夢の集まる場所で
第14話 雨降りて
「はじめまして。
家族になりましょう」
あの人は、出逢った時そう言って手を差し伸べてくれた。
そして、確かに家族になれた。
「よく続きますね」
「すごい」
あの2人は、最初は興味本位だったのだろう。
しかし、確かな絆を結ぶ事ができた。
「貴方……弱いけど根性だけは認めるわ」
彼女が最初に掛けてくれた言葉はそれだった。
深く関わったのはそれから年月がたった後だ。
「何故、そこまでするのですか?」
あの子の場合、ほとんど言葉が要らなかったから、その言葉がはじめての会話だった。
その後も静かに付き合い、けれど確かに強い何かがあった。
「友達になろう」
彼女との出会い、それは運命と言う言葉でも飾れただろうが、きっかけはこちらが作ったものだ。
だが、より深い関係になるきっかけは彼女がつくったものだった。
「死にたいのか? 少年」
あの人との出会いこそ人生最大の幸運と言えるだろう。
あの人にはいくら感謝しても足りまい。
「名前を教えてください」
彼女の場合、あの人の入れ知恵があった。
だが、最終的な判断は彼女のものだった。
「貴方は、幸せですか?」
あの子との出会いもまた運命と言えただろう。
最初、出会いの場で目の前で人を殺した為、酷く非難された。
それを考えれば、後の関係の進展は奇跡とも言えたのかもしれない。
「我慢するのもホドホドにしないとダメよ?」
あの人には、どうして見抜かれたのか、いまだによくわからない。
普通の人だった筈だが。
ああ、ここまででも十分すぎる。
十分すぎるほど出会った。
でもまだ居た。
「やるねぇ君、もう坊やとは呼べないわね」
「ねぇ、私と組まない?」
「どうして、殺したのですか?」
「アンタは楽しめていないだろう、戦う事を」
「君は、本当は……」
「許さないわ、絶対に!」
「どうして、笑いながら命を奪えるのですか!」
出会い方、別れ方はどうあれ、あの7年間だけでも50人を超えている。
「貴方は器用に涙を隠すのですね」
「君の行く末を見てみたいのよ」
あの2人は真性の馬鹿だろうな。
「認めないわ! 場外負けだなんて」
そう、居たな、彼女も。
リングの端が崩れかけているのを見抜けなかったのは、俺の弱さだと言うのに。
ああ、本当に沢山の人と出逢った。
あのピエロも含め、男も数人。
全員世間一般的に言えば『馬鹿』な者達だろう。
だが、俺は、皆と出逢えて、本当に―――
「……夢か」
完全に意識を取り戻したユウイチは、雨が降る夜の森の中にいた。
半ば自動的に動いていた肉体と、ユウイチの主思考が完全に連結する。
そして情報を共有し、改めて理解する。
今ここに居る理由と、現在の状態を。
(俺の方が眠っていたのは1分弱か。
敵陣内だというのに……
現在位置は森の中心から南東方向の境界か。
今の俺の体は……中破と言ったところか)
この島の中央区画で受けたアレで黒い桜のエリアの外まで弾き飛ばされた。
あの時、飛ばされながらアレを受けるのを右手の小太刀に切り替え、大長剣を進行方向への防御に回した。
そのお陰で、木にぶつかりながらも、半分受け流す事ができたし、衝撃も直に身体に受ける事を避る事ができた。
そうでなければ、完全に体は破砕されていただろう。
(師匠から頂いた武具あってこそだがな)
不可思議な程の頑丈さを持った武具でなければ、まずアレを受ける事はできなかった。
大長剣は師から貰ったものではないが、同様に頑丈さを持っている。
それが頑丈なのにはちゃんと理由があり、耐久力は師から貰った武具と同格。
大長剣が頑丈な理由を考えると、それと同格な師の武具は一層謎が深まるのだが、今考える事ではないだろう。
それを考えるならば、そんな武具で防御しながら中破という今のこの状態は、アレの異常さの証明ともなる。
仮にも、擬似とはいえ同じ技を受けた事があるというのに、こうなってしまうくらいの対応しかできなかった。
(いや、技自体はそうだが、あの瘴気を耐えられたのは……)
ユウイチはジャケットの内ポケットからあの木の実を取り出す。
この島に着いてから師から送られてきた木の実。
外傷はない。
だが、少々弱っているのが解る。
「すまん、そしてありがとう。
後で必ず治療を。
それと、良い土地を探す事を約束しよう」
木の実に動物達と話すのと同じ様に話し掛けるユウイチ。
そして、再び大事にジャケットの内ポケットにしまう。
(しかし、情けない結果だ。
鍵をさせたのはよかったが……)
今まで使っていた大剣はユウイチの手にない。
絶対に手放さない様につけてある鎖から全てだ。
だが、その代わりに手にしているものがあった。
(これは、収穫になるだろうか)
ユウイチが手にしているのは1本の木の枝。
黒く変色し、木の枝とは思えないまがまがしい棒になってしまっているが。
大長剣の鎖で巻きつけていた魔法システム本体の枝。
アレを受けて吹き飛ばされる際、枝はユウイチを支えきる事ができず、折れてしまっていたのだ。
それが、鎖に巻かれたままであった為、今ユウイチが手にすることができた。
(兎も角合流するか……)
既に撤退指示は出している。
アキコ達はアヤカを撒きながら下がり、ユウイチが自力で拠点に戻る事になっている。
(……それにしても、随分と珍しい夢を見たな。
まあ、この場所としては当然の夢なのかもしれんが)
先ほど見た、夢を思い出し空を見上げるユウイチ。
「月は無いか……」
だが、空は曇り、月を見ることは出来なかった。
ミズコシ邸側、森の前。
あの男よりコトリを投げ渡されて、1時間が経過した頃。
何をやっても反応すらなかったコトリに変化が起きた。
「……そう言う事か」
ヒロユキとセリカの目の前で、魔力は枯渇し、死に瀕していた筈のコトリに生命力と魔力が満ち溢れる。
「回復魔法の効果が無い筈ですね」
