夢の集まる場所で

外伝之壱 漢湯

 

 

 

 

 

 最終決戦後の花見から数時間。

 日も沈み、ヨシノ邸にてちゃんとした食事を摂ったユウイチ達。

 それから少し落ち着いたところで、サクラが言い出した。

 

「あ、そうだ、家の自慢の一つにお風呂、大浴場があるんだけど。

 使う?」

 

 祖母の趣味によって作られたヨシノ邸の大浴場。

 因みに天然温泉を島の地下深くから汲み上げている本物の温泉である。

 女性陣が反対などする訳も無く、即座に使用は決定事項となった。

 

 そして、更に数分後。

 湯の準備が出来たとの事で、脱衣所に現れる影があった。

 

「おお、確かにこれは東国と同じつくりだな」

 

「ほお、これほどとはな。

 しかも脱衣所の細部まで再現している」

 

 何故か東国好きのサクラの祖母によって作られた東国風の大浴場。

 そのこだわりは脱衣所にまで及び、床は本物の竹製。

 脱衣所には20人分以上の衣服を入れる籠やそれを収める棚が並んでいた。

 東国の温泉宿をそのまま持ってきたとしか思えないものだった。

 

「ああ、いったいどうしてあそこまで、って思うくらいあのばあさんは東国にかぶれてたからな。

 まあ、俺達も結構気に入ってるけど。

 因みに、温泉は島の地下深くから汲み上げた本物。

 効能は主に疲労回復、他、女性が喜びそうなもの、だ」

 

 今更言うまでもなかろうが、脱衣所に現れたのはユウイチ、ヒロユキ、ジュンイチ。

 

 ユウイチは母が東国出身者である為、温泉宿と言うものを知っている。

 ヒロユキは最近東国で旅をしていたので、何度か温泉宿に泊まった事がある。

 その為2人はこれがどれほど精巧に再現されているかが解るし、このつくりは心安らぐ。

 更に、温泉の効能も疲労回復というのはありがたい。

 

「さて、話は兎も角、入るか」

 

「そうだな」

 

「ああ」

 

 せっかくの温泉、外で話すのもなんなので、入る準備をする3人。

 まあ、服を脱ぐだけであるが。

 

 金属音と衣擦れの音が脱衣所に響き、美しい程に鍛えぬかれた身体が露となる。 

 

「ふう……」

 

 無駄無く、それゆえに本当に美しいと思える肉体を誇るヒロユキ。

 幾多の実戦の傷がいくつもある戦士の身体。

 同性から見ても、いや同性だからこそ、これこそが漢の身体であると思えるだろう。

 

「よ……」

 

 魔導師の血筋とは思えない絞り込まれた体を持つジュンイチ。

 筋肉の硬い感じは無く、細い様にも見えるが、その実、下手な戦士よりも強靭な身体を持つ。

 実戦経験が少ない為、傷も見当たらず、バランスもとれているので綺麗と言えるだろう。

 

「ふぅ……」

 

 最後に肌を晒すのはユウイチ。

 本来あった筈の限界を幾度も越え、やっと手に入れた少しだけ強い肉体。

 元は貧弱な身体であったのだが、それが嘘の様に隠れた身体。

 完璧な計算の元、実用性を求めた筋肉は、動きの邪魔にならない様、内に絞り込まれており外見的にも美しい。

 

 が、その肌には満遍なく魔導刻印が刻まれている。

 黒い、呪いであるかの様な文様。

 脆弱な身体をもって生まれてきたユウイチが、辛うじて戦闘が可能な身体を得る為に刻み込んだものだ。

 少しの力と、戦い続ける事に特化した機能を持った刻印。

 

「……悪いな、醜いものを晒して。

 魔法薬で消せるが、どうする?」

 

 弱さを補う為に入れたこの刻印。

 ユウイチは自身の醜さとしている。

 それ故、人にも醜く見えるだろうと思い込んでいる。

 一般的に、あまり良いイメージを与えるものでもないのもあるだろうが、その思い込みは深い。

 

「いや、別にいらん」

 

「悪かったな、じろじろ見たりして」

 

 ユウイチが己の刻印をどう思っているかを察した2人はすぐに視線を外し、謝罪する。

 が、外した視線はもう一度ユウイチに向かう。

 そして、下の方へと。

 

(……刻印ってこんな所にまで入れるものなのか?)

 

(そこに刻むって……う……想像しちまった……)

 

 ユウイチの下半身辺りを見た1人はユウイチの刻印の凄まじさを改めて実感する。

 そしてそれと同時に、同性であるが故に必ず思うことがあった。

 

(……良くて引き分け。

 技で勝負だな。

 持続力はユウイチ相手じゃ勝てる自信ないが、技なら)

 

(く……技術でも勝てないから完敗だろう……

 つうか、そっちは絶対に話にならん、若さなんて無意味だ)

 

 2人は敗北感を感じずにはいられなかった。

 

「どうした?」

 

 一応、最後の方の2人の反応は何を思っての事かは解っているユウイチ。

 

(俺のは腐らんばかりに穢れてるかな。

 それにしてもやはり良い身体だ)

 

 ユウイチはユウイチで2人の恵まれた体を羨んでいたりした。

 頑丈さではヒロユキに劣るジュンイチの肉体ですら、ユウイチよりも遥かに丈夫なのだから。

 

