師と出会い、修行を開始してから二年目。

 少年は師から初めて武具を与えられた。

 

 当時の少年の身長より大きな、大剣、それも十字架の一番長い部分に刃を取り付け、装飾を施しただけという妙な物。

 少年が始め持っていた剣から打ち直された、小太刀と呼ばれる東国の小剣を二刀。

 そして少し大きめの、ハンドガンタイプの魔導銃。

 

 それを使いこなす為に少年は更に1年間地獄へ身を投じ、使い方を学習した。

 

 少年が師と出会ってから3年。

 少年は人の身のまま、常識を覆し、如何なる敵にも『勝てない』要素は排除された。

 

 

 

 

 

無銘の華

第3話 求めたもの、求められたもの 

 

 

 

 

 

 ズ ズ ズ ズ ズ ……

 

 雪に覆われた昼の街道に、雪の軋む音が響く。

 人が歩いて鳴っているのと、もう1種類。

 それは人の背丈ほどはあろうかと言う、布にくるまれた十字架が、引き摺られる事で鳴っているものだ。

 雪が降り積もっており、雪の上を滑らせているのだが、その重量で少し沈んでしまっている。

 それを引き摺るっているのは、黒いマントにフードを被った、いかにも怪しい奴、ユウイチ アイザワ。

 

 ユウイチの前にはクゼとカオリが歩いていた。

 正確にはユウイチが2人について歩いている。

 並び順は先頭にカオリ、真ん中にクゼ、最後尾にユウイチである。

 今3人はクゼの本家がある王都に向かっていた。

 先の盗賊の襲撃によって壊滅したクゼの護衛部隊再編と、討伐の準備の為だ。

 カオリとユウイチはその護衛であり、並び順は戦闘が起きる事を想定してのものだ。

 まだ信用の無い人間を真後ろに置くのは何かと危険であるが、ユウイチが魔導士系として認識されてしまっている以上、仕方無い事である。

 それに不意打ちに対する盾としての意味もある。

 

 何故徒歩かと言えば、路面の悪さから、馬は使えない事も無いが危なく、速度が出せない。

 それに目立つ為に襲撃をされ易く、ついでに襲撃されたなら徒歩の方が対応し易い。

 ワイバーンなど、空からの移動はクゼの財力なら出来なくも無いが、馬車より目立つ。

 襲撃される、と言う意味ではなく、出来ればユウイチ、カオリがあの街から離れている事を知られたくないからだ。

 今現在街は自衛団とアキコ、マイ、サユリが護っている。

 昨日の襲撃の際、盗賊団が結構強い事が解った以上、これだけでは対応しきれない。

 故にクゼは仕方なく徒歩で王都へ移動する事になった。

 まだ、あの街がなくなっては困るから。

 

 

 

 

 

 それからユウイチが、『つまらん』とぼやきたくなる位に何事も無く、王都に到着する。

 早朝に出発したお陰で、日が沈む前に到着する事ができた。

 そこからクゼ邸へ移動する。

 クゼ家はこの国の中でも、階級的に上の下に位置する名門の一族だ。

 王都にある本家は、クラタ邸とは比べ物にならない豪邸である。

 尤も、質素倹約にして実用主義的な屋敷であるクラタ邸と比べるのは間違っているだろうが。

 

「お帰りなさいませ」

 

 出迎えたのは、金髪の若い執事だった。

 外見から判断するなら20歳そこそこだろう。

 

「キタガワ、使えそうな駒を捜せ」

 

 出迎えた執事、キタガワに即座に命を出すクゼ。

 玄関先で、執務室か何処かに向かいながらだ。

 

「畏まりました」

 

 訳も聞かず下がる若い執事。

 

「何時発つ?」

 

 そこでカオリが尋ねる。

 平静を装ってはいるが、どこか急いている。

 

「明日には発つ。

 今日中に戻れ」

 

 何処に行くのか解っているのか、クゼは質問にだけ答える。

 その答えを聞いたカオリは何も言わず屋敷を出る。

 護衛対象を放っておいてだ。

 一応、この屋敷の中は護衛の必要無し、というのが契約に入っているのだ。

 

「明日か……それなら私も少々王都なら買い足す物があったのですがね」

 

 カオリが離れた事で護衛はユウイチ1人となる。

 実は王都でやる事があり、クゼが王都に行くという事で丁度いいと思っていたのだが、あてが外れてしまう。

 まさか臆病なクゼが護衛を外すとは思わないが、一応聞こえるようにぼやいて見る。

 

「構わん、行け。

 ただし今日中に戻れ」

 

 意外なことに離れる事を許可するクゼ。

 いや、この場合いない方が好都合だという風だ。

 

「よほどこの屋敷の防衛システムに自信がおありかな?」

 

 屋敷の外もそうだが、実はこの屋敷魔導的なものと機械的なもの、両方で異常な程の防衛システムが組み込まれていた。 

 巧妙に隠してあるが、いくつかはユウイチの目に付く。

 だが、『いくつか』しか見つからず、下準備無しに屋敷への侵入は出来ないとユウイチは判断する。

 尤も、今こうして護衛として入れてしまう為、侵入する必要もないのだが。

 

「此処より安全なのは、王室くらいだろう。

 それにあのキタガワもいる」

 

「ほぉ」

 

 少し自慢げに話すクゼ。 

 確かに一目見てただの執事では無い事は解ったが、護衛と兼用の様だ。

 優秀な人材を持っている事で、自分の力を誇示しているつもりなのだろう。

 

「ではお言葉に甘えさせてもらおう」

 

 フードで隠れてはいるが、ニヤっと笑いながらユウイチも屋敷を出るのだった。

 

 

 

 

 

 その十数分後、王都病院の一室

 

 長期入院患者様の一室で、ブラウンの髪の少女がベットで上半身だけ起こし、窓の外を眺めていた。

 少し寂しげに。

 夕日が差し込む病室にその姿は酷く儚く見える。

 そこへ、

 

「栞、入るわよ」

 

 少々乱暴にノックと共に、カオリが病室に入ってくる。

 面会時間が残り僅かだった為、急いできたのだろう、息を少し切らしていた。

 

「お姉ちゃん!

