夢の集まる場所で
第6話 あの日交した約束は
「ガディムーーーーーーーー!!」
世界の全てを呪うかの様な、それでいて子供の泣き声の様な叫びが木霊する。
涙は流さず、ただ天に向かい、吼える。
手に動かなくなった
空を切り裂かんばかりに声を上げる。
彼の絶望は世界の絶望。
彼の憎しみは世界の憎しみ。
本来光である存在がこのまま世界全てを飲み込む闇とならんとしていた。
だが成らない。
彼が抱きしめているのは誰よりも人間らしかったモノ。
彼が背負っているのは誰よりも優しかった心。
彼は彼女を手にしている限り闇になるなど在り得ない。
彼を闇に堕とそうとしている存在がより彼を輝く光に導かんとする。
だから彼は叫ぶのだ。
ただ堕ちてしまえば楽なのに。
彼女は―――いや、何よりも彼女を愛した彼自身がそんな事を許さなかった。
もがき、苦しみ、喉が裂けるほど声を上げ。
彼は真の勇者と成った。
夜の戦闘に備える為に眠っていたジュンイチは、予定より早く起き台所に向かっていた。
酷く喉が渇いた為と、落ち着く為にも水が欲しかったからだ。
「あ、おはよう〜お兄ちゃん。
って凄い汗だね、大丈夫?」
途中、欠伸をしながら部屋から出てきたサクラと出くわした。
出てきた時点では、まだニンジンの形の抱き枕らしき物を抱いているくらいに寝ぼけていたサクラだが、ジュンイチを見て覚醒したらしく少しだけ驚きながら心配そうな顔をする。
ジュンイチは確かに夜に備えて眠っていた筈なのに、今は酷く疲労した様子なのだ。
「ああ、いつもの事が少し激しかっただけだ」
そうだ、いつもの事。
夢を――― 一般的に悪夢と呼べるものを見るのはジュンイチにとってほぼ毎日の事。
2人はそれ以後黙って台所に移動し、目的のものを手にとる。
ジュンイチは水を、サクラはジュンイチが出した和菓子を。
「……侵入者の片方の正体が判明したぞ」
暫くして、やっと落ち着いたのだろうジュンイチがそう切り出す。
落ち着いたとはいってもまだ疲労の色が抜けない疲れた口調で。
「ああ、あの機能……
そっか、今はこの中でしか花びらは舞ってないからね」
ジュンイチの能力の特性を忘れていたわけではないが、自分がとった非常手段がいい方に働いてくれた事に少し驚く。
それと同時に、それがジュンイチを苦しめたのだと解り目を伏せる。
「ああ。
解った正体は相手にするには最悪に近いが、大丈夫だ。
恐らく、もう一方の侵入者と潰しあう事になる」
先ほど見た夢の内容と昨晩の戦闘の記録から予想される事態。
恐らくは悲劇にしかなりえない事態だが、今のジュンイチ達にとっては好都合であろう。
「そうなの?」
どう言う意味でかはサクラは完全に理解できていない。
ただ、自分のやろうとしていることに有利に働く事を喜び確認する。
「……愛と憎しみは表裏一体のものと言う事だ。
そして、如何に強い鎧も壊れやすい部分がある。
いや、この場合、逆鱗に例えた方がいいか……」
淡々と答えるジュンイチ。
疲れは見えるがただ淡々と。
そこには感情と呼べるものが感じらない程に。
「……お兄ちゃんは大丈夫なの?
毎日でしょう、見てるの」
そんなジュンイチが少し心配になりジュンイチと向かい合う。
「……どうなんだろうな?
俺はもうどこか壊れているのかもしれない」
「お兄ちゃん……」
水を飲み終え、壁に背を預けて力なく立っているジュンイチは、まるで磔にされているかの様にも見えた。
もしくは、糸が垂れた操り人形の様に。
ジュンイチを縛っているのは何か?
ジュンイチを操っているのは何か?
そんなもの考えるまでも無いと思いながらサクラは必死にその考えを否定していた。
「さて、そろそろか」
日が完全に沈んだのを見計らい、ユウイチ達は拠点を出た。
昨日より一層気を引き締め、一分の気の緩みも迷いも無く森と対峙する。
「今日は情報収集に徹する」
「「「了解」」」
ユウイチの言葉に即座に返答するアキコ達。
今日も昨日と同じ様にアキコ達3人とユウイチ単独という形で調査をする事になる。
アキコ達の仕事は昨日同様この森についての調査。
ユウイチは管理者についての情報を集める予定である。
もう一方の陣営の素性は既に割れている。
公になってはいないとは言え、彼らは少々大きな事をやった為情報が残っているのだ。
だからユウイチ達も知っている。
「ユウイチさん……」
「ああ、解ってるさ。
仮に遭遇したらすぐに連絡する」
昨日のオートマータ、セリオの事がありアキコ達は少し心配そうである。
だが、いつも通りのユウイチの言葉にひとまずは安心し、それ以上は何も言わない。
あんな事くらいでは揺るぎはしないのだ、ユウイチに対する信頼は。
「では、行こう」
会話が終わり、瞬時に仕事の事へと完全に頭を切り換え森へと入るユウイチ達。
決して振り向く事も脇を見ることも無く、ただ自分の信じた道を突き進む。
「セリオ、調子は?」
「完璧な仕上がりです」
修復及び改修処置を終え、外装である擬似皮膚の結合も完了したセリオは身体を動かしながら答える。
セリオは恐怖にも似た感動を覚えていた。
生き延びた時点からそうだが、更にはあの損傷から提案した改修部も予定通りどころか予想を遥かに越えた成果を上げていたのだ。
提案自体はごく簡単な事だが、改修プランを即座にくみ上げて完璧に実現してくれたヒロユキ達に感動しているのだ。
「まあ、回路自体は元々あったものだし、理論上は可能だった。
不具合は起きてないか?」
「いえ、完璧です。
完全に機能させるにはまだ微調整が必要ですが、本当に想定していたものより遥かに具合がいいです。
ありがとうございます、セリカさん、ヒロユキさん、アヤカさん」
