その問いかけは、自らの疑問を、怒りを静める様な効果はまるでなかった。

 

『あん? 技術なんてものは、戦争でこそ、殺し合いでこそ発展するもんだよ。

 それは歴史が証明してる。

 そして、技術こそ力だ。

 だから、おいらはその力を得る為にここにいるんだよ』

 

 それは、悪と呼べるものかもしれないが、ベルモットにとっての信念だ。

 故に、そこに揺らぎはなく、ヴァニラの心を深く刺さる暴力でしかなかった。

 

『そうだ、力、そして金がこの世の全て。

 愚民は愚民だからこそ、金と力のあるやつに従う。

 それを証明したのはお前達商人だよ、ミント・ブラマンシュ』

 

『……それが、貴方がそこに居る理由ですか』

 

 ベルモットに続き主張したのはリセルヴァ。

 後の調べで没落した貴族の末裔であった事が解る。

 それ故か、突っかかる相手はミントだ。

 その能力をも使い、皇国でもトップクラスの商社となったブラマンシュ家。

 最早貴族よりも民を支配しているといえる商会、その娘たるミントにだ。

 そして、その言葉はミントにとっては大きな意味を持っている。

 ミント程、金という物の業を知る者は、この中にはいないだろう。

 

『……貴方は何故?』

 

 ヘルハウンズ隊から主張が行われる中、最後に残った相手、カミュにミルフィーユは尋ねた。

 ヘルハウンズ隊のメンバーが、それぞれ誰か1人を意識している、その理由もここで示された。

 しかしミルフィーユは、彼等が主張する信念と関わり合う様な特性を持っていない、そう思っていた。

 ならば何故、ヘルハウンズ隊のカミュはミルフィーユに付きまとうのか。

 

『運命、さ』

 

『運命?』

 

『単純に『運』と言ってもいい。

 他の者が言った様に、力、技術、金も重要だ。

 しかし、どんなに圧倒的な力、技術、資金力を持っていたとしても、ふとした自然災害で全てを失う事もある。

 絶対に勝てない筈の相手でも、運良く相手が不調になって勝ててしまう事もある。

 『勝負は時の運』なんて言葉もあるくらい、『運』という物がもたらす影響は大きい。

 そもそも、生まれる家、生まれる場所、その後の出会いも、全て自分ではどうしようもない世界の流れで決まるものだ』

 

『貴方はもしかして……』

 

『いや、違うよ。

 君の強運に巻き込まれ、何かを失った事はない。

 僕の生涯で君の影響があった事は、調べた限りではない』

 

『なら、どうして?』

 

『言ったろう、『運命』だと。

 僕は殆ど全てを持っていたと言っていい。

 家も、金も、技術も、その後の出会いも。

 そして、今こうして世界をも巻き込む『運命』の中に居る。

 ならば比べ、そして勝ちたい。

 僕の『運命』か、君の『運命』か、こと『運命』という勝負を挑むには君程うってつけの相手はいない。

 あらゆる『運』と共の生き、ここまで来た君が』

 

『……』

 

 ミルフィーユの『運命』は、確かにメンバーの中でも特殊である事は否めない。

 ここへと至る道も、その強運の作用したところは大きい。

 ならば、こうしてカミュと対峙する事も運命の内なのだろうか。

 

『では、始めようか。

 技術、正義、金、力、運命。

 その全てを持って、我等と、君達のどちらが上かを』

 

 カミュのその宣言により、戦闘が開始される。

 漆黒の戦闘機がそれぞれ、自分の相手を選び、襲い掛かる。

 自らが持つものが、相手より上であると証明する為に。

 

「タクト、いいのか?」

 

 エンジェル隊とヘルハウンズ隊の交戦。

 それを見るエルシオールのブリッジ。

 レスターは、このままでは拙いものとしてタクトに問う。

 

「援護はできぬのか?」

 

 シヴァは、今までそうしてきた様にエルシオールも戦いに参加するものとして問う。

 彼女達でだけ戦う必要はないのだと。

 

「戦いは避けようがない。

 それに、この混戦状況では下手な援護はできません」

 

 現状エンジェル隊とヘルハウンズ隊は個別に戦っており、位置も離れつつある。

 だが、個別の援護にしろ、敵の新型機の武装も解らない今、エルシオールが近づく事は危険すぎる。

 

「……」

 

 しかし、今のエンジェル隊のH.A.L.O出力を見ても、エンジェル隊は危険な状態だ。

 それに、ヘルハウンズ隊の乗る新型機の性能は未知数だが、恐らく紋章機と同等の性能を持っているだろう。

 H.A.L.O無しでだ。

 確証は何一つないが、タクトはそう判断しており、実際見る限りの性能は極めて高い。

 そうなればヘルハウンズ隊の腕前もあって、負けることはほぼ確定したも同然。

 ならば、多少無理にでも援護が必要で、実際には援護する―――いや、彼女達の危機を救う方法が一つある。

 ヘルハウンズ隊の乗る新型機が何処で、誰が作ったかを考えれば、むしろその手段を使わざるを得ない。

 