 来てくれたの」

 

 カオリを姉と呼ぶ少女、シオリ ミサカは最初こそ驚いていたがすぐに笑顔で迎える。

  

「ごめんね、なかなかこれなくて」

 

 カオリはシオリに歩み寄り抱きしめる。

 

「ううん、来てくれるだけで嬉しいです」

 

 シオリも抱き返す。

 口ではそう言うものの、仕事上仕方ないがなかなか会えないのが寂しい。

 それに二人の両親は古代遺跡の発掘、調査を専門とする冒険者で、家に居る事の方が少なく、カオリより会える頻度が少ない。

 つまり、カオリが来なければシオリは1人になってしまうのだ。

 そんな状況で寂しい訳が無い。

 

「ごめんね」

 

 シオリの強がりを見抜けぬカオリではない。

 強く、優しくシオリを抱きしめるカオリ。

 両親はカオリとシオリがある程度の年齢になると、また冒険家に復帰し家を空ける事が多かった。

 そんな家庭で、シオリはカオリが育てたと言っても過言ではなく、カオリにとってシオリは何よりも大切だった。

 元々病弱なシオリだったのだが、ここ数年で病気を患いずっと入院している。

 全国でも高レベルなこの国の病院に居る限り、死に至る事は無いとの事だが、それでも病院に居ればの話。

 つまりシオリは今のところ退院できる見込みが無いという事だった。

 ずっと病院で1人で過ごす大切な妹。

 できる事なら一日中傍に居てあげたいのだが、カオリにはそれはできなかった。

  

 

「ところでシオリ、貴方またアイスを食べてたの?

 まだ寒いというのに」

 

 病院に居て、どうやって手に入れたか知らないが、アイスが入っていただろう箱が転がっていた。

 大人がぎりぎり抱えられるくらいの大きさの箱だ。

 それをカモフラージュして置いてあったのだ、完全に空の物が、容量20リットルほどの箱が。

 カモフラージュしているのだが、どうしても匂いで解ってしまう。

 

「暖かい布団の中で食べるバニラアイスはまた格別です」

 

 この後看護師に見つかって散々怒られる運命なのだが、そんな事くらいで止めるシオリではない。 

 姉は咎めつつも平和である事に微笑んだ。

 

「あ、お姉ちゃん、この間の絵が完成したんですよ」

 

 暫く抱き合った後、シオリはテーブルに置かれていたスケッチブックを開く。

 そこには、まあなんというか、芸術的な絵が幾つも描かれていた。

 実際芸術的に価値があるらしいのだが、それが解るのはまた数年後の話。

 

「相変わらず凄いわね……」

 

「我ながら自信作です」

 

 無い胸をそらせて自慢げなシオリ。

 姉カオリは、一体何処で教育を間違ったのかと、毎度の事ながら迷うのだった。

 

「あら、こっちの絵は?」

 

 そこでカオリは、妹のスケッチブックに、自分の知らない絵があるのに気付く。

 長年見てきたので、何と無く人ではないかと思うのだが、特定は不可能。

 人であるならモデルが居なくてはいけなし、かつモデルになる様なら動かないで貰わないとシオリは描けない。

 自分と両親以外に、そんな事を言える人が、シオリに居る事をカオリは知らない。

 

「ああ、ミサオちゃんです。

 この病院に入院しているお友達です」

 

「そう」

 

 妹に友達ができた事に、母の様な笑みを浮かべて喜ぶカオリ。

 普段のカオリからは想像できない慈悲に満ちた笑顔。

 

「あ、それでね、ミサオちゃんもとってもいい子なんですけど、

 そのお兄さんがまたとっても面白いんですよ」

 

 そこで、思い出し笑いを浮かべるシオリ。

 同時にカオリの笑顔が停止する。

 シオリの台詞の『お兄さん』の部分で。

 

「自称『最強のクラウン』なんて言ってるんですけど、その芸がなんかくだらなすぎて、逆に凄く面白いんです」

 

 シオリが男の話をして笑っている。

 

「ねえ、シオリ、そのお兄さんってお幾つ?」

 

 先程の笑顔が張り付いたまま尋ねるカオリ。

 何かが見え隠れする言葉だったのだが、妹は何も気付いていない様子。

 

「確かお姉ちゃんと同い年って言ってましたよ?」

 

「へ〜……じゃあその芸って何処で見せてもらうの?」

 

「ミサオちゃんの病室ですけど?」

 

「他に観客は?」

 

「看護師さんが居る時もありますけど、基本的に私とミサオちゃんだけです」

 

 姉の質問に特になんの疑問も持たず答えるシオリ。

 

「ふ〜ん……そうなんだ」

 

 先程の笑顔のまま更に輝きが別の方向に増す。

 黒いオーラが背後で燃え始めているとも言うかもしれない。

 年頃の病弱な妹だから、心配なのは当然だと、そう言う事にしておきたい。

 

  

 そして暫くなんだかんだと談笑していると面会時間が終了する。

 

「またね、シオリ」

 

「はい、待ってます。

 お仕事がんばってください、お姉ちゃん」

 

 努めて明るく姉を見送る妹シオリ。

 シオリが知っているのは、姉がボディーガードという仕事をしている事だけ。

 誰を護っているのか、何故その者を護っているのか、シオリは知らない。

 ただ、一体誰の血かと言うくらい、冒険者の両親から見ても強い姉を、シオリは誇りに思っていた。

 

 

 

 

 

 シオリの病室から出て数歩歩いた所。

 

「可愛い妹さんだな」

 

 突然すぐ横から声を掛けられ飛び退き構えを取る。

 見れば、そこにはユウイチが立っていた。

 相変わらず顔は見えないが、口元は嫌な笑みを浮かべている。

 

「そりゃどうも。

 でもどうして貴方が此処にいるのかしら?」

 