 数秒の沈黙。

 その後、ヒロユキは改めてユウイチの刻印を見る。

 ヒロユキ達の眼力をもってしてもその機能の半分も解らない刻印。

 その意味が気にならない訳が無い。

 

「ところで、お前の刻印は肉体強化と危機時の回復の他にも何かあるよな。

 多分、認識系のものも含めて。

 その刻印は一体何を代償に、何を得るものだ?」

 

 聞くべきことではないかもしれない。

 しかし、知っておくべきなのではないかとも思った。

 とくにヒロユキは、過去のユウイチを知るが故に。

 彼が何を捨てて、今のユウイチになったのかを。

 

「代償か。

 俺の場合、これを代償とは言わない。

 むしろ追加効果としてあるものだがな」

 

 口元だけを吊り上げて笑みを浮かべるユウイチ。

 ただ外見だけの変化。

 そこに喜びも、悲しみも、何の心の変化も無い事はヒロユキとジュンイチには解る。

 そして、2人の反応を見てから、ユウイチは答えた。

 その代償を。

 力の代償として受けている呪いを。

 

「愛せば、裏返りて返る。

 信じる心は得られない。

 敵意が集う。

 悪意に誘われる。

 心は闇に抱かれる。 

 ―――そして、光にこそ憎まれる」

 

「おい!!」 

 

 ユウイチの語る呪いに声を上げるヒロユキ。

 ユウイチの語る呪いが真実であるならば―――

 

 ユウイチは人を愛せば愛すほどにその人に嫌われ、憎まれる。

 誰からも信じられる事は無く永遠の孤独に縛られ、周囲は全て敵となる。

 更に闇に堕ちぬ様常にその誘いを跳ね除けなければならなず。

 そこから救い出してくれるだろう、光を持つ人にこそ、その呪いは強く発揮される。

 

 そんな、あまりに残酷な呪いだ。

 

「何故そんな顔をする?

 俺にとって、俺が行く道にとっては寧ろ必要な認識魔法だ」

 

 刻印を刻んだ者に対して殺意と憎悪の念を抑えきれないヒロユキとジュンイチ。

 だが、ユウイチはいたって冷静。

 もとより望んだものであり、そして必要なもの。

 更に、ユウイチは続ける。

 

「だが、俺の道に必要不可欠な認識魔法には重大な欠点があってな。

 それは―――最も望まぬものに拒絶は効果を示さない」

 

 ユウイチが明かした欠点。

 それは一見他と同様の呪いかに思える。

 だが、違う。

 それをヒロユキ達は身をもって知っているのだから。

 

「そうか……

 おい、お前の師匠ってのはどんな女神か化け物だ?」

 

「なるほどな。

 そりゃ、便利だな。

 アンタは『理解』される事を望んでいないのだからな」

 

 それはつまり、既にユウイチという存在に理解あるもの。

 もしくは、ユウイチを理解しようとする者には呪いは効果を示さない。

 

 あのヒロユキとジュンイチが2人でバラバラにユウイチだけを狙った夜。

 コトリが意を決して3人の中に割って入った日。

 思えばあの日、どれほどこの呪いがヒロユキ達を陥れていたか。

 恐らく、あの黒く侵食された森もなんらかの影響を与えていた筈だが、それは言い訳になるかどうか。

 最早正気でなかったとすら言えるくらい、ユウイチへの憎しみで思考は乱されていた。

 コトリの行動がなければ、ユウイチを理解しようと考えなければ、恐らくユウイチを憎しみ続け、敵としてしか見られなかっただろう。

 

 そして今、僅かながら理解できた事で、あの日の敵意は最初から無かったかの様に。

 ―――いや、最初の本当に無い状態、正常な状態へと戻りこうして会話を出来る様になった。

 

 悪役たるユウイチにとって、半端な理解ほど厄介なものは無い。

 ユウイチの往くこの道を理解してもらわなければ、敵か、邪魔者にしかなりえないのだから。

 故に、この呪いと呪いの欠点は、その全てがユウイチの往く道に必要不可欠なものと言える。

 

 最初は、本当に肉体強化と緊急回復能力だけの刻印であった。

 その後に付与された呪いによる能力向上。

 各機能を向上させる上に、利用できる呪いに仕立て上げる。

 そんな計算と実施ができる人と言う事である、ユウイチの師は。

 

 当然、ユウイチがユウイチを理解しようとしてくれる人と出会わなければ、永遠の孤独の中に追いやる呪い。

 だが、それもユウイチならば、必ずユウイチを理解するものに出会うと、ユウイチを理解した上での事。

 そう、そしてそれは確かな事だ。

 現に、ユウイチの傍には女性達と、友が居がいて、新たな出会いもここにあった。

 

「ああ、本当にいくら感謝しても足りないよ。

 あの人には」

 

 遠くを見ながら、今は離れている師を思う。

 あの人との出会いで今の全てがあると言って良い。

 

「さて、全裸で立ち話をし過ぎだな、そろそろ入ろうぜ」

 

「ああ」

 

「それもそうだな」

 

 話なら風呂に入りながらでもできる。

 3人は脱衣所から風呂場へと移動した。

 

 

「ほぅ、見事だな」

 

「良い感じだ」

 

「そうだろ」

 

