夢の集まる場所で

第8話 あの日望み、今尚焦がれて

 

 

 

 

 

「貴方って不思議な子よね」

 

 突然、そんな女性の声が聞こえる。

 

「まあ変な奴ってのは自覚してますけど」

 

 少年は手を止めることなく答える。

 師が突拍子も無い事を言う、または行うのにも慣れているし、今しているのは無意識でも出来るほど手馴れた作業だ。

 少年はつい先ほど狩ってきたウサギを調理中。

 流れるような手際で一片も無駄なく食材とする。

 修行の成果であり、今尚磨き続けている少年の技能。

 生きること、食べる事に関する技能であり、必要なエネルギーの摂取とその獲得方法。

 一片も無駄にしないのは狩り、殺し、食材とした相手への礼儀と感謝だ。

 

「『変』の一言で片付く次元では無いと思うわよ? それ」

 

 そう言って少年の周囲を見回す師。

 少年の周りには森の動物達が集まっていた。

 リスなどの小動物から鹿などの中型草食動物まで。

 果ては肉食動物たる狼までいるのだ。

 少年が飼いならした訳ではない。

 そもそもこの森には今日着たばかりなのだから。

 また、食べ物を与える訳でもなく、動物達はそれを期待しているような素振りもみせていない。

 まるでそうするのが自然な事の様に、少年の周りに集まっているのだ。

 そしてその動物達の中にはウサギも含まれている。

 

 そう、目の前で仲間、と言うと自然界ではちょっと違うかもしれないが、同属が食べられているのにだ。

 

 訂正しよう、先の師の言葉は『突拍子が無い』では無く『今更』なだけなのだ。

 

「何もしてないんですけどね」

 

 自分でも不思議だと言う風に淡く笑う。

 実際、少年は何もしていない。

 それは事実だ。

 だが、

 

「だから不思議なんじゃない。

 まったく、私もとんでもない子を拾ったものだわ」

 

 師は不思議を通り越して呆れの域に達したような、そんな複雑な笑みを浮かべていた。

 

「そう言われても……

 ねぇ、何で集まってくるの?」

 

 師の言葉に苦笑しつつ少年は動物達に問い掛ける。

 普通に、人に、友人に話し掛けるのと同じ様に。

 だが動物達はまるでその言葉を理解したかの様に―――いや、事実理解し、彼らの言葉でそれに答えた。

 

「ん〜、俺自身も君達自身も解らないんじゃお手上げなんだけど」

 

 そして、少年も彼らの言葉をしっかり理解していた。

 それは、『そんな気がする』などという曖昧な物ではなく、しっかりとした意思として受け取っていると言える。

 少年は別に動物の言葉で話し掛けた訳ではないし、動物達も人の言葉を話した訳ではないのにである。

 通常、普通の動物と人間ではテレパス系の魔法を使えばまだ意思疎通は可能だが、こうやって言葉で会話するのは不可能だ。

 『森の神子』と呼ばれる先天性特殊能力で、森の動物達、森自体と会話ができるというのが在るが、それとも違う事は確認済み。

 少年はそんな特異な能力に等しい事をごく自然にやっているのだ。

 そして、そんな彼の周りに動物達は集まってくる。

 

 ただ、一つ付け加えておくが集まってくる彼らは決して少年に服従する訳ではない。

 集まってくるが従う為ではないのだ。

 それはまるでそこに友人がいたからなんとなく近寄ってみたという、そう言う感じなのである。

 

「貴方は本来人を使う側の人間なのでしょうね。

 貴方なら戦う才能を持ち、戦ってくれる人を集められたでしょうに」

 

 それは少年の正しい在り方だったのかもしれない。

 少年には戦う才能は無く、体も最低限程度の強さしかなかったのだ。

 そして何より少年は直接戦うにはあまりに優しすぎる。

 ただ、それを引いて余りある純粋で強い意志こころ、そして決意を持っていた為師は少年を弟子とした。

 

 師はこの少年がここまで動物を引き寄せるのは、その心故だと思っている。

 それが人の中にあれば、余程歪んだ者で無い限り少年と友になれるだろう。

 この少年が動物と話せるのは心が純粋で、心を開いているから力など必要としない。

 それが人の中にあれば完全に心を閉ざした者でない限り信頼し合う事ができるだろう。

 

 この少年ほど強く美しい意思を持った者なら、周りに心有るものは集うのも自然な事。

 それが人の中にあれば当然人は少年に惹かれ、集うだろう。

 

 今は人の居る場所に居ない為に、相手が動物になっているだけ。

 少年は動物と話せ、引き寄せるのではない。

 誰が―――いや『何』が相手であれ、少年は理解に努め、心を開き、受け入れているのだ。

 それは上辺だけのものではなく、全てに対し、己の全てを掛けて行っている。

 

 少年は特殊な力が無いからこそ全てにおいて全力であたる。

 そうできる事も半ば特殊技能と言えるのかもしれない。

 

 そう、これは少年がもつ唯一の特殊能力でありながら、何の変哲もない唯の心の強さ、広さでしかない。

 

 この少年の性質は至極単純。

 人として少しだけ他者より理解に努める事ができる。

 ただ、それだけだ。

 

 ああ、どうしてこの子は戦う事を決意してしまったのだろう……

 

 考えれば考えるほど少年は戦うべき人間ではない。

 いや、ある意味最も『戦い』の場に在るべき存在かもしれないが。

 師達はその原因、少年が戦う事を選んだ事件を知っている。

 それはこうなったのが当然だとも思い、またそれ故に悲しかった。

 

師匠せんせい、今更ですよ」

 

 少年は苦笑する。

 師達は出会ってから今までに少年の心からの笑顔というのを見たことが無かった。

 地獄のような修行を課し、そんな暇を与えなかったのは師であるが、それを望んだのは少年だ。

 大凡この少年ほど笑顔で在るべき男もそういないだろうに。

 

「そうね」

 

 師は微笑む。

 ただ優しげに。

 

 そうだ、今更だ。

 でも時々師も思ってしまうのだ。

 この子をこんなに強くしなければ、この子は更なる悲しみを背負わなくてすんだかもしれないのに、と。

 

 半端な力を与えたのではない。

 彼は自ら十分な力を獲得したのだ。

 

 それでも―――

 

 人間の運命を定めているのは神ではないと知っていても神に叫びたかった。

 

 何故、この子に、こんな優しい子に戦う道を選ばせたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜あ……寝足りん……

 でもまあ、よく生きてたもんだ」

 

 のそのそとベッドから出るジュンイチ。

 かなり疲労が残っている。

 あの後、コトリとの関係などを執拗に追求されたのだ、2人の妹に。

 恋人ではないと言うのに信じないし、コトリという人物を聞かれた時に客観的な意見を述べたら怒り出す。

 一応まだ冷静だったらしく、ちゃんと夜に備えて仮眠をする時間には開放してもらったのだが、今夜の防衛戦後にまた何か聞かれる可能性もある。

 

(まったく……怒るなら聞くなっつの)

 

 ジュンイチの知っている部分で、尚且つプライバシーに触れない限り、コトリのいい所を挙げ、どれほどよい友人であったかを説明した。

 だが、彼女達からすればジュンイチの口から他の女を誉める発言が出るのは面白くないだろう。

 それは愚鈍ではないと自負するジュンイチは理解しているつもりだった。

 しかし、だからと言って聞かれた事に素直に、私情を交えない客観的な意見を述べただけなのに、機嫌を損ねられるというのは納得いかない。

 理不尽、不条理と言う言葉に言い換えてもいい。

 言い換えた所で何が変わるわけでもないが。

 

(しっかし、今日の夢が戦闘モノじゃなくて助かったぜ)

 

 先ほどまで見ていた夢を思い出して改めて安堵するジュンイチ。

 妹達に追い詰められた挙句に夢でダメージを負っては、流石に今夜戦える気はしなかった。

 

(それにしても視点的に少年だったな。

 男の過去の夢の筈だよな……

 まあ、視点位置的とかは夢、回想だし変な所があるのはいつもの事なんだが……

 誰の夢だ?)

 

 現在この島には男はジュンイチを含め4人しかいない。

 ジュンイチと勇者ヒロユキと侵入者に1人、それとミズコシの屋敷の執事のセバである。

 

(消去法で……セバさん……か?)

 

 まずジュンイチ自身は在りえず、勇者ヒロユキとも違う感じがしたので除く。

 ならば残るのは執事のセバと言う事になるのだが、どうも納得がいかない。

 ジュンイチはマコと友人だったので何度かセバに会った事があるのだ。

 故に、結構な歳であるセバの子供の頃の話とは言え、どうもイメージと違いすぎると考えていた。

 

「あ、お兄ちゃんおはよ〜」

 

 と、そこへ今日は既に普段着のサクラが駆け寄ってきた。

 完全に目も覚めている様だし、ジュンイチが起きるのが遅かったのだろう。

 それは都合がいいと、ジュンイチはサクラに問うた。

 

「ああ、丁度いいところに。

 今桜のシステムはこの島の中に限定されてるよな?」

 

「え? ああ、うん。

 1週間前に完全に封鎖して外に出てた桜の花びらも切り離したし、今は完全に中だけの筈だよ。

 風で上空に舞い上げて真っ直ぐ落ちてくるだけだから外に出る事は無いしね。

 ミズコシの定期船にも乗ってないのは確認したし」

 

「そうか……

 逆探知ってできたか?」

 

「夢を見たんだね? でも無理だよ。

 元々そんな事をするのを想定して作ってないし、今のこの状況じゃとても」

 

「そうか」

 

 サクラにした問いはあくまで確認。

 逆探知が出来ない事も桜の事もちゃんと把握していた。

 

(単にセバさんでは納得できないからと言っても拘りすぎたか?)

