夜空に在るもの
プロローグ
蒼と言う色が広がっていた。
上も下も、右も左も。
周囲一面は何もない空という蒼と、底の見えない海という蒼だけ。
そんな世界の中で、今空と海の境界に白という色が加わる。
水がはじけてできた色、その下で動きがあったという証だ。
ザバァァァンッ!!
突如、海面に大きな黒い何かが現れる。
それはクジラの様に大きな海洋生物らしきもの。
しかし地球上には存在しない種だ。
それは大きな尾びれで1度海面を叩くと、とてつもない勢いで海中へ姿を消す。
だが海面には水の動く様子が見え、それから海中では何か激しい動きがあるのだと解る。
巨大な海洋生物が全力で活動する何かが―――
カッ!
蒼の世界に突然煌めいたのは桃色の光。
この深く暗い海を染め上げる程の強い光が海中から放たれた。
ブクブクブク……
それから少しして、先ほどの巨大海洋生物が海面に浮いてくる。
何処にも傷は見当たらないが、しかし気を失っている様子だ。
シュバンッ!
海面に浮いてきた巨大海洋生物が光を放つ。
その光がはじけた後、そこに巨大海洋生物は存在しなかった。
まるで最初からそんな物は居なかったかの様に。
その代わりにそこに居るのは1人の女性だ。
真紅の装甲服を着込み、狐の様な仮面を被った魔導師、セレネ・F・ハラオウンだ。
「なのは、いいわよ、上がってきなさい」
セレネは海中へ呼びかけると、海中から白い姿が浮かび上がってくる。
ザバンッ!
海中から上がってきたのは魔法の杖を持ち、白い学校の制服の様な防護服を着た少女、高町 なのはだ。
海中に潜っていた彼女だが、予め海中様として設定したバリアジャケットのおかげで濡れていないし、呼吸も問題なく行えていた。
「なかなか良い試みだったわ。
魔力光と爆音を使って相手を気絶させるなんて」
「はい、この世界にあるスタングレネードをイメージして組んでみました」
「組んだって、今?」
「はい、単純なものでしたし、フラッシュインパクトの応用でもありますから」
「そう、柔軟な発想と行動ができて良い事だわ。
合格よ。
これで今日の海中戦闘、対巨大生物戦の実習を終えます」
「ありがとうございました」
なのはの礼を聞きながら、セレネは結界を解除する。
この世界はセレネがなのはの海中戦闘、対巨大生物戦の実習用に組んだ世界。
ジュエルシード事件から半年が経過し、なのは達はさまざまな形で魔法の修練を積んでいた。
勿論戦闘ばかりではなく、魔法技術を日常生活に使った道具や魔法文化なども学んでいる。
今回は異世界で現地の生物に襲われた時の為の訓練であり、戦闘訓練の1つだった。
尚今回は対巨大生物戦という事で、セレネが特技としている変身魔法を使い、巨大生物に変身してなのはの相手を行った。
本来なら戦闘で使える程のレベルではないセレネの変身魔法だが、それ専用に組んだ結界の中でならこうした実習をするくらいのものにはできる。
今回使用したのはミッドチルダの世界で海の王者として実在する生物で、場合によっては簡易な魔法まで駆使する高等な生物だった。
変身による仮想戦闘ではあるが、行動パターンも再現されたものだ。
なのははその巨体と知性、更には海中という環境によって普段とは違う戦い方を強いられる。
当初はバインドをメインを試していたが、なのはのバインド魔法の精度では巨大生物を拘束しきれない。
攻撃魔法にしたところで、水中という環境の中では射撃魔法の減衰は激しく、殆ど使い物にならない。
特になのはの魔法はほぼ純エネルギー系で、属性変換も効率よくできない上、射撃主体である為、水中では戦力が大幅に低下する筈で、この訓練の意味は大きかった。
因みに、逆に接近戦主体で電気属性に変換できるフェイトは、接近斬撃に魔力攻撃と電気ショックをミックスして巨大海洋生物を気絶させ、訓練をクリアした。
アリサも結晶化する剣を使い、剣を基点とする拘束魔法で巨大海洋生物を捕らえる事に成功している。
と、フェイトやアリサにはそう難しく無い訓練でも、その特性故になのはは苦戦すると思われた。
のだが、なのはは2度程バインドを試した後、巨大海洋生物の突撃に合わせ、攻撃魔法に偽装した強力な閃光音波弾を使い、気絶させる事に成功した。
しかも攻撃と偽装する事で回避させ、視覚器官と聴覚器官にほとんど直接叩き込むくらいの距離で発動させて、一撃の下に沈黙させたのである。
確かにフラッシュインパクトという閃光を利用する魔法を持っていたとはいえ、即興で別の魔法を組み合えて且つ、相手を傷つけない出力を割り出している。
それも音波は海中という事を考えたものであり、むしろ水という伝達物質を利用した形となって、脳にまで直接響かせて強大生物の昏倒を可能とした。
水中での活動実習はこれが初めてでないにしても、十二分な成果であり、自分でもいろいろと勉強してきたのだと伺える。
更には大体見当がつくとはいえ、相手の感覚器官の場所を的確に見抜くのは、冷静さと観察力があって始めてできる事だ。
可能な限り生かして無力化するというのが目的だった事を考えても、初めて見る生物相手に、初めて使う魔法で見事無傷のまま無力化した事に、セレネは驚きを隠すので忙しい。
「ではリンディ達と合流しましょう」
「はい」
セレネは既に結界を解除している。
だがここはまだ結界の中だ。
ここは地球の海鳴市沖の海上で、そこにリンディが巨大な結界を展開し、その中で個々に別の訓練を行っている。
なのはの他には久遠とアルフがアースラの戦闘局員Aチームと水中戦闘訓練を実施している結界が1つ。
それともう1つ、フェイトが恭也と水中格闘戦の訓練をしている結界がある。
対巨大生物は難なくクリアした為、より素早い相手と水中で戦う事を想定した訓練をしているのだ。
「リンディ、こちらは終わったわ。
はい、データ」
この巨大な結界の中央でこの訓練用の世界を構築しているリンディ。
セレネは各結界内の状況を観察している彼女に、セレネが指導しながら直接収集していた戦闘データを渡す。
このデータを基に、なのはのデバイスとバリアジャケットは更に微調整が施されるだろう。
「早かったわね」
「ええ、生徒が優秀ですもの」
「そんなこと、ないと……いえ、ありがとうございます」
謙遜しようとして、なのははお礼に言い直す。
過ぎた謙遜は嫌味にとられかねない、そして実際なのはは優秀なのだ。
なのは自身にその自覚は薄くとも、そう評価されている事は知っている。
この半年間、様々な経験を積んだ上で、なのははそういった周囲への気遣いも学んでいた。
それから少しして、リンディの目の前の空中に投影されている画面に変化が起きた。
訓練終了の合図だ。
「あら、恭也さんとフェイトさんの方も終わったみたいね」
「結果は?」
「今日も恭也さんの方よ」
「そう」
そんな話をしている間に結界の1つが解除され、中からは4人の人物が出てくる。
黒いマントと黒いレオタード風の薄手のバリアジャケットに、長柄の戦斧の様なデバイスをもった少女、フェイト・T・ハラオウン。
漆黒の防護服を着て、仮面で素顔を隠す剣士、不破 恭也。
それと杖を持たぬ魔導師、アリサ・B・ハラオウンとその使い魔のモイラだ。
モイラは最近やっと安定してきた大人の姿だが、今尚獣の耳を消す事が上手くいかないらしく、日常でも帽子を着用している。
そして両腕にはそれぞれ2つずつ、計4つの細い腕輪型のデバイスが装備されている。
ストレージタイプのモイラ専用のデバイスで、ほぼ完成しているが、まだまだ調整段階にあるデバイスだ。
「お疲れ様」
「おつかれさま」
「あら、そっちはもう終わってたの。
こっちも早かったと思ったけど。
はい、とりあえずデータ」
アリサはもうなのは達が居ることに少し驚きつつも、自分が担当し、収集していたデータをリンディへと提出する。
「はい、ご苦労様、アリサ。
どうでした? 恭也さん」
「フェイトの訓練の方は上々だ。
今日も紙一重といった所だった」
「その紙一重が下手な隔壁より分厚いと思うのだけど……」
教官を務めるという立場でもある恭也が、あまり口にしない褒め言葉を本人の前でしているのだが、フェイトはあまり納得いかない様子。
訓練での勝率は現在96%で恭也が勝っており、恭也は基本的に無傷での勝利だ。