 浴室へと移動したユウイチとヒロユキは再び感嘆の声を上げる。

 今は通常空間にあるが、普段は異空間にあるこの場所をして、完璧な露天風呂として機能しているのだ。

 そして、風呂の内装も素晴らしいの一言だった。

 東国の文化である石の静かな美しさをもって、一つの芸術作品の域であった。

 

「まあ、どこかの完全コピーらしいけどな。

 因みに桶とかは現地から買い付けたらしい」

 

「ほう」

 

 配置されている木でできた桶を取る3人。

 そして、3人は鏡が配置された場所、洗い場へと向かった。

 湯に浸かるよりも先にだ。

 

 ジュンイチは例外となるが、旅をし、戦闘を生業とするユウイチとヒロユキは風呂に入る際は必ず身を洗浄してから入る。

 長旅で溜まった汚れを取り、こびり付いた返り血や死臭を洗い落とす為だ。

 そうでなければ、せっかくの湯が汚れてしまう。

 

 カコーン

 

 風情ある音が響く中、3人の男が身を清める。

 ヒロユキとジュンイチは最低限の様に見え、入念に汚れを落とす。

 血の匂いなど残せば獣の標的となるし、自らの五感を乱す原因にもなりかねない。

 それに、衛生面における自己管理を怠る訳がない。

 

「さて……」

 

「と……」

 

 自ら完璧に洗い上げたと、ほぼヒロユキとジュンイチは同時に立ち上がる。

 だが、その横でユウイチは今だ己の身を磨いていた。

 見れば、ただ汚れを落とすだけでなく、髪の手入れ、肌の手入れまで入念に行っていた。

 

「ん? なんだ?

 ああ、時間が掛かるから先に行ってろよ」

 

 視線を感じたユウイチは問う。

 そして、まだ時間が掛かることを告げる。

 

「いや、お前の事だから最低限かと思ったんだが。

 随分念入りだな。

 女並に」

 

 ユウイチのやっているそれは、セリカ達がしているそれと同等のものである。

 ヒロユキに言わせれば、男がするような事ではない、という部類のもの。

 それを、おおよそ自愛という言葉を知らないのではないかというユウイチがしているのだ。

 あまりに意外であった。

 

「ああ、この身体も使うからな、手入れできるならばするさ」

 

 ヒロユキの反応も当然として、その理由を答えるユウイチ。

 そして、この明言の無い台詞だけで、2人は解る。

 ユウイチのこれは、女性達のそれと似て非なるものであることが。

 

「……刻印はどうしてるんだ?」

 

 後の疑問は、刻印の問題。

 先ほど刻印の話題の時、ユウイチがちらっと消せるという風に言っていた。

 だが、どう言う事なのか。

 わざと浮き上がらせている刻印を消す。

 しかもそれとばれてはいけないのだ。

 魔法薬の類では、普通魔導師に気付かれてしまう筈なのだ。

 

「専用の薬がある。

 刻印を入れるときに細工したらしくてな、組み合わせで何の反応も出ないのに、完全に消せる」

 

「なるほど」

 

 ユウイチの答えに納得した素振りは見せるも、ヒロユキは内心、ユウイチの師を想う。

 一体どんなレベルの存在なのかと。

 

「刻印を消す時に、一応肌とか髪とかも魔法薬で調整するけどな。

 それでも、一応やれる時にはやっておかないと、何時使うか解らんし」

 

 ここへ来て完全に一度身体を作り直しているといえるくらいの負傷と回復をした体。

 内臓器官と比べれば優先順位など最下層の肌の見た目などボロボロの筈だ。

 一応今でもちゃんとしているのは、回復魔法をつかった者達が優秀だったからだろう。

 それをまともに、男として魅力的であれるようにユウイチは身体を磨く。

 

「それ、どれくらいからやってるんだ?」

 

 ユウイチの手馴れた手つきに、軽く問うジュンイチ。

 それは、何時から自らの貞操を利用してきかという質問に等しいと言うのを失念して。

 

「最初から、10年前からだな。

 使い始めたのは13の頃だな。

 その当時はもっぱら変態貴族に付け入る為に使ったけどな。

 便利だったぞ。

 重要な位置にいる貴族ほど、偏愛者が多くてな」

 

 口元を吊り上げるだけの笑みを浮かべるユウイチ。

 この身体を使って如何なる事をしてきたかをその笑みだけで語る様に。

 

(自分の貞操も武器か……まったくかなわねぇな)

 

(目的の為、行く道の為、変態貴族の相手か……真似できねぇよ)

 

 同情や哀れみではなく、尊敬とも言える想いを胸に何も言わない2人。

 だが、その反応に対し、2人がどんな事を想像しているのかを解るユウイチは思う。

 

(先の台詞からある意味当然の深読みをしている様だな。

 まあ、全てが間違いと言う訳でもないし、訂正の必要もなかろう)

 

「最近はもっぱら、貴族の夫人や娘が相手だがな」

 

 自ら少し話題の方向性を変える。

 まだましな方へと。

 まし、とは言っても相手がそれなりに許容できるくらいの女性になるだけの話。

 愛す事など不可能だろう、腐れた貴族の女を相手にするのだ。

 女性である事と多少の外見の良さなど、気休めに過ぎない。

 

「まあ、そうなるか。 

 ……ふと思うが、お前についていってる女達は何か言わんのか?

 そうやって、女を身体で懐柔してる事に」

 

 ヒロユキやジュンイチならまず在り得ない手段だ。

 性格や外見から可能かは別として。

 セリカやサクラ、ネムがどう思うか。

 遊びのナンパですら、もしやったならどんな事が起きるか知りたくも無い事だろう。

 

「人殺しを当たり前に行うのにか?

