夢の集まる場所で
第2話 戦までに
「と、言うの訳だ」
「サクラちゃんの家系にそんな事が……」
完全に移動用でしかなかったのか、ダークドラゴンはドラゴンは去った。
侵入者もすぐに侵攻する気配がなかった為、今回の事件の説明を受けるネム。
ジュンイチも一応説明される立場であるが、ほぼ予め想定されていた事態であった為説明する側にいる。
一部とはいえサクラの秘密を知ったネムは同情の視線をサクラに向ける。
「まあ、管理という仕事はあってもここの研究は遣り甲斐があるしね、むしろ喜んでやってる事だよ。
それに……」
哀れまれているを感じたサクラはそれを否定する。
魔法の研究は大好きだしこの島は非常に美しい島だったのだ。
研究地としても生活をするにしても最高の場所だった。
家族、従弟にして最愛の人ジュンイチと離れなければならなかった事を除けば何の不満もなかった。
「お茶のおかわりをお持ちしました〜」
若干間延びした明るい声が響く。
ジュンイチ達が座っているテーブルにポット、ではなく急須を持ってくる女性。
腰に大きな黄色いリボンのついた蒼のエプロンドレスを着た、柔らかそうな赤に近いブラウンの髪、赤い瞳のオットリとした感じのある美女。
サクラと共にこの屋敷に住まうただ1人のメイド、ヨリコだ。
彼女が居るからサクラは1人ではない、孤独ではない。
ただ―――何故か彼女には所謂ところの猫耳が頭にある。
人間としての耳もある上でのもう一対の耳が存在しているのだ。
尻尾はないらしいのだが、どちらにしろこの世界には獣人と呼ばれる種族が居る為、それは奇異な外見とは言わない。
尤も、本物の獣人を見る機会など一般人にはまずないだろうが。
それは兎も角、このヨリコという女性、外見上は尻尾が無いだけの獣人なのだが、どうも獣人では無いらしい。
サクラと本人が言うには祖母が残した精霊という事らしい。
家に着く精霊といえば『キキーモラ』という種族が存在し、実際その種族に近い形をしているが、ジュンイチはそれとも違うと判断している。
ジュンイチにはヨリコが獣人にも見えないのは当然として、キキーモラにも見えず、人間に猫耳が生えただけの様にしか感じる事ができないのだ。
人が死後、幽霊として家に憑き、悪霊として堕ちずに精霊となる場合があり、それは『レア』と呼ばれるが、それともやはり違う。
どれとも違うのだが、どれでもある様な―――人間にも近く、人の霊や精霊にも近いと感じる、違和感だらけの感じを受けるのだ。
「あ、すみません」
メイドの接待を受けるのは初めてではないのだが、それでも慣れている訳ではないので、ちょっと緊張気味のネム。
ジュンイチの方は考え事でそれどころではない様子だ。
「ジュンイチ様」
「……あっ、どうも」
少し露骨かと思うくらいヨリコの事を観察するジュンイチ。
ネムはヨリコの紹介時に『キキーモラって何?』という反応をしていたので話にならないが、ジュンイチとしては少し気になる。
ヨリコの生い立ちは追求しないとしても『祖母がサクラに遺した』のだ、何かあるのではないか―――いやある筈だ。
ジュンイチとサクラの祖母は、ジュンイチの口癖でもある『かったるい』事を嫌うと公言している。
だがやるべき事はやるし、実は結構お節介で過保護だ。
ついでに魔導師としての実力はかなりのものなので、ただの世話役だとは思えない。
と、思いつつも、尻尾の様に揺れるリボンで結った柔らかそうなロングヘア、動く猫耳、綺麗な瞳、華奢な手先、若干着やせしている双丘に目が行き、様付けの呼び掛けが脳裏に木霊する。
18とは言えまだ少年相当のジュンイチに、ヨリコを精霊・魔導生物として見極めるのは酷な話だった。
なお、ヨリコは初めてお客様を迎えた事を喜び、仕事に精を出している為もありジュンイチの視線には気付いていない様だ。
サクラ以外の人間に会うのが初めてかどうかは、2人は何も言わないので解らない。
ともあれ、若干邪念が邪魔しながらも、ジュンイチはヨリコを観察し続けていた。
「……兄さん?」
が、ネムはその視線に気付いてしまった。
ジュンイチの視線に含まれる正等な意味の方には気付かず、思いっきり兄を睨みつけるネム。
同時に新たに警戒すべき人物が増えた事を悩む。
サクラは若干その事に気付くのが遅れ、リアクションが取れずにいた。
ヨリコがサクラ以外とコミュニケーションをとれる機会は殆どないのだから仕方の無い事だったかもしれない。
前述の通りネムはキキーモラという精霊の事もよく知らないが、それが普通である。
ジュンイチは魔導師の家系だったというのも多少関係するがそう言った物に限らず知識が豊富だ。
尤も、実用性に乏しい為ほとんど雑学として扱われてしまい、他人からは『妙な事をよく知っている』程度にしか見られていない。
生物学、精霊学の分野は魔導師に限らないので、それを知っているから魔導師らしいともいえない。
「あ、いや……んんっ!
