夢の集まる場所で
第16話 譲れないもの
あれは何時の事だっただろうか―――
「大成功だったな」
少年は満足そうに言った。
心から楽しそうに。
「やりすぎな気がするけど……」
一緒に逃げてきたあの少女は苦笑していた。
良い事では無いと思いながらも、楽しいと思っている。
「流石だよ。
俺じゃ、ああはいかない」
少年は少し羨ましげだった。
自分では出来ない事をできる、少年に向ける羨望の眼差し。
だが、その視線はあくまで純粋だった。
「そうかねぇ。
でも、原案はお前だろ。
俺はあんなの考えつかないし、お前みたいに長時間待ち伏せできる忍耐力もねぇよ」
だが少年もまた羨ましかった。
知識を集め、それらを活かす事のできる友が。
そしてなにより、大人でも音を上げる様な事すら、平気で耐え抜いてしまう精神力が。
「そこを上手くアレンジしてしまえるお前は異常の域だと思うけどな」
2人は互いの良い部分を望んでいた。
自分の力を活かしながら、それを越えたいと思っていた。
「いや、君達2人ともイジョーだと思うけど?」
そんな2人を半ば呆れながら見る少年。
呆れてはいるが、楽しそうだった。
こんな2人と出会えた事を嬉しく思えていた。
「そうか? しかしまあ、お前みたいな観客がいると俄然やる気が違う」
「ああ。
見世物ではないが、お前みたいに外側で笑ってくれる人が居ないと意味がないしな」
2人は言う。
少年を重要であると。
2人と比べればその他大勢と言える様な少年を。
「そうかな?」
少年は複雑そうな顔をして苦笑する。
2人の在り方を望みながら、二2を見ている者でありたいと願っていた。
「楽しそうだね」
そんな少年達を見ていた少女は、3人を見ているだけで何故か幸せな気がした。
何時までも、こんな時間が続けばいいと心から想っていた。
「よし、じゃあ、次は何をしようか」
「ん、じゃ作戦はまかせる」
「それじゃあ見てる〜」
あの日、あの時。
確かに幸せで。
何にも代え難い大切な時間だった。
そう、大切な思い出。
今は、もう過ぎ去りし日の―――
「夢……か」
今夜の戦いの前の、最後の眠りから覚めた男は自分の周囲を見渡した。
今夜の戦いに備え、全てを万全にする為に自分の周囲に在る存在。
「まあ、元より迷いなど無いが……
ああ、完璧には一つ足りないか……」
男はそう呟いてもう一度自分の周囲を見た。
もう万全だが、一つ足りない。
既に手に在るが、それでも必要な行為がある。
「起きたら、少し話をしよう」
今は眠る彼女達にそう言葉をかける。
先ほどから、男にしては珍しい独り言。
けれど、それでも今は良いと思える。
良い夢を見た
準備は万全だ
だから、今夜
終らせるのだ
ジュンイチの私室。
酒瓶がいくつか転がるこの部屋を、ジュンイチは出ようとしていた。
「行くのか」
ドアノブに手をかけたところで友の声がした。
酒が入って語らっていた故、自分と共に最後は眠ってしまっていた筈の友の声だ。
「ああ」
ジュンイチは背を向けたままで答える。
「そうか」
何を言うでもない友。
いや、既に語るべき事は語った。
答えを教えてもらった訳ではない。
ただ多くのヒントを貰い、答えは導き出している。
だから、もう十分だ。
「行って来る」
「ああ、行ってこい」
ジュンイチは部屋を出て、扉を閉めた。
恐らくもう一度扉を開けたら、そこに友はいないだろう。
彼はそういう男だ。
だが、開ける必要はもう無い。
後は、居間にいる家族達の下にいけば全てが完璧になる。
居間に移動すると、既に全員が集まっていた。
「あ、お兄ちゃん、おはよー」
「おはよう、兄さん」
「おう」
軽く言葉を交わしてジュンイチも混ざる。
「ジュンイチさん、頼まれていたものの結果です」
そこへ、なにやら紙の束を持ってくるヨリコ。
それはジュンイチが友と語らっていた時に、つまみなどを持ってきたヨリコに頼んでいた調べものの結果一覧。
「ありがとう、ヨリコさん」
紙の束を受け取ったジュンイチは結果を見てみる。
表の形式で数字が並ぶ紙を。
その数字を見比べ、次々と読み進めていく。
そして、最後まで見通すのに約3分。
「やはりか……」
既に解っていた答えの、その証拠を得て笑みを浮かべるジュンイチ。
「何を見てるの?」
「なんですか? その表」
この結果に興味を持った二人の妹に紙を手渡すジュンイチ。
2人もその結果一覧を読み進めていく。
そして、読み終えるが。
「……お兄ちゃん、これ」
「これ、なんですか?」
確かめる様に訪ねてくるサクラと、何がなんだか解っていないネム。
この場合、ネムの反応が普通なのだろう。
サクラは知識があるからこそ、この結果の意味が解ったのだ。
「ああ、そう言う事だ。
ネム、後でまとめて説明する」
反応が予想通りだったので、直ぐに2人の問いに同時に返答するジュンイチ。
その後、サクラは少し何かを考えていたが、すぐに何時もの調子にもどる。
ジュンイチも、今この結果の事は置いておくことにする。
既に解っていた事で、今は他にすべき事があるからだ。
「さて、十分休めたか?」
「うん、バッチリだよ」
「ええ。
兄さんはどうなんですか? 仮眠とってないんでしょう?」
普段なら仮眠をとる筈の時間のほとんどを友人との語らいに使ったのだ。
それも、酒まで飲んでいる。
多少睡眠をとらなかったからといってどうこうなるほどジュンイチは軟弱ではない。
だが、万全とは言えない。
「大丈夫だよ。
それどころか、極めて良い気分だ」
酔っているから、とかでは無い。
恐らく、友と語り合わなければこうはならなかっただろう。
半ば確信していたが、それでも多くのものを得られた。
だから、後一つ。
「ところで、ちょっとお前達に聞いておきたいんだが」
「なに?」
「なんですか?」
普段通りの様でいて、至極真剣な兄に2人とも目を向け、次の言葉を待った。
兄の言葉を待つ2人の妹は緊張しながらも、どこか安心できるという矛盾した感覚を覚えていた。
次の言葉に緊張しながらも、不安が無いのだ。
先日まであった、兄が兄で無いようなそう言う感じが一切無い。
「お前達は今幸せか?」
兄の口から出た言葉は、妹2人には想像もしなかった言葉だ。
いや想像というより、夢には見たことくらいあるだろうが、現実的にありえないと思えていた言葉の一つだろう。
「どうしたの? 急に。
うん、十分幸せだよ。
多分、もっと幸せになれると思うけど、今のままでも十分」
「私もです。
理想の幸せというのはありますけど、このままでもいいと思うくらいには」
兄の言葉に驚きながらも、素直な気持ちを答える2人。
この不安定の様でいながら、心地よい平和な時間は代え難い幸せだ。
その先に夢見るものを持ちながらも、今はこれが良いと心から思う。
「そうか。
俺も、幸せだよ」
2人の言葉に自らも答えるジュンイチ。
言葉通り、幸いを表す笑みを浮かべながら。
「本当にどうしたの?」
「というか、やめてくださいよ、こんな時に。
今夜が決戦だというのに。
こう言う時にそう言う事を言うと、死んじゃうみたいじゃないですか」
兄の言葉を嬉しく思いながらも、逆に少し心配になる妹達。
兄が心配ではあるが、不思議と不安は大きくならなかった。
「はははは。
大丈夫だよ。
俺はそんな立派なキャラじゃない。
俺は本来エキストラでしかない男だ。
こんな大舞台じゃ逆に死なないよ」
そう、2人は知っている。
兄は、ジュンイチはそう言う存在である事を。
誰よりも。
だから、戦って死ぬなんてことは無い。
「俺は死なないさ。
戦いでは。
そもそも、戦いの場に立つ者ではないからな」
ジュンイチは護る。
彼の大切なものを。
ただそれだけだ。
だが、彼にとってはそれで十分で、それ以上は望まない。
それだけで、本当に幸せなのだから。
故に、彼は今の在り方に満足していた。
けれど、何故だろう。
彼の妹を名乗る少女には、今笑っている兄が寂しげに見えていた。
「これで、完成だな」
ミズコシ邸の地下工房。
自分専用に調整した武具達を見渡しながら呟くヒロユキ。
最後の作戦会議後、半日工房に篭って用意されていた武具を改造してきた。
最後の一つの調整を終えて、数分くらい眠ってしまったが。
準備は完了した。
「後は……」
ヒロユキは何を思ったか、完成された武具を置き、工房を出た。
ヒロユキ専用として生まれ変わった武具達は、出撃までの僅かな時間、工房で眠る。
地下から地上に上がり、そして、ヒロユキが向かうのは仲間のもと。
いや、ヒロユキが最も信頼し、愛している女性、セリカのいる場所だ。
「お嬢、起きてるか?」
作戦会議後、セリカは細かい対策を考えてから仮眠をとっている筈だ。
集合時間には早いので、まだ眠っているかもしれない。
最終作戦前の貴重な睡眠時間だ。
邪魔はしたくない。
だが、それでもヒロユキは声をかけた。
ただの我侭かもしれない。
自分が会いたいと思ったからここに来て、わざわざ起こしてしまうのだから。
「はい、どうしました? ヒロユキさん」
直ぐにセリカが扉を開けるが、やはり眠っていた様で、少し髪や衣服が乱れている。
それでも、直せる部分は直している様だが、ヒロユキを迎える方を優先させたのだろう。
「すまん、お嬢。
ちょっと話がしたくなってな」
「いいですよ」
少し悪いと思いながらも笑ってそう言うヒロユキを、セリカは微笑んで迎え入れた。
ヒロユキとセリカは部屋で2人っきり。
2人はベッドに並んで座る。
そして、話がしたいと言ったヒロユキも、セリカも口を開かず暫く静かな時間が過ぎる。
「なぁ、お嬢。
お嬢は、幸せか?」
