夜空に在るもの
第1話 動き続ける歯車
夜。
空に月と星が浮かび、闇が支配する筈の世界。
しかし、ここ都会といって差し支えの無い海鳴市では地上の光も多い。
人が住む街の光だ。
草木も眠る時間にはまだ早い22時程度ではまだ人も行きかい、活気も残っている。
そんな街の一角にある路地裏。
昼夜を問わず人気の無いこの場所に、今3人の人影が見える。
「準備の方は?」
「ええ、もう完了したわ」
「今度はしくじるなよ」
「解ってるよ」
そこに居るのは2人の女性と1人の少女だ。
どう見ても一般的とは言えない服装をした3人だが、たとえ路地裏から出ても人の目を引く事はないだろう。
彼女達は今、この場所にいて、ここには居ない。
「それにしても面倒だよな。
蒐集方法は兎も角、ここまで隠密を重視しないといけないとなると」
「ええ、今までも隠れる事はしてきたけどね」
「そうだな。
それも、主にすら隠れる事になろうとはな」
なにやら主と呼ぶ人に対して隠し事を、本来は良くない事をしている様子ではあるが、それでも3人は顔はどちらかというと笑みに近いものだった。
それは純粋な喜びから漏れる笑みだ。
今こうしている事が悪い事だと解った上で、それでも。
「それにしても、前回は失敗だった。
まさかこの世界の情報共有システムにまで掲載されるとはな」
「ああ、ニュースで出る度に気づかれねぇかとビクビクだよ。
まだ大丈夫みたいだけどな」
「そうね、私達の事を理解していただいているという点がこうも苦しく思えるなんて、皮肉な事よね。
それに、そう言うところを察してしまう、鋭い人であるという事も」
「そうだな……今まで無い事だ」
また3人は何かを思い返し、笑みを零す。
だが直ぐに真面目な顔に戻って街へと視線を向ける。
「さて、今はそんな事を考えている時ではないな。
始めるぞ」
「ええ、準備は万端、今度こそ上手く行くわ」
「では外部の見回りに移動する。
本は任せるぞ」
「ああ」
2人の女性はその場から飛び立ち、夜の空へと消えてゆく。
1人の残った少女は、その移動が完了した事を確認すると本を掲げた。
なにやら分厚く、荘厳な感じのする本だ。
しかし、その本には本来あるべきものが表紙にも、背表紙にもない―――タイトルだ、タイトルが無い。
それが何であるかを示す『名』がその本には記されていなかった―――
『結界の作動は順調。
広域蒐集は正常に稼動中ね。
中の人達への影響も許容範囲内』
少女に念話が届く、外側に付いた女性の1人からの通信だ。
今回の作業が上手く行っているという経過観察の連絡。
前回は範囲と出力の絞り方を間違えて少し騒ぎになってしまったし、たとえそれを続けても効率が悪すぎるとして考案された今回の方法。
この夜の街を、少女の居る位置を中心に半径2km程を覆う特殊な結界。
その中にいる人達から、ある物が少女の持つ本へと蒐集される。
結界は一般の人々には見えないし、感じる事もできない。
だから出入りも自由で、途中で蒐集が途切れる事もあるが、そこは半径2kmという範囲からくる数の多さでカバーする。
1人1人への影響も小さく、数が数だけに効率のよい蒐集となる筈だった。
後は―――
『南南西の空から魔力反応! 魔導師だ!』
邪魔さえ入らなければ、表には何も気付かせる事なく終わる筈だった。
しかし、運が悪い事にこの世界では非常に稀有な存在である筈の魔導師がこの場所に接近してきいた。
魔導師といえどもこの結界には気づく事は難しい筈だが、事は慎重に慎重を重ねるべきという事で、当初より邪魔が入ったら蒐集は中断し撤退という事になっていた。
「ちっ! まあいい。
この方法で上手くいくなら、いくらでもチャンスはある」
一応それなりの成果もあった為、本を掲げていた少女も諦め、計画通り撤退へと移行する準備を始める。
『結界を収縮消滅させるわ、カウント5』
「ん? あ、やばっ! 蒐集が止まらない!」
『えっ!?』
本を閉じようとする少女だったが、集まってきていた物を取り込みきろうと、中断を拒否する。
少女が力ずくで閉じる事に成功したのは、結界消滅の寸前だった。
丁度その頃、時空管理局アースラ所属の魔導師アルスは捜査任務から戻る途中で海鳴市の空を飛んでいた。
本来なら転送を用いてこの世界に無用な干渉をしないようにするところなのだが、最近高位の魔導師を頻繁に転送している事から、転送装置のメンテナンスを急遽行う事となってしまった。
その時間と重なってしまい、十分なステルスを展開した上での飛行移動をとる事となっていた。
そんな事情もあり、脇目も振らずにこの星での拠点でもあるマンションに急いでいた。
「ん? なんだ、騒ぎか?」
だがそんな中、ふと下の街で異変が起きているのが目に入ってしまい、飛行を止める。
どうやら人が数人倒れているらしいというのが見て取れた。
意識はあるようだが、突然身体の力が抜けて倒れた、というのがある一定範囲内で起きているのだ。
「妙だな、なんだこれは?」
怪訝に思い、一応記録をつけるアルス。
同時に持ってきていた測定機材を動かした。
ジュエルシードの影響を調べる為に持ってきていた高精度の計器。
その高性能さ故に、あるものが引っかかった。
「これは……魔法の残滓か?」
魔法の残滓、とは言ってもこの世界の技術で行われたものである可能性もある。
そうであるなら現段階では時空管理局は関わってはならないだろう。
しかし、そう考えながらもアルスはこの世界の警察機構の到着まで、周辺を調査してから帰還した。
翌朝 高町家
朝食後のそれぞれ登校、出勤なりの僅かな時間、なのは達はリビングで時間を過ごしていた。
テレビから流れるのは昨晩起きた事件の話。
なにやら昨晩、海鳴市の駅近くで突然数人の人が倒れたという話だ。
とりあえず命に別状はなく、入院していた人も今朝には退院したとのことだが、倒れた原因は解っていない。
しかもその倒れた人というのが、ある一定範囲内に居た人物という事となり、似たような事件がつい先日に起きたばかりという事もあって大きく取り上げられた。
「なんだろう、前はガス漏れじゃないかって話だったけど、今度は完全に屋外だし、ちょっと怖いな」
「うん、気になるね」
姉美由希と一緒にテレビを見るなのは。
このニュースは繰り返し流れている為、今では家族全員が知っている事件だ。
「那美と薫も呼ばれてたみたいだよ」
「そうなんだ、つまり霊障の可能性も調べてるって事か」
そこへ昨晩からこちらへ来ていた久遠が追加情報を齎す。
久遠がこの家に来る事は日常の一部である為、来た理由など基本的に考えないのだが、今回は護衛の意味もあったのかもしれない。
尚、高町家では久遠が馴染んでいる通り、霊障に関してはそれなりに認知がある。
「じゃあ、おにーちゃんが今日いないのって……」
「そ、昨日の夜中から呼び出されてるの。
どの仕事についてかは言っていかなかったけど、電話の相手はリスティさんだったよ」
「この事件絡みと見てほぼ間違い無しか。
問題はどの方面で呼ばれたかだけど、那美さん達が呼ばれてるとなると、全部の可能性を考えてかな」
「恭ちゃんも仕事の掛け持ち方が凄いからねぇ。
そういえば、今幾つ掛け持ちしてるんだっけ? ……私が把握する限りでも4つか」
兄恭也が家に居ない事も、これもまた日常の一部だ。
だから何故居ないのか、とは誰も問いたださない。
帰ってくる事さえ確かならば、機密に振れる場合もある為、最近は殆ど理由は確認しない。
美由希が言っている掛け持ちしている仕事は、那美との霊障関係、忍の護衛、裏社会関係、それと最後になのはと一緒に関わっている何か、という認識だ。
更に明確に仕事としている訳ではないが、フィアッセの護衛も含まれる事になるだろう。
確かにこうして並べると酷い掛け持ち方にも見えるが、忍の護衛を夜の一族関係、フィアッセの護衛をHGS関係と見れば、全て社会の表側には出てこない仕事とも言える。
フィアッセの護衛の場合は『クリステラ』の姓の影響もあり、裏社会関係にも繋がりは深いものと言える。
最後のミッドチルダ関係は別としても、無関係とはいえないその表には出てこない裏の部分達、その多くに関わる恭也はこういった原因不明の怪事件にはうってつけの人材と言えるのかもしれない。
(仕事とはいえ、おにーちゃん大丈夫かな)
ふと、なのはそんな事を考えていた。
普段から危険な仕事につく兄を心配はしても、帰ってくる事を疑う事はなかったのに、何故かこの時は頭を過ぎった。
今更と言えば今更で、危険性などまだ見えていない事件なのに―――
それでも日常は動いている。
「おはよー」
「おはよう、なのはちゃん」
バスに乗っていつもの最後尾の席ですずか達と合流するなのは。
「今朝のニュース見た?」
「うん、見た見た。
またこの街だったね」
「うん、私の方でも少し調べてみたんだけど、信頼性のある情報がなくって」
通学のバスの中でも、やはり話題は昨晩の事件の事だ。
なのは達だけではなく、別の子供達も話題としている。
流石にこの街の中で起きた事件だけあって、子供達の関心も高い様だ。
「なんか、お姉ちゃんも動いているみたいなんだよね、軽くはぐらかされたけど」
「え、忍さんも?