でだ、桜が黒く堕ちた原因を解析、駆除、システムの復元をしなければいけない訳だが」
ネムとちょっと遅れてサクラの視線を受け、咳払いをしてちょっと誤魔化す様に本題を切り出す。
サクラの頭に乗っているコケシにしか見えない白い猫らしき存在も気になるが後回し。
気分も切り替え、自分でも似合わないと思っているがシリアスに移行する。
「うん。
本当はその為の補助をお願いしたかったんだけど」
「アレ……ですね」
ドラゴンが去ったと言っても確認されただけで4人の侵入者があり、この島に別荘を構えているミズコシ家も人を雇った様だ。
何故結界を張ってあるこの島にミズコシ家の別荘があるかは後ほど話すとして、ミズコシ家が雇った人であるならまだマシなのだが、侵入者の方はドラゴンを従える程の実力者である。
普通なら昨日まで普通の生活をしていた者達が勝てる相手ではない。
普通なら―――
「この上なくかったりぃ事になったな。
侵入者を排除しつつ原因の解析、駆除か」
溜息をつきつつやるべき事、やらなくてはいけない事を口にするジュンイチ。
だが、少なくとも出来ないと思っている様な口ぶりではない。
「排除しつつって、兄さん、あの人達と戦うつもりなんですか!」
ダンッとテーブルを叩いて立ち上がるネム。
ネムの反応は当然。
相手がドラゴンの使い手で4人。
どう楽観的に考えても戦うどころか、逃げ切れるかさえも危うい相手だろう。
だが、
「ん? まあ、なんとかなるだろ」
「まあ、防ぐくらいはね」
ジュンイチとサクラはちょっとした面倒ごと程度の感覚でこう答える。
まるで、勝つことも可能だと言う風に。
「なんとかなるって……兄さんは戦士ではないじゃないですか!」
ネムの知る兄は多少運動神経がいい程度の少年でしたかない。
趣味で狩って来る程度の弓術と剣術しか使えず、また実践的な魔法を何一つ修得していない。
そんなただの街人A程度の人物がどうあの侵入者と戦おうというのか。
「まあ俺は戦士じゃあないな。
ついでに魔法使いですらない」
「そうだね」
そんな事実をあっさりと認める兄。
そして7年間も離れていたのにまるで解っている事かの様に同意するサクラ。
それがネムに反発心を煽った。
「だったらどうするつもりですか!!」
傍に控えていたヨリコが怯える程感情的に声を上げるネム。
「落ち着けネム。
相手が常識外だからって慌てるなよ。
何も正面からの戦いで勝つだけが方法ではないだろう」
静かに妹を宥めるジュンイチ。
その言葉にはっとするネム。
相手を倒すか倒されるかしか思い浮かばなかった事に冷静さを欠いたのを自覚する。
「さっきのサクラの空間湾曲見ただろう?」
「あ! もしかして」
サクラが言っていた事を思い出す。
ここはサクラの魔法システムの中だと。
「もう半分以上侵食されて機能不全に陥っていてもここは私の島。
まあ、もともと対侵入者用のトラップなんて物はないんだけど応用でどうにでもなるよ。
それに、お兄ちゃんもいるし」
言ってみればこの島はサクラ ヨシノの要塞である。
何処がどうなっていて何があるかは当然把握している。
そしてそれは使い方次第でトラップにもなるのだ。
並の魔導師ではないと先程の事で承知しているのだが、その要塞に侵入するのがいかに難しいかネムでは想像もできない。
しかし、最後に付け加えた一言に含まれる感情と視線には、そんな物よりもジュンイチに対する信頼が大きい様だった。
「そうだな」
そのジュンイチは普段どおりにかったるそうに返事をするだけであるが、ネムにはそれもまた2人の絶対の信頼関係の証明ではないかと思えてしまう。
「あ、そうそう、倉庫をひっくり返した時にいい物を見つけたんだ。
多分おばあちゃんの作品だよ」