 強姦、その煽動、性的なものも含めた拷問なんかも当然の様にやってきたぞ。

 懐柔するだけ、ならむしろ気楽だろうな」

 

 利用した挙句、直接か間接かは別として最後には殺すというパターンが大半。

 ユウイチを理解し、その道を信じている彼女達でも、実際ユウイチのとる手段を手伝うのは辛い筈。

 本格的な汚れ仕事は全てユウイチが行うが、間接的でも関わる事は辛いだろう。

 いや、ユウイチがほとんど1人で背負い込んでいるのを見ながら、それ以上手が出せない事の方が辛いだろうか。

 ユウイチについていくと決めたのに、覚悟しているのに、ユウイチの隣に立つ事ができていないのだから。

 

「わりぃ」

 

「すまん」

 

 解っている筈なのに、そんな事を言わせる様な問いをした事を詫びる。

 ユウイチは気にしていないだろうが。

 それでも、詫びなければ気がすまない。

 

「別に構わんさ。

 さ、終ったし、さっさと入ろうぜ」

 

 聞かれたから答えが事であるが、続けて楽しい話題な訳は無く、ユウイチ達は温泉へと向かう。

 

 

 カコーン

 

「は〜……いい湯だ」

 

「そうだな、良い感じだ」

 

「だろ?」

 

 男3人で温泉に浸かり、一時の休息を堪能する。

 ここが住処であり、旅をしないジュンイチは兎も角、ユウイチとヒロユキにとってはこんな安らぐ時間はそう無い。

 

「そういえば、今更だが。

 何で俺達男組が先に入ってるんだ?」

 

 ふと、思い出して呟くジュンイチ。

 湯の準備ができ、ヨリコにどうぞ、などと言われたから何の疑問もなく入っているが。

 女性達は早く身体を綺麗にしたいと思っているだろう。

 なのに、何故誰も何も言う事無く、男達が先に入ることになったのだろうか。

 

「さてな。

 誰かに自分達が先に入った後の出汁たる湯をどう使われるか心配だったんじゃないか?」

 

 無表情のまま、何気にジュンイチを見ながら言うユウイチ。

 お前が原因だと目が言っている。

 

「脱衣所とかの匂いとかもあるしな」

 

 更に、ヒロユキも同様にジュンイチを見る。

 ユウイチよりややニヤケた感じがあるのが余計に、ジュンイチが原因だと言っている様なものだ。

 

「何で俺だけなんだよ!」

 

 そっちの趣味はいたってノーマルだと自負しているジュンイチ。

 そんな疑惑を向けられるなど心外以外のなにものでもない。

 それに、それならば自分だけが原因となるのは違うとも思い、反論する。

 だが、

 

「俺は女を連れた長旅でそういう信頼は完璧だ」

 

「俺はそんな変態的趣味がないのはセリカが証言してくれる筈だ」 

 

 2人は、少なくとも自分の連れ達にはそう言う方面の疑いをかけられる事は在り得ない。

 ユウイチは特に、むしろそう言う方面では淡白すぎると女性達に思われるくらいである。

 ヒロユキの場合は、一部信用無いというか事故があったと言うか、いろいろ旅の途中でありはしたがノーマルであるというのは信じてもらえているだろう。

 性的な好奇心は強いと思われているかもしれないが。

 

「それなら俺も……」

 

 ジュンイチも、サクラ、ヨリコとネムには信頼してもらえている。

 と、言いたかった。

 だが、サクラは7年越しの再会を果たして10日、ヨリコは出会って10日。

 そしてこの10日間は大忙しで、そっちの信頼など築ける筈もない。

 ネムに関しては逆に今まで生活の上で、信頼を失墜させる事件が数あった為、現状信頼は無いと言っていい。

 

 よってこの中でもし、女性達が男の変態的行動を心配して、風呂が先になったのなら原因はジュンイチと言う事になる。

 それに、ここはヨシノ邸である為、基本的にサクラの意見が通る筈。

 風呂の準備を行ってきたのはヨリコであるが、ヨリコはサクラの考えをそのまま実行するだろう。

 

「俺は変態じゃねぇぇぇ!!」

 

 立ち上がって天に吼えるジュンイチ。 

 

 映し出される空に浮かぶ月は、今宵も美しかった。

 

「青いな」

 

「春だねぇ」

 

 余裕の男2人はのんびりと、吼える男の背を見て楽しむのだった。

 

 

「さて、冗談はさて置き」

 

 本当は、決戦の中で最も重要な役割を果たし、勝利へと導いた3人への労い。

 それと、女性が入ると長くなるので、早いだろう男性の方を先にした、というところだろう。

 

「今更といえばだが……今更だがな。

 久しいなユウイチ。

 11年ぶりか」

 

「……ああ」

 

 ヒロユキの再会の言葉に、一瞬迷って応えるユウイチ。

 

 嘗て、ある街に住んでいた幼馴染の2人。

 親友と呼べた関係。

 

 しかし、突然の不幸。

 そして、十年を越える月日。

 

 この再会は喜ばしい事か。

 あまりに複雑な事情。

 例え、今は理解しているとしても。

 また道を違えれば、今度こそ本気で殺し合うだろう2人。

 