重ねて尋ねてくるヒロユキ達に対し、その事実と感謝がちゃんと伝わるように面と向かい断言し礼を述べる。
そして改めて実感する。
自分がいかに恵まれているか、いかに幸せであるかを。
「一時はどうなる事かと思ったけど。
これで一安心を通り越して逆転チャンスってところね」
「ええ」
セリオの改修がどれほどの成果を上げるかは流石に実際使ってみなければ解らない。
それでも昨日の様な無様な事は2度と起きない事だけは断言できた。
「それより皆さんはお休みにならなくてよろしいのですか?」
「いや、お前が目覚めるまで寝てたよ、ちゃんと」
「ええ、全快よ。
私は元々ダメージらしいダメージなかったし」
「私も魔力は7割まで回復しています。
十分戦闘許容範囲です」
自分の修復改修作業で疲れている筈だとセリオは心配したのだが、
流石は勇者一行と言うべきか、僅かな休息時間で効率的に回復出来ている様である。
尤も、魔力枯渇に近かったセリカは全快にはいたらない様であるが、それはセリカの魔力量が膨大だからに過ぎない。
だが、もし昨日と同様の戦闘になるなら相手も条件はほぼ同じ筈であり問題という事は無いだろう。
ただ……
「俺は……体力だけは全快だよ」
少々言いよどんでから答えるヒロユキ。
そう、ヒロユキの魔力は一切といえるほど回復していなかった。
昨日の無茶の反動である。
セリカの診断では今日明日と休めばある程度は回復するとのことだ。
「そう……ですか……」
自分の不甲斐なさを悔やみ俯いてしまうセリオ。
昨日の、あの禁呪の使用による反動がこの程度ですんでいるならむしろ奇跡といっていいのだろう。
しかし、今この状況でヒロユキの魔力が無いというのは大きい。
だが、ヒロユキは続ける。
「本来なら俺も安静にしていたいところだが、そんな暇は無い。
日が沈むと同時にしかけるぞ」
昨日の敗北も、魔力の枯渇もなんの問題も無いかの様に迷い無くそう宣言するヒロユキ。
「ええ、解ったわ」
「準備を始めます」
そして、即座に準備にかかるアヤカ達。
「了解しました」
セリオもそんな皆を見て微笑みながら準備にかかった。
そうだ、次は負けない。
パリィンッ!
ヨシノ邸に警告音が鳴り響いたのは日が沈んで間もなくだった。
「侵入者だね」
「やれやれ、やはりか」
早めの夕食を取り終え、一息ついていたところであった。
予想していたのでさして驚く事も無く、冷静に動くサクラとジュンイチ。
「準備はしてあるよ」
多少は慣れたのかネムも慌ててはいない。
手元に置いてあった武装を装備に掛かり始める。
「ん〜、申し合わせたかのように両陣営同時の侵入か……」
水晶が投影した表示を見て難しそうな顔をするサクラ。
「トラップの準備は?」
「全部終わってる。
でも、この人たち迷いの森が効かないから誘導は無理だよ?」
「ああ、それは仕方ない。
だが、その為に移動するトラップにしただろ」
「そうだね〜」
何やらサクラとジュンイチだけで会話が進んでいく。
実は昨晩から、倉庫で見つけたものにちょっと手を加えたトラップを仕掛けていたのだ。
殺傷能力はほとんど皆無だが、防犯の為には結構役に立つあるものを。
「移動するトラップって……」
また2人だけで会話をしている事にモヤモヤしつつも会話の内容に笑顔が引きつるネム。
ネムにはトラップを仕掛けた事は話してあるのだが、詳しくは教えてもらっていない。
味方は絶対掛からないから大丈夫との事で、それにあまり人に言いたくないらしい。
ネムも深くは追求しなかった為、一体何処に何が仕掛けられているのかは知らない。
「さて、タイミングを見て出るぞ。
いつでも出れる様にしておけ」
「はい」
「りょ〜かい」
侵入者の動向を睨むジュンイチ。
万全の準備を整えるサクラとネム。
彼らもまた自分の信じている道の為に再び戦う事を選ぶ。
昨日同様に1人森の奥へと進むユウイチ。
何の目印もない迷いの森で、昨晩管理者に遭遇した場所からあの少年が来た方向へと歩いてみる。
既に昨日の足跡すらなかったがユウイチはその場所を間違えない。
まさかこの先に管理者の拠点があるとは思っていないが、今現在手がかりが無い以上小さな情報でも得られれば良いのだ。
(フェイクかもしれんが、通常こういうのだと中心近くに拠点があるものだが、あの男は外側から来たな……)
現在歩いているのは島の中心からミズコシの屋敷がある方角。
あの勇者達が拠点にしている方角である。
(……となると彼らとの遭遇確率は高いな。
まだなんの情報も見つからないというのに)
捜索などの作業も、軽く自慢できるくらいには得意とするユウイチをしてもまだ何の情報も得られていなかった。
既に、昨晩交戦した場所からあの少年の気配を察知できた位置までは調査済みである。
まあ、流石は魔導師の根城というべきか、昨日にあの少年につけさせた足跡すら跡形もなく消えていたのだ。
(流石に少々分が悪いな。
この森自体をどうにかする方法も考えておくか)
やや物騒な解決手段も想定しながら探索を続けるユウイチ。
だが、そこへ危惧していた事態が発生する。
前方から知っている気配が近づいてくるのだ。
それもつい最近、正確には昨晩知った気配が。
更にはユウイチが決して隠れる、やり過ごすなどと言う事が魂レベルで出来無い者を含めてだ。
「あら、いきなりビンゴ」
「運が良いのか悪いのかは微妙なところですね」
隠れもせず、ただその場て相手を待った結果、正面に現れるアヤカ クルスガワとセリオ。
アヤカは表面上普段通りの笑顔でユウイチを見る。
その心は―――言うに及ばないだろう。
セリオも似た様なものであるが、アヤカよりは冷静だ。
勇者ヒロユキとセリカの姿は見えないし気配も無い。
どうやら別行動の様である。