長い沈黙の後、ヒロユキはセリカの目を見て問う。
普段なら恥ずかしいと、滅多な事では口にしない様な言葉だった。
「ええ」
問いに対して静かに微笑んで答えるセリカ。
ただ一言で。
だが、何よりも説得力のある微笑を持って答えた。
「そうか」
ヒロユキはその答えに満足した様に笑う。
そんなヒロユキをセリカは静かに抱き寄せた。
ヒロユキは抵抗する事無く、セリカの抱擁を受ける。
「何か、不安なのですか?」
ヒロユキを抱き寄せ、頭を撫でるセリカ。
まるで母が子にするかの様な抱擁。
純粋に心地よく、心から安らげる。
「そうだな……今夜戦う事に関しては不安はない。
あるとしたら、お嬢に嫌われるかもしれないっていう恐れだな」
セリカに抱かれたまま、セリカの腕の中で答えるヒロユキ。
それは、今朝宣言した通りにした事により派生する事柄として予想されるもの。
その中でも、ヒロユキにとってありえる事で、最も恐ろしい事だ。
「何故、私が貴方を嫌うのですか?」
優しく問うセリカ。
そんな事はあり得ないというかの様に。
「俺は今夜私闘を目的に出る。
そうだ、俺の個人的な目的だ。
こんな時に、皆の事よりも自分を選んだジコチュウだぜ。
だから、お嬢が俺に愛想尽かすんじゃないかと思ってな」
ヒロユキがそんな行動に出れるのは、セリカ達を信頼しているからとも言える。
だがそれは言い訳に過ぎない。
セリカ達と共に動けば、ヒロユキにできる事は数多くあり、その全てが作戦成功の確率を格段に上げる。
そして、この作戦が失敗した時、且つ最悪の結果になった時、世界に及ぼす影響も予想できている。
それなのに、ヒロユキは個人的な戦いを選ぶ。
嘗て『勇者』と呼ばれた者とは思えない行動だろう。
「そう思っていても、貴方は戦いたいのですね」
「ああ」
セリカの問いにハッキリと答えるヒロユキ。
頭では理解していても、止められない。
また、思考上ではそう考えていても、戦いに行く事に迷いは無い。
「なら、止めません。
本当は止めたいですけど。
ヒロユキさんがそこまで戦いたいというならば、戦うべきです」
撫でる手を止め、セリカは言う。
そして、抱擁を解いて2人は再び見詰め合う。
「ですが、約束してください。
ちゃんと、帰ってくると」
それがセリカが出した唯一の条件。
私闘に行くヒロユキに対してセリカが願うただ一つの想い。
「ああ、約束する。
いや、約束するまでもなく俺は帰ってくるよ。
俺の居場所はここだからな」
そう言って今度はヒロユキがセリカを抱き締める。
優しく、且つ力強く。
「大丈夫だよ。
俺は一応にも勇者だぜ? 主役だ。
だから、ハッピーエンドの後のエピローグが終っても死なないよ」
そう言って笑うヒロユキ。
ヒロユキにしては珍しい言い方だった。
自らを勇者と言うなど、今まで無かった事だ。
例え半ば冗談として使ったのであっても。
「セリカ、愛してる」
更に、ヒロユキはセリカの耳元で囁いた。
ただ、静かに。
「ヒロユキさん……」
態度では示しても、ハッキリと言葉にしてくれるなど、滅多に無い事で凄く嬉しい事だ。
涙が出そうな程に。
だが、セリカには―――ヒロユキの最も近くにいる筈の彼女が、少しヒロユキを遠く感じていた。
それは、今のヒロユキが何処か、自分の知らないヒロユキの様に感じたから。
多分、それは危険なものではなく、むしろヒロユキの本来の姿に近いのだと、そう思える。
しかし、どちらにしろセリカの知らぬヒロユキだ。
だから、セリカは抱き締め返した。
今のヒロユキもヒロユキだから。
このヒロユキも理解する為に。
ユウイチの拠点。
岬の洞窟を利用したこの拠点の中、最後の準備の為に起きた4人。
だが、準備の前に、ユウイチは皆と向かい合っていた。
そして、ただ一言告げる。
「愛している」
儚い様でいて、確かにここにある笑みを浮かべ。
消えてしまいそうなのに、何処か永遠を想わせる光を持った蒼い瞳で。
静かな歌の様に紡がれた言葉だった。
「私も、愛しています」
「愛してます、ユウイチさん」
「愛してる」
突然のユウイチの言葉に、アキコ達は即座ではなったがハッキリと返す。
それぞれの輝きを持った包み込む様な言葉で。
「でもどうしたんですか? こんな時に」
互いに言葉を交わした後で、少し顔を赤らめながら問うアキコ達。
言われた言葉に素直な気持ちを答える時は平気だが、後から思い出すとやはり恥ずかしい様だ。
ただ、こう言った、ゆっくりとユウイチと言葉を交わす機会は少ない。
ユウイチの言葉にハッキリと返答できる様に努めているだけだ。
一度言いそびれたら、次何時ちゃんと言えるか分からないから。
何度、遺言の様な愛の言葉に何も返す事が出来ず、そのまま殺し合いを演じる事になった事か。
「ああ、なんとなくな言いたくなった」
そう言って笑うユウイチ。
基本的に彼は、演技でかベッドの上くらいでしかそういう甘い言葉を言わない。
だが稀に、こうやって突拍子も無く言葉や行動で気持ちを伝える事がある。
理由は、いつもなんとなくで、悪戯かの様に不意打ちに近い場合がほとんどである。
しかし、それも余裕がある時、時間がある時の話しだ。
今の様に、戦闘の準備を始めようというタイミングで言ってきた事はなかった筈だ。
「そうですか。
言葉は嬉しいのですが」
「このタイミング。
今日は戦闘禁止ですね」
「出ちゃ、ダメ」
3人とも笑顔で、それでいて本気の目でユウイチを取り囲む様に立ち上がる。
絶対に逃がさない様に。
「今日の作戦で俺が出なくてどうする?」
少し呆れながら3人を宥めるユウイチ。
流石にこの3人に本気で取り押さえられると抜け出すのは困難だ。
できれば、行動に移される前に説得したい。
「ええ解っていますよ。
ですが、こんなタイミングで先の言葉。
少々不吉ですので」
アキコ達は言葉に混ぜて詠唱を始めている。
どうやら本気でユウイチを捕縛する気らしい。
「不吉? そんなものに俺が負けるとでも?」
心外だと3人の目を見て回るユウイチ。
今までどれほどの死地を潜ってきたか。
それを忘れた訳でもあるまいに。
「ええ、解っています。
ですが、今回は観客がいないのです」
瞳に悲しげな色を見せる3人。
観客が居ない。
つまりは、今までの戦いも含め、全て全力であり、演技で負けると言う事をしていないのだ。
よって、死んでしまうという演技はここではありえない。
「そうか……確かにお前達を不安にさせてしまったな。
今まで築いてきた信頼も揺らぐくらいには、ここでの俺は無様過ぎた」
消え入りそうな苦笑を浮かべ、ユウイチは一度目を閉じた。
まるで覚悟したかの様に。
だが、違う。
それはただ、瞳にもう一度光を浮かべる為の行為でしかなかった。
「俺はそんな綺麗なキャラじゃないさ。
悪人にすら成りきれない、ちっぽけな男だ。
だからこんな所じゃ死なない。
こんな大舞台の中心じゃ死なない。
死ぬならもっと下らない所か……そうだな、お前達の腹の上だ」
そう言って笑うユウイチ。
確かな色を持ち、疑う事などできよう筈もない輝きをもって。
「だから、大丈夫だ」
最初の愛の言葉の様に、深く静かに告げる。
「ユウイチさん……」
アキコ達はもう何も言わない。
その笑みを見れば今までの不安など跡形も無くなる。
だから、今日も迷わず進む事ができる。
だが、何故だろう。
こんなすばらしい笑顔なのに、アキコ達はこの笑顔のユウイチを何処か遠く感じた。
それは確かに自分達が最も望んだ筈なのに。
一度手が届きかけ、砕け散ったもの。
もう手に入らないと思い続けていたもの。
幸いの筈と思っていたもの。
ユウイチはユウイチでありながら、今自分達の知らないものに戻り、成ろうとしている。
アキコ達は、ただそう感じた。
日が沈み、島に夜が訪れる。
月の光が島を静かに照らす中、動き出す3つのチーム。
ある者達は南から森に入り、少しだけ森に入った所で、その中の1人だけが森の奥へと進む。
もう一つは、本拠地からの作業をする中、1人だけが森の東側に出て、森の中心を目指す。
そして、最後の者達は北西から森へと入り、白と黒の境界近くまで進んだ後、1人だけが更に奥へと進む。
別々の場所から。
別々の道を進み。
別々の方法をとる。
だが、向かう場所は同じ。
最終的な目的も同じ。
そんな3つが今また交わろうとしていた。
衝突を経て。
再び―――
ユウイチは1人森の奥へ進んでいた。
既に黒の領域に入っている。
だが、中央区画から離れているからか、今はまだ何の反応もよこしてこない。
しかし、その先に確かにアレが蠢いてるのが解る。
恐らく後少し近づけば昨日と同等かそれ以上の力で排除されるだろう。
(あいつ等の方が上手くいくのを待つ、か……
ああ、待つのは得意だ。
必ず来るタイミングを待つのは)
ユウイチはそう考えながら中央区画を。
昨日『鍵』となる大剣を挿して来た桜の大樹を見据えていた。
「待っていればいい。
それで、あいつ等が成功させた後、俺が終らせる。
だから、今は動く必要は無い」
今度はわざわざ口にだして、己がすべき行動を確かめる。
それが戦術上、今とる行動の内で最善であると。
「のだが……」
言葉として声に出してまで確かめながら。
ユウイチはその場から動いていた。
ある場所に向かって。
引き寄せられる様に。
且つ、自ら望み、向かう。
「俺らしくもない」
ユウイチはそう言いながら笑う。
こんな行動、この道を選んだ『ユウイチ』としてはありえない事だ。
ならば、今の自分は何であろうか。
そう考えながらもう一つ思う事がある。
「お前はどうなんだろうな?
