夢の集まる場所で

第1話 それぞれの出会いと再会

 

 

 

 

「いったい何処にこんな物を……」

 

 驚愕を通り越して呆れ果てた声を漏らすのはネム アサクラ。

 

「前にも話したと思うけどな?

 家の母方は魔導師だったって」

 

 兄ジュンイチ アサクラはそんな義妹の様子をかったるそうに見ながら、魔導船を操縦する。

 いや、正確には地図を見ているだけで操縦などしていない。

 この船はオートで動いているのだから。

 ネムが呆れ果てるほど高度にして高性能、収容人数は10人で長期航海可能な高級魔導船だ。

 値段としては、一般家庭の100年間の生活費くらいにはなるだろう。

 

 と言う訳で、今2人が居るのは海の上である。

 家のある港街から少し離れた場所に隠してあったこの船に乗り込んで移動中だ。

 食料も保存食ではあるが貯蔵されており、ジュンイチが食料を荷物に詰めていなかった理由が解った。

 

「それは聞きましたけど……」

 

 話には聞いた事がある。

 ネムには流れていない血ではあるが、ジュンイチの母方の血筋は代々魔導師の家系であり、それなりの高名だったと。

 魔導師として高名であるという事は、それなりの資産がある事を意味する。

 魔導師というのは、そうあり続けるだけでお金が必要で、莫大な支出を賄うだけの収入、もしくは出資者を持っていなければならない。

 

 それが魔導師に対する一般認識であり、事実その認識で正しい。

 ネムもそれを知っていたが、まさかこれほどの物を持っているとは思ってもみなかった。

 それも仕方の無い話かもしれない。

 少なくともアサクラ家はある程度の裕福な部類に入るとはいえ、貴族でも富豪でもない、平民、一般家庭でしかないのだから。

 

 ジュンイチとしては隠していた訳ではないが言わなかっただけだ。

 更に理由を挙げるとすれば、母は兎も角、その魔導師の一族の筈の兄が実用的な魔法を一切使えない―――いや、使っているのを見せていない事がある。

 魔導師の才能が見られないので、魔導師の一族の血を引いている事すら忘れかねない程だ。

 

「ヨシノって言えば、ちっとは名の知れた魔導師だったらしいぞ?」

 

 母親の旧姓であり従妹サクラの姓である『ヨシノ』。

 その筋では割と有名で、実力も高かった―――らしい。

 人の見る夢、願望についての研究をしていたらしいのだが、現在ほとんど表に出てきていない為、今や忘れされれた一族だ。

 

「そうですか……」

 

 つい先日まで兄との二人暮しで家計のやりくりに悩んでいたネムとしては複雑な心境だった。

 尚、現在まだ収入を得られるだけの職を持っていない2人は親から送られてくる金で生活をしていた。

 それが少なかった訳ではないのだが、ジュンイチは料理ができず、ネムにいたっては台所と言う場に対してなにか呪いを受けているのではないかという疑いがあるので、食費が嵩んでいるのだ。

 他にも家計を圧迫していた理由はあるのだが、それは今語るべき事ではないだろう。

 

 

 そんなこんなで、のんびりと船旅をすること2日。

 小型ながら速度の出る船で、辿り着いた。

 

「さて、着いたか」

 

 ぼうっと空を眺めていたジュンイチがゆっくりと立ち上がる。

 そして、その方向に何かあるかの様に焦点を合わせていた。

 

「え? 着いたって?」

 

 ネムには水平線しか見えず、また船もまだ直進している。

 何度か兄の目線の先を追うも島どころか岩陰すら見えない。

 

「入るぞ」

 

「え? ……きゃっ!」

  

 ブワッ!