調査の為と、昨日は全員揃っているが故に別々に動いていたアキコ達に囲まれる結果となったのを考えて、というのもあるかもしれない。
兎も角、セリオと遭遇したので約束通りアキコ達に連絡しなければいけない。
そう、頭では思考し、行動も起こすユウイチ。
だが、
「……」
敢えて普段通りに繕っているアヤカ達に対し、ユウイチは表面上からして崩れていた。
セリオを目の前にしているのが理由である事には昨日とも変わりないのだが、平静を装う事もできない原因は全く別だ。
まるで幽霊を見たかの様な顔をしているのだ、セリオに対して。
「あら、どうしたの?」
明らかに昨日のユウイチとは様子が違う事にアヤカは怪訝そうに尋ねる。
アヤカとしては今すぐにでも殴りかかりたい所ではあるが、この変化はちょっと放っておけなかった。
そこら辺はまだ冷静な証なのであろう。
「……どうやって生き延びた?」
搾り出す様に声にして尋ねるユウイチ。
そう、ユウイチにとって、セリオはここにいる筈の無い存在なのだ。
ユウイチが持つ知識、経験上セリオが助かる見込みは0に限りなく近かったのだ。
助かるとするなら奇跡が起きなければいけないほどに、である。
勇者ヒロユキの能力を知った上で、更に機材が揃っていたとしてもだ。
「そうねぇ、どうやって聞かれても困るけど……
日頃の行いがいいからでしょうね」
ユウイチが動揺しているのを見てかほぼ普段通りのペースを取り戻したアヤカはそう軽く言った。
セリオのそれは兎も角、実際本人達は自分をそう過剰に評価してはいないが事実として日頃の行いは良く、幸運な事が多い。
ある程度必然である面もあるが、実際幸運であり、それもまた勇者としての特性とも言えるのかもしれない。
「日頃の行いか……」
アヤカの言ったその言葉、事実裏に深い意味と経緯が込められた言葉を口にするユウイチ。
そして、
「ふふ……ふははははははっ
はははははははははははは!!」
突然漏らす様に笑い出したかと思うと、腹を抱えるほど大笑いし始める。
実に楽しそうに、実に愉快そうに。
言葉にするなら『痛快』というのがまさに言い得て妙な表現だろう。
この森にユウイチの笑い声が響く。
「流石勇者様だ、言う事が違うな。
そうか日頃の行いか……」
大笑いが少し落ち着いた頃、そう漏らす。
酷く静かに、深く、考え込む様にして。
そして、同時に二人を睨む。
いや、それは―――
ゾッ!
「「っ!!」」
ユウイチの目を見たアヤカとセリオは大きく飛び退いた。
まるで巨大な何か、例えるなら黒く巨大なドラゴンの鉤爪でも迫ってきたかの様な気がしたからだ。
そんな錯覚、幻覚を見てしまったのだ、ユウイチの目を見ただけで2人とも。
数多の実戦を経験し直感の鋭いアヤカは兎も角、機械人形オートマータであるセリオもだ。
如何に人間に近しい感覚器官を備えているとは言えである。
「……く」
自分の取った行動に驚きながらも、目の前の男の恐ろしさを改めて実感する。
ある改良を加えてもらったおかげで戦力はアップした自信があった。
だが、それは今アッサリと崩れ去ってしまった。
いや、そんなもの今崩れてくれてよかっただろう。
この男に対して慢心など一分でも持とうものなら、即座に今度こそ完全に破壊されてしまう。
「……なんて奴」
アヤカは昨日のセリオを破壊するユウイチを見ていない。
また、今のユウイチは昨日とまた違うが、目の前にいるのが本当に人間であるかを疑っていた。
アヤカはこれほどの鬼気を人が放てるなんて知らない。
今までこんな強く深く、底が全く見えない程に暗い心をした人間を見たことが無い。
この心の闇の前では、ユウイチが自分達の事、『勇者』の偉業を知っていたことなど些細な事だった。
「勇者様の行く先々ではさぞ奇跡のオンパレードだろうな」
ユウイチに魔法は使えないし、そう言う特殊能力もないが、黒いオーラを纏っているのが見える。
それ程までに暗く深い闇の心を露にしている。
だが、それは何に向けての感情だろうか?
セリオか、それとも勇者であるアヤカ達か、それとも―――
と、そこへ気配は一つ現れ、それと同時に音が響いた。
パンッ!
突如として緊迫した空気の中に響いた乾いた音。
それが現れて人物が起こしたものであり、なった場所はユウイチの目の前からだ。
「しっかり、する」
何時の間にかユウイチの前に出現したマイが猫ダマシの様にユウイチの眼前で手を叩いたのだ。
更に一拍間を置いて普段どおりの無表情で声をかけた。
いや、無表情というのは違う。
マイを知らない人からすれば無表情だろうが、そこにはユウイチ達しか見分けられない心配そうな瞳がある。
「っ……いかんいかん。
どうもあの勇者達が相手だと俺はペースが乱れてしまうらしい」
音とマイの声でほぼ完全に元の雰囲気に戻るユウイチ。
少し頭を振って意識をハッキリさせ自分の失態を反省する。
「ん」
「ああ、解った」
その後、2人は会話にすらなっていない言葉を交わす。
だがそれは2人にとって暗号よりも複雑で確実な意思疎通であった。
それを受け、ユウイチはマイを置いてその場から走り去る。
アキコ達が何やら掴んだから来て欲しいとの事だった故。
「私が、相手」
残ったマイは突然の事態にまだ硬直していたアヤカとセリオと対峙する。
ユウイチが行く為の時間稼ぎ。
それと、出来れば―――
「お前達がいると彼がおかしくなる。
いなくなれ」
純粋な敵意を込めた言葉と共にマイは愛刀を抜いた。
「私達がアイツをおかしくさせるですって……
なら、私達はアイツのおかげで狂いかけたわ!」
殺意にも似た鋭い意思を持って構えるアヤカ。
そして、今はユウイチよりもマイを標的として設定した。
ドォォンッ!!