お前の場合は、やはり俺とは逆か?」
今はまだ見えぬ相手に問う。
それは確信を持った様な、確かめるだけの問い。
そう、知っているのだ、そうであると。
そして、答えが来る。
ザッ
黒い桜の花びらを踏み越え、来たのは1人の男。
その者は、嘗て幾百の人と出会い。
その者は、嘗て幾千の死を見取り。
その者は、嘗て幾万の悪魔と戦い。
その者は、嘗て幾億の絶望を破り。
その者は、嘗て無限の勇気を示し。
その者は、嘗て不滅の魔王を倒し。
その者は、嘗て―――勇者と呼ばれた。
「当然だよな」
ユウイチはその姿を見て、笑みを浮かべた。
相手に聞こえぬ様に言葉を発し、相手に見えぬ様に悦びを表す。
「……」
その者の名は、ヒロユキ フジタ。
嘗て、星に選ばれし勇者の仲間としての戦い。
後に、正式に星に『勇者』と呼ばれた者。
その力、心、技、そして在り方の全てを認められて。
「おや、嘗て勇者と呼ばれた人よ。
何か私に御用でも?」
ユウイチはまず普段通りに話し掛けた。
悦びを奥に隠しながら。
「……」
ヒロユキはただ、ユウイチと10mほどの距離を開けて対峙するだけ。
何も喋らず、無表情のままだ。
詳しい条件はユウイチも知らず、知る術も無い。
だが、あの事件において星が正式に選定した『勇者』は1人だった。
しかし、後から仲間として加わったヒロユキを星は『勇者の仲間』ではなく『勇者』として認めた。
それが、何を意味するか。
「用件は何かね?
あの人形を壊した件か?
そう言えば、あの人形の腹を抉った時、内部の構造に触れたが。
随分無駄な機能が多い。
例えば、人間に似せた擬似的な内臓機関。
更には、作り物の膣から子宮まであった。
全て抉り潰したがね。
かの勇者とはいえ、あの擬似内臓はこんな設備の無い場所では作り直せなかったろうな」
「……」
楽しげに、セリオを壊した時の事を話すユウイチ。
だが、それでもヒロユキは全く動かない。
揺らがない。
まるで、心が無いかの様に。
「ああ、それで、夜の相手が出来なくなって怒っているのかね?
直ぐ傍にあんな生の美人を引き連れておいて。
貴方も物好きなことだ」
「……」
ユウイチの話はセリオを破壊した事に留まらず。
セリオという存在を侮辱する内容にまで至っている。
だというのに、ヒロユキはまだ揺るがない。
そして、揺るがないままヒロユキは口を開く。
「もういいだろ。
お前も解っている筈だ」
ただ、ユウイチの口上を無駄だと言う。
一切揺らぐ事の無い心で。
まるで心がそこに無いのではないかと思う程の静けさ。
だが、それはただヒロユキが純粋であるが故だ。
仲間の事を切り離した訳でも、諦めた訳でもない。
ただ、今はある事に対して、純粋であるからこんなただの口上などでは動く事はない。
「そうか……では、仕切りなおそう」
そんなヒロユキを見た、改めて確認したユウイチは、今度はこみ上げる歓喜を隠さなかった。
素直にそれを示し、続けて告げた。
「ああ、言葉は不要だろうが、敢えて言う。
我はそう言う存在故に。
まずは、そう、挨拶からだな」
今まで礼儀正しい様でいて人を見下すような体勢、口調だったのを全て直す。
立ち方から全て隙になろうが、全て正した。
「はじめまして、この星より『勇者』に選定されし人よ。
そして、今はただ1人の人間である者、ヒロユキ フジタ。
出会えて光栄だ。
ああ、本当に無粋な事だが、敬意を込めて宣言しよう」
それは昨日剣を折った時にも言った言葉。
「俺はお前よりも強い」
馬鹿にするでもなく、己の力を誇示するでもなく、ただ純粋な事実の様に告げる。
あの時は、証明が目の前にあり、事実という力を持った宣言だった言葉。
そして、あの時はヒロユキを完全に停止させた言葉だった。
「勇者か……今ここに居る俺は本当にその称号に相応しくないだろうな。
何せ、その言葉を否定する為だけに来たのだから。
そうだな、無粋であるが、敢えて俺も言おう」
だが、今は違う。
今のヒロユキは違う。
昨日までいろいろな要因で本来の在り方を忘れていたヒロユキと、今のヒロユキは。
絶対的に違うのだ。
「言葉だけでは何の意味も持たない」
そして言葉にして告げるのは、ユウイチの言葉を否定する宣言。
その姿、声、そこにあるヒロユキという存在が、全て違う。
昨日までとも、ユウイチがこの島で初めて対峙した時とも、どれとも違う。
それは、嘗て魔王との決戦に挑む時のヒロユキと一番近かいのかもしれない。
だが、ユウイチはそのヒロユキを直接見てないが、言える。
それとも違う。
今のヒロユキは、過去のヒロユキ全てと違うが、最も近いと言えるのは、きっと―――
「ああ、そうだ。
そうだとも。
では証明し合おう」
「ああ」
この場には、怒りも、憎しみも無く。
ただ、闘志だけが満ちていた。
純粋な、戦いの場。
もとより言葉は無粋である為、これ以上の無駄な会話は無い。
故に、開始は合図すらなかった―――
対峙する2人の男の姿を見る、1人の少年の姿があった。
風が吹く。
黒い桜が舞い散り、瘴気溢れる場所に。
常に微弱な風が巻き上がる中、一陣だけ違う風が吹いた。
その風で舞い上がった黒き桜の花びら。
勇者の視界から男の姿が完全に消える。
それと同時に男は動いた。
たった一瞬のこのタイミングで、ろくに構えてすらいなかった男は大長剣を抜き、音も気配も無く勇者に迫る。
勇者からすれば、次に視界が戻った時は、コマ落ちで男が迫っている姿になる筈だ。
男の不意打ちと言える一撃。
だが、勇者の方も動いていた。
この一瞬、男の方が動く事は解っているのだろう。
しかし、どの様に動いているかまでは解る筈は無い。
ただ勇者は大剣を抜き、正眼に構える。
(……大剣っ!? まて、一体どこから!)
監視の外れた黒い桜の領域であっても、この距離で勇者のしたことが理解できない少年。
一瞬前までは確かに無手で、
そして、その剣は確かに実体がある、鋼の大剣だ。
勇者が何をしたのか、まだ解らない。
だが、勇者の手には大剣があり、構えている。
そして、2人の視界が戻る。
僅か一瞬の後、互いに見たのは既に半分の距離を大長剣を構えて迫る男の姿。
そして、大剣を出現させて構えている勇者の姿。
勇者は男が来ているに驚く事は無く。
男も勇者が大剣を構えている事に慌てる様子は無い。
次の瞬間。
「おおおおっ!!」
「はぁぁぁぁっ!!」
ガキィィィンッ!!
2人の男の2つの大剣は、2人の叫び声と共に大きく音を立てて激突した。
その音は島中に広がった。
ただ、2人だけの戦いが開始されたことを知らせる音として。
少年は、2人の姿を見ていた。
少し離れた位置から。
2人が戦っているのであれば、作戦に支障は出ず、好都合だ。
だから、少年は2人をただ監視するだけでいい。
尤も、守る力たる少年の能力では、あの中に割って入る事などできないのだが。
「ああ……なんて……」
少年は思わず声を漏らした。
だが、最後の言葉だけは飲み込む。
そして、ただただ2人の戦いを見続けた。
ただただ、その紅き瞳で、2人の姿を。
静かに、一瞬も見逃さない様に。
戦いの音が響き、同時にその力の流れが管理者側の感知される。
「え? 何これ……あの男と勇者が戦ってる?」
計測器とモニターを怪訝そうに見るネム。
「こんな時に? なんで……
影響は……出ないの?」
サクラは監視しているジュンイチに問い合わせながらそれを見た。
2人とも訳がわからない。
両チームとももう黒い桜が臨界である事は気づいている筈だ。
それなのに何故、このタイミングで2人が直接戦うのか。
「お兄ちゃん、何かわからない?
え? 女には解らないって……ちょっと、お兄ちゃん?