くーちゃんも、那美さん達が動いてるって言ってたけど。
それに、おにーちゃんも昨日から出てるみたいで」
「恭也さんまで? あの人本当に忙しいわね。
セレネ同様、計算はしているんだろうけど、流石に心配だわ」
「そう言えば、セレネも今日は出かけるって言ってたね」
「ああ、そうだったわね。
でも一応私達も行動チェックしてるから、裏で何か動いているって訳じゃないと思うけど」
そんな話をしながら学校へと向かうなのは達。
話題が話題とは言え、これも日常の一部。
今日もなのは達の学校での生活が始まる。
同じ頃、海鳴市警察署の会議室。
本来なら一般人は立ち入れない警察署の内部の一室に、公務員ではない者が集まっていた。
主に女性で構成されるメンバーの中で男は唯1人。
その1人というのは不破 恭也だ。
「揃ったみたいですね、では進行をお願いします」
メンバーが揃い、それぞれ席にもついた。
人数は多くは無いが、少なくもない、司会進行を勤める人が必要だと恭也は1人の女性に目を向ける。
「私がか? まあ、集めた責任だ、それくらいはやろうか」
恭也から指名されたのはリスティ・槙原。
警察の協力者であり、この場所を借り、今回ここへこのメンバーを集めた人だ。
「えー、では、昨晩発生した事件の緊急会議を開催します」
リスティが今回の会議の議題としたのは、昨晩起きた一定範囲で人が倒れる原因不明の事件についてだ。
似たような事件が前にもあった事と、範囲が綺麗に一定の範囲内に収まるっている事から、何らかの外的要因で起きた事件であると見て間違い無い。
死者こそ出ていないものの、被害者の人数も多く、極短い期間とはいえ入院が必要となる程の被害が出ている事から、警察でも相当の労力を割いて調査している事件だ。
しかし、先にも述べた通りこの場に公務員は1人もいない。
唯一リスティが警察の協力者としてあるくらいで、警察関係者はいないのだ。
警察は警察で別の緊急会議を開催しており、対策本部も設置されている。
だが事件の内容からして、警察独力での解決は難しいと推測された為、今回は多数の協力者を招集したのだ。
「では先ず被害者を診た担当医、フィリスから報告を頼む」
「はい」
その1人は被害者が入院した先の医師で、フィリス・矢沢だ。
被害者が入院している事からも医療関係者としての協力だ。
因みにだが、この会議においては書記も担当している。
というか、リスティに予め押し付けられたらしい。
「今回の被害者の方々ですが、やはり外的な負傷はありませんでした。
前回の事件と同様に酷く衰弱している、ただの疲労という風にしか見えません。
しかしそれは肉体的な疲労ではなく、精神的なものに近く、それでいて意思を振り絞っても歩く事もままならない程の疲労です。
毒ガスなどの薬物の痕跡もなく、我々医療関係者としては原因不明と言うしかありません。
ただ―――」
報告の中、フィリスはそこで一息置いた。
そこまでは今まで関係者が知っている共通の認識だったからだ。
「HGSの専門医として、自身もHGS能力者である私から診ると、これは能力の過剰な使用による疲労に似ていると推測できます。
検査の結果、誰1人として能力者は居ませんし、能力の過剰な使用による疲労も個人差が激しく参考データとの一致率も高くはありません。
しかし、前回と合わせ数が居た事から、その類似性を導き出す事ができました」
HGS能力者がその能力を使用する際に消費するものというは、実は個人差が大きくコレという証明はまだ出来っていない。
カロリーを消費して現象を起こしているという側面もある上、HGS能力者が展開する羽はそれ自体が光をエネルギーとして吸収して居る為、そのエネルギーを利用しているのもある。
だが能力を使っていくと肉体的ではない部分で大きく疲労していく事は確かで、能力者が持つ何かが消費されている事は確かなのだ。
その証明はされていないが、能力を使用し過ぎて、なにかを消費してしまった状態と似ているという事だ。
消費する方法を持っていない筈の被害者が、その何かを消費させられてしまったのではないかと。
「私からは以上となります」
「はい、では次、神咲の調査結果の報告を頼む」
「はい、先ずは私から、フィリス先生と一緒に被害者を検査した結果を報告します」
続いて報告するのは神咲 那美。
霊障というものは、ある範囲の者には当たり前の知識であり、その解決を霊能力者に依頼するのも当然の事。
そして、警察も那美達にとっては依頼主の1つであり、那美はこの地に引っ越してきてから何度も警察の依頼で仕事をしている。
今回もその1つ。
特に今回は原因が不明で、目に見えない何かによって起こされている様なので、2度目となる今回は那美達にも依頼が出たのだ。
「先ほどフィリス先生の方からは能力の使い過ぎに似た症状というお話がありましたが、我々の視点から見ても同様のものとなります。
我々の言葉では『霊力』、もしくは『霊体』が消耗している事が解りました。
ただ、HGS能力者では無いのと同じく、一般の方が霊力を消費する方法は普通にはなく、事件の状況からも自ら使用したとは考えられません。
しかし、かといって単純に霊的な攻撃を受け、霊体を損傷したという風にも見えませんでした。
霊的な重圧が掛かる様な空間に入ってしまい、消耗した状態か、もしくは―――何らかの手段で霊力を吸収されたのではないかと考えます」
那美が最後に告げた言葉に全員が少なからず反応を示す。
今まで犯人が居る場合、その目的が解らなかったのだが、ここで初めて目的になりうる言葉が出てきたからだ。
「続いて私から、現場での調査結果を報告します」
続いては神咲 薫からの報告となる。
この街に居る2人の神咲の姓を持つ能力者、今回は事件の大きさからその両名に依頼を出していたのだ。
「那美の報告にありますなんらかの霊的重圧が掛かったか、霊力を吸収される様な術の痕跡は見つかりませんでした。
ただ、そういう術が施されていたという仮定してみるならば納得のいく霊力の乱れ方がありました。
体外に出て霧散した霊力の痕跡が今回の事件の範囲内で見られたのです。
しかし、先にも述べた通り、地下も含めて調べましたが、そう言った術が行使された証拠となる痕跡がありません。
そう言った術の行使が有ったのでは無いかという表現に留まり、確証は得られませんでした」
実際のところ那美が言う霊的な圧力を掛けたり、霊力を吸収する手段はいくらか在り、薫もそのうちいくつかを目にした事がある。
だが、そう言った力を行使するにはかなり大掛かりな準備が必要で、儀式場と呼べるものを作らねばならない。
そういったものを現在社会の中で目に付かないように設置する方法もあるが、それが薫がそう言う物があったという前提で調べても見つからないのだ。
周囲の建物が建築された段階からの仕込みというなら見破る事も不可能だが、そうでないとして、こうも見つからないとすれば―――よほど高度な技術か、という事になる。
「……そうか。
最後に、恭也、報告を頼む」
「はい」
最後に不破として姓と、リスティの推薦をもってこの場に呼ばれた恭也が調査結果を報告する。
恭也が担当した2つの調査結果だ。
「先ず、不審人物の調査ですが、今のところそれらしき人物は発見できていません。
中心地とされている現場にも人が何かをした痕跡は見当たりませんでした。
こちらは継続の調査を警察の方で行っていただく事となるでしょう」
1つは犯人が人間であった事を想定した調査。
警察でも当然調査している不審者の捜索は、全く見つからなかった。
恭也の持つネットワークを駆使しても、そう言った人物は全く見当たらなかったのだ。
しかし、それは犯人が人間だとするならばの話だ。
「続いて、こちらの協力者からの報告になりますが、大気成分の科学的分析では異常はなし。
魔術的な面での調査は神咲殿の報告結果と同様、魔力的な流れに乱れがあるが、外部的な操作、術の行使がされていた痕跡は見当たりませんでした」
ここに居るメンバーは、基本的に犯人をただの人間では無い場合のメンツだ。
なんらかの能力者か、もしくはそもそも人間ではない何か。
人間に限りなく近いところで『夜の一族』もそれに入り、神咲の領分になるが妖怪もそうだ。
恭也が言う協力者は月村 忍、それと綺堂 さくらの事だ。
忍に科学的分析を依頼し、さくらには現場で夜の一族が知る何らかの力の行使がなかったかを調べてもらった。
だが、やはりはっきりとした答えは出ない。
これだけのメンバーが揃って調査しても尚、犯人像も見えてこないのだ。
「皆さん、ご苦労様でした。
……しっかし、結局殆ど進展無しか。
いや、原因と目的らしきものが見えてきた点は進展か」
「しかし事件解決には程遠い事も確か。
今後も協力させていただきます」
「ああ、頼むよ。
じゃ、今日はこれで解散とする。
また何かあったら連絡するから、よろしく」
リスティの軽い言葉で、この場の集まりは終わった。
しかし、誰しも理解していた。
この街で何かが始まっている事を―――
警察署で解散したメンバーと別れ、恭也は1人道を歩いていた。
その途中で1台の車が恭也の横で止まる。
恭也は何か合図をされた訳でもないのに、その車の助手席に乗り込んだ。
そうして直ぐにまた車は動き出した。
「そちらの調査結果は?」
動き出した車の中で、恭也は運転席に居る人物に問う。
スーツを着た女性、セレネ・F・ハラオウンに。
「現場が昨晩アレスが通りかかって騒ぎに気付き、その時にも情報を収集していたわ。
しかし、今日改めて調べた結果と合わせても、証拠となりえるものはない。
状況から広い範囲で魔力を吸収する魔法が使われていたと言う事が推測されるだけ。
しかも、一般人でも多少疲労を感じる程度で済むごく弱い、その代わり広い範囲での収集。
魔法形式も不明、調査の結果では2割程度でミッドチルダ式、1割程度でベルカ式と出ているけど、採取できた情報が少なく、情報量からして正確さは桁が1つ下がるわ。
ハッキリ言ってそれはもう参考にもならないレベルよ」
「一般人でも多少疲労を感じる程度? 実際倒れた人もいるし、範囲はそこまで広くはなかったぞ」
「恐らくアレスが通りが通りがかった事で魔法を収束消滅させようとした際、中心部に近かった人が一時的に多量の吸収をされてしまったものと思われるわ。
元の範囲は正確にはわからないけど、少なくとも半径500m以上と推測されている」
「そうか。
こちらはでも魔力なり霊力を吸収されたのだろうという見解が出ているが、術の痕跡も発見できていない状況だ。
先手を打てなければ、こちらでの解決は難しいだろうが、各自次に備え始めるだろう」
「そう」
淡々と互いの持つ情報を交換する2人。
セレネは運転中だから当然だが、恭也の方から視線を向ける事もない。
「我々としても、現状の情報からでは動けない。
外部から魔導師が侵入した形跡もないし、この世界の人々でも一応可能な魔法と判断されているから」
「ああ、それはそれでいい。
幸い死者も出ていしな。
いや、少なくとも今はまだ死者を出す気はおそらくないのだろう。
兎も角、まだこちらで動ける限り動く。
万が一、掴んではいけない尻尾を掴んだら、こちらで対処する」
「了解。
リンディにも報告を上げておくわ」
「ああ」
そんな話をしている間に高町家の前に到着した。
別れを告げる事なく恭也は車から降り、セレネも何も言わず車を出した。
アースラ 艦長室
セレネから報告を受けたリンディは再度資料に目を通していた。
現段階で外部から魔導師がこの星へ降りた形跡はなく、時空管理局が動く事はないと既に決まっている。
それに恭也からも報告がある通り、一応この世界でも起き得る事件でもある。
下手な行動は今後この星との友好関係にも支障をきたしかねない。
それはもう解っているのだが、今やっているのはあくまで見落とした点がないかの確認だ。
「ミッドチルダ式20%、ベルカ式10%か……」
術式の該当確率の欄に目が止まった。
ほぼ完全に消えようとしていた術式から予測したもので、精度からして桁はひとつ下がり、2%と1%程度の可能性といったところだ。
更に言えば技術の形体は違ったとしても、似たような部分が出るのは良くある事なのだから、数%の一致では意味は無いともいえる。
術式が半分程度残っている状態から計測したとして、ミッドチルダ式とベルカ式でも10%近くの一致はしてしまうだろう。
ミッドチルダ式とこちらの世界の神咲の術も5%程度は一致するものと思われる。
たとえ完全な状態の術式が残っていたとしても、『その可能性は無い』と断定する事は難しく、100%この術式と断言する事も難しいのだ。
余談だが、なのはの魔法はこの世界の常識をもって育った上で魔法を学んだ事もあり、完全な術式と照合してもミッドチルダ式と分析されるのは80%程度だ。
「ベルカ式……」
しかし、何故か気になった。
ベルカ式という魔法形体は、リンディにとっては聞きなれたものだ。
なにせ妹の1人がその魔法形体が持つ技術の一部を流用しているのだから。
そして、今では恭也のデバイスにもその技術が流用されているし、恭也用の新しいデバイスにも更に改良したシステムが搭載されている。
けれどベルカ式の魔法というのは、実はハラオウンにとっては大きな意味がある。
直接ソレと関係する事ではないが、大きく関わるものなのだ。
「……まさかそんな。
この星ではジュエルシードを解放したばかりだというのに」
実は今回の事件について、リンディは1つ心当たりがあった。
それと当てはめてしまうのはあまりに乱暴なので、口にすらしていないが、当てはまると言えば当てはまるのだ。
「まさか、ね……」
何かと決め付けて行動する事は、その予想が外れていた際に多大な問題が発生し得る事だ。
ある程度の予測は立てておくべきでも、決め付けてはいけない。
確たる証拠がないのだから。
リンディはそう考え、今の思考を停止させようとする。
だが、それでも止まらない。
あの異世界調査船団のドラゴンが最後に口にした言葉にもそれらしき単語があった事も思い出される。
そうだ、まだ確たる証拠はなくともそうであるかもしれない状況がここにある。
ならば―――
「艦長ー!」
「ひゃぁっ!」
突然声を掛けられ妙な声を上げてしまうリンディ。
良く見ると目の前にはエイミィの顔がある。
何時の間にこんな距離に近づかれたのか、それ以前に入室された事にすら気付かなかった。
「どうしたんですか? 部屋にはいる時も反応はないし、何度も声を掛けたんですよ」
「あ、あらそうだったの。
ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて」
「忙しいのはいつもの事ですけど、あんまり無理はしないでくださいね。
はい、ケーキとお茶です。
セレネさんが翠屋から買ってきてくれました。
考え事をするなら、まずこちらをどうぞ」
「あら、ありがとう。
でも、さっき報告を受けた時はそんな事をは一言も言っていなかったのだけど」
「ええ、なんかこのタイミングで持って行けと言われましたので」
エイミィはその意図が解らず、妙な事を頼まれた程度にしか考えていない様だ。
しかし、リンディにはセレネがそうした理由が解っていた。
どうやらあの事を考えすぎてしまう事もお見通しだった様だ。
「そうなの。
……ところで、ケーキはこの小さいの1つだけかしら?」
「セレネさんが、そう聞かれたら『一昨日は3つも食べてたでしょう、明らかに食べすぎです』と言っておいてくれって」
「お、一昨日は翠屋さんの新作のケーキだって恭也さんが持ってきたものだったからで……」
「はいはい、では、言われていた事も以上なので、私は戻りまーす」
「あ、ちょっと、エイミィ……」
リンディの甘い物に関しての話は聞きたくないと、言葉の途中で部屋を出るエイミィ。
因みにケーキはクロノ達の分もあったので、エイミィはこれからクロノと一緒に食べる予定である。
「ふぅ……それにしても、私があの事を考えてしまうという事は、あの子も同じだと思うのだけど……
まあ、今はあの子の気遣いを無駄にしないように、このケーキを味わう事だけを考えましょう」
そう言ってリンディは言葉にした通り、じっくりと翠屋のケーキを味わって食べる。
1度頭をそれだけにして、余計な事は考えない様に。
丁度その頃 某所
何処までも広がる荒野、赤い空、天に浮かぶ2つの月。
なのは達の世界から遥かに遠く、しかし極めて近い世界。
実際の距離ではとても到達できない程遠いが、時空を渡る技術を持っていると近い世界だ。
時空間移動にも間の障害物の関係で、移動しやすい場所と難しい場所とうのが存在する。
この世界は実は地球からも気軽、というと語弊があるかもしれないが、わりと簡単に転移できる距離にある地球と同じ時空管理局の管理外世界の1つだ。
ドゴォォォォンッ!!
