「消えるがよい!
この世界の全ての夢と共に!」
魔王が放つのは、幾万の悪夢の源にして、この世全ての絶望とも言える力。
禍々しき黒の光を放つ巨大な闇球。
「我等は、夢を追うもの也」
対し、ユウイチ、ヒロユキ、ジュンイチが告げるのは、人の在り方、その一つの答え。
その言葉は輝きとなりて、闇を照らし出す。
カッ!
その2つが衝突した瞬間。
魔王と3人の居た空間に光と闇が満ちる。
そして、その2の輝きは、更に膨れ上がり、
パキッ! ギギギギギッ!!
結界が、この空間が軋みを上げる。
戦闘に決着がつくまで、決して破れる事が無い筈のこの結果が。
不完全な意思の元に作成されたが故に、大きな意思の力の衝突による力に耐えられず。
パキィィィンッ!
崩れた。
それは、まるで硝子を割るような音をもって。
戦闘の為の世界は崩れ去り、元居た場所と接続される。
ァァァ―――
歌の様な音が響き、戻った世界。
そして、光により奪われた視界が戻ると、そこには桜色の世界が広がっていた。
周囲を見渡せば、隔離結界に入る前とはまるで別空間かの様な光景がそこにある。
そう、淡いピンク色の桜の花びらが舞う美しきハツネ島。
戻ってきた場所は、その中心である。
結界を構築する前。
それは僅か数十分ほど前には、確かに禍々しい黒の桜しかなかった此処に、正常な、美しき桜が戻っていた。
だが、それは不思議な事ではない。
言うなれば当然の光景なのだ。
何故なら、ここは―――
夢の集まる場所で
最終話 夢の集う場所
「バカなっ! 何故我が端末達が!?」
中枢にして本体たる自分を差し置き、全て正常化された世界。
在り得ない筈だった。
完全に闇に染め上げ、黒き桜として完成していた筈のこの森の木々。
それが元に戻るなど。
だが、そう思っていたのは魔王だけ。
単に本来の機能、『夢』の収集という役割の頭に、『悪』の一文字がついたに過ぎない。
だから、簡単とはいかなくとも可能であった。
中枢さえなければ、この森全体を掃除する事など。
「我が端末?
まさか、ボクの桜達の事を言っているんじゃないよね?
この、ボクの島で」
通常空間に戻った魔王を出迎えたのは、サクラを始めとする9人の女性達。
そう、ユウイチ、ヒロユキ、ジュンイチの3人だけを結界に取込んだ事で、完全にフリーになっていた者達だ。
本来の所有者であるサクラを始め、そのサポーターであるヨリコ、超一流と一流の魔導師揃いの9人。
強く、気高く、美しい9人もの戦姫達。
「さて、問題です。
この桜達は本来何をするもので。
中枢機関は何をする為の機構が備わっていたでしょう〜」
サクラは楽しげに問う。
ここの桜達は元々、全世界に花びらを散らし、触れた人が見る夢を収集するものである。
そして、今魔王が存在するそこは、中央処理装置。
その役割は、全ての桜が集めた夢を処理する為に、流れてきた先から受け取るという機構がある。
「まさか! いや、そんな筈は無い!
結界を構築し、今まで30分も無かったのだぞ!」
僅かな時間だった。
結界を破壊する事になるまでは。
たったそれだけの時間で、ここの桜達を正常化しただけでもとんでもない事であるのに。
更に夢を収集し終えているだのと、在り得ない話だ。
「あらあら。
ユウイチさん言いましたよね? 今日はこの森を封印してから2日後の朝だと。
つまり、どう言う結界が既に用意されていたか、解らないのですか?
察しの悪い誰かの為に教えてあげますが、今はあの夜から2日後の昼です」
「そして、この島の風は、本来なんであるか。
中枢を乗っ取った貴方は知らない筈ありませんよね」
アキコが告げる事実。
ヨリコが確認する機能。
この森全体には時間軸をずらす魔方陣が既に組まれている。
だからその範囲を限定し、再起動するなど容易い。
ヨシノの屋敷にある魔石をつぎ込み、魔王が張った結界内の時間の流れを遅らせた。
内部では約30分だったのをほぼ倍にまで伸ばしたのだ。
そして、ユウイチ達がこの島にきた時に確認した風の結界を使った。
外部からの侵入拒絶と、内部の黒い花びらを外に出さない為に利用していたもの。
それはサクラとヨリコに制御可能な結界であったが、本来あるものの流れを変えて利用しただけに過ぎない。
本来この島は一年を通して強い風が吹く島であった。
生命が住む事が出来ないほどに。
この島は、ほぼ全世界の風の通り道の様な場所だったのだ。
つまり、この島の風に乗れば、花びらは全世界へと飛び行く。
サクラとヨリコはそれを少し強化して、僅かな時間で花びらを全世界に飛ばした。
ユウイチ達が作ったこの時間を利用して。
そう、全てはこの為。
過剰な挑発をしたり、戦闘開始時間をシグルドの到着時間に合わせたのも。
このままならば、魔王を倒せてしまうと大きく主張したのも。
全て、嘗て本物の魔王を模そうとしているこの魔王ならば、あの結界を展開するから。
だから、それを展開させる為の行動。
そして、その時間を利用して、島の機能を正常化する。
全ては、その為の行動だ。
「だが、それだけでは夢の収集は出来ぬ筈!」
既に桜は展開済みというのは受け入れる。
だが、それだけでは『夢』は集まらない。
そもそも、『夢』という小さな光は世界を巡っても一度に集められる量など高が知れている。
一つ一つが小さい上に、今回つかえるような、輝きを持った『夢』を見ている人がこの短時間で何人いたか。
今この世界は戦後の国が多く、殆どの国がハッピーエンドの様に戦争が終わってはいた。
