夢の集まる場所で
第10話 失ったが故に
私は嘗て両親を事故で失った。
突然家族を失ったのが悲しくて、唐突に変わった環境に混乱して、新しい家に引き取られた後もずっと泣いていた。
だけどある人が私の力を目覚めさせてくれたお陰で、新しい家族から愛されている事を知り、泣く必要はなくなった。
私の力―――それは他者の心を読む力。
私は多分かなり恵まれていたのだろう。
養子である私を、新しい家の人達は本当に家族の一員として扱ってくれた。
だから養父を父と呼び養母を母と呼び、義姉を姉と呼ぶ事ができた。
私はかなり卑怯と言うべき力のお陰ではあるが、新しい家族を手に入れられたと言っていい。
だが、その時私はやっと馴染めた新しい家族を再び失おうとしていた。
「早く! 逃げるのよっ!!」
「私が時間を稼ぐ、お前達2人は逃げろ!」
旅行の帰りだった。
突然魔物に襲われたのだ。
安全な筈の道に突発的に出現した強力な魔獣。
後に知った事だが、その時の魔獣はグリフォンと呼ばれる鷹の頭と翼、獅子の体を持つもの。
地上においては竜種に次いで強力な魔獣だ。
多少マジックアイテムで補強した程度の一般人では時間稼ぎもできない。
それでも義父と義母は姉と私を逃がす為に魔獣に立ち向かった。
敵わない事は百も承知であろうに。
私は本当に恵まれている。
こんな状況ですら、2人は心から義姉と私の身を平等に案じ、生き延びさせようとしてくれている。
「お父さん! お母さん!」
「振り向いちゃダメッ!」
そして、まだ状況も把握できない私を引っ張って走る義姉。
義姉は義父と義母の死を覚悟し、更に私を逃がす為に次の囮になる事まで考えていた。
ああ、私は怖いくらいに恵まれていた。
養子である私をここまで愛してくれる家族。
幸せ過ぎたのだろうか? だからこんな形で失わなければならないのだろうか?
「あなたっ!」
義父が魔獣の爪で受け血を吹きながら倒れた。
駆け寄ろうとした義母は魔獣の体当たりで吹き飛ばされた。
「あなたは逃げるのよ!」
そして、義姉が私を森の中へと投げ飛ばした。
次の囮になる為に。
私は何も出来なかった。
何も―――
ただ、家族が、こんなにも良くしてくれた家族が死にゆくのを見ていることしか。
私が投げ飛ばされて茂みに尻を突いたとほぼ同時に、義姉に飛び掛る魔獣の姿を見た。
が、その魔獣が義姉に接触する直前、それは来た。
ズダァァァンッ!
一瞬―――いや、事が終るまで私は何が起きたのか理解できなかった。
理解が追いつかなかったが、何かが起きた。
義姉は尻餅をついているだけが無事で、グリフォンがその斜め後ろに倒れていた。
そして、義姉と、私の前には1人の少年が立っていた。
明らかに彼自身の身長よりも大きな大剣を持った少年が。
その時私は尻餅をついた状態から見上げていたから解らなかったが、私と同年代の少年だった。
その時の私が12だからつまりその位だ。
ハッキリ言ってしまえば少年の中でも、子供としか言い様の無い年齢の男。
だが、事が終わり立って並ぶまでは気付かなかった。
その理由だが、幼さが残りつつも凛々しい顔立ちだと、見上げた時に感じたというのもある。
だが、そんなものは後から思い出した事に過ぎない。
先にも述べたがグリフォンという魔獣は、地上に置いてドラゴンの次に強力な魔獣なのだ。
普通の冒険者のパーティーでは逃げるのでやっと、高レベルなパーティーでも苦戦ですめば自慢話にできる。
現われた少年はそれと戦ったのだ。
当時の私では何をしているか良く解らなかった。
少年は手にした大剣を自由自在に操りグリフォンの嘴と爪を捌いていた。
後にやっと理解できた事であるが、それは派手さは無く基本の戦い方だった。
だが、磨きぬかれた基本はどんな派手な技よりも綺麗だと思えた。
そして、少年はその大剣に柄に付いた鎖でグリフォンの首を絡め、背に周り首の根元を蹴り、遂にグリフォンを倒してしまったのだ。
自分と同年代の子供が、戦う事を生業とする大人達でも滅多に勝てない魔獣を倒した。
それだけでも普通は強烈なインパクトだろう。
実際義姉は今でもあの時の事を忘れていない。
勿論私も鮮明に覚えている。
ただ、私は少し違う所の印象が強かった。
私は心が読める。
それはその時考えている事を読むという極単純な物でしかない。
その当時は能力を使いこなす事も制御する事もできなかった。
制御できないからどんな時でも相手の心を、考えている事が読めてしまう。
それはその時の少年に対しても例外ではなかった筈だ。
だが、その時の私は少年の心を、考えている事を読む事はできなかった。
通常、どんなに集中していても何かを考えているものだ。
次どうするとか、こうなったらどうしようか、とか。
戦闘中なら相手の行動を先読みするなどして決して無心ではないだろう。
しかし、少年は違った。
考えている事を読めない。
その時の思考が一切読み取れないかったのだ。
その頃の私はまだ明鏡止水とか、無我の境地に達した人と出会ったことが無かった。
だから無心で戦闘をする人に対し混乱した。
更に、その少年の思考の代わりに読み取れた心理イメージが流れてきた。
その時の私は恐怖を覚えた。
その時の少年の心理。
それは例えるならば研ぎ澄まされた刃、抜刀された刀だった。
美しいとも表現できるが、それでも凶器。
研ぎ澄まされ集中されていようと殺す事を目的としたモノ。
それがその時の少年の心理イメージだった。
「大丈夫?」
自分に向けられた物ではないと解っていても、私は少年が怖かった。
だから、グリフォンを倒し終え、私に歩み寄って心配して差し伸べてくれた手を取れなかった。
私が怯えている事が解った彼は次に義姉を助け起こした。
そして義姉が私を助け起こし、私達は両親の下へと向かった。
「大丈夫よ。
お守りがあったお陰で一命をとりとめたわ」
両親の所には少年の同行者である蒼い髪の女性がいて、既に治療を終えていた。
両親が生きている事を知り、私と義姉は泣いてしまった。
訳も解らず起きた不幸が、何も奪う事無く去った事で、それがどれだけ幸運かを理解して泣いたのだ。
その後、両親も気がつき、私達も落ち着いた後問題はグリフォンに移った。
少年はグリフォンを殺してはいなかった。
ただ気絶だせただけだったのだ。
その事に少年が先生と呼ぶ蒼い髪の女性は嬉しそうだったが、私達は何故わざわざ生け捕ったのか最初解らなかった。
「こんな場所にグリフォンが姿を現すには何か理由がある筈です。
可能な限りその原因を調べた方がいいでしょう。
原因を追求し解決できればもう2度と同じ事は起きないのですから」
少年はそう言って気付けして起こしたグリフォンにいろいろ訪ねた。
どうやら彼はグリフォンの言葉が解るらしい。
なんでもこの辺りに巣を作ったから神経質になっていたという事らしい。
その後少年は巣の移動を提案しグリフォンは同意したらしい。
私達はグリフォンの言葉は解らないので、ただ少年の言葉から推測するしかないかったが無事終ったらしい。
「今回は幸い死者もでませんでしたし。
本当に良かった」
最後に少年はそう言って微笑んだ。
誰も死なず問題が解決できた事を幸とし、笑みを浮かべたのだ。
私は純粋に彼を凄い人だとは思った。
私と同年代なのに色々考えて解決してしまう、凄い人だと。
私はまだ彼に対する恐怖が抜けていなかったがそれには感動した。
その後、まだ体が完全でない両親が動けない為、近い湖の近くで一夜を明かす事になった。
明日には両親も動けると言う事だが、一応女性と少年が一緒に街まで護衛してくれると言ってくれた。
両親も義姉もその夜は直ぐに眠ってしまった。
だが、私は1人湖の傍に来ていた。
眠れなかったのだ。
今日、自分がいかに無力であるかを知ったから。
恵まれて幸せであるのに何一つできない自分を知ってしまったから。
「月が綺麗だな……」
私は空の月と湖に移る月を眺めながら1人呟く。
声は夜空に消えゆき、少し肌寒さを感じた。
私は何気なく歌を歌った。
歌は好きだ。
歌を歌っている間だけは私は『世界』に溶け込めるというか、一部になれるような気がするのだ。
集中しているから制御できない心を読む力も機能しなくなり、外界からの情報をシャットダウンできるからそう思い込めるのかもしれない。
この後それが悪化する事になるが、この頃の私の歌というのはそう言う理由もあるが好きだと言えるものだった。
兎も角、この時は孤独や無力感から脱する為に歌にすがったのだ。
だけど、歌を歌い終わったらまた寂しくなる。
そんな時、背後から声が聞こえた。
「綺麗な歌だね」
私は歌を歌っている間は周りが見えなくなる。
振り向くとそこには何時の間にかあの少年がいた。
心を読む力どころか普通の聴覚も働いていないに等しくなる。
よく言えば集中できているのだろうが、外でやるには危険極まりないだろう。
少年との距離は3m程だった。
私はこの時まだ少年への恐怖が残っていた為反射的に後ろに飛び退いた。
後で思い出して自分の若干良い運動神経が恨めしく思えた。
更に言えば私はこの時怯えた顔をしていたのだろう。
戦闘直後ならまだ言い訳も利くがだろうが、これでこの恐怖が少年自身によるものだと、少年に嫌でも解らせてしまった事だろう。
いや、例え隠していたとしても彼なら気づいてしまったろうか。
「ごめんね、邪魔する気はなかったんだ」
彼は儚く微笑んで謝る。
この時は少年の心を読む事ができた。
『諦めていた筈だけど』と『未熟だな』という心の声。
その深い意味までは解らなかったが、彼は私が怯えているのを自分の悪いのだと考えていた。
彼は何も悪くないのに私は彼を酷く傷つけた事にこの声を聞いてやっと気付いたのだ。
「今日は月が綺麗ですね。
月の光があるとは言え夜は危ないですから、気を付けて」
彼はそう言って湖の外周を回っていった。
見回りだったのだろうか?
