決戦直前、司令官室。
開幕が迫る中、タクトは司令官室で1人資料を確認していた。
その資料とは白き月に残っていたデータと、エルシオールが実際に見た黒き月の構造について。
エルシオールには開示しうる限りのデータを貰い、そのある部分を何度も確認する。
「……よし」
最後の休息の時間の大半をこれに費やし、タクトは立ち上がる。
やれるべき事は全て終えた。
今可能な限りの過去の清算も終わり、覚悟も揺ぎ無い。
後は、既に投げられた賽の中で、どれほど結果を自分の望む形に引き寄せられるかだ。
黒き月の襲来予定時刻まで後1時間。
決戦まで後僅か1時間という時間となった。
そして、その時間は余興が始まる時間でもあった。
「マイヤーズ司令、無人哨戒機より敵影を捕捉したとの連絡が入りました。
数は300、エオニア軍無人艦隊の本隊です。
黒き月はいまだ姿を見せておりませんので、先行してきたものと思われます」
「よし、最終決戦の序章だ。
エンジェル隊、出撃。
まずは華やかに開始の合図としよう」
『了解!!』
これも予測していたこと。
黒き月はその武装上、大量の味方艦隊が傍に居ても無意味だ。
引き連れている味方は自分よりも早いのだから、この段階で先行させて、こちらを疲弊させるのが正しい。
300という数は、少し前のエルシオールとエンジェル隊ならば勝利を得られない大部隊だが、今となっては過去の話。
エルシオールは戦力外なので、紋章機1機あたり60もの数を相手にしなければならないが、白き月と本星のバックアップがある今、補給は事実上無限。
なんら憂いなく戦えるならば、もう今の無人機の性能では、数で押し切るには全く足りない数だ。
むしろ、今のエンジェル隊には物足りないかもしれない。
なにせ、最終決戦に向けて最後の実戦であり、晴れ舞台に立つのに成長できる最後の機会だ。
エルシオールには格納していなかった紋章機が白き月から射出される。
その後を追って最後にエルシオールも白き月より出撃した。
『エンジェル隊、エルシオール、敵を殲滅せよ!』
「了解!」
そして、白き月の謁見の間でシヴァが号令を掛ける。
尚、その後ろにはシャトヤーンも居る。
まだ安静にしていなければならない状態の為、玉座に座って動く事はできないが、ベッドの上で寝ていられる訳もない。
2人は並んでここから決戦を見守る。
ただ見ている事しかできないが、それが、今の彼女達の役目。
「紋章機各機は、各個で敵を撃破せよ。
指定したポイントで自由に戦ってくれ。
基本的に今回俺は指令を出さないつもりだ」
『了解、感謝するよ、司令官殿』
更に、タクトもこの戦いに関しては自分の役割を放棄する。
いや、これも役割だ。
彼女達の成長を促す為、この戦いを個人個人の能力発揮を全てとする。
最終決戦を前に、少しでも損害を抑えなければならないのだが、細かい指示が無くとも、今のエンジェル隊ならば問題ないとの判断だ。
「では、補助システムをスタートする。
シャトヤーン様」
『了解、全紋章機のH.A.L.Oシステム補助を起動します。
皆さん、思うがまま、飛んでください』
『了解!』
シャトヤーンの言葉が届くと同時に5機の紋章機が光り輝き始める。
出撃した時点で既に羽らしき光を撒き散らしながら飛んでいた紋章機に、光の翼が出現する。
H.A.L.O出力が150%付近まで上昇し、クロノストリングエンジンの出力に比例し、機体全ての機能が上昇してゆく。
『各機散開。
ラストダンスまでのパートナーは自分で見つけな』
フォルテの合図で、並んで飛んでいた紋章機がそれぞれ選んだ方向へ飛んでゆく。
翼を持った彼女達を阻むものなどなにもない。
戦闘が始まり、翼を持った紋章機で、ミルフィーユは真っ直ぐ飛んでいた。
最高速度も今までより遥かに上がっている。
光の翼は基本的に余剰エネルギーの塊だが、それ自体が推進装置であり、姿勢制御装置であり、武器でもある。
それを純粋に推進力とした場合、80%程度のH.A.L.O出力で翼も無い場合と比べれば2倍近い速度が出せる。
しかし、そんな高速での飛行でありながら、パイロットに掛かる負荷は軽微だ。
更に、自分がどの程度で飛んでいるかは、計器を見なくても肌で感じる事ができる。
矛盾している様にも思えるが、これがH.A.L.Oシステムの特徴。
そして、エルシオールの訓練もあって、ミルフィーユは正に機体と一体化しているかの様に感じられている。
「さあ、まずは……」
敵軍の真正面、そろそろ敵側の攻撃もはじまる頃だ。
だが、スピードを緩める事はなく、真っ直ぐに飛ぶ。
敵の攻撃が始まり、ミサイルやレーザーが1番機を狙う。
それが直撃する直前、ミルフィーユは機体をくるりと横に一回転させる。
ミサイルを紙一重で交わし、バリアにもなっている紋章機の放つ光で弾く。
そうしてスピードを落とす事なく敵軍の中へと入り、そこで初めて武器を使う。
使うのはレールガン。
敵の真っ只中にきて、機体を360度回転させながら、全方位の敵に向けて放つ。
タクトもやっていた事であり、やって見たいと思っていたことだ。
「あ、スピードが落ちちゃってる」
回転もしすぎたか、機体が少し不安定になっている。
攻撃の精度も低く、落としきれていない敵も多い。
それはレーザーファランクスを併用する事でなんとかカバーしているが、ミルフィーユは一度飛びなおす為に敵軍の外に出る。
「よし、もう一度」
翼を利用して飛ぶ感じにも大分慣れてきた。
既に元の戦闘機らしい動きを忘れる程、翼のある今の状態の事だけを考え、感じ、飛ぶ。
次は、さっきよりももっと上手く飛べる筈だ。
ランファも先ずは真っ直ぐ、最大速度で飛ぶ事に集中していた。
元より2番機は5番機までの中で最速を誇る機体。
翼を得た事で飛躍的に伸びた加速で、短時間で最大速度に達する事ができる。
最早、ミサイルでは2番機を捉える事はできない。
そして、2番機のもう一つの特徴と言えば電磁ワイヤーアンカーだ。
「よし」
敵軍に突っ込みながら、ランファは先ず右のアンカーを発射し、正面の1隻を粉砕する。
ただ1回の発射でアンカーが敵を貫き、粉砕してしまうのは、これもH.A.L.Oシステムで武器の攻撃力も上がっているからだ。
電磁ワイヤーアンカーの場合、アンカーに纏う電磁フィールドが増強され、触れた物を破砕する。
その強度はランファが細かく調整する事で、ただ刺すだけから、貫通、撃破までを操る事も可能となっている。
このアンカーを使う際に問題となるのが、そのワイヤーだ。
敵に突き刺すのはいいのだが、ワイヤーは無限では無い為、刺さりっぱなしや敵の内部に入ってしまって引っかかってしまうと機体の足を引っ張る事になる。
当然分離して捨てる事も可能だが、それは主力武器を捨てる事でもある。
その為、アンカーの刺し方には注意しなければならないが、今回敵を撃砕しながら、アンカーは深く刺さってしまい、敵機の中にアンカーが引っかかってしまっている。
ランファはそれを利用する。
「てええ!!」
ランファはもう一方のワイヤーアンカーを発射、それと同時に敵機の中に残ったワイヤーアンカーが機体を引っ張る。
その敵を支点とし、ワイヤーを使ってランファは最高速度を維持したまま、大きく旋回する。
更に機体の姿勢を細かく調整し、今はなったワイヤーアンカーをムチとして、複数の敵機に叩きつける。
電磁フィールドはワイヤー側にも展開されており、ムチというよりもそれ自体で切り裂いている。
今のH.A.L.O出力だからできる攻撃方法だ。
最初にアンカーを打ち込んだ敵機を含め、7隻の無人艦がここに轟沈する。
ワイヤーアンカーだけで、僅か数秒の間に。
「ダメね、時間が掛かりすぎているわ」
だが、ランファは納得していない。
差し込んだワイヤーアンカーを戻すにも少し手間取り、結局破壊した敵機を更に分解して取り出す事になってしまった。
下手に破壊しすぎて、内部で引っかかりすぎていたのだ。
「それに、踏み込みももっと力をいれないと」
そんな事を呟きながら、ランファは既に次の目標を決めていた。
今イメージした、改良された動きを試す為、ランファはそこへ飛ぶ。
最高速度を出し切っていた1,2番機と違い、3番機のミントは比較的ゆっくり動いていた。
だが、既に敵の中。
しかし敵の攻撃を全く受けていない。
3番機に向かってくる攻撃は一つもない。
何故なら、3番機の電子戦装備で、周囲一体の敵機は既にミントの物だった。
それらを使い、ミントは敵に同士討ちをさせていた。
無人艦しかいないこの場だからできる荒業だ。
「あら、中途半端にしか壊れませんわね。
なかなか上手くいきませんわ」
とは言え、完全掌握はできていないし、細かい動きを指定できない。
その為、無人艦同士の攻撃は上手い場所にあたらず、半壊くらいで生き残ってしまう。
砲門が壊れてもう使えない。
「仕方ありませんわね」
ミント仕方なく、全機にフライヤーで止めをさし、次の場所へ向けて飛ぶ。
「では次はフライヤーの方に集中しましょう」
ミントは6基のフライヤー、普段の倍の数のフライヤーを展開し、新たな敵軍の中へと突入する。
元より全方位に向けて攻撃できる武器を持っているのだ、ミントはその手を更に自在に動かす事ができる筈。