 平静は装っているが、動揺しているのは今しがた飛びのいて、構えを取った事でも解ってしまう。

 何に動揺しているかと言えば、この禍々しい気配を今の今まで感じ取れなかった事にだ。

 多少気が抜けていたのもあるかもしれないが、それでもプロであるカオリが気付けなかった。

 つまり、いつでも後ろを取れられてしまうという事だ。

 尤も、ユウイチの気配断絶は、あくまで周囲に同調させる方向であし、完璧では無い上、攻撃体制に入るなりすれば、崩れてしまう。

 そんな事カオリが知る由も無ないが、基本的に敵の能力の予測は、多少なりとも悲観的に想定するものである。

 

「いやいや、随分慌てていらっしゃいましたからね、ちょっとした興味本位ですよ」

 

 くくく、という嫌な笑い声。

 ここは病院内、人を巻き込む恐れがある為、今すぐ殴り飛ばしたい衝動を抑えるカオリ。

 

「覗き見なんてまた素敵な趣味をお持ちなのね」

 

 顔に出すのを全力で抑えているが、動揺している理由はもう1つ。

 それはユウイチに妹の事を知られた事だ。

 いや、むしろこっちの理由の方が彼女にとって大きいだろう。

 

「それほどでも。

 しかしそうですね、せっかく来たのですから挨拶くらいはしておきますか。

 一緒に戦う仲間という事で」

 

 ユウイチが半分冗談で、また嫌な笑みを浮かべた時だった。

 

「シオリに近づく事は許さないわ」

 

 爆発する様な殺気と闘気。 

 そして凍てつくような冷たい声。

 その行動がシオリが弱点であると言ってしまったのと同じ事だと、解っていてもカオリにはこうするしかない。

 

「そうですか、残念ですね。

 せっかく貴方の武勇伝を話してあげようと思いましたのに。

 とくに昨日の戦いっぷりを―――」

 

 ゴウッ!

 

 ユウイチが台詞を言い終わる前に、ユウイチの立っていた場所にカオリの拳があった。

 

「やっぱりここで死ぬ?」

 

 勝てる自信云々の前に、ここで倒さなければいけないと結論を出すカオリ。

 こいつはあのクゼと同じ、いやそれ以上にシオリに近づけてはならないと。

 

「いいのですか? こんな場所で戦って。

 妹さんがすぐ傍にいるというのに」

 

 大きく飛びのいてカオリの攻撃をかわしたユウイチは、また嫌な笑みを浮かべる。

 

「くっ……」

 

 シオリにだけは見られたくない、闘っている姿、人を殺している姿など。

 例えこのカオリの戦闘技術は、シオリを護る為に磨いたものだとしてもだ。

 

「まあ今日は面会時間は終わってしまいましたし、また後日日を改めてまいりましょう」 

 

 一応は今すぐシオリに近づく気は無い素振りを見せる。

 カオリはそんなユウイチに背を向ける。

 ユウイチと同じ道を歩くなど考えたくも無いから、裏口に回る為にだ。 

 

「おや、今度は何処にいかれるのですか?

 実家にでも戻られるのですかな?」

 

 更にユウイチは、カオリの背に嫌な声で嫌味な問いかけをする。

 ユウイチは無視されるものと思ったが、カオリは振り返って答えた。

 

「そうよ、暖かい家族の下に帰るのよ。

 羨ましい? 哀れよね、愛する家族がいないって」

 

 自棄気味の嫌味返し。

 今現在この街にカオリの両親は不在なのだが、そんな事は関係ない。

 カオリは胸を張って言える。

 家族を愛していると。

 例え不在の多い両親だろうと、十二分に愛してもらっていると自慢できる。

 例え馬鹿にされようと家族が、一番大切だと断言できる。

 

「そうですか、では大切にする事ですね」

 

 更に嫌味で返しユウイチはその場から去った。

 嫌な笑いを残しながら。

 

 この時のカオリは気づけなかった。

 最後の台詞の時だけ―――いや、カオリの言葉の直後から、ユウイチの纏う闇が少し揺らいでいた事に。

 

 

 

 

 

 その日の夜 クゼ邸執務室

 

「つまり使える奴は今は居ないという事か?」

 

 クゼは執務室で、執事キタガワから報告を聞いていた。

 帰ってきた直後に出した傭兵の招集に対するものだ。

 

「はい。

 今この街に居る者ですと、前回の者達よりもランクが下がってしまいます」

 

 前回というのは、先日盗賊によって壊滅した傭兵達の事だ。

 それよりランクが劣るのでは、とてもあの盗賊団に立ち向かえまい。

 

「今から他の街より集めますと、最低5日は掛かってしまいます」

 

「ちっ、余計な手間を」

 

 半分くらいは自業自得の事態に、かなりご立腹のクゼ。

 なんせ、この問題が早急に解決しないと自分の計画が狂ってしまうからだ。

 そこへ、

 

「もどったわよ」

 

 カオリが帰還の報告と、護衛再開の為に現れる。

 表情は既にマイ並の無表情に戻っている。

 

「どうせまた確認に行っていたのだろう?

 飽きんなお前も」

 

 状況が悪い憂さ晴らしにカオリを小突くクゼ。

 

「誰かさんを見てれば確認したくもなるわ」

 

 だがそれをさらっと返すカオリ。

 大げさに呆れているような素振りつきで。

 

「ふんっ、まあ、妹が可愛ければこからもせいぜいがんばって働く事だ」

 

「ええ、一応貴方に雇われたボディーガードですから」

 

 明らか、且つ解り易い、裏のある会話を交わす二人。

 そこへ、

 

「今戻りました。

 やはり王都はやはりいいですね、品揃えとレベルが全然違います」

 

 ユウイチも帰還する。

 闇市で何か掘り出し物でも見つけたのか、随分と楽しそうだ。 

 実際面白い物を見つけて購入して来ていたりする。

 

「ほぉ。

 盗賊団を一瞬で殲滅できる魔道具でもあったか?」

 

 普段ならそんな話題鬱陶しがるだけのクゼも藁にもすがるという心境で試しに尋ねてみる。

 