遠くで爆音が響く。
それが合図となり、戦いは始まった。
ヒロユキはセリカと共に森の奥へと進んでいた。
敗戦した翌日であるが、敢えて2手に戦力を分散し、本来の目的の達成を優先した。
出る前に交わした約束は『今日は無理も無茶もしない』である。
万全の状態でないのが2名とまだ慣らしていないセリオでは戦闘するには少々心許ないからだ。
そう言う訳もあり、調査を最優先にして今日は森の中心部まで進めるだけ進み、何かあれば即撤退する事に決めている。
中心部という核心に近づく行為をするのはギャンブルに近い。
だが、一日分の遅れを取り戻さなければならないというのもある。
この森の迷いの森としての効果はセリカの誘導により無効化出来る為、ただ真っ直ぐ中心へ進む。
そして、ちょうど黒い桜との境界線まで来た時の事だ。
「止まれ」
境界線より一歩前、正常なギリギリのラインに立つ1人の少年の遭遇した。
両腕に、縦に真っ二つにしたような対の盾を装備したそれ以外は、普通に街を歩いていそうなくらいに軽装の男。
年頃はヒロユキとさほど変わらないだろう。
ただ、鋭い眼光が単なる
ここの管理者と見てまず間違いないだろう。
「大凡見当はつくのだが、敢えて聞こう。
この森に何の用か、
少年がヒロユキ達を呼ぶその呼称に一瞬眉を吊り上げるヒロユキ。
一部地域に留まった事件で、公になっていないあの戦いにおける一応にしか正式でない称号。
それをこんな人里離れた孤島の住人に知られている。
となるとやはり自分達は世界に名を知られてしまっているのだろう。
そう思うとヒロユキは嫌な思いしかしなかった。
気分的なものと、こちら側の戦力に関する情報なども漏れているという事になるからだ。
「……この奥にある黒い桜を破壊しに来た」
隠す理由も思い当たらず、一応その管理者であろう者に正直に答える。
数秒、睨み合うヒロユキと少年。
少年はヒロユキが勇者と知って退かない。
勇者、つまり世界が正義と認定した存在。
そして勇者とは相応の戦力がある事を保証された称号でもあるのだ。
それでも退かないのだ。
そして、
「お引取り願おうか。
アレの処理は俺達の仕事だ。
如何に勇者といえども勝手に人の庭に入らないで貰いたいね」
丁寧な口調から一変して攻撃的なものへと変わる。
少年はヒロユキ達と敵として認識した様だ。
「確かにここはアンタの物だろうがな……それでもアレは破壊すべきモノだろう。
押し通る!」
抜剣して少年と対峙するヒロユキ。
セリカもヒロユキの後方でいつでも魔法の撃てる様に準備に取り掛かる。
現時点で少年を悪とする気は無いが、それでもヒロユキは自分の判断を曲げない。
そこに勇者と称された驕りは無い。
在るのはただ、嘗て勇者と称されるに至った由縁。
「アレを遠目で見ただけでそう判断するか。
なるほど、やはりアンタは勇者だよ」
それは如何なる思いを込めたものか。
酷く複雑な表情でそう吐き捨てる様に言った少年は軽く構えを取る。
ザッ
先に動いたのはヒロユキ。
こちらの情報を知られているならば、対策を練ってきているだろう。
故に後手には回れない。
その策すら意味をなさぬくらい迅速に一撃で終わせたい。
少年との距離約8m程のところで大きく横薙の体勢を取る。
そして、
タッ
一足で少年に肉薄する。
そう、ただ一回大地を蹴っただけで8mの距離を詰めた。
昨日アヤカが使った歩法の一種を少し崩した形で使ったのだ。
跳ぶという形をとっている為アヤカよりも見劣りするが、それでも一瞬で8mもの距離を詰めたのだ。
そこからの既に振りかぶっていた横薙ぎ。
普通なら何が起こったかを理解する前に上半身と下半身が分離している。
だが、
ギィンッ!
響いたのは金属音。
「ちぃっ!」
まるでそれは昨日のアヤカとあの男の戦いの再現の様に思えた。
少年はまるで覇気などを見せない顔で、当たり前の様に腕を動かし横薙ぎを止めたのだ。
「ならっ!」
ヒュンッ ヒュヒュヒュッ!
袈裟、右薙、左切上、切下、右切上、左薙、逆袈裟、逆風。
人を斬るのに適した刀にも負けない切れ味が自慢の愛剣で、一見乱撃にしてその実全て急所を狙った精密連撃を繰り出す。
その速さは一般人では同時に放ったのでは無いかと思うくらいの速さであり、風を斬る音が遅れて聞こえる様に思える筈だ。
しかし、
キィンッ ギン ガキンッ ガンッ
森に響くのは金属音のみ。
それぞれ、左腕、右腕、左腕と止められ、右手で右に払われ、右腕の先で往なされ、左で防がれ、右で払われる。
逆風に至っては左足で剣先を蹴られるなどという払われ方をされる始末。
更に、
「オオッ!」
蹴り払われたのをそのまま回転エネルギーとし、体ごと捻り、ほぼ零距離からの刺突とする。
だがしかし。
ガキィィィンッ!!
無造作かの様に前に出した右腕の盾でアッサリと止められる。
ヒロユキの全力の攻撃を、最後の渾身の刺突をも片腕だけで。
しかも、その場から一歩たりとも動かずに。
いや、一歩たりともというと少し間違いかもしれない。
この花びらの絨毯が敷き詰められた森の中で、今少年の足元、その半歩分にも満たない周囲だけは土が抉られた様に顔を出している。
それだけの激しい動き、足運びがされていた事の証明だ。
それによって解る事は、この少年は装備している盾の性能で防いでいるのではなく、自らの技術によって衝撃を受け流しているという事だ。
一見して何処にでも居そうなこの少年は、ヒロユキからみても十分一流の使い手という評価になる。
「くっ」
「……」
刃が欠けるだけの結果となり悔しげに少年を睨むヒロユキ。
少年はただつまらなそうに立っているだけで、盾にも傷一つ見当たらない。
その姿がまた昨日のあの男とアヤカの戦いを思い出させる。
まるで当然の、当たり前の様に勇者とまで言われた者の攻撃を躱すあの男を。
(これ程の使い手がこうもゴロゴロと!)
昨日の敗戦の傷も完治してないというのに、新たに自信を抉り取られた気分だった。
だが、そんな事で落ち込んでいる暇もないし、動けなくなるほど弱くは無い。
タッ!
「我が前に立つ全てを焼き払え
ファイヤーボール!」
そこへヒロユキの背から出現する様に放たれたセリカの火炎球。
本来なら下級魔法ではあるが、アレンジがされた速度と密度で中級レベルに相当する魔法。
ヒロユキが戦っている間に用意したものであり、人間に直撃すれば誰だか判別できなくなるくらいには燃やせるくらいの威力がある。
それを、事前に申し合わせたかの様なタイミングで撃つ。
丁度ヒロユキの影になって、例え魔法を編んでいる上で魔法の存在はバレていても躱せないタイミングだった。
しかし、
バシュッ!
