少年に戦う才能は無かった。

 それを知ってなお、少年は戦う力を求めた。

 

 唯一、少年が持っていた意志力を持って、少年が強くなれる方法が一つだけあった。

 そう、全く才能の無い少年が得られる戦う力は唯一つ。

 

 それは経験という力

 

 経験を積む。

 つまり戦いに慣れるという事は、才能有る無しに関わらず有利な事になる。

 いかに才能があろうと、見た事も聞いた事も無い事は、知らない事は出来ない。

 経験の差は時として才能の差を覆す事も可能である。

 

 だが、経験の量だけで、実戦に出ている才を持つ相手に勝つには、どれほど経験を積めば良いだろうか?

 

 血の滲む努力? 血反吐を吐くほどの修行?

 

 生温い

 

 それは才有る者がする事である。

 一切の才が無い者が、才有る者と対等以上に戦おうとするならば、人が想像しうる努力では全く足りないのだ。

 ならばどうするか?

 

 地獄

 

 この言葉は、少年のこの修行の為にあるようなものであった。

 師は少年の実力を把握した上で、死ぬ一歩手前まで追い込まれる実戦に放り込んだ。

 戦いの基本は既に出来ており、武術をこれ以上期待できない少年がやる事は一つ。

 あらゆる状況、あらゆる敵を想定し、生き残る術、敵の倒し方をその身、魂に刻み込む。

 武器らしい武器はなく、防具らしい防具も無い。

 自分の身体と回りに在る全てを使い少年は戦った。

 基本的に休む時間は無く、動かない時間は体力回復と平行し魔導学、戦術、歴史から心理学などあらゆる知識を詰め込まれた。

 一瞬でも気を抜けば、一瞬でも意志が折れたならそれは全ての終わりを意味した修行。

 常に生傷を背負い、完全に正常な部分など無く、生きているのが不思議を通り越して不可解。

 他者が見たなら、それは修行などではなく拷問。

 いや拷問であったとしても、課す立場でさえ真性のサディスト以外は、人間として耐えられない毎日を師は少年に課せた。

 しかし、身体の全てが死に瀕していても少年の瞳から意思が消える事は無かった。

 

 

 そして少年はその地獄を一年間生き残り、勝ち抜いた

 

 

 

 

 

無銘の華

第1話 変わったもの、変わらぬモノ

 

 

 

 

 

 白い雪の降り積もった森の中。

 白い布が巻かれた、大きな十字架の様な物を背負った、冒険者風の旅人が歩いてた。

 使い古されているのだろう黒いマントで身を覆い、同じ色のフードを被っている。

 防寒の為にそうしている訳だが、顔どころか、性別すら判別できない状態だ。

 

 と、その旅人の目の前に一匹の兎が姿を現した。

 どこか弱々しい感じの兎だ。

 

「……」

 

 兎に気づいたその旅人はしゃがみ、兎に手を差し伸べる。

 すると、不思議な事に、野生の兎が何の迷いも無く旅人の手に近づいてきた。

 

「きゃぁぁっ!」

 

 だがその時、森に女性の悲鳴が響き渡った。

 その声を聞いた黒マントの旅人が顔を上げる。

 それと同時に兎はその声に怯えたか、森の奥へと消えてしまう。

 

「おいおい、何で逃げんだよ。

 俺はこの街を護ってやってる戦士様だぜぇおい」

 

 下品極まりない笑い声と共に、倒れた女性に詰め寄る下衆を絵に描いた様な男が1人。

 女性は破られた服を押さえ、這いずる様に逃げようとする。

 

「い、いやぁ……」

 

 許しを請うような目で男を見るも、そんな女性の怯えた顔は男を喜ばせるだけだった。

 

「この街にゃ娼館もねぇんだからよ、楽しませろよ、へへへ」

 

 最低の笑い声を上げながら女性に手をかけようとする。

 その時、後ろから男の肩にポンと手が置かれる。

 

「昼飯が―――」

 

 男が振り向くと、そこには黒マントを着た旅人が立っていた。

 男が振り向くとほぼ同時に訳の解らない言葉を口にしていた。

 

「あん?」

 

 邪魔だと言わんばかりの顔をする下衆な男が反応をするより早く、

 

「逃げただろうがっ!」

 

 ドゴッ!!

 

 鈍い音と共に、旅人の拳が下衆な男の腹にめり込み、更に拳は突き上げられ、下衆は木々よりも高い位置まで飛ばさた。

 人間がまるで独楽か何か様に、こうも高く飛ぶものかと思うほど、回転しながら上昇し、そしてまた重力に引かれ落ちてくる。

 

 ドスンッ!