私は彼に謝ろうと思ったのだが、後を追う事ができなかった。
そして、彼は丁度湖の反対側に来た所で立ち止まり月を見上げた。
同時に、彼の心の声が全く聞こえなくなった。
「あれ?」
有効範囲内の筈で、聞きたいと思っているのに心の声が聞こえないのだ。
先の戦闘の時の様な研ぎ澄まされた刃の様なイメージも見えず本当に無心。
心がそこに無いかの様に何も聞こえなくなった。
「あの子は心の鍛錬しているだけよ。
気にしないで」
そこで背後から声が聞こえた。
少年の師である女性だ。
この人の声も実は殆ど聞こえない。
考えている事が良く解らない。
ただ、不快な感じは全くしない不思議な人だったのを覚えている。
「心の鍛錬?」
「ええ。
貴方を怖がらせてしまったから」
女性は微笑みながら答える。
私には何に対しての笑みなのかは解らないが、苦笑ではなく微笑みであった。
「私、彼に悪い事をしてしまいました」
私は彼に謝れなかったことを女性に打ち明けた。
すると女性はまた微笑んで私を撫でてくれた。
「仕方のない事よ。
本当に今日のあの子は怖いと思えるのだから。
それに、貴方は心を読めてしまうのだから尚更ね」
「え?」
私はその時は本当に驚いた。
今まで心が読めることを見抜かれた事はなかった。
私の心を読む力は一般的な『テレパス』とは違う。
普通の魔法と違うが為、他者に読まれているという感覚を一切与えないらしい。
後々知ることだが、私のこの力はかなりの特異能力だそうだ。
それを打ち明けた事はあっても、見抜かれたのはこの女性が最初で今の所最後である。
「でも使い方を知らないのね。
これをあげるわ」
女性はそう言って一冊の本をくれた。
分厚い魔導書だ。
「これは……」
「私の蔵書の一部の写しよ。
貴方の力を制御する方法を記してあるわ。
ただ、一部だけど結構秘蔵の本の写しだから、貴方が習得したら燃やしてしまってね」
女性は微笑む。
魔導書というのは非常に高価な物だ。
今日見た限り、女性の治療魔法の腕から相当の魔導師だと分かった。
そんな魔導師が秘蔵している物なら、高価を通り越した重要性がある筈である。
それを今日知り合ったばかりの小娘に、一部の写しとはいえ簡単に見せて良いなのだろうか。
その時も思ったのだが、魔導学の事を後々勉強して改めて思う。
今でも不思議だ。
ただ、女性はその代金としてこう言った。
「貴方の素直な気持ちをあの子に言ってあげて。
それだけでいいから」
女性はそれだけ言って両親と義姉が眠る場所へと戻っていった。
私はこの夜少しだけ魔導書を読んだ。
そして、夢の中で少年の心に入る事ができた。
そうだ、この時私は一度彼の心に入っている。
尤も、この時はまだ未熟だったから彼の心の表面、いわば庭先に立っただけだった。
けれど、そこで彼の友人と話せたのは私にとって人生を動かした重要な事だった。
翌日、何事も無く街まで到着した私達は少年と女性に別れを告げる事になった。
もとより通りが掛かった所を助けてもらっただけなのだから当然だ。
最後、両親が二人に何処へ向かうのかと聞いた。
「ローランドの方へ行ってみようと思っています」
「そうですか。
あちらはいま内政が荒れています、どうかお気をつけて」
「ええ」
両親と女性との会話が終わり、いよいよ2人が私達に背を向けて歩き出そうとしていた。
私は、そこでやっと声を出す事ができた。
この最後の最後で。
「待って」
叫びにも近かった声に二人は立ち止まってくれた。
少年は少し驚いていたが、女性は予想していたかの様に微笑んでいた。
「名前を教えてください」
私達は名乗ったが彼らは名乗っていなかった。
名前の交換が果たされていない。
だから私は最後の別れ際に尋ねた。
「俺の名前は■■■■、■■■■ ■■■■」
彼は最後に心からの微笑みを見せ、名前を教えてくれた。
彼の本当の名前を。
「またね」
「ああ、また」
簡易、そう本当に子供の再会の約束。
だが、確かに交わした約束だった。
その後私は護身術を学び、魔法学も学んだ。
どちらも才能が無かったらしく努力で補っても学年で上位というくらいが限界だった。
頂いた魔導書はなんとか全て理解し、言われた通りに燃やした。
それから本格的に歌も学ぶ様になった。
力は制御できる様になったが、私は人間不信に陥っていた。
今までもそれに近い部分があったが、なにせ心をより深く見れるようになってしまったのだ。
外から見れば誰にでも優しい優等生という風に見られていたが、私の中では家族と極一部の例外を除き人間を信用していなかった。
歌は逃げ道になり、一時期自分が歌を好きである事すら忘れていた。
それから暫くしてある男の子に出会った。
その人は私の人生を変えてくれた2人目の男性だ。
その人は私に自分にとっての歌というものを確立させてくれて、心を読む力なしでも人を信頼する事を教えてくれた。
私は家族も友人も居るこの上ない幸せな時間を過ごした。
更にそれから少しして私は旅に出る事にした。
両親や姉の説得には苦労したが、何とか許可をとって世界を回った。
そして今私は彼と再会した。
でも今私に何ができるのだろう?
