夢の集まる場所で
第18話 この場所は
嘗て、この場所には何もなかった。
ただ、陸としてあっただけの場所。
常に強い風が吹き、草木もろくに生えず、生き物も住まう事の無い島であった。
だが、あるとき、1人の女性の手によって、風の流れは変わった。
そして、島の中心に小さな苗木を植えた事を始めとし、この島は変わった。
一年を通して美しい桜の花が咲く島へと。
それから、ある1人の女性の夢の始まりとして。
ここは全ての夢が集まる場所となった。
そして、今再び―――
闇の前に立ち並ぶのは3人の男達。
そして、彼等と共にある女性達。
「さて、行くか」
その先頭に立つ男は進軍を宣言した。
それはまるで散歩に行くかの様な気軽さで。
されど、万全の準備をもって。
最後の作戦会議は、まず、互いのもつ全ての確認から始まった。
手札の全て。
奥の手を含む全てを。
「とりあえず、エリクサーの二級品と三級品をっと……」
小瓶に入った薬品類を出して並べるユウイチ。
何処から出しているかというと、纏っているマントと背中の間あたりからであったりする。
まるでマジックの様にヒョイヒョイと、次々に出されるユウイチの秘蔵アイテム。
尚、ユウイチはその場所に空間系の倉庫を所持している訳ではない。
実はシグルドを召喚するときにできる時空の穴を利用して、物資を貯蔵しているのである。
わざわざ相手に見えないように出しているのは、染み付いた癖である。
「伝説の霊薬エリクサーがダース単位で……」
ユウイチの並べていく薬品類に眩暈を覚えるジュンイチ。
ついでに、エリクサー以外の回復系魔法薬だけでも、超高級というか、失われたとされるものまでそこに並んでいた。
ユウイチ曰く、二級品以下なので、大した事ではないとのこと。
「あの、これ賢者の石では?
しかも……5つも」
「ああ、それは暴走自爆用だ。
扱いに気をつけろ」
ユウイチの言葉に手に持ったものを静かに下ろし、距離を取るセリオ。
下手をすれば一個でも、この屋敷どころか、この島が跡形も無く消滅する。
ユウイチ曰く、暴走してしまう賢者の石ならば、製造はさして難しく無いらしい。
誰の、どんな、基準かは不明。
「月光石と太陽石……虹の欠片……人魚の涙……
ねえ、これ家の全財産の半分と交換しない?」
「お前の処女と二晩程使っていいというのなら、それと交換を考えてもいい」
99%冗談でサクラの申し出に答えるユウイチ。
因みにだが、単純な性交の事を指しているのではない。
サクラのそれならば、手持ちのアイテムで完成できるものがあるからの条件である。
要は生贄行為に近しい事で、人間の尊厳を失いかねない魔導行為だ。
それを理解した上でもサクラは、本気で悩んでいたりする。
もし本気でそれと交換で手に入るならば、まっとうな魔導師ならば脊髄反射レベルで承諾するだろう。
それくらい魔導師としては喉から手が出る、なんてレベルじゃなく欲しいアイテムだ。
人間の尊厳くらいは便所に捨てて流したところで魔導師として生きて行く上では何の問題もない。
むしろその程度の事で自分の後数代に渡る筈の研究を一気に行える可能性があるアイテムだ、研究第一の魔導師なら捨てるのが当然とも言える。
女魔導師なら意味の大きいソレであり、まだ乙女の純情などという魔導師には不要なものを持ち続けるサクラでも、純情を天秤に掛けてしまえるくらい、このアイテムの存在は大きい。
尚、サクラは全財産の半分と言っているが、半分は残らないとそれを活かしきれないから半分なのである。
ユウイチ曰く、幾多の国の王城、貴族の宝物庫を漁ればこれくらいは集まるらしい。
盗んできたというのは事実ではあっても、あの状況で置いたままにしておくのは危険すぎるという判断での持ち出した物だ。
ちゃんと扱える者で、必要があるなら無償で差し出すつもりでいる。
「魔獣皇の牙、不死鳥の羽、黒陽の宝玉、死神の血玉……
アヤカさんと交換って言ったら応じますか?」
「ああ、ついでに世界樹の葉が12枚ついた世界樹の枝もつけていいぞ」
冗談で言ったつもりのセリカだが、ユウイチの追加アイテムに一瞬大切な妹を差し出す事を考えてしまう。
普通ならば、そもそもそんなこと冗談でも言わないというのに。
相手がユウイチであり、指定をアヤカにしているのもあるが、並ぶアイテムに思考が正常でなくなっているのも事実。
「アヤカさん、私をぶってください」
「いや、私もいっそ自らを差し出してでも手にして欲しいアイテムだし」
ここにあるのは、クルスガワの財力をもってもお目にかかれるかわからない品ばかりなのだ。
そして、これだけのアイテムが揃えば何ができるか、と夢が膨らむ。
普段なら妄想すらしないレベルでも、今はレア中のレアアイテムの展示会なのだから。
尚、ユウイチ曰く、数多の堕ちたる魔導師の館を襲撃すればこれくらは容易い、との事。
当然、ユウイチが滅ぼした堕ちた魔導師の人数は、少なくとも両手では数えられないという証明にもなる。
違法で、闇に属するゆえ、存在を見つけるのすら困難な相手にしてだ。
蛇の道は蛇とはいうが、それでも。
「竜鱗の盾に、ジュエルアーマー、宵闇のマント、天空の靴……
この鉱石の塊ってさ、オリハルコンなんて言わないわよね?」
「よく解ったな。
それは俺の貯蔵品の中でも最もレアな鉱石だ」
しれっと答えるユウイチに、本気で頭を抱えるアヤカ。
オリハルコンと言えばレアどころの騒ぎではない。
神々の金属として、地上では星の勇者が神々から貸し与えられし武具に使われている物でしかお目にかかる事は無い筈の代物だ。
ユウイチ曰く、遺跡での発掘品であるが使い道が無いので困っている、との事。
実際、この地上でオリハルコンを扱える者など、鍛治に長けたドワーフにもいないので、本当に宝の持ち腐れである。
「おい! この剣はミストルティンじゃねぇよな!
こっちは不死殺しのハルパー!?
ブリューナクまでぇぇぇっ!!」
「全部レプリカだ。
使うなら制限を教えるが?」
もう悲鳴にも近い声を上げるヒロユキ。
伝承に残る武具、例えレプリカだとしても、その精度たるや人間が使うには十分である事が解る。
ユウイチ曰く、一流のドワーフに頼めばこれくらいは作ってくれる、との事。
「こちらは破邪の祝福剣、人間狩りの妖刀、妖精斬りの魔剣、竜殺しの邪剣までありますね」
「ああ、自慢じゃないが種族特効のある武器は大抵の種族分は持っているぞ」
どう反応していいのかと、サクラに視線で訪ねるヨリコ。
サクラは首を振るだけだった。
ユウイチ曰く、、職業柄使う機会も多いし、との事。
ユウイチの財物庫の異常さに皆驚愕する中、コトリは布を手に持っていた。
他に並ぶものに比べるとみすぼらしく、他のに比べると大した力も感じない布。
どうやら、元々服の形をしていたものであろう物を。
「これって……もしかして聖骸布って言われるものじゃ?」
今此処に居るメンバーと比べると、無いに等しいと言えてしまうコトリの魔導学。
されど、それを鑑定するには十分だった。
いや、コトリの特殊能力故に解ったのだ。
いや、それも違う。
これはコトリだから気付いたのだ。
ユウイチの出す物があまりに凄すぎた為、その存在に気付きもしなかった者達の視線が一斉に集まる。
この異常たる持ち物に。
これまで出てきたものは一応、製造可能なものか、遺跡から発掘されるものだ。
数量に限定はなく、個々にシリアルナンバーすら存在せず、それらに『個』というのは無いに等しい。
つまりは、所有しているという事に関しては意味は発生しない。
極端に言うと誰でも持てるものだ。
だがしかし、聖骸布となると話は違う。
聖人の遺体を包んだ布たる聖骸布は、それぞれ誰の聖骸布かというのが有り、数は歴史に残る聖人の数しか無い。
いくつかの例外を除き、その全ては教会が管理している事になっている。
それが、此処にあると言う事がどう言う事を示すか。
だが、皆が結論を出す前にユウイチは平然と答える。
「ああそうか、品目としては聖骸布になるか。
確かにアイツは特異と言える能力を保持した、『聖女』と言える女だった。
それは、アイツの死に装束となったもので、魂の一部と力を宿している」
それは歴史に名を残し、実際に『聖人』として奉られる様な人のものではなかった。
彼女は、演技中のユウイチの心に近づきすぎてしまった。
そして、彼女が選んだ行動と、その時のユウイチの状況から殺さざるを得なかった少女。
その少女はコトリに近しい―――1歩間違えればコトリが同じ運命になっていた、そんな少女。
確かに聖女と言えるほど心清らかで、その行いも素晴らしいと言えるものであったが、あまりに儚い生涯。
戦時中と言う事もあり、その名はユウイチが相手をしていた英雄達の中以外には残らなかった。
その時、遺体を回収し、亡骸を葬った時に得た彼女の遺品。
いや、遺産とも言える概念武装がこの布であった。
故にこれは聖骸布であるが、世には聖骸布として認知されない代物。
そして、ユウイチの罪の一つであるが、ユウイチに託された力であるもの。
「……ユウイチさん」
「そんな目をするな、コトリ」
その時の記憶は見ていなかったコトリは、泣きそうな目をユウイチに向ける。
もう、今更とも言えるというのに。
ユウイチの数々の過去を考えれば、こんなのどうって事は無い部類とすら言える。
ユウイチだけは、決して忘れる事は無い事ではあるが。
「さて、使える物ではこれが最後だな」
そして、ユウイチは最後として、一本の棒状の物を取り出した。
それは大事に布で包まれた、白銀の一直線の角。
非常に大きな神聖な力を感じされるもの。
それは―――
「ちょっと待て! それユニコーンホーンだろう!」
「ああ、そうだ。
実物を見るのは初めてか?」
先から出しているユウイチの財宝とも言える品々は、ほとんどが文献でしか見た事の無い物ばかり。
そして、この品もヒロユキ達にとっても、ジュンイチ達にとっても同様に、実際に目にするのは初めての物。
されど、それはあまりに有名にして、絶大なる力を持つもの。
命を司り、清らかな乙女にしか心を許さない一角獣、聖霊ユニコーンの角。
エリクサーなどと違い、事実、魂と亡骸の破片でもあれば死者を蘇らせる事が可能である。
生命に関する物品ならば、間違いなくトップの一品だ。
ユニコーンの角は、ユニコーンが死に際に、己が認めた清らかな乙女に遺す事があると言う。
もし、正規の手段で手に入るならばそれしかないとされている。
が、ユニコーンの角の力は絶大であり、もし人間がそのユニコーンの居場所を知れば間違いなく狙うだろう。
己が使う為か、もしくは高額で取引する為か。
今も存在する伝説として在るユニコーンホーンは、国が買える程の値をつける。
また、権力者ならそれくらいの金を出してでも欲しがるだろう。
例え聖なる獣として奉られているユニコーンであろうと、聖獣としてかなりの強さを持っていようと、探し出し、狩り、その角をもぎ取るだろう。
ユニコーンに認められた乙女がまだ角を持っていたなら、殺してでも奪い取る。
全て、私欲の為に。
だから、もしユニコーンホーンを持っているとしたら、2パターンしかない。
ユニコーンに認められる乙女であるか、略奪か、だ。
そして、ユウイチは男であり、今ユニコーンホーンはユウイチが持っている。
もし、ユウイチのメンバーの誰かが受け取ったならば、その人が持っていなければおかしい。
だから、つまり―――
「まさか、お前……」
いろいろなことをやったのは知っている。
だが、あのユウイチがユニコーンを殺したなど、ヒロユキは信じたくなかった。
しかし、事実として手に持っているのだ、彼が。
「ああ、ユニコーンに託された。
いや、正確には預かっている」
その答えに全員の思考が停止した。
場は静まり返り、動き一つ無い。
今在り得ないことを聞いた。
先のユウイチの過去の話と比較して尚、在り得ない筈の言葉を。
「……あー、えっと、ユウイチ、お前って男だったよな?」
一番始めに再起動できたヒロユキが問う。
確か、記憶では男だったと、そして昨日まで戦った限り男だったと思っていた。
「ああ、そうだが?
