夢

 

 夢を見ていた

 

 昔の夢を

 

 忘れられない過去の夢を

 

 

 3年間の修行を終えた少年は、師と共に旅に出た。

 世界各国を回りいろいろなものを直接見る為に。

 途中ダークドラゴンが少年の友となり、普段は少年の中にいるが2人と1体は世界を回った。

 

 だが、奇しくも少年が旅をした期間は、ちょうど世界各国で紛争が勃発している時期。

 

 旅を始めて半年ほどした頃、少年達ある国の戦争にみずから身を投じた。

 港街を拠点とし、圧政を強いる帝国に対しクーデターを起こしたのだ。

 師とドラゴンと共に、傭兵として反乱軍側に雇われた。

 

 その戦いは順調に進んでいた。

 力を失ったとはいえダークドラゴンは強く、敵にとって脅威であったし、師も少年も誰よりも強かった。

 恐怖でしか支配できない帝国軍の兵士は逃げ惑い、後一歩の所まで来ていた。

 拠点にしていた街の人達や、仲間達とも打ち解けて楽しい時間だった。

 皆笑ってて、心地よくて、幸せで。

 

 そう、永遠に続けばいいと思うほどに―――

 

 そんなものが存在し無い事は、誰よりも知っているつもりだったのに。

 

 

 突如、戦況に変化が起きた。

 追い詰められた帝国は、古代遺跡から発掘された、魔導兵器の人形を投入してきたのだ。

 かつて、神々との戦に使用されたとされる機械人形・オートマータを。

 

 まだ遺跡の全てを制御できていた訳ではないのに。

 それでも可動させ、投入されたオートマータの数、約10万。

 反乱軍1500に対してである。

 しかも、人形は対魔法防備を施され、魔法はほとんど通用しなかった。

 大地を埋めんばかりの大軍。

 

 だが少年は戦った。 

 街の皆を護る為に、街の皆が脱出するまでの時間稼ぎの為。

 護りたいと想う人々の為に。

 もう失わないという誓いの為に。

 

 それに、少年は圧倒的な力に立ち向かう為にこそ、強さを求めたのだから。

 

 畏怖が無く、魔法も炎も有効でない敵である為、ドラゴンは街の人々の避難誘導にまわった。

 師は敵軍を迂回し、本拠地である帝都に潜入、遺跡の破壊に出た。

 師が遺跡を破壊すればオートマータも止まる筈。

 師を信じ、少年と仲間達はオートマータと戦い続けた。

 

 そして2時間53分後。

 結果から言って、師の作戦は成功した。

 師は本拠地である帝国軍の地下施設に潜入、生産工場、制御装置を破壊。

 オートマータの動きを完全に止めると共に工場、遺跡を自爆、帝都ごと消し飛ばし、敵・皇帝ともどもこの世から消し去った。

 

 だからもうオートマータは動かない。

 ただの人形、鉄屑に戻り、敵はいなくなったのだ。

 辺りには人形達が横たわり、少年以外、立っているモノはいなかった。

 

 そう、少年以外には誰一人いなかったのだ―――

 

 

 街からはドラゴンの哭く声が聞こえる。

 

 戦線は維持したが、別働部隊が空と海から町を襲っていた。

 それに気付いていたが少年にはどうする事もできなかった。

 

 街でもドラゴン以外に動くものは無かった―――

 

 

 

 

 

 これは夢。

 遠き日の思い出であり、忘れてはいけない、繰り返してはいけない悪夢。

 ただ追い詰めるだけ追い詰める、策略と戦力での力押しを続けた結果の暴走。

 2割も解析できていない、危険な古代遺跡を使わせてしまったという過ち。

 追い詰められた者の恐ろしさを体験した記憶。

 繰り返さない為に、あの時の事を忘れぬ様に、何度でもこの痛みを受け入れる。

 

 これ以後少年は、敵の内部に潜り込み、確実完全に破滅させる手法を常用とする事になった。

 

 

 

 

 

無銘の華

第5話 繋がるもの、繋がれるもの 

 

 

 

 

 

 ユウイチは片膝をつき、大剣で身体を支え俯く。

 自分以外何も無くなった平原に、人の気配が近づいてくる。

 破壊工作に成功した師が戻ってきたのだ。

 師の部隊は作戦に成功した。

 しかし、師ただ1人の生還だった。

 

 慰めてはくれない。

 そんな事に意味は無いから。

 だから、そのかわりにユウイチを叩き起こすのだ。

 

 あの時と同じように師は厳しく、ユウイチに呼びかける筈だ。 

 これは過去の事実を見ている夢なのだから。

  

「立って、ユウイチ君」

 

 ……あれ? おかしいな、師匠の声にしては随分と幼い。

 ええ、解ってますよ。

 立ち上がります。

 俺は立ち止まってはいけないのだから。

 

「早く」

 

 そんなに急かさないでくださいよ……これでも感傷に浸ってるんです。

 皆死んでしまった……心が痛いんだ……

 それにしてもこの声、先生じゃないけど……何処かで……

 

「同じ過ちを繰り返さない為、貴方が護りたいと想う人達の為。

 何より、あなた自身の為に立ち上がって、ユウイチ君」

 

 この声―――

 この声はっ!!

 

「アユ!」

 

 ユウイチが立ち上がり、顔を上げたそこに立っていたのは、あの時のままの少女だった。

 

 

 

 

 

 バッ!

 

 布団が跳ね上がる程の勢いで起き上がるユウイチ。

 

「ゆ……め……?」

 

 昔の悪夢を見るのは、別に珍しい事では無い。

 むしろ、忘れない為、繰り返さない為にも見るべきだと思っているし、事実週に1度くらい、どれかは見る。

 だが、今日のは違った。

 ユウイチの見る悪夢は全てが事実の再生でしかない。

 過去にあった事をそのまま見るだけなのだ。

 今日の様にそこにいる筈の無い人が現れ喋るなど―――

 

「っ!」

 

 夢の内容を思い出すと同時に、胸騒ぎがしたユウイチは、ベットから飛び起き、数秒で装備を整え、玄関から出る時間も惜しみ、窓から外へ飛び出した。

 向かう先は東の森。

 あの忌まわしき事件の発端となった場所。

 あの時焼き払い、今は焼け跡になって何も無い―――無い筈の場所へと向かった。

 

 だが―――

 

 

「俺は……俺は、まだ夢を見ているのか?」  

 

 森の手前、町を出て少しした開けた場所に出たところで、ユウイチは止まった。

 いや止まらざるえなかった。

 

 ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!

 

 進行方向より、人影が隊列を成して迫って来ていた。

 いや、人影、人の形をしているが人ではない。

 それは―――

 

「バカなっ!! 遺跡は破壊したのに!」

 

 ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!

 

 規則正しく歩き、表情は無く、感情も意思も持っていない。

 かつて神々との戦いの際、単体を持って強力だった神々の軍勢に対し、数をもって拮抗しようと試みたそのカタチ。

 死を恐れず、性能が変わらず幾らでも替えがきき、それでいて十分な戦力になる。

 幾たびも改良を重ね、大地を埋め尽くすほどに生産され、殺戮を繰り広げた魔導兵器。

 

 量産型戦闘人形 オートマータ

 

 既に失われた技術。

 稀に発掘されたものが使われていたり、新しく製造する事も可能ではある。

 だがしかし、量産はできない。

 1体のオートマータを作るだけでも国が傾く程の金が必要であり、遺跡の様な生産ラインなど確保できる筈もない。

 だと言うのに目の前には5×5の部隊が2つ並び、更に後ろから続々とこの町に向かって迫ってきているではないか。

 その数、現在視認できるだけでも1000を越えている。

 

 恐らくは遺跡の技術を発掘、復元した者がいるのだろう。

 あの時の様に―――

 

「同じ……あの時と……

 いや! 誰があの時の様にするものか!」

 

 静かに音を殺し、感情を爆発させるユウイチ。

 

「シグルド」

 

 何時もより静かに、冷い心で友の名を呼ぶ。

 後方に影が出現する。

 最早、召喚魔法と見せかける必要なく、ただ静かに、ダークドラゴン・シグルドはその姿を現した。

 

「グオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 天に吼えるシグルド。

 そして戦いは始まった。

 

 

 

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「なっ!」

「何っ!」

「なにごとですかっ!」

「これは……」

「最高の目覚ましねっ!」

 

 シグルドの咆哮は町を揺るがし、全ての住人が飛び起きる。

 同時にそれは戦争開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 キィィィン…ドォォォォォンッ!!