恵まれていて、幸せだった私に
一体私は彼に何を―――
「……コトリの夢……だよな?」
目を覚ましたジュンイチは、頭痛のする頭を押さえていた。
見た夢が自分の知るコトリ シラカワのものであることはまず間違えない。
だが、
「何故……情報規制が……」
ジュンイチの事を除く全ての夢の内容に、フィルターが掛かっていたのだ。
あるべき情報の流れが遮られ、それがノイズとなっていた。
コトリの夢が劣化しているのではなく、外部からの情報流出を防ぐ魔法がかけられている。
特に少年とその師である女性の外見、最後にコトリが教えてもらった少年の名前が完全に遮断されていた。
ジュンイチが用いている方法による情報収集にも有効な、極めて協力な情報規制魔法だ。
「確かに凄い人達だったのだろうが……」
コトリに自覚は無いだろう。
そして、親友として深く接していたジュンイチも、こんな魔法が掛かっている事を見抜けなかった。
十分に一流と言える魔導能力を持つジュンイチをしてもだ。
掛かっている情報規制自体も高度だが、それを隠蔽する処置もまた高度だ。
「……まあ、今は構っている暇はないがな」
機会があれがコトリにその事について尋ねてみるつもりではある。
だが、今はそれ以外に集中しなければいけないことがある。
これが今起きている事に関わる事でも無い限り。
「もう準備はいいのか?」
仮眠を終えて集合した3人。
後は軽く食事をして迎撃体勢に入るだけだった。
「ええ……」
「あ……うん、大丈夫だよ」
だが、どうもサクラとネムに元気はなかった。
こう連日戦闘では元よりそういうタイプでないサクラと、一般人のネムでは仕方の無い事ではある。
しかし、そうも言っていられないのが現状だ。
「おいおい、どうした? しっかりしてくれよ。
サクラ、お前は攻撃の要で、ネム、お前は今日直接出るんだからな?」
本音を言えば休ませてやりたいが、ジュンイチ1人では何もできない。
ジュンイチはあくまで防御担当だ。
酷な事で、ジュンイチも歯痒く思うこともあるが、攻撃を担当する2人がしっかりしてくれなければ勝つ事はできない。
「うん、大丈夫だよ」
「ええ、解ってます」
2人は先ほどよりしっかりと返事をするが何処か変だ。
ジュンイチをはっきりと見ていない。
「……食ったら敵が来るまで2人とも休んでろ。
まともに動けないんじゃ護ろうにも護れん」
今朝までは普通だったと思ったのだが、どうも様子がおかしい。
原因がこれといって思い当たらないジュンイチは、取り合えず疲れという事にしておくしかない。
「大丈夫だよ」
「ええ、大丈夫ですよ」
更に強くそう主張する2人。
「ならいいが、しっかりしてくれよ」
ジュンイチは追求する事無くその話を終えてしまう。
それよりも集中しなければならない事があるのだから。
「今夜私はどうしようか?」
出撃前の準備をしていたヒロユキ達。
そんな中、ベッドから抜け出して来ていたアヤカが、何気ない風にそんな事を尋ねた。
「あ〜、どうすかっね」
アヤカは現在ラピード後につき、全身の筋組織がほぼ壊滅状態である。
まあ、治りかけているので地獄の筋肉痛一歩手前という感じだ。
約一昼夜の時間があったので半分くらいは回復しているが、それでもまともに動けない事には変わりない。
本来なら絶対安静という風になるのだが。
「大人しく寝ている気は?」
「私が? 一応でも動けるのに?」
本人が在り得ないという風な顔をする。
尤も、流石に無理して戦闘をする気は無い。
でもじっとはしてられないのだ。
つまりは、何でもいいから何かさせろと言いたいのだろう。
「ここへ来てもう4日……調査の成果は無いに等しい。
今日は4人固まって調査優先で行くか」
「OK〜それなら私もいけるわ」
「解りました」
「了解です」
アヤカの為というのもあるが、実際調査が進んでいないのは事実。
そろそろ何らかの鍵は見つけておきたいところである。
それ故の4人全員での調査だ。
「戦闘になったらアヤカは大人しく撤退すること」
「解ってるわよ。
足手まといだけにはならないわ」
一応釘もさしておく。
冷静で、いつも通りに見えるヒロユキ。
だが、彼は少し焦っていた。
ここに来て4日にもなるのに、一度の勝利も、問題を解決する鍵も見つからないというのもある。
しかし、それよりも強く、彼を急がせるものがあった。
予測した限界日数まで後3日と迫っていた。
島の北部にある岬の洞窟。
そこに作られたユウイチ達の拠点に1人の人物が訪れていた。
「相変わらずどうやって見つけてくれるのやら」
「それが俺の売りだからな。
まあ、企業秘密だ」
黒髪中肉中背で、身軽な格好をした青年。
情報屋、スギナミ。
ユウイチと同年代にしてユウイチ達が最も信頼している情報屋である。
行く先々で特定の情報屋を使う事はあっても、スギナミの様に何処であろうと使うのは彼1人である。
つまり、ユウイチがやっている事の、その真の意味を知っている数少ない人物でもある。
「では依頼した情報を聞こうか」
「ああ」
それからユウイチはジュンイチ達に関する情報を受け取った。
彼らがどう言う人物で、どの様な関係のパーティーで、どんな力を持っているのかを。
「なるほど」
「まあ、こんな所だ」
何時もながらどうやって調べたのか聞きたいくらい、細かな情報に満足するユウイチ。
そして半ば反射で戦略を再構築する。
これで彼らに勝てる確率は大きく変わってくる。
「ああ、そうそう。
今回はあの方より預かり物がある」
一枚の封筒を懐から取り出すスギナミ。
妙なふくらみがあるので、手紙ではない何かが入っているのが解る。
「では俺はこれで」
「ああ、またな」
「ああ」
用件を済ませると早々に立ち去るスギナミ。
それも風の如く。
瞬時にその場から消えていなくなる。
どのような方法を使っているのかユウイチでも正確には解らない。
ある程度候補はあるが、確かめた事は無い。
「相変わらずよく解らない人です」
「解析できないというのは悔しいですね」
「変人」
スギナミが消えた場所を見て、思い思いに感想を口にする女性陣。
何度か彼を見ているが、アキコ達は今だに彼に慣れないでいた。
「変人は酷いんじゃないか? 俺は結構面白いと思うが」
マイの感想に若干苦笑しつつツッコミを入れ、封筒を開けるユウイチ。
中身は手紙が一枚と、子供の拳くらいある木の実の様なものが入っていた。
ユウイチは取り合えず手紙を読み、それから木の実を見る。
「んん?」
そしてもう1度手紙を読み、再度木の実をまじまじと見るのだった。
それから手紙と封筒を隅々まで調べ上げた後、燃やし、残った木の実を丹念に調べる。
「これ、何だか解ります?」
数分後、ユウイチは自身でも確証を得ながらアキコ達にそう尋ねた。
何処か呆れた感じの顔で。
「木の実ですか?」
「随分大きいですけど」
「硬い」
渡された木の実を見たり触ったりしながら記憶から該当するものを引き出す3人。
やがて、まずサユリの動きが停止し、次いでアキコ、マイも停止する。
それから少しして復帰した3人は慌てた様子でもう一度よく木の実を調べる。
「あの……ユウイチさん、これ……」
「まさか……」
「……」
やや自信がなさそうにユウイチに目を向ける2人。
「どこで手に入れたんだか。
兎も角今回使うらしい」
アキコから返してもらった木の実を弄びながら苦笑するユウイチ。
本当に、自分の周りには不思議を通り越した人ばかりだと思いながら。
「さて、まあこれをどう使うかはまだ解らんがそろそろ出るか」
ジャケットの一番安全な所に木の実を入れて立ち上がるユウイチ。
ここへ来て4日。
情報はあれど解決に直接繋がる要素がまだない。
故に、ユウイチは今日得た情報を持って、今まで状況から一歩進める気でいた。
「行くぞ」
「「「了解」」」
スギナミの情報が無くとも決まっていた作戦。
既に打ち合わせは済ませてある。
メンバーの割り振りは何時もと同じユウイチ単独と女性陣3人。
だが、それでも昨日までとは何かが違っていた。
夜の森、桜の木のみで構成された迷いの森を、1人で歩くユウイチ。
これまでもずっとそうだった様に、今夜もユウイチは単独で森を進む。
だが違う。
昨日までは明確な目的をもって進んでいた。
初日は森の奥を調べる為に、2日目は初日に出会った管理者の足跡を辿る為。
3日目はアヤカとの逢瀬の為に。
そして今日。
確かにルートは決めて歩いている。
しかし、行く『場所』に目的は無い。
今日の目的というのは存在する。
それは管理者を倒す事。
待っているのだ、ユウイチは。
管理者が出てくるのを。
『待つ』とは随分と消極的な行動に思えるがそうではない。
ユウイチは確信している。
昨日までの彼らの行動、最終目的、昨晩の最後ユウイチ1人を執拗に攻撃してきた事で、先ほど彼らの情報を得た事で。