アキコ達に証言させようか? いかに俺が男であるか。
ああ、我が友と師なら、お前達でも理解できないレベルでも男だと証明できるんだがな。
居ないのは仕方ない」
ヒロユキの答えに、何処か自嘲気味な笑みを浮かべながら答えるユウイチ。
特に、我が友と師なら〜、という辺りで。
余談であるが、ユニコーンホーンを持ち帰ったとき、師と友にその身に女性の因子があるのではないかと調べられたのだ。
それはもう、これ以上ないというくらいに徹底的に。
肉体的なものから、前世の前世に至るまで、あらゆる手段で因子分解されたのだ。
その時の羞恥プレイっぷりといえば、並の精神の人間なら10回は自殺してるだろう、とは、実際行っユウイチの友の言葉だ。
「あの〜……伝承って間違えてるのかな?」
次に起動したコトリが、可能性として伝承の方が間違えている事を考えた。
ユニコーンが認めるのは清らかな乙女だけというのが偽りであると。
それは、知らぬものなど居ないとすら言える、常識とも言い換えられる事柄である。
もし、間違いならば世界は激震するだろう。
だが万が一、男も良いのであれば、ユウイチならばあるいは。
と、コトリは考えていた。
「いや、間違いではないのだろうが。
まあ、何事にも特例といものは存在すると言う事だ。
あの状況では、アイツもそうせざるを得なかったのだから。
何時か、本当に是を必要とする者に与える為に預かっている」
遠くを見ながらそう語るユウイチ。
あの時、助けが間に合わなかったユニコーンと、認められた少女。
あの時、ユニコーンは本来己が認めた少女を蘇生させる筈なのに、それをしなかった。
何故か、少女の魂もそれを拒み、ユニコーンもユウイチに角を渡す事を認めた。
あの時既に血塗られていた道を選んでいたユウイチに。
「ホント、何で俺が持っているんだろうな」
大事に、血塗られた手で汚さぬ様、神聖な布で包まれた角。
これは確かにユウイチに与えられた物だった。
預かっているというのはユウイチが自分に課している事。
あの時、明確な理由は答えてくれなかった。
そして、今もその理由は解らないままだ。
亡骸の欠片と魂がそこに有れば人を蘇生させる事もできる聖なる角。
そんなものを持つ資格があるのか。
ユウイチの財宝とかけあわせれば、ユウイチの目の前で死んだ人間なら誰でも生き返らせる事ができる。
どんな状況であれ。
ただ一つ、それが過ぎ去りし時の彼方の出来事でない限り―――
何度、この角を使ってしまおうと思った事か。
生き返らせる手段を持ってしまった。
たった一度だけ可能であるという事、それで幾度悩んだか。
「貴方だからだと思いますよ」
コトリはそんなユウイチに、だからこそだと思い。
その気持ちを告げる。
ユニコーンホーンを持っても、私利私欲の為に使わないユウイチだから渡したのだと。
「そんな筈はないんだがな……
まあ、それは今はいい。
さて、この中で何か使うものはあるか?」
一瞬だけ俯き、次の瞬間にはもう元に戻っていたユウイチ。
そして、目の前に出した数々のアイテムを指し問う。
使うならば、惜しみはしないと。
「……その前に、一つ聞きたい。
何故、お前はこれらを使わなかった」
ヒロユキは問う。
何故、こんな貴重にして強力なものが貯蔵されているだけだったのか。
薬品類は使っていたのだろうが、武具はどうか。
シミュレートしてみる。
これらの武具で武装したユウイチとの戦いを。
何度も、勝てる様に。
が、何度やっても、勝利する手順が見つからない。
ユウイチは戦いに対して手加減とかをする者ではない。
演技中で、そうしなければならない時ならば兎も角、ここには観客もおらず、ユウイチは常に本気だった筈だ。
それなのに、何故―――
「相応しくないからだ」
ヒロユキの問いに、ただ一言で答えるユウイチ。
何が、何に、どう、相応しくないのかは答えない。
だが、それでこそユウイチだと、ヒロユキは思う。
(まったく、何処が『悪』なんだか。
ああ、お前は『悪役』なんだよな、だから当然か)
表には出さず、ただ心の中で1人納得し笑うヒロユキ。
全て変わってしまったかと思われたが、やはり全く変わっていないのだと。
変わるはずは無いとは解っていたが、今、再確認された。
「ま、しかし、凄い品々。
それもここまで揃うと壮観としか言い様がない」
今の気持ちを表に出さぬよう、誤魔化す為か。
ヒロユキは改めて出された品々をみてもらす。
「まあ、今出しているのはレプリカとか、模造品ばかりだがな」
大した事は無いというユウイチ。
それとは別に、今出しているのは、と言うことは出していない中には何かあるのか。
という疑問は、誰も口にしなかった。
あると言われるとどう反応していいか解らないからだ。
「あの、どれくらい凄い事なんでしょうか? これ」
無知故に、と言うには確かに相手が悪いが、ネムは兄に小声で尋ねた。
ここにこれだけの物が集結している異常さの度合いを。
「そうだな、例えるなら……
こいつは、単身で国を相手取って戦争して、勝利できるんじゃないか?」
「そんな馬鹿げた真似は滅多なことが無いとしないが。
ああ、因みに小国ならば楽勝で、中堅程度の国でも確実だな。
ある程度大国でも、まあ苦戦するだろうが、やるなら勝つさ」
ジュンイチがネムに対してだけ答えた例えに、ユウイチは付け加える。
そんな事を本気で口にし、また事実可能だと思えてしまうユウイチという存在。
ジュンイチ達は過去に関わらず危険な存在ではないかと、一瞬考えてしまう。
「ああ、そうだ。
そういえばここも立派な超一流魔導師の館だな。
ここで使えそうなものも見せてもらいたいのだが?」
「ん? ああ、別にいいけど。
お前のに比べたら大した事ないぞ?」
「うん、これと比べるとね」
ジュンイチとサクラはあまり乗り気ではなかった。
一度漁ってみたが、大した物は無い。
己がつけている盾は別として、ユウイチが出した様な逸品はあそこには存在しない。
有るのはただ、
「……ふむ、先ほど、俺の貯蔵品を『国と戦争ができる』なんて言ったな?
では、お前達は『一国を脅迫できる』倉庫だ」
倉庫を見たユウイチはそう評した。
そして、その評価はヒロユキ達も同意した。
確かに、逸品は無い。
が、そこにある魔石の貯蔵数はどうか。
「これだけの魔石があれば……国を消せる魔法も作れるし。
国レベルの儀式魔法を跳ね返す事も可能だろうな」
一体何代分なのか、己の魔力を注入し、保存した魔石が山積みにされている。
最早個数ではなく重量で、それもトン単位で計測しなければならないだろう。
他にも、高級な魔法薬や、実験薬品、高級な魔法道具の数々がある。
が、それはユウイチの貯蔵に比べたら可愛いものだ。
しかし、ここにある魔石の魔力総量は、国と言われる人の集団全ての魔力総量を越えるかもしれない。
それくらいの貯蔵があるのだ。
実際、これらを駆使して戦争を仕掛けるとなると、ジュンイチ達では策略が立てられない。
力押しだけでは、相手の組織力の前に最終的に敗北するだろう。
しかし、その頃には相手の国は再起不能なまでのダメージを負う事になり、勝者は存在しなくなる。
故に勝てなくとも、脅迫には使えるのだ。
「危険分子として排除したい気になるな」
「ああ、ハクオロでも絶対接収してるぞ、これは」
魔導師の倉庫には秘密の品の1つや2つあるものだが。
これはちょっといただけないと、笑うユウイチとヒロユキ。
その後ろでセリカとアヤカが顔を背けているのは、とりあえず見なかった事にするコトリだった。
「しっかし、まあ。
なんだ、俺達今何も持ってないんだけど」
ユウイチとジュンイチの持ち物の凄さにちょっと引け目を感じるヒロユキ。
この戦いに何も提供できる品がないのだ。
2人はこれだけのものを出しているというのに。
「何を言ってる?