……うん、じゃあ予定通り続けるね」
ジュンイチは理由を知っている様だが、教えてくれない。
サクラ達はただ、ジュンイチを信じて作業を続行した。
「始めた様ね……」
「はい」
「アヤカさんの予想通り、男の方ものってきましたね」
森の南西側で作業をしていたセリカ達は、作業の手を止めずに戦いのある方に目を向けた。
あのヒロユキが自ら、自らの為だけに戦いたいと言って出て行った方向を。
「私達は作業に集中しましょう」
「ええ」
「解りました」
ヒロユキを信じるセリカ達は、己が役目に徹する。
彼が勝って帰ってきた後、この島での最終的な勝利もつかむ為に。
「始まってしまいましたか」
「そうですね」
「……」
森の北部、境界付近。
作業をしていたアキコ達は戦いが始まってしまった場所に目を向けた。
本来のユウイチならありえない戦いをしているその場所に。
「これは、良い事なのでしょうか……
あの人にとっては」
こうなる事は、なんとなく解っていた。
この小さな島で、あの勇者ヒロユキと遭遇した時に。
理論的にそんな事がおきる筈はないと思いつつ、心のどこかで望んですらいたのかもしれない。
「ですが……」
アキコ達は一度目を伏せ、想う。
今、勇者ヒロユキと戦うユウイチの事を。
「……」
そして、暫くして3人は作業に専念する。
自分達の存在意義の為に。
戦いの開始の合図が鳴り響く森の外に1人の少女と1人の青年がいた。
2人は戦いの場に目を向けながらただ、そこに立っている。
「あの2人が……でもどうして?」
少女は悲しげに呟いた。
もう解っている筈なのに、戦う2人を想って。
「こればかりは『男の子だから』としか言い様がないな」
青年は言う、少しだけ楽しそうに。
そしてさらに少しの羨望の想いを込めて。
「そう……
これは、運命なのかな?」
「運命か……だが、良い運命か悪い運命かの二択なら、良い運命だと思うぞ」
青年も男故に言える。
羨ましい程に、良い事だと。
「そう……
今は私、何もできないのね」
「そうだな、今だけは」
少女は祈る様に、青年はただ静かに見続ける。
ここから戦いが見えるわけではなくとも、2人の戦う場所を見続ける。
ギギギギィ
押し合う2つの大剣が軋みを上げる。
否、軋んでいるのはヒロユキ側の大剣のみだ。
双方を『大剣』と称しているが、その違いはあまりに大きい。
ヒロユキが持つ大剣も、れっきとした両手用の大剣で、倉庫にあった一級品をさらに厚重ねに改造してきたものだ。
通常の両手持ちの大剣よりも大きく、重い。
ギリッ
だが、相手の大剣はそれを遥かに上回る。
ヒロユキよりも少し高い、つまり人間の一般成人男性の平均よりも幾分か高いだけの身長を持つ相手。
そんな彼の身長と同等の長さを持った剣であり、見た目相応よりも更に重い剣だ。
先日まで使っていた大剣と比べると、長剣を大きくした大長剣と言える剣で、あの大剣よりは細身で軽い。
しかしそれでも、今ヒロユキが持ち、こうして鍔迫り合いをしている大剣が小枝に思えてくるくらいだ。
「ぐっ!」
ヒロユキは押される。
単純な腕力では相手よりもヒロユキの方が上だ。
それでもこの押し相撲で負けそうになるのは、相手の剣の重さが原因である。
この正気を疑う様な重さの武器。
ハッキリ言おう。
ヒロユキ達は、出会ったときから思っていた。
この男は正常ではない、と。
その背の武器、なんらかの技術で見た目よりも軽いというならば解るが、実際はその逆で見た目よりも重く、持ち手側も重さの軽減になる様な処置はされていない事も解っている。
自分の身長とほぼ同じ長さで、自分の体重並の重量を持つ武器。
この男の身体は中肉と言え、筋力量は絞り込まれて在りはしても、ヒロユキより少ない。
筋肉の鎧といえるくらいの筋力量を誇る身体なら兎も角、そんな体格でこんなものを振り回す難しさといったら子供でも想像がつくだろう。
正気の人間ならば、まず使う事もなければ、背負って常に装備しているなんて事もしない筈だ。
確かに重量で振り下ろす攻撃の威力は上がるだろう。
しかしその重さ故、振ろうものなら武器の方に振り回され、攻撃を受けたら回避も防御も困難となろう。
相手が動かないならそれでもいいが、戦場においてそんな事はありえない。
ハンマーの様に柄の持ち方で小回りを利かせられるなら兎も角、剣ではそれすらできない。
こんな馬鹿みたいな武器を使うくらいなら、いっそ素手の方が良いだろう。
ギリリリッ!
ヒロユキの大剣は押され、押し返す事もできず、迫ってくる。
そんな人の扱うものではない、と断言できる武器を使う男。
確かに使いこなしているが、それでも使う理由にはならない。
戦ってきて、わざわざ使えないものを使う者ではないと言う事も解っていたのに。
だが、今ようやく解った気がする。
こうして、まともな状態、対抗しうる武器で打ち合ってみて。
(押されない。
これが重要なのだな。
筋力で劣る故、退けない状況になると、どうしようもなくなる。
そう、例えば背に誰か護る人がいる場合とか……)
そこまで考え、ヒロユキは思考を完全に停止、排除した。
今この場には不必要な推測故に。
「っ!」
ギリッ! ガキンッ!
ヒロユキは、押される力と、こちらから押す力の両方を後退の為のエネルギーに変える。
相手が退かぬ為に使っている武器であろうと関係無い。
今のヒロユキは一歩でも後退したらどうにかなるようなハンデは存在しないのだから。
そして、それは相手も解っているだろう。
名が知れてしまっているが故に、ヒロユキがどう言う者であるかも。
ザッ!
後退と同時に、迫り来る相手の大剣に対する盾とする様に、己が大剣を放棄するヒロユキ。
「疾っ!」
同時に、後退とみせかけ、側面に反転。
そしてそこへ、両手に持った双剣で斬り付ける。
退こうとするヒロユキの両手に、大剣を手放すと同時に出現した1対の双剣。
まるで大剣から生えてきたかの様な出現だったが、今度こそ見た。
糸だ。
この花びらの絨毯の下に武器を隠し、魔力で編まれた糸を使って引き寄せているのだ。
その動きは素早く、巧妙である上に、黒き花びらの舞うここでは視界が悪く視認しずらい。
だがここの問題はそんな事ではない。
一体この花びらの絨毯の下に幾つの武装を隠しているか、全く解らない。
次に何が出てくるかが予想もできないという所だ。
尤も、
「はっ!」
ユウイチは大剣を手放し、小太刀を抜いた。
ヒロユキの双剣とは違い、身に付け、既にここにある武器だ。
遅れは取らない。
ガキンッ!
双剣を小太刀二刀をもって受け流す。
受けながらヒロユキとは反対の方向へと周る。
それは、いまだぶつかりあっている大剣を中心として回転するような動き。
大剣の前を通り過ぎる瞬間、一瞬だけ、相手が視界から消える。
そして、
ヒュンッ!
次の瞬間、放たれた双剣が目の前にあった。
「せっ!」
それと同時に、大剣2人が手放し、衝突し合って跳ねている大剣の下を潜る様に、ヒロユキが長剣をもって斬りかかって来る。
(良い手だ)
などと、考えながらユウイチは迫り来る双剣を両手の小太刀で叩き落す体勢をとる。
だが、それでは双剣はどうにかできても、下からくるヒロユキはどうにもならない。
だから、
ガッ!
ユウイチは小太刀をつかって、飛び迫る双剣に乗るように跳ぶ。
大剣を潜る様に来ていたヒロユキを下に見ながら。
それにあわせて双剣を叩き落し、自分は空へと逃れた。
そう、まだ重力の鎖に引かれていない大剣をも飛び越える高さで。
ガキンッ!
ヒロユキは地面すれすれの位置でありながら、回転するように双剣を両方とも弾く。
そこで丁度ユウイチは大剣の真上を通り過ぎ、通り過ぎざまにヒロユキの大剣を蹴り落とした。
ガンッ!
その剣はヒロユキに向かって落ち行く。
重量的に弾くというのは難しい筈だ。
しかしそれがどうなるかを見る前に、ユウイチは次の行動をとる。
己の大長剣に付いている鎖を引き、大長剣を引き戻しながら着地する。
引き戻し方から、大長剣は半回転しながら戻ってきている筈である。
その回転を計算し、ユウイチは振り返りながら大長剣の柄が上に来た状態で掴み。
ザッ
そのまま大地に突き刺した。
と、同時だった、
ガキキキキンッ!
何かが大地に突き刺した大長剣を打つ。
いや、正確にはユウイチを狙った攻撃が大長剣に阻まれたのだ。
誰の攻撃かといえば、言うまでも無くヒロユキのもの。
そして、如何なる攻撃かといえば、大剣の下を潜る様にして迫った時から、双剣を弾く時、自分の大剣を掴む時。
それ等全てに用いた運動エネルギー、回転エネルギーと、己の体全てを駆使して放たれた大剣の一撃。
ただ振り回しただけの様でいながら、それは間違いなく剣術の一撃だ。
ザザザッ!
「ぬっ!」
押されている。
大地に突き刺した大長剣ごと押されている。
これほどの威力。
この大長剣でなければ、受ければまず武器を破壊されていただろう。
同時に己の武器も破壊しかねない技なのだが、今のヒロユキの武器は多少軋みを上げているが折れる様子はない。
先日同じ技を使ったときはあっさり砕け散ったというのに。
これは武器の違いよりも、ヒロユキ自身の違いがあろう。
あの時とは全く違うのだという証明だ。
とりあえず、今は過去の話はいい。
今この相手に勝つにはどうするかである。
現状、ユウイチは受ける為に動けない。
ヒロユキもこんな大技を今出しているところなのだから、そこから別の行動などとれない―――筈だった。
キィィィン
ヒロユキの周囲に3つ、魔力が収束している。
「っ!」
それが何であるかを感知したユウイチは、即座に無理やりその場から後退する。
同時に、魔銃を引き抜き狙いを定める。
「ライトボウ!」
カッ!
そして、それは放たれた。
ヒロユキが最も好んで使う遠距離攻撃魔法。
どの時点からかは解らないが、今の大剣の攻撃をする時には既に構築は終っていたのだろう。
後は、そこに魔力を流すだけ。
言うは簡単だが、構築した魔法をそのまま維持しつづけるのは並の魔導師では出来ない芸当だ。
更には、それをこんな集中力がいるだろう大技の最中に再起、発動させるなど。
ドドドンッ!!
ユウイチの射撃は辛うじて間に合い、全弾を相殺する事に成功する。
だが、
ヒュッ
既にヒロユキは次の技に入っていた。
手にしているのは槍。
そして、既にそれは構えられていた。
ユウイチは射撃の為の後退行動から着地したところだ。
多少離れたとは言え、今の位置ではヒロユキの槍の間合いの内だ。
距離をとるのは間に合わない。
フッ!
考える間などなく、それは来た。
風を斬る音すらない、閃光の如き刺突。
最初からそこに在ったのではないかと思う程、速度を持って槍は一瞬前までユウイチの心臓があった場所に存在していた。
ザッ!
ユウイチは前に出ていた。
今の攻撃は確かに的確であるが、逃げ道がある。
それは前方。
先にユウイチが地面に突き刺し、ヒロユキの大剣を受けていた大長剣がある。
ヒロユキはその影から槍を放ったのだ。
故に、そこだけは絶対の安全地帯となっていた。
尤も、そこが安全地帯であれ、そこへいくまで攻撃をうけたら終わりであった。
「破ッ!」
ヒュンッ!
