夢の集まる場所で

第3話 遭遇と……

 

 

 

 

 日は沈みかけ、空の色は徐々に青から赤へと変わる頃、ユウイチは1人森を進んでいた。

 

「……自然をそのまま利用しつつ、魔法も取り入れた迷いの森か。

 まあ、桜の樹しか無い時点で自然とも言い難いが」

 

 この森は桜の木以外の樹木は無く、地面は雑草も殆ど見えない程桜の花びらの絨毯。

 常に桜の花びらが降り注ぎ視界は狭く、緩やかに昇っている筈なのに平坦を思わせる景色。

 日の光は届けども太陽の位置は確認できず、森に入ってしまうと中央の巨大な桜の樹も見えない為、目標にできるものは一切ない。

 これだけでも十分に迷いの森であり、下手に森に入れば帰れなくなる可能性がある。

 だが、それは無い。

 魔導的に方向感覚を狂わせられ森の外へと誘導する様になっている。

 

 天然自然を利用した見事な多重結界である。

 この島に来た時に上空からの侵入は不可能である事は確認済み。

 つまり、実力で何かしら真直ぐ進める様な方策があり、かつ魔法の効果を打ち消さなければ奥には進めないのだ。

 

「これは最初からあった物だろうな。

 つまり黒く染まる前でもあまり人に来られては拙かったと。

 いや、魔導師なら当然の話か、自分の研究を誰かに覗かれるのは耐え難いからな」

 

 特に口に出しても問題ない内容を敢えて口に出すユウイチ。

 独り言を装って音の反響を確かめているのだ。

 仲間の1人に孤独に耐えかねてるのではないか、などと問われた事もあるが、ユウイチは常に孤独では無い為、それだけは在り得ないと断言できる。

 

 それはともかく、ユウイチは森を歩く術なども身につけ、且つ種の割れている魔法を解除できない素人でもない。

 中央には当然他の結界があるだろうが、それは先ず近づいて確認しなければ始まらない。

 そうして進むうち、鮮やかなピンクだった花びらの絨毯にところどころ黒い点が出てくる。

 それは黒い桜の花びら。

 どうやら黒く侵食されたエリアに近づいた様で、前方の空間が暗いくなっているのが目に見えて確認できる。

 近づくまで黒い桜の花びらを目にしなかった事から、黒い桜の花びらが外に飛ばない様何かがされていると考えるべきだろう。

 森に入るときに風向きを確認したが、普通の桜の花びらと変わらぬ軽さ、形の黒い桜の花びらだけがここにしか落ちていないのはおかしい。

 

(そうなると、やはりここの管理者にとってこれは不本意な事であり対策を打っていると推測されるな)

 

 師より送られてきた情報などと兼ね合わせ、いろいろ推測するユウイチ。

 勿論現段階では確信を持てるものではないが、幾つかの推論は出しておくべきだろう。

 当然、その推論にこだわり真実を見誤る事は避けねばならないから推論は推論という意識も必要だ。

 

「ん? これは……」

 

 そろそろ黒いエリアに入ろうとする中、周りを警戒しながら歩いていたユウイチは一本の桜の木の前で立ち止まる。

 一見なんの変哲もない桜に見えるが、よく見ると花びらが数枚黒く染まっている。

 見る限り、ここが黒いエリアとの境界らしい。

 つまり、この桜の木は現在黒くそまる途中段階という事だ。

 

「……」

 

 ユウイチはその桜に触れる。

 解る事はこの桜一本も何かの魔法システムの端末である事。

 そして中央から侵食されつつある事であった。

 ユウイチは試しに魔法的なアクセスを試み、侵食の元となる中央への侵入に挑む。

 正常である部分も残した侵食中の桜という事は、現在黒い方からの道を開いているところで、その途中というのは防備が薄い事が多い。

 

 ユウイチはろくに魔法を使えないが、魔導師としての能力が皆無なのではい。

 あくまで実用的な魔法を発現させる事ができないだけで、こういった魔法システムへの介入は可能なのだ。

 尤も、サユリを始めとするユウイチのメンバー内ではその能力は下の下に位置するが、まあそれは相手が悪いとも言う。

 とは言っても、数多の魔法システムを知る知識がある為、古代の物になるほどユウイチの方が上手くできる事もある。

 

 この桜の木という端末から中央へ慎重に進んでいくユウイチ。

 その途中で通る魔導術式を見て解ったが、これはとてつもなく広大、高レベルで複雑な魔法システムだった。

 黒いエリアに入るが、そこもほとんど他のエリアのシステムと変わらないのだが、何かが違う。

 その何かを特定する事ができれば、今後の活動にも優位になるのだが、解析は困難と判断する。

 

 黒いエリアの中も順調に進んでい行くユウイチ。

 だが、

 

 バチッ!

 

「ちっ!」

 

 中央に侵入する直前のプロテクトに引っかかり、回路が封鎖されてしまった。

 元々存在したのだろう厳重なプロテクトと、数多の端末があるからできる回路封鎖。

 更に、端末同士のネットワークによって使っていた桜の木は一気に侵食され、完全に黒く染め上げられる。

 おそらく元々は正常化させる為の強制プログラムなのだろうが、それは黒の側に乗っ取られてしまっている様だ。

 

 侵入を試みた方式などの痕跡、及び侵食の影響を排除する為、ユウイチは黒く染まってしまったその一本の桜に火を放つ。

 魔法アイテムによる強力かつ限定範囲のみに広がる炎。

 戦闘に使えば、使った場所に一定時間火柱を上げる事のできるアイテムで、効果範囲を限定でき、周囲への被害を軽減できるという高級品だ。

 とは言え、森の仲である為、他の物に燃え移らない様に細心の注意が必要で、ユウイチは他のアイテムを併用してその木一本だけを燃やす。

 

 その燃焼が丁度終えたところだった。

 

