二つの月と星達の戦記

第10話 翼の担い手達

 

 

 

 

 

 黒き月の脅威と、光の翼の希望が示されてから12時間が経過した。

 黒き月は戦いの後、一度後退したが、まだ目の前に脅威を示し続けている。

 それに対し、光の翼はまだ羽を休めていた。

 再び羽ばたくには大きな準備が必要で、それには更なる時間も必要だった。

 

 その間、タクトからの情報開示を受けたルフトは、暫定ではあるがトランスバール皇国軍の総司令に就任する。

 ルフト以上の階級を持つ軍人が先の戦いと、ファーゴ内の混乱の中で全て死亡したからだ。

 順当といえば順当だが、普通に考えればルフトは准将でしかなかったのだから、どうしても問題になる筈だった。

 しかし、先の戦いでも不在だった総司令ジーダマイヤに代わり指揮を執れた事からも解る通り、ルフトは兵からの人気は高い。

 准将という地位がおかしかったという意見がある程に。

 少なくとも、ルフト配下の兵士、つまり下の者達からはそう考えられており、誰もルフトが総司令の座に着く事に異を唱えなかった。

 これには、エオニアの脅威を前に、責任を問われる立場に着きたくないという権力者達の思惑もあっただろう。

 ともあれ、ルフトは軍における最高の地位に着いた事に変わりは無い。

 

 そうして総司令となったルフトが先ず行ったのは宣言だ。

 

「この戦いに勝利を」

 

 そう宣言した。

 更に勝つ為に必要な事を語った。

 それは白き月。

 黒き月が白き月と何らかの関係がある事は誰もが考える事。

 今はまだタクトから聞いた事実までは明かさなかったが、白き月に勝機がある事。

 その勝機を得る為にエルシオールはここから一直線に白き月へ戻らねばならないを告げる。

 

 そして、トランスバール皇国軍所属タクト・マイヤーズ大佐は、正式な指令としてエルシオールとエンジェル隊を率い、シヴァ皇子と共に白き月へと向かう任を与えられた。

 

 

 

 

 

 あの戦いから半日を使い、整備を終えたエルシオールはファーゴを出航する。

 

「エルシオール発進。

 これより白き月を目指す」

 

「了解!」

 

 ブリッジに立つタクトが指令を下し、友軍に護られる中、ただ一隻で白き月を目指す。

 行く道は最短距離。

 ここへ来るまで敵の追撃と包囲網から逃れる為に2週間も掛かったが、最短距離ならその半分も掛からない。

 しかし、それは敵の包囲網のど真ん中を突っ切る事であり、あまりにリスクの高い選択だった。

 それでも、これ以外の選択肢は無いと言って良いのだ。

 トランスバール皇国軍―――いや、トランスバール皇国に残された時間は極僅かだった。

 

「敵の動きは?」

 

「今のところはありません」

 

「そうか。

 だが、気付いていない筈もない。

 コソコソする必要はない、全速を持って白き月を目指す」

 

「了解!」

 

 下手な偽装は時間を食うだけと、なんの偽装も無く出航したエルシオールを黒き月が察知していない筈はない。

 しかし、エルシオールが出航する中、トランスバール皇国軍に特別な動きは無い。

 シヴァ皇子を乗せたエルシオールが出るのだから、本来なら見送りくらいあるべきだろうが、今はそれどころではないのだ。

 

「本星と白き月に続き、今度は友軍を置いて行く事になるとはな」

 

 ブリッジで離れ行く友軍艦隊を見て呟くシヴァ。

 この白き月への旅路も、護衛艦は無い。

 小規模の護衛艦なら、元より足が早く、更なる性能を期待できる現在のエルシオールには足手まとい以外の何者でもない。

 しかし、かといって大規模な護衛艦隊を付ける余裕は、皇国軍には無いのだ。

 そして、この場に残る彼等には役目がある。

 

「しかたありません皇子。

 ルフト総司令率いるトランスバール皇国軍には、ここで黒き月を足止めしてもらわねばならないのですから」

 

 現状の戦力では、エオニア率いる黒き月と無人艦隊に対して勝利は得られない。

 戦力差としては大体互角で、敵を倒せる可能性はなくもないのだが、その為に出る被害は少なく見積もっても8割だ。

 資材さえあれば味方を作り続けられる黒き月とは違い、そんな犠牲を払ってしまっては、戦いの後で皇国の維持すら難しくなる。

 エオニアの後にも明確な『敵』が存在している事を考えれば尚更だ。

 それもあって、エルシオールが白き月へ向かい、黒き月に対抗する選択が推された。

 

 そして、最短距離を行ったとしても、敵との遭遇で時間をロスするであろうエルシオールにとって、黒き月の追撃は脅威だ。

 黒き月そのものも移動要塞としての機能があるからか、移動速度は戦艦並という、その巨体からは本来在り得ない速度を出す事ができる。

 ただでさえ危険な航路の中、黒き月に後ろから追いつかれては、エルシオールに勝ち目は無い。

 その為、黒き月は少なくとも、ここで48時間以上は足止めしなければならないのだ。

 

「ところで、聞きたかったんだが、その足止めってのも可能なのかい?」

 

 と、そこへ今しがたブリッジに上がってきたエンジェル隊、その先頭のフォルテが尋ねる。

 エンジェル隊は全員、この時間まで訓練をしていたのだ。

 エルシオールが目覚めた事と、経験した事でやっとできる訓練を。

 

「やあ皆、訓練の方は順調かい?」

 

「なんとか、というところですわ。

 エルシオールからはまだ合格を頂いておりません。

 ネガティブ・クロノ・ウェイブからの復帰訓練は」

 

 こんな出航の最中にまで行われていた訓練、それは前回の戦いで受けたネガティブ・クロノ・ウェイブ、それによる停止状態からの復帰する為の訓練だ。

 前回の戦いでは、ネガティブ・クロノ・ウェイブの除去はエルシオールが行い、エンジェル隊はクロノストリングエンジンの再起動だけを行ったので、半分は既に経験していたと言える。

 ただ―――

 

「ネガティブ・クロノ・ウェイブか。

 クロノストリングエンジンの出力を強制的に0にしてしまえる兵器。

 厄介この上ないな」

 

「この場合、クロノストリングエンジンの方がおかしいという見方のあるのですが、それを言ってもしかたありませんね」

 

 前回の戦いで、クロノストリングエンジンで動く皇国軍の全戦艦を機能停止状態に追いやった兵器、ネガティブ・クロノ・ウェイブ。

 これについてはタクトから既に説明されており、H.A.L.Oシステムの逆パターンとも言える、クロノストリングエンジンへ干渉し、出力を低下、最終的に0にしてしまう事ができる。

 原理などは、開発当時ならともかく、クロノストリングエンジンが稼動する原理も殆ど解明されていない現在では、技術者すら聞いても解らないものだった。

 ともあれ、この兵器から発せられるネガティブ・クロノ・ウェイブ、そしてそれによって形成されるネガティブ・クロノ・フィールドに入るとクロノストリングエンジンは停止するという事だ。

 

「で、エルシオールと紋章機には単独でそれを除去するシステムが元々搭載されているってんで、ついさっきまで訓練していた訳だけど。

 普通の戦艦とかには付いていないんだろう?」

 

「ああ、残念ながら、

 元々ネガティブ・クロノ・ウェイブの技術も、それに対抗する技術もまだ開発途上だったそうでね。

 黒き月と白き月にしかなかったんだよ」

 

 H.A.L.Oシステムが白き月を象徴する技術であるように、それに対抗する黒き月にはH.A.L.Oシステムに対抗する兵装も当然開発されていた。

 それが無人艦隊で、完全に安定した力と、その数によって攻める、戦いは数という原理に則った方針だ。

 しかし、H.A.L.Oシステムが予想を遥かに上回る成果を上げた為、別のアプローチでの技術開発も進んだのだ。

 皮肉にもH.A.L.Oシステムの開発が進み、クロノストリングエンジンについての技術向上がなされたからこそ、ネガティブ・クロノ・ウェイブの技術が確立したのだ。

 

「つまり、ネガティブ・クロノ・フィールドを展開されたら、ここに残る皇国軍はまた無力化されてしまうだろう?

 そうなったら素通りされるし、最悪壊滅させられる可能性だってある」

 

 前回の戦いを思い返せば、そうなる恐れが高い。

 現在、クロノストリングエンジンを使っていない戦艦はなく、戦艦どころか商用の艦船もクロノストリングエンジン搭載型が多いくらいだ。

 戦闘用でクロノストリングエンジンを使っていないのは、2,3人で運用する様な小型艇か、戦闘機くらいなものだ。

 そしてネガティブ・クロノ・ウェイブを除去できる装備は、白き月には予備くらいあるだろうが、0から生産するには設計図があっても1週間は必要だし、数を揃えるとなると更に掛かる。

 

「それについては大丈夫だ。

 当然その点は懸念されるから、十分な議論をしているよ。

 実のところ、元々知っている俺から対策案を出す前にルフト総司令の方でも気付いていてね、運用が決定されている」

 

 その方法というのは至極単純で、黒き月からある一定距離を常に保っておくという事だ。

 前回の戦いの中で、離れた場所にいた味方の艦には、停止しなかった艦もあった為、ネガティブ・クロノ・ウェイブの展開範囲の限界は大凡見当がついている。

 無人観測機を展開し、ネガティブ・クロノ・フィールドを形成しているかを監視し、長距離からの戦闘以外は行わない方針でいけば良いのだ。

 更に安全策として、部隊を何重もの列にし、万が一にもネガティブ・クロノ・ウェイブに掛かったら、後方の艦隊が前列の味方艦を引っ張ってフィールド脱出を図る。

 ただし、何重にも隊列を組む関係で、敵が回り込もうとした時にそれを阻止しきれず、時間をかければ回り込んで抜けられてしまう。

 しかし、足止めが目的なのだから、そうなれば何の被害も受けずに目的を達成する事ができる。

 あまりに弱気な策に見えるが、兵力を失わなければ更にそこから追いかけ、白き月に到達したエルシオールと今度は黒き月を挟み込む事ができる。

 

 ここまでがルフトから出された対策及び作戦で、タクトから言える事は、エルシオールに残っている黒き月のデータでのネガティブ・クロノ・ウェイブの限界範囲と稼働時間についての情報くらいだった。

 ネガティブ・クロノ・ウェイブは広範囲に展開できるが、その分エネルギーの消費が激しく、長時間の展開も難しい。

 黒き月だからこそ、あの規模と長時間の展開ができているが、更に主砲を2発も放ったとなれば、エネルギーはほぼ空になっていたものと予想されている。

 黒き月は主砲を破壊されたという問題以前に退かざるを得なかったのだ。

 

「という事で、ルフト総司令は数日間黒き月を足止めすることに専念。

 隙あらば攻撃するつもりだろうけど、俺達の白き月到達を信じてもらい、今は戦力の温存をしてもらう事にしているよ」

 

「なるほどね、確かにそれなら無闇に手を出せず、時間は稼げるって訳か。

 流石は鬼神ルフト様だねぇ」

 

「全く、我が師ながら頼りになるよ。

 さて、君達はこれから暫く警戒態勢に入ってもらって、クロノ・ドライブに入ったらまた訓練を頼むよ」

 

「ああ、解ってる」

 

 それで話は終わり、皆それぞれの仕事に戻るところだった。

 しかし、最後にフォルテは1つ付け加えた。

 

「ところで司令官殿、体の方はもういいのかい?」

 

 こうしてブリッジに上がり、指示を出している姿はもう問題ない様にも見える。

 だが、治療したヴァニラ程ではないにしろ、タクトがやった無茶は理解している。

 それがこうも早く回復するのは、ヴァニラの手腕があったとしてもありえないだろう。

 

「大丈夫だ、と男らしく強がってみたいが、流石にそうもいかないな。

 実はエルシオールに重力制御で補助してもらっているだけで、まだ万全には程遠い。

 2,3日もあればある程度は回復すると思うけど、それまでは完全に頼りきりなるから、よろしくね」

 

「それについては問題ないさ。

 元々戦闘は私達の仕事だ」

 

「そうそう、タクトはここで指揮を出してればいいのよ」

 

「今の私達なら、どんな敵が来ようと大丈夫ですわ」

 

「もうあんな無茶はしないでくださいね」

 

「本来は1ヶ月は安静が必要です」

 

「ああ、頼りにしてるよ」

 

 笑顔でそんな会話を交わすタクトとエンジェル隊。

 片や過去を語る上で、闇を垣間見せた者と、片や一時的とはいえ戦う気力すら失った者。

 そうである筈なのに、今の姿からはもうそのときの姿を思い返すことも難しい。

 だが、まだそれが完全でない事は、誰もが心のどこかで感じとっていた。

 

 

 

 

 

 それから24時間は特に何かが起きる事なく進んだ。

 敵の猛攻が予想される地点までもまだある為、この静かな行軍も予定通りといえば予定通りだった。

 そんな中、クルー達は機能こそ再封印されたとはいえ、一度明るみとなったエルシオールの本来の力、その解析に追われていた。

 エルシオール本人は説明を拒否、タクトとしても戦艦としてのエルシオールはエオニアの担当であったのもあり、知っている情報は限られる。

 そして、それを伝えるにしろ、資料の作成が必要であった。

 エンジェル隊が訓練に集中する様に、エルシオールに乗る全ての者がこの時間を有効に使おうとしている。

 

「ふぅ……」

 

 司令官室で資料の作成に追われていたタクトは、やっと一段落がついたところだった。

 極秘中の極秘だった情報の為、今まで形にした事の無かった情報を、人に伝え得る形にするのには苦労した。

 そもそも今のタクトは安静が必要な筈の重傷患者だ。

 それもあって、作業は予定より少し遅れていたくらいだった。

 

「終わった様ですね」

 

 1人で作業をしていた筈の司令官室に女性の声が響く。

 タクトにとってはもう驚くべき事ではない、エルシオールがその姿を見せたのだ。

 ただ、その姿は昨日まで見たものと少し変わっていた。

 

「どうしたんだ? その髪」

 

「ええ、どうも私の姿と、当代の今の容姿が近すぎる様なので、こちら側で少しアレンジを加える事にしてみました」

 

 そう言ってその場で軽く一回転してみせるエルシオール。

 ポニーテイルにされた長い髪が靡く姿は、立体映像などとはとても思えない程だった。

 

「いいんじゃないかな。

 良く似合ってるよ、エルシオール。

 神秘的だったのが、少し親しみやすくなった感じもするし」

 

「そうですか。

 ではこれでいきましょう」

 

 無邪気な少女の様に明るい笑みを見せてくれるエルシオール。

 とても危険な旅路の途中とは思えない状況だ。

 

「それで、資料作りは終わった様ですけど、あまり無理はされないでくださいね。

 体調も少々悪化していますよ」

 

「ああ、それはヴァニラにも言われた。

 だがこれは早めにやらなければならなかったからね。

 これを渡したら休むよ」

 

 今度は母親の様に、深い慈しみを感じる笑み。

 本当に立体映像とは思えないリアルさだ。

 ただ、どちらにしろエルシオールはここに居るのだから、それが映像であろうと関係ないのかもしれない。

 

「ところで、エンジェル隊の方はどうだい?」

 

「今しがた全員合格ラインに達した所です。

 再起動の方は、ですけど」

 

「今のレベルじゃ、ネガティブ・クロノ・ウェイブの無効化は無理だろう。

 その前に教えるべき事がありすぎる」

 

「そうですね」

 

 ネガティブ・クロノ・ウェイブはクロノストリングエンジンの出力を強制的に0にしてしまう。

 しかしそれは絶対値として0にする訳ではなく、出力を一定値低下させた結果として0にするのだ。

 それが通常のクロノストリングエンジンなら0にされると言ってなんら支障がないのでその様な表現になるだけだ。

 クロノストリングエンジンは通常、高い出力が出せるのに、その出力が不安定な為、数をもって確率的に安定的な運用を行っている。

 つまり、クロノストリングエンジン1基ごとの常に高い数値を出しているのではなく、その合計値として高い出力を安定供給しているのだ。

 その為、ネガティブ・クロノ・ウェイブを受けると、全てのクロノストリングエンジンが同じ出力低下を受け、出力が不安定である為、遅かれ早かれ出力が0になる。

 出力が一度完全に0になると、ネガティブ・クロノ・ウェイブの影響下では再起動は専用装置が必要になる。

 そうして遠からず数基あるクロノストリングエンジンが全てそうなり、出力が完全に0とってしまう。

 

 それに対し、紋章機の場合はクロノストリングエンジンの出力確率に干渉する事で、戦闘機のサイズをしてクロノストリングエンジンを搭載して運用する事ができてる。

 つまり、クロノストリングエンジン1基の出力がとても高いのだ。

 その為ある一定レベルに達すると、ネガティブ・クロノ・ウェイブの低下値では出力を0にまでできず、更にはネガティブ・クロノ・ウェイブを跳ね除けて無効化する事すら可能になる。

 ただ、それをするにはとても高いH.A.L.O出力が必要で、現在のエンジェル隊ではとても出しえない数値なのだ。

 

「と言う訳で、次の訓練からステップを1つ進めますね」

 

「ああ、よろしく頼むよ。

 すまないね、本来はこれも俺の役目なのに」

 

「役目、というならこれはシャトヤーンの役目では?」

 

「確かに、そうなるかな」

 

 H.A.L.Oシステムに関しては、権限にしても、実際搭乗できる事からもシャトヤーンこそエンジェル隊を指導しなければならない筈だ。

 戦闘機の操縦技術ならばタクトだろうが、『次のステップ』というはH.A.L.Oシステムに深く関わる事。

 ただ、タクトもH.A.L.Oシステムにはツインドライブのサブとしてではあるが関わっているのだから教える事はできる。

 しかしどの道シャトヤーンと全てを知るエルシオールには敵わないだろう。

 だが、それでもタクトは自分がやるべきだと感じていた。

 何故なら―――

 