身を捻って回避しながらの前進。
そして同時に小太刀でヒロユキを切りつける。
今のヒロユキは槍を放った直後であり、更には槍の間合いの内側。
それ以前に引き戻す事も間に合うまい。
だが、
ガキンッ!
その一撃は阻まれた。
槍を放った手とは逆の手に持っていた双剣の一本をもって。
ヒュッ!
それくらいは予想していた。
だから、ユウイチは捻っていた身体を戻すのと同時に、もう一方の小太刀でヒロユキの首を狙う。
ジャリィン!
が、その行為は中断した。
「ちっ!」
ダンッ
ユウイチは、地に刺さる大長剣を蹴り、三角跳びでその場から後退した。
何故なら、三角跳びで地に背を向けて跳んでいる下を、鎌が通り過ぎているからだ。
視界から外れていたヒロユキの槍は、放ち終わった時点で鎖鎌と交換していたのだろう。
「ライトボウ!」
更に、今この場で高速詠唱により編まれた光の矢の魔法が追撃として放たれる。
数は1発のみ。
ユウイチは、今度はそれを魔銃で打ち落とすのではなく、魔銃で払い落す行動にでた。
「これが人間同士の戦いか?!」
その戦いは最早凄い、なんて言葉で済まされるものではなかった。
確かに昨日までもそれに近い戦いを各所で繰り広げていただろう。
だが違う。
今日ここで繰り広げられている戦いは完全に別次元だ。
「これが、かの勇者の能力……」
先ほどからヒロユキは幾つもの武器を駆使し戦っている。
状況に合わせ、最適な武器を選んでいるのだ。
その瞬時の判断能力も確かに驚嘆すべきところだ。
だが、そんなものは問題にならないだろう。
ヒロユキの動きは全て一流の、その武器を極めた達人の動きに他ならない事に比べれば。
それは、勇者で一流の戦士だからどんな武器でも使いこなせる、などという生半可なものではない。
あの動きはそんな応用力でどうにかなるレベルのものではない。
大剣による剛の一撃も、槍の神速の刺突も、高速詠唱の魔法も。
どれも、その道を行き、極め、達した者でしか出来ないものだった。
いかに戦闘の天才でも、おいそれと真似できてしまえる領域ではないのだ。
だが、ヒロユキはその領域にいる。
全ての武器、全ての戦い方において。
「これが……真の天才……」
当然、努力も惜しんではいまい。
地獄と言える修練を経ている事は間違いない。
如何に技、魔法を知った所で、それを再現する己が脆弱では無意味だ。
だがそれでも、そこに至るにはやはり才能というのは必要になる。
全ての武装で一流の戦いができる。
そして、この場ならばどんな武器でもほぼ自由自在に交換できる。
更に、その状況も見極められる。
そんなの、どう考えても負ける事など在り得ない。
だが、
「それを、全て躱している……」
相手はそんなヒロユキの攻撃全てに対処し、今も無傷だ。
特殊な武装をしている訳ではない。
超越した直感を持っている訳でも、予知能力がある訳でもない。
ついでに言えば、そんなに素早い訳でもない。
それを考えれば普通に一つの武器だけが一流の相手でも、回避しつづけ勝利しうるとは思えない。
「そこまで……」
だが、事実相手はヒロユキと対等に戦っている。
たった3つの武装で。
攻勢に出ているのはヒロユキだが、相手も隙を見てカウンターを入れている。
全て、急所を狙った一撃即死となりうる攻撃だ。
それも全て回避されてしまっている為、ヒロユキが優勢に見えてしまう。
しかし、それを言うならばヒロユキの攻撃もまだ一発も有効打にはなっていない。
それは、言葉にするなら状況考察能力と言うのだろうか。
ともかく、判断が的確で幾通りも先を読み、トリックすら通用しない冷静さ。
それがただ極まっているのだ。
ただそれだけで全てが一流の相手と渡り合っている。
そうなるには、一体どれほどの経験が必要なのだろうか。
自分も似たような形で鍛えた為、それが自分ですら考えの及ばないものだと解る。
自分ですら一般人なら発狂しかねない行為を重ねてきたと自負している。
それが、彼を前にしたら生温かったと思えてしまう。
「ああ……これが……」
2人の戦いを見ていると、手に力が入り、全身が震える。
それは恐怖、畏怖からくるものではない。
それはただ、その戦いがあまりに―――
「俺は……」
言葉にしてしまいそうなのを飲み込み、手に力を入れた。
拳を強く握り、全身の震えを止めようとする。
拳から血が滲まん程に。
だが、それでも震えは止まらない。
それもそうだろう。
何故なら、この戦いがあまりに―――
ガキンッ!
鉤爪による一撃が小太刀によって弾かれる。
嘗ての戦友が使っていた爪技の中でも最速にして最強の技だったものだったというのに。
「くっ!」
これまで連続して幾つもの武器を使い、今まで出会った最高の戦士達の技を使い、攻め続けた。
そう、全て事実最強を名乗っても良いとすら思える戦士達の技。
ヒロユキ フジタが使ってきたのは全てそのコピーだ。
ここで一つ注意しておかなければならない。
コピーであってもそれは同じ事をするのではなく、模倣なのだ。
ただ純粋に真似ていると言う意味ではない。
技を完全に我が物としているのだ。
基本的にただ単に真似ているだけではどこかが劣化する。
動きをトレースし、その動きを再現しても、同じ身体、同じ精神でなければ同じ威力、同じ効果が発揮される事はあり得ないからだ。
どこかで過負荷がかかったり、余剰な力がかかったりして、完璧な再現など不可能になり、技は不完全となる。
だが、ヒロユキは違う。
ヒロユキはその技を己がものとし、自分用に調整して使っている。
技の『在り方』を理解し、己の全てを使い、己の技として繰り出すのだ。
故に、オリジナルと打ち合ったとしても、そうそう負ける事は無い。
つまり、ヒロユキが放った技が通用しないと言う事は、ヒロユキの知る戦士達もこの男に通用しない。
そう言う事すら言えてしまうのだ。
勿論それはあくまで近似の方程式。
だが、ここまで全てが通用しなかったというならばどうか。
(戦友達の技がこうも悉く!
やはり単独の『一流』ではダメか)
ヒロユキの放つ技は全て一流を名乗って差し支えないものだ。
確かにオリジナルの技も全て己がものとし、一切の劣化無く使うことができる。
だがしかし、もしそれだけを極めた者と同じ技で打ち合い続けたら、練度からくる差で最終的にヒロユキは敗北するだろう。
如何にヒロユキが完璧な模倣を可能としていても、その道のみを追求し、極めた者にしか理解できないその人だけの答えが在る。
それに至った人は、言うなれば『超一流』だ。
ヒロユキもその技をもっと磨き上げれば見えるだろうが、数多の技を使うが為に、その最後の何かまでは辿りつけていない。
故に、ヒロユキは全てにおいて『一流』でしかない。
(ならば、組み上げよう)
そう、今の状態では。
カンッ! ガギンッ!
双剣の投擲を弾いて、長剣を受け流す。
どちらも一歩どころか半歩でも間違えば即死ものである。
(素晴らしいとしか言い様が無いな。
全て間違いなく一流だ)
身近に良い比較対象がいるが、それと比べて、尚も素晴らしいといえる技の数々。
噂通りの万能一流っぷりだ。
だが、ユウイチはそれら全てに対応し、躱しきっている。
ヒロユキのコピーは相手の技を見切ることに始まり、技の構造全てを理解してしまう事で完璧な模倣を可能とする。
その中、ユウイチにも相手の技を理解する事は可能だ。
相手が放とうとする技は構えれば、ほとんど何の技か、どんな技か、知識と経験からその性質までを理解できる。
だが、ユウイチにその技をコピーし、その場で使う事はできない。
技を識っている事と、使える事はまるで違うのだ。
まして、ユウイチは魔法を使う才能が0に近い為、魔導が混じる技は一切使えない。
その場でなければ、ある程度の劣化と、それを補う何かをもってコピーした様に使うことも可能だろう。
しかしその場でなど、ユウイチの能力ではどう足掻いてもできない芸当なのだ。
もしそれだけならば、ヒロユキの圧勝となるだろう。
数多の技を駆使でき、相手の技をその場でコピーし返せるのだから。
ヒロユキに負ける要素はない筈である。
だがしかし、今この場で証明しているように、少なくともユウイチはヒロユキと拮抗している。
何故か。
ユウイチは技を多く持っていない。
いや、必殺技といえそうなものは一切体得できていない。
ただその代わり、あらゆる技を的確に破る事ができる。
この世の人間が使う技に弱点が無い、完璧に無敵な技など存在しない。
故に、古今東西あらゆる事を知識として持ち、受けた経験を持つユウイチはそれに対抗する術を知っている。
そして、如何にその技がその者オリジナルだとしても、この世で完全オリジナルの技を編み出すというのは非常に難しい。
何かしらに似た様な技が存在するか、ただ組み合わせが変わっているだけになってしまうだろう。
その為、ユウイチは大凡どんな技が来てもそれに対応できる術を既に識っている事になる。
そう技を技で返すのでなく、その技の抜け道を通れるのだ。
だからユウイチは、相手が人間で、単独である限りどんな技も避け、反撃する事ができる。
ならば、ユウイチは必ずヒロユキに勝て、ヒロユキはユウイチに勝てないのか。
その答えは否である。
(これで終わりならば、勇者などとは呼ばれない。
少なくとも勇者は、人間を遥かに超える能力を持った魔王を相手にするのだから)
そう、相手は勇者の称号を持つ者。
そして、事実として、魔王を打ち破った者である。
そうである者が、この程度で敗北して良い訳が無い。
今の彼は、昨日までのユウイチの策略等にひっかかっていたヒロユキとは違うのだから。
「変わった……次の段階へ移るのか……」
少年は呟く。
静かに。
それは解っていた事だ。
先ほどまでの戦いは本気ではあれど、まだ準備運動の様なものに過ぎない事を。
2人にとって、戦いの幕開けでしかない事を。
「ああ、そうだな、まだだよな」
先ほどまでの戦いでも既に、人の領域を越えかけていた。
それなのに、まだ先がある。
この2人ならば、まだ。
ヒュンッ! ガギンッ!
