月夜

第陸夜 誓

 

 

 とある山奥

 

 ザァァァァ・・・・

 

 降りしきる雨。

 身体が濡れる事も気にせず、

 とにかく、走った、あの場から離れたかった・・・

 

「・・・どこだろう・・・ここ・・・」

 

 虚ろな目でつぶやく久遠。

 気付いたらここにいた・・・

 あれから、ほぼ直線に走って、やって来た場所。

 目的地が在るわけではない。

 帰るべき場所から逃げてきたのだ、行くあてなどありはしない・・・

 

「・・・」

 

 自分は何をしているのか、

 大切な人を自分で傷付けて、それを友達に見られて・・・

 逃げた・・・

 そう、逃げたんだ・・・

 

「・・・何で・・・久遠・・・生きてるの・・・」 

 

 絶望し、自分の生きる価値も疑問に思える久遠。

 暴走して、愛する人を傷付けて、逃げ出してくるような自分に、

 果たして生きている意味、価値はあるのだろうか?

    

「もう・・・帰れない・・・」

 

 帰れる訳が無い・・・恭也自身は勿論、

 なのはが、那美が、恭也を傷付けた自分を許さない。

 仮に帰れたとしても、自分自信を許せない・・・

 いや、怖いのだ、

 自分の手で・・・大切な人を傷付け、殺してしまうかもしれない自分が・・・

 

 ザァァァァァ・・・・

 

 雨が、久遠を打ち付ける・・・

 

「弥太・・・」

 

 自然に出てきた愛しい人の名前。

 

「久遠は・・・」

 

 きみが、ずっと久しく幸せであるように、

 遠くあっても平気なように・・・

 そう言って付けてもらったこの名前・・・

 

「自分で・・・幸せ・・・壊しちゃった・・・」

 

 幸せだったけど・・・遠くでは平気じゃなかった・・・

 また、遠くに行ってしまいそうになった大切な人を見て、

 全てを・・・破壊しようとした・・・

 

 そして・・・自分の大切な物さえも・・・

 

「化け物だね・・・」

 

 自分は、弥太の愛した『久遠』では無い・・・

 そう考え・・・

 

「人を傷付けるような化け物は・・・滅される・・・」

 

 久遠は、この狐が久遠となった場所・・・・・・・・・・で、

 全てを・・・そう、全てを捨てようとしていた・・・ 

 

 力を集中し、高める。

 

「弥太は・・・綺麗な場所にいるけど・・・

 化け物は、そっちに行けないよね・・・」

 

 その時、久遠の瞳から、涙が頬を伝った。

 久遠は自分で自分が可笑しかった。

 化け物を殺すのに、涙を流す自分が・・・

 

 ゴゴゴゴォォ・・・

 

 力が集まり、上空に雷雲が形成される。

 自分は無防備、今出せるだけの力を、自分に向ける。 

 

「恭也・・・さようなら・・・」

 

 それは自然に出てきた言葉・・・

 愛しの人への別れの言葉・・・

 本人も気付かないまま、また、涙が・・・瞳から零れる・・・

 

 キィンッ! ズガァァァァ!!  

 

 完全無防備の久遠に落ちてくる、強力な雷。

 それを浴びれば、全てが終る、

 筈だった・・・

 

 

「久遠ーーーー!!」

 

 突如として叫びと共に恭也が駆けつけ、

 

 ヒュン!!

 

 久遠の上方、雷へ向かい八景を投げる。

 

 ガァァァンッ!!