お前の持ち物が一番重要だろうが」
「そうそう。
嘗て魔王と直接戦い、勝利した勇者さん」
数々の珍しく、使えるアイテムを持つユウイチ。
この場所と、そして魔力を大量に貯蔵するジュンイチ。
それに対し、ヒロユキが持つもの。
それは情報。
この島に出現したのは、かの魔王のコピー。
その本物を倒したヒロユキの情報は、ユウイチのアイテムや、ジュンイチの貯蔵魔力に引けを取らない重要さを持つ。
「さあ、組み合わせよう。
全て、勝利の為に」
そして、準備が進められた。
あらゆるものが揃っているとも言えるこの中で。
万全の装備を揃え、万全の準備とする。
「しかしまあ、まさに最終決戦仕様って感じよね」
アヤカは改めて自分達の装備を確認する。
皆、普段通りの様に見えるが、全然違う。
見えない所にこそ、ユウイチの出したアイテムが使用されていた。
例えば、アヤカのブーツには風の妖精の羽が編み込まれている。
これで、アヤカは自らの速さによってダメージを受ける事は無い。
殆ど使い捨てに近い使用限定回数があるが、それ故に強力な補強となっている。
「そうですね」
頷くコトリの装備はまず見た目から違う。
今までのドレス風な白い服ではなく、黒いドレスを着てるのだ。
それに合わせベレー帽も黒になっている。
実はこれ、聖骸布製のドレスである。
「まったく、こんな贅沢をする事になるとはな」
苦笑するヒロユキの装備は特に希少なものが多い。
だが、その身に武器らしきものは身につけていなかった。
「まったくだ」
ユウイチは、この中では一番装備を変えていない。
変えている部分といえば、背に大剣も大長剣も無いことだ。
そう、今のユウイチの武装は小太刀二刀と、魔導銃のみ。
何故か、ユウイチの武装は決戦を前に減っていた。
「後、切り札になるだろうものだ」
ユウイチはそう言って背負っていた大長剣をヒロユキに投げた。
ただ、頑丈で重いだけの大長剣を。
「っと……」
反射的にその剣をキャッチしたヒロユキ。
そこで、それは起きた。
キィィンッ
ヒロユキが手にした瞬間、その剣は淡く輝き始めたのだ。
同時に、ただの頑丈で重いだけの剣であった筈のそれに、何か特殊な力を感じれる様になっていた。
「これは……おい、まさかお前……勇者を……」
ユウイチの出すアイテムの非常識さに、もう何が出てきても驚くまいと思っていたヒロユキ。
だがこれは、この剣は地上には存在しない筈のもの。
少なくとも勇者の手の中以外では、存在する筈はないものだった。
「いや。
残念ながら、俺はまだ『勇者』が『勇者』として動いているものと出会った事が無い。
だがヒロユキよ、お前なら知っている筈だ。
いかに『勇者』と言えども絶対ではないのだ。
だから、これはそういった剣だ」
ただ静かに告げるユウイチ。
視線は、ヒロユキの手の中で輝く剣に向いていた。
ユウイチの手の中では、ただの頑丈で重いだけの剣であったものに。
「そうか……すまん、俺はお前を疑った」
「いやいい、それだけの行いをしているのだから。
実際、『自称勇者』なら何人か殺めている。
で、ヒロユキよ、使えそうか?」
この剣はユウイチ用として調律を受けている。
それがどの様な定義の調律なのかユウイチは知らないが、少なくともヒロユキが持つ事を前提とはしていない筈だ。
だから、例えその力を現していそうでも不具合が出る可能性がある。
「なんとかするさ」
「そうだな。
それでこそ勇者だ」
こうして、ユウイチの大長剣はヒロユキの手に渡った。
そして、最終手段にして、最後の秘密兵器として、決戦に同行する事になる。
「まあ、こう言う時にこそ使わないとな」
ジュンイチの装備も見たところ変わりないように見える。
ただ、その手に盾として使ってきたものを持つだけ。
先日まで、両腕につけられ、盾として使っていたものを。
その2枚を合わせたものであり、本来の姿。
中央に水晶球が嵌め込まれた盾らしきものを持つだけだった。
「ジュンイチ。
お前の盾は2つを合わせて始めて、その本来の機能を使えるものだな?
いや、その盾はリミッターであり、制御装置なのだろう」
元より1枚の盾を2枚に割ったような形をしたもの。
だが、それは2枚を合わせるだけでは足りない。
それは初めから解っていた。
しかし、その機能について気付いたのは最後の方だ。
それくらい、確かにアレは盾であった。
「……まったく、相手が悪いのかね。
どう見ても盾でしかなかった筈だが……
その通り、俺達の祖母が作ったこれは、本来『盾』ではない。
本体から切り離すと、ちょうど優秀な盾になるから使っていたんだがね」
「後、それの使用条件は、『攻撃をしない』事だな?」
「ああ。
これを使う限り俺は攻撃できない。
自衛の為の攻性行動も規制が厳しい。
因みに、俺が本来の戦いを見失っていた時につけていたのは、その制限を外そうとして失敗したもの。
攻撃に関する制限が無い代わりに、本来の在り方を見失ったモノだ。
まさに、あの時の俺に相応しい武装だったな」
苦笑しながら、あの時を思うジュンイチ。
祖母の失敗をそのまま受け継いだ様なものだと。
だが、ちゃんと今は本来の在り方を思い出せているから、苦笑いとする。
「では、決戦では使ってくれるかな?
決戦では、お前が前線に立つことはないのだから」
「ああ、勿論だ」
何故わざわざ本体から切り離して使っていたかと言えば、それは護るものが自分の後ろに隠れているからである。
つまりは、この森での戦いに於いて、ジュンイチは自身を囮とし、自身を護る為にこれを使っていた。
だから、本来の機能では、逆に追いつかないのだ。
だが、決戦では違う。
使える。
これの本当の能力を。
まだ、一度も使ったこと無いジュンイチの『護り』の能力を。
「ああ、全てを使い、勝利する。
では、行こう」
闇のドームの1歩手前で立ち止まり、開戦を宣言するユウイチ。
だが、どうやって。
目の前にあるのは、先日封印した闇があるのみ。
もし、これを解き放てば呪いたる闇が溢れ出し、それに巻き込まれた人間に生き残る術はない。
「タイミングはサクラに合わせろ。
サクラと同期なら余裕であろう? ヨリコよ」
「はい、お任せください」
ユウイチに呼ばれ、一歩前に出たのはヨリコ。
ヨシノ家のメイドを務めるヨリコであった。
「で、サクラよ、コレだが」
そう言ってヨリコを指すユウイチ。
その目は明らかにヨリコを物扱いしていた。
「ヨリコさん役割、見抜いてる?」
ヨリコの扱いに関しては、もうそれが彼の在り方であるとして無視した。
それよりも、ユウイチが見抜いたヨリコの能力について説明の仕方を思案する。
だが、ヨリコは考えるサクラの前にでて告げた。
「私は、サクラさんの身の回りの世話を役目とするメイドです。
そして同時に、常時この島の機能を監視する制御システムとしての役割も付与されている精霊。
名をヨリコと申します」
己の在り方を示し。
同時に名を名乗る。
それが自分であると。
「そうか。
ではヨリコ、お前は主人達と共に戦うか?」
ユウイチは当然だと思いつつ、やはりおもしろいと笑いながら問う。
ヨリコは作られたモノであっても、個である。
そして、造花であっても、それを引いても余る美しさを持っている。
「当然です」
笑顔で答えるヨリコ。
本当に、それが自然であるとして。
だから、ヨリコは此処にいる。
そして彼女の役割は、結界開放後、この島の風を利用して闇を外に出さない様にする事だ。
その為には、闇に乗っ取られているシステムを取り戻す必要がある。
それはユウイチが持っていた一本の枝。
あの中央区画で、本体からたまたま得た枝が役に立つ。
枝を調べる事で、現在乗っ取られているシステムの構築を知り、またこれを仲介して乗っ取らている状態の解除がやり易くなる。
尤も、それも最後の作戦会議から今まで、という時間を要した。
そして、制限時間もある。
だが、それでも十分であった。
この戦いに勝利するまで程度には、十分機能を乗っ取る事ができ、十分な時間を制御する事が可能だ。
しかし、それだけでは何も変わらない。
中に具現化したモノが動けば、風では防げない。
第一、闇がそこにあってはただの人間は中に入り、中央に辿り着き、本体を倒す事は不可能である。
このメンバーの中にはただの人間で無い者も確かにいる。
それは、意思力をもって闇に対抗しうるユウイチ。
真実『勇者』であり、星の加護により闇に耐性があるヒロユキ。
その武装の護りによって、闇の侵食から護られるジュンイチ。
この3人は本体に辿り着く事ができる。
が、それだけだ。
いかにこの3人でも今回の相手を滅ぼしきる事はできない。
それに、いかに闇に耐えられるといっても、それだけであり、戦闘をする余裕はほとんどない。
故に、どうしても、彼等につく女性達の力が必要になる。
ならば、どうするか―――
「サクラ、『魔法』を」
「了解。
あ、うたまるはもういいから安全な場所まで退避、監視行動は続けててね。
じゃあ、始めるよ」
ユウイチの指示を待っていたサクラは、1歩前に出る。
その際、この結界の監視をしていたサクラがネコだと主張する使い魔を下がらせる。
うたまるが十分に離れた事を確認した後、サクラは目を瞑り魔法の準備を開始した。
だが、それは通常の魔法とは違う。
それには詠唱も、魔方陣も、印も要らない。
必要なのはただ、サクラのイメージ。
サクラが使おうとしている『魔法』それは―――
「サクラ、お前は『魔法使い』だな?」
ユウイチの問いに、その場の全員に緊張が走った。
いや、ただ1人の例外を除いて。
「あの、兄さん、サクラが魔法使いなのは当たり前の事では?」
ただ1人、ユウイチの言わんとする事の真意を理解できていなかったネムを除いて。
ネムは小声で兄に訪ねたつもりだろうが、この緊張の中では丸聞こえである。
「……ふぅ、約1名解っていないのが居るので、敢えてもう一度聞く。
サクラ ヨシノよ、貴方は望みを形とする原初の魔法。
真実、『魔法』と呼ばれるもの行使可能な者であるな」
魔法とは本来、『望みを形とする力』である。
現在一般的に使われているのは理論と技術によって現象を固定し、媒介を置いて行使される魔導技術。
原初の魔法を数々の制約によって効率と燃費を最大限に引き上げたもの。
現在では数多の魔法が存在するが、それは目的によって使い分ける為である。
だが、魔法とは元々ただ一つ『望みを形にする力』であり、オリジナルの魔法はそれただ一つだけだ。
『望みを形にする力』はその名の通り、何でも思い通りにしてしまえる力であり、万能ともいえるだろう。
だが、それにはやはり何らかの代償が必要であり、通常、人間ではオリジナルの魔法を行使することはできない。
基本的に、どんな些細なことでも、である。
それ故に、制約をもって効率と燃費を上げる魔導技術が必要とされたのである。
制約を外し、自由度を上げる度に、制御は使用者の力量に左右され、その効果も使用者によるところが大きくなる。
ならばその全ての制約を排除した、原初の魔法を使えると言う事はどう言うことか。
人間では使えないとされるオリジナルの魔法を使える『魔法使い』とは如何なる存在であるか。
それは、即ち、人間としては規格外のとんでもない存在と言う事になる。
なにせ、何でも実現可能な力を持っているのだから。
「残念ながら、ボクは魔導師だよ。
限りなく『魔法使い』に近くはあるかもしれないけど」
全員の視線が向けられる中、サクラは静かにユウイチの問いを否定した。
それによって、場の空気は一時的に落ち着いた。
だが、次の問いによってそれは一変した。
「では、お前の能力は、何段階の制約を付加したものだ?」
「ん〜……一応1段階になるね」
なんでもな様に、軽く答えるサクラ。
「1段階ぃっ!!」
それに最も早く反応したのはヒロユキだった。
驚愕という反応で。
皆も同じ様なものであった。
ただ、何もいえないほどに驚愕している、という違いなだけだ。
サクラが言った一言。
それはつまり、『魔法使い』に至らなくとも、その一歩手前に在ると言ったのだ。
(それほどか……マイの元々の能力ですら5段階の制約があるというのに)
(俺達4人の合体魔法でも4段階越えられるか?)