「だが、俺はシャトヤーンに許される事はないだろうな」

 

 シャトヤーンが教えるという選択肢は、シャトヤーンがこの場に居ない為に破棄されるが、居たとしても頼めないとタクトは考えていた。

 いや、頼めばきっとやってくれるだろうが、それでもそれは許されないのだろうと。

 

「タクト」

 

「大丈夫だ、エルシオール。

 例え俺は1人になろうと、お前の本当の目的も、願いも叶えてみせる」

 

「そう」

 

 タクトの決意に、エルシオールはただ微笑みのままそう返す。

 が、その後エルシオールはタクトに背を向け、言葉を続けた。

 

「タクト、貴方はもう少し乙女心の理解に努めるべきです」

 

「耳が痛い」

 

 それはタクトも自覚している事。

 しかし、自覚していると、そう考えているタクトをエルシオールはどう思っているか、その表情は見せてもらえなかった。

 

「じゃあ、私はあの子達の訓練の準備をしてきますね」

 

「ああ、頼んだよ」

 

 そう言って、また笑みを見せ、姿を消すエルシオール。

 その姿が消えた場所をタクトは暫く眺めた後、席を立った。

 タクトにはタクトのやるべき事がある。

 

 

 

 

 

 更に10時間後。

 次のクロノ・ドライブ地点の目前で敵と遭遇した。

 

「数は?」

 

「ミサイル艦4、駆逐艦5、高速艦5、巡洋艦3、計17隻です」

 

「微妙な数だな」

 

 エルシオールが白き月を目指し最短ルートを進行している事は黒き月も解っているはずだ。

 その上で、クロノ・ドライブができる場所、その目前での待ち伏せをしてきている。

 だが、それにしては数が少ない。

 通常、移動中に遭遇する数としては多いが、エルシオールの足止め目的としては少ない数だ。

 エオニア軍にとってこれが限界の数なのか、それとも戦力を温存しているのか、解釈の難しい数と言えるだろう。

 

「そうだな。

 だが、今はそんな事はいい。

 エルシオールは足を止めない。

 エンジェル隊、道を阻む敵を排除してくれ。

 今の君達ならこの程度の数はなんの問題にもならない筈だ」

 

『了解』

 

 目的として考えられる足止めは、その意味を僅かでも出させる訳にはいかない。

 敵の真っ只中を突っ切る事になっても、エルシオールは全速前進。

 敵の射程に入る前に、エンジェル隊が敵を排除すればいいだけという、一見無茶な作戦に出る。

 

 だが、それは現在の戦力、今のエンジェル隊ならば可能な事だ。

 事実、エルシオールは無傷でこの宙域を突破する。

 今では常時高いテンションを発揮しているエンジェル隊にとっては、本当にこの程度の数は足止めにもならない事が証明された。

 ただ、この後、そんな戦闘が幾度も繰り返される事となる。

 こちらの疲弊を狙っているのか、散発的に、決して少なくは無い数の敵の襲撃を受け続けるのであった。

 

 しかし、そうした襲撃は実はエンジェル隊にとっても都合の良いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出発してから初めての襲撃を受けた直後のクロノ・ドライブ。

 その時間の中でエンジェル隊はシミュレータールームに集まっていた。

 

『では、訓練を開始します。

 といっても、今回は戦闘訓練ではありません。

 全員、自分にとって最も楽な姿勢をとってください』

 

 エンジェル隊はシミュレーターに入り、髪形の変わったエルシオールから指示を受ける。

 しかし、わざわざシミュレーターに入ったのに、エルシオールが指示する内容は不可解なものだった。

 『戦闘訓練ではない』という部分は、エルシオールへの着艦訓練だったり、ネガティブ・クロノ・ウェイブからの脱出訓練だったりがあるので、当然あるべき項目だ。

 しかし楽な姿勢をとる訓練というのはどの様な訓練だろうか。

 

「それは、操縦する上での最も楽な姿勢という事でいいのか?」

 

『いえ、操縦桿を握る必要はありません。

 握っている方が楽であるなら握ってもいいですけど、横になってもいいですよ』

 

 エルシオールの言葉を怪訝に思いながらも、一応従うエンジェル隊。

 各々、座った状態での楽な状態を取り、操縦桿を握っているのはフォルテくらいだ。

 

『よろしいですね。

 これから貴方達に行ってもらうのは所謂『瞑想』と呼ばれるものです。

 私の言葉から連想されるものをイメージしてください』

 

「……解った」

 

 訓練の方法に始めから異を唱えてもしかたないと、一応従うエンジェル隊。

 そして、やると決めた以上は手を抜く事もない。

 

『では目を瞑って。

 まず思い浮かべるのは過去の記憶。

 楽しかった思い出』

 

「……」

 

 エルシオールの言葉に従い、目を閉じ、楽な姿勢で記憶から想起する。

 細かな指定が無い為、各自が思い浮かべるのは時期も全くばらばらの思い出。

 エルシオールの言葉から真っ先に浮かんだ思い出をただ思い返す。

 

『辛い思い出』

 

「……」

 

 どれくらいの時間かは定かではなかいが、エルシオールは次々に想起させる記憶を変更させる。

 

『愛しいと感情を抱いた思い出』

 

「……」

 

 その思い出の種類の順番に疑問は挟まない。

 ただ訓練に集中する為に、それだけの為に今はエルシオールの言葉から想起される記憶をより鮮明なものにする事だけに心がける。

 

『憎しみを抱いた思い出』

 

「……」

 

 内容はやはり、H.A.L.Oシステムの出力上昇、つまりはテンションの上昇に関係するものだけとは限らない。

 場合によってはマイナスになりえるもんすら混じる。

 

『何かを失った思い出』

 

「……」

 

 負の記憶とすら言えるものが混じり、この訓練に全力を投じるが故、閉じた瞳から涙が流れる者も居る。

 こんな記憶の想起を指示される『瞑想』を続け、時には既に想起したものも加えながら長い時間が流れた。

 そして、その最後、エルシオールが想起を促したのは―――

 

『貴方達が戦う理由』

 

「……」

 

 エンジェル隊は想起する。

 先の戦いの中、タクトの言葉で思い出した記憶を。

 自分が今ここに居る理由、紋章機に乗って戦う理由、その根本を。

 

『いいわ。

 では皆さん、目をゆっくり開けて』

 

「……」

 

 訓練が終わり、目を開いたエンジェル隊。

 最後に昂ぶった心もゆっくりと鎮まり、直ぐに元に戻ってゆく。

 

『落ち着いた様ね。

 じゃあ、今日の訓練はこれでお終いよ』

 

 全員が落ち着くのを待って、エルシオールはそう告げる。

 しかし、流石にそれには言葉が掛かった。

 

「エルシオール、聞かせてくれ。

 この訓練は何の意味があるんだい?」

 

 代表し、フォルテが問いかける。

 最後の戦いも迫るこの時期に、貴重な時間を使ってまでこんな事をした理由を。

 何か特別な意味があるのかと、おとなしく受けては見たが、成果を全く実感できない。

 これなら普通に戦闘訓練をしていた方がよかったのでは無いかと思えてしまう。

 

『H.A.L.Oシステムの出力向上よ』

 

 エルシオールからの返答は誰もが予想した通りのものだった。

 むしろ『瞑想』により過去の記憶を想起する、その内容はH.A.L.Oシステム絡みとしか考えられない。 

 だが、こんな事で効果が上がるとは到底思えないなかった。

 そもそも、こんな事で効果があるなら、通常の訓練に組み込まれているべきだろう。

 いくらエルシオールの事は秘密だったとしても、シャトヤーンからそう言った指示が出るのは不自然ではなかった筈なのだ。

 

『あら、信じてないのね。

 じゃあ、これを見てみますか?

 今回の訓練中のH.A.L.O出力の結果よ』

 

 全員の表情から見抜いたか、いや、そもそもこの反応を予想していたのか、エンジェル隊の前にグラフが表示される。

 この訓練時間中、上下するH.A.L.O出力の結果だ。

 先日、タクトからの秘密の開示にあたって初めて知った%表記による出力表示だ。

 先の黒き月との戦闘ですら90%程度だった表示形式。

 それを見て、エンジェル隊が見せる表情は『驚き』だった。

 

「うそ……まさか、こんなに効果が?」

 

「そんな馬鹿な! あの時だって9割そこそこだっただろう?!」

 

 続く感情は『不信』に近い。

 何せ、結果として最終的には全員100%前後の数値を出しているのだ。

 あの過去最も昂ぶった時ですら90%前後、それ以前は60%に達するかどうかだったのに。

 

『嘘ではありませんよ。

 そんな事をしても意味はありませんから。

 むしろ、これだけ時間を掛けたのですから、当然の結果です』

 

 これだけの時間―――時計を見れば訓練開始から実に1時間近い時間が経過している事が解る。

 確かにこんなに時間が必要ともなれば、戦闘の前にやって出力を上げるなどという使い方はできないだろう。

 だから、この数値が次の戦闘に直接影響するという事はない。

 しかしだ。

 

『この訓練は今この時だから意味を成します。

 貴方達が戦う理由を再認識し、明確な敵が居るこの状況だからこそ』

 

 確かに、明確な敵が居らず、ロストテクノロジーを探索していただけの時期ではこんな訓練真面目にできなかったかもしれない。

 そして、敵を前にして、戦う理由を思い出し、再び決意できた意味は大きい。

 やっと自分達が立った道の意味と、進むべき先が見えたのだから、クーデター前とは状況がまるで違うのは明白だ。

 この一見簡単な訓練は、方法としては単純でありながら、真剣に取り組む姿勢を得るのは極めて難しい。

 

『更に、前回の戦闘から、白き月の到着までは、戦闘が頻発する事になります。

 タクトの予想では、『こちらの疲弊を狙っているかの様に、散発的な戦闘が起きる』となっています。

 そうなれば、貴方達は訓練と実戦、そして日常が目まぐるしく入れ替わる事になります。

 それでこそ、この訓練は意味を成します。

 自らの感情をコントロールするこの訓練がものになるのです』

 

「感情をコントロールする?」

 

『ええ、そうです。

 ですが、機械の様になれという訳ではありません。

 誰しも日常の中で行っている事。

 耐えるべき時には耐え、昂ぶらせる時には一気に高める。

 そう言った切り替えをより自在にできる様になる事が目的です。

 あらゆる感情、喜び、悲しみ、愛しさ、憎しみ、そう言った全ての思いを戦いの時に出し切る事ができれば、H.A.L.O出力は一気に向上します。

 よく武術等の極める際には、『無我』といって心を無にする事が良しとされますが、H.A.L.Oシステムはその逆を行きます。

 この宇宙に『我はここに在り』という、そんな存在の提示をするくらいの気持ちで、感情を、心を、意志を示してこそ力を得られるもの。

 その為に、貴方達は、自らの心を把握する事から始め、コントロールできる様になってください』

 

 人間は感情を持つ動物だ。

 しかし、常に感情のままに動いては人間が構築する社会は崩壊してしまう。

 だから、怒りを覚えてもぐっとこらえ、発散できる時に一気に放出するという事は誰しも行う事。

 それを全て戦闘で行い、テンションコントロールに繋げてH.A.L.O出力をアップできれば、これ程効率的なエネルギー変換もないだろう。

 だが、生半可なやり方では普段のストレスとなり、逆にテンションを下げかねない。

 戦闘が散発的に発生する様な状況なら尚更だ。

 だがしかし、それを逆に利用し、日常、戦闘、訓練が短期間に入れ替わる事で、訓練で得た感情のコントロールを日常で生かし、それを戦闘に発揮する。

 その繰り返しができる。

 繰り返す事は、訓練の基本だ。

 逆に言えば、今この時しか、この訓練を効果的に行う事は出来ないという事にもなる。

 

「そう言うことか……

 だが、そうなると、たった1時間でいいのかい? 訓練の時間は」

 

『ええ、1時間で十分です。

 この訓練は長ければ良いというものではないのです。

 後は貴方達の日常を過ごしてください。

 日常に戦闘訓練があるというのなら、それをしてもかまいませんよ』

 

「解った」

 

『では、解散とします。

 次に訓練を実施する時は1時間位前には連絡します』

 

「ああ、よろしくお願いする」

 

 確かに、付け焼刃の戦闘技術訓練をするくらいなら、H.A.L.O出力を数%上げた方が効果的だろう。

 そう言う意味でも納得したエンジェル隊は、全員シミュレーターを出る。

 それぞれの日常を思い出す為に、エルシオールの中へと別れていった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、タクトは格納庫の一室に居た。

 休憩室ではなく、会議室にも使うスペースだ。

 

「以上が俺の知っているエルシオールの機能だ。

 質問はあるか?

 と言っても、答えられるかどうかは怪しいが」

 

 タクトは自らが作成した資料を技術者達に展開し、エルシオールの使い方を一部公開する。

 一部というのも、エルシオールについては本来エオニアが担当したいたもので、タクトが知っている部分はそう多くは無い。

 更にいえばタクトは元パイロットの司令官でしかなく、技術者ではないのだ。

 十分な説明はエルシオールから受けていても、技術的な知識が無い為、動作原理などはさっぱりだ。

 この資料とて初めて書く技術資料であり、軍人が書く報告書とは訳が違う為、大分苦労して書いたものであるものの、クレータ達からすればあまり見やすいものとはいかないだろう。

 説明中も何度も質問を受け、手書きの追記が多数必要だったくらいだ。

 

「いえ、十分です。

 後は我々で解析します。

 白き月の巫女として、技術者の誇りに掛けて」

 

「頼もしい限りだ」

 

 クレータ達も、タクトが技術者では無いことは解っている。

 だが、十分ヒントになりえる情報を得たのだから、後は技術者の仕事として引き継ぐつもりでいる。

 シャトヤーンと合流できればもっと詳しい情報も得られるだろうが、それでは間に合わないかもしれないのだ。

 それに、ただ教えられる情報よりも、自分で考えて得られた情報の方が価値が高い事が多い。

 ただでさえ紋章機の運用で苦労をかける中ではあるが、ここはクレータ達に期待するしかないだろう。

 

「マイヤーズ司令、我々が言うのもなんですが、大分お疲れの様子。

 そろそろ休まれては?」

 

 そう進言するクレータ。

 怪我が完治していない状態での資料作成があった為、タクトは目に見えて憔悴している。

 ただ、『我々が言うのも』というのは、クレータ達整備班のメンバーも疲れが溜まっているからだ。

 疲れたままで整備して問題を起こす訳にはいかないので、休息は取っている筈だが、それでもこの状況では十分な休息は難しい。

 タクトの見解では後10日で決着がつく筈なので、なんとかなるだろうとは考えているが、戦後は一度ゆっくり休んでもらう必要があるだろう。

 

「ああ、ありがとう。

 これから医務室に寄っていくよ。

 では、これで解散とする」

 

「はい」 

 

 医務室に寄るとは言ったが、実際の目的はヴァニラだ。

 このまま休める程タクトも時間に余裕がある訳ではない。

 エンジェル隊の様子を見ておくのは、エルシオール司令官として当然の義務だ。

 

(本来はエオニアの仕事だったんだよな……

 まったく、とんだ苦労を背負わされたものだ)

 

 そう考えながらも、もう悲観はしない。

 エオニアを恨む気持ちは始めからないが、既にこの役職も受け入れている。

 けれど少し考えてみる。

 エオニアがエンジェル隊と和気藹々と話している姿を。

 その想像はかなり無理があった。

 あのエオニアがエンジェル隊程個性的な女性達と、上手くコミュニケーションをとれている姿など考え付かない。

 けれど、自分よりもずっと上手くできるのではないかという思いもある。

 そんな事を考え、苦笑しながらタクトは格納庫を後にする。

 

 

 

 

 

 格納庫から出て直ぐ、近いこともあって真っ直ぐに医務室へ向かうタクト。

 重傷が完治していない状況でもある為、検査を受けに来る様にも言われている。

 当然先ずはそちらを済ませる。

 ヴァニラを安心させる為にも必要な行為として。

 

「やはり疲労が溜まっていますね。

 タクトさんは元々体力がある方なのでそれでも大丈夫ですが、傷の治癒は遅れています」

 

「ああ、解ってる。

 だが、今は無茶でも動いておかなければならない時だからね。

 まだ休む訳にはいかないよ」

 

「そうですね……」

 

 安心させる為に診察に来ているのだが、状況的には不安にさせる事の方が多い。

 死にはしない事はヴァニラも判断がつくと思うが、状態の悪化が見える分、どうしても不安は拭いきれないだろう。

 なればこそ、後はタクトの手腕次第だ。

 

「限界の判断は君に任せるよ。

 君がこれ以上はダメだと判断したら言ってくれ。

 俺はまだ死ぬ訳にはいかないからね」

 

「解りました。

 でしたら、本日の活動は後5時間程度で切り上げてください。

 勿論、格闘訓練等の激しい運動は厳禁です」

 

「5時間か。

 早速明確な基準をありがとう」

 

 とは言え、既に彼女達も戦う理由を思い出した上、エルシオールの訓練も受けている。

 多少の事ではもう揺るがないだろうし、エルシオールの訓練があれば、今の黒き月に対抗するくらいには成長するだろう。

 だが、この戦いの意味をそれだけで終わらせるわけにはいかない。

 

「ヴァニラ、少し俺の話を聞いてくれないか?」

 

「はい、私でよろしければ」

 