2度程フェイトが勝てた事もあるが、そのどちらもフェイトはボロボロの状態で、偶然が重なり、運が良かったとしか思えない勝利でしかなかった。
その一瞬の好機を掴めたのは間違いなくフェイトの実力なのだが、それでも勝利として誇れるものではないとフェイトは判断している。
恭也は魔導師ではなく、剣士であり、魔導師の攻撃は本来なら掠るのも危険なもので完全回避が基本と成る為、勝利する場合はほぼ無傷となるのは当然の事だ。
しかし、相手に触れる事もろくにできないという結果が、フェイトは恭也が褒める程自分が恭也に近づけている事を実感する事はできなかった。
尚、他の少女達と恭也の実戦訓練の結果も似たようなもので、何度かやれば1度くらいは勝利する事もあるが、高確率で恭也が勝利している。
これは少女達とクロノもしくはセレネという組み合わせの対戦結果も同じで、実力上ではまだまだなのは、フェイト、アリサは3人に及ばない。
更に3人ともまだ成長している事もあり、なのは達はいまいち追いつけているという感覚は得られていない。
それでも自分達の成長と持っている力の大きさは十分に自覚している。
それがいかに危険かも、この半年間何度も教えてもらっている。
周囲へ与える影響も考え、気遣いというものを教えたのも恭也達だ。
特に短時間で強大な力を手にしてしまったなのはには注意深く行われている事だ。
尤も殆ど大人達の心配し過ぎという感じとなっているが、それでも重要な事だろう。
「『剣』の具合の方はどうでした?」
「そちらも申し分ない。
このまま持っておきたいくらいだ」
恭也が今回使ったのは愛刀の八景ではなく、血糊と幻覚効果のある訓練用のデバイスでもない。
今も手に持っているのは碧色の水晶でできている様な美しい剣で、これはアリサの精製した魔法剣だ。
「ええ、こちらの世界の刀剣を研究したもの、恭也さんの八景にも何度か触れさせてもらったし、自信作よ」
恭也は魔法を使えない。
正確には飛翔と極々簡単なステルス、更に初歩中の初歩である魔力による物体保護の魔法は使える。
しかし物体保護の魔法にしても、フェイト達近接魔法の使い手と切り結ぶ事はできず、同じく近接戦闘を主とする恭也は不利な状態となる。
それでも尚フェイトとの勝率は圧倒的に恭也が上なので、不利とはいっても絶対的なものではない。
とはいえ訓練をする上では困る為、様々な手段でフェイトの斬撃にも耐えうる恭也用の得物が試されてきた。
その中で現在最も効果を上げているのはアリサの魔法剣だ。
アリサの魔法剣は基点となっているリングさえ無事なら何度でも再構築でき、遠隔射撃魔法にも使う為にアリサから数km程度なら離れてもその形を維持できる。
更にアリサの『剣』に関する特性故、剣士たる恭也をしても納得のゆく刀剣を形成する事ができるのだ。
とはいうが、そうなったのも極最近の話。
半年前のジュエルシード事件の最後に覚醒したアリサの魔法は恭也との実戦訓練と、今アリアが言った様に刀剣類を研究する事でその精度を上げている。
まだまだ研究の途上であり、これからも精度は上がるとアリサ本人も考えている。
ともあれ最初は単純な剣しか形にできなかったが、今では用途に応じて様々な形状の剣を精製し、魔法の効果を高めている。
「そうですか。
バリアジャケットの方はどうですか?」
「ああ、そちらも良い感じだ。
今日は大分動きやすかったし、動きに応じた調整もされたいた。
しかしその調整もやはり遅れている感じがするな」
「そうですか、後ほど詳しくお聞かせ願いますか」
「ああ」
繰り返すが、恭也は魔導師ではない。
バリアジャケットも自力では形成できず、他者の力を借りる事になる。
ミッドチルダの魔法は、魔力攻撃のみとする非殺傷設定を施す事ができる為、安全性の高い実戦訓練が可能となっている。
しかし魔導師に遠く及ばない程魔力が低い恭也では、なのは達の魔力差から魔力攻撃でも危険を伴う為、訓練の際には事故防止の為に他者からバリアジャケットを借りる事になっている。
主にリンディがその役目を担い、リンディのバリアジャケットならどんな攻撃からも身を守れる極めて強靭なバリアジャケットを用意できる。
その上、リンディと恭也はパートナーだった事もあり、最適なバリアジャケットを用意する事もできる。
しかし今回はモイラの補助魔法の訓練も兼ねて、遠隔で性質を操作できるバリアジャケットを形成し、恭也に使用してもらったのだ。
ダメージを受ける事がなかった為、破損時の対応についてはまた別途訓練が必要となるが、動きにあわせた調整はまだ未熟という事が解った。
とは言え、恭也クラスのスピードに併せて調整するのは極めて困難で、リンディでも困難な作業となる。
ただモイラは補助型の魔法を主とする使い魔である事を考えれば、そんな甘い事は言っていられないだろう。
「皆上手くいっている様ね、監督している身としては嬉しい限りだわ。
あら、久遠さんとアルフさんの方も終えたようね」
話している間に最後の1つも訓練を終えたようだ。
久遠とアルフが行っていたのは水中での対多戦訓練だ。
アルフはフェイトと離れての活動であり、久遠との連携訓練の意味もある訓練で、久遠は水中という状況で、雷を放つ事はほぼできないと言っていい中どうするかという訓練でもある。
「お疲れ様」
「おや、もう他のところは全部終わってたのか」
「こっちも早くおわっちゃいましたけどね。
いや、情け無い限りですが」
合流する久遠とアルフ、それと戦闘局員Aチームのメンバー。
記録を担当していたAチームリーダーのアルスがリンディに戦闘機録を提出する。
結果としては、久遠がアルフと連携して相手に接触、その接触部から相手の体内へ直接電撃を放つ事で勝利を掴んだ。
Aチームは総勢5名、2対5という数の上では優位であり、水中で戦闘訓練も十分に積んでいるのに2人に負けるという結果には難しい顔をしている。
尚、久遠の電撃も専用デバイスのお陰で魔力攻撃設定が可能となり、戦闘局員に肉体的ダメージはない。
「良い事だわ、これだけ近くで教えあえる人が居るのだから。
貴方達もまだまだ強くなれるでしょう?」
「ええ、勿論です。
目標とできるものが多く、我々は遣り甲斐がありますよ」
元々人材としてはセレネが育て上げているメンバーだから、この敗北でどうこうなる程精神的に弱くはないが、それでもアリサが一言声を掛ける。
現隊長としての仕事として、この場で言葉にする事で周囲へ意思表示をさせて互いに変なわだかまりを残さない為だ。
アリサは半年と言う期間ではあるが、十分に隊長としての職務をこなしていた。
「いや、今回は運が良かったさ。
かなりきわどかったし。
特に連携については全く敵う気がしないよ。
こっちは久遠の高い運動能力フル活用でごり押し気味だったからね」
「うん、久遠ももっと勉強する」
「いやぁ、正直久遠さんがこれ以上勉強すると本当に手が付けられなくなりそうで怖いですよ」
例え訓練とはいえ勝敗というものが決まる物事のあと、そんな談笑ができる。
なのは達とアースラの面々の交流はこの半年間で進み、確かな絆となりつつあった。
「では、とりあえず戻りましょうか」
「はい」
これで本日の訓練は終了となる。
この訓練用結界を解除し、それと同時にリンディによって空間転移でアースラへと戻る事になった。
後は、ただ静かな海が残るだけだ。
ジュエルシード事件から半年。
基本的に平和な日々が続いていた。
大きな事件が起きる事はなく、平和という時間をそれぞれ楽しんでいた。
その中でも、なのは達は自らを鍛え上げ、もしもの時に備えている。
自分達にできる事を更に拡大し、後悔しない様に。
半年という時間は若い彼女達には特に大きな変化を齎し、ジュエルシード事件の頃からは大きく成長していた。
ここ海鳴市は今日も平和だ。
ジュエルシード事件も無かった事になるのだから、ずっと平和が続いている事になる。
だが、何も動かないなどという事はないのだ。
ハラオウン家 転送装置室
「はい、到着」
「流石にこの人数になると時間掛かるね」
地上拠点でもある高層マンションのハラオウン家、その転送装置室に今アースラからなのは達が転移してきた。
全員でアースラに戻った後、なのは、フェイト、アリサ、久遠、アルフ、モイラの6名は報告の後、ここへ戻ってきたのだ。
