3年の修行を終えた少年は旅に出た。
人伝では伝えきれぬ、『世界』と言うものを見て回る為に。
その途中、少年は山奥に住むドラゴンと出会った。
ドラゴンの中でも特に高貴とされるダークドラゴン。
全身は漆黒の硬い鱗で覆われ、大地を裂く爪、山を削る尻尾。
そして空を飛ぶ翼を持ち、全てを焼き尽くす黒き炎を吐く破滅の化身。
全長12mほどの、ドラゴンとしては中型で、体型としてはスマートタイプで、美しいドラゴンだった。
人語はおろか動物達、精霊達とも会話できるそのドラゴンは、争いを好まず山の奥で静かに暮らしていたのだ。
そんなドラゴンに降りかかった理不尽な暴力。
ドラゴン、その中でも闇に属するモノとして、偏見より発生した愚かな行為。
そのドラゴンは幾度と無く人によって滅ぼされようとした。
当然正当防衛で反撃し、返り討ちにするドラゴン。
元より地上最強の種であるドラゴンに、そうそう人間など軍をなした所で敵う筈が無い。
だが、降りかかってきた暴力を打ち落とせば落とすほど、人間の暴力は次第に強くなってゆく。
それでもドラゴンは争う事を良しとせず、ただ来る暴力だけを撥ね退けていた。
少年がドラゴンと出会ったのはそんな暴力が数年続いた後だった。
旅の途中のちょっとした寄り道。
その出会いは双方の未来を大きく変えることになる。
ドラゴンは少年を気に入った。
少年はドラゴンと友達になった。
やがて一人と一体は運命を共有する様になる―――
無銘の華
第4話 与えられたもの、与えたもの
盗掘団討伐は完了し、後始末に入っていた。
ユウイチは単独で、倒した盗掘団団員の拘束にあたっていた。
因みに、全員生け捕りに成功している。
手持ちの縄で拘束した上、暴れられると面倒なので、気絶している者も含めて、更に深い眠りに落とす。
こう表記すると殺した様に思われるが、魔法薬で眠らせたのであって殺した訳ではない。
カオリはクゼに報告に行かせたので、今この森で意識がある人間はユウイチ1人だ。
後数刻もすれば、あらかじめ王都で役所に依頼しておいた、護送の部隊が到着する予定の時刻だ。
周囲に人がいないことを確認し、ユウイチは自分の前方の空き地に魔法陣を出現させる。
黒い炎を出した時や、盗掘団の団長を倒した時と同じもので、実は、本来なら魔方陣など必要はないのだが、秘密を護る為にそうしているのだ。
そして出現するあの時の大きな手、黒い頭、胴体、足―――
ズンッ!
重量のある音を響かせ、出現したのは全長12mのダークドラゴン。
全身を黒い光を反さぬ鱗に覆われた、蒼い瞳のスマートで美しいドラゴン。
スマートであるが軽く人間を一飲みにでき、鋭い牙、強靭な爪、硬い鱗を持ち、全てを焼き尽くす炎を吐く破壊の化身。
地上最強の種と呼ばれる生物で竜種。
木々から頭が出てしまわぬよう、いつも直立二足歩行をしている体を屈め、掴んでいた団長を降ろす。
団長は両腕が折れた上で、気絶してしまったらしい。
尚、本来は今出てきた中に、人間、というよりこのドラゴン以外の生物は入れないの。
団長は今まで何処に居たかと言うと、この世界と、ドラゴンが居た世界の僅かな狭間に他のである。
捉えた場所から、中に入って移動した様に見えるが、実は、狭間をスレスレの位置を移動してきたので、それで団長は気絶しているのである。
「悪いな」
団長を拘束し、ドラゴンを見上げるユウイチ。
本当にすまなそうに。
「これぐらい構わぬ。
いつも言っているだろう。
お主と旅をする為にお主の内に住まい、その宿代として力を貸すくらいは安い用だ、と」
低く少しくぐもった声。
されどその外観からは想像できない優しさを纏わせた声で答えるドラゴン。
「ならばこの旅に誘ったのは俺だ。
その種族、外見故に偏見を受けるお前を内に匿うのは当然の責務、といつも答えてるだろ」
少し笑って返すユウイチ。
「ふむ…。
ならば汝が我が友なれば当然の事である」
「そうだな、シグルド」
何時ものやりとり。
2人は表情に出さぬとも笑っていた。
場所があまり安全とも言えないので、実はいつものやり取りとしては、ちょっと中略している。
というか、最初のころは下手すると真面目に1時間近く言い合っていたのだが、最近はその頃の応酬を再現するのが、2人のちょっとした楽しみでもあった。
そう、このドランはユウイチの友人である。
名はシグルドと言い、元々人間が呼ぶよう名前が無かったので、ユウイチが提案してものだ。
現在、友人であるユウイチと共に世界を回る為に、ユウイチの内に住んでいる。
何故、中かというと、一応契約という形でユウイチの内に住んでいるシグルドだが、ユウイチに召喚系の能力が無いし、そもそも召喚魔法としての契約をするつもりではないのだ。
ただ、それでも召喚魔法につかう魔法力が必要だったのだが、それが無い為、ユウイチの内側に住処を作り、そこに暮らす事にしたのだ。(本来召喚魔法の幻獣は、普段は全く別の場所に住んでいる)
そんな、軽く聞いただけでも滅茶苦茶な事をする為に、シグルドは本来の能力をほとんどを自ら封印してる。
存在自体の密度が高いと、人間というドラゴンから見れば小さく、弱い生物の中に入ることなどできなかったのだ。
本来の力の9割を封印し、ドラゴンとしての力を失いながら、それでも友と世界を巡る為、互いに無茶な同居をしてきたのであった。
なお、先の戦闘でユウイチが使った、地面から炎を出す魔法は、このシグルドの吐く炎のであり、先日盗賊団の陽動に対して使ったのはシグルドの爪だ。
そして、団長を捕らえたのはそのままシグルドの腕と、フェイクの魔法としてシグルドは大活躍だ。
因みに、今こうして外で会話しているが、別に内にいても会話できるし、五感+αの共有可能である。
共に旅をする、と言う以上、それは最低限必要だったので、そこは完璧であり、実際のところシグルドは内に居ても窮屈な思いは全くしていない。
それでもここの所ずっと内にいたので、護送の部隊が来るまでは久々に対面で話でもしていようかと思ったのだが。
しかし、その時。
ピシッ
すぐ近くで氷の軋む音がし、人の気配を確認する。
バッ!
今まで気付かなかった事に対する疑問などは、とりあえず無視し、即座に右手に大剣を構えるユウイチ。
更に、下げている左手は、マントの下で隠し武器である魔法の銃を握っている。
これはユウイチの中でも最後の隠し武器なのだが、シグルドというそれ以上の秘密を見られた以上、全てを出し切ってでも構わないという意味である。
だが、
「やあ、相変わらず反応が速いね、撃たないでよ?」
そこに立っていたのはブラウンの髪、スミレ色の瞳をした美形の青年で、幸い見知った顔だった。
しかも、マントの下に隠している魔銃にも気付いている事からも解る通り、相当の強さを持った人間である。
まあ、ユウイチとシグルドが気付かなかったくらいなので、そこからも解る事である。
「なんだ脅かすなよ、シュン。
つうかお前が気配消すと、マジで解らんのだから、消して近づくな」
溜息を吐きながら構えを解くユウイチ。
シグルドも外見では解らないが、ブレス系のチャージをキャンセルしている。
「ははは。
まあ、まだ敵が何処にいるかも知れないしね。
あ、お久しぶりです、シグルドさん」
悪びた風は一切なくシグルドに手を振るシュン ヒョウジョウ。
「ああ、直接会うのは2度目だな」
「そうですね」
この一見何の変哲もない(?)美形の青年。
ユウイチがここに来る前に知り合った戦友だったりする。
気配の消し方が異常で、当初は危険視していたのだが、後に和解した。
「で、何しに来たんだ?」
微妙に邪険な言い様な気もするが、彼はこんな所にいる様な人物ではないと思っている為、そんな言い方になる。
「そんなに嫌がらないでくれよ。
賞金首を受け取りに来ただけなんだから」
シュンの方はまるで遊びに来たというように答える。
これでも忙しい身の筈なのに。
「なんでお前が?」
ちょっと頭が痛くなってくるユウイチ。
今日はもう1人が一緒でないので、実はこれでもマシな方だったりする。
どちらにせよ、これはこれで、戦友と言える者と会えて嬉しいとも思っている。
「じゃあコレは預かって行くよ。
はい、これ賞金」
そう言ってユウイチに、何処に持っていたのか団長と、その他雑魚の分を含めた賞金を手渡し、団長を引き摺って運ぼうとする。
団長を含め20人以上居る筈なのだが、1人で持って行くつもりなのだろうか、と問いたくなるが、実際シュンならばできたりする。
ただ、どちらにしろ、この盗賊団は引き摺って運ばれる事になるが。
そうして、いきなり来て、軽く会話を交わしただけで、直ぐに帰ろうとしたシュンだが、帰り際に思い出したかの様に振り返った。
「ああ、そうそう言伝があったんだ。
頼まれたアレ、ユウイチの予想通りだったよ。
その他もろもろも含めて3日以内になんとかするってさ」
それは、王都に行った時に、別の人に頼んだ事の結果だった。
忙しい彼女等が、ついでにとシュンを伝言に頼んだのだろう。
いや、この伝言があったからこそ、こんな仕事にシュンが来たのかもしれない。
「ああ、頼んだ」
ともあれ、結果を聞いて、少しだけニヤっと笑みを向けるユウイチ。
そしてシグルドを戻し、ユウイチは町に戻る。
次なる行動の準備の為に。
一方、カオリの報告を受け、一安心という感じのクゼに来客があった。
「ん? お前か、何か見えたのか?」
カオリは報告を終え、、後始末の手伝いに向かい、護衛のキタガワを残し、2人になっていたクラタ家客間。
そこに現れたのは、黒いローブとマントを羽織り、フードを深く被った魔導師風の男だった。
ユウイチはマントの下にいろいろ仕込んでいる為若干幅が大きめになっているのだが、この男はそれもなく、体が細い事がマントの上からでも解る。
研究系の魔導師なのだろうと思われる。
実際この男、『無名の魔導師』はクゼ家に、魔導研究員兼占い師として雇われている。
無名の魔導師というのは、そのまま本人が名前を明かさないというか、無いと言っている為である。
研究としては主に古代遺跡を研究し、占いも結構あたる。
最近クゼ家に訪れ、その知識などを買われて雇われたのだ。
「見えたというより情報を手にしまして。
今回討伐されたのは盗掘団だったそうですね?