サクラがそう話し始めるとヨリコが部屋から出てまた何かを持って戻ってくる。
それは一見一枚の盾の様に見えるが、ネムが見てもそれは何か違和感を覚える物だった。
しかし、その違和感が何であるか、ネムには解らない。
「ほ〜……流石ばあちゃん、これまたどえらいモンを遺してくれたな」
「だよね。
私じゃ後5年は修行しないととても造れない代物だよ」
曲がりなりにも魔導師であるジュンイチにはそれが何であるか解るらしく、畏怖すら感じている様だ。
サクラは祖母の晩年、孫の為に遺した作品に敬意を払いつつも後5年で追いつくと宣言しているようなもの。
「……」
そんな2人にネムは、本当にこの2人は自分の知るジュンイチとサクラなのかと疑念が浮かんでいた。
まるで自分1人だけパラレルワールドに迷い込んだのではないかと思うほど、今の2人はネムにとって異常だった。
「あ、これの他にもいろいろ使えそうなのが出てきたんだ。
相手が動き出す前に準備は済ませておこう」
「そうだな、置いてあるのは倉庫か?
んじゃ行くか。
ネムも使えそうなのは確保しとけ」
そのくせ自分に向けられる視線は間違えなく兄と義従姉の物だと断言できる。
「あ、はい」
昨日まで普通の生活をしていた筈なのに、この周囲の変化に戸惑うネム。
しかし着実に準備は進められていく。
自分がそこに身を置く事など想像すらしなかった、本物の『戦』への準備が―――
島に到着したヒロユキ達はすぐにミズコシ家の別荘へと案内された。
乗ってきた船はヒロユキ達と別荘で使うだろう荷物を降ろすと、すぐにこの島を出てしまう。
「ようこそハツネ島へ」
屋敷で出迎えてくれたのは黒に近い蒼いショートヘア、緑の瞳の美少女。
マコ ミズコシ。
医学での研究に成功し、多くの人の命を救い富と名誉を得て貴族扱いになっている名家、ミズコシ家のご令嬢である。
因みにマコは次女で、姉が1人存在しているという情報は得ている。
また、年頃はヒロユキ達よりやや下という情報だ。
簡易なドレス姿に上品な立ち振る舞い、丁寧な言葉遣いでいかにもお嬢様と言った感じである。
だが、
(なんだ、この違和感……)
ヒロユキはそんなマコに、以前同種の違和感を感じた事を思い出した。
見た目は完璧なお嬢様なのだが何か違う、と。
「この度は遠いところをお越しいただき……」
何処と無く喋る片というか仕草が不自然に見える。
正しく無いのではなく彼女がそれをしているのが自然に見えないのだ。
それは、
(ああ、そうか、これはアヤカが
などと結論を出し、チラっとアヤカに視線を送る。
すると、それに気付いたアヤカは、
(アレは猫を被ってる)
と返してくる。
自分と似ているからか確信を持っている様だ。
なお、この目での会話は一瞬の事なのでマコは気付いていない。
と、そこへ、
「……マコちゃんがお嬢様してる」
一緒についてきた赤い髪の少女が驚いた様に呟く。
呟くと言ってもマコに聞こえるくらいの物だ。
「どういう意味よ! ってコトリ!」
その言葉に反射的に反論しようとしたマコお嬢様は、あっけなく被っていたにゃんこを剥がれ落としてしまう。
どうやらネコを被る事自体にもあまり慣れてはいない様だ。
「あ、え〜っと……」
ちょっと慌てているマコ。
おそらく本来はアヤカに近い、勝気で漢らしい性格をしているのだろう。
だが今回はミズコシの家名を使い彼女の独断でヒロユキ達を呼んでいる。
しかもヒロユキ達の事を調べた上での事、つまりヒロユキ達が何であるか知っているのだ。
それもあり、見栄とかではなく家名を背負っている責任からキチンとしたかったのだろう。
と、核心を突いた分析をするヒロユキ。
「ああ、いいっすよ。
俺達の事を調べた上で呼んだのならコレ等の事も知ってるんだろ?