それすらも左腕の盾の一振りで払い消してしまう少年。
「……!」
流石にそれにはセリカも悔しそうな顔をする。
ヒロユキ達でしか解らない変化ではあるが、それでも顔に出す程である。
間違いない、この少年自身の能力は本物で、持っている盾の性能も合わせて一流を名乗る事が許される。
「いいモノ持ってるな」
ここまでくれば嫌味を通り越して賞賛するしかないだろう。
まるで何事も無かったかの様に立つ少年を。
少年が持つ盾を。
「自慢の……かは別として、大事な祖母の作品だからな、当然だ」
少年は盾に対する賞賛だけは受けている様だ。
その盾を使い、超一流を名乗っても差し支えないヒロユキの攻撃を受けきり、タイミングを一分も誤ることなく魔法を振り払った少年自身の力に関しては何も返してはこない。
謙遜しているのか、自覚していないのか、それとも何か特別な想いがあるのか。
「そうか……
お前を倒すのは疲れそうだな。
ならしゃあねぇ……強行突破!」
今までシリアスだったヒロユキは少し悪戯小僧の様な笑みを浮かべると、少年を無視し、森の奥へと跳ぶ。
今ヒロユキ達の配置は、境界線の手前に立つ少年から見て2時にヒロユキ、12時にセリカであり、それぞれの距離はほぼ10m。
ヒロユキが少年を無視して森の奥へと跳ぶと同時にセリカは下級魔法を唱えながら少年の方へと跳ぶ。
これで、少年はセリカを無視する事はできないからヒロユキは奥へ進める筈。
セリカは魔法を打った後、隙があればヒロユキと合流、できなければ退却すればいい。
ヒロユキはできる限りの情報を集め、危なくなれば逃げればいい。
それで、いい筈だった。
「陳腐な台詞だが……ここを通りたかったら俺を倒してからにしてくれ」
と、突然、少年は右手をヒロユキに向ける。
ゴオゥッ!!
突如、少年の手の先に出現する巨大な火球。
そう、『出現』したのだ、なんの前触れも無く。
「なっ!」
「っ!!」
それは在り得ない事だ。
人間が何の前準備、詠唱や魔方陣、印、またはアイテムの使用もなく、更には発動言語すら無く魔法を発動させるなど。
仮にそれらを巧妙に隠せたとしても、魔法を組み上げれば魔導師ならば誰でもそれに気付く筈なのだ。
故に、相手が組み上げている魔法構成を察知して防御魔法を構成できる。
そして、攻撃と防御では防御の魔法の方が早く組みあがるので、魔法戦において攻撃よりも防御の方が有利になる。
それが本来の在り方だ。
「ちっ!」
だが、在り得ない筈の事は起こり、ヒロユキに向けてそれは放たれた。
速度も速く、恐らく威力も先ほどのセリカの魔法と同レベル。
そんなものには防御が間に合わない以上、掠るだけだって危ない。
ヒロユキは咄嗟に大地を蹴り、全力で後ろに跳んだ。
急な、しかも逆転の方向変換により足の筋肉が悲鳴を上げるが強行。
ドォォンッ!!
火球はヒロユキが直進した時に居た場所で爆発する。
威力こそ大きい様だが、森を焼かない為か火は周りに移る事無く、ただ熱と衝撃だけを残して消滅する。
そこまで高性能で高位な魔法。
ならばこそ、その構成には更に時間が掛かり、相手に隠すなどできない筈だ。
「ったく、どんな仕掛けがあるんだか」
「流石に、相手のテリトリーの中という訳ですね」
不測の出来事が起きた故に合流する2人。
セリカは先ほど唱えかけていた魔法を更に再構築し、ヒロユキは剣を構える。
並の戦士や魔導師ならそれだけで戦意喪失しそうなものだが、彼らは仮にも勇者と呼ばれる者達。
すぐに体勢を立て直し、少年と対峙する。
そして、少年から目を離さずに周囲を全てを観察、何か仕掛けが無いかを探す。
種も仕掛けもない魔法なんてこの世界には存在しないのだ。
だが、
「ああ、そこ、王手だ」
抑揚の無い少年の声。
それと共にヒロユキ達の頭上に気配が出現した。
同時刻、ヒロユキ達がいる場所から数キロ離れた場所でアヤカは戦っていた。
ヒュッ!
木々の合間から迫る斬撃。
アヤカとセリオそれを何とか察知して紙一重で避ける。
2人はほとんど背中をつけるくらいの距離で互いの背を守る形で立っている。
ヒュンッ!
今度は2人の丁度間を引き裂く様な斬撃が来る。
「くっ!」
仕方なく、2人は大きく前へと飛び退く。
相手の狙いは各個撃破である事は明らかである為、なんとか2人とも合流しようとする。
2人は何度か木々の陰から繰り出される攻撃を避けながらなんとか合流し、また背を合わせる形で立つ。
「ちっ! まったく、なんて奴等」
敵を捉えられない苛立ちを見せるアヤカ。
2人でほぼ全方位を視認できるのにも関わらず戦闘開始以来敵を捉える事ができていない。
そう、爆音で戦闘が始まって次の瞬間、彼女が木の陰に隠れて以来である。
あの男といいこの女といい、仮にも魔王を倒した勇者の一行を追い詰めるなど。
自分達が最強だなんて微塵も思った事は無いが、悔しく、また悲しかった。
あの時、もし彼等が味方にいたなら、と。
(ま、在り得ないけど)
自分の思考を否定し、戦いの事だけを考えるアヤカ。
相手は木々に隠れ、隙を見て攻撃してくる。
それも、こちらが一度も相手を視認できないくらい確実に隠れ、且つ的確な攻撃を繰り出してくる。
そう言った能力を何か持っているのか、それとも森での戦闘が得意なのか。
アヤカ達も森での戦闘は幾度となく経験している。
だが、それは主に山賊、野盗などが相手だ。
自分と同等以上の相手と森で戦った事があったか、自分達以上に森を得意とする者達と出会った事があったか。
あの激戦だった事件でも森での戦闘は数回しかなかった。
そう、アヤカ達は森での戦闘は決して得意といえるものではない。
(でも、だからって!)