彼らが今日、単独で歩くユウイチを潰しに来る事を。
そして、彼らは現われる。
ユウイチの目の前に。
「やあ、少年また会ったな」
「……」
ユウイチの進む先を予測して待ち構えていた管理者の少年、ジュンイチ アサクラ。
ユウイチの前に見えるのはこの少年1人のみ。
だが、居る。
残りの2人、ネム アサクラと、ここの管理責任者サクラ ヨシノも。
違う場所でユウイチを捕捉しているだろう。
所詮歳相応の小娘の放つものでしかないが、殺気が向けられているのが解る。
初日こそ隠す必要もなく無く殺意は無かったから不意を突かれた。
だが、もとよりただの小娘に殺意を隠す技能がある訳もなく、姿はほぼ完璧に隠れていても殺意が完全に漏れてしまっている。
「昨晩は随分と派手な花火を……」
「大人しく出て行く気は無いのか?」
ユウイチの言葉を遮り、退去を勧告するジュンイチ。
その声はどこか震えている感じがした。
迷いを打ち消そうとして、でもできない。
そういう幼さが見えた。
「でなければ、俺は……」
「もう友の待つ街へ、平和な日常に帰れなくなる、か?」
今度はユウイチがジュンイチの言葉を遮り、言わんとする言葉を奪ってしまう。
そう、それはジュンイチがユウイチを殺してしまった時の彼の心。
やはりこの少年はまだ人を殺した事が無いのだろう。
得た情報の確かな証拠がここに出る。
それでも昨晩の攻撃などは迷いは無かった。
戦闘が始まればある程度覚悟できてしまうのだろうか。
大抵の事を冷静に対処できるらしいが、それが何からくるのか、まだ情報が不足している部分はやはりある。
「人を殺したくないのならばそこをどくがいい。
道を開けない、あくまで護るというならばそんな甘い考えを捨てる事だな」
心理戦の為と言う打算もあるが、半ば反射的な部分で悪役的な台詞を吐くユウイチ。
いや、今は演技でない部分も多い。
そもそも100%演技という行動はとらない。
どこかに『ユウイチ』が混じっている。
それは万が一にもボロを出さない為と、アドリブでフォローしやすくする為というのが理由である。
だが、それでもここに来てからユウイチは、素で感情を表に出しすぎている。
観客が居ないという理由もあるだろうが、それ以上に何故かユウイチはここで『ユウイチ』であった。
「……そうだな」
少年は一度目を伏せる。
そして、再び視線をこちらに向けた時には、もうそこには
「それでいい」
戦士と対峙したユウイチは大剣を抜いて構えた。
ジュンイチは自然体をとる。
ジュンイチ自らは攻撃しない。
ただ護る事に特化した戦闘スタイル。
だが、『護る』とは一体何―――いや誰の事をさしているのだろうか。
「……一つだけ忠告しておこう。
後ろのガキ2人は下げておけ。
でないと、殺すぞ?」
一片の歪みのない純粋な殺意。
ユウイチは本当に殺せる。
障害である限り、例え相手が一般人の少女であろうとも。
「……そうか」
ジュンイチは理解しただろう。
それ以前にそう言う奴だという認識を持っていたとしても。
それがハッタリなどではありえないことを。
そして、ユウイチならばそれが可能である事も。
だがジュンイチは2人を下げない。
それは自分が2人を護るからだ。
「俺の勝ちで、お前の負けだ。
ジュンイチ アサクラ」
ジュンイチの決意を察したユウイチは、無表情から殺意に満ちた貌へと変わった。
それは演技などではない、純粋な彼の気持ちだった。
森に入ったヒロユキ達は、黒い桜と正常な桜の境界付近で調査を開始していた。
だが、調査を開始して間もなく、少し離れた場所で金属音や爆音が響くようになる。
どうやらあの男と管理者が戦闘を開始したようだ。
「丁度良くあの男の方に集中しているみたいだな、管理者は」
「そうね」
調査の手を止めずに会話するヒロユキとアヤカ。
セリカは現在桜のシステムにアクセス中である。
「セリオ、管理者と戦っているのはあの男だけか?」
「はいそうみたいです」
ヒロユキは自分でも解っていながら、念のため多種感知機能を搭載したセリオにも確認をとる。
やはり管理者のチームに対しあの男は単独で戦っている様だ。
「何やってるのかしらね、残りは。
調査ってのもあるんでしょうけど」
「そうだよな」
どう言う訳かあの男のチームにいる女性達は、ヒロユキ達のチームから距離をとった位置にいる。
調査で偶然この配置なのかもしれないが、ヒロユキ達の行動を監視している様にも感じる。
だが、それならば何故あの男1人を戦わせるのか。
それが解らない。
「あの男も謎だらけだからな」
「そうよね……」
「ええ……」
ヒロユキの言葉に少し俯くアヤカとセリオ。
ヒロユキはそれに気付くも、昨晩の事があるからだろうと特に追及する事はしなかった。
ガキィンッ!
森に鈍い金属音が響く。
侵入者が振り下ろしてきた大剣をジュンイチが受けた事で鳴った音だ。
ジュンイチは侵入者の剣を左の盾で受け止めていた。
「くっ」
足が少し地面にめり込んでいるのを感じる。
やはり半ば質量武装であるこの男の大剣を受けるのは、祖母の盾があっても厳しい。
いや、祖母の盾が無ければ真っ二つになっているのだから十二分に意味はある。
「いい盾だな」
男は殺意に満ちた顔で静かに言葉を口にする。
一瞬何かを返そうかと思ったジュンイチであったが、それより先に男の足が動いている事に気付いた。
ガンッ!
腹を狙った蹴りを右の盾で受け止める。
蹴り飛ばされてしまいそうになるのをなんとか踏みとどまるジュンイチ。
そこで、男の動きが一瞬止まった。
『サクラ!』
そのタイミングでジュンイチはサクラに念話で合図を送る。
ゴウンッ!!
そして1秒も待たず、ジュンイチの目の前に正確に降ってくる火炎球。
上空にいるサクラが撃った物だ。
サクラの能力とここの能力、そしてジュンイチの機能を使った、一般の魔法とは少し違う攻撃用に調整した『魔法』。
初日の構築テスト、2日目の調整、昨晩の最終テストを終えて実用可能となったジュンイチ達の最大攻撃手段。
通常の魔法とは違う為、魔導師でも事前感知が出来ず、視認するくらいしかないというものだ。
降って落ちてくる時間も1,2秒。
普通ならこのタイミングで避けられる筈がない。
だが、男はここで、蹴っている方とは反対の足を上げ、蹴りを止めている盾を蹴った。
ガンッ!
「なっ!」
反射的に蹴り飛ばされない様に踏ん張る。
が、男はそれを利用して大きく後退して落下してきた火炎球を避けてしまった。
ズドォォォンッ!
ジュンイチの目の前に着弾し、爆発する火炎球。
だが、その炎はジュンイチも森も焼く事は無い。
この炎はただ、侵入者を焼き払う為だけに存在する炎であるが故に。
(どこに?!)
だが、その爆炎で視界が閉ざされる。
この炎の奥に居る筈の男の姿が見えない。
『お兄ちゃん、右!』
「くっ!」
ガキィンッ! ガンッ!!
サクラの声にそちらを振り向けば、地面すれすれの状態から切り上げてくる男の大剣があった。
なんとか右の盾一枚で受け流すが、一歩後退してしまう。
更に続けて横薙ぎが来るのを左の盾で受け止める。
『ネム!』
ジュンイチは横薙ぎを受け止め、押し返すタイミングで今度はネムに指示を出す。
大剣という大振りの武器を扱っている限り隙は大きくできる。
そのタイミングさえ間違わなければ倒せない相手ではない。
ヒュ
殆ど音も無く正確に飛来する麻酔付きの針。
効果は初日この男の連れで実証済みだ。
一発でも命中すれば終わり。
なのだが―――
ブンッ!
男はジュンイチが大剣を押し返すと同時に引き下がり、マントを大きく靡かせる。
そのマントによって針は弾かれてしまう。
「幼稚な攻撃だ」
再び目を合わせた男は、ただ冷たくそう言い放った。
そして、同時にまた斬りかかって来る。
通常の物理攻撃はこの盾がある限り効かない。
言っては何だがあの勇者に比べて遅いこの男の攻撃を、ジュンイチが見誤る事は無い。
その筈だった。
「ちっ!」
ガキィンッ!
再び森に響く金属音。
ジュンイチは受けてまた後退する。
そこへ繰り出される大剣による連続攻撃。
切り下ろし、薙ぎ、持ち上げるかの様に切り上げ、また薙ぎ、切り下ろす。
まるで回転しつづけるかの様に連続で剣を振るう男。
ジュンイチは受け止めては後退し、受け流しながら後退し、避ける為に後退する。
「くっ」
『お兄ちゃん!』
『兄さん!』
後退を続けるジュンイチに妹達から声が届く。
あの勇者と戦っても一歩も退かなかった兄が後退を強いられているのだ。
2人は心配でならないだろう。
しかし、
『心配すんな、少し待ってろ』
表面に出している焦りの表情とは違い冷静に返答するジュンイチ。
ジュンイチは待っていた、あるタイミングを。
普通にやっても避けられてしまうならと、策略を練っていた。
ガキィンッ!