 

 ジュンイチの言葉とほぼ同時に船全体が霧の様な物に包まれ、視界が一瞬完全に失われる。

 

「もう見えるだろう?」

 

 兄の声に恐る恐る目を開けるネム。

 そこに広がっていた風景は―――

 

「綺麗……」

 

 ただ一言で表されるものだった。

 ネムに見えるのは島全体が桜色に染まり、ピンクの花びらの舞う幻想的なまでに美しい島。

 だが、

 

「綺麗か? ああ、そうか血が繋がってないからな……

 ま、綺麗に見えるって事はサクラのカモフラージュは完璧って事か」

 

 ネムが風景に見とれている後ろで呟く。

 ネムには聞こえない様に言ったつもりだったのだが、

 

「カモフラージュって?」

 

 しっかり聞こえてしまったらしい。

 平静を装って尋ねてはいるが、血の繋がりについても聞こえたらしくネムの内心不安が増大していた。

 

「……ま、お前が見える綺麗な島に戻すのが目的って事だ」

 

 フォローをしようかと少し考えたがかったりぃし下手な事を言うべきではないと判断し、そう言って島の頂上をただじっと見つめるのだった。

 島の頂上の聳え立つ一本の木、桜の木を―――

 

 

 

 

 

 島に上陸した2人はまっすぐ島の中央へと足を向ける。

 この島、ハツネ島は中央に向かって小高い山となっており、地図にすればほぼ円形の等高線が描かれる。

 海岸線大体2km程で桜の木による森となり、桜の森の中央んは一際大きな桜の木があり、山の頂上という事もあり、海岸からもその巨大な桜の木が見て取れる。

 2人はその中央の巨大な桜の木を一緒に、しかし違う視点で見上げながら森に入ろうとしていた。

 

 と、その時だ。

 

「お兄ちゃ〜〜〜ん!」

 

 黒マントを羽織った少女が金髪のツインテールを靡かせて2人、いや、正確にはジュンイチ目掛けて突進してくる。

 

「おう、サクラ」

 

「サクラちゃん」

 

 純粋に喜ぶジュンイチと、一応再会は喜んでいるネム。

 内心はかなり複雑な様であるが、それでも決してサクラが嫌いな訳ではなく、むしろサクラ個人は好きなのであり、再会自体は喜んでいる。  

 

 パフッ

 

 そして見事ジュンイチの腕の中に納まる少女、サクラ ヨシノ。

 

「来てくれたんだね」

 

 起こってしまった事態に対する不安、心細さに増幅された長期間離れていた人恋しさ、その他もろもろが交じり合ってジュンイチを強く抱きしめるサクラ。

 ジュンイチはそれを受け止めた。

 

「おう、約束だしな。

 それにしてもお前は変わって……」

 

 と、そこでジュンイチはちょっとした違和感に気づく。

 

「そうだね、サクラちゃんは全然変わって……」

 

 ネムも続いて気づいたようだ。

 2人と同年代のサクラ ヨシノがアサクラ家から此処へ移り住んだのは6年前。

 3人が11歳の時である。

 それから6年間全くの音信不通で今6年ぶりに顔を合わせたのだ。

 

「どうしたの?」

 

 フリーズしてしまった2人を見上げるサクラ。

 そう、見上げているのだ。

 決して長身とはいえないジュンイチとネムを。

 男女の体格差もあるだろうが、それでもネムは155cm程と女性としてもやや低めな身長でありながら、サクラはネムすら見上げなければならない。

 

「お前……サクランボだよな?」

 

 思わず昔の呼び名で呼んでしまう。

 嘗て、子供だった頃の呼び名で。

 

「勿論そうだよ。

 お兄ちゃんなら本物か偽者かくらい区別できるでしょう?」

 

 きょとんとしながら問い返すサクラ。

 確かにジュンイチは例え本人が一切の魔法が使えなかったとしても魔導師の血を引いる。

 その為幻視に対する耐性が高かったり、物の本質を見分けたり、人であるなら外見よりもその人特有の魔力のパターンで人を見分ける事ができる。

 そして、目の前の人物がサクラ ヨシノ本人である事は他ではないジュンイチ自身が肯定していた。

 

 いや、それより確かなある理由で、ジュンイチはサクラを見間違える筈はない。

 

「だってサクラちゃん……」

 

 身長140cm。

 そう、別れた頃と一切外見が変化していないサクラを見て信じられないと言ったネム。

 成長には個人差があるから、身長が伸びなかった可能性もある。

 だが、全く変化していないという事はあまりにも非現実的だ。

 しかし、この状況の中、逆にジュンイチは冷静になっていく。

 