 ジュンイチは2人の雰囲気から、少しだけ2人から離れて月を見上げる。

 そして、思い出すのは先日のユウイチとヒロユキの戦い。

 最終的に決着のつくことのなかった、あの戦い。

 

 2人は今此処で決着を着けようなどとは、微塵も思わない。

 だがしかし、次にであったならば、そこできっと―――     

 

 

「一つだけ、教えてくれ」

 

 離れていた11年。

 こうも変わってしまった嘗ての親友。

 決戦前の話から、過去は聞くような事ではないと解っている。

 だが、これだけはどうしても問いたいと、ヒロユキは問う。

 

「お前を引き取ったあの人。

 ミナセの人達はお前にとって、何だ?」

 

 ヒロユキの知らない11年。

 ユウイチが悪であったのは今から大体7年前まで。

 その前に修行時代があるが。

 それより前に、存在する時間。

 元いた街から、両親の死亡によってミナセに引き取られていた時間だ。

 

 ユウイチの連れにミナセの姓を持つ女性がいる事を承知で問う。

 もし、今のユウイチがこうなった要因に引き取られた先での事があるならば。

 もしも、あるならば……

 

「ミナセは嘗ての俺が新たに手にした家族。

 ミナセ夫妻は本当に嘗ての俺を息子として育ててくれたし、アキコさんは最高の姉だったよ。

 それに、新たな故郷となった場所にはマイとサユリという友もいた」

 

「……そうか」

 

 ユウイチの静かな応えに複雑な顔をするヒロユキ。

 そしてそれを見上げて想う。

 

 ユウイチが引き取られていった北の町は今でも平和だ。

 それは情報としてだけでも確かな事。

 そして、ユウイチにはそこに家族が居て、友がいた。

 

 だが、それでも。

 一度家族を失い、それがどう言う事かを知っているユウイチが。

 それらを全て捨てた何かが起きた。

 そして、更にはあのユウイチが悪役の道を選ぶ事になった『ローランドの悲劇』。

 

(あの時、家で引き取るという選択肢も存在していた……)

 

 無意味と解っていても考えてしまう。

 もしもという話を。

 例え今のユウイチという存在を理解していたとしてもだ。

 

 

 暫く沈黙が続いた。

 温泉の温かさすら忘れかける程の沈黙。

 だが、沈黙は砕かれる。

 またもヒロユキの言葉で。

 

 更なる重さを得るとしても、確かめておくべき事への問いで。

 

「そういやよ、俺が言えた義理じゃないかもしれないが。

 お前、おじさんとおばさんの、ってか、お前の家の墓はどうすんだよ」

 

 アイザワ家の墓はユウイチが生まれ育ち、ヒロユキ達と過ごした街にある。

 ユウイチがミナセに引き取られた際、墓の管理はフジタ家が代行する事になった。

 が、そのフジタ家も現在旅の最中であるヒロユキを残すのみとなり、両家とも現在はカミギシ家が管理している。

 ヒロユキの方は旅をしながらも、少なくとも命日には一度戻るつもりはある。

 だが、ユウイチは―――

 

「何かできると思うか?

 既に、嘗てあの街にいた『ユウイチ アイザワ』という人物は死んでいる。

 正式な死亡届は最早だせぬがな。

 大体、この世界の歴史を見ても史上最悪の親不孝者たる俺が、どんな顔で墓の前に立てというのだ?」

 

 墓などに興味はなく、立つ意味も無いと言うユウイチ。

 だが、それはやはり表面上だけの事であった。

 ヒロユキとジュンイチには解る。

 何も語らぬ瞳の奥に、両親への愛と、墓前に立てぬ事への嘆きが映っている。

 この道を選んだ事に後悔は無くとも、できなくなった事への感情を完全に捨てた訳ではない。

 

 元より、完全な悪ではなく、あくまで悪役たるユウイチであるが故に。

 

「……そうだな。

 じゃあ、今度帰ったら、お前ん家の墓にも手合わせてきていいか?」

 

 全てを理解した上で問う。

 返って来る答えも予想して。

 それでも、言葉にして。

 

「はっ、無意味な。

 好きにしろよ。

 俺は既にあの街にいた『ユウイチ アイザワ』ではない」

 

 そう答えることしかできない。

 だが、ユウイチとヒロユキの間でのみ、会話は成立する。

 嘗ての親友同士の言葉が。

 

(お前が馬鹿で助かる)

 

(お前程じゃないさ)

 

 恐らく他者にはけっして伝わる事が無いだろう。

 表情や瞳どころか、心の表にも現れない瞬時の会話。

 

 ただこの一瞬、2人は嘗ての親友同士へと戻っていた。

 

 

「一応、俺は一度あの街に寄った事がある」

 

 暫ししてから、ユウイチはぽつりと言う。

 あくまで無表情のままで。

 

「お前が勇者となって1ヶ月経った頃。

 お前が旅に出て約1年後だな。

 俺は単独で、通過点としてあの街に寄る事になった」

 

 その時の事を思い出し、空を見上げるユウイチ。

 表情にはやはり何も出さない。

 だが、ヒロユキとジュンイチにはどれほど複雑な心境かは解る。

 

「2泊する事になり、カミギシの宿に泊まった。 

 当然アカリと2、3言葉を交わしたし、マサシの顔も見た。

 墓は……墓地の前を通り過ぎただけだがな。

 ああ、当然2人とも俺の事は気づかなかったな。

 いや、あの時のお前同様、本当は解っていたのかもしれないが」

 