 だがしかし―――その手段を使う覚悟が、タクトにはまだ足りない。

 そこへ、

 

『どうした、何を迷う? タクト』

 

 突然通信ウィンドウが開く。

 相手側からの介入だ。

 そして、それをしてきたのはエオニアだった。

 

「エオニア!」

 

 いち早く反応したのはシヴァだが、それ以上は何も言わない。

 今エオニアがタクトに話しかけているのは、その言葉からも解る事だ。

 だからそれを邪魔する事はしない。

 

「……久しぶりですね、エオニア」

 

『ああ、大体10年ぶりだな』

 

 シェリーの時もそうだった様に、昔からの知り合いである事がここで公となるタクトとエオニア。

 既に予測できた事故に、誰も驚かないが、どんな会話をするかは誰もに予測できない。

 シヴァも、傍らでただ見守るのみだ。

 

『鎖が重いというのなら、これを見せてやろう』

 

 エオニアがそう言うと同時にエルシオールに送られてきたのは一つのデータだ。

 一覧というデータ。

 人の名前と、処理を完了したという印が付いた表だった。

 

「……こんなものを見せて、俺にどうしろと?」

 

 その一覧はトランスバール皇国における幹部と言える人物を抹殺してきたという報告書。

 皇族を始めとし、貴族、軍人も大勢殺されていると解る資料。

 だが、それを今見たところで、タクトには何の感情も湧かない。

 例え、タクトにとってある重要な秘密を知る人が、全て抹殺されている事が解っても。

 

『お前を縛る鎖はもう無いぞ』

 

「貴方は、私をどうしたいのだ?」

 

『仲間に欲しい。

 が、お前は完全に屈服させないと従わない事も解っている。

 だから、本気で来いと言っているのだよ。

 そうでなくてはこの戦いの意味も半分が失われる』

 

「……」

 

 堂々とした態度で告げるエオニアに対し、タクトはどこか沈んだ表情だった。

 疲れ果てている、という言う様子に近いが、何かが違う瞳。

 ただ、それを見てもエオニアの態度は変わらない。

 

『まだ足りぬか?

 仕方ない、ではこれも見せてやろう』

 

 そこでエオニアとの通信は途切れた。

 代わり、ブリッジに声が響く。

 

「レーダーに感、巨大な何かが……ああっ!!」

 

 響いたのは驚愕と、恐怖の声。

 そして、

 

「あれはっ!」

 

「やはり―――『黒き月』か」

 

 運命を呪う様な静かな叫び。

 

 最早レーダーに頼るまでもない。

 モニター正面に出現したのは巨大な人工物。

 小惑星程の大きさの、あまりに巨大で禍々しい黒い星だった。

 

「お前も知っているのか、マイヤーズ?!」

 

「はい……そして、こうなると、うすうす感じておりました」

 

 タクトが『黒き月』と呼んだそれは、シヴァも白き月でシャトヤーンから聞かされていた存在だった。

 そして、それがここにある意味とは―――

 

『おや、もうアレを使うみたいだね。

 じゃあ、僕達はこれで失礼するよ。

 この機体のテストも済んだし、調整をしないといけないからね。

 それに、どうやら相応しい舞台は別にあるみたいだ』

 

 それの出現と共に、ヘルハウンズ隊が撤退する。

 かなりのダメージを受けたエンジェル隊は追うこともできない。

 いや、今のH.A.L.O出力ではどの道追いつけない速さで、ヘルハウンズ隊は出現した巨大建造物へと戻ってゆく。

 

『……』

 

 助かったと言えるのか。

 そう少しでも思えてしまう事が、何より彼女達には恨めしかった。

 しかし、そんな感情は長くは続かない。

 

 カッ! ブワッ!

 

 突然、この宇宙に風が吹いた。

 いや、宇宙空間で風は起きない為、その場の全員がただそう感じたに過ぎない。

 だが、

 

 フッ……

 

 その風が吹いたと同時、エルシオールも、紋章機も、他の味方艦隊も全て停止した。

 エンジンがストップし、火気管制が応答しなくなり、味方との通信もできず、ライトもほぼ全てが落ちる。

 まるで停電にでもなった様な、戦艦としては在ってはならない現象が全ての機体で同時に発生した。

 

「な、なんだこれは!」

 

 普段冷静なレスターも、この様な事態には流石に慌てた様子だった。

 状況を調べようにも、機械が動かず、メイン、サブの最低2系統はある筈のエネルギー供給がストップしている事だけは把握できたが、それだけだ。

 何故エネルギー供給が止まったのかがまるで解らない。

 今はただ、独立した補助機関で動いている動力で生命維持装置とモニターだけが動いている状態だ。

 戦艦、戦闘機としては戦闘を続けるどころか、逃げる事も助けを呼ぶ事もできない。

 こんな状況で冷静なままで居られる者など居まい。

 敵はまだ目の前に居るし、謎の巨大建造物まで現れたところなのに。

 