「いえ、そんな面白く無い・・・・・物はありませんでしたね。

 人は集まらなかったのですか?」

 

 会話の流れから当然の推理にして、解っていた事を尋ねるユウイチ。

 

「ああ、5日は掛かる」

 

 聞くだけ無駄だったかという感じで、面倒そうにユウイチの質問に答えるクゼ。

 まあ、そんな便利なものある訳無いとクゼも解ってはいるのだろうが。 

 

「5日か無駄な日数ですね。

 これを使ってよろしければ別に今の人数でもあの程度訳はないのですが」 

 

 それにしたいしユウイチはカオリを指して提案する。

 それに対して睨んで返すカオリ。

 2人で仕事などお断りだし、在り得ない。

 そう思っていたカオリだったが。

 

「……本当に2人でなら何とかなるのだな?」

 

 意外にもクゼはその気の様だ。

 2人が討伐に行くという事は、その間ガードが無くなるという事なのに。

 

「ええ、下手な雑魚を集められるよりは確実ですよ。

 相手はかなりの手練ですからね、少数精鋭の方がいいでしょう」

 

 確かに下手な人数を持っていくと、逆に邪魔になったりするものだが、それでも2人だけで十分とはユウイチに何か策があるという事だろう。

 ユウイチが魔導師風なだけに、どんな手段か想像もできないと、クゼは少し考えていた。

 

「キタガワ、明日は俺に付け。

 ミサカ、アイザワは向こうに到着次第討伐に向え」

 

 背に腹は代えられないのか、二2の実力を信用しているのか、多少悩むもそう指令を下すクゼ。

 

「了解」

 

「わかったわ……」

 

 カオリはユウイチと組むのが嫌だし、組む事に対して嫌な予感しかしなかった。

 だが、従わないわけにもいかない。

 明らかにしぶしぶというのを表にだしならも了解の返事をするのだった。

 

 

 

 

 

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 少女に護るべきものが在った。

 大切な妹がいた。

 幼い頃からほとんど2人きりで過ごし、年こそ近いものの、娘の様に可愛がった妹が。

 だから自分の手で護りたいと思った。

 だから強さを求めた。

 妹の為ならどんな敵にも立ち向かうつもりだった。

 だから少女は戦う力を身に付けた。

 

 

 

 

 

 カオリは1人森を歩いていた。

 クラタ家を襲撃してきた、あの盗賊団が居る筈の森を、1人で。

 何時もの様に、着飾る事など一切なく、武道着を着て、氷の様な無表情。

 だが、今はどこか違った。

 その場に居る者には何か引き寄せられるような感じがする。

 いや、それも少し違う。

 

 ガサッ ガサガサッ

 

 カオリの周囲で、僅かに何かが動く音がする。

 同時に人の気配がカオリを囲むように増えていく。

 

 

 

 

 

 小一時間ほど前。

 ユウイチと2人だけで、盗賊団の討伐をする事になったカオリ。

 しかも雇い主であるクゼの命によりユウイチの指揮下でだ。

 カオリにとっては過去最悪の状態だった。

 

「アンタとなんて1秒でも同じ空間にいたくないのよ。

 とっとと終わらせるから、作戦とやらを言いなさい」

 

 氷の女と言われるカオリが、感情を隠す事無くユウイチと対峙する。

 下手に動けば殺さんばかりの殺気と共に睨みながら。

 

「それなら大丈夫ですよ、作戦上私と貴方は別行動ですから」

 

 普通の人間なら、それだけで腰を抜かす程の視線を受けながらも、飄々と言うユウイチ。

 

「あら、いい作戦ね」

 

 カオリは別行動と言うだけであからさまに嬉しそうにする。

 目の前の男とは一緒にいると、息が詰まるなどという次元の問題ではない。

 昨日の事もあるが、本気で暗殺も考えているほど、ユウイチを嫌悪しているのだから。

 

「では貴方はこれをつけてください」

 

 そう言ってユウイチはカオリに香水の様な物を手渡す。

 

「何? これ」

 

 まさか見た目通り香水とも思えない。

 作戦上必要な物なのだろうが、魔導関連。

 マジックアイテムに関して知識こそ多少あれど、鑑定できる訳ではないカオリには、それがなんなのかは解らない。

 

「見た目どおりの香水ですよ。

 ただ、その目的を非常に強化したものですけどね」

 

 フードを被っていても解る、今ユウイチが嫌な笑みを浮かべていることが。

 女のカンとかいう以前の問題で、非常に嫌な感じがするカオリ。

 だが、それは2人だけで、マイやサユリを巻き込まずに、盗賊団を討伐できる確かな作戦だった。

 

 

 

 

 

 実際ユウイチが手渡したものは『香水』と分類されるものだろう。

 ただし、 

 

「げへ、げへへへ」

 

 下品にも程があると叫びたくなる程、品の欠片もない顔をした男達、盗賊の一団がカオリを囲んでいた。

 その一団は確かに一昨日の盗賊団だ、あの日に殴った相手も確かに居る。

 だと言うのにあの時の統率の取れた、プロ二歩手前くらいの者達とは思えない形相だ。

 目は血走り知性の欠片も見えず、動きもまるで素人以下だ。

 

「ふ〜ん、いいわねコレ」

 

 冷たい笑みを浮かべるカオリ。

 ユウイチから手渡されカオリがつけた香水、それは男を誘う為の香りである。

 ただ、文字通り男を狂わせる程の効果があるというだけの。 

 

 

 

 

 

 一方、ユウイチはカオリから約2kmほど離れた場所にいた。

 盗賊団がアジトにしている場所からは、ほとんど反対側にあたる場所である。

 そこに現れる1人の男。

 まるでサーカスの団長の様な、そんな森に似つかわしくない出で立ちの男。

 

「やれやれ、戻らぬ部下達を探しに出たつもりでしたが、どうやら罠にかかってしまった様ですね」

 

 隙だらけの様で隙の無い動きで、困ったものだと身振りで表する男。

 サーカスの団長の様な変わった格好をしているが、この男こそ先にクラタ家を襲撃した盗賊団の団長。

 いや、正確には盗掘団の団長である。

 

「……ここまでに仕掛けた捕縛トラップを全て無力化しておいてよく言う」  

 

 広域に展開した陣による暗示結界と、カオリにつけた香水の効果など使って、団長だけを1人にして、頭を抑えるつもりであったのだ。

 ユウイチもただここで待っているだけな訳はなく、団長が通る様に仕向けた道にいくつかトラップを仕掛けていたのだ。

 しかし、団長のスーツの様な服装は全く乱れもなく、ここに辿り着いたという事は、無意味となったのだろう。

 

「ああ、アレはトラップだったのですか?