それにより、希望を持っている人は多いとはいえ、逆に傷を持った人も多いのだから。
普通に考えれば、悪夢の魔王を消せる程の夢がこの短時間で集まる事は在り得ない。
そのそも、この中枢区画に一杯の夢が集まるのには膨大な時間が必要となる。
だからこそ、この島の施設は何代にも渡って受け継がれているのだから。
「そうだね。
本来なら在り得ないよ。
この数分で夢を集めるなんて。
でもね、この瞬間、夢を思い浮かべる切っ掛けが世界中に同時に起きたとしたら?」
「……まさか!」
魔王も気付く。
居るのだ、今この島には。
ただ声を届けるだけで、聞いた人の心を引き出す事が可能なものが。
魔曲としてではなくとも、ただ歌えば人々に希望を想い描かせる事ができる歌手が。
そう―――
あの日見た夢を覚えていますか
例え朝日が昇ろうとも、忘れられなかった夢を
もし忘れてしまったのなら、思い出して
もし心に閉まってしまったのなら、心の扉を開けて
もし崩れてしまったのなら、今繋ぎ合わせましょう
叶わないと知っていても、過ぎたものになってしまっていても
夢は想いつづければ、どんなに時が過ぎようとも輝くから
だから、持っていて、貴方だけのあの日の夢を
それはきっと貴方の力になる
コトリが紡いだ単純な呼びかけの詩。
それは歌としてこの島のシステムを利用して風に乗る。
耳で聞こえなくとも、確かに世界中の人に届く。
そして、これは同時に詠唱として、世界へ呼びかけ、この島のシステムを活性化する。
ァァァァ―――
効果は既に出ていた。
まるで歌う様に輝く森の桜達。
再起動から僅か十数分で、森の桜全てに輝ける夢が満ちていた。
「回路閉鎖!」
それを見て、魔王は即座に端末との回線を遮断する。
その反応をなんと言うか、自覚は無いだろう。
人はそれを『恐怖』と呼ぶ。
だが、その行動に意味は無い。
何故なら、既にここのシステムは全て、侵食された場所も含めて取り返しているのだから。
「全回路開放します」
ガチンッ!
まるで撃鉄が降りる様な音と共に、離れる事など在り得ぬ回路が全て開放された。
ヨリコの指示通りに。
そして、
「全ての夢よ」
サクラの操作の下、夢達は桜の木々が当然の事として持っている機能通りに、中枢へと流される。
ァァァァァ―――
それは歌の津波の様に。
大地を下を通りて、魔王へと注がれる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ジュバッ!
ババババババンッ!!
回路から魔王へと流れる夢。
それは愛、勇気、希望といったものと比べれば儚い輝きの力。
されど、もとよりこの魔王は悪夢の具現であるが故に、それこそ反物質の様に触れた先から対消滅を起こす。
「オノレェェェッ!! だが、まだだ!
聖剣も持たぬ人間に、この魔王ガディムがっ!」
エネルギーとして確保していた悪夢の大半を失うも、まだ消滅には遠く及ばない。
この数年の世界の悪夢に対しては、今この世界人口全ての夢を持っても相殺しきる事は出来ない。
だが、僅か一時間少々の時間で既に半分以上のエネルギーを失っている。
そして、桜達が正常化されてしまっては、新たなエネルギーも確保するのは難しい。
故に、魔王は先に供給を回復させる事にした。
「例え正常化されても、黒く染めるのは容易い。
取り返してくれる」
バッ!
魔王は両手を上げて、指示を出す。
戦闘結界を作る前に分離した、己の分体に。
アレから1時間が経過していると言うのなら、既に相手を取込み、強くなっているだろう悪夢の塊に。
この島の桜を喰らえと命じる。
だが、
「……な」
何も起きなかった。
己自身とも言っていい分体への指示を損なう筈は無い。
ならば、何故命令は実行されないのか。
魔王は見上げる。
時間にして1時間程前、紅く変色したダークドラゴンがいた場所を。
ズダァァァンッ!!
「馬鹿な……」
見上げれば。
丁度、拳を握る紅き竜が。
その拳の一撃を持って闇の塊たる魔王の分体の最後の欠片を殴り消した所だった。
在り得ない筈だった。
エネルギー量の差も、力の差も歴然で、負ける筈はなかったのだ。
相手がドラゴンと言えども。
しかし、このドラゴンが最後に放った一撃は何か。
そもそも拳を握るドラゴンとは何だ。
二足歩行が可能なスマートなタイプのドラゴンとは言え、人間の真似事をするなど。
シグルドが最後に放った一撃は、正拳突きと呼ばれるものだった。
人が使う無手の武術において、基本中の基本の技たる拳打。
それを、シグルドが己の身体、ドラゴンの身体に合わせ、己のものとして極めたもの。
ユウイチと旅を始めてから見てきた全てを元に。
もとより興味があった人が作り上げた武術を噛み砕き、ドラゴン用―――いや、シグルド用として作り上げ、習得した。
それを駆使し、1時間と言う時間を戦い続けた。
後ろ足と尾も使い、全て武術を持って繰り出される一撃。
確かに一撃では効果は見えない程のエネルギー量の差。
されど全て渾身の一撃を持って打ち続ければ、それは確かな滅びとして相手に蓄積される。
空中という場所であっても、翼と尾を利用してここに放たれた正拳突き。
基本にして奥義たるこの一撃を持って、シグルドは最後の闇を消し去った。
「オオオオオオオオオオオッ!!」
シグルドは吼える。
この勝利の咆哮を持って伝える。
友に、自分の役割は終った事を。
「馬鹿な……」