セリカはコトリの状態を理解した。
瀕死だった訳ではないのだ。
異常といえる場所は無く、単に仮死状態になっていただけにすぎないのだ。
身体に不調な場所が無いのだから回復魔法は意味をなさなかった。
それだけだったのだ。
「時間稼ぎ……でしょうか。
わざわざ、魔力を奪った様に見せかけてまで」
セリカは考える、こんな事をした理由を。
そして、直ぐに追跡している筈のアヤカ達に伝える。
全て、囮の可能性があると。
「そうか……そうだよな……」
だがそんな中、ヒロユキは1人、何故か笑っていた。
何がおかしいのか、セリカにも解らなかった。
少なくとも、おかしくなったと言う訳ではないだろう。
何故ならば、今のヒロユキは―――
「俺は何をやっていたんだ……」
そう月の無い空に呟いたヒロユキ。
だが、ヒロユキは真っ直ぐ空を見上げていた。
雲に隠れ様とも、月はそこにあるのだから。
「あの男の言った言葉が全て正しい訳ではない。
だが、事実、俺はサクラと契約している。
俺は護る事を制約として、状況限定で戦闘力の強化がされる様に」
ジュンイチは明かす。
今まで隠してきた事実を。
7年前にサクラと交わした約束に伴い、交わした契約を。
「嘘……冗談ですよね?」
ネムはすがる様にそう聞き返した。
兄の性質の悪い冗談だと、そうに決まっている。
そう、信じたかった。
「ネム、お前にも解る筈だ。
どんなに良質のマジックアイテムを駆使した所で、絶対的な実力の差は埋められない。
ここがヨシノの領域という要素があっても、それは同じ事だ。
俺が、勇者の攻撃を受けきる事ができたのは、つまりそう言うことだ」
如何に優れた道具も、使う事ができる者が持たなければ意味をなさない。
道具を使いこなす事もまた能力なのだから。
その身体能力をジュンイチは持っていなかった為、契約と制約によって補った。
「……」
サクラは何も言わない。
言える訳はないのだから。
兄の一歩後ろに立っているだけだった。
「何で……何でですか!?」
ネムは叫ぶ。
何に対して叫んでいるのか、それは本人も解っていないだろう。
強いて言うなら、ここにある全て、となるのだろう。
全てが信じられなくなり、ただ、それを兄にぶつける事しかできなかった。
「必要だと判断したからで、事実必要になった」
それに対し、ただ冷たく答えるジュンイチ。
感情など無いかの様に。
「……では、あの街での生活は全て、偽りだったと言うのですか?」
ネムは、最後にと、そう問うた。
あの男が言う様に、自分が偽りの妹で無いと、答えてくれる事を祈りながら。
「俺はジュンイチ アサクラだが、同時にジュンイチ ヨシノでもある。
今言えるのは、それだけだ」
しかし、ジュンイチの答えはネムが期待するものとは違った。
ただ、当たり前の事の様に答えられたのは、ヨシノの名を継いでいるという証言。
アサクラ家の養女でしかないネムとは関係が無いとも取れる言葉だった。
「……っ!」
それ以上の言葉はなく、ネムはただ涙を隠しながらその場から走り去った。
この現実から、逃げる為に。
「ジュンイチさん……」
そんなネムを追う様子の無いジュンイチの名を呼ぶのはヨリコ。
心配そうにネムの方が走った方とジュンイチを見比べる。
「いいんです、ヨリコさん。
今はまだ。
今この状態でこれ以上言葉を口にしても意味はありません。
落ち着くのを待ちましょう」
ジュンイチは完全に冷静な様でいて、俯いていた。
そうするしかない自分の不甲斐なさ、無力への怒りをかみ殺しているのだ。
ジュンイチにはまだやる事があるから。
ここからネムを追いかける訳にはいかないから、今は耐える。
「解りました」
ヨリコはそんなジュンイチを知り、安心してネムの方を追いかけた。
そう、この場は、サクラの方は大丈夫だと解ったから。
そうして、場にはジュンイチとサクラだけが残った。
後ろに立っていたサクラと向かいあうジュンイチ。
「お兄ちゃん……」
怯えるウサギの様に兄を見上げるサクラ。
兄に何か言われるのが怖いのではない、何も言ってくれないかもしれないのが怖いのだ。
あの男の言う通り、兄を縛ってしまっているのだとしたら―――
「……たく、なんでお前がそんな顔すんだよ」
が、先ほどまでシリアスだった筈のジュンイチは、サクラの顔を見るなりかったるそうな表情になった。
そう、普段のジュンイチの顔をする。
何も考えていなさそうで、結構いろんな事を考えている時の顔だ。
「お兄ちゃん?」
突然の変化に、驚き、言葉を失うサクラ。
ただただ、兄を見上げるだけだ。
「お前、まさかあの男の言葉を信じている……って言うのはおかしいか。
そうなってしまっているとでも思ってるんじゃないだろうな?
あの男が言う様に、俺を人形にし、ヨリコさんを……」
「そんな事ない! ヨリコさんは家族だ!
お兄ちゃんは……契約でその、縛っちゃってるけど、大好きだもん!」
ジュンイチの言葉に対し、ヨリコの事は力いっぱい叫ぶ。
そして、ジュンイチの事に関しては、少し赤くなりながら改めて宣言する。
「ああ、知ってるよ。
あの男が言うのは事実だが、真実はお前がその行動を持って示すもんだろ?
そして、俺は、それを知っている。
それで十分じゃないのか?」
サクラの答えにジュンイチは笑みを浮かべる。
ジュンイチに対する想いは、若干照れくさそうにしながら。
「うん」
事実と真実はイコールで結ばれるものであっても、実は違うものだ。
ただ言葉で表せば残酷なものであっても、そこに心があるならば真実は違うものになりえる。
だから、ジュンイチは従属とも言える関係も受け入れたのだ。
サクラとならば、その言葉だけで判断されるものとは違う関係であれるから。
「第一、俺が人形ってのはなんだ?
お前はこうやってお前の事を子供扱いして、からかって遊び、頭をくしゃくしゃにされる事を本気で望んでいるのか?
