夢の集まる場所で

第4話 望んだ筈の再会

 

 

 

 

 

 先の戦闘で1人重傷を負ったユウイチは、アキコ達3人に治療を受けていた。

 まだここは森の中。

 敵地の中といっていい場所で治療魔法を施される。

 瞬時に回復できるわけではない治療魔法を、安全とはとてもいえない場所で行うのは本来避けるべきなのだが、そうも言っていられない。

 ユウイチの傷は時間を置けば死に至る程に深く、本来ならあの場ですぐにでも治療に入るべきほどのものだった。

 

 その治療が、やっと応急処置程度までになった頃。

 ユウイチは人の気配を感じ取る。

 それも正確にユウイチ達の居るこの場に近づいてくる気配を。

 

「……」

 

 治療に専念していたアキコ達を手で制して止め、立ち上がり陣を組む様に合図を出すユウイチ。

 まだ応急処置にしかなっていなかったが、ほぼ確実に敵対する者が近づいているとあれば止めざるを得ない。

 アキコ達は迷うこと無くユウイチの判断に従い、ユウイチを先頭にした陣形を取る。

 ここに正確に向かってくるという事はユウイチ達の気配を完全に捉えているという事だ。

 相手の位置などは、ユウイチでもかなり近づくまで気付けなかったくらい、この森の影響を受けるのに、その様子が無い事から相手はこの森の管理者と推測される。

 今になって出てきたという事は、ヒロユキ達との戦闘も観察された上、漁夫の利を狙われた可能性が高い。

 

 そんな事を考えながら、ユウイチ達としては割と珍しい正攻法での迎撃体勢をとる。

 相手が何かも解らない状態ではこれが一番対処しやすいのだ。

 そうして待つこと数秒。

 ユウイチ達の前に現れるのは少年。

 愚かしい程に真っ直ぐ、正面から、歩いてその少年は現れた。

 そして、ユウイチ達が自分を確実に捉えているという距離で立ち止まり、口を開く。

 

「一応、忠告する。

 ここは俺達の研究施設だ、速やかに退去してくれ」

 

 少年がここの管理者であるという推測は断定へと変わる。

 見た目上、何処にでも居そうな少年で、戦闘できる様には見えないややだらけた感じに見えるが、間違いないだろう。

 いや、だらけた感じというのは恐らくそれが彼の自然体であって、実際はそうではないだろう。

 十分に緊張状態である事はこの距離からでも解る。

 その緊張というのも、戦いが避けられない事への緊張だ。

 ユウイチの目から見て、この少年はそれなりの実戦を経験していると判断できる。

 だからこそ、この言葉に意味がないからこそ面倒だと、そう感じているのかもしれない。

 

「……律儀だな。

 ここまで侵入した、そして先ほどまで暴れまわった俺達の前に出てくるなんて」

 

 ユウイチは敢えて言葉を発し、時間を取る。

 ユウイチ達はまだ管理者達の存在を突き止めてすら居なかった。

 居るだろうとは解っていたが、どこに居るかも解っていなかったのだ。

 それなのに、自分達と戦う可能性が高いと解っていながら1人でユウイチ達4人の前に立った少年。

 それは愚かと言える行為だが、ユウイチは過去からの経験によるカンから目の前の少年が無知でも愚者でも無い事と判断する。

 ならば、自分達を力ずくでも排除する力か、策か、仕掛けがあるのだろう。

 それを見極めたかった。

 

 少年自身を見て解るのは、両手に奇妙な手甲を―――いや、手甲なんて言葉では当てはまらないかもしれない、なんらかの装備をしている。

 篭手と一体化している様に見えるが、それはグリップがあり手で持っている。

 それはなんであるか、数多の武具を見てきたユウイチも悩んでいた。

 腕から飛び出すほどの長さと、手の甲を覆うようにして幅の広い板状の武具で、2枚に分かれた盾と言える形状だった。

 丁度デザイン的にも両手の甲を相手に見せるようにして構えれば全身を半分隠せるくらいの一枚の盾になる。

 だが、そんな使い方に実用性があるとは思えない。

 ならば何らかの魔法道具としての意味合いがあるのだろう。

 実際、魔力も感じる事ができるので、なんらかの仕掛けがあるのは確実だが、それが何かを特定する事はできない。

 

 しかし、彼は何故1人で来たのだろうか。

 シールドだけを持つ役職というのも実際に存在する。

 だが、その場合は攻撃する味方が居て始めて成り立つものだ。

 その盾と思われる物を両手に装備している以外は普通に街を歩ける様な服装で、武器らしい物を持っていない少年。

 ただ守っているだけで勝てるなどとは思ってい無い筈なのだが。

 

「で? 退去してくれるのか?」

 

 ユウイチ達が時間を稼いで少年を観察しているのは明白だ。

 だが、少年もそれをただ黙って待っているだけではない。

 見た目では解らない様に立ち方を微妙にずらし、間合いを調整し、構える少年。

 ユウイチが解る限りの観察結果、少年は自分から攻撃できる様な装備ではなく、そう言った役割を負ってい無いにだ。

 

「俺達はここにある物、あの黒い桜を壊しに来た。

 目的が達成したら出て行くが?」

 