シャトヤーンだって、あんなに美しく動かしていたのだから。
「私にできない筈はありませんわ」
いきなり倍に増やしたフライヤーを、しかし今まで以上になめらかに動かしながら、ミントは敵軍の中を飛ぶ。
まだまだ飛べる、速く、楽しく、美しく。
そう意識しながら、ミントは翼を更に大きく広げた。
4番機はやっている事自体はいつもと同じだ。
元より多数の武装による圧倒的火力が売りの機体。
翼が生えたところでやる事は変わらない。
だが、その内容は違う。
「火力が増したのはいいが、オーバーキルになって無駄が多くなっちまったね」
攻撃力の増した各武装の一斉発射により、4番機の回りは既に新しいスペースデブリだらけだった。
しかし、そのデブリが邪魔で、攻撃がその先へ通らない。
自分の動きもそれに阻害される。
「それに、これじゃ性能に頼りきっている」
照準はほぼオートだ。
それゆえに、これだけの武装を1人で扱えるのだが、オートにしてしまっているから細かい指定ができない。
「レーザーの収束率を上げて、ミサイルはもっと回り込む様にするか」
そんな武器の細かい設定を、フォルテは飛びながら行う。
敵の真っ只中、残骸の奥から迫る新たな敵軍の攻撃を受け流しながら。
「さあ、これならどうだい?」
機体は既にフォルテの思うままに動いている。
しかし、まだ敵に対する最適な行動にはとれていない。
それを見つける為に、フォルテはまた敵の中へと飛んでゆく。
5番機も、4番機同様、あまり変わった事はしていない様にもみえる。
元々小回りの利く機体で、特徴がナノマシンの使用だった。
翼を得て変わった事は、その小回りの上昇。
敵の背後をとりながら、5番機までの紋章機の中では一番貧弱な武装で敵を撃砕する。
しかし、貧弱とはいっても5番機までの紋章機の中での話で、今のH.A.L.O出力なら2週間前の4番機の火力に相当する力を得ている。
だから、確実に1機づつ落として行く手法でも、その1機辺りの時間は大幅に短縮されている。
更にヴァニラが行っている事は、当然それだけではない。
「……」
この宙域の全体の敵の配置と動きをレーダーで見ながら、ヴァニラはナノマシンを散布する。
宙域全体に散布しながら、それは味方の修復ではなく、敵への攻撃でもない。
味方が撃破した機体が流れてゆく方向を見て、ナノマシンを爆発物へと変え、小さな爆発を起こし、その軌道を変えているのだ。
トランスバール本星に落ちない様に、エルシオールや白き月にぶつからない様に。
敵機を手早く次々と撃破しながら、ヴァニラは全体を見渡し、他の人の安全を考える。
しかし、それで無人機を落とす速度が落ちていは意味が無い。
ヴァニラはナノマシンによる攻撃も考えながら、更に効率的な、且つ全体の安全が確保できる戦いを目指して飛ぶ。
5人の天使が飛ぶ。
この暗闇の宇宙を、敵だらけの空を駆け抜ける。
嘗ては逃げることしかできなかった敵も、翼を得た今や成長の為の糧にしてしまう。
そんな見違える程の輝きを得た彼女達の後ろからは、まるで声が聞こえる様だった。
地上からの応援の声、敵機が撃破される喜びの声。
シェルターの中から、星全体から彼女達の輝きを増す光が放たれている。
それらを得た天使に苦戦やましてや敗北などある訳もなく。
30分後には、もうこの宙域を飛ぶ無情なる無人艦の姿はなくなっていた。
「よし、皆見事な飛翔だった。
出会った頃とはもう比べ物にならない。
よくぞここまで強くなってくれた」
『いや、こんなものまだまだ。
司令官殿とシャトヤーン様の飛翔と比べれば雛鳥みたいなもんだろう。
成長はこれからさ』
「なんとも頼もしい。
では皆一度戻ってくれ。
メインディッシュが着てしまうからね」
『了解』
黒き月到着まで後30分程度。
既に白き月の無人哨戒機は黒き月を捉えているくらいだ。
黒き月が到着すれば、当然まだ出てきていない彼等が出てくる。
紋章機に対抗できるあの機体に乗って、完璧な準備を終えた彼等が。
そして、それを越えればそれは即ち―――
それから20分後。
エルシオールでの修理補給を終え、再出撃するエンジェル隊。
丁度そこへ黒い影が近づいてくる。
外観は殆ど黒く、この暗黒の宇宙に溶けながら、しかし強烈な存在感を示す存在が5つ。
「来たか」
ステルス機能を持っていると思われるが使う事はなく、その存在を示してその部隊はエルシオールとエンジェル隊の前に姿を現す。
背後には黒き月があり、エンジェル隊と白き月とは対照かの様な存在。
唯一つ違う点は母艦たるエルシオールの存在だろう。
『やあ、エンジェル隊の諸君、そしてエルシオールの司令官殿、お久しぶり。
やはり先発隊は既に全滅か。
計算よりも早い。
随分と腕を上げた様だね。
機体の性能アップもあるだろうが、それだけではこうなならない』
エンジェル隊と対峙して並び、一度停止したその部隊から通信が入る。
この部隊のリーダー格なのだろう、カミュからだ。
相変らずキザったらしい雰囲気だが、やはりその下には冷たい空気が流れている。
そして、その冷たい視線は始めて姿を見せた時よりも鋭くなっている様に感じられる。
この戦争の中で変化、成長したのはなにもエンジェル隊だけはないのだ。
更に、彼等もこの戦いの意味は理解しているだろう。
今までは全体的に雰囲気が違う。
「一応確認するが、投降する気は?」
『ない。
これが僕達の行く道だ。
ははは、しかし台詞を取られてしまったね。
じゃあ、同じ事は聞かないで置こう。
そして、そうなるともう問答に意味はないかな』
「そうだな。
エンジェル隊、ヘルハウンズ隊を撃破せよ!」
『了解!!』
『さあ、踊ろう、ラストダンスだ!』
戦いが始まる。
事実上の最終決戦。
白き月と黒き月の代表たる二つの部隊が、ここで最後の戦いを開始する。
どちらかが残り、どちらかが滅ぶ。
クロノク・エイク以前から決められた方法にして、数多の時と運命によって訪れた最後の試験。
永き時を経て、今それが行われる。
カミュの最後の言葉を持って開始された決戦は、示し合わせるまでもなく互いのライバルとの一騎討ちとなった。
ミルフィーユと対峙するのはやはりカミュだ。
カミュの乗る機体、ダークエンジェルと呼ばれる黒き月の紋章機の武装は、大凡1番機と同じものだ。
遠、中、近の全ての距離に対する射撃武装とエネルギーシールド発生装置を装備したバランスのとれた機体、最も汎用性の高い機体となっている。
そして恐らくは、そのバランスを崩す強力な武器を装備しているだろう。
「……」
『……』
先ず2人は互いに交差する様に、戦闘機の戦闘として背後を取り合う為に飛ぶ。
ただし、通常の戦闘機とは違う動きができる紋章機、ダークエンジェルも翼は無くともそれに近い事ができる為、その軌道は複雑だ。
その飛翔の間、ミルフィーユも、カミュも一言も発さない。
ミルフィーユに拘り、おしゃべりな印象のあるカミュだが、この場では言葉に意味は無いことを理解している。
当然ミルフィーユもそうだ。
カミュはどうしようもない敵であると認識し、会話をしようとは思わない。
もしミルフィーユがカミュに何かができるとしたら、それはこの戦いの勝利の後だろう。
暫く、この重力もなく、360度全方位が使える宇宙空間で複雑な軌跡を描きながら飛ぶ2人。
スピードも、旋回性能もほぼ互角。
補助システムを得て光の翼を持った今の紋章機と、ダークエンジェルは互角の性能を持っている。
これが黒き月の技術力。
白き月と対を成し、互いに高めあってきた存在の力。
機体性能が互角ならば、後はパイロットの腕次第だ。
そして、程なくその結果が出る。
「っ!!」
先に背後をとったのはカミュの方だ。
パイロットとしてはカミュの方が上だった。
いや、戦士として、カミュの方がその歴が長く、覚悟も深いと言えるのかもしれない。
背後をとったカミュはそこから1番機と同じ様に下部中央に装備する中距離ビーム砲を撃つ。
ミルフィーユは、それを上下に動く事で避ける。
更に、その上下移動の連続で敵の目を欺き、その場で宙返りをする。
それはほんの一瞬の動作だ。
しかし、超高速で飛行する2機にとっては、ミルフィーユを通り越してしまうカミュと、カミュの背後に復帰するミルフィーユという位置関係の移動が発生する。
戦闘機の戦闘で用いられる基本的な戦術の一つだ。
だが、互いの速度と位置関係を完璧に把握してなければできない技でもある。
『っ!』
立場の逆転した2機。
パイロットとしてカミュが上だったのかもしれないが、その腕は今この時も変化し続けている。
そして、覚悟もミルフィーユのそれが劣る訳ではない。
ミルフィーユはカミュと同様に中距離ビーム砲を使い、更に近距離レーザーの発射体勢も整える。
自分と同じ手は食わない様にする為だ。
だが、その間にカミュの機体の下部に取り付けられている中距離ビーム砲が動き出し、背後に向いた。
今時の戦闘機で背後に向ける武器が無いというのはほぼないので、そう言った対策も在り得る。
1番機のハイパーキャノン程銃身の長さが無く、小回りの利く砲だからできる事だが、それでも砲を稼動させるとなると強度に大きな問題がでるから主砲には使わない手だ。
しかし、この砲の場合、後ろに向ける事こそ本来の使い方だった。
「っ!?」
ドゥンッ!!