 ヒュゥゥゥ…ドゴォォォォォォン!!

 

 魔導銃を両手で構えたユウイチが、首を大きく天に向けていたシグルドが、それぞれ最大チャージのショットを、最大出力の闇炎弾を放つ。

 黒いレーザー、黒い炎の弾は300m先の人形の部隊に着弾する。

 

 キンッ! ドォォンッ!

 ドッゴォォォォォォォン!! 

 

 黒いレーザーは1体の人形を貫き、爆破させ、闇の炎は3体の人形を半焼させる。

 

「やはり後期型だな。

 対魔法障壁が展開されている」

 

「一応最大出力だったんだがな。

 破壊できたのは1体だけか」

 

「我のに至っては、3体を半焼させただけだ」

 

 ユウイチの魔導銃もシグルドの闇炎弾も、上級の魔法とさして変わらない威力がある。

 何か特殊な条件を付加して行われる極大魔法の威力には全く及ばないが、それでも十分な威力がある筈なのだ。

 特にユウイチのはレーザータイプ、貫通性に優れている筈なのに、1体を貫通し2体目の障壁で止まってしまっている。

 両方とも7秒のチャージ時間が必要で、反動が大きい為、発射の際は立ち止まりしっかりと構えないといけない為、実戦では、ここまで距離がとれていないとまず使えない。

 それに、例え距離がとれても、チャージしている事はばれてしまうので、フェイクを織り交ぜなければとてもつかえないものだ。

 ただ、その分の威力はあったのだが、それすら通用しなかった。

 1体の破壊と3体の半壊に7秒も使い、発射で大きな隙が出来るのでは、この数相手には話しにならない。

 

「しかし、この距離でも攻撃してこない所を見ると未完成だな。

 量産型といってもアレでは無様すぎる」

 

 迫ってくる人形軍は、まるで裸のマネキンの様な姿だった。

 いくら量産型の人形と言っても、汎用戦闘用である筈なのにあまりに軽装すぎる。

 恐らくは、装甲と武装の生産ラインが追いついていないか、動かない、もしくは無かったのだろう。

 対魔法障壁は内臓である為ついているが、武装は恐らく両手のブレードのみ。

 

「こんな所までアノ時と同じか」

 

「これでフライトタイプとマリンタイプが隠れたら完璧だな」

 

 僅かに笑みを浮かべる2人。

 暗く冷たい笑みを。

 自嘲とは少し違う、何処か欠けた笑みだ。

 

「総数が不明では、俺等の主砲は使えない。

 となるとやる事は1つか」

 

「うむ」

 

 ユウイチは小太刀二刀を構え、シグルドは格闘体勢を取る。

 魔法の効かない装甲の薄い人形が相手だ。

 有効なのは物理的に『殴ってぶっ壊す』事だ。

 

「鉄屑は鉄屑らしくしてろ」

 

 静かに、抑揚の全く無い声でそう呟くと、ユウイチはユラリと動き、人形の隊列の中に入る。

 当然人形は反応迎撃してくるが、当然の様だが機械的、単調な動きはユウイチに触れる事は無い。

 ユウイチは流れ作業の様に1体1体確実に、一撃で人形達を破壊、停止させる。

 3年の修行期間と、4年間の旅の中で得たオートマータに関する知識で、ユウイチはこの人形の何処が弱点かは手に取るように解る。

 原動力、人工知能、情報伝達系。

 量産型故に簡素であるが、生物の様に細かい造りの機械人形は、頑丈そうでいて実は即死できる弱点がいくつかある。

 その場所を正確に、装甲の薄い部分から突き刺し、ユウイチは人形をただの鉄屑に戻していく。

 

 ザク ザク ザク ザク ……

 

 ユウイチは、人形の間をまるで風に舞う木の葉の様に通り過ぎる。

 そして、ユウイチの通り過ぎた後は人形はただの鉄屑となり倒れ伏す。

 鮮やかに無駄なくユウイチこそ、機械的に人形を処理する。

 そのユウイチは今、人形の様に感情はなかった。

 

「オオオオオオオオッ!」

 

 ドゴォォンッ! ザシュッ!! 

      バコンッ!   ガシュッ!!  

 

 対し、シグルドはその巨体、重量、固い体を使い文字通り殴って壊していた。

 尻尾で数体を同時になぎ払い粉砕し、爪で切り裂きバラバラにし、踏みつけ粉微塵し、噛み砕き破砕する。

 派手で非常に荒い様だが、狙った獲物は確実に動かなくしている。

 一体でも町に入れる訳にはいかない。

 1人でも犠牲者を出す訳にはいかないのだ。

 

 静かに、そして派手に人形を鉄屑に戻していく。

 絨毯を敷き詰めるように、山を築くように一切ペースを落とすことなく破壊を続けていく。

 

 だが、2人は後退を強いられていた。

 絨毯は町へ近づく様に広がっている。

 数があまりに多く、進行速度が速すぎるのだ。

 一撃必殺で壊していこうが、数体同時に破壊していようが、2人では処理速度に限界がある。

 そして、敵の終わりは、いまだ見えていない。

 

(生産した端から出撃させてる可能性が高いか)

 

 こんな大部隊、隠せる場所などそうそうない上、こんな量を生産していれば必ずどこかで解る筈だ。

 材料を集めるだけでもそうだが、生産ラインを動かせば微弱だが反応がある。

 

(そうだな、武装もだが人工知能もあまりにお粗末だ、戦略どころか戦術プログラムが入ってるかも怪しい)

 

 仮にも神々と戦う為として開発された機械人形だ。

 人間がそうやすやすと壊せてしまうのでは、神々と戦う事などできはしないだろう。

 先程から戦っていても、敵は連携を取らずにただ一定範囲内に入った時にしか対処してこない。

 本来なら戦略・戦術両プログラムが入ってる筈なのだが、この様では戦術プログラムさえも入っていないと見て間違いないだろう。

 

(だがこの数)

 

(完全な物量作戦か、今の我等には痛いな)

 

 過去のあの日と、あまりに似通った状況の今であるが、あの日と決定的に違う所がある。

 それは、師が居ない事。

 つまり、2人がこうして戦っていても、本拠地を落としてくれる人がいない。

 そしてユウイチもさることながら、ドラゴンのシグルドとて体力が無限である訳が無い。

 このままでは勝利の光は存在せず、2人の体力が尽きた時が敗北の時となる。

 今のこの状況において、どちらかが本拠地に向かってしまっては、戦線を維持するのは不可能なのだ。

 

 そして、もう1つあの日と決定的に違う所がある。

 

 あの日と比べ今存在する敵の数は圧倒的に少ない。

 あの日は10万の大行進だったのだ。 

 それに比べれば今存在する敵の数は1000程度。

 ただ、何処からか補充され続けている為に半無限である為、同じ様に思えるかもしれないが、一度に展開されている数としては決定的な違いだ。

 2人で一度に相手できる数が決まっているなら、展開されている数は少ない方が、まだ時間が稼げる。

 