 今現在で判明している事から成る自分達の目的をハッキリと告げ、戦闘態勢に入るユウイチ達。

 

「……それは残念」

 

 ユウイチの答えに少年は一瞬驚く。

 何が意外だったのかは知らないが、すぐに無表情になるとやはり自然体のままユウイチ達を見据える。

 

「ああ、こちらとしても残念だよ」

 

 ユウイチはまだ応急処置しか終わっておらず、本来動いてはいけないのだがそれでも背負った十字架を構える。

 アキコ達もユウイチから1,2歩下がった位置で構える。

 ユウイチの傷上、アキコ達が前に出るべきなのだが、初見の相手の為、ユウイチがまず様子を見て、それからアキコ達に判断を下す事にする。

 特にこの様な状況だ、敵はまだ何処かに潜んでいると考えて間違いないだろう。

 

「……」

 

「……」

 

 相手の出方を待つユウイチ達と、見た目通り待ち型の少年。

 どちらも動けずただ時間だけが過ぎて行く。

 この場合、相手に時間を与えている様なものなのでユウイチとしては動きたい。

 だが、相手には隙らしいものがみあたらず、攻撃の気配もない。

 動き様がないのだ。

 

 そうしている間にも、傷を持つユウイチには不利分が増す。

 仕方なく、サユリにサインを送り魔法攻撃を指示する。

 テレパスは使わない。

 敵のテリトリーの中では逆に傍受される可能性も考えられる。

 簡単な身振り手振りによるサイン。

 ユウイチ達の旅の特性上と、2人の信頼関係があるからこそできる見切れる筈のないサインだ。

 

 サユリは相手の少年からは死角になる位置で静かに魔法の準備を始める。

 サユリの手持ちの中でも早く発動でき、かつ不意打ちに有効な氷の刃による攻撃魔法を構えた。

 が、そこへ、

 

 ヒュッ

 

 ほんの小さな風を切る音がユウイチの後方で。

 

 キンッ!

 

 そして金属音。

 振り向いて確認などできないがマイとアキコが飛来する金属製の何かを打ち落としたのだろう。

 だが、

 

 ヒュッ 

 

「ッ……」

 

 嫌な音とサユリの苦痛の声無き声。

 打ち落としきれなかった物が一つサユリの肩に刺さってしまった。

 サユリも投擲を打ち落とすくらいの体術は会得しているが、魔法詠唱中で間に合わなかったのだ。

 マイとアキコも自分に来る物を落とすのでやっとだった様だ。

 

「サユリッ」

 

「何処から……」

 

 ユウイチにつきあい、幾多の戦場、数多の非常識な戦闘を体験した2人も少し焦った声を上げる。

 陣形を狭め、サユリを守るようにトライアングルの陣形に変化させる。

 攻撃をされたのに敵の位置が解らない。

 攻撃に気付いたのも叩き落すのにはギリギリの距離になってからだった。

 叩き落した物を確認する限り、飛針と呼ばれる暗器の一つで、これは手で投げるタイプの武器だ。

 ならば投擲した者はそう遠くに居るというのは考えにくい。

 しかし、人の気配は感じなかったのだ。

 気配を消すのに長けた者だとしても、攻撃の瞬間はどうしても気配を発してしまうのに、先ほどの攻撃の際には風の音があったからなんとかギリギリ気付いたくらいだった。

 この迷いの森の中、時間が夜というのもあるが、ここまでアキコ達に攻撃の気配を感じさせないというのは厄介だった。

 

「なかなか姑息で上出来の策だな」

  

「……それ程でも」

 

 ユウイチの皮肉に少々不本意そうな顔をする少年。

 ユウイチずっと正面の少年を見ていたが、少年は動いていない。

 となるとやはり別に仲間が居るのは確定だろうが、解ったのはそれだけだ。

 

(流石に魔導師のテリトリーの内か……厳しいな。

 それにここは……白い花びら、恐らくは管理者としても正常に昨日する場所か。

 そう言えば花吹雪の濃度が上がっているな)

 

 戦闘で巻き起こる風の影響かと思ったが、周囲全体で舞っている花びらの数が僅かながら増えている。

 木だけではなく花びらまでが魔法システムの端末である可能性がある。

 

(拙いか……)

 

 敵の情報がすくなく、隠れている敵も見つける算段が見つからない。

 撤退も当然考えているが、しかしわざわざ相手から姿を見せた事を利用しておきたいのもある。

 そんな策を講じている時だった。

 

「あ……これは……」

 

 サユリの弱々しい声が聞こえる。

 

「サユリ?」

 

「これ……麻痺、毒……」

 

 その一言と共にサユリは倒れ、マイがそれを受け止める。

 どうやら先ほどの投擲には毒が塗られていた様だ。

 それも即効性の麻痺を起こす毒が。

 まだ効果がそれだけに留まるとも限らない、早急な治療が必要だ。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちして少年を睨むユウイチ。

 これで退却は決定となった。

 だが、そこで更に驚くべき事が起きる。

 

「おまけだ」

 

 少年はその一言と同時に、自分の前に火炎球を出現させる。

 

「「「っ!?」」」

 

 そう、出現させたのだ。

 今の一瞬で突如かなり高レベルな火炎球がいきなり現れた。

 何の詠唱、印、魔方陣の使用、更にはアイテムなどの使用形跡もないのにだ。

 

 ドォォォォォンッ!!

