夢の集まる場所で
第5話 歪む後会、過ぎ去りし時
周囲に広がるのは無数の十字架と言う墓標。
そんな世界の中央に建つ古びた洋館。
その中の一室、ある日の出来事故か開かれていた扉がある。
そこは戦場だった。
そう、戦場。
一言で表すとそうなる。
だが違う。
何一つ同じものなどなく、正常な戦場など在り得ないが、その戦場はあまりに異常、今現在では考えられない、在り得ない筈の光景だった。
視界に広がるのは全く同じ大きさ、顔、武装をした人形の大軍。
人形、オートマータと呼ばれる魔導機械の人形。
その中でも眼前にいるのは戦闘用オートマータ。
武装は両腕のブレードのみという簡易量産型の。
まさに視界にはそれしかなかった。
地平線の彼方まで埋め尽くされているのではないかと思えるくらいの人形の大軍隊。
少年はそれと戦っていた。
少年は1人ではなかった。
沢山の仲間がいた。
短い間だけど共に戦ってきた、戦友と呼べる者達が。
最初はまだ幼いが大人以上に上手く戦う少年と色々問題が起きたが、もう完全と言えるくらい理解し合えた仲間が。
護るべき者もあった。
新たに手に入れた家族と呼べる人達。
彼の少女の事を忘れたわけじゃないけど好いて、愛した少女。
自分の全てを賭して護ろうと自分自身に誓った人達が背にいる。
少年は一歩も引かず戦った。
あらゆる戦法を用い、あらゆる武装を駆使し、自分の全てを使った。
だが、相手の数は推定10万。
対し、こちらの数は僅か1500―――
個々の戦力差、人形には無い負けられない理由、心による不測上昇する戦闘力。
それを差し引いても覆る事のない圧倒的物量。
理不尽且つ強大な暴力こそ相手にする為の術を学んできた少年でもどうしようもない大軍。
それでも戦った。
当然だ。
背には護るべき人達がいる。
誰も逃げず最後まで戦ったのだ。
そう、皆、最後まで―――
ブシュッ
5時の方向、8mの位置で刃物が肉を突き刺す音がする。
その位置にいるのは戦友の壮年の男性剣士。
この音は敵のブレードで脇腹を深く刺されたのだろう。
グシャ
8時の方向12mの位置で肉と骨が砕ける音。
そこに居るのは戦友の勝気な若い女性槍士。
頭部を粉砕されたのだろう。
「ギャァァァァ」
6時の方向、20mの位置から悲鳴……その後肉が裂ける音。
その位置には援護していた戦友の少し臆病な若い男性弓士。
接近され成す術もなく、なんどもブレードで斬られている。
今まで鍛えてきた感覚が、あらゆる経験が、見なくても周りで起こっている事態を理解させる。
仲間が無残に殺される様が目の前で観ているかの様に認識する事ができてしまう。
涙など流すな
長期戦だ、無駄な水分を消費する余裕は無い上に視界が霞んでしまう。
声など上げるな
持久戦においてそんな無駄に酸素を吐く暇なんて無い。
背には護るべきものがある。
護り抜く為にも冷静に―――
「……………………」 「…………」
「…………」 「………………」
皆がいる街の方から悲鳴が聞こえる。
ついに防衛ラインが崩壊してしまったのか。
つまりは防衛ラインに居る筈の仲間が破れたのだ。
大丈夫だ、街には我が友がいる。
皆を護ってくれる。
俺はここで敵をくい止めないと。
「グォォォオオオオオオオ!!!」
暫くして、街から友が鳴く声が聞こえる。
付き合いは短くとも我が親友、何故鳴いているくらい解る。
そう、喪ったんだな。
友が愛し、友を愛していた少女を。
そして、少年が愛した家族、愛した少女も―――
みんな
みんな……
みんなぁぁぁぁぁぁぁ!!
それでも少年は戦いつづける。
冷静に。
いままでの修行により怒りに全てを任せることも、狂う事も許されず、ただ人形を破壊し続ける。
後に何も残らないと解っていても
人形だけの平原ででただ1人、戦い続ける
「……そんな事があったんだ。
悲しいね」
少女は1人、彼の者の為に涙を流す。
『悲しい』という一言の意味を噛み締めながら。
ただそれしか出来ない今の自分にも涙を流した。
森での戦いから一夜が明けた昼前。
「身体の調子はどうですか?」
ユウイチのチームは拠点、北海岸沿いの岬にある洞窟内で遅い朝食を摂っていた。
持ってきた食料と近海で獲った魚で作った、とてもキャンプでの料理とは思えないしっかりした料理を。
どうやらわざわざ作ったらしい、しっかりとした木のテーブルとイス、食器類をもって。
なお、全員激しく消耗した為量は食事の量はかなり多めだ。
体力、魔力共に大きく消耗した為、睡眠と食事の両面での補給が必要だった。
そんな食事の席で、ちょっとした世間話の様に、アキコそうユウイチに尋ねた。
「ああ、大体な」
昨日アキコとマイによって治療を受け、傷自体は完全に塞がったが、急激な消耗に急速な回復を行った身体は普通すぐには動かない。
ユウイチの場合、こう言った事態に慣れている為、十分戦闘可能な程ではあるが、全く問題が無いという訳ではない。
それに、受けた攻撃自体が問題になっている。
「ただ、昨日のアレは異常だった。
少し残ってるが……まあ、戦闘可能な時間が減った程度だ。
前回の様な戦争じゃないし、そうそう長時間の連続戦闘はないだろ」
皆には軽く言っているが、実際は結構ダメージが奥の方に残っている。
ユウイチだからこそ意思力でねじ伏せて戦闘が可能だが、故に長時間はもたない。
「ロザリオの方は後でチャージしておきますね。
この仕事中に間に合うか解りませんが」
「ああ、頼む」
魔法使用不能に限りなく等しいユウイチにとって、昨日使った―――いや使わされたアンチマジックアイテムなどの武装は重要だ。