そこで今爆音が巻き起こっていた。
空を舞うの砂塵と炎。
明らかな指向性のある風と、鋭利な炎の鞭が衝突している。
それは自然現象などではなく、戦闘行為だった。
ズダァァァンッ!!
度重なる爆音の後、風は消え去り、後には巨大な蛇の様な生物が横たわっていた。
そして、空には剣を持った女性の姿がある。
「すまぬ、私は直接攻撃魔法以外は不得手でな」
生きてはいるが、動けない程のダメージを負った巨大生物を見て呟く女性。
一応形式上もこの空域に入った時にこの巨大生物側から仕掛けてきた戦いだからまだ女性は気が楽だったが、それでも心に残るものがある。
と、そこへ空から1つの影が近づいてくる。
蒼い大型の犬の様だが、前足にも後足にも手甲の様なものを装備している。
「そっちも終わっていたか、回収しよう」
大型の犬は背負う様に持っていた分厚い本を女性に渡す。
それと同時に地上に横たわる巨大生物に視線を移す。
ガキンッ!!
次の瞬間、巨大生物の周囲に砂が固まってできた杭の様な物が出現し、最早動けぬ巨大生物を更に拘束する。
良く見ると砂は青白い光で固められており、それは魔法―――拘束魔法だった。
「念の為、拘束もしておこう」
「こう言う時はお前の力が羨ましく思うよ」
「隣の芝は青く見えるものだ。
拘束だけで蒐集するのもなかなか難しいものだぞ」
「ふ、そうだったな」
自嘲気味な笑みを見せながらも、女性は本を掲げる。
すると開かれた本に向かって巨大生物から魔力が吸い上げられてゆく。
「これで『質』の側は確保できた。
この生物、ベルカで言うなら亜竜種クラスといったところだったな」
「そうだな、こちらも亜竜の下位の数体が相手だった」
『ベルカ』、魔法形式の名前であり、世界の名前でもあるもの。
魔法を使う世界とはミッドチルダより歴史が古く―――しかし今となっては滅びた世界の名だ。
「後は量の方を再検討し、確保しないとな」
「ああ。
これ以上騒ぎは大きくできんぞ」
「解っている。
さて、終わった。
戻ろう―――家へ」
「ああ」
そう言うと、今度は穏やかな笑みで魔法を展開する。
転移魔法だ。
魔法が発動し、女性と大型犬の姿は消える。
後には荒野を吹き荒ぶ風と、暫くは動けないだろう巨大生物が残るだけだった。
アースラ ブリッジ
お茶の時間も終え、エイミィはブリッジで定時連絡を受けているところだった。
その中でここから近い時空にある管理外の星で少し騒ぎが起きているという情報があった。
巡回中の管理局局員が偶然見つけたものらしい。
星で巨大生物が広い範囲で暴れまわっているとのことで、縄張り争いではないかとの推測されている。
「距離的には遠いけど、時空的には近くの星か……
ちょっと気になるなぁ」
確かに縄張り争いで巨大生物同士の戦闘で星が荒れるという事もままある事だ。
しかし、ジュエルシード事件もあるし、その残滓だけでもかなりの影響を与えられる事は証明されているのだ。
できる事なら調査をしておきたいが、今はこの星以外の場所へ割ける人員が無い。
とりあえず艦長に報告し、検討してもらう事は必要だろう。
艦長の判断次第では、別の船に出てもらう事になる可能性もある。
「何かあったかね?」
と、そこへブリッジにやってきたのはギル・グレアム。
2人の使い魔と共に本部への報告のついでに寄った様だ。
「あ、グレアム提督」
「楽にしていいよ、ここは君達の船なのだから」
「すみません」
エイミィは立ち上がり、直ぐに敬礼をするも、グレアムには職務に戻る事を進められる。
その間に2人の使い魔リーゼロッテとリーゼアリアはエイミィの傍まで寄っていった。
「どれどれ、近くの星で大型生物同士の縄張り争いか。
なるほど、ジュエルシードの残滓の影響かもしれないって事ね」
「気になるところではあるね」
「ええ、そうなのよ」
リーゼロッテとリーゼアリアとは普通に話すエイミィだが、ここが職場という事もあり提督相手にはどうすべきか少し悩む所だった。
そのグレアムもエイミィの傍まで来て同じように情報を読み上げ始めていた。
「ふむ。
では私達で調べてくるとしよう」
と、突然そんな事を言い出す。
提督という立場にありながら現場に出たがる変わり者というのは元々ある認識であるが、こんな所にまで首を突っ込むとは驚きだった。
「え? よろしいのですか?
グレアム提督にはこの星の調査もお手伝いしていただいている所ですのに」
「ああ、だからだよ。
そろそろ故郷での仕事が終わってしまうからね。
次来られる日も解らんし、もう少し仕事を増やしてもいいだろう」
提督として忙しい身でもあり、故郷が管理外世界という事もあって、なかなか戻って来れないというのはエイミィも聞いていた話だ。
それを聞かされてはエイミィも協力するしかなかった。
「あ、そうですか。
了解しました、艦長にはその様に報告しておきます」
「ああ、頼んだよ。
悪いね、君の仕事も増やしてしまって」
「いえ、私も気になっていましたので」
「では、行ってくるとしよう」
一応この艦での仕事はリンディが全て統括しているので、グレアムが動くのにもリンディの許可が必要になる。
今回は多少事後承諾になるが、まだ出る前でもあるしと、艦長室に通信を入れて簡単に許可を取る事にした。
実際リンディも拒む事はなく、グレアムの調査は正式な仕事となり、3名は問題の星へと転送される事となった。
夕刻 海鳴市市立図書館
海鳴市は観光地としては目立った場所もなく、正直これといって自慢できる大きな物はない。
しかし、病院などの医療施設や、臨海公園、図書館といった公共施設は充実している。
その中でも図書館は敷地の広さから内装の美しさ、勿論蔵書の量、質共に優れ、市として自慢の1つとしている程だった。
インターネットが普及し、情報が電子化された今でも尚愛される紙の本。
市が運営するバスにより市の全体から人が来られる事、更にバリアフリーという事もあり様々な人がやってくる場所でもある。
そんな図書館にすずかはやってきていた。
「とりあえずこんなところかな」
すずかが手にとってのは工業力学の専門書だ。
いかにインターネットにより情報が共有されていても、こういった専門知識はまだ本に収まっているので直接手にする必要がある。
すずかは夜の一族として、更には月村 忍の親族として、人間が持つ現代科学を超えた技術を間近に見る事ができる。
しかし、ならば人間の持つ技術はすずかや忍にとって幼稚で無意味な物かといえばそうではない。
そもそも忍が現代科学を超える技術を持つに至ったのはノエルの存在、オートマータと関わった事が大きい。
そのノエルを始めとするオートマータの技術は夜の一族の中では既に失われたものであり、忍はそれをノエルを修理してゆく事で再生させた。
元々現代科学とは方向性の違う発展の仕方をしていた夜の一族の技術を、現代科学の視点からも解読し、ノエルには現代科学の技術も取り入れている。
確かにノエルなどのオートマータの技術は現代科学技術では不可能とされる事を可能としているが、そもそも視点、方向性が違うものだ。
その為、どちらが優れている、完全な上位互換と言う訳ではなく、例え夜の一族の技術が完全に残っていたとしても人間の科学技術に学ぶ所は多いのだ。
と、言う訳で将来的に忍の様にオートマータを修理改造できる様な技術者を目指すすずかは、技術専門書を読んでいるのである。
定期的に図書館に通い、既に様々な技術書を読んできた。
なのは達が魔法の修行をしている間、すずかは技術力を磨いてきたのだ。
ただ、すずかは元々賢い子ではあるが、今もっているのは専門の道を進む大学生が読むような物で、とても10歳の少女が手にする様な書物ではない。
すずかの様な少女がそう言った本のコーナーに居る事は、それだけで視線を集めるが、すずかは全く気にしていない様子だ。
「さてと……」
尚、今はすずかは1人で本を選んでいたが、図書館にはファリンも一緒に来ている。
ファリンは現在料理関係の本を見ている筈だ。
きっとまた本を夢中になって読んでいるのだろう。
すずかはそんなファリンを迎えに行こうと図書館内を移動する。
「あ」
と、その途中、ふと足を止めた。
偶然の視線を向けた先に、車椅子の少女が本を取ろうと腕を伸ばしている姿が見えたのだ。
この図書館はバリアフリーとは言え、本棚はかなり高く、大人でも踏み台がないと届かない位置まで本が積まれている。
一応職員に言えば取ってくれるだろうが、丁度周囲に職員は居らず、車椅子の少女が取ろうとしている本もギリギリ届くか届かないかという位置だ。
がんばれば届くかもしれないし、職員が気付くかもしれない。
だから、すずかが何かをする『必要』はないのかもしれない。
―――ふと、その時すずかはなのはの事を思い出した。
なのはとの出会いを。
「この本ですか?」
「あ……ありがとうございます」
自然とすずかは少女が取ろうとしていた本を手に取っていた。
すると少女は綺麗な笑顔を見せてくれる。
よく見るとすずかと同い年くらいの子だった。
「お1人ですか?」
「いえ、一緒に来ている人がいるんですけど……また熱心に本を読んでいるのでしょう」
「あら、そうなんですか?
