Epilogue

別れ、そして

 

 

 

 

 

 不思議な夢を見た。

 

 決戦から一夜明けた早朝。

 アヤカはセリオと共に屋敷内を歩いていた。

 どこか急いだ―――自覚していないかもしれないが、慌てている様にすら見えるくらいの歩調で。

 

「あ、ジュンイチ、サクラ、おはよう。

 ユウイチ見なかった?」

 

 そこで、前方からサクラとジュンイチが歩いてくるのに気付き足を止めた。

 アヤカが探しているのはユウイチ。

 部屋に行っても返事は無く、また気配も無かった為、こうして探し回っているのだ。

 そして、今しがたユウイチ達は今この屋敷内には居ない事が解ったところだった。

 

 もう少しゆっくりしていってもよいのだろうが、ヒロユキ達も旅の途中。

 ジュンイチ達なら今後も心配ないと、本日出発する事にしたのだ。

 その為挨拶をしておこうと姉にも言われ、まずユウイチ達を探していた所だった。

 アヤカとしてももう一度彼と話をしたいと思っていたのだ。

 

「ユウイチならもう出たよ」

 

 平然と答えるサクラ。

 まるで散歩に出たかの様に当たり前の如く。

 いや、事実当たり前なのだろう。

 一般人のネムを除き、そういった方面で鈍感な者は居ないから皆解っていた。

 ユウイチ達が最初から居なかったかの様に去る事くらい。

 

「え! もうっ!」

 

 当然アヤカだってその事に気付いていた。

 だが、昨晩は一緒に食事を摂った、アキコ達とも談笑したのだ。

 あれだけの戦闘の直後では動けないというのもあったのだろうが一晩過ごしたのだ。

 それが、もう痕跡すら無いというのには流石に驚きを隠せない。

 

「そうそう、伝言……つう訳でもないが言ってた事がある」

 

 と、付け加えるジュンイチを見るに、どうやらサクラとジュンイチは2人でユウイチを見送った様だ。

 己のテリトリーであるが故に、2人はユウイチが出て行く事に気付いたのだろう。

 アヤカ達では全くその気配を察知できなかった。

 

「『二度と会わない事を願う』だってさ」

 

 伝言を伝えてくれたのはサクラだった。

 ジュンイチが言おうとしていたのだろうが、サクラが言ってしまう。

 微妙に残念そうなジュンイチであるが、とりあえずそれは置いておこう。

 

「あ〜……言うと思った」

 

 と、そこに丁度現れたヒロユキは呆れ半分といった感じて溜息を吐く。

 同時にセリカも合流し、その場はヒロユキ側のメンバーが揃った事になる。

 ユウイチからの伝言、それはものすごく冷たい台詞に聞こえるだろう。

 だが違う。

 

「まあ、確かにそうなんだろうけどな」

 

 ユウイチ達と今後遭遇する場所は、十中八九戦場である。

 それもヒロユキとなら、ほぼ確実に敵対する事になる。

 

 ユウイチは常に悪役であるが故に。

 

 協力できればいいのだが、それには連絡を取るというリスクが付き纏う。

 人に知れれば全ての意味を失うユウイチの在り方。

 それを邪魔する事はできない。

 だが、情報無しでは流石にユウイチが立てている計画を把握出来る程、ヒロユキはユウイチを理解できていない。

 いや、彼の計画を全て見切る事など、共に戦う彼女達でも不可能だろう。

 

 そうなれば、互いに手抜きや中断が許されない立場にあり、戦わなければいけない事態が想定される。

 もし、そんな事になったらどうなるか。

 

「ユウイチの経歴を調べた時に解ったけど。

 本当に戦場から戦場を飛び回ってるから、あの人達は争いの渦中にいない時間は極めて短いんだ」

 

 ここに残ると決め、当事者にはならないだろうジュンイチとサクラも悲しげだ。

 ヒロユキ達は難しい顔をする。

 

 もし、次本気で殺しあったら、互いに良い結果を残す事ができるだろうか。

 そんな思考で少し暗い雰囲気になる中、ジュンイチは続けた。

 

「ま、とりあえず『お前が戦わなくてよくなったら会おう』とは言っておいたよ」

 