「何をしてるんだ?」

 

 10mほど後方から声が聞こえる。

 燃焼作業に意識を向けていたとは言え、ユウイチにしては敵を近づけすぎだった。

 この森の力の関係しているのだろう。

 接近してきた相手は4人。

 ライトアーマーを身につけ、剣を下げた男と、魔導師風と武道家風の恐らく双子かそうでなかったら歳の近いよく似た美少女姉妹。

 そしてもう1人、一見して美少女といえそうな黒いドレス姿の少女が居る。

 

 この距離で見る限り、それは人間と判断すべき外見だった、しかしユウイチには解る。

 それは人にしか見えずとも魔法システムの集合体である事を。

 それが自動人形、オートマータと呼ばれる魔導兵器である事を。

  

「まあ、少なくともミズコシに雇われてるお前達の利益にはならない事だろうな」

 

 相手がミズコシが雇った者だと解るのは半分はカンだった。

 ここの管理者にしては冒険者として長らく旅をしてきたという雰囲気を元にしカンだ。

 管理者で無い場合、ユウイチにとっては敵でも味方でもないのだが、オートマータを連れているという時点でユウイチは相手を『敵』と断定する。

 機械人形オートマータは戦闘用の人形である。

 戦い、人を殺す為だけの。

 心無き、魂も無い殺戮・破壊するモノ―――

 

 ソンナモノナド―――

 

「そうか」

 

 男、ヒロユキも相手・ユウイチを敵としてしまう。

 それは桜の木を燃やすという行動と見た目としても黒いマントで身を隠し、布に包まれた十字架の様な物を背負っている怪しさ。

 言動より相手も此処の管理者で無い事からダークドラゴンと関わりのある人物である事。

 何より、ユウイチが向けてくる貫くような敵意と殺意。

 ヒロユキは冒険者だから解る。

 その殺意は、人を殺した事のある者にしか出せないものだ。

 

 5人は全員戦闘態勢へと移行した。

 だが、状況は1対4。

 ユウイチは相手の出方を待ち、ヒロユキ達としては敵であれ人間相手に囲むのを少し躊躇していた。

 敵とは認識していても、悪人とはまだ決め付けてはい無いのだ。

 ヒロユキ達の迷いにより発生した硬直状態。

 それを、

 

「なんだ? とっととかかって来たどうだ?

 まあ、俺としてそっちの木偶人形を壊せれば満足なんだがな」

 

 動かないヒロユキ達に対し、いや、正確にはセリオ個人に対し挑発を送るユウイチ。

 ユウイチとしても一対一に持っていけるに越した事は無い故の挑発でもある。

 相手がただの人形である場合、挑発と言う行為に意味はない。

 だが、周囲の人間はそうではない。

 

「木偶人形?」

 

 その言葉に最も早く、そして強く反応したのはアヤカだった。

 ヒロユキ、セリカもかなり強い反応、尤も外見上ではなく感情の揺らぎを見せたが、アヤカの反応はずば抜けて強かった。

 誕生祝いに製造され、セリカ、マルチ共々姉妹の様に過ごしてきた親友である。

 世話役でもあった為、本物の姉妹であるセリカよりも共にした時間が長いパートナーだ。

 アヤカが一番知っているのだ、セリオには人間より人間らしい心がある事を。

 故にアヤカは許さない。

 セリオを人形と、木偶人形などと呼ぶ輩は。

 

「ヒロユキ、姉さん、セリオ、手を出さないでね」

 

 外見上は笑顔、爽やかな笑顔である。

 が、ユウイチに向けられている目は怒りと殺意で溢れ、隠す事をやめた闘気は木々をざわめかせる。

 

「無理と油断はするな」

 

 本来相手の戦力が解らない状況で、そんな事をするのは得策ではないのだが、アヤカの怒りは仲間として十分に解るヒロユキはセリカ、セリオと共に数歩下がる。

 アヤカなら大丈夫だろうと、仲間としての信頼がそうさせた。

 

「当然」

 

 そしてユウイチと一対一で対峙することになるアヤカ。

 自然体で5mほどの距離を置いて立つアヤカ。

 背の剣も抜かず同じく自然体で待つユウイチ。

 

「抜かないの?」

 

 ユウイチの背の十字架。

 十中八九武器であり、武器であるなら大剣、それを背負っているのだ、ユウイチを剣士と取るのが普通である。

 

「いや」

 

 だが、ユウイチは剣の柄に手を触れる事も無く自然体のままでいる。

 見るからに武道家であるアヤカに対し、それは無謀の様な気がするだろう。

 冒険者をしている武道家は例え武器を持っていても倒すのが難しい相手だ、それを武器無しで挑むとなると相手以上の格闘技能が必要となる。

 

「そう」

 

 そこで感情の篭らない極寒の一言と共にアヤカが動いた。

 

 フッ

 

 一歩、前に出る。

 そう、一歩だ。 

 周囲から、ユウイチから見ても一歩しか動いていない筈なのに、アヤカはユウイチの目の前にいた。

 そして同時に右の拳がユウイチの顔面に突き刺さる。

 そういう未来が見える程、目にも止まらない拳が放たれた。

 しかし、

 

 バシッ!