転送装置は民家に設置する物としては大型だが、3人ずつ2回に分けての転送となってしまった。
大型の荷物も転送可能な高性能タイプの転送装置だが、6人も同時に乗ると流石に狭いし、いずれも高位の魔導師達と言える為に負荷も馬鹿にならないという理由での処置だ。
「さって、じゃあすずかちゃんの家に行こうか」
「予定通りの時間よね」
「そうだね」
今日は休日。
その午前を訓練につかい、午後はフリーとなっていた。
そのフリーの時間に、友人であるすずかと共に過ごす約束をしていたのだ。
この半年でフェイト、アリサも加え4人の仲は深まっていた。
「あ、くーちゃん達、予定が無ければ一緒にどう?」
「久遠はいいよ」
なのはの呼びかけに久遠は賛同する。
因みに現状久遠のみ子供モードで、アルフ、モイラは大人の姿のままだ。
大人の姿と言っても魔力消費は十分節約できており、変身そのものにも負荷が掛かる為、久遠程変身を頻繁に行わないのだ。
久遠は大人の姿でも力を消費を抑える事に成功しているが、それでも子供の姿に戻るのはその姿で過ごした時間の長さの影響かもしれない。
「予定はないけど、全員で押しかけるには多すぎるんじゃないか?」
「私は夕飯の支度がありますので」
久遠が即答で賛同したのに対し、アルフ、モイラは遠慮と用事を告げる。
確かに6人と言う人数はいささか多い様な気もするし、今日の夕食当番はアリサとモイラだ。
モイラは自分1人で夕食を作ってしまうつもりだろう。
アルフがここに残った場合はモイラを手伝うか、もしくはアースラの方に行く事も考えられる。
どちらにしろ暇をもてあます事はない。
「ん〜、大丈夫だと思うよ、月村さんの家は広いし」
「ねこさんにもあんまり会ってないの。
あの月村の家は、なのはと一緒じゃないとあまりいかないし」
6人という人数に関してはなのはが月村邸の広さから問題ないと考える。
家の人への迷惑も、そんなに頻繁に6人で訪れている訳でもないので、それも問題ないだろうと思っている。
久遠はなのは達がすずかに会いに行くように、月村邸の猫の『ねこ』に会いに行こうと誘う。
「一緒に行こうよ、アルフ」
「モイラも、貴方なにかにつけてこういった交流を断っている傾向があるわ、今日はつきあいなさい。
帰りに夕飯の買い物もするから」
フェイトは前まではアルフは共に在り、離れる事はなかったが、平和な時間と友人を得た今はむしろアルフが遠慮する事が多くなった気がする。
確かにここへ来てフェイトは新たに大切なものを多数手にしたが、アルフが大切である事には変わりなく、共に在る存在という事も変わらない。
だから、そんな遠慮など要らないと、ここに手を伸ばす。
アリサはモイラの性格を心配している。
半年という時間があっても尚、掴みきれない自分の使い魔の性格。
猫が元であるのに、妙に奥ゆかしいというか、一歩下がった位置というか、下がりすぎというか、そんな傾向が感じられてならない。
元々1人で生きてきたのだから、1人で居る方がいいのかもしれないが、常にそれでは仲間との連携にも問題が出かねないと、ここは強制連行を宣言する。
「まあ、そう言うことなら」
「承知しました」
ともあれ、これで6人全員ですずかの所へ行く事になった。
尚、移動はアルフが運転する車だ。
この半年間、アルフはこの世界で車の普通免許から大型免許、船舶の免許まで取得している。
モイラの方は車の普通免許のみで、後はミッドチルダ側の機器の免許などを取得していた。
この世界で大人の姿をとれる2人はいろいろと考えて自分にできる事をしようとしている。
そう言う意味ではあるが、2人もこの世界に馴染みつつある。
尚、その流れで久遠も何か免許を取ろうかと考えていたようだが、久遠は那美の手伝いが忙しく、今のところなにも形にできていない。
戸籍などの問題はアルフ達も含めて恭也の方で用意できるので、後は時間だけが問題となるだろう。
ただそうした場合は恭也が裏で動かなければならないのだが、最近少しは少女達も恭也のそう言った裏側の動きを見れる様になってきていた。
隠すのを止めたという訳ではないが、そう言った部分が見える事に、どこかなのはは安心を覚えたりもしていた。
それから30分後、なのは達は月村邸に到着し、ティーラウンジでお茶の時間を楽しんでいた。
今日は忍も付き合ってのティータイムだ。
とは言え、やはり会話は同年代同士が中心だ。
「そういえば、午前中は用事があったみたいだけど、やっぱりそっちの方のお仕事だったの?」
「うん、まあそんなところ」
「大変だね」
「そうでもないよ、好きでやってる事だから」
なのは達がすずかに魔法の事を話す事はない。
いかに信用できる人物でも、異世界の話は安易にできるものではない。
ほぼ公然に秘密の状態というのも本来なら好ましくは無いことなのだから、これでもかなり寛大に見逃していると言える。
この場にアリサが居ることを考えれば尚更だ。
「それに姉さん達はそこら辺を気にしてか、結構私達を遊ばせる様にしているしね」
「そうだね、知らないところでも助けられてるし。
私達はしょせん子供だって自覚させられるよ。
でも、だからこそその気遣いに感謝して、今は楽しまないとね」
「うん、そうだね」
実際なのは達は魔法の訓練に多くの時間を費やしている様で、十分に子供としての時間を楽しめている。
恭也達大人の協力もあり、遊びに連れて行ってもらえる事も多く、訓練に割かれる時間分は取り戻せているとも考えられる。
「まあ、たまに訓練も混じるけどね」
「あー、夏にジャングルに放り込まれた時とかは流石に少し焦ったね。
すずかちゃんまで一緒だったし」
「あれはおねえちゃんの悪乗りもあったとおもうけど……」
と、普通の家庭で行われるキャンプ気分でそんな事もやっている。
環境適応、状況適応訓練も兼ね、更にはすずかとファリンの訓練も併せたイベントとなった。
秋頃からはすずかと共に訓練にもなる隠れ鬼ごっこをやり始めるなど、楽しみつつの訓練もある。
勿論、普通に海水浴に出かけたりする事もあるし、常に動き回っているだけでなく、ゆっくり休む事もしている。
尤も、大人達がその間もせわしなく働いている事をなのは達は知っている。
海水浴の時も裏で恭也が仕事をしていたのを見ているのだ。
それも含めて、やはりまだまだ大人達にとは遠いのだと思える。
「でも楽しかったよね」
「うん、いろいろ経験できるし、辛いだけにはならないから。
形はどうあれ、おにいちゃんと一緒に過ごせるだけでもわたしは楽しいし」
しかし、大人達もあまり自覚にないだろう。
なのは達がずっとがんばってこれるのは、大人達の気遣い以上に、彼等という目標であり共に歩む存在こそ重要である事を。
「ところで、聞いたんだけどなのはちゃんは最近お菓子作りを本格的に勉強してるんだって?」
「うん、おかーさんに教わってるの。
今日は持ってこれなかったけど、近々味見をお願いするかも」
「うん、喜んで」
更には、なのは達が頑張っているのは何も魔法関係だけではない。
元々の夢の1つでもあった翠屋2代目への道も既に歩き始めている。
お菓子作りだけでなく、料理全般も現在家でレンと晶から教わっているところだ。
それによって高町家で唯一料理ができない事になる美由希が妙な焦りを覚えているのはまた別の話だ。
「フェイトちゃんは文化研究をやってるんだっけ?」
「うん、アルフと一緒に」
学校での扱いも留学生であるフェイトは、名目上は『日本の文化』の調査だが、この星全般の文化、種族、環境の調査だ。
最近はHGS能力者について調べており、フィリスやフィアッセともよく話している。
アリシアだった頃も閉鎖的な世界にいた為か、フェイトは広く世界を見てみたいという想いがあるらしく、今は住んでいるこの世界の事を見てまわっている。
尚、この調査レポートはリンディの査定の下、時空管理局に上げられる正式な調査にもなっているが、義務は無いので仕事という意識はない。
ただ偶に妙に情報が偏ったり、勘違いをしている事も多く、恭也となのはも査定に協力し、勘違いしている場合はフェイトの方も含め修正する事があったりもする。
「12月には恋人同士の記念日としての宗教イベントがある事もちゃんと調べたんだから。
聖誕祭だけに子作り祈願みたいな意味がある様で―――」
「もしかしてクリスマスの事を言ってる?