別に戦士が魔導師に勝てないと言う訳ではないが、単純に相手を倒す以外の目的をもつ事が多いユウイチにとっては必要なのだ。
こと、背に何かが在る場合に。
因みに、昨晩の様に自分自身の為だけに使ったのは実に2年ぶりの事である。
そもそも使用頻度自体が低く、元は秘密兵器的な武装なのだ、ユウイチにとって。
上位魔法まで打ち消す事のできる、人間が使う中では最高位に属するだろうアンチマジックアイテムを使わされた。
それも手持ちを全て一度にだ。
彼の男の攻撃がどれだけ異質だったのかがそれだけで証明できるだろう。
「他の装備は?」
「ああ、消費型のアイテムは全て破壊されてしまったよ」
「まあ、仕方ないですね」
ユウイチは常時回復薬品から攻撃に使う魔法アイテムを多数携行している。
それが全身に浴びるような攻撃を受けた為に破壊されてしまったのだ。
アイテムの破壊は、携行する上では最も注意しなければならない事だが、今回は防ぎようもなかった。
だが、実はそんな後でいくらでも補給できるアイテムの破壊など問題ではないのだ。
「それと、タスラムの弾倉がやられた」
マイの問いに、少し言い難そうに答えるユウイチ。
『タスラム』、それはユウイチが所有する魔導銃と呼ばれる魔力を弾として撃ち出す古代遺産の武器。
彼は、それを胸のホルダーに装備していた。
古代遺産の武器とは言うが、魔導銃は現代技術でも一応作成可能なものである。
ただし、可能なだけであって、実用にはまだ百年単位の時間が必要とされており、誰も利用していない。
もし使っている者が居るとすれば、それはユウイチの持っている物と同様、古代の発掘品だ。
ユウイチが師より授かったその武器は汎用性に特化されているらしく、ユウイチは主に自分を魔導師に擬態する時に使っている。
ユウイチの持つ魔導銃は弾を普通の攻撃魔法の様に見せかけられる機能があるのだ。
ただ、それだけであり、威力はあくまで足止め、脅し、フェイク、援護をするのがせいぜいで、2流以上の冒険者を相手に直接攻撃をするには足りない。
いや、それだけと言うと嘘になる。
それは―――
「まあ、3日は使えんくらいですみそうだ」
3日は使えない、つまり3日経てば使える。
そう、それはつまり、
「相変わらず謎ですよね。
このサイズの精密魔法道具で自己修復するなんて」
自他共に認める一流の魔導師であるサユリにも構造がさっぱり理解できない自己修復機能付きの魔導銃。
古代の発掘品である魔導銃の方は整備の為の部品も手に入らない為、この機能がなければ使い続ける事はできなかっただろう。
それと共に何故か、ユウイチが師から授かった武装全ては異常な頑丈さと自己修復機能がある。
昨日使った大剣にも自己修復機能があり、刃こぼれも自動で直る魔剣だ。
ただ、元々斬る為のものではないので、ほぼなまくらの状態が維持される。
しかし、その自己修復機能という、半永久的に使えるという事以外は頑丈なだけの武器でしかない。
同様に師より授かったアンチマジックアイテムも、効果は高いし魔力をチャージする事で再び使用可能になる。
ユウイチがメインとしている武装には投擲武器以外で使い捨てはない。
勿論薬品類の消費物は別だが、どれも自己修復か、力を取り戻させる事が可能だ。
言ってしまえばユウイチの武装は補給なくして長時間戦う、戦い続ける事に特化された様なモノだった。
威力的には普通の武器防具だが、ユウイチはそれに満足していた。
ユウイチが行く道について来るには最高のパートナー達だと。
「タスラムの弾倉を、ですか。
やはりあの攻撃は異常ですね」
タスラムの弾倉は自己修復機能付きの為材質が不明なのだが、少なくとも中級魔法クラスの魔力が6発分込められていたのだ。
1発分につき、アンチマジックアイテムの半分程度の防御効果はあっただろう。
アンチマジックアイテムの上に弾倉の魔力と銃の防御力を持ってなおユウイチを瀕死にした威力。
本当に人間が撃ったのかと疑いたくなる。
そう、世界中を巡り、数多の敵と対峙したアキコ達でも。
「ああ」
それはアキコ達の何倍も世界を巡ったユウイチも同じ事だった。
だから解る。
(あんな異質な攻撃をしたヒロユキ自身は……)
攻撃を受けたユウイチは勿論だが、あの異常さは撃ったヒロユキにも何かしら被害がある筈。
零距離で撃った事で自滅した分以外に、あの攻撃を実行した事での何かが。
とりあえずユウイチの方は悲観しなければ2,3日もあれば治ると踏んではいるが、撃った方のリスクは計算しきれない。
(ま、その代わり今回は時間を掛けられないけどな)
まだ予想の範疇であるが、今回の事は時間を置けば置くほど事態が悪化すると思われる。
だから休んでいる暇は無い。
「今回は
事件―――主に戦争が起きると聞けばその場所に行き、
ユウイチ達というよりユウイチは基本的に悪側に付き、正義側だけに戦力を集中させる事は無い。
その一番の理由は悪側が暴走してしまうのを防止する為である。
だが、今回はそれが無い為、自分達が全員で相手側を潰せる。
それは今までで最も単純で解りやすく、状況としては楽なのだが、どうも楽観できる感じはしない。
「いかんせん相手があのヒロユキ フジタ一行とこの土地の管理者じゃな。
その管理者もヨシノらしいし」
ヒロユキ フジタ。
それは公にはなっていないが有名なのだ、こちらの世界―――表の歴史ではなく、裏の歴史を知る者達の間では。
ある偉業を成し遂げたとして。
その実力は世界でもトップクラスである事は昨日実証された。
