恭也に妹が出来た後、士郎が桃子と出会う少し前のこと。
恭也と美由希は士郎に連れられクリステラソングスクールに着ていた。
正確には恭也と美由希は士郎がアルバートの護衛をしている間、
フィアッセとティオレのいるスクールに預けられたのだ。
「フィアッセ〜」
クリステラソングスクールの前で二人を出迎えてくれたフィアッセに駆け寄る美由希。
「恭也、美由希、久しぶり」
笑顔で出迎えてくれるフィアッセに、恭也も滅多に見せない微笑を浮かべる。
フィアッセの後ろにはティオレ、後フィアッセの隣に少女が一人立っている。
ティオレの笑顔の奥に何か企んでいるものがあるのは、
流石に今の恭也達では見抜けないだろう……
この時期は退屈らしいし。
「久しぶり、フィアッセ」
声を交わし、フィアッセと手を交わせる位置まで歩み寄った時だった。
「ハジメマシテ」
慣れない日本語で声をかけられた。
フィアッセの隣に立っていた蒼い髪の少女に。
「はじめまして、不破 恭也です」
「ワタシのナマエハ、アイリーン」
それがアイリーンと恭也の出会いであった。
アイリーンに差し伸べられた手を取り、握手を交わす二人。
美由希とも挨拶を交わすと、アイリーンは何やらフィアッセに通訳を頼んでいる様だが、
フィアッセが何か反論している。
英語らしいので恭也と美由希はさっぱりだが……
「アイリーンがね、フィアッセから恭也達の話を良く聞いてたって。
フィアッセったら恭也達が来るのを知ってから毎日恭也達の話しかしなかったんですって」
そこへティオレがアイリーンの言葉を通訳してくれる。
「ママ!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがっているフィアッセ。
アイリーンとティオレは笑い、美由希は訳も解っていないがつられて笑い、
恭也も微笑んでいた。
そんな出会い。
それから数日、士郎がアルバートの護衛をしている間、
恭也と美由希はスクールで過ごした。
なお、スクールの中では珍しい男であり、かわいい男の子である恭也が、
スクールのお姉様方に大層可愛がられたのはまあ、別の話。
結構人気者な二人、特に恭也ではあったが、忙しい彼女達なので普段は、
年齢が近く、日本語が話せる人はフィアッセくらいしかいなかったのもあるが、
フィアッセに通訳してもらってアイリーンも加え、ほぼ常に4人で行動していた。
因みに、ティオレとしては恭也に何か期待するところがあったらしいが、今となっては謎である。
そんな日々のある夜のことだった。
恭也が一人、広大な庭を使って鍛錬に勤しんでいた所、
「キョウヤ?」
窓から恭也を見かけたアイリーンが降りてきて、
鍛錬の現場を目撃されてしまう。
馴染みなどある訳のない、いや知識があったとしても異常な恭也の鍛錬の風景に、
アイリーンは絶句していた。
後でフィアッセに通訳してもらい、それが剣の鍛錬である事を説明する。
「どうしてそんなに大変な練習をしてるの?」
アイリーン言葉を通訳したフィアッセの言葉であるが、
フィアッセ自身の問いでもあるだろう。
「いつか……
父さんの様に誰かを護れる様になりたいから」
今、その時も大切な友人を護っている父の背を思いながら恭也はそう答えた。
「がんばってね」
通訳してもらったアイリーンとフィアッセも一緒に恭也に微笑みかけた。
当時、それがどう言う仕事かも知らず、純粋に恭也の言葉に感心したのだ……
恭也は、将来、きっとこの二人を護ろうと心に誓った。
それからというもの、アイリーンは毎晩恭也の鍛錬の見学に来た。
曰く、無理をしないように見張っているらしい。
フィアッセは邪魔をしない様にと近づかない事を選んだ。
恭也達がスクールに来て2週間ほどが過ぎた。
もう完全にと言えるまでに4人が打ち解けた頃のある朝。
恭也は早朝の鍛錬をしていた。
早朝の方は誰にも知られていないのでアイリーンも見張っておらず、
一人、鍛錬に勤しむ恭也。
「ふぅ……」
メニューをこなし、ちょっとその場に座る恭也。
広い庭、の木陰に。
鳥達も起き始め、一日が始まろうとしていた。
実は夜はアイリーンが見張っているのでアイリーンが無茶だという事ができない為、
朝の方にメニューが偏っている。
そのせいもあるか、恭也は、そのまま目を閉じ、眠ってしまう……
「恭也〜〜」
「キョウヤ〜」
朝食の時間になっても起きて来ず、部屋にもいない恭也を探しに来たフィアッセとアイリーン。
なお、中は美由希とイリアが探している。
外を探しに来た二人は、最初は一緒に回っていたが、
やがて二手に別れ、アイリーンが恭也の眠っている所まで探しに来る。
「あ、キョウヤ」
程なくして、木陰で眠っている恭也を発見するアイリーン。
恭也が眠っているのを知ると、近づいて揺さぶって起こそうと思ったのか、
恭也の肩に手を置いた、その時だった。
バッ!