いや、確かにそうかもしれないけど、その言い方はちょっと……」
「え? 何か違うの?」
と言う具合である。
しかもこれがレポートとしてレポート用紙250枚という厚さで、ちゃんとした統計情報まで入れた報告書としてできているのだから単なる勘違いでは済まされない。
更に後々このレポートを読んでみると、サンタクロースに至っては過去の遺物レベルの認識になっているところが恐ろしいところだ。
サンタクロースの発祥や推移は正確な情報を記載しているのにである。
何処でどう調べているのか、アルフが同伴しているのに心配でならないなのはだった。
「ともあれ、2人共本当にいろいろと頑張ってるよね」
「そうよね」
がんばる友人を褒め称えるすずか、それに照れるなのはとフェイト。
アリサもすずかの言葉に相槌を打ち、自らの友人ができた人物である事を誇る。
だがその相槌にはなのはから言葉が返る。
「頑張っているといえば、アリサちゃんが一番だと思うけどね」
「そうだね、ここでは口にできないのが残念だけど」
「あー……お仕事してるんだっけ。
大変だよね、二重生活って事だものね」
アリサはここへ来て特に変わった事をしているとは言えない。
ただ本業が忙しくなっているくらいだろう。
それも、なのはとフェイトも学生との二重生活と言えるとは言え、本業が学生で、本業を考慮されての二重生活だが、アリサは時空管理局の方が本業だ。
二重生活の苦しさではなのはやフェイトより遥かに上だろう。
それなのに学生生活の方でもそれを微塵も見せる事がない。
アリサの努力は見えないからこそ素晴らしいと言えるものだ。
「い、いや、私は別に大した事はしてないし、当然の職務を続けているだけで……」
褒められる事に慣れていないアリサは友人達に注目され、その眼差しを受けるだけで赤面し、慌てふためく。
そんな姿もかわいいなぁ、とかなのは達に思われている事をまでは気付いていないだろう。
「皆頑張ってるなぁ。
あ、そうだ。
こないだ話していた物、完成したんだよ。
ファリン、アレ、持ってきて」
「承知しました」
すずかに言われファリンが運んできたのは、一見ただのボールペンだ。
そう、見た目上はボールペンにしか見えない、それもまた重要な要素だった。
「完成したんだ」
「うん、まだ試作段階だけど。
これがとりもち弾で、こっちがスタングレネードになるもの」
すずかはファリンの事、忍が持つオートマータを再生させた技術を学んでいる。
それと同様に忍が恭也の為に作っている小道具も一緒に学び、なのは達の活動に生かせないかと考え、こうしていろいろ試しているのだ。
既にすずかが考案し、忍と共同開発して恭也が装備しているものすらある。
「ああ、あれができたの。
アンタもがんばるわよね、この歳でちゃんとした技術者なんて私も片手で数えるくらいしか知らないわよ」
「私も好きでやってる事だから。
あ、アリサちゃんがこの前言ってたナイフも手に入ったよ」
「おお、助かるわ」
更に月村の持つネットワークも、骨董品レベルで技術的価値も高い古い刀剣類の収集にも貢献していた。
金属の剣はミッドチルダにもあるが、魔法の普及がない分こちらの世界の方が遥かに洗練されているので、学べる点は多い。
勿論ただ観察したりするだけではなく、恭也だけではなくアリサとフェイトは実際その刀剣を使って訓練する事もある。
「すずかちゃん、これ試していい?」
「うん、なのはちゃん達に試してもらいたかったの。
ファリン、ターゲットを」
「既に用意してございますよ。
こちらへどうぞ」
ファリンが示すのは中庭の方向だ。
見れば射撃の練習に使う様な板のターゲットが用意されている。
こうなる事を予想し、既に用意はできていたのだ。
まあ月村邸の中庭はそう言うことによく利用されるので、元々設置されている機器も多い。
「あ、お姉ちゃん、ちょっと出てくるね」
「ええ」
お茶の席を立ち、中庭へ出るなのは達。
ティーラウンジからも見えるその場所で、少女達は試作の暗器を試していた。
一般の子供達がするものとはかなりかけ離れた光景だが、それでも和気藹々とした子供達の笑顔が見える。
「楽しそうでなによりだわ」
忍はそんな仲の良い少女達をほほえましく眺めるだけだった。
ただ、忍の後ろに控えている筈のノエルは今はいない。
その代わりに、なのは達も知っている顔メイド服姿でそこに居る。
「うーん、私も人の事を言えませんが、世間的にずれすぎてる様な気が。
でも楽しそうだからいいのかな?」
「いいんじゃないかしらね」
そう言って疑問を提示するのは神咲 那美。
本来は巫女の仕事をしている筈の人物だが、現在ノエルは定期メンテナンス中で動けないので、その代行として那美はここでメイドをしている。
何故ノエルの代わりに那美がメイドをやっているかと言うと、信用の問題になる。
今でこそこうして多数の子供達にも忍やすずかの『夜の一族』とノエルやファリンの『自動人形』の秘密を知られているが、今尚他の高町家の者には秘密のままであるくらい重要機密だ。
その為、恭也と出会う前までの忍は秘密を明かせる者がおらず、ノエルがメンテナンス中だと邸宅を管理できる者がいなくなってしまう状態にあった。
だが恭也と出会った後、那美と久遠がちょっとした事故でノエルの正体、ひいては夜の一族の事を知ってしまい、そこで久遠と那美の秘密を交換の様に知り合い、信頼できる者を得ることができた。
そうして交流を重ねるうちに、ノエルが動けない間の代行として那美がメイドをやる事を名乗り出て、今に至っている。
ファリンというもう1人のメイドが居る今でも、那美はノエルの代行を務め、こうしてメイドをする事があるのだ。
余談だが、那美がメイドをしている間は、八束神社の巫女は美由希が務めている。
勿論、那美にしろ美由希にしろ、それぞれの仕事に不都合が出ない上での代行だ。
で、那美が言う『人の事を言えない』というのは、自分も巫女として神咲の養子として普通とは違う人生を歩んできた事。
そして直ぐに気付いたとは言え、美由希と話す上で喫茶翠屋という場所を忘れ、互いの愛刀、那美は『雪月』を出すばかりか、鞘から抜き放った事まである事を言っている。
「まあ、大丈夫だと思うよ」
「恭也様達もその辺りの調整は行っていますから」
「うん、なのは達だし」
と、更に問題無しとの見解を示す声が3つ。
アルフ、モイラ、久遠だ。
お茶をするにあたり、なのは達4人のテーブルと、忍と久遠達とでテーブルとで別れたのだ。
因みに久遠を含め、3人とも大人モードで外見年齢的を揃えている。
といってもハラオウン家から変化したのは久遠だけであるが。
3人はねこと戯れた後、こうして忍と一緒に静かなお茶の時間を楽しんでいた。
だが、こちら側もただそれだけとはならない。
「そいえば、ノエルさんの方はどうなんですか?」
「順調よ、今回はまた新しいシステムを組み込むからテストしないといけないけど。
動けるようになるには後半日ってところね」
「そうですか」
因みに忍はその調整の合間の休憩として上がってきて、なのは達とお茶の時間を共にしていたのだ。
それに実はノエルの調整と平行していた作業も一段落したというのもある。
だが、この場での報告はそれだけでは終わらない。
「それと、アッチもやっと目処が立ったわ」
「そうですか、予想より大分掛かってしまいましたね」
「別系統の技術の融合。
半年前に少し経験を積んだからもっと早くできると思ったのだけど。
まあともあれ、試作品の完成は来月ってところね、恭也の新しいサングラス」
恭也を中心として集まった人材と技術に加え、『理由』が発生した事により、技術の結合が行われていた。
半年前の事件から、恭也の片目は他者に見せられる物ではなくなった。