それもかなり有名な」
年齢不詳のこの男は、少々枯れた声でそう確認する。
「ああ、カオリからの報告では一応トップクラスの盗掘団だったらしいな。
まあ、盗掘団としてはレベルが高い割りに、実被害があまり無いせいで、賞金も大した事はないらしいが」
賞金額を聞いたクゼは、その賞金額でのみ相手を評価し、下らない相手に手間を取ったことに腹を立てていた。
実際は盗掘された遺跡も、あまり破壊はされておらず、管理していた国も、むしろ開かなかった扉を開けてくれたと思っているところすらあるらしい。
その為に賞金が低いのだが、実力、戦闘力から見ても、この10倍はあってもおかしくない集団である。
「賞金は大したことはないでしょうが、腕は確かな盗掘団です。
その盗掘団がここに居たという事は―――」
「なるほど、ここに価値ある遺跡があるという事か」
魔導師が言わんとする事、儲け話にだけは素早く気付くクゼ。
そして、
「キタガワ、今回捕まえた盗掘団のメンバーをできうる限り確保しろ」
指示もまた早かった。
「了解いたしました」
キタガワも、特に何を言うでもなくそう言って出て行く。
そんな事にも手馴れているのか、手法すら問わずに。
キタガワが出たのを見届けて、魔導師も部屋を出ようとする。
と、そこで、
「そうそう、また新しい者を近くに置いてましたね?」
「ああ、ユウイチ アイザワだ」
「あの者はすぐに処分した方が良いですよ」
感情を挟まず利害だけでそう進言する魔導師。
「ああ、そうしよう。
利用するだけしてな」
それにクゼは無感動で答えるのだった。
迷う事も悩む事もなく、ただ淡々と。
一方その頃、町の西にある森、その中の少し開けた場所に一人の少女がいた。
若干癖のあるブラウンの髪をショートにした、紫色の瞳をした少女。
ユウイチより一つ下の年齢で、着飾りたい年頃であろうが、見た目よりも機能を優先させた衣服を着ている。
森の中に居るのだから、ある程度当然の事であるが、それにしても飾り気が無さ過ぎる気がしないでもない。
だが、生まれ持ったものか、身に付いたものなのか、上品な物腰で切り株に座るその姿は森の聖母の様にも見える。
それを裏付けるかのように、少女の周りには森の動物達が集まってきた。
その中で、一匹の子狐が少女に駆け寄り、膝に飛び乗る。
右前足の手首辺りに、鈴を付けた子狐だ。
少女は子狐を見て微笑み、優しくその頭を撫でると子狐と一緒に広場を見る。
「最近町の方は騒がしいですね」
ただ広場を眺めていた少女はポツリと呟く。
誰に言うでもなく、ただそれだけを。
子狐も少しだけ少女を見上げるが、すぐに視線を戻す。
「さ、帰りましょうか」
一体何をしに来たのか、少女は小一時間ほどそこに座った後、何もせずに帰路につく。
少しだけ困った顔を、少し帰りの遅い子供を待つ母親の様な、そんな感じの顔をして。
両親がレンジャーでありこの少女自身もレンジャーである。
仕事として両親と共に森に住んでいる為、世情には少し疎い。
買い物に行くことがたまにあっても、基本的に森の中だけで生活している。
だから、まだ少女は知らない。
町で起きている騒動の中心にいるのが誰なのかを。
「本気?」
盗掘団討伐から二日後の朝、クラタ家の執務室にカオリの声が響いた。
その場に居たクゼ、ユウイチ、サユリ、マイ、アキコが注目する。
因みにマイはところどころに包帯を巻いている。
一応、怪我をおして執務に励んでいる事になっている。
まあ、実際軽い跡が残っていたりしている所もあったりするので、包帯もフェイクだけではない。
「珍しいな、お前が仕事に口を出すなど」
軽くそう言うクゼだが、内心は信じられないほど驚いている。
最も、すぐにどうでも良い事だと思いなおし、平静を取り戻すが。
「そりゃあ出すわよ。
仮にもアンタを護る護衛として雇われてるのよ?
自らそんな場所に赴くなんて事を見過ごせる訳無いでしょ」
皆の視線を気にした風が無いように装いつつ、抗議するカオリ。
実は視線を集めた事を微妙に恥じらっていたりするが、クゼだけは気付いていない。
「危険な時の為の護衛だろう。
そもそも、なんで西の森に行くのが危険だというのだ?」
そもそもこの話はクゼが、西の森に調査に出る事を言い出したことから始まった。
朝、わざわざ仕事中のサユリ達、今日はたまたまアキコまでいる執務室に尋ねてきたと思ったら、西の森の調査に向かうと言い出したのだ。
事前にユウイチにもカオリにも何も言わず。
クゼとしては、サユリに手柄を立ててくると事前に言いたかったのだろう。
「アンタ、この町に住んでる癖に西の森の事を知らないの?」
普段は氷の女などと言われ、必要外の事を口にしないカオリであるが、今日はかなり感情的である。
「ん? 化け狐が出るとか言う話の事か?」
この町が出来る前から西の森に住んでいるという妖狐。
ある一定以上森の奥に入ると化かされたり、時には力ずくで外へと追いやられる。
恐らく森の中心らへんを縄張りにしているのであろうが、縄張りに入らなければ危険は無いというのが一般的な意見だ。
クラタ家も無駄な争いをせず、共に生きるという意味でも討伐などは行わなかった。
国のレンジャーであるアマノ家はその森の監視も担っている。
なお、非公式であるが、クラタ家当主はアマノ家の娘に、森の動物、妖狐達との橋渡し役として協力してもらおうとしていた。
ただ、今は当主が倒れた為に、結局実現しなかった事なのであるが。
「この町は妖狐とは、相互不可侵を守る事で安定を保っているのよ」
クラタ家当主が倒れ、実権がクゼに移ってしまった今、妖狐との関係はそれでしか保てない。
もし、下手に刺激すれば森を敵に回す事になりかねないのだ。
「たかだか狐の化け物だろう。
そもそも、西の森も我が国の領土だろうが」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに言い切るクゼ。
クゼなら言うとは予想はしていたが、あまりに傲慢で思い上がった発言に頭痛がしてくるサユリ達。
最早何を言っても無駄だろうと、それについては敢えて何も言わないが。
それに、たかが化け狐が居るだけで、盗掘団が2ヶ月近く居座ったいた理由については、何も察する事ができないらしい。
「それに、援軍も来るから問題はない。
ではサユリさん、朗報をお待ちください」
結局カオリとの会話だけで終わってしまったが、そう造った笑みで言うと、部屋を出ようとするクゼ。
「そうそう」
だが、ドアの前で立ち止まると、思い出したかの様に切り出す。
「アイザワ、お前は何処の出身だ?」
突然、突拍子も無く、しかもこんな場所、タイミングの話とは思えないことを尋ねてくる。
「とある国の辺境にある田舎ですよ、話す様な場所ではありません」
何を考えているのかと警戒しつつも、予め考えていた答えを述べるユウイチ。
嘘は言っていない為、仮に嘘発見器の様な魔法を使われていたとしても問題は無い。
一応、詳細を聞かれた際に答える様の地名も考えてある。
「そうか。
実は、この町にも昔ユウイチ アイザワというお前と同じ名前の者が住んでいてね」
クゼの言葉に一瞬思考が止まるアキコ、サユリ、マイ。
ユウイチはフードを被っている為、外見上の変化は解らないがかなり苦い顔をしている。
そして、クゼはどこか勝った様な余裕の笑みを浮かべていた。
ユウイチがこの町に住んでいた頃の姿を忘れているカオリだけ、クゼの言いたいことが解らず「?」を浮かべていた。
「同姓同名ですか」
まだ、隙を突けるかも知れないためシラはきっておくユウイチ。
幾つか作戦がある内、一応サユリ達と内通している事がバレた場合も想定してあるが、自分がこの町の出身者であるとバレるとはあまり考えていなかった。
一応昔顔を合わせ、会話も交わした事があるが、クゼにとって平民のユウイチなど、名前を覚えるにも値しない道端の小石同然の筈。
「そいつは、最近調べて解ったんだが、この町を救った英雄らしいんだ。
公にはされていないがな」
続けるクゼ。
だが、その内容はユウイチとアキコにとってはあってはならない事だった。
「あれは教会でも高位機密事項として封印されている筈です!」
殺気すら含ませながらアキコが叫ぶ。
あの事件の真相を知っているのは自分と、ユウイチと、この町の教会の神父だけなのだから。
事件の性質上、そうしなければならなかった。
感情的にも、理性的、社会的にも。
アキコの言葉に、クゼの言葉の意味が解らないサユリとマイはユウイチを見てしまう。
それを見たクゼはより確信的な勝利の笑みを浮かべるのだった。
「7年前のあの怪事件。
1人の少女の失踪から始まったものですが、まさにその少女こそ真犯人だったのですよ。
そう、その少女の両親を含め、あの事件で失踪した人は全員その少女によって殺されていたのです。
当時10歳だった少女、アユ ツキミヤによってね」
まるで詩人にでもなった気でいるのか、歌う様に語るクゼ。
「……え?」
あまりの話に反応が遅れるサユリ。
マイも同様にクゼが何を言っているのか、理解が追いついていない。
アユ ツキミヤ。
この少女の名前は、この場にいる全員がよく知る少女の名前だ。
教会によく出入りしていた、信心深い少女でシスターの見習いの様な事もしていた。
そして、あの事件唯一まともな遺体が回収された人物であり、この町で知らない者はいない。
何より、その少女はアキコ達と、最も親しかった人の傍にいたという事で忘れられない人物である。
「クゼ!」
普段は見せない怒りの感情を顕にして叫ぶアキコ。
今にも斬りかからんというほどの勢いで。
「ミナセ君、これはこの町の領主としては知っていなければいけない事だろう?」
嘲笑うかのように窘めるクゼ。
確かにクゼのいう事は正しいだろう。
あの事件は完全に封印してしまうには大きすぎた事件だ。
故に領主、サユリくらいは知っておくべきなのだろう、事件の真相は。
「さて、当時10歳の少女が合計10人もの人間、それも大人を殺せたか。
そう至った経緯は不明ですが、原因は解っています。
あの事件が始まった日、その少女は人間ではなくなっていたからです」
クゼは機密を知っているという優越感もあるのか、非常に楽しげに語り続ける。
語られているのは悲劇だと言うのに。
そんなクゼをじっと見据えながら、ユウイチはただ黙っているだけだった。
「前日までは確かに人間であったのに、一昼夜の内に人で無くなった少女。
同時に強大な力を手に入れた少女は、その強大な力に見合うだけのエネルギー摂取が必要になりました。
そう、もう普通の食事では足りなくなってしまったのです。
人外の本能からか、まず彼女が最初に食したのは両親の血でした。
そして、一晩に1人、人を食していきました。
手に入れた力を使って」
笑った顔で、なんたる悲劇と手振りで表現する。
「町は恐怖に陥り、眠れぬ夜が続きました。
だが、しかし、そんな化け物になってしまった少女に立ち向かった少年がいました。
少年の名はユウイチ アイザワ。
少年は見事化け物になった少女を打ち倒し、町に平和が戻りましたとさ」
今度はユウイチを見て笑うクゼ。
サユリ達もまだ理解が追いつかないものの、ユウイチを見る。
アキコだけは、俯き、何かに耐えていた。
「ですが、大人を簡単に捕らえて殺してしまえる力を手に入れた少女を少年はどうやって倒せたのでしょうか?
