夢の集まる場所で
第15話 再び
ザシュッ
月明かりの下に血飛沫が舞う。
「……っ!?」
その血は私のものである筈で、私はそれを見る事無く全てが終る筈だった。
なのに、私は今舞い散る血を見ている。
彼の肩越しに。
「っ!」
薙刀を放ったアキコさんの表情は、驚愕からすぐに青ざめたものに変わる。
ゴト
音がした。
重い音が、何かが落ちた音が。
すぐ近くで。
そう言えば、庇ってくれたこの人は、一体どこを斬られたのだろう。
あの神速の域にある一撃の間に入って。
「どうして……」
アキコさんは悲しげな顔をしていた。
そこで私はやっと気付いた。
先ほど音を立てて落ちたものに。
地面に転がる彼の右腕に。
「……!?」
私は彼の名を呼びたかったけど、声は出なかった。
声はもう失ってしまったから。
そんな私に、彼は優しく微笑んで言うのだ。
「大丈夫か?」
自分は片腕を切り落とされたのに。
私の心配をしてくれる。
先ほど、彼を助けるつもりで戦いの真中に出てきて、彼の心と身体を傷つけた私を。
「どいてください! いくら貴方がその娘を許そうとも、私は―――」
私を庇う彼に、アキコさんは叫ぶ。
だが、彼はゆっくり彼女に言うのだ。
「アキコ」
そう、ただ一言。
ただ一回名前を呼んだだけだ。
だというのに、アキコさんは動けなくなっていた。
私への殺意もどんどん薄れていくのが解る。
「ですが……」
次の言葉を出した時にはもう、瞳は迷いに満ちていた。
先の一撃を放つ時には、全く迷いなど無かった筈なのに。
「俺は、コトリと少し話しがある」
彼は続けてそう言った。
アキコさん、それとその後ろに何時の間にか―――いえ、彼と同時に現れた筈の2人を含め3人に。
「……解りました。
でも、せめて接合を。
それだけは譲りません」
アキコさん達はそう言って、落ちた腕を拾い上げた。
そして、彼の了承を得て、1分もかからず腕を繋げて、この場を離れていった。
「さて、何から話そうか」
この浜辺に2人きりになり、彼はそう言って一度空を見上げた。
夜空を照らす月を。
彼の腕は本当にくっつけただけで、血管も骨も仮止め状態。
神経などの接合はされておらず、動く事は無い。
だが、彼の身体に刻まれた刻印がそれらを治していく。
あくまで自然治癒を少しだけ強くした程度の速度であるが、でも確実に。
どんな激戦、連戦の中でも、単独で戦い続ける事ができるよう刻まれた魔導刻印。
「ああ、これか?
醜いだろ。
能の無い奴が不相応の戦闘力を求めた結果さ」
私の視線を感じさせてしまったらしく、彼はそう言って腕の刻印に触れた。
少しだけ、隠す様に。
「……」
醜いなんてことは無い、と言いたかったが声はやはり出てくれない。
私は魔曲を介す以外にテレパスを送る能力は無く、気持ちを伝える術がない。
どうすればいいかと考えている時だ。
彼は言ってくれた。
「ああ、解ってるよ。
大丈夫だ」
そう笑みを浮かべるのだ。
心など読めなくとも、言葉がなくとも、ちゃんと伝わると。
「それにしても、心を読まれていたのだな。
全く気付かなかったよ」
彼は困った様に苦笑した。
私は心を読んだのに。
いえ、彼の心の奥底に隠してある物を盗み見たと言うのに。
怒るでもなく、ただ困っていた。
「でも、ならば何故あんな事をした?
どこまで、どう言う風に見たか知らないが、少なくとも俺がやってきたことを知らないと、あの歌は歌えない」
先程、彼の心に響かせた歌。
それを歌うには彼の過去を知っている事が前提条件みたいなものだった。
知らなければ、恐らくこの人を行動不能まで追い込む程のものにはならなかっただろう。
相手を理解してこその魔曲であるが故に。
「俺は単純に殺人者などと、そんな生易しい言葉で表現できる者ではない。
殺人に始まり、詐欺、窃盗、強盗、破壊、暴行、強姦、そしてそれらの煽動。
外法、外道な魔導の人体実験に手を貸した事も一度や二度ではない。
俺は大凡、今の歴史に名を刻むどんな悪人よりも罪を重ねてきている」
過去の罪を数える様に語る。
まるで平然とした顔であるが、でも瞳は悲しみが見える。
例え彼が信じ、行い、そして結果を出した事であっても、してしまった事は『悪』だからだろう。
「……」
私は彼の名前を呼びたかった。
でも、声は出ない。
私はこの時、もう歌を歌えない事よりも、彼の名を呼べない事が悲しくて、悔しくて仕方なかった。
「そんな俺を、何故お前は救おうとする?