肩に手を置かれた恭也はその手を掴み、引き倒すようにして、
アッと言う間にアイリーンに馬乗りになる。
しかも両足両手をきっちりロックして。
士郎が仕込んだ対夜襲用の防衛行動なのだが……
「?????」
何が起こったか理解できていないアイリーン。
なお、今の状態は仰向けに倒れているアイリーンの上に恭也が両膝を押さえる形で乗り、
左手一本でアイリーンの両腕をロックしている状態。
アイリーンからは見えないだろうが、右手は手刀で首に添えられていたりもする。
まあ……そう言った状態である。
因みに、恭也はまだ覚醒していない。
「……」
覚醒を始める恭也だが、目の前にアイリーンがいる事に疑問を持つ程度で、
まだ、今の状況を自分でも解っていない。
そこへ、
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
声にならない声を聞こえる。
それで覚醒した恭也と、まだよく状況を理解していないアイリーンはそちらを向くと、
そこには二人を見て固まっているフィアッセがいた……
十数分後。
スクールの廊下で正座をしている恭也の姿が目撃された。
頭と膝に水の入ったバケツを乗せて……
先の事件の第2発見者の指令なのだが、
その第2発見者はティオレであったのは幸か不幸か……微妙なところか?
なお、頭にバケツを乗せたのはフィアッセである。
涙目で水を汲んで乗せていたらしい。
膝のは美由希で、事情は理解できてないし、持てなかったのか水は少な目である。
アイリーンはただ距離を置いてずっと苦笑していた事だけは付け加えておこう。
その日の夜
昼間の事を反省しつつも、今晩も鍛錬に勤しむ恭也。
とりあえず自己管理の大切さに気付いた一日だったらしい。
そして、昼間の事はあまり気に留めていないというか、
状況を理解する前に事件が解決していた、アイリーンは今日も見学に来ている。
「キョウヤ、ツヨク、ナリタイ?」
片言の日本語でそう尋ねるアイリーン。
今までならずっと見ているだけで、
無理をしていると判断しなければ何も言わなかったアイリーンが。
アイリーンとしては、朝の様な事があったのだから、
今日くらいはおとなしくしているかと思ったのだ。
「……」
鍛錬の手を止めて、黙って頷く恭也。
いかにそれが真剣であるかは目を見れば解るだろう。
「ワタシモ、マモッテクレル?」
今朝の事にしても今までの鍛錬を見るにしても、
目の前にいる少年は、今の状態でも普通の大人よりは強いと確信しているアイリーンは、
既に彼の夢は叶うものと信じていた。
故に願った。
もし、護られるなら、大好きなこの少年に護って欲しいと……
半分は子供の戯言だったかもしれない。
でも、後半分は……
「もし……」
少年は答えた。
両手に小太刀を持ち、月明かりの中、
殺人の技術を鍛え、練りあげている少年は、
「もし、貴方に、暴力が降りかかるのであれば」
剣を持ちて少女に向かい。
「俺は、貴方を護る」
誓いを立てた。
殺す為の業で、愛する人を護る事を
「アリガトウ」
言葉の正確な意味は解らなかった。
でもアイリーンには伝わった。
半分は冗談で言った言葉を少年は真剣に答えてくれた。
「ワタシハ……」
少女は言った。
日本語で言う事は出来なかったから、英語で。
恭也は、その言葉意味を全て理解出来たわけではないが、感じた。
やはり、俺はこの人を護ろうと……
少女は、誓った。
少年なのに少年らしく笑うことのない、無愛想な人に。
貴方が剣で誰かを護るのなら、
私は歌で貴方に笑顔をあげる、と
それの次の日、恭也は士郎から仕事が終わったという連絡を受けた。
帰国前日の夜
士郎の仕事が終わり、明日の朝迎えにくるとの事だった。
帰国の準備を済ませた後、今日も今日とて鍛錬をしていた。
明日は早いので少し時間を早めて始めてはいるが……
ガサッ
少し遠くで草の揺れる音がした。
「?」
その揺れ方を不自然に思った恭也は練習用小太刀を持ち、
持てる技術で最大の注意を払い、それを確認する為に動いた。
だが、それとほぼ同時に、
「恭也〜、士郎から電話よ〜」
庭に響くティオレの綺麗な声。
「……はーい」
仕方なく恭也はそちらを優先させた。
手に持っていた練習用の小太刀は置いていこうか迷ったが、
後から来るかもしれないアイリーンが足をかけてしまうかもしれないので持って行った。
勿論、鞘にしまって隠してから入る。
校長室の電話に出てみると、
「明日の準備なら……」
『恭也、アイリーンは無事か!』
突然慌てた父の声が耳に入る。
「さっきまで一緒にいたけど……」
夕食まで一緒に遊んで、夕食後、少し話して別れ、恭也は鍛錬に向かった。
そう、いつもなら、もうそろそろ鍛錬を始める時間で、
それは同時にアイリーンが人気も人目もない場所に行く時間である。
『すぐにアイリーンを探して安全だと思う場所に隠れてろ!』
父の言葉の意味を理解した時には、恭也は走っていた。
受話器を投げ捨て、ティオレの静止も聞かず。
何故アイリーンが狙われているとかはどうでも良かった。
切羽詰った声から、どれだけ危険な状態かも理解した。
故に走った。
先ほどの物音が気のせいである事を祈りながら。
「アイリーン!」
目的地手前で叫ぶ恭也。
危険だと解っていても、叫ばずにはいられなかった。
敵がいたなら標的にされかねない。
だけど、それで敵の目がアイリーンから自分に移るならそれで言いと思った。
「あ、キョウヤ〜」
拍子抜けするほどあっけなく顔をだすアイリーン。
何処行ってたの?と言う風な顔をしながら歩み寄ってくる。
が、
ガサッ!