 

 放たれる直径2mはあろうかという火炎球。

 上級魔法と言っていいだけの威力が感じられる。

 

「総員撤退っ!!」

 

 ザシュッ!

 

 何も解明出来ない事を悔しく思いつつも、十字架の形の大剣で火炎球を真っ二つに割りながらユウイチはここに宣言する。

 仲間への伝達と、少年への意思表示の為だ。

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 火炎球は切られた事でその場で爆発、炎上、その光と炎、煙に紛れアキコ達はサユリを抱えて全力でその場を離脱する。

 そう、アキコ達だけ。

 火炎球を切り裂く強引な行動に驚いたのか、飛針も飛んでこないし少年も動かない。

 

 ブンッ!

 

 風を叩き斬る音と共に、火炎弾を斬ってそのまま一回転するように再び振り上げられた大剣が少年の真正面に振り下ろされる。

 

「くっ!」

 

 ガキィィィンッ!!

 

 森に響く低い金属音。

 やはり用途は盾なのか、合わせた両腕の盾で大剣を受け止める少年。

 

「ぐ……」

 

 ほぼ真上からの衝撃を受け、少年の足は地面に減り込んでいた。

 上手く衝突の力は受け流したのだろう、腕は砕けていない。

 いや、そもそも盾にヒビ一つ、いや跡すら入っていない事から賛美を送るべきだろう。

 実のところユウイチの大剣はほとんどナマクラで、とても剣自体では『斬る』事はできない。

 が、それが故に叩き壊す事に長けている。

 特に盾や鎧なんか無関係として衝撃を生身に叩きつける事ができるし、また金属製の盾や鎧を砕く事だって可能だ。

 これだけの直撃を受けたなら鉄の盾なら砕け、それ以上の硬度がある金属でもヒビか傷の一つくらいは入る筈だ。

 

「なるほどな……」

 

 盾に攻撃を与え、間近で見ることのできたユウイチは納得すると共に苦い表情をする。

 が、そんな表情をしている暇はなかった。

 

 ヒュッ!

 

 再び飛針の投擲攻撃がユウイチ目掛けて飛来してくる。

 ただ、先ほどと違い今回は投擲には明らかな殺気が在った。

 それを具現する様に数が多く狙いが甘い。

 殺気で軌道が読めれば避けるのはユウイチにとって造作も無い事だ。

 

 ザッ!

 

 大きく後退するユウイチ。

 そして感じる、目の前の少年だけでなくもう1つ……いや2つ視線を。

 少年に直接攻撃を行った事で今まで上手く隠れていた者が殺気交じりの視線を向けてくる。

 今この瞬間、その全員の視線がユウイチに向けられた事で解った。

 

 時間にして数秒という僅かな時間ではあるが、殿としての仕事、そして敵の情報収集は完了した。

 そして、視線が集まっている、見られているという事は、

 

「では、また会おう」

 

 カッ!

 

 駄目押しの注目を誘う一言と共にユウイチの身体から閃光が発せられる。

 それはこの夜の森にあって太陽が突然現れたのではないかと思うくらいの光量。

 

「な!」

「わっ!」

「キャッ!」 

  

 少年と離れた場所から少女のものだろう声が聞こえる。

 光は目に突き刺さり、その強力さ故に一時的に全感覚が遮断される。

 その隙にユウイチはその場を離脱した。

 

 

 

 

 

 殿を果したユウイチは森の出口付近でアキコ達と合流する。

 先の少年達から逃れた後は拠点方向と少しずれた方向へ向かっていたアキコ達。

 それに追いつき、共に森を抜ける為に走りつづける。

 この森、いや島全体が相手の領域である以上、最低魔法システムが集中する森からは出たい。

 

「怪我は?」

 

 合流してまず一言目にユウイチに尋ねるアキコ。

 本来なら怪我も応急処置しかできていないユウイチよりも、アキコの方が殿を務めるべきだっただろう。

 しかし、敵が目の前に居るのだから情報の一つでも取って帰らねばならないという判断から、ユウイチは自ら殿となった。

 尤も、動けないサユリの護衛もあるので、やはりアキコがついているべきだっただろう。

 

「増えたりはしてないよ」

 

 いかにも大丈夫そうに、最近は不慣れになりつつある普通の笑みを浮かべまでして答えるユウイチ。

 確かに増えてはいない。

 ただ、開いてしまった傷はある。

 出血自体は止めたし、血を滴らしてしまう事は無いが実のところユウイチももう限界が近い。

 が、せめてこの森を抜けるまではと意地を張るユウイチ。

 

「……私が見てますから」

 

 だが、その強がりを見抜けぬアキコではない。

 そして、この状況で自分が肩を貸すと言っても彼は絶対に受けない事も。

 故にせめて万全な自分ができる事、周囲への警戒だけは解く様に言う。

 それで肉体面ではなんの意味も無くても精神面で少しでも負担を軽減させる為に。

 