殺そうとする方が自然だぞ」
やはり困った様にそう訪ねる彼。
少し嬉しいという気持ちが僅かに見えたが、それでもやはり困っている方があまりに大きい。
辛く思っていないと言う事は解り、それだけは私にとって幸いだった。
「……」
彼の問いに答えんとするも、やはり声は出ない。
答えないといけないのに。
ここで答えなければ、もう二度と彼を救えない、そう思えた。
「ありがとう。
お前は優しいな。
十分だよコトリ」
彼はそう言って微笑んだ。
儚く、消えてしまいそうな微笑。
私は、貴方にそんな笑い方をして欲しくなくて、だから―――
朝、ベッドの上。
目が覚めてコトリは身体を起こし周囲を確かめた。
「夢か……」
久しぶりに見た自分自身の夢。
あれは一昨日の晩の事。
あの後、彼から薬の手渡され、説明を受けてそれを飲んだ。
一度仮死状態にして、身体の異常部分を全て治してくれるという魔法薬。
エリクサーの失敗作の一つだったらしい。
「あ、声……」
そして、その効力は今証明された。
声が正常に出ている。
一昨日の晩、完全に失われていた声が今は元通りに戻っている。
2度と歌うことが出来ないとすら思っていたのに。
「あ、コトリ、起きたの?」
と、そこへこの屋敷の主であるマコ ミズコシが部屋に入ってくる。
改めて思い出す。
ここはミズコシの屋敷で、昨日、仮死状態の勇者に渡され、仮死状態から復帰した後屋敷に運ばれた。
一度だけ意識が戻り、借りている部屋に寝かされたのを覚えている。
それから、また眠ってしまったのだ。
「あ、うん、おはよう、マコ」
「おはよう。
まったく、ビックリしたわよ。
昨日勇者さん達が貴方を運んできた時は」
「あ、うん、ごめんね」
マコは恐らく気付いているだろう。
コトリが先日戦いに関わった事を。
勇者が敵だとしている者達と接触した事を。
でも、何も言わない。
心配はしているだろうが、それ以上に信頼されているから。
「とりあえず、朝食にしましょう。
食べられるわよね?」
「ええ。
ありがとう、マコ」
コトリはお礼を口にしながら、心の中で謝罪した。
まだ、心配させることになるから。
「朝食は摂らないと動けないものね」
そう、まだやる事、やれる事はあるのだから。
同じ頃、ヒロユキ達は集まり、作戦会議を開いていた。
予定していた期日が残り1日に迫ったこの日。
恐らくは最後の作戦会議を。
「で、可能そうか?」
期日が迫っているのに、実のところ情報が殆ど無い。
まともに調査を勧められた事がほぼ無かったのだから当然の結果。
そんな状況下で、今晩の一夜で可能な逆転の手段を講じていた。
「はい。
大凡の見当はついていますから、可能です」
立案したのはヒロユキ。
それを実行可能かを検討するのは実行者になるセリカ。
「でも大丈夫なの?