 古代遺跡の発掘などという仕事をしてますとね、トラップには慣れてしまうのですよ。

 現代人の作るトラップなんて玩具に思えるほどにね」

 

「ほお……

 まあ、あんなもので捕らえれるなんて思ってはいなかったが」 

 

 団長の言葉のある一点で、ユウイチの感情は表にこそ出さないが、大きく動いた。

 それに団長が気付いたかどうかは解らないが、そこで会話が終わる。

 既に互いが敵であると認識している者同士。

 2人は会話する間も実は動いていた。

 団長の前からユウイチを囲む様に何かが発動する。

 

「む……」

 

 思わず驚きを声に出してしまうユウイチ。

 相手が仕掛けてきた何かはあまりに早かった。

 男が本格的に動き出してから間を置かず、会話が終了してほぼ直後に男の目の前の地面は闇に染まり、そこから悪魔が出現する。 

 一般にはガーゴイルと呼ばれる、石の様な身体をした『悪魔』の基本的な外見をした人造の悪魔。

 古代より伝わる技術の一つであるが、ガーゴイル一体作るのにもかなり高度で特殊な技能、設備が必要になる。

 拠点防衛用とされる事が多く、今でも物好きな金持ちや、日の陰で研究をしている魔導士などが使う事もあるタイプだ。

  

「面白い術を知っているな」

 

 多少の時間差を挟みつつ、ユウイチの周囲に出現するガーゴイル達。

 その数は既に20を越える。

 こんな数のガーゴイルを所持しているというだけでも驚きであるが、それをこの様に呼び出すなど、現代の魔導技術では考え難い。

 そんな状況下でもユウイチは何が可笑しいのか、笑みすら浮かべながら男を見据えていた。 

 

「長年遺跡を荒らしていますとね、こう言うのも身に付いてしまうものですよ」

 

 対し、団長は余裕の笑みを浮かべる。

 呼び出したガーゴイルの数は、実に30。

 一流と呼ばれる戦士、魔導士でもこれだけの物量を相手では、せめて5人は欲しいところ。

 単独での対処など不可能に思われる。

 それは、数だけの問題ではなく、一体ごとの強さも、決して弱くはないからだ。

 そもそも、標準的なガーゴイルだとしても、石の様な身体は防御力が高く、攻撃力も石の爪以上の攻撃。

 更には低空が限度ながらも、飛行まで可能としている。

 しかも、生物でない彼等は、戦闘に置いて死を恐れる事は無い為、有能な指揮官が指揮すれば、恐ろしい部隊になりうる。

 

「なるほど、割と質のいい部下とその統率も執れ、更にこんなものまでいるんじゃ捕まらんわけだな」

 

 ユウイチが記憶している限り、目の前の男は悪名高い遺跡荒しだ。

 悪名が売れていて、面も割れてしまっているというのに、もう十数年間各地で暗躍している。

 サーカスの団長の様な姿は、偽装の1つなのだろう。

 よほど上手く逃げ回っているのかと思ったが、どうやらそれだけではなかった様だ。 

  

「先に言っておきますが、こいつ等は、遺跡の中でも末期と思われる場所から見つけた物です。

 そう、神々と争ったとされる、かの大戦のね。

 尤も、これはレプリカ以下の紛い物ですが。

 しかし、それでもなお、魔法攻撃は、ほぼ無効。

 それでいて、物理防御も鉄並ときております。

 貴方にとっては、なかなか面白い相手でしょう?」

 

「……」

 

 見えないマントの下で、ユウイチが何かをしていたのを見抜いていた様に男はそう告げる。

 ユウイチは顔を少し顰めつつも、無駄話の間に仕込んでおいた物を発動させる。

 

 キィンッ! ゴォォォォオオオン!!

 

 ユウイチを囲むガーゴイルの一角の足元に、突如黒い魔法陣が出現し、炎が吹き上がる。 

 普通の人間なら、黒焦げに出来そうなくらいの火力で吹き上がる炎。

 本来、ユウイチは魔法は使えないが、フェイクではなく、本当に引き摺った十字架には魔法を補助する様に仕込みがある。

 それと、団長が来るまでの時間を使って敷いたトラップを併せれば、この程度の魔法は、実は誰でもできるのだ。

 

 だが、炎が消えたそこには全くと言っていいほど変化のないガーゴイルがいた。

 

「まあ、まず魔導師では勝ち目は無ありませんな。

 しかしまあ、アンタも面白い魔法使いますね。

 どうですか、私達と来ませんか?割と楽しい事が多いですよ、この仕事は」

 

 ユウイチを外見と今の攻撃で魔導士だと判断しさらに余裕をみせつける男。

 だが、ふざけた風ではありながら、本気で勧誘していた。

 この状況ではな半ば脅しだが、目を見れば、ただの冗談では無いことが解る。

 

「生憎、俺盗掘者お前達や考古学者にとっては、恐らく天敵でね。

 古代遺跡の破壊を趣味としている」

 

 この状況下でなお、何に対してか薄ら笑みすら浮かべて宣言するユウイチ。

 それはつまり、勧誘に応じる気は無いという事で、

 

「そうですか、それは残念です」

 

 総攻撃の合図でもあった。

 

 キーーーーーーーーー!