「そうか、お前自分に呪いを?」

 

 ジュンイチが知る限り、この島ならば十分ありえる話しだった。

 

「うん……まあ、半分はボク自身が原因なんだろうけどね」

 

 そしてそれを肯定するサクラ。

 2人は暫し見詰め合った。

 

「あの、兄さん、サクラちゃん呪いって?」

 

 話しに着いていけず、更に兄とサクラが見詰め合っているのも面白くないネムは、少し大きな声且つ強い口調で説明を求める。

 

「ああ、ごめんねネムちゃん。

 ネムちゃんも来てれたんだね、ありがとう」

 

 すっかり忘れてたと、改めて挨拶をするサクラ。

 こちらは純粋にジュンイチしか見えてなかったからだろうから悪気は一切無い。

 だが、だからこそ脅威にもなるだろう。

 

「まあ、サクラちゃんの危機との事でしたから」

 

 いろんな意味で不機嫌さが増してしまうネム。

 

「呪いについては現状を聞きながら一緒に説明するさ。

 サクラ」

 

「うん」

 

 サクラはジュンイチ達に背を向け、集中し始める。

 そして、

 

 パチンッ!

 

 指を鳴らす。

 ただそれだけの行為を行った、次の瞬間だ。

 

 キィィンッ!

 

 突然サクラのすぐ目の前が光に包まれ、それが収まると扉、正確には玄関の様な物が現れる。

 そこには何も無かった筈なのに。

 

「もしかして空間を?」

 

 既に見た事のあるジュンイチは落ち着いているが、ネムはかなり驚いている。

 サクラがやった事は、何処かにあるサクラの自宅の玄関を、空間を捻じ曲げてこの場に出現させるという物だ。

 空間転移系の魔法は高等技能であり、しかもサクラは指を鳴らすという1アクションで発動させた。 

 魔法陣も詠唱も無しにである。

 普通に考えればありえない事だ。

 

「ああ、この島は島自体が私の魔法の中みたいなものだからそんな凄いものじゃないよ」

 

 サクラはそう言っているが、島全体にそんな補助機関があるのなら、そんな物を作った人はとんでもない大魔導師であろう。

 ついでに、補助機関があったとしても空間転移系の魔法はおいそれと使えるものではない。

 完全に固定した扉同士があるなら兎も角、扉をここに呼ぶ事は、どんな補助があろうと、本人の力量が無ければ発動させる事などできない。

 

「んじゃ、茶でもしながら状況説明とネムへの事情説明でもしますか」

 

「あ、いい緑茶葉が手に入ったんだ」

 

「相変わらず茶は東国製か」

 

 ネムを余所に和気藹々と話しながら玄関をくぐる2人。

 

「あ、待ってください、兄さん」 

 

 それを追うネム。

 ネムが玄関をくぐると同時に玄関はその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のどかだな〜」

 

「そうですね」

 

 目的の島へ移動する船の上。

 水平線を眺め波を感じ和んでいるヒロユキとセリカ。

 2人でのどかな時間を過ごしていた。

 因みにこの船、依頼主であるミズコシ家の魔導船である。

 依頼を受理した時点で実は迎えが来る事になっていたのだ。

 それを知らず船を手配してしまいたのだが無駄となり、手配していた船にはキャンセル料として前金を取られてしまった。

 なお、それに伴いアヤカは更に仕事に対する闘志を燃やし、セリオも自分がついていながら無駄な金を使ったから仕事はがんばるとの事で、2人共現在客室で眠っている。

 旅に出た頃は金については結構さっぱりしてたんだけどなぁ、と昔を懐かしむヒロユキだった。

 

「海は好きですか?」

 

 2人で和んでいる、というかぼおっとしていると、背後から声をかけられた。

 綺麗な女性の声だ。

 

「そうだな……やっぱ海は漢の浪漫だからな〜」

 

 振り向きながら答えるヒロユキ。

 そこには白く青いリボンのついたベレー帽を被った、赤い髪の美少女が立っていた。

 

(へ〜、お嬢やアヤカといい勝負だな。

 お嬢様風だが……護身術程度は使える口だな。

 それに、さっきの声……恐らくは魔曲の声楽の使い手だな)

