夢の集まる場所で

第7話 それぞれの理由

 

 

 

 

 

 数多の十字架、幾千幾万の墓標に囲まれた中に建つ古びた屋敷。

 そんな場所に1人の少女が訪れていた。

 少女がここを訪れたのは2度目。

 まだ2度目であるが、この屋敷を見て出る感想と言えば、

 

「ありえないよ」

 

 その一言に尽きるだろう。

 ここは、在り得ないほど深く、あり得ないほど鮮明だった。

 それに整頓されすぎていると言うか、これも在り得ない事だがまるで誰かが手入れをしている様な気もする。

 屋敷の外の墓標も整列されているが敷地内の墓標は綺麗に立ち並び掃除を欠かしていない様に見える。

 そして、それらには明確に名前が記され、読む事ができる。

 

「ダグラス、アレフ、ティアナ、レオナルド、デール、バリー、アーヴァイン……」

 

 目に映る限りを読み上げてみたが、大体男性の名前の様である。

 1割か2割くらい女性の名もある様だ。

 

「……」

 

 それについては今は置いておこうと視線を屋敷の扉へ向ける。

 ゆっくりと扉を開き中に入ると、やはり在り得ないほど整然とした洋館の内装だった。

 前に来た時はそれを触発するような出来事があったのか、完全に開放されている扉があったのでそこを覗いた。

 あの時はやはり特別だったのか、以前見た部屋へ繋がる部屋の扉が半分開いているだけだった。

 本来はここを通り抜けなければいけない場所だったのだろう。

 だが周りの部屋と違い半分ほど開いている所を見るとやはり何かあったのだろう。

 

「……私はきっと最低の女だろうな」

 

 少女はそう呟きながら扉を開ける。

 順番でいうなら前見たあの光景より外側。

 つまりあの後の話になる筈だ。

 半分開いていると言う事は、この日あった触れられた過去を、直ぐ傍の部屋だからあの悲しい出来事の後を覗くのだ。

 

 

 

 

 

「自惚れていました。

 俺は勇者でもないし、英雄でもなかった」

 

「……」

 

「……」

 

 少年の言葉に師も盟友も何も言わない。

 いや、言えない。

 

 少年は強かった。

 それは間違いないのだ。

 事実、先の戦争において単独で少年を倒せる者は師と盟友を除いては存在しなかったのだから。

 彼は間違いなく最強で、事実誰よりも優しく、真実国の未来を考えていた。

 特殊な能力が無くとも人の身で『英雄』となるならば十二分の実力を持っていたのだ。

 2人は少年が過去を糧とし英雄に成ったのだと思っていた。

 

 だが成れなかった。

 

 結果のなんたる無残な事か―――

 

「初めから全ては救えない。

 なら、俺は悪になる」

 

 少年は悟った。

 勇者や英雄の様になれないのならばどうするか。

 敵が何をするか解らないのなら自分が敵になればいいと。

 

 人が勇者、英雄と呼ばれるのには何が必要か。

 勇者と英雄と呼ばれるような奇跡を起こすのに何が必要なのか。 

 奇跡は起こすものだと言う人がいる。

 ああ、それは正しい。

 起こそうと思わないで起きるものではないだろう。

 だが、起こそうと思い、それだけの実力があり、実際やったとしても起きるものではない。 

 それが奇跡だ。

 では、他に何が必要か。

 

「俺には神の加護、天運も運命も無い。

 初めから解っていた。

 そして、それを俺の今の実力では補えない事も証明された」

 

 そう、運、巡り合わせ、偶然、その積み重ねが奇跡となる。

 それら全ての道を含め、人が『運命』と呼ぶものが少年には無かった。

 

 勿論実力は必要だが、それだけで足りない部分を補えるのが天運だろう。

 普通にやって普通に成功する事など奇跡などとは呼ばれない。

 勇者として、英雄としての実力を持ちながら奇跡が起きない。

 多くの人の心を動かし味方としても、天運だけが味方にならない。

 小さな奇跡は兎も角、戦争などの大事においてそれは致命的な戦力不足となってしまった。

 その結果が今少年の眼下に広がっている。

 

 彼が再び全てを失った街が―――

 

 

「そうだ、勇者にも英雄にもなれないと言うならば、俺が悪になる!

 天運が味方をしないと言うならば、奇跡を起こす側には成れないと言うならば、起こされる側に立つ。

 初めから全ては救えない、救うことなど出来ないなら、

 奇跡を実力だけで救える最大数を救ってみせる!」

 

 少年は誓った。

 何より自分自身に。

 もう2度と同じ過ちを起こさない為に。

 もう2度も失っても尚自分の弱さを理解していなかった自分を戒める為に。

 少年はただ自分自身に誓った。

 

 

 

 

 

「そんな……貴方は……」

 

 あまりに悲しい誓い。

 あまりに強い決意の心。

 ただ眺めているだけの少女が膝を着く。

 

「じゃあ、貴方は……」

 

 暫くして立ち上がった少女は一番近い部屋へと向かった。

 部屋の扉にはカギが掛かっていたが少女はそれを触れただけで開錠させる。

 そして、恐る恐る中を覗くのだった。

 

 

 

 

 

「……まさか、お前達両方と当たるとはな。

 一応、確率的には1%もなかった筈なんだが」

 

 感情の篭らない少年の声。

 いや、正確には完全に感情を封印した声だ。

 目の前の血の池に倒れているのは昨日まで笑って語らっていた、友人と呼べた青年と少年。

 内にいて作戦を知っていて、配置だって全部知っていたのだ。

 確実というのは不可能だったが、彼等に当たらない様最善を尽くした筈だった。

 この2人の損失は、後に大きな影響が出る筈だから。

 

「時間、無いわよ」

 

 後ろから師の声が聞こえる。

 裏切り者の名を着る少年は、これからこの遺体を加工し、演出しなければならない。

 少年がいかに残虐であるかを。

 この戦がいかに悲惨なものであるかを。

 

 少年が選んだ道はそう言う道だった。

 

「ええ、解ってます」

 

 少年は冷静に2人の遺体を切り刻み、抉り、潰し、破壊する。

 辛うじて顔だけを残し、後は人であった痕跡すら無いほどに。

 昨日まで笑い合っていた、先ほどまで暖かかった友人の血を浴び、肉を踏みにじる。

 顔色一つ変えず、無駄なく、無駄に残虐に加工する。

 

「あ、そう言えばこの戦いの後に結婚する約束をしてるんだったな? バリー。

 ティアナが暴走しなければいいけど」

 

 昨日酔った青年が教えてくれたまだ本人達以外には話していない約束。

 絶対に生き抜くと誓っていたあの瞳を、今抉る。

 一昨日彼女の頬に触れていた指を折り曲げ、彼女の肩を抱いていた腕を粉砕する。

 

「そうね、彼女が作戦の要になる事が多いから……

 もしダメだったらディアにでも頑張って貰わないと」

 

 師も冷静に今後を考える。

 少年の内なる悲鳴を知っている筈なのに。

 いや、少年を知っている―――少年を育てたのが彼女だからこそ何もしないのだ。

 

「終りました」

 

「そう。

 そろそろ時間ね。

 キャラクターの設定は完璧?」

 

「当然です。

 では、ロードします」

 

 今回は幼少の頃から人を殺す為に育てられた壊れた人形。

 捻くれ切り歪んだ心で人が自分を憎しむのがたまらなく楽しい。

 急所を狙った精密な小剣を用いた攻撃を得意とする。

 だが、防御面に問題があり、特に左脇辺りに隙が出来やすい。

 味覚がおかしくなっている為辛すぎるものや甘すぎるものを好んで食べる。

 人形にされる前の記憶が僅かに残っていて時々夢に見る。

 笑う時の特徴は……

 

 今回演じる役の細かい設定を読み込みペルソナを作り上げていく少年。

 細部まで完璧に、役になりきりアドリブだらけの戦場を演出するのだ。

 

「セット……ハハハハハハハハハハッ!