砲が放たれる。
その一瞬前、ミルフィーユは突然機体を大きく上へと退避させる。
ビーム砲を避けるにはあまりに大きな動きであり、カミュの背後という位置を自ら手放す行為だ。
だが、その判断は正しかった。
カミュの放った砲は、1番機の居た位置で大きく球形に爆発する様に膨らみ、その場の物体を消し飛ばした。
1番機は退避に成功はしたが、光の翼の先端と、左下面の装甲の一部が消失している。
それが一体どんな原理かは解らないが、恐らく、直撃すれば紋章機でも大破はまぬがれないだろう。
それが、白き月がクロノブレイクキャノンに対してハイパーキャノンを作った様に、黒き月が行き着いた答えの一つ。
収束された砲のエネルギーを一定範囲という枠の中に限定しつつ一気に解放させる事による破壊。
攻撃範囲を砲という直線から、点に絞る事での絶大な攻撃力。
その性質上、射程は短く、更に前方に撃つ場合は、機体は静止状態でもなければ自らの攻撃に突っ込んでしまう為、後方へ向けて撃つ事になる。
戦闘機が静止状態になる事など的になるのと同義だ。
お世辞にも使い勝手の良い武器とはいえないが、その性質を熟知すれば、使い方などいくらでもある。
例えば、こうした戦闘機同士の戦闘ならば、存在を示すだけで、もう背後は取れなくなるだろう。
それだけでも大きいが、カミュ程の腕があれば、この特殊な砲を敵に当てる事もできる。
超絶な威力と常識を無視した射程を持つハイパーキャノンとは脅威としては同レベルの武装と言える。
再び互いに位置の取り合いとなる。
しかしミルフィーユはカミュの背後をとれない。
背後をとるどころか、背後に差し掛かればカミュは主砲を使ってくる。
どうやらカミュが使う主砲は、ハイパーキャノンよりもエネルギー効率が良いらしく、かなりの短時間で連発する。
その度にミルフィーユは大きな回避を余儀なくされ、装甲の一部も持って行かれる。
現状その程度で済んでいるのは、ミルフィーユのカンが当たっているからだ。
普段の生活で遭遇する強運と凶運による不測の事態の連続を経験していなければ、こうも緊急回避は成功しなかっただろう。
だが、それも時間の問題。
その緊急回避も完全な回避とならず、このまま削られるだけでも大問題なのに、カミュは更に主砲の使い方を熟練してゆく。
使いながらカミュは成長しているのだ。
勿論ミルフィーユのやられているだけではない。
敵機上部をとって射撃をし、ある程度ダメージを与える事はできている。
カミュの操縦技術に追いつき、追い越そうとしている。
しかし、それだけでは決定打にならず、このままでは先にミルフィーユが主砲の直撃を食らうのが方が先になるだろう。
更に、上部は側面を取ったとしても、カミュとてダメージを受けるだけな訳はなく、他の武装での反撃をしてくるのだから、1番機にダメージは溜まる一方だ。
だからこそ、ミルフィーユは冷静さを失わない。
そして良く観察し、思考し、答えを導き出す。
カミュが主砲を発射した直後、カミュの動きを読んで即座にカミュの背後を取る。
『あまいっ!』
安全上、この間隔での使用は本来はできない。
しかし、一度くらいなら無茶を通す事もできる。
カミュはリミッターを外し、主砲を使う。
ミルフィーユの操縦技術の向上と、飛び込んできた勇気を称えながら、勝利を確信した。
しかし、
「今っ!」
『なっ!?』
だが、それよりも早く、ミルフィーユはその一瞬で自らの意志を解放し、H.A.L.O出力を上げる。
その一瞬の凝縮された出力でハイパーキャノンをチャージ、ここに放つ。
ドォォォン!!
更に、発射時に本来はしている姿勢制御を解除し、発射の反動で自ら吹き飛ばされ、退避する。
それにより殆ど一瞬しか敵にハイパーキャノンは照射されないが、吹き飛ばされながら速度を得て直ぐに復帰する。
敵の主砲は受けない、そして立ち止まりもしない。
そんな作戦は見事成功し、ハイパーキャノンは狙い通りカミュ機の主砲に命中、破損し、カミュ機本体も大きなダメージを受けていた。
ランファはギネスとの戦いを繰り広げていた。
ギネス機はランファと同様の格闘武器であるチェーンハンマーと、2番機とは違う重装甲に大口径のビーム砲と大型ミサイルを装備している。
一撃の重さで言うならダークエンジェルでもカミュ機の主砲を除いてトップになるだろう。
遠距離を捨て、近距離と中距離だけ、しかもリロードには時間の掛かるが一撃が強い武器だけを装備した機体。
2番機と似ていて、しかし対照的な機体だった。
『おらおらおらっ!』
重装甲ではあるが、後方への攻撃も激しく、また最高速度の変わりに旋回性能を重視したセッティングをしている為、容易に近づけない。
攻撃も滅茶苦茶に撃ってきている様でいて、ギネスの長年のカンに基づいた攻撃群だ。
ハンマーを避けた先にはビームが飛び、ビームをくぐりぬけたと思えばそこにはミサイルが居る。
そして、それを避けようとすればギネス機が既に後ろに居る。
ランファは、機体が最速で、今は翼を持っているから避けられると判断している。
今の自分だから辛うじて避けられている。
だが、今の自分では避けるだけで精一杯だ。
それに、2番機の武装では、ギネス機の重装甲は貫けない。
恐らくアンカークローでやっと貫ける程度だ。
だが、仮に貫けたとして、それでしとめられなければ、そのワイヤーをつかまれてやられるのはランファの方だ。
切り離しも間に合わず、撃砕されるだろう。
『どうした! 逃げているだけか!
お前の力はそんなものか!!』
ギネス機からの通信が勝手に2番機に入ってくる。
それは会話などではなく、相手の一方的な叫び。
だから、ランファは答える事はないが、しかし行動では否定する。
ランファはずっと移動していた。
ギネスの攻撃を掻い潜り、隙を見て攻撃している様でいて、実は場所を変えているのだ。
あることができる場所へ。
『もらったっ!』
ジャリィィィンッ!!
しかしそんな中、ギネスのチェーンハンマーが2番機を掠め、更にギネスは機体の動きを使ってチェーンを2番機に絡める。
2番機のワイヤーアンカー同様、ハンマーを繋ぐチェーンも当然武器になる。
『トドメだ!』
そこへ、もう一方のチェーンハンマーが2番機に放たれる。
機体が捕らえられている為避けられず、受ければ紋章機といえど砕けてしまう攻撃だ。
しかし、
ガシッ!!
そのハンマーは2番機の右のクローによって受け止められる。
更に、左のクローは絡まっているチェーンを掴んでいた。
「それを、待ってたわ!」
ブオンッ!!
『うおぉぉぉぉっ!!』
こちらからクローを差し込んだのではできない事。
捕まれたとはいえまだ速度が生きていたから可能な事。
そして、ランファだかそれは成せる。
チェーンで捕らえられていた筈の2番機が、自分より遥かに重いギネス機を投げる。
そう、それは誰がどう見ても投げ技だった。
戦闘機同士の戦闘なのに、形は人型には程遠いのに、見事なまでにギネス機は2番機に投げ技を受けたのだ。
そして、行く先はスペースデブリと化した無人機の残骸、先の戦いでの勝利の証だ。
受身を取ることはできない、そんな事考えもしなかったのだから。
ズダァァァンッ!!!
無人機の残骸の打ち付けられ、そこへ更にランファは全武装を叩き込み、無人機の残骸もろとも大爆発を起こす。
まだ無人機にはエネルギーが残留していたのだ。
ギネス機は、流石に直ぐにチェーンを手放し、砲まで使って脱出したが、重装甲の半分以上が崩れ落ちていた。
ミントとリセルヴァもまた、戦闘機による戦闘の基本に則り、激しい交戦をしていた。
しかし、激しく動き回っているのはリセルヴァの方で、ミントはそれを回避しているだけだった。
そもそもミントの3番機はフライヤーがある為、わざわざ敵の背後をとる必要は無い。
ある程度近づく必要はあるが、そこからフライヤーだけを敵の背後に回せば事が足りる。
更に言えば今の3番機なら電子戦だけで敵をある程度操る事すらできるのだから、戦う必要すらない。
だが、それができるのも鈍足な無人艦だったからだ。
そして、リセルヴァのダークエンジェルは相性としては最悪だった。
いや、リセルヴァがあまりにミントだけを見てセッティングしたとしか思えない機体に乗っていると言った方が良いだろう。
リセルヴァの機体はダークエンジェル最軽量、最高速の機体だ。
主な射撃武器はレーザーバルカンのみという軽装。
しかしその装甲が特殊で、全身を無数にエネルギーカッターで埋め尽くし、極近距離までだが、そのエネルギーの刃を放つ事もできる。
針を飛ばせるハリネズミとも言えるだろう。
そのエネルギーカッターには間と言う物がなく、リセルヴァ機はそれ自体が刃であり、エネルギーで覆われている装甲でもある。
武装がそれだけであるし、そもそも黒き月をして特製の機体なので、電子妨害対策もミントですら手の出せないレベルだ。
その為ECM装備は役に立たず、ミントはフライヤーと長距離ミサイルのみで戦う事になるのだが、どちらも近づけばエネルギーカッターにより切り裂かれ、落とされる。
全身が刃である事でできる『体当たり』という原始的でありながら戦闘機の速度をもてば強力無比たる攻撃は、フライヤーに回避も許さない。
例えフライヤーの攻撃が当たっても、エネルギーシールドとしての役割のあるそれにより阻まれ、貫く事ができない。
既にフライヤーは半分近くが壊されてしまい、今は全基収納している。
大凡手詰まりに近い状況に陥っていた。
しかし、ミントの顔に焦りはない。
むしろその逆であった。
『ええいっ! ちょこまかと!』
「鬼さんこちら、ですわ」
安いといえるかもしれないが、挑発までして不敵な笑みを見せるミント。
リセルヴァはミントに私怨を持ちながらも一応戦士だ。
その程度で冷静さを欠く事はないが、全く苛立たないという訳でもない。
リセルヴァはミントに勝てると確信している。
3番機の武装では、機体その物がエネルギーソードと化したリセルヴァ機を倒す手段はない。
武装もほぼそれだけであるが故に、常時展開ができ、隙を突かれる事もない。
エネルギーソードの状態なら、長距離ミサイルも、フライヤーの攻撃も通らない。
だから負ける事はありえないし、こうして体当たりを仕掛け続け、3番機は徐々にダメージを受けている。
その為、いずれは勝てる。
卑怯に近いかもしれないが、確実な攻撃を着々と積み重ねられるのも力の内だ。
ミントもそれを卑怯とは言わないだろう。
それとは逆にミントは全く変わらず不敵な笑みを見せ続ける。
それはただの強がりだと考えはしても、そう断言してしまうのは油断かもしれないとも考える。
まだ動きに迷いが出るほどではないが、確実にリセルヴァの精神を乱していた。
「因みに、私いろいろと企んでいましてよ」
『興味ないね』
ミントの言葉につられてはならないと、リセルヴァは自らが繋げている通信から入る声を無視する。
このまま切り裂いてゆけば勝てるのだ。
この怨敵に。
だから、何も考える必要はなかった。
しかし、
「あら、そうですの」
もう幾度目かのミントの回避行動。
そして空を切るリセルヴァ機。
だが、3番機が回避行動を行った後、そこに残る物があった。
3番機に残る全て、15機のフライヤーだ。
15機が1機を中心としてその周囲に並び、花の様に展開している。
『なっ!』
ズダァァンッ!!