だから大丈夫だ、コレで慣れてるから」
と、微妙にフォローになっていないフォローをする。
尚、コレ等とは当然自分以外の事であるが、コレ等もコレもアヤカを視線で指して言っている。
「まあ、いいけど」
例えにされたアヤカはさして気にしていない様だが、勿論黙っているだけの女ではない。
「私はヒロユキで世の男はいかなるモノかを知れた訳だし」
ふっふっふっふ、などとちょっぴり嫌な笑いを浮かべている。
ヒロユキもそれには笑い返す。
それで丁度場の空気も落ち着いたところだ。
「あ〜それじゃあ話し方も戻していい?」
「構わんぞ」
マコの問いに即答するヒロユキ。
その答えを聞いて肩の荷が下りた様なマコ。
その背に控えている執事は溜息を吐いているがその執事、妙にクルスガワの執事のセバスチャンに似てる様な気がするヒロユキ。
きっと同じような苦労をしているから層見えるのだろうと分析をしてみる。
「あ、ごめんねコトリ、来るの今日だっけ?
すっかり忘れてたわ」
「ううん、急に押しかけてきたのは私だから。
ゴメンね、変な時に着ちゃったみたいで」
「ああ、これはちょっとね。
コトリの方が先約だからコトリは気にしないで」
マコはコトリと2、3会話を交わし、コトリはメイドの1人に連れられて別室に移動する。
そういえばコトリって言うのか、と彼女の名前を覚えるヒロユキ。
「お待たせ。
立ち話はなんだから移動するわね」
先程とは違い自然な感じのマコはヒロユキ達を先導する。
だがちょっとドレスが動き難そうだ。
自分の我侭で、着替える間待たせる訳にはいかないと思っている様だが、別にいいのにと思いながらそんな姿をみつめる。
その後、応接間らしき場所に案内され、ヒロユキ達とマコは向かい合って座る。
マコの後ろには執事、セバが控えている。
そう言う場面だったのでセリオは最初アヤカの後ろに控えて立っていようとしたのだが、アヤカに半ば無理矢理座らされる。
「それで、わざわざ公にされてない俺達の事を調べて、どんな厄介事だ?」
ヒロユキ達は一部で称えられているが、普段その事を言われるのを嫌っている。
その為、ちょっと言い方が冷たくなってしまっていた。
「ごめんなさい、勝手に調べて。
でも、信用できる人じゃないとダメだったのよ」
ヒロユキが調べられた事を怒っていると感じたマコは、申し訳なさそうにそうに謝る。
噂でもミズコシ家の人間の人柄の良さは聞いていたが、先程から見ていてもマコはやはり一般的な貴族には当てはまらない様だ。
「いや、いいさ」
ヒロユキは自分の態度を反省し、フォローを入れる。
セリカ達はそんなヒロユキを静かに見るだけだ。
ヒロユキが何故あの事を、あの時の事で称えられる事を嫌うのか理由を知るが故に少し悲しかった。
「まあ、やる事も大体もう解ってる。
が、だからこそ聞かせてもらおうか、この島について」
既に島に入るときの結界からと、島に入ってから見た桜。
セリカから気付いた点なども既に聞いている上に、あのドラゴン。
事件としては十分に調査を必要とする事態だろう。
が、この島は異常だった。
結界を張られ、魔導システムの張り巡らされた島。
まさか何も知らずここに別荘を構えている訳ではあるまい。
直感的に大きなことに発展すると判断したヒロユキは一つでも多くの情報が欲しかった。
「ええ、話すわ。
とは言っても、この島について知ってる事ってあまりないのよ。
まず、この島の所有者なんだけど、ヨシノって言う魔導師の家系って教えられたわ。
お爺様の代でちょっとその魔導師に研究を手伝って貰った事がきっかけで親しくなったらしくて、その魔導師が所有する研究施設、このハツネ島への滞在を許可されたの。