魔王は二度呟いた。
ありえざる事態を前に。
その呟き。
悪夢を、絶望を振り撒く筈の魔王がまるで―――
「どこを見てる、余所見するなよ」
ユウイチは魔王を見る。
空は見上げない。
友の勝利は見て確認する必要は無いのだから。
そして、友はその役割を終えたなら、こちらの役割を全うしなければならない。
だから、ユウイチは空を見上げる事無く、ただ魔王を見る。
「ところで、面白い事を言ったな。
聖剣を持ってない人間など、か。
では、聖剣を持った勇者にならさっさと消えてくれるのか?」
「……何?」
ユウイチの言葉に、ユウイチに意識を向けた魔王。
その為の言葉。
わざわざ呆けている魔王を正気に戻してまで、意識を自分だけに向けさせる。
ただ、予備として、自らを標的として定めさせる。
だが、この僅かな時間が。
勝利への道となる。
キィィィ
何かが鳴く音がする。
高く、響きながら、けっして耳障りにならない音。
何かが集まってくる様でいて、共鳴している様にも聞こえる音だ。
「これは……」
その音に魔王が気付くが、その時にはもう遅い。
魔王が視線を向けた先。
ユウイチの後方にそれはあった。
桜の花びらで包まれた一本の剣。
それはユウイチが使っていた大長剣。
それが、夢を集める花に抱かれ、サクラとヨリコ、マイとセリカによって謡われる。
そして、ヒロユキによって、天に掲げられた剣。
ユウイチが使っていた大長剣。
それは、嘗て聖剣と呼ばれたものだった。
それを、使おうとしているのだ。
目の前にいる魔王。
魔王ガディムを名乗る偽者に対して。
この島のシステムを使い、かの大戦時の勇者達の記憶と想いを収集するヨリコ。
その情報をここに具現するサクラ。
斬撃を具現する魔法使いとして、剣を幻想するマイ。
実物を見たことのある魔導師として、それを補助するセリカ。
そして、一度だけ本物を使ったことがあり。
事実、その時の勇者であるヒロユキが呼ぶ。
「お前にも名前があるだろうが、俺はこれしか聖剣を知らない。
すまないが、これで応えてくれ!」
コタエヨウ
ヒロユキは天に掲げた大長剣に、彼女が持っていた聖剣を想う。
それを事実とする為に謡う4人の魔法使い。
更には、これからこの剣を向けんとする相手。
それら全てを持って。
ヒロユキは揺ぎ無く、一片の迷いも無く呼ぶ。
かの剣の名前を。
聖なる剣として、この地上に降り立ち、世界を救ったあのものの名を。
「
カッ!
雷が落ちたかの様な閃光。
それにより剣を包んでいた花は白く燃えて消える。
そして、姿を現した一本の剣。
連なり、繋がりしただ一つの『求め』。
ここに勇気は集いて輝きとなり。
それに応える概念武装。
是、聖剣フィルスソード也
嘗て、魔王を打ち破った勇者が手にしていた聖剣。
勇気に呼応して光り輝く神器。
対魔王概念兵器。
それが今ヒロユキの手に在る。
嘗ての大戦における勇者の一員。
プライドブレイカーとまで言われた戦闘の天才。
そして、勇者を選定した天使をして、『勇者』と認められた者。
真実、勇者である者が、本物の聖剣を手にした。
これが、どの様な意味を持つか。
子供でも理解できる。
―――いや、子供であれば、より正しく理解できるだろう。
「ぬぅ……」
決してフェイクではない2つの存在を前に。
緊張を隠せない魔王。
自分が模している魔王を倒した聖剣と、勇者が目の前に居る。
例え、今ヒロユキに星の加護は無かろうとも、聖剣の存在は大きい。
勇者が持った聖剣の力は。
「フィルスソード……そして名も知らぬ聖剣……
応えてくれて、ありがとう。
そして」
ヒロユキは、己の手の中に具現した聖剣を見る。
そして、笑みを浮かべ、名を呼んだ。
「ユウイチ!」
名を呼ぶと同時に投げる。
今、己の手にあるものを。
相応しい人の下へ。
「っ!!」
名を呼ばれ振り向いたユウイチ。
更に、反射的に投げられたものを取る。
その手で。
投げられたのは聖剣。
受け取ったのは悪役にして凡人。
聖剣とは勇者の手に在って始めてその力を発揮する。
故に、いかに調律しようとも、嘗ての大長剣はユウイチの手の中ではただの頑丈な剣でしかなかった
だが、
「その剣はお前にこそ相応しい」
ヒロユキは告げる。
在り得ない筈の真実を。
さも、当然の様に。
いや、これこそ自然であるとして。
キィィィィ
聖剣の呼び声が聞こえる。
ユウイチの手に在っても、聖剣は輝きを失っていなかった。
いや、寧ろより輝いている様にすら見える。
「使わせてくれるのかい?」
ユウイチは苦笑しながら尋ねた。
何故、とは問わない。
たぶん、応えは解っているから。
キィィィィ
帰ってくる共鳴音は、まるで笑っている様に聞こえた。
だから、ユウイチも苦笑ではなく、純粋な笑みを浮かべ。
そして、次には真剣な表情になって告げる。
「では、行こう」
フッ
剣を振り、構える。
なんと言う軽さか。
嘗ての大長剣は、一般人なら持ち上げるだけでも精一杯の超重量であったのに。
今は羽の様に軽い。
更に、身体も軽く感じられる。
ヒュッ
ユウイチは聖剣を振った。
ただの袈裟斬り。
風が動く音だけがして、ユウイチは既に魔王の後ろに居た。
ゴトッ!
重い、何かが落ちる音がした。
「馬鹿な……」
何度目の驚愕だろうか、偽者とは言え、魔王を名乗り、事実名乗る事ができる者が。
しかしそれも当然、魔王を名乗れる者が、ただの袈裟斬りで右肩から腕を全て切り落とされていた。
「フッ!」
ヒュッ!