 何があいつの為に生き残るだ? ちょっと後ろに回っただけでアッサリ死んじゃうんだもんなぁ。

 楽しみも何もありゃしない」

 

 元の少年の面影など何処にも見せない完璧な演技。

 いっそ演技でなく、本当にこんな風に笑えたらどれほど楽だろうか。

 だがそうはならない。

 今浴びているこの血を一滴だって無駄にしない。

 あくまで演じ、演出するのだ。

 彼等らに見せなければいけない、今のこの国の裏にある穢れを。

 少年を通して。

 

 今回は彼等と特に仲の良かった、後の英雄の側近になる筈だった人物が生贄となった。

 彼等は少年を憎むだろう。

 だがそれでいい。

 それが少年の望みだ。

 そう、世界を呪う程に憎んで貰うのだ、少年を見てこんな戦いが、戦いが起きる原因が間違っても2度と無い様に。  

   

「来るぞ。

 ではここは任せる」

 

「OKマスター。

 ああ、食べ残しがある様だったら呼んでよ?」

 

「我がそんな無駄な事をするとまだ思っているのか?」

 

「いや」

 

 役に就いた2人。

 師はその場か離れ王都に向かう。

 少し離れた場所に人の気配がする。

 予定通り解放軍の者が近づいているのだ。

  

「バリー! デールー! 皆と合流するわよ!」

 

 そこに響いたのは少年の良く知る女性の声。

 昨日は一昨日の告白で浮かれていた足元に転がっている者の婚約者。

 

 少年は嘲う。

 

 なんて好都合。

 

「やあ、ティアナ」

 

「あれ? ユリアンじゃない。なんでこんなところ……」

 

 さあ始まる。

 憎しみと狂気の演劇が。

 演じるは1人の少年と1人の女性、裏方に1体のドラゴン。

 観客はこの国の国民全てだ。

 最前列の特等席は解放軍である。

 

 幕が開く。

 

 全ての観客が立ち去るまで続く狂気の喜劇。

 潰される為にある在り得ざる狂想曲。

 

 だが絶対にタネが明かされてはならない危険な舞踏。

 

 最後に悲劇として残り、観客が奏でるエピローグで終らなければいけない物語である。

 故に、少年が思う事は一つ。

 

 

 

 

 

 さあ、俺を憎んでくれ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後、ティアナという女性の自爆による攻撃に巻き込まれて死んだ事になる少年。

 その後笑っている人々の間を抜けて国を出る満足そうな少年を見せ扉は閉まる。

 

 幾度途中で扉を閉めてしまおうかと思ったか。

 正視できない場面が幾つもあり、目を背け、耳をふさいだしまった回数は数え切れない。

 それは少年が行った残虐な行動ではない。

 少年のその時の心が正視できない、聞くに堪えない悲痛なものだったからだ。

 

 でも開けてしまった責任として最後まで見つづけた。

 

「ティアナ? バリー……」

 

 扉の前で力なく座り込んでいた少女は出演していた人の名前をどこかで聞いたような気がした。

 それはほんの少し前の事だ。

 少女は覚束無い足取りではあったが急いで玄関を出て庭へと向かった。

 そして、そこに立ち並ぶ墓。

 そこにティアナとバリー、デールの名前があった。

 

「まさか……そんな……全部背負っているの?」

 

 十字架がある時点で確かにそう言うものなのだが、まさかこの名前がついている墓が全てああいう物であるなら。

 背負わされたりした物ではなく、自ら作り出した十字架なら。

 立ち並ぶ墓が全て彼が自ら背負った、全く軽くなる事など無い、己が軽くする事を許さない十字架だとしたら。

 彼はどれほどの重さに耐えて今なお立っているのだろうか。

 彼は今度どれほどの重さに耐え続けていかなければならないのだろうか。

 

 名前の彫ってある墓だけでもまだ数え切れないほどあるというのに。

 少女はそれを確かめる為に全ての扉を開ける勇気は無かった。

 

 いや、確認する必要は無い。

 少女の知る彼はそう言う事をできてしまう人だったのだ。

 

「貴方は―――」

 

 もう限界だった。

 自分が今までどれほど甘かったかを思い知らされ自棄的な気分にすらなる。

 だが彼女は帰ってやらなければならない事ができた。

 今は帰らなければならない。

 

「私は、私に出来る事をするだけ」

 

 それに何の意味があるか、などと弱気な自分に言い聞かせる様に言葉にした少女。

 ふらふらだった脚を叩いて起こし、ゆっくりと扉を開けてしっかりとした足取りで屋敷を後にした。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、今更な気もしますが、なんとか話し合いはできないんですか?

 せめて船で着た方の人達だけでも」

 

 朝食の席で思い出したように尋ねるネム。

 既に2戦行っているのだから本当に今更な話ではある・

 来て直ぐに慌しく、ダークドラゴンの侵入などというインパクトのありすぎる事態が起きた。

 それ故一般人であるネムなら、そう言う他の手段というのを失念していて当然と言えば当然なのだろう。

 

「あ〜……そうだな、例えば、猛毒の入ったビンがあるとしよう。

 お前ならどう処理する?」

 

 兄ジュンイチは元よりネムに与えている情報量の少なさを考え、呆れはしないがかったるそうに例えを出して説明する。

 何分、理由というのがネムに詳しく教えられない情報なので、そう言う手法になってしまう。

 

「そうですね……その毒にもよりますが、安全な場所で中和する。

 という方法をとると思います」

 

 看護師志望であるネムは、薬品の取り扱いにはそれなりの自信がある。

 先日の戦いにおいて強力な麻痺毒を取り扱えたのはネムのおかげだ。

 ジュンイチもサクラも知識はあるが、人に向けて使うとなると流石に使えない。

 話がずれたが、薬品を取り扱えると言う事は処理方法に至るまで全て把握していると言う事である。  

 ジュンイチは、ネムが薬品に関する知識があると知った上でそう言う例えを出した。

 

「では、その猛毒の入ったビンをそのままごみ箱に捨てようとしている奴がいたらどうする?」

 

「そりゃ止めますよ」

 

「つまり、そういう事だ」

 

 薬によっては常温で気化するなどして有害になる場合がある。

 適切な処理無しに破棄するなどまずやってはいけない事だ。

 無知な人間が、下水に実験で使った薬品をそのまま流して後で大騒ぎになるという事もある。

 

「……」

 

 またそんな抽象的というか間接的な説明しかしてくれない兄にちょっと不満そうな視線を向けるネム。

 不満と言うか、仲間ハズレにされて拗ねているといったほうが適切だろうか。

 

「そう怒るな。

 事実、それが理由なんだ。

 第一、ここの魔法システムの話をしたって理解できないだろう?

 というか、俺も理解できる様に説明できん。

 もし出来ても数ヶ月の時間が必要になるだろうな」

 

 拗ねているネムを何とか宥めんと、されど相変わらずかったるそうにフォローを入れる。

 最近はかったるい事が多くてちょっと本気でかったるそうではあるが。

 

「そうですけど……

 って、それは話し合いが出来ない理由になってませんよ?」

 

「ああ、それがまず前提の話だ。

 お前は薬も分量次第では毒……いや毒は分量次第では薬になる事を知っているだろう?

 だが、そこの棚に並んであるのが、全て毒だ、なんて教えられたら怖いだろ? 力ずくでも処分したくなるだろう?

 いくら、道具だなんて説明されてもだ」

 

 自衛の為の戦力だからと言われて軍を増強すれば、隣国は同様に軍備を増強し、酷ければそれで戦争が起きるだろう。

 それと同じ様な理由である。

 

「まあ、もう一度整理して説明すっと、まず向こうが初めから力ずくだった時点から始まる。

 その時点においてこちらから何か情報を与えなくては退いてはもらえない訳だが、その理由を話すには部外者には凄く危険な事なんだ。

 ヨシノ家に代々伝わるコレは少々強大でな。

 今ちょっと壊れてるからそれを危険物と感知して集まってきたのと、強大な力を欲した奴等だろうと思う。

 力を欲した方はまず論外だが、危険物と判断してやってきた方もダメなのは説明する事自体がシステム上危険だからだ。

 お前にちゃんと教える事も危険だから教えられてないのに部外者にはもっと危ない。

 情報は持っている事自体が危険を伴うが、この場合コレそのものがそう言うモノなんだ」

 

 らしからぬと言ってもいい真面目な説明をしたジュンイチは、言い終わると溜息をついて茶を啜る。

 因みに内心では隣で黙々と食事を続けているサクラに説明させればよかったなどとも思っていたりする。

 ジュンイチの視線に気付いたサクラは「にゃ?」などといって怪訝な顔をするだけであったが。

 

「そんな危ないモノが今壊れてるんですよね?