目の前の存在の異常さに、自分の身内の持つ能力と比較してしまうユウイチとヒロユキ。
自分達の身内も十分異能者であると想っていたが為に。
「驚いているところ悪いんだけど、これも条件がいるから正式には3段階の制約になっちゃう。
ボクは、この島で、お兄ちゃんがいる事を条件に1段階の制約を科した『魔法』を使える」
「ああ、この島と俺という、外部補助機関があってこその『魔法』だ。
俺達が使っていたのは、それに更なる制約を科して具現化した『敵しか燃やさない炎』だ」
先日までの戦闘でジュンイチが唯一の攻撃手段としていたサクラの魔法。
それは、サクラの能力に制約を加え、戦闘用に特化したものである。
つまり、先日までのサクラの魔法はあくまで、この場を凌ぐ為だけに作られたものでしかない。
「ならば、教えて欲しい。
お前がただ一つ、魔法にかけている制約とは何だ?」
これが最も重要になる。
恐らく、ユウイチの想像は限りなく正解に近い。
が、本当に正確なことを知らなければならない。
これが、この戦闘における一つの大切なキーになることは間違いないのだから。
「ボクの魔法、それは『全ての願いの在り方』に一つだけ条件を加えたもの。
それは、誰れもが在ると願いながら、誰も届かぬと手を伸ばすだけのもの。
誰もが一度は恐れ、されど無いと笑うもの。
そして、誰もが一度は求め、しかし時の中で忘れるもの」
サクラは告げる。
己の。
いや、サクラとジュンイチの最大の秘密。
その在り方を。
「ボクが此処に願うのは、最も貴いと言われる3つの言葉」
サクラが口にするのは詠唱。
しかし、それは普通の詠唱とは異なる。
魔法の詠唱とは、世界へのアクセスコード。
精霊達へ呼びかけ、これから何をするかを世界に宣言する詩である。
しかし、サクラの詠唱は精霊達へ向けられる事は無く、世界への干渉もまだ見られない。
「ボクは此処に宣言する。
それは此処に在ると。
誰もが笑い、誰も届かぬと手を引き、誰もが忘れたもの。
それが、今此処に在る事を証明する」
それはただの自己暗示の様なものでしかなかった。
サクラが自らの為だけに行う儀式。
そして、サクラはユウイチ、ヒロユキ、ジュンイチを見る。
今宣言した事を証明してくる者達を。
「俺は『愛』な」
まず、ユウイチが宣言し。
「なっ! じゃあ俺は『勇気』」
ジュンイチが慌てて続き。
「なにっ! てことは俺が『希望』かよ」
完全に出遅れたヒロユキが渋々告げる。
3人が口にしたのは幻想の中でも三大高貴幻想と言われるもの。
すなわち、『永遠の愛』、『無敵の勇気』、『果て無き希望』。
人々が幻だと、無いと想い、『幻想』と呼ぶ貴き願い。
「うん。
じゃあ、教えて、貴方達の名前を」
サクラは微笑みながら、問う。
己を幻想だと告げる3人に、その名を。
己が何であるかを、ここに宣言する事を求めた。
「我こそ、
「我こそ、
「我こそ、
3人はここに宣言した。
己こそ、幻想を顕現する者であると。
「ボクは、貴方達が此処に在る事を想いて、これを証明せん」
サクラの言葉と共に、魔法は発動した。
何の音も無く、光も発さない。
力が増幅された訳でもなく、回復や属性付与などの効果も無いこの魔法。
しかし、確かに効果はでている。
目になど見えず、五感でも、六感でも感じ取れないその力。
幻想と呼ばれし、想いの力が今ここにある。
サクラの魔法、それは『人々が幻想とするものを具現する』という力。
その力をもって、ユウイチ、ジュンイチ、ヒロユキは、ここに愛と勇気と希望の象徴となった。
それは、星の加護にも似た負の念への絶対防御となる。
そして、
『私は、信じ共に在り続けるもの』
ユウイチ達に付き、共に行く女性達はここに宣言した。
己は、彼等と共に在る者であると。
愛、勇気、希望の象徴と等しく進む者であると。
「では、いくぞ」
「「おう!」」
「結界解除、同期開始」
「了解、同期します」
「結界解除!」
ゴウッ!
サクラ、サユリ、セリカが結界を解く。
同時に爆発するような勢いで溢れ出そうとする闇。
だが、更に同時にヨリコが島の力によってその闇を巻き上げ、収束させる。
「アクセス成功。
闇は上空に上げつつ、収束させます。
突入準備をお願いします。
突入可能まで、後……5、4,3,2,1……」
「突入!」
ヨリコのカウントダウン。
そして、ユウイチの声により全員は闇の中へと突入した。
その奥で待つ、島の魔法システム本体。
そこに発生した敵の下へ。
三大高貴幻想の顕現により、闇にダメージを受ける事無く進むユウイチ達。
進行は順調だった。
不気味なほどに。
影に襲われる事も無く、ただ闇に覆われた森を進む。
そして、到達した。
全ての元凶にして、敵本体の在る場所へ。
「……」
そこには音も無く、光も無い。
だが居るのが解る。
圧倒的な力を持った存在が。
全ての生命の敵たるものが。
「ほう、その様な方法があったか」
声が響いた。
よく地獄の底から聞こえてくるような低い声、などと表現される事がある。
これは、まさにそれそのものだ。
「だが、それだけであろう。
逃げれば良いものを。
更に、我を構成する闇を収束させるなど。
来るのは勇者かと思ったが、ただの愚か者か」
地が震える様な嘲笑が響く。
それだけで、普通の人は恐怖から動けなくなるだろう。
そして、目に映る姿は10mはあろうかという巨大な人の形をしているが、その禍々しさは正に魔と呼ぶに相応しい。
黒に近い紫色の肌と漆黒の角、そして瞳は全ての光を返さない闇色をしていた。
元々桜の巨木があった場所に上半身だけが生える様な形をしていおり、動けないような印象を受けるが、そんなものは気休めにもならないだろう。
その巨大な手は島中に届く様に見え、その力は世界を包むかと思える程なのだから。
だがしかし、そんなものはここに居る者達に何も感じさせなかった。
「逃げる? 何故逃げる必要がある。
収束させたのは、ゴミは一箇所に集めたほうが掃除しやすいからだ。
更には勇者だと?
ゴミ掃除に勇者も、神々の加護も必要な筈はなかろう」
ユウイチは逆に嘲笑い返す。
そう、目の前の存在を、ゴミとしてしか見えない様に。
「ほぅ、我をゴミと? 我が何であるか解っておらぬのか?」
笑うユウイチを笑うソレ。
それはピエロでも見るかのような笑い方だ。
だが、ユウイチも同じ様に笑う。
「ああ、解っているさ。
世界の雑念から成る
それがお前だ」
目の前にあるのは世界の負の夢の塊。
世界中の悪夢の集合体である。
故に、それでしかない、とユウイチは言うのだ。
「では、身をもって知るがよい。
我が、モドキであるかどうか。
この魔王ガディムの力をもって」
ゴウッ!
魔王の手から闇の弾丸が放たれる。
ざっと見ただけでも大地を抉り、木々をなぎ倒し、人であるならばダース単位で消し去れる力を持っているだろう。
そんなものが、殆どなんの準備も無しに放たれた。
だが、それに対してユウイチ達は動かない。
ユウイチ達が行った行動は、ただジュンイチが言葉を紡ぐのみ。
「
ジュンイチの呼びかけに応えユウイチ達の前に現れたのは1枚の盾。
―――いや、違う。
元々合わさり、一枚になる盾だったものの中央に水晶球を嵌め込み、本来の姿となったもの。
それは、大きな外枠がついた水晶の鏡であった。
そして、さらにジュンイチはその名を呼ぼうとする。
それに与えた名を。
「
世界に『意味』が紡がれた。
だが、それに『名』は無い。
本来はありえない事である。
『意味』とは『名』が持つものであり、『意味』があり『名』が無い事などありえないのだ。
だが、それは、いまだ『名』が無くとも力を発揮した。
ガキィンッ! ィィィッ……
闇の弾丸は鏡に触れた瞬間、衝突音がする。
だが、それは直ぐに収まり。
そして、何も起こらなかった。
「ほぅ、面白いものを」
魔王は余裕の笑みを浮かべながら、興味深いとそれを見る。
是は、嘗て呼ばれた名を、『
それは、全ての攻撃を
こちらからは攻撃しない事を条件とした、攻撃という存在そのものを消滅させる究極の平和兵器だ。
これは固有名を呼んで始めて機能を発揮する。
だが、嘗て呼ばれていた名も今は失われている。
話では人の姓の様な名前であったとされている。
今はジュンイチがその概念を想いて仮の意味を呼んでいるだけに過ぎない。
されど、魔王の攻撃を無かった事にできる効果は発揮された。
「どうした? 力を見せてくれるのではないのか?」
ユウイチは笑う。
魔王を名乗りながら、アッサリ攻撃を無かった事にされた事を。
楽しそうに、心から愉快そうに。
「少々便利な道具を得たくらいで調子にのるでない!」
魔王の手から闇の壁が放たれた。
嘗てかの本物の魔王が使っていた技の変形。
ユウイチ達の前に立ちはだかった壁は、ユウイチ達を押し潰さんと迫ってくる。
それを構成する闇をもって。
一応にも魔王を名乗るもの故か、ジュンイチの護りの欠点に気付いている。
本来の力ならばいざ知らず、今のジュンイチの護りは盾の範囲でしかない。
つまりは、鏡の外枠をも越える大きさの攻撃は防ぎきれない。
こんな広範囲に効果を及ぼすような攻撃には使えないのだ。
だが、そんな攻撃に対してもユウイチ達は一切怯む事は無い。
この程度、予想の内。
むしろ、ある筈として予定していた事。
だから、ヒロユキが一歩前にでる。
そして、
「
キィンィ! カッ!
ヒロユキの手から放たれるのは黒い壁。
そして、それは魔王の放った闇の壁と衝突し、消滅する。
「むっ!」
それには顔を顰めた魔王。
変形させたとはいえ、嘗てかの魔王を魔王たらしめた技を、こうも簡単にコピーされて相殺されたのだ。
所詮モドキである魔王から余裕が薄れる。
「愚かだな、偽者。
ガディムを名乗っておいて、俺が何であるか解っていないのか?」
無表情で告げるは、嘗てかの魔王を滅ぼした勇者の1人、ヒロユキ フジタ。
相手の技をコピーし、その場で返してみせる真実の天才。
人は彼を『
「お前には今星の加護も、賢者の石も無い筈だ」
「それが? だからなんだというのだ? 偽者よ。
確かに今の俺には嘗て魔王を討つ為に貸し与えられていた力は無いし、マルチのコアも持っていない。
だが、だからなんだというのだ?