投擲した爪は弾かれ、森の奥へと消え行く。
これで、大剣、長剣、双剣、槍、鎖鎌、鉤爪、手斧、棍、全ての武器を設置し終えた。
先ほどからの武器の放棄にすら思える投擲は全て準備。
しかし、武器を全て投げるなど、その後に何かあると言っているようものだ。
(当然、次何をするかも解っているだろうな。
だがそれでいい)
相手が攻撃を予知にも等しいレベルで予測するのは解っている事だ。
ならば、解っていても避けられない攻撃ならばどうか。
ヒロユキは、組み上げていた魔法を展開する。
「剣は踊り、影は歌う」
告げる。
それは『世界』に。
己の戦いを申告したのだ。
そして、それは現実として展開される。
フ……
投擲し、男に弾かれ、周囲に散らばった武器達が宙に浮く。
更に、それ等は同時に動き出す。
ヒュッ! ブンッ! シュッ
それぞれ、己が在り方で踊りながら、舞台の中央を目指す。
標的という舞台の中央を。
動く武器は7つ。
男からみて、2時下方より縦回転する手斧、3時上方より横回転する長剣、5時方向より真っ直ぐとんでくる双剣、7時方向の地面すれすれから鉤爪、9時方向の上方から棍が、12時方向から横回転する鎖鎌が迫り、真上から大剣が落ちてくる。
全方位隙の無い筈の攻撃だ。
全て回避する事も、全て防御する事も不可能だろう。
そもそも、後ろからの攻撃など見る事もできないのだから。
「……」
だが、男は一歩前に出て、小太刀を前に構えた。
たった、それだけだった。
キンッ
まず、鎖鎌が跳ねた。
それは、男の上へと不安定な回転をしながら移動し、大剣を弾く。
鎖鎌の衝突では僅かなズレにしかならないが、既に一歩動いている男への命中は無くなる。
そして、同時に落ちる大剣は鉤爪を叩き伏せてしまい、大剣に衝突して落ちた鎖鎌は双剣を絡めて落とす。
更に倒れた大剣によって長剣が落ち、弾かれた長剣によって手斧が止まる。
棍に至っては、ただ前に出られてしまっている為、紙一重で命中しなかった。
そして、男は何事も無かったかのように、歩きつづける。
ヒロユキに向かって。
「っ!」
ブンッ!
まだ終った訳ではない。
動きを止めてしまった武器達を再度立ち上げ、輪舞を再開する。
だが、死角からの長剣の突撃も、僅か半歩横に動いただけで躱され。
2つの囮を使った半ば花びらに埋れて見えない筈の棍の一撃は半歩早く前に出る事で文字通り踏み潰され。
再度全方位から攻撃してみてどれか一つの軌道をずらす事で全てを無効化される。
そして、男は何事も無かったかのように歩みを進めるのだ。
もう、男とヒロユキの距離はほとんど残っていない。
(解っちゃいたが、足止め効果も無しか。
特殊な感知能力も、予知能力もないのにここまで完璧に予測できるものなにか?
全てを記憶し、全て計算しているな……)
最初の武器の配置などはこの男自らが弾いた結果だ。
この男にとってみれば、初撃など躱せて当然なのだろう。
だが、こうも先々まで読まれつづけると苦笑くらいはしたくなる。
(ついでに、この技が念糸で補強され、まだ続きがある事も解ってるんだろうな。
んで、次のがどんなのかも解ってる。
だが!)
ヒロユキの使うこの技は友人のものをアレンジしたものだ。
元々の技は特異な魔法能力で、自由自在に武器を遠隔操作するものであった。
だが、ヒロユキは普通の人間では持ち得ない特殊な技能まではコピーできない。
その為、『念糸』と呼ばれる己の魔力で編んだ糸を使い、操作性を補強し、元の技に限りなく近い効果を作り出している。
ついでに言うと、森の中の様な障害物が多量にある空間では糸をかける場所に困らず、また、障害物にぶつかるのを糸を張り巡らせる事によって防ぐ事もできる。
更に、魔法とは言え既に具現化済みの念糸で半分操作している為、本来の技よりも消費容量が低くてすむ。
故に、この技の間にもう一つの技を潜り込ませる事も可能になった。
「輪舞の終わりは唐突に」
ザァァッ
先ほどの詠唱に続くように、告げる。
それと同時に、ヒロユキの周りに風が巻き起こり、黒い花びらが舞い上がる。
そして、それが収まった時には、もうヒロユキの姿はそこになかった。
フッ
突如、ヒロユキの姿が消え、同時に周囲から光が消えた。
僅かであっても確かにあった月の光すらもだ。
そして、来る。
最初の準備となる詠唱に次いで、唱えられた始動の祝詞をもって。
(これは、かの戦いにおける勇者の仲間の1人とその家族が行う連携技だな)
ユウイチは知っている。
味方以外、その姿を知ることの無い筈のこの技の全てを。
だが、そう思っているのは本人たちだけだろう。
古くからある技を彼らはアレンジしただけに過ぎず、古ければ古いほど伝承として残りやすい。
例え、直接向けられた相手が全て生きていなかったとしても。
曰く、
其の祝詞は天を詠い
警告、3時45分の方向より長い黒髪の女性の形をした影出現
爪を斬り下ろし体勢に構え接近中
其の舞踏は地を歌い
警告、9時30分の方向より茶髪ショートカットの女性の形をした影出現
爪を斬り上げ体勢に構え接近中
其の剣鈴は森を謳う
状況推測警告、6時の方向より、黒髪おかっぱの少女の形をした影出現
双剣の双方を全位対応の体勢に構え接近中
紅き月を謡う神楽は夜に捧ぐ鬼神の舞
警告、12時の方向より、人の男に近しい異形の影出現
拳を構え接近中
状況推測、脱出経路無し
反撃の手段無し
防御手段無し
回避手段無し
是、鬼神楽
空は長女、地は次女が抑え。
背から迫る三女が退路を絶ち、全てのフォローを担う。
そして、夫たる男は正面よりの渾身の一撃にて敵を打ち砕く。
かの者達が揃っている限り無敗であった最高の連携技。
更に、
警告、真下より、ヒロユキらしき影の出現
長剣を突き上げ体勢
まだハッキリと姿は見えないが、地面から生える様に出現するもう一つの影。
唯でさえ回避も防御も不可能とされる技に、その『詰み』を確かにしてくる。
(さて……)
状況把握、戦闘推測、考察、状況予測、対応測定、戦闘計算式構築、経験方式出力、現状及因果暫定
オールクリア
思考は一瞬―――
ジャリィンッ!
鎖が走る。
長女と次女の腕に向かい。
同時にユウイチは後方に下がる。
三女が待ち構えている筈の後方へ。
ヒュッ
それを待っていたかの様に三女の双剣が走る。
が、ユウイチは背に大長剣を背負っている。
普段使っている大剣よりも幅がないものの、それを考慮した攻撃の軌道は当然限定される。
例え変幻自在の攻撃を得意としていても、攻撃個所が限られてしまえば意味はなくなる。
故に、
バシッ!
剣が走るより早く、ユウイチは三女の腕を背を向けたまま掴み、封じた。
同時にその腕の動きに合わせ走った鎖は長女と次女の腕を絡め、引き寄せる。
こちらへの攻撃を加速させたのだ。
両腕は三女の両腕拘束に使っているユウイチに防御手段は無い。
だがユウイチが後方へ下がった事で起きる照準誤差修正は、加速によって間に合わなくなる。
ガキンッ!
長女と次女の武器がぶつかり、一瞬動きが止まる。
しかし、まだ男と真下からくるヒロユキらしきものが在る。
タッ!
ユウイチは跳ぶ。
三女の腕を支点として。
更に後方に下がった事で照準修正をしているヒロユキらしきものの首を足で挟み、一緒に跳ぶ。
それは投げるとも言えるだろうが、ここでは持ち上げるという方が正しい。
支点にしている三女は重さで潰れ、ユウイチの高さもそれで落ちてゆくがそれも計算の上の事、ユウイチは自分の位置関係を修正する。
三女を潰しながら、後方へとび、ヒロユキらしき影を自分の上にもってくる。
同時に、動いた事で鎖が引かれ、長女と次女がこちらに向かって倒れるように移動する事になる。
ドゴォォンッ!!
そこへ炸裂するのは男の拳。
失敗したならば退避するはずの長女と次女が邪魔になり、男の拳はその壁で阻まれる事になる。
そして、それと同時に、
ザクッ!