それは、少女にまだ人間の心が残っていたからだといいます。
なんと、少年と少女は恋人同士だったのです。
町の平和の為に愛する人をその手で殺めたのです」
実に愉快そうなクゼ。
全員の反応が予想以上にクゼを楽しませていた。
「町の英雄であるその少年はその日、町から姿を消しましたとさ。
―――なあアイザワ、化け物になってしまった恋人を殺して消えたその少年は、今どうしているんだろうな?」
答えられるなら答えてみろという風に尋ねるクゼ。
サユリが、マイが、カオリがユウイチを見る。
全員がユウイチの言葉を待っていた。
「そうですね、もし生きてるなら、相当に捻くれて育っているだろうと思いますよ。
残念ながら、私には恋人が居た経験がないので、よく解りませんが」
恋人が居た事がない、と言う部分で自嘲的な笑みを浮かべるが、それ以外はいたって冷静だった。
それが表面上だけなのかどうか、アキコ達ですら見抜けない。
「ははははは、そうだろうな。
いやいや、随分と長話につき合わせてしまいましたね。
それでは私達はもう調査に出発しますので」
高笑いを上げながら部屋を出るクゼ。
仕事故、クゼの後を追うカオリ。
最後にユウイチの方を振り向いて部屋を出て行った。
クゼの居なくなった部屋は静まり返っていた。
「ユウイチさん……」
「ユウイチ……」
かけるべき言葉は浮かばない、名前を呼ぶ意味も無かっただろう。
だが、それでも2人は名前を呼ばずにはいられなかった。
ただ、静かに立つユウイチに。
「……」
そんな2人と、俯いて動かないアキコを置いて、黙って部屋を出るユウイチ。
深く被ったフードは顔を隠し、マントはまるで心を隠すかの様に何も伝えず、ただ静かにその場を去った。
一方クゼは、キタガワが連れてきた部隊と合流していた。
「首尾は?」
「団長が使い物にならなくなった以外は問題無く。
アチラの配置も既に」
営業スマイルを浮かべて答えるキタガワ。
その後ろには昨日カオリとユウイチによって捕縛された筈の盗掘団の団員の姿があった。
昨日捕らえた中でも比較的軽傷で、取引に応じた者達だ。
それに、新たに傭兵も用意した様だ。
「では、アイザワが到着次第出発する」
「来るでしょうか? 彼は」
キタガワも詳細までは知らないが、ユウイチの過去に関する事を公開した事は知っている。
普通、あんな話の後、変わらずついてくるとは考え辛い。
「来るさ、そう言う男だ」
何故か確信的に言い切るクゼ。
そして、その言葉を証明するかの様にユウイチは来た。
今までとなんら変わりない気配と雰囲気のままで。
昼前。
クゼ率いる30人からなる調査部隊は、森の半分を過ぎようとしていた。
ユウイチを先頭にカオリ、その後ろを左翼、右翼に分かれた元盗掘団と新規傭兵。
その中央にクゼ、クゼの背後をキタガワという布陣だ。
ユウイチはいつも通り闇を纏って人を寄せ付けないようにしている。
だが、集団の中で最もユウイチを嫌っている、いや―――嫌っていた筈のカオリが、他人には分からない程度、ほぼ無意識にユウイチに一歩近寄ろうとする感じで歩いていた。
それも仕方ないだろう、先日危うく集団で弄ばれんとした盗掘団の男達が自分のすぐ後ろに、数人は居るのだから。
今は全員正気であり、クゼにいい額の金で雇われているが、それでも、あの時のことは簡単には忘れられない。
それと、それ以外にも理由があるのだろうが―――
「ここら辺だろ?他のやつ等が……」
「錯乱した奴も……」
妖狐の領域と言われている場所に差し掛かった頃、元盗掘団の団員達が小声で話し始めた。
やはり盗掘団は妖狐に進行を阻まれていたのだろう。
そう言った話が聞き取れる。
「五月蝿いですよ。
危険なモノが潜んでいると解っているなら集中しなさい」
そこでキタガワが一言そう言うと、ただそれだけで小声での会話は消える。
集団としてもそれなりのレベルがあったのだろうが、恐らくキタガワだったから効果があったのだろう。
ユウイチとしてもあまりキタガワに背後に立たれたくはないのだ。
それから更に数分歩いた頃だった。
突然、周囲から自分の足音以外、一切の音が消えた事に気付く。
そして、
「かごめかごめ」
突然周囲から声、いや唄が聞こえてくる。
「かごのなかのとりは」
何処から聞こえてくるのかと見回してみると、先程までいた筈の部隊、味方の姿が一切見えなくなっていた。
唄はまるで森自体が唄ってる様にも聞こえ、また声も1人の様にも複数にも聞こえる不可思議な唄。
そして、この声、妙に高い。
女性とは違う、恐らくは子供の声で、男の子なのか女の子なのかは区別がつかない。
「いついつでやる」
敵の位置を探す為にこの唄の声の方向に耳を済ませてみると、どうも自分の回りをぐるぐると回っている様に感じる。
また、すぐ傍で唄っている様で、遠くから聞こえる様でもある。
「よあけのばんに」
徐々に周りの景色が遠くなり、同時に声も何故か遠ざかっていく様に聞こえる。
まわりにいた筈の味方はおろか、敵も、森にいる筈の生き物も全く見あたらない。
まるで自分ひとりこの空間に取り残されたかの様に感じる。
「つるとかめがすべった」
妖しい唄声、狂う方向感覚、距離感。
自分が何故ここにいるのかすらも解らなくなってくる。
そして、徐々にスローペースになり、唄が終わりに近づく。
「うしろのしょうめんだぁれ」
突然、まるで背後から耳元へ直接語りかけてくる、妖しい少女の声。
そして、一気に視界が戻り、そこに居たのは武器を持ったナニか。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「くるなぁぁぁぁぁ!」
「うぎゃぁぁぁ!」
「1人はいやだぁぁぁ」
「助けてくれぇぇぇぇ!」
いたるところで狂ったような声が響き、部隊のメンバーは、恐怖からか武器を滅茶苦茶に振り回し、味方同士で傷つけ合う。
「幻術か、かなり高度だな」
錯乱し、味方同士で斬りあう盗掘団メンバーと傭兵団。
カオリとキタガワは、クゼに斬りかかる部隊メンバーを小突き、正気に戻していく。
その間にユウイチは術者を探す。
ほどなく、前方の木の枝の上に気配を感じ、右手を掲げシグルドに呼びかける。
「裂け」
(爪を)
ヒュンッ!