裏の世界ではトップクラスの実力を間違いなく持っているユウイチ達が確認したのだ。
ハッキリ言って昨日は勝ったが、次も勝てるなんて甘い考えは浮かべた時点で負けると言っていいだろう。
昨日は実力でねじ伏せた様で、半分は組み合わせが良かったからに過ぎない。
そしてたまたまどこよりも早くユウイチがアヤカを倒せた。
それもアヤカが隙を見せてくれた事が大きい。
今回の相手はユウイチが今まで相手にした中でも上位に位置する強敵であり、ユウイチの正義にも近い者達。
楽どころか、過去最悪の苦戦を強いられる可能性がある。
そして管理者ヨシノ。
最近の話は聞かないが、昔はかなりの高位魔導師で宮廷魔導師としても推薦を受けていたとか。
少なくともその血縁が管理しているだろうこの場所は下手な要塞より厄介な場所だ。
「役割的には既に『悪』確定ですね、私達。
まあ、別にそれは構わないのですが」
「協力、できない?」
管理者に関しては何を考えているのか解らない為置いておくが、少なくともヒロユキ達。
その中でもヒロユキとなればユウイチにも近いものがある、最も協力できる可能性が高かった筈だ。
それに、アキコ達は知らないが、何よりヒロユキとユウイチは―――
「できない。
すまんが今回は俺が原因で、俺がいる以上は無理だ。
例えシグルドを見られた影響でアイツ等が警戒をしていたのを抜きにした所でな」
アキコ達の考えを、いや自分の思考も含め言葉に出して否定するユウイチ。
そう、例えヒロユキとユウイチが■■■■だったとしても。
「それは、オートマータのセリオが原因ですか?」
この1年の旅で古代の遺物を嫌悪している事は解っていたし、中でも人形に対する嫌悪―――いや憎悪は知っていた。
いや、知っているつもりだった。
この1年ではその残骸といえるようなモノとしか遭遇しなかった為、真にオートマータと言えるモノと対峙したのは初めてだったのだ。
昨日のユウイチがセリオと対峙した時の変化はもう誰にでも解る憎しみや怒りの念。
感情を制御する事に関しては誰にも負けないと思われたユウイチが、あんな感情を剥き出しにするのを見るのも初めてだった。
「ああ……
外見では人間と区別がつかないところが特にカンにさわってな。
昨日は状況とアイツが心らしき物を持っていたから多少鎮まったが……
正直、次会っても正気を保っていられるか自信がない」
偏見を持つつもりは無い、ユウイチは全てに対して差別をしたくはなかった。
話に聞くところ、かのセリオともう一体、マルチなるオートマータは人より人らしい心を持っているらしい。
そう言うのもありだろうとは理性では考えている。
だが、ユウイチにはどうしても人形を前にすると破壊衝動が抑えられないのだ。
もう一つあるどうしても出来ない事と同様に、魂レベルに刻まれてしまったトラウマ。
ただ、この1年以外、正確にはアキコ達と旅に出る直前にオートマータと対峙した事があったのだが……
何故かその時のユウイチは冷静だった。
外見上だけでなく心の奥の揺らぎも少なかった。
それが何故かはユウイチ本人にも実は解らなかったりする。
恐らくは場所故だったのだろうが、最早戻る事のできぬ場所故、検証しようもない。
「悪いな、アレだけはダメらしくてな……
すまん、今回は俺が話しをややこしくしてしまった」
珍しく弱々しく、すまなそうに謝罪するユウイチ。
「いえ、仕方の無い事です。
最初にシグルドさんを見られてしまった時点で敵対を避けるのは至難の技でしたから」
そう言って気にした様子は見せないアキコとサユリ、マイ。
「次……俺が暴走していたなら、その時は頼む」
3人をじっと見て、ユウイチは頼む。
これも滅多に無い事だ。
ユウイチが願い、頭を下げる事など。
それ程に重要な事、次もし彼らと対峙し話をするような機会があったときの為に。
「ええ」
「はい」
「解った」
少し嬉しそうに返答する3人。
ユウイチの頼みは下手をすればユウイチと戦わなければいけないもの。
故に、それを頼むと言う事は信頼の証でもあり、それに頼ってもらえた事が3人は嬉しかった。
「しかし今回もまた難題だな。
昨日の会話だと管理者達との和解は無理だろう。
多分、あの管理者はヒロユキ達並に甘いからな、俺を見て敵と認識した筈だ。
そしてヒロユキ達は……」
ユウイチ達はヒロユキ達の逆鱗に触れる位の、やってはいけない事をやっている。
それはユウイチだから解る事だ。
何体ものオートマータを破壊してきたユウイチだからこそ。
もしシグルドの、ダークドラゴンの目撃がなかったら、元より偏見の多いオートマータ。
そして、人を見る目は養われている彼らの事だ、誤解を解かんと彼らから歩みよってくる事も在り得たのだ。
だが、もう無いだろう。
何故ならば、そのオートマータはもう―――
「はじめまして、アヤカお嬢様。
私はアヤカお嬢様の為に創られた自動人形、セリオと申します」
「家族……ですか? ですが私は……
お嬢様がそうおっしゃられるなら……
では、その……アヤカ……さん」
「アヤカさん、それは少しはしたないと思いますよ?」
「アヤカさんは強くなられました。
最早私は護衛としての意味は無いでしょう。
はい、でも身の回りのお世話は私の仕事、生きがいですから」
「マルチさん……停止してしまったのですね……
これが悲しいという気持ちなのでしょうか……これが憎いという気持ちなのでしょうか」
「アヤカさん、私はいつまでも貴方の傍に居ます。
どんな時、どんな所ででも」
「アヤカさん……」
「アヤカさん……約束を果せない事を、お許しください」
バッ!