 

 落下と共に、雪に埋まり、更に木々の枝に積もっていた雪が落ちてきて、完全に埋まってしまう。

 そのまま動く事はなく、生死は不明。

 一応旅人としては生きてるくらいには手加減はしたのだが、このまま埋まったままなら、確実に死ぬだろう。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ちょっぴり現実離れした光景に、暫し呆けたままの女性だったが、自分の貞操が守られた事を知り、礼を述べる。

 その体勢のまま、ちょっとまだ顔が怯えたままであるが。

 

「ああ、礼はいらんよ。

 単なる八つ当たりだったから。

 それより、聞きたいんだけど」

 

 旅人は声からして男だと解る。 

 それも結構若い声だ。

 男はちょっと腰を曲げて、倒れている女性に目線を合わせようとする。

 

「はい?」

 

 相手が男だと知ると、つい先ほどまでの恐怖が残っている為若干怯える女性。

 旅人が、どういう理由でそんな目線の合わせ方をしたのかは不明だが、あまり良い効果とは言えなかった。

 

「この先の町って、まだ食物屋ってある?」

 

「……え?」

 

 この場にあまりにそぐわない問いかけだった為、一瞬なの事か解らなくなる女性。

 それに、今の言葉、少し気になる言い方だったのだが、女性はそこまで気付く事はできなかった。 

 

「やはりなくなっているか」

 

 女性の返答を待たず、勝手に納得する旅人の男。

 そして、手を差し伸べ、助け起こそうとする。

 どうやら、腰を落としたのは、単に聞きたい事を尋ねつつ、助け起こすという同時行動故だった様だ。

 そうと解れば、なんら問題のない行動だった。

 

「っ!」  

 

 のだが、若干計算がずれた。

 近づいてきていたのは気付いていたが、途中で大きく加速した為、タイミングが大きく悪いポイントになってしまった。

 

 ヒュッ!

 

 風を切る音が響いた。

 その音が聞こえる一瞬前に、男は大きく横に飛び退いている。

 何故なら、男が元いた場所には白刃が煌めいていた。 

 

「タイミングの悪い事で」

 

 白刃の先、丁度倒れている女性を挟んで男と対峙する形で出現する人影。

 持っている武器は薙刀と呼ばれる東国の武器。

 斬れる槍で、扱いが少し難しい中距離武装だ。

 相手は雪、半分氷となっているが、の照り返しが丁度当たっている為、男からはよく見えない。

 

 まあ、間違いなく、旅人の男を暴漢だと勘違いしているのだろう。

 女性はまだ怯えている顔のままだし、真犯人は雪に埋もれているし、旅人の男というのフードを深く被った、怪しいと言えてしまう格好だ。

 更に、タイミングが悪かったのは、手を差し伸べていた、

 つまり、襲いかかろうとしていたと見られる様な体勢であった事が大きいだろう。

 悲鳴を聞いて駆けつけてこの場に出くわしたのなら、まあ、勘違いされるのは仕方が無い。

 問題は今の問答無用の攻撃、一応峰の方を振り下ろしてきたが、容赦ないものであった事だろう。

 それは、こっちの言い分を聞く気が無い可能性が高いという事だ。

 

 ヒュンッ!

 

 それを証明するかの様に、再び白刃が風を切り、旅人の男を襲う。

 それを紙一重で避けながら、男は大きく後退していく。

 女性の傍にいたのなら、弁解してくれるかもしれないのだが、どうも相手はそれを許してくれない。

 意図的に下がらなければいけない攻撃ばかりを仕掛け、女性から遠ざけようとする。

 女性に逃げて欲しいのだろう。

 傍で戦うと護りながらという事になるし、人質にされるかもしれないから、それが正しい判断だ。

 男は結構避けるのに手一杯である為、弁解を口にする余裕は無かった。

 初撃を避けられ一切の油断をしていないのだろう、ある程度女性からの距離を取ると、相手は地の利を活かし木々に身を隠しながら的確な攻撃を仕掛けてくる。

 男は確実に押されていた。

 応戦するどころか姿も今だ正確に捉えられていない。

 

 だが、相手の攻撃も男には全く触れていない。

 

 ザッ!

 

 そして、後退を続けたマントの男は、開けた空間に出る事が出来た。

 薙刀の間合いでも届かないくらいは広さがある。

 

「さて、問答無用でも構わんが、姿くらい見せてもいいんじゃないか?」

 

 空き地のほぼ中央に立ち、相手の出方を待つ。

 出てくるまで時間が掛かると思った男だったが、相手はすぐに出てきた。

 

「これはこれは……ド田舎にしては美人が多いな?」

 

 相手の姿を確認した男は、更に誤解の生むような言葉を口にした。

 しかし、それも多少は仕方ない事だろう。

 先ほど襲われていた女性もなかなかの美人だったが、今姿を現したのはそれを遥かに上回る美女なのだから。

 蒼い長く美しい髪を一本の三つ編みに纏めた、透き通る水の様な瞳をした女性。

 服装は東国の胴着と呼ばれる物だろう、足は黒い皮のブーツを履き黒い皮のグローブをしてているが、実は、この女性の着ている胴着、服は巫女服と呼ばれる物だったりする。

 巫女服に胸当てを着けているだけなのだが、違いが判る人はそうはいまい。

 因みに襦袢もショーツも着けているしさらしを巻いている。

 雪国だから冷えるのだから、女性にしたら当然の事だろう。

 

 ともあれ、そんな格好で薙刀を持って立っているのだ。

 綺麗な顔立ちは戦闘中の緊張感の中にあり、凛々しく輝いている。

 あまりに似合いすぎていて、この雪の舞う森という背景と組み合わせても絵になっていた。

 それはもう、そのまま額に入れて飾っておきたいくらいだ。

 