それを隠し、失われた機能の代行と、更に考えうる悪影響から保護する為、退魔の技術と機械技術の融合が試されたのだ。
そしてそれはついに形となる。
とは言っても、それ以前に他の形は完成している。
例えば、そう
「そうそう、退魔針の量産も安定しそうよ」
「そうですか、助かります」
「あ、できたんだ。
皆これで大分楽になると思うよ」
神咲で退魔の仕事で使う道具の1つを技術融合の試行として行われていたのだ。
それはでは単純に特殊な配合の金属を単純に針の形にして使っていたものを、針の表面ではなく内側に文字を刻み込む事で霊力保持力、つまりは攻撃力を飛躍的に上昇させる事に成功した。
やり方としては、金属を紙状にして条文を打ち込み、その文字を崩さぬ様に針へと加工する。
要は紙を丸めて形にするのと同じだが、それを金属で行い、且つ針として強度を落とさぬようにするのだ。
神咲が長年練ってきた退魔技術と、忍の金属加工技術が合わさってできた新しい退魔針は想定されたい霊力保持力に加え、むしろ強度を増した上に軽量化まで可能となった。
「お、それは興味あるな、私にもちょっと見せてくれないか?」
「確か恭也様も使用されるとか。
私にも少々拝見させていただきたいです」
「いいわよ、後で持ってくるわ」
那美と久遠の為の話ではあったが、アルフとモイラも興味を持った。
アルフはこの世界の技術という面での興味で、モイラの方は恭也がそう言った仕事に赴く際の事を考えている様だ。
「それで買い取り価格はあの時提示したものでよかったですか?」
「ええ、十分よ」
更に月村の持つ資金力で量産体勢を整え、日に千本単位の製造を可能とし、神咲へ供給する契約まで結ぶ事になっている。
今まで1つ1つ手作業で打っていた物を機械量産できるのだから、安定供給という意味でも神咲にとっては大革命だ。
そして、こうした利益を上げる事で、更に他の夜の一族が持つ技術や資金力を取り付ける事も可能となり、更に大規模な技術融合が期待できる。
既に他の儀式道具の製造を検討しており、霊力を一時的に蓄積し、瞬間出力を高める霊力のコンデンサーの様な物を開発中だ。
少なくとも神咲と夜の一族は共存共栄できる未来が見えている。
勿論、それだけの閉じた発展には留まらない。
「ところで、フィリスとの共同開発の方は上手くいっているの?」
「順調と言えば順調です。
ただ、十分な臨床試験ができないので、まだ時間が必要みたいですけど」
「確かに医学方面となると難しいわよね、そこらへん」
現在那美が持つヒーリング能力を活用した医療技術の研究がされている。
外部からエネルギーを得て傷が癒される力は能力者があまりに少ない事で今まで研究ができなかったが、HGS専門の医療機関があるこの街に2人もヒーリング能力を持つ者が居るので研究もしやすい。
更にHGSの能力、特殊な能力の多いHGS能力の中でも持っている場合が多いサイコキネシス、要は物を遠隔で動かす力を医療に利用する研究も進んでいる。
これもまたフィリス・矢沢がHGS能力者にして医者という絶好の人材が居る為に最近大きく進んでいる研究でもある。
メスを入れなくとも体内の異物を排除できる可能性があるので、大きく期待されている。
また霊能力との技術融合を果たした忍の技術も入れる余地がある為、バラバラだった技術が纏れる可能性も秘めている。
医療という一般人への恩恵も大きい分野に関わる事で、それらの力を活用の可能性は更に広がり、更に技術と資金が得られるだろう。
そうして、いままでバラバラに発展していた技術が合わさる事で、この星は大きく動く事になる。
「そちらも進んでいるのですか、今度フィリス先生の所にも伺わなくてはなりませんね」
モイラはそちらも気になる様子。
アリサはモイラが人と接しない事を心配しているが、実際には技術を得る面での接触は多いので、アリサが思っている以上に交流はしている。
それにモイラがフィリスと関わり、この世界の技術革新に立ち会うという事は、ミッドチルダの技術から見た意見交換にもなる可能性がある。
勿論、ミッドチルダの技術を混ぜるという意図はモイラ達は持たず、あくまでこの世界の技術が独自に進歩を見るという事だが、それでも意味はある。
後々、ミッドチルダと正式な交流が始まった時に、互いの技術をある程度でも知っていれば、不要な争いも避けられるかもしれない。
恭也達がミッドチルダと接触した事、それは単なる1つのきっかけに過ぎなかっただろう。
恭也という存在が裏に隠れた存在の多くと接触し、交わる機会を作らなくとも、いつかは成されていたのかも知れない。
だが、事実として歯車は大きく動き始めた。
何もしなくても『時』と言う概念によって動き続ける歯車が、あるきっかけで連結され、加速する。
そうだ、歯車は常に動き続け、影響を受け続けている。
「……ところで、最近恭也さんが御架月さんと会っているらしいのですが、そちらで何か聞いていませんか?」
「御架月? 十六夜さんじゃなくて?
特に聞いていないわね」
「そうですか」
歯車は動き続けている。
その先にどんな動きが出てくるか見えないけれど、決して止まる事はない。
アースラ データ解析室
なのは達が帰った後も、大人達は仕事に勤しんでいた。
今やっているのは先の戦闘データから、今後の指導方針についてをメインに話し合われている。
メンバーはリンディ、恭也、セレネ、クロノの4名だ。
「本当になのはさんは凄いですね。
射撃主体なのに、水中でこうも簡単に巨大海洋生物を無力化するなんて。
それもフェイトさんやアリサでも多少手傷を与えないといけなかったのに、ほぼ完全な無傷とは」
とは言っても、殆ど褒めちぎるだけの明るい場となっている。
隠す必要の無い部分でもあるので、本人達の前でも十分褒めているいるが、本人達が居ない場では更に上乗せされる。
恭也やセレネも笑みを零し、将来に大きく希望を抱いている。
「ゼロ距離射撃も予想していたのだけど、それよりよほど効率がいい。
あの子達を見ているとミッドチルダ式の欠点を感じさせないな」
本日なのはを担当していたセレネは特に楽しそうにしていた。
尚、本来はアースラには入れない立場となっているセレネだが、いろいろ理由をつけて入れている。
主な理由は治療だが、デバイスのメンテナンスでも入ることを許可されている。
セレネの言うミッドチルダ式魔法の欠点とは放出型である事だ。
ミッドチルダ式の魔法は、円と四角形を基本とした魔法陣からなり、魔力を放出する形をとりやすい。
魔力を放出するとは、なのはが行う射撃魔法に代表される様に魔力を体外、デバイス外に出して扱う魔法の事を言う。
ミッドチルダ式では接近戦用魔法ですらフェイトの大鎌の光の刃がそうである様に、攻撃部位は魔力を放出して形作られる。
勿論一部例外も存在するが、ミッドチルダ式は魔力を外へ放出して使う事を得意とし、逆にそれを欠点とする。
放出型の利点としては射撃系魔法に長ける事であり、接近型の魔導師であるフェイトの近接戦闘用魔法である光の刃もアークセイバーとして飛ばす事だってできる。
更にはバインドなど自分の魔力で相手に干渉する事や、魔法を設置するといった使い方にも長ける。
欠点は魔力を放出するが故にエネルギー効率が悪い事であり、消費魔力がどうしても大きくなる事だ。
更に放出してしまう為、特に射撃魔法では威力は環境に左右され、例えば水中といった水という抵抗があると威力は大幅に減衰していしまう。
また、魔法を阻害するAMFにも弱く、影響を受けやすい。
その逆としては、例えばベルカ式魔法などが挙げられる。
円と三角形を基準とする魔法陣からなるベルカ式魔法は魔力の付与や魔力の圧縮、そこからの爆発的な力を特徴としている。