 

 何故わざわざサクラに確認までしたのか少し考える。

 納得がいかないのも確かだが、ジュンイチは何故か違和感を感じていた。

 

 消去法でいくならまだ侵入者がいるのだが、それは失念している訳ではない。

 半ば無意識で候補から削除したのだ。

 夢の内容的にである。

 

(それにしても話してた相手女性の顔が鮮明でなかったな。

 靄がかかっていた……

 よく覚えていないのか……いや、それにしては背景が鮮明だった。

 認識阻害系の魔法の可能性もあるな)

 

 認識阻害系の魔法、この場合他人に自分の姿などを記憶させない、曖昧にしてしまう幻術と同系にして正逆の魔法である。

 何度会ってもその人だと認識できるのに顔をちゃんと思い出せない、そう言う魔法である。

 一般にはほとんど知られていない魔法であり、お目に掛かってもそれだと認識できない魔法である。

 故にジュンイチも知識としてしかその魔法を知らない。

 また、かなりの高等魔法である上に研究している人は公には存在していない。

 

「重要そうなの?」

 

「ああ、いや別に大した事じゃない。

 ただちょっと気になっただけだ」

 

 サクラの言葉にそれ以上考える事を止めてしまう。

 結局セバだという事にしておく、という結論になり、最後まで侵入者だという想定すらしなかった。

 

 

 

 

 

 

「ヨリコさん、状況は?」

 

 ネムとも合流したジュンイチは、いつも作戦会議を行っているリビングへと移動した。

 そして、監視を任せていたヨリコへと状況確認をとる。

 

「昨日仕掛けたスライムは侵入者によりその8割を倒されてしまいました。

 残る2割は勇者側の森にいるもののみになります」

 

「そうか……」

 

 最初から2度も同じ手が通用しないとは解っていたが、やはり悔しい。

 それも戦闘が始まる前に駆除されてはもう時間稼ぎにもならないと言う事だ。

 

「まあ次の策はあるからいいが……少し練り直すか。

 兎も角、今日は勇者側は駆除も含めて早めに出てくると思うから、そのつもりで。

 特にネム、お前は安全だがちゃんと気持ちを切り替えるように」

 

「解ってます!」

 

 つい先ほどまで昼間のコトリの事で裏モードのままだったネム。

 だが、これから始まるのは一瞬の油断が死に繋がる戦いである。

 拗ねたままでいられたら、護るものも護れず全滅などと言う結果に繋がりかねない。

 

「じゃ、とりあえず飯にすっか」

 

「はい、では直ぐに準備をしますね。

 今夜の献立はシチューですよ」

 

 気持ちを切り替えろと言った本人も含め、今は一時の安息を堪能する。

 まだ続く戦いの為の準備として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃前、ユウイチは1人、岬に立っていた。

 向いている方角はユウイチがこの島に来た方角であり、同時に友のシグルドが戻っていった方角でもある。

 

『と、言う訳だ。

 スギナミを使って調べてくれ』

 

『承知した』

 

 ユウイチはこの閉ざされた島の外にいる友に、ここの管理者達についての調査を頼んだ。

 昨日得られた情報から推測される事を確かなものにする為に。

 

『ところでそちらの状況はどうだ?』

 

『そうだな、今は第3段階と言った所であろう。

 順調といえば順調だ。

 予定通りに合流できるだろう』

 

『そうか』

 

『そちらは苦戦しているようだな』

 

師匠せんせいからの依頼だからな、当然と言えば当然だろう』

 

『そうか』

 

 短い会話を交わし、それだけでまた別れ、今の仕事に戻る。

 なお、2人が会話をしていた方法は念話ではない。

 2人は、シグルドが本来在るべき場所へと半分戻り、話していたのだ。

 感覚としては、ユウイチが自分の中のもう1人の自分に話し掛けている様なもの。 

 ユウイチの中に住まうダークドラゴン・シグルド。

 最初こそそれしか方法が思いつかなかった故の手段であるが、今や2人は種族等何もかも違うというのに互いを半身の様に思っている。

 

「それじゃあ、行くか」

 

 ユウイチは振り返り、準備の整ったアキコ達と合流して森へと入った。

 

 

 

 

 

「アイツと決着をつけたいんだけど」

 

 出撃の直前、アヤカはそう言い出してきた。

 突然、といえば突然であったが、なんとなくいつかはそう言うだろうと思っていた事だった。

 

「今日か」

 

「ええ」

 

 アヤカはもう決めてしまっている様だ。

 今日はセリカも万全、セリオの微調整も終ったしヒロユキも問題は少ない。

 状況的にスライムは問題ないとしても、管理者側が何をしてくるか解らないというのがいささか気にはなる。

 そんな事は恐らくこの事件が終るまで変わらないだろう。

 

「いいんじゃないか? お前がそう決めたのなら」

 

 ヒロユキは一応セリカとセリオにも目を向けて確認してから答える。

 あの男との決着。

 初戦を敗退したアヤカが求める決着、それはつまり。

 

「アレの使用も許可するよ」

 

「ありがとう」

 

 アヤカはまだあの男に対して使っていない技を持っていた。

 それは、今後暫くの行動にも影響が出るくらいのリスクを持つ技だ。

 故に、よほどの緊急時でもない限り、ヒロユキの許可無しには使わない事に決めている技。

 初戦の時は使おうと思う前に敗れた。

 それを今回アヤカは最初から使う気で行くと決めている。

 今持てる全てを出し切ると。

 

「勝つわ」

 

「ああ、行ってこい」

 

 あの男との決着を望むアヤカを含め、今回は全員単独で動く事となった。

 ヒロユキとしても少し確認したい事があるし、それとこうした方がアヤカがあの男との一対一で戦える可能性が高いからだ。

 

「私は、アイツとは本気で決着をつけないといけないの」

 

 最後にアヤカはそう呟いた。

 自分でも何故ここまで拘るのか解らないが。

 この機を逃したらもう無いかもしれないから。

 だから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森に入って数分。

 ユウイチはある場所へと向かっていた。

 いや、場所ではない、ある人のところだ。

 森に入ってから存在をアピールし、ユウイチを誘っている気配の下へ。

 今日も昨日と同様にユウイチは調査を優先する筈だった。

 だが、この気配に誘われるうちに何かが変わっていく。

 自制ならば機械にも似た精度でできる筈のユウイチが、誘惑されるかの様な感覚を覚える。

 まるで近づくにつれて何かに酔っているかのような錯覚までする。

 恐らく、それは相手にも同種の変化を与えているだろう。

 

 何故だろう。

 

 それは恐らく相手が彼女で、彼女にとって相手が自分だからなのだろう。

 初日こそ他の事に気を取られていた為に、この感覚を覚える事は無かったが、今は違う。

 

「はぁい」

 

 まるで友達に会ったかの様な軽やかな声で迎えるのはアヤカ クルスガワ。

 そう自然に、本心から会えたのが嬉しいのだろう。

 

「クルスガワ嬢直々のご指名とは恐悦至極です」

 

 対し、ユウイチは礼儀正しく見せているという部分こそ対象的でも、会えた事を同じく幸いとしていた。

 今、ここに何の関係も無い人が居合わせたなら、彼等を本当に友人だと思い疑いもしないだろう。

 それくらい、2人に不自然さは無かった。

 

「ねぇ、よく愛と憎しみは表裏一体だって言うけど、貴方はどう思う?」

 

「そうですね。

 正にその通りなのではないですか?」

 

「そう、気が合って嬉しいわ」

 

 ここには先程ユウイチが友のシグルドと話していたのと同等以上の自然さがあった。

 故におかしいのだ。

 半身とも言える友情と比べ、それ以上の何かが2人の間にはある。

 それは恋人同士の逢瀬にも似た雰囲気。

 だが、それでいて何かが欠けている。

 もしくは何か、一つ在り得ざるものが混入したかの様な気味の悪さが在った。

 

「君を愛しているよ、アヤカ」

 

「私もよ」

 

 アヤカは本気だ。

 全力である。

 それ故に、今ユウイチは嘗てアキコ達にも持った事の無い、ある種、真実『愛』と呼べる感情に侵されていた。

 

「2度も君には欲求が溜まってしまうような戦いをしたからね。

 今夜はどこまででも付き合おう」

 

「嬉しいわ」

 

 女としての艶を持った、愛撫にも似た甘い声。

 一陣の風が2人の間を吹き抜ける。

 桜の花びらも舞い上がり、視界がほとんど0になる。

 そして、再び互いの姿を視認したのを合図に。

 

 2人は求め合った―――

 

 

 

 

 

「あっちは始めたか」

 

 よく知った気が激しく動いてるのが解る。

 何故か今日のアヤカは少し様子おかしかったが、大丈夫だろう。

 アヤカの強さは誰よりも理解し、信じている。

 だからヒロユキも今は目の前の敵に集中する。

 アヤカを除いた3人で、あの男のメンバーである女性3人と接触し、個別に分かれた相手。

 

「邪魔」

 

 一言でヒロユキの存在を言い捨て剣を構える少女。

 初日に戦った黒髪の少女だ。

 初戦はこちらが逃げたに等しいから決着が必要だろう。

 尤も、向こうはそんな事に興味はなさそうだが。

 

「邪魔だろうけどな。

 お相手願おう」

 

 剣を抜き、対峙する。

 剣での勝負では勝てないだろうという事は初日の戦闘で解っている。

 だが、魔力がまだ1割程度しか回復していないヒロユキは魔法なしで勝たなければいけない。

 付け加えて、初日の戦闘では見せなかった能力もアヤカ達から報告を受けている。

 今のヒロユキには厳しい相手だが、だが2度も逃げる訳にはいかない。

 

「一応、勇者以前に、男の子なんでね」

 

 ここへ着てまだ白星の無いヒロユキ。

 そんな事では焦る理由にならないが、そろそろ男として勝っておきたいところでもある。

 

「いくぞ」

 

 ヒロユキのその一言によって戦いは始まった。

 

 

 

 

 

「いいのですか? こんな所にいて」

 

「アヤカさんはあの男と決着を望んでいますから」

 

 狙った訳ではないがヒロユキ達同様、初日と同じ組み合わせとなったアキコとセリオ。

 そして、ヒロユキ達同様に決着のついていない組み合わせでもある。

 

「あら、お嬢さんを見殺しにするのですか?」

 

「アヤカさんは負けません。

 それに、私もいます」

 

 ユウイチがアヤカに負ける事などアキコからすれば在り得ない事だ。

 ユウイチにとってアヤカなど小娘に等しい。

 例えアヤカが魔王レベルの事件に関わり、生き残っているからといってもユウイチの技量には及ばない。

 だが、今はそれよりも聞き捨てなら無い台詞があった。

 

「それは、あのお嬢さんが危なくなったら助けに行く。

 つまり、私を突破できるという意味でしょうか?」

 

 『私もいます』、彼女はそう言った。

 今、この状況においてだ。

 

「そう聞こえませんでしたか?