 あの街での2日間、マサシと接触した回数は3回。

 アカリとは大凡14回。

 どれも数秒で、合計しても10分に満たない。

 食事中アカリの視線があったのを除けばであるが。 

 

 たったそれだけであるが、2人ともユウイチだと意識できた事はなかったものの、何処か気になっていた風ではあった。

 ユウイチが予定をやや早めて発つ事を決めたくらいに。

 

「そうか……

 2人は変わってねぇだろ」

 

「いや、変わっているさ。

 アカリは女性としての魅力を持ち始めているし、マサシもいい男になりつつある。

 ただ……」

 

 ユウイチはそこで一度言葉を切った。

 そして、少し間をおき、ヒロユキを一度見てから続ける。

 

「ただ、アカリの時間は止まっているな。

 お前が旅に出たときから」

 

「……そうか」

 

 ユウイチの言葉を静かに認めるヒロユキ。

 知ってはいた、アカリの気持ちを。

 

「アカリ カミギシにとって、ヒロユキ フジタは己の一部と言ってよいだろうな。

 お前にとってアカリ カミギシはそうではなかった様だが」

 

 嘗てあの街にいて、ヒロユキとアカリの親友であった『ユウイチ』の知る2人というのは、互いに必要不可欠な存在。

 そう、比翼の鳥の様に。

 あの頃の『ユウイチ』はそう想っていた。 

 だが、ヒロユキはアカリを置いて、旅に出た。

 

「いや、そうでもないさ。

 あそこは俺の帰る場所だ。

 アカリがいなければ、俺は何処へもいけない」

 

 アカリ本人にも言った事の無いヒロユキの気持ち。 

 ヒロユキにとってのアカリという存在。

 久しい友と再会したからか、言葉にして、零れ落ちる。

 

「だったら手紙でも送れよ。

 あの事件以後は一通も送ってないのだろ。

 俺がいたのは2日だけだが、アイツはお前からの手紙を読み返してたぞ。

 大体、最後に送った手紙はアレだろうからな、帰ってこない心配すらしていた」

 

「そうか……」

 

 ユウイチに告げられる事実に、甘えすぎている事に気づく。

 手紙を送っていないのには一応理由があった。

 最後に送った手紙というのにも関連して、故郷を少し忘れたかったのがあるからだ。

 両親の最後が思い出されるが故に。

 

 だが、それもこれもヒロユキの事情。

 さらにはアカリに押し付けている事も多々ある。

 とりあえず、ここを出たらまず手紙を送る事を決意する。

 

「俺があの街を予定より早く発った理由に。

 アカリの部屋から、お前の名を呼ぶ、啜り泣きに近い声が聞こえるのが耐えられなかった事もある」

 

「……そうか」

 

 更なるユウイチの事実の告発に、もう同じ返答しかできないヒロユキ。

 勘弁して欲しい所だが、全て事実。

 ユウイチは何も悪い部分は無く、むしろ己の悪性を自覚できるのだ。

 大人しく聞くしかない。

 

 が、そこで次にユウイチから出た言葉は方向性が違った。

 

「で、ヒロユキよ。

 お前、アカリ カミギシをどうするつもりだ?」

 

 今までの脅しにも近い事実をもってする問い。

 返答を違えれば、男として最低の烙印を押されるだろう。

 

「どう、と言われてもな……」

 

 流石に返答に困るヒロユキ。

 ヒロユキと嘗てあの街にいた『ユウイチ』の幼馴染アカリ カミギシ。

 嘗てあの街にいた『ユウイチ』として、問わなければ成らない事だった。

 事実を突きつけ、半ば脅している状況であろうと。

 

「そんな答えではダメだ。

 嘗て、かの街にいた『ユウイチ アイザワ』の記憶を持つ男として。

 世界を回り、知識を持つものとして。

 1人の男として言わせて貰う。

 ハッキリしろ。

 今離れている事、既にセリカがいるのを言い訳にする事も却下する」

 

 逆らえないくらいの速度と力をもってヒロユキに答えを迫るユウイチ。

 本来なら、ヒロユキとこんな会話などすべきではないのだろう。

 だが、おそらくは―――いや確実に、もうヒロユキとこんな会話をする機会などないだろう。

 だから、後悔することの無い様、嘗ての親友の為、嘗て好いた幼馴染の為にも言っておく事にした。

 

「……ああ、解ってる。

 少なくとも2ヶ月以内には一度故郷に戻り、そこでハッキリさせる」

 

 ヒロユキは静かに応える。

 それは、ユウイチの圧力に負けたからなどという理由では無い。

 確かにユウイチの言葉あってこそ出てきた事であるが。

 それは避けられぬとして、確かに心の中にあったこと。

 それが表に出て、覚悟を決めた。

 それだけの事。

 

 ただ、ユウイチが言わなければ、もしかすると年単位で先送りにされた可能性もある。

 その間、アカリ カミギシを置き去りにして。

 

「ああ」

 

 ユウイチは無表情。

 言葉にすら心をのせぬが、ただ記憶にある過去に自分のみが安堵を得る。

 

 

 

 

 

「ところで、アンタは3人も女性を連れているが。

 上手くいってるのか?」

 