 

 直撃する前にユウイチの左の掌によって受け止められる。

 

「っ!」

 

 驚くのはアヤカの方であった。

 歩法の一つを使い、一瞬で間合いを詰めての不意打ちとも言える一撃を受け止められたのだ。

 初見の相手ならば直撃は避けられたとしても、回避したり、ましてや受け止めるなど考えられない。

 

「大剣なんぞ抜いたら、君の早さに対応できないだろう?」

 

 そして余裕の笑みを浮かべるユウイチ。

 挑発の意味での邪な笑みであったが、アヤカの感情は逆に冷たくなる。

 いや、表現するなら冷たく燃え上がる、と言った方がいいだろう。

 怒りを燃やしながらも冷静さを失っていなかったアヤカは、凍てつく冷静さと闘気の炎を両立させていた。

 

 左の拳を胸へ、肘を囮に膝を鳩尾に、下げた右手をもう一度顔、右と左で連打、ローキックで膝をを狙う

右手で払い、肘は右手で左肘で膝を押さえ、左手で受け、右手で打ち払い、1歩下がって避ける

 

 間髪いれないアヤカの華麗なコンボを全て無効化するユウイチ。

 

 後退するユウイチに対し体を回転させる様に肘を打ち、流れるように攻撃を続ける。

 受けながら後退しダメージを緩和し、更に間合いを開け、追い討ちの攻撃は全てブロック。

 

 見るものが見れば解るが、アヤカとユウイチとではアヤカの方が明らかに速い。

 それなのにアヤカの攻撃は今だ一つも有効な物になっていない。

 早計な者ならこう考えるだろう『相手はアヤカよりレベルの高い格闘家だ』と。

 

「よもやここまでとはな」

 

「アヤカ様……」

 

「……」

 

 2人の戦いを見つめる3人。

 アヤカに言われているのもあるが、これは迂闊に手の出せる戦いではなかった。

 直感から強いとは解っていたが、本気のアヤカをああも軽くいなすまでとは思わなかった。

 まだアヤカが負けるとは思っていない、いやアヤカの勝利を信じてはいるが、それでも3人はこの相手、ユウイチに対して自分がどう攻めれば勝てるかをシミュレートしていた。

 そこへ、接近する気配がある。

 ヒロユキ達がユウイチに近づけた様に、ヒロユキ達もその接近に気付くのが遅れるが、10m程の距離を置いて3人の女性が近づいてきていた。

 

「手持ち無沙汰ですか?」

 

「相手、する」

 

「人数は丁度いいみたいですね」

 

 別行動を取っていたアキコ、マイ、サユリだ。

 ユウイチからのテレパスを受け取って駆けつけてきたのだ。

 丁度、待機していたヒロユキ達を囲む形で。

 

「ったく、初日から当初の話と違いすぎる展開だな」

 

「報酬についてはもう一度交渉する必要がありそうですね」

 

「そうですね」

 

 ヒロユキはマイ、セリオはアキコ、セリカはサユリと対峙する。

 それぞれ、一見して戦闘タイプが近いものを選択する。

 相手の能力が未知の為、可能な限り対処しやすい人選だ。

 

「では、行きますよ」

 

 アキコの声を合図に、それぞれ戦闘を開始する。

 

 

 

 

 

 ヒロユキとマイの戦いは大凡互角に進んでいた。

 剣と刀、力はヒロユキが、速さはマイが上。

 総合してほぼ互角の戦いだった。

 

「ちぃっ! ティリアともいい勝負だぜ」

 

 嘗て共に戦った仲間の事を思い出す。

 戦い方も違うし、マイの武器は刀であるが、ここまで強い女の剣士というのも稀だ。

 実の所、互角に見える戦いであるが、今現在押しているのはマイである。

 一見して鍔迫り合いでマイを飛ばしているので若干ヒロユキに分があるようにも見えるが。

 しかしそれは単にマイのスピードに受けるだけで精一杯のヒロユキが、唯一の接触の機会に反撃を試み 失敗してマイに退かれているという状況に過ぎない。

 

「……」

 

 だが、マイの方にも難点があった。

 スピードで攪乱して攻撃しているマイはヒロユキの数倍の運動量だ。

 体力でヒロユキに勝てないマイは短期で決められなければいけない。

 それを見越してヒロユキはカウンターにのみ集中している。

 マイの体力が切れるのが先か、ヒロユキがミスをするのが先かの勝負となっていた。

 

 

 

 

 

 セリオとアキコの戦いもまた似たような事になっていた。

 アキコの薙刀とセリオの両腕に内蔵され手首の付け根あたりから伸びるブレード。

 動きにくそうに見える胴着姿からは想像も出来ない速度の突きの嵐を浴びせるアキコ。

 それを同じく動きにくそうに見えるドレス姿から、両手のブレードで捌くセリオ。 

 一進一退とよく言うが、2人はほとんど最初の位置から動いていなかった。

 薙刀を捌き、間合いを詰めたいセリオであるが引きも早く、詰める前に次ぎの突きが来る。

 アキコの突きは確実正確にセリオのブレードによって捌かれてしまっている。

 

 互いに口を開く事無く、己の戦いに集中していた。

 これはどちらかが集中力を欠いた方が負けとなる勝負である。

 そうするとオートマータであるセリオが有利に思えるだろうが、セリオのブレードの内蔵式である為に強度は高くない。

 それ故いつまでも捌いていられないので、すぐにでも攻勢に出たいのだ。

 対し、アキコには体力の限界もオートマータのセリオに比べて明らかに早い。

 武器が壊れるのが先かアキコの体力、集中力が切れるのが先か、それとも武器が壊れる前に攻勢に出て成功するか、均衡を崩した所でアキコの薙刀が決まるか。

 そんな勝負になっていた。

 

 

 

 

 

 セリカとサユリの戦いは他の何処よりも派手だった。

 

「アイシクルランサー!」

 

「グラビティシールド!

 アクアセイバー!」

 

「フリーズウォール!

 サンダーブレード!」

 

「ウィンドシールド!