 ならば訂正しますが」

 

 随分と自信に満ちているセリオ。

 それとも挑発のつもりだろうか。

 初日の戦闘は完全に五分と五分だった。

 あの破壊からの復活でそれを覆せる何かを得たと言うのか。

 どうあっても機械でしかないセリオが。

 

「訂正しておきましょう。

 今の私は強いです」

 

 ハッキリと言葉にして宣言するセリオ。

 確かに、アキコも今目の前にいるセリオが、一昨日の夜に対峙したセリオと何処か違う事は感じていた。

 だが、少なくとも表面的に武装強化した様子は無い。

 そんな飛躍的に能力が上がるような改造するような時間もなかった筈だ。

 外部装備である黒のドレスも先日と同じ物だ。

 ただ、それは今情報にある限りの判断でしかない。

 だから油断はしない。

 だが、

 

「そうですか。

 なら、私があの人に代わり今日ここで貴方を破壊しましょう」  

 

 目の前に立つこの者は言ったのだ。

 自分を抜いて彼と戦っている者の下へ駆けつけると。

 そう、自分を突破して、彼の邪魔をすると。

 そんな事、許せる筈はない。

 

「不可能です」

 

 セリオは両腕のブレードを展開し、アキコは薙刀を構える。

 ここまでは先日と同じ。

 だが、そこからは全く違うものが展開された。

 

 

 

 

 

 サユリとセリカはそれぞれ別の場所にいた。

 丁度北と南に分かれ、通常の桜と侵食された桜との境界線付近を調べている。

 接触した後、一時対峙した2人であったが、サユリの方から下がりセリカも追わなかった。

 2人とも本来の仕事である調査を優先させたのだ。

 一応互いに何処かの援護に向かえばそれを追う気ではいる。

 

 前回の戦闘はセリカの油断で幕を閉じた。

 精神面では戦士よりも更に強くなければならない魔導師同士の戦いの決着としては十分なものだ。

 だが、それ以上にサユリとセリカは新たな決着を望まない理由がある。

 それは他の3人が決着を望み、今戦っているからだ。

 自分を除くメンバーの全員がである。

 故に、2人は他の3人の代わりに、その先の勝利を仲間と分け合う事を選んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、島の上空、正確には森の上空に、箒に腰掛けた1人の少女とその箒の後尾に立つ1人の少年がいた。

 嘗てダークドラゴンすら侵入を諦めた場所に、箒一本で空を飛ぶ男女がいるのだ。

 

「お兄ちゃんそっちは?」

 

「ああ、大丈夫だ。

 ……ネム」

 

『はい、補足してます。

 同時に正確な位置を補足する為に映像はカットしてますから何をしているか解りませんが』

 

「それでいい。

 じゃあ始めようか」

 

「うん」

 

 月の光が照らす中、2人は森を見下ろした。

 中央から黒く染まる桜の森を。

 今、他者の領域で勝手に争いを続ける者達を。

 その紅い瞳で見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜の花が乱れ舞う中、一組の男女が舞っていた。

 手に手をとり、足の動きに合わせ移動し、降り積もった桜を巻き上げて踊っていた。

 その舞踏は一昨日の晩にしたものと似ているが、明らかに違っているものが1つある。

 それはテンポ、速さだ。

 

 シュンッ! ザッ! バッ! 

 

 風を斬る―――いや、そんなものでは生ぬるい、風を砕き打ち抜く様な音が響き渡る。

 そう、風すら追いつけない程の速さの動きがそこにあった。

 右の拳打を正面に叩き込み、下から回り込むように左の膝、更に半空中からの右の回し蹴り、更に空中で半円を描いた足で踵落し、着地から間髪入れず左の肘を打ち込み、内側に潜り込む様に右の裏拳、その勢いを移行させた左の正拳。

 全て流れるなどという次元を通り越し、同時に行われているようにすら見える瞬速の連携。

 アヤカのあまりの速度に目に映るのは残像だけになっていた。

  

 だが、その攻撃を男は一昨日の晩同様に全て受け流していた。

 いや、そう見えるだけで実は全ては受け流しきれていない。

 流れを逸らし、掌で受け止め、左腕で弾き、右腕で受け流しながら後退し、左腕で防ぎ、最後の拳はあえて正面から受けその衝撃を全て後退する為のエネルギーとして利用する。

 全て受け流されている訳ではない。

 しかし、それでも、

 

「何故、当たらないの?」

 

 距離が開いたところでアヤカは静かに問う。

 在り得ないと思っていた。

 ヒロユキですら、この技を使えば肉を切らせて骨を絶つ、と言った戦術以外に返す方法は無かった。

 

 『ラピードモード』

 身体のリミッターを外して、肉体の能力を100%引き出し速度とする歩法。

 

 古代語で『速い』を意味するこの技を使用すれば、人間の視覚では認識できない速度で動ける。

 相手から見れば消えたと思える速度での動き、目にも止まらぬではなく、目にも映らない速さを得られる技だ。

 その技を使い動いていると言うのに、この男はまるで見えているかの様に全てに対処した。

 

「言ったろ。

 君は美しい」

 

 男は平然と答える。

 まるで本当にダンスの相手をしているだけかの様に。

 

「美しい事は罪かしら?」

 

「君程になれば、罪と言わざるを得まい」

 

 あの夜同様に余裕の笑みを浮かべる男。

 全てあの夜と同じかの様だった。

 

 だが違う。

 男はアヤカの攻撃の癖を理解し、アヤカが組み上げる攻撃の流れを予測し、それに合わせて動いているのだ。

 これは前回と同じ理屈だ。

 ただ、前回同様に予知能力でもあるんじゃないかと疑う正確さで。

 しかもそれをこのラピードの速度でも対応させてくるとは正直驚愕を通り越し、素直に賞賛したい。

 しかし、前回とは違い全て受け流せている訳ではない。

 有効打こそないが、相手はダメージを蓄積させながら後退するしかなく反撃の手立ては無い筈だ。

 前回の様に変な事で隙を作らなければいい。

 そう、今回は違う、何故か凄く落ち着いていた。

 気持ちは何処か昂揚しながらも清々しくすらある気分だった。

 だから、スタイルを崩さないまま、そう趣味ではないが、このまま相手を追い詰める。

 

 アヤカは一瞬で距離を詰め、舞踏を再開した。

 周囲にはアヤカが高速で動く為に吹き上がる桜の花びら。

 それはまるでアヤカと男の舞踏を謳うかの如く、2人の周りを螺旋を描いて舞っていた。

 

 

 

 

 

「おおっ!」

 

「っ!」

 

 激しい剣戟の音が響いていた。

 前回と違い、ヒロユキ達は激しく剣をぶつけていた。

 前回の戦闘で大体相手の癖を覚えたヒロユキが最初から攻勢に出たのだ。

 相手がスピードを出して動き回る前にその動きを封じている。

 攻めに回っているヒロユキは今は優位に立っていると言っていい。

 相手も既に正体を知られたからか、斬撃を出す能力を惜しまず使ってくる。

 この女性と戦いながら何処からとも無く飛んでくる斬撃を躱すのは難しかったが、それにも慣れてきたところだ。

 飛んでくる斬撃も無限ではない。

 通常の魔法とは違う、何らかの特殊能力であると思われるが、やはりそんな便利なものでもないだろう。

 

「けど、やっぱ厄介だなっ!」 

 

 左右に発生した切り下ろしの斬撃を左に回りこんで避ける。

 斬撃は単発で終わりの為、本当に当たらなければそれで終わりだ。

 回り込んだ先に既に横薙ぎに入っている女性の刀を剣で受ける。

 

 ギンッ

 

 金属の衝突音が響き、互いの刃が欠け、火花が散る。

 ヒロユキは受けたと同時にその剣を押し返す様にして女性への道を開く。

 そして刀を押し切る勢いをそのままの勢いで当身としようとする。

 だが、再度上に斬撃が出現する。

 出現は気配と風を斬る音で解る。

 発生する斬撃は攻撃する意思が宿っているから殺気もある。

 ヒロユキは仕方なく、女性への接触を諦め、押し広げていた力をそのままその場から横へと飛ぶ力へと変換する。

 

「っ!」

 

 女性の言葉なき声と同時に更に追撃の斬撃が2つ。

 横薙ぎと切り下ろしだ。

 ヒロユキは下がって足を軸にして身体を捻り、横薙ぎの外側へと身体を移動する。

 途中、掠りそうになった分は剣で受け流し、再度接近を試みる。

 

「っ!」

 

 女性はセリカと同じであまり表情を作らないが、セリカと同じ感覚で大体の感情は解る。

 今、女性は心底嫌だと思っている。

 それは先程からいくら引き剥がそうとしても近づいてくるのだから嫌で仕方ないだろう。

 だが、そんな相手の感情に構っている暇は無い。

 何分、剣で勝てない以上は力でねじ伏せる以外はないのだから。

 今、魔法をほとんど使えないヒロユキには。

 

「セリカが怒りそうだけどな、しかたねぇ!」

  

 女性は剣には前回ほどの速さが無い。

 やはり斬撃を出すのと同時にはやりにくいのだろう。

 故に、相手がこの能力を使っている限りは近づける可能性がある。

 

 

 

 

 

 2つの戦場において勇者のチームが攻勢に出ている中、ここも同じくセリオが攻勢に出ていた。

 形としては前回と同じ薙刀の刺突をブレードで弾くというもの。

 だが、一つ違うのは、アキコは常に後退しながら刺突を放っているという所だ。

 

「くっ!」

 

 アキコは少し息を乱していた。

 始まってからセリオの進行を牽制するだけで精一杯なのだ。

 初日はほとんど互角だったというのに。

 今はアキコが明らかに劣勢だった。

 

 ギィンッ!