 

 頭に響くような甲高い声と共に、一斉に迫るガーゴイル。

 その速度、数、包囲状態。

 どれ1つとっても、重い十字架なんかを引き摺って歩いているユウイチには避けようがない。 

 と、思われた。

 

 ゴゴゴゴゴゴンッ!

 

 何かがぶつかり合う鈍い音と共にガーゴイル達が崩れていく。

 

「何っ?!」

 

 目の前で起きている光景に、20年の経歴を誇る盗掘団団長も声を上げてしまう。

 

 ヴォンッ! ヴォンッ! ヴォンッ! ヴォンッ! ヴォンッ!

 

 場に響く鈍い回転音。

 そしてぶつかり合う打撃音と、ガーゴイルが砕け散る音。

 ユウイチの頭上を中心に、鎖に繋がれた巨大な十字架が回転し、十字架によって悪魔達が砕かれる。

 十字架が悪魔を屠るというのは、ある意味当然ではあるが、これは、かなりシュールな光景と言えるだろう。

 

 ヴォンッ! ヴォン  ガシンッ!

 

 全てのガーゴイルを砕き終わると、回転を止めて、目の前の地面に十字架を突き立てるユウイチ。

 だが、状況を打開したと言うのに、その顔からは笑みが消え、どこか悲しげにも見える無表情になっていた。

 

「そういう使い方をするものなのですか? それは」

 

 対し団長はあまりの出来事に、戦闘中で自分が劣勢だという緊張感が無くなっていた。

 魔導補助道具かと思っていた巨大な十字架を、引き摺る為のものだと思っていた鎖を使って、鎖分銅の様に振り回すとは普通は思うまい。

 

「いや、使い方の一つだよ。

 実際は、見ての通りだ」

 

 振り回し、ガーゴイルにぶつけていたせいで、巻いていた布が取れ、十字架の様な大剣が姿を現す。

 大きな十字架に刃を取り付けただけと、そう呼べる、なんともおかしな大剣。

 今は、魔法を補助していた仕込みが残っている為、表面が少し、宝石―――魔法石で飾りつけられた感じになっている。

 刃の分で幅が増えた分は、他の部分も同じくらい補強され幅が増えている為、布で巻けばただの十字架に見える大剣。

 因みに柄の部分はちょっとしたギミックになっていて、使うときは素体の十字架の分の太さとなり、ユウイチが握る丁度よい太ささ、形となる。

 剣の姿を現しても、ユウイチは鎖を解かず、右手で鎖を持ち、左手で剣の柄を持っていた。

 

「滅茶苦茶ですね。

 魔導士かと思ったのですが剣士……いや剣士ならそんな戦い方はしませんか」

 

 落ち着いた盗掘団団長は、驚きを通り越して呆れた目をユウイチに向ける。

 ガーゴイルを全て撃破されたと言うのに、慌てる様子は無い。

 

「正常な戦いなんてモノがあるのか?」

 

 冷め切った口調で問うユウイチ。

 今までそんなモノは見た事が無いと言う様に。

 

「確かに」

 

 笑いながら返答する団長。

 それと同時に、団長が構え、

 

「んー、しかし惜しいですねー。

 実は、こう出来るよう、スペックを抑えてあったのですよ」

 

 キィンッ! ゴォォォォオオオン!!

 

 再びガーゴイルが出現する。

 出てきた数は10体。

 だが、先程と違うのは直線的にユウイチを襲うのではなく、陣形、フォーメーションを取っているのだ。

 

 ヴォン ヴォンッ! ヴォンッ!

 

 再び大剣を鎖分銅の様に回すユウイチ。

 回転角度を手の動きで微妙に調整し、攻撃する盾として使用する。

 

 ゴンッ! ガンッ! ドゴンッ!!

 

 重量、硬度、速度によって生み出される破壊力。

 それは石以上、鉄未満とった硬度があるガーゴイルの身体を、いともたやすく叩き切り、砕き、破壊していった。

 数体を破壊した所で、それらを囮に使って回転の内側に入ってくるガーゴイルが1体迫ってくる。

 それを大剣を鎖で回しているという状態を維持しながら爪による攻撃を避け、蹴り飛ばし、大剣の回転の中へ放り込み、破壊する。

 更にそれを囮にして背後から接近してきたガーゴイルを振り向きもせず、腰の回転付きの裏拳で打ち上げ大剣の餌食にする。

 続いて今度は3体同時に間合いの内側に入られてしまう。

 ユウイチは回していた大剣の角度を変え、地面に突き刺し、回転が止まった反動を使って高く飛び上がる。

 空中では攻撃を仕掛けてきたガーゴイルは交わし、大剣を引き抜きながら着地。

 引き抜いた勢いを殺すことなく使い、そのまま交わしてきたガーゴイルにぶつけ砕き、そこからまた回転させ残りも砕いていく。

 石ほどの硬度だからこそ、硬いからこそ粘性、柔軟さに欠ける身体は、

 刃物で切るのは難しいがそれ以上の硬度でできた質量武装を使えば砕けてしまう。

 ユウイチは全てのガーゴイルを大剣のみで破壊する。

 

 現れた10体を破壊した時、見れば、団長の周りには、新たなガーゴイルが現れていた。

 

 

 

 

 

 一方、盗賊団の団長以外全ての団員の相手をするカオリも一応順調に敵を倒していた。

 香水の影響で、カオリ対して発情している男共は、一直線に向かってくる猪と大差無い。

 本来あったプロ並の強さも、人数が居る分の連携もする事なく、ただ単純に突っ込んでくる。

 それならば、カオリはカウンターで一撃を入れ、倒してしまえる。

 カオリの実力を持ってすれば、1人を1撃で沈める事は可能だし、実際やっているつもりだった。

 しかし、

 

「なんてしぶとい!」

 

 全部で20人近く居る中、ほぼ全員を一度は殴った筈だった。

 確実に急所に入れ、昏倒させたつもりだった。

 それなのに、倒れたのは2人のみで、あとは全員立ち上がってきたのだ。

 

「このっ!」

 

 ならばもう一度殴ればよいと、怯まず戦闘を続けるが、2発、3発直撃させても、なかなか数が減らない。

 流石に、体力の心配が必要になってきてしまった。

 

 実は、ユウイチの計算なら、問題なく、1人1撃で昏倒する筈だった。

 だが、香水と言う物を使い慣れないカオリは、ユウイチが適量と説明した分よりも、多めに自分に振り掛けてしまっただった。

 その為、ユウイチの計算していた以上に相手が正気を失い、正常な状態から外れ、急所を打っても倒れない、ゾンビに近い状態に陥っているのだ。

 しかも、問題はそれだけではなった。

 

 ヒュンッ!