 そう言って切り出すのは、今はヴァニラの事ではなく自分の話だ。

 尚、現在医務室にはケーラやその他の患者はいない。

 ケーラは医務室外でカウンセリングと傷の治療といった往診に出ている。

 希望があるとは言え、疲労の抜け切らない旅になる為、こちらか出向く事も始めたのだ。

 と、それは今は置いておいて、タクトは語り始める。

 敢えて、この場、この時に。

 

「あんな話をしたばかりだが、実のところ、俺は自分の境遇を不幸だと思ったことはない。

 むしろ自分の境遇に関して言えば恵まれていた。

 祖母は優しかったし、明るい妹がいた穏やかな日々は勿論、隠れながらも世界を巡り様々な物を見る事ができた日々も。

 特にシャトヤーンと出会ってからは充実していた。

 そしてそこで、王の資格を持つ者と、聖母の名を継ぐ者の2人に影響され、自分も何かを成したいと思う様になった。

 俺が始めて戦おうと思ったのは『憧れ』だった」

 

「……」

 

 語るタクトに対し、ヴァニラは静かに聴いている。

 虚空にタクトに対し、ヴァニラはタクトを見つめていた。

 

「紋章機に乗って飛んだ理由は更に単純だ。

 同乗する子、今は聖母の名に恥じぬあの子が一緒だったからに過ぎない。

 シャトヤーンと乗る紋章機は、この宇宙を紋章機で2人で飛ぶのは、例え試験運用の為でも楽しかった」

 

 月の聖母シャトヤーン。

 代々『シャトヤーン』の名を襲名し、白き月を管理する者。

 その誰もが優秀且つ人格者である事から、自然と人からは『様』をつけて呼ばれ、尊敬される存在。

 近くにいる月の巫女、白き月を拠点の一つとしていたエンジェル隊ならば尚更だ。

 だからといって『様』をつけて呼ばない事に反感はない。

 しかし、自分達と逆方向の感情を抱いている人を見たのは初めてで、驚いてしまう。

 尊敬とはある意味逆の感情、『親愛』という感情を。

 

 ヴァニラは、ただ名前の呼び方一つでこうも受ける印象が違うものなのかと、感動すら覚える程だった。

 普段は敬意を払い、自分とは違う次元の存在の様に思ってきたシャトヤーンを、タクトはなんとも近しい存在として呼ぶことだろう。

 愛しさを込めて名を呼ぶというのは知っているし、シャトヤーンの名に対してそう言った感情を込める人も居るが、タクトの場合はやはり違う。

 友人、家族、いやもっと近い存在の様に呼ぶ。

 それが何と呼ぶものか、ヴァニラは養母と、まだチームとしてのエンジェル隊くらいしか近しい存在を得た事が無い為、まだ解らなかった。

 

「そう、俺の根源など、実に単純な事だった」

 

 虚空を見つめるタクトは、まるでこの宇宙からみた自分の小ささを嘆く様でもあった。

 

「私も、医療を志したのは養母であるシスター・バレルへの憧れ。

 戦う理由の最初は、ただ流されるがままにエンジェル隊に入った事です」

 

「そうだな。

 実際のところ、最初の理由なんて単純なものでいいんだと思っている。

 その思いをどう扱ってきたかだと思う。

 けれど……

 俺が、本当に戦う事になった最初の理由は―――殺意だった」

 

「……」

 

 その殺意の対象はもう聞くまでも無い。

 母と、慕っていた父の様な人、ヴァリアを殺したジェラールに対して。

 そして、ジェラールの下に集まる権力の亡者達だ。

 

「戦いたいと心から思ったその後で、俺は爪を折られ、牙を抜かれた。

 そんな状態で10年過ごした。

 殺意を心に抱いたままで。

 それなのに、その殺意はもう晴らす事もできない」

 

「……」

 

 黒き月との戦いの中でタクトとエオニアが交わした通信は記録にも残り、エンジェル隊も聞いている。

 そう、タクトの殺意の対象は、既にエオニアが抹殺している。

 ジェラールだけでなく、ジェラールの下に居た権力の亡者全て、1人残さずだ。

 エオニアの目的の為にそうされて、タクトは振り上げる事もできなかた拳はもう行く先が無い。

 

「俺の今戦う理由は、友が期待している事と、遠い日の約束の為だ。

 けれど、俺は自分の戦う意志が、何処にあるかが解らなくなってしまった。

 先日の黒き月の砲をとめた時なんて、あの一時、星を殺された激情を使ったものに過ぎないのかもしれない」

 

 自分の意志が解らない。

 戦う理由が。

 それは、特にH.A.L.Oシステムを基盤とした白き月側としては致命的な事だ。

 タクト自身は基本的にH.A.L.Oシステムの出力に直接関わらなくとも、エンジェル隊を引っ張る立場にあるのだから、それでは全体のテンションも下がりかねない。

 

「道を見失ったのですか?」

 

「ああ、目指す先は解っている筈なのにな」

 

「なら、探しましょう。

 ここまでタクトさんに導かれてきました。

 タクトさんが道を見失ったというなら、私達が道を照らします。

 だから、タクトさんは、思うがままに歩いてください。

 私はここに居ますから」

 

「ヴァニラ……」

 

 ほんの2週間前まで、ナノマシンを操作する為とはいえ、感情の変化に乏しく、感情を理解しているかも怪しかったヴァニラ。

 そんな少女から、こんな心の篭った言葉を聞くとは、タクトも驚くしかなかった。

 

「タクトさん。

 私はナノマシン医療を行う為、広める為と、ナノマシンだけでなくさまざまな医療技術を得られる場として、軍を利用しました。

 その中でエンジェル隊に入って、ロストテクノロジー捜索の為に星々を巡り、様々な人と出会ってきました。

 その時はただ仕事の一つでしたけど、今ではその全てが大切な思い出です。

 私は、私を拾い、育ててくれたシスターバレルの真似事で医療をはじめ、シスター・バレルの死をもって、医療技術を高めてきました。

 けれど、今では心から思います。

 傷ついた人を癒したい、癒す為に生きてゆきたいと。

 その為に、私は戦ってゆきます」

 

「そうか」

 

 タクトは、自覚なく微笑んでいた。

 仕事柄、自分の表情は自覚し、コントロールできないといけない。

 けれど、今はただ、自然と笑みになっていた、自分が気付く事が出来ないほど自然に。

 そして、一度ヴァニラの頬に触れ、その感触で自分の表情と行動がやっと自覚できるくらいだった。

 

「ありがとうヴァニラ、話を聞いてくれて。

 君の想いを聞かせてくれて」

 

「いえ、このくらいでお役に立てるのでしたら」

 

「十分さ。

 さて、長居をしてしまったな。

 俺はそろそろ行くよ」

 

「はい、お気をつけて」

 

「ああ」

 

 目的を果たすと共に、心が少し晴れたタクトは医務室を後にする。

 今でも十分に思えるが、だが、まだタクトにも足りないし、やるべき事も終わった訳ではない。

 

 

 

 

 

 医務室を出たタクトが向かった先、それは射撃訓練所だ。

 当然ながら射撃訓練の為ではなく、エルシオールの訓練後である事から、普段通りにそこに居ると思われる人物に会いにだ。

 

「おや、司令官殿じゃないか。

 まだ訓練を再開できる体じゃないだろう?」

 

「フォルテは今日も訓練頑張るね」

 

「日課みたいなものだからね」

 

 そう言ってフォルテは火薬式の銃を連射する。

 その結果は当然の様に全弾命中で、ほぼ的の中央を撃ち抜いている。

 反動の激しい火薬式の銃を連射して的に命中させるのは高い技術が必要だ。

 今では廃れ、骨董品として飾られるのがせいぜいの火薬式の銃をここまで使いこなす者はフォルテの他にどれほどいるだろうか。

 

「訓練に来たんじゃなければ、私との会話が御所望かい?」

 

「ああ、君の声が聞きたくてね」

 

「声だけならいくらでもいいが。

 『言葉』となると高くつくよ」

 

「最高級のものを頼むよ。

 今はそんな気分なんだ」

 

「ローンは利かないよ?」

 

 そんな、一見したらちょっとした駆け引き。

 しかし、実際にはフォルテも少し喋りたい気分で、タクトもそれには気付いていた。

 だから、これはあくまで形式的な飾りの会話。

 語りを始める為の序章の様なものだ。

 

「知っているだろうけど、一応話しておこうかね。

 私が戦災孤児だってこと。

 同時に―――少年兵であった事を」

 

「ああ、そこを含めて聞きたい。

 何の感情も載らない文字よりも、君の、君自身の言葉で」

 

「ああ、いいさ。

 私の生まれた星、生まれた時期は、まだ内戦の真っ只中だった。

 そこでは女、子供も関係なく戦い、死んでゆく。

 子供ですら戦わなければ生き残れない、力が支配する世界だった」

 

「……」

 

 戦場には常識が通用しない、それが常識。

 保護されるべき子供は保護されず、獲物か穀潰しとしてしてただ消費される。

 無垢である筈の子供が無垢ではいられず、隙をみせれば最大の悪魔となりえる場所。

 人間が人間の意志で作り出すこの世の地獄だ。

 

 タクトは過去に一度大混乱の戦場に身を投じた事があるし、内戦の戦地だった場所に行ったこともある。

 嘗てヴァリア・トランスバールの仕事には、トーラリオ・トランスバールから引き継いだ内戦の平定もあったので、それについていった事もある。

 まだ生々しい傷跡の残る戦地跡は、それだけで戦争の恐ろしさの一部は見て取る事ができる。

 ただ、タクトがその光景を見た時、一番印象に残っているのはエオニアの表情、その瞳だった。

 それがエオニアの今を形成する重要な情報である事は確かで、タクトにとっても重要な事。

 

 しかし今はフォルテの話だ。

 エオニアの事はひとまずおいておくとする。

 記録によればフォルテは12歳になるまで内戦という戦場で過ごした事になる。

 大事な幼少期は全て戦場で失ったと言える。

 タクトにしても、幸いな思い出ばかりの時期だ。

 

「生き残るだけにしても力は必要で、そんな中で犠牲になるのはどうしたって力を持たない子供さ。

 今の時代じゃレーザー銃という子供でも安易に人を殺せる武器が出回っている。

 けれど、長い内戦による疲弊で、銃器の類は希少品となり、博物館に飾られている様な鉄の武器、火薬式の大砲や銃も使われた。

 私はその中で、火薬式の小型銃を貰ったんだ。

 自分の身を護る為に人を殺したのはその数日後。

 仲間を護る為にも、裏切った仲間を討つ為にも使った。

 最初は殺すつもりはあんまりなかったんだけどね、素人が銃で都合のいい手加減なんてできる訳もない。

 それに、希少な弾を無駄撃ちする事もできなかったしね。

 気付いたら、私は大人のだれよりも銃の扱いが上手くなっていて―――誰よりも人を殺していた」

 

 生き残る為に、仲間を護る為にも敵である存在を屠る必要がある。

 戦場において生半可な情けなど意味はなく、逆に味方を危機に陥れかねない行為だ。

 それが、最低限のルールすら失われる長く続いた内戦、紛争の地となれば尚更だろう。

 タクトも人を殺した経験はあるが、フォルテはその比ではない。

 

「今までに殺してきた人数はもう覚えていない。

 内戦終結後も軍人になって別の星の内戦鎮圧の為に戦ってたしね、数えるのは途中で止めた」

 

 因みに、内戦終結後、少年兵として戦っていた子供達への救済措置は当然行われ、今では争いとは無縁の生活を送る者も多い。

 しかし、そうはなれなかった者は少なくなく、そう言った子供達は軍が引き取る場合もある。

 救済とは名ばかりの、有能な兵士のスカウトとして機能していたのは言うまでも無い。

 フォルテもそんな経緯で軍人となり、数年後にはゲリラ部隊『ゴルゴーン隊』に所属する兵士となった。

 女性兵士のみで構成される、ゲリラ部隊の中でもトップクラスの部隊だ。

 フォルテは士官学校を出ているミルフィーユやランファ、特殊な入隊をしているヴァニラやミントと違い、一兵卒として戦場の、それも最前線で戦って来たのだ。

 因みに、エンジェル隊に入る前の階級は軍曹で、エンジェル隊に入る際に特別昇進として中尉になっている。

 特別昇進とは言え士官学校を主席と次席で出たミルフィーユとランファより上の階級を与えられる、それだけの実力が認められているのだ。

 

 それはつまり、力を認められるだけの戦いをこなしてきたと言う意味でもある。

 少年兵という本来許されざる存在であったとしても兵は兵であり、その仕事はほぼ人殺しといっても間違いではないだろう。

 治安を護るのは警察の仕事であると考えれば、軍という存在自体がそうなる。

 そう、それが仕事。

 求められ、こなしてきたフォルテの『仕事』だ。

 だが、それを誇れるかどうかはその本人達次第になるだろう。

 

「正直最初は何の冗談かと思ったね。

 醜い女の化物ゴルゴーン隊から転属するのが女神の使いエンジェル隊なんてさ。

 正直最初は他のメンバーとも上手くやっていける自信はなかった。

 シャトヤーン様から直々に隊長を頼まれなければ、ミルフィー達を潰していたか、私が潰れていたかのどっちだったろうね」

 

「シャトヤーンはなんて?」

 

「おっと、それは教えられないね。

 アレは私が貰った言葉だ」

 

「それは残念」

 

 フォルテが笑みを見せながらも、頑なに拒否する意志を見せた為、タクトには知りようがない。

 だが、最初から適任だったとしか思えないエンジェル隊の隊長、フォルテ・シュトーレンを説得しえたシャトヤーンという存在。

 タクトはそれが嬉しくてたまらなかった。

 影響力のある人である事は疑いようもないが、こうして人の心を解かす事もできるのだと。

 

「さって、私の言葉はこのくらいか。

 次は代金代わりにちょっと聞かせておくれよ」

 

「なんだい? 今なら何でも答えそうだよ」

 

「そうかい? なら選りすぐらないとね。

 そうだね―――あの黒き月の砲、クロノ・バスターキャノン。

 そして、白き月にあるって言うクロノ・ブレイクキャノン。

 この2つさ。

 一体どうして存在するんだい? 敵が居るのは解るが、威力が高すぎる」

 

 白き月、エルシオール、紋章機、そして黒き月。

 その全ては『敵』に備えて作られたものである事はタクトが既に説明している。

 しかし、だからと言って星をも砕く威力の砲というのは必要だったのだろうか。

 強力な武器は必要だったのだろうが、人一人を殺すのにミサイルを使うのにはあまりに大げさである様に、武器は威力があれば良いというものでは無い。

 クロノ・バスターキャノンは、その威力からエオニアに当てる気が始めからあったのなら、皇国宇宙軍は一撃でほぼ全軍が消滅していただろう。

 確かに、1発の砲撃で戦局を抑えられるならば楽なものだが、所詮真っ直ぐにしか飛ばない大砲一つでは対策などいくらでも取れてしまうのだ。

 軍対軍である場合、武器は量産できなければあまり意味を持たない。

 白き月側なら、エンジェル隊がある様に特出した戦力による一点突破という考え方を持っているのでそれもアリとなるだろうが、黒き月は安定した無数の戦力が主体の筈だ。

 本陣である黒き月が特別だとしても、その砲自体を護らなければならない弱点にすらなり得る事を考えれば、その価値は疑問が出る。

 フォルテが言いたいのはそう言うことだ。

 

「ああ、言いたい事は解る。

 因みに、先に少し話題からそれた話をしてしまうが、白き月側の砲であるクロノ・ブレイクキャノンは一度量産計画が立ち上がった。

 が、試作の一基を作っただけで計画は破棄となった。

 とても量産できるまでにコストを下げられなかった事と、その砲を搭載できる機体が限定されすぎるからだ」

 

「試作の一基、か。

 黒き月側も失敗していると考えていいのか?」

 

「少なくとも、近い威力での量産は不可能とされているよ。

 で、フォルテの問いの答えだけど、ちょっと聞いておきたい。

 フォルテは『剣と盾』の御伽噺は知っているかい?」

 

「剣を作る職人と盾を作る職にが互いの技術を高めあうが、やがて互いを越える事に固執し、最後には互いに作った物が最強だと信じて相打ちするって話の事かい?」

 

 それはクロノ・クエイク以前から残る古い御伽噺。

 誰もが知る教訓としての御伽噺。

 しかし、その教訓は歴史として活かされた事はなかった。

 

「ああ、それだ。

 そんな御伽噺にもなるくらい、相対する技術というのは一方が高まれば、もう一方も高まる。

 それが敵が居るならば当然の事で、剣と盾とある通り、攻撃の技術と防衛の技術は常に一緒に進歩してきた」

 

「そうだね。

 けど、途中経過は兎も角、今じゃ攻撃側が圧倒的優位だろう?」

 

 護るよりも攻める方が容易い。

 それはクロノ・バスターキャノンの存在が無かったとしても言える事だ。

 現在ではエネルギーシールドという技術もあるが、それでもエネルギー効率から言って攻撃側が圧倒的に有利だ。

 なにせ、自身の安全を常に確保する為には、全方位に対して護りを展開する必要があるのに対し、攻撃側はレーザー等のエネルギーを一点に収束させて護りを突破すればいい。

 その効率は比べるだけばかばかしい差が生じ、どうしたって護る側は最後には護りきれない。

 その為、『攻撃は最大の防御』という手段も同時に展開するしかないのである。

 

 少なくとも、それが現代のトランスバール皇国の常識だ。

 

「ああ、そうだね。

 今トランスバール皇国が持っている技術ではそうなる」

 

「つまり、白き月、黒き月は違うと?」

 

 タクトがここまで言ったのだ。

 その先は簡単に予想できる事だ。

 しかし、その答えは予想できても、とても信じられるものではない。

 答えに至る理由がなければ。

 

「ああ、違う。

 そして、君達はそれを知っている筈だ」

 

「知っている筈?」

 

「そう、見ている。

 君達は、白き月を置いて本星から逃げてきたのだろう?」

 

「……っ!」

 

 そこでフォルテは思い出す。

 エルシオールと合流し、攻撃を受ける本星と敵に囲まれる白き月、それを見ながら逃げるしかなかった時の事を。

 最後に見た白き月は緑色の光に包まれ、敵の接近を許さなかった。

 それが白き月が持つ護りの力。

 防衛システムがあるのは知っていたから、それが白き月がもつ強力なシールドだという事は解った。

 そして、それを見て『白き月は大丈夫だ』とそう判断したのだ。

 敵に囲まれた状態はどうしようもないにしろ、敵の侵入を許し、残ったシャトヤーンに危害が加えられる事はないと。

 誰かが、何かの根拠があってそう言っていたという訳ではない。

 どの程度の力があるのか情報がない筈なのに、何故かそれは無数の無人艦隊の攻撃を受けても平気なのだと感じ取っていた。

 

「白き月は、トランスバール本星の重力により、本星の衛星軌道に留まり続けるだろう。

 その方が都合がいいから、重力の影響は受けている。

 それに外観が透けて見えるくらいに光は受け入れている。

 だが、そんな半端な展開でも、誰も白き月には手を出せない。

 特に紋章機に乗っていた君達はそれを感じ取ってしまっただろう。

 そしてその感覚、それは正しい」

 

「あれはどんな力なんだ?