 そう言って少し目線を逸らすジュンイチ。

 自分でもクサイ台詞を吐いたと思っているのだろう。

 尤も、言わねば一生後悔しただろう本心からの言葉だ。

 でもやっぱり人に言うのは流石に恥ずかしいらしい。

 サクラはそんなジュンイチを見て微笑む。

 

「『在り得ない』って苦笑してたけどね」

 

 そっぽ向いてしまったジュンイチの代わりにヒロユキ達に伝える。

 彼の返答を。

 

 『ユウイチが戦わなくて済む』という事は、人間が戦争をしなくなったらという事がまず大前提だ。

 ハッキリ言ってこの世界の現状から考えれば、そんな事は在り得ない。

 いくらそれを目指して旅をしていたとしても、それを自分だけで成し遂げられるとは思っていないのだ。

 せいぜい、その火種の数を少し減らし、燃えてしまう材料を少し刈り取るのが限界。

 少なくともユウイチの代では無理な事だろう。

 人はあまりに増えすぎて、あまりに愚かだ。

 

「『俺は生きている限り戦い続ける』って」

 

 彼は少し困った様な苦笑を浮かべながら応えた。

 その言葉はジュンイチの願いへの拒絶。

 そうとしか取れない返答だろう。

 

 だが違う。

 ユウイチは悪を演じて嘘は上手いが、ありもしない希望を抱かせる様な真似はしない。

 サクラの言う様にユウイチは苦しいながらも笑っていたのだ。

 それは戦いつづける事を責務の様にしながらも、その道を歩む事に迷いも一切の嫌悪も無いという意味。

 ジュンイチの願いをかなえるのは難しい。

 そう、難しいが可能性は0ではないと言う意味も含まれていた。

 元よりそれを実現させるつもりであると。

 

 遠い未来、いつか本当に俺が戦う必要がなくなった時、また逢おう。

 

 心が読めない2人ではあるが、それでもユウイチの真意は聞こえていた。

 ユウイチが戦う必要がなくなる時。

 それは在る意味では不可能ではないだろう。

 

 一つ例を挙げるなら、それはユウイチの想いの全てを受け継いだ者が現れた時。

 もし、ユウイチ達の代で再会を果たせぬのであれば、それすら受け継ぐ事もできる。

 元より人という生き物は、世代を重ねる事で高みを目指す生命であるが故に―――

 

「さ〜て、お兄ちゃん、ボク達は今日からでも研究があるんだから、しっかり手伝ってね?」

 

「かったりーなぁ。

 ま、仮にもまた会う約束もしちまったからな。

 約束をとっとと済ませる為にもちったぁがんばるかね」

 

 そう、それにユウイチは決して1人で戦っている訳ではない。

 傍に居る人だけが一緒に戦っている仲間だという事は無い。

 

「おう、研究おっ始めるなら俺らは邪魔か。

 んじゃ、俺らも行くか」

 

「そうですね」

 

 場所が違い、やり方も違えど多くの人が同じ場所を目指しているのだから。

 例えそれが理想、空想に過ぎないと人から笑われようとも、人は理想を語らなくなった時、その意味を失うのだから。

 だから、この者達は夢を見て、それを追いつづける。

 

「生きている限り戦い続ける、か……」

 

 小さくとも光を見つけた様な雰囲気の中、1人そう呟いて考え込むアヤカ。

 だが、考え込むなど自分らしくも無いと思い直す。 

 

「姉さん、ヒロユキ、私……」

 

 思い直し、決意したものの少し言い出し難そうに切り出すアヤカ。

 だが、

 

「いいよ、行って来い」

「貴方の思う様に」

 

 ヒロユキとセリカは何もかも解った上で、アヤカが言い切るのも待たず、笑顔でそう背中を押す。

 本来なら自分もアヤカと共に行きたいと思うところがあるくらいだ。

 だが出来ない。

 ヒロユキにはヒロユキの道があるのだ。

 だから、その想いを預ける意味も含めアヤカを見送る。

 

「うん、行ってくるね!」

 

 2人が押したのもあっただろうが、生来の性格からもう一切の迷いは無く、その場から駆け出すアヤカ。

 

「北の海岸だよ、近くまで繋げるから正門から出て」

 

 サクラにアヤカが何処に行くのか理解できる様で、そうアヤカの背中に呼びかける。

 まあ、割と解り易い面もあったし、同じ恋する乙女としては当然だろうか。

 まだほとんど機能は調整中であったが、そこはサクラ自身の力を使い空間を湾曲させる。

 ちょっと大変だったが、そんな事、同じ恋する乙女という仲間の為なら小事だ。

 