一息で、ユウイチは切り落とされた腕にもう一撃入れて消滅させ、更に魔王を縦に輪切りにしていく。
「グオオオオオオオオオオオッ!!」
場に、魔王の咆哮が響く。
それは最早悲鳴にも近い叫びだ。
魔王たるものが、一方的に切り刻まれていた。
「はぁっ!」
ヒュッ
再構築される先から切り刻み、消滅させていくユウイチ。
その動き、最早人間のそれではない。
聖剣フィルスソードは、聖剣としては非常に地味な部類に入る神器である。
広範囲へ向ける殲滅魔法を放てる訳でもなく。
絶対命中の概念魔法が施されている訳でもなく。
持ち手が死ななくなる様な特殊能力も無い。
フィルスソードは持ち手によってはただのナマクラとなり。
正しき使い手が持てば地上最強に成るという、伝説の剣には当たり前の事を貫いただけの剣。
そう、この聖剣が持つ力とは、使い手のあるものに比例してしか使い手に力を貸さない。
ただ、それだけの剣。
その名、『輝き集う勇気の誓い』にある様に、勇気をもって輝きを増す概念魔法を持っている。
輝きとは、この場合持ち手の事をさすものであり、勇気は言い換えれば想いの力。
つまり、強い想いを持てば、それに比例して持ち手の身体能力を補助強化する。
持ち手が願う通りに、身体が動く、意思力が全てとなる概念武装なのである。
もし、そんな剣を星から勇者と認められる者が持てば。
ヒロユキほどの想いと、技量を持つ者が持てば。
それはもう地上で敵う者などない、最強の存在となろう。
だがもし、それをユウイチが持ったなら。
星より選ばれた勇者よりも強い意思力を持つかもしれないユウイチが持ったなら。
それはどうなるか―――
フッ ヒュヒュヒュヒュンッ!
グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
ユウイチの攻撃によって、最早断末魔にすらならない音が場に響く。
それほどにユウイチが魔王を圧倒していた。
なんの策でもなく、ただ純粋な剣の攻撃によって、凡人のユウイチが魔王を圧倒する。
それほどの力を手にいれてしまえる。
何の力も持たなかったユウイチが。
今此処で。
この聖剣を持って。
その力たるや、並みの人間ならば力に溺れる事は当然とすら言えてしまうもの。
本物の聖人でもなければ、魔王すら圧倒するこの力、己のものとして欲しない筈は無い。
「まだだっ!」
ヒュンッ
だが、これほどの力を手に入れているというのに、ユウイチはいたって冷静だった。
圧倒していると言うのに、ユウイチは一切油断する事無く、魔王を刻み続ける。
その行為を楽しむでもなく、ただ冷静に、一片の揺るぎも迷いも無く。
単純作業としてではなく、ただ、必要な事として真っ直ぐ真剣に取り組んでいた。
「……」
そして、それを見るヒロユキ達にも油断は無い。
この圧倒的有利に見える状況において、ヒロユキ達は当初の予定通りの行動に出る。
聖剣をユウイチが持つことでフリーとなったヒロユキが先頭に立って。
聖剣だけでは消しきれぬ、魔王を屠る為に。
完全勝利の為に、皆は動いた。
「はぁぁぁぁぁっ!」
ヒュッヒュンッ!
抜かりなど無かった。
誰1人油断をした訳でもなく。
ユウイチの戦力計算が間違っていた訳でもなく。
ジュンイチが観測を怠った訳でもなく。
ヒロユキの知識が間違っていた訳でもない。
ただ、何か間違いがあったのなら、それはこの偽者の魔王が、ユウイチの予測以上に偽者として堕落していたという点。
そして、ユウイチの予定を越えて上手く行き過ぎていた現状にあるのだろう。
「これでっ!」
ダンッ!
ユウイチは跳ぶ。
再構築しかけの魔王の頭上へと。
ユウイチの最後の一撃を放つ為に。
その時だった。
ブワンッ!
突然、再構築中の魔王の身体が闇に染まる。
そして、残る全エネルギーがその身体に集まって行く。
「もうよい! 全て滅びてしまえっ!!」
魔法が放たれた。
暗黒の魔法が。
最早、己全てを持って、この世全てを闇とする気である。
つまりは、自爆だ。
魔王である筈のものが、自爆などという手段に訴えたのだ。
いかに不利な状況であれ、だ。
(しまった!)
(なっ!)
既に跳び、最後の攻撃の体勢に入っているユウイチ。
その後のこの戦いに幕を下ろす為の一撃の準備をしていたヒロユキ。
どちらも、それは予想をしていなかった。
いかに偽者とはいえ、かの魔王を模しているならば、自爆などという選択肢は無い筈なのだから。
2人は即座に正気に戻り、策を練る。
だが、既に相手の技は放たれている。
(この聖剣を持ってしてもこのエネルギーは消せない。
ヒロユキとジュンイチでアキコ達は護れる。
俺も、この剣があれば死なない。
だが、それでは、この島が死んでしまう! 木々が、大地が、動物達が!)
(こんな終り方は在り得ねぇ。
だが、エネルギー量が違いすぎる、賢者の石の最低二つの暴走自爆級の威力。
そんなの、俺じゃあ瞬間的に放つ事は出来ない!)
出来ない。
どう足掻いても。
この一撃を止める事は出来ない。
例えユウイチ達は全員生き残ったとしても。
これでは―――
(ダメだ! これじゃあコイツが残された時と同じじゃないか!
そんなのはダメだ、絶対にダメなんだ!)
ユウイチは許す訳にはいかなかった。
こんな過去の再現の様な事を、この剣を使ってまで起こすなど在ってはならないことだった。
だが、変えられない。
ユウイチにも、ヒロユキにも。
この絶望を乗り越えられない。
この2人ではどうしても。
そう、ユウイチとヒロユキの2人だけでは、できない―――
だが、そもそもここにはユウイチとヒロユキの他にも、並び戦う者が居る。
「進めよ、お前等は振り返らずに。
護るのは俺の仕事だろ」
声が聞こえた。
もう1人の仲間の声が。
魔王の暗黒魔法による轟音の中でありながら、2人にはハッキリと。
故に、2人はもう考えない。
そして進む。
己の担う役割を果たす為に。
オオオオオオオオオッ!