 

 雷は、全て八景へと落ちる。

 全てを受けとめた八景は、力無く落下し、燃え上がる。

 

「久遠!」

 

 それには目もくれず、恭也は、久遠を見詰める恭也。

 

「恭・・・也・・・・・・どうして・・・」

 

 恭也の出現に驚愕する久遠。

 自分が重症を負わせた相手が、

 こんな遠くまで追ってきたのだ・・・・  

 

「・・・久遠、こんな所にいたのか、探したぞ。

 さあ、一緒に皆の所に帰ろう」

 

 努めて優しく呼びかける恭也。

 雨の中、ずぶ濡れになっている身体。

 髪も顔に張り付いた状態。

 でも、恭也は、優しく微笑んで久遠を見詰める。

 

「あ・・・」

 

 最初、自分を始末しに来たのではないかと思った久遠も、

 そんな、恭也の瞳を見て、自分にはまだ帰る場所が残っている事に気付く。

 だが、衣服を変える暇が無かった為、露わになっている、

 大きな、爪による深い傷痕・・・

 

「・・・だめ・・帰れない・・・」

 

 自分が付けた、一歩間違えば絶命していたほど深い傷・・・

 いや、むしろ、どうやって、今ここに立っていられるかが不思議な重症だったのだ。

 

「これを気にしてるのか?

 この傷は、俺が勝手に飛び込んで俺自身の不注意で付いた傷だ。

 お前のせいでは無いし、もう那美さん達に治してもらった」

 

 自分の傷痕に触れ、何でもないという風に振舞う恭也。

 

「さあ、一緒に皆の所に帰ろう」

 

 そう言って手を差し伸べる恭也。

 

「・・・だ・・・め・・・」

 

 恭也が一歩近づく度、

 怯えた顔で後退る久遠。

 そう、怯えているのだ、

 

「ダメだよ久遠は帰っちゃいけないんだよ!」

 

 その手に、恭也の優しさに甘えてしまいそうな自分に、

 今、恭也に触れられたら、その暖かさに堕ちてしまいそうな弱い自分に・・・

 

「何故逃げる久遠」

 

 そんな久遠に尋ねる恭也。

 恭也とて、その理由を察していないほど鈍感ではないが・・・

 それでも、ハッキリさせておかなければならないから。

 

「久遠は恭也を傷付けた化け物だよ!

 なのはも・・・那美も・・・恭也の事が好き、

 久遠、二人の大切な人を傷付けた、もう二人には逢えないよ!」

 

 涙をぽろぽろと流しながら叫ぶ久遠。   

 

「久遠、二人とも怒ってなんかいない、

 その二人がお前を想っているから、帰ってきて欲しいから、

 俺は、今ここに立っていられるんだ」

 

 傷に触れながら、二人から預かってきた気持ちを伝える様に呼びかける。

 

「皆お前の帰りを待ってるんだ、久遠」

 

 手を差し伸べる恭也。

 近づいても久遠は退いてしまうから、手を差し伸べて、掴むのを待つ。

 後一歩の距離。

 久遠が手を伸ばせば、届く距離なのだ。

 

「ダメ・・・だよ・・・久遠がいたら皆が幸せになれない!

 久遠が皆の幸せを壊しちゃう!」

 

 揺れる心を振り切る様に、久遠は叫ぶ。

 戻りたい、帰りたい、そう思いながらも、

 自分の手が紅く染まっている事がそれを縛める。

 自分は化け物、人に害する妖狐でしかないのだと・・・

 

「それは違うぞ久遠!」

 

 そんな久遠に対し、恭也は叫ぶ。

 その声に一瞬身を強張らせる久遠。

 そして久遠が自分の目を見るのを待ち、続ける。

 

「俺は、少なくとも俺にはもうお前無しの生活なんか考えられない!

 俺にはお前が必要だ!お前がいないと俺は幸せにはなれい!」

 

 二人の気持ちでは無く、今ここにいる自分の気持ちを。

 なのはに言われ、ずっと考えていたが、

 やっと気付いたのだ。

 

「恭也・・・」

 

 その言葉に流していた涙が止まり、

 逸らしていた目を恭也を向ける久遠。

 

「久遠、俺はお前に比べたらずっと弱い存在だ。

 1人だと簡単に死んでしまうかもしれない・・・」

 

 傷痕に触れ、少し寂しげにまず、その事実を認める恭也。

 

「だが、俺には、俺達には友が、仲間が、家族がいる!