「ありがと〜」

 

 首だけ振り返って手を振る。

 けれど速度は緩めない。

 ここで随分と話してしまった、もう時間は無いかもしれないから。

 

「ヒロユキさん、セリカさん」

 

 アヤカを見送る2人の正面に立つセリオ。

 そして、ヒロユキに何かを差し出す。

 それは紅い石の様な球体。

 

「姉さんの心、お返ししておきます」

 

 それはセリオに取り付けられていたマルチのコアである『賢者の石』。

 セリオのコアと並列して取り付けていたものを、昨日の戦闘から今日までに外した様だ。

 これはセリオの姉、マルチそのものであり、本来セリカとヒロユキが持つべきものだから。

 

「行くのか?」

 

 その行動、つまりセリオもまたこの事態を想定していたのだろう。

 そして、セリオのとる行動は一つ。

 

「はい、私はアヤカさんと共に」

 

 造られた理由だからそうするのではない。

 アヤカと共にありたいと願うからそうするのだ。

 そして、セリオ自身もユウイチの行く末を見てみたいと想うから。 

 

「また逢おう」

 

「アヤカをお願いね」

 

「はい」

 

 アヤカ同様に笑顔で別れる。

 再会を誓いながら。

 

 

 

 

 

 ヨシノ邸正門から島の北側、ユウイチが拠点にしていた場所の近くに出たアヤカは尚も走っていた。

 ヨシノ邸を出てユウイチの気配は一応感知していた。

 でもそれは島の端、あのドラゴンの気配も近い事から出発の直前と予想される。 

 ここまで来て見送るだけなどまっぴらごめんだ。

 

 潮の香りがする海に近い森の中を駆け抜け、やがて森を抜ける。

 

 パァッ! 

 

 直射日光がほととんど遮断された森の中から一気に平地に出た事で一瞬視界が白く染まる。

 それでも止まらない。

 もう少し、後少しで彼のいる場所だから。

 そして、視界が戻った先に、彼は居た。

 

「ユウイチ!」

 

 後先をほとんど考えずの全力疾走。

 息を切らし、膝が折れそうになる。

 なんとか真っ直ぐ立って、息を整えながらユウイチと向かい合う。

 

「アヤカ」

 

 迎えたユウイチは無表情だった。

 少なくとも歓迎している様ではない。

 ただユウイチは、1人で崖を背にして立っていた。

 波の音が妙に大きく聞こえる。

 

「何をしに来た、勇者アヤカ。

 決着でもお望みか?」

 

 ユウイチはアヤカがそんな事の為に息を切らして駆けて来たのでは無いことくらい解っている。

 だが、敢えて言う。

 わざわざ正当な呼び名でありながら、ヒロユキが余りに目立っていた故に、そう呼ばれない『勇者』の呼称までつけて。 

 

「そうね、『決着』というのは言い得て妙だわ」

 

 ここに来るまで結構限界まで速度を出して、切羽詰っていたのに、すでにいつもの調子を見せるアヤカ。

 だが、いつもの調子でありながら言葉の表も裏にも冗談は含まれていない。

 

「その心は?」

 

「私はあなたについて行きたい。

 というか、ついて行くわ」

 

 なんの躊躇も無く、そう宣言するアヤカ。

 それに対し、ユウイチは、予想していたが、当って欲しくなかったと言う風な感じだ。

 やれやれという苦笑が浮かんでいる。

 

「ふぅ……何故そうなるのだ?

 行く末なら勇者ヒロユキの方がいろいろお得だぞ?」

 

 あの漢、ヒロユキの傍に長きにわたり在りながら、どうしたらこんな自分の下に来るのか。

 ユウイチは頭を抱えたい衝動を抑えるのがやっと、という程の気分だった。

 

「あら、貴方を好きになったから、じゃ理由にならないかしら?」

 

 まさに直球、剛速球のストレート。

 雰囲気など考えずど真ん中の告白。

 下手な変化球、雰囲気を考えたり事前準備をするよりも遥かに重い一撃だろう。

 

「……それはヒロユキの代わりか?」

 