シーツを跳ね飛ばすようにして飛び起きるアヤカ。
「……はぁ……はぁ…………夢?」
まだ朦朧とする意識の中で現在の状況を確認する。
今いるのはベットの上、この部屋はミズコシ家の別荘の一室。
何時寝てしまったのだろうか。
衣服は昨日と代わらぬ普段着であり戦闘着のままだ。
(それにしてもなんて夢……セリオに関する思い出からまるでセリオが居なくなってしまう様な感じの……)
と、そこまでつい今しがた見た夢の内容を思い出していると、最も重要な事を思い出す。
何故、今自分がミズコシ家の別荘にいるのか。
そして、ミズコシ家に来てからとった行動。
その最後の記憶。
「セリオ!」
周囲を見渡してもセリオの姿は無い。
セリオとは同室の筈なのに。
バッ!
ベットから飛び出し部屋から出た。
そして同時に屋敷中の気配を探る。
セリオの気配は―――ある。
傍にはヒロユキと姉もいる様だ。
それを確認しながらアヤカはヒロユキ達の居る場所へと走った。
セリオの気配は確認できたのに、何故急いだのか。
それは間違いなく夢のせいだろう。
そして昨日の状況から自分があの男に倒された後何が起きたかが解らない。
ヒロユキが負ける訳はないが、それでも。
バンッ!
「セリオ!」
セリオ達が居るだろう部屋に着くと、ノックもせず、吹き飛ばさん勢いで扉を開ける。
中にはやはりセリオとヒロユキ、姉セリカが居た。
何故かセリオが横たわっているベットの左右にヒロユキとセリカが立っているのだが、それでもセリオ達3人はアヤカの方を振り向く。
つまり、全員無事なのだと思った。
だが、
「セリオ……? ……ッ!」
視界の情報を処理する過程で気付く。
ヒロユキと姉が酷く沈んだ表情をしているのを。
セリオの動きが酷く鈍い事を。
そして、横たわっているセリオの腹部に大きな穴が空いている事を。
「起きたか、アヤカ」
「痛いところはありませんか?」
傷ついたセリオを見て硬直しているアヤカに表面上いつも通りの言葉をかける2人。
当然と言えば当然だが、言葉にもその暗さが出てしまっている。
「……昨日何が起きたの?
私がアイツに負けた後、どうなったの?」
アイツに負けた事自体も今思い返せば凄く悔しい。
だが、自分が負けたことで、アイツをフリーにし、セリオがこうなったのは明白。
アイツがセリオを見下すのが許せなくて戦ったというのに、結局何もできなったに等しい。
「すまん、負けた」
「ごめんなさい」
悔しげに俯く二人。
ヒロユキに至っては握ったこぶしから血が滴れている。
「アヤカさん、もうしわけありません」
悲しげに謝罪するセリオ。
掠れた声。
発声器官も破損しているのだろう。
「……私がアイツに負けたから」
あの一瞬のミス。
それがこの惨事に繋がったと思うと自分が情けなくてしかたない。
あまり過去を悔やんだり落ち込んだりする性格ではないアヤカではあっても事が事である。
「それで、セリオの容態はどうなの?」
悔やむのは悔やむとして、兎にも角にもセリオである。
酷くやられてしまったのはもう仕方ない、これからどうするかが今の問題だ。
やはりアヤカはアヤカらしく前向きに、それを確認した。
そう、確認したかっただけだった。
「……すまん」
だが、返ってきたのは、悔しそうに俯き、拳を握るヒロユキの言葉だった。
その一言が何を意味するか、誰にでも解る事だろう。
理解したくはなくとも。
「……どうして?
……どうしてよ!? まだセリオは生きてるじゃない! どうして治せないの!!」
ヒロユキに掴みかかって叫ぶアヤカ。
アヤカはオートマータの構造、修復に関しては口を挟める程の知識も技量も無い。
だが、まだ意識がある、会話もできるくらい生きているのに治せないなんてそんな事は無い筈なのだ。
「セリオは昨晩コアである賢者の石を暴走させ、自爆しようと見せかけたそうです。
そのせいで今コアは非常に不安定な状態にあり、外部から制御しなければならないのですが……」
ヒロユキに代わり、説明するセリカ。
そして、今のセリオの状況を視線で示す。
今のセリオは特にコア近くの機構がゴッソリと抉り取られてしまっている。
「!」
セリカの言葉の内容、セリオの現在の状況もそうだが、そこに至った理由に反応するアヤカ。
「自爆しようと見せかけた、というのは違います。
私は実際自爆を試みました」
わざわざセリカの言葉を訂正するセリオ。
そう、本気だったのだ、あの時。
あの時は本気でこの命を使って3人を助けるつもりだった。
「……」
パンッ!
部屋に乾いた音が響く。
アヤカがセリオの顔をはたいたのだ。
暫く音が部屋に反響し、痛い程に耳に残るくらいの沈黙が降りる。
「自爆ですって?」
沈黙を破ったのはアヤカ自身。
低く搾り出すような声を確認するように発する。
セリオがコアであり動力源に使っている『賢者の石』は動力源にして記憶装置でもある。
つまり心臓にして脳、これを失ったらセリオという存在は2度と復元が不能になってしまう。
それを自爆装置として使用しようとしたのだ。
「約束を破る気だったの? 許さないわよ」
約束。
それはセリオが自身の意思で交わしたアヤカと共に在るという約束。
「申し訳ありません」
ただ、謝ることしかできないセリオ。
アヤカは怒っているが、同時に悲しんでいる。
そうだ、今アヤカを悲しませているのは自分。
3人が助かればそれでいいと、安易に命を使おうとした自分なのだ。
「そんな言葉が聞きたいんじゃないわ……」
とりあえず、今はという意味で、そう言葉を切ると、今度はヒロユキと向かい合う。
「それで、何で治せないの?