 

 セリオが刺突を払って内側に入り込もうとする。

 それに対しアキコは薙刀を下げ、もう一度刺突を入れる。

 前回ならそれで相手もまた一歩下がり殆ど立ち位置は変わらなかったというのに。

 今はアキコは後ろの跳びながら薙刀を下げなければ間に合わないのだ。

 ここは森の中。

 森での戦闘は慣れているが、もし背後の木を避けそこなったら恐らくそれで終わりだろう。

 そう、一瞬でも後退が遅れたらセリオのブレードがアキコを切り裂く。

 そんな状況だった。

 

 徐々に追い詰められていくのを感じる中、アキコは一度大きく跳んで下がる。

 

「前回とのこの戦闘力の差は何ですか?」

 

 距離を取れたところで問う。

 これはもう、ちょっとやそっとの改造などでは説明がつかない。

 まるで別人、いや別物だ。

 前回の大破からいったい何が変わったというのだろうか。

 

「貴方1人では今の『私達』には勝てない。

 それだけです」

 

 腹部に手を当てるセリオ。

 人形に対して不適切な言葉かもしれないが、無意識の行動の様に見えた。

 だが、それも1秒足らずの僅かな時間。

 直ぐに無表情に戻ったセリオは再びブレードをアキコに向ける。

 

 

 

 

 

 その頃、1人調査を続けていたサユリは、ある事に気付いた。

 3箇所で激しい戦闘が繰り広げられているのは気配で解るし、音なども聞こえる。

 暗号念話通信があったので戦っている各人の相手も知っている。

 ユウイチの様子が少しおかしかったのが気になるが、それよりも気になる事がある。

 

「何故、管理者が出てきていないのでしょう……」

 

 この森の効果もあるし、相手はこの領域の主、何度森を索敵してみても管理者のあの少年が見当たらない。

 ちょうどこちらが勇者と当たっているから傍観しているのかもしれない。

 だが、今自分と勇者側の魔導師は調査をしている。

 それは無視してしまえる事なのだろうか。

 正直な話、各個撃破として今襲われるとちょっと拙い。

 自分かセリカを襲撃するなら今がチャンスである。

 そんな事が解らない少年では無いと思ったのだが、襲撃が無い。

 

「では、一体何を?」

 

 サユリは疑問に思いながらも今はできる事、目の前の調査を進めた。

 

 

 

 

 

 桜の花が舞う中を戦っているユウイチとアヤカ。

 正直、ユウイチは押されていた。

 アヤカの動き次の行動を予測し、必要最低限の動きだけでそれをクリーンヒットにしない。

 今のアヤカの速度に対して完全に予測に頼った先回り防御。

 こちらかの誘導も含め、防げる攻撃しか『させない』防御を続けている。

 一昨日アヤカと戦っているからこそできる事だが、ユウイチが今できるのはそれだけだった。

 一手でも予測を間違えたらその時点で終わる。

 それに、防御できてはいるが受け流す事が出来ない為、徐々にダメージが積もっていく。

 このまま後3分もすれば何処かしらの筋が限界を迎えてしまうし、骨の耐久力だって持たない。

 だが、それはアヤカとて同じ事。

 リミッターを外し攻撃速度を上げているが、所詮は人間の身体。

 ユウイチと同じ人間の身体なのだ。

 

 いや、違う。

 ユウイチとアヤカには男女差と肉体の質の差と体格の差がある。

 産まれ持った肉体の質の差はあったが、ユウイチはそれを既に補っている。

 そして、ユウイチが最小限の動きしかしていないのに対しアヤカは全力の攻撃だ。

 先に限界を迎えるのはどちらかは明らかである。

 それも、リミッターを外しての動きだ。

 恐らくもってあと2分。

 リミッターを外しながらも自分を死なせないギリギリの制御をかけ、且つ攻撃の流れに一切の無駄を入れない事で弾き出せる限界の時間が2分だ。

 

 もし本当に後2分アヤカが動けば、糸が切れたかの様に身体が完全に動かなくなるだろう。

 全ての筋肉と骨も含め肉体が限界を迎えるからだ。

 精神がいかに強かろうと関係無く、肉体が完全に活動不能になる。

 よほどいい治療を受けなければ酷い後遺症が残るくらいに完全にだ。

 だから、このまま防御していればユウイチの勝利となる。

 それまで防御しきる自信は当然の様にあるのだから。

 

「だが、それじゃあつまらんよな?」

 

 制限時間まで逃げて勝つなど大凡決着らしからぬ幕切れだ。

 これは実戦。

 それで勝っても勝ちは勝ち。

 誇れる物ではないにしても、誰も文句など言えまい。

 

 だが、それではつまらない。

 すっきりしない。

 悔いが残る。

 これではお互い更に欲求不満になってしまうだろう。

 

 しかし、ユウイチにこのラピードモードのアヤカを正面から倒す手段は無い。

 アヤカは人間の身体で出し得る最高速度をもって動いている。

 今はアヤカの動きを予測して捌いてはいるが、それだけだ。

 更にこの速さで動きの流れは完璧と言って良いからカウンターも狙えない。

 初日の様に何かでアヤカの流れを崩せればいいが、今日この状態では無理だ。

 それにもしカウンターを外したらそれまで。

 ラピードのスピードを持ってラッシュを叩き込まれて終わりだ。

 ならばどうするか。

 

「アヤカ、お前は強い。

 そして美しい」

 

 初日の様に相手の心に隙を作る事を目的とした言葉ではないが、それでもユウイチは口にした。

 本当に本音だからだ。

 

 こんなに強く美しいアヤカに正攻法で勝つ事は不可能。

 ならば、ユウイチのスタイルともいえる戦略をもって勝とう。

 ただし、相手の時間切れを待つような防御的な戦略ではない。

 攻撃的な戦略だ。

 そう、ユウイチは攻めて勝とうとしていた。

 

 ユウイチは今後退を続けていた。

 アヤカの猛攻に押されて。

 このままでは森を出てしまうほどに。

 丁度、島の北側に。

 

 今日昼間、ユウイチが見て回った、あの場所に向けて彼は移動していた。 

 

 

 

 

 

 この男と戦い始めてどれくらい経っただろうか。

 ラピード状態のアヤカは時間の感覚が通常の4,5倍はある。

 更に、ここまでラピードを連続使用したのは初めてだ。

 10分も経ってはいないだろうが、アヤカはもう何時間も戦っている様な気がしていた。

 

 通常数秒をせいぜい数回使う程度だったラピードを数分間に渡り使用し続けている。

 途中止まったこともあったが、それでも明らかに使用限界は過ぎている。

 後で身体にどんな事が起きるか、正直見当もつかない。

 ボロボロになると言うのは漠然と解るが、具体的にはサッパリなのだ。

 もしかしたらそのまま死んでしまうかもしれない。

 

「っ!!」

 

 言葉にならない声を上げ、ラッシュの攻撃一つ一つまで神経を行き渡らせる。

 既に身体は止まれ、休めと命令してきている。

 とうにオーバーヒート状態、呼吸も追いつかず、いたるところで酸素が不足している。

 そして、身体の各部の悲鳴も最早絶叫、慟哭となっている。

 だが構わない。

 この男とはどうしても決着をつけたい。

 出し惜しみなど無い真実、全力で。

 

 この男はどう返してくるだろうか?

 対人戦なら大凡無敵と言っていいこの技を、この男ならどう返すのだろうか。

 今は受けきれているがそれも時間の問題―――いや時間の問題なのはこっちだろう。

 このまま押し切るのとアヤカの身体が限界になるのではアヤカの方が1分は早いだろう。

 絶望的な時間差だ。

 

(それを考えるともう私の負けは決まっているのよね……

 今度は時間切れか)

 

 酸欠で朦朧としだしている頭で考える。

 時間切れで負けというのも決着といえば決着だが、何処か悔しい。

 おそらくこの男も限界時間の予想くらいついているだろう。

 なら、それをどう思っているのだろうか。

 と、その時だ、

 

「だが、それじゃあつまらんよな?」

 

 まるでアヤカの思考を読んだかのような男の言葉。

 そして憎たらしい笑み。

 男は何かをする様だ。

 時間切れを待たず、それを良しとせず攻めてくる。

 

(でもどうやって?)

 

 アヤカは考える。

 防御しながら後退するしかできていない男が、どうして反撃などできるのだろうか。

 もしこの技を返せるのなら脅威だが、アヤカはどこかそれを期待していた。

 

「アヤカ、お前は強い。

 そして美しい」

 

 そんな戯言を言いながら余裕そうな笑みを見せる男。

 前回ならそれで流れを乱したが今回はちょっとやそっとの言葉では流れは乱れない。 

 多分、男もそんな事は解っている。

 だから、これは一体何の意味がある言葉なのだろうか。

 

(本心からの言葉かしら?

 ……まさかね)

 

 最初に交した会話はこれから決戦が始まるという心の昂ぶりから起きたものだ。

 あれは愛情に似た憎しみと同種の感情。

 ただ、それだけの筈だ。

 

(もう直ぐ森を出てしまう。

 どうする気だろう? 森から出たら私に有利なんだけど)

 

 森という戦略的に利用できるものがあるだろう場所から平原に出れば、純粋に戦闘力の高い者が有利になりえる。

 だから、アヤカは相手が仕掛けるのは森にいる内か出る瞬間だろうと思う。

 こうして拳を交えていれば解る。

 相手には正攻法でアヤカを倒す身体能力は無い。

 だから、何らかの術をもって勝ちに来るのだろう。

 

(罠、かな? なら私はそれを抜けてみせる!)

 

 絶対の自信と共に攻撃を続けるアヤカ。

 一歩下がった男に追撃の左の正拳。

 それを右手の掌で受けた男は腕全体で衝撃を緩和しつつ残ったエネルギーを利用してまた後退する。

 それを追い更に前へ出て、まだ戻っていない右手の内側に右手でボディを狙う。

 だが、男はそれを肘で受け、更なる後退の為のエネルギーにしてしまう。

 こちらは衝突のエネルギーを殆ど持っていかれる為に、ほとんどその場に止まってしまう。

 そこで相手が少し後退したところで肘が下がっている方へとミドルキックを放つも、下をくぐる様に男は身を倒し躱す。

 蹴った足を戻し、回転をそのまま使って、バク転中の男の背に蹴りを放つ。

 しかしそれは背負っている大剣に阻まれ、衝撃だけを残し単に男を押すだけとなってしまう。

 

 着地した男はそこから更に後ろに大きく跳ぶ。

 アヤカはそれに追撃する為に跳ぶ。

 既に森の切れ目だ。

 男はその後退で森の外に出てしまうだろう。

 男が何かを仕掛けてくるならここだろう。

 そう思いながらもアヤカは男を追った。

 男との距離はおよそ10m。

 ラピードモードのアヤカなら2回大地を蹴るだけで達する距離。

 アヤカはこの距離全てを加速に使い、森を出ようとする男へ今までで最大の一撃を打とうとする。

 だが、突然アヤカの目に光が入る。

 ありえざる角度からの月の光―――地面に月が映っている。

 いや、それは地面ではない―――

 

(え? 水?)

  

 中間地点で1度足を付き、2度目にして男への最後の飛翔へ入ろうとした所でアヤカは見た。

 水面に映った月の光を。

 アヤカの目の前、男が後退する其処には池が広がっていた。

 

(そうか、ここは貯水池!)

 

 初日にマコに見せてもらった島の地図によれば、貯水池として使われているらしい深さ10mの池。

 殆ど最初の一歩を入れば足の付かない深さになる人工の池。

 見れば、男はその池の淵に立っていた。

 もう下がっている足の半歩は水に上にある。

 

(この池は管理者のもの。

 何かを仕掛けられるとは思えない。

 なら、私は追い詰めてしまったの?)