木の枝の真横、木の幹に黒い影の様な物、本来は召喚用のゲート、が出現し、シグルドがその小さなゲートから爪だけを突き出し、振るい、一瞬で消える。
知らない者が見れば、風か何かの魔法で切り裂いた様にしかみえないだろう。
ついでに、詠唱無し、たった一言の発動言語で発動させているので、一般人から見れば脅威だろう。
なお、引き摺っている十字架型の大剣が、いかにも補助をしているようなフェイクも忘れない。
例え、この場にそのフェイクにすら気付く者が居なかったとしてもだ。
カランッ
攻撃の直前に飛びのき、姿を隠す幻術が解けて着地する術者。
着地で響いたのは紅い下駄の鳴る音。
「妖狐、この子が?」
姿を確認したカオリが呟く。
木から下りた術者、その姿は東国の式服を纏った少女の姿をした妖狐。
夕日色の髪を靡かせ、蒼い瞳でユウイチ達を睨む。
そして、鈴が巻かれた右手を上げる。
すると、その背後の木々の間からおびただしい数の『何か』がこちらを睨んでくる。
大きな影の何かが、紅い瞳で。
(幻術だな)
(先程の幻術は、なかなか素晴らしい構成だったが、こちらはあまりに単純すぎるな。
まあ、大抵の者であれば先程ので追い払うなり出来てしまうし、それで錯乱した者達ならこれでも十分であろうが)
だがそれは妖狐が仕掛けた幻に過ぎない。
まだ幼い妖狐の幻術はところどころ穴があり、ユウイチとシグルドには簡単に見抜ける。
おそらくはカオリとキタガワも気付いているだろう。
だが、
「退くぞ、どちらにしろ調査は出来なくなった」
クゼが指令を出す。
やけにあっさり、だが的確な指示だ。
ユウイチ、カオリ、キタガワが無事でも、調査に必要な人員がほぼ全滅してしまっている。
混乱は収まったが、怪我人は重症も含め多数、いまだ恐怖が抜けぬ者も多数だ。
これでは先に進んでも意味は無い。
「了解、退きますよ」
キタガワが元団員達に指示を出す。
やはりかなり訓練されている者で構成されている部隊は、指示通りに下がっていく。
カオリ、ユウイチも下がろうとしたその時、
「ユウイチ、お前は殿につけ」
クゼからユウイチへ命が下る。
やけに落ち着いた、いやどこか冷めた様な声で。
何時ものクゼと違うのは明らかだ。
「了解」
だが、ここで何か言っても仕方ない。
ユウイチは妖狐と対峙して、その場に残る。
カオリは少しだけユウイチの背をみながらも下がり、やがてその場にはユウイチと妖狐のみになる。
「……」
「……」
ただ黙って睨みあう2人。
最も、ユウイチはフードを深く被っている為、目どころか口元も見えない。
今の状態なら例えアキコでも、その心情を読むことはできないだろう。
この状態では、サユリやマイでもユウイチだと気付くのは難しい。
だが―――
「……ユウイチ?」
妖狐がその名を呼ぶ。
疑問形なのは自信が無いからではない。
何故ここに、入ってはいけない領域に居るのか、戸惑っているのだ。
何故森を荒らしたやつ等と一緒に来たのか。
それに、
「……」
ユウイチは答えない。
ユウイチは知っている、この妖狐を。
例えこの姿を見るのは初めてでも、その手に巻かれた鈴と声で十分だった。
だからこそ何も言えない、フードを脱ぐ事も出来ない。
何故なら、今のユウイチは―――
「ユウイチ、何で泣いてるの?」
妖狐は困っていた、久しぶりに会えたのに。
ユウイチが自分の事が解らないとは、微塵も思わない。
だってユウイチだから。
次にあったら沢山撫でてもらおうと思っていた、何も言わなくても撫でてくれると思っていた。
でも妖狐には解らない。
ユウイチが何で血の匂いをさせているかも、なんで悪い奴らと一緒にいたのかも。
―――なんで涙を流さずに泣いているのかも。
「……」
ユウイチは何も言わない、何もしない。
ただ、立って妖狐の事を見ていた。
やがて、
「マコトー」
声とともに近づく気配が1つ。
ユウイチはその声に聞き覚えがあった。
マイとサユリ程ではないにしろ、妖狐とほぼ対になる者だ、解らない筈はない。
「……」
ザッ
十分時間は稼いだ、故にユウイチは退く。
妖狐・マコトに背を向けてクゼの退いた方角、町の方へと走る。
一度も振り向くことなく。
妖狐の声に答えることも無く。
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森に住む少女。
世俗から遠く隔たれた場所で暮らし、一般とは少しズレてしまった少女。
接する人間と言えば家族のみと言ってもよく、正直、人間というものが苦手だった。
この町の人々はいい人が多くとも、いや、多かったからこそ、苦手程度で済んだのかもしれない。
丁寧な言葉や態度、物腰で、例え他人と遭遇しても、問題なくやり過ごす事はできたが、友達など付き合いがある人は居なかった。
少女にとって森が家で、動物達が友達だった。
ずっとここで暮らしていくのが当たり前だと思っていたある日、少女は少年に出会った。
その少年は不思議で、町の人達とも少し違って感じた。
少女と少年は互いの名前くらいは話したが、それ以来会話らしい会話を交わす事はなった。
少年は静かで誰にも知られないだろう森の奥で、剣の鍛錬をする為に来ていたのだから当然といえば当然。
でも、ただ傍にいるだけ、しかも視線が交わらないという位置関係でありながら、それが心地よいと感じられた。
毎日の様ではなく、実際毎日休まずに森に来た少年。
ある事件の日までは―――
少年が来なくなってからも、少女は少年が鍛錬をしていた場所に訪れていた。
何か約束をした訳では無い。
2人の間柄は友達と言えるかも怪しい微妙な関係だった。
それでも少女は少年が帰ってくる様な気がして、いや帰って来ることを願ってその場所に毎日訪れた。
少女はまだその気持がなんであるかを知らない。
「マコト、また盗賊ですか?」
走って来た少女、ミシオ アマノは心配そうに妖狐マコトを見る。
ここ最近頻繁にこの森に干渉してきた盗掘団は、先日捕まった事は聞いている。
だが、町の人々がここまで侵入してくる事は考えられず、日の当たる場所に出れない者達が、また来たのかと思ったのだ。
実はこの森、東の国と国境の役目も果たしているため、この森を通るか険しい山を通るかすると検問無しに隣国に行けたりする。
「そうだけど、そうじゃないのもいた」
背後の幻影を解除しながら答える妖狐。
「ユウイチがいた」
「……え?
ユウイチさんが?」
ずっと待っていたとはいえ、流石に反応が遅れてしまうミシオ。
そして、走りよって来る時に見えた、フードとマントの男が去って行った方が見る。
既にユウイチは見えなくなってしまっていたが。
「ユウイチ、泣いてた」
いかなる方法か、顔を見たわけでもないのに、ユウイチのあの時の心情が解る妖狐。
なんで泣いているのかは解らない、そもそも涙も流していなかったのだから。
「そう……ユウイチさんが……」
だが、ミシオにはなんとなく解る気がした。
この森は、ユウイチにとってあまりに悲しい場所だから。
「……侵入者はもう全て撤退しましたか?」
その真の理由はともかく、だいたいの理由が解る故、今ユウイチを追いかける事は出来ない。
だからミシオは、レンジャーの娘としての仕事に戻った。
敵の正体は知らなかったが、どの道ここに入れる訳にはいかないのだから。
「ん〜、ここまで来たのは皆帰った。
けどまだ沢山居る」
幼いとはいえ、この森に住まう妖狐。
この森内であれば何処で、何が、起こっているかくらいは把握できる。
それによれば、まだこの森には多くの人間が居た。
「こちらに向かってきていますか?」
先の侵入騒ぎで両親も向かってきている筈だが、両親は共にほとんどここからは反対側にいる。
すぐにまた来る様なら、防ぎきれないかもしれない。
だが、そんなミシオの心配を余所に、
「ううん。
まだこの森に居るのは、さっきの人達が来る前から森に来てた。
何かを待ってるみたい」
「え?」
先に侵入してきた者とは別に、それよりも早く森に入り、待っている。
最初、ミシオにはそれが何を意味しているかさっぱり解らなかった。
でも、
「あ、動いてる。
ユウイチの方に」
ユウイチを囲むように移動するその大勢の人影。
ミシオはこれまでの人生の中で、最もはっきりとした嫌な予感が過ぎったのを感じた。
「……ユウイチ……戦ってる」
「ユウイチさん!」
何故ユウイチがそんな事になっているのかは解らない。
だが、今はそんな事はどうでもいい。
待っていた人が、ずっと会いたかった人が、やっと再会できた人が今―――
「まあ、こうなるわな」
やや疲れた様に呟くユウイチ。
そんなユウイチを囲む人影、その数は軽く100を超えていた。
「過剰な期待ってのは厄介だな」
追い詰められている時こそハッタリを使うユウイチであるが、今回はそれもできそうにない。
ざっと見た感じではあるが、今ここにいるメンバーは前にクゼが雇っていた雑魚とはレベルがまるで違う。
名の売れた、顔を見た事もある、金だけで動く凄腕の傭兵が数人確認できる。
全員が二流の中以上、一流と呼べる者も混じり、マイやアキコと同等かもしれない者も居るかもしれないという、豪華キャストだ。
今日この日だけの為に雇ったとしても、先に捉えた盗掘団全員分の賞金を持ってしても足りないだろう。
「そこまでして消したいか、俺を。
クゼ―――」
ユウイチの呟きと同時に、雨の様な矢がユウイチに降り注ぐ。
その頃、マイとサユリ、アキコはレンジャー・アマノ夫妻と会っていた。
今後の動きについて、協力してもらう為に。
「……ユウイチ」
話し合いの中、突然マイが森を奥を見つめながらユウイチの名を呼ぶ。
「マイ? ……もしかしてユウイチさんになにか!?」
初めは親友がどうしたのか解らなかったサユリだが、すぐにマイがユウイチの危機を感じ取ったのだと解ると、森の奥へ、知覚を拡大する魔法を展開する。
「……ユウイチさんと……約100名の人間が戦闘しています」
解った事はそれだけ。
あまりに状況が混雑している為、詳しい内容までは解らない。
遠見の魔法を使うには、準備に時間が掛かる上に、妖狐の領域に近い為効果が薄い。
「ユウイチ!」
確かな言葉、数字によってユウイチの危機が明らかとなり、マイは剣を持って森に入ろうとする。
だがそれはアキコによって止められる。
「いけません、今私達が助けに行く訳にはいかないの。
ここはユウイチさんを信じましょう」
本当は心配でたまらないアキコであるが、ユウイチの実力は、実際戦った自分が知っている。
最悪、計画が台無しになっても、逃げる事くらいは可能だろうと思い、感情を抑えた。
今はユウイチがこうなる事も想定した上で、進めていた計画の補助をしていくべきだと。
「ユウイチ……」
まだユウイチのいる方を見ながらも、一応思いとどまってくれるマイ。
だが、その手は剣の鞘を固く握り、向ける先の無い感情が表れていた。
「では、アマノ夫妻には明日よりの動きについてお願いを」
「ええ、私達にできることでしたらどんな事でも」
ユウイチから何重にも敷かれたシナリオについて説明をするサユリ達。
ユウイチの描いたシナリオは終盤に入ろうとしていた。
「ちっ!」
木と地形を盾にして隠れ、足と腕に刺さった矢を抜く。
大剣を引き摺り、普段は背負う為に使っている鎖と小太刀、シグルドの爪で大半の矢は叩き落したものの、全てとまではいかなかった。
傷自体はそうたいした物ではないし痛みは気力でねじ伏せれる。
しかし、筋肉の破損により低下した運動能力はどうしようもない。
ユウイチに施されている魔導刻印は、再生復元機能もあるのだが、目に見えて回復する訳ではない。
常人の3倍程度の速度は出せるし、時間さえ掛ければ失った指なども回復できるのだが、それは時間があればの話だ。
今の戦闘中では、とても回復しきらない。
ユウイチの全身に施されている魔導刻印は非常に多機能であるが、どれも超人的な能力は発揮しない。
それはユウイチ自身が望んだ事。
少しズレてしまってはいるが、人のまま、自分のまま強くなるのがユウイチの決意、信条だ。
人間を相手にする限りは人間の力で戦うのも当然の事。
それが例え多勢に無勢であってもだ。
「この程度!」
両側からの挟み撃ちに加え、正面から火炎弾の魔法援護。
右側の敵を正面に投げ、火炎弾の盾とし、反対側の敵は肘を顔面にめり込ませて沈める。
木の枝の上に立つ者からの弓による援護射撃は木々を盾にして凌ぎ、隙を見て枝を切り落とし地面に叩きつける。
100人という多勢を相手にしていると言っても、一度に攻撃できるのはせいぜい4人。
それならば1人1人を確実にしとめて、射撃は敵を盾にして戦えばいいだけのこと。
100人抜き程度、師の下で修行していた頃も旅をしていた頃も、割りと頻繁に行われた事だ。
ユウイチは、大多数を一度に攻撃できる魔法や技は使えない。
だが、体力にはちょっとした自信があり、攻撃の的確さや経験による行動予測などは、よほどの相手でなければ負けはしない。
100人を相手にするなど、人間離れしている様にも思えるが、地形などを利用すれば決してできない事はないのだ。
ズシャッ!