魔力をカートリッジに込めて瞬発力を大きく上げる技術を持ち、その応用技術をセレネが使っている。
ベルカ式魔法は近接戦闘に長け、エネルギー効率が高く、非常に強力な魔法を使う事ができる。
また、何かに魔力を込めて放てば、途中に障害があっても威力減衰はしにくく、高い攻撃力を保つ事ができる。
ただし、ミッドチルダ式とは逆に射撃魔法が不得手であり、バインド魔法相手に干渉する魔法もあまり無い。
それに何かに魔力を込めて使う事が多い為、弾薬の用に魔法を使う度に魔力以外の何かを消費する場合も多い。
更に言えば魔力を圧縮して持ち運ぶカートリッジシステムは確かに強力だが、その分危険性が高く、魔法の暴発は術者の死に直結しやすい。
その為、今では衰退して使用者の数を大きく減らしている。
と、ミッドチルダ式とベルカ式は逆の性質を持っているといって良い。
だが、どちらにしても欠点を補う手段はあり、なのははそれを知恵を持って補った。
更にミッドチルダの魔法を知って間もない久遠もミッドチルダ式の魔法の欠点に気付き、なのは達をカバーできる様にいろいろと考えている。
「欠点の補い方はいろいろ教える事も考えましたが、その必要は無い様ですね。
むしろ、あえて教えない方が彼女達なりの方法を編み出して良いかもしれません」
「そうね」
「フェイトとアリサの成長も著しわ。
フェイトの方は今の時点でも、ミッドチルダ式としてはトップクラスの近接戦闘型の魔導師だわ。
恭也との鍛錬が良かったのね」
「俺の教えた事など僅かなものさ」
恭也は思う。
フェイトと似た様な戦い方、斬撃を主体として戦う者が他に居なかったから自分が教えられたのだと。
フェイトが成長するのに自分である必要はなかったと。
恭也である必要があるとしたら、今は速さという点くらいだろう。
だがそれも―――
「……俺の教えるべき事など、もう無いかもしれないな」
ポツリと、恭也は呟いた。
特に何を意図したわけでもなく、殆ど無意識で。
それによって恭也の感情に何か変化が起きた訳ではないし、恭也のあり方が変わる訳でもない。
けれど、それは―――
「そうね、私もあの子達に教える事はもう無いわ」
「あら、じゃあ引退する?」
「もう引退している様なものでしょう。
姉さんこそ、結婚でもして引退したらどうなの?」
「あら、それは難しい話ね」
恭也の呟きに続いたセレネと、そんなセレネとかけあうリンディ。
こちらもなにげない、他愛も無い会話だ。
「……」
その筈なのに、何故かクロノには重く感じられた。
聞き流されてしまうようなこの言葉のやり取りが、頭に残ってならない。
この中では最も若く、なのは達に最も近い彼だからこそ。
「そうだ、恭也さん今日モイラが作ったバリアジャケットですけど、実用化はできそうですか?」
「悪くはなかったが、まだ動きづらいな。
アレなら動作毎の微調整は無い方がいい。
元々無理難題だろうしな」
「そうですけど、モイラは性質上も完全補助型ですから、もう暫く試着をお願いしますね」
「ええ、こちらとしても助かっていますから、それは協力しますよ」
恭也のバリアジャケットの問題。
魔導師ではない恭也が魔導師の中で戦う為の安全対策。
恭也の速度ならよほど大規模な広範囲攻撃でも無い限り当たる事はないが、それでも護りがあると無いとでは大きく違う。
魔導師ではない恭也については、得物だけではなくバリアジャケットについても幾度となく試行を続けてきた。
1度は開き直ってフルプレートアーマーの様なロストロギアの実体鎧も試した事がある。
因みに防御力はなのはの主砲ですら歯が立たず、久遠達を含めた6名の少女達の一斉砲撃でやっとアーマーの機能を停止させるに留まる程一品だ。
更にはスピードもなんとか神速状態でフェイトのブリッツアクションクラスに落ちる事にはなるが、ある程度は確保できた。
しかし、やはり本人の肉体への負担が高く、神速も多用する必要がある為、本末転倒極まりないので却下となった。
と、いろいろやってきたのだ。
だが最大の問題は恭也が恭也としての特徴であり利点、『隠密性』の確保だ。
恭也の高い隠密性は恭也の重要な要素となっている。
神速によって相手の知覚から消える事とて、その能力があってこそ可能となる。
ジュエルシード事件の際では探知能力の所持者がリンディを除くと相手がアリサくらいという事で、恭也の隠密能力は大いに役に立っていた。
そしてこれからも特にミッドチルダでは魔力を元にした探知が中心である事から、大きく戦略性を上げる事ができると期待できる。
先に挙げた鎧も、実はデバイスに格納、持ち運びができる。
しかし、あまりに大きな力を格納するとなれば、それは探知される原因ともなりえる為、恭也を危険に晒しかねない。
現状恭也が装備しているデバイスはなのはのレイジングハートの待機形態の色違いであるセイバーソウル。
それと本体を首から下げる為の鎖部分で、言語翻訳機能や通信機能などの補助機能と、なんら魔力を持たない恭也の世界製の戦闘服を搭載した簡易デバイスの2つだ。
この2つだが、セイバーソウルの方はその性質上常に眠っている上、魔力を充填されている訳でもなく、持ち主の性質を取り込んでいる部分がある為、探知はされない。
鎖部分の方のデバイスも大した機能を持たない事と、ジャケットが魔力を持たない事で、余ったリソースを探知を阻害する装備で埋め、探知されない様にしている。
この2つのデバイスしか持たない限り、恭也はどんな探知魔法を使う魔導師からでも一般人にしか見えない筈で、更に意図して隠れれば存在を認識する事も困難となるだろう。
その利点を活かす為、現状ではバリアジャケットの持ち運びはしていない。
隠密行動をしているならば、戦闘らしい戦闘が発生するとも限らないというのもある。
それに戦闘となる際はリンディが呼び出している可能性が高く、リンディによってバリアジャケットを作ってもらえばいいだろう。
だがリンディが呼び出しての戦闘の場合も、リンディにバリアジャケットを精製する余裕があるとも限らないし、必ずリンディの傍で戦えるとも限らない。
そうなった時の為のモイラの実験だったのだ。
特に完全補助型としてリンディ以上のバリアジャケットを精製できる様になると思われるモイラには、リンディにとってある意味なのは達以上に期待している面がある。
「そう言えば、もしバリアジャケットが完成したなら、アリサとの相性は更に上がる事になりますね」
「そうかもしれませんね」
アリサは恭也という組み合わせは現状でも魔法剣の事もあってとても有用な組み合わせだ。
アリサは状況にあわせて剣を用意し、アリサの使い魔たるモイラが状況にあわせたバリアジャケットを用意できれば、恭也をフルに活かす事ができる。
それにアリサはもとより『剣』の担い手であり、恭也は『剣』そのもの。
相性は元々良い筈なのだ。
それはアリサが恭也を使うという意味でもあり、それはつまり―――
「それと、新しいデバイスの調整もお願いしますね」
「ええ、了解しました」
更に護りという意味では、もう1つ用意していた。
それは武器であるものだが、相手の攻撃を受け止める為のものでもある。
訓練の終了時にも述べたとおり、恭也は得物にも問題を持っている。
近接戦闘型の魔導師の攻撃を受け止める事のできる得物がない。
ただ勝つだけならばそれが絶対に必要と言う訳でもないだろうが、多目的な戦闘が予想される今後の事を考えれば、アリサばかりに頼ってもいられないだろう。
そこでセレネが使い、現在セイバーソウルにも搭載されている、ベルカ式魔法のカートリッジシステムを応用したバッテリーシステムを更に改良した物を搭載したデバイスを用意しているところだ。