 ウィンドスラッシャー!」

 

 森を駆けながら無数の氷の槍を重力結界で落とし、水の刃を飛ばす。

 それを全て氷結させ同時に雷の剣を投げる。

 風の盾で受け流し風の刃を放つ。

 高速圧縮言語という文字通り早く発音できる意味を多く含む高等魔導言語と 印、魔法陣を描く事で最大限に発動までの時間を短縮する高等技能。

 多重思考による魔導平行処理で防御と攻撃を同時に処理するという高等技能も使う、高等技能合戦でもあった。

 

 互いに威力のある魔法ならもっと上の魔法が使えるが、素早く動く人間相手だ、速度と数をもって攻める事を選択している。

 更に2人は森を駆け回り、木々を盾にし、地形を利用しながら魔法を使っている。

 今は壁になる仲間がいないのだから仕方の無い事であろうが、互いに得意ではない格闘魔法戦になっている。

 

「アクアプレッシャー!」

 

「フリーズシェル!」

 

 2人は全くと言っていいほど魔導師としては同じレベルだった。

 もとより魔導師同士の戦いは相当レベル差、魔力差がない限りは決着がつきにくい。

 自分だけを守るシールドタイプならば、攻撃よりも防御の魔法の方が早く発動できるからである。

 それに同レベルの魔法同士だと、撃ち合いになり衝突するとほぼ完全に相殺されてしまう事もある。

 そうなると、ミスをするか先に魔力の切れた方が負けになるだけだ。

 ミスをするのはこのレベルの魔導師同士だと考えにくい為、魔力での勝負、つまりは消耗戦になる。

 互いに上手く一撃を狙いながらも魔法を効率的に使い、相手が魔法を撃てなくなるのを待っている。

 よって、この二人の戦いはどこの戦いよりも長期戦になる事と考えられる。

 

 

 

 

 

 計4箇所で繰り広げられる戦い。

 誰が見ても互いに本気の殺し合いだ。

 しかし、彼等を知る者が見れば解るだろう。

 それが、互いに様子見としての戦いであることを。

 初見の相手、相手を倒さなければならない理由が不確かな戦い故、完全な全力では在り得ない。

 手の内を隠し、様子を伺う戦いでしかない。

 

 ただ、一箇所だけはその意味が違った―――

 

 

 

 

 

 各地で戦いが繰り広げられる中、ユウイチとアヤカの戦いは変わらず続いていた。

 ただアヤカが攻めるのをユウイチが全て捌くだけというのを戦いと言うのかどうかは疑問であるが。

 アヤカが攻め、ユウイチは受けに徹している為アヤカが優勢に見えるだろう。

 だが、実は違う。

 今まで戦ってきた中、アヤカの攻撃は一切有効打になっていないのだ。

 全て見切られ、捌かれている。

 全ての技を出し尽くしていると言っていいアヤカの攻撃を全てだ。

 つまり、アヤカの攻撃はユウイチに一切通用していない事になる。

 

「破ァッ!」

 

 それでもアヤカは絶えず攻撃を続けていた。

 既にプライドは粉々だろう。

 今までの旅で彼女と対等の強さを持つ人も、彼女より強い人も確かにいた。

 だが、こと接近格闘戦で彼女の技を捌ききれた人間はいなかったのだ。

 例え防御に徹した相手でもここまでやって一撃も入れられない事などなかった。

 それも、自分より遅い相手にだ。

 

「そろそろ飽きたんだが?」

 

 ユウイチは余裕の笑みを浮かべる。

 相手への挑発、焦りを増幅させる為の笑みを。

 

「セッ!」

 

 だがアヤカは動きを止めない。

 敵わない相手であっても相手が人間である以上いつかは隙ができる。

 それを待って、流れを一切崩さず攻撃をし続けた。

 自分より強い者、敵わぬ者と遭遇したと言うのにアヤカの闘志は一切衰えていなかった。

 いや、むしろ強者に出会えた事でより一層強くなっていたと言っていい。

 

「お前、いい女だな」

 

 そんなアヤカを見たユウイチはまた邪な笑みを浮かべるが、それは純粋な称賛。

 ユウイチはこの時、目の前の女が欲しいと思うほどアヤカを美しいと思っていた。

 邪な笑みを浮かべるのは半分癖である。

 基本的に悪役を担う彼に染み付いてしまった業だ。

  

「……っ!」

 

 戦いに集中していたアヤカだが、その一言を聞いた瞬間、何故か思考がほんの一瞬ズレた。

 停止はしなかったがズレたのだ。

 アヤカは流れをほんの少し崩し、ユウイチの顔に向かって正拳突きを放った。

 ここで流れを崩してはいけなかったのに。

 

「その初々しさも」

 

 一瞬にも満たないだろう僅かな隙。

 ユウイチは顔に向け放たれた拳を逆の手で取り、外側を回転するように回り込む。

 

「あ……」

 

 トンッ!

 

 アヤカが自分のミスに気づくとほぼ同時に回転の勢いをそのまま後頭部に肘が入る。

 回転肘打ち。

 脳を揺らされたアヤカはそれで気を失う。

 

 フ……

 

「っと」

 

 倒れ掛かったアヤカを抱きとめ、ユウイチは優しく横にした。

 戦いの最中であったが、ユウイチはアヤカを無下に扱う事ができなくなっていた。

 

(しかし、流石というか伊達じゃないと言うか、いや当然か……)

 

 クラ……

 

 アヤカを横にして立ち上がったユウイチは、立ちくらみの様に一瞬ふら付き、桜の木に背を預ける。

 

(……)

 

 自分よりも早く強いアヤカの動きを見切り、予測し対処するのに全身全霊を使ったのだ。

 各部運動器官は勿論、思考回路もオーバーフロー寸前だった。

 単純な力だけでも速さだけでもなく、上手く戦うアヤカは非常に厄介だった。

 が、あまりに華麗で流れるようなアヤカの動きは美しいが故に次ぎが予測し易い。

 いや、ユウイチは知っているのだ、アヤカの様な戦い方を、アヤカそのものは知らなくとも、それに連なる数多の技を知っている。

 既に次ぎが解るのだから、捌き続ける事が可能だった。

   

「さて」

 