そして一斉同時射撃。
それも15機ものフライヤーがただ1点だけを撃つ。
単純な足し算ではない貫通力と破壊力を持った一撃が、ここに生まれる。
15機を同時に、完璧に自分の一部として操作してこそできる精密射撃が、リセルヴァ機が展開するエネルギーソードを破る。
ミントは自分の手持ち武器では攻撃を通す事が出来ないと判断すると、フライヤーを重ねて攻撃力を増す事を考えた。
しかしリセルヴァにフライヤーを展開して集結させる隙はない。
そこで、リセルヴァから見て死角になる自分の機体の陰にフライヤーを出し、準備していた。
少しずつ位置を調整しながら、背に隠しながら飛び、そして相手がこちらの言葉にほんの少しでも意識を向けたその瞬間に放つ。
たった一度のチャンス、どこかでバレれば即失敗となる作戦だったが、ミントは笑みを見せながら成功させる。
一方リセルヴァ機は、直前で回避行動をとった為、直撃こそ避けたものの、右側の羽が破壊され、エネルギーソードも覆いきれなくなっていた。
それは戦闘不能ではなくとも、撤退すべきダメージであり、そんな穴があってはミントはいくらでも勝つ方法があるという事にもなる。
フォルテとレッドアイの戦いは5人の中では最も派手だった。
レッドアイの機体仕様は機雷をメインとするというもの。
小型の機雷を散布し、相手の動きを封じ、中距離ビーム砲と中距離ミサイルで相手を攻撃する。
そんな相手にフォルテは持てる武器全てを使い機雷を撃破して道を切り開き、ビームを回避し、ミサイルを掻い潜ってレッドアイ機に近づく。
しかし、更にレッドアイ機はスモークを放出し、4番機を近づけさせない。
スモークは光の翼の羽ばたきで吹き消す事もできるが、その為に速度を落とす事になり、それは事実上出来ない事だ。
仕方なく4番機は一旦離れてレッドアイ機の再補足を図る。
4番機の武装なら遠距離からの攻撃もできるが、武装の殆どは機雷を破壊するにも使っている。
武器に使うエネルギー、弾薬は無限ではないので、レッドアイ機には確実に当たる攻撃をしなければならない。
レッドアイ機はステルス性を追求している為、あまり装甲は硬くないだろう。
フォルテの方は当てれば殆ど勝ったも同然なのだが、現状レッドアイ機を捕捉する事すらできてない。
勿論レッドアイの方も機雷やスモークは無限ではない。
しかし、フォルテは全ての機雷、全ての攻撃を完全に回避はできていない。
4番機は5番機までの機体では一番鈍足で、一番装甲が厚い。
その為小型の機雷だけでは大したダメージにはならないが、積み重なれば動けなくなる。
レッドアイの機体はそう言う戦い方をする機体だ。
大火力で敵を殲滅するフォルテの4番機とは正反対の特性と言ってよいだろう。
そして、4番機はこう言う敵は苦手とする。
火力を重視した機体では、対抗する手段に乏しい。
「……」
しかし、搭乗者であるフォルテは違う。
フォルテは好みとして今の4番機を使っているが、火力に物を言わせた戦いを得意とする訳ではない。
むしろ逆、フォルテの戦いの経験の中では、火力が十分だった事など極めて少ない。
元は小さなハンドガン一つで多種多様の敵と戦ってきたのだ。
ブワッ!
4番機の光の翼がひときは大きく羽ばたく。
それによって何かが起きる訳ではない。
フォルテに何かが起きているからそうなるのだ。
そこへスモークの中から多数の機雷が現れる。
機雷はそれ自体には推進装置は付いていない。
放出された時の勢いで動いているだけだ。
そして、フォルテが今飛んでいる方向、機雷が来た方向と設置目標とされる位置。
更にはフォルテの知るレッドアイの性格。
それら全てを考え、フォルテは中距離ミサイルを放った。
機雷を無視し、スモークの中へ。
ズドォォォンッ!!
しかし、ミサイルの爆発の中にレッドアイ機はない。
そして、全く別の方角からビームが飛んで来る。
ズダンッ!
それをフォルテは装甲で受け止める。
最も装甲が厚い部分でダメージを受け流す。
更に、今ビームが来た方向へ修正をかけつつ、発射の準備を終えていた武装を全てを放った。
全砲門解放のストライクバーストとまではいかないが、既に照準が絞り込まれていた砲撃群だ。
並みの機体では跡形も残らないだろう。
「そうだ、例え相手がミスをしても、なんら変わる事なく冷静に自分のやりかたを貫く。
それがお前だ、レッドアイ」
一回目の攻撃は外れる事が解っていて外した。
フォルテでも、敵の位置を絞り込むにはそうするしかなかった。
だが、その隙を突く為に、手順を外す事が無いのはやはりフォルテがレッドアイを知っているから出来ることだ。
フォルテは圧倒的な火力が欲しい訳ではない。
ただ、火力さえ得られるなら、後は自分の腕と工夫で戦える。
だから、他に余計なものは積まない。
『肉を切らせる事なく骨を絶つ、か。
流石だ、フォルテ』
そうして、攻撃の後には、半壊したレッドアイ機がそこに居る。
回避行動も取っていたが、レッドアイの機体特性では受ける状況を避けなければならない『避けきれない攻撃』を受けてしまった以上、その時点で負けていた。
スモーク発生装置も、機雷散布ユニットも壊れ、戦える続ける事は不可能と言える。
ヴァニラとベルモットの戦いは、外から見ると何をしているか良く解らない戦いだった。
ベルモット機はそれ自体は汎用機体に近い。
遠、近、中距離の射撃武器と大型のエネルギーシールドを持っている。
ただ、カミュ機と違い主砲となる物を搭載しておらず、決め手になる物が無い様に見える。
だが、それは機体の仕様の話で、ベルモットの戦い方とは別だ。
「……」
『そらそら、次が行くぞ!』
ベルモットの戦いにおいて、搭乗機の仕様はあまり関係がなかった。
携行してきたコンテナから出てくる自作の兵器群こそ彼の武器。
ベルモット特製の追尾ミサイルや、ヒトデの様な拘束兵器、自動で敵を捕捉する電磁ネットに人形の機動兵器。
それらの性能頼みの攻撃だ。
しかし、彼はパイロットではあっても本業はエンジニアだ。
彼が自ら作った兵器群なのだから、その性能こそ彼の強さと言える。
「……」
ヴァニラはそれを一つ一つ回避、破壊しながら飛び、ベルモット機への直接攻撃の機会を伺う。
『俺に攻撃しようとしても無駄だぜ。
この大型エネルギーシールドは、戦闘時間程度なら常時展開でお前の機体の貧弱な攻撃は弾く。
更にナノマシンを壊す為だけのナノマシンを展開してるんだ、お前の武器は何もきかない』
わざわざ通信でそんな事を言って笑うベルモット。
更に自分の作った兵器の自慢話が始まるが、当然ヴァニラは何の反応も示さない。
話自体は耳に入ってきているし、頭で理解もしている。
そして、それはヴァニラにとって重要な事でもあった。
『さって、いつまで逃げ切れるかな』
一体幾つあるのか、ベルモットの兵器群は尽きる事を知らない。
それも、翼を持った紋章機は既に見られている為、それを前提に調整された物だ。
いくら小回りも利く5番機でも直撃を回避してはいても、ダメージは受けてゆく。
ベルモット機への直接攻撃は、兵器群に阻まれるのと、ベルモット機もダークエンジェルとして高い性能を持っている為、なかなか捕捉できていない。
ベルモットはパイロットとしても十分な腕を持っているのだ。
『さあ、次はこれだ!』
そう言ってベルモットが出してきたのはドリルミサイル。
命中すれば装甲を貫いた上で爆発するという代物だ。
だがそれが視認できるよりも前に、ヴァニラは動いていた。
自らミサイルに飛び込む様にしてベルモット機との距離を詰める。
『お? 功を焦ったってやつか?』
そんなベルモットの反応を聞きながら、ヴァニラはナノマシンを展開した。
フッ!
自分の機体の周囲にナノマシンによる層を作ることで、迫るドリルミサイルの軌道を逸らす。
『ちっ! だが、お前の攻撃なんて!!』
そう言ってエネルギーシールドの出力を高めるベルモット。
敢えて回避行動はとらず、シールドで耐え切る気でいる。
自らが調整したエネルギーシールドに自信があるからこその行動だ。
ヴァニラはベルモットがそう出る事、そしてその前に出てきたドリルミサイルが来る時に、次は攻撃武器が来ると解っていた。
ずっと通信を入れてきて、聞かなくともカウンセリングができたのだ、性格と行動の予測ができる。
そして、ヴァニラは今までためてきたものを解放する。
「私はここにいる!」
ブワッ!