また大きな金属音が響いた。
そして大きく飛び退くジュンイチ。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
最初に戦闘を開始した位置からはさして移動していないが、動いた量は今までとは比べ物にならない。
所詮一般人という事かジュンイチは息を切らしていた。
肩は下がり、動きは硬くなる。
「……終わりだ」
それを見て男は今までよりも大きく振りかぶり切り下ろす。
全体重と武器の重さに運動エネルギーに重力を味方にした攻撃。
いかに祖母の盾を装備しているジュンイチとて受ければ無事ではすまない。
ブンッ!
風が叩き切られる音と共に振り下ろされた大剣。
それを、
フッ
後方に大きく一歩下がりながら、盾で触れるか触れないかという紙一重で避けるに等しい受け流し方をしてみせる。
待っていた、この攻撃を。
このタイミングを。
大剣が股よりも下まで到達し、完全に受け流しきると残っていた足を下げると同時に、
ガンッ!
蹴り下ろした。
大剣の上に。
大剣が地面に大きくめり込む音が響く。
大ぶりの攻撃を外した上にジュンイチは武器を封じた。
と言っても、封じられるのは僅か数秒だろう。
しかし、戦闘中の数秒はあまりに致命的だ。
『サクラ! ネム!』
そして2人に同時に攻撃を指示する。
二段構えにする事で少なくともどちらかは対処不能にする様に。
これで勝てる。
ジュンイチはそう思った。
自分が抑え、サクラとネムがそれぞれの能力を活かした攻撃をすれば勝てる。
例えダークドラゴンを従える様な相手でも勝てる、と。
「ド素人が」
だが、憤怒にも似た殺意を顕にした男は静かに吼えた。
大ぶりの攻撃を外し、武器を抑えた事でジュンイチはやはり2人に同時に攻撃指令を出したようだ。
動き回って疲労している様に見せかけて。
二流以下の相手ならそれでもいいだろう。
実際、それくらいの演技はできていたし、実力もあるだろう。
だが、ジュンイチには一つ足りないものがある。
それはまるで道場では最強と言われながらも、初めて野外で実戦をする奴を相手にしているかの様な感覚。
擬似的な経験は積んでいるのは確かだが、ジュンイチには本人がする実践での経験が足りていない。
故に―――
「ド素人が」
ユウイチは思わずそう口に出してしまう。
感情のままに。
ユウイチは全く躊躇する事なく大剣を手放す。
「っ!」
その行動にジュンイチは驚いているが、一体何を驚くというのだろうか?
武器に拘る理由など無いというのに。
そして直ぐに懐のホルダーに手を伸ばす。
引き抜くのは今朝ようやく修復が完了した魔導銃タスラム・レプリカ。
師より授かった武装の1つ、伝承に名を残す魔導銃の模造品。
だが、魔導銃としては多機能で高性能。
ただそれ故に攻撃力が低いのが難点だが、そんなもの使い方次第。
それを証明しよう。
タンッ
ユウイチは跳ぶ。
前へ。
ジュンイチが居る方向へ。
大剣を振り下ろし、地面に叩きつけた反動をそのまま使った前方宙返りだ。
大剣から手を離したユウイチはジュンイチの頭を飛び越える。
丁度ジュンイチの頭の上で半回転する形となり、ジュンイチとは逆さまにジュンイチと同じ方向を見る事になる。
それはつまり元々ユウイチが立っていた位置だ。
そこには今まさに火炎球が降り注ごうとしていた。
そしてその前方、ユウイチが立っていた位置からは後方に針が迫っている。
逃げ道を封じたつもりだったのだろう。
まさか自分の真上を通るとは思わず。
ユウイチは完全にジュンイチ達の攻撃を躱した。
しかし、ユウイチの行動はそれだけでは終らない。
「丸見えだよ、お嬢さん達。
カワイイピンクの下着までな!」
ドドンッ
殺意を込めて上空の管理者責任者サクラ ヨシノと、森の木々に隠れるジュンイチの義妹ネム アサクラへ銃を向け発射する。
爆音にも似た音と共に射出されるのは2発の光の塊。
一応目を向けて撃つものの改めて照準する必要などなかった。
ずっと視線を受け続けていた事で位置が解っていたのだから。
そして、2人が攻撃する瞬間、それは幼稚な殺気が放たれる為完全に把握できる。
同時に攻撃してきていると言う事は、それは相手への道が出来ていると言う事。
特に木々の枝が邪魔だった上空のサクラへの道は火炎球が燃やさずとも押し開けて作ってくれている。
更に言えば、攻撃の瞬間は無防備になる。
このタイミングこそ、ユウイチの待っていた瞬間だ。
「ちっ!」
ダンッ!
ユウイチの行動に驚き呆けていたジュンイチは発射とほぼ同時に正気を取り戻し動く。
発射された弾丸の内ネムに向けたものを盾で叩き落す。
正確には8割を削り落すだけになったがそれだけでも十分異常な速度だ。
護る事に特化されているが故の行動力だったのだろう。
サクラの方は上空に風の結界があると言う事でそちらに任せたのだろう。
相手が光の玉、攻撃用の光の魔法球だったのなら8割も削り落とせばその魔法は意味を成さず、風の結界によって消滅する。
ジュンイチは確かに己の役割を全うした。
そう、それが攻撃用の魔法光玉であったならば。
カッ!
ジュンイチがネムに向けた光の玉を削り落とし安心した直後だ。
2発の光の玉は弾け強力な閃光を放った。
それも発射された方向へだけに、指向性を持って。
「何っ!」
「にゃぁぁーーー!」
「きゃぁぁっ!」
ジュンイチの驚きの声とほぼ同時に聞こえる2つの少女の悲鳴。
一つは落下しながら聞こえてくる。
ユウイチの放った光は射出方向へ、少しの時差を持って指向性のある閃光となるもの。
それは直線方向へ強い光を発するだけの、ただの目くらましに過ぎない。
だが、攻撃にはならないただの光であるが故、結界に引っかかる事もなければ、多少欠けたとて意味を無くす訳も無い。
そして、攻撃のために見開かれていた目に直接叩き込まれた強力な光は、視界を封じると同時に平衡感覚も狂わせる事になる。
歩くこともままならず、箒で浮遊するの事などもっての他だ。
ガサガサガサガサガサッ!
程無く、少し離れた場所の木の枝に落ちてくるサクラ ヨシノ。
桜の木の枝がクッションになり大したダメージは負っていない様だ。
枝に引っかかったのか、ツインテールにしていた白いリボンの右は完全に外れ、左も取れかけてしまっている。
「サクラ! ネム!」
「うう……」
「兄さん……」
ジュンイチの呼びかけにも弱々しい声が返ってくるのみ。
2人とも気絶するなどの完全な無力化まではいかないが、目がやられ平衡感覚も失っては暫く動く事は出来まい。
尤も、勇者達ならば、肉体派でないセリカにもこんな手段は通用しない。
彼らならば例え直撃しても狂った平衡感覚を他で補って戦うだろう。
あくまで一般人に毛が生えた、ちょっと便利な道具を持っただけに過ぎない彼女達だからこそ有効な手段。
「弱いな、お前達は」
冷たい、凍える様な殺気と共にジュンイチ達を見るユウイチ。
先ほどまでの憤怒にも似た熱は、軽蔑にも似た冷気へと変わっていた。
既に大剣は回収済み。
元より鎖に繋がれた剣、ただ手を離し少し跳んだ位では何の支障にもなりえない。
ユウイチは右手に大剣を左手に魔導銃を構える。
元々隠し武器である魔導銃であるが、今は敢えて見せつける様にして構えるユウイチ。
「さあ、選べ少年。
血の繋がった家族か、血の繋がらぬ家族か」
「っ!!」
冷え切ったユウイチの言葉に再び驚愕するジュンイチ。
友人達にも秘密になっている家庭事情、その程度でしかない事を言われただけで何をそんなに動揺するのだろうか。
今は戦闘中だというのに。
ブンッ! ドゥンッ!!