魔王が放った暗黒魔法。
それは、どこか慟哭にも似た音を放って迫る。
魔王自身が核となり全方位に広がる絶望の波。
それに立ち向かう1人の男の姿がある。
「
その者、1枚の鏡を持って絶望に向かい、名を呼ぶ。
いかにして入手したか不明とされるこの鏡の、男が使う為だけの名前を。
嘗て、男の祖母が使っていた際に使われていた名は、人の姓の様な名が2つ連なっていたとされる。
その2つの名を持って祖母が―――それまで使った者達が意味とした事。
それは、この鏡の起動キー。
至極単純なシステムを持って決まるパスワードだ。
其れは、何故に、この鏡を使用するのか、と言う宣言にも似た、ただ一つ得られた応え。
先程まで、ジュンイチは『意味』として『あの日より遠く、今も夢見るもの』と呼んでいた。
(ああ、違う。
ただ夢に見るだけのものじゃない)
気付いた、それでは不完全なのは当たり前だ。
そう、だからジュンイチは今改めて呼ぶ。
ジュンイチだけが見つけた応えの名。
それは―――
『名』は世界に繋がり、そこに『意味』が展開した。
ジュンイチが信じる、夢の在り処。
2人の名をもって紡がれるのはジュンイチが護りたいと想う世界そのもの。
その名を持って、ジュンイチはジュンイチだけの、この鏡の真の意味をここに顕現する。
ブワンッ
真の名を持って出現したのは、巨大な晶鏡。
その晶鏡は魔王を、放った絶望の波ごと包む。
晶鏡に包まれた内部、魔王を中心とした鏡のドームには、魔王が映っている。
だが、鏡でありながら、その映し出された姿は攻撃を放つ前。
自爆のデスペラートを放つ前の魔王だ。
そもそもこの概念は『移さざる蒼の晶鏡』。
相手の攻撃を『起きなかった事』にしてしまう、時間逆行にも似た神秘。
だから、これこそ本来の姿。
相手がやった事全てを包み、起きなかった事になる。
そうだから、晶鏡に映る魔王の姿は、『移さざる』という概念の元に鏡に映った姿こそ真実となる。
つまり、
ガキンッ!
「な、に」
晶鏡が崩れる様に消えた中には魔王の姿がある。
再構成の途中で、己を核として自爆した筈の魔王の姿が。
自爆のデスペラートは放たれなかった事になり、魔王が居るのだ。
そう、自爆に使用したエネルギーすら元に戻る。
時間逆行としか思えない、在り得ない筈の奇跡が起きた。
この概念は、相手に攻撃自体をさせないものであり。
つまり、攻撃に消費した筈のエネルギーすらそこには存在しないのだ。
ただ、攻撃をさせないだけの平和兵器。
だから、これで終わりではない。
ここから繋がるのだ。
ザクッ!
聖剣が魔王の額に突き刺さる。
最後の一撃、ユウイチは魔王を聖剣によって斬るのではなく、聖剣を魔王に埋め込む様に突き刺したのだ。
「グオオオオオッ!!!」
生物ではない為、頭を貫かれても死なない魔王が吼える。
最早反撃する事は出来ない。
ターン・ブレイカーによって、魔王の攻撃は全て起きていない。
それは既に解除されているが、今から攻撃を開始するのはあまりに遅すぎて、全て間に合わない。
だが、それ以外なら。
そう、攻撃以外ならできる事がある。
ブワッ!
魔王はその口から黒の花びらを吐き出す。
今目の前に居るユウイチに対して。
回避などできる筈の無いユウイチに対して。
この戦いにおける最後の悪あがきととして。
「キサマの絶望、キサマの悪夢。
聖剣をこれほど使いこなせる程の過去の闇が在れば、我はまだ」
魔王はユウイチを取込もうとする。
今までのものとは違う、完全吸収型の花びらを放ち、ユウイチを包んで。
魔王は知っている。
ユウイチの中にどれほどの闇があるか。
どれほどの悪夢があるか。
それは、どれほどの怒りと憎しみと悲しみ、そして絶望で織り成されているだろうか。
もし、それを取込めたなら。
同時にユウイチの経験全てを吸収できたなら。
魔王は、格段に強くなれるだろう。
だが、
カッ!
突如、閃光と共にユウイチを覆っていた花びらが、闇の吸収端末が、燃える様にして白く輝く。
―――いや、白く燃えながら輝いている。
「なっ!」
在り得ない筈だった。
闇を吸収する為に作り出したものが、まるで光に溶けるかの様な現象。
闇の存在である筈のユウイチの内を見ている筈なのに、光に満ちて行くのだ。
そこにある筈の闇を吸収する事もできず、ただ光に浄化される。
キィィンッ!
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
更に、闇を吸収する筈の機構を完全に書き換えられたのか、魔王には光が返ってくる。
その光の量は、世界から集めた夢の威力にも似ていた。
白く浄化された花びらが燃えてしまうのは、浄化された上に、一枚一枚で吸収できる許容量を遥かに超えた夢を見てしまったからだ。
そう、魔王が己を強化する為に特別大量の闇を吸収する為に放った花びらをして、吸収できない輝きを。
全ての花びらが魔王に光を返し、燃え尽きる。
その先にいたのは淡く微笑むユウイチがいた。
「バカな! キサマは憎くないのか!? 絶望したのではないのか!?
愚かな人間達に! この世界に!!」
魔王は、悪夢の魔王故に理解できない。
あれほどの過去がありながら、これほどの闇を内包しながら。
何故、その奥にそれ以上の光を持っていられるというのだろうか。
どうして、たった1人の人間でありながら、国一つの人々の夢にすら匹敵する輝きを放てるのだろうか。
悪人で、数々の絶望を作ってきた、この魔王よりよっぽど魔王らしいユウイチが何故。
「ああ、確かに俺の中には悪夢がある。
それに、国単位で悪夢を、怒り、憎しみ、悲しみ、そして絶望を作り上げる闇もまた俺そのものだ。
だが、だからどうしたというのだ?」
淡く微笑むユウイチは、遠くを見て、その事実を想う。
それは確かに変えられぬ事実であり、過去。
行ったそれに対し、人々が想うものは全て闇であり、そこに嘘偽りは無い。
だが、それはユウイチが人々に振り撒いたものでしかない。
そう、ユウイチは人々に闇を振り撒いても、振り撒いたユウイチは闇その物ではない。
寧ろ、ユウイチという存在は―――
「俺自身の悪夢は確かに、俺には悪夢であった。
だが、俺はアイツ等と出会い本当に幸せだったんだ」
ユウイチ自身が闇などと、そう想うのはこの場には魔王しかいない。
それを証拠にその光景を見ていたヒロユキ達は誰1人驚きもしていないのだから。
もう皆は理解している。
ユウイチが何であるかなど。
いや、当然なのだ、何故なら、彼は―――
「例えどんな形で失ったとしても、アイツ等がいた、アイツ等が好きだったこの世界を何故憎める?