 大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だよ。

 今ちょっと危険物になっちまってるけどちゃんと直せるし、もし直せなかったらちゃんと破棄するさ。

 そもそも本来実害を出せるようなシステムでもないんだ」

 

 説明してやはり不安にしてしまった事をまたかったるそうにフォローする。

 本当にここに着てからはかったるい事ばかりだ。

 

「ま、兎も角大丈夫なんだが、戦闘しなきゃならんつうかったるい事がある。

 今夜もまたあるだろうからちゃんと休んどけ」

 

「はい」

 

 だが、まだかったるい事は終りそうにはない。

 それを一番解っているのはジュンイチ自身だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし厄介な事になったもんだよな」

 

 同じ頃、ミズコシの屋敷ではヒロユキ達が4人で食事をしていた。

 最初はマコ達に一緒にと誘われたのだが、作戦会議も兼ねる為に食事を部屋に運んでもらってそこで食べている。

 

「まったく世界は広いわよ。

 屋敷にいた頃じゃ自慢じゃないけど無敗だったんだけどね。

 つくづくあの頃が井の中の蛙だった事を痛感するわ」

 

 昨日の戦いはスライムの乱入が無かったらどうなっていたか。

 今冷静に考えたら良くて相打ち、悪ければあの女性の力で即死していただろう。

 セリオが控えていたから無駄にはならないだろうが、あまり良い戦い方でもなかった。

 2対1の戦いだったのに、勝利の糸口が片方を犠牲にしてでは負けも同然だ。

 ヒロユキが言うには、あの力は前には使っていなかった、奥の手の一つと考えられる。

 こちらもまだ使っていない奥の手はあるが、相手側もまだ何かあるとは感じていた。

 

「スライムは私がなんとかします」

 

「ああ頼むぜお嬢」

 

 兎にも角にも管理者の方がしかけてきたスライムをどうにかしない事には先に進めない。

 幸い解決方法は既に考えてあるので、後は準備を進めるだけだ。

 問題とするなら、頭のいいだろうあの少年ならば2度も同じ手が効くなどとは思っていない事だろう。

 それ故に既に次の手もあると見るべきなのだ。

 相手の本拠地だから当たり前なのだが、やはりそう簡単に進めそうにはない。

 更には一昨日敗北した奴等もいるのだ。

 現在三つ巴となっているこの構成を上手く利用しなければならないだろう。

 

「まあ、少なくとも今日明日じゃ決着は着きそうにはないんだよな。

 あまり、時間は掛けたくないんだが」

 

「はい、どうやらあの黒い桜は徐々に島全体を包み込んでいる様ですから。

 早ければ2週間後には完全に侵食されるものと思われます」

 

「計算上2週間じゃ、事実上1週間と考えたほうがいいわね」

 

「ああ」

 

 セリオの計算が信用出来ない訳ではない。

 むしろ正しいと考えた上で、ヒロユキは直感から一週間も無いと思っていた。

 全体が黒くなったらどうなるのか、そんな事もハッキリとまだ解っていない。 

 だが、勇者としてか、人としてのかものかは定かではないが強く感じているのだ。

 アレは危険であると。 

 

「さって、私はセリオの最終調整やるし、姉さんはスライム対策だけど。

 ヒロユキはちゃんと休んでなさいよ」

 

「へいへい」

 

 一昨日禁呪を使った影響がまだ残っている。

 一応後2,3日もあれば完全に抜けると考えているが、今は少しでも魔力が欲しい時。

 休める時は可能な限り休んで少しでも回復を早めなければならない。

 

「んじゃ、寝る」

 

「おやすみなさい」

「おやすみ〜」  

「おやすみなさい」

 

 飯食って直ぐに寝るなんてどうかなぁ、と思いつつ自室に戻ろうとするヒロユキ。

 因みに今居たのはアヤカとセリオの部屋である。

 自室に戻ると言っても僅か2部屋先だ。

 

「あ、フジタさん」

 

 と、その僅かな移動時間にコトリと遭遇する。

 

(ん? いつも通り振舞ってるが……なんか疲れてる感じだな)

 

 外見上は変わっていないように見えるがコトリには疲れが見える。

 肉体的というよりもむしろ精神的な方だろう。 

 

(あの黒い桜の事を感じ取っているからかもしれんな)

 

 マコが感じ取った様に、カンの鋭い者ならば近くに危険物があると精神的に疲労したりする。

 認識できない危険物がある事により精神が常に緊張状態になるからだ。

 だが無意識故に危険であるとちゃんと認識するには時間が掛かりがちである。 

 

「おう、コトリ、だったか。

 そういやちゃんと自己紹介してなかったな。

 まあ名前知ってるんだろうけど、ヒロユキ フジタだ」

 

「コトリ シラカワです」

 

 実は他者に聞いて互いに名前を知っているが、面と向かって自己紹介はしていなかった。

 知っていたと言ってもシラカワという名字は今始めて知った事だ。

 事お嬢様ともなれば、ファミリーネームが重要になるから聞いておかなければならない事だっただろう。

 兎も角最初会った時もそう思ったが、美人なお嬢様っぽいがアヤカくらい気さくだ。

 

「で、何か用か?」

 

 別に自己紹介の意味もあったし、用がなければいけない訳じゃないが、なんなく用事があると思えた。

 そう、多分聞きたい事がある、そう言う雰囲気だったのだ。

 

「はい。

 少し聞きたい事があって。

 今いいですか?」

 

「ああ、構わんぞ」

 

 予想通りそうだった訳だが、どうやら真面目な話らしい。

 ヒロユキが了承するとコトリの雰囲気が変わる。

 外見上は気さくなままで、笑みも浮かべているが目が真剣だった。

 

「フジタさんはどうして戦っているんですか?」

 

 声は軽く、まるで趣味でも聞くように。

 でもその中に秘める想いは、ストレートで愛の告白の様な重さだった。

 

「どうして戦う、か」

 

「はい」

 

 端から見れば他愛の無い会話をしている様に見えるだろう。

 だが違う。

 もしコトリの真剣さを解っていないのならそれは愚か者。

 もしコトリの真剣さを解っていてなお真面目に答えないなら極悪人。

 突如突きつけられた命運を分けるかの様な問だった。

 

 尤も、ヒロユキはその答えに迷う必要は無い。

 こんな真剣な問になら恥じる事も無いだろう。

 

「護りたいからだ」

 

 ヒロユキが戦う理由。

 それは言葉にすればその一言に収束される。

 何を、誰を、どのようにと問われるなら―――

 

「そうですか。

 ありがとうございます」

 

 コトリはその一言だけで満足したらしく頭を下げる。

 コトリは自覚している。

 こんなちゃんとした答え、無闇に人に話せる事ではない。

 一昨日出会ったろくに会話もしていない小娘に話すような重さの言葉ではないのだ、普通なら。

 

「それだけでいいのか?」

 

 敢えて補足するならばヒロユキの『護る』というのは決して『現状維持』とは違うものである事である。

 それはこの言葉の中に隠れている重要な要素だ。

 そして、アヤカ達の事を保護対象としている訳でもない。

 ヒロユキが護りたいのは人や物ではない。

 

「ええ。

 フジタさんは私の気持ちを理解した上できちんと答えてくれました。

 だからその言葉だけで解ります」

 

 だが、コトリはそれもちゃんと見通している様だ。

 問いを出した責任もあるだろうが、このたった一言に要約された幾多もの意味をコトリは理解している。

 

「そうか」

 

 この短い会話でコトリは少し元気になった様な気がした。

 やるべき事を一つやり遂げた、そんな感じがする。

 