ユウイチは大剣をサクラに、魔導銃を、今度は殺せる光弾をネムに向けて放つ。
ほぼ同時に到達する様に。
今の立ち位置はサクラとネムを頂点とし、ジュンイチを中心とするY字の様になっている。
ユウイチからの攻撃はほぼ同時にサクラとネムに到達する。
ジュンイチはサクラとネムの間に立ち、どちらか一方しか護りに行く事はできない。
そう言う配置だった。
偶然ではない。
ユウイチはこの位置になる様に動いていたのだから。
ジュンイチが罠にはめているつもりで動いている中を。
「さぁ、どうする!」
攻撃を放ち再度問う。
どちらかしか選べないだろうこの状況で、ジュンイチがサクラとネム、どちらを取るか。
2人は今だ閃光の影響から回復していない。
自力での回避、防御は不可能だ。
元よりそんな能力も持っていないのだから尚更だ。
「俺は、どっちも護る!」
だがジュンイチは迷いの無い目でそう答えると動いた。
サクラの方へと。
同時にネムの方へ右の盾を外して投げる。
ガキィンッ! バシュンッ!
左の盾で大剣を叩き落し、投げた右の盾は見事光弾を叩き消した。
ユウイチの攻撃は2つとも無力化されたのだ。
そう、確かにジュンイチは宣言通りに2人を護った。
だが、
「がっ!」
ザシュッ!
ジュンイチの右のふとももから血が噴出す。
そこには一本の小太刀が刺さっていた。
「第三の選択肢を作り実行した代償だ」
静かに告げるユウイチ。
小太刀はユウイチが放った物だ。
大剣と魔導銃で攻撃した後、ほんの一瞬タイミングを遅らせて。
何故命中したかといえば至極簡単な事。
ジュンイチがそう言う答えを出すと解っていれば、ジュンイチの移動先に放てばいいだけの事。
魔導銃の光弾はともかく、その質量をさんざんその身に刻んでおいた大剣は、自ら叩き落しに行かなければならないのだから。
「お兄ちゃん!」
「兄さん!」
まだ視界は回復していないだろうが、兄の声に悲痛な声を上げる2人の妹。
見えないので彼女達は解らないだろう、今どれだけ兄が危機的状況かを。
当然ながら、ユウイチがただ小太刀を投げて止まる訳はない。
既にユウイチは機動力を奪ったジュンイチの前まで移動していた。
「幼稚で」
ドンッ!
接近し、ジュンイチを蹴り飛ばすユウイチ。
小太刀を抜き、回収しながら。
「ぐっ!」
ジュンイチは何とか反応し左の盾で受け止めるも、踏ん張りが利かず後退させられる。
そして、更にユウイチが動く。
「愚かで」
右に持ち替えた小太刀を振るい、同時に左の拳と足を使って連携する。
「がっ! うっ! く、っそ!!」
片方しか盾の無いジュンイチは数での攻撃に対処しきれない。
何もつけていない腕で防御するもののそれではカバーしきれず攻撃が当たる。
「弱過ぎる」
まず機動力を殺す事で動きを止めたジュンイチを追い込むユウイチ。
静かに、冷たく、確実に。
「くっ!」
だが、まだジュンイチの目は死なない。
そして、ジュンイチの待っているものは直ぐにきた。
ユウイチの死角から、先ほど投げた盾が飛んで戻ってくる。
しかし、
ガッ!
ユウイチは死角から飛んで来ていた筈の右の盾を素手で掴み止める。
「なにっ!」
「見飽きている、この手の機能は」
本日何度目かの驚愕の声を上げるジュンイチ。
ユウイチにしては何も驚く事は無い。
2枚で一対の盾ならば、そう言う機能があってもおかしくないと考えていただけの事だ。
今まで経験してきた事から、これほど高度な魔導で作られた盾ならば寧ろそれで自然であると。
ブンッ!
そしてユウイチはその止めた盾で何をするかと思えば、思いっきり力をいれて呼んでいたもう一枚の盾。
つまりはジュンイチが今身に付けている盾へとぶつけたのだ。
ガギィンッ!
「ぐわっ!!」
鈍い金属音と共に響くジュンイチの苦悶の声。
引き寄せる力を押さえつけていた反動と、ユウイチの腕力が合わさりかなりの衝撃だった筈だ。
骨折までは至らなくとも暫くしびれてまともには動かせまい。
「ぐっ」
ジュンイチは更なる追撃が来る前に跳んで後退する。
だがそれも最後の抵抗でしかない。
ダメージが積もりもう片足が使えないに等しい彼の最後の虚しい抵抗だ。
そして、その後退も、
ドン
「なっ……」
背後の木によって阻まれる。
そう、最後の最後で『森』が邪魔をして退路まで絶たれたのだ。
「どちらかを選べばよかったものを」
ユウイチは最後そう呟いて跳ぶ。
ジュンイチにトドメを刺す為に、右手に持った小太刀で刺突の体勢を取って。
「お兄ちゃん!」
「兄さん!」
兄の危機を察したか2人の少女の悲痛な声が響いた。
だが、どんなに叫んだ所でもう間に合う距離ではない。
ユウイチとジュンイチの距離は僅か2m。
跳躍と刺突で腕を伸ばせば到達はまさに一瞬。
ザッ
ユウイチは迷う事無く地を蹴り。
ヒュッ
迷う事無く刺突を放った。
この時点で、もう次の瞬間にはユウイチの小太刀は、木を背にする事で何とか立っている無防備なジュンイチを貫いている。
―――筈だった。
フッ
その瞬間。
正に一瞬の間に入り込んだ様なタイミングでユウイチの視界に在りえざるものが出現した。
「っ!!」
「っぁぁぁぁ!!」
そして、ユウイチとジュンイチの時間が凍りつく。
最早声にする時間すら無いこの状況。
ただ音にならないユウイチの驚愕とジュンイチの悲痛な叫びが木霊する。
(シグルドッ!!!)
表の声と同時にユウイチは回線を開き友の名を絶叫として呼んでいた。
その叫びは瞬時に友にはどんな状況で、ユウイチが何を求めているかは伝わる。
だが、あまりにも時間がなさ過ぎる。
在り得ざる事態だった。
ジュンイチの前にサクラが現われるなど。
落ちた衝撃で髪が解け、左の白いリボンだけ頭に乗っているという形になりほとんど髪を下ろした状態のサクラ。
ジュンイチを護る為に紅い瞳に決意と覚悟を秘めて、少女がユウイチの前に現われたのだ。
自分の管理するこの森の機能を使って、短距離の空間転移を行い、割り込んできた。
ユウイチは攻撃の手を止めようとするが間に合わない。
間に合う筈も無い。
元々一足で届く距離を全力で跳んで、全力で刺突を放ったのだ。
距離がないのにその間にサクラが入り、更に距離は縮まっている。
そして、サクラが出現した時点で、もう小太刀の切っ先はサクラの左胸に触れるほどの位置だった。
(オオオオッ!!)
友の叫びを聞いたシグルドが動く。
ユウイチの直ぐ横にゲートを出現させ、ユウイチの腹をその尾で殴り止めようとした。
だが、それも遅い。
もう刹那の時間も無いのだ。
いかに思考するよりも早く、脊髄反射に近い速度で取られた行動だとしても、その尾が打撃として成る時間が無い。
こんな一瞬では尾はそこに生えた、在る、だけでただクッションの意味すら成さない。
止める事はできない。
この刺突を。
既に膝は伸びた状態であり、刺突は速度に乗っている。
如何にユウイチが全てを尽くそうとも、既に放たれた刺突を停止させる事などできないのだ。
「っっっ!!!」
ジュンイチの顔が絶望に染まっていく。
彼も解ったのだろうこのタイミングでは、もう本当にどうしようもない事が。
彼とて、どんなに頑張っても腕は動かず、また動いたとしてももう間に合わない。
自分が目の前にいるのにどうする事もできず、ただ護る筈だった少女が心臓を貫かれるのを見ている事しか出来ない。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
叫びが響いた。
ただ、ユウイチの心の中に。
決して表情どころか表面に一切現れる事の無い心の激震。
少女はただ立って待っていた。
赤い瞳は全てを覚悟している事を示していた。
今の移動で、サクラはこの管理システム下であるなら空間転移すら可能である事が判明した。
サクラの能力ならば盾を出現させる事もできるのだろうが、時間的に盾を作るのには時間がかかる。
その為、実際に存在する自分の座標をずらす方を選んだのだろう。
研ぎ澄まされた
僅かな間もなく到達した柔肌も切裂いて少女を貫いていく。
覚悟していた瞳も痛みに少し歪む。
しかし、叫びは飲み込まれ瞳も再びただ前だけを見つめる。
やはりサクラはあの能力を持っているのだろう。
ここのシステム構成もそうだが自身その能力がなければ空間移動などできよう筈はない。
肉を裂く感触が
なれば、あの能力でこうした事が起きているならば、サクラはジュンイチの事を心から想っているという事になる。
1秒すら掛からず
貫いた
落ちた白いリボンと
まるで紅い絨毯の様に。
これでジュンイチがは行動不能になるか暴走するか。
ほとんど一般の少年と変わりないジュンイチであるが。
だが、一般人でないジュンイチなら恐らく腑抜けることはあるまい。
「ああああああっ!!」
ドッ!