「ええ、すみません」      

 

 その気遣いを受け、自然に少しだけ笑みを浮かべるユウイチ。

 口調も本来の彼のものに戻っていた。

 オートマータと対峙した時に変わったままだった口調、そして雰囲気も。

 ユウイチと旅を始めてから初めて目にした、あのようなユウイチの姿を見て不安があったが、もう大丈夫。

 これからの戦闘も辛いものとなるだろうが、ユウイチが大丈夫なら自分達もまた大丈夫だとアキコは思うのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、ユウイチ達を捕り逃したジュンイチ達はまだその場所にいた。

 

「もう追えないな。

 出てきていいぞ」

 

 誰も居ない、ジュンイチ以外の気配は無く、姿の見えないその場所で、誰も居ないはずの空間に呼びかけるジュンイチ。

 すると―――

 

 サク サク サク

 

 地面に敷き詰められた桜の花びらを踏む音と共に気配が出現する。

 

「兄さん……」

「お兄ちゃん」

 

 ジュンイチの前からネム、後ろからサクラが現れる。

 羽織っていたのだろう黒いマントを外しながら。

 

「まあ、初めての防衛戦にしちゃ上出来か。

 できれば……そうだな、できれば今回で終わりにしたかったが」

 

 実戦経験皆無のネムと対人の殺し合いは初めてのサクラ。

 ついでにあのレベルの敵と実際に交戦どころか遭遇するのも初めての自分。

 はっきり言って地の利があろうと退けられただけでも奇跡とすら言える結果だ。

 今回で終わりにしたい、など贅沢極まりない発言。

 それは解っている。

 解っているが、今回程有利に事が運ぶ事はもう無いだろう。

 今回やった攻撃など2度も通用するような相手ではないだろうし、今回は漁夫の利もあった。

 その好条件の中、重傷の筈の男1人すら仕留められなかった意味は大きい。

 あの男だけは倒しておきたかった。

 ジュンイチ個人としても、あの男だけは―――

 

 コロシテオキタカッタ

 

 アレは危険だ。

 彼はそうは見せていなかったが瀕死状態だった筈だ。

 なんら確証が無いが何か自分には絶対に真似の出来ない何かを持っている。

 それも自分にとって致命的な何かを。

 策を巡らせなければ、次に遭遇した時には間違いなく負ける。

 とりあえず自分自身は守れるとしても、ネムとサクラが心配だった。

 

「兄さん……私……」

 

 先の戦闘を考察していたジュンイチに再度呼びかけるネム。

 初めての実戦後故当たり前かもしれないが弱々しい、今にも泣き出しそうな声で。

 

「大丈夫だって、ネム。

 お前はよくやった」

 

 ジュンイチはネムの不安が少しでも和らげばとそう声をかける。

 ネムが担当したのは、倉庫にあった気配を完全に遮断するマントを羽織って敵の側面に回りこみ飛針を放つ事だ。

 その際、別の魔法道具によってセットすれば遠隔で発射できる様にもしている。

 飛針自体にはでなく射出装置をセットする物なので、相手は手で投げた物と見分けがつかないだろう。

 それにネムは医学で身に付けた毒の知識を使い、麻痺の毒を飛針に仕込む事ができた。

 地味な作業であるが、今回のレベルの相手に1人を行動不能にしたという功績は大きい。

 事実、十分な働きをしたと言えよう。

 

「違うの、兄さん……私、あんな人と戦うんですか?

 あんな血まみれの……」

 

 泣きそうと言うよりは絶叫したいのを抑えているという感じだ。

 そう言えば、先の戦闘で見た彼は暗くてよく見えなかったが全身が赤黒かった。

 黒い衣服に黒髪の為、本当に大して目立たなかったのだが、あれは間違いなく血を浴びた跡。

 

「ああ、俺達の前に他の組と戦闘していたからな。

 どうやらそうとう実戦慣れしてる奴ら……」

 

「違うの!」

 

 彼が傷を負っていたのに気づいたのかと思い、答えたジュンイチだがネムによって言葉は遮られる。

 その言葉は抑えていたものが漏れ出したような絶叫に近い声。

 

「私が看護師を目指しているのは知ってるでしょ!

 出血による血と返り血による血の見分けくらいつくんだよ!

 あの人は全身血まみれだった! それも返り血で!

 アレだけの返り血を浴びるって事は少なくとも大動脈を切らないとならない!

 それにあの浴びかたは本当にバケツをひっくり返した様な感じだった!

 それってつまりあの人は……」

 

 ガバッ!