 僅か数秒だが体を休め冷却を完了するとすぐに表情に最初の殺意が戻る。

 そして探すのはオートマータのセリオ。

 いかにアヤカを気に入ろうと、それとこれとはユウイチにとって全くの別問題だから。

 

 

 

 

 

 その頃、アキコとセリオの戦いはまだ膠着状態にあった。

 どちらも譲らず、まだセリオのブレードも問題は発生していない。

 このまままだ暫く掛かろうかというその時だ。

 

「アキコ」

 

 そこにユウイチが現れた。

 凍えるような無表情、灼熱の殺気を宿した目でセリオを捉える。

 それは先にアヤカが見せた殺意と似て非なるモノ。

 

 違うのだ、アヤカとはまるで根底にある何かが。

 

 ユウイチの出現でセリオはアキコと距離を置き、2人を捉えられる位置まで後退する。

 普段なら、敵は確実に仕留める為、仲間との連携を欠かさないのだが、今は違う。

 普段はどんな時でも冷静と言えるユウイチが、この時だけは全くの別人の様に変わる。

 

「代われ」

 

 普段なら、少なくとも何かに役の状態でないのなら、絶対アキコに、仲間達にかけられることはない冷たく心の篭らない言葉。

 アキコは無言で後退し、ユウイチとセリオの間から完全に離脱する。

 それでもユウイチからは目を離さない。

 アキコはただ黙ってユウイチをみつめていた。

 

 それから始まったのは戦いと呼べる物ではなかった。

 

 ブオンッ!!

 

「ぐっ!」

 

 ガキィン!

 

 ユウイチは真っ直ぐただセリオに近づくだけの様でいながら、背の大剣を抜剣し、振りぬいていた。

 それは居合いと呼ばれる技術の応用であり、セリオが大剣を抜かれたと認識した時には、既に避けられぬ位置に剣がある。

 布にくるまれたままの大剣の一閃によってセリオのブレードは砕かれる。

 受け流す余裕など微塵も無かった。

 力任せに振られているようで基本、原則に忠実であり一切の無駄の無い袈裟斬り。

 セリオは自分の本体を護るだけ精一杯だった。

 

 ゴウッ!

 

 更に返し刀―――いや、本来大剣でそんな芸当できない筈なのだが、それでもやった。

 力と踏み込みで完璧に振り切られた筈の袈裟斬りが、斬り上げに捻じ曲げられる。

 前進というより突進に近い勢いだった踏み込みをそのまま使い後退したセリオに追いつき、

 

「なっ!」

 

 ブレードを破壊され体勢を崩したセリオにまさかの一撃。

 

 ザシュッ!

 

 鈍い切断音が響き、

 

 ゴトッ

 

 地面にセリオの右腕が落ちた。

 

「っああぁあぁぁああっ!」

 

 高度なフィードバックシステム、つまりは感覚を持つセリオ。

 痛覚に該当する感覚も当然あり、片腕を失った衝撃に思わず悲痛な声を上げる。

 腕を切り落とされた肩からはコードや骨格が見え、紅い循環液が飛び散る。

 

「悲鳴を上げるとは、珍しい人形だな」 

 

 更に、感情の篭らない言葉と共に、ユウイチは大剣を切り落とす。

 咄嗟に後方に下がるセリオだったが、間に合わず、左太ももを大きく抉られてしまう。

 骨に至るほどの深い傷で足が取れそうなほどで、紅い循環液が腕同様に派手に飛び散る。

 こうなってはもうセリオは戦う事はおろか立つ事すらままならない。

 ブレードも折られた以上、手持ちの武器はなく、内蔵しているもので攻撃できる物はもう無い。

 戦闘不能と言っていい状態に追い詰めたにも関わらず、しかしユウイチの攻撃は止まらない。

 

 

 

 

 

 その頃、マイと戦っていたヒロユキはセリオの悲鳴を耳にしていた。

 

「っ?! セリオか」

 

 他の場所はどうなっているか解らないが、セリオが悲鳴を上げるなど滅多な事ではない。

 つまり、今セリオは確実に窮地に立たされているのだろう。

 そして、先ほどのユウイチの台詞から、セリオが完全に破壊されてしまう可能性は極めて高い。

 

「悪いな!

 光よ!」

 

 カッ!

 

 突如、ヒロユキの周囲に閃光が発生する。

 光の低級魔法であるが、発動速度は上級の魔導師が使ったそれだった。

 

「くっ!」

 

 魔法が使えないと油断していた訳ではない。

 しかし、魔法剣士という事も考えていたのだが、それでもないヒロユキの魔法発動はあまりにも早く、マイは対処が遅れた。

 視界を奪われた為、大きく後退し不意打ちを警戒する。

 だが視界が戻ると、そこにヒロユキの姿は無かった。

 

「逃げた?」

 

 暫く周囲を警戒探索するマイ。

 だが、既にマイの補足できる場所にはヒロユキはいなかった。

 

 

 

 

 

 同時刻、セリカとサユリの戦いは大きく動いた。

 

「フリーズブリッド!」

 

 無数の氷の弾丸を放ってくるサユリ。

 

「フレイムウォール!

 アクア……」

 

 それを炎の壁で防いだは良かったが、セリオの悲鳴が耳に入った事で攻撃を止めてしまったのだ。

 

(セリオ?)

 

 時間にして1秒も無い間だった。

 セリカはすぐに目の前の戦いに意識を戻したが、その僅かな時間の齎す結果はあまりにも大きかった。

 

「サンダーブリッド!」

 

 サユリはセリカの攻撃を防御する為に詠唱していた冷気系魔法を、次ぎに撃つ予定だった雷撃系攻撃魔法と合成した。  

 1秒にも満たない意識の差の間、サユリは1ランク上の魔法を完成させた。

 

「っ! アクアウォール!」

 

 すぐに水の障壁を展開するが、それでは全てを防ぐ事はできなかった。

 幾分か勢いを殺したが、雷撃を纏った氷がセリカを襲う。

 

「……っ!」

 

 ダメージを受けて動きを止めてしまうセリカ。

 致命傷ではないが詠唱は止まり、敵を見失ってしまう。

 そのサユリは、何時の間にかセリオの背後に回りこみ、杖を大きく振りかぶっていた。

 

 ドンッ!