ヒュッ!
また斬撃が来る。
2人の死角から、アヤカの右肩を狙った切り上げの斬撃が。
「そう何度も!」
敵の攻撃に反応したアヤカは、斬撃を避けつつ、その斬撃の内側に滑り込むように回転、飛翔し、敵の懐にはいろうとする。
相手の武装は見た限り剣一本だけだったのだ、例え魔法を使えたとしてもこのタイミングではカウンターの魔法は打てない筈。
避けられるかもしれないが、アヤカのカウンターは少なくとも相手を捉える筈―――だった。
ヒュ
向かってきていた斬撃から考えて、そこにいる筈の敵のボディーに叩き込まれる筈だった拳が空を切る。
「え?」
今、確かにそこの位置から剣による斬撃があったのに、そこには誰もいない。
例え高速で移動したのだとしても相手を目で捉える事はできた筈なのに、そこには誰かが居た痕跡すら無い。
更に、
「アヤカさん!」
キィンッ!
セリオの声に振り返れば、セリオはちょうどアヤカの背に向けて振り下ろされたと思われる剣を両手のブレードで止めていた。
アヤカが振り向いた次の瞬間にはもう剣はひかれ、敵本体の姿を視認する事はできなかった。
だが、問題はそんな事ではない。
アヤカがカウンターを放ってから1秒も経っていないのにもう次の斬撃がきていた。
それも正反対の方向からである。
(魔法じゃないわね、そんなの使えば解るし。
考えられるのは最初から敵が複数いたとかだけど……)
それは無いだろうと、自分の思考を否定するアヤカ。
正確な位置までは掴めないが気配は1人分だし、それにカンが敵は彼女単体であり彼女のなんらかの能力であると告げていた。
「セリオ」
「了解」
アヤカは意を決し、セリオに呼びかけて再び背を合わせるように構える。
形こそ同じだが、今までとは違う。
アヤカは、敵が2人掛りでも無傷で倒せる様な甘い相手ではないと覚悟した。
そんな事解ってはいたが、やはり何処かにある心の隙を無くす為に覚悟したのだ。
今後の戦闘に支障が出るようでも、彼女を確実に今倒すと。
ザッ
アヤカとセリオが待ち構える中、森で何かが揺れる。
そして、
ヒュッンッ!
斬撃が迫る。
そう、『斬撃』であり、『剣』ではない事は既に解っている。
だが、今度はそれが同時に4本。
アヤカを2時の方向より切り下ろしが、8時の方向より突き上げるような攻撃が。
セリオの12時上方より切り落としが、9時より横なぎが。
それぞれ同時に迫ってくる。
「そこっ!」
そんな中、アヤカはそれらの攻撃を体を捻り、必要最低限だけ避けてほぼ真正面に跳ぶ。
右肩と左腕から血が噴出すのも無視し、ただ目標点へ跳び、右手を前に伸ばす。
バシッ!
そして、その右手が捕らえる。
今まで姿すら見えなかった者の肩を。
「っ!!」
今まで木々の間と闇に隠れていた女は一瞬驚いたのを顔に出すが直ぐに無表情に戻る。
アヤカがつかんだのは女の左肩。
跳んだ勢いをそのままに、女を引き摺る様に押すアヤカ。
今女が剣を持っているのは左手であり、押されてはいるがこれくらいで攻撃を抑えられる訳ではない。
アヤカは今までの速度をそのままのせた左の拳が。
女は何やら蒼く輝く剣をアヤカに向ける。
どちらも早い。
このままでは相打ちで両者共に致命傷を負うことは間違いないが、攻撃が当たるのが早い方が生き残る。
「ぁぁぁっ!」
「っ!!」
二人の声無き叫びが木霊する中、二つの攻撃は両者へと迫る。
だが、
ゴッ……
2人の頭上で鳴った低く重い音。
バッ
それに気づいた2人は決着がつく筈だった一撃をキャンセルし、その場を飛び退いた。
実戦を潜り抜けてきた2人のカンが、このままでは共倒れになる事を告げたからだ。
ボトッ!
その直後、2人が居た場所に落ちてきた。
木の枝にでも潜んでいたのか、今まで気配もなかったソレは、半液体の蒼い軟体生物だった。
「……スライム?」
アヤカが思わず呟く。
そう、それはスライムと呼ばれる魔導生物。
それが―――
「なっ!!」
「アヤカさん!」
「っ!!」
ボトッ! ボトッ! ボトボトボトッッッ!!!