「抜かないのですか?」

 

 美女はこれまた美しい声で問うてくる。

 男が背負っている十字架の事を言っているのだろう。

 素人が見てもそれは十中八九武器で、形状からして剣であるのが自然だ。

 ただ、旅人の男の決して低くはない身長とほぼ同じ大きさの、規格外れの超大型の大剣という事になってしまうが。

 

「止めておこう。

 抜いてる隙に攻撃されたら避けるのは辛い。

 それに、例え背の物を持っても、君の間合いに一歩及ばない」

   

 やれやれと言う風に、困った様な声で答える男。

 ふざけた調子にしているのは、挑発しているのもある。

 先ほどの発言も含め、もうこうなってしまったからには、状況全てを利用する気なのだ。

 

「そう」

 

 その答えを聞いた美女は、感情を一切消し去った。

 最初から油断などしていなかった美女ではあるが、武器を交えず、視認できたのは最初の一瞬くらで、それ以外は全て木々の間からの攻撃だったというのに、武器の長さを見抜かれたのだ。

 地の利程度の優位など無いに等しい相手だと判断し、次ぎ決めに掛かる気である。

 腰を低く落とし薙刀を右手のみで持ち突きの構えを取り、左手を照準の様に男に向ける。

 ただの突きとは違うのは一目瞭然であるが―――

 

(これほどの使い手か……)

 

 美女は無我の境地に達している。

 無我、とは、つまるところ己をこの戦いに勝つ為だけの存在にしてしまう事だ。

 己の全てを刃と化し、目の前を敵を射抜く事だけを思考する、そう言う存在へと己を作り変えるのである。

 挑発は全くの無意味で、むしろ相手を本気にさせてしまったのだ。

 

 しかし、女性は若い。

 どう見たって10代後半か20歳程度で、少女と呼んでもいいかもしれない。

 先ほどまでの防戦で十分実力を測ったつもりだったが、どうやら単に才能だけが優れている訳では無い様だ。

 負け知らずの者ができる覚悟でもないし、無我は努力無しに到達できる境地ではない。

 恵まれた才と、それに溺れぬ鍛錬を積んできたのだろう。

 女性には見えないが、男からも感情、思考が消える。

 

 ピキッ

 

 何処かで雪の重さに耐えかねた枝が、悲鳴を上げる音がする。

 それが合図となった。

 両者が動き出したのは同時。

 女性は身体全てを使って、音速の突きを放ってくる。

 狙うは男の首。

 

 ゴウンッ!

 

 風すら追い抜き、白刃は男の首へと迫る。

 常人なら一切の動きが見えなかっただろう。

 そして、早く、重いその突きは、確実に相手の首を斬り落とす―――筈だった。

 

 男は、女性が動くと同時に半歩右斜め前に出る。

 そして左手で薙刀を払う様に軌道を少しだけずらし直撃を避けた。

 音速で放たれる刺突を、初動の一瞬で先読みしたのだ。

 薙刀は男の頬の横を紙一重で通りすぎ、フードが風圧で飛び、風で頬が少し切れる。

 その動作と同時に右手で背の十字架の形をした武器を掴み、

 

 ゴッ!!

 

 そのまま薙刀に振り下ろした。

 背からほぼ一回転の速度と重量をもってしての衝撃である。

 それに付け加え相手は技を放った直後、腕も伸びきり衝撃を緩和できない。

 

 ゴトッ

 

 女性の手から落ちた薙刀が雪に埋もれる。

 男としては間合いが届かない故、武器破壊を狙ったのだが、思いのほか薙刀は丈夫で、且つ女性側が壊さない様に衝撃を緩和していた。

 

「く……」

 

 武器を落とした女性は口惜しげに男を睨み、後退する。

 当然だが武器を拾う事などできない。

 そんな隙を見せれる相手ではないのだから。

 

「やれやれ……」

 

 フードが取れた男はその顔を晒した。

 面倒そうに切っただけの黒髪、幼さの残る整った顔。

 底の見えない海の様な深い蒼の瞳、マントの隙間から覗ける引き締まった無駄の無い身体。

 ちゃんとすればそれなりの美少年と言えるのかもしれない、そんな17程度の少年だった。

 今は不満そうな顔をしている。

 

「……」

 

 女性は相手が自分より年下と思われる事にやや驚くも、相手の間合いの一歩外で隙を伺っていた。

 主武装を失い、必殺技を避けられてもなお、全くというほど戦意は衰えていない。

 それに女性の武器は薙刀だけではなかった。

 女性は少年に気づかれないように、袖から小刀を両手に忍ばせる。

 

「それにしても酷いですよ、いきなり斬りかかってきた挙句にさっきの刺突。

 普通は死んでますよ?