何故、アイツ等が居ないだけで人に絶望すると思う?
そうだ、俺は人々を、この世界を―――愛している」
ただ一言告げる言葉。
戦闘結界の中ならば絶大な力となっただろう、意味と想いが内包された彼の言葉。
彼は、サクラの魔法など関係なく、心の奥に幻想とすら呼ばれる、『愛』という想いを顕現できる人だ。
ザシュッ!
ユウイチは、聖剣を完全に魔王に刺し込んだ。
もう抜ける事のない楔として。
「グオオオオオオッ!!」
咆哮を上げる魔王からユウイチは飛び退く。
一応、これから行われる事に巻き込まれない様に。
もう準備はできている。
魔王がユウイチに意識を向けている間に。
魔王を中心とした陣。
ユウイチを除く12人による最後の魔法をここに顕現させる魔方陣だ。
ジュンイチによって護られ、ユウイチが繋げた道。
ユウイチは全て計算してこの戦場に立った。
そして、フィルスソードが具現するまでは、予定通りだった。
だが、そこでヒロユキはフィルスソードを自分に渡すという予定外の行動に出た。
更に、ジュンイチも予想以上の力を発揮させた。
しかし、それは当然だろう。
それらは全て戦闘が始まる前に考えていた事。
(そうだ。
戦闘開始前の想定など、崩して当たり前だ。
だから、俺の予想を遥かに越える結末を得る為に)
「行けよ」
魔王より跳びながら、ユウイチはヒロユキを見た。
そして一言だけ告げる。
自分の役割は終った事を。
ヒロユキの出番である事を。
「ああ。
戦うのは、元より俺の仕事だ。
しっかし、まぁ、見事に順序が逆だよな」
ぼやきながらも最後の準備は完成させたヒロユキ。
戦いを終らせる最後の攻撃。
ヒロユキによって戦闘の終演が告げられる。
「昼は内に眠り、夜の中に見えるもの
全ての想いの果てにして、心の源たるものよ
愛とも、勇気とも、希望ともまだ言えぬ小さき輝き
今此処に集いて、己が影たる悪しき夢を打ち破らん
全て等しく、光ある事を示せ」
カッ! ァァァァァァァァァ!!
ヒロユキの詠唱と、名を持って顕現した力。
それは夢を具現化する力。
魔王に打ち込まれた聖剣と、この島と、この樹の本来の在り方。
先ほど魔王に流れ、悪夢と対消滅した夢と、新たに集めらた夢。
その2つが光り輝き、悪夢を乗り越えて行く。
まだ残っていたエネルギーも含め。
全ての悪夢が消えてゆく。
魔王の姿の既に半分。
「フ……フアハハハハッ! 無駄だ。
例え我が滅びても世界ではいずれまた我と同じ存在が……」
最早逃れられぬ滅び。
その中、魔王は最後に勇者達に絶望を残そうとする。
この世の理の様な事実を持って。
全て無駄であると説く。
しかし。
「だから? それがどうかしたのか?」
「また出たならまた俺達で倒せばいい。
例え俺達が居ない所、時に現れてもその時にいる奴が必ず倒す。
何度でもだ」
悪の最後の言葉にしては、あまりにお約束の言葉に、ジュンイチとヒロユキは当然の様に応える。
魔王が言い終わるよりも早く、欠片の迷いも、微塵の疑いも無く。
確信、いや真実として断言した。
「……何故だ」
そんなジュンイチとヒロユキを見て最後にそう呟く魔王。
それは何に対しての問いだったのか。
2人には解らない。
その影、最後の魔法が放たれている影で動く者がいた。
今、魔法を放っているヒロユキを始めとする12人には、決して見えぬ位置に。
最早、今放たれている魔法だけで魔王は滅びるだろう。
この夢の集う場所における『奇跡』によって。
しかし、彼はそれでも動く。
奇跡が起きる中で尚、完全な勝利を掴む為に。
「応えよう。
簡単な事だ。
お前は『何』であり、お前は『何』に負ける?」
ユウイチは最後に聖剣を魔王の額に刺した後、最後の魔法に参加していない。
魔王から飛び降りた後、この、魔法の影、魔王の背中に1人立っていた。
ただ、その手には鎖を握って。
それはユウイチの大剣に繋がっている鎖。
3日前にここに来た時、中枢にして本体に突き刺した、ユウイチが本来使っている大剣に繋がる鎖である。
そう、今まで中枢にさしていた故に、魔王に取込まれていた大剣も、崩れ行く中にその姿を現した。
それをユウイチは確認して鎖を掴んだのだ。
魔王へと繋がっているこの鎖を。
だが、鎖を掴んだ所で大剣に力は無い。
あの時纏っていた力は、突入用であり、今はもう無い。
ただ、その剣の背に魔導文字を残すのみ。
意味はただ一つ、『繋げる』というもの。
見ろ、そして思い出せ
己が本来なんであるかを
目の前にあるのが何であるかを
想いが伝わった。
ユウイチの想いが。
『繋がる』という魔導文字を通して、魔王に流れ込む。
「ッ!!」
魔王はその言葉により思い出す。
己は悪夢であり、絶望であるもの。
だがしかし、絶望すると言う事と、それが悪夢であるという認識には何が必要だろうか。
そう、望みと夢が必要だ。
つまり、己も本来それらを持っていた。
だがそれが破れて悪夢となり、絶望となったのだ。
それを忘れていた。
そして、それらは―――嘗て望み、忘れていたもの。
それが破れた事を悪夢として見るくらい焦がれたもの。
それが今目の前にあるのだ。
アアアアアアアア
ユウイチが最後に打ち込んだのはただの言霊にすぎない。
だが、それは
外からの夢の流れに押し潰される様に消えるのと共に、内部からも崩壊する。
嘗て忘れていた夢に呼応し、悪夢が覚めて行く。
自ら夢と希望を望み、浄化してゆくのだ。
ァァァァ……
薄れて行き、完全に消えてなくなる魔王だった悪夢達。
外部と内部両面からの消滅により、もう欠片も残る事は無いだろう。
全ての光が消える中、ユウイチは魔王だった中枢システムから大剣を引き抜く。
最早消えかけているもの故、抵抗なく手元に戻ってくる大剣。
それを取り、いつもの様に背負い、何事も無かったかの様にその場から離れた。
そして最後まで、魔王の消滅を確認する為にすら、振り向く事は無かった。
例えこれは人に謡われる事の無い物語でも。