 

 ジュンイチはネムが言わんとしている事に少し遅れて気づくと、ネムが言い切ってしまう前に抱きしめてその言葉を遮る。

 この森にある管理システムで、2組の侵入者が互いに潰しあったのは解っている。

 だがその場所が黒く侵食された場所だった為、その詳細までは解ってい無い。

 しかし、あの返り血の量から、ネムはその量が人間1人の致死量であると解っているのだ。

 

「大丈夫だ、今日この森で命は消えていない。

 今回勝てたんだ、次も負けないさ。

 それにそんな奴だからこそここを守らないといけないんだ」

 

 ジュンイチは、自分が返り血なんて見慣れている事や殺人者なども珍しく感じなくなっていた事を思い知る。

 そうだ、ネムは実戦はおろか『殺人』という事象とは縁のない、普通の少女だったんだ。

 いきなりあんな奴との戦闘なんて耐えられる筈がない。

 咄嗟の行動としてネムを抱きしめたジュンイチだったが、今は意識して強く抱きしめてやる。

 

「それに、お前は俺が護るから。

 だから心配するな」

 

 ジュンイチにとっては元より当たり前のことであるが、咄嗟だったとしても、言葉にして、それも抱きしめて耳元で囁くなんて極めて恥ずかしい事なんて、本来なら絶対にしない。

 だが、そんな事すら失念してネムを連れてきてしまった責任。

 ジュンイチは自らの兄としての全てを使ってネムを宥めるのだった。

 

 だが、この時ジュンイチは忘れていた。

 その背にもう1人、護るべき少女が居る事を―――

 

「落ち着いたか?」

 

「……はい」

 

 暫くしてからネムを開放するジュンイチ。

 離れるとネムは頬を赤らめていた。

 

「あ、悪い。

 すまん、無理やり抱いたりして」

 

 冷静になってやっぱりネムとしても恥ずかしかったのだろうと思い謝罪するジュンイチ。

 仕方なかったとは言え兄の権利を逸脱した行為だ。

 

「あ、いえ……」

 

 ジュンイチの顔を見れないらしく、俯いてしまうネム。

 ジュンイチも如何したものかと考えてしまう。

 そこへ、

 

「いい雰囲気の所悪いけど、戻るよ」

 

 サクラが少し大きめの声で呼びかけてくる。

 見れば、すでに門は開いていた。

 

「あ、ああ、そうだな。

 撤収しよう」

 

「あ、はい」

 

 ばつが悪そうにいそいそとサクラに続いて本拠地、別位相空間のヨシノ邸へ帰還する。

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 出迎えてくれたのはヨリコ。

 この屋敷の住人はジュンイチ達の他に居ないし、役割がメイドなのだから当然と言えば当然だが、出迎えがある事に少し感動するジュンイチ。

 

「飲み物をお持ちしますね」

 

 3人とも戦闘から無事に帰ってきたのが解りとても嬉しそうなヨリコ。

 とりあえずリビングに集まった3人にそう言ってすぐにキッチンに向かう。

 

「さて、敵も撃退した事だし……」

 

 別に狙っていた訳ではないのだろうが、ヨリコが部屋を出てからジュンイチはそう切り出した。

 特に意味は無かったのだろうが2人が注目するくらいの微妙な間を空けてから続ける。 

 

「サクラ、とりあえず今のシステムを見せてくれ」

 

 と、あまりやる気の無い顔をしながらも仕事の話をする。

 

「え?! 今帰ってきたばかりなのにそんな……」

 

 それに心底驚いているネム。

 普段の兄ならそんなかったるそうな事絶対自分から進んでしたりしない。

 それも今しがた戦いを終えて帰ってきた後なんかに。

 

「ネム、かったるい事だからとっとと終わらせたいんだ、俺は。

 大体、敵を撃退するのは本来の目的じゃないからな」

 

 ネムの反応からネムがどう思っているかを察し、溜息をつきながら答えるジュンイチ。

 まあ、妹にどう見られていたかなんてある程度解っていた事だし、それについて悩むのはかったるいのでとりあえず置いておく。

 で、自分達の目的はあくまで侵食された桜の修復であり、敵の撃退はその過程に過ぎない。

 

「ん〜っと、こんな感じだよ」

 

 兄妹で会話している間に立体映像を映し出すサクラ。

 それはこの森に巡らされている、サクラの一族が作り上げた魔法システムの術式だ。

 文字が球を描くように並んでいる。

 よく見ればその並んでいる文字列が形作っている球の中に魔方陣の用な文様が見える。

 極めて複雑且つ高精度に編まれた術式だ。

 しかし、その術式の中心部は黒く変色し、見えなくなっている。

 その黒い部分がそのまま侵食された部位なのだろう。

 

「……兄さん、解りますか? これ」

 

 ネムでは映し出されたのは魔法の術式である事だけは解る。

 一応でも医療魔法は使えるのだから、それは解って当然なのだが、高度されている医療魔法が使えるネムから見ても複雑すぎて全く理解できないのだ。

 こんな複雑な術式、それこそ国が管理する大型の魔導研究施設でも無い限り扱わないだろうから、同レベルの術式も見たことがないのが普通である。

 

「ん〜まあ、8割しか解らんが……

 参ったな……本気で8割しか解らん」

 

 それに当然の様に答える兄ジュンイチ。

 更には8割しか読めない事に本気で悔しそうな顔をする。

 国が抱える魔導研究員でやっと解るかどうかという複雑な術式を、8割も読めるのに満足していないのだ。

 

「まあ、私も1から組むのは多分無理だし。

 とりあえず解る範囲でいいよ」

 

「すまん」

 

 サクラとジュンイチだけの会話。

 ネムはもう会話に入る事もできない。

 ああ、これがヨシノの血を引いていると言う事なのか、ネムはそう思えてならなかった。

 