 時間―――そう、希望が生まれる時間だ。

 

『避けて!』

 

 後方から掛けられた言葉に、2人はそれぞれ外側へと飛び退く。

 その一瞬後、2人の真横を複数の何かが通り過ぎる。

 そして更に1秒程の間を置き、2列分の人形が倒れ、動かなくなる。

 押しつぶされ、切断され、凍らされ、爆砕され、射抜かれて。

 

 振り返れば2人の後方にアキコ、マイ、サユリ、カオリ、ミシオが立っていた。

 それぞれ、己が技を放った体勢で。

 アキコは水の魔法による水圧で破砕し、マイは魔力を剣に乗せて打ち出し切断し、サユリは冷却系魔法で凍結させ、カオリは爆砕の札で爆砕し、ミシオは弓で矢の形をした炎で射抜き燃やした。

 それぞれ、可能な最大の遠距離攻撃を行ったのだろう。

 

 だが、5人は攻撃が命中し、敵を倒したと言うのに表情を顰める。

 5人とも、たった2体しか倒せないとは思っていなかったからだ。

 

(シグルド)

 

(解っている)

 

 シグルドは今来た5人に敵の設計図と概要、簡単に弱点などを5人に伝えた。

 普通、古代遺産であるオートマータと戦う機会など無いに等しく、当然5人ともオートマータを相手にするのは初めてだ。

 オートマータは人の形をしているのが大半を占め、また今回の相手も人の形をしている。

 だが、その動きは人ではありえない動きをする部分があり、その違いが致命的なダメージに繋がる可能性が高い。

 例え、それを情報として知っていても、慣れるまで時間が掛かるものだ。

 

 

 最も、それは並の人間である場合の話だが。

 

 キィンッ!

 

 最も早く動いたのはマイ。

 もとより射撃系の攻撃を得意としないマイは、対魔法障壁など関係なくオートマータを斬り裂いていく。

 それはあたかも豆腐を切るかの様に容易く、且つ一振りで生命でないオートマータを鉄屑に戻す。

 

 バキッ!

 

 次いでカオリ。

 貰い物の札などしか遠距離攻撃手段のないカオリには、対魔法障壁など無意味。

 一打の下に敵の頭部を粉砕する。

 ただ、一言付け加えるなら、装甲が未完成とは言え、金属の塊を、素手で砕くその一撃は、マイの技と同等かそれ以上の威力だ。

 

 ヒュンッ!

 

 それに続きアキコの一撃。

 魔法戦士であり回復補助までこなす万能系であるが、実はマイ同様に武器による格闘戦の方が得意とする。。

 中距離からの突きで、綺麗に整列している機械人形の頭が3つ、アキコの槍に飾られる。

 

 と、戦士系である3人は問題なく対処に当たるが、魔導師系の残る2人はどうするか。

 

「魔法が効かないは厄介ですね〜」

 

 などと、サユリは全然困った様子の見られない声と顔で、マイ達同様に一気にオートマータとの距離を詰め、

 

 トン

 

 軽くノックするように愛用の杖で、オートマータに触れる。

 それを敵の攻撃をかわしながら続けて三つ、軽く胸部を叩いて通り過ぎる。

 すると、時間差を置いて叩かれたオートマータが動かなくなる。

 

「やはり零距離では意味を成さない障壁だった様ですね」

 

 効果を確認すると、引き続き同様の攻撃でオートマータを沈めていく。

 サユリがやっている事は魔法の零距離発動である。

 凍結魔法を仕様し、オートマータの動力を凍結停止、破壊しているのだ。

 と、言葉で言うのは簡単だが、実際は敵の攻撃を掻い潜りながら魔法を編み、且つ正確に起動させるなど並の集中力ではできない。

 サユリの魔法力は勿論、運動能力があってこそできる事だ。

 

 残るミシオは、

 

 ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!

 

 ミシオだけは動かず、その場から弓を射ていた。

 先程と同様に矢の形をした炎を放つ。

 いや、先程と同じではない。

 先程より矢の形が収束している。

 魔法でありながら、その炎の矢はオートマータの障壁を貫き、二体まで貫通し破壊する。

 そんな矢を立て続けに休む事無く撃ち続けている。

 矢を精製しているのはマコト、造るのと撃つのを2人で分担している為、精度と速度が高い。

 

 こうして、5人がその能力を最大限に使いオートマータを倒していく。

 彼女たちの到着でこちら側が押す形になった。

 

「これなら、いけるか」

 

 ユウイチは考え、そして答えをだした。

 もちろん、この場から、無尽蔵に沸いてくる人形を押し返す、と言う意味ではない。

 

 

 

 

 

 一方、町の方では、クラタ家当主の先導の下、避難がなされていた。

 目標がこの町だとされる為、例え戦況が今は有利であっても、戦場では何が起こるか解らない。

 戦況が安定している内に速やかに、町の北西にある丘に避難しなければならなかった。

 

「急げ! 荷物は持つんじゃない!」

 

 だが、避難は遅れていた。

 あまりに唐突な事、それに早朝であった為もあるだろう。

 シグルドの咆哮によって眠っていた者は居なかったのは幸いであったが、このままでは避難に半日近くかかってしまう。 

 

「避難訓練をしておくべきだったか」

 

 10年前から今にいたるまで、小さなものだったが国としては戦争が絶えなかった。

 そんな状況下、この町がいつ戦争に巻き込まれても可笑しくは無い。

 だったら避難の訓練くらいはしておくべきではなかったのか、と領主は悔やむと同時に今後の避難訓練の計画を練るのであった。

 と、そこへ、

 

「お困りの様ですね」

 

「あの丘に行くのならば我等の背に乗るが良い。

 友が世話になった用だしなな」

 

 突然人々の前に姿を現す妖狐とエメラルドドラゴン。

 突然の噂の妖狐と、噂すら聞かなかったドラゴンの出現に硬直する人々。

 

「良いのですか?

 この騒ぎは人間の不始末です」

 

 その中で唯一両方の存在、尤もドラゴンはつい先程到着したのだが、を知っている領主。

 その申し出はありがたかったが、敵は見えた限りではオートマータ。

 つまり、人間同士の争いだ。

 他種族には忌み嫌われている、同種族同士の醜い争いなのだ。

 

「構わぬよ、我はあの者に安心して戦ってもらいたいだけだからな」

(我等が出るよりもユウイチならば、ここの人々を護っていた方が確実であろう)

 

「このままではこの森にも影響が出よう。

 始末に出ている者達の背を護るくらいはしようではないか」

(いい森だ。

 この様な良い場所に住まえるならば、これは礼金代わりにしておくとしよう)

 

 大衆に聞かせる声と領主だけに聞かせる念話で会話する3人。

 

「かたじけない」

 

 深く深く頭を下げ心よりの礼を述べる領主。

 

「さあ、森の主達がわざわざ駆けつけてくださったのだ、無駄にするな!