「ちっ!」
肩に走る激痛。
敵の一人の手槍が左肩を貫く。
しかし、今回は相手が悪い。
100人という数だと言うのに、1人1人の質が高すぎるのだ。
烏合の衆の様に見えて連携もとれているし、タイプも剣から弓、魔法まで実に充実。
森の中という好条件とは言え、流石にユウイチもこれでは旗色が悪い。
(ユウイチ、我を使え)
見かねたシグルドが内から話しかけてくる。
(ダメだ、数が多すぎる。
全員を確実に仕留められなければお前を出す訳にはいかない)
計画の事もあるが、ドラゴンたるシグルドは人前に出すにはあまりに多くの問題がある。
使いどころを間違えれば、ユウイチは国の騎士団に追われかねない状況にもなり得る。
いや、実のところ、人間が敵に回るくらいは可愛いと言える事態にすらなりかねない。
だから今は出す訳にはいかない。
1人でも逃がせば情報が渡ってしまう。
(せめて一桁まで減らせればな)
(それができたら、お前の力を借りるまでもなくなるって)
とは言うもののダメージ量も増えてきた。
消耗率を数字で出すなら30%と言った所。
それに対し敵戦闘不能が20人。
単純計算でもユウイチは敗北してしまう。
因みに同士討ちにさせた(射撃系を利用したもの)で倒したのは10人ほど。
少なくとも直接手を下したのでは、死者は居ない筈だが、同士討ちに関しては責任が持てない。
ざっと見たところ治癒魔法を使える者、というより戦闘中に使おうとする様な愚か者は居ない様だ。
治癒魔法系は発動までの準備と発動し、効果が発揮し回復しきるまでに時間がかかる為、普通は戦闘中には使わない。
こんな乱戦中に使っているなら、的以外の何物でもないのだ。
瞬時に効果が現れる回復薬品などという物は、一部の例外を除いて無いと言えるので、敵が復活する心配は無い。
ただ、こちらも回復できないので同じであり、勝利が難しい事にはなんら変わりは無い。
ヒュンッ! ザシュッ
また、敵の刃が腕を掠め、二の腕から出血する。
各部刻印の効果、服の特製などで止血はされているが、傷自体の前に血液の量が心配になってきた。
傷による運動能力の低下もあるが、それはまだ大丈夫。
常人なら悶絶するくらいの各部の異常を知らせ、動く事を止めさせようとする痛みも、意志力で捻じ伏せている。
心配といっても、普通に生活する分には十分だ。
だが、今は戦闘中、しかも長期戦が確定している乱戦中なのだ。
(ちっ! 撤退しかないか)
こんな所で死ぬ気なんぞ毛頭無いし、殲滅しなければいけない訳でもない。
むしろ殲滅してしまうと、少しやりにくくなる可能性が高いのだ、いろいろと。
(しかしユウイチよ、撤退経路は後方、森の奥に進む道しかないぞ)
ユウイチを網にかける様にして布陣されていた部隊である為、ユウイチが来た方向は敵が若干手薄になっていた。
包囲を突破するならそこからしかないのだが―――
(ダメだ! そっちにいけばあの子達が巻き添えになる!)
戦闘が始まってまだ数分。
妖狐と少女は、まだ先程場所に、下手をすれば追いかけてきているのだ、来た方向へは下がれない。
(妖狐を
(あの娘達に
旧知であればと、ある程度予想した上で、敢えて言葉を選び進言するも即答で答えるユウイチ。
しかしそれでは退路が無いという事になってしまう。
(最悪、我は勝手に出させてもらうぞ)
(すまんな)
2人だけの会話は終わり、ユウイチは最悪にならない様、全力を注ぐ。
逃げるにしろ戦うにしろ、状況を判断し敵の動きを予測し、過去のデータと照らし合わせて考える。
この状況を打開する方法を。
ユウイチが悪戦苦闘を強いらている戦場から、少し離れた場所の木の枝の上に2人はいた。
少しと言っても1km以上離れているが、それでも育ち故の目の良さで、肉眼でユウイチの姿を見る事ができる。
「ミシオ! ユウイチが! ユウイチが!」
「待って、ダメよマコト。
私達では邪魔になるだけです」
待ち人を救わんと飛び出そうとする妖狐と、それを押さえる少女。
少女とて自分に言い聞かせながら、妖狐を止めていた。
でも自分達の力では助けられないどころか、足手まといになるだけだ。
自分はここで見ていることしかできないと思うと、悔しくて泣きたくなる。
「何もできない……何も……
何もできない?」
本当にそうだろうか?
自分はそこまで無力だろうか?
今はマコトと一緒にいるのに、戦ってるあの人の為に、何もできないと言うのだろうか?
「そんな事はありませんね。
……マコト、幻術を私の言うとおりに構成してください」
ただ待つだけで、7年間を過ごした訳ではない。
「ミシオ? うん、解った」
それはマコトとて同じ事だ。
もう、ただ手を差し伸べてくれるのを待っているだけの子狐じゃない。
リィン……
(……鈴の音?)
魔法による爆音まで響く戦場で、ユウイチは鈴の音を聞いた。
小さな音だと言うのに妙に鮮明に。
それにただの鈴の音の筈なのに懐かしく感じる。
(ふむ、わざわざ幻術を元にした伝達魔法にしたのだろう。
ただの鈴の音に力を乗せ、音自体を保護し目的の者へ送るだけの魔法だ)
音が聞こえてから、数秒もしない内に解析をすますシグルド。
本来ユウイチにしか聞こえない様にしてあるのだが、ユウイチと同調しているシグルドにも聞こえた様だ。
(この音は……まさか……)
普通に鳴らしている音を、保護伝達しているだけなら、聞こえてくる方角が普通に発信源となっている筈。
ユウイチは敵に悟られぬ様にそちらに視線を向ける。
(あれは……)
元々の良さと、強化も合わせ1km先の木の枝に立つ、少女と妖狐の姿を確認するユウイチ。
この戦場からたった1kmしか離れていない場所にだ。
見れば、少女は妖狐の手をとって、その右手首に巻かれている鈴を鳴らしていた。
(何をしているんだ!)
苛立ちからか睨む様に二人を見るユウイチ。
すると、2人はそんなユウイチの視線に気付いたのか鈴を鳴らすのを止めると、次ぎは、少女がなにやら魔術の構成らしきものを見せる。
それは幻術の魔術構成。
(……わざわざ)
その意図を理解したユウイチは心の中で溜息を吐く。
あの2人は、7年も前の、友人とすら呼べない自分の為に、何故危険を冒しているのかと。
(全く、主のまわりはいい女ばかりだな)
半ば呆れ気味に笑っているシグルド。
因みにもう半分は素直な称賛である。
(まったく勿体無いこった。
宝の持ち腐れ、猫に小判、豚に真珠だな。
とにかく、魔導師だけは倒しておくか)
(そうだな。
我としては主は猫だと思うぞ、いろんな意味でな。
それと残っている魔導師は2人だ。
なんとかいけそうか)
(余裕だ。
その見解については、後ほどゆっくり話し合いたいな)
瞬時にして冗談を言い合う2人。
ニヤリと笑うと、戦場にいる魔導師をカモフラージュしながら倒す。
1人は大した運動能力も無い癖に木の枝に居たので、魔法を使った直後に枝を切って地面と口付けしてもらう。
もう1人は、突進してきた敵の1人に、下から掬い上げる様にカウンターを入れ、そのまま盾にして体当たりで倒す。
そして、魔導師を倒し終えた所で再び少女から指示が出る。
跳べ、と。
(よし!)
タッ!
丁度接近戦を得意とするだろう、剣や斧を装備した男達が斬りかかってきた所を、跳んで避ける。
そこへ、
カッ!