ただただ冷静にいままでベルモットの兵器群に対処してきたヴァニラが、自分の存在をこの一瞬に示す。
それにより上昇したH.A.L.O出力は5番機のエネルギーシールドの出力も上げる。
そうして起きるのがエネルギーシールド同士の干渉。
この一瞬、互いのエネルギーシールドは少しだが弱まった。
そこへ、この一瞬だけ出力の上がった中距離高出力レーザー砲をゼロ距離で叩き込んだ。
ズダァァンッ!!
『そんな馬鹿なっ!』
機体を貫かれ、中破するベルモット機。
機体のエネルギー出力も下がり、シールド維持できない。
これでベルモットは撤退せざるを得ない筈だ。
「さて、皆さんの修理を行わなくては」
そんなベルモットから視線を外し、同様に戦いを終えている味方へと意識を向ける。
彼女の本分はそちらだ。
もう彼女にとってベルモットは脅威でもなく、最初からなんら興味もない。
5機のダークエンジェルを中破に追い込み、退いたエンジェル隊。
しかし、ダークエンジェルは退いたものの、距離をとってまだそこに居て、エンジェル隊を見ている。
エンジェル隊は指示されるまでもなく、ヴァニラによって機体は応急修理がなされていた。
戻って修理するには時間が掛かりすぎるし、何より、まだ終わった気がしていなかった。
『負けてしまったか、ヘルハウンズ隊』
と、その時通信が入る。
ダークエンジェル各機と、紋章機、そしてエルシオールと白き月に向けて。
本来はヘルハウンズ隊だけに向けた通信である筈なのに、その送り主は隠そうともしない。
通信の主はエオニア・トランスバール。
この戦争の首謀者であり、エルシオール、エンジェル隊にとっては敵の大将だ。
そして、ついにその姿を見せる黒き月。
この宙域に、黒き月と白き月が揃った。
『ああ、負けてしまった。
彼女達の成長は私達の計算を上回った。
悔しいが、今のままでは勝てない』
カミュは潔く負けを認める。
しかし、負けたままではいないとも言っている。
目にはまだ闘志が燃え滾っていた。
『そうか、では力をくれてやろう。
さあ、選ぶがいい。
取り返しのつかない力を手にするか、ここで負けて終わるか』
この時、ダークエンジェルのコックピットではパネルが一枚開かれる。
仕様書には載っていなかったスイッチがそこに在り、それを自ら入れる事で力が得られると言っている。
その様子はエンジェル隊もエルシオールも見えてはいない。
だが、それが何かは解る。
「止めなさい! それは貴方達が人を捨てる選択です!」
「それを選んだら、もう戻れないのですよ!」
ミルフィーユとヴァニラが叫ぶ。
その選択をしてはいけないと、知らないだろう彼等に報せる。
『ご忠告、痛み入る。
だが私は選ぶよ、たとえ全てを捨てても、力を手にする事を』
カミュは全てを悟ったかの様にそのスイッチに手をかける。
どうしてそうなるかという具体的な情報を持っていないが、どうなるかは解っているのだろう。
そして、決意の形は違えど、全員が力を得る選択に迷いは無かった。
「レッドアイ、何故お前はその道を行く!?」
止めても無駄と解ってはいた、だがフォルテが最後に問う。
嘗て、共に生き抜き、共に腕を磨きあった戦友。
あの廃墟で暮らした仲間。
そして、内戦の後、道を違えた相方。
彼は元より多くを語る人ではなかった。
だから、答えも短かった。
『別の道は、友が歩んでいる。
だから、俺はこの道を行けばいい』
そう答え、最後にレッドアイは穏やかに笑みを浮かべ、スイッチを入れた―――
その瞬間、繋がっていた通信ウインドが全てブラックアウトする。
そして、ダークエンジェルが変わる。
余計な武装を捨て、リセルヴァ機に近い、刃の様な形へ変形し、闇色に輝きを放つ。
後部より闇の翼を展開し、羽ばたき、ここに完成する。
まさに『ダークエンジェル』。
これこそ黒き月の剣。
堕ちたる天の使者は、その真の姿をここに示した。
H.A.L.Oシステムの接続方式の一つ、人機を一体とするある意味で究極の答え。
『行け、我がダークエンジェル部隊よ!』
真の姿となったダークエンジェルは、エオニアの号令の下、再びエンジェル隊へと襲い掛かる。
先ほどよりも圧倒的に速く、強く、そして確実に。
その様子はエルシオールからもよく観測できた。
だが、タクトはエンジェル隊に向けて新たな指令を下す事はない。
ただ、感想を述べるだけだった。
「強いな」
「ああ」
エンジェル隊と戦う真のダークエンジェルの性能は極めて高い。
機体性能だけなら今の紋章機を上回っているだろう。
パイロットの性能もあって、取り込む前の時点でH.A.L.O出力150%の紋章機と匹敵していたのだ。
今は200%相当と言えるだろう。
元々この方法での接続でも100%出力を得られるという過去のデータがあるが、黒き月はどうやってかその限界を超え倍にまで高めたらしい。
勿論素材が良かったというのもあるだろうが、恐らくエオニアが齎した白き月の技術があってこそだろう。
なにせ、実験などできなかった筈なのだから。
兎にも角にも、今のダークエンジェルは常時200%のH.A.L.O出力を得ていると言える強さだ。
人と機械が融合する究極の一たる答えは確かに高性能で、安定した強さを発揮できる事が証明された。
だがしかし―――
「そこに人の意志はない。
人と機械を繋ぐにそんな方法は必要ない。
今のエンジェル隊の敵ではないよ」
「そうだな」
程なく、その言葉は現実となる。
補助を得てやっと150%の出力だった彼女らが、200%の彼等をほんの一瞬だけ大きく上回る。
悲しみと慈しみという感情によってその『存在』を増大させたエンジェル隊によって、彼等は『業』から解放される。
最後に彼等を解放した攻撃の後には、天使の羽が舞っていた。
その様子は黒き月からも、いや黒き月だからこそ確かな記録として完璧に観察できていた。
それは黒き月の敗北を告げるのと同義な筈だが、黒き月のコントロールセンターに居る2人は落ち着いていた。
2人、つまりエオニア・トランスバールとノアだ。
「ふむ、負けてしまったな」
「ええ、そうみたいね。
まあいいわ。
勝利が目的でもないし。
けど、一応もう一つ手札はあったんだけど」
「アレはダメだろう。
一回使い捨てにしてしまっては、流石にこの後の真の戦いには利用できないし、白き月側にも危険な手札を切らせる事になる」
「そうよね。
それにしてもお兄様、結局本人達に選ばせたけど、どうしてそちらを選択するって解ったの?」
エンジェル隊の言葉も情報となったのか、アレはもう人間には戻れない、人間と言う部品に堕ちる行為だとヘルハウンズ隊は気付いていた事はノアから見ても明らかだった。
本来人間ならその生存本能から自ら死を選ぶ事はできない。
アレは厳密には死ぬ訳ではないが、どう考えても死と限りなく等しい状態に陥る。
そう判断できているなら死と同じ事で、やはり選ぶ事などできない筈だ。
「それが解らねば、H.A.L.Oシステムなど使えないよ」
人間は本能に縛られる部分がある。
しかし、知性と理性を持った人間は本能を越える事もできる。
もし黒き月側が勝利し、この人と機械を繋ぐ方法が正式採用された際、その部品となる人間は公募でも十分な数が集まるだろう。
自分を犠牲にしてでも他の大勢を護れるなら、それを良しとできる人間は居る。
ヘルハウンズ隊の場合はそう言った理由ではなく、生存本能を超越する程の力への渇望があっただけの事。
そうだ、本能を越える理由などいくらでもある。
感情のある人間ならば。
「それもそっか。
私には解らないけど、お兄様には解るのね。
流石、紋章機1番機のパイロット。
リーダーの座をアイツに譲ってしまったのがやっぱり納得いかないわ」
ノアは楽しげにそんな話をする。
見た目相応の女の子の様に。
しかし、その内容はおかしい。
ノアがお兄様と呼ぶエオニアに、紋章機1番機のパイロットだった過去はない。
そして、リーダーであった事もだ。
エオニアはただ、そんなノアの話を穏やかな笑みで聞くだけだった。
「さあノア、そろそろ最後の準備に入ろうか」
「そうね。
やっと……やっと一つになれる。
長かったわ。
でもおかしいわね、白き月側からのコンタクトがないの。
勝った側からの主導で行う筈なのに。
仕方ないわね、こっちからやってしまいましょう」
ノアがそう言ったとき、外ではある変化が起きていた。
白き月と黒き月の形が変わる。
外装部分が分離し、その下から月を覆っていたかの様な翼の形をした外郭が現れる。
そして、翼の様な外郭が大きく外へ展開され、本当に翼かの様に羽ばたいてみせた。
白き月、黒き月、互いに一翼ずつ。
更に外壁と装甲の分離が進み、そうする間にも白き月と黒き月は互いに引き合ってゆく。
ノアの言葉通り、一つになろうとしているのだ。
白き月側で起きている変化、それは内部にも影響していた。