「後一つ。

 ここで戦うのもやっぱりその理由ですか?」

 

「ああ、アレは俺の護りたいものを壊してしまうものだからな」

 

 先の質問が出るくらいだ、ここで戦っている事くらいは知っているのは予想していた。

 だから特に間を空けることなく正直に答える。

 

「そうですか。

 貴方が勇者でよかったです。

 いえ、貴方だから勇者なんですね」

 

「……」

 

 嬉しそうに言うコトリ。

 もう人に知られている事には驚かないが、そう言われてヒロユキは喜べない。

 何も言う事も出来ない。

 コトリは満足げに礼をして去っていく。

 その後ろ姿に何もいえなかったヒロユキは告げる。

 

「散歩はほどほどにしとけよ。

 昼も、夜も」

 

 侵入者を感知する結界を張っているので、コトリが夜中に散歩しているのは知っていた。

 ただ、それを止める暇が無かったので今まで放置されてきたが、本当なら外出禁止にしたいところだ。

 もう、この島は全く安全ではないのだから。

 

「は〜い。

 でも大丈夫ですよ、月を見てるだけですから」

 

 振り向いてそう答えるとコトリは去っていった。

 多分外に行く気なのだろう。

 

(恐らく奴等から仕掛けてくる事はないだろうな、黒い桜のところに行こうとしなければ。

 黒い桜の方は迷いの森があるか一般人は近づけない。

 それでも危険には変わりないが。

 奴等の方まで行かなければいいんだがな)

 

 そう思いつつヒロユキは自室に入る。

 ここが危険ならば直ぐに安全にしてしまえばいい。

 だからベッドに飛び込んで直ぐに寝息を立てる。

 

 今夜もまた護る為の戦いが待っている。

 

 

 

 

 

「完成しましたよ」

 

「ああ、ご苦労様」

 

 朝食後、アキコから札を50枚ほど受け取る。

 昨日問題となったスライムを駆除する為の札である。

 アキコ達はユウイチがマイを迎えに行った後、スライムのサンプルを持ち帰り、昨晩から対策を考えていたのだ。

 そして、スライムを撃退できる魔法を組み上げ、それを札に込めて作っていたのである。

 因みに方法としては、群体としても連なっているスライム全体に満遍なく攻撃を行き渡らせる構成の雷撃系の魔法を使う事になった。

 その魔法を札に込め、ユウイチでも発動できる形にしているのだ。

 なお、構成を作り魔法を出したのはサユリで、札を作り魔法を込めたのはアキコだ。

 こう言った物に魔法を込めるという作業はアキコの方が得意として、雷撃系はサユリが得意とする。

 

 と説明するとサユリの方が疲れている様に思われるが、使っているのは強くない雷撃。

 それを数発使っただけであったりする。 

 こう言う魔法を保存しておくアイテムの精製は作る側の方が大変なのだ。

 50枚の札を作るのも一苦労だが、本来その場で発動する魔法を紙に収めるのがまた難しい。

 その為サユリは平気なのだがアキコには疲れが見える。

 

「じゃ散歩がてら行ってくる。

 マイ、後よろしく」

 

 夜に備えて回復する為眠るアキコとその間拠点を護るマイは留守番。

 2人を残してユウイチとサユリは早速スライム駆除に出かけた。

 

 

 一応目的としてスライムの駆除に出たユウイチであったが、今は島の外周を回っている。

 森の調査は進んでいたが島自体の調査がまだサッパリと言っていいくらいだった為、時間が少しある今の内にやっておきたかった。

 今までは護っている人間などの事もあり森を優先させていたが、 島自体が巨大な魔導システムである故、島も調べる必要があるのだ。

 

「島としては良い島なんですけどね」

 

「ああ、そうだな」

 

 景観、気候、自然、どれをとっても素晴らしいと言える島だった。

 外周を回っている分にはという条件がつくが。

 いや、正確にはやはり桜が黒くなければ、だろう。

 桜の森というの美しいのだがそれが魔法システムで、黒く染まってしまうと桜の良さを全て潰してしまう。

 

「風の流れが変なのは、森内部及び上部と結界の為と海上での調整だけの様ですね。

 森の上空の魔法障壁は風が上空に上がる時に障壁としての能力を得るみたいです。

 強力だとは最初に解りましたが、風の数だけ結界がありますからどの位置からも上空には上がれません」

 

「そうか」

 

 調査でわかった事を整理しながら歩く2人。

 報告自体は既にしてあるので、あくまで改めて内容を整理しているにすぎない。

 景観の良いこの島を散歩しながらする話としてはなんとも色気の無い事である。

 だが、2人はただ並んで歩いているだけでもいいのだ。

 サユリもただそれだけで嬉しかった。

 

「あ、池がありますね」

 

 暫く外周を歩いているとちょっと広い池を見つける。

 大きさは大体半径40mくらいの半円をしており、桜の森に隣接している。

 

「上空から見た時にも思ったが、これは深いな」

 

 底を覗くと深さはかなりあり、10m近いのではないかと思われる。

 表面は加工されていないし魚もいるが人工物だろう。

 自然に出来たにはあまりに深過ぎる。

 中央が魔導システム故か川の無いこの島において、貯水槽代わり使われている物と思われる。

 

「でもスライムはいませんね。

 雨を呼ぶくらいならここにも配置しているのが自然なんですが」

 

「ああ……」

 

 ここまで歩いてくる時も、実は森の端にいるスライムは札を投げて焼き殺している。

 水辺の方がスライムとしては有利なのだから居るはずと考えていいのだが見つからない。

 意識して探しているのだ、2人で見つけられない訳はないのだが。

 

「森から出るとダメなのか?」

 

「その可能性はありますね」

 

 管理者の活動範囲は今の所森の中だけだ。

 魔導システムも森の中だけだし、そうなるとスライムを操作するのも森の中に限られるのか。

 確たる証拠がないので決め付ける事はしないが、一応そう考えておく。

 

「まあいい。

 とりあえず次だ」

 

「はい」

 

 この池の座標をキッチリ記憶するユウイチ。

 これだけ深い池である、地形として大いに利用できるのだ。

 管理者側に使うのには危険が多いが、勇者達に使う分には問題ないだろう。

 

 また暫く歩くと島の北東部に林が見えてくる。

 島全体が魔導システムとは言っても、この島の全ての樹が桜と言うわけではない。

 中央の森以外には普通の植物も生えていて、それが林になっているのだ。

 調べる為に少し林に足を踏み入れる。

 そこへ、

 

「ん?」

 

 林の奥から動物達が出てくる。

 兎やリスといった小動物に混じり中型の草食動物の鹿が数頭見える。

 さして広い島と言うわけではないし、島の中央から大部分が桜の森であるので数があまりいないのだろう。

 もしかしたらここに居るのが全てかもしれない。

 その動物達、恐らく中央の森が変質した事でここに非難していたのだろう者達が、ユウイチを確認すると彼の周りに集まってくる。

 人を知らないから警戒心が薄いというのもあるだろうが、それでは集まる理由にはならない。

 動物達はユウイチだから傍に寄っていくのだ。

 

「相変わらず……私はマイのでも凄いと思ってるんですけど。

 貴方はやはり別格ですね」

 

「俺は何もしていないんだがな」

 

 マイの場合は呼びかければ大抵の動物は寄って来る、という特技がある。

 だがユウイチは呼びかけた訳ではない。

 本当に何もしていないのだ。

 だというのに動物達はそれが当たり前の事かの様にユウイチの周りに集まる。

 それは何が理由なのか良くわかっていないが、少なくともユウイチは幼い頃からそうだった。

 街では犬が襲っているかの様な勢いでじゃれ付き、森でも野生動物達が無警戒に寄ってくる。

 そしてそれは多くの命を奪い、血を浴び死臭がこびり付いているとすら表現できる今でも変わらない。

 

「まあ、とりあえず……

 お前達の知っている事を教えてくれないか?」

 