私の連れも夢中で読んでいるだろうから、呼びにいこうと思っていたところです」
同い年くらいという事もあるからか、妙に親近感が沸いたすずか。
年齢の近さと、連れの話、それに少女が手に取った本もあるかもしれない。
少女が欲しかった本は服飾の本で、デザインを学ぶ為の本だ。
表紙を見るだけでもすずかと同年代が手に取る本としては難しすぎる感じがする。
それから一緒に連れを探しに行くこととなり、すずかは少女の車椅子を押して本棚の前から大きな通路へと出たところだった。
料理本のコーナーの方からショートブロンドの若い女性が歩いてくる。
「あ、うちの連れは見つかってしもうた」
「あの方なんですか? 綺麗な人ですね」
「せやろ……っと、そうでしょう」
「関西弁? 気にしなくてもいいのに」
連れを見て素に戻ったのか、隠していた訛りが出てしまい、少し恥ずかしそうにする少女。
特にそう言った方言について思うところのないすずかとしては、むしろ先ほどまで感じていた喋り方の違和感が取れてしぜんんになった事が嬉しかった。
「ほな、ほんまにありがとうございました」
「いえ」
お礼を言ってから、少女は自分で車椅子を動かし女性と合流した。
女性はすずかに対して丁寧に頭を下げると、少女の車椅子を押して図書館の別の場所へと向かう。
「……かわいい子だったなぁ。
さて、私もファリンを探さないと」
その後、すずかは料理コーナーで難しい顔をしながら料理の本を読んでいたファリンを見つけ、一緒に本を借りて帰る事にした。
なんとなく、いつもよりも晴れやかな気持ちで。
図書館に本を借りに来た八神 はやて。
1人で本を探していた所、見知らぬ少女に助けられ、本を手にする事ができた。
自分と同い年くらいの少女で、なにやら難しそうな本を持った少女だった。
ただそれだけ。
少しだけ話をして、直ぐに分かれた少女だった。
「どうしたの? はやてちゃん。
なにか嬉しそうだけど。
さっきの子は知り合い?」
「いや、知らない子やったけど。
なんとなく、仲良くなれる気がするんや」
「そう」
車椅子を押すシャマルは特にそれ以上追求する事はなかった。
はやての嬉しそうな笑顔があれば、それ以上の問いは必要ないと感じたから。
しかし、ふとはやての借りた本が気になった。
「はやてちゃん、それ服飾の本?」
「そうや、みんなの甲冑デザイン、もうちょっと凝りたいしな」
「そんな、今でも十分なのに」
「新しい趣味みたいなものや」
趣味、とは言うがはやてが借りたのはデザインの専門書だ。
今までも服飾の手引書を読んでいたのは知っているが、更に深い部分まで学び始めている。
シャマルはそれがもう趣味の領域を超えている気がしてならない。
だが、はやてが楽しそうな事は確かで、止めるべき理由もない。
いや、それどころか、次はどんな物が着られるのかと楽しみなのだ。
ソレはそう言うものではなかった筈なのに―――
「さて、ヴィータはどこやろうか?」
「また絵本のコーナーだと思いますよ」
「また文化研究かな」
見た目としてははやてよりも幼く、7、8歳程度のヴィータだ。
絵本を読んでいる姿は実に愛らしいといのがはやての感想だった。
本人としては童話を見る事でこの世界の文化について理解を深めているなどと言っているが、結構楽しんでいる事をはやては知っている。
なにせ迎えにいくまで夢中で読んでいるのだから。
「ヴィータ、そろそろ帰るでー」
「お、もうこんな時間か。
はやて、本は見つかったのか」
やはり他の子供達と混じって絵本を夢中になって読んでいたヴィータ。
ヴィータとも合流し、はやては3人で途中で夕飯の買い物をして、家へと帰る。
いつもより楽しい気分なのは、目的の本が見つかったというだけではないだろう。
同時刻 高町家
家に戻ってきた恭也は戦いの準備を始めるでもなく、庭で趣味の盆栽を弄っていた。
いや、これも戦いに向けた準備と言えるかもしれない。
(また暫くは弄れなくなるかな)
戦いの期間は解らない。
戻ってこれるかも解らない。
けれどここは恭也の家で、戻ってくるべき場所。
だから必ず戻ってくる事を前提として考える。
「こんなものか」
一通りの作業を終え、縁側に座ってお茶を飲む恭也。
既に何かが起きているこの街で、随分とのんびりとした時間が過ぎてゆく。
(流石に眠いな)
昨晩は夜からずっと調査に出ていたのだ。
いくら慣れているとはいえ眠くもなる。
しかし仮眠を取るにも、もうすぐ夕飯という微妙な時間だ。
高町家 玄関
日が落ち始めた頃、なのはは久遠と共に家に帰って来た。
今日はすずか達は用事がある様なので、久しぶりに久遠と2人で神社で遊んできた。
久遠も今は人間の子供の姿で高町家に入る。
「ただいまー」
「ただいま」
久遠もなかばこの家の住人である為、今ではそんな挨拶も自然にする様になっている。
勿論、さざなみ寮でも『ただいま』である事は変わっていない。
「おかえりー。
もうすぐ夕飯みたいだよ」
リビングで迎えてくれたのは美由希。
キッチンではレンと晶が料理中であるのが解る。
「うん。
ところでおにーちゃんは?」
「恭ちゃんなら帰ってきてるよ。
さっきまで盆栽弄ってたけど、今は部屋かな」
昨晩から仕事で出ていた恭也は戻ってきている。
恭也も様々なので、何日も戻らない事もあれば、直ぐに戻ってくる事もある。
同時に戻ってきているからといって、仕事が終わったとも限らない。
だが盆栽を弄っていたという事は、今はまだ時間があるという事なのだろう。
「ちょっと行ってくるね」
「ついでにもう直ぐご飯だって言って来て」
「はーい」
特に理由はなかった。
昨晩の事件の事も気になるが、それを聞くつもりはない。
ただなんとなく、なのはは久遠と共に恭也のもとへと行く。
リビングを出て恭也の部屋まで移動する2人。
だがその途中で足が止まった。
恭也が縁側に腰掛けていた。
その姿を見た―――その瞬間だった。
「っ!?」
「―――っ!!」
なのは、そして久遠も突如として表情がこわばる。
何かが脳裏に過ぎり、そして消える。
なのははそれが何か解らない。
しかし、久遠は少し違った。
「恭也」
久遠は恭也にかけより、恭也の名を呼ぶ。
恐る恐る手を伸ばしながら。
「ん? どうした、2人共。
いかん、少し眠ってしまっていたか」
「おにーちゃん疲れているの? 大丈夫?」
なのはは直ぐにいつもの調子に戻り、昨晩も仕事だった兄を労う。
今となっては先ほど感じたものが何だったのか思い出すこともできない。
「恭也……」
「どうした、久遠?」
しかし、久遠はどこか不安げに恭也の名を呼ぶ。
結局、久遠自身も何故不安な気持ちになったのかは解らない。
だが、その後暫く恭也の傍から離れる事はなく、恭也が解放されたのは翌朝になってからだった。
その日の深夜 某所
海鳴市のとある住宅街、その一角にある公園。
時間は深夜だと言うのに人影がある。
数は2つ。
だがその人影は普通の人間が気づく事はない。
彼女等は、ここに居てここにいない。
「準備は?」
「ええ、もう終わるわ。
丁度いい位置にいい場所があって良かったわ」
「今日抜け出せたのは私達2人だけだ、更に昨晩の失敗もある」
「解っているわ。
その点の改良はちゃんと話し合ったでしょう。
今日は私が中心で蒐集するわね」
「ああ、私は見回りだな。
だが、それも作戦通りでいくぞ」
「ええ。
ニュースがこれ以上大きくなる様な事は避けないとね」
昨晩の夜、駅前近くで起きた事件でニュースに大きく報じられてしまった現象は彼女達にとっても事故だ。
人々にあんな迷惑を掛けるつもりもなく、また知られる訳もにいかなかったのに、失敗してしまった。
今回は前回より更なる厳重な準備をしての実行。
しかし、昨日の今日という短期間。
この世界の警察機構にも警戒されている中での実施だ。
だがしかし、彼女達にはやらねばならない理由がある。
「準備完了」
「では配置につく」
1人の女性がその長い髪を揺らしながら夜の空に消える。
残った女性は分厚い本を左手に持ちながら、右手を胸の前におく。
見ればその右手の人差し指と薬指には指輪が嵌められている。
いや、よくみれば本を持っている左手の人差し指と薬指にも同様に指輪が見られる。
その指輪についている宝石が淡い光を放ちはじめる。
『配置についたぞ』
『では始めるわ』
念話でそう話した後、公園に残った女性の周囲に光の線が浮かび上がる。
いや、女性の周囲だけではない。
今女性の居る公園を中心として住宅街全体に巨大な魔法陣が形成される。
だがこの魔法陣もまた、人々が見る事も、感じる事もできない筈だ。
「蒐集開始」
左手に持っていた本を掲げ、魔法陣によって蒐集される何かが本に吸い込まれてゆく。
深夜の住宅街だ、多くの人が眠っているだろう。
だがこれはその眠りを妨げる物でもないし、翌朝の目覚めにも影響を殆ど及ぼさない。
基本的に魔法を使わない人間には殆ど関係ないもので、影響のない量を計算しているからだ。
そう、ここで行われているのは魔力の蒐集。
正確に言えば違うのだが、残る影響としてはそう言う事になる。
『東北東より魔力の高い人間が近づいている。
この世界の魔導師かもしれないが、まだこちらに気付いていない。
作戦通り、正規終了させてくれ』
『了解』
程なく予め定めていた蒐集も完了し、魔法陣は音も光も気配すらなく消え去る。
その後には女性達の姿もなく、ここで行われていた事は誰にも知られる事なく完了した。
その頃、住宅街の外
深夜というこの時間、神咲 薫は外を歩いていた。
あの事件に対してまだ明確な策がある訳でもないが、見回り調査として少し外を歩いているのだ。
「ん?」
そんな時、少し霊力の動きを感知した。
ほんの僅かな、普段なら無視してしまうレベルのものだが、何の情報もない今、迷う理由もなくその場へ向かった。
「これは……」
気配を感じた場所、住宅街に入ってみて気付いたのは霊力の乱れ。
だが、それも僅かで昨晩の事件現場を見ていなければ気のせいで済ませてしまいそうなくらいのもの。
しかし、確実に何かがある。
周囲を探索した結果、公園を中心とした広範囲に何らかの術―――いや、霊力を収集していたと推測される術が発動していたのだと解る。
収集の範囲こそ大きいが密度は薄く、ここに住んでいる一般の人間は気づく事すらなく、影響もないものだろう。
規模が大きいからこそそれなりの量も集まっていると思われるが、よほど高精度に霊力を蓄える技術がない限り無駄になる筈のものでしかない。
そもそも人間から吸収しているのであれば、これだけの人数から極微量ずつ集めたところで、ろ過して純粋なエネルギーとすると実際使えるのはどれ程になるだろうか。
それは千差万別の絵の具を1滴ずつまぜた後に目的の色に変える様なものだ。
「一体何を考えている?」
犯人の目的が掴めない。
行った事は大体解っても、目的が解らなくては次の行動の予測が難しくなる。
ともあれ、ここで何かが行われていたのは事実。
薫は関係各所に連絡を入れて更なる調査を行う事にした。
翌朝 八神家
朝日がカーテンの隙間から差込、八神 はやては自然と目が覚めた。
上半身を起こして時計を見れば7時になろうとしているところ。
大体いつも起きている時間だ。
はやては現在休学中の身であるが、朝起きる時間は習慣で変わらない。
ただ、最近変わった事があるとすれば―――
「ん〜……」
はやての隣で眠っているヴィータの存在。
「……」
はやてはヴィータの寝顔を見て微笑み、ヴィータを起こさない様にベッドを抜ける。
去年から足を悪くし、今では歩く事はできないが、ベッドから傍においてある車椅子への移動は他者の手を借りるまでもない。
そもそもヴィータ達と出会うまではずっと1人だったのだから。
本来、この年齢の少女では考えられない環境だが、現実、そうだった。
だが今はそんな事はいい。
起こさない様に気をつけるという他者への気遣いを必要とする今があるから。
洗面所に寄って顔を洗い、はやてはリビングへと移動する。
リビングに入るとソファーにシグナムが座っているのが見える。
更に窓際にはザフィーラが居る。
「主はやて、おはようございます」
「……」
はやてがリビングに入る前から気配に気付いて起きたのだろう、2人は立ち上がってはやてを迎えた。
「おはよう、シグナム、ザフィーラ」
そんな2人に笑顔で挨拶を返すはやて。
その笑顔を見て、シグナムも少しだけ微笑む。
『主』などという言い方はしないで欲しいと言ってあるのだが、シグナムはどうも真面目なのか止めてくれない。
人前では流石に立場を隠す必要から言葉には気を付けてくれているし、笑みも見せてくれる様になったので、打ち解けられているのだろうと判断している。
「シグナムは今日もここで休んどったんか?」
犬に限りなく近いザフィーラは兎も角、シグナムもほぼ毎日この場所、リビングで寝ている。
シグナムにも私室はあるし、着替え等はそこにあるのだが、元々の習慣もあって横になって眠る事が殆どないらしい。
平和というものを全く知らぬ訳でもない様なのだが、周囲への警戒を怠る事がないのだ。
そして、はやてとしてもこの世界が『平和』であると断言できぬ為、横になって休む事を推奨する事もできずにいた。
「はい、申し訳ありません、習慣なもので」
シグナムは自分のそう言ったところがはやてに心配を掛けている事は自覚している。
それについては複雑な思いを絡ませながら。
だが、やはり自分のその行動をやめる訳にはいかなかった。
習慣という以上に、必要として。
「ちゃんと休めているんやったらええよ。
私もこの世界が完全に平和だとは言えないし。
そうやな、シグナムがそうしてくれているから、私はより安心して眠れるんや」
「ありがとうございます」
はやてはシグナムがこの警戒を解く事は無いだろうとした上で、言葉を選んだ。
実際シグナムがいてくれる事による安心感は大きい。
あの慣れた筈の1人の夜を思い出すだけで震えてしまいそうになる程に。
「じゃあ、朝ごはん用意するから少しまっててな」
「はい。
シャマルはまだ起きてこないのか?」
「ええよ、今日は私が少し早かったんやから」
主と呼ぶ人が自ら食事の準備をする。
その事はまだ慣れきらぬところではあるが、シグナムが代わる訳でもない。
そう言う技能は一切もっていないのだ。
そう言う部分は役割分担としてシャマルに任せている。
そんな訳で、その担当者でありいつも手伝っているシャマルが遅い事を気に掛ける。
まだ部屋で寝ているのだろうシャマルを呼びにいこうとしたシグナムだが、はやては止める。
元々好きでやっている事でもあるし、実際まだシャマルが何時も起きる時間よりは早い。
シグナムもはやてにそう言われては行動を止める他無い。
それから少しして、朝ごはんの準備も半分くらい終わったところでシャマルがリビングに現れる。
「あ、ごめんなさい、ちょっと寝坊してしまったわ」
はやてが既に台所で朝食の準備をしているのに少し慌てて台所に駆け込むシャマル。
シャマルが自ら言っている通り、今日は多少起きるのが遅かった様で、はやてが起きるのが少し早かったのもあわせて、手伝える事が殆どなくなるまでになってしまった。
「ええよ、私が早く起きただけやから」
はやては車椅子に乗りながらでありながら、手早く朝食の準備を整える。
そこへもう1つの気配が近づいてくる。
「おはよー」
眠そうな目をこすりながらリビングに入ってきたのはヴィータだ。
「ヴィータ、顔を洗っていらっしゃい」
「はーい……」
「朝ごはんの準備もう終わるで」
「うん」
シャマルに言われ、めんどくさそうに返事を返すが、はやての言葉には笑みを浮かべて応えるヴィータ。
その反応の違いにいつもの事ながらシャマルは小さく溜息を吐き、何も反応は示さなくともシグナムとザフィーラはやれやれと思っている。
そんな一般家庭でも普通にありそうな朝の風景。
はやてが手にした新たな日常。
またこうして朝が来て、1日が始まる事をはやては1人感謝するのであった。
朝の登校時間
いつもの時間のいつものバス。
姉に見送られてバスに乗って、いつもの友人達と合流する。
「おはよう」
「おはよう、なのは」
いつもの様に挨拶を交わし、他愛の無い会話が始まる。
そんな中、今日は少しだけ違う事が起きる。
隣に座るアリサが、なにげない風を装いつつ、フェイトやすずかに見えない様になのはの手を握る。
『なのは、恭也さんの様子はどう?』
『どう、って?