貴方がいれば足りない部品を補う事も、修理もできる筈じゃないの?」
古代魔法技術を復元し製造された高性能機械人形セリオ。
表皮は人の肌と同様に時間とともに再生される様に出来ているが、内部構造はそうはいかない。
メイドとしての仕事をしているだけなら兎も角、戦闘をする以上故障は避け得ない。
簡単な傷であればセリオ自身で直せるが、それにも材料が必要だし、手の届かない位置だとセリオ自身ではできない。
そんなセリオを連れて、戦闘がある事を前提にしているといっていい旅ができるのは実はヒロユキのおかげである。
練成系の精製魔法と呼ばれる、素材さえあればある程度の精密部品を作り出せる魔法を習得し、セリオの設計図を0から書き出せる技師としても十二分にやっていける技術。
そんな能力を所持するヒロユキにかかれば、死んでさえいなければ直せない機械は無い筈である。
だが、
「昨晩、禁呪『デスペラート』を使った。
魔力は枯渇寸前だし、禁呪の副作用で精製魔法はほとんど使えない」
ヒロユキは静かに答える。
約束を、2度と使わない約束を破った事を告白する。
言い終わると同時に音が響いた。
ゴッ!
アヤカの拳がヒロユキの顔面に突き刺さった音だ。
防御をしなかったヒロユキは勢いで背後の壁にぶつかる。
倒れはしないかった。
倒れず、立ったまま、次の一撃も受ける気であるように無防備に立っていた。
だが、次の攻撃は来なかった。
その代わりに来たのは声だ。
「約束したわよね? 2度と使わないって」
静かに、そう静かに確認するアヤカ。
あの術は、ヒロユキが取得している術の中で一番強力で一番凶悪で、一番危険な術だ。
人の身であれ、村くらいなら消し飛ばせる威力と、自己を崩壊させる危険性を持つ術。
初めて使って以来、セリカ達4人と使わない事を約束した術。
いくらヒロユキなら無闇な破壊に使わないとはいっても命を削る術であるが故に。
「ああ、約束した。
そして、破った」
ヒロユキも静かに過ちを認める。
使って尚敗北し、今セリオを治してやれない事を。
約束を破り、皆を悲しませた事を悔いる。
そう、もう今は悔いる事しかできず、ただ俯き罰を待つ事しかできない。
「何よ2人とも! たかがダークドラゴンを見たくらいで何をそんな早まった真似ばかりするの!」
部屋に響く悲鳴に近いアヤカの怒声。
燃え上がり、この部屋ごと焼き尽くしてしまうのではないかと思えるくらいのアヤカの感情。
だが、その感情は瞬時にして鎮火、逆にアヤカではありえない程の冷たさに変わる。
「違う……一番動揺してたのは私だ……」
膝を折り、今にも泣き出してしまいそうなアヤカ。
最初あの男に出会った時、セリオに対する暴言でいつもの様に叩きのめそうとした。
そもそもセリオを一目でオートマータだと見抜いた事も重なり動揺していたのだろう。
でなければ仮にも常識人を自負しているアヤカが、あんな一言で心が揺れるはずが無いのだから。
歴戦の戦士である彼女の初撃が簡単に防がれた事も、少なからず影響していたのかもしれない。
「じゃあ……セリオは……」
修理できない。
治せない。
つまり、セリオはここで死ぬと言う事になる。
「ごめんなさい。
私も魔力はヒロユキさんの治療とセリオの応急処置で使い切ってしまって」
止めを刺す様に付け加えるセリカ。
補足するなら、この島を出るには定期船に乗らなければならない。
セリカの魔力が無い以上、魔法で移動する手段も使えない。
次の定期船は1週間後。
セリオはもって後半日程度だ。
「残る手段は、コアを完全に停止させる事だが……」
「……」
「……」
ヒロユキが最後の手段として口に出したのは、起動中の機械の電源を引っこ抜くのと同じ事である。
つまり、再起動には時間が掛かる上、どんな障害が残るか解らない、やってはならない事。
もしかしたら、2度と起動しないかもしれない、起動しても記憶を全て失っているかもしれない。
そんな手段だ。
今はそれしかない、それは解っている。
だが、それを実行する覚悟ができず、ただ時間だけが過ぎる。
そこへ、
コンコン
「入るわよ」
ノックと共に部屋の扉を開けるこの屋敷の持ち主マコ ミズコシ。
4人は視線だけをそちらに向ける。
マコは、この部屋の雰囲気中セリオの姿を見る。
だが驚きはしていない、どこかで帰還するところを見たか、その状態を聞いたのだろう。
早朝、応急処置を受けボロボロのセリオを抱いたヒロユキと、残った僅かな魔力で筋力を強化して、アヤカを背負ったセリカの姿を。
「……失礼だけど、負けたの?