 アヤカがヒロユキに好意を抱いている事。

 そしてヒロユキとセリカが恋仲なのは、よほど鈍感でない奴以外は気付く事。

 そうなれば妹アヤカは姉の為に完全に身を引いたと考える事もできてしまう。

 

「そうね……ヒロユキが姉さんを選んだからっていう理由が無いって言ったら嘘ね」

 

 ユウイチの指摘に迷う事なくアッサリそれを事実として認めるアヤカ。

 そして一度目を瞑って続ける。

 

「だけど、既に私はヒロユキとは親友。

 もうその部分は吹っ切れていたわ。

 だから―――

 そうよ、私はヒロユキという男を知って、恋心を言うものを識っているからこそ言える。

 私はあなたが好き。

 誰よりも、当然ヒロユキよりも好き。

 1人の男として」

 

 ヒロユキの傍に居たからこその明確な恋心。

 友達として付き合い、気付いた頃には姉がその席にいたという、失恋にもならない恋を経験したからこその断言。

 

「そうか……」

 

 その言葉に、ユウイチはもう一度苦笑しながら、次は少し困った顔をする。 

 清々しい告白にすごく嬉しい気持ちとともに、やはり自分はそれを受けるに事ができないと思うから。 

 だからもうお約束にすらなってしまった台詞を言うのだ。

 

「アヤカ、俺もお前が好きだ。

 だが、だからこそお前には俺についてきて欲しくない。

 お前は日の光の下で輝いていて欲しい。

 どうしても俺と同じ道を歩きたいなら―――実力で、ついてこい!」

 

「グァァァッ!」

 

 バサッ! バサッ!

 

 ユウイチの台詞が言い終わると同時に、ユウイチの背後の崖の下より姿を現すダークドラゴン・シグルド。

 ユウイチはそれに合わせて跳び乗り、シグルドはそのまま上空へと舞い上がる。

 

「っ!」

 

 シグルドが羽ばたく風圧で動けなくなるアヤカ。

 目でシグルドを追うのがやっとだ。

 シグルドはある程度上昇すると上空を旋回しぐるっと一周まわる様に飛ぶ。

 そして、少し離れた場所からアヤカの前の崖を横切るコースで降下し始める。

 

「実力って、まあテストってことね」

 

 つまり飛び乗れと、そう言う事らしい。

 飛行するシグルドに、人間がである。

 普通に考えれば不可能だ。

 よほど、それ用に相手が減速でもしていない限り。

 

 だが、シグルドはほとんど減速する様子を見せない。

 

「アヤカさん」

 

 そこへセリオがアヤカに追いついてくる。

 そして、既に状況を把握したセリオは言うのは一言。

 

「お供します」

 

 アヤカが行く事など、当然の事。

 だから、例え無理難題でもセリオはその隣にいるだけだ。

 

「ええ、ついて来なさい」

 

 2人は崖を沿って走る。

 急降下してくる竜に少しでも相対速度を合わせる為に。

 持てる力の全てを出して加速する。

 

 ヒュゥゥゥゥゥウウウウンッ!!!

 

 徐々に、いや、一気に近づいてくるシグルド。

 そして、シグルドの頭がアヤカ達が走る真横を通り過ぎ様とした時。

 

 ダンッ!

 

 崖のギリギリの場所から跳ぶ。

 そのタイミング、速度は完璧と言ってよかった。

 後は着地でミスをしなければシグルドの背に乗れる筈だった。

 しかし、

 

 ガラッ!

 

 たまたまアヤカが踏み切った場所の、目に見えない下方が脆かったか。

 それとも、シグルドが発生させたソニックブームによって崩れかけていたのか。

 どちらにしろ、その場所はアヤカの跳躍の衝撃を受けきれず、崩れてしまう。

 

「ッ!!」

 

 流石のアヤカも足場が崩れてはその跳躍力は半減。

 スピードは落ち、跳躍距離も短くなる。

 声にならない声を上げ、諦めず、最後のシグルドの尻尾を掴もうと手を伸ばす。

  

 ヒュ……

 

 だが、その手はシグルドの尻尾を掠るだけで掴む事敵わず空を漂い。

 そして、崖を跳んだアヤカは―――

 

(そんな……)

 

 望みも叶う事なく転落しようとするアヤカ。

 だが、

 

 フッ!

 

 そこに、その場所に在りえざる手が差し伸べられる。

 

 ガシッ!