俺がコトリの話をして、嫉妬させるような事をするような、そんな複雑な俺を構想できるのか?」
ジュンイチは笑いながら、そういつもの他愛ないコミュニケーションと同様にサクラの頭をくしゃくしゃにする。
なかなかにセクハラ行為であり、子ども扱いでもあるから侮辱にもなりえるが、2人ならそれが許されている。
だから、する。
これは、ジュンイチが自身の意思でするコミュニケーションであり、幼くとも愛情表現なのだから。
「うにゅ〜」
撫でられる事は嬉しいのだが、半ば遊ばれ、子供だと言われ複雑な表情で鳴くサクラ。
でも、それはジュンイチがジュンイチだからする行為。
それが解るから、嬉しくあり、やっぱり複雑だ。
「全く、大した能力も持ってない癖に、高次元な心配すんなよ、かったるい。
それにだな、それは俺に対する侮辱でもあるな。
お前の妄想通りに動かされる程弱いのかよ、お前が兄と呼ぶ奴は。
まあ……昨日の夜と今朝のは見逃してもらえると助かる」
ジュンイチはそう自信を持って問う。
だがしかし、ジュンイチは事実として弱い。
ヨシノの血を引きながら魔力が低く、魔導師としてはどうしても二流以下になる。
魔法構成力や、その他の特殊技能は一流でも、魔法を発現するのに重要な魔力がなければ一流にはなりえない。
故に、ジュンイチは出来損ないの魔法使いだ。
かといって、戦士になれるかと言われれば、それは不可能だ。
アサクラの血に戦士の血はなく、突然変異でもなかったジュンイチは、どちらかというと貧弱な体をもって生まれた。
その為に、戦うならばサクラの使徒となり、魔力を供給してもらい、身体能力を強化してもらわねばならない。
それでも足りない為、戦闘時以外での能力を下げるという制約を行っている。
非常事態の為に平時では力を溜め、非常事態になればその力を開放して強化する。
その他にも、限定条件をいくつか付属され、それでやっと一流の戦士に近い動きが可能となっている。
そう、事実として通常ではジュンイチは弱い、魔法使いにもなれず戦士にもなれない。
これだけならばジュンイチは弱く、サクラの願い通りに動く人形になりえてしまうだろう。
だが違う。
先にもネムに説明した通り、ジュンイチはこう言う契約と制約によって力を手に入れている。
しかし、戦うならばそれだけでは足りない。
如何に強化しても、肉体もまた道具であり、ただ強化しただけでは強くなったとは言わない。
強化された己を制御して初めて強さとなる。
ジュンイチはある程度初めからそれに関する強さは持っていた。
そして、更に鍛えてきたのだ。
鍛錬方法はかなり特殊であったが、確かにそれは強さに繋がっていた。
その成果たるや、仮にも勇者の称号を持つものと『戦えた』だけで十分な証明だろう。
「うにゅにゅ〜〜」
くしゃくしゃから、ぐりぐりという感じにまでコミュニケーションが発展し、更に微妙な表情となっているサクラ。
サクラは解っていた筈なのだ、ジュンイチが如何に強くなったかを。
離れていた期間で、どれだけ成長したかを。
ジュンイチとしては変わらずとも、その輝きの強さがどれほど大きくなっていたかを。
そんな事も忘れていた事を情けなく思い、そして改めて感じる事ができて嬉しい。
だが、改めて考えて自分が反省すべき点も多い。
あの男は人形の手入れ、などと表現はしたものの、実際にはサクラは何もジュンイチにしていない。
コトリとジュンイチの関係を知って、自分では何もできないと思い込み、ジュンイチが悩んでいる時に言葉の一つも掛けられなかったのだ。
それができていれば、ジュンイチが恥じているあんな事にはならなかった筈なのだから。
ジュンイチはその事を責めたりしないが、サクラはこのジュンイチの少女へ対する侮辱とも言えるコミュニケーションを甘んじて受けつつ、今後のやり方を考えていた。
「俺は俺の意思でお前が好きなんだよ」
そんな中、最後にジュンイチは付け加える様に。
そう、さり気なく言った。
ぐりぐりして、既に目線が合わないサクラに対して。
「……え?」
突然の言葉に一瞬何を言っているのか解らなかった。
だが、ぐりぐりするのを止めてそっぽ向いているジュンイチを見上げながら、言われた言葉を理解するサクラ。
「2度も言うかよ。
かったるい」
サクラの視線に、更に後ろを向いてしまうジュンイチ。
サクラからは見えないが、大分顔が赤くなっている。
「ありがとう、お兄ちゃん。
私も、大好きだよ」
そんなジュンイチにサクラは背中から抱きついた。
今は、それだけでもう十分だった。
そう、これだけでも十分幸せだった。
だが、そんな時間はあっさり崩れる事になった。
「サクラさん! ジュンイチさん! ネムさんが……」
ネムを追っていた筈のヨリコが駆け込んでくる。
慌てた表情と、要領を得ない言葉で。
そして、同時にこの別位相にある屋敷の玄関が開いた事を感知したジュンイチとサクラ。
今現在、この屋敷に入れる者は全て屋敷の中にいる。
ならば、玄関が開くなど、内部から外に出る時にしかありえない。
つまりは、
「あの馬鹿!」
冷静さを完全に失っていた妹が1人、飛び出していった。
黒い桜の舞う森の中へ。
誤解と不信を抱いたまま。
森を脱出し、合流する為に気配も足音も消して移動していたユウイチ。
そんな中、足音と人の気配を感知した。
(アヤカ達ではないな……となると……)
残るは管理者だけになる。
だが、それも少しおかしい。
彼等が今ここに来る理由は無い筈だ。
ユウイチを見つけたというのなら話は別だが、足音はどう考えてもユウイチのいる場所に向かっていない。
それに、こんな解りやすい足音を立てて移動するなど、彼等がまともに行動するならば有り得まい。
(足音から血の繋がらぬ妹の方か。
あの状況から作戦行動の為、敢えてそうしているという事もあるまい。
つまりは……効き過ぎたと言う事か)
ユウイチは少し考える。
今の状況と、今後の事を。
肉体は中破、各部の骨は耐久度がそろそろ限界だが、折れてはいない。
筋は疲労が溜まり、破損個所が多いが4割程度の出力で活動できる。
総じて、短時間ならまだ戦闘も可能だろう。
(ならば、行こう)
考えがまとまり、ユウイチは走った。
目的もなく森を走る少女の下へ。
追いつく事は容易だ。
管理者側の者であり、戦闘に参加していたと言っても、所詮は一般人なのだから。
「こんばんは、ご機嫌はいかがかな?」
気配を消し、足音を消して近づき、並走した状態で話し掛ける。
「え?!」
少女は突如出現したユウイチに驚く。
だが、それだけ。
飛び退き、距離を取るでもなく、構えるでもない。
所詮、一般人のただの驚愕という反応。
故に、ユウイチの次の行動はやり易かった。
ジャリリリリリィィィンッ!!
大長剣についている鎖が走る。
少女の周りを、その背後にある木の周りを。
それはまるで踊る様でいて、蛇が絡みつく様な動き。
「きゃぁぁっ!」
ザグッ!
最後に、大長剣がネムの背後の木の傍の地面に突き刺さり、完成した。
少女は腕を拘束され、ギリギリ足がつかない高さで宙吊りとなる。
吊っているのは背後の木で枝と幹に絡みつき、少女側では外す事はできない。
地面に突き刺さった大長剣を引き抜かなければ少女が拘束から逃れる術は無い。
そう言う風に縛った。
「あ……お、下してよ」
時間にして僅か2秒で拘束は完成し、そのあまりの早さと正確さに少女は一瞬言葉を失う。
ただ、反射的に、そう抗議の言葉を出すだけだ。
だが、まだユウイチの行動は終らない。
ヒュヒュンッ!