 

 ヒロユキは一瞬にして全身を観察し、先ほどの声からも性質を分析する。

 割と長く旅をしている為いろいろな能力者に出会い、その見分け方を会得している。

 最も、普通の人は例えそう言う人達と出会っていても見分けるのは難しいだろう。

 しかしヒロユキはある特技の派生からそう言う事も得意としていた。

 観察し考察し、結論を出し終えるまで1秒掛かっていない早技である。

 

「!」

 

 ヒロユキが現れた美少女について観察の結果を出し終えた所で、その美少女が驚いているのに気付いた。

 

「どうかしたのか?」

 

 向こうから声をかけて来たのにとちょっと怪訝に思うヒロユキ。

 だが、自分の目付きの悪さを驚いたのだろうと、考えておく。

 因みにセリカは今やっと振り向いた所だ。

 

「あ、いえ、やっぱり海賊とかに憧れたりします?」

 

 若干誤魔化すような風ではあるが笑顔で冗談っぽく話題を続ける少女。

 

(あ〜、やっぱり目付きが悪いからか?)

 

 などと考えつつ、

 

「まあ、海賊王ってのも一時期は夢見たけどな〜」

 

 昔を懐かしむように言い出すヒロユキ。

 実際幼馴染の2人と、3人で一緒に海賊ごっこをやった事がある。

 役割的にヒロユキが船長で、男の子の幼馴染が砲手役、幼馴染の女の子の方は専ら攫ってきた女の役で、縛って転がされてるのが常だったりした。

   

(子供だから許される遊びだったな……)

 

 一歩間違うととてもイケナイ遊びをしていた事を思い出す。   

  

(そう言えば、あの頃はもう1人いたんだよな……

 極普通のガキだったと思うが、一緒にいると自然と和む奴だったな……どうしてるかな?)

 

 何気ない少女の質問から昔の思い出が掘り出され、ちょっと懐かしむ。

 だが、それもほんの一瞬の間。

 直ぐに頭を切り替えた。

 

「そう言えばこの船はミズコシ家の船の筈だけどアンタは?」

 

 確かミズコシには17,8の娘がいた筈で、依頼主もその娘である。

 一瞬依頼主かとも思ったが、相手の服装から旅をしている者だと知れる。

 まあ、アヤカ達の事もあるし、実際相手もお嬢様風だから可能性を捨てた訳ではない。

 

「私、ミズコシ家のマコさんとお友達でして、今日は遊びに」

 

「じゃあ、やっぱりお嬢様?」

 

「そんな大したものじゃないんですけどね」

 

 気さくに話をする謎の美少女と他愛も無い会話を続けるヒロユキ。

 で、先ほどから一言も喋っていないセリカはと言うと、ただヒロユキの顔をじっと見ているだけだった。

 表情は無表情であるが、ヒロユキ、アヤカ、セリオなら、羨ましげな表情だと言うだろう。

 

「あ、もしかしてお邪魔しちゃってたのかな?」   

 

 そこで、美少女がセリカに視線を向ける。

 表情を読めたかどうかは解らないが、ずっと視線を向けていれば意図には気付いたのかもしれない。

 

「あ、お嬢、ごめんごめん」

 

 ヒロユキがそう言うと、「いいですよ」という優しげな顔をする。

 最も、ヒロユキだからこそ解る変化程度であるが。

 

「ところでお2人はハツネ島には何を?」

 

「ああ、ちょっと依頼でね、調査依頼だったな。

 詳しくはまだ聞いてないが、ちょっとした腕を買われてね」

 

 実際、この仕事を受けられたのはヒロユキ達が裏では有名であるからである。

 どうも実力の確かな魔導師系で、ある程度信頼できる人物を探していたらしい。

 それなら何も冒険者に頼まなくてもいいのだろうが、察するに戦闘力も必要となる場合があるのだろう、とヒロユキは踏んでいる。

 因みにまだ仮契約であり、島について詳しい話を聞いてからの判断で本契約に移行となっている。

  

「そうなんですか?