 

 カオリの右太股をナイフが掠める。

 盗賊団の男の1人が、ほぼ正気を失いながらも、武器をつかってきたのだ。

 更に、それはただのナイフではなかった。

 

「ちっ!」

 

 迂闊にも足にダメージを負ったことに舌打ちするカオリ。

 ダメージを確認し、まだいけると判断し、構えなおす。

 だが、

 

「あ……」

 

 異変はすぐに訪れた。

 斬られた足から徐々に身体が動かなくなっていく。

 

(麻痺毒?! しまった!!)

 

 ナイフには即効性の毒が塗ってあったらしく、カオリの身体が麻痺していく。

 それもかなり強力なものだったのか、ただの掠り傷からの侵入なのに、麻痺が全身に広がりつつある。

 カオリは治癒系の魔法は全くと言っていいほど使え無い代わりに、解毒の薬を所持しているが、この状況ではとても使えない。

 

(くっ!)

 

 カオリの様子の変化に、盗賊達は気付きもせず、同じ突進を繰り返してくる。

 それでも、全身が麻痺しつつあるカオリにとっては危機だ。

 カオリは盗賊達を睨みながら、まだ動く左手を懐に入れ、何かの札を取り出した。

 

 

 

 

 

 大剣を回すユウイチの周りは、既にガーゴイルの欠片で埋め尽くされていた。

 戦闘開始から、もう100体近いガーゴイルを砕いているのだが、ユウイチの周りにはまだガーゴイルがいる。

 いや、正確には壊す端から新たに出現するのだ。

 

「無限、などと言う事は無いだろうが、何体所持しているのだ? ガーゴイルを」

 

 ここまで無傷でガーゴイルを撃破してきたユウイチであるが、まるで無限かの様に湧いて出てくるガーゴイルに些か疲れが出てくる。

 しかも、出現させ操っている団長を直接叩きたくとも、ガーゴイルを上手く操っている為、いまだ距離を詰められずにいる。

 

「まあ、貴方が疲れて倒れるくらいまでなら出せますよ」

 

 団長の方も、これだけの数を持ってしてもまだ相手が無傷な事に、驚愕と恐怖を隠しきれない。

 だが、それでも冷静に指揮を続け、今は優位に立っている。

 

「それだけの力を手にしている割には、小物程度の悪行しか聞かぬな、お前」

 

 この男、盗掘が専門であるが、盗賊紛いの事もやっていて賞金もそれなりに高い。

 だが、悪行としては悪名が売れている割りに、無抵抗な人は殺さないなど、悪質さは低いとされている。

 賞金首として「生死問わず」に当てはまらず、大きな戦闘をしたような話も無かった。

 こんな便利な能力を持っているのにだ。

 

「ご冗談を、この程度のモノでは、雑兵の相手がせいぜいです。

 悪行重ねて騎士団でも差し向けられた日には、こちらが数で負けてしまいますからね」

 

「……お前みたいな変に冷静な奴は、厄介で困る」

 

 普通の人間なら、これほどの力を手にしたなら使ってみたい衝動に駆られてしまうだろう。

 実際は団長の言う通り、護衛程度にしかならない代物だとしてもだ。

 いくら数が出せても無敵には成りえない、本体である男を討てばいいだけの話なのだから。

 

「お褒め預かり光栄です」

 

 互いに手を一切緩めない中での会話。

 互いに隙ができればと、僅かな可能性を考え、わざわざ口を開いたのだが、どちらにも隙らしいものはできない。

 戦いは均衡状態に入り、もうユウイチの体力切れが先かガーゴイルを出せなくなるのが先かの戦いとなった。

 と、思われたその時だった。

 

「ん?」

 

 ガーゴイルの包囲から抜け出す為に、高く跳び上がっていたユウイチは、少し離れた場所で水柱が上がっているのを目撃する。

 それも数本同時や立て続けに何本もだ。

 明らかに魔法による物であり、ちょうどカオリが敵と遭遇する予定地点付近だ。

 しかし、カオリは攻撃魔法を習得していない筈だ。

 

「ちっ! 行くしかないか」

 

 自分で立案した作戦だが、カオリの身に降りかかる危険はあまりに大きく重い。

 それに、本来ならあんな物は使いたくなかったのだが、これ以上の作戦が思いつかなかったのだ。

 今はそう言うキャラクターを演じている制約上では、だ。

 それでも、カオリなら大丈夫だろうと思ってのことなのだが、自分の方がこれほど苦戦するとはあまり考えていなかった。

 

「使いたくなかったんだけどな」

 

 ユウイチは木々を飛び移ってガーゴイルをかわし、団長の周りに何かを術を展開する。

 

「ん?」

 

 それに気付いた団長は、即座に自分の周りにガーゴイルを4体集める。

 正体不明の術である為、ある程度の事なら対応できる様に集中する。

 が、展開される術式は先程ガーゴイルを焼いた炎を出したモノと全く同じもの。

 魔導師の端くれたる団長にも、それくらいは見抜ける。

 ただ少し規模が違うのだけだ。

 

「何かの囮ですかな?」

 

 ここまでの戦いで、相手であるユウイチが無駄はしないだろうと解っている。

 だが、この攻撃に対する意図が読めずとりあえず、ガーゴイルを盾にしつつその場から飛び退こうとした。

 先程の術ならば、これで完全で避けきれると判断して。

 そして、実際、先ほどと同じならば、それで回避できたのだ。

 同じならば―――

 

 ズゴォォォンッ!!