アレの進行を食い止める為の封印でしょ、一応」
今回はセリカの護衛に徹することになるアヤカ。
作業内容は仮にも魔導師の娘である為理解できる。
だからこそ危険性も解る。
「全てを開放する訳ではないので、そう爆発的な変化は無いのでしょう。
問題は、こちらが送る封印魔法の効力と速度ですね」
セリカのサポートに当たる予定のセリオ。
高度な機械人形である彼女もまた、今回の作戦の危険性は十分に解っている。
同時に、そのリスクを冒すだけの価値はあると言う事も。
「大丈夫だろう。
カンだが。
もしもの時の為に、俺は可能な限り中央区画の近くで待機する。
何かあった場合に対応できる様に」
ヒロユキは今回単独行動をする予定になっている。
もし何かあった場合、中央の魔法システム本体まで特攻する為に。
「と言うのは建前だけどな」
そう、ヒロユキは続けた。
苦笑しながら。
普段ならば兎も角、この猶予の無い筈の状況での発言。
3人は少し驚きながらヒロユキを見た。
「今日が臨界点だというのは管理者は百も承知だろうし、アイツ等も俺達以上に知っているだろう。
だから、多分今日戦闘は発生しない。
そして、アイツも俺と同じ様に何かが起きた時の為に中央区画に来ると思うんだ」
再び真剣に今夜の動きについての考えを話すヒロユキ。
だが、どこか違っていた。
勇者の称号を持つ彼は、常に軽い様でいて締めるべき時は誰より真剣だ。
しかし、今の彼は何処か違った。
真剣な事には変わりない。
なのに、何処か―――
「そこで、俺は奴と決着をつける」
ヒロユキは宣言した。
今この状況で拘るべきではない、そう誰もが思う事を。
「ヒロユキ、でも彼は……」
そして、それは間違っていると思えるのだ。
全てが解った訳ではないが、アヤカは彼を誤解していたと解っている。
だからもし、最初の出会いからの事を引きずっての決着ならば、それは間違いだ。
そう、進言しようとした。
「ああ、解ってるよ」
だが、ヒロユキは最後まで聞くこと無く応えた。
一昨日以前までの事は関係無いと。
セリオを侮辱され、破壊されたのも、アヤカが負かされた事も。
それを良しとした訳ではないが、今は関係無いと。
しかし、それならば何故、決着に拘るのか。
それを3人は確かめようと思った。
だが、しなかった。
「俺は、純粋にアイツと決着をつけたいだけだ」
今のヒロユキは、勇者と称された時と同じ様に純粋な、迷いの無い目をしていた。
そう、嘗て魔王と戦うと決意した時と同じ様でいて、まったく別の何かを秘めていた。
セリカ達に解るのは、ただ真っ直ぐで、決して止められないと言う事だけだった。
その中、アヤカはなんとなく、解っていた。
多分、そう言う意味ではアヤカとヒロユキは似ているから。
昼前、ヨシノ邸。
ジュンイチ達はリビングに集まり最後の作戦会議を開いていた。
「なんとか間に合ったか」
「うん。
こんな状況でよくできたと思うよ」
「そうですね。
なんだかんだとこちらの作業は進められてましたよね」
「皆さんがんばりましたから」
切迫した状況でありながら4人は落ち着いていた。
家族の問題は非常に不安定であったが、修復作業の準備だけは進められていたのだ。
今日この日の期限に間に合うくらいに。
完璧ではないが、十分と言えるくらいには整っていた。
そして、家族内の問題も、昨日解決した。
だから今は4人で落ち着いてお茶を楽しめる。
茶請けはジュンイチが出した和菓子だ。
「おそらく今日は戦闘らしい戦闘も発生しないだろう。
だが、本来やるべき事の方で失敗する訳にもいかない。
十分に休んでおく様に」
現在は緊張感0であるが、それは夜に全力を出す為だ。
休める時に休んでおくのもまた仕事でもある。
「兄さんにそう言われると微妙ですね」
「ただだらけてるだけの様な気がするよ」
2人の妹は揃って兄の普段を思う。
そして2人で笑い合う。
本当に楽しそうに。
「まったく……酷い妹を2人も持ったもんだな、俺も」
「お茶のお代りいりますか?」
苦笑しながらぼやく兄ジュンイチと、フォローする気は無いらしいヨリコ。
いたって平和な風景だった。
昨日崩れかけたというのに、今もここにあるのは昨日よりも更に平和な風景だ。
「まあ、それはさておき。
今夜はいよいよメインシステムの直接アクセス及び再起動になる。
もう、魔王クラスの瘴気がここに発生しない限りは安全だがくれぐれも気をつけてくれ。
ネムもモニター監視は頼むぞ。
ヨリコさんはいつも通りよろしく」
「うん」
「ええ」
「はい」
一応集まっている名目は作戦会議。
伝える事は少ないが、すべき事はこなしておく。
そして、最後に。
「俺は何かあったときの為に外に居る」