コントロールルームには数多の情報が流れ、エラー表示を続出させる。
「シャトヤーン様、これは!」
「最終試験が終わり、その結果を元に2つの月は一つになろうとしているのです。
しかし、白き月側のその機能は大半が破損してしまっている。
その制御も行えない為、黒き月側主導でそれがされようとしているのです。
敗者側である筈の黒き月が、メインとなってしまう。
白き月はその機能を失っているので、それは仕方の無い事で、お願いしなければならない事でした。
勿論、試験の結果は白き月の勝利ですから主導は勝者たる白き月側に委譲される筈です。
ただし……それは黒き月が正常であるならばの話」
「それは―――」
嘗てのクロノ・クエイクのおり、1機の紋章機の力でクロノ・クエイクの衝撃の直撃だけは避けた。
しかし、紋章機が放った力で他の紋章機は傷ついた様に、白き月もダメージを負った。
更に、長い旅路の中、切り捨てなければならなかった部分も多い。
中に人が生きる為には必要な事でもあった。
だから、白き月は嘗ては持っていた機能のいくつかを失ってしまっている。
切り捨てた機能のなかには、最終試験の後に行われる統合の為の機能もあった。
黒き月との再会を諦めた訳ではないが、再会してから再び復旧すれば良いものだと考えていたのだ。
そうしている内に復旧する為の情報と技術は失われてしまったが、それも黒き月から情報と技術を貰えば良い筈だった。
ただ、それは黒き月側が正常であれば可能であった、という話だ。
黒き月もあのクロノ・クエイクでの影響で無事では済まなかった。
むしろ紋章機の護りを直接受ける事ができなかった分、それによって白き月が黒き月を完全に見失ってしまう程宇宙を流されたという結果を見ても、原型を留めていただけでも奇跡と言えるくらいだ。
ならば、黒き月は白き月よりも大きく破損している部分がある。
見た目上は解らないだろう。
長い旅路の中、外の部分など復旧できる。
しかし、中枢部分となると―――
エルシオールでも当然2つの月の異変が確認できていた。
流石にここまで様々な経験をしてきたクルーも、白き月がこうも変化する事へは動揺を隠せない。
「タクト、これも計算の内か?」
「ある程度はな。
尤も、白き月がどう姿を変えるかはシャトヤーンでも知らなかった。
それくらい、白き月はクロノ・クエイク以前と変化してしまっていた」
エルシオールから聞いていた情報と、黒き月が現れて実際に見て確認した情報。
それらを合わせて、答えは出ていた。
そして、それは黒き月側のエオニアも解っていた事だ。
だからこそ、エルシオールが必要になる。
「では、最後の準備に掛かろう。
エンジェル隊は一度戻ってくれ、念の為補給と修理を」
『了解』
この段階になってエルシオールが動き出す。
全ての決着を着ける為に。
その頃、黒き月のコントロールセンターではノアにも変化が起きていた。
『やっと、やっと会えた、やっと一つになれる』
「お姉さま、私は戻ってきたわ」
元々右手をすっぽりと管の様な物を装着した姿をしたノアだったが、今は両手両足が管となり、コントロールセンターに接続されている。
そして、そんな姿で白き月を愛しそうに見つめている。
光悦とも表現できるかもしれない表情だが、少なくとも正気の思える瞳の色をしていない。
更には、声も二重に聞こえ、そこにある少女から発せられているものだけではないのは確実だった。
そんな姿を見ているエオニアは、ここへ来て立ち上がる。
「ところでノア、今の君は一体どっちだい?」
「どっちって」
『何が?』
エオニアは問う。
今まで通り、ノアを可愛い妹の様に扱う口調で。
しかし、それとは全く違う言葉で。
「ノア、君は今黒き月の管理システム『ノア』なのか。
それとも―――黒き月の管理者『イース・アクエリアス・エデン』なのかい?」
「『え』」
2つの音声が重なり、ノアの姿が揺らぐ。
少女の姿をした立体映像は、その姿を保てない。
それくらい、本体の情報処理に異常が走っている。
「私は……」
『私は……』
そして、大きく揺らぎ続け、エオニアの顔を見ながらやがて姿が砂の様に消えてゆく。
このコントロールセンターと繋がっていた様に見えた管も含めて、全て。
まるで、全てが幻影だったかの様に。
随分と簡単に消えてしまったが、それだけ元々不安定だったという事だった。
だが、黒き月による白き月との統合は止まらない。
いや、むしろ知性であるノアが消えた事でより本能に近いレベルとして迅速に作業が進められている。
それを確認したエオニアは玉座の様なコントロールセンターの席から降りる
「さて……
行こうか、シェリー」
それから虚空に向けて名を呼ぶ。
ここには居ない筈の人物、ノアも把握していなかったその人を。
「はい」
ノアにも気付かれずその人は居た。
あたかもそれが当たり前の様に、エオニアの前に姿を見せるシェリー。
シェリーはある物をエオニアに渡すと、2人は廊下へと出て黒き月の奥へと移動する。
シェリーの立ち位置はエオニアの1歩後ろ。
従者であるシェリーは常にその位置でエオニアに付き従う。
今までも、これからも。
その頃エルシオールではタクトが本作戦において最後の指令を下そうとしていた。
「どうやら悪い予感は当たっていた様だ。
戦いに勝ったというのに、黒き月が主導で白き月を取り込もうとしている。
元より組まれていた統合のシステムによって白き月は乗っ取られようとしている。
エルシオールはそれを阻止する為、黒き月にクロノブレイクキャノンを放つ。
エンジェル隊はその道を確保してくれ」
状況は全て整理され、シャトヤーンにも動いてもらったが、やはりその結果は変わらない。
そもそも、その内部で人を生かし続ける為に切り捨てた白き月に対し、黒き月はこの時の為だけに生きながらえてきたと言って良い。
その為、黒き月はその機能をより拡張した可能性も高く、白き月が正常であったとしても対抗できたかは怪しい。
そして、中枢部分が故障した状態、狂った状態のまま黒き月主導で統合を果たされてしまっては、黒き月に全てを乗っ取られる事となるだろう。
黒き月側には壊れてはいても『意志』を持っているのに対し、白き月は人が動かす物なのに、その動かし方が解らないのだ。
そうなれば、白き月側が勝利した意味はなく、ただ不完全に一つとなった『黒白の月』という、最悪の敵が生まれる事になる。
『ああ、事情もやるべき事も理解した。
安心して私達の後ろをついてきてくれ』
「ああ、頼りにしている。
最適な位置の座標をマーカーする、頼んだぞ」
『了解!』
タクトの極短い説明で迷い無く応えるエンジェル隊。
補給と応急修理を済ませ、再び出撃し、エルシオールの前に出る。
しかし、黒き月は一体何処に隠し持っていたのか、多数の護衛衛星を展開し、この統合作業を護ろうとしている。
いや、この作業は万全の警備体制の中で行われるべき事なのだから、そう言った用意があるのは当然かもしれない。
だが、このまま黒き月が白き月を食らうのと同然の統合を完了させてはならない。
とは言え、敵の数が多い。
時間はあまり無いというのに―――
「マイヤーズ司令、この宙域に接近する機影が多数―――友軍です!」
その時だ、レーダーに新たな影が映った。
それは黒き月を足止めしていたルフト率いる友軍艦隊だ。
黒き月を牽制していた為にある程度の距離を開けていたルフト達は今到着した。
予定通り損害は殆ど無い状態で。
これで数の上でも優位となり、黒き月を包囲する事もできる。
「ルフト総司令官からの通信が入っています」
「繋げ」
『タクト、これはどうした事だ? と、悠長な話をしている暇はなそうじゃな。
わしらは黒き月から出てきているあの護衛機を叩く、それでいいな?』
「はい、お願いします」
『任せたぞ』
ルフトは最早こうなった原因など細かい事は聞かない。
やるべき事は確認するまでも無いことだ。
あくまでルフトはバックアップに回る。
これ以上ないくらい頼りになるバックアップだ。
「じゃあ、レスターここは頼む」
「ああ、任せろ」
レスターにブリッジを任せ、タクトは1人司令官席下のメインコックピットへと移動する。
H.A.L.Oシステムは使えなくとも、そこでしか行えない作業があり、今回はそれが必要だった。
操舵機能もこちらに移し、エンジェル隊に指示を出しながら、タクトはクロノブレイクキャノンを撃てる場所へとエルシオールを移動させる。
最適な位置をとらなければならない。
クロノブレイクキャノンは1発しか撃てず、外す事は許されないのだ。
一方、エオニアとシェリーは黒き月内部を進む。
中央へ向けて、本来人が通る様な場所で無い場所を歩き進んでゆく。
だがその途中、待っている物があった。
「ほう、これは……」
「やはり、来ましたか」
ガシャッ! ガシャッ! ガシャッ!