 子供が先だ! 急げ!」

 

 そして即座に切り替えて避難誘導を再開する。

 こうして妖狐とドラゴンの存在は同時に人々に認知、かつ受け入れられ避難も無事に完了した。

 

 

 

 

 

 ユウイチ達の戦いは優勢を保っていた。

 ユウイチとシグルドは1歩下がり、戦況を確認する余裕がある程だ。

 アキコ達は人間で、体力の限界という問題があるが、このペースなら、まだ2時間くらは戦ってくれるだろう。

 だが、解決には程遠い。

 

「ユウイチよ、あの者達がいるのであれば我等は本拠地を叩けばいいのではないか?」

 

 子供でも出そうな戦略にして、かつて師がやった事。

 当然ユウイチもそれを考えてはいるが、ユウイチはまだだその判断を下していない。

 

「嫌な感じがする」

 

 ユウイチは、ただその一言で本拠地強襲を拒んだ。

 

「こんな時にか。

 主のその手のカンは、予知能力の域かと疑うくらいだからな」

 

「嫌なモノの時だけな。

 でも今回は少し違う。

 カンというか半分は確信なんだ」

 

 今回の事件、何点か腑に落ちない点があるが、犯人はほぼ確定している。

 故に、その犯人ではこんな楽に勝てる事はあり得ないのだ。

 彼者はカリスマ性、人間性が欠けていたが、戦術、策略は非常に優れていると、そうユウイチは判断している。

 例え本当にオートマータの戦術プログラムがなく、装甲、武装のラインが無かったのならば攻、めてくるような事は無い筈だ。

 特に、この町は、その防衛力を、この町にいるユウイチ達の力を身を持って知っているのだから。

 

「余計悪いな」

 

「全くだ」

 

 軽口を叩きながらも、真剣に戦況を見つめる2人。

 1体1体の動きから全体の流れまでを細かく広く観察する。

 

 戦いは順調に進んでいる。

 

 寒気がするほどに。

 

 

 そして、その寒気の正体が来た。

 僅か、ほんの僅かだが隊列が乱れる。

 今まで寸分の狂いも無く並んでいた隊列が。

 

「来るぞ!」

 

 ユウイチが叫ぶとほぼ同時だった。

 今までただ流れていただけの人形が、突如アキコ達を包囲するような動きに出たのだ。

 そして、1体1体の動きも違う。

 

「ミシオ! 左翼を崩せ!」

 

「はい!」

 

 ミシオに呼びかけると同時に、ユウイチもチャージを済ませていた魔導銃を放ち、それが着弾するより早く、己もアキコ達の支援に廻る。

 シグルドも闇炎弾を放ち後方の部隊を崩す。

 それで一応包囲される事はなくなったが、敵は連携を取るようになってきた。

 前列を囮にして後ろに隠れた敵が攻撃するような手段まで用いてくる。

 

「何っ! こいつ等、急に強く!」

 

 思わずカオリは弱音を出してしまう。

 先程まで流れる様に倒せた雑魚の動きが、急に良くなった。

 せいぜい二流の中程度であるが、それでもこの数で、敵は死を恐れない人形である。

 

「くっ!」

 

「これはちょっと……」

 

 マイやアキコからも声が漏れる。

 先程まで押していた状況は、一気にユウイチとシグルドの援護がついても徐々に下がらされる様になった。

 このままではいずれ町まで押し返されてしまう。

 いや、それ以前に、5人とユウイチ達の命が持たない。

 

 更に、異変は続く。

 

「……ユウイチ! 囲まれた!」

 

「ちっ!」

 

 いち早く気付いたのはマイ。

 回り込んでいたのだろう、別の部隊が周囲に展開している事に。

 感じられる気配が正しければ、もう逃げ場は無くなっていることになる。

 

「来るなら来なさい!」

 

 同様に察知したカオリは、先程漏らしてしまった弱音を打ち消すように吼える。

 だが、前から波の様に押し寄せてくる敵を捌くのだけで、もう手一杯なのだ。

 これに周囲からの敵も来られたら、防衛ラインの崩壊は免れない。

 

 が、一向に敵は現れない。

 既に包囲は完成している筈なのに―――

 

 ザッ

 

 怪訝にすら思っていた所に、現れる1体のオートマータ。

 だが、

 

 バタンッ! ジ…ジジ……

 

 出現したと思ったら何故か倒れ、そのまま機能を停止させる。

 見ればその背には無数のナイフが突き刺さっていた。

 

「あぁ……しまった……アイツ等に借りを作っちまった」

 

「今度は何を言われるのやら」

 

 それを見たユウイチとシグルドは、何処か可笑しそうに顔に手をあてる。

 そして、メンバーは何故か敵の気配の数が減っていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

「ったく、今日は新しい芸を公開する日だったってのに」

 

 その頃、ユウイチ達から少し離れたところで、コウヘイ オリハラがそんな事をぼやいていた。

 無数のナイフをジャグリングしながら。

 

「新しい芸って、どうせ見るのはどうせミサオちゃんだけでしょ」

 

 それを背後から突っ込むブラウンに近い黒髪、黒い瞳の明るい感じの美少女。

 コウヘイにも言える事だが、ここは郊外で森の中なのに、町を歩くような普通の服装をしている。

 しかし、2人の周りには機能停止したオートマータが転がっていた。

 半分は無数のナイフに貫かれ、もう半分は頭部を鋭利な何かでバラバラにされて。

 

「そんな事は無い!

 ミサオの友達シオリちゃんも楽しみに待っているんだ!」

 

「ミサオちゃんの友達か……災難ね」

 

「何をいうかシイコ君」

 

 そんな雑談をしていると2人に向かってオートマータが数体近づいてくる。

 が、2人は特に構えることなく。

 そちらにちらっと目を向けたかと思うと、

 

 ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッン!

 

 どう言うトリックか、ジャグリングしていたナイフが、一斉にオートマータ目掛けて飛び出す。

 だというのに、ジャグリングしているナイフの本数は、1本たりとも減ってはいない。

 無数のナイフの嵐の前に、オートマータはハリネズミの様になって倒れる。

 残った半分はどういう技か、頭部がバラバラに分解されて倒れる。

 ただ、シイコと呼ばれた少女の周りにオートマータのオイルを滴らせた何かが一瞬だけ煌めいた。

 

「流石のミサオちゃんも、1人では耐えられなくなったのね」

 

「だから、なんだその耐えるって」

 

 全ての敵が倒れると、何事も無かったかのように会話を再開する2人。

 森にはただ、2人の話し声だけが響いていた。

 

 

 

「で、貴方は一体なんな訳?」

 

 コウヘイからユウイチ達を挟んだ反対側では、大太刀を、通常の刀よりも長く厚みのある刀を持った、青い髪をツインテールにした活発そうな美少女がいた。

 不機嫌そうに目の前の男を睨む。

 

「不始末の始末ってやつだよ。

 気にするな」

 

 男はキタガワ。

 やれやれと言う感じで周囲を警戒する。

 その周囲にはコウヘイ達同様、数多くのオートマータの残骸が転がっていた。

 縦に真っ二つにされるなど豪快に切裂かれたモノと、急所だけを確実に潰されたモノと二種類。

 

「ふ〜ん、貴方にしては随分大きな不始末ね、キタガワさん」

 

「まあ、ミスはミスですから、なんとでも言っていただいていいですよ、ナナセ殿」

 

 少しに睨みあう様に互いを目を見る2人。

 そこへ、

 

「次、来るよ」

 

 あまり緊張感を感じない声。

 ナナセと呼ばれた少女の傍にいた黒髪のロングに、光を映さない瞳の少女。

 

「はいはい。

 全く、コウヘイの奴に呼ばれたと思ったらこんな面倒な事を。

 ミサキさん、後でコウヘイにはたっぷり奢らせましょうね」

 

「ええ」

 

 そんな会話をしながら、2人とキタガワは新たに出現したオートマータに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 援軍は来た。

 しかし、ユウイチ達の戦況はあまり良くはなかった。

 オートマータが戦術プログラムを使い始めた事で、処理できる数が大幅に減少しているのだ。

 だが、嫌な予感は概ね払拭されただろう。

 

「さて、アキコ、サユリ、マイ、カオリ、ミシオ、ここを頼む」

 

 ユウイチは全員の名前を呼び、そう言ってシグルドに飛び乗る。

 ついに、意を決したのだ。

 

「了解しました」

 

「いってらっしゃい、お早いお帰りをお待ちしてます」

 