小太刀による数回の斬撃。
そして空を舞う少女の衣服。
下着を除くほぼ全てを切裂いたのだ。
「キ……キャァァァァ!
何するのよ変態!」
剣を向けられた事で、一瞬死を覚悟した少女。
だが、いつまでも痛みを感じないと思い、己の体を確認し、やっと何をされたか解ったというところだろう。
これもまた半ば反射的に出る言葉も普通だ。
つくづくただの一般人でしかないのだろう。
「つまらん事を叫ぶなよ、ガキが。
敵を捕らえたならまず武装排除は当然の行動だ。
特に、女の服は武器を隠すなら非常に便利な物だし、何より、お前は暗器使いだからな」
そう言って衣服と共に地面に落ちた暗器の内薬品関係を踏んで砕くユウイチ。
ネムが暗器使いというのはここでの戦闘で判断される事として正しいが、本来は違う。
だが、それを知っていて、敢えて強調する様に口にする。
事実としても、今切裂いた衣服には複数の猛毒付きの飛針などがあるのだ。
丁寧に踏み、使い物にならなくする様を見せる。
「う……」
戦士としての覚悟はまるで無いだろうが、そんなもの持ち歩いていたのだ、ユウイチを非難する事もできまい。
武器を持つ事を望んでいた訳ではないにしろ、一度サユリを行動不能にした実績もあるのだから。
だが、服を裂かれたのだ。
部分的に残っているが、下着姿とあまり変わりない状態。
一般人でしかない少女には耐えられるものではないだろう。
ネムはユウイチを睨みながらも、顔を赤くして、残った衣服で隠せないかともじもじと動いていた。
「だいたい、犯りたい盛りのガキじゃあるまいし、お前みたいな貧相なガキを剥いて楽しいものか」
ネムのそんな行動や視線が当然の事だと知りながら、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに溜息を吐くユウイチ。
実際、興味が無いのは本心であり、チェック以外ではろくにネムを見てすらいない。
「わ、悪かったわね、貧相で」
見られるのは嫌だが仮にも恋する乙女。
貧相と言われる事には反発してくる。
「ま、それだけ貧相な上に処女じゃもう隠しようがあるまい。
服は多少、下着は全て残したんだ、礼を言って欲しい所だな」
「っ!」
貧相でない場合と非処女である場合の隠し場所が何処か察し、そこを調べられる事を想像しているのだろう。
怯え、なんとか、ユウイチと離れんとするネム。
そして、同時に、今どれほど自分が危機的状況かを理解し始めている。
展開が急で早すぎたとはいえ、あまりに遅い事だ。
「さて、どんな作戦で1人になっているのか知らんが、迂闊だな。
とてもあの男の作戦とは思えんな。
いや、ついに捨て駒にされてか? 血の繋がらぬ妹よ」
ネムが単に飛び出してきただけだと知りながら問う。
嘲笑うかの様に。
「……」
黙って俯くネム。
今ここに1人でいる、つまりあの少年が追いかけてきていない。
それは、つまり完全に見捨てられたと言う事ではないか、とでも考えているのだろう。
「ん? お前、泣いていたな。
では、単にケンカして、いや一方的に出てきただけか」
ネムの目に涙の跡がある事を確認し、そうだと知りながら敢えて今解ったかの様に言う。
自分がそう仕向けた事も承知の上で、いっそう楽しそうに嘲笑いながら。
「……」
ユウイチの言葉に、涙の跡が『跡』ではなくなる。
声は殺しているが、拘束されている為、隠し様もない。
「まさかここまでバカだとはな。
お前は今がどのような時で、ここがどの様な場所か解っていないのだな。
この島において、あの2人の庇護下でなければ、お前など生きる事すらできない」
嘲笑うのと同時に侮蔑の視線を向ける。
何も考えずに出てきた愚かさを。
何もできずに2人の下を離れた弱さを。
「う……あ……」
もう、声を殺す事もできなくなってきた様だ。
見られている事を解っていても、隠す手段はない。
自由に動くのは首だけで、辛うじて涙を流す瞳だけは見えていない。
リィン
鈴の音が鳴る。
ネムの首にある鈴の音が、喘ぎによって揺れて鳴く。
「……さて、大した情報は持って無いだろうが、知っている事は全て教えてもらおうか」
数秒間を空け、時間を調整し、一歩前に出ながら宣言する。
尋問―――いや拷問の時間の開始を。
「誰が、アンタなんかに!」
全てを崩された張本人であるユウイチへの最後の反抗。
涙を流しながらも、殺意を込めてユウイチを睨むネム。
「まあ、お前みたいな無知で平和に溺れたガキじゃ持って10秒だろうな。
処女の小娘だしな……まあ、そんな貧相な身体ではあまり面白くなさそうだから趣向を凝らすとしようか」
そんな視線など意に介さず、小太刀を持ち直し、笑みを浮かべながらまた一歩ネムに近づく。
今のユウイチはこの上なく恐ろしい気を放っている筈だ。
たった1人、このく暗い夜の森で拘束された少女に耐えられる筈が無い程に。
「兄さん……」
恐怖しながら、最後に兄を呼ぶネム。
全てを拒絶しながらも、まだどこかで信じている人を呼んだ。
だが、無情にも振り下ろされる刃を見て、ネムは目を閉じる。
そして、ユウイチは笑う。
心の底から。
彼の思惑通り進む事に対して。
ガキィンッ!
振り下ろした小太刀が弾かれる。
計算通りだ。
後は、計算以上の答えを聞き出すのみだ。
「え?」
振り下ろされた筈の刃が来る事は無く。
同時に金属の衝突する音が聞こえた。
それで目を開けたネムが見たのは男の背中だった。
「どうして……」
願っていた、来てくれる事を。
期待していた、助けてくれると。
だが、本当にそうなるとは思わなかった。
裏切られたと思い、何も信じられなくなっていたのだから。
「変な事を聞くな」
男は振り返らずに言う。
少女の知る声、信じる言葉で。
「お前が着けている鈴が何の為の物か。
その意味を与えているのはお前だろ」
顔を見る事はできない。
だが、それで十分だった。
思えば、まともに兄の顔を見られた事があっただろうか。
いつも、前に立ってくれていた兄。
いつも、少女はその背を見てきた。
だから、それは知っている兄で、今まで信じてきたものだと少女は思い出した。
何処に出たか解らなくなったネムを、鈴の音によって位置を特定。
ヨシノ邸の玄関を利用し文字通り『跳んできた』ジュンイチ。
そして今、ネムの前に立つ。
あの男と対峙しつつ。
「家の馬鹿な妹を足止めしてくれてアリガトウよ」
ほんの数時間前に完全に敗北した相手との対峙。
背にいるネムは完全に動けない以上、敗北した時よりも状況は不利だ。
だが、そんな事は関係無い。
「玩具の逃亡を許すなど、管理に問題があるのではないかね?」
男は笑っている。
ネムを泣かせ、今も刃を向ける男が。
「家族の問題には口を出さないで貰おうか」
ジュンイチは盾を構える。
祖母が残し、サクラから受け取った盾だ。
これを着けて来た理由は、昨晩使っていた盾が破壊されたから仕方なく、などという理由ではない。
ネムが泣いていると解った時に、自然と手にとっていた。
ジュンイチとして戦いに行くのなら、当然手にしている物として。
「血の繋がらん女だろうが」
何が楽しいのだろうか、この男は。
何をそんなに笑えるのだろうか?
