無銘の華

プロローグ

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 少年が天に吼える。

 瞳からは血の涙を流し、喉が裂けてなお吼える。

 空を砕かんばかりの叫び、大地を揺るがす。

 

 少年の腕には、少年と同年代だろう少女がいた。

 優しく微笑み、眠るように瞳を閉じた少女が。

 

 栗色の髪を真紅のリボンで結い、真紅のドレスの様な服を着た少女。

 

 真っ白な雪原の中、紅い絨毯の上で。

 

 

 

 

 少女は、少年の腕の中で眠りについた

 

 

 

 

 

 

 

 ある2人の少女がいた。

 

 1人の少女はちょっとしたお嬢様で、誰にでも優しく、気立てが良いと言われていた。

 少女には弟がいた。

 病弱な弟で、父親はそれに負けないようにと強く育てようとしていた。

 少女も弟を励まし弟の背中を押してきた。

 弟は父と姉の期待に応えるべくがんばった。

 だが、体の弱かった弟は無理が重なり衰弱し、眠ったまま永遠に目を覚ます事が無くなった。

 少女は悲しんだ。

 自分が無理をさせたのだと、自分が弟を殺したのだと悲しんだ。

 

 そんな時、少女はある少女と出会った。

 その少女は特異な能力故、優しい心を持ちながら理解されず、疎まれていた。

 少女はその少女の優しい心を理解し、弟を殺した罪滅ぼしの様にその少女を護ろうと思った。

 やがて2人の少女は友達になった。

 少女の家は魔導士でも文武両道を掲げ、家では剣の道場も開いていた。

 その少女は家の道場へ入り、悲しむ少女を護ろうと思った。

 2人はやがて親友となり、月日は流れ少女も罪滅ぼしという意識から開放されようとしていた。

 

 そんな頃、1人の少年が少女の家の道場に現れた。

 剣の才能も魔法の才能も全く無いけど、いつも一生懸命にがんばっている少年だった。

 少年はどことなく少女の弟に似ていた。

 きっかけはそんな理由だった。

 少女ともう1人の少女は少年に話しかけた。

 すると少年はもう1人の少女の優しさも、少女の悲しみもすぐに理解した。

 聞くと少年は両親を失ったそうだ。

 3人は欠けたモノがある者同士、互いの欠けた部分を補うかのように支えあい、仲良くなっていった。

 

 半年後、冬のある日。

 2人の少女は少年がある少女と仲良く話しているのを見かけた。

 少女達は解った、その少女が少年に淡い恋心を抱いている事を。

 少女は弟を取られたような気分だったし、もう1人の少女も大切な友達を取られた気分だった。

 でも、少年はその少女と会いながらも2人との時間を減らす事は無かった。

 2人があまりに幸せそうで、少女達はその恋を応援する事にした。

 少年の幸せを祈って。

 

 その時はまだ、2人の少女は自分の気持ちに気づいてはいなかったのだ…………。

 

 そんなある日、事件が起こった。

 少年と恋をしていた少女の両親が行方不明となり、その少女も行方を眩ましたのだ。

 更に次の日、1人、街から人が消えてしまった。

 そのまた次ぎの日も、次の日も…………。

 10日で10人の人が消えてしまった。

 街には兵士が常に見回り、皆家から出なくなった。

 2人の少女は少女の屋敷にいた。

 もう1人の少女は少女を護ると剣を持っていた。

 でも少年はいない。

 2人は知っている、少年は今もあの少女を探しているのだと。

 少女達も手伝いたかったが、親達がそれを許してくれず、抜け出す事も出来なかったのだ。

 

 12日目の夜。

 2人の少女は遠くで誰かが叫び、泣いているのを確かに聞いた…………。

 

 そして13日目の朝。

 あの少女が遺体で発見された。

 心臓を貫かれ、真っ赤に染まった雪の上で眠るように亡くなっていたらしい。

 そして同時に、少年は街から姿を消した…………。

 

 大切な人を失った2人の少女はより互いを求める様に寄り添った。 

 でも2人は信じていた。

 少年が帰って来る事を。

 約束したから。

 

 だから待っていた、少年が帰って来るのを。 

 

 

 ずっと、待っていた。

 

 

 

 

 

 また別の少女がいた。

 少女はその少年と特別に何かあった訳では無かった。

 だけど、初めて会ったときの、あの無理に笑っている少年が気に掛かった。

 あまり話す事も無かったし、会う事も少なかった。

 けれど徐々に少年の笑顔が作ったもので無くなっていたを見て何故かホッとしていた。

 少年がこの街に来て半年もした頃だろうか?