「いってらっしゃい」

 

「任せるわ、だからここは任されるわ」

 

「お気をつけて」

 

 5人がそれぞれ振り向く事は出来なくとも、言葉だけで送る。

 本拠地に乗り込もうとするユウイチを。

 最も危険なその役を担う彼を。

 

 そして、ユウイチとシグルドは飛び立った。

 

 

 

 

 

==================================================

 

 

 

 

 

 少年が恋した少女。

 少年が前日まで知らなかった少女の誕生日に、何も用意できない代わりにと約束した『3つの願い』。

 

 一つ目の願いは『ボクの事を忘れないでください』

 と言うものだった。

 少年はその願いの意図がよく解らなかったが、叶えると約束した。

 

 二つ目の願いは『ずっと一緒にいること』

 少年は同様に、その願いを叶えると誓った。

 

 

 その願いは、いずれ少年が自分の傍からいなくなると直感した少女の、せめてもの抵抗だった。

 

 

 そして、残された3つ目。

 それは少女の最後の言葉としてユウイチに願われた。

 

 それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 戦いの最中だと言うのに、あの夜の事が頭を過ぎる。

 

「ここまで来ても迎撃されぬという事は、やはり武装の生産ラインは無い様だな」

 

「……ああ、そうだな」

 

 シグルドの声に我に返り、下を見下ろす。

 最前線からシグルドに乗り飛び立って、本拠地に向かっている。

 それも最短距離で。

 つまり敵の真上を通り過ぎているのだが、真下を行進する人形は何もしてこない。

 この場合何もできないと言うのが正しいのだろう。

 

「あそこか」

 

 出発地点から約2km、町外れにある妖狐の森の反対側の一角。

 地面の下から、次々と出現するオートマータの姿があった。

 その少し後方には、最近掘り起こされたらしい地下への階段が見える。

 ただの森の一角であるが、そこはユウイチが知っている場所だった。 

 

「なるほど、地下か。

 考えてみりゃ当たり前か。

 魔導師の研究室は地下、ってのがお約束だしな。

 つまり、これは俺の過去の過ちな訳だ」

 

 片手を額に当てながら、自虐的に笑うユウイチ。

 そこは7年前に焼き払った場所、7年前に起きた事件の発端の場所。

 ある魔導師が禁じられた古代の魔術を研究していた場所である。

 魔導師は研究をする際、よほど設備が整った場所でなければ大抵地下で行う。

 それは周囲の影響を軽減する為と、周囲から研究を察知されない様にする為だ。

 子供でも知っている半ば常識と言っていい事。

 当然7年前のユウイチも知っていた筈だ。

 

「ユウイチ!」

 

 精神が破綻したんじゃないかと思える程笑う友に、流石に心配になって声を掛ける。

 シグルドの声にやっと笑うのを止める、一変して普段の顔に戻る。

 

「ああ、解ってるよ。

 今は後悔するような暇は無いからな。

 ……突っ込むぞ!」

 

「おう!」

 

 ヒュゥゥゥゥゥゥンン! ズドドドドドドドドドドドドンッ!!

 

 そこから一気に高度を下げ、オートマータの発進口の前を行進していた自動人形たちを蹴散らしながら着地する。

 ユウイチは着地と同時にその勢いを使って、シグルドから飛び出し、直接地下への階段へ潜り込む。

 

「オオオオオッ!!」

 

 外に残ったシグルドは、バーサーカーの如く暴れ周り、ひたすらオートマータを破壊する。

 発進口は潰さない、いや潰せない。

 発進できなくなった事で、全機が侵入したユウイチの迎撃に当たると困るからだ。

 また、外部から本拠地の破壊も出来ない。

 それだと確実に元凶を倒す事ができなくなるからだ。

 全ては、中に入ったユウイチ1人の手に委ねる事になる。

 

 だが、それが一番いいだろうと、シグルドは思う。

 清算し損ねた過去を清算できるのなら、ユウイチにとってはそれがいいと。

 

 

 

 

 

 階段を駆け下り、内部に侵入したユウイチ。

 階段は地下十数mまで続き、中は単独で研究していた割りには、整った造りになっていた。

 いや、何処からか資金は得ていたか、強奪していたのだろう。

 地下の研究室らしき場所に着いて、そう思うユウイチ。

 そこはあまりに古代遺跡に似すぎている。

 金属の床、壁、魔光の明り、魔術と機械が融合した器材。

 ただ外見を似せているだけではない。

 流石に古代遺跡から考えれば、レベルが格段に落ちるも、今から見れば国立研究所クラスの設備だ。

 恐らく調べていけば、オートマータを生産している場所にも繋がっているだろう。

 だが、ユウイチはただ一直線に進んでいた。

 こういった建物の造りで、一番ボスがいそうな場所にだ。

 

 そしてユウイチはある部屋の前で立ち止まった。

 ロックのかかっていない押し開きの扉を、ゆっくりと開くと、その先には、

 

「ようこそ、待っていたぞ」

 

 高度な入力装置や水晶モニターの並ぶコントロールルームの中央。

 そこに立っていたのはクゼだった。

 先日までとなんら変わることの無い姿で、先日までと同様に余裕の笑みを浮かべて。

 

 だが違う。

 外見は全く同じでも、内部が全く違うのだ。

 7年前のあの日、あの少女を始めとして、もう何人も見てきた変貌だ。

 

「やっぱりアンタか。

 なんとなく予想はしてたが……」

 

 何故クゼがここにいるのか、ここで何をしているのか、そんな事はユウイチにとって聞くまでも無い事だった。

 ゆっくりと部屋に入るユウイチ。

 背後の扉は閉まり、部屋に2人きりになる。

 

「見損なったぞ、クゼ」

 

 何に対しての怒りか、ユウイチにしては珍しいストレートな怒りの感情を表にだし、クゼを睨む。

 

「仕方あるまい。

 足場を完全に破壊されたのだ。

 こうする以外に道は無かった。

 君がそうしたのだ」

 

 全ての罪はユウイチにあると言いたげな喋り方と視線。

 だが、それでいて今の状態を受け入れている様でもある。

 人で無くなった、あの魔導師の示した道、己と融合する事で人あらざるモノへの変化を。

 

「……ああ、お前のいう事は正しい。

 7年前から連なる事件の元凶は俺だろうよ」

 

 あまり過去の事、過ぎ去った事に対し『もしも』の話をするのは好きではない。

 だが、もしもユウイチが一言、あの少女に言葉をかけていたなら、もしあの時ちゃんとこの地下を破壊していたら。

 そう、ほんの少しのミスを修正するだけで、あの少女も今のクゼもこうはならなかったかもしれない。

 

「7年前、か。

 今の俺を見れば君には解るだろうが、君はね、7年前のあの日、仕留めそこなったんだよ。

 あの魔導師は、君が少女を殺す直前に分離し、逃げおおせた。

 そう、君があの時殺したのは、人間だった少女、君が愛した少女だけなのだよ」

 

 魔導師の記憶もあるクゼは、そう言って嘲笑う。

 ユウイチが自分を責めるように促して。

 だが―――

 

「そうか……じゃあアイツは人間として死ねたのだな」

 

 ユウイチは自分を責めるどころか、安堵した顔を見せる。

 体は変貌してしまっていても、心と魂は人間の、あの少女のままであったと教えられ、ユウイチは何処か救われた気がしていた。

 

「……意外だ、君はもっと馬鹿な奴だと思ったのだが」

 

 心底驚くクゼ。

 クゼが知りうるユウイチなら、世間一般でいう『馬鹿』だ。

 優しさなどという心を持つ人間であるユウイチなら、魔導師の亡霊に乗っ取られた者でもなんでもない、ただの少女を殺してしまったとなれば、自我崩壊するほど自分を責める筈だった。 

 しかし、それはとんだ勘違いだ。

 

「何を驚いているんだ?