魔王でもないお前の劣化コピーの技ならば、そんなもの必要なく相殺できる。
それだけだ」
ヒロユキは無表情のまま言う。
あたかも、同質、同じ力の技をもって相殺したかの様に。
だが、実際は違う。
いかにヒロユキといえど、偽とは言え実際に魔王を名乗れそうな魔力を持つ者の攻撃と同じものを出せる筈は無い。
魔力も処理能力も、そしてそんなことをし続けられる程の魔力量も無いのだ。
ヒロユキの能力は相手の技を見てその場で己の物とし、その場で放つ事ができるというもの。
それをしてきているが故に誤解される事が多いが、ヒロユキの本当の能力はただ『本質を見抜き理解する』というもの。
故に、ヒロユキにはその技の弱点も同時に理解できる。
ならば、相手の技を崩すのに同じものを出す必要は無い。
その技を消し去る事に特化したものを出せばいいだけの話である。
更に、それにまるで同じものを出したかの様に外見にカモフラージュをかける。
そうする事で、同じ技を持って相殺されたと思わせれば、相手へのプレッシャーにもなる。
そして、例えそれがバレたとしても、技を無力化できることには変わりなく、何の問題にもならない。
「ふむ。
予想以上に楽しめそうだな。
だが、いつまで続く」
魔王が続けざまに放つのは、憎しみと怒りと、哀しみの具現たる力。
どれ一つをとっても、人を村単位で滅ぼせるだろう力を持っている。
「掃除が終るまでだ」
しかし、それを一つ一つ確実に相殺に見せかけて無力化するヒロユキ。
嘗ての魔王との戦いの際、ヒロユキは魔王の攻撃を無力化する役割を担っていた。
そして、その為に必要な魔力を補う為に賢者の石であるマルチのコアを持っていた。
だが、今マルチのコアはセリオの中にある。
ならば、どうしてヒロユキは偽者とはいえ魔王の攻撃を無力化し続けられるのか。
答えは簡単。
その代わりとして、大量の魔石を装備のいたるところに仕込んでいるからだ。
賢者の石の代わりとしては程遠いが、幸い換えの魔石は無尽蔵にある。
「さて、そろそろ本格的に掃除を始めるか」
ヒロユキと魔王が技の出し合いをしている中。
ユウイチは呟く様に宣言した。
そして、その声を合図とし動いた者達がいる。
「斬っ!」
「破っ!」
「サンダーストーム!」
「疾っ!」
「せっ!」
「ケルベロスファング!」
「燃えちゃえ!」
マイ、アキコ、サユリが。
アヤカ、セリオ、セリカが。
そして、サクラが。
それぞれ最大の攻撃手段を持って魔王の形をした闇を払う。
マイが持つのは、虹の欠片と太陽の石、月の石をもって作られた、通称『光の剣』。
その剣を持って示される『斬』の意思には光の力が篭り、全ての闇を切り裂く。
アキコが持つのはブリューナク・レプリカ。
『貫く』という意味を持つ神器のレプリカであり、その劣化能力を持つそれで放つ一撃は闇をも貫く。
サユリが持つのは光の祝福剣。
それを持って放たれた魔法には光の祝福が掛かり、サユリの雷撃魔法は闇を焼き払っていく。
アヤカのグローブや攻撃部位には光の魔石が仕込まれている。
それにより、アヤカの全ての打撃には光の属性が付与され、アヤカの打撃は全て闇を砕く一撃となる。
セリオの武器にも光の属性が付与されている。
更にマルチのコアたる賢者の石の効果により、それらを増幅し、雷を纏ったブレードに乗せて闇を叩き伏せる。
セリカが持つのは死神の血玉。
それを持って放たれる地獄の門番、ケルベロスの牙を具現する魔法は、全ての悪夢を噛み砕く力と成る。
そして、サクラの魔法は、言葉通りにその力を発揮する。
形としては炎であれ、その炎は闇を言葉通りに燃やし尽くす。
それら全てが、互いの攻撃を殺さぬ様、配置され、放たれ、直撃した。
ズドォォォォォォンッ!
光の直撃で爆発した様な音を立て、闇が浄化されていく。
そして、閃光が晴れた後には、体中が掛けた魔王が居た。
人の形という原型をギリギリ留めながらも、穴だらけ、凹みだらけだ。
だが、しかし。
ブワッ!
それは一瞬だった。
一瞬の内に、その傷全てが無かったかのように復元したのだ。
「ははははは。
痒い攻撃だ。
それで全力か? 我は世界の悪夢、世界の絶望。
この程度の攻撃では、七日七晩はかかりそうだな」
魔王は笑う。
ユウイチ達の非力さを。
最大の攻撃の直撃をもってしても、大海に角砂糖を落とすかの様な力の差を。
圧倒的な存在を此処に誇った。
「ほう、たった七日七晩で済むのか?
聖剣も持たぬ、勇者ですらない者達、たった7人の攻撃で。
思ったよりちゃっちぃな」
「全くだ。
大体、この程度で痒いか。
本物なら、痛くも痒くも無いだろうに」
「ああ、これなら楽勝だ」
ユウイチ達は笑っていた。
ユウイチは勿論、ヒロユキもジュンイチも余裕と言う名の悪役的な笑みだ。
今の攻防によって、勝利を一層強く確信したと。
所詮相手はゴミで出来た魔王であると、ここに笑う。
「あまり調子に乗るなよ、人間ども」
そして、本格的な戦闘が開始された。
魔王はその両腕を振り回し、闇を放ち、攻撃してくる。
それをユウイチ達は、無力化し、相殺し、隙を見て攻撃を繰り出す。
防御を担当するのはヒロユキとジュンイチの2人。
主に攻撃するのはアキコ、マイ、サユリ、アヤカ、セリオ、セリカの6名。
それらを補助するのはサクラとヨリコの役割だ。
そして、
「なるほど、小ささを生かした、小さい攻撃だ」
魔王は笑いながら言うが、その声に余裕は少ない。
戦闘開始から魔王の攻撃は一度も直撃していない。
強い攻撃は全てヒロユキとジュンイチによって無力化されるのは仕方ないが、両腕の攻撃まで掠りもしない。
せいぜい余波が少し当たるくらいである。
そして、ユウイチ達の攻撃は全て直撃していた。
まるで、相手の動きを完璧に予測しているとしか思えない程正確に。
誰かが指揮を執っているとしか思えないが、指揮を出しているような声も無ければサインを出している素振りもない。
では何故か。
「なるほど、キサマか!」
やっと気付いた魔王がユウイチと、その後ろにいるコトリを叩き潰さんと腕を振る。
ブウンッ!
その一撃は、大きさと質量から、人など一撃で跡形も無くなるだろう。
だが、そんなものを向けられていると言うのにユウイチは平然とそこに立っていた。
そして、
「破っ!」
「せっ!」
ドンッ!
その腕に、アキコとアヤカの攻撃が放たれる。
その攻撃は、腕を消し去る程ではない。
だが、軌道がずれた。
ズドンッ!
2人の攻撃によって軌道がずらされた攻撃は、ユウイチのすぐ隣に落ちて止まる。
そして、巨大な拳が落ちた真横で、ユウイチは笑っている。
コトリもなんの脅威も感じる事なく、ユウイチの背中で歌いつづけていた。
「遅すぎる」
全ての指揮をとるユウイチは魔王を見て、負ける気がしなかった。
ユウイチはこの戦闘において、己も小太刀で細かく攻撃しながら、全体の指揮を執っていた。
だが、声も上げずサインも出さずにどうやってだろうか。
それはコトリの力とその装備によるものだった。
コトリが着るドレスは、『心は繋がる』という願いの元にここに在るもの。
更にコトリの歌と特異テレパスをもって、この場に居る全員の心を繋げている。
それを使い、ユウイチは全員に指示を飛ばし、指揮していた。
ユウイチの持つ、経験による戦闘考察と予測能力を全員に与えているのだ。
故に、
「後ろ、危ないぞ?」
ズドォォォォォンッ!
ユウイチの言葉と同時に魔王の背に強大な魔法が直撃する。
サユリとセリカの魔法だ。
ユウイチが魔王に大きな隙ができるのを予測し、事前に準備を指示していた結果である。
魔王は気付いているだろうか。
コトリの歌の意味は、それだけに留まらない。
元よりコトリの歌は魔曲である。
そして、コトリが歌っているのは勝利を謡う行進曲だ。
この場に居る全ての味方は潜在能力を引き出され、集中力が切れる事はない。
更に、コトリが謡う歌は魔王にも影響を及ぼしている。
それは、自覚の無い動きの低速化と、消滅である。
心に響くコトリの歌は、相手に自覚を与える事無く、力を殺ぐ。
そして、相手が何をして悪夢となったかをコトリは理解できる。
その悪夢を覚ます力を歌に乗せ、悪夢そのものに刻んでいるのだ。
攻撃が直撃すると同時に、ユウイチはコトリを抱いてその場を離れる。
そして、横目で、仲間の回復状況も確認した。
最前線から引いたターンブレイカーを操るジュンイチの更に後ろ。
そこではネムが忙しく働いていた。
作戦会議が一通り終わった後。
1人手持ち無沙汰だったネム。
そこへユウイチとアキコが訪れた。
「あっ……」
ユウイチを見て、後ずさり、兄の姿を探すネム。
例え兄達が認めた人であっても、先日ユウイチにされた事はまだ恐怖として残っている。
どうしても、一般人でしかない少女には仕方なのない事であるが。
「ふむ、いい反応だ。
此処の連中こそ異常なのだと確認できて良い。
で、ジュンイチ達異常者と違う、一般人ネム アサクラ。
お前はどうする?」
「どうする、とは?」
怯えながらも、ユウイチの問いに問い返すネム。
それが何を意味しているのか。
まだネムには解らなかった。
「俺を見ただけで怯え逃げようとするお前が、一応にも魔王との戦いとなる場に参加できるとは思えんがな。
一応確認する。
お前はどうする?」
言葉をつなげ、再度問うユウイチ。
一般人のネムに対して。
決戦に参加するか、などという愚問をする。
「私は……」
ネムには何の力も無い。
回復魔法といっても、サユリやセリカ達に遠く及ばない。
医療技術というのならば、多少は対抗できるが、決戦の場でそんな事をする余裕があるだろうか。
だがそれでも、兄達の帰りを1人だけ屋敷で待つなど、耐えられる筈もない。
「ふむ。
では、問い方を変えよう。
ネム、お前はこれくらいできるか?」
ユウイチはそう言いながら己の腕を小太刀で斬る。
ザシュッ
音と共に、血が溢れ出そうとする。
だが、床に血が落ちるより早く、動くものがあった。
ヒュンッ
それは一瞬の出来事だった。
小太刀によって切り傷ができた腕に白い包帯が巻かれたのだ。
一分の歪みもなく。
その早業はアキコの手によるものであった。
「できるか? これくらい手早く治療ができるなら使ってやらんことも無い。
決戦の場では回復魔法を使う暇は無いからな。
更には回復魔法薬を飲んで回復を待っている余裕もないだろう。
だから、回復薬を染み込ませた包帯を巻くなどの処置をする事になる。
そして、その作業もコレくらいの速度で行わなければ意味が無い。
さあ、ネムよ、お前にコレができるか?」
ユウイチは、そう言ってネムに回復薬を染み込ませた包帯を投げ渡し、アキコを連れてその場を去った。
ただ呆然と立ち竦むだけのネムを置いて。
だが、次の日の早朝。
ユウイチは廊下でネムとすれ違った。
その一瞬。
ヒュンッ!