 ユウイチとヒロユキの会話が終わり、雰囲気的にも落ち着いた頃。

 ふと―――いや、そう装って、タイミングを見計らっていたジュンイチが尋ねた。

 

「……ああ、不思議な事に関係は良好だ。

 だが、一つ訂正しておくが、俺はアイツ等を連れている訳じゃない。

 アイツ等が好き好んでわざわざ俺に付いて来ているだけだ」

 

 表情には出さないが、ユウイチは、やはり来たか、と思いながら答えた。

 こう言う会話をする機会など今まで無かったが、もし機会があるならば聞かれるだろう事としている事。

 そして、ユウイチとアキコ達の間の決め事でもある事。

 それをジュンイチ達に教えるかどうかだけを一瞬迷って答える。

 

「ふ〜ん。

 なら、コトリはどうする気だ?」

 

 軽い感じに変わりは無い。

 だがその実、殺気にも似たものを内に秘めながら問う。

 

 コトリの気持ち、今後取る道、そしてユウイチの答え。

 その全てはあまりに解り易い。

 アレだけの行動を起こしているのだから当然、この島で気づいてない者などいよう筈がない。

 

 故に、横にいるヒロユキも同様の視線をユウイチに向けていた。 

 

「コトリとて例外は無い。

 ついてくる意思がないと解れば即座に捨てる。

 ただ、他の奴とは違い捨てる場合は、現状ではジュンイチ、お前のところだという事だな。

 それ以外、何も変わらないさ」

 

 そう変わらない、彼女達が勝手についてきている、と言うことになっていても。

 そもそも移動時にはユウイチの友で、ダークドラゴンであるシグルドを用いているのだ。

 その時点で、肉体的について来るのが難しい事など、実はさして問題にはならない。

 ただ、役どころが限定される、と言うだけの話なのだ。

 

 尤も、ユウイチの道に於いて、それは最も重要な事であるのだが。

 その点は、特殊能力をフル活用で、他の者と同じ位置に立てるだろう。

 そして、そんな事は関係無く、ユウイチにとってコトリもアキコ達も皆平等の存在だ。

 

「そうか。

 ……まあ、聞くまでも無いだろうが。

 これもな。

 でも、聞いておく。

 仮にもコトリの親友であった男として」

 

 最早表面上すら真剣そのものになり、ジュンイチはユウイチを見る。

 その視線を真正面から受け止め、次の問いを待つユウイチ。

 

「お前はコトリをどうする?」

 

 ユウイチと共に行くと言う事は、つまりどう言うことであるか。

 最早2度とまっとうな光りの下では輝く事ができないコトリ。

 全ての人に夢を抱かせる事すら可能な、かの歌姫を闇に引き入れるという事。

 

 それがユウイチであるならば、それもいいと考えている。

 だがそれでも、彼女の友として、1人の男として、問わなければならない。

 

「そうだな。

 数多の国で嘆きの詩を歌わせては、人々に絶望を与えさせ。

 毎夜あの声の慟哭を聞きながら、あの肢体を貪り。

 最早2度と人の為に歌うことは無く、籠の鳥は永劫の闇に堕とすだろう」

 

 ユウイチは冗談ではなく、ただ純然たる事実として述べる。

 彼女の行く道を。

 自分などに付くといった愚かな少女の行く末を。

 

「そうか……

 コトリは任せたぞ」

 

 だが、ユウイチの答えに、先までの視線を止めた。

 まるで、それを聞いて安心したかの様に。

 

「おい。

 任せてどうする?

 お前等は俺を殺してでもコトリを奪えよ」

 

 ジュンイチ、そしてヒロユキの反応に呆れながら言うユウイチ。

 何故この返答でそんな反応になるのか理解できない。

 例えユウイチという存在を理解していても。

 いや、理解しているからこそ、彼女の幸せを願うならば、コトリを奪うべきであろう。

 

「ああ、殺してでも奪うさ。

 お前がコトリに不幸を与えるというのなら。

 だが、コトリはお前と共に行くことを選んだ。

 だから、任せる」

 

 コトリが選んだ道、ユウイチの道を信じている。

 例えコトリが2度と囀る事ができなくなったとしても、コトリがそれで不幸でないのなら、それで良いだろう。

 だから、どんな道を行こうがユウイチがコトリに不幸を与えると言わない限り、任せられる。

 

「ったく……やはり馬鹿だ。

 なら、一つ言っておく。

 俺はアイツ等を何も縛らない。

 そして、何も求めない。

 ただ、アイツ等が幸せである事を願う。

 故に、俺はアイツ等が己で不幸と自覚しない限り、共に在り続けるだろう」

 

 本来そんな事を言うべき事でもないのに、ユウイチはここに宣言した。

 元よりユウイチの在り方にして、ユウイチの往く道で、ただ一つ彼女達に出来る事。

 それをユウイチは存在する限り彼女達に示しつづける。

 

「何も縛らず、何も求めず、ただ幸せを願うか……

 自分よりも他者の幸せを願うのか?」

 

 ヒロユキは問う、それはただの自己犠牲かと。

 自己犠牲の自己満足に過ぎないのではないかと。

 

「幸せを定義するなよ。

 俺は彼女達を愛し、彼女達から例え一時でも愛された事実があるなら、それで幸いだ。

 例え彼女達が俺の下を離れても、幸せでいるならば、俺も幸いであり、自分の手元にあるかどうかは問題では無い。

 それに、彼女達から愛されている間は、俺も十分に彼女達という存在を堪能しているさ。

 心も身体も求めた。

 存在全てを駆使し、俺の往く道に利用している。

 俺は、自己中心的な男だよ」

 

 ユウイチはただ事実のみを述べる。

 それが相対的にみて、どうなのかは別として。

 自分の幸せを追求していると。

 

「なるほど。

 やはりお前は人間だけど、化物だな」

 

「まったくだ」

 

 何度も思ったが、ここに極めり、とヒロユキとジュンイチは頷きあう。

 真似などできるわけがないと思いながら。

 

「何を言っている?