この場所の秘密を守るという条件と、信用できる者以外は入れないこと、そして島の桜の木は切らない事。
その3つの条件で、お爺様はここに別荘を建てたのよ、桜があまりに見事だからそれを見れるだけで良しとしたの」
そこまで説明し言葉を区切るマコ。
区切ったのはいいが、様子からしてこれ以上あまり有益な情報は知らなそうだ。
「ヨシノと言うと100年程前なら夢や願望についての研究をしていた筈です。
それと植物などを使った魔法を得意とし、その中には植物から作る薬品なども含まれていたそうです。
アサクラ家との関わりはその辺りと思われます。
ただ、ヨシノは最近はあまり目だった活動、正確には表での活動はしている情報はありません」
そこでセリカがヨシノという名前からそんな情報を話す。
表では活動していない、つまり裏では何をしてるか解らないという事だ。
「うん、聞いた話でしかないけどこの島の何処かで研究を続けてるらしいわ。
私も会った事は無いし、連絡を取る方法がないの。
とにかく、貴方方は気付いてるみたいだけど、あの異常が解ったのは2週間くらい前からなの。
正確には先週幻術破りの鏡を取り寄せてやっと見えたんだけど……
因みにアレに気付いてるのは私とセバさんだけよ」
どうやら知っている、解っている事は以上の様だ。
あまり情報として役に立たない事を自覚しているのか少し申し訳なさそうな顔をしている。
ついでに、ヒロユキ達に依頼したいのは、『島で何か変な事が起きてるみたいだから調べて』というものだ。
はっきりとした事は何一つ解っていないと言っていい。
「なんとも言えんな。
何かそのヨシノって魔導師のシステムのトラブルとか、研究上での変化か。
で、どうしてそれだけで俺達をわざわざ呼んだんだ?」
少しきついかもしれないがその点を強く尋ねるヒロユキ。
ヨシノとの約束で信用できない人間を入れられないのは解るが、調査だけなら他にも人はいる筈だ。
なのにわざわざヒロユキ達を呼ぶ必要があったのか。
単に高級なモノを使いたがる様な性格でもないだろうに、今の話だけならヒロユキ達である必要はどこにもないのだ。
「女のカンって言ったら怒る?」
至極真面目にそんな事を言うマコ。
そんなマコの目を見る、ヒロユキ。
暫しヒロユキとマコは見詰め合うというより睨みあうに近い状態になる。
「ヒロユキさん」
そして、セリカが一言、ヒロユキの名を呼ぶと。
「んじゃ、ちょっとテストだ。
右手と左手、どっちかアンタがつかみとるべき手を掴んでくれ」
セリカの言葉で何をするのか伝わったのか、そう言って両手をマコの前に突き出す。
何もない、ただの戦士の両手。
「……こっち」
その質問には少し戸惑いながらも、迷う事なく左手を選ぶマコ。
「よし。
じゃあ雇ってくれ、後は俺達がなんとかする」
ただそれだけでヒロユキだけでなくセリカ達もマコのカンを信用する。
「え? いいの?」
マコは何がなんだかよく解らない。
実はヒロユキは右手に闇、左手に光の魔法を極々微弱に掛けていたのだ。
それは詠唱もなし、発動言語も無しの何の力も持たない、目にも見えない微弱なもの。
それを感覚だけ見抜けるかというテストだったのだが、マコはそれを迷わなかった。
つまり、そのカンも事実をある程度見抜いたものである可能性が高いという事なのだ。
実際ここの異常は例え雇われなくても独自で調べるつもりであったが、これは雇い主として適切かどうかのテスト。
例え金を持っていたとしても理解のない、判断力のない雇い主に雇われる事は避けなければならない。
それ故のテストだ。
こうしてヒロユキ達はマコに雇われ調査を開始する事となった。
そしてその2時間後から早速調査に出かける事にするヒロユキ達。