一瞬、ほんの一瞬、辺りに光が走る。
それはそもそも光ではなかったのか、それとも障害物を無視したか、全てを貫く様にして広がる。
時が止まったかのような一瞬。
そして何事も無かったかのように光は消え、何事も無かったかのように時は動き出す。
そう、何事も無かったかのように。
幻術によってユウイチを殺したと思い込んでだ傭兵達は、マコトが幻術で投影したユウイチの死体を嬉々と持って帰っていく。
実際には気絶している味方であり、似たような格好をしていた魔導師だ。
曰く、てこずらされたが美味しい仕事だったとか。
最後までもがいた姿が面白おかしいだのと。
それを気配を消しながら遠目で眺めるユウイチ。
(行ったか)
(そうだな。
あの投影も見事な物だ。
今日中にばれる事はあるまい)
ユウイチにはそこまで詳しくは解らないが、シグルドはマコトの幻術の構成が気に入った様だ。
(しかし、これであの子と向かい合わなくてはならなくなった)
(元々逃げ続けるつもりはなかったであろう)
(そうなんだけどな)
溜息を吐きながら、少女と子狐の待っている場所に向かうユウイチ。
突然7年も居なくなっての再会だ、実は結構気が重かった。
アキコの時は不意打ちで、そんな感情が出る暇も無く、サユリ達の時はある程度割り切った後だ。
(まあ、なる様にしかならん)
数秒だけ悩んだもののスパっと気持を切り替えてフードを外す。
そして、並んで待つ2人の前に立つと、
「よう」
まるで毎日会う友人の挨拶かの様に軽く声を掛ける。
「ユウイチさん……」
ミシオはなんと言っていいか解らなかった。
7年目の再会と言うのもあるが、元々ろくに会話をする様な関係でもなかったし、そもそもミシオは人と話すのがちょっと苦手だった。
「……今日もいい天気ですね」
結局出てきた言葉はそんな言葉。
でもこれは7年前でも普通に交わされていた言葉でもある。
「相変わらず若者同士がする挨拶とは思えんな」
それを7年前にもした突っ込みで返すユウイチ。
「失礼ですね、物腰が上品だと言ってください」
これもまた7年前、会話の少なかった2人で最もよく交わされた言葉だったりする。
微妙に文が繋がっていないが。
「この年月でさらに磨きが掛かったか? より渋く……」
「物腰が上品だと言ってください」
「それに……」
「も「綺麗になったな」と言って…え?」
ユウイチがまだ続けようとしているのに先手を打って突っ込もうとしたミシオに、更に途中で割り込みをかけるユウイチ。
それはもう見事なまでの悪戯小僧な笑みを浮かべ、完璧なタイミングを取ったと得意気に。
ミシオはと言うと、なにを言われたか理解が遅れ、数秒の間を置いて顔を真っ赤にする。
「ん? もっと言ってほしいか?」
更にニヤニヤと笑いながら追い討ちをかけるユウイチ。
因みにマコトはというと、何時の間にかちゃっかりとユウイチの腰に抱きついて、ユウイチに頭を撫でてもらっていたりする。
2人の会話に一切出てこないほどご満悦のご様子だ。
「やはりユウイチさんはユウイチさんです」
顔を隠してそっぽ向き、可愛らしく拗ねるミシオ。
そして、なんとなくこれが自分たちの関係なんだと思うのだった。
少し意地悪だけど、やはりユウイチと話すのは楽しいし、心地よい。
ユウイチもこういう会話をしていると凄く楽しいし、どこか落ち着く。
心地よい時間が流れる。
静かな森の中で。
だが、それは何時までも続くものではない。
ずっとこうしていたい気もしたが、そうもいかない。
「さて……
マコト、お前の両親に面会はできるかな?」
撫でていた手を止めてマコトに尋ねる。
「町の動きはユウイチさんでしたか」
その言葉である程度察したミシオは、真剣な顔になる。
「ま、ちょっと大掛かりな悪戯さ」
それにニヤリと笑って見せるユウイチ。
「いいよ」
そしてマコトの案内の下、森の奥へと入るユウイチ。
そこでユウイチはこの町の最後の知人と再会を果たすのだった。
その頃クゼはユウイチ抹殺部隊と合流していた。
「契約通り、あの男の死体確かに持ってきましたぜ」
そう言って細切れ寸前の死体をクゼの前に差し出す男。
途中でまだ生きている事に気づいた為、わざわざトドメを入れたのだ。
「……」
それを見て難しい顔をするクゼ。
「これはまた見事ですね」
傍に控えていたキタガワは、そういいながら何かを確認するようにユウイチの死体を弄る。
そして弄るたびに見事だと感嘆の声を上げるのだった。
―――こんな状態ですら、まだ投影の幻術が機能しているのだから。
傭兵部隊は怪訝そうにそれを見ているだけだ。
「いいでしょう、ではお約束のモノです」
暫く弄っていたキタガワは、営業スマイルで傭兵達に成功報酬を差し出す。
「ふん、確かに。
じゃ、また何かあったら呼んでくれよ」
額を確認した傭兵達はバラバラに去って行く。
暫くして、キタガワとクゼだけが残される。
「本当、見事な幻術投影ですね」
そういいながら偽の死体を燃やすキタガワ。
「キタガワ、今回雇った奴等のリストは残して置けよ、いずれ料金分は取り返す。
しかし、妖狐が味方をしたという事か。
まったく、厄介な事だな、アイツと関わると」
今回は後々に行われる事に関わられると厄介な為、金を払って帰したたが、金を無駄にする気はないらしい。
「倒された傭兵達の数からみても、手傷は負っている筈ですがね。
問題はこれほどの幻術を使う妖狐が相手という事ですか」
集めれる限りの上級の傭兵を雇ってこの様。
それもまだ子供の妖狐とユウイチだけでだ。
噂が正しければこの森にはまだ親の妖狐がいる筈。
「厄介だな。
そのお陰で今でも無事な遺跡があるとはいえ」
盗掘団が狙い、クゼが今利用しようとしている古代遺跡は、この森の中央にある。
別に妖狐達はそれを護っている訳ではなく、結果的にそうなってしまっているのだろうと、クゼは考えているが、どちらにしろクゼにとっては同じ事だ。
「森の中でなければ、妖狐もなんとかなるのだろうが」
妖狐の幻術も、森という閉鎖された空間だからこそ、威力が増幅される。
それに森では遠距離攻撃が難しく、大部隊の行進の妨げにもなる。
「森ですか……
いっそ無くなったら楽なのでしょうが。
そう、火事とかで」
そこでふと、何気ない風に呟くキタガワ。
そう、ただの独り言、ただの思いつきを装って。
「……ふむ、なるほど、火事か」
「いえ、仮にも国の森が燃えてしまう様な、そんな大惨事が起きればの話ですが」
嫌な笑みを浮かべるクゼと、あくまで営業スマイルのままのキタガワ。
二人共燃やそうなどという露骨な言葉は使わない。
ただ、天災が起きるのを願うような内容で話を進めていくのだった。
翌日の昼前。
森の奥、妖狐の領域の手前にクゼはいた。
再び元盗掘団とカオリを引き連れて。
だが、キタガワの姿がない。
それに、昨日の幻術による同士討ちでの負傷の為か人数も少ない。
そんな、昨日よりも戦力が大分劣る状態で領域に入ろうするクゼ。
そこへ、
『何用か』
突如、森の奥から低い声と共に、全高4m、全長15mはあろうかと言う、巨大な狐が姿を表す。
その足元には昨日の幼い妖狐の少女と、後ろには森の動物達を引き連れて。
今まで姿を現さず、噂だけだった妖狐が目の前に現れた。
その姿、存在感だけで元盗掘団達は恐れおののき、逃げ腰になっていた。
「妖狐の親玉自らか。
幻影ではないな」
仮にも当主にして裏での情報、金での大きな取引を経験しているクゼは、驚くも直視できていた。
どこで得た遺物か知れないが、クゼには幻影の類はほとんど通用しない装備がある。
人を騙せど騙されるのは極端に嫌っている故の装備だ。
「……」
カオリは仕事故、クゼを護る様にクゼの前に立ち、構える。
見た目とかではなく、直感で勝てないと解る相手でも、これがカオリの仕事だ。
『何用か。
昨日に引き続き、ここに兵を率いてくるなど、あまり友好的な事とも思えんな』
低く、響く声だが穏やかに尋ねる妖狐。
少なくとも今すぐ食い殺そうという気が無いのは解る。
だが、それでも少しでも武の心得があるなら、その圧倒的な存在感に恐れを抱かずには居られない。
「友好?
森の畜生と何故友好など結ばねばならんのだ?
何用か? そんなものは決まっている。
ここは俺の土地、俺の森だ、ジャマなモノを掃除しにきたのだよ」
それでもクゼは妙に自信満々にそう宣言する。
明らかに、この戦力では逃げるのも危ういというのにだ。
『それはあまりに傲慢な言葉だな。
土地も森も、誰の物という訳ではあるまい』
あくまで穏やかにクゼを宥めようとする妖狐。
クラタ家の当主が友好的だった分余計に妖狐は悲しげだった。
同じ人間でこうも考え方に落差がある事に。
「俺のだよ、この土地も、森も、国もだ」
妖狐の控えめな態度に増長したか、大きな発言をするクゼ。
それも高らかに宣言するかのように。
『………我は戦いは好かぬ。
だが自衛に容赦はしないぞ』
殺気までいかない気迫を纏う妖狐。
それだけでも吹き飛びそうになる。
それでもクゼは退かない。
「それができたらな」
勝利を確信したような笑みを浮かべて。
ゴォォォォォ
その時、クゼ達が居る方角から西側が何かの音と共に少し明るく、いや紅く染まっていく。
それは炎の紅。
音は木々が燃える音だった。
西の山から吹き降ろす風が、乾いた風が炎を妖狐の領域へと向ける。
「やはり、ゴミの処分は焼却に限る」
ニヤリと笑うクゼ。
勝利を目前にした余裕の笑みだ。
『愚かな…
目先の利益しか見えぬのか』
悲しげに、本当に悲しそうにクゼを見る妖狐。
怒りは無い、ただ悲しいだけの視線だ。
なぜそうなってしまうのか、と人と言う種の一部の考え方が理解できない。
問えば、恐らくは寿命の違いを言われるかもしれない、妖狐はすでに500年近く生きている。
だが、それならば次の世を任せる子等の為の事を考えないのかと、妖狐は思うのだった。
「どうする? 炎を操るお前達でも、火を消す事はできないだろう。
逃げるなら早くした方がいい。
狐の丸焼きなんざ別に食いたくないからな」
笑うクゼ。
最も森を出たところでは、別の部隊が弓を引いて待っている。
森を燃やし焼きだした所で仕留めてしまう作戦だ。
遺跡は火などで無くなる物ではないし、基本的に火系の属性である妖狐には、火事を消す事はできないと考えたのだ。
『そうだな、我等では大きな森林火災は消す事はできん』
諦めた様にすら聞こえる妖狐の声。
「そうか、抵抗もしないか。
意外につまらんな」
それを嘲笑うクゼ。
だが、
『我等妖狐ではな』
グオォォォォォォン!!
妖狐の言葉に応えるかの様に上空に咆哮が響く。
「なんだ!」
今まで余裕の笑みを浮かべていたクゼもその咆哮に上空を見上げる。
すると、クゼのいる辺りが突然暗く、何かの影に覆われる。
グオォォォォォォォォォン!
そして咆哮、何か重い物が羽ばたくような音。
見上げればそこには1体のドラゴンがいた。
そして、何をしたか巨大な水の塊を造ると、火事の方角へと飛ばす。
ズバァァァァァァンッ!!
森の中でまるで津波が起きたかの様な水が火事を押し流す。
圧倒的といえる水の量に瞬く間に鎮火する火災。
そして、そのドラゴンはクゼの眼前へと降り立った。
ドンッ!