 

 そして振り下ろされた杖によりその場に倒れるセリカ。

 

「ふ〜……殺さないって大変です」

 

 戦いに勝利したサユリは汗を拭い、

 周りに敵がいない事を確認すると少しその場に一度座り込んだ。

 しかし、直ぐに立ち上がりユウイチと合流に向かう。

 先ほどの悲鳴はサユリにも聞こえていた。

 そして、サユリにはセリカとは違う意味での嫌な予感がしていたのだ。

 

 

 

 

 

 セリオの右腕を切断し、足に致命的な損傷を負わせたユウイチは、そのまま大剣を捨てると左手を手刀とした。

 そして、それを、

 

 ザグッ!!

 

「か、は……」

 

 体勢を立て直せず倒れようとしていたセリオの腹に突き刺す。

 腹部を貫かれ、掲げられるように持ち上げられるセリオ。

 貫通したユウイチの腕はコードが絡みつき、循環液で紅く染まっていた。

 腹部からも流れ落ちる紅い液体で、ユウイチの身体は紅く染まっていく。

 

 ただ、その濡れた身体は即座に何かの熱で乾いてゆく。

 それが何なのかを今のセリオには確認できない。

 

 ブンッ!

 

 そのまま腕を振り、セリオを投げ飛ばすユウイチ。

 

 ドゴッ!

 

「ガッ!」

 

 木に激突したセリオの口からは紅い循環液が吐き出される。

 そのまま重力に従い落ち、木を背にする形で動かない。

 

 もうセリオは瀕死と言ってよかった。

 まともに動く部分は無く、エネルギー供給が止まりかけ思考もろくに出来ない。

 このまま放って置かれたら機械といえど死ぬ、完全に停止してしまう。

 

「コアを抜き出すつもりだったのだが、場所を間違えたか」

 

 まるで血で濡れたように紅く染まったユウイチ。

 だが、その色は既に乾き、黒に近くなっている。

 セリオの体内に流れる循環液は人の血液に限りなく近い物だが、機械の中に流れる物だけあって蒸発はしにくい筈なのに。

 

 しかし、今はそんな事を考えている余裕はない。

 全く油断の無い足取りでユウイチはセリオに近づいてゆく。

 そう、完全に破壊する為に。

 そこへ、

 

 ブンッ!

 

 ユウイチの真横から剣が回転し飛んでくる。

 ユウイチはそれを後退して避けた。

 明らかに不機嫌そうな顔を見せながら。

 

「セリオ!」

 

 そして、そこに現れたのはヒロユキ。

 セリオとユウイチの間に駆け込む。

 剣は少し離れた位置の木に突き刺さっており、丸腰でヒロユキはユウイチと対峙する。

 

「どけっ!

 大人しくしていれば見逃してやるよ」

 

 ヒロユキには全く興味がないと言うように、その先のセリオだけを見ているユウイチ。

 実際今のユウイチはヒロユキなどに興味は無かった。

 ただセリオだけが破壊できればいい、今のユウイチのそれが全てだった。

 

「アヤカはどうした?」

 

 アヤカと戦っていたこの男が此処にいるのだから聞くまでもない質問だろう。

 だが、あえてヒロユキは確かめた。

 ヒロユキにはアヤカが負けたというのが信じられなかった。

 アヤカの強さは誰よりも自分が知っているから。

 

「ん? あの女か?

 あれはいい女だな」

 

 その一言を言った時、先ほどまで感情が無かったユウイチに感情が戻っていた。

 意図的な挑発の言葉では無かった、単に思ったことを口にし、ユウイチは笑っていた。

 オートマータを目の前にし感情が暴走する中で見た久しく見ぬ魂の輝く女。

 別に他意はなかったが、ほぼ癖で浮かんだ邪な笑みを浮かべた。

 そして、そのまままたセリオの破壊だけが意識を占める、その笑みは意味を大きく変える。

 

「……」

 

 この時点で、ヒロユキは目の前に立つ者を殲滅対象として認定した。

 ユウイチの笑い方からではない、ユウイチから発せられる気配が、ヒロユキに敵であると断定させた。

 同時に、この状況―――黒い花びらの舞うこの場というのもあり、ヒロユキは思いだしてしまった。

 それ故に―――

 

 フッ!

 

 突如ヒロユキが視界から消える。

 同時に大きな魔導が発動される気配が発生した。

 

「っ!」

 

 それを感知したユウイチは一気に正常の思考が戻る。

 そしてカンが告げた―――『死ぬ』と。

 

 ガシッ!

 

 次の瞬間、ユウイチの目の前に出現しユウイチの腕を掴むヒロユキ。

 そして、逆の手には黒い力の塊があった。

 

「デスペラート!」

 

 ヒロユキが技名を、いや発動言語を叫ぶ。

 

 ドクンッ!

 

 その瞬間、不気味な心臓の音の様な音がヒロユキを中心に響いた。

 

(なっ! 金縛りか!)