解らない、笑っている事自体が何故か不鮮明だ。
「『家族』に血の繋がりなど関係ない」
だが、男の言葉にはキッチリ返さなくてはならない。
先に敗北した時は言い返すことすら忘れていたジュンイチの答えを。
「そうだな、血の繋がりがあろうとも、他人は他人だ」
「そうだ、他人だからこそ理解しあう事ができる」
男の言葉にカウンターを仕掛ける様に即座に返した。
予想通りの台詞だったからできた事だ。
そう、ありがちに捻くれた言葉だ。
「泣かせ、逃げ出されたくせに、よく言えるな」
男は馬鹿ばかしいと嘲笑う。
男が言う事は事実だ。
例え、そう仕向けられたのだとしても、赤の他人の言葉でああも崩れてしまったのだ。
言い訳など出来はしまい。
だが、それでも言える事がある。
「衝突もするし、泣く事もあるさ。
理解するというのは、そう言うのを越えた先にあるものだ」
ぶつかり合わなずして理解は有り得ない。
一度もぶつかり合う事が無いと言う事は、互いに遠慮しているか、互いに怯えて一定距離を保っているだけに過ぎない。
ぶつかり合って、関係が崩れてしまうかもしれない、だが、崩れると言う事は、新たに関係を築けると言う事だ。
「口だけは達者だな」
男の笑い方が変わる。
これは、興味を持った笑い方だ。
おそらくは、どこまでそんな事が言っていられるか、とそう言う感じだろう。
そして、もう一つ。
男の視線がジュンイチの後ろに回る。
ジュンイチの背にいるネムより、更に後ろへ。
「そうそう、口だけで時間を稼いでも無駄だぞ。
そう言う拘束の仕方をしている」
「っ! 燃えちゃえ!」
ゴウッ!
サクラの声と同時に男の居た場所に炎が出現する。
男は簡単に後ろに下がって避け、笑っている。
「ごめん、お兄ちゃん、解けないよ」
隠れてネムを拘束している鎖の解除を行っていたサクラが弱音を吐く。
木とネムの身体を完璧に縛り上げている鎖は、恐らく、刺さっている大長剣を抜かなければ解く事はできない。
木を破壊するという選択肢はジュンイチ達には無いし、その手段も無い為に。
「任せる」
だが、ジュンイチはやはり振り向く事無く、ただそれだけを告げて跳ぶ。
いまだ燃える炎を越えて、男の前へ。
管理者の少年、ジュンイチがユウイチの前に立ちはだかる。
後ろにいる2人の家族を護る為に。
「ついさっきだったと思うがね。
君を負かしてあげたのは」
そう、完璧に負かした。
その筈だ。
2度と立ち直れない、と言うことはないとは思っていたが。
それでも、回復には時間が掛かると思っていた。
勇者ならばともかく、一般人でしかない筈のこの少年には。
「関係ないだろ。
例え負けた相手でも、譲れないものはある」
そう言って盾を構える少年のなんと真っ直ぐなことか。
昨晩は堕落し、今朝も腑抜けていた筈の少年が、どうしてこんな目ができるのだろうか。
戦う理由を見失い、暴走し、打ち砕かれた。
それは僅か一昼夜前の事だったのに、今の少年には迷いがなかった。
だが当然だろう。
今彼は初日から着けていた盾を持って、ここにきている。
そして、後ろには2人の少女がいる。
彼が家族だと言う少女達が。
「ならば、今一度試そう
お前の強さを」
後は、言葉に見合うだけの力があればそれでいい。
ガキィンッ! ギィンッ!
男の剣とジュンイチの盾がぶつかる。
戦闘が始まり数分が経過していた。
だがその後ろ、サクラとネムは全く動けずにいた。
「ダメ、私の魔法じゃ……」
鎖を解除するのを諦め、要であるこの剣を抜くことにしてから数分。
サクラは手持ちの攻撃魔法をぶつけてみた。
だが、剣はびくともしない。
元々サクラはあの炎の魔法以外、殆ど攻撃魔法を使えない。
サクラが得意とするのは攻撃魔法ではないのだ。
そして、サクラが得意とするタイプの魔法はこう言う相手を指定しすぐにどうこうできるものではなかった。
更に、どうこうできるように調整しているのに、この大長剣は操作をうけつけてくれない。
「サクラ……私を助けてくれるの?」
ネムはそんなサクラを見ていることしかできない。
だが何故だろうか、先ほど直接罵倒はしなかったものの、サクラの存在を否定していたようなものだった。
兄を力で無理やり物にした魔女だと。
そう思ってすらいたのだ。
それなのに今、なんとかネムを開放しようとがんばってくれている。
ジュンイチだっていつまでもつかは解らないというのに。
「何を当たり前の事を言っているの?