 

 半ば反射でその手を掴みとるアヤカ。

 

「本気で跳び乗ろうとするとは。

 なかなかだったぞ」

 

 差し伸べられたのはユウイチの手。

 見れば逆の腕にシグルド首に絡めている鎖を持っていた。

 そうやってシグルドから飛び出し、アヤカに手を差し出した。

 だが助けたのではなく、単にイレギュラー分を補う様にシグルドを止められない分の距離を加算しただけだ。

 一応にもこれはアヤカの覚悟を見るテストだったのだから。

 しかし、この行動こそ、ユウイチのアヤカへの気持ちを現れかもしれない。

 ユウイチの腕には鎖が食い込み、血がにじむ程であったから。

 

「ちょっと失敗しちゃったわね」

 

 手だけ繋がっている状態から、自力だけでユウイチの胸へと移動するアヤカ。

 それは単に落ちない様にする為だけでないのは明確だろう。

 

「ま、あれくらいならフォローしてやってもいいさ。 

 尤も、その分はタップリ働いて貰うがな」

 

 悪役風にニヤニヤと嫌な笑いを浮かべるユウイチ。

 何時の間にかユウイチの手も、しっかりアヤカを支える為に腰に回っていた。

 それも片腕は鎖をもっている為、片腕で抱かなくてはいけない為かしっかりと。

 

「お前もだぞ。

 特にお前には、アヤカについて来た事を後悔するくらい、こき使ってやるからな、覚悟しとけ」

 

 そう、自分の足元。

 正確には自分の右足にしがみ付いているセリオに向かって言う。

 悪戯を企てているようなそんな顔をしながら。

 

「どうぞ、お好きな様に」

 

 セリオは微笑んで返す。

 アヤカが失速した事で、並走っていたセリオも跳ぶタイミングがズレてしまい、危うく落ちてしまうところだった。

 それを右足を伸ばして掴ませてアヤカ同様に回収されたのだ。

 アヤカに比べれば大分雑な扱いの様な気もするが、出会いの頃と比べればて反転に近い違いだ。

 表面の全ては偽りで隠している。

 そしてセリオは機械だけれど、心があるからユウイチの本当の心も理解できる。

 今のユウイチとならきっと上手くやっていけると確信できるから。 

 だから心から笑みを浮かべることができる。

 

「ふふ。

 やっぱ私あなたが好きだわ」

 

 セリオの事も含め、笑う事を抑えきれぬほど嬉しい。

 そして改めて、もう確認するまでも無いけどまた更に改めてユウイチが好きだと実感する。

 

「言ってろよ」

 

「ええ、言い続けてあげるわよ、いつまでも」

 

 見詰め合い、強く抱きしめあう2人。

 そこは一本の鎖で宙吊りにされている、いや空を引き回されている様な状況とは思えない2人だけの世界。

 そこへ至る道から今の状況まで、まるで2人のこれからの関係を表現している様であった。

 

 それを証明するかの様に2人の顔の距離は零になる。

 

 そしてそれは、何よりどんな危険な道であろうと、2人が幸せであることを示している様だった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんな因果か、同じ場所を目指す者達が小さな島に集まった。

 そこで出会い、衝突し、理解しあった者達はまた離れてゆく。

 

 

 

 

 

 ある者は島に残り

 

 

「おお! 空中だってのにすごい事やってるな〜」

 

「羨ましいな〜」

 

 セリオがゲートを抜けたのを確認した後、無駄に全力で監視機能を回復し、島上空の映像を映し出す。

 今まさに結ばれた2人をスクリーンに投影して見ているジュンイチ達。

 

「2人とも、何を覗き見してるんですか!」

 

 後から合流したネムと実はずっと後ろで控えているヨリコ。

 ネムは顔を赤くしながら、ヨリコは微笑みながら一緒に見ていた。

 

「いいじゃないか、人の庭でやるのが悪い。

 ま、そろそろ圏外になっちまうけど」

 

「そう言う問題ですかぁ」

 

「お前だってしっかり見てるじゃないか」

 

 そう、ネムは真っ赤になりながら2人のディープな結ばれ方をしっかりと見ていたりする。

 やっぱり恥ずかしいのか目線を外しつつであるが。

 程無くシグルドは結界を抜け島から完全に離脱してしまう。

 そしてステルスを使ったのだろうもう影も見えない。

 