 集まってきた動物達にそう問い掛ける。

 まるで偶然会った友人に話しかける様に。

 返事は直ぐに来た。

 動物達は順順に鳴き、何かをユウイチに伝えんとする。

 だが、それは全て普通の動物の普通の鳴き声でしかない。

 普通の人は勿論、精霊とも会話可能なサユリですらその全てを理解する事はできない。

 

「なるほど……1ヶ月も前から兆候はあったのか……

 ああ、本来はあんなに花びらは地面に落ちてないのか、そうなだったのか……」  

 

 だがユウイチは違う。

 魔導師としては精霊と会話も出来ないのに、細かい部分まで言葉を聞き分け会話として成立させている。

 まるで長年付き合った親友と話すかのように自然、当たり前の様にユウイチは動物達と話し、情報を聞き出した。

 

「本当に別格ですよね」

 

 その様子を見るサユリは、ただそんな言葉しか出てこなかった。

 これがユウイチの持つ唯一といっていい特殊な能力である。

 魔導師としては在り得ないと断言できる。

 だが、それがユウイチだから当たり前なのかもしれないとも思う。

 サユリは、アキコ達は知っているのだ。

 彼がいかなる人であるかを。

 ユウイチという人の持つ本当の心の雄大さを、大地を、森を全て包み込むほどの内なる世界を。

 彼が誰よりも優しい事を。

 

「そうか、ありがとう」

 

 最近ではアキコ達も滅多にお目にかかれないユウイチの自然な微笑み。

 森の動物達に囲まれている時のユウイチは昔のユウイチに近くなる。

 いや、昔からユウイチはユウイチとして変わっていないのだが、こうやって自然に微笑みを浮かべられる事がアキコ達に昔を思い出させるのだ。

 

「さて、じゃあこいつ等を森に返してやる為にもがんばらんとな」

 

 優しい声でそう言うと林を出ようとする。

 と、そこで一匹の鹿がユウイチの目に止まる。

 歳老いてはいるが体のしっかりした鹿だった。

 

「……残りの食料はどれくらいだったかな?」

 

「海産物を取る暇が思ったより無かった為少ないです。

 今後も激戦が続くなら後3日分と考えた方がよろしいかと」

 

 戦って力を消費すればそれだけの栄養、食事が必要となる。

 確かに持ってきたのは一週間分ではあるが、それは普通に食べての量だ。

 少しは魚を獲っているが微々たる量でしかない。

 

 サユリに聞かずともそんな事はユウイチだって把握している。

 だが、敢えて尋ねた、敢えて確認した。

 今からする事を止められる答えが聞きたかった。

 愚かで無駄な行為だと解っていても。

 

「ここに目は?」

 

「ありません」

 

 目、桜の森の中にはある管理者達の監視である。

 桜が媒体であるので、桜の花びらも舞っていない今のここでは見られる事も無い。

 別のシステムで何らかの監視はあるかも知れないが、視覚的に見るという監視は無い事は解る。

 

「そうか……」

 

 ユウイチはゆっくりと目を付けた鹿に歩み寄る。

 そしてその鹿を首から抱きしめる。

 鹿は逃げなかった。

 周りの動物達もその行動をただ見守る。

 

「ごめんな。

 ありがとう」

 

 ゴキッという低い音と共に抱きしめていた鹿は力なくうなだれて動かなくなる。

 可能な限り痛みが無い様に一瞬で息の根を止めたのだ。

 謝罪と感謝の言葉と共に。

 

「悪いけどコレを持って戻ってくれ。

 俺はスライムを駆除してくる」

 

「はい」

 

 ユウイチから食料を受け取るサユリ。

 動物達はまだ逃げていない。

 仲間を殺されたと言うのに。

 ただ、サユリが持っていくのを葬儀の列の様に見送った。

 

「本当に、貴方は何なのでしょうね」

 

 誰にも聞かれないほど小さく自分に問うかのように呟く。

 相手自らその命を捧げて来た訳ではない。

 だが、抵抗らしい抵抗もしなかったのだ。

 これはどう考えるべきなのだろうか。

 本能的に逃げられない事を悟ったのか。

 それとも他の仲間の為だったのか。

 もしくは―――

 

「やはり、そう言う部分も今後見定めていきたい所ですね」

 

 最早サユリには必要ないものであるが、ユウイチについて行く口実の一つがそれだった。

 サユリはそれを再確認する事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サクラ、このサインはなんだ?」

 

 屋敷のある一室、コントロールセンターにもなっている場所。

 ドラゴンに乗ってきた方の侵入者がスライムを撃破していたので警戒していたところ、表示していたこの島の地図上で数字が1つ減ったのだ。

 大体の地図の見方は知っているが、今減った数字は何なのか知らない。

 

「ああ、それはこの島の動物達の事に関する表示。

 この島はその大半が魔法システムであまり普通の動物は住めないけど、小動物と草食動物が少しいるんだ。

 でもやっぱり魔法システムだからあまり増えて貰うと困るからその数を監視してるの。

 何が何体いるかっていう、桜とは別のシステムでの簡単な生体反応なんだけどね。

 ……ああ、鹿が一匹死んだみたいだね」

 

 何処となく悲しげにそう答えるサクラ。

 単に動物が一体死んだというのとは違う何かがあるのがジュンイチには解る。

 

「場所は北東か……確かここには天敵になるような動物はいないよな?

 つうと、寿命か?」

 

 まさかまだ黒い桜が生命に関わる事は在り得ないので動物が死んだとなると寿命か、事故か。

 いや、この状況では餓死も在り得る。

 一番広大な森があんな状態なのだから。

 それに、そちらの方向にはもう1つ、考えられる理由があった。

 

「確かにそろそろ世代交代の時期で、年老いている子もいたけど、まだ寿命を迎える様な子は居なかった。

 事故で死んじゃう様な場所もないし、森がダメでも食料は十分確保できる筈だし。

 ここはある意味楽園だったんだけどね、あの子達には……」

 

 と言う事はやはり殺されたと言う事になるだろう。

 島に何か大きく荒らされた様な形跡は無いし、戦って解るがそんな無駄をするとも思えない。

 単に食料として狩られたというのが最も高い可能性だ。

 それはいい。

 勇者達と違ってまともな拠点のない彼らならそれが当たり前だ。

 森の動物を狩られたからと言っていちいち怒る様な事は無い。

 

 だが、サクラにとっては少し違ってくる。

 6年間人里離れてこんな孤島でくらしていたのだ。

 全く外に出なかった訳でもないし、ヨリコが居たとしても、ここに住んでいた彼女にとって、森の動物達は友達だったのだろう。

 魔法システムが森という事もあって、外で作業をする事も多かったはずだ。

 どこまで愛着を持っていたかは定かではないが、少なくとも簡単に割り切れないくらいなのだろう。

 

「……サクラ、お前は主力なんだ、とっとと休んどけ」

 

「うん」

 

 それは解るがジュンイチが出来るのはそれくらいだ。

 サクラが出て行くのを確認した後、ジュンイチは、ただ1人呟く。

 

「かったるい……」

 

 かったるい事続きでこのままじゃかったるい事が当たり前になりそうだ、とかったるそうに考えたりする。

 そこへ至る過程はともかく解決手段は1つしかない。

 

「それが一番かったるそうなんだなぁ」

 

 誰も居ない部屋で1人また呟く。

 

 と、そこで、監視システムが侵入者の存在を告げる。

 今は目の前で警戒している為屋敷に警報が鳴る事はなく、目の前にいるジュンイチだけがそれを知る。

 

「ん? 侵入者?