 

 そしてアヤカは最後の跳躍をする。

 男へ突撃とも言える一撃を入れる為だった跳躍を。

 だが、それは男の背後に池があった為に。

 自らも危険であると判断したか。

 それとも相手を追い込んでしまった故か。

 全力ではなかった。

 

 だが、ラピードモードである事と一度目の跳躍の速度もありそれは十分な威力がある。

 アヤカは本能的に右手を構え、男に放った。

 男はもう避けられない。

 左右には木があり、後ろは池。

 この一撃を受けて吹き飛び、アヤカの勝利になる筈。

 だが、

 

「実戦に場外なんて無い、だろ。

 アヤカ?」

 

 不敵な笑みを浮かべた男はアヤカの衝突の一瞬前に後ろに、池の方へと跳ぶ。

 そして、アヤカの拳を脇の下に掠らせながらも躱し、アヤカの間合いの内側へと入る。

 いや、攻撃を外してしまったアヤカが自身の跳躍で男を自分の間合いの内側へ入れてしまう。

 既に、両者の跳躍もあって池の上。

 最早体勢を立て直す事もできない。

 攻撃態勢ではなかった男と衝突するアヤカ。

 それは、抱き合う様にして。

 アヤカにとって、あたかも、自ら男の胸へと飛び込んだ事になった。

  

「あ……」

 

 これは実戦、場外は無い。

 先の男の言葉。

 それは、

 

(私が自分で言った事じゃない……)

 

 そして、アヤカの突撃の勢いを持って抱き合った2人は池のほぼ中央まで飛び―――

 

 ザッバァァァンッ!

 

 池へと沈んだ。

 

 

 

 

 

 男に抱きしめられる状態で池に落ちたアヤカは、そのまま沈んでいた。

 人間は本来水に浮くものである。

 しかし、それは一般的な人間が何も身に付けていない時の話だ。

 2人は当然衣服を身に付けている。

 更に男の方に至っては大剣を始めとする金属性で密度の高い物を大量に持っている。

 ついでに言えば、アヤカの全身はしなやかな筋肉である為抜群のスタイルを誇るも体重はやや重く、水に殆ど浮かない。

 こんな2人が抱き合って水に入ればどうなるか、それは火を見るより明らかな事だろう。

 

 その答えは実に単純。

 

 沈むのだ。

 

(振りほどけない!)

 

 水の抵抗の中ではラピードの速さはほとんど無意味となり、完全に抱きしめられている状態のアヤカは、男を振りほどく事は出来ない。

 腕力は一般の男よりも遥かに強く、この男よりも若干上であるアヤカだが、この状態から脱するには足りなかった。

 加えて、今まで動いてきた疲労が、酸欠が、まだ限界を迎えていないとは言え無茶が問題となっていた。

 ラピードモードを限界時間近くまで行使してた事での、疲労を通り越した筋肉と骨の異常。

 オーバーヒート状態からの、夜の池の水によるあまりの急冷却。

 唯でさえ酸欠気味な状態で動いていたのに付け加えて水の中。

 

 最早振りほどくどころの問題ではなかった。

 

 男の装備の重量もあって10m近い池の底までなど直ぐに到達する。

 底についた時に、男はマウントポジションに移行、アヤカを完全に水の底へと縛り付ける。

 ついでに10m分の水の質量がアヤカに重く圧し掛かる。

 

 男は片手でアヤカの両手を封じていた。

 この状態にして、男はアヤカをどうにでもできると言う事である。

 

(ああ、私の負けだ……)

 

 完全に酸欠状態となり失いかける意識の中アヤカは、敗北を自覚した。

 

「……」

 

 もう意識が持たないというところで、男は顔を近づけてくる。

 

「満足か?」

 

 そう聞こえた気がした。

 念話を使ったのかもしれないが、何処から聞こえてきたかももう解らない。

 

(ええ)

  

 夜の水の底で揺らいでいる上に失いかける意識。

 だからかもしれない。

 男が微笑んでいるように見えたのは。

 そう、優しく、でも消えてしまいそうな笑み。

 

(笑うと、結構可愛いじゃない)

 

 最早自分が何を考えているのかも解らない。

 この思考は後で記憶にも残らないだろう。

 だが、あらゆる思考が停止しかかったからこそ、何の先入観も偽りも無い率直な感想だった。

 

(苦しいな……空気が欲しい……)

 

 このままここに縛り付けられたらアヤカは溺死してしまう。

 でもたぶん、意識を失った所で男が引き上げるだろうと、そう何故か確信していた。

 だが、意識を完全に失う前にふと思う。

 

(空気……なら目の前にあるじゃない)

 

 アヤカはこの状態にして最後の足掻きを思いついた。

 それは、負けが確定していたとしても、この状態だけは脱する事。

 今のアヤカは完全な酸欠で、体を動かせない。

 男が何故平気かと言えばこうする予定だったのだ、肺に空気を溜めている。

 だから、

 

 アヤカは近づいて男の顔、口に自らの口を押し付ける。

 男から空気を奪ったのだ。

  

 ゴッ

  

 そして一瞬怯んだ男を振りほどき池の底を蹴って一気に地上へと上がる。

 

「ガハッ! ゴッ ゴホッ! ゴホッ! ハァ……!ハァ……!」

 

 地上の、森側へと這い上がり仰向けに倒れるアヤカ。

 それが限界だった。   

 僅かに一回の呼吸分だけで今までの酸欠状態を脱せる訳もなく今は狂ったように呼吸をする。

 筋肉も限界だ。

 元々ラピードモード後は暫く筋肉痛で動けなくなるのだから。

 意識も、先程までの酸欠と疲労とでもう限界。

 まさに最後の足掻きでしかない。

 

「全く、君はいい女だ」

 

 ハッキリとしない視界ではあるが目を向ければ、もう男も上がってきていた。

 口から流れている血は口付けをした時に、舌を噛んでおいたからだ。

 あの状況で空気を貰うついでにやったのだから我ながらよくやったものだとアヤカは思う。

 だが男は妙に嬉しそうに見える。

  

「今度こそ満足のいく戦いだったか?」

 

 男はもう一度確認するように尋ねる。

 それは自分も満足してるという宣言も含めた問い。

 だからアヤカは今一度答える。

 

(ええ……)

 

 声は出なかった。

 でも伝わっただろう。

 

 アヤカの意識はそこで完全に途切れた。 

 

 

 

 

 

 森の中の1つの戦いが終結した時、もう1つの戦いにも変化があった。

 

(アヤカさん!)

 

 アヤカの動きが止まり、生命反応も消えかけているのを感知するセリオ。

 同時に、あの男の健在も確認できた。

 つまりは、アヤカの完全な敗北を知ったのだ。

 そして、このままではアヤカの命が消えてしまう事も。

 

「急用ができました。

 どいて頂きます」

 

 セリオは押している状態から少し無理に前にでた。

 薙刀が右腕を掠り、機械部分が露出する。

 だが、それで完全に相手の間合いの内側に入る事ができた。

 

「っ!?」

 

 相手は主武装である薙刀を放棄してまで下がる。

 恐らく、感じ取ったのだろう、セリオの内部のエネルギーチャージを。

 だが、遅い。

 

 ザシュッ

 

 セリオのブレードが蒼い髪の女性のふとももに刺さる。

 刺さるとは言っても皮一枚におまけがついた程度だ。

 だが、それで十分だった。

 

 バリッ!

 

「ぁっ!!」      

 

 セリオのブレードを伝って放たれた電撃が蒼い髪の女性の足を焼く。

 元々内蔵されていながら先日まで使えなかった機能。

 そして効果を確認する事なくセリオはその場を離脱した。

 

「待ちなさい!」

 

 後ろから蒼い髪の女性が何か言っているが無視。

 足を狙った事で完全な無力化は不可能だったがしばらく機動力は殺せる筈だ。

 追ってくることはできないだろう。

 セリオは急ぐ。

 アヤカの下に。

 

「……困りました、これからアヤカさんを救出しなければなりませんのに」

 

 走りながらセリオは左肩に刺さっていた小刀を抜く。

 先の攻撃の時にカウンターで貰ったものだ。

 やはりただでは行かせては貰えなかった。

 あのまま戦い続けても勝てたかはやはり予測不可能だ。

 これで、右腕と左肩に損傷となり、両腕が少し不自由になる。

 

 だが、今はそんな事を気にしてはいられない。

 護衛対象にして仲間、親友、家族たるアヤカの危機だ。

 相手があの男だとしても、なんとかしてみせる気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものかね」

 

 満足そうに気を失ったアヤカを見下ろして少し困っていた。

 ユウイチは外見的には無傷に近いが、その損傷はかなりのものだ。

 口の傷は無いに等しいとしても筋や骨もアヤカの攻撃を受けつづけて限界に近い。

 服やグローブの下は内出血が外まで噴出している。

 だが、アヤカはもっと酷い。

 満足そうな顔をしているが全筋肉が崩壊寸前、骨も破砕寸前といったところだ。

 付け加えオーバーヒートからの急冷却で今は体が冷えすぎて危ない。

 このまま放置すればまず体温低下で死に至るだろう。

 

「ふぅ……困ったものだ」

 

 ユウイチはアヤカを抱き上げると服のボタンを外し、濡れた衣服を全て脱がしてく。

 下着から全てだ。

 桜の木々の合間から差す月の光に照らされて、アヤカの美しい肢体が露になる。

 胸や股も気を失っているからだが無防備だ。

 だが、ユウイチの視線は全体は見ていても局所に集中する事は一瞬も無い。

 服を脱がし終えたら即座に携帯していたちょっと特殊な魔法薬を出し、アヤカの全身に振り撒く。

 

(応急処置くらいにはなるだろう)

 

 自分も濡れているので拭う事はできないが、可能な限りアヤカの水気を払ってやる。

 そうしてから自分のマント、漆黒の皮のマントの水を払ってから体を包む。

 ユウイチサイズのマントなので首から下を完璧にカバーできる。

  

(簀巻きか? これじゃ。

 中身も勿論だが、巻いているものも超高級品だがな)

 

 ユウイチのマントは実は友、ダークドラゴン・シグルドの翼で作られている。

 ユウイチの防御の要であるこのマントはあらゆる属性の攻撃を弾いてくれる。

 撥水性・防水性も高いので、先ほどちょっと振っただけだがもう濡れていないし保温もできる。

 今、アヤカの体温維持に使うにしても下手な毛布より効果的だろう。

 因みに翼を丸々一枚使って作るこのマントは予備が1枚しかない超レアものだ。

 更にユウイチはアヤカの口にもう一つの秘蔵の丸薬を入れて飲ませる。

 