 シャトヤーン様が残られていたんだ、H.A.L.Oシステムで何かしているのかもしれないけど、絶対安全ってどんな護りなんだ?」

 

 H.A.L.Oシステムによるエネルギー出力の凄まじさは、星をも砕くクロノ・バスターキャノンを止めた事で証明されている。

 その為、クロノ・バスターキャノン1発程度は止められるだろうという事は予想できる。

 だが、シヴァはそれで倒れてしまったし、そもそもタクトが無茶をしてまで援護しての出力だ。

 H.A.L.Oシステムなればこそ常時展開する事などできはしない筈だ。

 常時エネルギーを放出して形成しているシールドであるならば―――

 

「アレはな、シールドなんかじゃない」

 

「シールドじゃない?」

 

「ああ、アレは『世界』だ」

 

「……は?」

 

「ああ、技術的なことは聞かないでくれ。

 俺もさっぱりだからな。

 だが、エルシオールは言った。

 H.A.L.Oシステムとクロノストリングエンジンを応用すれば『世界』を形成できるのだと。

 白き月の護りは、世界を隔て、外部からの攻撃をうけつけない。

 全力で展開すれば、それこそ別世界に隠れ、手出しどころか、発見すらできなくなるらしい。

 その力は本来何に使われるものだったのか、エルシオールはまだ教えてくれないけどな。

 余談になるが、実験では俺とシャトヤーンがドライブに入り、エオニアが指揮する、過去では最高状態のエルシオールの剣は、白き月の世界にまったく届かなかった。

 ヒビを入れる、とか穴を開けるとか、そんな次元には遠く及ばず、星を砕くエネルギーを浴びても、なんら揺らぐ事はなかった」

 

 突飛なと言える話に、ただ聞く事しかできなくなったフォルテに、タクトは淡々と語り続ける。

 ただ事実だけを。

 

「まあ、ああやって『世界』を形成できるのはシャトヤーンが居る白き月だけらしい。

 こちらも量産も、広域に展開する事もできず、あまり意味はない。

 けど、究極の盾として存在してしまう以上、剣も進歩を余儀なくされてしまったんじゃないかな。

 実のところ、剣の威力が上がった理由についても、エルシオールは語ってくれなかったから、これは俺の予想でしかない」

 

「……そうかい。

 まあ、十分驚くべき情報だよ」

 

 何かはまだ在る。

 それは確かだった。

 何せエルシオールは『語らない』のだから。

 しかし、どちらにせよそれは今考えるべき事ではないのだろう。

 そして、フォルテにとってもそれは重要ではなかった。

 

「どのみち、一つの異常な盾のせいで、剣も無意味に近い威力になった訳か。

 『剣』は向ける方向が自由だというのに」

 

「だからこそ、白き月にも『剣』があるのさ。

 剣は斬りつけるだけが能じゃない。

 相手の剣を受け止める事もできる」

 

「そうだったね。

 つまり、私達なら止められる」

 

「そうだ」

 

 タクトは力強く頷く。

 それこそ自分達の存在意義であるとここに宣言する様に。

 それを見て、フォルテやっと笑みをみせる。

 駆け引きの為の不敵な笑みではなく、フォルテ・シュトーレンという女性本来の笑みを。

 

「それを聞けて良かった。

 タクト、私はね、もう『私』を作りたくないのさ」

 

 戦災孤児にして少年兵。

 数多の戦場を駆けた兵士。

 戦争が産んだ、戦争の為の存在。

 それがフォルテ・シュトーレンと言っていい。

 

「その為に私は戦う事を選んだ。

 戦いを抑えこむ為に戦う。

 そんな矛盾が解かれるまで。

 そして、私がここまで戦いで得たものを、役立てるやつらに伝えたい。

 私が奪った命を、無意味にしない為にも」

 

 辛い経験をしたからこそ、その経験で未来を切り開く。

 それこそフォルテが戦場に残る理由。

 たとえ人に誇れる事がなくとも、自分自身に誇れるフォルテの道。

 

「ああ、戦おう。

 今までの戦い全てを無意味にしない為に、意味ある明日を得るために」

 

 フォルテの戦う理由には、少なからずタクトは共感できる。

 フォルテの経験とはその密度が違うが、似たような経験もしてきただけに。

 だからこそ、少し曇った鏡を磨けた気がした。

 

「戦うさ、私は。

 たとえ1人でも道を作り、進んでゆく。

 司令官殿は私の道を歩いてきてくれるかい?」

 

「それでは司令官としての立場がなくなるね。

 限りなく回り道では無い、最短距離を探すのが俺の仕事だ」

 

「じゃあ、任せるとするよ」

 

「ああ」

 

 フォルテは、こうしてタクトに話した事で自分の決意を磨き上げる事ができた。

 だが、タクトの方はまだ足りていない。

 フォルテもそれに気付いていた。

 だからこその言葉だ。

 タクトは、それを受け止め、それを活かす為にも射撃訓練所を後にする。

 

 

 

 

 

 次にタクトはトレーニングルームを訪れた。

 勿論こんな体でトレーニングをする気は無い。

 ただ、やはりココに居るだろう人物に会う為にここに来ている。

 

「ランファは、奥か」

 

 ランファが1人でここに来て居るのは既に解っている。

 11人なら基本的に奥に作られた部屋を使う意味は無い筈だが、どうもランファはそこに1人でいるらしい。

 特別なトレーニング設備のない、格闘訓練用の部屋に、1人で。

 

 何か想うところがあるのだろうと、タクトは考えるが、今はソレに気を使うよりも会う事を選び、部屋に向かう。

 そして部屋に入ると、ランファは部屋の中央に座っていた。

 目を閉じ、胡坐をかいて、手を組んだ状態はまるで一部地域に伝わる神像の様で、ランファは微動だにしない。

 本当の置物の様に気配も薄く、タクトも最初は部屋が無人だと思ったくらいだった。

 

「あらタクト、どうしたの?」

 

 そんな状態からランファという存在が一気にそこに現れる。

 瞑想状態を解いた事で、この空間と一体になっていたいたのも解かれたばかりか、確かな存在の一つとして一気に覚醒した様だった。

 

「邪魔をしてしまったかい?」

 

「瞑想自体は長時間やるつもりじゃなかったから別に大丈夫よ。

 タクトはどうしたの? そんな身体で格闘訓練はできないでしょう」

 

「ああ。

 ちょっとランファを見に来た」

 

「私を? 私の様子を、でもなく?」

 

「ああ」

 

「わりと凄い台詞にも聞こえるけど。

 まあ今はいいわ。

 私は特に変わった事はしてないわよ。

 今日は型のおさらいと瞑想しかしないつもりだし」

 

「それも普段のランファだろう?

 別に特別なランファを見に来た訳じゃないさ」

 

「そう」

 

「そうだよ」

 

 そこで一度会話が途切れる。

 いや、続ける気も無かった。

 ランファは宣言にもあった武術の型の練習を始める。

 足運びの一つ一つ、呼吸の一つ一つを確認しながら型を一つずつ完成させる。

 動きはゆっくりでありながら、どれも何十万、何百万回と繰り返した型であり、美しいまでに洗練された動きだ。

 

 その中で、ランファは再び口を開いた。

 動きは止めず、型の練習をしたままに。

 

「ところで、アンタの場合調書とかで知ってるんでしょうけど、私は結構田舎の農業惑星の出身なのよ」

 

「ああ、調書という形では知っているよ。

 けど、それはデータで知っているに過ぎない。

 だから、聞かせてくれるなら聞かせてほしい」

 

「そう、じゃあ、教えてあげる。

 私は実家は農業惑星の貧乏な農家なのよ。

 飢えに苦しむことこそなかったけど、蓄える余裕も殆どなかったわ。

 余裕が無いっていうのは、兄弟が多かったのもあるけど、家族総出でやっと管理してる農地でもあるから、どちらにしろ余裕ができる事も無いわね。

 星全体で殆どがそんな家庭ばかりで、勿論農作物を輸送する為の宇宙港とかはあるけど、出て行くばかりで物は入って来る事は少ないわ。

 武器も含めてね。

 だからか、自分の身体を武器とする武術が未だに強く生きている訳よ。

 武器に頼りきっている相手には、逆に効果的な場合も多いし、どんなに武器防具に身を包んでも、最後は自分の身体を使う訳なんだから無駄にもならない。

 まだ師匠の下で修行していた当時は、私は優秀な門下生でね、その自信もあって私は皇国軍の士官学校へ来たわ。

 お金は、家族のほんの僅かな蓄え全てと、師匠や門下生の仲間達にも出してもらって、送り出しても貰ったわ」

 

「背負った期待も大きいだろうけど、分け合える精神があるだけ良い環境じゃないか。

 人事だからと聞こえるかもしれないが、俺は本当にそう思うよ」

 

「疑わないわよ、それに私もそう思うわ。

 裕福ではなかったけど、不幸ではなかった。

 むしろ幸せだったわ。

 田舎から出てきて、士官学校に入り、その後エンジェル隊として宇宙を巡った。

 今は割とお金に余裕のある暮らしをしているし、最後は兎も角として少し前には舞踏会にまで出たんだから、いい経験をしているわ。

 でも、だからこそ想うわ。

 あの星でも十分だったんだと。

 フォルテさんの事を知っていれば、不満を持つだけ贅沢だと思うわ」

 

「いや、君の出身地の経済状態は実際皇国全体の平均を大きく下回っている。

 情報だけは簡単に手に入り、世界の状態を知っているなら不満を覚えるのは自然な事さ」

 

「ええ。

 その中で、もっと酷い場所があるから我慢できている事もあるんでしょうけどね。

 それも今考えると嫌な感じだわ」

 

「自分は底辺ではない、というのは心理的には重要さ。

 場合によっては政治にも利用される」

 

「そうね」

 

 そこでまた会話が途切れる。

 再びランファが静かに動く音だけが部屋に響く時間が過ぎる。

 そして、また少しして、またランファから口を開いた。

 

「士官学校でミルフィーと最初に出会ったときは、反感しかわかなかった。

 あの子のせいでいきなり遅刻する羽目になるし、あの子の強運には何度も巻き込まれた。

 そして、あの子が居るから私は主席にはなれなかった。

 けど、あの子が主席に居続けているのは、強運が全てでない事を知って認める事ができたわ。

 その後、エンジェル隊に入って個性的だけど楽しい仲間もできた。

 私は、今充実しているわ」

 

「ああ、エンジェル隊は素晴らしいよ。

 良く機能していると思う」

 

「でしょう?

 ……でも、私が戦っている理由は、そこには無いわ。

 私が戦っているのは、根本的にはやっぱり故郷の家族の為だもの。

 勿論、自分が幸せになりたいっていうのもあるけど、いい男と結婚して、故郷の家族もまとめて幸せになりたいのよ。

 私の戦う理由は、家族。

 なんて言うと小さいかしら? でも、こんな事は貴方に言うべきじゃないかもしれないわね」

 

 そこで、ランファは一度動きを止め、タクトを見る。

 

「そうでもない。

 俺にも家族はいたし、全ての家族を失ったわけでもない。

 だから解るさ。

 家族がいかに大切なものかを」

 

「そうだったわね。

 でも、それだけじゃ足りなさそうね?」

 

「……十分ではあるさ」

 

 タクトには、まだ大切な人が居る。

 その人にどう思われようと護りたいと想っている。

 その人を護る為に戦うのは当然ある。

 しかし、ランファが指摘するとおり、タクトはそれだけでは何か不足を感じているのだ。

 それが今、自覚できた。

 

「まあいいわ。

 今なら私は暫く自力で進んでいける。

 だから、さっさと思い出しなさいよ。

 それとも、引っ張られたい?」

 

「俺も健全な男なんでね、どちらかと言うと引っ張りたい方さ。

 まあ、もう少し待っててくれよ」

 

「あんまり待たないわよ」

 

「ああ、肝に銘じておく」

 

 ランファは再び型の練習に戻る。

 タクトはランファの話を聞くと共に、得るものもあり、満足して部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 トレーニングルームを出たタクト。

 次にラウンジとホール、更に宇宙コンビニを見て回ったが、目的の人物には出会えなかった。

 身体の問題もあり、エルシオールに聞こうかとも思ったが、丁度その時、廊下で目的の人物を見つけた。

 

「あらタクトさん。

 こんな所でどうしたんですの?」

 

「ああ、ミント丁度よかった。

 会いたかったんだ」

 

 廊下の曲がり角で、ふと歩いているミントと会う事ができた。

 どうやら自室に戻るところらしい。

 

「あら、台詞としては嬉しい台詞ですわね」

 

「まるで期待はずれの内容が続くのが決まっているかのようだ」

 

「ふふふ、では私の予想が外れるようにしてくださいまし」

 

「では、君の部屋でゆっくり語らおうじゃないか」

 

 ミントとの半ば遊びとしての駆け引き。

 当然ながらタクトの台詞も本気のものではない。

 だから、ミントがどう返してくるかを楽しんでいるだけのものだ。

 しかし、ミントは答える。

 

「あら、私の部屋にいらしたいのですか?

 今日は特別でしてよ」

 

「光栄の極みだよ」

 

 ミントはタクトが冗談半分で言っているのを知っている筈なのに、タクトを部屋に招くと答えた。

 既に一度入った事もある部屋ではあるが、レディーがそう易々と異性を部屋に招く筈もない。

 前回とて、ミントには大きな仕事を頼んだ後のそのお礼に来た時だ。

 確かに、タクトがミントとしたい話というのは、ラウンジではしずらいだろう。

 しかしそれも、ミントとならば、他者に内容を知られる事なく意思疎通が出来る筈だった。

 

 ただ、話の内容からして、そんな意思疎通の仕方をすべきかどうかを考えれば、2人きりになれる場所で普通に話すべきだろう。

 ミントはそこまで考えて部屋に招いたのかもしれない。

 それとも、ミント自身も普通に話したかったか―――

 

 

 

 それからミントと2人で彼女の部屋へ移動する。

 部屋でお茶を出され、テーブルにつく。

 

「タクトさんの身体の状態もありますから、今日は普通のお茶にしておきましょう。

 お茶請けは生憎と駄菓子しかありませんので、お茶だけになりますが。

 ミルフィーユさんのお菓子でもあればよかったんですけどね」

 

「いやいや、おかまいなく」

 

 とは言うものの、ここまで喋ったりして来た為、喉を潤す為にもお茶は頂くことにする。

 まだこの場で話さなければいけない事は始まってもいないのだから。

 

「さて、ではお話でもしましょうか、と言いたいのですが。

 生憎と私はタクトさんが求めるような話はございませんの」

 

 お茶にも口をつけたところで、ミント側からそう切り出してきた。

 

「タクトさんはヴァニラさん、フォルテさん、ランファさんの3名にそれぞれの戦う理由を話してもらい、ご自身の戦う理由を思い出そうとされている様ですわね」

 

「ああ、そうなる。

 実は、話を聞く方がメインで、思いだせるかは期待してなかったんだが、皆の話を聞いているとそうなった」

 

「皆さんはそれぞれ過去や未来に何かしらの想いがありますもの。

 過去を未来へと繋ぐそれぞれの想い、大切な家族の存在。

 どれも人間が強く生きる事ができる材料ですわ。

 ですが、私にはそれらがありません」

 

 ミントがエンジェル隊、というより軍に居る理由。

 それはブラマンシュ家が軍との接触を図り易くする為の処置だ。

 ミントとしては実家から離れる為に利用しているものとタクトは推測している。

 エンジェル隊として戦っているのは、その流れでしかなく、過去に何かあった訳でも、未来へ何か夢を抱いている訳でもない。

 そして、家族との仲は不仲な様で、他に大切な人物が居る様子はない。

 

 先ほどまでタクトが話を聞いてきた3名が戦う理由とはどれも噛み合わず、照らし合わせても戦う理由は無いとすら言える。

 

 だが、そんな筈はないのだ。

 何故なら、ミントもまたエンジェル隊の一員として先の戦いでは高いH.A.L.O出力を出しているのだから。

 戦う理由がなく戦っている者にそんな事ができる筈がない。

 