ドラゴンの着陸により地響きが鳴る。
全長12mほどのドラゴンとしては中型、二足歩行も可能なスマートなタイプの、緑色のドラゴン。
森などに生息する事が多いとされる、エメラルドドラゴンと呼ばれる種のドラゴンだ。
『我等の住処に火を放つとはどういう了見かな?』
妖狐よりはいささか好戦的な言葉で問うエメラルドドラゴン。
その存在感は妖狐より更に強くまさに圧倒的。
近くにいるだけで心臓が止まってしまうのではないかと思うほどだった。
これが地上最強種、ドラゴンなのだと実感できる。
「バカな! ドラゴンが居るなど言う話は聞いた事が無いぞ!」
あまりの事に感情的に叫ぶクゼ。
先程の余裕とは打って変わって取り乱している。
幻術が利かない装備をしているが故、目の前のドラゴンが本物だと解る。
『己の存在を誇示するようなドラゴンが居るのか?』
逆に尋ねてくるエメラルドドラゴン。
ドラゴンという種は最強でありながら、表舞台に出る事を嫌う種である。
極一部の例外を除き、世界で何体生息しているのかは、ドラゴン専門の研究者でも見当がつかない程だ。
ドラゴンはその強さ故か、体のほぼ全てが強力で高価な魔導アイテムの材料になる。
故に腕に自信のある冒険者などが狙ったりするのも、情報が表に出ない理由の1つだろう。
それは、冒険者達、つまりは人間側の利権としての意味で、ドラゴン達が人間を恐れているという意味ではないので注意。
「こんな近くに住んでいて、今まで誰も気づかなかったと言うのか!」
『妖狐達もいたしな。
奥でのんびり眠っている事ができたよ』
基本的にドラゴンという種は、大人しく穏やかな性格をしているとされている。
正当防衛以外の戦闘を極力避け、人を襲うなど自業自得によるもの以外はありえないくらいだ。
種類により住む場所は異なるが、森の奥や山の洞窟などで、仙人の様な生活をしているらしい。
生息する場所とその強さにより、乗り物などで一般に普及しているワイバーンなどの種を除き、人間とは全種族の中でもトップクラスで関わりの少ない種である。
一部地方では神として崇められるほど、神聖に近い生き物であり、魔神と並び恐れられる存在。
それがドラゴンである。
『で、どうするのだ? 貴様等は』
寝床を燃やされかけ、流石にドラゴンの中でも更に温厚と言われるエメラルドドラゴンも、殺気混じりの視線を向ける。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」
「あああああああ!」
「助けてくれぇぇぇ!」
ついに耐え切れなくなった元盗掘団が散り散りに逃げだす。
いや、今までもずっと逃げたくてたまらなかったのだが、その言葉でやって動き出す事ができたというだけの話だ。
金と恐怖で縛っていた者も、ドラゴンという恐怖には敵う筈もない。
そこへ、
ドスッ! ゴンッ! ドゥンッ!
「待つ」
「悪いけど逃がすわけにはいかないんだ」
「そう言うこと」
予めクゼの周囲で待機していたマイと、アマノ夫妻によって捕らえられる元団員達。
恐怖から錯乱していた為、3対15であったが一人残らず捕縛する事に成功する。
これで残るはカオリに護られたクゼのみ。
「キサマ等!」
罠を張ったのは自分だったのに、罠に掛かっているのは自分。
クゼはあまりの屈辱に、我すら忘れんばかりに怒った。
そこへ、
「で、こいつらが火をつけた張本人だったりするんだが」
「まあ、証言は私がしましょう。
クゼの依頼で金を貰って森に火をつけた事はね」
数人の男を引き摺ったユウイチとキタガワが現れる。
ユウイチ達が引き摺ってきたのは、キタガワが集めクゼが森に火をつける事を依頼した者達だった。
ちなみに今のユウイチはフードを被っていない。
「ユウイチ……キタガワ! キサマ何を言っている!」
最も信頼、いや利用できると思っていたキタガワの明らかな裏切り。
それによって更に怒りを高ぶらせる。
だが、
「で、ここまででどうなる?」
誰にか尋ねるユウイチ。
質問内容は意味不明、クゼも反応はできなかった。
だが、
「名の有る盗賊団団長を捕縛後、無断処刑、犯罪者の引き抜き、国にとって重要な森を無許可での焼却未遂」
突然クゼの後方から女性の声がする。
振り向けばそこには長い栗色の髪を、1つの三つ網にした少女が立っていた。
少女といっても、ユウイチと同年代でありながら、どこか大人びた様子で、スーツの様な服をきた美女と言える。
彼女こそ、若くして国の司法局の副局長に就任している、アカネ サトムラ。
その若さで司法局副局長に就任している事、その実力、そして美貌から王都ではアイドルクラスに有名な女性であり、クゼも当然知っている。
何故国のお偉いさんが、と言う疑問が浮かぶ前に、1つ1つクゼの罪状をリストから述べていくアカネ。
「国家に対する不穏な発言、税金の未納などを含めると、それだけでも重罪ですが、国内に住まうドラゴンに敵対した行為。
そして何より―――クラタ家当主暗殺未遂の容疑」
一呼吸置いてそう締めくくるアカネ。
そして、その背後から現れたのは、
「バカな……」
クゼは怒りすら冷え切るほどに絶句する。
「何をそんなに驚いているのかね?
私が回復したのがそんなに不思議か?」
クラタ家の当主が立っていた。
『紳士』とはこう言う人の事を言うのだと、そうあらわした様な男だ。
傍にサユリと後ろにブラウンの髪を適当に切った少年が立っている。
先日姿を見せたシュンもいた。
「それはそうでしょうね。
私でも見抜けなかった病魔でしたから。
見抜きにくい分、浄化はちょっと弄っただけで済みましたけど」
目を細くして微笑するサユリ。
父親が回復してくれた喜びもあるが、その敵が目の前にいるのが大きいのだろう。
とっても素敵な笑みだ、いろんな意味で。
「先日退魔に成功した際、貴方が召喚した容疑者となりました」
はっきりとそう述べるアカネ。
つまり、クゼは国から犯罪者として認定されたという事だ。
「そうそう、娘との婚約は破棄させてもらったよ。
元々一方的なものだったしね」
ついでの様に付け加えるクラタ家当主。
親が倒れていた時の事で、無理矢理結ばれていた婚約。
だが、これでサユリは自由に戻れた。
「森の外に配置してる部隊だったら、ジャマだったんで片付けておいたからよろしく」
サユリ達の後ろ、正確にはアカネの護衛として付いてきていた少年、コウヘイ オリハラが軽くそう述べる。
50人の特殊部隊だったというのにだ。
「お忘れかと思いますので言っておきますが、クゼ様との契約は昨日で切れております。
ですが、職務の内容が報酬に見合っておりませんので、契約更新はこちらからお断りさせていただきますよ」
所詮は金だけの繋がりだったキタガワもクゼの傍を離れる。
「確か、契約内容は妹シオリの医療機関での優遇だったな?
あの病院はクゼの家とは金で繋がってたからな、既にクゼに医療機関を動かす力は無いぞ、カオリ」
更にそんな中でカオリに呼びかけるユウイチ。
「……そうね。
じゃあ、今までこき使ってくれてありがとう、マスター」
ユウイチの言葉に一瞬理解が追いつかなかったカオリだが、すぐに冷たい笑みクゼに向け、ユウイチの隣まで移動する。
そう、もうクゼにはカオリを縛り付けることもできない。
そうしてクゼは独りきりになった。
誰も傍に居ない。
誰も護ってくれない。
そう、クゼにはもう何も無くなった。
「……そうか」
周囲を見て、それを自覚したクゼは冷めた、なんの感情も篭らない様な言葉を吐く。
「ご同行願います」
クゼの前に立つシュン。
拘束はしない。
シュンには逃がさないだけの実力があるし、最早必要もないと判断した。
こうして全てが終わった。
町に平和が戻った。
1人の悪が滅びた事によって。
だと言うのに、喜んでいる者はその場に居なかった。
中でも、
「クゼ……今のお前はカッコ悪い」
そう貶めた本人でありながら、ユウイチは今悲しげな、そして辛そうな目をしていた。
「……そうだな」
ユウイチの顔を見ること無く応えるクゼ。
そしてクゼはその後振り向くことなくシュンに連れられていった。
クゼが居なくなった場に、重い空気が流れる。
悪が滅びたのに、誰も喜べない。
サユリやマイ、当主でさえも。
『ユウイチよ、いつまでこうしているのだ?』
そんな中、エメラルドドラゴンがユウイチに話しかける。
何故か、とても親しいような口調で。
「ああ、そうだな」
溜息を吐き、それで気分を入れ替えるユウイチ。
「ああ、もういいだろ。
2人を出してやってくれシグルド」
普段の雰囲気に戻ったユウイチはそう、エメラルドドラゴンに言うのだった。
『うむ』
するとドラゴンは大きく息を吸ったかと思うと、何かを吐き出す。
タンッ
そこまで勢いがあった訳ではないが、静まり返っていた為着地音が響く。
「ふぅ……ドラゴンのお腹に入ったなんて、貴重な体験でした」
「まったくです」
現れたのはアキコ ミナセとミシオ アマノ。
そう、ドラゴンが吐き出したのはこの2人だった。
吐き出すと同時に緑色の体のエメラルドドラゴンの体の色が黒く変わる。
そう、エメラルドドラゴンはシグルドの色が変わっただけだったのだ。
幻術では無い為、クゼのマジックアイテムでも見抜けなかったが、これはちょっとした魔法処理によりものである。
尚、人が居るのにシグルドが姿を晒しているのは、今ここに残るメンバーは、最初から知っているか、もしくは計画に関わるが故、紹介が必要な人達だからだ。
「ごくろうさん」
明るく2人を労うユウイチ。
だが、周りは重苦しい雰囲気から、なんともいえない雰囲気に変化していた。
例え説明を受けていてもド、ラゴンが美女2人を飲み込んでいて、それを吐き出すというのは激しくシュールな光景だ。
因みに2人共水系か風系かで薄い膜を張っていたのと、シグルドが消化器官をストップしていたので濡れもしていない。
『二人共実によい魔導師だ。
おかげで本来の力に近い力を演出できた』
2人を吐き出したシグルドに先程までの威圧感と存在感は無い。