その後ろの茂みが揺れる。
そして月の光で映し出される大きな影……
「アイリーン!」
再び叫んだ。
そして同時に走る。
「!?」
恭也の言葉と後ろから聞こえた物音で、振り向き、
大男の存在に気付いたアイリーン。
更に、月の光を映る黒い金属の塊……
ダッ!
それを視認した時、恭也は迷わず小太刀を抜いた。
『いつか、父さんみたいに、誰かを護りたいから』
いつか言った言葉。
『俺は貴方を護る』
そして先日誓ったばかりの言葉。
目の前にいる人は、その日護ると誓った人であり、
その奥で銃を構えているのは護りたい人に暴力を及ぼすモノ。
アイリーンを伏せさせる為にも払うように追い越し、敵に肉薄する。
まだ、銃口はアイリーンも恭也も捉えていない。
「キョウヤ!」
ガキィン!
アイリーンの声が上がるとほぼ同時に、敵が持っていた銃を叩き上げる。
大男も子供だと油断していたのか、向かってこられるとは思っていなかったのか、
グリップが甘く、銃は高く舞い上がる。
が、セミプロと言った所なのだろう、すぐにやるべき事を定め恭也に殴りかかろうとする大男。
あまりに違いすぎるウェイト。
恭也の胴回りほどはあろうかと言うその腕が恭也に襲い掛かる。
だが、
ブンッ!
大きく空を切る拳。
恭也はというと大男の斜め前方向に飛び退いていた。
士郎との毎日の鍛錬の成果か、大振りすぎた一撃は簡単に見切られたのだ。
カチャッ!
相手が強さが理解したのか、大男は予備だろう拳銃を胸のホルダーから抜き、
恭也に向ける。
が、しかし!
ドスッ!!
抜いた瞬間には間合いの内側に入り、大男の胸を一突きにする恭也。
いくら刃を落とした練習用の小太刀でも、全力で突けば……
恭也としては肩を狙った筈だった。
相手が銃を構えた事で狙いが逸れてしまった。
正当防衛であり、ほとんど不可抗力の一撃。
「ガ……」
ブシュッ!!
ほぼ即死で、ゆっくりと後ろに倒れる大男。
恭也は動けず、倒れた事により大男から抜けた小太刀。
小太刀の抜けた胸から噴出す紅い液体。
それを頭から浴びることとなる恭也。
それが
恭也が初めて剣で人を傷つけ
初めて人を殺した瞬間だった
噴水の様に断続的に血を噴出す大男だったモノ。
血を滴らし、血塗られた刀を持った少年。
自分が護った大好きな人の顔が見たくて、振り向くと、
そこでは、少年によって後ろに倒されお尻をついた状態で少年を見ている少女がいた。
大きく目を開いて、小さく口を開けた状態で、ただ、少年を見上げていた。
血で染まった少年を
目の前で人を殺した少年を
練習用の小太刀二本だけで銃を持った大男を斬殺した少年を
頭から血を被り、顔まで血で濡らし、血を滴らしている少年の瞳から
血とは違う物が零れて
落ちた
士郎が到着するまでそうしていた二人。
事件は極秘裏に処理され、フィアッセも美由希も知る事は無い。
予定通り翌日帰国する事になり、二人は話すことができなかった。
後にこの話をしたのはただ一度きり。
士郎がアイリーンが狙われた理由を説明し、
それが解決した事を教えた時だけだった。
恭也はただ、解決した事を喜んでいた……