(これで大丈夫だろう)

 

 アヤカへの応急処置を終えて、マントで巻いたアヤカを抱き上げる。

 とりあえず今日のユウイチの行動はこれまでだろう。

 後は、

 

(お持ち帰りか。

 さて、アキコ達がどんな顔をするか)

 

 などと久しぶりに満足の行く戦闘ができた為か、戦場に居るというのに暢気な思考をするユウイチ。

 だが、そこに高速で近づいてくる気配があった。

 それはアキコが相手をしている筈の相手。

 そして、それはユウイチが無視できない相手だ。

 

「アヤカさんを放してください」

 

 突如として、しかし静かに現れたセリオ。 

 人形とは思えない内に秘めた激しい感情を持って。

 

「アイツを抜いて来たか」

 

 ユウイチは近くの木を背にするようにしてアヤカを下ろしてセリオと対峙する。

 アキコを抜いてきた事実と今の直感から今目の前にいるセリオが嘗て破壊したセリオでない事が解る。

 そして、ユウイチの中では今激しい感情が渦巻いていた。

 

「私の目的はアヤカさんを連れ帰る事です。

 其処をどいてくだされば貴方に用はありません」

 

「そうか。

 だが、俺はお前に用があるし、アヤカも持ち帰るつもりだ」

 

「そうですか」

 

 もし、この場に来たのがヒロユキかセリカだったなら、口上でいろいろしただろうがアヤカは渡していただろう。

 だが、相手がセリオならば―――

 

 セリオがブレードを構える。

 同時にユウイチも構える。

 武器はジャケットに仕込んでいた小太刀二刀。

 この武器を選択したのは両腕共にアヤカの攻撃を受けつづけたせいで大剣を操れないから。

 それと、アキコを抜いてきたセリオの性能を考えてだ。

 

「前回は破壊し損ねた。

 ならば改めて破壊するまでだ」

 

「今日は口数が多いですね。

 ですが、私達は負けません」

 

 対峙する二人。

 大凡この時点で前回とは大違いだった。

 自分を抑えきれなかった前回とは。

 だが、その時だった。

 

 

 

 

 

 一方、ヒロユキと黒髪の少女の戦いは続いていた。

 今もヒロユキが攻勢だが、どちらが優勢と言う事は無く攻防を繰り返していた。

 

「今日は、行かない?」

 

 黒髪の少女も気付いている。

 セリオがあの男の所に向かい、そして今戦いが始まろうとしている事も。

 

「大丈夫だろう。

 今のセリオは強いし。

 どうやらお前の所のあの男も今日は違うらしいな」

 

「っ!」

 

 今、あの男とセリオは対峙している。

 そう、対峙しているのだ。

 前回ならあのどす黒い殺意を持って破壊を強行していたあの男が、今日はその気配を出していない。

 黒髪の少女はそれに対して複雑そうである。

 流石にこの感情は彼女を知らないヒロユキにはサッパリ解らないが、変化だけは見て取れる。

 

「とりあえず、お前も途中抜けは無しにしてくれよ」

 

「嫌」

 

 黒髪の少女は男を助けに行くという気は無いだろう。

 だが、恐らく傍に行きたいと思っているのだろう。

 

(隙ができてくれりゃいいんだが。

 無理か)

 

 黒髪の少女は慌てる事なく冷静に激しい攻撃を繰り出してくる。

 

 

 

 

 

 森に剣戟の音が響き渡る。

 

「ハッ!」

 

「……!」

 

 ガキンッ! ギィンッ! 

 

 セリオの右の刺突を受け流しながら間合いの内側に入る男。

 そこに左の切り下ろしを入れるセリオだが、男の小太刀によって受け止められてしまう。

 互いに両手がふさがった状態になったが、男はそこから蹴る。

 セリオもそれに合わせて蹴り、互いの蹴りが衝突し、互いに数歩下がる。

 

 同じ二刀同士の戦い。

 違うのは刃渡り。

 セリオのブレードが標準の剣の長さであるのに対し男が使うのは小太刀。

 今のセリオの速度は通常のアヤカとほぼ同格であるが、男の武器の方が小回りが利く。

 セリオは肩と腕に損傷があり100%の力ではないが相手は更に酷い。

 やはりアヤカとの戦いでの消耗だろう、初日の様な剣圧は全く感じられない。

 

(いえ、その前に同1人物であるかどうかも怪しいですね)

 

 あの晩に見せた自分を破壊する事に一片の躊躇も無い男の瞳。

 生涯で最大の恐怖を感じたあの瞳を、セリオは忘れる事は無いだろう。

 だが、今の目の前の男にはそれが無かった。 

 今の男は、そう―――

 

(迷っている? いえ、迷いとは少し違いますね)

 

 どこか揺らいでいるのだ。

 何に対しての揺らぎか、そこまではセリオは解らない。

 だが、確かに揺らいでいる。

 この戦闘の中、男はあの時の鋭さを失っていた。

 しかし、そう思った次の瞬間。

 

「なるほど、アイツが抜かれる訳か。

 お前、マルチのコアを使っているな」

 

 突然喋りだしたかと思うと、冷静に、揺らぎなど感じない瞳でそう確認してくる。

 先ほどまで感じた事は気のせいだったのだろうか。

 きっちり見抜かれてしまっている。

 セリオが施してもらった改造の正体を。

 

「そうです。

 私は今『私達』です。

 私は姉さんの命を借り、嘗ての戦いで失った戦闘型としての機能を取り戻しました」

 

 姉マルチが世話係としての意味合いが強かったのに対し、セリオは護衛としての役割を担っていた。

 その為に元々持っていたのだ、今の性能は。

 あの事件でボディを半壊させられるまでは。

 その時失った代えの利かない部品を姉のコアで補って、今セリオは本来の戦闘力に戻っているのだ。

 いや、姉のコアを使っている事で元以上の性能を発揮している。

 

「ほぅ……戦闘型として、ねぇ」

 

 ゾワッ!

 

「っ!!」

 

 突然セリオは寒気を感じ、一歩後退してしまう。

 今一瞬、男は一昨日の晩のあの時の男になっていた。

 が、それも一瞬だった。 

 すぐに男は先程までのどこか揺らいだものへと戻ってしまっていた。

 

「2つの異なるコアを接続するなど、危険極まりないな。

 暴走する前に破壊しておこう」

 

 何故だろうか。

 台詞はセリオを破壊する宣言であるのに、何故か一昨日の晩の様な、いや先の様な寒気を感じない。

 

「私の中には姉さんがいるのです。

 あの誰よりも優しかったマルチ姉さんが。 

 暴走など在り得ません」

 

 セリオに施された改造は人間でいうなら心臓移植に等しい行為だ。

 いや、心臓だけではなく脳の機能もある部分。

 セリオにとって第2の心臓としている訳だが、それでも以前に個であった存在だ。

 どんな拒絶反応が起こるか未知数であった。

 それが上手く機能しているのは、恐らく2人が本当にあらゆる意味で姉妹といえたからだろう。

 

「姉を取り込んでまで力が欲しかったのか?」

 

 あの日、セリオを破壊する事に関しては問答無用だった男が尋ねてくる。

 会話を望んでいるのだ。

 揺らいだ瞳で。

 

「姉さんには一時的に力を貸して頂いているだけです。

 アヤカさんや、ヒロユキさん、セリカさん達と共に戦う為に」

 

「護衛対象のアヤカを護る為では無く、か?」

 

「勿論アヤカさんを護りたいのもあります。

 私は、私を家族と親友と言ってくれるアヤカさんを心から愛していますから。

 ですが、アヤカさんは唯護られるだけの女ではありませんから、護る為に、と言うと少し違います」

 

「そうか」   

   

 静かにセリオの答えを受ける男。

 その瞳はまだ揺らいでいるものの、何処か落ち着いた様な気がした。

 だが、

 

「では、改めて。

 殺し合おう」

 

 次に男から出た言葉は戦闘再開の合図だった。

 

 

 

 

 

 ガキィンッ! キンッ!

 

「っ!」

 

「チィッ!」

 

 3方から放たれる斬撃。

 それを掻い潜って接近するも、相手が目の前に発生させた斬撃を防ぐ為に一歩引く。

 そんな攻防を続けるヒロユキ。

 同じパターンの繰り返しで進展が無い。

 相手はスタイルを崩さず冷静に的確な斬撃を放ってくるだけだ。

 何も変わる事無く。

 

 だが、

 

「アイツは人形に随分拘ってるな」

 

「ハッ!」

 

 言葉を掛けながら再び攻撃に入るヒロユキ。

 正面から突っ込んでいくヒロユキに対し右から右切り上げ、左から逆袈裟斬りが発生する。

 そして、黒髪の少女は刺突を放つ。

 

「正確には、破壊する事にだ」

 

「……」

 

 あまりこう言うのは好きではない。

 そう思いながら言葉を続け、左に体を傾ける。

 やはり発生した斬撃は出現位置も斬撃の方向も修正できないらしい。

 故にその脇を抜る。

 だが、刺突は来る。

 正確にヒロユキの体を狙って。

 

「なのに、今日は会話をしている様だな」

 

「……」

 

 相手が答える事を望まぬ言葉を紡ぎながら、少女の放つ刺突を剣で掬い上げる。

 ほとんど力任せに、無理やり叩き上げ、刺突を無効にし、少女を無防止にする。

 

「アイツは、何だ?」

 

「……!」  

   

 最後に紡いだのは意味の限定が無い、あまりに広い問い。

 だが、その言葉は、今のあの男に僅かであっても、確かに困惑している少女には有効だった。

 今まで繰り返していた通り、ヒロユキの正面に斬撃が発生する。

 しかし、そのタイミングは僅か、刹那程の僅かな時間ではあるが早かった。

 

「正直、本気で知りたいぜ!」

 

 その刹那の時間の差をヒロユキは前で出る事に使った。

 

「っ!」

 

 僅かに発生するタイミングの早かった斬撃。

 故にまだ動きが止まっていなかったヒロユキは、そこから詰める事ができた。

 発生される斬撃はただの『斬撃』である。

 そこに何か物質がある訳ではないし、斬撃と成る前ならば本当に何も無い空間だ。

 よって、発生しきる前にそこを通ってしまえば、何にも邪魔はされないのだ。

 

「お前もそう思ってるだろっ!」

 

 刀を掬い上げて弾いていた状態から接近したのだ。

 互いの武器は接触したまま鍔迫り合いにすらならず、互いに抱く様に内側に入ってしまっている。

 つまり、互いに武器は使用不能。

 両手で刀を握っていた少女は、両手も使用不能となり、今は無防備だ。     

 対しヒロユキは、刺突を掬い上げる途中から剣を持つのは左手だけにし、右手をフリーにしておいた。

 その手が、動いた。

 

 ヒュッ!