 

 術が発動し、出てきたのは炎ではなかった。

 黒い、何かの手の様なモノが飛び出し、ガーゴイルを砕き、団長を捕らえる。

 

「な、何だ!」

 

 解読はできない術式であったが、先程のものと同じものの筈、だというのに全く違うモノが飛び出してきた。

 同じ術式で、違う効果を発揮する魔法など、本来は在り得ない筈。

 考えられるとしたら、一つだけ。

 

「俺はアンタの賞金が欲しいんだ、抵抗はするなよ?

 殺さない程度の手加減は、苦手なんだ、俺の相棒は。

 しっかし、本当は使いたくなかったんだがねぇ」

 

 残っていたガーゴイルを砕き、一旦地面に降りて忠告するユウイチ。

 敵を捕らえ、目的を達成したと言うのにあまり嬉しそうではない。

 

「これは……」

 

 それは、自分が使っているものと同じ物。

 つまり、召喚魔法だ。

 同じ術式で違う結果が出るのは、召喚したモノが、別の行動を取ったからに過ぎない。

 大剣に仕込まれた、禍々しい黒い光という、いかにも怪しかった仕掛けは、全て、この魔法の正体を隠す為の物だった。

 

「全く、生死問わずじゃないのは困る。

 手加減してくれよ」

 

「う、うわぁぁぁぁっ!!」

 

 ガシュッ!

 

 何かが砕ける気持ち悪い音と共に、団長は手の様なものと、それに掴まれていた団長は闇に消えた。

 ユウイチはその光景を見届ける事なく、その場を去り、カオリの下へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 ズドォォォォォンッ!!

 

 カオリの持つ札から水柱が上がり、今度は同時に3人の盗賊を吹き飛ばす事に成功した。

 これで8枚目の札。

 アキコ ミナセ特製の呪符も、残りは2枚となってしまった。

 この札は、アキコが作ったマジックアイテムの一種であり、魔法を予め封じ込めておき、起動キーで解放、発動させると言う物だ。

 札という紙(特殊なものではあるが)に魔法を封じ込めておくというのは、主に東国で使われる手法であり、携帯性に優れている。

 その分、魔力を込めておける容量が低いのだが、アキコの作ったこの札は、1枚で中級魔法程度の威力がある。

 

 元より奥の手で、遠距離攻撃が必要となった際の緊急用であり、数いる敵を全滅させる程の用意は無い。

 しかも、吹き飛ばしたとしても、また立ち上がってくる事がある。

 それでも残り5人までは減らしたのは、札の威力と、使うカオリが上手かったと言える。

 

 しかし、

 

「がぁぁぁっ!」

 

 ズドォンッ!

 

「きゃっ!」

 

 水柱が立ち上っている中を、1人の男が突進してきた。

 そして、札の起動は間に合わず、なんとか直撃だけは回避するも、カオリは倒れてしまう。

 麻痺の影響で起き上がるのは難しい。

 いや、それどころか、

 

「しまっ……」

 

 突進の衝撃と、麻痺していた影響で、札を落としてしまう。

 紙で出来た札は風に流され、遠くへと飛ばされる。

 

「ぐるぁぁぁあっ!」

 

 札を失い、立ち上がる事もできないカオリの周りに、残った5人の男が集まる。

 完全に正気を失っている。

 それも、正気を失う程の性欲に駆られているのだ。

 

「ひぃっ!」

 

 カオリは、男達の股間を見てしまった。

 衣服を破らん程の膨張している股間をだ。

 その下に、一体どんなモノがあるか、カオリは知識だけでしかしらない。 

 

「…………いや」

 

 最早、回った麻痺毒の影響で、這いずって逃げる事すらできない。

 そうなれば、どんなに強い格闘家とて、今はただの少女と変わりない。

 

「……いや」

 

 震えた声が口から漏れる。

 

「ぐるぁぁぁあっ!」

 

 5人の男が一斉にカオリに襲い掛かる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 仮面が割れる。

 ずっと被っていた心の仮面が。 

 シオリを護る為にとつけていた仮面が、音を立てて崩れ、ただの少女へと戻ってしまう。

 ケダモノと化した男の手が、カオリの衣服に掛かる。

 人間としての知性を完全に失った5人が相手となれば、貞操だけではなく、命も危険となろう。

 まさに、少女の存在そのものが、風前の灯火だった。 

 

 そこへ―――

 

 ゴウンッ!

 

 突然、風が吹いた。

 それも、男達を薙ぎ払う程の強風だ。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 それは、ユウイチの振るった大剣の一撃だった。

 5人の男全てを一度に薙ぎ払い。

 風に巻き上げるようにして叩き上げ、そこへ更なる一撃。

 

 ドゴォォォンッ!!

 

 正気があろうとなかろうと関係ない、無慈悲な大剣の斬撃。

 正確には、ほぼなまくらである為、打撃だ。

 5人全員が、その攻撃で完全に昏倒する。

 

「すまん、濃度を間違ったか?」

 

 状況は既に解っているらしく、開口一番は謝罪の言葉だった。

 

「え、あ……」

 

 カオリは、助かったのだと解るまで、少し時間を要した。

 それと同時に、カオリは見た。

 ユウイチのフードの下の素顔を、その瞳を。

 

「貴方……」

 

「ん? おっと」

 

 何かを言おうとしたカオリの方を見たユウイチは、フードが取れている事に気付き、慌てた様子で着け直した。

 そうする事で、再びカオリは、あの嫌な気配をユウイチから感じ様になる。

 逆に、今それを感じた事で、フードを被る前は、あの嫌な感じが無かった事に気付くのだった。

 

 だから、解らなくなった。

 カオリは、このユウイチという男が、一体なんなのか。

 麻痺毒は強力ではあるが、薄かった為、解毒剤を自分で打って、直ぐに回復した。

 しかし、回復までには5分くらいの時間が必要で、その間、カオリは、ずっと見続けた。

 ユウイチという男の背中を。

 

続く