現れたのは戦闘用パペット。
それはヘルハウンズ隊がこの黒き月へ持ち込んだ物の一部だ。
黒き月のシステムが、知性と理性が働かない中、防衛本能としてそれらを動かしているらしい。
この先を護る為に。
「時間が無い。
行くぞ、シェリー」
「承知!」
エオニアはレーザーブレードを、シェリーは電磁サーベルとレーザーライフを構える。
2人は白兵戦も強かった。
しかし相手は無数の戦闘用パペット。
更には、それらが使っている武器も問題だった。
この戦闘パペットが装備しているライフルに装填されているのはナノマシン弾。
それも対人のナノマシン弾だ。
ナノマシン取り扱いに関する法により製造が禁止され、使用すれば全世界を敵に回すといっても過言ではない非人道兵器。
ヘルハウンズをしても持ってはいたが、決して使う事のなかった代物だ。
それを黒き月は、純粋な防衛本能になったが故に迷い無くしようを決断する。
なにより、このナノマシン弾なら自らを傷つける事はないのだ。
その頃外では、激しい戦闘が始まっていた。
護衛衛星との戦いはエルシオール側が優位に立っていた。
ルフト艦隊との合流もあり、その援護を受けたエンジェル隊とエルシオールが突破するのも時間の問題だった。
しかし、護衛衛星は護るのが目的。
極めて頑丈で、近づくのが難しい兵装で固められている。
時間稼ぎとしては厄介この上ない相手だった。
それでも個人戦だったダークエンジェル戦とは異なり、エンジェル隊はチームとしての力を発揮し、確実に数を減らし、エルシオールは射撃ポイントに近づきつつある。
「よし、これなら……」
最適の位置の確保はなんとか間に合いそうだった。
黒き月の情報を整理し、タクトの目的が全て果たせる射撃をできる位置。
実は黒き月の停止なら、もっと離れた位置からもで可能なのだ。
ただ、黒き月は現在は壊れて暴走しているに過ぎず、今後の戦いでは白き月と黒き月の統合は必要だ。
だから、タクトは黒き月を一回のクロノブレイクキャノンで機能停止状態にするだけに留めなければならない。
黒き月の『死』と言う破壊を避け、且つ、『眠り』という機能停止状態に追い込む。
銃を扱う上で、最も難しい要求だろう。
その上で、タクト個人としての目的もある。
エオニアとシェリーを殺さない事だ。
タクトが予測するエオニアの行動は、今この時、黒き月が機能停止に至る様に内部で工作をしているというものだった。
そしてそれは的中した。
この戦いの中、エオニアは黒き月からダークエンジェルを指揮するだけで、自ら出撃する事もなければ、この状態になっても脱出していない。
そして、そんな作業をしているとなれば、シェリーも何らかの手段で合流していると考えられる。
シェリーがエオニアだけに死ぬ可能性の極めて高い作業をするのを黙って見ているなどまず考えられない。
エオニアの命令でも逆らい、合流するだろう。
そして、エオニア達が工作をしているだろう場所も大凡の見当はついている。
元より黒き月には管理責任者であり、未完成だった中枢コンピューターの調整を行っていた人間が1人居るだけだった。
その為、調整の為の場所と言うのが存在し、1人でそれを行える様な構造になっている。
内部をスキャンする事は白き月でも難しいが、大凡の構造が解れば、そこがどんな場所かを推測でる。
タクトは、それらの場所を外しつつ、黒き月を機能停止させる事のできる場所を射抜ける射撃ポイントを見極めなければならなかった。
「エルシオール、エオニアとシェリーの居場所は判明したか?」
だが、候補はいくつかに絞れても、内情を知らないタクトでは特定は不可能だ。
その為、この段階でのエオニアの正確な位置というのを調べなければならない。
それが可能なのは権限受理の為にエオニアの居場所が解るエルシオール。
とは言っても、呼ばれれば直ぐに解るらしいが、黒き月に居る上、呼ばれても居ない状況では暫くの時間を要した。
「ええ、今しがた」
タクトの呼びかけに応え、直ぐ隣に姿を現したエルシオール。
そして、いつもとなんら変わらぬ調子で、その居場所を黒き月のスキャン図面に示した。
「……なっ! そんな訳ないだろう!?」
思わずタクトは一瞬思考が止まってしまった。
その位置というのは、黒き月の限りなく中央に近い場所、黒き月の中枢コンピューター『ノア』の本体がある直ぐ隣の部屋だ。
管理者でもなければ決して入れない筈の場所、いくらエオニアが優秀だとはいえ、そんな場所まで入れる筈はなかった。
そしてその場所は、黒き月を死なさず、且つ機能停止に追い込むのに外せない場所でもあった。
「いえ、正確な位置です。
今なら通信も繋がりますよ」
「……っ! 繋いでくれ」
通信がこちらから繋げる事ができるという事は、エオニア側で拒否をしていないという事だ。
この段階に及んで、話す事など本来は無かった筈。
だが、タクトはエオニアと最後の会話に臨む。
丁度その頃、白き月のコントロールルームのシャトヤーンもエルシオールを呼んでいた。
姿自体は立体映像でしかなく、複数の思考を同時に行う事もできるエルシオールにとっては、同時に別の場所に居る事も少なく無い。
「エルシオール様、少しお願いがあるのですが」
「何かしら?」
シャトヤーンもタクトが見ているエオニアの位置をエルシオールから教えてもらった。
そして、それがどういう事かも推測できる。
そうなる事を予想していたシャトヤーンはある仕掛けをエルシオールのメインコックピットに施してある。
タクトから頼まれた物とは別に、タクトの目の前でその仕掛けを自ら施したのだ。
ただ、その仕掛けを動かすにはエルシオールの力が必要だった。
いや、その必要を無くす様にもできたが、エルシオールにも判断してもらう為に敢えてそうした。
「2人の会話をこちらに流してもらえますか。
そして、彼女達と、クールダラス様にも」
「……それが貴方の判断なら」
「ええ、お願いします」
エルシオールに頼んだ後、シャトヤーンはエンジェル隊とヘレス、ブリッジの司令官席傍のレスターに通信を入れる。
レスターにはエルシオールによってレスターにしか聞こえない様、ブリッジのクルーには解らない様に。
エルシオールのクルーやタクトには聞かれない、白き月との特別な直通回線で。
「エンジェル隊とタクトに深く関わる人、これから大切な会話が流れます。
それは、歴史の裏側の話、知らない方が幸せな話。
それでも聞きたいと願うのでしたら、今から送る通信を開いてください」
それだけを一方的に伝え、シャトヤーンは通信を切る。
そして、自分も聞くことに集中する。
ただ、その前にこの会話を聞かれている人物が一人だけいた。
「母上、私は聞いてはいけませんか?」
この場所で共に居て、名目上エルシオールと紋章機の指揮を執っているシヴァだ。
シヴァは自分が聞いてもよいのか迷っていた。
聞けるかどうかはシャトヤーンの判断だが、自分に聞く権利があるか自分で判断がつかない。
きっと結果は変わらない、ただ2人の間だけの会話なのだ。
エンジェル隊にそれを流すのは、今後タクトを支える可能性がある人達だからだ。
しかし、シヴァにとってタクトとエオニアは何か、と言うと難しい。
それに、2人は盗聴されているとは知らないのだから、下手をすればシヴァの出生についても口にするかもしれない。
それを聞かれる訳にはいかなかった。
だが迷った末、シャトヤーンは答えた。
「一緒に聞きましょう。
楽しい物では決してないでしょうけど、大切な事だから」
「はい、母上」
シャトヤーンは笑みを持ってシヴァを迎える。
シヴァも微笑みながら、シャトヤーンの傍へと行く。
楽しい会話にはならない事は百も承知、しかし、それでも未来を左右する大切な情報だ。
一方、エルシオールのメインコックピット、ブリッジに音の漏れる事のないこの場所で会話が始まろうとしていた。
エルシオールによって繋がれたエオニアとの通信。
流石のエルシオールも黒き月の中枢に居るエオニアとの通信回線は映像まで確保しきれず、音声だけのものであったが確かに繋がった。
「エオニア!」
『なんだ、うるさいぞ、今忙しいんだ』
タクトの呼びかけに応えるエオニアの声、それはなんとも懐かしいものだった。
少なくとも今この瞬間は、タクトとエオニアは皇国軍の司令官とエオニア軍の首領ではない。
「何故そんな場所に居る!?
黒き月の管理者でなければ入れない筈のそんな場所に!」
『ああ、なんだそんな事か。
お前ももう黒き月に管理者はおらず、完全に無人だと解っているだろう?
そして、中枢コンピューターも壊れていると』
「それとどんな関係が?」
『ノアを見たのだろう? ノアはお前に会ったと言っていた。
そして、エルシオールを知っているならお前にも解る筈だ』
「ああ……2人の関係なら推測できる」
ノアは黒き月との遭遇の直前にエルシオールに忍び込んでいるのを見ている。
そして、その時タクトを誰かと間違えている事からも、ソレが壊れているという結論に繋がったのだ。
更に、その間違い方から、ノアが何者であるかは大凡の見当がつく。
エルシオールと接し、シミュレーション上でクロノ・クエイク以前の紋章機と戦った事のあるタクトだから知ることの出来る情報がある。
同様の情報を持つエオニアも、当然その答えに行き着いた。
「だがエオニア、それとどんな関係があるというのだ?」
『私は、ノアから『お兄様』と呼ばれ、黒き月へ入ることが許されている』
「……ま、まさか!」
タクトが紋章機のパイロットだから知る事ができた情報がある様に、エオニアもエルシオールを預かっていたから知ることのできた情報がある。
後にシャトヤーンと3人の間共有されたその情報から、3人はエルシオールに対してある仮説を立てた。
その逆が黒き月にも存在した事になる。
まだエンジェル隊にも受け入れられるか解らない、深く重い過去の物語。
『見つけた当初は酷いものだった、自分が何かも安定しなかった。
なんとか管理者である『彼女』の方で安定させたが、それでも破損が大きかった。
そして『彼女』は破損部分を俺と接する事で補った。
つまり、『彼女』の『兄』の情報は俺の情報とほぼ置き換わっている。
『彼女』が最も心を許し、『ノア』の調整の相談もした事のある存在とな』
「確かに、俺を7番機のパイロットと間違えていたが……そんな……」
『それを利用し、エルシオールが記録していた黒き月の緊急コードを現在入力中だ』
「なっ! ……あの時か」
シェリーとの最後の戦いが始まる直前、一瞬通信画面が乱れ、エルシオールが呼んでも居ないのに出現していた事があった。
その時、シェリーによってエオニアからの依頼をエルシオールに伝えられ、エルシオールはタクトにも秘密という依頼を受け、回答していたのだ。
黒き月に居てはできない問い合わせをシェリーに託し、自分は黒き月にい続ける事で、作戦の成功率を更に高めていた。
『そうそう、タクト、ノアの記録ではあの敵、存在が確認されている。
10年前に黒き月の探査機が確認している。
黒き月の存在と、皇国の存在はまだ知られていないだろうが、距離的にもう猶予はない』
「……だから、こんな事を?