 

「くっ!」

 

 少女は敗北を覚悟した様だ。

 恐らく情報を持っているが故に、ヒロユキの攻撃を耐えられない事も解っているのだろう。

 そう、これでヒロユキがその手で少女を攻撃すれば、少女を昏倒させる事が可能だった。

 ほぼ密着状態だが、腰と腕の捻りだけで打たれるヒロユキの拳は、肉体強度が所詮少女でしかない相手を倒すには十分な威力がある。

 しかし、

 

「……ちっ!」

 

 その拳が少女を打つ事はなかった。

 少女に当たる直前で止められたヒロユキの拳。

 武器を掬い上げた状態で、密着状態に持ち込んだ故、狙える場所はただ一箇所、相手の下腹部だけだった。

 そこへ当たる直前に、ヒロユキは手を止めた。

 打つ事ができなかった。

 

(我ながら馬鹿だな)

 

 自分の失敗に気付き、更に失敗を認めたことで起こる事態も考えながらヒロユキは心の中で呟いた。

 その未来も解っていながら、ヒロユキは女性の腹部を殴る事はできなかった。

 元より親から『殺さないのなら、女性の顔を腹は殴るな』と教育を受けていた事もあるが、それ以上にトラウマがあるのだ。

 だから、どうしてもヒロユキにその攻撃は実行できなかった。

 

「……それで、勝ったつもり?」

 

 そして、次の瞬間、少女の凍てつく言葉と共に、ヒロユキの周囲に斬撃が発生する気配があった。

 その数は12。

 逃げる道はなさそうだった。

 だが、その時だった。

 

 

 

 

 

 その頃1人調査を続けていたサユリは調査を止め、今森で起きている事を探っていた。

 何故、調査を中断してまでそんな事をしているかと言えば、いまだ管理者の姿が見えないからだ。

 先程から調べてはいるがやはりこの森には勇者達と自分達しかいない。

 

「一体何を……」

 

 昨日などスライムまで使ってきたのだ、何もしてこない訳は無いと思っている。

 だが、全く姿が見えない。

 スライムの1匹すら。

 

(そういえば、勇者達が残りのスライムを倒した様な気配が無かったのですが……)

 

 と、その時、サユリの頬に桜の花びらが触れた。

 風で舞い上がったものだ。

 

「風? ……っ!?」

 

 サユリは気付いた。

 森に管理者が直接出てくるなど、考えてみればそっちの方が不自然だ。

 何故ならこの島は彼らの魔法システムなのだから。

 

 

 

 

 

 再び森の中に剣戟の音が響き渡る。

 セリオが放つ心臓を狙った刺突を小太刀ので受け流しながら外側に回る。

 そして、受けたブレードを支点とするように半回転し、逆の小太刀で首を狙う。

 だが、それはセリオはかがむ事で躱し、そしてかがんだ状態から戻る様にして今度は肘でボディを狙ってくる。

 ユウイチはその肘を肘で止めて後退し、体勢を立て直す。

 

 ユウイチは苦戦していた。

 嘗て破壊した時よりも数段セリオが性能アップしているのもあるがユウイチ自身の消耗が激しい。

 表面上は無傷でも、骨も筋も限界に近い。

 特に握力はもう小太刀を振るだけで精一杯だ。

 

「おおっ!」

 

 だが退かない。

 いや、退けない。

 例えセリオが間違いなく心を持っていたとしても。

 それでも、相手はオートマータなのだから。

 

「ハァァッ!」

 

 ガキィンッ!

 

 両者の剣がぶつかり合う。

 ユウイチの右の斬撃をセリオは左のブレードで止め、セリオの右の薙ぎをユウイチは左の小太刀で止めていた。

 形は違えど鍔迫り合いと言っていい状態だ。

 駆け引き勝負だ。

 普段のユウイチなら負ける事は無いだろう。

 だが、今のユウイチは違っていた。

 肉体的な問題もそうだが、それよりも更に深刻な問題があった。

 

(心を持った人形……人形が心を持ち……愛を語るか……)

 

 ユウイチの心は揺れていた。

 セリオをどうするかで。

 無意識は常にあの時の様に破壊する事だけを考えるようにと命じてくる。

 だが、あんな暴走にも等しい行為、ユウイチは認めるわけにはいかない。

 

(迷っているのか? 俺は……)

 

 意思力こそユウイチの力の源。

 それが今、オートマータのセリオを相手にする事で何時もの鋭さを出せていなかった。

 

 だが、その時。

 

『上です!』

 

 サユリからの念話が入る。

 傍受される可能性がある為、普通には送らない事が決まっているのにも関わらず何の処理も無しにだ。

 そして、その念話とほぼ同時に、ユウイチはこの森の上空から何かが降って来るのを感じた。 

 それは直ぐに視認へと変わる。

 空、この森の中央付近の上空から急速に向かってくる炎の球体。

 何の魔法の起動も感じなかったと言うのに、直径2mほどの火炎球がユウイチに向かって飛んできているのだ。

 

(ちっ!)

 

 それは管理者の攻撃。

 相手がこう言う本来の法則を無視した魔法を使ってくる事は先日解っていた。

 こう言う事態が起こりうることも想定していた。

 だが、それでもユウイチは舌を打つ。

 今ユウイチはセリオと鍔迫り合い中だ。

 セリオはまだ火炎球の接近に気付いていない。

 そして、セリオはアヤカを回収する為に来たのだ。

 故に、それをさせまいとしているユウイチはほとんど常にアヤカを背にして戦っている。

 そう、今も。

 つまり、今向かってくる火炎球の直進上には、セリオとユウイチの後ろにはアヤカが居ると言う事だ。

 

 ゴゥンッ!

 

 ユウイチは考える前に行動を起こした。

 右の小太刀を離し、背負っている大剣を引き抜き、セリオを全力で薙ぎ払う。

 限界を迎えていた腕の筋細胞が破裂し、骨が砕けるのを無視して。

 

「なっ!」

 

 セリオは驚愕するも、しっかりと大剣はブレードで受けて吹き飛ばされる。

 本来在り得ない攻撃故、左で受けていたブレードが防御を外れて腕に食い込んでいた。

 だが、そんな事には構わずユウイチは防御体勢をとる。

 しかし、アンチマジックアイテムはまだその機能を回復させておらず、殆どの消費アイテムは初日のヒロユキに壊された。

 タスラムも自己修復中でまだ使えない。

 

(ああ、そう言えばマントがない)

 

 マントは背で眠っているアヤカを抱いている。

 ユウイチは自身を護る術が何一つなかった事に今気がついた。

 だが考える、幸か不幸かと考えれば答えは一つ、幸運だったと。

 なにせ、これでアヤカは護れるのだから。

 自身は、そう、死なない限り問題は無い。

 火炎球が直撃する瞬間、ユウイチは冷静にそう考えていた。

 

 ズドォォォォォンッ!!

 

 

 

 

 

 セリオには数秒何が起きたか理解できなかった。

 大凡あの男らしからぬ無茶苦茶な攻撃、鍔迫り合い状態から小太刀を破棄して握れない筈の大剣を振って吹き飛ばされた。

 その直後、男は爆炎に包まれていたのだ。

 

 理解できたのはセリカからの念話が入ってきてからだった。

 上空に管理者がいる。

 上空から探知できない魔法で攻撃している、と。

 どうやら、ここだけではなくこの森にいる全ての者に火炎球は降り注いだ様だ。

 爆音がいくつも森に響いている。

 そして、目の前にもそれが落ち、自分は直撃を免れ、あの男がその炎で今焼かれているのだと理解する。

 

「くくくく……これも勇者様の天運と言う奴か?」

 

 炎が消えたそこにはやはり男が立っていた。

 暗く、深い笑い声を響かせながら。

 ヒロユキのあの技を耐え抜いたのだ、これくらいでは死なないとは思ってはいた。

 だが、無傷とはいかなかった様だ。

 あの威力の火炎球の直撃を受けて立っているだけでも異常なのだが、しかし、炎が完全に消え、男を視認した時の驚きに比べればそんな事は問題ではなかった。

 

「……それは」

 

 セリオは思わず声を漏らす。

 恐らく左腕を犠牲にして火炎球を打ち払ったのだろう、その代償として完全に左腕は炭になってしまっていた。

 そして、左腕から男の上半身の衣服が焼け落ちていた。

 その先、男が晒した肩口からの素肌にあったもの、そして消し炭といっていい腕にも同様にあった。

 それは光る紋様。

 

「ちっ!」

 

 それは魔導刻印と呼ばれるもの。

 いろいろ問題があり一般には全くと言っていいほど普及していないが、常に己が体をなんらかの形で強化するもの。

 自身の持つ力以上の何かを求め、その身に刻んだものだ。

 直接その身に刻めば、何かと引き換えに力を得る邪道の術。

 男はセリオに見られた事に舌打ちし、出来うる限りセリオの視界に入らないように構える。

 だが、もう遅い。

 オートマータであるセリオは今の映像を記録した。

 今までの強さの秘密かもしれない情報を逃す筈がないのだ。

 

「見たな!」

 

「……え?」

 

 そう、そう思った。

 今まで服で隠していた強さの秘密を掴んだと思った。

 だから、それを見られた事が不都合なんだと、そう思ったのだ。

 だが違う。

 男の反応はそう言う類のものとは違ったのだ。

 

(アヤカさんがヒロユキさんに着替えを見られた時の反応にも似た……

 羞恥、ですか? いえ、これは違う―――)

 

 怒りの形相で隠れてはいるが、男の表情、目にはどこか羞恥に似て非なる何かがあった。

 その刻印を見られる事に対して。

 そこには力の秘密を見られる事への嫌悪はなく、その思いだけがあるのだ。

 

(何故恥じる? 自ら望んだものではないからか? いやそもそも羞恥とは何かが違う。

 それにこの刻印、この男の身体能力のデータはある、手加減していた様子は無い。

 確かに強かったが魔法的なものではなかった、ではあの刻印の力とは……)

 

 セリオの思考は半ば混乱していた。

 男がそんな反応を見せる理由、その刻印の効力のデータ照合など考える事は多々あった。

 だが、普段ならこの程度の数の平行処理など問題無く出来る筈なのに何故か思考が乱れていた。

 それはセリオが人に近い証。

 今のこの男を見て何か違和感を感じたから。

 そう、違和感という非論理的な物に思考を乱されたのだ。

 そして、セリオはまだその男が見せた感情を理解しきれないが為に余計に混乱するのだ。

 更に、

 

 キィィン……

 

 セリオのもう一つの心臓。

 マルチのコアが軋む。

 

(泣いているのですか? 姉さん……)

 

 現在意識は無い筈のコアから悲しげな声が聞こえた気がした。

 何に対して泣いているのかも定かではないが、あの心優しいマルチが泣いている。

 そして、その声に、セリオは何かを気付けそうな気がした。

 だが、

 

「ちっ」

 

 男はもう一度舌を打った。

 そこへ、空からまた火炎球が降って来る。

 それも多数ほぼ同時に。

 更にはそのほとんどがこの男だけを狙ってだ。

 

 ヒュゥンッ ドゴォォンッ! 