 例え何かに取り付かれていとしても、そうでなかったとしても、あの子を殺したことに変わりは無い。

 なら、あの子がせめて人間として死ねた事を、喜んでいるのはおかしいのか?」

 

 なんの迷いも無い瞳でクゼを見据える。

 あの少女を殺してしまった事を忘れた事は一時も無い。

 だから、今更それを人に言われた所で何も変わらない。

 ただ、皆の前であの時の事を言われた時は、あの場にいたアキコを除く、思い出の少女達に知られたく無かったが故に心が揺らいだのだ。

 

「そうか。

 やはり君とはそもそも考え方が違いすぎるからな、理解はできん」

 

「別に理解してくれなどとは言わん。

 ところであのオートマータはなんだ? どう見ても森の遺跡の同型だが」

 

 解せない事がある。

 先に調査し破壊した遺跡は侵入された痕跡はおろか、物を持ち出された様子もなかったのだ。

 だからそれ以上調査せずに破壊したのだから。

 

「ああ。

 あの魔導師が精神体なのは知っているだろう?

 元々持ち出せないようなな仕掛もあるし、何度か侵入してデータだけ持ち帰り同じものを造ったんだそうだ。

 家の資金を利用してな」

 

「ほう」

 

 そう言えば先に調べた時人間同士のキメラがどうとか言っていたのを思い出す。

 つまり今目の前にいるクゼも、古代の技術によるものなのだろう。

 

「まあ本体のラインしか作れなかったんでね。

 遺跡を頂こうと思っているのだよ。

 まあ、まだあったらの話だが、一応な」

 

 クゼは解っている。

 ユウイチが既に遺跡を破壊している事を。

 なら何故この町を攻めたのか。

 復讐か固執か。

 どちらにせよ人だったクゼの未練だろう。 

 

「そうか、それは残念だったな」

 

「ああ、残念だ。

 で? 聞きたい事はそれだけか?」

 

 余裕の笑みを浮かべながら尋ねるクゼ。 

 

「そうだな、茶番はもういいだろう」

 

 先程とは別の意味での迷いが無い瞳で、感情の伴わない笑みを浮かべるユウイチ。

 そして左手を背負う大剣の柄に伸ばす。

 それを見てからクゼは自然体に構える。

 

 暫し互いに動かず、隙を伺う時間が過ぎる。

 

 キィンッ! ドンッ!!

   

 突如、閃光と共にユウイチのマントの内側から光が発射される。

 クゼからは見えない、マントの内側で構えていた、魔導銃による攻撃だ。

 

「素敵な不意打ちだな」

 

 だがクゼはそれを手で払いのけると、余裕の笑みを浮かべる。

 ユウイチの魔導銃の弾速は光の様に見えて、実は音速も出ていない。 

 最速でも音速程度で、距離次第では人間の動体視力でも見切ることは可能だろう。

 しかし、今のクゼとユウイチの距離は5m程度。

 不意打ちなら避けることは難しい。

 ましてや中級魔法クラスの威力を持つ魔弾を素手で弾くなどもっての外だ。

 

 ブンッ!

 

 魔弾が通用し無い事は予定の内だったのか、魔弾を放ったと同時に地を蹴ったユウイチ。

 クゼが台詞を言い終わる前に大剣を振り下ろす。

 だが、

 

 キンッ!

 

 ユウイチの大剣が、ただ頭上に上げていただけのクゼの腕の、その手前で止まる。

 それは魔法による障壁である事は明白だ。

 しかし、詠唱無し、発動言語も無しで発動する障壁で、超重量のユウイチの大剣の切り落としを防ぐなど、通常は考えられない。

 仕方なく距離を取る為、大きく飛びのくユウイチ。

 

「いやいや、見事な不意打ちだよアイザワ君」

 

 嘲笑うような笑みと心からの賛辞を送るクゼ。

 だが、ユウイチの攻撃を無力化できた事で余裕を見せるかと思いきや、先程より更に落ち着いている。

 

「厄介だな、古代遺産のコレクションというのは」

 

 大剣を背に戻し、小太刀を抜刀しながら指摘するユウイチ。

 

「ああ、いいものだろう。

 ただ、防ぐ攻撃の威力に比例して、魔力を消費してしまうが痛くてね。

 あまり使わなかったのだが、今の体なら使いこなせる」

 

 ユウイチの指摘に対し、自慢げに先程ユウイチの斬撃を防いだ右腕、その袖の下に巻かれている腕輪を見せる。

 クゼは古代遺産のコレクターでもあり、コレクションしながらも全て使用するという変わり者だった。

 最もコレクターといっても、身を護る物に偏った蒐集である。

 そして、今見せているのがその中で、攻撃に対して瞬時に魔法障壁を展開する物だ。

 だが、その消費魔力は、先程のユウイチの攻撃を受けたなら一般人なら昏倒する程の消費量である。

 サユリでも10回は受けられないだろう。

 本来ならとても実戦で使えるとは思えない物なのだ。

 例え攻撃を防ぎきった所で、攻撃が出来ないほど消耗しては何の意味もない。

 

「いろいろ不便な事もあるが、成ってみれば結構いいものだな。

 因みに最初の攻撃を防いだのは手の方には、何も無かったのだがな」

 

 そういいながら先程ユウイチの魔弾を弾いた手を見せる。

 手の甲が焦げて炭の様になってしまっている。

 それだけでも異常だが、本来なら腕ごと持っていかれてもおかしくは無いのだ、人間が対魔法処置をせずに受けたなら。

 

 ドクンッ!

 

 脈動の様な音が聞こえた。

 ただそれだけだと言うのにクゼの手は見る見る再生―――いや復元されていく。

 

「本格的に人間を辞めた様だな」

 

 怒りと、何処か悲しみを帯びた目でそんなクゼを見るユウイチ。

 そして、跳ぶ。

 一気に距離を詰め、二刀を持って斬りかかる。

 

「ふ、遅い、カワスミより、ミサカより遥かに遅いぞ」

 

 が、ユウイチの二刀の連撃も、右腕の障壁と何も無いとは言え、異常に硬い左手によって捌かれてしまう。

 人であった頃のクゼならマイ、カオリはおろか、ユウイチの攻撃もまともに見切ることなどできなかったはず。

 だが、今は違う。

 人間ではおよそありえないほどの速さで、ユウイチの攻撃をまるで戯れるかの様に止めてしまう。

 

 キンッ! カンッ! キィン! 

 

 部屋には攻撃が弾かれる音だけが虚しく響く。

 そこでクゼの動きの早さに疑問を抱くユウイチ。

 

「やけに動きがいいな。

 2つも人格があると動作に不良をきたす筈だが」

 

 クゼはあの魔導師と融合したのだ。古代の魔導を用いて。

 人格、正確には魂なのだが、体は完全に1つなったのだが、完全な個たる魂まではそう簡単に融合できるものではない。

 かつて体を奪われたあの少女との戦いも、最後は少女が主導権を取り戻した事でユウイチは勝利を、人あらざるモノに堕ちた少女を、願い通りに殺す事ができたのだ。

 例え両者の合意であろうと、2つの人格が存在する限り、何処かで動きにズレが生じる。

 思考が違う者が一つの体を動かすのだ、当然の事である。

 

「2つの人格?

 君は勘違いしているね。 いや、私に対する愚弄かい?