ようやく定められた時間を終え、動いたジュンイチ。
その第一の行動は叫びながらサクラを貫いた体勢のユウイチを蹴り飛ばす事であった。
そして、サクラを傷口を覆う様にして抱きかかえ、即座にその場から走り去る。
動かない筈の脚を血を流しながらも動かして。
更にネムも忘れず引っつかんで回収する事を忘れないのは、『護る』という決意が口先だけではない証拠だろうか。
力なく崩れ落ちる少女。
やがて着ている服まで完全に血の色に染まる。
俺は―――
バチンッ
蹴り飛ばされたユウイチは着地してそれを見送った。
流石に回避も防御も不能な状態で受けた蹴り故に後を追う事はできない。
程無く管理者達のゲートが開いたのも解った。
ここには無い拠点に逃げ込まれてはお手上げだ。
それにこちらの損傷も大きい。
シグルドに頼み、受けた一撃はその効力は無かったにしろ最終的にダメージとして降りかかる。
全速状態のユウイチを完全に停止させる為に放たれた尾打である。
表面上は何とも無くても服の下は蒼黒く変色し、内臓にも相当のダメージが行っている。
取り合えず彼らにシグルドは見えなかっただろう。
そう言えば小太刀の血のつき方がおかしいな。
サクラは何らかの防衛手段を持っていたと言う事か。
だが、そんな打算をしていてはあの力でこんな結果になる事はあるまい。
兎も角、どんな機能かはまだ解らないがサクラは死んでいないと考えるのが妥当だろう。
損傷具合からこれ以上の戦闘行動は無理ではないが困難であると判断する。
だが次の行動を考える前に近づく気配が一つあった。
ザッ
シグルドを呼ぶ様な事態を感知したか、アキコが合流する。
「……っ!」
アキコはユウイチの顔を見るとまず驚き、そして悲しげな瞳になる。
何を悲しんでいるのかは判断できない。
それから殆ど密着するくらいの距離まで近づいてきて尋ねてきた。
「……状態の説明を願います」
「管理者のチームを取り逃がした。
サクラとジュンイチにはダメージを与えられたが死には至らないと判断する。
こちらは腹部にダメージ大、戦闘継続時間1800秒の制限」
念話を使い傍受されるの可能性を考えあえてこの場は音声での情報交換。
ユウイチは戦闘の結果と今の負っているダメージを答えた。
それを聞いたアキコはもう一度悲しげな顔をした。
この程度何時もの事であるのに、そんな顔をする理由は解らない。
「一時撤退を提案します」
「了承。
総員撤退」
管理者に逃げられた以上今日の目的は達成不可能となった。
体の状態からも撤退は妥当と判断する。
丁度その頃、森の調査を進めていたヒロユキ達も戦闘の終了を感知していた。
そして、それと同時にヒロユキは何かがひっかかった。
「……ん?」
なんだか良くわからないが違和感を覚えたヒロユキ。
何に対する違和感なのかも解らない。
だが、こう言う時のカンはよく当たる。
よく当たるというのも、そこには何かあるという事だ。
「どうしたの?」
ヒロユキがある方向、あの男と管理者が戦っていただろう場所。
そこへ目を向けたまま止まっているのに、最初に気付いたのはアヤカだった。
一緒にそちらを注意深く探ってみるが、アヤカには特になにかがあるとは思えない。
「いや……アヤカ、お前は戻れ。
いやいや、待て、俺1人で行ったほういいか……」
アヤカの問いに、一度答えるもなにやら考え込んでしまうヒロユキ。
「ヒロユキさん?」
ヒロユキにしては珍しい行動に3人の注目が集まる。
それでもヒロユキは気にする様子もなく考え、そして数秒後、結論付けた顔を上げる。
そして、
「ちょっと行く」
ただ、それだけ言い残して森の置く、先ほどあの男と管理者が戦闘していた場所へと走る。
何か気になった。
何かあるとカンが告げた。
ただそれだけだが、ヒロユキは走った。
「ちょっと!」
「ヒロユキさん!」
3人が後ろから追ってくるが、それも気にしない。
止めるでもなく一緒に連れて行くでもなく。
ただヒロユキは自分のカンを頼りに走った。
だが、直ぐに止まらざる得なくなった。
「……大人しく調査だけしてればよかったんですが」
「邪魔」
あの男の連れの2人。
魔導師と黒髪の剣士が立ちはだかった。
「……今確信へと至ったぞ」
だが、それでヒロユキは何かある事を確信した。
この2人が、単純にあの男のもとへ行こうとするのを阻止する為だけにいるとは思えない。
「ちょっと、ヒロユキ!」
アヤカも含め3人が追いつき、全員が戦闘態勢を取った。
だが、先頭に立つヒロユキは2人を相手にする気はさらさらない。
「空を統べる者
夜の闇を包みし力
輝き照らす白き光よ……」
それ故、ヒロユキは静かに詠唱する。
光の広範囲攻撃魔法を打つ為に。
「それはっ! 味方を巻き込むつもりですかっ!!」
「させない!」
何の魔法かを詠唱でも構成でも理解した2人は止めようと動く。
魔導師はそれよりも早く完成する魔法で、剣士は直接魔法の発動を妨害する為に斬りかかって来る。
今ヒロユキが詠唱しているのは、普通に打てばアヤカ達まで巻き込み殺すかもしれない光の高位広範囲無差別攻撃魔法だ。
当然アヤカ達もヒロユキが詠唱している魔法には気付いている。
だが、退避する気配は無い。
むしろ、前へ出る体勢を取るのだ。
「ハッ!」
黒髪の少女の剣が振り下ろされる。
普通ならこの攻撃に対処する為に魔法は中断となる。
元々、真正面から詠唱を始めて完成できる程簡単な魔法ではない。
だが、それ故にヒロユキはアレンジを加えてある。
「シャイニング!」
カッ!
詠唱が半分も終っていないのに関わらず発動される魔法。
本来なら高エネルギーを持った光が全方位に広がり、全てを焼き尽くす魔法である。
だが、詠唱も半端、名前もその魔法の名前でないものが発言され発動された魔法は、ヒロユキを中心とした閃光となる。
要はただの目くらましだ。
「なっ!」
「くっ!」
立ちはだかった少女2人はもろにその光を受ける事になり行動が停止する。
無差別な閃光故にヒロユキ達も今視界は0だ。
だが、ちょっと先の地形くらいなら覚えている。
ヒロユキ達はこの隙に2人の少女を突破する。
「こんな無駄な魔法使ってまで行く価値がこの先にあるの?」
2人の敵を抜けた後、アヤカは尋ねてくる。
ヒロユキのカンを疑う訳ではない。
ただ、この魔法は本当に燃費が悪いのだ。
高位の魔導師である、あの男の連れをも騙せるというこのアレンジ魔法。
本当に放つ直前までは光の高位広範囲無差別攻撃魔法なのだ。
それを95%力技で捻じ曲げてただの閃光魔法にしている訳だが、その力技分が大きい。
普通の閃光魔法よりは魔力消費が大きいのは当然として、本来の高位広範囲無差別攻撃魔法の倍以上を消費する事になる。
その量、実にヒロユキの最大魔力量の55%。
日に2発撃てないというくらいの燃費の悪さなのだ。
因みにヒロユキの魔力量は一流の魔導師であるセリカの8割近くあるので、ヒロユキの魔力量が少ないという訳ではない。
効果がただの目くらましとなると、あり得ない筈とも言える消費量になる。
その為、過去一度しか使ったことの無いものだ。
そもそもこんな子供だまし、2度も同じ相手には通じる筈もない。
「ああ、ある筈だ。
何かは解らんがな」
「そう」
ヒロユキの返答を聞き、それ以上は何も言わずついていく3人。
それは彼の判断を信じているからこそ。
直ぐ後ろから追いかけてくるあの男の連れの攻撃を躱しながら4人は走った。
そして程無く、それは在った。
「おや、これは勇者の皆様。
お揃いで」
あの男と青い髪の女性。
後ろから追いかけてきていた二人も男と合流し、ヒロユキ達の男のチームは正面から向き合う形をなった。
わざわざ囲んでいる形になれるのを崩してまで。
「……」
ヒロユキ達はなんのつもりかと相手の行動を警戒する。
特に、何故かついてくるのを止めなかったアヤカも一緒である。
このまま戦闘になると彼女が弱点になってしまうかもしれない。
「アヤカ嬢はお元気そうで何よりです」
そんな心配をしているヒロユキ達を他所に、男は何時もの調子で話し掛けてくる。
そう、何時もの口調で。
なのに何処かおかしいとヒロユキは思っていた。
何処から見ても彼らは彼らである事に変わりは無い。
男も初日に会ったときと変わらない。
なのに、何故かどこかに違和感を感じるのだ。
「そちらのお人形さんも今日は一段と人間にしか見えませんね」
セリオを見て少し表情が変わる。
無表情でいて、どこかに暗いものがある表情に。
だが、違う。
ここにきて解った。
この男が昨日までの男と何が違うのか。
「今日も無駄口が多いな」
「いや、俺は普段からこのくらいだよ」
ヒロユキの言葉に更に丁寧な様でいて、神経を逆なでする様な微妙な違いの口調と表情で返す男。
おかしい。
違和感の正体をヒロユキは気付いた。
だが、それはおかしいのだ。
ならば、こうして会話しているこの男は何なのか。
それを確かめる為にヒロユキは詠唱を始めた。
高速圧縮言語による光の魔法の詠唱。
「っ!」
即座に男の周りの女達は構える。
男は平然と立っているだけ。
ただ、隙はなく。
アヤカ達には動かない様言ってあるのでただ構えるだけだ。
そして、直ぐに魔法は構築され、力となる。
「ライトボウ!」
その名を呼ぶことで出現する4本の光の矢。
それはその形通り矢の如き速さで目の前に立つ4人にそれぞれ一本づつ放たれる。
「またいきなりだな」
ガキィンッ!