昨日帰ってきて、少し疲れている風ではあったと思うけど』
アリサから来るのは接触を使った念話。
この至近距離でもフェイトに気付かれない様に配慮した内緒話だ。
『昨日こっちで少しあってね。
なんというか、急にセレネがいなくなる様な錯覚があったみたいで。
クロノなんか少し取り乱してセレネを掴んでソファに投げ飛ばして押し倒すなんて事をやってたし、フェイトも戸惑ってたわ』
『あ……そういえば昨日、おにーちゃんに対して何か不安を感じた。
くーちゃんも少しおかしかったし』
結局昨日久遠は恭也から離れず、解放されたのは今朝になってからだ。
そう言ったことがハラオウン家、セレネに対しても起きていたという事になる。
『そう……なんとなく恭也さんにも出てるんじゃないかと思ったけど……
でも、なんの根拠もないのよね。
虫の知らせが同時に届いたとしか。
久遠って予知能力の類ってあるの?』
『聞いた事はないけど……情報共有なら夢写しがあるけど、あれは過去の情報を見る様なものだし』
『そうよね。
私、これだけの理由で動くのはあまり好きじゃないけど―――暫く恭也さんを気に掛けておいて、こっちはセレネを見張っておくから』
『うん、解った』
気になる事ではある。
恭也とセレネに対して同日に近しい人たちが不安を抱く事など、普通では考えられない。
ミッドチルダの魔法としても予知能力は超がつく程の特殊技能で、アテにできるその手の能力者は片手で数える程しかいない。
だから、それ以外の者が感じるのは基本的に『気のせい』でしかない。
しかし気になる。
アリサがわざわざ接触による念話を使う程に。
何かが起きるという確証が何もないこの状況で、何故か気になって仕方が無かった。
なのはとアリサがそんな話をしている頃 喫茶翠屋
モーニングの客も落ち着くこの時間。
珍しい人物が翠屋の客席に居る。
しかも、洋菓子メインの喫茶店でブラックのコーヒーしか頼まない客だ。
「……」
「……」
一応男女の取り合わせで、4人席で向かい合って座っているのだが、注文時以外は無言だった。
見た目上も結構整った顔立ちの若い男女なのだが、雰囲気は異様だ。
と、言うのも誰かといえば恭也とセレネという組み合わせ。
恭也は普段着にしか見えない仕事着、つまりは武装込みの服で、セレネはいつも通り男装とも言えるスーツ姿だった。
知らない人にとってはどういう組み合わせか想像もつかないだろうし、親しい者にとってもちょっと戸惑う組み合わせだ。
(んー……やっぱり2人が並ぶと何故か同一人物が並んでいる様にしか見えないのよね)
フロアチーフとして働くフィアッセがふと恭也とセレネを見て思う事がこれだ。
この2人、外見的に近いところは無いし、何より男女という性別の違いがあるというのに、良く知る人にこそ見間違える程に近しく感じるという不思議な特性を有している。
ある人曰く、過去が似たような部分があり、目指す先が同じだからこそ、深く知る人には同じ姿が見えてしまうのではないか、との事だ。
それを聞いた人は大体納得してしまうのだから、それできっとあっているのだろう。
実害も実利も無いので基本的に周囲に人も気にせず、当人達も気にしていない様なので、今となっては思ってはいても口に出す事はない話題となっている。
「……」
「……」
だが、実は当人達は結構この特性を上手く利用するつもりでいたりもする。
『そちらもか、こちらは特にクロノだったが。
どちらも昨晩動けなかったのは痛い事だ』
『クロノと久遠、それとフェイトもか』
足の先を少し触れさせる事で行っている接触型の念話。
2人がここで先ず交換する情報はなのは達と同様に昨日の事だ。
昨晩は薫からの連絡もあったが、それが原因で現場には出れなかった。
既に敵には逃げられた後の様だったので緊急性は無かっただろうが、恭也から連絡がなければセレネも動けない。
流石に久遠が引っ付いている状況で、久遠に知られる事なくセレネに連絡を入れる手段はなかった。
何故あんな事になったのか、原因は解らない。
しかし、考えられる事がある。
『共通点は魔法に関わっている事と、大切な人の死を直接経験している事か』
『なのはやアリサは幼すぎたか、そもそも生まれる前だからな。
なのはとフェイトがジュエルシードを持っていることを考えれば、あるいは』
いくら2人の特性が近いとはいえ、同じ様な事が2人の周囲で同時に起きるというのは考えにくい事だ。
だがジュエルシードが何らかの形でフェイトとなのはを通し、警告を上げているのだとすれば納得のいくことでもある。
ただ、どの道ジュエルシードにそれを確認したところで答えは返ってこない、確証は取れないだろう。
それに―――
『『どの道やる事は変わらない』』
2人が同時に発するのは同じ言葉。
そうだ、2人にとってそんな事は関係が無いと言える。
例え本当にジュエルシードが発した警告だったとしても、参考程度として気に留めるだけで行動が変更される事はない。
そう、2人には心当たりがある。
ジュエルシードに警告を受ける程の事態に発展する可能性のある事が起きる―――いな、起こす予定があるのだ。
『では本題だ。
こちらのメンバーの行動予定を連絡する』
『了解』
その後、互いの周囲に居る者達の行動予定を交換し合い、その場は解散となる。
別れの時やっと簡単とはいえ別れの挨拶に言葉を発したくらいで、周囲からすれば何故一緒に居たかも解らない会合であった。
昼過ぎ 臨海公園
昼前に病院により、フィリスの診察を受けるついでにフィリスとの情報交換も行う。
結局薫から連絡を受け、他の協力者が調べたが有益な情報は得られなかった様だ。
今回は被害者となる人々はその自覚もなく、人数があまりに多い為公表もしない事となるだろう。
流石に規模が規模だけに混乱になる方が恐ろしいからだ。
「しかし、流石に頻度が高いな」
1件目と思われる事件と、2件目、3件目と把握している限りあまりに短期間に集中している。
ニュースに上がる程に警戒されている事は知っている筈なのに、尚もこの街で行うメリットとは何か。
それもこの頻度、何が目的なにかもまだまだ闇の中だ。
実害は無視できるほどしかないとはいえ、その先に何があるかまでは解らない。
「さて……」
敵の目的を考える事は一時中断し、周囲に目を向ける恭也。
魔力、霊力を吸収されているという事は解っても、現状他に現場には残されていなかった。
しかし、全く捜査に進展が無い訳ではない。
それは『場所』という情報。
あれほど大規模な術式である上、残る情報の少なさを考えれば、事前の準備は不可欠で、可能な場所というのも限られると推測される。
特に昨晩程の大規模な物となれば、更に絞り込まれるだろう。
現在神咲の方で、この街で他にそれが可能そうな場所を地図上から計算し、割り出している。
セレネも同様に魔導師としての視点から探しており、今日も街を歩き回っているだろう。
そして、それは恭也も同様で、魔導師としての視点と神咲としての視点の両方から地図だけでは見落としてしまう様な場所を探す。
そんな訳で今臨海公園を歩いている。
ここは嘗てのジュエルシード事件でも1度戦場となった場所だ。
念入りな調査が必要となるだろう。
と、その途中で見知った人物を発見する。
「あ、恭也さん」
向こうも気付き、声を掛けてくる。
車椅子の少女、八神 はやてだ。
「君か、また会ったな」
「恭也さんも病院ですか?」
「ああ、その帰りだ」
「そうでしたか」
同じ病院に通院しているのだが当たり前だが、病院への行き帰り、この場所でよく会う。
今日はやてには同行者が4名居る。
若い女性2人と、幼い少女1人、それと大型犬が1体。
彼女等に対し一礼すると、彼女らも応じる。
ただそれだけで、彼女等からこちらに話しかけてくる事はない。
はやての性格なら彼女達を紹介しそうなものだが、何故かそれはされない。
相変らず綺麗な笑みを見せてくれるが、その様子は感じられない。
隠す気という訳でもなさそうだし、きっと聞けば紹介してくれるだろう。
だが、恭也ははやてが積極的に紹介しない事を不自然だとも思えない。
そして、だからといって恭也は彼女達と関わらないとも思えなかった。
「そう言えば、君に会わせたい人が居ると言ったが、結局会わせてやれていないな」
「そうでしたね。
そもそも何時会えるかも解りませんけど」
「まあそうだな。
だが、近いうちに何とかしておこう」
「そうですか? 楽しみにしていますね」
この少女となのはやフェイトを会わせてやりたい。
そう思ったのも何故だっただろうか。
「それじゃあまた」
「ああ」
その後、もう少し他愛の無い会話をして別れる。
はやてはこれから病院で、時間が来た為だ。
4人の従者を連れて病院へと向かった。
その姿が見えなくなってから、恭也も自分のやるべき事へと戻る。
「そう言えば―――」
そこでふと思い出す。
はやては足が悪い様だが、何が悪いのかを知らなかった。
数分後
病院の前でシャマル以外とは別れ、病院に入ったはやて。
ザフィーラは表で待機、シグナムとヴィータはこれから街へ出かける予定らしい。
出会ったばかりの頃はずっとはやてに付き従うだけだったが、少しずつ変わりつつある。
きっと良い方向だとはやては信じている。
「ところで、さっきの男性ですけど」
「ああ、不破 恭也さん?」
そんな事を考えていると、シャマルが尋ねてくる。
不破 恭也とは秋の終わり頃にも1度会い、その時シャマル達も目にしている人だ。
「どの様なご関係なんですか?」
「う〜ん、難しいなぁ。
最初あった時は春頃に、車椅子が道の窪みに嵌って投げ出された上に車椅子は破損、携帯電話も壊れてて困った時に助けてもらったんやけど」
「助けてくださった方ですか」
「そうや。
この病院に通院する人みたいやけど、それからあったのは2,3回やな。
気に掛けてくれているみたいやし、さっきも言われたけど、何か私に会わせたい人が居るとも言われているしな。
あー、でも関係と言われると難しいなぁ。
知り合いというのが簡単なんやけど」
「そうですか」
知り合い、と言ってしまうにはどこか躊躇いがある。
かといって特別な関係として適切な言葉もない。
少し考えたが、シャマルはそれ以上追求する事はなかった。
それにアナウンスで呼ばれたのもあり、この話をそれ以上続ける事はなかった。
某所
濃霧に覆われた広大な森の中。
普段は静寂に包まれているこの世界に巨大な竜巻が巻き起こっていた。
その中に巻き上がる木々とその残骸―――いや、それだけではない。
良く見ればなにやら金属の光と炎が風に逆巻く様に走っている。
ガッ ギギギギィィィッ!!