 私は島の桜を見に行くつもりなんですけど、大丈夫かな〜」

 

 ハツネ島とは、ミズコシの保有する孤島らしく、話では桜という綺麗な花を咲かせる木が島全体を覆っているそうだ。

 しかも、本来春にしか花を咲かせない筈なのに、そこの桜は年中花を咲かせているのだとか。

 その情報もほぼミズコシ家からの情報で、ハツネ島というのは地図にも載らない島だ。

 その土地の情報は殆ど得られなかった。

 

「そういえばそろそろ見えてくる筈だけど」

 

 距離と出発してからの時間を考えればもう見えてもいい頃である。

 だが、未だに島は視界に入ってこない。

 

「……結界」

 

 セリカがそう呟いたかと思うと、

 

 ブワッ!

 

「な?!」

「キャッ!」

 

 突然船が霧に包まれ、視界が失われる。

 

「どうやら島への侵入を防ぐ視覚結界が在った様です。

 それに海流も変化させ島には普通の船では入れない様になっています」

 

 視力が回復するまで、セリカがそんな説明をしてくれる。

 そして、視界が戻ると、そこには―――

 

「綺麗……」

 

 ピンクに染まった美しい島が現れた。

 ヒロユキと美少女は思わず見とれてしまう。

 

「……アレが調査対象ですね」

 

 が、セリカだけは冷静に島の山の頂上を見上げていた。

 そこにある一際大きな桜の木を。

 そして、その声にヒロユキも我に返り、それを見定める。

 

「……何かある」

 

 ヒロユキには何か見えた訳ではない。

 それでも直感が告げていた。

 そこにあるモノが危険であると―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空はいい、空はいいぞ〜」

 

 腕組んで立ち、広大な空を眺めながら高らかに笑うユウイチ。

 

「見晴らしですか?」

 

「海しか見えない」

 

「サユリは海も好きですよ〜」

 

 そんなユウイチに対し三者三様の反応をするアキコ、マイ、サユリ。

 ユウイチの後ろに腰を下ろし弁当などを広げている。

 今4人から見える景色は空だけだった。

 そう、今4人は空にいる。

 

「ユウイチ、我の分の弁当はないのか?」

 

 突然、ユウイチ達の足元、

 正確にはユウイチが立っている部分の先で声がする。

 少し野太く、くぐもった声だ。

 

「お〜、すまんすまん。

 サユリさん」

 

「はい」

 

 ユウイチに言われサユリが取り出したのは、サッカーボールの様な巨大オニギリ。

 まあ、オニギリと定義できるのかも怪しいのだが。

 それをユウイチに手渡し、ユウイチは、

 

「ほいよ」

 

 と言いながら、ヒョイっと前方の出っ張りの前に投げる。

 すると、前方の出っ張りが動き、パクっという音が聞こえそうなほど見事にオニギリを口にする。

 

「うむ、いい塩加減だ」

 

 モシャモシャと咀嚼する音が止むと、感想が返って来る。

 きっちり味も解っているらしい。

 

「ありがとうございます」

 

「しっかし、オニギリを食うドラゴンなんてお前だけだろうな〜」

 

 今ユウイチ達はドラゴンの背にいた。

 正確にはダークドラゴンという種類のドラゴンで、頭から後ろ足までの全長12mほどの中型ドラゴンである。

 尻尾は8mほどで、基本的に4足歩行型、でも2足歩行もできるし、実は直立していると人型にも見えるスマートなタイプのドラゴンだ。

 ダークドラゴンという名前から解る様に全身漆黒で瞳は蒼。

 名目上ユウイチが所有する召喚幻獣であり、ユウイチの盟友、名をシグルドと言う。

 因みに命名者はユウイチであり、命名理由は面白いからなどとユウイチは言っている。

 

「お主達がそうしたのであろう?」

 

「本気で矯正できるとは思わなかったんだけどな俺は」

 

 この場合、お主達というのはユウイチとユウイチの師匠である。

 今では調理されていない肉なんぞ不味くて食えないと言うほどまで矯正されていたりする。

 なお、このドラゴン、昔は強かったらしいのだが、現在は殆ど飛行移動用とすら言えるくらいの事しかできない。

 ステルス機能などというものが使え、デカイのに隠密行動が取れる為ユウイチ達は助かっている。

 実際のところ、ステルスあって事だ、この移動用という利用方法も。

 