 アキコさん」

 

 男は、邪気の無い笑みを浮かべる。

 先ほどまで生死を分ける攻防をしたとは考えれら無いほど、純粋な笑みだ。

 そして、少年は女性の名を呼んだ。

 

「どうして……私の名前を?」

 

 女性は少なからず動揺してしまう。

 確かに珍しい出で立ちではあるものの、名の売れる様な事はしていない。

 それに、女性は何故か少年の声に懐かしさを感じていた。

 

「理由はいくつかありますが―――

 まず、そのミナセ家の物でも、分家用の巫女服を着ている事でしょう」

 

「!」

 

 少年の言い当てた内容に、女性は絶句する。

 先にも述べたとおり女性が着ているのは巫女服である。

 だが、彼女が着ているのは更に細かく分けると東国の水瀬神社という場所特有の物で、更に更に、外見上ほとんど変わらないが、その中でも分家の者が着る物なのだ。

 見分け方はあるのだが、それを知っているのは身内だけの筈なのだ。

 

「俺の知る限り、ミナセの巫女服を着ているというだけでも5人。

 分家の者で2人、そして年齢。

 これだけで十分確信に至ります。

 まあ、7年経ってますし、予想以上に綺麗になってますが、十分面影がありますから」

 

 懐かしむ様な少年の笑み。

 

 サク

 

 その言葉を聞き、その笑みを見た瞬間、女性は小刀を落としてしまう。

 

「……ユウイチくん」

 

 7年前のあの日。

 己が無力であると思い知らされ絶望したあの時。

 自分の前から姿を消してしまったあの少年が今、目の前に立っていた。

 

「お久しぶりです」

 

 微笑む少年、ユウイチ。

 あの幸せだった頃の微笑みだ。

 

「ユウイチくん」

 

 女性はまだ突然の事に、思考が正常に働いていなかった。

 けれど、目の前に一時だって忘れて事の無い少年がいるのだ。

 ゆっくりと、でも確実に女性、アキコは少年、ユウイチに歩み寄った。

 そして後一歩の距離となった所でユウイチはアキコの顔に手を伸ばした。

 その時だ。

 

 チャキッ!

 

「え……」

 

 再会の一時は、金属音によって砕け散った。

 袖に仕込まれていた、小太刀と呼ばれる東国の小剣をアキコの首に添えるユウイチ。

 

「なんて甘い人だ。

 名前と服装程度の情報、手に入れるのは容易いですよ」

 

 少年は笑みを浮かべたまま感情が消える。

 更なる事態の暗転に、アキコは完全に思考が停止しまっている様だ。

 

「大体7年も会っていない奴の事をあっさり信用しない事ですね。

 人が変わるには十分過ぎる時間だ。

 それが先ほどまで暴漢として扱っていた者なら当然でしょう?」

 

 感情の消えた笑みを浮かべたまま続ける少年。

 聖も邪もない、虚無の笑み。

 それは不気味を通り越して恐怖すら覚えるものだった。

 

 7年ぶりの再会を打ち砕かれたアキコは―――

 

「そうね」

 

 微笑んでいた。

 

「なに?」

 

 アキコの反応に、怪訝という思考と感情の戻る少年。

 そんな少年に対してアキコは笑みを浮かべる。

 

「確かに変わりましたね。

 大根役者から二流役者程度には進歩しています」

 

 おかしそうに笑うアキコ。

 ユウイチは暫くは動かなかったが、やがて小太刀を下げた。

 

「はぁ……でも、いった言葉は本気の忠告ですからね。

 俺はいかに人の心が変わりやすいか、知っています」

 

 見破られた事を不満そうにユウイチは溜息を吐いた。

 

「ええ、解っていますよ。

 でも、貴方は変わっていない」

 

 ユウイチの頬を、ここにいるのを確かめる様に触れる。

 何度と無く夢に見た事だ。

 これが夢で無い事をもっと実感したかった。

 

「変わってない部分がありますか?」

 

 ユウイチとしては、自分は全てが変わったと思っていた。

 例えアキコに会おうと、自分だと信じて貰えないだろうと思う程に。

 むしろ、名乗る気は最初は無かったのだ。

 それのに、アッサリ演技まで見破られてしまう。

 ユウイチは、ある意味でここへ来てしまった事を後悔せざるを得ない。

 同時に、ここへ来た事で、幸いを感じる事ができた事に感謝もしていた。

 

「そうですね、身長も伸びて逞しくなって……

 私より強くなって……」

 

 7年前なら、戦闘においてまずユウイチはアキコに勝てる見込みがなかった。

 それが今では、さきほどの結果通り、全力の攻撃を避けたばかりか武器も奪われた訳だ。

 アキコはユウイチの成長が嬉しくもあり、少し悔しくもあった。

 あの頃あった差を完璧に埋められ、越えられてしまったのだから。

 ついでに身長も今では完全に抜かれ、今はアキコがユウイチを若干見上げなければならない。

 あの頃は成長期の早い女性でもあり、3年も早く生まれている為ユウイチはアキコの胸くらいしかなかったのに。

 

「でも貴方の目は何も変わってないません。

 初めて会ったころから変わらない。

 真直ぐで綺麗に輝いています。

 強いて言うならその輝きがより強くなっているといった所でしょう」

 

 ユウイチの瞳を見つめる。

 海の様に深い蒼の瞳。

 優しく穏やか、それでいて真直ぐで、惹きつける何かがある、そんな瞳だ。

 