 でも勇者達ではないな……」

 

 進入してきた場所は勇者達が拠点としている方角からではあったが、単独で彼らの反応ではなかった。

 だが、知っている感じがする気配。

 ジュンイチは侵入者をスクリーンに投影する。

 すると、そこに映し出されてのは赤い髪に青いリボンのついた白いベレー帽を被った少女だった。

 

「コトリ! 何でここに……

 そうか、確かマコとは友達だと……」

 

 サクラには話していないが、実はジュンイチとミズコシ家の娘マコ ミズコシは友人関係にある。

 そして、シラカワ家の令嬢であるコトリ シラカワとも友人なのだ。

 コトリとマコはお嬢様かと疑うくらいの気さくさだったので、もう1人の男の友人と共に4人でとても仲が良かった。

 中でもコトリは少し特殊な関係だったのだ。

 

『アサクラくーーん! 聞こえてるでしょー、出てきてー』

 

 スクリーンに映し出されたコトリが大声で森の奥へと呼びかける。

 

「何! 流石にここの事は知らない筈……いやマコから管理者がヨシノである事を聞いていれば……

 それに勇者が居る場所に今居るんだな、コトリは」

 

 1人納得しながらまたかったるいことになったと嘆くジュンイチ。

 

『ジュンイチ アサクラくーーーん!』

 

 親友が呼んでいる。

 状況を知っているならそれが如何に危険な行為か解っているだろうに。

 ジュンイチはコトリの聡明さは誰よりも理解しているつもりだ。

 彼女がある能力を持っているからこそ、というのもあるが、それが無くとも彼女は十二分に頭がいい。

 だからこんな危険な行為をするなら何か理由があるのかもしれない。

 

 だが出るわけにはいかない。

 例えコトリの呼びかけだろうと今ここで出てしまう訳には―――

 

『アサクラく〜ん、出てきてくれないなら貴方の秘密をバラしちゃいますよ〜』

 

「……は?」

 

 と、突如コトリの声が悪戯っぽいものへと変貌する。

 そして、言葉が続く。

 

『ジュンイチ アサクラ君は〜、2年前〜カザミ東の花屋さんの〜』

 

「まてぇぇぇぇ!!」

 

 先ほどまでの決意はどこへやら。

 少年ジュンイチはその場をほったらかしにして、途中声を掛けてきたヨリコすら無視し慌てて玄関へと走る。

 

 

 

 

 

「2年前〜、カザミ東の花屋さんの〜、当時18歳の美人看板娘さんを〜……」

 

 どうしてもジュンイチに話す事があったコトリは、絶対内緒の約束である筈の秘密を暴露しようとしていた。

 ジュンイチは面倒くさがりであるが、根は真面目でとても優しく、そして強い。

 取り柄らしい取り柄が無いのに肝心な時はちゃんと助けてくれる。

 そんな人だ。

 

 でもコトリは知っている。

 いくら頼りになる時は大人びていてすごく頼りになっても、普段彼は普通の少年である事を。

 だから、これで出てきてしまうのだ。

 どんなに強さを秘めていようと、今この比較的安全なこの状況なら、まだ彼が『少年』で居られる今なら。

 

 バンッ!

 

 突然コトリの目の前に出現した門が吹き飛ばん勢いで開いた。

 そして、出てくる者がいる。

 

「まてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 そんな叫び声と共に少年、ジュンイチ アサクラが現れる。

 

「久しぶりだね、アサクラ君」

 

 しれっと挨拶をするコトリ。

 内心はしてやったりといったところだろうか。

 危険な行為で相手に無理をさせたのは自覚しているので反省はちゃんとしているが、表にそんな気配はない。

 

「おう、ひさしぶりだな……」

 

 ぜーぜー言いながらも挨拶を返すジュンイチ。

 文句の1つもいいたいのだろうが、こうして思惑通り出てきてしまった以上、そんな事を言ってもしかたない。

 あまり時間を掛けられないし、まさか彼女をジュンイチの側へと連れ込む訳にもいかないのだ。

 

「で、用件はなんだ? お前がアレをダシにしてまで呼び出したんだ。

 重要な事なんだろう?」

 

 決して嫌味ではない。

 先にも述べたがジュンイチは理解しているのだ、コトリが今この場で冗談だけで人を呼び出すような真似はしない事を。

 半ばギャグの様な呼び出し方であっても、それは自分が今どうしても必要だからだ。

 

「うん、ごめんね。

 どうしても確かめたい事があって。 

 でも、その前にアサクラ君、私達の間に隠し事は無かったんじゃなかったの?」

  

 何故か出てきたジュンイチを見て、少し機嫌が悪くなるコトリ。

 ジュンイチが出てきてからであるので、今のジュンイチの状態が何か気に食わなかった様だ。

 

「ああ、多分それはコトリが確認したいと言う事柄に関係するものだ。

 悪いが今回ばかりは例外を認めてくれ」

 

 それは今この時、コトリに対して行っているある処置の事を言っているのだ。

 如何に慌てて全てをほっぽりだして飛び出したとは言え、これの準備だけは怠らなかった。

 コトリの安全の為、そして勇者達、ミズコシ家の人々の安全の為に絶対に必要な処置だ。

 

「そう……いいですよ。

 とんでもない呼び出し方をしちゃったしね。

 それに、信用してるし。

 じゃ、手短に聞くね。

 貴方はどうして戦っているの?」

 

 とりあえずジュンイチの言に納得したコトリは、先に勇者にした時と同じように問う。

 だが、コトリも彼の事は理解しているから、本当はそんな事聞くまでも無く答えは知っている。

 故に、ここれはただの確認。

 知っていても、今ここにいる彼に確認しなければならなかったのだ、コトリは。

 

「今ここに居るのは約束の為だが。

 お前も知ってるだろ? 俺はかったるい事が嫌いなんだ。

 俺の世界が壊れるのは凄くかったるい。

 だから、それを護る為に多少かったるくとも戦うさ」

 

 その答えは前にも一度聞いた言葉。

 彼女なら聞く必要も無い筈なのに、わざわざ言葉にした彼の想い。

 

 それは勇者と同じ言葉であるが内包する意味は違う。

 ジュンイチはある理由で歳相応でない部分があるのだが、それでも勇者に比べたら実地経験が圧倒的に不足している。

 故に、ヒロユキよりもジュンイチの『護る』は『現状維持』に近い物があるだろう。

 

 尤も、それもヒロユキに比べたらである。

 ジュンイチのそれも現状維持と違う。

 ジュンイチの『護る』は、人や物を含んでいても、決して『保護』ではない。

 その中に無限の未来の可能性が込められた『護る』だ。

 あまりに広大で、自由で、前向きな『護る』という意思である。

 

「ええ、だから確認なの」

 

 再びこの言葉を聞けた事をコトリは幸せに思う。

 自分が得意とする歌なんかよりも心に響く一言だと思える。

 

 だが、確認できた事で一つ疑問が生まれる。

 

「でも、ならどうして勇者さんと協力できないの?

 あの人達はとってもいい人だよ。

 貴方と同じくらいに」

 

 コトリの人を見る能力はとても高い。

 人間に限定するなら絶対に近いものがあるだろう。

 その彼女が言うのだからそれは真実だろう。

 

「できない。

 さっきも言ったが今お前にしている処理と同じ理由だ。

 情報は渡せない、だが向こうは攻めてくる。

 こんな状況で協力は不可能だ。

 いや、例え話し合えても彼がかの勇者である以上この森に近づいてもらっては困る。

 それこそ災いの元になる。

 そもそも彼はここをどうしても破壊するつもりだそうだ。

 だから、協力は不可能だ」

 

「そう……」

 

 今朝ネムにも説明したかったるい事この上ない状況。

 相手は真の勇者だと言うのに敵対しなければいけない。

 本当にどうしてここまでかったるい事になったのか、ジュンイチは神に問いただしたい気分だった。

 

「できればコトリには勇者達を説得してもらって一緒に島から出て行ってもらいたいが……無理だろうな」

 

「次船が来るのは5日後だそうですよ?」

 

 ミズコシが使っている定期船は一週間に一度のペースで物資を運んでくる。

 一応秘密の場所である為頻繁に往来する訳にもいかない。

 緊急の呼び出しは出来るらしいが、それを使うのは本当に緊急事態の時にしてもらっている。

 ここの場所が他の人にもバレる可能性があるからだ。

 

「船くらいなら貸すけど?」

 

「説得してみる?」

 

「いや、いい、それはつまりコトリが俺と知り合いである事を話すと言う事だ。

 勇者達を疑う訳じゃないがいろいろ危険だろう。

 それに如何にコトリの説得と言えども意思を曲げる奴等じゃない」

 