それより、動かないでね、多分動くとその鎖食い込むだけだから」
「サクラ……」
サクラは振り向く事なくそう言って作業を続けた。
今一時の会話よりも、助ける事を優先させている。
でも、ちゃんと答えてくれた。
ネムの言葉に。
だからネムは悔しかった。
今何もできない事が。
「じゃあ、もう力で抜くしかないか……」
魔導師が魔法で解決するのを諦めた。
それはサクラにとって屈辱だったが、仕方ない。
そんな事よりも実を取ろうと、剣に手をかける。
が、地面に刺さっている大長剣は男の身長程もある。
つまり、地面とほぼ垂直に刺さっているこの剣を抜く為に柄を持つにはサクラでは身長が全く足りない。
鍔には届くが、この剣の鍔はそう言うことができる形状ではなかった。
ならば、どうするか―――
「ちょ、ちょっとサクラ!」
ネムが声を上げる。
サクラの行動に対して。
「ネムちゃんは黙ってて」
サクラがこの剣を抜く方法は一つ。
刃の部分を持って、引き抜くしかない。
それも、巨大な剣で、ちょっとやそっとでは抜けない様になっている。
だから、身体は子供でしかないサクラは、力いっぱい刃を両側から抱き締めるようにして持たなければならない。
ザシュ
肉が切れる音がした。
大長剣は半ばナマクラだったが、それでも刃がある事には変わりない。
刃を握って、引けば、当然切れる。
「つぅ……のっ!」
剣を伝い、血が流れる。
だが、ちょっとだけ、剣が動いた。
即興の身体強化もあって、なんとか引き抜くことが可能そうである。
しかし、それには後どれくらい刃が身体に食い込んでいるだろうか。
どちらにしても身体の損傷として軽い方として認識され、ヨリコに傷が移る事はない。
それはサクラにとってはむしろ良い事だった。
「サクラ……もういいよ……」
ネムは涙を流した。
こうまでしてくれる相手を、自分は先ほどどう思っていたのか。
そんな後悔をしながら、自分の無力さを嘆いていた。
「良いわけ、無いでしょ!」
ズシュッ
血が流れ落ちる量が多くなった。
だが、サクラは更に力を込める。
家族を助ける為に。
ガギンッ! カンッ! ドゥンッ!
小太刀二刀による連撃に付け加え、回し蹴り。
美しいとは言い難い、厄介なコンビネーションをしかけてくる男。
だが、ジュンイチはそんな攻撃を全て、一歩も引かず防ぎきっていた。
「昨晩の様に攻撃はしかけてこないのか?」
男は笑う。
ただ護るだけのジュンイチを。
今のジュンイチにはサクラの援護攻撃が無く、魔石も無い。
一切の攻撃手段がないのだ。
「ああ、俺に攻撃手段は必要ない」
だが、ジュンイチは迷い無く答える。
それが、本来自分の道である事を思い出したのだ。
「愚かな。
ただ護るだけで勝てるとでも?」
男はまた嘲笑う。
そんな事は有り得ないと。
相手を倒さない勝利などないと。
「ああ、勝つさ。
後ろの2人を護りきれば、俺の勝ちだ」
だがジュンイチは言い切った。
勝利とは、相手を倒す事とは限らないと。
「護る、ねぇ。
護らされているのを勘違いしているだけではないのか?」
ガギィンッ! ドッ! ガンッ!
喋りながらも男の攻撃は止まらない。
いや、言葉もまた攻撃だ。
心を乱し、隙を作る為の。
「俺は俺の意思で護っている。
護りたいと思ったから、護ると誓ったから!」
上段からの攻撃を右で払い、それをフェイントに打ってきた膝蹴りを左で止める。
そこへ更にきた刺突を右で叩き伏せる。
厄介な攻撃だ。
勇者より弱く、勇者より遅く、勇者より醜い流れの攻撃なのに、そのなんと防ぎ難い事か。
こちらの呼吸は乱され、リズムは崩される、護りは壊されかける。
だが、それでも負けるわけにはいかない。
後ろには2人の家族がいるのだから、負けるわけにはいかないのだ。
「お前を利用する相手と、お前が利用してきた相手をか?」
男は笑っている。
攻撃は全て防ぎきっているのに、それについては何とも思っていないのか。
ただ、笑いながら攻撃を続ける。
言葉での攻撃も止まる事はない。
「2人とも大切な家族だ!」
ジュンイチは答える。
全ての攻撃を防がなければならない。
もうこれ以上、2人には指一本、言葉一つ通させない。
「利用する時までお前を放置した血の繋がる妹。
それと、それまでのカモフラージュの為に利用してきた血の繋がらぬ妹。
その両者を家族というか?
お前達の偽りだらけの関係を」
「ああ、言うさ!
約束の時まで離れていたサクラも、それまでの平穏を共に過ごしたネムも、どちらも家族だ。
俺はジュンイチ アサクラでありジュンイチ ヨシノだ。
ネムの兄であると同時に、サクラの家族だ。
そのどちらにも、偽りなどない!」
確かにジュンイチにとって、この島に来る事は確定していた事だ。
だが、それまでの思い出が全て嘘になるかといえば、違う。
過ごしてきた時間全て、ジュンイチはジュンイチであり、そこに仮初も偽りもない。
「素晴らしい自己暗示だ。
しかし、その家族がお前に何を与えてくれるというのだ?
護るだけ護っても、お前は何も得るものがなかろう」
男の言葉に後ろの2人が反応している。
男の言葉という刃が2人に届きかけている。
言葉を誤れば、また誓いを破り、2人を傷つけてしまう。
先ほどと同じ様に。
「お前は『家族』というものを知っているか?
安らぎというものを知っているか?
平穏というものを知っているか?
俺が普段、安心してダレてられるのは、全て2人がいてくれるからだ。
家族ってのはな、与える受けるという関係ではない。
家族ってのは、ただ居るだけでもそれらを共有できる存在だ。
だから、俺は家族である2人を護りたい! ただそれだけだ!」
考える時間なんてなかった。
ただ思ったことを叫んだ。
それだけだった。
だが、後ろの2人へ届こうとしていた刃は防ぎ、押し返す事ができた。
もう、2度と同じ過ちは繰り返さない。
「そうか、ではこれはツリだ。
とっておけ」
ジュンイチの答えを聞いた男の攻撃が止まった。
大きく後ろに下がったのだ。
そして、ジュンイチには意味が解らない言葉を口にして跳ぶ。
ユウイチはジュンイチと距離を取って上に跳んだ。
答えは聞いた、丁度ジュンイチの後ろでもサクラが大長剣を引き抜いたところだ。
これ以上のタイミングは無い。
故に放つ。
「再び選ぶがいい。
どちらが大切か。
血の繋がる家族か、血の繋がらぬ家族か」
ヒュンッ!
ドゥンッ!
言葉と同時に二刀の小太刀をやや角度の違う弧を描く様にサクラへ。
空いた手で抜いた魔導銃の魔光を一直線にネムへ。
どちらも今はまだ動けない2人を即死させられる様に放った。
ジュンイチが護らなければ2人は死ぬだろう。
「2人とも護る! そう答えている筈だ!」
ガキィンッ!
バシュンッ!