一瞬だけ真剣さを表に出してそう告げる。
今回の作業はこの屋敷から行うものである。
だがそんな中、ジュンイチは1人あの黒い桜の傍に立つ予定でいる。
「お兄ちゃんこそ気をつけてよ」
「そうですよ、一応あの人達はまだ森にいるんですから」
今日がこの森のリミットである事は勇者もあの男も解っている筈である。
だから、今日は戦闘は無い筈である。
何かを仕掛けてくるだろうが、それは恐らくシステムに対してだろう。
だが、相手が勇者クラスと言えどもここのシステム防壁は破られたりしない。
故に、放置していても問題ないと踏んでいる。
「アイツ等と言えば、もう一つやっておかないといけない事があったな」
誰に言うでもなく呟くジュンイチ。
アイツ等。
正確にはあの男に関する事でだ。
ちょうどそこで、玄関でノッカーを叩く音がした。
「よう、よく来たな」
玄関まできて全員で来訪者を出迎えるジュンイチ達。
この屋敷の玄関まで辿り付ける唯一の他人を。
「またお呼びだそうだな」
スギナミは不敵な笑みを浮かべながら現れた。
何を考えているのか解らない表情と言葉。
それは何時ものスギナミでもあり、仕事中のスギナミでもある。
「ああ、頼みがある。
あの男、この島にダークドラゴンをもって侵入してきた男の事を教えて欲しい」
ジュンイチが頼むのは、嘗て断られた仕事。
あの時スギナミはただ、謎かけの様な言葉を残すだけだった。
「それは仕事の依頼か?」
スギナミは問う。
今この場に自分の在り方を。
「いや。
嘗てお前に友と呼ばれた者としての頼みだ。
俺は、アイツの事が知りたい」
ジュンイチは応えた。
仕事ではないと。
ただ、純粋に知りたいと思うのだと。
嘗て、親友と呼んだ人に。
暫し、2人は無言で見合う。
妹達はそんな2人を静かに見守っている。
「それは出来ない。
約束があるからな」
長い沈黙の後、不敵な笑みを浮かべながらスギナミは答えた。
先ほどと同じ不敵な笑みでありながら、でも何処か違う笑い方だ。
おそらくは、ジュンイチと後2名くらいしか気付けないほどの変化。
「そうか」
だがその変化があっても、言っている事に偽りは無いだろう。
つまりは、情報は聞けないと言う事だ。
しかし、それでもジュンイチは本当に仕方ないとそう思える。
スギナミにとってそれほど大切な事なのだと。
知りたいが、仕方ないと。
「ああ、しかし我が友よ、久々に会ったのだから少々語らおうじゃないか。
こんな仕事をしているとな、いろいろ面白い奴に出会えるのだよ。
なかなか趣きのある話もできよう」
そんなジュンイチの反応を待ってか、スギナミは突然そんな事を言い出す。
大凡、今のこの状況に似つかわしくない事を。
それでいて、不敵な笑みを。
そう、理解不能な表情でいて、どこか悪戯小僧を思わせる、そんな笑みを浮かべながら。
「ああ、そうだな。
ヨリコさん、確か蔵に酒があったでしょ。
何でもいいからいくつか持ってきてください」
その意味することを悟ったジュンイチは申し出を快諾する。
今は時間が無い事を承知の上で。
「はい、解りました」
ヨリコは言われたとおりに蔵に向かう。
どこか、嬉しげに。
「ちょっと兄さん……」
サクラは特に何も言わないが、ネムは止めようとする。
いくらなんでも不謹慎ではないかと。
それに兄が昼真から酒を飲むなど、黙っていられる事ではなかったりもする。
「大丈夫だよ、お前達は夜まで休んでろ」
だがそんなネムと、何も言わないサクラにジュンイチは笑って言うのだ。
根拠は無いのに、何故か不安が消える笑みを浮かべて。
「うん、解った」
「もう……解りました」
2人の妹は兄の言う通り自室に戻る。
そしてジュンイチは友と居間で語らいを始めた。
昼。
島北部の岬の洞窟にあるユウイチ達の拠点。
ユウイチ達は食事を摂りながら作戦会議をしていた。
「しかし、まさか倒れる事になるとはな」
作戦会議と一緒に昨晩の説明会も開いていたりする。
現在ユウイチは、アキコ達に囲まれて苦笑していた。
「笑い事じゃないです」
「そうですよ。
何事も無く私達が回収できたからよかったものを」
「心配した」
3人は今でこそ普段通りにしているが、ユウイチが倒れたと知った時、そして、森の外で倒れているユウイチを見た時はそれはもう酷い取り乱し様だった。
アヤカの所在が不明だった為、見られている事を考慮して表向きは無表情だったが、瞳にだけは哀しみが満ち、溢れんばかりであった。
「すまない」
それを知っているからユウイチはただ純粋に詫びる。
失敗を責めれらる事も無く、ただユウイチの身を案じてくれる3人に。
「さて、今日の予定だが」
だが、数秒後にはアッサリと気持ちを切り替えて今夜の最後の作戦行動についての話を進める。