バシュンッ!!
金属のこすれる音の後、ひときは炎が激しさを増したかと思うと竜巻は消え去った。
竜巻の轟音の後に響く何かが倒れる音と大きな震動、そして悲しげな咆哮が木霊する。
倒れるのはこの森の木々を跨ぐ程に巨大な狼に似た巨大生物だ。
「よし」
巨大生物が倒れた近くの木の上には女性が立っている。
剣を片手にもった若い女性だ。
そこへ空から1つの影が近づいてくる。
「お、そっちも終わったところか。
丁度良かったな、ほれ本」
空を飛んでやってきたのは幼い少女だった。
子供にしか見えない姿であるが、その服には返り血らしきものが付着している。
何かを倒してきた後の様だ。
「ああ」
本を受け取った女性は本を開いて掲げ、倒れている巨大生物へと向ける。
そうして本に吸収される魔力。
いや、それだけではない。
魔力と共に情報が採取され、本の白紙のページを埋めてゆく。
「しっかし、この星凄いな、亜竜クラスがごろごろいやがる」
「真竜クラスすら居る様だしな。
正直、数が来られると拙い。
そろそろ目を付けられてしまうだろうから、狩場も変えないと危険だろうな」
「未開の世界ならではだよな、私達すら危ないってのも」
「そうだな」
女性は自嘲気味に笑う。
自分より弱いモノを狙って戦いを挑むなど、なんと『らしくない』戦いだろうか。
しかし、それでも過去の戦いよりも遥かに有意義なのだから、笑わずにはいられない。
「それに、デバイスも拙いか」
「そうだな。
亜竜種との連戦では、流石に本格的なメンテナンスをしたいところだが……」
デバイスと呼ぶ女性の持つ剣は、確かに戦闘によるダメージでやや痛んでいた。
直ぐに破損、使えなくなるという事もないが、メンテナンスする施設と時間があるならばメンテナンスをしておくべきだろう。
「誤魔化す手段はまだ調整中だっけ?
さっきの戦闘の音が聞こえてたが、結構拙い音してたぞ」
「ああ、定期メンテナンスといえば誤魔化せるだろうが、その言い訳では頻繁にはできない。
それに、故障している様を見せる訳にもいかないからな。
更に言えば、あの勤勉な主はそう言った履歴を閲覧してしま可能性もあるから、迂闊にはできない」
「理解ある主に苦悩しようとはねぇ」
「そうだな」
今度は2人で苦笑する。
なんとも皮肉な話だと、過去を想いながら。
「……さて終わった、そろそろ戻るぞ」
「ああ」
そう言ってそこから飛行で移動する2人。
空間を渡りたいが、今空間を渡るのに適切な位置は少し離れた場所にあるのだ。
その道中、本来ならあまり喋らない女性の方が口を開いた。
「ところで、あの男どう思う?」
「ああ、病院行く途中であった?」
「そうだ」
「敵、じゃねぇみたいだったけどな。
魔力も低いみたいだったし」
「そうだな、魔力は低い。
だが、只者ではない。
それに―――」
「関係、か」
「ただの知り合いと呼ぶには、主の―――態度がな」
「男と女の関係は私にゃ解らないけど」
「いや、そこまでは言っていない。
それを言うなら私も疎いしな」
「そうだろうなぁ」
「む……」
自分でも男と女の関係に疎いというのは自覚し、他者にもそれは漏らすが、少女の同意の仕方にはやや気にかかるところがある。
だが今はそんな事はいい、そんな事で言い争いをするのも馬鹿馬鹿しい。
「男女の関係にはまだ至らないだろう」
「年齢の差でか?」
「それも多少はあるだそうが、主もそこまでは考えていないと思う」
「まだお子様だしな」
「おい、その言い方は主に対して失礼だぞ、第一お前が言うな」
「へいへい。
それで、何か問題そうなのか?」
「いや、問題という事ではないんだがな」
「確かに、アイツに対して特別な笑みを見せていた気はする」
「やはり、お前もそう思うか」
「ああ……」
少女の顔から笑みが消える。
その代わりに浮かぶ感情はなんだろうか。
それは少女自身自覚は無いだろうが、きっと嫉妬に近い感情だろう。
「問題になる、とはまだ思わないが、気に掛かる。
帰ったら2人にも聞いてみよう」
「いっそ敵なら簡単なんだけどな」
そろそろポイントにも近づいてきた。
2人だけで話してもこれ以上の進展もなさそうだし話題を打ち切る女性。
少女は、いっそ力だけで片付けられればと考え、しかしその後で表情が曇る。
それは、主が最も嫌うやりかただろうと思い出して。
夕刻 市立図書館
病院の帰り、はやては図書館に寄っていた。
昨日来たばかりだが、昨日借りた本で解らない部分があったので、その部分を解説している専門書を探しに来たのだ。
専門書自体は図書館で借りる事ができるが、知識を得る順番は学校ではないので正しいとは限らない。
専門書だけにある程度の知識を持っている事を前提に書かれる事があるので、そう言うことが発生する。
「んー、とこれやな」
図書館にある端末で、目的の本のタイトルは探していたので、今日はすんなり本を見つける事ができた。
その本を手に、はやては少し内容を確認しようと本を読めるスペースに移動した。
「あら?」
と、そこで見知った人物を見つけた。
知り合いの少ないはやてにとって、記憶に新しい人物。
「あ、昨日の」
相手も気付いて声を掛けてきてくれる。
はやてと同じくらいの歳の少女で、昨日助けてくれた人だ。
「こんにちは、今日もいらしてたんですね」
「はい、昨日借りた本で少し解らない事があって、それを調べに」
「あ、貴方もですか」
「も、という事は貴方も」
また共通の話で会話が始まる。
分野は全く違う本だが、同じ部分だ。
相手の少女が持っているのは力学だの機械工学だのといった科学分野の専門書で、ちらっと見ても難しすぎてはやてにはさっぱり解らない。
けれどきっとそれは相手も同じ、自分でも年齢に沿わない本を読んでいる自覚はある。
「この図書館にはよく来るんですか?」
「ええ、蔵書が多いので助かっています。
来る様になったのは最近ですけど」
「そうですか、私も同じです」
そんな感じで、暫く他愛の無い話をした。
そして、ふと思い出す事がある。
「あ、そう言えば、お名前を教えていただいてもよろしいですか?
私、八神 はやてと言います」
「私は月村 すずか。
そうか、そう言えば名前の交換もまだでしたね、うっかりしてました」
まだ出会って間もない、会ったのも2度目という関係でしかないが、なんとなく聞くべきだとはやては感じ先ず自ら名乗った。
相手の少女すずかは快く名前を教えてくれた。
それも今まで忘れていた事に驚いている風だった。
どうやら、『名前の交換』というものをとても重要視している様だ。
過去に何かあったのかもしれない。
「見たところ同じ年齢くらいに見えますが」
「私は聖祥付属の4年ですよ」
「え、同じ? と言っても今は休学中ですけど」
「あ、そうだったんですか」
聖祥大学付属小学校。
はやてにとってはもう懐かしいというくらいの場所だった。
確かにそこに所属し、暫くは小学生として暮らしてきたのだ。
あの事故が起きるまで、そしてこの足に問題を抱えるまでは―――
だが、今はそんな昔の事はどうでもよかった。
また共通点を見つけられたのだから、喜びとしている。
「今度、学校での事も聞いていいですか?」
「ええ、いいですよ」
そんな話をしてすずかと別れる。
再会の約束はしないが、きっとまた会えるだろう。
あの人と同じ様に―――
そう考えた時、はやてはふと思う、恭也が言っていたのはすずかの事ではないかと。
何故そう思ったのか、はやてには解らないが、あながち間違ってはいないかもしれないと、そう考え自然と笑みがこぼれた。
その日の夜 住宅街
恭也は夜の街に居た。
昨晩は久遠が離れてくれなかった為できなかった見回りだ。
だが今晩はアテの無い見回りではない。
昨晩の薫の情報から、神咲によって予測地点が割り出されている。
流石に数は二桁にのぼり、百には届かないだろうが現在も増え続けているという状況だ。
だが、何もアテがないより遥かにマシ。
今夜は幾つかの地点を見渡せる場所に恭也は居る。
本来、あの術は目では見えないし、遠くからでは感じる事もできない。
だが、
「……」
恭也はサングラスを外し、裸眼で夜の街を見渡す。
夜で人通りが無いとは言え、その眼を曝け出す。
何故なら―――
「来たか」
恭也の左目には映る、淡い緑の光が半球状の世界を展開する姿が。
獣の様な形と、色の変わったこの瞳には魔力が映るのだ。
それは本来感知する事ができない魔力でも視覚化され、発見できるという事。
こんな使い方は考えた事もなかったが、今回の事件の中で思いついた。
(だがやはり見え辛い。
そう言う部分も反映して視覚化されるのか?)