今までの経験と直感から戦闘がある事を前提にした装備で。
沿岸部で拠点となる場所を探していたユウイチ達はほどなく岩場に洞窟を発見した。
調査の結果、監視の魔法はここまで届いていない様なので、こおを拠点とする為、洞窟を更に広げ、改造し、結界を展開した。
場所は島の北端に当たる場所と思われる場所で、近くには桜の木はなく、波風は荒い。
「海流は歪んでるがちゃんと魚はいるな」
作った拠点の目の前に広がる海を眺めるユウイチ。
水は澄み、空気も美味く、これであの黒い桜なんてものが無かったら最高の場所だろう。
「どうですか? 魚くらいは獲れそうですか?」
と、そこに洞窟からアキコが出てくる。
「海の幸ならいけそうですよ。
持って来た食料は1週間分でしたっけ?」
「ええ。
山の幸は、止めておいた方がいいでしょうね。
というか桜しか見えないから幸があるのかも怪しい」
「そうですね」
中央付近が黒く染まった桜だけが咲き乱れる島を眺める。
軽く見た感じ動物も少なそうであり、黒い桜なんてモノがある森の中では他にも何かしらの形で感染している可能性がある。
その為現地調達できる食材は海しかなさそうだ。
ミズコシ家から強奪すれば別だが。
「まあ、それは最終手段だな」
半ば反射で忍び込み方から屋敷の占拠の手順までをある程度考えてしまうユウイチ。
屋敷が保有する戦力がわからない為、不確定要素ばかりだが、外観から内部構造は見当がついていた。
「何を考えたか大体想像はつきますが、できればその手の手段は使いたくないですね」
「そうですね、短期決戦が望ましいですからね」
長年と言う程の年月ではないが、とても密度の高い時間を共にしてきたアキコはユウイチの考えている事の詳細内容まで解る。
そうせざる得なくなるという事は、つまり持ってきた食料1週間分が底を突くという事。
海から調達もできるので、いくらエネルギーを消費して大量に食事を必要とする日が続いても1週間は持つ筈だ。
この手の異常調査で、開始から一週間で解決できない事態は後始末に時間が掛かる場合を除きあってはいけない。
こういう事は時間が経てば経つほどに事が大きく、また厄介になるものだ。
「ユウイチさ〜ん、結界張り終わりましたよ〜」
「ユウイチ、内装、できた」
そこへサユリとマイが合流する。
どうやら拠点は完成した様だ。
「では行こう。
まずは調査からだが、いつも通り臨機応変にな」
「「「了解」」」
後退できる場所を確保したユウイチ達は即座に行動を開始する。
ユウイチの号令と共にアキコ、サユリ、マイは森の外周を3人で調査に出る。
魔法システムの解析をするサユリと、サポート・護衛であるアキコとマイ。
この3人の女性ならば、予想しうる大体の事態には対処できる。
そしてユウイチは単独で森の奥へと進む。
中央の黒い桜についての調査と斥候としての役目。
斥候としてなら目立たないように必要最低限の人数が好ましく、ユウイチは単独の方があらゆる事態に対応し易く、また生き延び易い。
そう言った、如何なる状況下からも生き延びられる様な修行を積んでいるが故に唯1人で森の奥へと進む。
自分だけが生き延びる様な事を起さない為に。
同時刻。
正式な契約を交わし、部屋を与えられたヒロユキ達は調査開始の準備をしていた。
そこへ、アヤカと、同室にしてもらったセリオがやってくる。
「ところでヒロユキ、皆あのドラゴンの事は気付いて無いみたいだけどどうする?」
「あ〜、そうだな」
屋敷の様子を見る限り全く騒ぎは起きていない。
屋敷に居るミズコシ家に関係する人間はマコを含めて5人。
主人であるマコと執事のセバ、それにメイドが3人だけと非常に少ない。