 

 掴まれた手とは逆の手でヒロユキを殴り飛ばし、離れようとしたユウイチであったが、突然身体がまるで時間が止まったかの様に動かなくなる。

 その時間僅か1秒。

 だが零距離で放たれようとする技の前には絶望的なまでの長さだ。

 

 デスペラート、『絶望する者』と名づけられたこの技は、とある魔王の使用していた合成魔法である。

 大地を抉り海を割る暗黒の魔弾。

 それに付け加え発動言語は呪いであり相手の精神を破壊するというおまけ付きである。

 その技を使用された時点で、魔王の目に映っている者は死から逃れられないと言われていた。

 故に『絶望』。

 尤も、今ヒロユキが使っているのは自分流にアレンジしたものであり、威力は格段に落ちている。

 だが、人間が相手であれば軽く10人は纏めて屠れる程の威力がある事には変わりないのだ。

 発動言語の呪いは足止め、一時的に麻痺状態になる様にアレンジされている為回避は非常に難しい。

 人間に対してなれ十分に『絶望』となり得る技である。

 

 ユウイチを殺す事を決めたヒロユキは全身のリミッターを外すという、ある奥の手まで使用してユウイチに接近した。

 同時に高速圧縮言語の真似事と力技でデスペラートを完成させ、ユウイチの眼前で今それを放つ。

 

「「おおおおおおおおッ!!」」

 

 ユウイチ、ヒロユキの双方が吼える。

 零距離。

 回避も防御も不可能。

 だが同時にそれは自滅の可能性すらある危うい行為である。

 

 ゴゥゥゥゥゥンッ!!

 

 技が発動する。

 黒い闇の炎を上げて爆砕する魔弾。

 2人は黒い炎に包まれ姿が見えなくなる。

 

 数秒。

 黒い炎が消えたその場所に動くものがあった。

 

 ドサッ

 

 いや正確には吹き飛ぶ者である。

 が、吹き飛んだのは技を撃った筈のヒロユキだった。

 跳ね返る様に飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

「ヒロユキさん!!」

 

 動けないながらもそれを見ていたセリオが叫ぶ。

 もうそんな大声を出すほどの余裕も無いはずなのに、かまわず声を上げた。

 ヒロユキの体は零距離で技を放ったことで闇の炎に焼かれ煙まで上がっている。

 最早死体にしか見えない状態であった。

 

「今のは……危なかったな」

 

 対し、ユウイチは外見上全くの無傷にすら見える状態で立っていた。

 元の場所から一歩も動かず。

 周りは黒い炎で燃え、抉れているというのに、残っていた黒炎すらマントで振り払ってしまう。

 

 カランッ! カランカランカラララランッ!

 

 その時、ユウイチのマントから地面に5つのロザリオが落ちる。

 魔法アイテムの様だが、今は何の力も感じない。

 

「上位クラスの魔法まで無効化できるアンチマジックアイテムだったんだがな……」

 

 ぼやきながら落ちたロザリオを回収するユウイチ。

 そう、ユウイチは咄嗟にマントの下の反魔法効果のあるマジックアイテムを発動し防御した様だ。

 だが、ヒロユキの使った技がアイテムの限度レベルを超えていたのと零距離で打ち込まれた事で、手持ちのアイテム全てを消費しても完全に消滅させるまでにはいたらなかったらしい。

 

「大丈夫ですか!」

 

「凄い爆発だった」

 

 そこへサユリとマイが駆けつける。

 爆発の音と衝撃が伝わっていた為、少し慌てた様子だ。

 事の一部始終を見ていたアキコも同時にユウイチに歩み寄ろうとする。

 だが、ユウイチは全員の動きを手で制した。

 そして、倒れているヒロユキに視線を向ける。

 そう、殲滅対象であるセリオよりも倒れて動かないヒロユキに目を向けたのだ。

 その視線を外さぬまま、丁度近くに刺さっていた大剣を抜き取る。

 

「ヒロユキ フジタか……

 生かしておくと今後の為にならなそうだな」

 

 ヒロユキは倒れ伏していると言うのに一切の油断をせず、大剣を上段に構える。

 だが正直迷っていた。

 ユウイチはまだ役割を担っていない。

 ヒロユキを殺す理由が無いのだ。

 目的達成の障害になるというだけでは殺す理由としては乏しい。

 少なくともユウイチにとってはそうだった。

 

 だが、敵にしたらあまりに恐ろしい相手である事はつい先ほど体感したばかりだ。

 次ぎも上手く生き延びられるとは言い切れない。

 ほんの一瞬の事であるが、アキコ達もユウイチの今の心境は察し指示通り動かない。

 が、そこへ、

 

「貴方は随分オートマータに拘っていますが」

 

 セリオがほとんど最後の力で声を上げる。

 そして全員の注意が自分に集まった事を確認すると、なんと、生きている左手をユウイチによって開けられた腹の穴へ差し込み、体の中から紅い石の用な物を抉り出す。

 それには紅いコードがいくつもついていて心臓の様にも見えた。

 

「賢者の石の暴走と言うものをご存知ですか?」

 

 それは賢者の石と呼ばれる物。

 錬金術における幻の宝とも呼ばれる物質であり、万能とまで言われている。

 セリオの物はその失敗作であるが、それでも高出力のジェネレーターであり、同時に記憶装置。

 セリオにとっては心臓と脳とも呼べる物である。

 オートマータのエネルギーであり、情報集合体でもあるそれは、暴走すれば何が起きるかは解らない。

 ただ言えるのは周囲一体が消し飛ぶという事だけだ。

 

「自爆するというのか? 機械人形であるお前が」

 

 オートマータは一応ロボットの一種と言える。

 故に3原則も当てはまる筈である。

 つまり、自分で自爆などという行動は取れない様になっている筈なのだ。

 プログラムだけで動いているならば―――

 

「試してみます?」

 

 覚悟を決めた目でユウイチを見返すセリオ。

 それは死ぬ覚悟などではない。

 ここで本当に暴走させればセリオ自身はおろかヒロユキやアヤカ達も巻き込んでしまう。

 セリオは残った右足のリミッターを解除した。

 これで一回限りの大きな跳躍ができる。

 その跳躍を使ってユウイチに接近、残った制御機構でギリギリまで制御して爆発の範囲を狭め、ユウイチとその傍に立つアキコ達だけを爆発に巻き込んで仕留めるつもりである。

 停止寸前の身体でそれだけの事をやってのける決意。

 感情を、心を、魂を持つ機械人形セリオだからこそできる覚悟である。

 