アキコ達も勿論、直ぐに気持ちを切り替える。
「『鍵』であったあの大剣は挿せたのでしたら、後はマワすだけですね」
「と、なりますともう一度あの中に入る必要がありますね」
「大変」
昨晩アノ中に入ってみて解ったが、既にアレは意思を持っていると言っていい。
最終段階なのだ。
だから、昨晩と同じ様な強行突破では中に入ることはできないだろう。
「ああ。
仕方ないから、少し手段を変えよう。
危険が伴うが、俺は回路の開放させるのが最も可能性が高いと考えている」
回路、この場合ユウイチは、この島の中央システムから端末である森の桜全体への回路を言っている。
それらは現在閉じられた上に封印が施されている。
黒い桜への変異を食い止める為に。
もし回路を開放したならば、一気に黒の侵食は進むだろう。
だが、それ故に隙ができる。
この島に来た最初の夜、ユウイチがアクセスを試み、失敗した過去がある。
しかし、その実際の経験があるからこそ、この方法での解決が立案できた。
「そうですね。
封印がありますので、外から瘴気を取り込む事は無い筈ですから、そうそう危険にはならない筈です。
私も、それが最良だと思います」
「時間的にもそれしかないでしょうし」
メンバー中最高位の魔導師であるサユリと、ユウイチの次に全体的な作戦立案能力を持つアキコが了承する。
「イヤな感じする。
でも、大丈夫だと思う」
直感ならばユウイチの次に的中率の高いマイも反対しない。
「ならば、それでいこうか」
作戦は決まった。
話し合うまでもなく、サユリとアキコは黒い桜と正常な桜の境界での作業。
マイはその護衛。
そして、ユウイチは単独で中央区画への再突入を担当する事になる。
「それにしても、それが使えれば楽で安全なんですけどね」
ふと、アキコはユウイチの背負う大長剣を見る。
昨日、普段使っていた大剣と共に使った大長剣。
ユウイチとシグルドが秘蔵していたもので、いろいろ事情のある剣だ。
「反則剣」
マイも同じ様に剣を見て、呟く。
使ったことが無い為、実際どれ程の力なのか知らない。
だが少なくとも、そう言う代物である事には変わりない筈なのだ。
「ここの場合反則になるかは微妙だな。
まあ、使えないものは仕方ない。
一応『調律』は
入手時にはただの硬いだけの剣であたのだが、ユウイチの師が掛かっている制限を解いた。
なので、残っている制約さえ満たせばこの剣は本来の機能を発揮する筈なのだ。
「これを『調律』できてしまうというのも、信じ難い事なんですが……」
サユリは困った様に、少し悔しそうに剣を見る。
彼女は残る制約をユウイチの為に、一時でも誤魔化せないかと挑戦した事がある。
だが、それは今もできてはいなかった。
暇を見ては挑戦しつづけているが、糸口すら見えてこないのだ。
「これを送ってこれる人でもあるんですよね。
やはり謎だらけです」
そう言ってアキコが手にしているのは拳大の木の実。
先日ユウイチの師より送られてきた物であり、昨晩力を少し使ってしまい弱っているのを回復中である。
回復が完了次第、再びユウイチが持つ事になっている。
「勇者ヒロユキなら使えてしまうのだろうがな。
ともあれ、今使えないものを言っても仕方ない」
ユウイチはただ、今は手元にない大剣の代用品として持っている。
一応何かの切っ掛けで発動する可能性もあるのだが、そんな期待にすがる様な事はしない。
単純に、頑丈なナマクラ大長剣としてだけで、ユウイチにとっては十分だった。
「では、夜まで少し休むとするか」
「ええ」
「はい」
「ん」
食事も終わり、作戦会議も終った。
他の拠点の者達も動向は知れている。
だから、今日は皆で休める。
今夜の最後の作戦の為に。
4人は皆で寄り添って仮眠をとる事にした。
最後の夜になる筈の今夜に向け、皆思い思いの時間を過ごす。
全て、今夜の為に―――
後書き
短! いや〜、我ながらなんて短さでしょう。
プロローグを除いて歴代最短です。
その分次から長いですよ。
ええ、とっても。
歴代レベルで。
今回は短さもあいまって、何も言う事ないですね。
では、また次回をよろしくどうぞ。
管理人の感想
T-SAKAさんから15話を頂きました。
マンネリでもこの出だしで最後まで押します。(笑
物語はついに佳境へ。
今回が最後のインターミッションでしょうね。
全ての陣営それぞれ、精神的には安定してるみたいですし。
そうなると後は純粋な勝負のみって事でしょう。
どうやって最後に向かっていくか、どうかお楽しみあれ。
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