『勇者』ともあろう方々が」
彼女は彼等を呼ぶ、『勇者』と。
そう、ヒロユキ達は公にこそなっていないがれっきとした『勇者』の一行。
『勇者』と呼ばれるだけの偉業―――異世界の魔王ガディムを倒した正真正銘、正当正式のこの星に認められた勇者である。
「勇者、か……
自分が最強だなんて自惚れた事は無いし、自分より強い奴がいるのは当然なんだが……
それでも、やはり心に隙があったんだろうな」
そう呟く様に、ヒロユキ達は自分達が勇者である自覚は極めて薄い。
それは勇者と言っても『勇者の1人』であり、単純な戦闘力なら他のメンバーの方が上だったからというのが大きいだろう。
だが、それでもヒロユキ達は勇者であり、この星に置いて人間の中で最強を自負していい者達。
そのヒロユキが敗れる。
本来そんな事はあってはならない事なのだ。
「人の最大の敵はやはり人だという事です」
マコの問いに対し、答えになっていない答えしかしていないヒロユキに代わりセリカが答える。
それはなんの加護も無かったら敗れたという、言い訳ではく事実。
魔王に勝つ勇者が人間であるのだ、その勇者を出し抜けるのもまた人間である。
「そう……」
本来失望するところだろう。
当然だ、勇者と呼ばれ、星を救った者達だった。
その実力と心の正しさを見込んでマコは彼らを呼んだのだ。
しかし、マコは失望したという様子はない。
だが、勇者が敗北した事実は受け入れている。
そして、それ故にここでの事態が予想以上に酷い事を悩んでいるのだ。
「ここが襲われる事は多分無いだろう。
奴等の目的はこの森の何か、らしいからな。
だが、できるなら避難する事をお勧めする」
ヒロユキが付け加える事もまた、昨日確認されたほぼ確定事項。
可能性は0とは言わないが、やはりここは安全だと思っていていいだろう。
それでも、この先どうなるかは解らないからやっぱり避難すべきだろう。
「ええ、解ったは。
……セリオはどうなの?」
素人が一目見ただけでも重傷だと知れるそれ。
昨日2,3言葉を交わしただけの関係ではあるが心配そうに見る。
「……早急に修理が必要なのだが、機材が無い」
そのマコの問いに簡単に説明するヒロユキ。
あまりこういうのを表に出し心配をかける事は好まないが、事実は事実として伝えなくてはならない。
マコは雇い主でもあるのだから、経過報告という意味でも報告は必要だ。
まだここを使わせてもらうのであれば、隠せない事でもある。
セリオが止まってしまう事は。
「機材? じゃあさ、使えるのがあるかも」
が、深刻に俯くヒロユキ達に対し、マコは意外な言葉をかけた。
マコに連れられ、地下の倉庫へと来るヒロユキ達。
そこで見たものは、大凡信じられないもの、そして闇の中の光と言える物だった。
「……おいおい、どこからこんなものを」
それを見たヒロユキは嬉しさともに驚きという感想を漏らす。
「一応戦闘になることも想定してオートマータであるセリオの修理用の部品も取り寄せておいたのよ」
そこに転がっていたのは軽くオートマータ2体くらいは組めそうな部品の山だった。
彼女は取り寄せたと言っているが、オートマータの部品など王族ですらそう易々手に入るものではない。
だが、それは今はどうでもいい、それらを手にとって調べていくヒロユキ。
「一部手に入らなかった部品があるらしいんだけど、足りる?」
唯でさえ手に入らないというのに今ある部品の数々は一応などというレベルではない。
手に入らなかったと言っているのはコアの事だろう。
コアだけは特殊中の特殊部品。セリオの物はクルスガワに代々伝わる秘宝であし、代用の利く物ではないので、在っても無意味だ。
そのコア以外は全てといっていいくらい揃っていた。
「よし、いけるぞ。
つうか、これなら時間さえあればマルチも創れるぞ」
必要な物が揃っている事を確認したヒロユキは立ち上がりセリカへと視線を送る。
セリカはそれを受け、セリオの下へと移動、準備に入る。
「じゃあ、これは使わせてもらうよ」
「ええ、もとよりその為に取り寄せたんですもの」
ヒロユキは時間が無い為、とりあえず簡単にだけそう言って、自分もセリカの後を追う。
「アヤカ、今回はお前も手伝ってもらうからな。
魔力が足りん」
「ええ」
先ほどまで沈んでいた者達は輝きを取り戻し、前だけを見る。
「アヤカさん、セリカさん、ヒロユキさん、お願いがあります」
準備が整った時、セリオは最後に3人にあることを頼んだ。
もう2度と、こんな事が無い為にと。
「ああ、解った」
そして、ミズコシの屋敷の一室で手術の様な修理が―――いや事実セリオの為の手術が始まった。
昼過ぎ ヨシノ邸
「今日は南だね」
「そうなるな」
朝日が昇る前に帰ってきて、先ほどまで眠っていたサクラとジュンイチ。
2人は昼に起きて昼食をすませ、一息ついた後、次の行動の話をしていた。
昨晩行った作業はそれで終わりではなく、何箇所かで行うものらしい。
「それまで何も起きないといいんですが」
勿論ネムも同席している。
尤も、ネムには2人のやっている事はさっぱり解らない。
なお、ネムは昨晩は普通に寝て今朝普通に起きている。
「あの2組が負っているダメージを考えれば今日の昼間は無いだろうな」
ユウイチ達に関しては直接戦った手ごたえでダメージの程も大体見当がつく。
そのユウイチ達と戦っていたヒロユキ達のダメージの程度も大体予想がつく。
普通なら上級の魔法医にかかったって1週間は入院している所だろうが、相手が相手だ。
そんな楽観はしていられない。
「そう言えば、あのコケシみたいなネコはどうしたんだ? 見かけないが」
そこでふと思い出してサクラの周囲に居た筈の奇妙な形のネコが居ない事に気付いた。
更にはあの奇妙な形のネコについては何の説明も受けて居無い事も思い出したが、それは追求しない事にする。
何故か、聞く気になれないのだ。
「ああ、うたまるならミズコシ家の動向調査の為に動いてもらってるよ」
「そうだったのか、ああ、そのままでいい。
それを頼もうとしていたんだ。
もう一方の侵入者の方の様子は何か解るか?」
「ん〜、どうも監視外に居るらしくって見つからないんだよね。
探す?」
「いや、止めておこう、あのクラスの敵にこちらから攻めるのは得策じゃない。
せっかくここは俺達のテリトリー、俺達の要塞なんだ、篭城でいいさ」
「そうだね、じゃあ居場所が解っているミズコシ家の方だけ見ておくよ」
「ああ、頼む」
因みに、ミズコシ家が何故この島に別荘を構えているかというのは既に説明を受けている。