 たかが10歳の極普通の少女の、愛とも呼べぬ幼い恋心などで主導権を取り戻される様な、脆弱な意思しか持たぬ魂など、完全に取り込んださ」

 

 さも当然の様に言うクゼ。

 

「なるほど、それは失礼」

 

 その答えにアッサリ納得してしまう。

 確かにそうだろう。

 例え魔導師として、古代遺産の研究者として有能であろうと、人として弱すぎたのだ、あの魔導師は。

 こと精神戦であれば意志力が全てといっても過言ではない、その意志力をクゼは十分に持っている。

 

 ユウイチの疑問が晴れた所で、それは相手に隙ができる可能性が一つ減ったいう事実が判明しただけだった。

 

 カキィン! キンッ! パァンッ!!

 

 前回その隙のおかけで勝てたユウイチにとって、それは敗北を意味し、ユウイチの攻撃は永遠にクゼを捉える事はできないと思えた、そんな時だ。

 

 ザシュ!

 

 ユウイチの小太刀がクゼの肩に突き刺さる。

 更に、

 

 ジュッ!

 

 何かが焼ける様な音がクゼの肩から聞こえる。

 

「グアアアアッ!!」

 

 ドウンッ!

 

 苦痛に顔を歪めたクゼは、力任せの魔力の風でユウイチを吹き飛ばす。

 壁まで飛ばされるユウイチであったが、受身を取りダメージにはなっていない。

 

「キサマ、何をした!」

 

 本日始めてクゼは激情を露わにする。

 マイやサユリと比べればあまりに遅く、ただ斬るという技とも呼べない攻撃に当たった事もそうだが、物理的な攻撃はほぼ無効にするこの体に、まるで焼けるかの様なダメージを負わせた。

 ユウイチにそんな攻撃ができる筈がないと思っているクゼは、動揺を隠せない。

 

「話してやる義理はないんだが。

 そうだな、武術の本来のあり方と、お前の負ったリスクってやつだ」

 

 そういいながらゆっくりとクゼに歩みよるユウイチ。

 

「ちっ!」

 

 ドンッ!

 

 自分より弱い筈のユウイチに恐怖を覚えたクゼは、魔力の波を打ち出す。

 元が魔導師ではないだけに、ほとんど力任せの一撃。

 だが、相手が人間であるなら、避け難い速さと、一撃で死ねるだけの威力を持っている。

 それを、

 

 スッ

 

 まるで道端の石を避けるかの様に、軽く身をかわしてしまう。

 

「なにっ!」

 

 驚愕の声を上げるクゼ。

 すでに余裕などという言葉はクゼになくなっていた。

 

「悲しいな、クゼ。

 こんな基本的なことも忘れちまったのか。

 同じ道場に通っていた頃なら、アンタの方が強かったのに」

 

 容易い予測だ。

 手の振りだけでも、どういう軌道を通るかなど簡単に見える。

 

「お前に武術の才能などなかっただろう!」

 

 7年前、たまにしか来ず、適当にしか修練をしていなかった自分よりも弱かったユウイチ。

 そんなやつに、人外の力を手にした自分が勝てない。

 

「ああ、だからこそ、俺は基礎だけをやり続けたんだ」

 

 小太刀の最も基本的な斬撃と、それにフェイントをまぜただけ。

 スピードを変化させる事で、相手に自分の剣速を誤認させるトリックも含めてクゼを斬る。

 

 ザシュッ! ジュッ!

 

「ぐあああああああああ!!」

 

 それでもマイより遅く、サユリやアキコの様に、何か追加効果の魔法を付与している訳ではない。

 それなのにクゼはただの斬撃で苦しみ悶える。

 それは、

 

「く……キサマ、まさか……」

 

 ユウイチをよく見れば体が淡く光っている。

 それは蝋燭の炎ほどの淡い光だ。

 人間に対してならそれはただの的にしかならず、なんらダメージならないが、人を捨て堕ちたクゼにはそれは猛毒だ。

 

「そうか! それが本来の使い方か!!」

 

 嘗てクゼの元に居た時は闇を纏っていたのと同じ魔術。

 魔導刻印の効力の1つに過ぎない、極々微弱であるが、属性を纏う効力であり、今は光を纏っている。

 普段はハッタリにしか使われないそれが、今はクゼを苦しめている。

 

「いや、ハッタリが主要だ。

 こんな使い方をすることなど、滅多に無い事だ」

 

 はっきりと言い捨て、クゼを刻む。

 ユウイチに今のクゼを一撃で倒せる様な技も魔法も道具も無い。

 

「アイザワァァァァ!!」

 

 クゼの力任せの抵抗を避け、いなし、無力化しながらただただ地道にダメージを重ねる。

 腕を切り落としシールドを外し、各部の魔力強化、身体強化の古代遺産のアイテムも剥ぎ取っていく。

 

 

 

 

 

 そして、頭と上半身のさらに上半分だけとなるまで刻む。

 それでも尚クゼは生きている。

 人を捨てた生命力で。

 別にこんな無残な姿にしたかった訳ではない。

 ユウイチの攻撃力ではこうしないとクゼを殺せないのだ。

 復元する力もそぎ落とし、ここまで削らなくては。

 

「アンタには才能があったのにな……なぜ堕ちた」 

  

 無様に横たえるクゼに、今更とも思える問いをぶつけるユウイチ。

 

「は、知れたこと。

 真面目にやって取れる程甘く無いんだよ、世界ってのは」

 

 諦めからか、落ち着いた声で答えるクゼ。

 嘗て一度だけユウイチとクゼが語り合った夢がある。

 『男に生まれたからには世界を狙うのが義務だ』などと言いながら、世界征服などと言う夢を打ち明けた。

 その為にも有能でいい女である、サユリが伴侶として必要だとも。

 

「お前は俺に、誰にも言ったことのない夢を言わせたばかりか、邪魔ばかりするな。

 お前のせいで俺は全てを失ったよ」

 

 深い溜息を吐くクゼ。 

 そして思う、こんな奴に関わったから夢は潰えたのだと。

 

「そりゃあ、俺の夢とアンタの夢は対立するものだったからな」

 

「『自分の世界を護り抜く』だったか。

 お前は無理だろ、才能ないからな」

 

 そう言って笑うクゼ。

 そしてユウイチは答えた。

 

「ああ、でも不可能だと言われる事を可能にする方が、漢って感じでするだろ?」

 

 一点の曇りもない瞳で言い切る。

 それを実現させると宣言する様に。

 

「は、じゃあもがくがいい、弱者は弱者なりにな」

 

 そう言って笑い続けるクゼ。

 

「言われなくてもそのつもりだ」

 

 ヒュッヒュンッ!

 

 そして、最後にそう言うとユウイチは残ったクゼの体を十字に切り裂き、

 

 ズドドドンッ!!!

 

 フルチャージにした魔導銃で跡形も無く消し去る。

 クゼの背後にあったコントロールパネル諸共に。

 

 ゥゥゥンン………

 

 周囲の機械の音が停止していく。

 主を失い頭脳を欠いたこの地下施設もこれで完全に死滅した様だ。

 

「ああ、まだだな」

 

 だがユウイチはそう呟くとその部屋と出て表に向かう。

 

 残骸だけが残る部屋を振り向く事無く、ユウイチは前へと進んだ。

 

 

 

 

 

「終わったか」

 

 地上に出たユウイチを出迎えたのはシグルド。

 体中に掠り傷を作りながらも、大事には至っていない様だ。

 周囲を見渡せば破壊されたオートマータと、もう動かないオートマータ。

 どちらにしろ鉄屑にもどった機械人形がおびただしく転がっていた。

 

「まだだ。

 シグルド、アレをやる」

 

「……ふむ、そうだな」

 

 ユウイチが言わんとすることを察したシグルドは、頭を下げ、ユウイチを頭上に乗せる。

 そこから直上方向へと飛び上がり、同時にアキコ達へ避難勧告を送る。

 そして500mの上空でユウイチはシグルドの角にあたる物を握りシグルドと一緒に一点を見据える。

 そこは地下15の場所にあるあの地下施設だ。

 

「せめてもの手向けだ、受け取れ!」

 

「オオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 ユウイチの叫びとシグルドの咆哮。

 それが終わるとシグルドの口に力が収束し始める。

 シグルド自身の全ての力は勿論、ユウイチの力も吸い上げて高密度のエネルギー体が生まれる。

 ユウイチは効果範囲に誰も居ない事を確認すると、

 

「いけ」

 

 一言、発射の命を下す。

 

 カッ!