「……ん? サクラ、ここ」

 

 暫く術式を眺めていると、ジュンイチは何かに気づいたらしく術式の一部、更に細かい文字一つ分の範囲を指し示す。

 ネムでは解らないが、そこは更に深層の術式へと繋がる部分でもある。

 

「……あっ! いけるかも!」

 

 サクラはそれを見て嬉しそうに声を上げる。

 

「さっすがお兄ちゃん、初めて見る術式をこんな短時間で」

 

「いや、お前は見慣れてるからこそ見落としただけだろ」 

 

「謙遜謙遜」

 

 またサクラとジュンイチだけの会話。

 それもすごく楽しそうに見えてしまうネム。

 

「んじゃ早速行くか」

 

「うん」

 

 そして2人は帰ってきたばかりだと言うのにもう席を立つ。

 ついでに、

 

「ネム、俺とサクラは少し仕事してくる。

 お前は休んでろ」

 

 ネムが何か言い出す前にジュンイチがそう言う。

 まるで2人の間を邪魔されないように釘をさすかの様に。

 

「え……でも……」

 

 先ほどの会話で、自分に手伝える事なんて無い事は解る。

 だが、兄とサクラを2人だけで夜の森に行かせるなんてそんな事は絶対に嫌だった。

 

「さっきの戦闘で一番消耗してるのはお前で、この中で一番体力が無いのもお前だ。

 次の戦闘に備えて休んでろ」

 

「……」

 

 身体の事、そして戦いの事に関してネムが反論できる訳が無い。

 ネムとて感情を制御できぬ子供ではない、ただの我侭を言うなどそんな事はできない。

 けれど俯いてしまうネム。

 自分はここに何をしに着たのかが解らなくなってきてしまう。

 2人は部屋の扉を開けて出て行こうとしているのに。

  

「あ〜ネム」

 

 が、そこで、ジュンイチはネムに背を向けながら呼びかける。

 

「さっきはお前は俺が護るなんて言ったが、俺もお前に助けてもらわにゃならん。

 だから休める時にはきっちり休んでろ」

 

 頭をかきながらちょっと恥ずかしそうに言うジュンイチ。

 背を向けたままなのも顔を見せたくないからだろう。

 

「はい」

 

 でもその一言でネムは笑みを見せる。

 そして笑って2人を見送れる。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 そうして出て行くジュンイチとサクラ。

 

 

 

 

 

 2人を見送った後、ネムは暫くリビングでくつろいでいた。

 

 リンッ

 

 静かな室内、ネムの首の鈴の音が響く。

 

「……」

 

 ネムはなんとなくその音が楽しかった。

 そこへ、

 

「お待たせしました。

 申し訳ありません、茶菓子を切らしてしまって……」

 

 大分遅れてヨリコが戻ってくる。

 そして室内にネムしか居ない事に気づく。

 

「あら? サクラさんとジュンイチさんはどうなさったのですか?」

 

「2人は本来の仕事に行っちゃいましたよ」

 

「あら、そうですか」

 

 淹れて来たお茶が無駄になってしまう為か、かなり残念そうなヨリコ。

 対し、妙に嬉しげなネム。

 そんなネムに流石に気づかない程ヨリコも鈍感ではない。

 

「あら?ネムさんずいぶん嬉しそうですが、何かあったのですか?」

 

「あ……うん、ちょっとね」

 

 ヨリコの純粋な疑問に恥ずかしそうにはぐらかすネム。

 首の鈴を弄りながら。

 

 

 

 

 

 一方、ジュンイチとサクラはある一本の桜の木の所に来ていた。

 他と変わらぬ侵食されてしまった黒い桜。

 だが2人は何度かその桜の位置などを確かめる様にしてから近づく。

 

「これだな」

 

「これだね」

 

 その桜で良い事を確認すると二人は塗料らしき物を取り出し、

 ジュンイチは上の方から、サクラはジュンイチと裏側を下の方から魔導文字を書いて行く。

 暫く黙々と作業を進める2人。

 沈黙が2人の周りを支配していた中、サクラがその沈黙を破る。

 

「ところでお兄ちゃん。 

 私の事は護ってくれないの?」

 

 自然に、今日の晩御飯はなんだろ〜、くらいの感じで尋ねるサクラ。

 また、暫しの沈黙。

 

 ビチャッ!

 

 次の沈黙を破ったのは鈍い水音だった。

 見ればジュンイチが持っていた塗料の入った入れ物を傾け、半分こぼした様だ。

 ジュンイチは完全に固まってしまっていたのか、その音で我に返ったか慌てて入れ物の角度を戻す。

 そして、

 

「バッ! 何言い出しやがる!」

 

 サクラの言葉を理解するのに随分と時間がかかったが、顔を赤くして叫ぶ。

 

「だってネムちゃんには言ってたじゃない」

 

 ジュンイチは作業を続けられなくなってしまっていたが、サクラは作業を続けながら言葉を続ける。

 

「……別に言う必要はないだろう」

 

 ジュンイチもサクラの様子に8割方平静を取り戻して作業を再開する。

 あまり時間を掛けたくない作業なのだ、これは。

 だから変なこと言うな、とジュンイチは言おうかと思ったが、言えなかった。

 