「アキコさんは随分予想外な程美人になりましたね。

 暴漢に容赦無し、問答無用なのは変わって無かったですけど」

 

 悪戯っぽく微笑み、ちょっと嫌味っぽく言う。

 再会をぶち壊したのはアキコの方からだったのだから。

 

「フードなんかを深く被っているからです。

 雪が降っている訳でもなかったのですから、フードを外してさえいればあんな事には」

 

 口も上手くなった上に悪くもなったユウイチに対し、少し拗ねるようそう返す。

 責任転嫁でしかないが、そんな顔もかわいいとか思ってしまうユウイチであった。

 

「いろいろヤマシイ事がありまして、顔を隠してるんですよ」

 

 冗談っぽく笑いながら言っているが、本気である。

 

「あらあら」

 

 とりあえず突っ込まずに微笑むだけのアキコ。

 

 それからもう少し会話を交わした後、2人は先ほど襲われた女性、腰を抜かし動けなかった女性を回収し、町へと向かった。

 2人が出会い、同じ時を過ごした地へと。

 

 

 

 

 

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 少女の生い立ちは少し変わっていた。

 東国の神に仕える者の血筋でありながら、分家の娘で役目には就かないという立場。

 役目に就く事が無いのに修行だけは受ける、つまり予備として意味。

 

 これだけを聞くと不遇な生い立ちの様に聞こえるが、少女は両親から惜しみない愛を注がれたし、修行とて、魔導学、武術などを習得できるのだから別に嫌ではなかった。

 少女が10歳になった頃、少女と両親は北西の雪国に移り住んだ。

 予備しての意味なら十分に備え、本家の娘も継承を受理したからである。

 

 それから暫く少女は普通の娘として過ごしていた。

 移り住んだのがちょっと田舎だった為、同年代の友人は少なかったが、街の人達との関係も良好で楽しい日々が続いていた。

 

 そんなある日、少女の両親、嫁入りしてきた母の方に身内の不幸が届いた。

 少し遠くに住んでいた母の妹、少女にとっては叔母とその夫が亡くなった。

 正確には魔物に襲われ、殺されてしまったと言うのだ。

 

 それも一人息子の目の前で。

 

 程無く、少女にとって従弟に当たる少年が、少女の家に来ることになった。

 従弟であるが一度も会った事は無かった。

 けれどきっと泣いているだろう、自分なら目の前で両親が殺されるを見るなど耐えられない。

 少女はそう思い、少年とどう接するべきかを考えていた。

 

 しかし、家に来た少年は泣いてはいなかった。

 その代わり無理に笑っていた。

 泣きたいのを我慢して、笑おうと努めていた。

 まわりに悲しみを振り撒かない為に……

 

 少女は泣き叫ばれるよりも悲しくて、心が痛かった。

 

 少年が少女の弟になり、少女は姉である事を最大限に利用して少年の傍にいた。

 一緒に外に出て、一緒に遊んで、一緒にお風呂に入って、一緒にベットに入った。

 少女は全力を尽くして、少年が演技でない笑みを見せてくれる様努めたのだ。

 最初は同情だったかもしれない。

 しかし、少女はやがて少年を本当の弟以上に愛しく思えるようになっていた。

 

 少しは普通に笑えるようになった頃、少年は強くなりたいと言い出した。

 少女は少年に自分の知る武術を教え、鍛錬に付き合った。

 才能は無かった様で上達は遅く、少女には指一本触れる事できなかった。

 

 やがて少女は少年に別の才能があるかもしれないと、町の道場に連れて行った。

 少年は道場に通いつつ、少女の手ほどきも受けた。

 それでも上達は遅かったが、何度倒しても起き上がり向かってきた。

 才能が無い事を自覚し、それでも強くなりたいと努力を続けていた。

 

 少年が少女の弟になって半年ほど経った頃。

 少年は少女に女の子を紹介してきた。

 少年と同年代の女の子で、可愛らしい子であった。

 少年はその女の子といる時、少女も見た事の無い柔らかい笑みを見せた。

 

 もう少年は無理に笑みを作ることは無く、自然な優しい笑顔を見せる様になっていた。

 少女は、その女の子がそうしたのだろうと思った。

 少し悔しい気もしたが、それでも可愛い弟が笑っているのは嬉しいから、二人を見守る事にした。

 

 全て順調にいっていると思った。

 少年が笑って少女も笑って、女の子も笑って、とても幸せだと感じていた。

 この時が永遠に続くのだと信じて疑わなかった。

 

 

 あんな事が起きるまでは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲われていた女性を家に送り届けた2人は、ミナセ家に移動していた。

 

「帰って来るなら連絡を入れてくだされば良かったのに。

 いえ、それより何で今まで一度も連絡をしてくださらなかったのですか?」

 

 かつて少年と少女、ユウイチとアキコが住んでいた家。

 長らく離れていたユウイチも心が落ち着く。

 今はアキコの両親で、ユウイチの叔父と叔母は留守の様だ。

 

「いろいろと忙しかったもので」

 

 苦笑するユウイチ。

 忙しかったのは嘘ではないが、連絡が出来なかったのは、忙しかったからではない。

 