 

 

 

「どうしたの! 動いて、ハーベスター!」

 

「なんだいこれは! なんで何も反応しない!」

 

「通信機能までダウンするなんて、どういう事ですの?!」

 

「この! 一体どうしたって言うのよ、カンフーファイター!!」

 

 今しがたヘルハウンズ隊に破れ、見逃してもらったに等しいエンジェル隊。

 彼女達の絶望もまた深かった。

 もし、H.A.L.Oの出力を見れたのなら、機能が正常でも動かないほどにまで落ち込んでいる事が解っただろう。

 

「私……もう飛べないの?」

 

 この状況に関わり無く、翼は折れてしまったのだ。

 

 

 

 

 

「ネガティブ・クロノ・ウェイブまで……」

 

 こんな状況の中、タクトは1人落ち着いていた。

 いや、どこか諦めきっているのかもしれない。

 こうなる事は予想していたのだから。

 しかし、

 

「見ろ! あの巨大建造物の中央、アレは……」

 

 レスターが指す、『黒き月』の中央、計測ができ高エネルギー反応を検知できるだろう。

 それも、ありえない程巨大なエネルギーを。

 それが―――

 

「まさか!  まさか、エオニア!!」

 

 この先は予想していなかった。

 いや、考えたくは無かった。

 エオニアがそこまでするなどという事を。

 

 カッ!

 

 光が、黒き光が放たれた。

 動けぬ紋章機の脇を、エルシオールの真上を通り過ぎてゆく。

 その先は―――

 

 ドッゴゴオオオオオオオンンンッ!!!!!! 

 

 巨大な爆発と、爆音がこの宇宙に木霊した。

 音の無い筈の世界で、悲鳴の様な爆発を幻聴する。

 それ程の事態。

 黒き光は惑星ロームを穿った。

 そう、星そのものを穿ったのだ。

 大地を焼いたとか、そんな生易しいものではなく、衛星軌道より更に離れた位置にあるエルシオールから、惑星ロームにあまりに巨大な窪みができた事が肉眼で見て取れるのだ。

 星はまだ原型を留めているが、誰もが解ってしまう。

 もう惑星ロームは死んだのだと。

 

「な、なに、これ……」

 

 夢か幻でも見ている気分だろう。

 誰が現実に起きたことだと思えるだろうか。

 たった1撃の攻撃で、惑星を殺せる程の兵器が実在するなど、信じられる事ではない。

 

 しかし、残念ながらこれは現実で、更には黒き月はもう一度それを放とうとしている。

 

 誰もが現実を直視できず、抗う気すら起こせないこの状況。

 いや、抗おうにも力を奪われている。

 サブシステムで何とか生命維持装置こそ働いているものの、光の無い、真実、宇宙という闇に放り出されたに等しい。

 そんな中で人間個人の力など無意味な程の小さい。

 

 もし、この状況で何かが出来るとしたら、それは―――

 

 ダンッ!

 

 その時、1人の人間が立ち上がった。

 コンソールを叩く様に、席から立ち上がり、真っ直ぐに前を見据える。

 司令官席に居たタクト・マイヤーズだ。

 一度目を瞑り、覚悟を決めたタクトはここに言葉を紡いだ。

 

「我―――

 我、タクト・トランスバールの名に於いて命ず!」

 

 タクトは名と姓を口にした。

 親から賜りし『名』と、継承を示す『姓』を。

 即ち、『タクト』、そして『トランスバール』。

 トランスバールが皇族にのみ許されたその姓を。

 

「目覚めよ、『エルシオール』!」

 

 その呪文の詠唱が完了した瞬間、光が溢れた。

 この暗闇の中で道を示す為の光が。

 

 

 

 

 

To Be Continued......

 

 

 

 

 

 後書き

 

 8話をお送りしました~。

 また2ヶ月オーバー掛かっているのは9割はP3Pのせいです。

 嵌っててゴメンナサイ。

 そしてこんなひきかた。

 私もこんなもったいぶったひきかたをしてみたい時があるのですよ~

 それが読者に求められているかどうかは別でしょうが。

 8話を書き出した当初は、短くなるかな~と思いましたが、そんな事にはならなかったですね。

 予定外のシーンをいろいろ増やしましたから、ええ、思いつきで。

 無計画にも程があります。

 そして改版、増量される裏設定達。

 裏だけに、表に出てくる事はないけど、裏設定を考えるている時間は楽しいです。

 

 さて、次は可能な限り早く書きたいと思いますが、また暫くお待ちください~。








管理人のコメント


 盛 り 上 が っ て まいりました!

 風雲急を告げる8話でございます。

 鬼のような引きで次回はどうなるか気になりますね。

 タクトの本名もついに明かされました。

 原作では当然皇族ではない彼なので、更にオリジナルの話がどばどば出てきそうですね。

 楽しみだなぁ。



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