ジュンイチは即座に動いた。
2人を同時に護る為に、2人の傍まで下がる。
そして、小太刀を2つ同時に叩き落し、魔光は盾で受け止める。
確かに2人とも護りきった。
だが、
「第三の選択肢を作る代償は、やはり自分かね?」
今のジュンイチは両手を大きく左右に開いた状態だ。
自分は護れない。
あの時と同じ様に。
そして、既にユウイチはジュンイチの目前におり、心臓を抉らんと手刀による刺突を放っている。
「いや、代償にする必要はないさ。
俺には家族がいるからな」
ジュンイチはそう言って笑う。
同時にジュンイチの両肩から2本の腕が見えた。
「燃えちゃえ!」
「ハッ!」
声と同時にユウイチの足元から炎が出現する。
更に同時に、細い飛針がユウイチの太ももに刺さった。
見逃しておいたネムの下着の紐の裏側に隠されていた、麻痺毒付きの飛針だ。
毒によりユウイチの動きは止まり、炎を避ける事が不可能となり、直撃する。
ゴウッ!
炎がユウイチを包む。
威力としては、今まで火炎球よりも低く、人を殺せる程ではない。
シャツは半分以上燃えてしまうだろうが、特性のジャケットは焼かれる事もないし、ジャケットの中のアレにも影響はない。
だが、炎で揺れる視界の先で、ジュンイチ達が撤退するのが見える。
ユウイチを足止めするには十分な威力だ。
ジュンイチは宣言通り、2人を護りきった事になる。
そう、ジュンイチは勝利したのだ。
そして、ユウイチも、目的は達成した―――
「はぁ……はぁ……はぁ……
皆、無事か?」
「はい……」
「なんとか……」
あの男にサクラとネムが攻撃した直後、すぐ真後ろにゲートを繋げ、撤退した。
ネムの救出と言う目的は達成したのだ、戦い続ける理由も無いし、相手を倒す事はできない。
「ご無事でなによりです」
命からがらという感じで戻ってきた3人を笑顔で迎えるヨリコ。
ヨリコが門を開くタイミングも完璧だった。
例え逃げる様に戻ってきたのであっても、誰1人欠ける事なく戻ってきたのだ。
それで、十分4人の勝利と言える。
「兄さん……サクラ……」
少し落ち着いた所で、ネムが申し訳無さそうに2人を呼ぶ。
出て行った時とは違う意味の涙を流しながら。
「ったく、心配かけるなよ」
「そうだよ、大変だったんだから」
2人は言う、何時もの調子で。
昨日までと同じ様でいて、一歩違う笑みを浮かべながら。
「うん、ごめんね」
だからネムも涙を拭いて笑う。
ヨリコもそんな3人を見て微笑む。
「あ、サクラ、手!」
「あ、忘れてた。
って、ネムちゃんも服!」
「お薬と着替えを持ってきますね」
サクラの両手の傷は大きさとしては小さい為に依り代に移っていない。
ネムは自分の為に傷ついたサクラを懸命に診ている。
半裸の状態にサクラのマントを羽織った状態で、急ぎ確実に治そうとしている。
傷痕など残らぬ様に。
「ふう、まったく……」
良かったとは思う。
全て丸く収まって。
あの男によって崩されたが、あの男がいたからより深い絆を得る事ができた。
なんとも複雑な気分だ。
(しかし……よく無事に帰ってこれたものだ)
確かに本来の戦う理由を思い出し、堕落し、腑抜けていた昨日や今朝とは違い戦う事はできた。
だが、あの男を相手にして、一歩も引かず、2人を護りきれたのは不思議でもあった。
強くなった、とも思えるが、そこまでジュンイチは自信過剰ではない。
(そういえばあの後、あの男は何をしていた?)
よくよく考えれば、何故あの男はあの場に居たのだろうか。
自分達を突破し、森の奥を目指していた筈だ。
アレがあるから、入れることはないとは思うが、目的が果たせない事が解れば撤収しているだろう。
目的も無く、うろうろしていたという事は有り得ない筈だが。
(大体、あんな所にネムを縛り上げるなんぞ、意味は無い筈。
連れ去られてしまえば終わりだった……て、え?)
そこでふと思った。
おかしな事だ。
あの強く、邪悪で、計算高い筈のあの男が、あんな場所で何をしていたのだろうか。
何故、あんな会話をしたのだろうか。
何故、全員無事に帰ってこれた上に、こうまで上手く全てが収まっているのだろうか。
何故、自分の服に血が付着しているのだろうか。
外は雨が降りだしたらしい。
森にとっては恵みの雨が。
暗く、冷たくとも、全てを洗い流し、潤す雨が降り注いでいた。
管理者達が撤退した後、ユウイチは1人、雨が降る森を歩いていた。
いや、歩いてるとは言い難い。
大長剣と杖がわりにし、なんとか、前へ進んでいるだけの状態だ。
「……ぐ……う……」
口からは内臓に溜まった血が逆流してくる。
身体からの出血はない。
焼かれ為にそれが止血となり、血は外に流れていないのだ。
その代わり全身の肉は焼け、稼動している筋は2割程度、更に受けた麻痺毒は身体にまわり、動きを妨げる。
「ゴッ……
……俺は、馬鹿だな……こんな……ガハッ!