ミズコシ家というのにジュンイチとネムは心当たりがあったのだが、敢えてそれを口にしない。
場合によっては、その本人が敵という事もあるので、それは考えたくなかった。
「ともあれ、昼間は無いと思うが、夜あるかもしれんな。
ネムもサクラも昼寝しとけ、武装の準備が終わってから」
ジュンイチには、2組とも今夜にはまた仕掛けてくると思えた。
それも確信的に。
一応緊急出撃も想定し、先に武装の準備を促しておく。
「はい」
「は〜い」
何時の間にか完全に指揮権を握ったジュンイチの言葉に素直に従う意思を示す2人。
だが、ネムは普段だらしない兄を見てきただけに、今の頼りになりそうな雰囲気を出している兄に違和感に似た感じを覚えていた。
そこへ、
「俺は準備も何もないから、茶飲んだらすぐ寝るけど」
そう言って欠伸をする兄ジュンイチ。
すぐに見せたいつもの兄の姿に安堵したりと、ちょっと忙しいネムだった。
「はい、お茶をお持ちしました」
ちょうど、ヨリコがお茶を運んでくる。
因みに今日も緑茶である。
なお、今4人がいる場所は和室が多いヨシノ邸にして洋風のティーラウンジの様な場所。
椅子に座りテーブルに向かって緑茶を啜る3人。
「あれ? ヨリコさん、茶菓子は?」
割と昼食を摂ってから間が無いのだが菓子を要求するサクラ。
まあ、単に茶請けが欲しかっただけかもしれないが、甘い物は別腹という事だろうか、などとジュンイチは考えてしまう。
「ごめんなさい、茶菓子は切らしてしまいました」
申し訳なさそうに答えるヨリコ。
この現状で茶菓子が無い。
状況からすれば贅沢な事だが。
「え〜! どうしよう、この状況じゃ買出しにもいけないのに」
少し大げさに、声を上げるサクラ。
まあ彼女にとっては結構重大な事態なのかもしれないが。
この島に住むサクラとヨリコだが、別にこの島から出た事が全く無いという訳ではない。
食材や研究材料を手に入れる為には何処から調達しなければならないからだ。
その為、この島から一番近い港町までは買出しとして月に1度くらいは出ているのだ。
だが、現状では島から出るのは敵との遭遇の可能性があるため危険となってしまう。
なお買出しが目的であり、買い物が終るとすぐ戻ってくる。
あまり長時間島を空ける訳にもいかないのだ。
「食料は通常であと2週間分、非常用も1年分近くありますから全く問題ありません。
洋菓子なら材料がありますから作れるのですが、和菓子は材料の問題で作ることもできません」
前回の食料調達の際、和菓子の材料となる物が不足している事に気付かなかったらしい。
特に和菓子の材料は東国から取り寄せなければいけないものが多く、例え今から取り寄せても時間が掛かってしまう。
因みに取り寄せて、受け取るのは普段の買い物に使っている街である。
飛竜を使った高速空郵且つ魔導冷凍輸送という贅沢な取り寄せ方をしているので、鮮度が保たれたまま届くのだ。
「う〜ん流石にお茶に茶菓子が無いのはちょっと〜……」
困った顔をしながらジュンイチを見るサクラ。
期待を込めた眼差しで。
「へいへい」
その眼差しを受けたジュンイチは右手を前に出し閉じる。
ここで見る人が見れば魔導の反応があると解るのだが、それ以外は何も変わらないまま1秒もせず手を開く。
「ほれ」
と、開いた右手に出現していた饅頭をサクラに渡すジュンイチ。
手品ではない。
マジック、真実魔法である。
ジュンイチが唯一発現できる魔法、和菓子を作り出す能力。
「久しぶりだなぁ、お兄ちゃんの和菓子」
嬉しそうに渡された饅頭を口に運ぶサクラ。
なお、ジュンイチが出せるの和菓子限定、洋菓子は一切出せない。
和菓子限定な理由はジュンイチ本人にも不明だったりする。
「うにゃ! これは東国の和菓子屋、葵の桜饅頭!」
何やら声を上げて驚いているサクラ。
「ん、お前がそう言うなら上手く出来たってことか。
んじゃ次」
サクラの反応をかったるそうな顔でカモフラージュしつつ少しだけ満足そうにしながらまた右手を閉じる。
そして開くと今度は団子が出てくる。
本来串に刺されているべきサイズの物が3つ。
「む! その色艶はまさか花より団子の草団子!?」
ジュンイチが出した団子を見てまだ嬉しいそうな声を上げるサクラ。
「あ〜名前は覚えてないが、まあそんな感じだろ」
サクラの反応にまた満足と自信を得つつ、次々と和菓子を出していくジュンイチ。
「すごいすごい!
ボクが送った和菓子は全部作れるんだね」
テーブル一杯に広がる和菓子に感動するサクラ。
知りうる限り東国の名店と呼ばれる和菓子達を前にして幸せいっぱいそうだ。
「ていうか、アレは俺にレパートリーを増やせという意味だったんだろ?」
そんなサクラに満足しつつ、突っ込みを入れるジュンイチ。
別に嫌だという事は一切ないのだろが。
「別にそんなつもりじゃなかったんだけどな。
でもボクの為にがんばってくれたのは嬉しいな」
サクラとしては自分が見つけた、というか情報を聞いて取り寄せた美味しいお菓子をジュンイチと共有しようと思っただけなのだ。
そこにこんな見返りがあるとは思ってもみなかった。
そもそも別れた当時では、ジュンイチはまともな形、味の和菓子を作るだけで精一杯だったのだから。
それに対して名品の味を再現しろなどと酷な事は考えつきもしなかった。
「まあな」
ちょっと恥ずかしげにそっぽ向くジュンイチ。
サクラの笑顔が少し照れくさかった。
だが、更に
「でもね、ボクはお兄ちゃんの出す和菓子だったら何でもよかったんだよ?」
無垢な笑顔でそう付け加えるサクラ。
本当に純粋な言葉。
それを紡いだ後、本当に美味しそうにジュンイチの和菓子を食べる。
「美味いに越した事はないだろ」
そんなサクラを見て赤くなる顔を隠す様にそっぽ向く。
サクラはそんなジュンイチを見てまた笑うのだった。
サクラが笑うのでヨリコも楽しい。
この状況のなか、今は平和で和やかな雰囲気になっていた。
ただ、そんな中1人詰まらなそうにお茶を啜っている者がいる。
ネムである。
何が面白くないかは、言う及ばないだろう。
ジュンイチが出した和菓子にも一切手をつけていない。
「あれ? ネムちゃんは和菓子食べないの?」
それに気付いたサクラが尋ねると、
「いえ、昼食をいただいてからまだ時間が経っていませんし、私は和菓子が苦手なもので」
不機嫌な様子は表に出さないが、妙に丁寧な言い方で返すネム。
「そうだっけ」
サクラは特に怪しむ事も無くその会話を終わらせる。
その場はそれだけで済んだようだ。
(なんで裏になってるんだ?)