次の瞬間に響いたのは金属音。
男の周りの女性達には足元に着弾するようにし、一歩後退させる。
そして、男には直撃する様に制御するが、これは避けられるのは解っている。
だから、ヒロユキは放つと次の瞬間には動き、歩法を使って一気に間合いを詰め剣で斬りかかったのだ。
勿論この程度の奇襲この男に通用しないのは百も承知。
事実、初日に見た通りの、まるで予知しているかの様な正確な動きを持って大剣を抜き、ヒロユキの攻撃を止めた。
一見無駄で無謀な攻撃かと思える。
だが、ヒロユキはこれで理解した。
この男は確かに昨日までと同じ男だと。
「これはアヤカの服の下を見た代金だ。
本人今あんま動けねぇから代行」
「そうですか? 彼女のそれはこんな安くは無いと思うんだが」
ガキィン
それだけ言葉を交わすと直ぐに離れ、攻撃の前にいた位置まで後退する。
ハッキリした事が2つある。
接近して確信できた事。
その一つは先にも述べたこの男は確かに昨日までと変わらないあの男だ。
そしてももう一つ。
それでもこの男は昨日までの男と違うという事だ。
そう違うのだ。
全く。
完全に違うところがある。
それは目に闇が無い事
昨日までは静かに燃え盛るようにそこにあった闇が、すべてを飲み込む意思が感じられない。
ならば心無い人形かと思ったがこの対応、あの男本人である事に間違えは無い。
ならば一体どう言うことなのか。
確証を得て、更にヒロユキは混乱した。
だから問う。
「おい、一つ聞くが……」
「貴方は、何?」
問い始めたのヒロユキ。
だが、少し質問の仕方に迷っている内にアヤカがそう問うた。
アヤカも、セリオももう気付いたのだろう、この男の変化を。
「っ!!」
それに何より早く反応したのは男の周りの女性達。
ほんの一瞬の変化だったが見逃さなかった。
「俺は、俺だが?」
あくまでおそらくいつも通りに返す男。
それはそうだろう、この男である事には変わりないのだから。
だが、それならば何故、どうやって―――
「悪いが、今日はもう下がらせてもらうよ、子供の世話で少々疲れてね」
しかし、その疑問をどうこうする前に男が動いた。
手を前に出し、何か魔法を、召喚系の魔法を使う気配がする。
そして、
「ファフナー」
静かな声でそれは呼ばれた。
グオォォォォォォォォォォォォッ!!!
現れたるは漆黒の竜。
聞こえたのは獣の様でいて、1度聞いた事があれば2度と間違う事が出来ない竜の咆哮。
全てを飲み込もうかという蒼い瞳でこちらを睨む。
全高は木よりも明らかに高く、剥かれた牙は剣の様に鋭く大きい。
そして、この気配。
この気迫はかつて対峙した魔王と同等かそれ以上を感じさせた。
「っ!!!」
ヒロユキ達は身構えた。
嘗て初めて魔王と対峙した時の様な緊張をしながら。
生きて帰ることとかそう言った先の事は一切考えず、ただ一瞬先の変化から生き残る為に。
嘗て1度本物の魔王と対峙した事があるからこそ彼らは警戒した。
目の前の相手に。
だが、
「……な、に?」
永遠の様に長く感じられた対峙の一瞬。
それが終わりを告げた。
「ちょっと……なんなの?」
気がついたヒロユキとアヤカが思わず声を上げる。
ありえないと。
「騙されてしまいました?」
「しかし、私の記録では確かにさっきアレは居ました」
消えたのだ。
自分達を見下ろしていたドラゴンが。
闇を纏った漆黒の竜が。
目の前から影も形もなく。
いや、そんなものは最初から居なかったという様に。
「あれ、あいつ等がここに乗ってきたドラゴンよね?」
「ええ、おそらく」
改めて周囲を警戒してみるが何も無い、何も居ない。
そう、あの男達さえも。
「逃げるのに、囮として使った?」
「随分派手な目くらましね」
もう1度周囲を見渡すヒロユキ。
最早この森には自分達しか居ない様だった。
管理者はあの男達が撤退させ、あの男達は今撤退したのだから当然だが。
「アレが……幻影だった?」
幻影に対する耐性は持っている筈だった。
といっても、あんな一瞬で消滅してはどんな幻影であったかも解らない。
確かに実体は無かったのだから幻影なのだろうが。
ヒロユキには何かひっかかっていた。
それは、先ほど見たあの男の違いと繋がっている様に感じられる。
「一体、何が……」
ヒロユキは先ほどまで彼らが居た場所を見る。
そして空を見上げて思う。
自分は何故アレほど無茶をしてここまで来たのかを。
何故、あの男に何が起きたかを気になるのかを。
木々の合間から見上げる月はただ静かに輝いていた。
波の音だけが響く夜の砂浜。
ここは島の北部にある海岸。
そこに1人の少女が立っていた。
「……ユウイチさん?」
少女は1人、想う人の名を呟く。
彼女は探していた彼の男。
普通ならばもう来ないだろうが、彼ならば今夜も居る筈だと思って。
ただ直接彼に聞きたくて。
自分の価値を。
だが、その男は居なかった。
何時もの様に待っていても来る気配が無い。
いや来る気配どころか存在する気配が感じられない。
少女の力をもってすればこの島にいる人の所在くらいは殆ど確実に解る筈なのに。
「ユウイチさん……一体、何が……」
少女はただ彼の名を呼び待っていた。
ただ月の光の下で歌を歌いながら。
後書き
物語内時間4日目終了となりました。
これで大体この物語も折り返しというところです。
後半戦のスタートです。
……いきなりメイン主人公がアレですが。
まあ、ここから話的に加速していきます。
いろいろと。
では、次回もよろしくどうぞ〜
管理人の感想
T-SAKAさんから10話を頂きました。
過去二番目に容量のある話ですので、お楽しみいただけたかと。
メインはジュンイチ君達との戦闘ですね。
容赦ないなぁユウイチ君は。
さすがに膨大な戦闘経験の差であっさりと勝利はしましたが、その後が問題ですね。
狙ってなかったとはいえ、サクラの行動はユウイチに対して一番効果が。
見事にトラウマ抉っちゃいましたし。
戦闘前ですが、スギナミも登場しましたね。
これで登場人物はある程度揃ったと言うことでしょうか。
彼はユウイチの行動を知っているわけですから、ジュンイチ達がスギナミに会ったらどうなるか楽しみですね。
ヒロユキとアヤカがユウイチに感じているのは果たして何か。
明らかに他の2人より特別な縁がありそうですし。
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