尚、カートリッジシステムのままでは、瞬発力はあっても長時間魔法を維持できない為、バッテリーシステムの改良となった。
しかし、このシステムは限りなくカートリッジシステムに近いものだ。
それと、これについての隠密性の確保は、ある妙案―――本来なら妙案としか言えない使い方をもって成される。
「なのはさん達にも既に仕様は開示しています。
今後共同での調整もしていきたいと思います」
「解りました」
このシステムを使う理由、その最大の1つは実はまだ恭也本人には言っていない。
気付いているかもしれないが、リンディがその理由を話す事はないだろう。
まだ名の決まってい無いあのデバイスは、必ず恭也の力となるだろう。
『名前』と言うのはミッドチルダの魔法としても重要な意味を持ち、特にこの世界、恭也達にとっては重要なものだろう。
だから、名前を与えられた時にこそソレは真の力を発揮する筈だ。
「セレネも、さっきのデータからそろそろ再調整が終わる頃だから、一緒に来て頂戴」
「了解」
セレネの方も新しいデバイスが用意されている。
この半年という時間を経て、セレネの立ち位置も大きく変わりつつある。
アタッカーとしてなのは達が参入した事で、盾は盾として大きな役割の1つであるが、それ以外の戦い方ができる余裕ができたのだ。
それを補助するデバイスが開発され、現在試験運用中だ。
こちらは目的上、既に名前は決まっている。
相応しい名前を与えられ、必ずや今後のセレネの支えとなってくれるだろう。
「じゃあ、クロノ、ブリッジはお願いね」
「了解」
大きな期待を込めて恭也、セレネとデバイスを調整しに行くリンディ。
今回の話し合いはこれにて終了となった。
それから更に2時間後、新デバイスの調整を終えた恭也とセレネはアースラを出る事ところだった。
戦闘局員Aチームのイグニスに付き添われ転送装置へ移動しているところだったが、丁度転送装置の方から来る人物と廊下で鉢合わせする事となった。
「おや、セレネ君と不破 恭也君だったかな、こんにちは。
治療の帰りかね?」
戦闘局員Bチームと共に今アースラへ戻ってきた人物、それは初老の男性と2人の若い女性だった。
男性の方は時空管理局の制服を着用している。
「グレアム提督、リーゼも、お久しぶりです」
「こんにちは、調査のお帰りですか」
畏まるセレネと敬意を払いつつも普通に挨拶をする恭也。
付き添いのイグニスは敬礼をしている。
男性の名はギル・グレアム、時空管理局の提督だ。
そして女性2人は彼の使い魔でリーゼロッテとリーゼアリア、猫を素対としており、猫耳と尻尾が見えている。
彼等は恭也が言う様に調査の為にここへ来ている。
調査というのも勿論ジュエルシードに絡む事であり、ジュエルシードが残した影響の調査だ。
秋にも1度世間からは隠れつつの大きな捕り物となった事件があったが、ジュエルシード、正確にはジュエルシードに掛けられていた呪いの影響は大きかった。
浄化された事でジュエルシードからは払われたし、大部分はなのはと恭也、更には神咲の力によって払われたが、それでも全ては浄化し切れなかった。
その影響調査の為に、時空管理局は増援を派遣したのだ。
だがギル・グレアムは提督だ。
本来調査任務に提督などというクラスの人物が来る事はおかしいのだが、それにも理由がある。
実は彼ギル・グレアムはこの星の出身者なのだ。
恭也達の世界は管理外世界ではあるが、未発見の世界ではなかった。
以前に事故で漂着した時空管理局の局員がおり、それをグレアムが救い、その後高い魔力を持っていた事からミッドチルダに渡ったそうなのだ。
故郷の星にジュエルシードが襲来したという事でグレアムが無理を通してやってきて、こうして後始末を手伝ってくれているという事になる。
「セレネ君、そんなに畏まらんでいいよ。
事情の裏も私は理解しているつもりだ」
「いえ、しかし……」
セレネが妙に畏まるのも、実はその無理が通せた理由の1つ。
グレアムとハラオウン家は交流があり、リーゼロッテとリーゼアリアはクロノの師でもある。
グレアムはセレネにとっては元上官にて、恩人である人だ。
この度の事件でいろいろ理由があるにせよ時空管理局を追放されたセレネは、恩人でもあるグレアムの顔にドロを塗った事にもなるのだから顔向けはできない。
それにグレアムの故郷を舞台としてしまったのもセレネは責任を感じざるを得ない。
「お久しぶり、恭也」
「いやぁ、相変らずセレネと同じ匂いに感じるなぁ。
男と女なのに不思議よねぇ、確かにいい男の匂いには変わりないし、セレネは普通にいい女の匂いなのに」
そんな中、リーゼロットとリーゼアリアが恭也に寄ってくる。
猫の様に擦り寄っていると言う感じだ。
外見としては猫耳と尻尾があるだけの美少女で、感触に人の女性と変わらず柔らかい。
2人はこの空気を和ませようとしているのだろう。
「そうですか?」
「ん〜、そっけないなぁ〜、流石に大人の男」
「クロノみたいな雰囲気もあるけど、からかって遊ぶ事はむりそうだ」
多分きっと。
まあ、思い空気が緩和された事には変わりない。
「ところでグレアム殿、影響調査の方で何か進展はありましたか?
私は部外者ではありますが、関わった以上気になる事ですので、できればお聞かせ願いたい」
その変わった空気が元に戻らない為にも、恭也から話題を振る。
実際には恭也は協力者として十二分に裏の情報も知っているのだが、グレアムが知っている情報とはまた異なる面での事だ。
この問いに意味がないという訳ではなかった。
けれど、どの道後々リンディから聞ける事でもある。
だから、そんなに重要な話ではなかった―――筈だった。
「いや……秋に君達が動いて以来は特に大きな影響は発見できていないよ。
大丈夫だ、もう暫く経過観察が必要だろうが、心配要るまい」
「そうですか」
「では、私は報告に向かうのでこれで失礼するよ」
「こちらこそ、引きとめて申し訳ない」
穏やかな顔で答えたグレアム。
特に後を引く事なく会話を終え、グレアムは艦長室へと向かい、恭也とセレネはその背を見送った。
姿が見えなくなるとイグニスもやっと落ち着いた様子で、恭也達の転送室への移動が再開される。
だが恭也とセレネは気付いた。
この場に何か2人の間で確認がされる訳ではない、けれど確かに2人は感じていた。
それは、この2人だからこそ解る事で、きっとクロノやリンディでも気付かなかっただろう僅かな違和感。
それが何を意味するかまでは、まだ2人でも解らない。
しかし、確実に何かが起こると、そう確信できるのだった。
夕刻 海鳴市駅前のスーパー
月村家からの帰りの車で、なのはと久遠を高町家、フェイトとアルフをハラオウン家に送り、その足でアリサとモイラは買い物に来ていた。
今日買うものはとりあえず食品のみで、夕飯の当番でもある為フェイトとアルフは一緒ではない。
「さて、今晩は何にしようかしらね」
食品売り場の前で籠を手にして考えるアリサ。
モイラの方はカートを押している。
現在ハラオウン家は総勢7名に半住人となっているエイミィも居る実質8人の家庭なので食品だけでも買い物の量はかなり多くなる。
更に仕事の都合上でその日の朝昼晩と食べる人数も変わってくる為、食事当番の人は結構大変な作業だ。
「献立の方は私で候補を考えておきました。
こちらなどどうでしょうか」
と、メモをアリサに渡すモイラ。
メモには献立が1つではなく、4つ程用意されている。
何れも栄養バランスが考えられた献立だ。
「ふむふむ、いいわね」
「尚、本日はセレネ様の持病が軽く発症していらした様ですので、デザートには神咲様より頂いた桃を切ろうと思います」
「え、そうだったの?