                          ズドォォォンッ!

         ゴォォォンッ! 

 

 舞い上がる爆炎。

 自分に向かってこないのもあり、その場でただ見ているだけのセリオ。

 

(何故……)

 

 その疑問は爆炎の中へと消えていった。

 

 と、そこにその舞い上がる炎の中から黒い塊が飛んでくる。

 あたかもセリオに向かって投げ渡された様に。

 それは丁度人くらいの大きさの黒い塊。

 その中身は……

 

「アヤカさん!」

 

 男の物だろう、黒いマントに包まれたアヤカだった。

 どうして自分に向かって飛んできたのかは解らない。

 兎も角安全な場所に退避する。

 

 数秒後、森と森の上空に強い光が発生すると火炎球の雨も止み、今日の戦いは閉幕となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終了から1時間後。

 島の北にある砂浜に1人の男が立っていた。

 

「……今日も月は綺麗……なんだがな」

 

 1人月を見上げる男、ユウイチ。

 先の戦闘の最後、サユリとマイの光量を調整した閃光魔法によって森の内部を白く染め上げ情報をかく乱して撤退した。

 その後サユリ達の治療により腕を回復―――いや再生させた。

 そして燃やされた服の代わりに包帯を上半身全体に巻き、その上にマイのジャケットを無理やり着て、更にマイ用のマントを羽織って今ここまで出てきている。

 因みにサユリ達は戦闘と治療による疲労で、初日の夜同様に倒れる様にして眠ってしまった。

 眠ってしまう前にユウイチも休むよう言われたのだが見回りもあるし、新調したと言っていい腕も慣らしておきたい。

 

 いや、それよりも今日も来ると思ったのだ、彼女が。

 

「来ないのか?」

 

 今日も彼女、コトリの歌は聞こえてくる。

 それもかなり近くで。

 視界に彼女を収める事はできないが、今居る位置がハッキリと解るくらいには。

 どうも彼女はそれ以上こちらに近づく気が無い様だ。 

 屋外であるが、何処か壁一枚隔てた、そんな距離感があった。

 

「気にすることは無いのだがな」

 

 恐らく、夕刻の事を気にしているのだろう。

 この半端な接近はそれでも会おうと思い、でもまた迷った結果なのだろうか。

 兎も角、それならば尚更ユウイチは自ら彼女の下に行くことは出来ない。

 ユウイチがここに居る時点で、こちらの意思、つまりは会う気がある事は解っているだろう。

 ならば、これ以上こちらから彼女の方へと歩み寄る事はできない。

 

 いや、そもそも、元から関わるべきではなかったのだから。

 

「未練が無い、といえば嘘だな」

 

 ユウイチにしては珍しく独り言の連発。

 彼女に聞こえる訳も無いのに何故か言葉にする。

 

「ああ、ここに来てからは本当にらしくないな、俺は」

 

 そう言いながらもまた独り言。

 ユウイチは苦笑しながら月を見上げる。

 

(そうだ、もう来ない方がいい。

 願わくば、君に傷が残らない事を)

 

 自分の事なんかを気にして心の傷にして欲しくない。

 ユウイチはこれもまた彼らしからぬ行動を、『願う』という行為を残しその場を後にした。

 

 

 

 

 

 向かった先は出撃前に立ち寄っていた島の北にある岬。

 そこで彼は再び友を呼ぶ。

 

(スギナミと連絡は取れたか?)

 

(ああ、それなのだがな。

 こちらの依頼も受けてもらったが、それより先に主の所に行く予定があったそうだ)

 

(何?)

 

(届け物があるそうだ)

 

師匠せんせいからか)

 

(そうらしいな)

 

 ユウイチの師匠せんせいよりの届け物。

 元よりこれはその人からの依頼だ、この仕事に関わる物とみて間違いないだろう。

 

(明日の夜にはそちらに到着すると言っていた)

 

(……相変わらずだが、謎な速さだな)

 

(ああ)

 

 ユウイチ達、というかユウイチの師が好んで使っていた情報屋のスギナミという男であるが、彼には謎が多かった。

 まず第一に、ある方法で呼べば遅くとも3日以内に来るのだが、移動しながらでも追いついてくるのだ。

 その際、どうやってユウイチ達を見つけているのかがまず不明、移動手段も不可解。

 情報屋としては優秀というのだろうが、情報の正確さとその速さが常識からあまりに外れているのも謎。

 更には信じられない事にユウイチと同年代らしい。

 ユウイチ達が見る限り人間だと思うのだが、かなり疑わしい。

 余談だが、一応それなりの美青年だったりするが言動が何かと飛び抜けている為二枚目とは言えない。

 

(まあ、いいけどな)

 

(そうだな)

 

 ユウイチ達の秘密を知る数少ない人間。

 いろいろ追求したい部分もあるが、ユウイチ達は彼を信頼していた。

 仕事の正確さ、そしてユウイチ達の秘密に対する口の堅さなど。

 そして、長時間話した事はなくとも垣間見える彼の人間性。

 今はとてもそう言う関係でなくとも、いつか『友』と呼べる日が来るかも知れない。

 それくらいに信頼している人間だった。

 

(ああ、そうだシグルド。

 悪いがエリクサーCとD、それと予備のマントとジャケットを送ってくれ)

 

(エリクサーの上にマントまでもか? そこまで苦戦しているのか)

 

(ああ)

 

 エリクサー。

 それは条件次第では死者をも蘇らせる事ができると言われる伝説級の霊薬。

 それのCとD、3級品と4級品という意味で本来のエリクサーと比べれば劣悪品で失敗作だ。

 それをあるツテで買い取った物である。

 劣悪品とは言え死者をも蘇らせる事が可能な霊薬を名を冠している。

 その効果の程はそんじょそこらの魔法薬などとは比べ物にならない回復力を誇り、Cなら腕の2,3本なら再生できる。

 Dは超強力な栄養剤として使用している。

 因みにCは本来服薬でありながら人間が飲む事はできないような失敗作で、塗り薬として使用できるが効果が2段落ち。

 Dは完全に失敗したカスを集めて固めたものだったりする。

 これはアキコ達にすら在庫などの詳細を一切教えていない秘蔵中の秘蔵のアイテムだ。

 

 だが、それよりもユウイチにとって重要なのはマント。

 それは友、シグルドの翼でできている。

 それを作るには友の翼を剥がなくてはならない。

 故にユウイチは有効に使いながらも大事にしていたのだ。

 今まで盾として使い灰となった一枚以外に無くしたりした事は無かった。

 

(構わんさ。

 薬は買える。

 翼はまたすぐに生える。

 しかし、本当に厄介なのだな、主がマントを犠牲にするとは)

 

(いや、今回は問題があってな、結果的に敵の手に渡ってしまったのだ)

 

(ほお、やはり難儀な相手なのだな)

 

(ああ、ある意味最も困った相手さ。

 悪用される心配はないと思うが)

 

 ユウイチの半身とも言えるシグルドだが、まさか敵の女性にエリクサーを2つも消費し、マントを防寒の為に使った挙句に持ち帰られたとは思うまい。

 ユウイチが他者にあのマントを手渡す事も滅多に無いし、そもそも身から外す事も少ないのだから。

 それくらいあの女性は特殊だった。

 

(解った、明日の出撃までには送ろう)

 

(頼む)

 

 互いの用件は終わり、それで会話が終了する。

 筈だった。

 

(む? おい、お主!)

 

(ん? どうした?)

 

 突然、会話の為半分だけ戻ってきていたシグルドが戻ってくる。

 彼が住処としているユウイチの中へと。

 

(シグルド?)

 

(……いや、すまん問題ない。

 随分と難儀な場所にいるのだな、お主は)

 

(ああ)

 

 そう言って、今戻ったユウイチの中から仕事に就いている場所へと移るシグルド。

 最後のシグルドの行動については問いただす事はしない。

 ユウイチは毎度の事ではあるが喪失感を感じながらそれを見送った。

 そして、ユウイチもまた今居る場所へと戻って行く。   

 

 今も同じ場所で歌っているコトリの歌を聴きながら。

 まだ続く戦いへと。

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 後書き

 

 え〜長いですね、はい。

 今回はまた無駄に長くなってしまいました。

 まとめようと思えばもっとまとめられる筈なのですが……私では無理です。

 視点移動多くて読みにくいものになってしまった事をお詫びいたします。

 

 それと今回もでてきましたが、エリクサーなどRPGなどではお約束的な物や勇者などといった言葉の定義。

 かなり私個人の趣味に凝り固まったオリジナルの固有設定がたんまりあります。

 一応物語中に必要な部分は語りつくすつもりですが、もし不足でしたら設定資料などを公開するつもりです。

 

 未熟者ですが精進していく次第ですのでこれからもどうぞよろしくお願いします〜。










管理人の感想


 T-SAKAさんから8話を頂きました。

 今までで最長ですので、楽しんでいただけるかと思います。



 今回は戦闘多し。

 ジュンイチ達はあまり出番がなかったですな。

 その割に漁夫の利たりしてましたが。(笑



 メインはユウイチvsアヤカでしょうか。

 意味深な台詞を連発してた両者ですしね。

 最後の方にも何か気になる文がありますし。

 あの2人の関係も今後ごうなるか気になるところですよねぇ。

 セリオとユウイチの関係も変化しそうな兆しが出てきましたし。




 個人的にスギナミ君の活躍に期待。

 どんな謎キャラなのでしょうか。(笑



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