「でも君は戦っている。

 君の戦闘機操縦技術は決して他のメンバーより高い訳でもなく、索敵能力だって実際のところ無人偵察機の数で代用できるものだ。

 けれど、俺は君がエンジェル隊になくてはならない存在だと疑わない」

 

「戦闘面意外では、確かにいろいろとお役に立てて居ますね」

 

 実際、ブラマンシュの娘として補給の際にはその姓の力を利用したし、舞踏会の際はそう言う場ではドレスの仕立てから振舞い方を教えている。

 テレパスも対人では重要な情報源で、ファーゴでの事件でも大きな役割を果たした。

 ミントは、もし紋章機に乗れなくなったとしても、必要な人材であり続けるだろう。

 

 だが、タクトはそんな事を言っている訳ではない。

 ミントはタクトがどういった意味で言葉を選んでいるか手に取るよう解る筈。

 だが、敢えてそこを外して言っている様だ。

 

「過去に戦う理由がある、未来に叶えたい夢がある。

 もしくは、護りたい大切な何か。

 その全てが無いとはいうが、それは嘘だよミント。

 君は大切なものを持っている」

 

「あら私、家族は例えこの戦争で死んでも涙を流すかは疑わしいですし、好きな人もいませんわ。

 まあ、タクトさんはその候補ですけど」

 

「ははは、それは嬉しいね、覚えておくよ。

 けど、大切なものは『人』であるとは限らない。

 場所、物、など特定するものですらないかもしれない」

 

「それは―――」

 

 ミントはタクトの言いたい事を読む。

 タクトがこの言葉の先にどんな言葉を用意しているか、生まれ持った能力で心を読みとった。

 その答えは、ミントが考えもしなかったものだ。

 

「……確かに、楽しいですわ。

 私は、『今』ここに居る事が」

 

 過去も未来も、語るには現在、『今』があってこそだ。

 現在があるからこそ過去を思い返し、未来に希望を抱く事ができる。

 現在がなければ過去も未来もない。

 時間としては最も重要な存在と言えるだろう。

 

 そして、今、この場をどう感じているかというのは、テンションにとっては何より大切な事だ。

 

「きっと君はエンジェル隊という部隊に居ることが。

 紋章機にのって飛ぶ事が楽しいんだろう」

 

「ええ、確かに。

 この部隊の人達は個性的で、どなたも楽しい人ばかりですわ。

 そして、紋章機で飛ぶ事も、楽しくてしかたありませんの。

 自由にこの宇宙を飛びまわれる翼は、私が最も欲していたものかもしれません」

 

 例えどんな過去があり、戦おうと想っていても。

 例えどんな夢を見て、戦おうと願っていても、今この時、苦痛を感じているならばその全てが想いは削がれ、朽ち果てかねない。

 今この時、どう感じているかで、過去への想いも、未来への夢も変わってしまうだろう。

 ならば、今を楽しめているという事は、何よりも素晴らしい事ではないだろうか。

 

「俺も、そうだった」

 

「あ―――」

 

 タクトが初めて紋章機に乗ったのは10歳そこそこの時だ。

 今のヴァニラより若く、戦う理由など明確に持って居なかった時。

 それはシャトヤーンも同じ筈で、そんな年齢で、過去だの未来だのと強く想っていたとは思えない。

 しかし、そんな2人が紋章機のテストパイロットとして成り立ったからこそ、今の紋章機があるのだ。

 

「俺も当時は、過去も未来もどうでも良くなるほどその時が楽しくてしかたなかった。

 紋章機はいいよ。

 あの漆黒の宙を照らし、縦横無尽、どこまでも飛んでゆける。

 全てを忘れ、ただずっと飛んでいたいと想った事だってあるさ」

 

「そうですわね。

 私も、そう思いますわ」

 

「ミント、他の皆は結構重いものを背負っている。

 君も実家というものを背負っているのだから、楽ばかりしている訳じゃないだろう。

 けれど、君ならば皆と一緒に今を楽しめる。

 想いという重圧に潰されかねない皆を、今に引き戻す事ができる。

 だから、君はこの部隊には必要だ。

 なんら負い目に感じる必要はなく、俺達と一緒に飛ぼう。

 君の想いは、少なくとも俺が一緒に引き受ける」

 

 タクトの言葉に、ミントは暫しタクトを見つめていた。

 やがて、ミントは笑みを見せる。

 本当に楽しそうに。

 

「ふふふ、本当、ここは退屈しませんわね。

 心を読める私に読みきれない話の展開があるなんて」

 

「俺との会話も楽しんでくれているなら重畳」

 

「ええ、楽しいですわ。

 それにしても、予想外にタクトさんにも得るものがある話ができましたわね。

 思い出されたのでしょう? 嘗ての想いを」

 

「ああ」

 

「けれど、まだ足りない。

 本当に贅沢な人ですわ。

 さあ、最後はミルフィーユさんのところですわね。

 行ってらっしゃい」

 

「行ってくるよ。

 お茶、ごちそうさま」

 

 自然な、輝かしい笑みを手にしたミントに見送られ、タクトは部屋を出る。

 ヴァニラ、フォルテ、ランファの話を聞き、ミントと話して自分が紋章機に乗っていた頃まで思い出したタクト。

 だが、ミントが言う様にまだ何か不足を感じていた。

 それを探す為にも、まだ会っていないエンジェル隊、ミルフィーユを探しに行く。

 

 

 

 

 

 ミントの部屋を出た後、ミルフィーユを探す為に廊下を歩くタクト。

 ミルフィーユの場合、大体はここに居るという場所が無い為、探す場所に困るが、そう言えば今まで会うのに困った事はない気がする。

 

「これもミルフィーユの幸運のおかげなのかねぇ」

 

 そう1人呟きながタクトは展望公園までやってくる。

 映し出された青空を見上げながら、宇宙船の中とは思えない緑豊かな公園の道を歩く。

 普段なら散歩なりをしている人がいるのだが、今日は人の姿を見かけない。

 ともあれ、のんびりと歩くだけで心が晴れる気もする。

 この公園の存在は、タクトにも十分に意味がある事が感じられる。

 

「あ、タクトさん」

 

「ん? ミルフィーか」

 

 更に、思いがけない遭遇もある。

 ミルフィーユはここで小さな菜園も作っているので寄ってみたのだが、どうやらそれとは別用でここに居たらしい。

 畑を弄っていた様子はなく、手にはバスケットを持っていたからだ。

 

「丁度探してたんです。

 これからピクニックに行きませんか?

 お弁当も作ってきたんです」

 

「いいね、行こうか」

 

 既に準備万端だったこともあるが、タクトは即断即決でミルフィーユと公園で時間を過ごす事にした。

 エルシオールの司令官となった最初の頃にも、こうしてこの公園に来た事を少し思い出した。

 

 

 それから公園の中央付近の大きな木の下でシートを広げ、そこに座るタクトとミルフィーユ。

 穏やかな時間が流れる。

 とても敵が待ち構える中を中央突破している最中とは思えない、平和で穏やかな時間だ。

 ある意味で、普段通りの行動として、これもミルフィーユにとっては訓練の一部なのかもしれない。

 しかし、本人にしても、タクトにしてもそんな意識は今はない。

 そもそも、そんな意識をしたら普段通りもなにもないだろうというのもある。

 

「お弁当食べますか?」

 

「ああ、頂くよ」

 

 心地よい風が流れる中、木陰でピクニックを満喫する2人。

 特にこれといった会話も無く、ただ静かに過ごしていた。

 そんな中だ。

 

「ところでタクトさん。

 タクトさんには好きな人はいるんですか?」

 

「んぐっ!」

 

 丁度口にパンを含んでいたところに、ミルフィーユがそんな質問をしてきた。

 驚きのあまり喉に詰まってお茶で流し込むというコントじみた事態になってしまった。

 

「す、すいません、そんなに驚くなんて」

 

「い、いや、俺が勝手に驚いただけだから。

 どうしたんだい? 急に」

 

「えっと……なんとなくです。

 居るのかなぁって」

 

 邪気の無い笑みでそう言うミルフィーユ。

 どういう意味で聞いているのかも迷うほどだった。

 普通に考えれば『異性で好きな人』つまりは恋をしている相手は居るか、となるだろう。

 だから、そんな事を唐突に聞いてきたから驚いたわけだが。

 ともあれ、そうだと想定した場合、タクトに答えるのはきわめて難しい事だった。

 しかし、ミルフィーユは特に答えをこだわっている様子はなく、話を続ける。

 

「私は、異性ではいないんですけど、好きな人なら沢山居ますよ。

 ランファもその1人」

 

 どうやら一応異性をメインに聞いてきたらしい。

 だが、話はそれだけでは終わらない。

 

「ご存知の通り、私は強運という特性を持っています。

 って、あれ?」

 

 フッ!

 

 突如公園の空が暗くなる。

 単純に明かりが消えたのではなく、星空と月が見える事から滅多に使わない夜空バージョンに切り替わっただけらしい。

 だがこの公園の空は基本的に昼の青空を映すようになっており、手動で切り替えないと他の空色にはならない筈だ。

 

「エルシオール?」

 

『何かしら? あら? なんで公園が夜になっているのかしら?

 ちょっと調べてくるわ』

 

「ああ」

 

 エルシオールに呼びかけると、声だけがタクト達に届く。

 2人の邪魔をしない配慮だと思われるが、音声を届ける為にも公園の様子を見て初めて公園の空が夜空に変わっているに気付いた様だ。

 つまり、エルシオールも変更に気づかなかった事になる。

 機能の大部分を封印された状態とはいえ、この船そのものである筈のエルシオールがだ。

 

「言ったそばから、という感じですね。

 これくらいなら問題ないレベルだと思いますけど。

 私の回りは常時こんな感じでした」

 

 やはり原因はミルフィーユの強運だろう。

 そう言う本来ありえない事態を引き当てるのが彼女の特性であるが故に。

 

「だから、私は基本的に人から疎まれ、嫌われます」

 

 ミルフィーユの告白。

 それはある意味当然の結果だろう。

 幸運だけならまだしも凶運にも等しく発生し、周囲を巻き込む彼女の特性はどうにもならない。

 近づけばなんらかのありえない事態に巻き込まれ、場合によっては怪我や損失が発生する。

 かといって幸運の方で得るものがあるかは微妙なところだ。

 そんな人に近づきたいと思う人は普通はいないだろう。

 いたとしても、それは興味本位でしかなく、その視線はミルフィーユという人間に向いていない。

 

 だが、ミルフィーユの告白は、ただの自虐では終わらない。

 

「けど、私のこんな特性を笑い飛ばして傍に居てくれる人も居ました」

 

 喜びと、感謝を込めた笑みで空を見上げるミルフィーユ。

 彼女の招くのは凶事かもしれないが、幸運かもしれない。

 安定した平和はそこに無く、大抵の人なら離れかねないのに、それでも傍に居ることのできる人。

 そして、ミルフィーユの口ぶりから、それは単なる興味本位ではなく、ミルフィーユ本人を見た上での事なのだろう。

 

 タクトやエンジェル隊ならば、傍に居る理由もある上、ミルフィーユ自身の人柄もあって、そんな特性で嫌う事はない。

 むしろ、付き合いの長いエンジェル隊は特性を理解した上で上手く付き合っている。

 そんな人がエンジェル隊に入る以前にも居たという事だろうか。

 

 普通に考えれば、それができる人は希少だろう。

 普通の人は何が起きるかわからない様な事は恐れ、近づかない筈だ。

 

「沢山迷惑を掛けましたけど、一緒に過ごした時間は凄く楽しかった。

 エンジェル隊のみんなとも、楽しく過ごしてきました」

 

 多くの人に嫌われ、疎まれる中で、そんな人と出会える確率はどれくらいだろうか。

 その出会いもミルフィーユの特性によるものだろうか。

 その答えを出す事はできないが。

 タクトはきっと違うのではないかと考える。

 

「私は、人の心の冷たさを知っています。

 けど、それ以上の温かさも知っています。

 だから、私はそんな人たちが居るこの世界を護りたいです」

 

「それが、君が戦う理由かい?」

 

「はい」

 

 迷いの無い真っ直ぐな瞳、真っ直ぐな笑顔。

 性善説を信じたくなる程の明るさを持つミルフィーユだが、その実、ちゃんと人の心の暗さも知っている。

 フォルテが経験しているのは、必要あっての闇だが、ミルフィーユが経験したのは、平和な中で尚見せる陰湿さだ。

 生き残る為に必要だったことと比べれば、人間の闇という意味ではより暗い部分かもしれない。

 ならばその上で今こうして笑える彼女は、一見単純な戦う理由の中に、どれほどの意味を持たせているのだろうか。

 

「ありがとう、聞かせてくれて。

 そして答えよう。

 俺にも好きな人がいるよ。

 大切に思い、幸せである事を願う人が」

 

 その人は今どうしているか、どう思っているか、タクトは知らない。

 だが、幸いである事を望む気持ちに偽りは無く。

 ただ、直接幸いにする事が出来ない事がもどかしく思う。

 

「この戦い勝って行けば、皆が幸せで居れるでしょうか?」

 

「それは解らない。

 けど、幸せになる可能性を奪わせる訳にはいかない」

 

「はい。

 頑張りましょう、タクトさん」

 

「ああ」

 

 パァッ!

 

 丁度話が終わったタイミングで、公園の空が再び明るさを取り戻す。

 それは、自分の心の中の出来事であるかの様にタクトは思えてしまう。

 ミルフィーユの笑顔と、この青空で、タクトは今まで心が重かった事を自覚し、それが大分抜けたのだと実感していた。

 

 これで、大体思い出すことができた。

 けれど、まだ完全ではなかった。

 おそらくエンジェル隊の方はもう問題ないだろう。

 タクトにしても、後は―――

 

 

 

 

 

 ミルフィーユと別れ、再び移動するタクト。

 ヴァニラから許された活動時間にはまだ余裕がある。

 だから会っておきたい人がいる。

 

「あら、タクト様。

 シヴァ皇子は丁度ご休憩中ですよ」

 

「そうか、お話がしたいと伝えてくれ」

 

「承知しました」

 

 一度エンジェル隊の私室がある区域を通り抜け、シヴァ皇子の私室へとやってきた。

 出迎えは当然侍女の方で、普段となんら変わりない所謂営業スマイルをタクトに見せる。

 

「ようこそいらっしゃいました、タクト殿」

 

「シヴァ皇子、お加減はいかかですか?」

 

「私の方は問題ありません。

 それより貴方の方が重傷でしたでしょうに」

 

 タクトに来訪に、シヴァは笑顔を見せてくれる。

 最後の皇子としての威厳を保ちつつの、精一杯の親しみを込めた笑みだ。

 シヴァとタクトは、出生に問題のある皇族の仲間だが、それを表沙汰にはできない。

 今この場にはその裏を知った者しかいないが、それでも押さえなければならない部分というのはある。

 

「……」

 

 その中、侍女ヘレスはいつも通り一礼して後ろへと下がる。

 それはいつもの事ではあるのだが、それをシヴァは少し悲しげに見送った。

 

「呼び止めなくてよろしかったのですか?」

 

「はい、構いません。

 私としましては、顔を見れるだけでも十分でございますから。

 彼女の方は、私に会いたくないでしょうけど」

 

「そうでしょうか? 若輩の私が言うのもなんですが、そうではないと感じます」

 

「そうですか?

 いえ、傍にいらっしゃる貴方がそう感じるのならばそうかもしれません。

 けど、私には彼女の心は解りませんので。

 それより皇子、今後の話をしてよろしいですか?」

 

「ええ、私も考えていた所です」

 

 それから暫し、タクトとシヴァは戦後処理についての話をまとめた。

 ルフトが居る時にも大分進めていた話だが、更に煮詰める。

 

「私は、皇族としての責務を果たしますよ」

 

「はい、シヴァ様」

 

 謝罪は既に済ましているので、今更タクトは皇位継承権を捨てた事でシヴァに全てが降りかかってしまった事については言わない。

 だが、話の進め方にそのなんとか負担を減らす気遣いが見て取れる。

 シヴァにとっては、それでもう十分過ぎるものだった。

 

「タクト殿。

 私は一つ考えている事があります。

 まだ、まとまっていませんが、戦後に少しやりたいことがある」

 

「ご相談頂けない事ですか?」

 

「ええ、今はまだ。

 でも、何れは」

 

「私でお役に立てる事でしたら、何時でもお呼びください」

 

 タクトも政治の専門家では無い為、あまりでしゃばった事はできない。

 ただ、今回の戦争の裏を知るものだけにしか出来ぬ相談もあるだろうと、今はこうして話しているに過ぎない。

 タクトはあくまで軍人だ。

 だが、軍人としてできる事ならば全てをするつもりでいた。

 もう、『ただの軍人』と言える程、タクトの存在は軽くなく、この戦争が終わればある程度タクトにも権力がつく。

 それをフル活用することになんら躊躇はない。

 

「タクト殿。

 貴方の半分も生きていない私などが言うのも失礼でしょうが、大分光を取り戻されたご様子。

 エンジェル隊とは互いに良い関係を築けている様ですね」

 

「はい。

 シヴァ皇子をはじめ、皆様にはご心配をおかけしました」

 

「今から見れば、エオニアと再会する前の貴方にも、迷いがあったのですね。

 その迷い、完全に絶てますか?」

 

「後一つ、足りぬものがございますが、最終決戦には間に合うでしょう」

 

「それは……いえ、私からは何も言いますまい」

 

 最後に一つタクトに足りぬもの、それを補える者。

 タクトの最後の未練。

 それはこの艦には居ない人だ。

 そしてそれはシヴァにも馴染みのある人。

 シヴァはタクトがその人にどんな感情を抱いているか、とても知りたいが、聞く事はできないと思っている。

 それを知ってしまったらきっと―――

 

「では皇子、本日はこれにて失礼いたします」

 

「ええ。

 タクト殿、大分お疲れの様子、お忙しいでしょうが、ご自愛ください」

 

「お気遣い感謝いたします」

 

 形式的な様でいて、心からの言葉を交わす2人。

 そんな2人を、壁の裏から、1人の女性が穏やかな心で見守っていた。

 

 

 

 

 

 会うべき人全てに会い、最後にタクトはクジラルームを訪れていた。

 そこで宇宙クジラに少し確認すべき事を確認したその帰りだ。

 

「エルシオール」

 

 宇宙クジラとも別れ、クジラルームの廊下側の隅でエルシオールを呼ぶ。

 直ぐにタクトの前に姿を現すエルシオール。

 

「はい、なんですか?