 竜種は目立つ。

 

 特にダークドラゴンなどという種はその外見からも偏見を受け、魔と決め付けられかねない。

 実際はドラゴン種の中で最も高貴な種とされている。

 が、高貴故に人に従う事は無く、人を乗せて飛ぶなど普通には考えられない。

 そして、味方で無いなら敵などと考える人間がいるのが現状であり、どちらにしろ初見で良い印象をもたれる事はないのだ。

  

「まあ、美味い物が食える様になったのだからいいがな」

 

「ん、美味いモンが食えないと人生半分未満だからな」

 

 そんなダークドラゴンと和気藹々と話すユウイチ。

 

「沢山食べる人がいると作る側としても嬉しいです」

 

「はい、料理人冥利につきますよ〜」

 

「一緒にご飯食べるの、かなり嫌いじゃない」

 

 多分、こんな面子、生物学者が見たら卒倒する事だろう。

 何せ会話できるだけの高位の竜種が人を乗せているという時点で驚愕だろうし、食生活を共にしているなど前代未聞だ。

 だが、ここではそんな事は関係なかった。

 

 

 そうして空の旅を楽しむ事数時間。

 ユウイチは立ち上がり、シグルドの頭へ移動した。

 

「さて、そろそろか」

 

 先ほどまでと一変し、引き締まったまじめな顔になるユウイチ。

 彼を知らぬ者が見れば二重人格とも取られかねない変化である。

 ユウイチの言葉に従い、シグルドはその空域でホバリングする。

 

「前方に結界を探知しました。

 でもかなり上手くカモフラージュしてますね〜。

 あると知ってないと気づきませんよ、普通」

 

 ユウイチとサユリ、そして残りのメンバーの見る先には見た目上は海しかない。

 だが解る人が良く見れば風の流れ、潮の流れ共にある場所を避けるように流れている。

 

「結界は視覚的な物だけですか?」

 

「はい、侵入を防ぐ様な結界は無いですね。

 このまま突入して問題ないと思います」

 

「よし、じゃ、突入」

 

「了解した」

 

 落下するように目標地点へ移動、いや突入するシグルド。

 

 ブワッ!

 

 何も無い筈の空間で突如、視界が一瞬霧の様な物に包まれる。

 そして、それを突き抜けた先には―――

 

「アレか」

 

「そうですね」

 

「これほど見事にやるべき事が見えてるのも珍しいですよね」

 

「アレ、かなり嫌い」

 

 ユウイチ達の視界に広がるのは満開の桜で埋め尽くされた美しい島。

 視覚情報ではそうなっている。

 

「かなり高度なカモフラージュが掛かってますけど」

 

「無人島の筈なんだが……屋敷と船が見えるな。

 どっかの物好きがわざわざ結界を突破してまで来たって事か。

 そいつ等に対するカモフラージュだろうな」

 

 この島の山のほぼ全域に視覚的なカモフラージュがされていた。

 あたかも満開の桜が咲き乱れている様に見えるカモフラージュが。

 しかし、実際そこにあるのは―――

 

「呪いの類か?」

 

「はい、強い思念を感じますね」

 

 こと、そう言ったものを見るのに特化されているアキコには、見えてしまう。

 この島の頂上にある木を中心に渦巻く怨念とも呼べそうな黒い思念が。

 

「かなり気持悪い」

 

「そうだな、『黒い桜』なんて見れたもんじゃない」

 

 そう―――今この島には頂上付近を中心に黒い桜が咲き乱れているのだ。

 特に頂上付近は闇と言っていい程の濃度で花びらはおろか、木まで黒い。

 そんな黒い桜が島の1/4を埋めていた。

 残りの桜は綺麗な桃色であるが、侵食されている途中であることが見て取れる。

 

「見たところ中央の巨大な桜の木が元みたいですね。

 何か強大な魔法システムの中心になっている様ですし。

 島の桜の木は全てその端末なのでしょう、中央を汚染され侵食が進んでいる最中って感じです」

 