「包帯は常に清潔に」
それだけ言って、やはりユウイチが怖いのか、逃げる様に去ったネム。
その後には、昨日の包帯を解かれ新しい包帯が綺麗に巻きなおされたユウイチがいた。
「ほう」
その包帯を見て笑うユウイチ。
すれ違う時、ネムの両腕に包帯がまかれているのが見えた。
腕を痛めるほど練習をしたのだろう。
ユウイチは、決戦にネムを連れて行く事をジュンイチに進言した。
今ネムは全員の治療を行っている。
此処に居る全員である。
誰も直撃を受けたわけではないが、攻撃の余波などで、軽度の負傷をしている者は多い。
それを速いうちに回復しているのだ。
誰もが数秒離脱し、数秒で回復し、戦闘に復帰している。
だからこの人数と戦っている魔王は、まだ気付いていない様だ。
尤も、気付いたとしてもどうする事もできまいが。
コトリを抱えて移動していたユウイチは、一度ネムの傍まで飛ぶ。
そして、そこでコトリを下す。
コトリもそこから歩いて移動しながら歌う。
ユウイチはそのコトリを護れる範囲で移動し、指揮を執り、また隙を見て自らも攻撃に参加する。
例え、今この手には小太刀と魔導銃という攻撃手段しかなくとも。
「……」
タイミングを見計らい、移動を開始しようとするユウイチ。
だが、そこへ。
「10秒待って」
そう言って、ユウイチを引き止めたのはネム。
そして、返事も聞かずに治療を開始する。
ユウイチはただ、コトリをおろす為に、安全な場所であるここに着ただけであるのに。
ネムもそれは解っているだろうに。
「ほお、俺も治療してくれるのか?」
挑発するように問うユウイチ。
その実、ちょっと驚きながら喜んでいるのだがネムにはそこまでは解らないだろう。
「怪我人ですから」
それだけ言ってネムは治療に専念し、言った通りに10秒で応急処置を済ませる。
実戦での治療を経験したのは始めての筈だが、恐ろしい程の手際だ。
当初はアキコの一段下くらいを想定していたが、今ではアキコよりも手際がよいかもしれない。
それに、ユウイチをまだ恐れているだろうに。
それでも、『怪我人だから』と言う理由で治療には一切その恐怖は見せない。
「……昨晩の言葉、訂正しよう」
それを受け、ユウイチはそう言って一度ネムを真っ直ぐ見て言った。
「お前も、同じ異常者だ」
染み付いた行動として、邪悪な笑みを浮かべながらの台詞。
誤解の反発を生む言葉と表情だ。
「兄さんと同じなんですね。
それは嬉しいです」
だが、ネムは少しだけ笑って返す。
「ふっ」
それを見たユウイチはほんの一瞬だけ微笑み、再び戦いの中へと移動する。
「遅いです!」
セリオはその精密な攻撃と2つの賢者の石の力をもって高速移動を行い、魔王を翻弄する。
「斬ッ!」
マイの声と共に出現した、光という力を持った斬撃は、魔王を包囲し、切り裂く。
「ケルベロスファング!」
さらにその傷口を抉る為に出現した死を司る獣の牙。
「サンダーブレード!」
祝福された雷の剣は腕を切り裂き。
「破ッ!」
アキコの刺突は魔王の脇腹を消滅させ。
「倒っ!」
ズダンッ!!
アヤカは側頭部を全力で殴りつけ、バランスの崩れた魔王の身体を地に叩きつけた。
ユウイチの指揮の下、6人の連携によって地に伏せる事となった魔王。
傷は即座に回復されてしまうが、確かなダメージがそこにあり、そして何より抉るものがある。
「調子に乗るなと言っている!」
起き上がった魔王が放つのは怒りと憎しみの具現。
そして、同時に両腕を振り回す。
魔の力はユウイチが狙われ、腕の攻撃はアヤカが逃げ切れない。
だが、
「
「
カンッ!
キィィンッ!
魔の力はヒロユキに相殺され、腕の攻撃はジュンイチの鏡によって無効化される。
更に、この隙を狙っていたものがある。
「悪夢は覚める」
カッ!
世界に紡がれたサクラの魔法。
その願いは即座に叶えられ、魔王の身体が光に消えていく。
全ての悪夢の集合体であるこの魔王は悪夢が消える事で同時に消滅する。
だが、
ブワッ!
「無駄だ無駄だ」
消えかけた魔王もまた一瞬で元通りに戻ってしまう。
確かに全体量としては減っていても、ダメージとしては残らず、終わりは遥か彼方だ。
いかにユウイチ達の攻撃が全て直撃し、魔王の攻撃があたらないとはいっても。
今だ魔王が圧倒的に有利である事には変わりない。
しかし、それでもユウイチ達の士気は一切衰えない。
寧ろ上昇すらしている。
そう、誰もこの魔王を恐れる事はない。
「まだ勝てる気でいるのか。
ならば!」
ゴウッ!
魔王は周囲に展開していた闇を収束し始める。
己へと。
島を包む闇を全て己とし、更なる力で圧倒しようと言う考えだろう。
だが、そうさせる事こそユウイチ達の狙い。
元より、ヨリコがしようとしていたことだ。
尤も、ヨリコの制御力だけでは殆ど意味を成していなかったが、それを自らやらせた。
「いい事を教えてやろう。
今の時間は、封印結界を展開した日の夜から、二日後の朝だ」
ユウイチは狙って言う。
闇が収束し終わるのを。
この空間が外の世界と繋がる瞬間を狙ってだ。
カッ!
光が満ちた。
闇が満ちていたこの空間に。
太陽の光が。
「魔石を使って時間軸をずらす?
なんで?」
ユウイチの提案を不思議そうに聞き返すサクラ。
そうする意味がサッパリ解らないのだ。
「内部時間を外の3分の2にしたい。
ここにある魔石の量なら1割も使えば可能だろう」
時間軸の操作といえば、大魔法である。
その中でも、時間の流れを遅らせるというのは、一応可能であり、操作の中では比較的簡単なものだ。
されど、国単位の魔導師の儀式魔法でやっと実行可能なレベルである。
それを魔力量は魔石で足りるとはいえ、たった数人で行うなど無茶苦茶な提案と言っていい。
因みにだが、そんな魔法を使うのに、貯蔵1割で足りるというのは、この屋敷が異常だからである。
「内部経過時間を24時間以内に抑えたいのは解るけど。
その時間操作を結界に展開するのに半日かかるよ?
準備時間は変わらないと思うけど?」
相手は一応にも魔王。
完全に成るのは阻止すべきであり、掛けられる時間は24時間程度という計算が出ている。
それ以上相手に時間を与えてしまうと、不利になる要素が多くなると。
そして、既に魔王と呼べる力があるモノに対抗する為の準備。
それにはいくら時間があっても足りない。
「それを仕掛けるなら、いっそ攻撃系の結界組んだ方が良くないか?」
ヒロユキもユウイチの考えが解らなかった。
そんな複雑な事をするメリットが読めない。
「いや、攻撃結界など必要ない。
重要なのは、戦闘開始時刻を明後日の朝にする事だ」
そう言ってユウイチはこの案を引かなかった。
その後の追及にも『保険』とだけ答えて。
「そういえば、さっきスギナミ君を呼んでたよね。
何を調べてもらったの?」
「ん? ああ、気象予定と周辺諸国の情勢だよ」
「周辺諸国の情勢は、アレに関わるから解るけど、気象予定?」
「ああ、まあ気にしなくて良い、俺達にとっては重要ってだけだ」
協力体制である筈のなか、ユウイチはやはり全てを語る事はしない。
だが、それでもサクラ達は従った。
ユウイチの行動に無駄はないともう知っているのだから。
「時間をずらし、夜と昼の時間を逆転させたか。
だが、だからどうした?
こんな光で我が消えるとでも思ったか」
「まさか。
そこまで過小評価してないがね。
だが、お前はこの時間だから掃除できる」
不敵な笑みで魔王を見るユウイチ。
光の下でもその存在を揺るがさない強大な力の塊に向かって。
一切負ける気など感じさせない確固たる瞳で。
「ふむ。
確かにこれでは我を構成する『悪夢』の回収は難しい。
が、これならどうだ?」
ブワッ!
不気味な笑みを見せた魔王は、その口から大量の黒い花びらを吐き出す。
それは、ヨリコが乗っ取ったこの島の風の結界を突破し外に出てしまう。
そして、黒い花びらは幾つかの形をとる。
闇の具現として、悪夢を回収する為に相応しい形を。
人々が悪魔と呼ぶ姿を。
今からでは、サクラ達の魔法も組む時間の間に射程外に出てしまう。
飛んで追いかけることは現状不可能だ。
「昼だろうと関係は無い。
我らは自ら悪夢を作り出そう」
魔王は笑う。
これから世界で巻き起こる悲劇を。
己そのものである悪夢が生み出されていくことを想って。
「おやおや、自らを構成する悪夢が減ったから補給か。
雑念の魔王らしいな。
まるでちっぽけな人間と同じ考えだ」
ユウイチは笑う。
魔王と名乗るものの小ささを。
所詮その程度だと笑うのだ。
「悪夢を振り撒くのも、お前達を倒すのもただ同時に行うだけの話だ。
それとも、怖いか? お前の知る世界が破壊されるのが」
笑うユウイチを、強がりだと笑う魔王。
ヒロユキ達も素振りでは見せなくとも、コトリにより繋がった心で問う。
『追い込みすぎたのではないか?』と。
外に害を出す訳にはいかないのだ。
それなのに、失敗したのではないか。
だが、ユウイチは笑っている。
強がりでも、演技でもなく。
ただ純粋に。
「問題ない。
俺はここにいても、外で悪夢が生まれる事は無い。
俺は1人ではないからな」
ユウイチの嘲笑は何時の間にか微笑みへと変わる。
それは、ユウイチが誇るもの。
それは、ユウイチが最も信頼するもの。
「そう。
俺には友がいる」
胸を張って告げ、視線を向ける先。
そこに、一つの光が見えた。
グオォォォォォォォッ!
遠くから聞こえる雄叫びと共に黒い光が来る。
そして、その黒い光は魔王の吐き出した闇を消し去った。
ハツネ島の北北東2500m、上空200m。
そこを飛ぶ巨大な黒い影があった。
その姿は絞り込まれた肉体を持った竜。
闇色の鱗を纏い、深い蒼の瞳で世界を見渡すダークドラゴン。
名をシグルド。
「やってるわね〜」
「計算通りの到着ですね」
そして、その背に乗る2人の少女。
カオリ ミサカとミシオ アマノである。
「その様だな。
そして、仕事はこれか」
シグルドが飛ぶ前方に魔王から射出された闇。
そして、形を成す悪魔達。
「今度は私も雑魚退治か。
まあ、こっちに出たのはあんな出来損ないじゃないみたいだし。
ユウイチがいるんじゃいく必要もないか」
「何せあちらとは違い、こちらはそうなる理由も、土台もありますしね。
アキコさん達も一緒ですし、何も問題ないでしょう」
「ああ、では、我々は我々の仕事をするとしよう」
ゴゥッ ドォォォォォォンッ!