 

 最初はただの閃光。

 光がシグルドを中心に広がり何も見えなくなる。

 そして、

 

 ドォォォォォォォォンンンンンッッ!!!!

 

 数秒遅れ、物凄い爆音が辺りを支配する。

 

 全てが晴れ、視界に広がるのは巨大なクレーター。

 地下15mまで抉り取られたとてつもない穴だ。

  

 2人で使う主砲。

 溜め時間膨大、チャージ後、射角修正不能、手加減不能、効果範囲一直線にして広大、使用後2人は暫く行動不能。

 と、実戦ではまず使い物にならない最終破壊手段。

 ついでに目立つ為、本気で使えない。

 それをもって、自爆装置の無かった地下施設を完全に破壊する事ができた。

 尚、今回は妖狐達やアキコ達が周囲に結界張ってくれたし、ドラゴンの姿は、エメラルドドラゴンという事にすらば、ごまかせる。

 

 被害としては、この場所は森の中だ。

 多少地震になったろうが、穴直系は40mほど、雨でも降れば湖になることだろう。

 後始末はコウヘイとアカネがいる。

 次アカネに会ったら何を言われるか解らないが。

 だから大丈夫。

 これで終わりだ。

  

「ユウイチ、降りる前に顔は拭いておけ」

 

 そう考えているとシグルドがそんな事を言ってきた。

 

「ん? ……ああ、すまん」

 

 一瞬意味が解らなかったが、顔を拭いてみると濡れていた。

 知らず涙を流していた様だ。

 

 あの平和で幸せだった日々のピースを、また一つ自ら完全に消し去ってしまった。

 一番初めのはともかく、今回のは後悔していない。

 する筈がない。

 でも、それでももうあの日には戻れないのだと再認識させられ、悲しかった。

 

「さって、終わったのはいいが、どうするかな」

 

 気分を切り替えるため口に出して、気分を元に戻そうとするユウイチ。

 

「そうだな。

 とりあえず一度降りなければならぬが」

 

 シグルドはそれに合わせるだけ。

 

「そうだな。

 このまま消えたい気分ではあるが……」

 

 先程の主砲の使用により2人は暫くまともに動けない。

 魔力枯渇による影響だ。

 シグルドもまだ飛んではいるが、これはほとんど浮いているだけだ。 

 とても消えると言うほど長距離の飛行には耐えない。

 そこへ、

 

『ユウイチさ〜ん、早く降りてきてくださ〜い』

 

 サユリからの念話が入る。

 下を見下ろせば姿を確認できる。

 

「あ〜でも降りたら面倒な事になりそうだ」

 

 彼女達がこの後どんな行動に出るか解りきった事だ。

 ユウイチはそれほど鈍感ではない。

 

「後始末はつけておけよ」

 

 当然ユウイチも逃げる気はないのだが一応釘を刺しておく。

 そこへ更に、

 

『降りてこないなら撃ち落しますよ〜』

 

 などとものすごく陽気な声で念話が再び入ってくる。

 

「だ、そうだぞ」

 

 今なら本気で撃ち落されかねない。

 浮いてるだけでも精一杯なのだから。

 

「仕方ない、降りるか」

 

 いかにも仕方なさ気な言い方をするユウイチ。

 実際少し彼女達に関する事は困っていたりするのだが、それでももう彼女達への対応は決まっている。

 

 

「一応確認しますが、ユウイチさんはこれからどうなさるおつもりですか?」

 

 5人の前に降り立ったユウイチにそう尋ねるアキコ。

 5人ともそれを承知の上でも確認はしておく。

 

「そうだな。

 南かな」

 

 まるで散歩にでも出るかのような気軽さで、当たり前の様に町に戻らない事を告げるユウイチ。

 その答えを確認した5人は、意を決して申し出る。

 

「ユウイチさん、私達は…」

「俺は旅に誰も連れて行かない」

 

 だが、台詞を最後まで聞くことすらなく、ユウイチは拒絶の言葉でそれを遮ってしまう。

 

「っ!」

 

 それもある程度予想していたが、いざ面と向かって言われると言葉を失ってしまう5人。

 しかし、ユウイチは続ける。

 

「まあ、勝手について来るのは自由だ。

 言っておくが、俺は極悪人だぞ? ついてきたら後悔することになる事を先に言っておく」

 

 そう言って、まるで悪戯に成功して喜ぶ子供の様に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南の空にドラゴンが飛び立ち、暫くしてステルスを使ったのだろう姿を消す。

 東の丘の上で、それを見送る者達があった。

 

「ところでよろしかったのですか?

 一人娘で、大事な跡取りでしょう?」

 

 避難した丘の上、アマノとクラタの当主が話していた。

 

「ははは、構わんさ。

 いや、大事な一人娘だからこそだよ。

 そう言う君はどうなのかね?」

 

 一人娘の旅立ちを見送りながら笑う、クラタ家当主。

 

「まあ家はまだ居ますからね、跡取りになりそうなのが1人」

 

 一応長男の残っているアマノは、その点に関しては気軽だ。

 娘の旅立ちにはちょっと心配していたりするが。

 

「そうか。

 まあ跡取りならまた作ればいいさ。

 私もアイツもまだまだ若いんだよ?」

 

「はははは、なるほど」

 

 そんな話をしながら笑う2人。

 

「この町は平和だの」

 

「ふむ、これからは退屈せんですみそうだな」

 

 その後ろで妖狐とドラゴンも笑う。

 これからいろいろ大変だというのに、そんな事はなんの問題にもならないと思わせる。

 

 

 

 

 

 その頃、上空のドラゴンの上でも、暢気な会話がされていた。

 

「すごいですね〜これが飛ぶという事ですか〜」

 

「すごい」

 

「これは凄いですね」

 

「壮観です」

 

「前乗せてもらったときは景色を眺める余裕なかったから……凄いわよね」

 

 シグルドから見下ろす地上の景色に感嘆の声を上げる。

 

「うんうん、そうだろうそうだろう」

 

 そんな5人に満足そうなユウイチ。

 

「何故お主が自慢げに言うのだ?」

 

 ちょっと呆れの混じった声のシグルド。

 

「まあいいじゃないか」

 

 そんなシグルドを笑いながら窘めるユウイチ。

 

「それにしても便利ですね〜」

 

 5人が乗ってもまだ余裕のあるシグルドの背、地上から見えない捉えられないステルス、そしてこの速度と景観。 

 

「まあ、使う機会っても、実はやる事が終わった場所から逃げる時だけなんですけどね」

 

「そうだな。

 まあ、主の中から見ているのもなかなか楽しいからいいがな」

 

「あら〜、そうなんですか」

 

 そうな会話をしながら何気なく笑う7人。

 

 今確かにユウイチは皆と一緒に笑っていた。

 

 世間一般ではあまり幸せとはいえないかもしれないが、それでも笑っている。

 

 心の底から。

 

 だからこの町ですべき事はもう何も無い。

 

 

 忘れる事は無いだろう。

 

 

 だが、もう振り返る事は無い。

 

 

 ユウイチはこの日、過去の思い出の地より旅立った。

 

 

続く