 純粋な魔導師であるサユリは島全体をスキャンしていた。

 魔導師が作ったものは魔導師が見抜ける。

 島の魔法回路の大半を読み取り、それがなんであるかを分析するサユリ。

 

「危険な物か?」

 

「元々なんであったかは今の状態では解りません。

 ですが今は……流石にあの中央付近は闇が濃すぎて見えません」

 

「じゃあ、行くしかないか」

 

 周囲を警戒しつつも、一気に中央まで行くつもりのユウイチを始めとするメンバー。

 しかし、その移動手段たるシグルドが動かない。

 

「悪いが、我はこれ以上進めん。

 この島の上空はかなりの高位暗示結界と魔法障壁結界がある」

 

「ん? ……ああ、あるな。

 流石に防衛しているか」

 

「みたいですね。

 強行は私達がフォローしてもシグルドさんが危ないです」

 

「仕方ない、徒歩で行くか」

 

 こういう事態は速攻で片付けるのが好ましいと経験上告げているが、仲間をむざむざ危険に晒す事は出来ない。

 適当な着陸場所を探す。

 その時だ。

 

 ブワッ!

 

 突然シグルド達に風の様な物が吹きかかり、一瞬シグルドがぐらついた。

 

「これはっ!」

 

「侵入者検知の魔法です!」

 

「シグルド!」

 

 油断はしていないつもりだった。

 しかし、最初の視覚結界を突破した後、今になるまで何も無かった事で警戒が緩んでいた。

 いや、警戒していたとしてもそれは間に合わない。

 ここは既に結界の内部、この島に住む者の領域。

 その意味の一つが今発動する。

 

 カッ!

 

「ステルスが強制解除された。

 ダメージはない、侵入者を検知するだけのシステムだった様だな。

 だが、それ故に強力であった。

 ステルスは再展開するか?」

 

 素直に相手の力量を認め、感心するシグルド。

 暢気とも言えるが、こうなってしまったものは仕方が無い。

 

「ああ、一応展開してくれ。

 ステルスを展開しつつ、向こうの岬に着地してくれ」

 

「ステルスは再展開するか?」

 

 ステルス解除から再展開まで23秒。

 十分過ぎる時間だ。

 ユウイチはもう覚悟を決める。

 何の覚悟か、それは先にも述べたとおり、基本的に竜に乗っていると言うだけでも珍しいを通り越して在り得ない。

 竜騎士などと言う職業は騎士達の最終到達点とも言えるほどのものである。

 竜が人を乗せる、つまり竜に認められる事は強い力と精神は勿論、何事にも屈しない意志を兼ね備えた者だからである。

 

 だが、その竜騎士達が乗るのは小型の竜種で、人が乗るには単体でも強過ぎる、しかし竜として下級の存在。

 歴史上、中型以上の竜が敢えて人に従った例はある。

 しかし、ダークドラゴンとなるとその前例はない。

 それこそ邪法で無理やり従わせない限り。

 外道な魔導師なら、ダークドラゴンの精神を操れる事は自らの力の誇示としてはこれ以上の効果はないだろう。

 そして、それならばいくらか前例がある。

 

 ユウイチはシグルドと友となることで乗り手ではなく、乗せて貰っているに過ぎない。

 しかし、基本的にそんな話は誰も信じないだろう。

 故に、ダークドラゴンに乗っているなどという姿を見られたなら、即座に悪の烙印を押されかねない。

 だからシグルドはステルスという力を会得せざるを得なかったのだ。

 

「師匠からの情報には記載がなかったが、やはり相当レベルの魔導師がここを根城にしているな。

 それにあの船、ミズコシ家の家紋か」

 

 顔に手をあてて事態を整理する。

 シグルドを敢えて見せ、悪役を演じる事もあるものの、まだこの島に起こっている状況、解決手段が解っていない以上、悪と決め付けられる利点はない。

 

「まあいいさ、悪役なのはいつもの事だ」

 

 ユウイチはもう覚悟を決めている。

 それは今よりもずっと昔。

 そう、あの日からずっと―――

 

 

 

 

 

 同時刻

 

 パリィィィンッ!