「……さて、ハッピーエンドの中、俺達の今後だが」

 

「兄さんは……この島に残るんですか?」

 

 少し恐る恐ると言う感じで尋ねる。

 兄の答えは解っていた。

 だが、それはつまり兄との別れだと思っているからだ。

 

「ああ、約束したしな、あいつらとも」

 

「そうですか……」

 

 やはりジュンイチの答えは予想した通りだった。

 解っていた事だったがやはりネムは俯いてしまう。

 だが、

 

「で、お前はどうする?」

 

 直ぐに兄から尋ねてくる。

 ジュンイチにとっては当然。

 だが、ネムにとっては聞かれる事すら思いつかなかった問い。

 

「私……ですか?」

 

 最初は質問の意味が解らなかった。

 何せ一つしか道がないと思い込んでいたから。

 が、兄は何時もの様な感じでありながら優しく道を示す。

 

「お前は大きく分けて2つ選べる。

 1人で故郷に帰るか。

 それとも、ここに一緒に残るか」

 

 ジュンイチが示した道は、自らが優柔不断だと言っている様な道だった。

 だが、それでもネムにとって芽の無い道しかないわけではないのだ。

 

「一緒にいて……いいんですか?」

 

「何かダメな理由でもあるのか?」

 

 ネムの確認に即座に質問で返すジュンイチ。

 

「まあ街の友達とかの問題はあるだろうが、とりあえずここに監禁される訳じゃねぇからな〜

 で、どうする?」

 

「残ります」

 

 ネムも即答だった。

 そして、

 

「ん、解った」

 

「そんなアッサリ……」

 

「よかったね、ヨリコさん、うたまる。

 一気に賑やかになったよ」

 

「はい、嬉しいです」

「にゃ〜」

 

 ジュンイチもサクラもヨリコもうたまるまでも、アッサリとそれを快諾する。

 そう、それが当たり前の様に。

 彼らにとっては当然なのだろう。

 家族が離れる必要性など存在しないのだから。  

 

「まあ賑やかで楽しい事はいいことだ」

 

「……そうですね。

 さ、兄さん、ここに残って研究の手伝いをするんですよね?

 私が残ったからにはぐーたらは許しませんよ?」

 

「げぇ……かったるい」

 

 苦笑する兄と笑う妹達。

 ここは平和であった。

 

 

 

 

 

 ある者は海を渡り

 

 

「さって……2人になっちまったな」

 

「そうですね」

 

 ヒロユキとセリカは、ジュンイチが乗ってきた船を借りて島を出ていた。

 結構な広さの船に今は2人きり。

 

「お嬢は寂しいか?」

 

「そうですね、寂しくないと言えば嘘になります」

 

「賑やかなのが居なくなったからな」

 

 アヤカはムードメーカーだった。

 ヒロユキとセリカでは暗くなると言う事は在りえない。

 だが、セリカと2人ではアヤカがいた時の様に騒ぐと言う事もなくなるかもしれない。

 静かな旅もそれはそれでいいだろうが、大口を開けて笑う機会が減るのは明確だった。

 

「はい。

 でも、私はヒロユキさんが居れば……」

 

「ああ、俺もだ。

 とりあえず、次は何処行くかな……お嬢の実家に帰るのは……

 あ〜、アヤカが離脱した事をどう説明するかが問題だな……」

 

 セリカはヒロユキに寄り添う。

 元より恋人同士である二人が、船に2人っきりで揺られているのだ。

 が、ヒロユキはちょっと違う事を心配していたりした。

 何分ヒロユキは信用されてクルスガワ家から2人の護衛を任されていたのだから。

 だから、今はセリカから寄り添い、告げる。

 

「ヒロユキさん。

 2人っきりですよ?」

 

 そんなヒロユキの腕を抱き、上目遣いで見つめるセリカ。

 いままで滅多に見れることの無かったセリカのそんな仕草にちょっと驚くヒロユキ。

 だが、顔を赤らめながらも、ヒロユキはそれに応える。

 

「……そうだな。

 じゃ、ちょっと遠回りしつつ一回俺の故郷にでも行くか? セリカ」

 

 そう、2人っきりなのだ。

 これはこれでいろいろできるのだ。

 勿論ただ遊ぶ為に旅をする気はないが、楽しみながら行こうと思うのだった。

 