 公園での一件はプログラムバグでした。

 放って置いても2度と再現しないと思いますけど、修正しましたよ」

 

「そうか、ミルフィーユの能力にはそう言った利用法もあるかもな。

 それはいいとして、ちょっと確認したい事がある」

 

「なんでしょう?」

 

「黒き月なんだが、お前と同じような存在が居ることを確認している」

 

「ええ、私も過去の記録から見ていますよ」

 

「まあ、その子を含み、だが。

 黒き月は今―――壊れているんじゃないか?」

 

 タクトは、確信を持って尋ねる。

 これはただの確認として。

 今こうして白き月まで退かなければならない相手を、そう判断したのだ。

 

「……ええ、結構致命的に。

 なにせ、私達の間の専用回線すら向こうは開く事ができていませんもの」

 

 エルシオールは一呼吸置いて答えた。

 一度目を伏せ、悲しげにその事実を認める。

 

「そうか。

 向こうは君を認識できないのか」

 

「ええ」

 

 何故解ったのかと、エルシオールはタクトに聞かない。

 タクトも、それを黙っていた事をエルシオールに問い詰める事はない。

 なんとなく解る事ではあるし、それにこの問題はそんなに単純な問題でもない。

 

「そうそう、さっき宇宙クジラにも確認して確実になった。

 今後の敵の配置だが、やはりクロノ・ドライブの直前に無人機が布陣されるが、白き月まで後クロノ・ドライブ2回の位置で人間が乗った戦艦が出てくる。

 それを踏まえて彼女達の訓練を進めてくれ」

 

「あら、そんな事まで解るの。

 流石ね」

 

「当然だ。

 エオニアのやる事を俺が解らない訳はない」

 

 先日、迷い戸惑い、何も解らないといっていた男が、今はなんら揺らぎなく、絶対の自信を持ってそう告げる。

 虚言にも聞こえるこの言葉は、エルシオールにとってはこっちが当然で、当たり前の事だった。

 この言葉が真実であると確信できる過去を、エルシオールは知っている。

 ただ―――

 

「大分調子は戻ったようですね。

 でも、シャトヤーンの事はまだ思い出せないのね」

 

「シャトヤーンの事か……

 そっちはもうどうしようもない。

 エオニアは同じ男同士なのもあるしな」

 

 タクトは、言い訳じみていると思いながらも男女の違いを挙げる。

 考え方が違うし、捉え方も違うのだと、全く別の生き物の考える事は解らないのだと、諦める様な言葉だ。

 

「他の男女なら兎も角、シャトヤーンは貴方の片翼でしょうに。

 一体どうしてこんなところまで似るのかしら」

 

 ジトっと半眼でタクトを睨むエルシオール。

 タクトにとっては痛くてたまらない視線だ。

 だが、受けるしかない。

 例え、その『似ている』と言われる事については理不尽な事だったしても。

 

「まったく持って申し開きようがないよ」

 

「今しがた言い訳を並べたくせに」

 

「そうだったな。

 ともあれ、会ってみるしかないな」

 

 例え話す事を拒まれたとしても、一目見るだけでもタクトには十分だった。

 会う事だけは可能、というよりも必要故に、シャトヤーンとしてもしなければならない。

 その時の反応を見れば、解るだろうし、それではっきりすればいいのだ。

 タクトにとってはそれで―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから5日間程の時間が過ぎた。

 タクトが予測した通り、クロノ・ドライブの前に無人艦隊が適度な数で待ち構えていた。

 油断すれば負ける程度の数であり、疲労は避け得ない数が待ち構えていた。

 それでも機体の方は整備班が半ば強行軍での整備で問題は残さず、エンジェル隊はむしろ訓練の成果を上げる程だった。

 タクトが計画した通りに全てが順調で、怖いほどだった。

 ただし、問題が全く無い訳ではなかった。

 

「弾薬が危ないか」

 

「ああ、エルシオールも戦闘では直進しつつ、攻撃を避ける為にミサイルは湯水の如く使ったしな。

 紋章機の方は激しい連戦で言うに及ばずだろう」

 

 物資の不足はどうしようもない問題だ。

 勿論ローム星系を出る際に、ある程度余裕を持って物資は搭載しているが、それでも積載量には限界があった。

 食料等の生きる為に必要な物資もある為、弾薬や修理機材ばかりを積む訳にもいかなかったのもある。

 それでも、計算はしていたので、なんとか戦っていけるだけの数は残っている。

 ただ、余裕がない。

 ここまでの連戦は予測し、消費量も許容範囲内だが、次の戦闘は違う。

 ある程度の予測はしても、そこで消費される弾薬の量までは推測の範囲が広すぎる。

 

「補給はしたいが、足を止める訳にもいかない。

 アテもなくは無いが、流石にこちらの出す条件が厳しすぎるだろうかな」

 

「このまま強行するか。

 今の位置からじゃ補給のタイミングを狙われかねんのもあるし。

 今すぐに交渉が決まるというのなら話は別だが―――」

 

 エネルギー兵器もある事から、次の戦いで弾薬を使い果たしてもなんとかなると踏んで、補給はしない方向で行くつもりだった。

 しかし、丁度その決定を下すところでオペレーターからの声が届いた。

 

「マイヤーズ司令、通信が入りました。

 ブラマンシュ商会から……あ、これ本社からです!

 物資の援助を申し出たいとの事です。

 既に準備を整え、船を出せるとまで言っています」

 

「……ブラマンシュ本社からか」

 

 まるで、こちらの話を聞いていたかの様な都合の言い申し出だった。

 少し考えれば、皇国の危機なのだから援助の申し出をする事で、危機を脱す事と、恩を売る事ができるのだからブラマンシュにとってもチャンスだ。

 航路とて、ある程度の大きさの企業になれば、別に隠密で動いている訳でもない軍艦の位置など容易に知る事ができるのだから、準備もできるだろう。

 だから、不自然ではない。

 タクトも、アテの一つとして考えていたのだから。

 しかし―――

 

 

 

 

 その後、ミントとも協議した上で申し出は受ける事となった。

 ただし、援助ではなく購入として。

 まだシャトヤーンが残した金塊もあるので、補給の申し出自体は借りだが、それを付入られる隙とはさせない。

 それにミントとも話したがこれは―――

 

 

 

 

 

 それから1時間後。

 補給できる事が決まり、補給地点も決定した。

 細かい調整はまたミントに任せている。

 尚、今回はこちらからの発注で物資を持ってくるのではなく、大きな船で必要そうなものを運んでくる事になっている。

 一度ブラマンシュには物資を発注した事がある為、その記録があれば大はずれになる事もない。

 日用雑貨等は、今回も艦内で展示販売する事になっている。

 とは言え、今回は日用雑貨には多少余裕があるので、前回とは売れ行きは大きく変わるだろう。

 ただ、ブラマンシュは大きく成功している会社である事を考えれば、現在エルシオールのクルーが何を必要としているかも予測して品を選んでいるだろう。

 その点は期待していい。

 

 ともあれ、現在補給地点へ向かっているところだ。

 尤も、エルシオールはほとんど進路を変えていない為、向こうが補給地点で合流するのを待つだけとなる。

 その移動中、タクトは格納庫にいた。

 

「では、頼んだよクレータ班長」

 

「はい、お任せください」

 

「忙しいのに仕事ばかり増やして悪いね」

 

「いえ、物資が入って余裕ができる事は喜ばしい事ですし、これは本来常時やるべき事ですから」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

「では、準備に取り掛かります」

 

「ああ」

 

 格納庫の一室で、補給の際のセキュリティーに関して話し合っていたタクトとクレータ。

 物だけでなく人の出入りもある為、検査は厳重にする必要がある。

 もとよりシヴァ皇子の乗る船でもあるし、白き月で管理される軍艦ともなれば機密扱いなので、セキュリティーは最高レベルで必要だった。

 だから、今更セキュリティーなど言うまでもないのだが、今回は更に特別な事態だ。

 

「さて、と」

 

 ともあれ、下準備はこれで問題は無い筈だ。

 今回は優位な点が一つあるので、頼んでおけば問題にはならないだろう。

 ミントの手伝いにでも行こうかと考えながら、格納庫を見渡したタクト。

 そこで、ふと見知った人物を見つけた。

 

「ランファ」

 

「あらタクト。

 またクレータさんと会議だったの? まあ、補給の前だから当然かしら」

 

「ああ、そんなところだ」

 

 自分の紋章機の調整を行っているランファを見つけたので声を掛ける。

 近づいてみると、調整はほぼ終了している様だが、自機の性能の一覧を見ながら何かを考えている様だ。

 

「何か機体について悩み事かい?」

 

「悩みって程じゃないんだけど。

 ああ、そうだ、別に欲しいって訳でもないんだけど、私達の紋章機には、白き月になにか追加パーツとかあるの?

 クロノ・ブレイクキャノンみたいに」

 

「今まで隠していたパーツ、と言う意味ではいくつかある。

 けど、完全な上位互換なパーツという意味では存在しない。

 君達の紋章機は既に、H.A.L.Oシステムの出力次第、それに伴うクロノストリングエンジンの出力によって性能を上げるパーツを使っている。

 だから、単純にH.A.L.Oシステムの出力さえ上がれば、全ての性能が上がる様になっている」

 

「ええ、それは解っているわ。

 ところで、完全な上位互換じゃないっていうのは?」

 

「性能を特化させるという意味さ。

 重すぎてスピードが落ちたり、一撃は強いけどエネルギー効率は低い武器だったり、そう言ったパーツ。

 新しく生産もされているかもしれないけど、俺達でテストしただけでも、後エンジェル隊が1部隊できるくらいのパーツがある。

 ま、本体がないんで、意味はないけど」

 

「本体、ね」

 

 ランファが持っている情報では、まだどこまでが紋章機が紋章機たる部分なのかは判明しない。

 いくら特出した部隊を作るとはいえ、5機では少なすぎる。

 ある程度の量産はされていないと『敵』には対抗しえないだろう。

 だが、タクトの今の口ぶりでは今あるので全てで、白き月にまだあるとしても、それ以上は新しく作れないのだろうとは予想できる。

 

「そういえば、前のパーツはあるの?

 2人乗りだったころのパーツ」

 

「あるし、今の紋章機にも装備できるぞ。

 どんなものかは―――嫌でもその内見る事になるさ」

 

「嫌でも? まあ、別にいいけど」

 

「ま、その時まで楽しみにしておいてくれ。

 現物を見るより早いだろうか」

 

 タクトは、そんな思わせぶりな台詞を残し、立ち去る。

 今は敢えて詳細は言わない。

 情報を与えても問題にはならないだろうが、今の時点では意味がない。

 けれど、知らないで見た方が、事前情報なしの方が、タクト達とは違う情報を拾えるかもしれない。

 そんな期待もあった。

 ただ、どちらにしろそれはまだ先の話だ。

 

 まずは、この戦いを終わらせる。

 そして、目の前の問題、補給の問題を片付けなくてはならない。

 

 

 

 

 

 それから更に1時間後、ブラマンシュの大型輸送船とは問題なく合流できた。

 敵もまだ現れず、順調に補給ができている。

 ただ―――

 

「お嬢様へ、社長よりもお手紙とプレゼントです」

 

「ミント」

 

「解りました、部屋に行きましょう」

 

 スーツ姿の男が2名、ミントに直接会いたいと申し出てきた。

 大きめのスーツケースと書状を持って。

 タクトはミント自身に確認を取り、ミントはテレパスを使った上でそれを受け取る為に自室へ2人を案内する。

 タクトはそれを見送るだけとなった。

 何せ、ミントが現場から外れた為、タクトが補給現場の指揮をとらなければならない。

 

「あ、それはこっちで」

 

 時間に余裕などない現場だ。

 チェックだけは万全に行われるが、少しでも時間は短縮したい。

 その為、エンジェル隊もミント以外が総出で作業する事となった。

 ミントの様子は気になるが、そちらまで手が回らない。

 

 それすら罠の一部だった―――

 

 

 

 

 

 それから2時間が経過した。

 1時間程の艦内展示販売も含め補給は終了し、撤収作業に移っていた。

 結局ミントが戻ってくる事はなく、タクトは仕事に追われるだけとなった。

 その撤収作業の終わろうとしていた時だ、ミントと会っていた黒服の男も撤収の為、戻ってきた。

 

「マイヤーズ様、我々はこれにて失礼いたします」

 

 自分の艦に戻る連絡船に入る前に足を止め、一礼する黒服の男。

 もう1人の男は、手に持ってきたトランクを持っている。

 

「ええ、ご苦労様です。

 ところで、ミントは?」

 

「社長からの手紙をお読みになっているところかと。

 申し訳ありませんが、時間がありませんおでこれにて」

 

「ええ」

 

 見送ろうとした、その時だ。

 タクトの耳元で声が響いた。

 

『タクト、ミントは部屋には居ないわよ』

 

 エルシオールの声だ。

 部外者が居る為姿を見せず、ただ声だけを送ってきた。

 そして、内容も一言。

 だが、それだけで十分な情報だ。

 

「待て。

 そのトランクは? 確かミントへのプレゼントだった筈では?」

 

「そうでしたが、受け取っていただけませんでした。

 仕方ないので、持ち帰ることに致します」

 

 タクトの今の問い、どの道プレゼントは中身なのだから、運んできたトランクは持っていて当然だ。

 しかし、運んできた時は普通に運んできた割には、既に不要となったと言える今の方が大事に抱えている様に見える。

 それに、良く見てみればそのトランクの大きさは、人間の子供くらいなら入るくらいの大きさだ。

 

「そのトランクの中、検めさせていただきます」

 

「いえ、しかし……」

 

 明らかに狼狽する男2人。

 足の動きから、逃げようとしているのが見える。

 だが、それは許さない。

 

「おっと、下手な動きはするな。

 場合によってはこのまま撃ち殺されても文句は言えないよ」

 

 既にフォルテが後ろに回り、銃を構えている。

 見れば、ランファ、ヴァニラ、ミルフィーユも男を囲み、整備班は連絡船を取り押さえている。

 どうやらエルシオールの連絡はタクト以外にもしっかりされていた様だ。

 

「……降参いたします」

 

 トランクを下ろし、両手を挙げる黒服。

 それで、一応の決着は着いた。

 

 

 トランクを開けてみるとやはりミントが居た。

 薬で眠らされていた状態で、ヴァニラのナノマシンで起こす事となる。

 尚、後に聞いた話では、書状は帰って来いとの通達で、ミントが断ったところ、せめてプレゼントだけでもとトランクを開けたところで薬が噴出したらしい。

 黒服の男2人はその仕掛けを知らず、トランクを開けた後に社長命令の書状が入っており、それに従ったとのことだ。

 事情を知らなかった為、ミントのテレパスでは読めず、対応できず、まんまと罠に嵌ってしまった訳だ。

 流石に同じテレパスを使う一族同士では、父親に一本取られたという事になる。

 ともあれ、その企みはエルシオールが居る為に失敗に終わり、こうしてミントは連れ去られずに済んだ。

 

 しかし、問題が残る。

 ミントのブラマンシュ家との問題、そして、ミントに使われた薬があまりに濃度が高かった為、ヴァニラでも直ぐには中和しきれず、暫く麻痺が残る事だ。

 その問題の片方は暫定的な処置がとられた。

 

「お父様に伝えなさい!

 お父様は、仕事である以上、親子はないと言いました。

 私は現在トランスバール皇国軍でエンジェル隊として仕事に就いています。

 妨害なさるのでしたら、ブラマンシュとて敵となります!