「うん、残念ながら」

 

 大きな溜息を吐くジュンイチ。

 解っていた事であるが、コトリがそう言うともうダメだと宣告された様な物である。

 

「ねぇ、アサクラ君。

 相手は勇者だよ。

 それでも戦うの?」

 

 コトリは問う。

 解りきった答えを聞くために。

 

「ああ、当然だ。

 それに、ここでの戦いは約束でもあるんだ」

 

 かったるいなどと言いつつ迷いなど無い瞳。

 コトリは知っている、その約束というのも子供同士で交わしたものに過ぎない事を。

 でもジュンイチがそう言う人間である事も知っている。

 

「そっか。

 私、貴方に出会えて本当に幸せだよ」

 

「な、何言ってんだよ」

 

 コトリは好きだった。

 先程の強い意志を秘めたジュンイチも。

 今自分の言葉に少し照れている少年らしいジュンイチも。

 

 もし、なんて事は言っても仕方ない事であろうが。

 もしあの親友として共に過ごしていた時間に、ジュンイチがコトリを1人の女性として見ていたなら、2人とも今ここにはいなかったかもしれない。

 

 それは在り得ない事だろう。

 事実今2人がこんな形で再会したのだから。

 

 けれど、今考えればそうなっていたとしてもおかしくなかったと思えるほど2人は互いに好意を持っていたし、信用し、信頼しあっていた。

 2人は互いに互いの秘密を知る仲だった。

 あるきっかけでコトリはジュンイチの能力を、ジュンイチはコトリの能力を知り、その上で親友として付き合ってきた。

 笑いあい、支えあい、時にはケンカもした。

 端から見れば恋人同士に見えていただろう。

 だがあの時2人には不思議と恋愛感情は無かった。

 

 それは今考えれば不思議に思えるし、また当然だとも思えた。

 

「ねえアサクラ君。

 私、好きな人がいるんだ」

 

 突然の告白。

 笑顔で、本当に嬉しそうに、そして幸せそうに親友に告げるコトリ。

 

「そうか。

 そいつはとんでもない幸せ者だろうな」

 

 突然の告白だったが、ジュンイチは素直に祝福する。

 コトリ程の女に好きな人なんて言われるヤツは本当に幸せ者だと心からそう思っている。

 コトリが傍に居てもらえるのならどんな困難にも立ち向かえるだろうと。

 

「どうかな? でもその人を幸せ者にする為に私はがんばるね。

 だからアサクラ君もがんばるんだよ?」

 

「がんばるって何をだよ?」

 

 本当は解っているのに、そうやってとぼけるジュンイチを見て楽しそうに微笑むコトリ。

 

「ああ、がんばるのは彼女達の方だね。

 でもやっぱりアサクラ君ががんばる事になるのかな?」

 

「だから何をだ」

 

「うんうん、ともかくがんばってね。

 バイバイ、アサクラ君」

 

「ああ、またな」

 

 これからどうなるか、それこそ生死すら賭けている状況の中、学校の帰り道の別れの様に手を振って離れる2人。

 また会えることを信じて疑わず。

 次にあった時も変わらない自分達でいる事を約束して別れた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しして、コトリが森の外に出たのを確認したジュンイチは本拠地に戻ろうとしていた。

 少し森の奥へと進み、周囲に誰もいない事を更に確認し呼びかける。

 

「ヨリコさん、ただいま帰りました」

 

『お帰りなさいませ』

 

 ヨシノの血を引いているとは言え正当後継者ではないジュンイチには屋敷への門を開ける事は出来ない。

 その為、サクラかヨリコに頼んで開けて貰うしかないのだ。

 サクラはもとより、彼女をサポートする為に作られているヨリコも門は開けられる。

 今のような呼びかけはヨリコに自動的に届くようにしてある為、普通に言葉に出すだけでヨリコは開けてくれる。

   

 程無くジュンイチの目の前に門が出現する。

 何度見てもシステム内とはいえとんでもないモノだと思いながら門をくぐる。

 コトリに呼び出されるなどという予想から完全に外れた事が起きた為外に出てしまったが、早く監視に戻らないといけない。

 だが、ジュンイチは玄関先で足を止める事になる。

 

「お兄ちゃん」

 

 門をくぐって直ぐ、玄関先で待ち構えていたサクラ。

 それも、ただの出迎えというものではない。

 感情を映さない紅い瞳でジュンイチを見ている。

 

「サクラ、お前寝てたんじゃ……」

 

「お兄ちゃん、あの女は誰?」

 

 サクラの圧力に一瞬気おされるジュンイチ。

 そしてサクラが口にする問い。

 

 現在俗に言う修羅場という場面であろう。

 だが、

 

「なんだ、コトリの事か」

 

 理由を知ったジュンイチは一気に落ち着く。

 この状況において余裕すら見えるくらいに。

 

「コトリ シラカワは街での友達だよ。

 1年前に旅に出たんだけどな、ミズコシ家とも付き合いがあったから偶然勇者達と同じ船できたんだろう」

 

「友達?」

 

「ああ、友達だ」

 

 嵐の前の静けさと言った感じで静かに怖いサクラの問いにも落ち着いて答える。

 本来少年でしかないジュンイチなら、こんな状況になったら本当に誤解でしかなかったとしても冷静ではいられないだろう。

 だが相手がコトリだと違う。

 何分コトリとの間を誤解されるのはもう慣れているのだ。

 大抵信じて貰えなかったとしても。

 

「友達……

 本当にただの友達なの?」

 

 ジュンイチがあまりに落ち着いているので逆に疑ったりもしたが、サクラがジュンイチの嘘を見抜けぬわけが無い。

 徐々に落ち着き、可愛い蒼い瞳でジュンイチを見上げる。

 

「そうだよ。

 皆誤解すっけどな。

 それに……今アイツには好きなヤツもいるらしいしな」

 

「そう……なんだ」

 

「そうなんだよ」

 

 爆発する事の無かった力が萎み、俯くサクラ。

 ジュンイチはそんなサクラの頭を撫でてやる。

 子ども扱いは嫌うサクラであるが、ジュンイチが撫でるのは特にそんな意味は無く単に撫でたいからだし、

 今のサクラはそれを甘んじて受けていた。

 

 と、そこへ、

 

「兄さん、玄関先で何をなさっているんですか?」

 

 たまたま通りがかったネムが現れる。

 裏モードになってしまっているが。

 それほどまでには広くない屋敷なので、ある程度は仕方ない事だろうが。

 

(俺、何か悪い事したか?)

   

 ちょっと神に問いただしたくなる心境のジュンイチ。

 更には

 

「あ、ネムネム、コトリ シラカワさんって知ってる?」

 

 ジュンイチを疑ってはいないが一応確認として尋ねたサクラ。

 よりによってジュンイチとコトリの間を最も誤解しているネムに対してだ。

 

「あ〜……」

 

 ジュンイチが気付いた時にはもう遅かった。

 

「コトリ シラカワさんですか?