「……止めとけ」

 

 ユウイチが向けた静止の声は後方のアキコ達へ向けられたものだ。

 3人はそれぞれ密かにセリオから賢者の石を奪い取る策を講じていた。

 それを止めたのだ。

 なぜなら、

 

「まあ、そうくるだろうと思ったがな」

 

 半分呆れたように言うユウイチ。

 目の前でゆっくりとだが立ち上がるヒロユキに向かって。

 全身を黒い炎に焼かれ生きているのが不可解なほどの重症を負い、先程の技で全てを使い切っている筈なのに、ユウイチ達に向けられる目は何も変わっていない。

 そう、一切負ける気の無い目だ。

 この期に及んでもヒロユキは戦い続けるつもりでいる。

 

「撤収する」

 

 手で合図を出し、ユウイチを殿としその場から離脱する4人。

 

「せっかく拾った命だ、大事にするんだな」

 

 悪役としか思えない捨て台詞と共に、ユウイチ達は完全にヒロユキ達の補足範囲から離脱する。

 それを確認し、ヒロユキは地に膝をつくのだった。

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒロユキ達との戦闘後、拠点に帰還するユウイチ達。 

 4人は黙ってただ、拠点への道を歩いていたが、ヒロユキ達からは絶対に補足されない位置まで来た時。

 

「そろそろいいですよね?

 ユウイチさん」

 

 アキコがそう口にする。

 すると、

 

 ガクッ! ザッ!

 

 スイッチが切れたかの様に膝を折るユウイチ。

 そして、

 

「ガハッ! グ、ゴッ」

 

 ビチャッ! ビチャビチャッ!

 

 大量の血を吐き出すユウイチ。

 内臓をぼろぼろにやられたらしく胃に血が溜まっていたのだろう。

 更に肌は焼け焦げ、ヒロユキ以上に生きているとは思えない状況だった。

 

「まったく、無茶ばかりするんですから!」

 

 少し怒りながら3人は既に準備を終えていた回復魔法をユウイチに掛ける。

 相手の精神を挫く為とはいえここまで強がって見せたのだ、ユウイチは。

 少なくともヒロユキ達に見えない、聞こえない、この距離まで。

 一応結界も忘れず張りながら回復にあたる。

 

 無茶、とはヒロユキに対して強がった事だけではない、セリオとの戦いの事も含めてだ。

 セリオとの戦い、本来ユウイチがあそこまで圧倒できる筈はなかった。

 あんな無茶な動き、ユウイチの筋力で実現でき筈はないのだ。

 それを無理やり実現させた、ある力を使って。

 その代償もあってのダメージだ。

 そんな代償払わなくとも勝てる相手だったのに、その判断が出来なくなるくらいユウイチはセリオの破壊に拘っていた。

 

「くそっ! アレが人間の撃つ技か!

 グ……」

 

 だが、今ユウイチが考えるのはヒロユキの事だけ。

 ヒロユキが最後にはなった技が何であるかは見当がついている。

 しかし、麻痺が解けると同時に手持ちの道具全てを使って威力を削ぐ対処をしたのにも関わらずあの威力。

 自爆となったもののそれを数秒で完成させたヒロユキ。

 あの時のヒロユキだからまだユウイチは生きているが、だからこそヒロユキという人間がどれ程の力を持っているかが解る。

 

 それを思い、ユウイチは激情を抑えきれずに居た。

 オートマータの事くらいかと思っていたこんな激情。

 それがオートマータの事を越えてユウイチの心を揺さぶっている。

 

「喋らないでください」

 

 こんな、わざわざ自分を無駄に傷つけるような行為をするくらい感情を荒げるユウイチを見るのは初めてだった。

 何故かユウイチはオートマータを相手にすると、感情を殆ど抑えられなくなるのは知っていた。

 だから危険だと判断していたのだが、状況はそれを上回っている。

 

「ヒロユキ……フジタ……」

 

 相手の名前を呟くユウイチ。

 かの偉業の成し遂げた彼の名を。

 

 悔しそうに、羨むように、嘆くように―――

 

 ユウイチは空を見上げる。

 木々の間からのぞく星空を。

 

「ヒロユキ―――」

 

 そして懐かしむ様に、悲しげに彼の名前を呟く。

 昔、共に笑っていた彼の名を。

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 後書き

 

 どもども、読まれてるかどうか怪しいですけどT-SAKAです。

 

 ついに戦闘開始〜これからが本番だ〜

 って、いきなりセリオが酷い事になってますですはい。

 え?ヒロインは血みどろの戦いをしないんじゃないかって?

 セリオは準ヒロインですよ?(マテ

 

 でも表現は抑えましたが少し猟奇的すぎましたかね?

 別にユウイチはそれを楽しんでいた訳ではありませんよ? 完全に破壊する過程で必要だったからしただけです。

 

 え?男に関して?

 何か拙い事してますか? 私。

 

 さて、今回はD.Cメンバー一切出てきませんでした〜

 次ぎはどうなるでしょ〜 

 と言う訳で(?)次回もよろしくどうぞ〜










管理人の感想


 3話です。

 この話ダーク、あるいはヴァイオレンス指定すべきでしょうかね?(苦笑


 相見えた2つのパーティ。戦の前段階ですね。

 ユウイチの暴走で見事に戦闘に。(爆

 自動人形に含むところがありすぎるようで……。


 対アヤカではユウイチの圧勝でしたね。

 スペック上ではかなーり劣ってるみたいでしたが、そこを覆すのは膨大な戦闘経験の差。

 経験は才能に勝るを地で行く存在ですね。


 ヒロユキとは半ば相打ち。

 彼らの間にも色々因縁がある様子。

 関係の修復はありえるのか?



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