無いといっても十二分にあるのだが、睨まれただけで心臓が止まりそうとまではいかなくなった。
シグルドは2人を体内に入れることで、自分の力としていたのだ。
なお、火災を消した水の魔法はアキコの協力によるもので、シグルドとアキコの2人の力があったからこそ、できた事である。
勿論、ミシオが入っていたのも無意味ではなく、ミシオの力もあってこそである。
「悪かったなキタガワ、わざわざ演出までさせて」
「いや、かまわない。
俺も本来の仕事がスムーズにできたし」
前からの知り合いの様に話すユウイチとキタガワ。
実際は互いに顔と名前は知っていた。
実を言えばこの国の裏側ではユウイチというのは有名なのだ。
キタガワはある業界で腕が立つ為にユウイチは知っていた。
その業界というのは、
「しかし、内部監査をやっているとは聞いたが、あんたがクゼの執事なんかをやっていて助かったよ。
あんたでなかったら、これほど上手くクゼを失脚させられなかっただろう」
「クゼは前々から問題視されてきたからな、当然と言えば当然。
まあしかしあの防犯システム、元スパイとしてはやりがいがある屋敷かと思ったのだが、実はあれ、豪華なだけで扱い切れていなくて、実は穴だらけだったんだよ」
周りの人間を少し置き去りにして会話する2人。
実はキタガワ、先程のクゼとの会話では、金の切れ目が縁の切れ目だから裏切った様に言っていたが、元々国の内部監査である。
その仕事として、クゼの家に執事として潜り込み、不正の証拠を見つけていたのだ。
ユウイチが協力を依頼したのは、森に火を付ける様に促し、失脚の切欠とする事だった。
だが、それは同時に、キタガワとしては今まで上手く立ち回られ、公にできなかった不正の数々を暴くチャンスだった。
この計画で、見事、全て公にでき、互いの目的を達成できたのである。
「で、これからどうするんだ?」
「少し目立ちすぎたからな、暫くは休暇をとった後は……まあ適当に考えるさ」
スパイとしては暫く働けない、あまりに表で動きすぎたのだ。
今回の事で金には困っていない。
実はクゼの家で執事をしていたので、その給料と国からの給与があり、現在かなりの金持ちだ。
「じゃあな、2度と会わない事を祈ってるぜ」
「ああ」
そう言って笑いながら去るキタガワ。
後ろを振り返ること無く。
スパイであるキタガワと、ユウイチが出会うとしたら、それは厄介事の最中か、敵同士かであるが故に。
キタガワが見えなくなって、おいてけぼりにしていた他の面子の方へと振り向くユウイチ。
「ところで本物のエメラルドドラゴンが来るまで何日かかるんだっけか?」
『ああ、2,3日というところだ』
クゼを捕らえる口実にも使ったのだが、2度と森を荒されない為にも、ドラゴンという恐怖は必要になる。
となると、旅を続けるユウイチ達ではその役は務まらない。
そこで、シグルドが知り合いのエメラルドドラゴンに、ここに住んでもらうように頼んでいたのだ。
この森の事を話したら喜んで引き受けてくれたとの事だった。
曰く、惰眠を貪るには丁度よさそうだとか。
「ホント悪いな、モミジ、無理言って』
『いや、全く問題は無い。
むしろ賑やかになってよかろう』
この森の妖狐・モミジも快く了解してくれたので、それは実行に移されたのだ。
これで、問題は全てクリアされた。
かに思えたが、
「では、ユウイチ アイザワ。
貴方は重要参考人として拘束されますのでご了承ください」
割って入るアカネ。
全てが丸く収まると思ったその最中だ。
だが、
「ではアイザワ氏は、ミナセ家に軟禁しますね。
それでよろしいでしょうか?」
サユリはいつもの笑みを浮かべながら、そうアカネに確認する。
「ええ、それで構いません」
アカネはm普段の無表情っぷりからは、想像できない綺麗な笑みで答える。
事前に話し合っていない、この事態にたいするサユリの対応に満足した様に。
「ああ、拘束か困るな。
まあ、重要参考人ならしかたない」
その張本人は棒読みでそうボヤき、笑うのだった。
ユウイチにはもうこの町に留まる理由が無い。
故に、ちょっと無理矢理でも、ほんの少しでもここに足止めして置く理由が必要だった。
4人の少女の準備の為に。
「うむ、では後で私も事情聴取に伺おう」
それに、話をしたい人もいる。
まだ話足りない者もいる。
全ては幸せなエピローグとプロローグの為に。
「では、ユウイチさん。
貴方を軟禁します」
ユウイチの手をとるアキコ。
過去を現代から未来に繋ぐ為に。
「あー、その前に」
めでたしめでたしで終わるかの思えたが、それを止めたのはユウイチだった。
実はまだやる事があるのだ。
「ええ。そうですね。
まだわざわざ私がここに来た目的を果たしてませんし」
アカネも続く。
まだ何かあるのかと思っている周囲に応えるように、ユウイチは妖狐と対峙する。
「古代遺跡の調査の為、領域を越える許可をもらいたい」
一見クゼと同じであるが中身は違う。
ユウイチは限りなく考古学者達の敵に近い存在だ。
古代遺跡というのは、1000年以上前のある大戦で滅びた文明の遺産であり、その滅びた理由というのが神々の怒りを買ったというものだ。
つまるところ、負の遺産として、消し去らねばならない物が多く、考古学者や研究者がそれを取捨選択する以前に、ユウイチは独自に潰して回っているのである。
今回は、国の正式な調査に参加すると言う形であるが、潰す事には変わりない。
『お主なら、別に許可とかはいらぬ。
我が旧友なれば、領域に入ることを拒みはせぬ』
「ありがとうモミジ」
今だけまだ無邪気だった頃と同じような笑みを浮かべるユウイチ。
損や得など、一片も含まぬただ心からの言葉と共に。
そしてユウイチ、コウヘイ、アカネは森の中央の遺跡まで来た。
一応国の調査員として動く為、コウヘイは護衛、ユウイチは学者的な位置の協力者としての名目でアカネに同行する形になる。
「これですか」
3人の前には、いかにも古代遺跡と言わんばかりの石造りの神殿らしきものがあった。
しかし、これはカモフラージュで、この下に本物の遺跡がある。
この星の人間の歴史上、最も栄えたとされる文明の遺跡だ。
『住み始めた後から知った遺跡でな、当然ながら手は出しておらんぞ。
殆ど死んでいる様でな、危険性も少なかろう』
案内をしてくれた妖狐モミジが、道中話してくれた説明によれば、約100mの地下に1ku、高さ10mほどの空間があるらしい。
現存する遺跡としては、かなりの大きさである。
「じゃ、ちょっと調べてくるから」
『うむ、くれぐれも用心されよ』
「おう」
ユウイチ達3人は神殿の中の隠し扉を開き、内部を調査して、正規のルートで古代遺跡へと侵入する。
尤も、ほとんど死んだ遺跡である為、入るのは容易かった。
手馴れたユウイチがいたから、というのもあるが。
兎も角、この度の遺跡は、地下に作られた兵器工場である事が直ぐに判明する。
危険性は少ない為、ユウイチと、コウヘイとアカネという2手に分かれて調査する事となった。
ユウイチが見て回ったのは工場部。
見れば生産ラインが途中で止まっていた。
ラインに乗っているのは人形。
かつての大戦で、神に対し使われたとされる機械人形オートマータ。
ここはその量産工場だった様だ。
ユウイチは、近年荒らされた跡が無いかを、入念に調べ、アカネ達と合流する。
「どうだった?」
「基本的に見たまま、オートマータの生産工場ですね。
後はデータベースにキメラとの対戦記録とか、そのキメラの製造方法とか、人間同士の合成とかがありましたが。
詳しく聞きたいですか?」
「知ってるからいい」
平然と会話を交わしているように見える2人だが、2人の周囲の空気が冷たくなっているのを、第3者がいれば気付くだろう。
コウヘイはというと、アカネの後ろで俯いていた。
その右手の拳は何かを殴ったのか血が流れていたのに、ユウイチも気付いている。
「まあ、国の利益になるような物は一切ありませんでした」
利益―――単純に考えればこの施設だけでも莫大な金になるだろう。
仮にこのオートマータ生産工場を動かし、兵士として使えば、世界だって取れるかもしれない。
だが、その代わり世界を敵に回すという事になる、『世界』そのものを。
だから、こんなものが国内にある事は、利益どころか有害でしかないのだ。
その為、この場合の利益とは、要は今でも使ってよさそうな技術。
医療技術などの事であり、これがたまに出てくるので、遺跡の調査は慎重に行わなければならない。
「じゃ、さくっと壊して帰るか」
「ええ、もうとっくに自爆装置を作動させましたよ。
自爆装置だけは生きていたみたいです。
後2分でこのプラントは爆発します」
「おい!」
一緒についていながら、何時そんな事をしたのか、全く気付いていなかったコウヘイは、普通に突っ込みをいれてしまう。
「流石だ、じゃとっとと出るか」
「そうですね」
当たり前かの様に、さっさと出口に向かってあるくユウイチとアカネ。
「……しまった!
普通に反応をしてしまった」
何処か論点のずれた事を悩みながらついていくコウヘイ。
こうして概ね調査は無事終わった。
因みに、自爆といっても、機密を護る為の自爆で、周囲への影響は無いらしい。
逆に機密を護る為の自爆である為、中は本当に使い物にならなくなる。
因みに、更に後で、土と水の魔法を居れ、遺跡を完全に大地へ還す作業が必要となる。
だが、それはまた別の部隊がやる事だ。
今回の調査及び遺跡の破壊は無事完了した。
「さて、私は後始末で忙しいのでこれで」
「んじゃ俺もか」
「ああ、悪いな」
「いえ」
「ああ、凄く悪い。
こんど何か奢れよ」
学校の帰路で別れるかの様に言葉を交わす3人。
そしてモミジは2人の道案内をする為、1人になるユウイチ。
「さて、いくか」
そう呟きユウイチは歩く。
待っている人達の元へと。
だが、学校から家に帰る様に当たり前の様でいて、ユウイチは帰るのではない。
ユウイチはただ、帰りを待つ、必要としてくれる人達の下へと『行く』だけだった。