 ああ、あの兄さんの恋人の?」

 

 ステキな笑顔でそう答えるネム。

 例え本人達が否定しても一緒に出かける、仲良く話す、ケンカをして仲直りなんて事をしていたのだ。

 それだけでも状況証拠として十分だ。

 

 だが妹として傍にいたネムが知っているのはそれだけではない。

 アレはどう見たって恋人であるとネムは嫌と言うほど知っている。

 例え他に2人の男女が一緒に居る事が大半であっても、ジュンイチとコトリの仲は特別だったと断言できる。

 コトリとジュンイチの間には言葉では無い何かがある事は明白だった。

 ネムとですら出来ない高精度の以心伝心をやっているのも見たし、絶対に2人は人に言えない秘密を持っていた。

 2人で行動している時など長年連れ添った夫婦か、背中を任せ合うパートナーか。

 それくらいの仲だったのだ。

 

 一時期諦めようかと考えていた時期すらあるくらい。

 だが本人達が恋人である事をキッパリ否定する。

 だからネムは2人の関係が大嫌いだった。

 自分よりも遥かに高精度な関係を僅かな時間で築き上げておいて友人の線を越えないあの2人の仲が。

 

「へぇ〜」

 

 そしてネムの答えに先ほどの圧力が再発するサクラ。

 

「まじ、勘弁してくれ……」

 

 今からどうすればいいのか考えるのもかったるい。

 どうして戦い以外にもこうかったるくなるのか。

 本気で神様に聞きたい気分だ。

 

(ああ、本当にがんばるはめになったよ……)

 

 親友の最後の言葉が脳裏を過ぎる。

 そして、かなり本気で今夜戦えるかを心配するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も傾き始めた頃、コトリは島の北側の海岸を歩いていた。

 勇者ヒロユキ、管理者ジュンイチと続けてしてきた質問。

 その最後に侵入者のユウイチに同じ質問をする為だ。

 コトリにとって、ユウイチにその質問をするのは恐らくジュンイチにするのと同様に意味は無いかもしれない。

 けど、それでも言葉にして聞かなければいけないと思った。

 

 毎晩して来た様に歌いながら海岸を歩く。

 コトリには解る。

 ユウイチが近くに居る事が。

 そして、彼なら出てきてくれる事が。

 

「よう、コトリ。

 今日は随分早いな」

 

 程無くユウイチはコトリの前に姿を現した。

 まるで街角であったかの様に自然に話しかけてくる。

 

「こんにちわっす。

 ちょっと散歩のコースを変えてみたんですよ」

 

 実際コトリは昨日までお昼過ぎは夜歩く道とは違うコースを散歩していた。

 2度目にユウイチのところに現れたのは意図的なものだが、初日に出会えたのは本当に偶然だった。

 ただ、綺麗な夜空を見上げながら歌って散歩していたら彼がいた。

 少しロマンチックに言うならあの日は月に導かれたと言えなくも無い。

 

「そうか」

 

 特に何かを言うでもないユウイチ。

 ユウイチは昨日、一昨日の夜にコトリと会った時とは少し雰囲気が違う。

 月の光の下だからちょっぴり神秘的に見えていたのもあるだろうが、そうではない。

 

(ああ、そうかここは何時もの場所だけど今は警戒中だから色々隠したままなんだ)

 

 コトリが昨日まで会っていたのは夜の戦闘後だった。

 一応全陣営撤収した後なので襲撃の可能性は低い時間帯と言えた。

 だが今は先ほどまでスライムの駆除に行っていたのもあり戦闘モードがより濃いのだ。

 

(ああ、その方がいいかもしれないな)

 

 コトリはそう思って同じ質問をする。

 

「ねえユウイチさん。

 貴方はどうして戦っているんですか?」

 

 勇者と親友にしてきた質問。

 彼らは同じ『護りたい』という言葉を理由にしていた。

 その言葉が意味するところは違うものだ。

 だが、その言葉に彼らは迷いなど微塵も無く、最終的にその一言に収束させた。

 だからユウイチも―――

 

「戦う理由か……

 さて、どうしてだろうな」

 

「……え?」

 

 しかし、ユウイチは答えをはぐらかした。

 いや、決してふざけている訳では無い。

 コトリが真剣に聞いているのを知り、ユウイチは真面目に答えている。

 

「きっと最初は悔しかったからだろうな。

 弱い自分が、何も出来ない自分が嫌で悔しくて、解っているのに諦めきれなくて。

 そんな感じで戦っていたよ。

 一言に要約するなら『変えたい』だよ」

 

「……」

 

 昔を思い出し、懐かしむのとは違う。

 過去を振り返って後悔している訳ではないが、何かを噛み締めている。

 

「今はただ自分に出来る事を試しているだけだ。

 納得できない事に対して自分が何処まで、何が出来るか。

 結局の所、俺は自分自身が満足する為に戦っているんだよ」

  

「自分自身が……」

 

 勇者や親友の答えもつまるところ自分の為になるが、ユウイチの答えは違う。

 大きな意味では同じかもしれないが、どこかが決定的に違うのだ。

 

「自分の正義の為とか、エゴとか言う言葉に置き換えてもいい。

 だが意味する所は変わらないさ。

 俺は『変えたい』んだ」

 

「そう……ですか……」

 

 上手く言葉が出せない。

 ユウイチのしている事は知っているのに。

 彼の言葉の意味、それによって起きる事実は知っているのに。

 何だろうかこの違和感は。

 勇者や親友と決定的に違う何かは。

 

「意外そうな顔だな?

 俺が勇者の様に『護りたいから』なんて答えると思ったのか?」

 

「え……」

 

 ユウイチの言葉を聞いた瞬間、コトリは自分のミスに気付いた。

 ユウイチはコトリの能力とは違い、経験からくる心を読んだかの様な洞察力を持っている。

 それを知りながらなんとお粗末な事だろう。

 ユウイチの雰囲気から聞けると思い、すぐにこんな話題を切り出した事。

 今までとは違う時間に、それも中途半端な時間にわざわざ尋ねてきた事。

 ユウイチが勇者の答えを知っているのは勇者の情報を持ち直接戦った事でのカンと、それと―――

 

 いや、そんな事より今してしまっている動揺が何よりユウイチにそんな問いをさせている。

 こんな事悟られていはいけないのに。

 

「あ……」

 

 なのに、その動揺もまた顔に出してしまう。

 ユウイチはコトリの反応を見て確認としたのか、酷く儚い微笑みを浮かべる。 

 今にもユウイチが消えてしまいそうなくらい儚い微笑みを。

 そして―――

 

「俺は護りたいと思ったものを護れたためしがないんだ」

 

「っ!!」

 

 コトリは今度こそ完全に言葉を失った。

 知っていた筈なのに。

 反則的な方法を使って知った筈なのに。

 何故それを忘れていたのか。

 解っていた筈だ、勇者とはユウイチは決定的に違うという事を。

 彼らもいろいろな物を無くして来た、奪われてきたが、それとは根本的に違うのだ、ユウイチという存在は。

 

 そんなこと、解っていたのに―――

 

「ああ、どうして俺はこんな事を話してるんだろうな?

 アイツ等にだって話してないのに。

 まったく、この島に着てから俺は俺らしくない事ばかりする」

 

 消え入りそうな微笑みは、更に白く霞む苦笑へと変わる。

 

(私は、何をしているんだろう……)

 

 彼にこんな笑みを浮かべて貰う為にここまで来たのではない。

 ただ確かめたくて。

 でもそれが彼を―――

 

「ああ、すまんなコトリ、楽しくない話をしてしまった。

 俺はまだ少し用があるのでな、またな」

 

 そう言ってユウイチは去っていく。

 その背を見つめて何も言えず何も出来ない。

 ユウイチが見えなくなった頃、コトリはその場に膝を折った。

 

「私はなんて甘い……」

 

 言葉に出来た呟きはさざなみの音に消えゆく。

 

 

 日の光はまだ地上を照らし。

 

 月はまだ昇らない。

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 後書き

 

 さてさて今回はコトリがメインに動く事が多かった話でした。

 その割には暗示ばっかりでハッキリした事が全く解ってませんが。

 まあ彼女はどんな能力で何をしたいかなんてバレバレでしょうけどね。

 一応コトリはこの物語上での裏のヒロインという位置かと思われます。

 今後もいろいろやります。

 いろいろと。

 

 裏がいれば真もいますし影もいたりしますが、まあそれはその内に〜

 各チームのヒロインとはまた意味合いが別です。

 

 ではまた次の後書でお会いできる事を願っております。










管理人の感想


 T-SAKAさんから7話を頂きました。


 今回はコトリ大活躍。

 この話は彼女が動かしてましたね。

 唯一と言える中立な彼女だからこそでしょう。



 主人公3人の対比が少しずつ見えてきました。

 光と影で言うなら、ヒロユキが光でジュンイチが中間、ユウイチが問答無用で影でしょうか。(笑

 誰が良いとか悪いとかの問題じゃないですけどね。

 でもユウイチの歩んできた道は過酷だなぁ。

 やはり彼は幸せになってもらいたいものですよね?




 果たしてコトリの好きな人は誰かな?(爆

 まぁ予想がつくとは思いますけど。



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