「そうですか……」

 

 何をしていたか、それは今のユウイチの強さを見れば想像できる。

 いや、想像もつかない修行を積んできたのだろうという事は解るし、修行だけではなく、数多の実戦を潜り抜けている。

 

 失踪当時、当然ながら、アキコやアキコの両親も手を尽くして探した。

 でもどうしても消息がつかめず、アキコの両親は半ば死んだものとしていたのだ。

 それが生きて帰ってきてくれたのだから、アキコはもう何も言わない。

 

「それにしても変わってませんね」

 

 ユウイチはリビングを見渡す。

 細部で置いてある物が多少変わってはいるが、大きな物の移動はしていない。

 そう、ユウイチが住んでいた頃のままだった。

 

「ええ、模様替えはしてませんよ」

 

 まだ見ていないが、ユウイチの部屋もそのままである。

 ユウイチがいつでも帰ってこれるように、アキコは毎日部屋を掃除して過ごしていた。

 それは罪滅ぼしの様な行為だったのかもしれない。

 

「ところで伯父さん達は?」

 

 辺りを見回していたユウイチは、このリビングにアキコ以外が住んでいる気配が薄い事に気付く。

 死んだ、なんてことは無いと思うが、ユウイチの知る伯父、伯母が生活をしている様子が無いのだ。

 

「父と母は今実家の方に。

 本家の跡取りの子を鍛え直す為、召集されています」

 

「なるほど」

 

 その跡取りの娘は非常に寝起きが悪く、性格もかなりぼんやりしているとのこと。

 どうもそれは親戚に助けを呼ばなければならないほどのものだったのだろう。

 

「ところでユウイチさん」

 

 お茶の準備をしながら何気ない風に声をかける。

 

「はい?」

 

 なんだろうか?と懐かしいリビングからアキコに目を移すと、

 

「さっきは何であんな事をしたんですか?

 もし、私が気付かなかったらどうするつもりだったんです?」

 

 笑顔なのに笑顔じゃないアキコがいた。

 お茶を淹れる姿も自然なのに、何かその背にオーラの様なものが見える。

 それは、再会時の事を拗ねているというレベルではなく、実際怒っているのだ。

 

「ああ、それは……

 その前に一つ訂正しておきますよ。

 俺は、ここに『帰ってきた』のではありませんからね」

 

 ガシャンッ!

 

 丁度カップを取り出していたアキコは、ユウイチの言葉にカップを取りこぼしてしまう。

 カップは床に落ち、粉々に砕け散った。

 アキコの笑顔と共に。

 

「ユウイチさん……」

 

 驚きと怯えの様な表情でユウイチを見る。

 浮かれていた気分は一気に消えてしまった。

 両手に一杯だった砂が指から抜け落ちていくような、そんな感覚。

 そんなアキコに苦笑を浮かべるユウイチ。

 

「さっきも言いましたが、俺はヤマシイ事も沢山してきました。

 賞金こそ掛かっていませんが、大罪人です。

 一箇所に留まる事はできませんし、世界を回らないといけない理由もあります。

 本当は、会うつもりすらなかった。

 ですからさっきは、いっそ絶望的なまでに嫌われてしまえば良いと思ったんですよ。

 あんな別れ方でしたからね、心に何か刺さっているのなら、それが馬鹿馬鹿しいと思えるほどに」

 

 それでも演技が見破られたのは恐らく、ユウイチにはまだ、抑え切れない感情があったからだろう。

 アキコへの思いはそれほど大きい。

 短い期間だったが家族として、姉として心を癒してくれた女性だ。

 ユウイチはアキコの事が好きだったし、今でもその気持は変わらない。

 例え7年経っていても、あの時の気持は忘れられていないのだった。

 だからこそ自分の事を忘れて欲しいと思うのだから、つくづく心というのは矛盾を孕むものだ。

 

「そうですか……

 もし、そうなったら私は、ユウイチさんがそうなったのは私のせいだと、そう思って一生悔いて生きたでしょうね」

 

 アキコは怒っていた。

 あんな事をされたからではない。

 ユウイチがそんな悲しい事を考えていたからだ。

 故にアキコは敢えて今まで自分が想っていた事を口にした。

 本来、そんな事を口にし、言葉にしたら意味が無くなるといっていい。

 でも、ユウイチの考え方が許せなかったから、だからアキコは言葉にした。

 

「……そうですね。

 俺の知っているアキコ ミナセはそう言う女性だ。

 ごめん、アキコさん、俺が悪かったです」

 

 アキコに顔を見られた以上、アキコだけでなく他の思い出の少女達にも、何らかの手段で自分を忘れさせようと考え板。

 しかし、ユウイチは改めて思い出した。

 自分が好きだった少女達は、今まで旅をしていた中でも、ほとんど見なかった純粋な心をした少女達だ。

 良くも悪くも、彼女達の心は綺麗すぎる。

 それが7年間でどう成長しているかはまだ解らない。

 けれど、下手にそんな事をしていたら自分で付けてしまった、傷口を致命的なまでに広げてしまっていただろう。

 