気付かなかったわ」
神咲から貰った桃というのは、魔力回復効率を助けてくれる食材として紹介され、分けてもらった物だ。
魔力は基本的に睡眠による回復だが、食事というのも決して無視できないものだ。
那美にも薫にも魔法の事は話していないが、魔力、神咲の言葉からすれば霊力を消費する様な事をしているのは隠し続けられる事でもない。
更にそれには恭也も関わっている事もあり、こちらの世界で魔力回復の助けとなる食材とその調理法を教えてもらっていたのだ。
流石にこういった情報は管理局で調べるより現地の人間に尋ねるのが一番だろうという判断でもある。
それはともあれ、今アリサが驚くのはセレネの事。
セレネの持病、生物の魔力の源たるリンカーコアに抱える病気で、魔力の供給量が不規則に低下するというもの。
それが発症したかどうかは、よほど酷ければ流石のセレネも倒れたりと表に出る事があるが、基本的に外見では判断がつかない。
今回の発症に至っては、リンディすら気付かなかったくらい微弱なもの。
とはいえアリサはその発症に気付けない事を悔やみ、同時にそれに気付けたモイラに驚く。
「訓練後でしたし、日常にもよくある程度のものでしかありませんでしたので特に報告はしませんでした」
「そう、まあそれはいいわ。
それにしてもよく気付いたわね。
貴方の観察力は助かるわ」
「恐れ入ります」
完全サポート型としてモイラはサポート魔法を使えるだけでなく、相手を観察し、情報を得ることに優れていた。
本人は野生の動物としての本能からくるものだろうと言っているが、それなら久遠やアルフも同様にできなくてはならない。
実際久遠やモイラもアリサ達とは違う視点での情報を得る事があるが、モイラのそれは長い年月を生きている久遠よりも更に高いと見て間違いない。
ただ、ここでは素直に褒めるアリサに対してモイラはなんら感情を見せない事がちょっと気に掛かった。
感情が無い訳でもないのにそれが見られず、アリサとしては主人でありながらモイラの考えている事が良く解らなかった。
「それと恭也様の疲労も近頃蓄積する傾向にあります。
元々魔力が低い上回復力も高くありませんので、魔力が回復しれていないまま過ごしいるものと思われます」
「恭也さんも? 恭也さんの魔力は低い上に超低燃費の魔法しか使わないから消費も殆ど無視してたわね。
貴方が見て疲労しているというならそうなのでしょう。
それについては今度言っておきましょう。
リンディに言ってもらう事になるかもしれないけど、暇があるなら感じ取れた貴方が直接恭也さんに言っておいて貰うのがいいと思うわ」
「はい、では後日恭也様の下へ向かいます」
しかし、こうしてハラオウン家内部だけでなく恭也の事にも気を配るのは、それが仕事だからと言う訳ではないだろう。
そもそもそんな仕事を頼んだ覚えもない。
「とりあえず今日は貴方の案で行きましょう」
「では品物の確保を行います」
感情は見えなくとも、モイラはモイラの考えがあって、それに基づいて行動した上でとても優秀だ。
アリサはそんなモイラの主人である事をモイラに誇ってもらえる様にしなければならないと、そう考えていた。
そんな事を考えつつも買い物は続いている。
重い物はカートに、軽い物はアリサが籠に入れる、そんな作業。
だがそんな中、ふとモイラの足が止まった。
「……」
「ん? どうしたの」
立ち止まったモイラに気付き、モイラを見ると、モイラは商品以外に視線を向けている様だった。
その視線の先を追うと見つけるのは車椅子の少女とその車椅子を押す女性の姿だ。
車椅子の少女は栗色の髪をしたアリサと同年代と思われる少女で、車椅子を押す女性はショートブロンドの綺麗な若い女性だった。
親子には見えないし、姉妹と言う風でもないだろう。
だが仲の良さそうな雰囲気で、今晩の料理について話をしているのが耳に入った。
「モイラ、あんまりジロジロ見るものではないわよ」
「はい、解っております。
少し気になったもので」
その後、モイラは何事も無かったかの様に、もう車椅子の少女に視線を向ける事はなく買い物を続けた。
ただ、結局何が気になったかは口にする事もなかった。
アリサもそれについて追求もしなかった。
相手が車椅子に乗った少女だったから、敢えて追求しなかったのだ。
だが―――
(御2人とも魔力の高い方でした。
しかし、違和感があります。
この違和感を説明する事ができません)
モイラは経験と知識不足からその違和感を言葉にする事ができなかった。
それを考えつつ、しかし表に出さずに買い物を続けるのだった。
夜 某所
そこはとある住宅街にある民家。
表札には『八神』とある。
そこは足に不自由がある少女、八神 はやてが1人で暮らしていたという、本来在り得ざる家庭だった。
そう、『だった―――過去形だ。
両親を失い、遠縁の親戚しか残らず、形上は引き取った事になっているが、1人でこの家に取り残された少女だった。
挙句、近年は足を悪くし、車椅子生活を強いられ、味方は担当医だけという孤独の中にいた。
だが最近3人と1匹の住人が増え、明るい声も聞かれるようになった、そんな家だ。
「はやてちゃん、こっちはできたわよ」
「うん、いい感じやね、シャマル。
こっちもそろそろやからヴィータとシグナム呼んできて」
エプロンを着けたショートブロンド穏やかな感じの女性と、その女性と並び、車椅子に乗りながらも料理をしている短い栗色の髪の少女。
少女がこの家の主で、八神 はやてだ。
本来逆に思えるが、ここ台所で料理をメインで行っているのは少女はやての方で、年上で身体的にハンデもない女性シャマルの方があくまで手伝いと言う感じだ。
「はーい」
台所を出て、言われた人物を呼びに行こうとするシャマル。
だが丁度そこへリビングに入ってくる者がいた。
赤い髪を三つ編みのお下げにした少女で、10歳のはやてよりやや年下に見える快活そうな女の子だ。
「あ、丁度良かったもう夕飯できたわよ、ヴィータ。
運んでちょうだい」
「はいよ。
はやてー、何運べばいい?」
2階まで行く手間が省けたところでシャマルはリビングを通り、庭へと通じるガラス戸を開く。
「シグナム、ご飯できたわよ」
「そうか、今行く」
庭では桃色の長い髪をポニーテイルにした女性が木刀で素振りをしているところだった。
鋭い目付きの女性だが、今は優しい目をしている。
そうしてリビングに皆が集まる。
元々リビングにいた蒼い毛並みの大型犬を含めて4人と1匹だ。
「はい、ザフィーラの分」
はやてはザフィーラと呼んだ大型犬の前に料理の盛られたお皿を置く。
犬用に塩分などを控えた料理だ。
『感謝致します』
その犬であるザフィーラから思念ではやてに感謝の言葉が伝えられる。
この犬、ただの犬ではなく、良く見ると額に蒼い色の石の様な物が付いている。
少なくとも地球上に生息する種ではないだろう。
「ところで、ふと思ったんだが、ザフィーラ。
お前その形態で食事をする事は、実は主に余計な負担を増やしているのではないか?」
『やはりそうなるか。
わざわざ専用の調理がされるとは思ってもみなかったのでな』
言葉と思念で会話するシグナムとザフィーラ。
そこへ1度離れていたはやてがやってくる。
「ああ、ええよ、そんな事。
そっちの姿の方が自然でええのんやろう?
大した手間でもあらへんし、料理はうちの趣味のひとつや、むしろいろいろ試せて楽しいよ」
「主がそう言われるのでしたら」
先の会話の中に出てきた『主』という単語、シグナムは間違いなくはやてに向けて使った。
はやてが『主』であると。
確かにこの家の家主ははやてである事は確かだが―――
「みんなー、用意できたわよー」
「シグナムもいこう」
「はい」
ともあれ、ここに皆が揃い、食事の時間となる。
「いっただきまーす」
「はい、召し上がれ」
はやてが作った食事を食べる3人と1匹。
それは明るい食卓の風景だった。
テレビからはニュースが流れる、極普通の食事の風景とも言える。
『先日発生した突然多数の人が倒れるこの事件では、一時的なガス漏れと見て調査していますが、未だに原因は特定できておらず―――』
丁度ニュースは3日前に路地で多数の人が突然倒れるという事件についての続報が流れていた。
原因は不明だが、突然人が気絶し、病院に搬送される事態となる事件だった。
幸いにして被害者は外傷も見られず、検査も行われたが翌日には問題なく退院している。
特に新しい情報も無いことから、特に4人も気にしないニュースだった。
「それでな、その時―――」
「そうなんですか―――」
他愛の無い会話で食卓に色を添える。
楽しく、明るい食事の風景。
極当たり前であながら、そこに居る誰もが心からありがたいと感じる事だった。
こんな、当たり前の筈の幸せが何時までも続けばと、本当に心から祈る程に―――
後書き
と言う訳で始まりましたリリカルとらいあんぐるハート2章の序章です。
いやぁ、1章を書き終えたのは何時だったか見るのが怖いですね。
半年くらいで終わると思っていた他の執筆が2年もかかっちゃったからなぁ〜
そして当時は考えもしなかった劇場版が上映されている状態。
図らずとも今が旬なのかしら、このネタ。
とは言え、オリジナル要素満載で別物になってますけどね。
そして、これもオリジナル展開を交えたものになるんで、予めご了承ください。
管理人のコメント
ついに始まりました、リリカル2章。
プロローグなので……まだ明るい雰囲気ですな。
原作と違ってなのは達がしっかり子供っぽい事やってると、なんだか安心する不思議。
将来はしっかり翠屋も継いでくれそうですし。
しかしフェイトの調査レポート(特にHGS)が管理局に流れたりするとやばい気が。
StSで羽持ちのナンバーズとか出てきたら悪夢だろうなぁ……。
さすがにそこらへんは恭也やリンディらがブロックするとは思いますけど、人の口に戸は立てられませんし。
天然フェイトの報告ですし、案外地球すげーと不干渉世界になったりするかも?
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