 少女は少年がある少女と親しげに話しているのを見かけた。

 女の直感で2人が恋をしているのだと解った。

 それから、少女は少年の事を忘れようと努めた。

 何故そうしたのか、少女は自身でも解らなかった。

 

 ある日事件が起きた。

 人が消えていくという事件だ。

 ある家族を始めとし10日で10人の人が消えた。

 街には兵士達が見回り、人々は家から出なくなった。

 12日目、そんな中、少女は少年を見かけた。

 少年は剣を持って走っていた。

 少女は呼び止めようとしたが、すぐに視界から消えてしまった。

 

 次の日の朝。

 始めに消えた家族の内、娘だけが発見されたらしい。

 雪の上で冷たくなって……

 

 その日から少年は街から姿を消した。

 やがて少女は少年の事を忘れ始めた。

 

 あの日の思いは記憶に埋もれてしまった。

 

 

 それは仕方ない。

 だって少女には護るべき者が在ったから。

 

 たった1人の妹を護る為に、少女は過去を思い出にすらするいことなく、記憶の底に埋もれさせてしまった。

 

 

 

 

 

 森に1人の少女がいた。

 その森は妖狐が出ると噂される森だったが、少女にとっては家同然だった。

 レンジャーである両親と共に森で生きてきた少女は動物達が友達だった。

 特にある子狐ととても仲が良かった。

 親友と呼べるほどに。

 

 ある日、少女が森を歩いていると、同世代くらいの少年を見かけた。

 少年は1人で、剣の素振りや型の練習をしていた。

 ずっと1人で、一生懸命に。

 そこで不思議な事が起きた。

 少年は剣を振っていると言うのに、動物達が少年の周りに集まってきたのだ。

 少年はそれに気づくと剣を振るのを止めて微笑んだ。

 そこで、少女の友達である子狐が少年の下へと駆け出し、それがきっかけで少女と少年は知り合った。

 友達、と呼べるかは解らなかった。

 互いに名前を名乗ったし、一緒にいる事も長かった。

 でもそれは少年が剣の稽古をする傍で、少女が集まってくる動物の相手をすると言うものだ。

 挨拶をする程度でろくに会話もしなかった。

 でも、少女はそれでもいいと思った。

 少年は動物達に優しかったし、少女を何かと気遣ってくれた。

 喋る事も遊ぶ事も無かったけど、二人でいると互いに心が和んだ。

 

 ある日、少年の住む街で事件が起きた。

 詳しくは知らないが人が消えているらしい。

 少女の両親は凄く緊迫した感じで森全体を見回っていた。

 動物達も何かに怯え、少年もいつもの場所に姿を現さなかった。

 

 事件が発生して数日後の夜。

 森が騒がしかったので少女は外に出てみた。

 その日は朝から雪が降っていたが、その時は止んでいた。

 両親はまだ戻ってきておらず、止める者の無かったので騒がしい方へと近づいていった。

 その途中、友達の子狐と合流し、騒ぎがある方へ向かう。

 途中、剣戟の様な音が聞こえ、人の声も聞こえたが、声の内容までは聞き取れなかった。

 

 突然、聞いた事の無い凄い叫び声が空を揺らした。

 少女はそれに驚いて尻餅を付いてしまったが、その声に聞き覚えがあった為もあり、すぐに立ち上がり、声のした方へと急いだ。

 

 そこで少女が見たものは、幻想的なまでに不可思議な風景だった。

 少女の知る少年が、真紅のドレスの様な服を着た少女を抱いて、天に吼えていたのだ。

 白い雪が何故か紅く染まり、少年はその中心で少女を抱いていた。

 目からは血の涙を流し、もう声も人の声とは言えなくなっている。

 

 暫くして少年は背後に立っていた女性に少女を預けると、何処かへ走っていってしまった。

 

 

 それ以来少年は姿を現さなくなった。

 何があったのかは少女には解らない。

 でも少年に悲しい事が起きた事だけは解る。

 

 少女はそれからも少年が稽古をしていた場所に毎日足を運んだ。

 少年は帰って来る。

 なんとなく少女にはそう感じられたから。

 

 親友の子狐も一緒に待っていた。

 

  

 ただ、あの優しい少年の帰りを。

 

 

 

 

 