魔王を倒すのは『奇跡』で良いのだ。
人がその手で掴んだ奇跡で、「めでたしめでたし」で終ってこその物語。
そして、人々の心に残るのは、そこで示される光であるべきだ。
予定では、フィルスソードを使うのも、トドメの魔法を放つのも両方ともヒロユキ、勇者の筈だった。
その予定は狂ってしまったが、いや、だからこそ、最後は離れよう。
夢を謡う物語に、闇で得た力は要らないのだから
1人の少年は、勝利を謡う夢達が見せる奇跡に背を向け
己の道に戻っていった
ただ、光満ちる中で、解りきった結末に想う心をその瞳に浮かべながら
森に日の光が射す。
全ての闇は消え去り、眩しい程の光がここ中央区画に降り注いだ。
「終った〜」
魔王の完全消滅を、勝利を確認したジュンイチはそのまま仰向けに倒れる。
「あ〜、疲れた」
ヒロユキもその場に座り込む。
空を、何処か遠くを見ながら。
「そうだな、俺も流石に疲れた」
ユウイチでも近くの桜の木に背を預ける。
そして、女性達もそれぞれ身体を休めていた。
ほとんど優勢な様に見えながら、皆もう限界だったのだから。
常に全力で動き回り、集中しっぱなしで、肉体的にも精神的にも。
だが、戦いは終った。
勝利をもって。
周囲は満開の桜。
元の美しいハツネ島に戻ったのだ。
このままハッピーエンドで締められるだろう。
しかし、一点だけ。
ただ一箇所だけ、元に戻らない場所があった。
それは、
「ごめんね……」
魔王の核となっていた、この島の魔導システムの本体、この島の中央の聳え立つ桜の大樹、だったもの。
始まりの木にして、サクラにとっても、この島にとっても重要な大樹。
それが最早切り株ほども残っていない。
魔王に完全に侵食されてしまっていたが為に、悪夢とともに殆どが消えてしまっていた。
外部と繋がっていた根に近い部分が僅かに残るのみだ。
サクラはそんな無残な姿になってしまった桜に寄り添う。
魔法システムの中枢だったとは言え、植物としては改造していない。
どちらかといえば、協力者として、共に生きてきたのだ。
更には、この島の中心であった大樹は島そのものといってもよかった。
それがなくなったことで、下手をすると島が死にかねない。
何か代用機構を作れればよいだろうが、すくなくとも、この大樹に変わる木は人の世には無い。
「それ、戻せないか?」
最初は、ヒロユキ達もこうする予定だった。
跡すら残らない様破壊するつもりだった。
だが、この木の事を知っていれば、サクラ達と同じ道を選べた筈。
だから、今は助けたいとも思う。
「ちょっと無理だよ。
もう根しか残ってないと言っていいから。
でも、まだ生きてはいるから、同じ系統の樹の種があれば再生してあげられるけど……
この子は亜種とは言え世界樹。
種なんて手に入らないよ」
「世界樹か……」
植物の樹木などに関しては博士にもなれるサクラが言うなら、実際種があれば可能なのだろう。
だがサクラの言う通り、世界樹の亜種を見かける事だけでも、勇者クラスのレアと言っていい。
その元である世界樹の種が手に入る確率など、神様に遭遇できる確率と同等と言ったところだろう。
全てが絶たれた訳ではないが、どうしようもない現実がここにある。
だが、
「世界樹の種があればいいんだな?」
それを打ち砕くものがいた。
ジャケットの内ポケットに入っていた子供の拳ほどもある植物の種。
師より送られてきたそれをサクラに投げ渡す。
「これって……まさか?!」
投げ渡されたものを何かと思い、鑑定したサクラは悲鳴にも近い声を上げる。
確認する様に見るユウイチは、何故か苦笑を浮かべていた。
出会える確率を神様と遭遇する確率と表したが、つまりは零では無いと言う事だ。
ついでに言えば、今ここにはそう言う幸運を補正するような面子も揃っている。
「一体何処で……って今そんな事はどうでもいいや。
これ使っていいの?」
「本人に聞け」
サクラの問いに、聞く相手が違うと返す。
他の者、問うたのが一般人なら兎も角、それはそういうもので、サクラはそれを理解する者だ。
「ここで、一緒に生きて貰えませんか?」
サクラは尋ねる。
少しだけ自信がなさそうな声で。
でも、そう在って欲しいと強く望む心で。
キィィィィ
返って来たのは淡い輝きと小さな音。
それが何を意味するか、正確に解るのは恐らくサクラとユウイチのみ。
だが、悪い返答ではない事だけは、この場の誰もが理解できた。
「ありがとう。
あ、でも時間が無い。
お願いみんなの力を貸して」
返答に感謝を返すも、浸っている時間は無い。
既に死に体である今の大樹が完全に死ぬ前に処理しなければ意味の半分以上は失われてしまう。
だが、既にサクラも魔力切れ。
行おうとする魔法を使うには全然足りない。
「ああ、いいぜ」
特に何を言うでもなく了承するヒロユキ。
セリカ達も直ぐに準備に取り掛かる。
「枯らせたら、天国にいようと地獄に引きずり落とすからな」
「うん」
ユウイチはそれだけ警告すると、準備を手伝う。
本来なら細かく今後の事について言っておきたい事はある。
だが、そんな事言う必要は無いだろうし、それ以上のことをしてゆくと信じられる。
だからこそ、ユウイチは良い土地に植えると約束した種を渡したのだから。
「さっきの魔方陣を利用できるね」
「私達の魔力も枯渇寸前です。
増幅と効率から……」
「では配置はこうした方がいいですね」
超一流の魔導師3人が即座に今ある魔力で可能な陣を完成させる。
力の放出と、その在り方、方向を変え、陣を構築し直す。
そして、全員ほぼ魔力枯渇状態であるか、その魔力を最大効率で無駄なく使う為の配置も変える。
今度はユウイチも居る。
それもキッチリ計算に入れて組み上げられた魔法。
「じゃ、いっくよ〜」
サクラの合図と共に陣は輝き、島の桜達も歌う。
そして、詠唱は無く、ただ、名が告げられる。
元々の名であり、今新たな命として結ばれるものへ送られる名が。
カッ! ブワァァァァァッ!