突然、アヤカ達の周囲、もしくは頭上から落ちてくる。
それも無数にである。
その頃、ある場所でアキコ、サユリと合流したユウイチの周りにもスライムは現れていた。
「これはまた趣味のいい事で」
「センスを疑いますね」
「サユリこう言ううねうねべとべとしたのは嫌いなんですよ」
丁度作業し終えたから良かったとは言え、厄介な事に完全に包囲されてしまっていた。
それでも余裕は失わない3人。
余裕は余裕であり油断ではない事は述べておこう。
「仕方ない、収穫もあったし今日はもう撤退しよう。
俺はマイを迎えに行く」
この状況に置いて、抜け出せる事が当たり前としてそう2人に告げるユウイチ。
更に言えば、あの勇者の一行2人を相手に置いてきたマイを『助けに』ではなく『迎え』に行くのである。
既に交戦し、情報もある相手であるから置いてこれたし、相手よりは有利だろうが、それでも負けるなんて微塵も思ってはいない。
「では先に帰ってお夜食の準備をしてますね」
「早く帰ってきてくださいね」
2人も、こんな中を突き進んであの勇者一行の2人と戦っているマイの下に行くユウイチを、さも散歩にいくかの様に送る。
3人はそれぞれ己の武器を構えながらまるで普通の人間の日常の様な会話をする。
それも当然だろう。
彼等にとって、これが日常なのだから。
「やっぱ詰みには至らんか」
あまり期待はしていなかったが、事実を突きつけられるとちょっと残念そうな顔をする少年。
だが、やはりすぐにつまらなそうな無表情に戻る。
隙の無い自然体へ。
「これでも一応勇者なんでね」
「ぶい」
2人の周りに散らばるのは、スライムの破片と焼け焦げた跡形だけ。
降り落ちてきたスライムを即座に的確な手段をもって迎撃した結果である。
「まあ、流石は勇者殿。
魔力が無くても怖い怖い」
スライム、魔導生物としては子供でも知っているし、今更説明など不要の存在であろう。
だが、敢えて説明しよう。
スライムとは本来単細胞生物であり、アメーバなどに良く似たモノで、その構成の99%が水分という液体に近しい体を持つ生物である。
すばやい動きができないし、強力な打撃力も無く、自らの体内に取り込み、動きを封じると同時に、時間をかけて溶解するしか攻撃方法は無い。
その代わり物理攻撃の大半は意味を成さない上に、取り付かれたら剥がす事は困難と厄介さなら上級レベルの存在だ。
稀に間違った解説書には最弱かの様な記述が見られるが、レベルの低いパーティーなら勝つのは非常に困難なのだ。
しかし、倒す手段、主に火などを扱えるならば、落ち着いて対処すればどうという事は無い相手ではある。
「でも、スライムが怖いのは―――」
淡々とそう言葉を続ける少年。
すると、
パラ……パラパラ……
突然雨が降り出す。
ほんの今しがたまで月が見えていた筈なのにだ。
「セリカ」
「……」
明らかにおかしな天候の移り変わり。
ヒロユキはセリカに魔法の反応が無かったか確認するが、セリカは首を横に振るだけであった。
少なくとも、雨を呼ぶような『水』の魔法を使われた形跡はない、と。
中級以下に分類される魔物の中で、水辺や雨の日でスライムほど出会いたくない魔物はいないだろう。
スライムはその構成の99%が水分である。
そして、体の構造が単純であるが故に、その構成する物質があれば容易に再生し、文字通り体の大きさを水増しする事もできるのだ。
更に、変り種のスライム以外は地面に転がっていると水溜りと見分けがつき難い。
うっかり足を取られでもすれば、そのまま取り込まれかねない。
そう、雨などの場合、スライムはレベルの高いパーティーでも非常に厄介な相手になる。
「後、このスライムは特製でね。
群体なんだ」
つまらない事の様に付け加える少年。
群体であるという事。
それはつまり、ある程度バラバラになろうともそれぞれが単体として行動できるという利点を持つという事だ。
「「っ!!」」
よく観ればヒロユキが粉々にした破片や、セリカの魔法を食らった焼け残りはまだ生きている様で蠢いている。
そして、この雨で見る見る元の大きさまで戻らんと膨らんでゆく。
「更に付け加えると」
ゾ……ゾゾゾ……
少年の声に答えるようにヒロユキ達の周囲に出現する数多のスライム達。
数秒も経たぬ内にヒロユキ達は完全に包囲されてしまう。
「なるほど。
さっきまでの戦闘はこいつらが集まるまでの時間稼ぎか。
まったく、いやらしい罠だ」
溜息を吐きながら嫌味を言ってみる。
「それはもう、俺も年頃の男の子なんで、いやらしさには自信があるぞ。
……さて、暫く動けないくらいのダメージは負ってもらおうか」
それに対し、少年は初めて冗談っぽい笑みを一瞬だけ浮かべるが、その次の瞬間には無表情へと戻る。
敵に対して人情を掛ける事などないだろうというプロの様な顔に。
そして、再び手をヒロユキ達に向け、
ゴオゥッ!!
またしても前準備も発動言語も無く火炎球の魔法を発動させる。
「なるほど……それがアンタ等……つうか後ろに居る奴の能力か」
再びそのあり得ざる現象を見たヒロユキは誰に無くそう呟く。
「全てを拒む壁となり我等を守れ
プロテクトウォール」
今度はある程度予想していたセリカの防御魔法が発動し、2人は淡い緑の球体に包まれる。
火炎球も、スライムもその壁から先に進む事が出来ない。
だが、
ゴゴゴゴゴッ!
火炎球の炎で壁も徐々にその力を失いつつあった。
どうやらセリカの魔法より少年の魔法の方が強力の様だ。
圧縮言語で詠唱もして印も結んでいるセリカよりも、無詠唱で印も魔方陣も使わない少年の方がである。
「1つ、尋ねるが。
お前は本当に人間か?」
そんな中、少年に向かってそんな質問をするヒロユキ。
「……かの勇者の言葉とは思えないな。
人と人以外の区別くらいつくだろう?」
一瞬、ほんの一瞬だけ眉を吊り上げた少年。
その後は無表情というかやる気のなさそうなに見える顔でそう答える。
「……ああ、そうだな」
自分のかけたカマが有効であった事に複雑な心境のヒロユキ。
そう、少年はただの少年でなかったが、プロでもなかったいう事が証明された事を喜びながらも、自分の言葉が真実を掠めている事が何か嫌な予感をさせていた。
「撤退する!」
キィンッ! ドゴォォォォォンッ!!
僅かではあるが、今在る魔力を全て乗せた剣の一閃により爆発する火炎球。
周囲は数秒間炎に包まれ視界は無くなる。
ただ、その炎は森を焼く事は無く、ただ消えるのみであった。
が、炎が消えた後には勇者達の姿も無くなっていた……
「ふぅ……かったるい」
少年はただ、そう疲れた様に呟くだけだった。
「なるほど……面白い事だ」
その場からかなり離れた場所。
そう、勇者達も少年も気づかない程の位置にいた男は呟く。
顔では実に愉快そうに。
顔でだけは愉快そうに。
3時間後
突然振り出した雨も止み、月が顔を出していた。
「今日も月が綺麗です」
北の海岸沿いを1人歩くアキコ。
今は胸当てを着けていない為、服は呼称上巫女装束に戻る。
夜の海岸で1人、月を見上げる巫女という絵だ。
更にバックには夜桜。
肩にかけた艶やかな三つ編、月を見上げる水色の瞳。
このまま額に入れて飾っておきたいと思うほど幻想的な美しさだ。
例え、手には黒い皮のグローブを着け、ブーツを履いて月の光で鈍く薙刀の刃が光っていたとしてもだ。
戦いの渦中、ろくな拠点が無く女性らしい身の手入れができなくとも、アキコがアキコたる美しさは一切損なわれていない。
(ユウイチさんはちゃんと休んでいるでしょうか?)