 まあ、いいが。

 一つ、お前達に言っておこう、ヒロユキには先に言ったことでもあるが。

 中途半端な事は止めておけ。

 そして己の在り方を貫け。

 言い訳を考えるな。

 世界を見てきた限り、半端に今を維持しようとしたり、途中で意志を曲げたり、何かで言い訳を造ったり。

 そんな事をした奴で、良いエピローグを迎えた奴はいなかった。

 だから、他と比べるなよ。

 お前達はお前達の答えを持っているのだろ」

 

 悪役たるユウイチとしては、らしからぬ忠告の仕方。

 そして、正に言うは易いが行うは難い。

 それは、貫き通す事だけでも難しいというのに、周囲の圧力にも屈しない事が必要になる。

 

「ああ、参考にするぜ」

 

「忠告感謝する」

 

 が、ここにその実例が存在する。

 目の前に、決めた事をやり通している者がいる。

 周囲から敵としか見なされないやり方で。

 誰よりも輝ける先を目指して。

 

 

 

 

 

 ザバーン

 

「少々話し込みすぎたか」

 

「待ちくたびれてるかね」

 

「まあ、今更急いでもしゃあないだろ」

 

 湯から上がった3人は脱衣所に戻る。

 そして、身体を拭いて、タオルを腰に巻いただけの状態で手にとるものがあった。

 

「しかし、こんなものまで用意するか」

 

「完璧主義か?」

 

「いや、趣味で暇だったんだろ」

 

 手にとるのは飲み物が入った瓶。

 しかも、各自が取るのは3人とも乳製品だった。 

 

「こう言う時はこれだろ?」

 

 ヒロユキがとるのはコーヒー牛乳。

 

「いや、これが一般的だ」

 

 ジュンイチが取ったのはフルーツ牛乳。

 

「……」

 

 ユウイチが取ったのは普通の牛乳だった。

 

((邪道な))

 

 ユウイチのチョイスに互いのより遥かに強い非を入れる2人。

 口には出さないが。

 

(いや、多分、この文化の伝わり方は間違ってるし。

 ヒロユキの場合は単にそういう系のものが好きなだけだろ?)

 

 ユウイチは1人、2人がどうしてそういう変な常識を持っているのかを考える。

 母が東国出身者である為、2人よりは常識的だと自負している。

 

「ま、いいや。

 さて、さっきの花見の時は周囲の流れだったし、食事の時は食ってばっかだったからな」

 

「ああ、そうだな」

 

「よかろう」

 

 3人は蓋を開けた瓶をもって向かい合う。

 そして、手に持った瓶を前に出す。

 

「なんにするかね?」

 

「そうだな〜」

 

「……特に迷う必要もないだろ」

 

「ま、そうだな」

 

「じゃあそれで」

 

 花見の時のはあくまで回りから押されての事。

 だから、ここで男だけの意思を掲げる。

 

「「「明日の夢に」」」

 

 静かな言葉と共に瓶がぶつかり合う。

 そして、次には3人同時に一気に飲み干す。

 

「ぷはぁ〜、やっぱ風呂上りにゃこれだろ」

 

「おう、これがないと温泉に入った気がしねぇからな」

 

「まあ、悪くない」

 

 今日の夢との交わりを祝いながら、明日の夢を目指す3人。

 明日からまた違う道を歩く。

 そして、本来敵対しているのが自然の3組だ。

 再会があるならば、それは戦場となることだろう。

 

 

「んじゃ、そろそろ行くか」

 

「待ってるだろうしな」

 

「ああ、行こう」

 

 

 それでも、3人はまた歩き始める

 

 

 今のこの幸いな夢から覚めても

 

 

 また明日、今日より良い夢を見る為に

 

 

 

 

 

姫湯へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 外伝その1、男湯です。

 むさくるしい描写多くてすみません。

 時間的には本編完了とエピローグの間ですね。

 

 それにしても、外伝は本編に少なかったギャグ分補充が主な目的だったのですが。

 シリアスが多いですね……

 おかしいな〜

 

 次は、順当にいけば女湯。

 きっと明るい筈。

 因みに2章の外伝としては3つある予定です。










管理人の感想


 T-SAKAさんから外伝1話目を頂きました。

 外伝と言っても本編の補完的な話ですが。


 今回は漢湯。

 何故か漢、あえて漢ですが。(何

 同性ゆえにちょっと色々思うところがある話でしたね。

 特に他2人が驚愕したユウイチの外見とか。(笑



 しかし経験ゆえかユウイチが随分歳いってるように思えますよね。

 めちゃくちゃ落ち着いてますが、これでも彼は○○歳。

 まぁそれでこそこのSSのユウイチらしいですが。



 次回は女湯。

 女性陣の面白い話が出るかもしれませんので期待ですよ?(爆



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