 

「侵入者!」

 

 ジュンイチ達が居るこの島のどこかに存在する魔導師の屋敷。

 その屋敷全体に許可なき者が島への侵入した事を示すアラームが響き渡る。

 サクラは手早く水晶を取り出すと映像を転送、投影する。

 そしてそこに映し出されたのはダークドラゴンと、その背に乗るユウイチ達の姿だった。

 

「ダークドラゴン! しかも人が乗っているだと!?」

 

「ちょっと、洒落になってませんよ!」

 

 半分悲鳴の様に声を上げるジュンイチとネム。

 

「アレにつられてきたの……?」

 

 サクラは事態の急変に戸惑っていた。  

 

 

 

 

 

 同、船上

 

「これはまたご大層なことで」

 

「ダークドラゴンですか……」

 

 落ち着いて見えるが、内心はかなり緊張している。

 一応敵と決め付けた訳ではないが、期待はしていない。

 そして、余裕は無かった。

 

「相手にとって不足はないけどね」

 

「空中戦も想定しておきます」

 

 何時の間に来ていたのか、アヤカ、セリオも既に姿を隠したドラゴンを見据えていた。

 

 

 

 

 

 それは当然の様に各所で誤解を生んだ後、北の沿岸部にある岬にユウイチ達は降り立った。

 

「シグルド、お前は予定通り戻ってカオリとミシオを頼む。

 俺の召喚に対してはお前の状況判断に任せる」

 

「了解した」

 

 全員を降ろし終えた後、シグルドはユウイチの指示通り元来た道を戻っていく。

 目で見て確認できた状況からしてこちらを手伝って欲しい所でもあったが、カオリ達の方も楽な仕事ではないのだ。

 

「さて、皆、覚悟はしておいてくれ」

 

「大丈夫ですよ、最初からできてますから」

 

「はい、ユウイチさんと共に旅をすると決めたときから」

 

「大丈夫」

 

 ユウイチの言葉に、愚問だとばかりに答える3人。

 例え悪役であろうと、ユウイチと進む道には迷いは無い。

 

「まあ、今回はギャラリーもいないし勝ってもいいかもしれないがな。

 では、行こうか」

 

 そうして先ずは周囲の探索。

 早期解決ができるならそれに越した事はないが、それは困難と思われる。

 だから拠点となる場所を探すのだ。

 この島には管理している魔導師が居ることが明白で、島全体は監視下にある可能性がある。

 その監視の目が無い場所を探すのだ。

 後退できる場所を確保し、それから攻める。

 確実に仕事をこなす為の下準備から始めよう。

 

 ユウイチ達は悪役を担う事に慣れ、ヒロユキ達は急な展開を受け入れる。

 そしてジュンイチ達は理由に思い当たる。

 故に、ユウイチ達を始めジュンイチ達も、ヒロユキ達も、まだあの23が今後どれほどの影響を及ぼしたか、誰1人予想出来た者はいなかった。 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 後書き

 

 どうも〜T−SAKAです。

 

 こうして3チームが同じ舞台に立ち、三つ巴の戦いを繰り広げます。

 まあ戦いといっても血みどろになることはないかと、ヒロイン達は…多分きっと…

 え?男?私は男には容赦しませんよ?

 

 それはそうと1話にして微妙に誰と誰のカップリングになるか解ってしまいそうな話でした。

 1人は違うんですけどね。

 なお、前回書き忘れましたがクロスオーバーなカップリングはユウイチだけです。

 でもまあ、総取りって事はないので大丈夫(ナニガ?

 

 ジュンイチが全然原作の純一っぽくありませんが、見逃してください♪

 

 そう言えばシリアスとギャグは両立させたいと考えているんですがギャグが少なくなりそうです。

 

 ではまた次回もよろしくどうぞ〜








管理人の感想


 1話です。

 3つのパーティが島に到着しました。

 これからどう戦闘を繰り広げるのか……。

 早ければ次回にも遭遇戦が起こりそうです。


 浩之は、物腰からかなり強者な感じを受けますね。

 パーティとしても有名みたいですし。

 過去にどんな事をやったんでしょうか。

 あのゲームの設定なら、彼は○者……?



 海流の関係で偶然辿り付けない島……まるでグ○ード○イランド。(爆



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