持ち上げたヒロユキらしきものを貫くものがあった。
槍だ。
槍はヒロユキらしきものを貫き、その下のユウイチまで迫る勢いであった。
だが、ヒロユキらしきものを貫いている間にユウイチは後方に下がりきり、当たる事はない。
脱出も反撃も防御、回避も不可能ならば、それら全てを同時に行えばよい。
ただ、それだけだった。
バシュンッ
ユウイチが後方にさがり、正面を向く頃には、影達はすべて霧散していた。
槍を持った本物のヒロユキを残して。
「ふ……本当に……
ああ、本当に、これが本物の戦いか」
糸を利用して武器の乱舞を再現し、更にその中に影分身を作る魔術式まで組み込んでいた。
影分身といえば、一時的に己と同等戦力を作る魔法である。
それに更に嘗ての仲間の姿と技を投影し、単独でありながら4人の合体技である鬼神楽を再現した。
それだけでも驚愕を通り越し、崇拝したくなるくらいの高等技能。
なのに、それに更に自分の影分身で追撃を加え、本体までとどめに参加していた。
魔法を極め、技を極め、仲間の連携技も知り尽くしているからこそできる事だ。
護り手であるジュンイチだからこそ言える事であるが、あの攻撃を防ぎきることなど不可能だ。
少なくとも、人間である限りは。
ただの鬼神楽の時点で2回は死ねる。
それに付け加えて2つの追加攻撃。
どちらも急所を狙っていた。
合計で4回は死ねるだろう。
大凡どれほどの再生能力があっても、人間では死は免れない。
「だというのに、なんて……」
だが男は無傷だ。
回避、防御、攻撃、脱出の全てを同時に行い、在り得ざる生存を果たしている。
まず鬼神楽の時点において回避も脱出も不可能な筈だった。
一流の戦士による4人同時攻撃だ。
それを一体どうして生還できよう。
神器にも近い何かを持っているなら兎も角、生身の人間ではどうしようもない筈だ。
事実、アレを受けて生きている敵はいなかったのだから。
目に見える位置からくる長女、次女、男はいいとしても、気配無く、音も無く背後からくる三女は如何ともしがたい。
双剣を持つ彼女の攻撃を背を向けたまま対応する事などできない筈だった。
背負った剣で攻撃を限定させ、背を向けたまま腕を取る。
言うのは簡単だ。
だが実際、剣を背負っているからといってどれくらい攻撃パターンが絞られるのだろうか。
確かに大幅に減少はするが、一つに絞られる訳ではないのだ。
初見の相手ならば尚更だ。
それを可能としたのは、一体どれ程洗練された経験なのだろうか。
しかし、鬼神楽だけなら、相手は全て影分身であったという事で無理やり納得する事も可能だろう。
本物であったら、ここまで上手くはいかないのだろう、と。
だが、追加となった、地から生える様に出現した分身。
これは見えていたからいいが、最後に空から降って来た本体は何時感知したのだろうか。
ジュンイチでも、あの瞬間では足元のソレが本体であると認識したのに。
あの技の間の時間など秒にも満たない。
だから、一瞬でも誤認してしまえば終わりだっただろう。
なのに、男はそれすら見抜き、対応した。
最早どんな言葉でも取り繕う事はできない。
あの男の実力を。
「入れないよな……」
少年はそう呟いて彼等を見る。
まだ、これでもまだ次がある彼等を。
全て失敗に終った技の後、ヒロユキは立ち上がり、相手を見る。
男は無傷、息も上がっておらず、武装にもなんら損傷は無く、魔力も消費していない。
対するこちらは、糸が途切れ、全ての武装を失い、魔力も9割以上を消費してしまった。
一応無傷で体力も問題は無い。
だが、状況からして追い込まれているのはヒロユキだろう。
ただ、状況から見れば。
「おい、何時まで遊ぶつもりだ」
男は少し苛ついている様だ。
そして先までの攻防を。
誰がどう見ても全力での死闘を『遊び』と言って捨てた。
男は知っているのだ。
ヒロユキという存在を。
だが―――いや、なればこそヒロユキは応える。
「これら全て、俺が選び俺が通った道だ」
遊びなどと言う真意は理解できても、そう言われるのは心外であると。
これも、昨日の不抜けた自分も、全てヒロユキ フジタである。
「……そうであった。
言葉すら無粋であるというのに、なんたる愚行。
詫びとして、けじめとして示す。
俺の武装はこの大長剣一本、小太刀二刀、魔銃一丁。
防具は竜の翼のマントと魔法で補強されたジャケットのみだ。
今日は他の暗器は装備していない、アンチマジックアイテムも無い」
男はヒロユキの応えに己の言葉を恥じとした。
そして、己の武装全てを曝け出す。
それは、もうヒロユキが知らないものは無いと、そう言ったのだ。
更に男は続けた。
「特異な能力は持たず、魔法も戦闘用は使えない」
その能力まで明かす。
もう、今より違うものは無いと。
今出しているので全てだと。
わざわざ敵である相手に。
男は、先の己の言葉を、ここまでするくらいの愚行だと想っている。
「そうか。
では、俺も応える。
知っているだろうが、俺の武器は元々一つだ」
それにヒロユキも応える。
己の武器が何であるかを。
ガチッ
宣言と同時にライトアーマーを排除して構える。
何の武器も持たない状態、無手でただ自然体に構えるのだ。
「参る」
「応」
2人の距離は約10m。
槍でも届かぬ距離。
その距離を置いて2人はただ立って構えていた。
男は右に小太刀を持ち、左は無手で自然体に。
ヒロユキは何も持たず、ただ自然体に。
場に緊張が満ちる―――
己が最も信じる、己の最高の技を持って行かんとするヒロユキ。
対し、全てを凌駕せんと待ち構える男。
だが、何故この距離で、ヒロユキは無手のまま構えるのか。
ヒロユキはただの自然体の状態から拳を握った。
変化としてはただそれだけ。
魔法を使う様子もない。
それは、今となってはセリカ達以外、かの大戦時の仲間ですら忘れ去ってしまった、ただ一つの真実。
ライトアーマーを着込み、剣を携えて旅をする者。
そして、かの事件においてあらゆる技を使いこなす勇者として有名になり過ぎた事。
その後も、ずっと勇者の名がついて回るも、誰に何と言われようと訂正する気すらない本人。
それ故、もう誰からも誤認されている真実がある。
ヒロユキが使おうとしている技の名前は『砕』。
このただ一文字を与えられ、事実その名を意味とするもの。
勇者であり、全ての技を使う究極の戦士と呼ばれた者の、その真の姿。
そう、その者は本来―――
溜めは無い。
呼吸の変化も無い。
この技に準備の時間など必要無い。
この技は、嘗て天使に『神に迫る』と言わしめた速さを持つ。
ヒロユキが持つ、ただ一つだけのオリジナルの技にしてヒロユキ フジタが絶技。
その者は本来―――ただ1人の拳士であった。
砕
ズダァァァンッ!!
「……こんな」
一瞬後の変化としては、男が少し前に身体を倒し、マントが前面に出てしまっている。
それだけだろう。
勇者の方はなんの変化も無い。
―――様に見える。
だが違う。
次の瞬間でそれは証明された。
「ガハッ!」「グッ!」
バシュッ!
男は吐血し、腹からも血を流している。
勇者の方は首から血が流れ出る。
勇者は神速をもって敵に瞬時に接近、一発の拳打を叩き込み、そして神速をもって元の位置に戻った。
カウンターすら許さない一撃だった。
本来なら。
だた男の方は、その一瞬で身体をずらし、マントを挟んで防御。
更には勇者の首を切るというカウンターまで入れた。
大凡の流れはこれで間違いない。
だが、全然見えなかった。
ジュンイチでは、この森のセンサー全てを介してもそれしか解らない。
それ程の攻防が一瞬にあった。
「グッ」
首から血が流れ落ちる。
だが、止血する時間はない。
そんな隙は見せられない。
相手はまだ生きている。
(あんな防ぎ方が!)
『砕』は神速をもって10mの距離を一瞬で零とし、拳の一撃によって表面破壊、内部破壊を同時に行う技である。
同時に、拳に単純に魔力を乗せる事で、精神体まで内外から破壊する。
それら全ての衝撃が共振し、起こす爆発の如き衝撃が、相手を砕く事となる。
事実上、相手がそこに存在している限り有効となる技。
その威力は、外部破壊だけでも鉄をも穿ち、内部破壊だけでも内臓など一撃でスープと化す。
これらを共振させるのだから、生身の人間であればこの一撃を打たれた場所が文字通り消し飛ぶ事になる。
腹に打ったなら、腹部が霧散消滅し、残った体は上下に分解するだろう。
不幸にも即死を免れてしまったとしても、助かる方法は無い。
そして、神速を持っての接近と同時にそれは打撃となり、少なくとも相手が人間である限り、目で見て対応する事はできない。
更に、外部破壊と内部破壊を同時に行い、共振させるこの技は防御無視。
例え鋼鉄の鎧に全身を覆われていようとも――いや、身体が鋼鉄の塊であったとしても結果は変わらない。
隔離結界系の魔法が施された魔法鎧ならば防がれてしまうが、そんな神器クラスの防具は地上にはまず無い。
例えそれに近い効果の防御をされていても、完全とはいかない筈であり、隙間があれば、そこに打ち込めば済む事である。
相手が人間である限りは、まさに回避も防御も不可能な一撃即死の真実『必殺』技なのだ。
付け加えて、神速で近づき、神速で元の位置に戻る為、カウンターのチャンスすら与えない。
相手を確実に殺し、確実に生きて帰る技だ。
それを相手の腹部に叩き込んだ。
それなのに―――
予兆の様なものは一切なく、神速で接近したのに、相手はマントで防御をしていた。
更に、打撃よりも早く身体を前に倒し、自ら打撃を受けに来た。
それにより、内部破壊の到達点をズラされ、内部破壊不発、外部破壊も大幅な威力ダウンとなった。
乗せていた魔力も外部分は竜の翼のマントで止まり、内部分も受け流されてしまった。
これらにより、効果としてはただ強力なだけの拳打まで落とされた。
目で見て反応できる筈のない技を、発動のタイミングを完璧に見切られ、その上でヒロユキが気付かない内に既にその対策を打っていたのだ。
技は完全に崩されたと言っていい。
だが、それでも十分重傷にできる傷で、衝撃は相当なものであり、ダメージは一応与えられた。
しかし、相手の動きはそれだけでなかった。
神速で接近し、一瞬も置くことなく神速で離れたのにも関わらずカウンターを受けた。
そう、神速で接近を始めた時にはもう、通過点に小太刀が存在していたのだ。
神速の移動中に頭の位置を変えていなかったら頭を貫かれていたのだ。
直感によって少しずらしたからこそ、それだけで済んだのだ。
その対応の全て、ヒロユキは気付けなかった。
幻術を受けた筈はないのに、それに近いくらい相手のカモフラージュに騙されたのだ。
それも恐ろしいのは、どの角度から見ても見破れなかっただろう。
手品と同じ、見た目を誤魔化すだけの技術でありながら、それを極めたと言っていい高度な技巧。
相手を視線というのを知り尽くした完璧なトリックだった。
だがしかし、一番恐ろしいのは別にある。
そんな対策が打てるという理由だ。
つまりは―――
(今までさんざん予知の如くなんて評価していたが。
つまり、こんな技程度、予想範囲内だと言うのか!!)