因みに、この機嫌が悪い時や全く知らない他人に見せる態度をジュンイチは裏モードなどと呼んでいたりする。
今の会話でネムが裏モードに入っているのには気付くが、何故突然裏になったのかが解らないジュンイチだった。
「とりあえず……腹減った……」
ジュンイチにとってこの時はこっちの方が重要である。
今彼はとてつもない空腹感に見舞われていた。
「あ、そうだったね。
ヨリコさん、お兄ちゃんに何か食べるものを持ってきてあげて。
できればカロリーの高いもので、甘いものがいいと思う」
「はい、かしこまりました」
サクラの指示でキッチンに移動するヨリコ。
「あ〜、手早くお願いします〜」
その背中に結構切実そうな追加注文をするジュンイチ。
「は〜い」
ジュンイチの言葉もあり、やや走り気味でキッチンに向かう。
走り気味であって走ってはいないのは、元来の性格によるものであろう、本人は急いでるつもりなのだろうが。
なお、ヨリコは本当に急いだり慌てたりすると何故か何も無い所で転ぶのでそれはそれで良かったりする。
「ごめんね、先に用意してから頼むべきだったね」
「まあ、いいさ」
すまなそうなサクラにテーブルに突っ伏しながら答えるジュンイチ。
このジュンイチの魔法は祖母の行っているのを見て真似たジュンイチの魔法。
この魔法は錬金術にも近い精製魔法の中の具現化魔法と呼ばれる魔法になる。
具現化、そこには存在しないものを何らかの形で発生、形成する魔法。
具現化するモノにもよるが、具現化魔法は高度魔法に分類され、具現化魔法は普通の魔導師が行うには非常に非効率的な魔法としても知られている。
非効率的とは代償に結果が見合わない事である。
何かに特化したり、制約したりした魔法システムを組まないととても使えない魔法なのだ。
ジュンイチの場合は、和菓子に限定しているのが特化であり、それしか使えないという制約された能力と考えられるが、本人にその自覚はない。
代償が様々な具現化魔法においてジュンイチの使う魔法の代償はジュンイチ自身のカロリー・生命エネルギーである。
ジュンイチはごく僅かな魔力と自分の満腹度とを引き換えに和菓子を創り出している。
なので、出した分だけ空腹になると言う訳だ。
自分で出したものを食べても何の意味もないので目の前の和菓子は食べない。
因みに、ジュンイチのこの魔法、代償を正確に言うと『魔力以外のジュンイチ自身』である。
この魔法は何故か魔力はごくごく僅かしか消費しないのに、それ以外の代償を求められる。
そしてジュンイチが払えるのはジュンイチ自身の何かである。
そこで一番消費してもいいものとして自分が持っているカロリー、つまりは満腹度となる。
ならば元々空腹状態の時はどうなるか。
答えはジュンイチ自身の肉体を消費される、である。
つまりは、自分の手足の肉、内臓などを代償にするのである。
尤も、そこまでして和菓子を作ったことは無い。
なお、この事を知っているのはある例外を除きジュンイチ自身とサクラだけである。
まあ、そんな事をする必要性も考えにくいので特にどうという話でもなかったりする。
「おまたせしました〜」
程なくパンケーキを持ったヨリコが戻ってくる。
それを即座に食すジュンイチ。
「ふ〜生き返った。
さて、俺は今夜に備えて寝る」
食べ終わったジュンイチはお茶を飲み干し、そう宣言するとさっさと部屋に戻ってしまう。
「なんかダメ亭主みたい」
「そうだね〜」
そんなジュンイチを見て普通に意見の合うサクラとネム。
そして、二人で笑うのだった。
今はただ平和な時間が過ぎてるヨシノ邸。
夜に、非日常に備える為に。
そう、今はただ備える為に、心健やかに。
後書き
さてさて、一回戦終了後のインターミッションをお贈りしました〜。
今回は特に進展のない小休止の話です。
びみょ〜に妖しい言葉もちらほらありますが、特に気にしないでください。
謎な部分はのちのち解るように書いていくつもりであります。
はい、つもりです。
書けてなかったら突っ込んでやってくださ〜い。
いつ完結するか解りませんが。
ではまた次回をよろしくおねがいします。
管理人の感想
T-SAKAさんから5話を頂きました。
一回目の戦闘が終わり、各パーティは休憩に入りましたか。
深刻度はジュンイチ<ユウイチ<ヒロユキの順でしょうかね。
ジュンイチ達だけほのぼので異彩を放っていましたが。(笑
今回少し疑問に思ったのがジュンイチの能力。
私D.C.やった事無いのですが、彼の和菓子の出し方はあれがデフォなんでしょうか?
正直他人の素手の中から出された和菓子を口に入れるのは抵抗あるよ?(爆
綺麗汚いではなく心情的に。
本人なら良いのですが、今回みたいに出現するところを見るとかなり気になります。
まぁネムやサクラは家族だから良いのかもしれませんけど。
実際原作でも普通に食わせていたんでしょうか?
そして冒頭の少女は果たして誰でしょう?
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