爆発する様な閃光と共に、夢の小さな輝きが台座になる元中枢機構の桜と世界樹の種に流れる。
そして、種と残っていた大樹の根と幹が絡みつく様にして組み合い、更に完全に融合する。
根と繋がった種はそこから一気に成長し、葉幹が飛び上がり、枝が幾本も伸び、葉をつける。
アアアアア
やがて葉は歌う様に花に変わる。
淡いピンクの美しい花。
桜の花が咲き乱れる。
元あった大樹とほぼ同等のサイズまで一気に成長した樹は、花を舞い散らせ、生を歌っていた。
「ふ〜……魔王戦の後にこりゃきついわ」
「ああ、流石にな」
「でもやっぱ綺麗だな〜」
疲れきった13人は今度こそ、完全に力尽きその場に倒れる様にして腰をおろす。
そして満開の桜を見上げるのだった。
そう、全てが解決したこの島で。
この美しい光景を見て疲れを癒す。
「花見と言う事になるかな」
疲労から動けなくなり、見上げているという状況ではある。
しかし、それが美しいから見上げているのであって、確かに花見をしていると言えよう。
花見など10年はしていないユウイチであるが、そう思い、言葉にした。
「花もいいんだが団子も欲しいな……
あ〜桜餅とか食う?」
花見と言えば宴会だと言う結合がなされているのだろう。
ジュンイチはそんな事を提案する。
勿論ジュンイチが出す訳だが、当然魔力も枯渇状態、余分なカロリーも無い。
だが、作れる事は作れるので、この場の為にも作ろうと言うのだ。
「ふむ。
ではこれを食え、カロリーだけは摂取できる。
餅だけではなんだろう、アキコ、サユリ」
手持ちの固形携帯食糧をジュンイチに投げ渡し、アキコに視線を送る。
餅だけではなんだから飲み物が欲しいと。
「ああ、じゃあ入れ物は俺がなんとかしよう。
セリカ、セリオ」
アキコはこの戦い中、生き残った水筒の茶の量を確認する。
足りない分はアキコが水を召喚し、サユリがお湯にして残っていた茶葉で増やす。
足りないカップはヒロユキ達が作り出す。
幸い材料には事欠かない。
周囲の桜の花びらをくっ付けていき、紙コップの様にする。
「皆さん行き渡りましたか?」
コップを渡して回るヨリコ。
どうやら全員に等しく飲み物と茶菓子が行き渡った様だった。
どうせ宴会であるのだから、乾杯するというのは皆の当然の思考と言ってよい。
そこで、女性陣が目で何かを話し合っていた。
男達は何をしているか解らないが、傍観する。
相談している内容も知らずに。
そして、最終的にアキコに視線が集まる。
「では、乾杯しましょう」
乾杯の音頭はアキコが取るらしい。
見た目年長者だからかだろうか、などとユウイチ達が思っている中、アキコの台詞は続いた。
「ユウイチさんの愛に」
のたまうアキコ。
乾杯の為に掲げていた手が硬直する。
更に、それによりいやな予感を感じたヒロユキとジュンイチも固まった。
そんな男達を他所に、乾杯の音頭は続いていた。
「お兄ちゃんの勇気に」
「ヒロユキさんの希望に」
サクラ、セリカと続く。
その言いは、3大高貴幻想であるなら是と宣言した事である。
だが、こうして言われるのは流石に恥ずかしいと思う3人。
そして、まだ続くのかと思いながら聞いていると、次はコトリの番となる。
一応、この中では中立のコトリ。
「皆の夢に」
今回の戦いでキーとなる『夢』という言葉を入れるコトリ。
だが、まだ終わりではない様だ。
3人が周りの様子を覗うと、視線は自分達に来ているのが解る。
そう、それは期待の視線といえるが、状況的に強制の視線だ。
もう、アキコ、サクラ、セリカの発した言葉で、逃げる事はできないだろう。
そして、何を言えばいいかは3人とも理解していた。
(しゃあない)
(まったく)
(仕方ない)
3人とも同時に心で苦笑し、コップを掲げる。
そう、ユウイチも、もうここまで関わったのだからと、想いを同じくする。
そして、揃ってここに掲げる言葉は、
「「「俺達の明日に」」」
今この時交わるも別れる3人に共通する未来。
幾度も衝突し、殺しあった3人が共に掲げた今の誓い。
それをもって、この戦いの終わりと、明日への道とする。
「乾杯!」
笑いながら桜の花でできたコップを鳴らす。
その笑みは、珍しい台詞を言う3人に対するものも含め、今あるこの時を楽しむ笑みだ。
日の光が注ぎ、桜の花が舞い踊る中、平和な笑い声が木霊する
この一時交わった夢を祝い、明日を夢みて笑い合う