「はい、ヒロユキさん」

 

 これから困難が待っているだろう。

 だが、2人は進む。

 己が選んだ道を。

 

 

 

 

 

 ある者は空を渡る

 

 

「で、なんで貴方がそこにいるの?」

 

 ユウイチとの空中抱擁を一頻り堪能した後、ふと上を見上げたアヤカはそこに見知った人物を発見した。

 

「何で、と言われましても」

 

 それはコトリ シラカワ、先の決戦で共に戦った仲間だ。

 彼女が今、鎖で宙吊り状態のユウイチとアヤカ、セリオをシグルドの背から覗いていた。

 

 言動や態度からコトリがユウイチの事を気にかけている事は、同じく恋する乙女であるアヤカは知っていた。

 だから、コトリがユウイチについて行くのはいいのだ、予想していた事である。

 だが、何故そのコトリが、自分がこうやって飛んでユウイチに手を差し伸べてもらってやっと辿り着いた場所にいるのか。

 このユウイチの腕の中より更に上で、どうして普通に座っているのだろうか。

 

「なんなら代わりましょうか?」

 

 しれっとそんな事を問うコトリ。

 なお、シグルドには当然カオリとミシオも乗っている。

 2人とシグルドは昨日、ユウイチ達の作った拠点に居たのだ。

 シグルドや2人の事を紹介するのは、いろいろ極めて真面目な意味で面倒な為である。

 

 コトリはヨシノ邸を出るとき、普通にユウイチやアキコ達について行った。

 そして、アキコ達と共にユウイチより先にシグルドに乗っていた、ただそれだけの話である。 

 

「遠慮しておくわ」

 

 宙吊りという結構危ない位置ではあるが苦労して得たユウイチの腕の中この場所、そうそう譲る気など無い

 ちょっと見せつける様に、よりユウイチを強く抱きしめてみたりするアヤカ。

 ユウイチはやれやれと言う風に苦笑するだけだった。

 

「残念です」

 

 結構本気で残念そうなコトリ。

 そして、それはコトリだけではなかった。

 

「次は何処に行きましょうか?」

 

「一応出る前に集めた情報があります」

 

 アキコとミシオはそれなりに平気そうだが。

 残るメンバーは、全員下を見ていた。 

 つまりはユウイチ達を。

 

「……その話の前にコレ、引き上げましょう?」

 

 ちょっと怖い目でユウイチを見ながら鎖を引くカオリ。

 まあ、自分達の時と比べればそのロマンチックさの差は大きい。

 やり直しが利かないのは百も承知だし、アヤカが嫌な訳ではないが、嫉妬という感情が湧かない程完成された人間ではない。

 

「そうですね〜」

 

「引っ張る」

 

 それはマイ達も同様。

 特にサユリは普段通りに見える笑顔が少し張り付いた感じがある。

 

「やっぱりユウイチさんがいないと話が始まりませんしね。

 セリオさん、揺れますから気をつけてください」

 

「シグルドさん、少し速度落とせますか?」

 

 そして、流石にアキコとミシオも少なからずそう言うのはある。

 人間であり、恋する乙女なのだから、それも至極当然。

 結局、全員でユウイチ達を引き上げる事となった。 

 

 

「あ〜あ、もう少し堪能したかったな」

 

 引き上げられてちょっと残念そうなアヤカ。

 ユウイチは引き上げられると、アッサリとアヤカを離し、シグルド上では彼の定位置である頭部に座る。

 

「まあ、またの機会があればな。

 さて、次は何処を目的地にするかな」

 

「それなら北東の方でなにやらクーデターが起きるらしいですよ」

 

 こちらに来る前集めておいた情報の中に、まだ発生していないクーデターの情報があった。

 それもかなりの規模になるだろう物が。

 同時に、その辺りの国は暗黒面に事欠かない。

 

「よし、じゃあそこに決まり。

 シグルド」

 

「承知」

 

「さて、役割分担だが……

 さっそく利用させてもらうぞ? コトリ、アヤカ、セリオ」

 

「はい」

 

「ええ、望む所よ」

 

「どうぞ」

 

 コトリとアヤカ、セリオを新たに加え、ユウイチ達はまた戦場へと飛び込む。

 終わりの見えない戦いの中へ。

 それは全てただ一つの想いの為に。

 

 

 

 

 

それから