シグルドの口から放たれる特大の火闇弾。
それは、魔王が吐き出した闇を更なる闇の炎で焼き尽くしていく。
「仕事ってもね〜。
ミシオはいいだろうけど、私はキツイわね。
……まあ、でも、なんか数えて貰えなかった気もするし。
ちょっと意思表示がてら行こうかしらねっ!」
溜息を吐きながら跳ぶカオリ。
接近中の悪魔に向かって。
そして、
「落ちろっ!」
ドゥンッ!
その悪魔を着地地点とし、更に踏み砕く。
更には、その勢いを使ってもう一度跳び、次の悪魔へと向かう。
それを5体程続け、シグルドの背に戻るカオリ。
「ん〜、効果薄いわね。
一応装備はちゃんとしてきてるけど」
カオリに踏み砕かれた筈の悪魔達は、今徐々に元の形に戻りつつある。
闇によって構成され、形をとっているだけなので、打撃系は効果は薄い。
それでも踏み砕けるのは、カオリも今島で戦っているアヤカ達同様の装備をしているからである。
尤も、ちゃんとした体勢で打った一撃ならば、完全に砕き、消滅させられるだろう。
ここは空。
足場のない、本来人が在れない場所。
先の様な行為、カオリとシグルドだからできる芸当だ。
だが効果は無い様なので、これ以上こんな危険行為を続けるメリットはなさそうである。
「私の攻撃も効果薄いですね。
相手が闇ではマコトの幻術や炎もダメでしょうし。
こうなる事が解っていて数えてもらえなかったのでしょうかね」
一応10体ほど矢で射抜き、効果が薄い事を確かめるミシオ。
高速で移動するシグルドの背からの狙撃を中てるだけでも十分なのだが、成果を上げられず小さく溜息を吐いて、少し落ち込む。
「声など届かなかった筈だがな。
だが、我が友は単に我等を纏めて『友』と呼んだだけだと思うが」
自分は俗称『友情通信』があるが、それにも似た直感を働かせる少女達に半分呆れ、半分感心するシグルド。
2人の攻撃は効果が薄く、シグルドの攻撃にも限度がある。
それなのに、3人は慌てる様子は無い。
「まあ、いいけど。
さて、じゃあ仕方ないから任せちゃっていいかしら?」
「そうですね。
あまりやりたくありませんが、空中ではどうしようもないでしょう」
本来この3人ならば、例え意志を持った闇が相手であれ、遅れをとることは無い。
だが、ここは空中。
足場が無くては挌闘系のみのカオリは戦闘不能に近く。
ミシオも弓の命中も不安定な足場で下がり、陣やトラップも張れないから攻撃力は大幅に落ちている。
そして、シグルドは2人の足場にならなくてはならないのだから、殆ど戦えない。
もし、2人が乗っているのが背ではなく頭部ならば、掴まる事ができる角などもありシグルドは戦える。
だが、そこはこの世界でただ1人の為の指定席。
例えどんな事態であれ、そこに他の者を乗せる事は無い。
ミシオ達を地上に下せばいいのだが、そうしている間に逃げ切られる可能性もなきにしもあらず。
それに、そんな隙を作るわけにもいかない。
だから、とる手段は一つ。
「いくわよ」
「うむ」
宣言と同時にカオリとミシオは跳ぶ。
更に、その2人を追う様にシグルドの首が動き。
そして、シグルドは2人を丸呑みにした。
ドクンッ!
2人を飲み込む音すら消し、響いたのは鼓動の音。
更に、飲み込むと同時に、シグルドの身体が輝く。
「グオオオオオオオオオオオオオッ!!」
雄叫びを上げるドラゴン。
その声は大地を揺るがし、空を震わす。
そして、光が消えた先に居たのは。
拳を握った炎の様に紅いドラゴンだった。
変身―――というと少し違うのだが、それを済ませたシグルド。
その前に現れたのは、巨大な闇の塊。
それは、嘗て魔王と呼ばれた者の姿を模して、ドラゴンに襲いかかってきた。
「取込んでくれる」
空で戦いを始めたドラゴンと魔王の分体。
ここの25%もの闇を使って作った分体である。
闇の炎と殴るしか能力がないドラゴンで殺しきれる存在ではない。
いかにドラゴンと言えどもだ。
常識から、魔王はそう考えているだろう。
「さて、お前達もそろそろ……
むっ!」
意識をここでの戦闘に戻した魔王。
だが、そこで気付いた。
今魔王を攻撃しているメンバーが少ない。
いや、よく見ればジュンイチやヒロユキ、ユウイチの姿も無い事に。
「うむ、やはりアキコの卵焼きは最高だな」
「お嬢も弁当作るの上手くなったよな〜。
うん、んまい」
「ああ、飯が美味いって最高だね」
「ネムちゃんは料理できないんだっけ?」
「はい、ユウイチさんお茶」
「お、悪いなコトリ」
「む……
コトリ、俺にも茶くれないか?」
「あ、俺にも頼む」
「はいはい」
戦場の脇、宵闇のマントというサクラとネムが使っていた姿を消すマントをカーテンの様にして仕切りとして使う。
その影でのんびり弁当を広げているユウイチ、アキコ、ヒロユキ、ジュンイチ、サクラ、コトリ。
今だに魔王との戦闘が継続中だというのに、まるで遠足の様な雰囲気だ。
が、そこに何かが飛んで来る気配があった。
ドゴォォォンッ!
飛んできたのは魔王の拳。
場は一瞬で砕け散り、跡形も無い。
だが、ユウイチ達は直前で退避していた。
「キサマ等、フザケルのも大概にしてもらおうか!」
怒りを顕にする魔王。
それも当然。
そうする様に仕向けたのだから。
わざわざ見つかる様に弁当を広げて、声を上げて和気藹々と食べていた。
「ふむ。
やはり米には緑茶だな」
退避の際コトリを抱きかかえ、今も抱いたまま、水筒のコップで悠長に茶を飲むユウイチ。
更に、飲み終えたコップを水筒を持ったままだったコトリに渡す。
コトリは笑顔で受け取って、水筒をしまった。
そんな、あまりに場違いな程のんびりとした行動。
そして、ゆっくりと怒れる魔王を見上げて告げる。
「さて、七日七晩戦おうか」
今のはわざと見せた。
だが、この人数ならば、入れ替えながら戦える。
常に補給を行いながら戦えるのだから、七日七晩戦いつづけられる。
そう笑い、宣言する。
その宣言により、怒りに身を震わせる魔王。
だが、その震えは直ぐに止まる。
そして、まっすぐユウイチ、ヒロユキ、ジュンイチを見て告げた。
「認めよう、貴様等は屠るべき敵だ」
ブワンッ!!
魔王の言葉と同時に、魔王を中心に闇が展開した。
そして、それはユウイチとヒロユキとジュンイチだけを取込み。
ドーム状の隔離結界となった。
闇の世界に取込まれたユウイチ、ヒロユキ、ジュンイチ。
ユウイチ達は、たった3人で戦っていた。
半径30m程の狭い空間で巨大な魔王に閉じ込められ、尚、戦う。
「
バシュンッ!
魔王の拳に対して発動される蒼の晶鏡。
攻撃が無かった事にされる影で、ヒロユキが動く。
ザッ!
「砕っ!」
ズダァァァンッ!!
全身を魔力で護りながらの『砕』。
魔力を纏う事で、相手へ発動のタイミングが知られてしまう。
だが、そんな事は関係の無い状況にして打てば良い。
この相手は、回避の手段を持っていないのだから。
そして、自身の護りを固めた所で、この一撃は威力は落ちない。
一撃にして、魔王の腹に穴を開ける。
「そら、どうしたっ!」
ズダンッ!
何時の間にか魔王の肩に乗っていたユウイチが、魔王の顔を足蹴にする。
「フンッ!」
ブンッ!
だが、さしたる力の無いユウイチの蹴りはすぐに魔王によって押し戻される。
しかし、ユウイチの足が外れ、戻った視界にはヒロユキがいる。
「せっ!」
ドゴンッ!
魔王自身の動きも合わせ、顎を砕くヒロユキの蹴り。
だが、闇の塊である魔王はそれくらいでは止まらない。
「それだけか!」
ブンッ!
まだ空中にいるヒロユキに迫る拳。
もし当たったならばヒロユキといえど、原型を留めるのがやっとというところだろう。
当たったならば。
「
バシュンッ!
再び展開される蒼の晶鏡。
魔王の拳は止まり、ヒロユキは更に一撃魔王の顔蹴りを入れながら後退する。
「それだけかと聞いている!」
ブンッ!
やはりダメージにはならず、もう一方の拳がヒロユキに向かう。
現在、蒼の晶鏡は起動中。
同時に2つの攻撃は護れない。
だが、そこに、
「ヒロユキばかり見てるなよ」
ブワンッ! ドウゥンンッ!!
魔王の足元に魔方陣が光る。
ユウイチが移動するたびに仕込んでいたものだ。
そこから光が放出され、魔王を光によって焼き払う。
ブンッ!
だが、拳は止まらない。
それどころか、ユウイチに向けても拳が向かう。
先にヒロユキにしかけていた拳が狙いを変える事で蒼の晶鏡から開放されたのだ。
同時に2つの攻撃が2人の人物へ。
ジュンイチは片方しか護れない。
しかし、
「……」
ジュンイチはその様子をただ見ているだけ。
迷う素振りすらみせず、何もしない。
勿論、見捨てた訳ではない。
ただ、必要が無いからだ。
「よっと」
タンッ
迫る拳を回転して受け流しながら、その腕に乗るヒロユキ。
「ほっと」
フッ
友の翼のマントで絡め取る様に躱し、懐へと迫るユウイチ。
両者とも、今の攻撃ならば自力で回避可能である。
だから、護る必要など無い。
それだけだった。
更に、2人は魔王へと迫る。
今の魔王はこの結界を維持する為に力の大部分を使ってしまっている。
且つ、この狭さ故に腕による物理攻撃以外は殆ど攻撃手段を持っていない。
だから懐に入ってしまえば、ユウイチ達が有利。
「ならばっ!」
ブワッ!
口から黒い花びらを吐き出し、ヒロユキとユウイチに向け、更に自らを包む様に展開した。
その花びらは呪いであり、且つ相手の悪夢を吸い出すものである。
相手を殺しながら、己を回復、強化する攻防一体の攻撃。
「
バシュンッ!
蒼の晶鏡が展開された。
ヒロユキの前、魔王の眼前に。
だが、それではヒロユキの前だけしか護れず、周囲に展開した花びらをどける事は出来ない。
ドゥンッ!
その時、魔王の下から、魔王の顔を掠める様に光が貫いた。
ユウイチの魔導銃である。
光の一撃は花びらを焼き払い、ただ一線だけ魔王への道を作った。
そこへ、
「砕っ!」
ズダンッ!
上の穴からヒロユキの拳が魔王を打つ。
蒼の晶鏡を踏み台にして、ユウイチが作った道からの一撃だ。
「オオオオオオオオオオオッ!!」
ドウンッ!