自分が敗北した上でしか成り立たないシナリオにしたというのか?!」
黒き月との最終試験は必要だった。
しかし、それは黒き月をエオニアが持ち帰った後、秘密裏に行う事もできた筈だ。
白き月と黒き月との間だけで。
だから、何かしら他の理由はあるとは考えていたが、それはタクトが思っていた以上に深刻な内容だった。
10年前の確認したというそれは、再度確認される事なく生き続ける事実であり、最悪の事態という想定は本当に最悪な状態を考えなければならなくなる。
黒き月もそんな中途半端な情報で満足する筈はないだろうが、それ以上に危険を感じたのだろう。
今の状態では、調査すらできず、逃げる事だけを考えなくてはならないと。
『他に確実な方法が思いつかなかったからな。
これが、俺達が導き出した、最も民を救える政策だった』
真の敵が来る日は近い。
それが明日か100年後かは解らないが、それでも最悪の事態を想定しておかなければならない。
そして、今の皇国をどんなに迅速に改革していっても、10年単位の時間が必要になる。
人々を導く事のできるカリスマのある王が居て、その代を掛けてやっと成し得る事。
もし、もっと早く事を成そうとするなら、破壊という大きな切欠が必要となるだろう。
破壊という、変えざるを得ない事態が発生させ、その上で導く者を用意し、人々の意識の底から改革する。
そうすれば、迎撃の準備だけなら数年の内に整うし、整わなかったとしても迎撃という体勢は作ることができる。
その答えが、星の破壊という悪夢の様な所業と、シヴァと言う存在だった。
「その最後がこれか。
俺がお前を殺す、それが答えか!!」
『そうだ、お前の手によって殺される。
それこそ最後に必要なピースだ』
この戦いの指揮はシヴァ皇子が執っている。
それは政治的に必要な名目。
だが、実際に指揮を執っていたのはタクト・マイヤーズであるというのは、それ以上の意味を持つ。
この戦いに勝利すれば、タクトは否応なしに権限を持つ事ができ、同時に義務を負う事にもなる。
「脱出してくれ、エオニア!
貴方はまだこの国に必要だ! 死んだ事にするくらいいくらでも方法がある!!」
『それはできんな。
行動に対する責任は負わなければならない。
タクト、間違うなよ、今回の戦争で失われた全ては俺の手によるもの、俺がトリガーを引いている。
黒き月はその道具でしかなかった』
「生きて償う事だってできるだろう!」
行動に対する責任、それは昔からエオニアが絶対に守らなければならないとしていた一つの行動基準。
それが果たされなければ、王になどなってはならないのだと、そう語っていた。
それに対して、タクトも生の可能性を信じ、エオニアとは論戦を繰り返した物だった。
その最も根本的な2つの主張が今ぶつかる。
しかし、その主張のどちらかが正しいか、その答えが出ることはなく。
今は、その論議に意味は無かった。
『そうかもしれんな……
だがもう遅い。
元より脱出の為の船は黒き月には無い。
シェリーが乗ってきた船も使い捨てだしな。
第一、俺もシェリーも対人用ナノマシン弾を受けてしまった。
最早助からん。
うむ、これも少しは償いの足しになろだろうか、死ぬ間際まで激痛を受け続ける、とはいっても、もう痛みという感覚もなくなってしまったがな。
シェリーには抗体を打ったし、痛覚も遮断させているが、どの道連れて行くことになるな、やはりこうなってしまったよ……
シェリー以外の部下の居場所はエルシオールに送信しておいた、使ってやってくれ』
エオニア軍の最大の問題は人員の不足。
だが、エオニアが追放された時、その供はシェリーだけではない。
エオニアは父から受け継いだものも含め、かなりの人望があったのだ。
その為、皇国外追放となった際に付き従うおうとする者も多く、その中で厳選した者しか連れて行かなかった。
そして、エオニアが帰って来たとなれば、待っていた臣下は彼の下に行くだろう。
その数は1000は下らない。
それなのに、この戦いでエオニアと共に戦っている筈の者がシェリー以外見当たらなかった。
それは黒き月の特性上、人間をあまり必要とせず、むしろ戦いの後にこそ必要となる為の処置。
エオニアから送られた情報は、皇国に戻ってきてから各地へと隠れたエオニアの臣下達との連絡方法。
彼等はきっと戦いの後のタクトにも従ってくれるだろう。
そう言う説得をエオニアがしているのだから。
「エオニア……」
『何を情けない顔をしているんだ? タクト』
「見えていないくせに」
『解るさ、それくらい。
さあ、コードの入力は終えた。
だが、どのくらい効果があるかは解らない。
急げよ』
「エオニア……」
常に凛とした声で通信に応えるエオニアだったが、最後の方になると力が失われていくのが解る。
どんな時でも自らの苦痛など表に出さないエオニアが、タクトだから解る程度とはいえ出してしまう。
エオニアが今どれほどの苦痛に苛まれているか、タクトは想像もできない。
タクトにできる事があるとすれば、それは―――
『そういえば、これで一応嘗ての約束は果たした事でいいかな?
シャトヤーンも白き月、お前は軍部の幹部としてそこに居る。
そして、予定とは違うが私は黒き月に居て、トランスバールの空に揃った。
ま、貸切にはならなかったがな、そこは許せ』
その約束は、ただタクトが1人で決めた誓いの様なもの。
2人とは違い、存在自体が曖昧だったタクトが、自分に自信を持って進む道を見つけることができた、あの頃にした誓い。
一度は砕かれたが、確かに今はその道を歩む事ができている。
だが、その道を完遂するには、タクトはやらなければならない事がある。
タクトがエオニアにできること。
エオニアがタクトにできる事。
そして、未来の為にすべき事。
「……シャトヤーン」
『はい』
タクトはシャトヤーンに通信を送る。
声だけの通信。
今の自分の顔など見せられた物ではないだろう。
それに、シャトヤーンとの約束を破るのだ、顔向けなどできる筈もない。
シャトヤーンは、タクトの用件は聞くまでも無く把握する。
タクトの計画が失敗した事は盗聴で解っていた事だが、そんな物が無くとも、声を聞いただけで解っただろう。
『エルシオール、俺にもしもの事があった場合、シヴァに私の権限を与えてくれ。
お前の意志で』
「貴方にもしもの事などあっては困りますが、考えてはおきましょう」
最後に、エオニアはそんな通信をエルシオールに送る。
エルシオールも解っていて答える。
そう、解っている事だ。
それで、エオニアとの通信は途絶えた。
「エルシオール、寝ていろ」
『エルシオール様、一時休眠を』
そして、2人は同時にここに告げる。
タクトが起こしたエルシオールを再び眠らせる、3人の権限、その2人分を使った強制執行。
エルシオールは、目を瞑り、その後で姿を消した。
エルシオールには権限所持者である3人を、エオニアを殺す様な事はできない。
だから、眠ってもらう。
同時にエルシオールメインコックピットも完全に使用不能になるが、事前に施した仕掛けで、ある一つの機能だけは生き残る。
クロノブレイクキャノンのトリガーという機能だけ。
「……」
タクトは照準の最終調整に掛かる。
エルシオールの支援がない、完全にタクトの腕に掛かった一度きりのチャンス。
エオニアによって黒き月は一時的にその機能を止めている。
内部のシールドを含めてだ。
中枢コンピューターを直撃させず、しかし強制的に機能停止に陥れる為のダメージを与える。
それに最も最適な位置は、正にエオニアが居る場所だった。
その頃、一時的に全ての機能が停止した黒き月の中枢の調整室で、エオニアは外に向かう扉をこじ開ける。
その扉の外では、戦闘用パペットを通さない様、シェリーが1人で戦っていた。
今は戦闘用パペットも停止し、シェリーがただ1人佇んでいる。
「シェリー、ご苦労だった」
エオニアはシェリーに声を掛けるが、シェリーは答えない。
突然機能停止し、戦闘する姿のまま止まった戦闘用パペットと同じように、時が止まっているかの様にシェリーも動かない。
「お前には苦労ばかりかけたな」
そう言ってシェリーを背後から抱きしめるエオニア。
こんな事も、今までしてやる事ができなかった。
いや、する訳にはいかなかった。
できれば、シェリーにはタクトの下に行って欲しかったのに。
「お前は、それでも幸せだと言ったが、それは私が与えた物ではない。
男としては、なんとも情けない事だ」
シェリーは、剣と銃を持ち、戦った状態のままだった。
エオニアは少し考えたが、敢えてそのままにした。
それが彼女の選んだ道なのだから、エオニアがそれを勝手に外す訳にはいかない。
せめて、戦闘用パペットの居ない、調整室まで運ぶ。
戦いはもう終わったのだから。
そうして、2人きりになったエオニアとシェリーは、ただ静かに時を待つ。
いや、シェリーはもう先に行ってしまった。
エオニアにももう時間は無い。
例え、光が来なかったとしても。
だが、見届けなければならない。
タクトが決断し、己の決めた道を行くのを、その姿を。
今回は、エオニアが強制したに近いし、彼はこれを罪だと思うかもしれない。
しかし、タクトならその先でもちゃんと光を見つける事ができる。
可愛い弟ならできると、そう信じている。
ただ、一つ心配な事が残っていた。
「タクト、お前はもう2人を泣かすなよ」
自分にはできなかった事で、タクトも得意だとは思えない事。
それに、これについては予測が極めて難しい。
だから、それだけはただ祈るしかなかった。
そうして、時が訪れた。
明かりもなくなった黒き月の調整室に、強大な光が流れ込む。
全てを照らし出し、道とする天の光が。
「クロノブレイクキャノン、発射!」
カッ!!
ドオオオオオオオオオンッ!!!
タクトはトリガーを引いた。
自分の意志以外では出来ないようにしたのだ。
決断し、ここに力を放つ。
大切な兄と、大好きだった姉に最後の手向けとして送る光。
クロノブレイクキャノンの光は、巨大な光の剣の一突きとなり、黒き月を貫き、その動きを完全に止めた。
オオオオオッ!!
そして、力を放ったエルシオールの咆哮が響く。
タクトの叫びに呼応したかの様に、勝利の雄たけびと呼ぶにはあまりに悲しい声がこの宇宙に木霊した。