 俺はなのはやかーさん達の為に闘いに赴き、

 那美さん、美由希、美沙斗さんと共に戦って、

 フィリス先生には心配と迷惑と掛けて・・・

 そして、俺は何処からでも帰ってくる!

 

 誓いの様に、宣言する様に恭也は久遠を見詰め、

 

「俺は一人じゃない。

 だから、生きていけるんだ。

 そして、お前も・・・

 久遠、お前は1人じゃない。

 皆がいるし、何より、俺は何があろうとお前の隣に在る」

 

 また優しく呼びかけ、

 

「久遠、俺にとって、お前は無くてはならない存在なんだ!」 

 

 再び久遠に自分の想いを伝える恭也。

 そして、最後に、もう一度手を差し伸べて、

 

「だから久遠、

 俺と共に、生きてくれ」

 

 それは願いでもある恭也の心、

 久遠への想い。

 

「恭也・・・恭也ぁ!」

 

 その言葉で、抑えていた物が溢れる様に、

 さっきまでとは違った意味の涙を溢れさせ、

 恭也の手を取り、恭也の胸へと抱きつく久遠。

 

「いいの?久遠はいていいの?」

 

 恭也の胸の中、涙を流しながら問う久遠。

 

「勿論だ、いてくれないと俺が困る。

 いったろ?お前がいないと俺は幸せにはなれないんだ」

 

 強く、求める様に強く抱きしめ、笑顔で答える恭也。

 

「恭也ぁ・・・」

 

 嬉し涙で濡れた笑顔。

 いつのまにか降っていた雨も止み、

 月明かりが二人を照らす。

 

「久遠、愛してるぞ」

 

「恭也・・・久遠も恭也を愛してる」

 

 そして、 月の光が優しく見守る中

 二人の影は一つになる。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・海鳴の戦闘員各員及び、ケビン以下ファミリア達へ、

 メルティーナ ザイン シルフィアの権限を持って、

 現時点を持ち、久遠に対する警戒態勢を全面解除する」

 

 上空から様子を見守っていた少女は、念話を用い、そう伝令した。

 

『了解。

 じゃあ、もう『皆から久遠の記憶を消す魔弾』は必要無いな?』

 

 他のメンバーがその伝令を聞くだけだったのに対し、

 1人、美少年は、そう通信を個人的に返す。

 他の誰にも聞こえない様にして。

 

「ええ、解体してちょうだい」

 

 少女は、微笑みながらそう答え、

 自分も、愛銃の弾倉に装填されていた2発の特殊銃弾を抜き出し、

 その場で消滅させる。

 

『了解した』

 

 多分微笑んでそう答えただろう美少年。

 

『その者の記憶、その者を形成してきた過去を完全に消してしまえば、

 それは殺す事と同じ・・・

 まったく、相変わらず人が悪いぜ』

 

 同様にして会話に入ってくる青年。

 セリフとは裏腹に声は優しい。

 他のメンバーには極秘とし、裏で動いていたが、

 無駄に終り、ホッとしている様だ。

 

『まったくだよ』

 

 美少年も青年の言葉に同意する。

 

「誉め言葉として受け取っとくわ」

 

 そんな青年の声を聞いて、ちょっと嬉しそうな少女。

 

『『実際誉めてるんだが?』』

 

 重なる二人の声。

 

「あら、ありがとう」

 

 そう、少し微笑んで愛銃をしまう少女。

 

「・・・久遠、貴方に幸多からんことを」

 

 最後に、愛し合う二人に向かい、そう呟いた少女は、

 満月の夜の闇に消えていった。 

 

 

 続く

 

 あとがき

 

セリス「感動のエンディング〜」

メティ「にしても短いわよね〜」

セリス「そうね〜・・・普段の半分も無いわね」

メティ「もっとこう盛り上げられなかったのかしら?」

セリス「最後もオリキャラで終わってるしね」

メティ「まあまだエピローグが残ってるし」

セリス「そうね〜

    ではエピローグにいってみましょう〜」