「私もネムちゃんみたいに言葉にしてほしいな〜」

 

 猫なで声で、ふざけている様にしか聞こえない口調のサクラ。

 しかし、その心はいたって真剣だった。 

 

「……そう言う雰囲気になったらな」

 

 別に後々面倒な事になるのもかったるいので、言うだけなら言っても良いかとも思ったが、流石にこの雰囲気で言っても意味がないと考えたそう妥協案を提示する。

 

「じゃあ楽しみにしてるよ」

 

 一応それで満足したらしく、大人しく引き下がるサクラ。

 この場はという言葉が付くが。

 

「そんな事が起きない事を祈るよ」

 

 かったるい。

 どうしてこんな事になったのか。

 どうすれば解決できるか。

 考えるのもかったるい。 

 でもここに来たのはやはり自分が自分であるからなのだろう、そうジュンイチは考えていた。

 その後、やっぱりそんな事を考えるのはかったるいとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更にそれから2時間後。

 時刻は完全に深夜となり、草木も眠る時間となった。

 それでも桜の花びらは舞い続ける。

 そうそれは狂った様にただ静かに舞踏を続ける。

 中心に行けば行くほど黒く染まる桜は、上空から見ればさぞ毒々しい輪舞を見せてくれるだろう。

 

「常に咲いている花など葉と何の違いがあるだろうか?」

 

 場所は島の北の海岸沿い。

 ユウイチは拠点の近くを見回っていた。

 ただ1人で。

 

(まったく……倒れる寸前まで回復魔法使うなよな)

 

 先の立て続けの戦闘から帰還したユウイチはまずアキコ達により治療を施された。

 しかし、メンバーの回復の要であるサユリが自身の麻痺毒の解毒と戦闘で魔力を消耗していた為にユウイチまで魔力が回らなかった。

 アキコとマイも回復魔法を使えるが、効率が落ちる為2人がかりで魔力枯渇寸前までやってやっと回復。

 そうしてアキコ達は3人とも疲労及び魔力枯渇の為ほとんど行動不能となり休養中。

 全快したユウイチは彼女達に代わり見張りに立ったという訳だ。

 

(しかし……少し考えれば本末転倒だと思うんだが、これ)

 

 別に嫌な訳ではない。

 むしろ危険な役割を自分が担うのは望む所だ。

 だが、どこか釈然とせず、納得がいかないのもまた事実。

  

(あ〜始めの頃はちょっとした傷でも騒がれたもんだったがなぁ。

 今じゃ治療中に殴られる事もあるからな……)

  

 本日の治療中はさんざんねちねち『もっと上手く立ち回れないのか』と小言をいわれ続けた。

 今日くらいの怪我をすると始めの頃は泣くのを堪えながら治療してもらったものだったのだが、慣れとは恐ろしいものだ

 

(まあ逞しく成ったはいいことだがな)

 

 ちょっと昔を懐かしむユウイチ。

 後悔の気持ちは無いが、慣れによる変化について少し考えてしまう。

 まあ、それはさて置き拠点周辺の見回りと桜の観察をする。

 サユリの調べによると桜の花びらはやはりシステムの一部で、この桜の森全体が巨大な魔法システムであるという事。

 末端の端末は桜の花びらで、それを中継してなんらかの情報採取が行われているという事。

 その応用利用として、森の中は全て管理者の目と耳があると言って良く、入れば確実に見つかるだろう。

 その為、ユウイチは森には近づかず、花びらも飛んでこない所で観察していた。

 

 と、そこで空に舞い上がる桜の花びらを追って空を見上げると月が目に入った。

 

「ああ、今日は月が綺麗だ……」

 

 雲ひとつ無い星空に浮かぶ満月。

 月齢も戦闘に関係する事が結構あるので、月の満ち欠けは常に把握している。

 だが、やはり知っているのと見るのとでは違う。

 どんな場所、状況であっても常に美しく静かに光り、地上を照らす天上の月。

 暫く月を見上げるユウイチ。

 そこへ

 

 ラ〜 ラララ〜〜ラ〜 ラ〜♪

 

 歌声が聞こえてくる。

 この月夜にふさわしい静かで美しく、優しい歌声が。

 

(綺麗な歌だ……)

 

 悩みも全て消えそうなくらい優しく包み込んでくれるような歌声。

 ユウイチはその歌に聞き入ってしまう。

 その歌声が近づいてくる事に気づいていながら―――

 

「こんばんは」

 

 程なく、海岸沿いに歩いてきたのだろう1人の少女と出会う。

 青い瞳、赤い長い髪を靡かせた、白く青いリボンの付いたベレー帽を被ったお嬢様風の美少女。

 白を基調とした動きやすく見た目も良い衣服。

 武器らしきものは持っていない。

 ついでに物腰に何処となく気品が感じられる。

 本当にお嬢様という可能性が極めて高く感じられた。

 

「こんばんは」

 

 とりあえず挨拶は返しておく。

 しかし心中は穏やかではなかった。

 