……せんせいに知られたら……ああ、爆笑されるな……」
ユウイチは笑っていた。
自分の愚かさを。
無駄な言葉を口にしてまで、笑っていた。
「ここ……までか……」
ユウイチは膝を折った。
剣で身体を支えている為、前のめりに倒れはしなかったが、それだけだ。
もう動けない。
中破の身体を無理やり動かし、あたかも全快状態で戦闘している様に見せかけ、最後に毒と爆炎の直撃を受けた。
ハッキリ言って、管理者達が撤退しなければ、倒されていただろう。
あの少年ならば、2人を護る為に撤退すると、そう解っていた。
そして、それは実際に実行されたが、ギリギリの賭けであった事には変わりない。
ツリを返す為とはいえ、ユウイチにしてはあまりに愚かな行為だっただろう。
管理者達に倒されなかったのは良いが、今ここで、敵陣のど真ん中で動けなくなるなど。
そして、この雨。
このままでは非常に危険だ。
アキコ達は向かってきているが、時間が掛かる。
死ぬ事は無いにしろ、回復に時間がかかってしまう。
もう、この島に残された時間は僅かだと言うのに。
その時だ。
足音が聞こえた。
幾つもの小さな足音が。
「ああ、お前達か……」
ユウイチが霞む視界に見たのは動物達だった。
島の北にある林で見た鹿やうさぎなどの動物達。
何故ここにいるのかは知らない。
だが、せっかく会ったのだ、ユウイチは最後の力で彼らに伝える事がある。
「悪いが、俺を森の外まで運んでくれないか?」
たまたま出会えた友人に何気なく助力を頼む様に、自然な言葉で彼等に伝えた。
死にかけているというのに、普段と変わりなく。
強く要望する事も無く、ただ、自然に。
ユウイチはその言葉を言い切った直後、意識を失った。
雨が降る森を歩く2つの影があった。
「アヤカさん、どこに行くのですか?」
既にコトリの件は囮であったと連絡は受けている。
あの男はコトリを利用はしても、殺す気など無かったと言う事だ。
だから、アヤカがあの男を追う理由は無くなった。
筈だった。
「解らないわ」
そう、解らない。
彼女自身も。
けれど、こっちに行かなければならない様な気がしているのだ。
先ほど、森に巨大な破砕音が響いた時から。
「女のカンというやつですか?」
「まあ、そんな所ね」
アヤカがそう答えた後は、セリオは黙ってついてくる。
アヤカのカンは良くも悪くも当たるものだと知っているから。
それに、セリオがこっちに向かうのを止めないのも、何かあると彼女も感じているのかもしれない。
それから、数分歩き、2人は森の外に出た。
視界が開け、周囲を見渡す2人。
そこで、2人はおかしなものを見た。
「あれは……なにかしら?」
「なんでしょうか? 動物達が集まっていますね」
この島に来て初めて見る動物達。
アヤカ達が拠点としている別荘の周りでは鳥が飛ぶ姿すら見れないのだ。
一応幾つかの動物が居るという情報はマコから聞いていたが、居る場所は知らなかった。
それが、何故か一箇所に集まっているのだ。
幾つもの種類の動物が、こんな何も無い場所で。
何か重いモノでも運んだのか、疲れ果てた様に倒れる鹿と、何かに寄り添う様に固まるうさぎなどの小動物。
それは、何かを護っている様に見えた。
ユウイチは身体を動かす意識を失いながらも、外界の情報を可能な限り集め、記憶していた。
負傷の影響で視界は無く、聴覚なども正常に機能しないが、森の外まで運んでもらえた事は解っている。
それと、温かさが感じられる。
恐らくは、動物達が体温を分けてくれているのだろう。
こんな雨の中、倒れている1人の男の為に。
「操っている……訳じゃないわね、これは」
声が聞こえた。
女性の声だ。
今の状態ではそれしか解らない。
敵ならば拙いが、動く事が出来ない以上どうしようもない。
「はい、その形跡はありません」
声はもう1つ。
同じく女性の声だろう。
「でも……自主的にやってるの? まさか」
「現状ではそうとしか……」
会話の内容はギリギリで聞き取れる。
「何で……あ、刻印が見えるわね。
光ってるし、今発動しているのよね。
これで呼んでるのかしら?」
「……全てを解析する事はできませんが、違うと思われます」
「そうよね、これ、身体強化と回復補助しかないわよね、機能的には」
「はい、複雑で、何を代償にしてるかも解りませんが、恐らくはそれだけです。
ついでに言うならば、強化といっても、やはり人間レベルの話です」
「まあ、刻印ってそう言うものだしね。
でも、おかしいわよ、実際戦ったけど、強化していると言うほど力じゃなかったし。
回復補助だって掛かってなかった筈だわ」
身体の刻印を見られ、解析されている様だ。
非常に拙いが、大丈夫だろう。
これは人間にはまず解析しきれるものではない。
「ギリギリで読み取りましたが、恐らく回復は緊急用だと思われます。
今の様な、重傷を負った時にしか発動しないのかと」
「ああ、腕が消し炭になった時とかと同じ?」
「はい。
それと、これも推測でしかありませんが、全快する程強力ではないです。
あくまで、瀕死とは言わないギリギリのラインまで回復して、終わりかと」
「つまり、普段は何もせず、死にそうなくらいの危機の時のみ最低限の手を貸す。
それだけの刻印ってこと?」
「はい、恐らくは」
前にも見られたことがある相手だろうか。
機能は正確に読み取っている様だ。
だが、それだけならば問題ない。
「戦いを有利にするのではなく、戦い続ける為の刻印、か」
「厳しくも過保護と言うべきか、それとも呪いでしょうか」
「これを刻んだ人が厳しい過保護で、彼自身は呪っているのよ」
「何故、そう思うのですか?」
「なんとなくよ」
「そうですか。
私もなんとなくそれが正しいと思います」
何故か、2人の雰囲気が明るくなった様な気がした。
理由は不明だ。
「さて、これは借りを返す絶好の機会よね」
「その様ですね」
「私、回復魔法は得意じゃないんだけど……
2人とも、力を貸して」
「はい、勿論です。
姉さんもやる気の様ですよ」
「じゃあ、いくわよ。
あ、君たち、ちょっとどいてね。
大丈夫よ、傷つける訳じゃないから」
温度的な温もりとは違う温かさを感じる。
これは回復魔法だろう。
それも自己治癒力の強化ではない、外界からエネルギーを貰い回復できる最高レベルの回復魔法だ。
何かで底上げをされた、擬似的なものであるが、十分な効力だ。
身体の機能が徐々に回復していくのが解る。
「こんなもんでしょ。
貴方なら心配ないでしょうけど、いつまでもこんな所で寝てないでよ。
貴方は私を倒した男なんですから」
最後に、女性はそう言って立ち去っていた。
何処か、満足そうに。
何故か、楽しそうに。
機能が正常化し、視界が戻る。
そして、穏やかな光を見た。
無数の星々の小さな輝きの中にありて、夜の全てを包んでいるような優しい光を。
雨は上がり、空は晴れた様だ。
今日も変わらず美しい月が空に在る。
後書き
さてさて、ついに14話まできました。
ここから一気にラストスパートと言う所ですね。
一応話数としては、エピローグ含むと後6話ありますけどね。
残る戦闘は一回。
そしてその後はラストバトルです。
因みに次は短いです。
その代わりその次と、次の次は長い予定でいます。
ところで、もうラスト付近なのですが、2005年12月末の現在。
ここ、傭兵様のサイトの連載作家(傭兵様ご本人も含み)は皆さん設定資料を公開されています。
設定って要るものでしょうかね?
要望があれば作りますが。
もう終わりも間近ですしね。
では、とりあえずは次回もよろしくどうぞ〜。
管理人の感想
T-SAKAさんから14話を頂きました。
ってこの出だしもマンネリだなぁ。
満身創痍になり続けるユウイチですが、今回もまたボロボロ。(苦笑
自ら終わりって言うくらい危なかったようですが。
あの2人は美味しいところを持ってきましたね。
ユウイチに対する感情もかなり変わってきてるみたいですし。
いよいよ終盤ですが、果たしてどうなるか。
ジュンイチとヒロユキは、なにやら立ち直った様子。
特に前者は家族仲も良好になってますねぇ。
さすがユウイチというか、狙った意図は成功させるなぁ。(笑
コトリの問題もこの調子でしっかり解決すると良いですね。
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