隠蔽を目的とした魔法はあまり視覚化を試していなかったが、流石に魔導師でも感知できないレベルとなると視覚化にも影響がある様だ。
そもそも隠蔽の為に強力な魔力を使用している訳でもないので、それは当然の事なのかもしれない。
(兎も角―――)
恭也は発見の連絡を各所に入れる。
神咲やリスティ、それとセレネにもだ。
こちらの世界で起きている問題である可能性もあるのだから、こちらの世界の者達には当然として、セレネに連絡するのはもしもの時の為だ。
発生地点は恭也が居る位置からは少し遠い為、急行はするが、恐らく間に合わない。
しかし情報だけは展開しなくてはならない。
だが、その連絡が入れ終わったというところで、見えていた結界が消える。
(早いな、流石にアレだけの騒ぎになっているから撤収も厳重に考えているという事か……)
距離がある為、間に合うとは思わなかったが、まだ半分も距離を詰めていないのに消える。
これはよほど運良く場所を選ばないと発生中に中に入る事はかなり難しいという事になる。
(もう少し情報が欲しいが……)
そう考え、恭也は足を止め、消え行く結界を見る。
見る事に集中し、情報を集めようとした。
その時だ、完全に消えた結界から飛び出す姿がある。
(あれは……)
恭也が見たのは桃色の髪をポニーテイルにした女性の姿だった。
他にも飛びたった影があったが、姿は捕捉できなかった。
しかし、もう十分だった。
(なんとなく……なんとなくこうなると思っていた)
恭也は思い出す、ある少女との出会いを。
そして、恭也はここに決意する。
恭也の次の戦いが決まった―――
翌朝
いつも通りの朝、いつも通りの朝食の風景。
高町家のリビングでは、今日は恭也も居る、家族が揃った食卓。
「今夜も仕事で出かける、帰りは遅くなるかもしれない」
「解ったわ」
恭也が仕事で出かけるのも日常の一部だ。
仕事なのだから、細かい事を追及する事もない。
「いってきまーす」
「ああ、行ってらっしゃい」
恭也にも見送れら、バス停へと向かうなのは。
バスにのれば登校風景という日常だ。
「おはよう、なのはちゃん」
「おはよう」
皆揃って会話して、いつも通りの朝。
「あ、今日はねお父さんとお母さんが少しこの街に寄れるって連絡があって、会いに行くの」
「そうなんだ」
すっかり忍の家に馴染んだ事でふとすると忘れてしまうが、すずかには両親が健在で、現在海外で仕事をしている。
今回は一時的に日本に戻る時間ができたらしいという事だ。
夜になったらホテルで夕食を一緒にとるらしい。
そんな話をして学校へ、学校ではいつもの学校生活が始まる。
いつもの朝というならば、ここ八神家でも同じだった。
「おはよう」
「おはようございます」
朝起きて、リビングに行けばシグナムとザフィーラが居る。
そこへシャマルが起きてきて一緒に朝食を作る。
最後にヴィータが眠そうに入ってきて、皆で一緒に朝食をとる。
最近手に入れた日常だ。
誰も変わる事を望まず、このままの平穏でいてくれれば良いと願う。
そういう日常。
けれど―――
夜 八神家
夕食も済ませ、お風呂にも入ったはやては自室に居た。
「さて、これでええかな?」
机で手に取っていたのは一冊の本。
革張りと思われる大型の本で、かなり古い本と思われる。
ただ、その本にはタイトルらしきものが記載されておらず、どんな内容の本かは解らない。
しかし、今はやてがしている事と内容は関係ない。
はやてがしているのは読書ではなく、その本の手入れなのだから。
「うん、綺麗なった」
本の手入れ、物によっては実際必要な事ではあるが、この本の場合少し違う。
革張りに見えるが、実際には全く違う素材の外装、はやてはそれを磨いていたのだ。
やり方自体は間違っていないが、しかし不要な行為を。
「はやてー、もうねよー」
と、そこへヴィータが戻ってくる。
欠伸をしながらでかなり眠そうなのが解る。
「そうやな」
「あ、また磨いてたの?」
「そや。
足が治るまで一緒に旅は無理そうやから、せめてこれくらいはしておかんとな」
「べつにいいと思うんだけど」
「ま、気分や。
それに、ちゃんとこの子とも触れ合いたいし」
はやてがそう言って優しく微笑むと、一瞬手に持っていた本が光った気がした。
しかしそれも一瞬で、眼を向けていたヴィータがやっと気付けたくらいの変化。
「まあ、それもいいかもな」
ヴィータは複雑な心境ではやてを見る。
何をして複雑なのか、大体の感情を読み取れるようになったはやては勿論、ヴィータ本人すら言葉にできない、そんな気持ちで。
「じゃあ、寝ようか」
「うん」
はやては本を本棚へと大切にしまい、ベッドへと移動する。
ベッドに上がる際は車椅子のはやてをヴィータが補助し、そうして一緒に布団へ入る。
「おやすみ、ヴィータ」
「おやすみ、はやて」
既にシグナム達には部屋に入る前には言っている。
シャマルは部屋で、シグナムとザフィーラは今日もリビングで座って休んでいるのだろう。
そんな事を考えながらはやては眠りにつく。
今日も充実した1日だった、ヴィータ達と過ごす日々は毎日が充実している。
休学している分の勉強と共に、図書館で借りてきた本を読むのにも忙しいし、1日を短く感じる程だ。
(そういえば、本―――そうや、うちはもう会っているのかもしれへんな、恭也さんが言っていた子に……)
図書館で出会ったあの子、月村 すずかの事を思い出したはやては、そんな事を考えていた。
何故そう思ったかは解らない。
けれど、完全に外れているとも思えなかった―――
はやては眠りについた。
天使の様な笑顔で眠るはやては、きっと良い夢を見ているのだろう。
そんな寝顔を見ながら、隣で寝ていた筈のヴィータは静かにベッドから抜け出した。
丁度その頃
この日の夜、すずかは久々に両親と会っていた。
ホテルで夕食を共にしただけの僅かな時間だが、それでも半年ぶりに会って楽しい時間を過ごした。
この半年間はすずかにとってとても密度の高く、重要な時間であった為、両親に話したい事は山ほどあって時間は全然たりなかった。
それでも一番大切なことは直接伝えることができた。
電話での報告は既にしているが、それでもやはり直接話して伝えたかった大切な友達の事と、自分の将来の事。
それが話せて、すずかの気分はとても晴れやかだった。
「お嬢様、嬉しそうですね。
やはりご両親に会える事は喜びですか?」
護衛の為に一緒に来ていたファリンが今も笑顔の絶えないすずかに問う。
すずかがこんなに嬉しそうにしているのはなのは関連くらいだと思っていた。
因みに、今日はすずかの両親とファリンは初顔合わせとなったので、改めての紹介もしてもらっている。
すずかの両親は、ファリンの元となった『スクラップ』を見ていただけに、忍の技術力を絶賛していた。
「うん、私は幸福な家庭に生まれたのだと思うよ。
何よりも両親の愛を受けられる事が自慢だよ。
ファリンにそれを上手く教える事はまだできないけど、いつか必ず教えてあげたい事の1つなんだ」
「そうでございますか、楽しみにしております」
機械人形であるファリンに『親』という概念は無い。
製造者という意味ではそれに近いかもしれないが、ファリンの場合は忍がそれになるだろう。
ただ、やはり少し違うものだと思っている。
すずかはそれをファリンに伝える方法として、まだ漠然としたものしか思いつかないが、今の気分なら教えて上げられそうな気がしたのだ。
それはファリンにとってもいつか知ることができ、同時に必要になるものだと。
「それにしても、すっかり遅くなっちゃったね」
時間は既に23時になろうとしている。
まだ完全に眠る事はないが、しかし街も完全に『夜』という時にある。
すずかの様な子供が外にいる時間としてはだいぶ遅いだろう。
「そうですね、ノエルお姉さまもじきに到着されると思いますが、流石に危ないですね」
ファリンは周囲を警戒する。
2人はホテルを出て、車で迎えに来るノエルに拾ってもらう為、外を歩いているところだった。
安全を考えればホテルのロビーで待つべきだったのだが、すずかは立ち止まっている気分ではなかったのだ。
夜の一族であるすずかにファリンの護衛が居るのだ、見通しの良い道を歩いている分には問題ないだろうと、ファリンも強くは止めなかった。
同時刻 某所
恭也はとあるビルの屋上に居た。
今夜もあの事件の犯人を追う為にここに居る。
しかし、ビルの屋上から見渡しが良くて発見はし易いだろうが、あの展開と撤退の速度を考えれば現場への急行に致命的な遅れが生じる筈だ。
よほどピンポイントでの予測をして居無い限り。
だが、今尚次の場所をそんな高精度での予測はできていない。
場所を50以下に絞るのでやっとの状態なのだ。
なら、何故恭也はこんな場所に居るのか―――
答えは簡単だった。
展開と撤退が早すぎてよほどピンポイントで予測できないと間に合わない、とするのは恭也が『この世界の、この世界の者による事件』としする前提によるもの。
つまりは、あくまで恭也はこの世界の基準でしか動かない場合によるものだ。
しかし、昨晩敵は魔導師である事が判明した。
ならば、恭也もこの世界には無かった力を使える。
「来たか」
予測しきれた訳ではない、今日は全然違う場所だったかもしれない。
しかし、運良くと言うべきか、比較的近い場所にソレは来た。
某所 上空
海鳴市の夜の空。
鳥も飛行機も飛ばないこの場所、この時間に空を行く者達があった。
1人は幼い少女で、赤いジャケットとスカート、頭には赤いベレー帽の様な物を被り、手には本と鎚らしき物を持っている。
もう1つは蒼い毛並みの大型の狼で、両前足、後足には手甲の様なものが装着されている。
いずれも羽など持たず、本来空など飛べぬ筈の存在なのに自由に空を飛んでいる。
それは魔法によるものだ。
『今日は私とお前だけだが、大丈夫か、ヴィータ』
蒼い狼から念話が届く、ヴィータと呼ばれた少女に。
『大丈夫だろう。
いや、大丈夫にしなきゃならねぇだろ、ザフィーラ。
結界展開はシャマルに負担が掛かりすぎるし、シグナムのデバイスは不調なんだからせめて自己修復の為の時間が要る。
今後の活動を考えれば、本の補助で結界を展開して、単独でも蒐集ができる様にしておかねぇと』
『……そうだな』
ヴィータの返答に、ザフィーラは少し間をおいて答える。
今、自分達の行こうとしている道を改めて考えて。
「さて、ここだな」
ヴィータ達はある地点で停止し、地上を見下ろす。
広い通りに面したこの場所は、前の住宅街程の人口密度は無いが、近くにホテルもあるしビル街もまだ眠ってはいない。
十分な量が確保できるという計算になるが、蒐集用の結界も空中での展開で、本職とする術者も不在。
だが今後を考えれば、実験も兼ねて行わなければならないだろう。
「周囲を警戒する」
「ミッドチルダの魔導師だけじゃなく、この世界の魔導師も馬鹿にできないからな、気をつけねぇと」
3mほどの距離を置いて、互いの背をカバーしながら空中に立つ2人。
2人は十分に周囲を見渡し、魔導師がいない事を確かめる。
その上でヴィータは本を掲げる。
「結界展開」
カッ!
その言葉と共に本が輝き、ここに魔法が発動する。
本を中心として世界が球体が広がる様にして展開し、予定している大きさまで広がった。
結界の展開が完了し、これでまず第一段階が完了した。
ここまでくれば周囲に魔導師もいなかったのだから、問題無く今日の蒐集を終えるだろうと、そう少しだけヴィータは気を抜いた。
だが、そこで―――
「右手!!」
ザフィーラの声が響いた。
結界が展開し終わり、ヴィータの方に振り向いたザフィーラの声だ。
「え?」
その声で、ヴィータは自らの右手を見る。
そこには在り得ないものがあった。
「なっ―――!!」
人が居た。
漆黒の装束に身を包み、目元を仮面で隠した成人男性と思われる者が、ヴィータの右手を掴んでいた。
ヴィータは外見の幼さに似合わず、数多の戦場を駆け、大概の事には驚かない自信があった。
だが今、人生でも5指に入るくらい戦慄し、動揺している。
これは一体どう言う事か。
結界の展開し終わったこの世界に、自分とザフィーラ以外の者が居る。
確かにこの結界は蒐集用に調整した結界で、外からの侵入は比較的簡単だが、それでも展開完了の直後にここに存在できる筈はなかった。
それはつまり、結界展開時の排他機能が働かない程、展開した本人たるヴィータに密着し、展開というタイミングに干渉してきたという事だ。
展開時はあれ程に周囲を警戒していたというのに、気を抜いたというのも展開完了後なのに、ヴィータに気付かれる事なく接近し、腕を掴んで一緒に結界に入ったというのだ。
「やはり、お前達か」
ヴィータの腕を掴んで結界に侵入してきた男はヴィータの顔を見ながらそう呟いた。
丁度その頃 ホテルを出た大通り
ファリンはすずかと共に大通りを歩き、移動していた。
丁度今ノエルから電話で連絡があり、拾ってもらう場所を調整する。
「はい、ではそこで。
はい、お待ちしております」
ファリンとノエルが使っているのは市販の携帯電話だ。
2人には内蔵の通信機能も存在するが、普段はこうして携帯電話を使っている。
ただ市販のものではあるが、多少忍の手が加えられ、本来無い機能が付与されているくらいだ。
「ではお嬢様、場所が決まりましたので―――」
ファリンは携帯電話をしまい、すずかの方を振り向いた―――筈だった。
「え? あれ?」
だがそこにすずかはいない。
電話をしている間も目を向け、眼を離したのは携帯をしまうホンの僅かな時間だった筈なのに、周囲を見渡してもいない。
「お嬢様っ!!」
全身総毛立つという感覚を理解したファリン。
しかし行動は冷静だった。
同時刻 某所結界内部
蒐集の為に結界を展開したそのタイミングで干渉してきた仮面の男。
自分達には主か敵以外いないというのがメンバーの共通認識。
ならば、この男も敵と判断するのが当然で、いかに戦慄し、動揺はしてもヴィータの行動は的確だった。
「本を!」
ヴィータは持っていた本をザフィーラへと投げ渡す。
自分は腕を掴まれているし、この男の能力は未知数だ。
本の安全を優先し、先ず行動する。
「応っ!」
シュバンッ!!
ザフィーラは本を手に取る為にも人型へと変身する。
褐色肌で筋肉質な男へ変化した上でその場から飛び、ヴィータの投げた本を掴もうとした。
だが、その次の瞬間だった。
「―――っ!」
バシュンッ!!