「ユウイチさん、私は例え貴方が世界を敵に回しても、貴方が貴方である限り、私は貴方の家族で、味方ですからね」

 

 ユウイチの言葉、やましい事をしてきたというのも冗談ではないと、もうアキコにも解っている。

 でもユウイチの事だ、それがユウイチの正しいと思うことをした結果だとアキコは信じ疑わない。 

 昔からそうだった。

 ユウイチは自分がそれで正しいと思うことならば、貫く所があったのだ。

 ユウイチなら悪役を演じる事も平気でやるだろうと、そう考えている。

 

「実際、世界中で悪行三昧でしたよ。

 世界を敵に回すというのは、比喩でも大げさでもないんです」

 

 家族という感覚から離れて久しいユウイチは少し照れていた。

 ここは暖かく、心地よい。

 だが、だからこそ此処に甘えてはいけないのだと、ユウイチは改めて思った。

 

「アキコさん、案内して欲しい場所があるのですが」

 

 ユウイチはここから離れるべく、此処へ来た目的の1つへと動いた。 

 あまり長くいると、自分と言う存在が、過去に戻りかねないと感じていたから。

 

 

 

 

 

 ユウイチがアキコに案内されてやって来たのは街の共同墓地。

 その中の1つ。

 アユ ツキミヤという名と、7年前の年号が刻まれた墓の前に立っていた。

 あの時、少年の腕の中で眠りについた少女が今も眠る場所だ。

 

「7年か……」

 

 正確には6年と359日。

 あの日のことだけは一時たりとも忘れた事は無かった。

 忘れなかったからこそ、ユウイチはこの7年を生き抜いてこれたと言っていい。

 

「すまん……俺はお前との約束を護れなかった……」

 

 悲しげな顔をし、眠る少女に告白するユウイチ。

 

「ユウイチさん……」

 

 その後ろに控えていたアキコもまた悲しげにユウイチを見ていた。

 あの時の約束。

 正確には少女が願った事。

 それは少年が笑っている事だった筈―――

 

「女性を泣かせた数も数知れず。

 お前の基準からは最低の男になりさがってしまったよ」

 

 と思った矢先、ユウイチはまあ深刻なのは変わりないのだが、かなり冗談っぽい台詞を続けるのだった。

 それがまた嘘偽りが無い為、洒落にもならないだおうが、暗い雰囲気が吹き飛ぶようだった。

 

「あの、ユウイチさん?」

 

 暫く呆気に取られてしまうアキコ。

 どうやら別の約束もあったらしい。

 アキコが居る為、場を和ませたかったのだろう。

 

「まあ、お前に最後に頼まれた事の方は正直自信がない。

 7年間でさ、演技も上手くなったんだぜ?

 そのお蔭で今の表情が作り物なのか本物なのか自分でもたまに判らなくなる。

 だから俺はまだ旅を続けるよ。

 お前に胸を張って自慢できる事は、多分ない。

 それと、もうここには来れそうにないからな、本当にお別れだ」

 

 さきほどのは暗い雰囲気を砕く為のものだったのか、それでも覆せない雰囲気の中、最後だけユウイチは微笑んで墓に手を添えた。

 最後、微笑んでいた事は本人も気づいていない。

 作った笑みではないのだから間違えなく本物の微笑み。

 でも、その微笑はまだ弱々しい。

 

 そんな姿を後ろで見ていたアキコはある決意をするのだった。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ミナセ家に戻る途中。

 

「それにしても随分寂れた挙句に物騒になりましたね」

 

 小さな布の袋を手で弄びながら町を見渡す。

 ユウイチの知る頃より幾分か寂れ、且つガラの悪い連中が幅を利かせている。

 昔はド田舎ながらも穏やかな空気の暖かい街だった筈だ。

 

「ええ……」

 

 悲しげに顔を伏せるアキコ。

 ユウイチが弄ぶチャラチャラと金属音のする布の袋。

 実は先ほどユウイチに絡んできたガラの悪い男を、路地裏にて返り討ちにした戦利品である。

 因みにあまりに中身はしけていた為、教会にでも寄付するつもりである。

 

「昼の森での一件といい、クラタ家は何を?」

 

 クラタ家というのはここの領主の事である。

 高名な魔導士の家系であり、当主は結構腕の立つ魔法剣士。

 剣と魔法の道場を開き、無料で街の人々に力の正しい使い方を広めている。

 領主としても有能で、このド田舎の村だった場所を『町』にまで発展させた人だ。

 治安維持の為、盗賊退治なんかは自ら先頭に立つ様な人であり、領主としてはちょっとどうかと思う行動かもしれないが、非常に人としてできた人物である。

 ユウイチも道場に通っていた際、何度となく会い、型を見てもらったこともある。

 才の無いユウイチにも厳しくも的確で、解りやすい指導してくれた事は、今でもはっきりと思い出せる。

 

「それが……当主は2年前に病気でお倒れになって。

 それからはクゼさんが運営を……」

 

「クゼが?」

 

「はい、あのクゼ氏のご子息の方です」

 