 少年には家族がいた。

 少年は両親を失い、少年は少女の家に引き取れれた。

 少年にとっては従姉にあたる少女。

 少女は少年を弟の様に可愛がった。

 最初は無理に笑おうとしていた少年も、やがて本物の笑顔を取り戻した。

 強くなりたいと言い出した少年に道場を紹介したのもその少女だった。

 

 少年が来て半年もした頃、少年はある少女を紹介してきた。

 少女は2人が好き合っている事を察し、影ながら2人をサポートした。

 

 だがある日、事件が起きた。

 その事件の最中、少女は自らの無力さを嘆いた。

 ただ見ていることしか出来なかった自分が情けなかった。

 あの少女を抱いて血の涙を流している少年に声を掛けることすら出来ない自分に絶望した。

  

 そして少年は少女の前から立ち去った。

 

 何も出来なかった少女はそれを止める事すらできなかった…………。

 

  

 

 

 

 ―――少年は力を求めた

 

 ―――失わない為の力を

 

 ―――理不尽な事に大切なものを奪わせない力を

 

 ―――ただ、護る為の力を求めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ぐ……」

 

 力を求めた少年は森を我武者羅に駆け抜けた。

 何でもいいから力が欲しかった。

 森を駆け抜けていたところオークに出くわした。

 手に持った剣で我武者羅に斬り付けたが、惨敗した。

 少年にはありとあらゆる戦闘に関する才能が無かった。

 一応剣の道場に通い、自分なりの努力もしたが並以下の腕だった。

 魔法も実戦レベルのものを習得するに至らず、若干身体が弱く、よく病気にも掛かる方だった。

 それに付け加えこの時は冷静さを無くしていたのだ、勝てるわけが無かった。

 

 全てを失ったと絶望した少年は、今まさに命を失い全てを無意味にしようとしていた………………。

 

 

「死にたいのか? 少年」

 

 声が聞こえた。

 大人の女性の声だ。

 ぼやけてよく見えない目でそちらを見ると、マントとフードで身を包んだ旅人風の女性が立っていた。

 

「ち……がぅ」  

 

 思うように動かない口で何とか答える。

 そう、違う。

 死にたい訳じゃない。

 無謀な事をしたがそうではないのだ。

 力が欲しい。

 ただそれだけだった。

 

「力が欲しいか?

 でも君は才能ないでしょう、戦闘関連の才能が一切無いわね。

 諦めた方がいいと思うけど」

 

 見ず知らずの女性にそんな事を指摘される。

 だが、それは事実。

 しかし、そうだとしても、

 

「つよ、く…………な……り、たい」

 

 今の少年にとって、最早喋る事も死に繋がる。

 それほどの瀕死の重傷だった。

 けれど、それでも答える。

 此処で答えなければ、全て意味を失うような気がしたから。

 

「そう……じゃあ立ちなさい。

 足は折れていない、心臓はまだ動いてる、脳は無傷。

 立てない訳じゃないわ。

 立てないのであれば戦う事以外で強くなりなさい。

 もし立てるのなら、一応一つだけ貴方が強くなる方法がある。

 無敵になれないけど、誰にでも勝てる強さを手に入れることができるわ」

 

 女性は少年にそう告げるが、普通は立てない。

 確かに立つ事は不可能ではないだろう。

 瀕死であっても、足と心臓と脳は無事なのだから。

 だが、酷い重傷である事には変わりないのだ。

 少年は今指一本動かせる体ではない。

 人の持つ本能が、生命活動を司るプログラムが、動く事を拒否する。

 動かそうとするなら、それは激痛となって少年の意志を拒絶するのだ。

 

 だが、少年は立ち上がった。

 時間は掛かったが、しっかりと立ち上がって見せた。

 両の足で大地を踏みしめ、無事な右手を構え、血でかすんだ目で相手を見る。

 少年は身体は死に向かっていた。

 そのまま放って置かれたら一時間もしない内に命の灯火は消えていただろう。

 それなのに少年は立ち上がった。

 

 ただ、強くなりたいという意思だけで、少年は己の身体を制したのだ。

 

「そう、強くなりたいのね?

 ではついて来なさい。

 貴方を地獄に送ってあげる。

 貴方が強く成れるのは、もう地獄以外にないのだから」

 

 そうして少年は旅立った。

 女性に連れられて地獄へと。

 

 何も持たぬ少年が持つ者に対抗しうる唯一の高みへ昇る為に

 

 もう二度と、繰り返さないという決意の為に

 

 少年は地獄へと身を投げたのだった

 

 

続く