ただの別荘なのだからそんな物かもしれないが、それもあってか、あのドラゴンを目撃した者はいない様だ。
尤も、目撃しても数秒で消えたので目の錯覚だと思っているかもしれない。
ドラゴンを見かける機会など普通はなく、距離もあったのでそれをドラゴンを瞬時に認識はできない筈だ。
「いや、言う必要は無いだろう。
移動用でしかなかったのかすぐに島を出たみたいだし。
不意を打てるあの時に襲わずドラゴンを帰したんだ。
ここへの襲撃は無いと考えていいだろ」
わざわざドラゴンを使わず時間を置いて襲撃する理由が見つからない。
恐らく今回の調査対象が目的で他の物には興味がないのだろう。
そう判断するヒロユキ。
それに今教えて混乱されては非常に厄介だ。
パニックになっては守れるものも守れない可能性がある。
尚、ドラゴンが去ったと解ったのは、一度存在を知った事で、この島の結界に干渉した事を認識できたから、外へ出たと解ったのだ。
姿を消す事もできた様だが、外に出たことだけは確実で、潜んでいる可能性は低いと考えている。
「慌てて逃げては逆に相手に隙を見せてしまうかもしれませんしね」
「そうだな」
「それもそうね」
セリオの言葉に素直に頷くヒロユキとアヤカ。
と、ふとそこで思い出す事がある。
「そういや、マコは調べて知っている筈なのに、セリオに対しても自然だったな」
「そう? 何度か視線向けてたけど」
「あれは興味とう意味での視線と推測します」
「ま、興味だけなら誰でも沸くさ。
でも特に態度を変える事はなかった」
「そうね」
こうして人と変わらぬ会話をするセリオは、人工的に造られた存在であり人形。
大体の場合、オートマータと知れると人はセリオを人間扱いはしなくなるのだが、マコはそうしなかった。
なにやら興味は持たれた様だが、最後までヒロユキ達と対等に扱った。
その点も、雇い主として信用するに値するだろう。
「結界は張っておきました」
そこへ外へ出ていたセリカが戻ってくる。
非常に単純な、侵入者があると知らせる結界を張ってきたのだ。
簡素にして単純な結界であるが、それ故にこの結界をセリカに気付かれず通る事は難しい。
破壊してしまってもセリカには解るからだ。
「よし、行くか」
「はい」
「ええ」
「了解」
ヒロユキの号令で森へと出発する4人。
どんな事態になるか解らない為4人は固まって行動する。
高確率で敵と遭遇すると解っている為、しかし屋敷の人間には知られない様に武装をして。
進む先は一番奥、中央の巨大な黒き桜の樹。
ただ直感が告げるがまま、その場所へと向かうのだった。
後書き
どもども〜またまたT-SAKAです。
流石に3つも視点があるとなかなか話が進まないな〜とか思いつつ2話の完成です。
まだ準備の段階の話です。
ここから血で血を洗う戦いが始まってそこから愛憎劇が…って、まあ半分は嘘ですが。
でも戦いながらいろいろな核心に近づいていく事でしょう、きっと(ェ
前回も書き忘れましたが各主人公には最低限1人のヒロインがつきますからご安心を〜(?)
でも最低限1人なんですよ〜
因みにもう登場する人物は全て出揃ってます。
これ以上人が増える事はありません。
まあ会話上で名前が挙がるキャラがいますが。
さて、ではまた次回もよろしくどうぞ〜
管理人の感想
2話です。
戦の前段階ですね。
ユウイチのパーティは1人で、ヒロユキは4人。
遭遇戦になったらどうなるでしょう?
現状人数が一番少ないのはジュンイチサイドですが、彼らはシステムアシストがありますしねぇ。
次回はいよいよ戦闘の予感。
ユウイチの行動に注目です。(大抵悪役ですし
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