ふと、半ば無理やり休ませている彼の事を考えながら拠点周りの見回りを再開する。
と、そこへ、
ラ〜 ラララ〜〜ラ〜 ラ〜♪
歌声が聞こえてくる。
優しげな歌が。
(綺麗な歌……でも、こちらに来ますね)
アキコは人が近づいてくるのが解ると、近くの岩陰に移動する。
そして、気配を完全に絶ち、周りの岩同様に『景色』になり相手の様子を見ようとした。
「ラ〜、ララ〜……」
歌を歌いながら歩いてきたのは赤い髪の少女だった。
お嬢様風でいながら護身術が使えるのか、ただ歩いている様でいて隙が少ない。
尤も、『少ない』であって『無い』のではないので、護身術もチンピラ数人相手程度が限界だろう。
「……」
アキコが観察していると、少女は歌うのを止め、何故か周りをきょろきょろと見回す。
それも地面などではなく、目線の高さを変えずに周りを探しているのだ。
それは、まるで待ち合わせ場所で人を探している様な感じである。
「ん〜っと……ラララ〜♪」
暫く探した後、少し考えてまた軽く歌いだす少女。
(何をしているのかしら?)
真夜中に誰も居ないこんな場所に来る事からして不思議だが。
アキコには少女の行動の意味が掴めなかった。
だが、そんな事を考えた次の瞬間、
「あ、見っけ」
少女はアキコを見てそう嬉しそうに言うのだ。
気配を消し、一般人には絶対見つからない筈の状態のアキコをだ。
「っ!!」
何故見つかったのか解らないアキコは驚きいた為に気配を絶つのが途切れてしまう。
「あの、ユウイチさんはいませんか?」
更に、少女はそうアキコに問い掛ける。
彼女がここにいる事はまだ無視できるとしても、彼の本当の名で呼んでである。
チャキ
次の瞬間には、アキコの薙刀の刃は少女の首に添えられていた。
「何故、貴方があの人の名を」
表面上は落ち着いて尋ねる。
だが、その心はかなり穏やかではなかった。
彼の本当の名前を知っているのは彼女達と極一部の人間だけなのだから。
ユウイチ達はその旅の性質上姿、名前を公には出来ない。
どんな場所でも彼は偽名を使い動いてきた。
情報が漏れてしまっては旅の目的上激しく動き辛くなるし、中にはユウイチ達が死んでいる筈の場所もあるのだ。
それ故、特にユウイチの本当の名前を知っているのは限られた人間であり、完全に把握している必要がる。
そして、その全てを把握している訳ではないと言ってもアキコは彼女を知らない。
「自己紹介して、教えて貰ったんですよ」
少女は答える。
極普通に。
刃をつきつけられていると言うのになんら動揺は見受けられない。
(自己紹介で本名を? そんな筈はありません。
彼自身が一番良く知っている筈です、本当の名前を教える事で派生する危険性を。
それを、例え彼の事を理解しているとして、安易に名前を出す様な子に……)
アキコは睨むに近い視線を少女に向けながら処遇を考える。
この島にいる以上、管理者か勇者達か勇者達の居るミズコシ家の関係者である。
つまりどちらにしろ敵陣の女なのだ。
だが、安易に消してしまう事もできないし、何よりユウイチの名を知る者である。
「貴方がユウイチさんの仲間の様でしたので、大丈夫だと思ったんですけど」
そこで少女は少し困った様にそう付け加える。
一体どういう意図だったかは解らないが、アキコが考えている事への言い訳の様に聞こえた。
そこへ、
「コトリか、今晩もいい月だな」
マイとサユリが寝かしつけている筈のユウイチが現れる。
まるで散歩中にふらっと立ち寄ったかの様に。
「あ、ユウイチさん、こんばんわっす」
コトリと呼ばれた少女は嬉しそうユウイチを見て、ちょっと親しげに話す。
ユウイチはアキコを手で下げさせて、コトリと2,3短いながらも会話をする。
本当に他愛も無い会話を。
「じゃあ、気を付けて帰れよ」
「はい、また、バイバイ」
友達が立ち話をしていたかの様に別れ、コトリは海岸沿いを歩いて帰ってゆく。
帰る場所は方向からしてミズコシの屋敷だろう。
「あの……」
アキコはコトリが見えなくなってからユウイチにコトリの事を尋ね様とする。
だが、言い終わるより早くユウイチは答えた。
「彼女については俺に任せてくれ。
おそらく……いや、まあ、ともかく大丈夫だ」
「はい」
ユウイチがそう言うならばアキコが言う事は何も無い。
今後、どうなったとしてもユウイチなら、自分達なら良い方へ変えられると信じているから。
でも、
「ん?」
「ちゃんと休む時は休まないとダメですよ?」
「ああ、解ってるよ」
抜け出してきたユウイチの腕を取って、腕を組んだ状態で拠点まで連行する。
いくらユウイチの事を全面的に信用しても、仕事上でユウイチが女性と何をしても彼女は耐えられる。
だが、譲ってしまう気はさらさら無いのだ。
2人はほんのささやかな時間、ささやかな『らしい』時を過ごすのだった
後書き
さて〜、二日目終了です。
はい、そうです二日目なんです、まだ物語り内の時間は。
え〜今後は大体戦闘とインターミッションを一話ずつ交互にやっていく感じになります。
プロットでは日数はエンディングを含めて9日。
……何話になるんだろ〜
末永くお付き合い願えればと思っておりますはい。
ではまた次の物語で〜
管理人の感想
T-SAKAさんから6話を頂きました。
今回も戦闘がメインでしたね。
まぁ相容れないパーティなんで遭遇=戦いなんですが。(苦笑
最終的にどうなるかは分かりませんが、今はまだ敵同士ですか。
ジュンイチとマイが大活躍。
勇者パーティが苦戦してます。
いくらヒロユキ達が魔王を倒しても、限定的な危機でしたからねぇ。
全世界を見回せば同レベル以上の面子は多いでしょう。
彼らにはこれを機に精進してもらうという事で。(何
でもジュンイチって荒事には向かなそうですよね?
やはり祖母が作った盾に秘密が……。
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