(魔曲か声楽の使い手か……まさかこんな所でその希少種に出会うとは、油断大敵だな、先生に知られたら笑われる。

 お嬢にしか見えんが、その外見の美しさもあいまってか弱いイメージがあるが……違うな。

 結構鍛えられてるな、程よく筋肉が着き、それもまた美しいプロポーションを支えている。

 まあそれはともかく、あの立ち方からして柔術系の使い手だろうな、普通に立っている様で隙が少ない。

 そこいらのごろつき相手なら十分だが、それは一対一かせいぜい一対二までが限度。

 こんな真夜中に1人でのこのこ歩いて無事で居られる程のものじゃない。

 まあ、ここが本来無人島であるからこそかもしれんが。

 いや、それなら普通俺と出逢った時点で何らかの反応を示すはずだ。

 武器を背負っている俺を。

 先ほどの歌を歌いながらなら、その美しい声もあってごろつきはよってくる前に堕落するだろうな。

 故に歌いながら歩いているのか?

 それに、先ほどの歌の魔曲は無意識レベル、だからこそ俺も引き込まれたのだろうが、本気ならどの程度になるのか……

 ともかくどう対応したものか、ここでの俺達の『役割』もまだはっきりと決まった訳ではないのにな)

 

 などと言う思考を瞬時に行うユウイチ。

 そんな多くの思考をしたのだが、結局は成り行きに任せるというのが結論だった。

 

「……?」

 

 そんなユウイチを不思議そうに見える少女。

 

(ん? 思考に時間を取りすぎたか?)

 

 そう思ったユウイチは無難な話題を振る事にする。

 

「今日は月が綺麗だな」   

 

 先ほどまで見ていた月をまた見上げながら言う。

 

「そうですね、今日は特に綺麗な気がします」

 

 あわせてくる少女。

 あまりユウイチの事を警戒している様子は無い。

 ユウイチは見るからに怪しいと言うのに。

 

(自信があるのか天然なのか……

 まあ見極めるにはまだ早すぎるか。 

 とりあえず今は当り障りなく別れるのが一番だろうな)

 

 そう考えながら善でも悪でも後に影響の出なさそうな言葉を選ぶ。

 

「先ほどの歌はこんな夜によく合ういい歌だった。

 できればまた聞かせてくれ」

 

 言葉は選んだが本心からの内容。

 魔曲は抜きにしてもあの美しい声で歌われる歌を聴きたいと思う。

 ユウイチは芸術関連には知識はあっても興味が薄い方なのだが、あれは別格だった。

 

「私なんかの歌でよければいつでも」

 

 少女は純粋に嬉しそうにそう答える。

 本当にユウイチを警戒していない様に感じられる。

 

「ではまたいつかお聞かせ願おう」

 

 少女の答えにそう言葉を返し、その場を去ろうとするユウイチ。

 

「ええ、またいつか」

 

 少女もまたその場を去る。

 ユウイチとは逆の方向、来た道を戻っていく。

 

(ああ、名前くらいは聞きときたかったな)

 

 背に去っていく少女を感じならがユウイチはふとそう思った。

 ほんの少しだけ、なんの策謀もなくただ純粋に少女の名前を求めた。

 すると、

 

「あの」

 

 少女の声がする。

 振り向けば、離れた位置から少女がこちらを見ていた。

 

「私、コトリです」

 

 そう名乗ってくる。

 ユウイチの想いに応える様に。

 

「ユウイチだ」

 

 ユウイチも自然と名乗ってしまう。

 本名を。

 つい今しがたあったばかりの少女に。

 でも何故か後悔はなかった。

 

「じゃあユウイチさん、また会いましょう」

 

「ああ」

 

 自然に名乗り合って、自然に別れる。

 ああ、純粋な子供の様だと感じながらユウイチはその場を去る。

 自分が純粋な子供な訳がないと言うのに。

 

 そう考え少し笑いながらまた再び戦の中へと戻って行く。

 

 自分が在るべき場所、自分が進むと決めた道へと―――

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 後書き

 

 第一回戦終了〜

 これで一通りですはい。 

 で、もう4話……流石に3つも視点があるとかさばりますね。

 一応中篇くらいの長さを予定しいるのですが……まいっか〜(ォ

 

 とりあえず一通り戦闘は終わったわけですが主人公ズの能力はまだ秘密。

 まあバレバレかもしれませんがね〜

 一応全員原作設定に基づいて(曲解ともいうかも)作ってます。

 キャラクターそのものがそのキャラっぽくないかもしれませんが……私の腕の問題ですはい。

 

 こんな感じですがまた次回もよろしくどうぞ〜〜










管理人の感想


 4話です。


 ジュンイチ君たちは青春だなぁ。

 女の子2人はお互い相手に嫉妬してるし、肝心の男は分かってないし。

 王道の三角関係といったところでしょうか。(笑


 しかし見事に危険人物と認識されるユウイチ。

 お人よしであろうジュンイチにまであんな感想もたれてるし。

 自分から作ってるとは言え、見てるほうからすると切ないですね。

 主人公三人の中では1番苛酷な人生送ってるのは間違いないでしょう。



 ユウイチとコトリの出逢い。

 これがどういった流れを作り出すか楽しみです。



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