己の最強の技が破られた。
どんな技を使うか、攻撃のタイミング、その移動経路まで、相手には完全に把握されていたのだ。
高精度の予知能力でも無い限りありえないと思うほど、完璧に読まれていたからこその対策をとられた。
それも、この相手に。
ヒロユキのその存在上、あってはならない筈の事が今ここにある。
「ガハッ!」
効果の殆どを殺した筈の打撃が内臓を押し潰し、血が口へと逆流する。
このままでは時間の問題で死に至る。
だが、治療をする暇は無い。
倒れている暇などもっと無い。
相手はまだ生きている。
(これほどか!)
内部破壊と外部破壊を同時に行う必殺技。
ああ、言葉にするとなんて容易な事だろうか。
だが、こんな事が容易く実現されてしまってはたまらない。
鉄をも穿つ外部破壊。
一体どんな剛拳か。
ユウイチの経験では、2mオーバーの鍛えぬかれた巨躯からの武術をもっての全力打撃が確かそのくらいだ。
一撃で内臓をスープに変える内部破壊。
一体どんな高等技能か。
ユウイチの経験では、仙人の様な武術家が魔獣に使った浸透型拳打がそれくらいの威力だ。
どちらを体得するにも生まれ持った肉体、才能、そして長年の鍛錬が必要である。
更にそれらを同時に発動させるなど。
それも、どちらの威力も欠くことが無い、それどころか共振までさせる異常さ。
信じられない事にそこへ魔力まで乗せている。
それをあの神速をもって放たれた。
もし、シグルドの翼のマントが無ければ生き残る事はできなかった。
攻撃だけでも正に勇者でなければ化け物としか言い様がない。
だというのに、回避のカンもどんな超能力か。
こちらは、確かに頭を貫くつもりで小太刀をその場に存在させていたというのに。
ヒロユキは神速の移動中に体の到達予定の位置をずらした。
直感でだ。
こちらの予測を破られたのだ。
技の威力も、その行動も、ユウイチの計算を上回った。
既に識って居ることでどんな相手からも先手を取って対策をとれるユウイチが、その判断を誤ったのだ。
(こんな事が!)
それも、裏では有名で、いくらでも情報があるうえ、ここへ着てから何度と無く手合わせした相手。
間違う筈などなかったのに、相手はユウイチの予測を全て超えるモノを放ったのだ。
在ってはならない。
この相手にだけは。
ヒロユキだけには、負けることはできない。
アイテハ、コガレルモノヲモッテイル
(一体どれほどの地獄を越えればこうなれる!
俺だって1000を越える悪魔を倒し、魔王とも戦ったんだぞ!!)
ヒロユキが天才である、というのは事実だ。
だが、それは単に『要領がよく器用なだけ』で終る程度のものでしかなかった。
生まれ持った多才によって、器用貧乏で終る運命だったと言っても良いだろう。
だが、ヒロユキはそれを昇華させた。
元々ヒロユキは『本質を見抜き理解する』という能力が優れていただけの人間だ。
それに肉体的に少し丈夫で、少し器用で、少し魔力が高かった、ただそれだけにすぎない。
それを相手の技を模倣するというものに昇華する、とはどういうことか。
まず、その為にはあらゆる事に対する知識が必要になる。
物事を理解するにはそれだけの基礎知識が必要だからだ。
あらゆる武器、あらゆる戦法、あらゆる生き物についての知識を掻き集めた。
そして同時にそれを再現させるのに必要な肉体も鍛え上げる必要がある。
腕力、体力、速力、跳躍力など、全てを全てに対応させる肉体に己を改造した。
その修行は、苛烈な修行を己に課すアヤカですら、自殺願望があるのではないかと危惧する程のものだった。
セリカがいたからこそ、死なずにすんだが、死にかけたのも1回や2回ではない。
ヒロユキの今の戦闘力はただ才能だけで形作られたものでは決して無い。
寧ろ、普通の一流戦士よりも何倍も努力を積み重ねている。
そして、魔王とその軍団と戦った経験も持っているのだ。
(それを凌駕する何かを……
そうしなければいけない目的があるのか!
それを成し遂げてしまう意思力を持っているとでもいうのか!?)
相手の意思力が強いのは確かな事だ。
その瞳の闇を見れば一目瞭然。
そして、これだけの力を無目的に求めた訳でもあるまい。
それは解る。
だが、
(ヤマユラの皆……)
あの時、何も出来なかった己。
あの時、誰も救えなかった無力な存在。
(親父……母さん……)
所詮ガキでしかなかった。
ちっぽけで、無知で、愚かで、弱すぎた。
(ああ、ある。
そして、これはあの一時のものではないと断言もできる)
何の為に戦う道を選んだ。
何の為に戦う力を求めた。
その先に何を目指した。
ユウイチに意思力で負けている?
否―――
断じて否である!!
(これが真に才をもち、努力を積み重ねた『戦う者』の力か)
生まれ持った資質の差は歴然。
ヒロユキとユウイチでは比べるだけ馬鹿馬鹿しい程の格差。
どうしても埋めることのできないもの。
絶対的に持っているものが違いすぎた。
(だが、それこそを越える為の力だ)
努力で才能を越える。
それを目的とした力である。
その為に、『努力』なんて言葉では表現できない程の地獄を生き抜いた。
(父さん……母さん……アユ……皆……
ダグラス、アレフ、ティアナ、レオナルド、デール、バリー、アーヴァイン……)
何も出来なず、目の前で死んでいった人達。
目的の為に殺した人々。
それら全ての意味の為、最終的な勝利の為に力をつけたのだ。
(負ける訳にはいかない)
ユウイチはヒロユキだけには負ける事が許されない。
その在り方故。
ヒロユキが倒せないと言う事は、在ってはならないのだ。
互いに天敵。
才を持たなかったユウイチにとって、真の天才たるヒロユキは天敵である。
同時に、才を持つものを倒す為の修行をしてきたユウイチにとって、倒さなければいけない者。
才を持っているヒロユキにとって、単純に強いユウイチは天敵である。
同時に、戦い続ける者として、越えなければいけない者だ。
「ああ……俺はあそこに立てない。
見ている事しかできない」
護りたいと想ったものを護る為、己の為に『攻める』という行為をしない事が制約である。
故に、あの2人の様な戦いはジュンイチには出来ない。
この道を選び、力に制限をかけて強化したことを後悔した事はない。
戦う事はかったるく、護りたいと想うものが護れるならばそれでよい。
自分らしい道だと、常々思っている。
だが、男として、彼はただ純粋に焦がれていた。
彼等を。
彼等の今の在り方を。
「ああ……
なんて―――羨ましい」
ついに口にしてしまう。
戦える事を、雌雄を決する事ができる2人を。
心からそう思い、言葉としてしまう。
後悔など無いのに。
この道以外を行く気などないのに。
それでも―――
再びユウイチとヒロユキの間に緊張が満ちる。
いや、先よりもその緊張は濃厚で、この重圧な空気だけで人が死ねるくらいだ。
互いに次は無い。
ヒロユキの技は本来一日一発が限度のものだ。
神速を持って移動する足は一度行えば筋はズタズタ、骨も悲鳴を上げる。
鉄をも穿ち、同時に内臓を全てスープにしてしまう拳打の衝撃が打った腕にも反動として返ってくる。
そして神速で動きにより、大気という壁にぶつかる身体は重症だ。
必ず生還する技とは言うが、使えば自らの身体を瀕死にする業でもある。
同じ攻撃を連続で行うなど、自殺行為だ。
ユウイチは先の一撃を受けた事で瀕死だ。
もし、次同じ様に防御しても死に至り、助かる見込みは無い。
よって、次は完全防御か完全回避をしなければならない。
掠っただけでも死ぬと思って間違いない。
互いに、次を終えて生きている可能性があまりに低い。
下手をしなくても相打ちで、両者死亡で終わりかねない。
だが、2人とも退く事は無い。
いや、退く事など在り得ない。
ヒロユキは拳を握り構える。
先のが予想範囲内だというなら、次はそれを超えよう―――
ユウイチは小太刀を両手に持って、待ち構える。
一度見た、次は無い―――
そして、睨み合う両者の間に黒い風が吹いた。
「ユウイチィィィィーーーーーーーー!!」
「ヒロユキィィィィーーーーーーーー!!」
ズダァァァァンッ!!!
神速の一瞬。
2つの想いは交差した。
後書き
ありがちな切り方をする今日この頃。
決着が気になる方、今のうちに謝っておきますが、ごめんなさいね。
私ってイヤなSS作家でしょうかね?
それはさて置き、今回は対決。
しかも真の対決です。
作者の私自身がこの物語で最も熱い話であると思います。
ちゃんと表現できてるかな……
あ、そういえば、何話か前に一番長くなる話がある様な事を書いた気がしますが。
じつはここです。
で、全然一番に届かないのですがね。
ん〜、一つの対決だけでトップの容量は無理でしたか。
ちょっと残念。
なお、次も長い予定です。
では、次回もよろしくどうぞ〜。
管理人の感想
T-SAKAさんから16話を頂きました。
宿命の対決の話です。
お互い激突する運命でしたか。
性格が合わないとか、お互い嫌いあってるとか言う次元ではありませんからねぇ。
信念が対立したというか?
戦闘しなければ良い友人になれるでしょうし。
今回は完全に男の話でしたが、やはり燃えますね。
こればかりは女性には分からないのかもしれません。
白黒ハッキリさせないと前に進めない問題は多々ありますしね。
特に『強さ』が絡んじゃうと大変ですし。(笑
さて、今回鬼のようなところで終わった話ですが、続きが気になる方は感想をどうぞ。
早めに書きあがるかもしれませんしね。(爆
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