魔王が吼える。
半ば失った顔のまま。
その咆哮は衝撃はとなり、ヒロユキとユウイチを吹き飛ばした。
尤も、2人とも受身をとりダメージはない。
ユウイチ達は吹き飛ばされるのを利用して、一度距離を取りつつ合流した。
そして、集まった3人は魔王を見上げる。
全く揺るがない瞳で。
「何故だ! 補給は絶ち、たった3人だけになり。
この狭い結界の中我と戦わなくてはならぬというのに、何故そんな目が出来る!
何故、聖剣も無いのに我に敵うとまだ思えるのだ!
何故、先日まで殺しあっていた者同士が、あの小娘の支援なしに完璧な連携ができる!」
魔王が展開したこの空間は、嘗て本物の魔王が勇者達に使った物と同じものだ。
それぞれの繋がり在る者達のリーダーだけを取込み、対決する為に作ったもの。
結界を張った者以外、結界を解く方法が無い、どちらかが倒れるまで外と隔離される戦闘結界。
それを今、各チームのリーダーだけを取込み、倒し、他のメンバーを絶望させる為に使っている。
確かに本物と違い、この結界を形成するのに魔王は力を使い、狭さ故に大きな力も使えない。
だが、魔王は魔王であり、人間との力の差はいまだ絶大だ。
このまま、相手の攻撃をただ受けるだけでも七日七晩経ったところで消える事はない。
外ならば、補給もある程度できるだろうが、ここではそれは出来ない。
事実上、七日間すら戦い続ける事は不可能だ。
それはユウイチ達も理解している。
だが、これはユウイチ達が望んだ展開だ。
嘗てのあの魔王の偽者であるならば、これを使ってくると。
そう思って使わせた。
勝つために必要な事として―――
そして、最後の魔王の問い。
それはユウイチ達にとって、いたって簡単な問いである。
「殺し合っていたからこそ。
何が出来、何が出来ないか解りきっている」
「たった3人だ。
互いが何処にいるかなど、解らない訳が無い」
「アキコ達を含んだ大人数ならいざしらず、たった3人だ。
それならば、各々の判断でそれぞれをフォローできる。
ただ、それだけだ」
何の迷いも無いユウイチ、ヒロユキ、ジュンイチ。
そして、再び動き出す。
目の前の相手を倒す為に。
「どのみち、我は倒せん!」
魔王は叫び、拳を振るう。
そう、例えユウイチ達が如何なる連携をもっていようとも。
今のままのユウイチ達の攻撃力では魔王を滅ぼす事はできない。
今のままの攻撃力では。
「倒せない? それはどうかな。
お前は一つ失念しているな。
お前がアイツからコピーしたこの結界の力を」
この結界は戦闘結界。
相手を取込み戦う結界である。
その為、相手を拘束するという意味よりも、より互いに戦いを楽しむ為の結界である。
かの魔王というのは、そう言う部分を含む魔王であった。
各リーダークラスだけを取り込んだのは、強いものだけを選りすぐったという意味だったのだ。
故に、この結界の中は戦闘しやすい環境になっている。
所詮コピーであり、その効果は弱いが、確かにある。
それは、『全てが力となる』という魔法。
原初の魔法の亜種的な力によって構成された戦闘の為だけの能力。
それが何を意味するか。
そして、今のユウイチ達は何であるか。
「解らないのか、魔王。
では、勇者に代わって教えてやるよ!」
そう言ったのはジュンイチだった。
護り手であり、先まで後方に立っていた筈のジュンイチが、今は魔王の足元にいた。
ヒロユキとユウイチしか追っていなかった魔王は、その対処に遅れる。
その間に、ジュンイチは魔王に手をかざす。
ジュンイチは、持っている武装、蒼の晶鏡の使用条件として攻撃手段を持たない。
自ら攻撃する事は勿論、アイテムによる攻撃も許されない。
だから、ジュンイチがこれから行うのは『攻撃』では在り得ない。
故に、ジュンイチが行うのは、ただ一つの宣言。
それは―――
「
―――是即ち、無敵の勇気」
ズバァァァァンッ!!!
それはただの言葉。
だが幾多の意味をもった言葉だ。
ただ一言に内包されるのは今までジュンイチが経験し、学び、考えた結果。
ジュンイチだけが行き着いた、ジュンイチだけの『勇気』の答え。
「グオオオオオオオオオッ!!」
魔王が悲鳴の様な咆哮を上げる。
ジュンイチの言葉がその身を砕き、更には毒の如く体中を駆け巡って砕いていく様であった。
ジュンイチが手をかざした場所を中心に半身が抉れ消え、全身にヒビが入る。
先までのアキコ達の単独攻撃のどれよりも確実に効いた攻撃となった。
だが、それは『攻撃』ではない。
ただの言葉。
言うなれば『説教』だ。
今、ジュンイチは何であるか。
戦闘開始前にサクラの魔法によって成っているそれは何だったか。
そう、今ジュンイチは『勇気を持って進む者』であり、『無敵の勇気』を具現した存在。
サクラの魔法は確かに『幻想を具現化する』というものだ。
だが、形ないものを、何も無い場所に具現する事はサクラだけの力でも、ジュンイチの援護、島の支援があってもまだ出来ない。
だから、3人が必要だったのだ。
かの3つの高貴なる幻想を有する3人の存在。
それを核として具現した。
つまりは、ジュンイチは元々『勇気』の持ち主であり、ここに具現している。
だから、その力はジュンイチに在りて、ジュンイチそのもの。
故に、この空間であるならば、それはジュンイチの力となりて、ここにそれを示す。
そして、示された『勇気』は悪夢で構成された魔王にとっては反物質と言っていい。
悪夢の集合体に『勇気』を示し、悪夢を一つ一つ覚ます。
それは存在を否定する様な無理やりなものではなく、説得による浄化に等しい。
それ故に、これは『攻撃』とされないにも関わらず、これほどの威力をここに誇る。
「オノレェッ!」
ブワンッ!
また一瞬にして元の姿に戻る魔王。
だが、まだ完全に戻りきれていない。
ジュンイチの攻撃は、魔王の再構築をも弱めていた。
そこへ、ヒロユキが正面に立ち、手をかざした。
そして、宣言する。
「
―――是即ち、果て無き希望」
ズバァァァァァァァンッ!!!
ヒロユキが示すは『希望』。
魔王を倒し、世界に希望を示した事の在る、強大な説得力を持った『希望』
それが魔王の身体を砕いていく。
「ガァァァァァッ!!」
腹部が大きく抉れ、最早脇腹にあたる部分だけで頭を支えている様な状態となる魔王。
それ程にまで強力な一撃となり、希望は示された。
(この場合の威力の大きさって、やっぱ想いの力の差だよな……
流石に勇者にゃ勝てないか)
ヒロユキの背中を見ながら、ジュンイチはふと考える。
ヒロユキとジュンイチの攻撃のダメージの比は、その抉った大きさから考えてざっと1.5倍はある。
この空間で、先の攻撃によるダメージの比は、つまりヒロユキの『希望』とジュンイチの『勇気』の差に等しい。
だから、つまりは、
「まあ、気にすんな」
ジュンイチの視線に気付いたヒロユキは、軽く笑みを浮かべながら言う。
流石に、生きてきた時間の濃さの差はある。
ジュンイチは夢を使い、擬似経験を積んできたが、ヒロユキのは実経験だ。
だからその差だと、ヒロユキは言いたい。
だがそう伝わる前に、ユウイチが動いていた。
ユウイチは跳び、再構築がやっと完了という魔王の頭に手を置く。
そして、ヒロユキ達同様にここに宣言するのだ。
「
―――是即ち、永遠の愛」
カッ!
ユウイチの宣言によって起きたのは、最早抉るような現象ではなかった。
それは閃光となり、魔王を包む。
そして、残ったのは地面と魔王の付け根のみであった。
「うわ……」
それを見たヒロユキは、ジュンイチに何か言おうとしたのを止め。
もう、呆れるしかなかった。
同時に、清々しいほど自分は未熟だと思えてくる。
「……」
その威力の差、つまるところ、ユウイチの『愛』の強さに、もう何もいえないジュンイチ。
流石にこんなものを見せ付けられては多少はあった自信も崩壊しようというもの。
だが、ユウイチは、そんな2人の前に来て言う。
「何を呆けている。
この威力の差は外界を見てきた経験に比例するものだ。
つまりは、お前達が自分の答えがどれ程世界に通用するかという自信だな。
もっと自信を持てよ。
お前達の答えはお前達だけのものだが、十分、この世界の理に近づいている」
2人と合流したユウイチはそう言って魔王を見る。
例えここにある全身を砕こうとも、悪夢ある限り魔王はここに復元する。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
そして、数秒後、完全に復元する魔王。
まだ足りなかった。
この力をもってしても、まだ。
相手は世界の悪夢の集合体である。
例え3人の『勇気』と『希望』と『愛』をもってしても、一度の説得で全てを消し去る事はできない。
ならば、どうするか。
「オノレェェェェッ!
もうよい! この空間ごと消え去るがよいっ!」
だが、魔王が動いた。
その手に力を集中させる。
自身へのダメージも厭わず、ユウイチ達を消し去る為に。
今此処にある悪夢を全ての絶望とし。
ユウイチ達の3つの幻想を滅さんとする。
この攻撃はその範囲、威力からヒロユキによる相殺も、ジュンイチによる護りも、その限度を超えている。
受けてしまったならば、ユウイチ達に生き残る術は無いだろう。
だが、ユウイチ達は3人並び、魔王と対峙する。
そう、それならば、撃ち合えば良い。
相手が絶望であるならば、こちらは己の全て想いを持って。
「我等は夢を見る」
ただ静かにユウイチは世界に語る。
一片の言葉にその想い、天に輝く星の数程の意味を宿して。
「過去の全てを礎とし」
瞳を閉じ、遠く過ぎ去りし時を呼び覚ます。
「今の全てを道とし」
ジュンイチは力強くここに紡ぐ。
今ある全てを受け入れて。
「まだ見ぬ未来を追いつづける」
ヒロユキは全ての先はここから在ると歌う。
見えぬから、解らぬからこその希望であると。
「あの日の約束は己となり」
ユウイチは右手を前にかざす。
「あの日の思い出は鎧となり」
その手にジュンイチは右手を重ね。
「あの日の誓いは剣となる」
最後にヒロユキも手を重ねた。
「「「過ちすらも踏み越え、悉く前へ進む者」」」
ここの島に至り、幾度のすれ違い、幾度の衝突したことか。
だが、今ここで、3人の手と声が。
そして、何より意思が重なった。
「消えるがよい!
この世界の全ての夢と共に!」
魔王の力が具現する。
全ての悪夢を力とした、絶望の力が。
夢を失った者が奏でる悲しい暴力が。
その力を見つめ、3人は最後に告げた。
己の在り方―――いや、人の在り方、その一つの答えを。
「我等は、夢を追うもの也」
カッ!
その瞬間、この空間に光と闇が満ち溢れた。