 それと、次にご用件があるのでしたら、直接おいでくださいとも」

 

 麻痺の残る身体で立ち上がり、黒服達に録画まで取らせここに宣言する。

 ミントはブラマンシュ家とはどうあっても関係は切れないだろう。

 しかし、常に密着した関係でもないのだ。

 少なくとも、ブラマンシュだからといってこんな誘拐行為が許される訳もなく、既にこれだけでもブラマンシュを取り潰す事ができるだけの事件だ。

 当然、そんな皇国中に極大な影響を及ぼす事はできないが、無かった事にもする訳がない。

 決着は着かないが、これでひとまず、ミントとブラマンシュ家の問題は1段落となるだろう。

 

 

 

 

 

 それから数分後、大凡予定通りにブラマンシュの大型輸送船とも分かれたエルシオール。

 そして、もう直ぐ次のクロノ・ドライブのポイントだ。

 そうなると、もう一つの問題が打撃となる。

 

「ミントの状態は?」

 

「ダメです。

 後半日は麻痺が残ります。

 いくらH.A.L.Oシステムで補助されると言っても、紋章機の操縦はとても無理でしょう」

 

「そうか」

 

「申し訳ありません、私とした事がとんだ油断を」

 

「いや、罠がある事を予想していて招いたんだ、決定した俺に非がある。

 とりあえず、皆は格納庫で待機。

 そろそろ敵が来るぞ」

 

「了解!」

 

 そう言って、タクトはブリッジに上がる。

 残されたエンジェル隊も格納庫へ向かおうとした。

 そこで、

 

「皆さん、少しお願いがございますの」

 

 ミントが皆を呼び止めた。

 そして―――

 

 

 

 

 

 

 その頃ブリッジに上がったタクトは早速報告を受けていた。

 

「無人哨戒機からの情報です。

 進路上にエオニア軍の大型戦艦及無人艦隊多数。

 更に所属不明艦隊が待ち構えています」

 

「所属不明艦隊ね、皇国製の有人戦艦で、実際生体反応があるってことでいいか?」

 

「はい、その通りです。

 それと、エオニア軍の大型戦艦も記録にあります。

 アレは―――」

 

「敵艦より通信が入りました」

 

 タクトの予想通り、敵は人の乗った―――皇国の者が乗った艦隊が居る。

 そして、今入った通信の相手も解っている。

 

「繋いでくれ」

 

「了解」

 

 こちらの無人哨戒機を中継し、通信を入れてきたのはエオニア軍の大型戦艦。

 そうなればもう、1人しかいない。

 

「こんにちは、シェリー。

 数日ぶりですね」

 

『ええタクト。

 これが最後の挨拶になるでしょうね』

 

 それは一見、敵対する者としてありがちな挨拶にも聞こえる。

 つまりは、どちらかが今日ここで死ぬのだと、そういう宣言だ。

 しかし、シェリーのそれは意味が違う。

 

「貴方の単独行動はこれが最後で、次はエオニアが直接ですからね」

 

『あら、大分調子が戻った様ね。

 それでこそタクトだわ』

 

 タクトがエオニアとの直接対決を躊躇無く口にするのを見て笑みを見せるシェリー。

 しかし今敵対している者同士、そんな笑みはほんの一瞬だった。

 

『なら、私の役目も解っているわね?』

 

「ええ、勿論」

 

『そういえば、貴方に戦術を教えたのは私が最初だったかしら?』

 

「そうなりますね。

 なれば、今日はどれほど腕を上げたか、見ていただけますか?」

 

『ええ、喜んで』

 

 そこで会話は終わる。

 通信ウインドウも閉じようとしていた。

 だが、その時シェリーの口が動いた気がした。

 同時に、通信の画面がほんの一瞬だが乱れ、ウインドウが閉じる。

 ただ、それも一瞬だった上、次の動きもあったのでタクトは特に気にしなかった。

 

「エルシオール、解っているな?」

 

「ええ、敵艦からの情報採取でしょう?」

 

 タクトがエルシオールに呼びかけると、エルシオールは既に横に立っていた。

 通信中に姿を見せる事は無い筈だが、通信ウインドウが閉じて直ぐにそこに居たのは少し驚いた。

 が、事前に連絡もしていた事なので、終わったと同時に出てきたのだろうとタクトは考える。

 

 敵からの情報採取、今回エオニア軍は有人の艦隊。

 つまり、皇国の裏切者達を引き連れている。

 エオニアが少し存在を示しただけで皇国を裏切った者達だ。

 その主力が今回は忠誠を示す為とでも呼びかけられ集まり、この戦いに参加させられている。

 だが、ここに居るのですべてでは無いだろうから、その裏切者の情報をエオニア軍の艦隊から盗み出そうというのだ。

 戦後の処理に使う為、この先の真の敵と戦う際に障害となるだろう輩を排除する為に。

 

「敵の数の詳細は出たか?」

 

「はい」

 

 無人哨戒機からの情報が整理され、宙域のマップが表示される。

 交戦まではまだ10分程の距離があるが、敵は隠れる気が無い様なので全ての数が解る。

 恐らくは、裏切者達にとっては、自分の存在をエオニアに認めてもらう為のアピールでここに居るのだから、隠れるという事はしていないのだろう。

 ただ、マップに映し出される敵の数はかなりの数にのぼり、大小あるが数だけなら無人艦を合わせて50を越えている。

 シェリーの旗艦と無人艦隊は裏切者達の艦隊とは離れ、後方に30程だ。

 今回はあくまで裏切者達がメインというのが表の都合で、裏切者達もそのつもりでいるだろう。

 これだけの大艦隊で、しかもエルシオールは足止めを受けない為に殆ど速度を落とさないで進み続けなければならない。

 

「手数が足りないな……」

 

 タクトは悩む。

 なにせ今回の戦いはミントが居ない。

 対多戦闘ならば最も活躍できる3番機が使えないのは大きい。

 流石にブラマンシュの行動まで予測に入っていない、補給で何かしてくる事は予測していても、防いでいるとエオニアは考えているだろう。

 ならばこれはタクトの落ち度であり、乗り越えなければならない。

 

 と、その時、格納庫から通信が入る。

 出撃する連絡かと思ったが、それは違った。

 

『タクトさん、敵の数が多いですわ』

 

 連絡を入れてきたのはミントだ。

 医務室で休んでいる筈なのだが、何故か格納庫の紋章機からの通信だった。

 

「ああ、手数が足りない。

 少し無茶をする事になるな」

 

 タクトはエンジェル隊全員に向けて返答する。

 今までの中で最も厳しい戦闘になる事を正直に伝える。

 だが、それに返してきたのは今回は出撃しない筈のミントだった。

 

『なら、3番機を動かしましょう』

 

「いや、ミント、君は流石に出撃は―――」

 

 そう、ミントは出撃できない。

 身体が痺れてとても戦闘機の操縦などできない。

 だから3番機は出撃できない。

 しかし、そこでタクトはミントが何を言いたいかを気付いた。

 ミントはただ戦闘機の操縦ができなくなっているだけなのだ。

 

「……そうだな。

 いいのかい? ミント」

 

『ええ。

 私は、その為にここにおりますわ。

 それに、私も貴方と飛んでみたいのです』

 

「素敵なお誘いだ。

 それは男としては乗らないとな」

 

『お待ちしておりますわ』

 

 そこで通信は終わり、同時にタクトは立ち上がった。

 

「レスター、ここを頼む。

 エルシオール、後の処理は任せるよ」

 

「ああ、行って来い」

 

「ええ、自分を護る事はいたしますわ」

 

 信頼できる2人に艦を任せ、タクトは格納庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 交戦距離まで10分と言う距離で、タクトは格納庫へ向かい、3番機に乗り込んだ。

 本来単座である現在の紋章機を複座として扱う、前例としてはヴァニラと乗った時があるが、今回はミントは麻痺状態。

 元々シートベルトも何もない操縦席であるが、自分の身も護れない為、緊急処置としてハーネスを使いミントとタクトの身体を固定する方法がとられた。

 固定しつつ、タクトがミントの背から抱き込む様な体勢で乗り込む事になる。

 そんな事をしている間に5分弱。

 タクトはそこから機体の調整に入る。

 タクトが使っていた頃のデータ、初期設定に戻すだけならばほんの数秒で済むが、ヴァニラの時は時間がないのでしなかった微調整を行う。

 特にヴァニラとの搭乗時はナノマシン散布以外は機動面だけで済んだが、今回は攻撃も行わなければならない。

 役割として、ヴァニラはフライヤーの操作に集中し、操縦とその他の武器はタクトが使う事になる。

 ヴァニラの時よりも条件は厳しい。

 タクトは自分達が使っていた設定を単座に書き換えたデータを更に、3番機に特化したものへと書き換える。

 

 その作業も、当然既に拘束状態にあるミントはタクトの膝の上で見ている。

 0距離で伝わるタクトの心情を聞きながら。

 そこで、ふと思い出したことがあった。

 

「タクトさん、ルフト総司令がシャトヤーン様に聞いた話ですが、初期設定のデータは、タクトさんとシャトヤーン様の複座のデータを、オペラ・ハイラルの戦闘データを使って単座に直したものだそうですよ」

 

「……そうか、解った」

 

 言うとしたらここしかない。

 そう判断したミントは、ルフトから聞いた情報を、薬にも毒にもなるかもしれない真実を告げる。

 そして、やはりと言うべきか、タクトの心情はミントでも読みきれない程複雑に動く。

 H.A.L.Oシステムなら出撃不能なくらいの不安定な状態だ。

 出撃までには落ち着くだろうが、ミントは責任もあるのでもう一つ言うべき事がある。

 

「タクトさん、どうも麻痺が酷くてタクトさんの肌の動きを感知しずらいかもしれません」

 

「そうか。

 そこは操縦技術でカバーしよう」

 

「いえ、それよりもまずできる事がありますわ」

 

 ミントが受けた麻痺薬は、触覚をも麻痺させ、痛覚も殆ど働いていない。

 その為、膝の上にのってタクトの動きを感じる事でできるH.A.L.Oシステムの操縦補助へのフィードバックができないかもしれない。

 ヴァニラと乗った時程、精密な動作は求められないので、タクトの操縦でカバーもできるだろうが、まだミント側でできる事が残った居る。

 それは―――

 

「申し訳ありませんが、服を脱がせてくださいまし」

 

「……は?」

 

「服の上からだから解りにくいのです。

 素肌なら、ちゃんと感じ取れますわ」

 

「いや、しかしだな……」

 

 ヴァニラの時もあまりちゃんとした服を着ていなかった。

 それは5番機に乗り込むまでの状況がそうさせたものだったので仕方ないが、流石にタクトは戸惑っている。

 しかし、精密な機動ができれば安全性も上がる。

 この戦いに勝つ確率を上げるなら、それくらい安いものだろう。

 

「タクトさん、レディーに2度もこんな事を言わせないでください」

 

「……解った」

 

 タクトも覚悟を決め、一度ハーネスを外してミントの上着を脱がす。

 改造が過ぎる軍服である為、若干手間取ったが、下着だけとなったミントと、タクトは自分も上着を脱ぎ、ハーネスで再び固定する。

 

「映像記録はどうにかしておいてくれよ」

 

『はいはい』

 

 因みに、戦闘前という事もあり、エンジェル隊同士とブリッジの通信回線は、常にアクティブ状態だ。

 通信は基本的に映像も含めてなので、エルシオールに言って映像の送信を止め、記録にもカバーをかける様に念を押す。

 エルシオールの返信は呆れ返った様な声なのがかなり不安になるが、仕方ない。

 

『司令官殿、あまり戦闘前にイチャつかれると風紀が乱れるよ』

 

『……』

 

 更にフォルテはいらんちゃちゃを入れるし、他のメンバーも無言の視線を送ってくる。

 状況として、司令官にはとても痛い。

 どれくらいイタイかと言うと、先ほどの不安定な心情が上書きされるくらいだ。

 先ほどのタクトが聞いた情報が忘れ去られる事もないだろうが、考えるのは後まわしになっただろう。

 

『……』

 

 因みに、無言で視線を向けてくるエンジェル隊の中で、ヴァニラはどこか他者と違う意味を含んだ複雑な心情をしている様に見える。

 が、タクトは、それに対する言葉は見つからない為、何もいう事はできない。

 

「ふふふ。

 ではタクトさん、一緒に楽しく飛びましょう」

 

 困惑を重ねるタクトに、ミントはそう言って微笑む。

 ミントも当然、下着姿を披露する事が恥ずかしくない訳はないが、これが心からの言葉だ。

 その為に必要な事として、下着姿くらい見られる事はよしとする。

 

「ああ、そうだな」

 

 その言葉に、タクトの心は一気に安定へ向かう。

 接触状態にあるミントには、それが手に取る様に解る。

 同時に、これで楽しく飛べることができると期待もできる。

 ミントは自分の心が高まるのが解る。

 これから戦闘。

 エルシオールとの訓練の成果もあるが、それ以上に、タクトとはどんな風に飛べるかという期待がミントのテンションを上げてゆく。

 

「さあ行こう!」

 

『了解!』

 

 無数の敵が目の前を埋め尽くす。

 そんな戦場に、本当に楽しそうに、ミントは飛び立った。

 

 

 

 

 

 エルシオールから出撃した紋章機。

 エルシオールはレスターの指揮の下、ほぼ直進する事になっている。

 紋章機は前方を埋め尽くさんばかりの敵をエルシオールに近づく前に撃破しなければならない。

 だが、そんな事は無理なのだ。

 

「防戦には回らない。

 エルシオールの護衛は俺とミントで行う。

 後の皆は無人艦隊の旗艦を狙ってくれ」

 

『いいのかい? 敵にこれだけの人が居るって事は恐らくは―――』

 

 裏切者達の部隊と無人艦隊は大分距離が離れていて、無人艦隊の方へ向かうと、裏切者達との戦闘には戻ろうとしても間に合わないだろう。

 そうなると、向かう紋章機もそうだが、エルシオールが孤立する事になる。

 

「大丈夫さ。

 今回君達はエルシオールを無視してかまわない」

 

『そうかい、ならそれを信じよう』

 

「ああ。

 敵はエオニア軍副官のシェリーだ。

 指示は随時出していく。

 頼んだぞ」

 

『了解、じゃ、行くよ』

 

 3番機を残し、4機が敵軍に向かう。

 前方を固めているのは有人の艦隊の壁。

 だが、今の紋章機なら敵の攻撃を掻い潜って突破可能だ。

 攻撃しつつではあるが、基本的にそれらを無視、通り過ぎて無人艦隊の方へと向かう。

 そもそも有人の艦隊はシェリーがちゃんと指揮をしていないのか、統率が取れていない。

 ただ、その中でも目的はある様で、これだけは皆同じだった。

 有人の艦隊は全て、通り過ぎた紋章機を無視した。

 旗艦が狙われているのは確かであろうに、有人の艦隊はエルシオールだけを狙う。

 戦闘前に、シェリーが命じたか、もしくはそれを促す発言でもしたのだろう。

 このままでは紋章機が敵旗艦を落とす前にエルシオールが囲まれてしまう。

 

「が、勿論そんな事はさせない。

 行くよ、ミント!」

 

「待ちくたびれてしまいましたわ!」

 

 エルシオールを囲みつつある敵艦へ向けて3番機が飛ぶ。

 その軌道は翼が生えていなくとも鳥の様で、ヴァニラと飛んだ時の様に羽が舞い散る。

 後1歩で翼が展開する、その兆候だ。

 3番機の接近に敵艦から砲撃が始まる。

 ミサイル等の実弾からレーザー等のエネルギー兵器が入り乱れ、弾幕を展開しての防御だが、この宇宙を自由自在に飛びまわる紋章機には当たらない。

 レーザーすら装甲をかすめ、塗装を焦がす程度だ。

 タクトは敵の攻撃を完全に見切って、弾幕の間を縫い、敵機に接近する。

 

 そうやってわざわざ接近し、タクトはミサイルを発射する。

 3番機に搭載されているのは長距離ミサイルだ。

 弾幕に防がれてしまうのもあるだろうが、いくらなんでも近すぎる発射。

 それに、自在に飛ぶ紋章機とは違い、ミサイルの方はやはり殆どが弾幕よって防がれ、敵に当たる前に爆発してしまう。

 そんな爆発が近い距離で連続し、3番機はほんの一瞬だが爆煙に包まれ、姿を消す。

 直後、自らの推進によって爆煙の中から飛び出した3番機は、全速力のまま、敵艦隊を通り過ぎた。

 

 殆ど敵艦対を無視するかの様に飛び去った3番機。

 敵はまだ健在で、エルシオールを包囲しようとしている。

 だが、その時だ。

 多数の爆発が起きる。

 敵艦からだ。

 主に推進装置からの爆発で、行動不能に陥っている。

 それも1隻ではなく、2隻、3隻と次々に爆発が起き、ただのスペースデブリと化して行く。

 

 3番機がミサイルを撃ち込もうとすらしていない艦まで爆発が広がり、中の人間はさぞ慌てふためいている事だろう。

 おそらく、裏切者達は何故自分の艦が爆発しているのかも気付いていない。

 

「ふふふ、いい感じですわ」

 

「ここまで集中してフライヤーだけを操った事もそうないだろう?」

 

 当然それは3番機の攻撃だ。

 3番機の最大の武器であるフライヤー。

 それにより遠隔攻撃だ。

 先ほどすれ違う前、爆煙を通った時に射出し、敵に張り付かせていたのである。

 

 フライヤーはある程度の範囲内限定であるにしても、3番機本体の位置、向きに関わらず全方位を攻撃可能な兵器。

 そして、小型の独立機体である兵装である為、実はレーダーには元々映りにくい。

 更に3番機のもう一つの特徴は広域ECM(電子戦装備)により敵のレーダーからフライヤーを消す事で、肉眼で捉えない限りは発見できない物となる。

 

 普段からその様にも使えるが、操縦もしなければならない普段では3基の操作が限度で、展開を隠すのも難しい。

 しかし、操縦をタクトに任せている今、ミントは最大展開であるフライヤーダンスを常時使用している様なものだ。

 それに、今のミントのテンションならフライヤーの展開範囲も広がっている。

 流石に敵艦隊全てを同時攻撃できる程では無いにしろ、同時に4,5隻なら攻撃可能だ。

 

「ええ、ありませんわ。

 こんなに自在に動かせるのは。

 今の私のテンションで、H.A.L.Oシステムもいい調子です。

 今までも自分の手足の如く操ってきたつもりですが、今日は別格ですわよ」

 

 テンションによる機能向上は展開範囲だけではなく、一つ一つの動きの細かさもだ。

 いくら隠密行動が可能になっているとはいえ、弾幕の中を展開していればいつかは敵弾が命中し、フライヤーが壊れてしまう。

 しかし、今のミントならば射出している全基を精密操作し、弾幕を掻い潜り、敵に張り付ける事ができる。

 弾幕を見切る眼はタクトに及ばないものの、元々弾幕がフライヤー程の小型の物体をも防ぐ程高密度で展開されている訳ではない為、ミントでも回避が可能だった。

 