 クゼは本国から来た貴族であり、領主の座を狙うユウイチのいた頃からの獅子身中の虫であった。

 アキコが言うクゼの子息というのは、ユウイチの一つ上のキザ且つ嫌味な男で、ユウイチ同様道場に通っていた。 

 尤も、目的はクラタ家のご令嬢、サユリ クラタであった様だが、さっぱり相手にされてなかったのを覚えている。

 

「サユリさんは?」

 

 ご令嬢サユリ クラタとユウイチはちょっと親しい間柄であった。

 道場に通っていた時弟の様に可愛がられ、ミナセ家にも訪れた事がる。

 クゼが当主になるくらいなら、そのご令嬢サユリがなるのが順当の筈だ。

 例え女であろとも、サユリの有能さはユウイチの7年前の記憶でも十分な程である。

 ついでに魔導士としても有能であり、あらゆる意味で今なら引く手数多であろう。

 なお、クゼはユウイチとサユリが仲がよかった事を知らない。

 悪行に対しては手の回るクゼが、ユウイチに手を出さないとも限らない為、サユリがいろいろ気を回していたのだ。

 まあ、主にサユリとユウイチが会っていたのはクラタ家であり道場。

 道場に最後までいることの無いクゼでは、そんな心配をするまでもなかったりするのだが。

 

「それが……御当主が臥せっているをいい事に、無理矢理クゼさんと婚約をさせられて……」

 

 言って辛そうに目を伏せるアキコ。

 アキコがここまでの反応を示すという事は、クゼが相当酷い男である事に他ならない。 

 どうやらクゼは全く変わっていないか、更にひねくれて育ったのだろう。

 ユウイチがサユリとの仲のよかった事をある程度知っているアキコは、伝えるのが一層辛かった様だ。

 

「へぇ……そうなんだ」

 

 興味なさそうに言うがその言葉には抑揚が無く、弄んでいた布の袋は握り締められ中の銀貨が軋んでいる。

 平静を装ってはいるが感情を隠しきれていない。

 ここら辺がアキコが言う『二流役者』と呼ばれてしまう由縁であろう。

 

「今は婚姻前を盾にマイさんがガードしていますが……」

 

「……」

 

 マイ カワスミ。

 サユリ クラタの無二の親友であり、少々変わった魔導能力を持つ剣士。

 特異な能力故、サユリ以外に近づく者がいなかった少女でもある。

 ユウイチにとってはそんな事は関係ない為、サユリ同様に大切な人だ。

 

「傭兵を雇っている様で、名目上は最近出現した盗賊退治の為なのですが……」

 

 あまりそうは見えない、というのが周囲の認識らしいが、マイは強い上に頭も良く回る。

 サユリに手を出すにはこの上なく邪魔なのだろう。

 実力で潰そうという訳か。

 

「盗賊ならアマノは?」

 

 アマノというはこの付近の森を管轄するレンジャー(森林警備隊)である。

 ついでに街の自警団の隊長でもあり有能な戦士と魔導士の夫婦だ。

 この街の治安は、彼等無しに成り立たなかったと言っていい。

 

「盗賊が出るのがアマノが管轄する範囲外でして、クゼさんが手を出すなと」

 

 何かに利用するつもりなのだろうか。

 それともマイを消す傭兵を集める口実の為だけか。

 まあどちらにしても気分のいい話ではない。

 

「森に盗賊か。

 ……どれくらいの数ですか?」

 

「多分十数人です。

 私が少し減らしましたけど」

 

「なるほど」

 

 それを聞いたユウイチは口元に邪な笑みを浮かべる。

 子供が悪戯をしかけようとするような、そんな無邪気さも含んだ笑みだ。

 

「あら、何かいい方法でも浮かびました?」

 

 それに気づいたアキコも表情が少し明るくなる。

 ユウイチには戦闘の才能は無かったが、人を驚かせたりする方法を考えるのは病的な程上手かったのだ。

 最も、演技力の乏しかった少年時代は結構見破られてしまっていたが。

 

「いえいえ、とっても悪い事ですよ」

 

 とっても悪役な笑みを浮かべるユウイチ。

 それはとても楽しそうな笑みだった。

 

 

 

 

 

 それから、一人で森に何かをしにいったユウイチは、ミナセ家に戻ってくる。

 夕飯と風呂を頂く為だ。

 なお、この街、ちょっとした温泉が沸いていたりする。

 よって、どこの家にも温泉(効能は薄いらしいが)が引かれている。

 

「覗かないでくださいね〜」

 

 先にお風呂を頂く事になったユウイチは、冗談っぽく言って脱衣所に消える。

 

「あら、昔は一緒にお風呂に入ったりしたのに、残念です」

 

 冗談なのか本気なのか解らない笑みを浮かべるアキコ。

 

 

「いや、本気で覗かれたら困るんだけどな」

 

 脱衣所で服を脱ぐユウイチはそんな事を呟いていた。

 勿論アキコに聞こえる筈はない。

 そして、習慣として隠し武器を一つ持って風呂に入るのだった。

 

 

「さて」

 

 ユウイチが風呂に入った頃を見計らいアキコが動く。

 何故か凄く楽しそうな笑みを浮かべながら。

 ついでに何故か着替えを持って脱衣所に向かうのだった。

 

続く