 あたかも自爆でもしているのではないかという一見不可解な爆発が多発し、敵は悉く沈んでゆく。

 

「弱いな、所詮は烏合の衆か」

 

「全くですわ」

 

 慌てふためき、敵の攻撃もヤケクソ気味だ。

 こうなると、今だにフライヤーに気付いていないのではないかと思われる。

 それでも展開範囲限界を見切られない為に敵との直接交戦も織り交ぜているが、攻撃を受ける気が全くしない。

 楽しく飛ぶ2人であるが、楽過ぎて全力を出し切れていないでいる。

 

 だがそんな中、敵側に新たな動きがあった。

 3番機への対処をしながらもエルシオールへの接近も行っていたのだ。

 ある距離に近づいたところでミサイルにしても大きな物体が敵艦のほぼ全艦から射出された。

 

「アレは―――」

 

(フライヤーで推進部を破壊して止める。

 止めるべき対象は指示する)

 

「ええ」

 

 それには覚えがあった。

 無人艦との戦いの中、人間と戦った事もあった。

 そう、ヘルハウンズ隊と。

 そのヘルハウンズ隊もしてきた攻撃手段―――艦内潜入と白兵戦だ。

 

 タクトは、ミントのテレパスをフル活用し、口に出しては間に合わないターゲットの指定を思考でのみ高速で指示する。

 

 敵が有人の艦隊も居ることでフォルテも懸念していた事態。

 当然タクトも予測し、距離がある内は敢えて離れて攻撃をしてきたが、今はエルシオールからさほど離れてた位置ではない。

 ミントのフライヤーによる精密同時射撃で、射出されるミサイル型強襲機を止める。

 当然エルシオール側も弾幕を展開して防ぐが、ヘルハウンズ隊の時がそうであった様に、全てを止めきる事はできない。

 その為、白兵戦はどうしても必要になるが、今回はフォルテ達は無人艦隊の方に向かっている為離れており、戻ってくるには時間が掛かる。

 タクトとミントが戻るにしても、まだ敵艦隊は残っている為、攻撃を休める訳にはいかない。

 

 ならばどうするか―――

 

 問題はなかった。

 ヘルハウンズ隊に侵入された時とでは、エルシオールは全く別物と言って良いのだから。

 

 

 

 

 

 その頃、侵入に成功した皇国の裏切者達のチーム。

 計5チームがエルシオールの装甲を破り、内部への侵入を果たした。

 いずれもパワードスーツに身を包んだ重装備の人間だ。

 

「よし、エオニア軍から提示されたエルシオール艦内マップを開け。

 予定通り、シヴァ皇子を捕獲する。

 早い者勝ちだ、行くぞ!」

 

「おう!」

 

 目的はヘルハウンズ隊と同じシヴァ皇子の確保。

 そして、質は兎も角、人数はヘルハウンズ隊の時より圧倒的に多い。

 だが、そこへ突如風が吹いた。

 

 ヒュオンッ!

 

「ぐわっ!」

 

 突然、侵入者の1人が倒れる。

 

「敵か? 馬鹿な、この艦にはろくな兵士は居なかった筈では!」

 

 侵入者の前に現れたのは、軍服の様なものを着た男。

 右手に剣を、左手に銃を持ってパワードスーツを着た侵入者達に近接戦闘を仕掛けてくる。

 

「馬鹿な、生身の人間相手にこんな……」

 

 普通に考えて、パワードスーツを着ている方が圧倒的に有利だ。

 侵入者は素人でもないのだ、戦闘慣れもしている。

 それなのに、トリッキーでもない、基本的な戦い方をしているだけの筈の生身の人間1人に勝てない。

 

「ひぃっ!」

 

 パシュッ! パシュッ!

 

 更に奥から、女性が援護射撃をしていた事に、侵入者は全員が行動不能になってから気付いたのだった。

 だが、気づく事はない。

 その男女が、この艦に乗っている人員のデータには全く存在しないことを。

 そして、自分達が目撃した男女2人から以外の攻撃も受けていた事にも気付く事はなかった。

 

 

 

 

 

 そんな戦闘を、エルシオールはブリッジ前の廊下に姿を現し監視していた。

 今戦っているのは、エルシオールが良く知るある男女のペア5組。

 本来は7組いるのだが、2組はある事情で使うわけにはいかないので、それ以外の5組だ。

 そう、戦っているのはエルシオールと同じ立体映像に過ぎない。

 ただ重力制御とナノマシンを使い、立体映像というよりは戦闘用パペットに近い形で運用している。

 使っている武器は実物で、与えているダメージも本物だ。

 戦闘不能にした後、侵入者が脱出用に持ってきていたポットに乗せて追い出す作業を行う。

 

 それも全て終わった頃だ。

 

「ご苦労様、ヘレス。

 援護感謝いたします」

 

 わざわざ姿を現していたエルシオールの下にヘレスがやってくる。

 侍女服のまま、その手には大型の狙撃用レーザーライフルを持って。

 

「アレが、『先代』と言う訳ですね。

 あの強さも本物同様ですか?」

 

「ええ、私の記憶する限りの彼等よ。

 白兵戦だってできたんだから」

 

 ヘレスの問いに誇らしげに答えるエルシオール。

 そして、特殊な立体映像でしかない彼等を少し寂しげに消滅させる。

 今回は、エルシオール自身の姿を見せる訳にもいかず、重力制御だけで追い返す様な、エルシオールの機能を明かす事でとった緊急手段だ。

 本来は、この様な形で彼等を利用するつもりなどなかった。

 

 ともあれ、これでエルシオールの仕事は終わった。

 が、姿を消す前に、ここまでわざわざ来て姿を見せたヘレスに聞く事がある。

 

「ところでヘレス、貴方何時の間に狙撃技術を?

 私が眠る前まで、シェリーと一緒に学んでいた技術の中には狙撃銃は使える程度のものでしかなかった筈だけど」

 

 今回、ヘレスは狙撃銃で長距離狙撃による援護に徹していた。

 それを5箇所の内3箇所で行い、戦いをより優位に進めることができた。

 この艦内では前にも狙撃銃を使った事があるが、今回の使い方はより高度な技術を必要としていた筈。

 エルシオールが知る限り、つまりまだタクトが『トランスバール』であった内は、ヘレスにそんな技術は持っていなかったのだ。

 そして、その後、新たに技術を得る機会もそう多くは無かった筈だが、その中で何故狙撃技術を獲得したのだろうか。

 

「私の狙撃技術などたしなむ程度のものでしかありませんよ。

 必要があって覚えましたが、結局はこの程度ですから」

 

「十分だと思いますが。

 そう言えば、戦闘機の操縦もできる様になったのでしたっけ?」

 

「ええ、それも必要がありましたから」

 

「そうですか」

 

 その意味をエルシオールは考え、それ以上は追求しなかった。

 恐らくは、直ぐに解る事だ。

 

「外の方も有人の艦隊の方は片付いたみたいですね」

 

「そうですか。

 予定より早かったですね」

 

「流石は、といったところですね」

 

 そこでエルシオールはブリッジの中へと移動し、ヘレスはシヴァの下へと戻る。

 裏切り者達はこれで倒し終えたが、戦いはまだ終わっていない。

 

 

 

 

 

 その頃、エルシオールの周囲は大分静かになっていた。

 大爆発はしない、きちんと原型を留めた戦艦が多数浮遊しているだけの空間となったからだ。

 

「動ける敵はもう居ませんわね」

 

「ああ、推進装置を破壊し、砲門もほぼ潰した。

 この状態で攻撃をすればどうなるかは、奴等も解っているだろう」

 

 裏切者の集団とはいえ、同じトランスバール皇国の者達だ。

 ここでは殺さず、後に正式な裁きを受けてもらわねばならない。

 とはいえ、現状急いでいるエルシオールには彼等の足を無くす事しかできない。

 後は周囲の星にいる者達に任せる事になる。

 

「さて、本命はあっちだな」

 

 タクトとミントが裏切者達との戦闘を繰り広げるなか、他のエンジェル隊は後方のシェリーと無人艦隊との交戦距離に達しようとしていた。

 こちらの片付けは間に合ったと言える。

 

「ミント」

 

「ええ、解ってますわ」

 

 ただし3番機は他の4機と無人艦隊との戦闘には間に合わないだろう。

 エルシオールの速度を落とし、4機に待ってもらえばいいが、そうもいかない。

 一応全速で飛ぶが、3番機ができる事はタクトが4機へ指示を飛ばす事くらいだ。

 3番機には電子戦装備がある為、情報は入りやすく、エルシオールのブリッジと変わらぬ指揮が可能となる。

 そんな中、ミントは目を瞑り、静かに呼吸を整え始め、それに伴いH.A.L.O出力も下がり始める。

 タクトの仕事に支障は無いが、3番機の速度はどうしても落ちてしまう。

 

「よし、こちらも指揮を始めよう」

 

 その状況をタクトは良しとし、自分の仕事に専念する。

 レーダーを見ると、敵も既に動いている。

 無人艦隊を細かく操作し、陣を組み始める。

 プログラムでもある程度戦略をとる無人艦隊だが、ちゃんとした指揮官が居る時の脅威はその比ではない。

 まずミサイル艦が左右に広がり、ほぼ真っ直ぐ飛んでいるだけの紋章機を囲むように動く。

 

「2番機、2時方向へ進路変更、ミサイル艦の裏まで回れ。

 1番機は直進、4番、5番機はランファを追って攻撃」

 

『了解!』

 

 包囲を崩しつつ、中央にも穴を開ける。

 だが、その穴を埋めるべく高速艦が接近すし、その後方に巡航艦が控える。

 

「5番機は1番機の援護に、2番機はそのまま側面へ回りこめ。

 4番機は直進」

 

 足の速い2番機で側面から陣を攪乱しつつ、可能な限り直進し、旗艦を狙う。

 しかし相手も自分の操る無人艦の性能を当然把握した上で艦をを動かし、包囲を完成させようとする。

 この数に包囲されれば、如何に紋章機といえども無事では済まない。

 敵は最速の高速艦でも、こちらで最も遅い4番機と同程度なので、包囲されないようにするのは簡単といえば簡単だ。

 だが、弾薬は無限ではない。

 ブラマンシュから物資を購入している為、エルシオールまで戻れば補給可能だが、そうなると今度はエルシオールが危機にさらされる事になる。

 例えエルシオールが足を止めるか、後方に下がったとしても、紋章機がエルシオールまで戻ってしまってはその分追いつかれてしまうからだ。

 数の上で圧倒的に不利である為、こちらはどうしても旗艦一点集中をしなければならない。

 

「4番機、11時方向に攻撃集中。

 2番機、4番機の援護に急行。

 1番機はそこから2時方向へ射撃、5番機はその援護に」

 

 勿論、敵陣のほぼ中央を突破しようとしているので、紋章機の包囲は進んでしまう。

 その為、足を止めたらアウトになる。

 敵も穴を埋められなければアウトだ。

 互いに相手の動きを予測し、駒を動かす。

 まるでチェスでもしているかの様な感覚だ。

 

 しかし、相手はチェスの様に駒を消費できても、こちらは一つも取られる訳にはいかない。

 自分を護りつつ、攻撃の手も休めない。

 そんな戦略を求められる。

 

「2番機、11時方向へ先行、5番機はその援護に。

 1番機、4番機は直進し、攻撃」

 

 前回はこれよりも多い数に対して勝っている。

 だが、今回はエルシオール自身と3番機が戦闘に加わっていない。

 1機ごとの戦力は多少向上しているとは言え、1機とエルシオール分の戦力差を埋めるには程遠い。

 徐々に、抜け道は狭まり、進行速度が落ちてゆく。

 

「ミルフィーユ、ハイパーキャノン発射!」

 

 ついに、包囲が完成してしまった。

 敵の陣は後一枚というところで。

 タクトは最後の賭けの様に、敵旗艦方向へハイパーキャノン発射を命じた。

 その一撃で、最後の壁は破れるし、敵旗艦にも一応命中した。

 だが、その穴へ全機が突入する前に、敵旗艦自体が問題となる。

 シェリーの乗っている旗艦は旗艦に相応しい装備だ。

 その砲門が全てその穴だけに向けられれば、それは穴ではなく、的となる。

 包囲は完成し、紋章機に向けて抜け道などない砲撃の雨が降り注ごうとする。

 その瞬間だ。

 

「ミント!」

 

「ECM全開!」

 

 パァァァァッ!!

 

 無人艦との交戦宙域からまだ離れている3番機からECMが放たれる。

 敵艦の、特に無人艦だからこそ有効な電子妨害。

 この時の為、ミントはエルシオールと行っている訓練の様に心を落ち着け、一気に高めて放出する準備をしていた。

 その結果として、このホンの一瞬だけとはいえ、3番機に翼が顕現した。

 限りなく無に近い状態から、一気に力を放出し、出力を高める。

 そんな方法で一つの機能だけに絞って使用すればどうなるか。

 その答えは、沈黙だ。

 無人艦隊が、シェリーの旗艦すら、この一瞬だけ動きを止めた。

 あまりに離れた位置に居る3番機からのECMで無人艦隊を一瞬だけとは止める事ができた。

 

 その一瞬こそ、勝利への道だ。

 

「これで、チェックメイトだ! 全機、全力砲撃!!」

 

『了解!』

 

 穴を抜け、各機が自分の間合いから敵旗艦に集中砲撃を開始する。

 今まで温存してきた弾薬を、最大のテンションをもって放つ。

 如何に頑強な黒き月特製の戦艦といえど、それに耐えられる筈もない。

 

『見事です、タクト』

 

 砲撃を受け、今堕ち行く敵旗艦から通信が入った。

 既に通信もろくにできないらしく、音質も悪く映像はない。

 

「合格ですか?」

 

『ええ。

 まさか紋章機に乗り込むなんて、予想外でしたよ』

 

「これは、こちらの不手際による事故ですけどね」

 

『そう、それでも『乗った』というだけで意味は大きいわ。

 けれど、まだ貴方はエオニア様の掌の上からは出れていないわ』

 

 タクトがエオニアの戦略を読んでここまでの航路を計画した様に、エオニアにとってタクトの考える事など全てお見通しなのだ。

 そして、タクトはエオニア相手にそれが敵うと思ったことはなかった。

 

「そうでしょうね。

 もし俺がエオニアの掌の上から出るとしたら、ある1点に集中するしかない」

 

『期待しているわ。

 それじゃあ、さようなら、タクト』

 

「はい、シェリー」

 

 敵旗艦の爆発と共に、脱出シャトルが出るのを確認する。

 そのシャトルを護る様に無人艦隊は後退して行く。

 

「……

 全機帰還せよ!」

 

『了解!』

 

 これで、ここでの戦いは終わった。

 シェリーも、タクトも役割を果たしたのだ。

 だが、それは兎も角、最後に一つだけ確認すべきことがある。

 

「楽しかったかい? ミント」

 

「ええ、かなり。

 でも、まだまだ楽しめそうですから、期待しています」

 

「そうかい。

 俺も楽しかったよ。

 それじゃあ、次に楽しめる時まで、少し休むといい」

 

「ええ」

 

 最後の一瞬、過去最大の出力を放出したミントは、そのまま疲労で眠ってしまう。

 3番機はなんとか、タクト1人で動かし、エルシオールへと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから20時間後。

 最後のクロノ・ドライブを終え、ついにエルシオールはトランスバール本星へ、白き月の待つ場所へと戻ってきた。

 

「ミント、もう身体は大丈夫かい?」

 

『ええ、ぐっすり眠って全快ですわ』

 

「よし、では全機出撃」

 

 だが、そこはエオニアが占領した場所でもある。

 白き月、そして本星の周囲には無数の無人艦が並んでいた。

 だから、帰ってきてまず行うのは戦闘だ。

 

「ついにここまで戻ってきた。

 逃げて置いて来た者達が今目の前にいる。

 報せよ! 我等の帰還を。

 示せ! 我等の力を。

 そして取り戻せ! 我等の誇りを!!

 エンジェル隊出撃!!」

 

『了解!!』

 

 シヴァの号令の下、戦闘が開始される。

 光に護られら白き月の中、そして地上の人々にも見える様に。

 ここが戦争が開始された場所。

 そしてここが―――

 

 

 

 

 

To Be Continued......

 

 

 

 

 

 後書き

 

 と言う訳で10話をお届けしました〜。

 本当はエイプリルフールに完成予定だったのですが、遅れに遅れてしまいました。

 遅れた分、予定よりも容量は増えてます。

 思いつきで増えているシーンがありますよ〜。

 行き当たりばったりのダメ作者です。

 

 それにしても、もしかしてランファったら毎回トレーニングルームに居る気がしますね。

 毎度様々な理由でトレーニングルームを使っているのもあるんですけど。

 原作ではそんな事ないのに、こちらでは格闘娘の部分しか出せていない感じがします。

 いろいろ失敗している気がする〜。

 今回は訓練場外せなかったんです。

 

 さて、次はいよいよ最終話です。

 最終話でしか出てこないキャラが出てきますね〜。

 と言う訳で次回もよろしくお願いします。








管理人のコメント


 ついに最終話とは感慨深いものがありますね。

 次回はあのお方の登場ですが、果たしてどんな話になるか。

 必要な伏線は回収されるはずでしょうから楽しみです。


 色々と衝撃の事実も出てくる出てくる……?


感想はBBSかweb拍手、メール(ts.ver5@gmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)