ザフィーラは何かを感知し、本を力場を発生させて弾いて加速させて自分へと引き寄せるという手段をとった。
無視できる程度とはいえ、本にダメージを与える行為だ。
しかし、その行為が正しい事は更に次の瞬間に証明される。
ヒュォオオオオンッ!!
突如として、ヴィータとザフィーラの間を真紅の風が吹き抜ける。
それが飛行魔法の残滓である事に気付くのには暫くの時間が必要となった。
「……」
その残滓の先、本を奪おうとしたのだろう、通り過ぎた人物が居る。
真紅の分厚い装甲服に身を包み、狐を模したと思われる仮面を着けた―――おそらく女性。
こちらの正体は明らかだ。
一般的には程遠いがその魔法形式と、腕につけた手甲型のデバイスは間違いない、ミッドチルダの魔導師だ。
だが、そんな事は重要ではない。
「お前等、一体どうやって―――」
ヴィータが展開した結界は魔導師の眼にも映らない、感じ取れない。
そう言う事に特化した結界だ。
現に昨日までは魔導師が通り過ぎてもその正体を感づかれる事はなかったのだから。
だからミッドチルダの魔導師が多少うろついている程度なら無視できると、この蒐集手段を実行しているのだ。
なのに、この2人にはこの結界が見えているらしい。
男の方に至っては、大凡在り得ないと言えるような干渉方法を取ってきた。
女の方は結界の位置を特定し、侵入するというこちらは結界への侵入としては普通の方法だが、それでもザフィーラでも直前まで気付かないくらいの精密な侵入方法。
どうすべきか、ヴィータも一瞬考えてしまった。
「けど、見られた以上は―――」
けれど、やるべき事は変わらない。
この道には考えるなんて余計な事は必要ないのだと、行動に移そうとした。
既にザフィーラによって非常事態の連絡はされている。
後はこれ以上敵の援軍が来る前に、こいつらを逃がさない様に―――戦うだけだ。
「はっ!」
そう決意した、ヴィータの行動より男の動きの方が早かった。
それもそうだろう、男は既にヴィータの腕を掴んでいるのだから。
男は掴んでいたヴィータの腕を振り回す様に投げ飛ばす。
「ぐっ!」
空中での投げ。
それを受けた事自体は初めてではないものの、違和感があった。
この男は体術に秀でている事は明確なのだが、それ以上に空中で投げ飛ばされたにしては妙に飛ばされた気がする。
互いに静止状態にあった筈なのに。
音も気配もなく接近し、結界の展開に干渉してきた能力以外にもこの男には何かある。
(だが、それも関係無い!)
「グラーフアイゼン!」
『Jawohl』
ヴィータは己のデバイスに呼びかける。
如何なる敵も粉砕するデバイス『グラーフアイゼン』に。
指示は攻撃魔法の使用であり、その前動作が成される。
ガキッ!
鎚の柄と柄頭の間が上下に動き、3連装のカートリッジシリンダーが回転、カートリッジに封入された魔力を解放、使用されたカートリッジが排莢され―――
ガッ!
「なっ!」
その瞬間だった。
またしても仮面の男は何時の間にかヴィータの目の前に居る。
かなりの距離を投げ飛ばされ、体勢を立て直し、向き合ったときには5mの距離はあった筈なのに。
更に、こともあろうに男は針の様な物を今使用済みのカートリッジを排莢しようとしているその口に差し込んだ。
機械における動作部位は弱点でもあるが、解りきった弱点でもある為にカバーされている。
しかし、カートリッジの排出に介入してくるなど、ヴィータの経験では無い。
その弱点を撃たせる程のヘマはしないし、狙われる様な状況でカートリッジをロードした事もない。
いや、そもそもカートリッジを排莢するホンの僅かなタイミングに割り込むなど、やろうとしてできる事なのか。
だが、現実やられた。
使用済みの空のカートリッジを針で貫かれ、貫いた針と変形したカートリッジは排出できない。
デバイスは危険回避の為に魔法を使用する為にロードした魔力を破棄、デバイスとしての機能を一時停止させる。
事故以外でこんな事になるなどヴィータは経験になかった。
ヒュッ
更に男動きはまだ続く。
懐から何か玉の様なものを取り出したかと思うと、ヴィータに向けた放つ。
それは糸繭だったらしく、展開された糸―――鋼の糸が、ヴィータに纏わり付き、拘束する。
「こんなものっ!」
細い鋼の糸くらい、ヴィータの魔力をもってすれば簡単に絶てる。
たとえデバイスが無かろうと、拘束された状態であるとう。
魔力さえ使えれば―――
フッ……
だが、魔法は使えなかった。
「え?」
正確には魔力が上手く収束できない。
いくら集中しても霧散する。
見れば男は鋼の糸を放った後、更に妙な字が書かれた紙と、デバイスに刺したものとは違う針をヴィータの体に貼り付けていた。
それが収束、放出されようとする魔力を無力化しているのだと解る。
「あ……」
魔法が使えない、と言う事はどうなるか。
今ヴィータは空戦を行っていたのだ。
戦うと言うほど何ができた訳でもないが、しかし、魔法が使えなくなると言う事は飛行魔法も同じ事。
完全に魔法を封じられている訳でも無い為、自由落下に即時移行する事もないが、この高さから拘束された状態で落ちれば危険である事に変わりは無い。
しかし、その心配はなくなった。
ヴィータは仮面の男によって抱えられ、地面に降ろされたのだから。
「お前は―――」
男に言いたい事がある。
だが、何を言っていいかが纏らない。
「おとなしくしていろ。
あまり暴れると鋼糸で傷ができる。
主に隠しきれない傷は困るだろう」
仮面の男はそう言って再び飛びたつ。
「何でだよ……」
動くと怪我をするから動くな、というのは本来脅しだろう。
だが何故か仮面の男のその言葉は違う気がした。
先ほどから驚いたり疑問がでたりするばかり。
元々さして深く考える事のない性分なのに、ヴィータは動けぬ程、悩み始めていた。
その頃、上空では仮面の女性に対してザフィーラは防戦を強いられていた。
「ぐぬぅ」
しかし妙だった。
仮面の女性が仕掛けてくるのは拳打による接近戦のみ。
当然なんらかの魔法、恐らくシールド等の防御魔法を逆手にとった魔法を纏っての拳打だ。
更に相手の防御を崩す魔法まで付与している為、防戦も厳しい状態だ。
だが、この相手はミッドチルダの魔導師と見ていたが、こんな戦い方のミッドチルダ魔導師は見た事がない。
てっきり時空管理局所属のミッドチルダ魔導師に自分達の事を嗅ぎ付けられたと思ったのだが、援軍が来る様子もなく、疑問は深くなるばかりだ。
だが状況が悪い事に変わりは無い。
ヴィータは最初の奇襲もあって、戦闘にもならず捕らえれてしまった。
ザフィーラはヴィータの救出と本の防衛という絶対に譲れぬ役目を持ってしまったのだ。
「ぬぅんっ!」
仮面の女の打撃をシールドを展開した腕で受け止め、切り込もうとするが、仮面の女性はあっさり身を翻す。
目に見える形にまで凝縮、巨大化した背の翼。
飛行を行うにはあまりに仰々しい真紅の大翼は高機動戦には便利な魔法だろう。
相手が早すぎてザフィーラは魔法を殆ど使えない。
両手が使えるか、もしくは『本』が使えれば勝機はあるのだが―――
(それはできな。
現段階では暴走の確率の方が高い上、主に使用が露見してしまう……
この状況の打開と、主にこのことが知られること、さてどちらを優先すべきか)
ザフィーラは考える。
本来こういった事を考えるのは自分の領分ではないのだが、状況が状況だけにしかたがない。
彼女等が間に合いそうになければ、ザフィーラが決断する必要もある。
「……貴方が前線に出てくるのはあまりデータに無かったわね。
それに、貴方はあまり迷いがない」
突然、女性が動きを止めた。
ザフィーラを真っ直ぐに見て、そんな感想を告げる。
「……」
対し、ザフィーラは何も答えない。
ただはっきりしたのは、この相手が自分達を知っていると言う事だ。
それに場が止まった事で見える。
ヴィータを拘束した仮面の男は既に上空に上がっており、後方でこちらを観察しているだけだった。
正直、この2人が連携されたらザフィーラも本の使用を覚悟せざるを得なかったのだが、何故かそれはしないらしい。
「……」
「……」
その後、何故か仮面の女性は攻撃を仕掛けてこない。
仮面の男もその場に留まったままだ。
まるで何かを待っているかの様に―――
(待っているか、そうか。
だが、揃ったら不利なのはそちらの筈だが……)
何を待っているかは解る。
と言うよりもそれしかない。
だが、このこちら側が展開した結界の中で『待ち』に入るとは何か余程の自信か、手札でもあるのだろうか。
そんな事を考えながら、ザフィーラは立ち位置を調整する。
2人が到着した時に、有利に動ける場所へと。
そして、この2人の望み通り、それは到着する。
「着たわね」
仮面の女性も気付いた。
この結界に入ってくる者に、メンバーのリーダーにして、最大戦力の到着に。
それとほぼ同時に、ザフィーラの手から本が消える。
もう1人によって回収されたのだ。
これでザフィーラも自由に戦う事ができる。
『私は仮面の男の相手をする。
シャマルはヴィータの救出、ザフィーラは仮面の女を』
『了解』
到着したリーダーから通信で指示が飛ぶ。
同時に仮面の男女も動き出す。
襲撃を受けたと聞き、駆けつけたシグナムとシャマル。
シグナムは敢えて目立つ様に上空から入り、自らの到着をここに示す。
身を隠しながら入ったシャマルはヴィータの救助に向かっている。
2人に指示を飛ばしたシグナムは、ヴィータの腕に掴まり結界展開に干渉してきたという男の前に立つ。
目元だけを隠す仮面に黒ずくめの装束。
しかし見れば装束はミッドチルダで言うバリアジャケットではなかった。
いや、多少魔力による防御はあるが、とても攻撃に対する防御は望めないもので、環境適応のみと思われる。
それに余程特殊なのか、魔力も一見して低い様に思え、とても魔導師はなのれない程だ。
そう言ったところも、接近に気付けなかった原因の1つなのだろう。
だが、どちらにしろ油断は全くできない。
いくら奇襲とはいえ、ヴィータは瞬時に無力化する様な男なのだから。
「これで揃ったか」
仮面の男はシグナムと対峙するとそう問いかける。
シャマルの存在も気付いていると言う事だろう。
「……」
「人のものをこそこそ隠れて持って行く盗人にしては堂々としたご登場だったな」
黙っていたシグナムに対して、男はそう言葉を吐いた。
明らかな挑発行為で、それも安い挑発だが、それでもシグナムは乗らざるを得なかった。
「盗人だと? ベルカの騎士に対してずいぶんな物言いだな」
ザフィーラとの情報交換で、どうやら自分達の事は知った上での襲撃だという事は解っている。
だからこそ敢えて言葉にする。
自分達が何であるか。
その上で反応を確認するつもりだった。
「騎士? それはつまり『主』を持っているという事だな」
「……そうだ」
それは知っている筈だ。
そうでなければ自分達はここにいないのだから。
だが、どうも仮面の男が言っているのはそんな事ではないらしい。
「お前は盗人と呼ばれるのを否定したが―――お前達は自分達がしている事を主に誇れるのか!」
それは叱責の言葉だった。
そして、シグナムもシャマルもヴィータもザフィーラも、4人だれもが予想しなかった言葉。
こんな事を言われる事は考えた事もなく、言われる筈もなかった言葉だ。
「な……」
シグナムは動揺を隠し切れなかった。
一体今までどれ程の怨嗟の声を聞いてきただろうか。
怒り、憎しみの感情をぶつけれる事にはもう慣れてきたつもりだった。
騎士として恥ずかしくないのかと、そう言われる事も度々あった。
だが、仮面の男が言っているのはそうではない。
それは嘗てシグナムが最も求めていた筈の―――
「……貴様に何が解る」
「解らんさ。
だから問うのだ。
お前達が遣っている事は主の命か? そんな筈はない。
ならば、主に隠れやっているこれは一体なんの為かと、そう問うている。
騎士だと名乗るお前に」
事情など解らない、それを肯定した上での言葉。
それはシグナムが今まで受け続けてきた怨嗟をも飲み込んで重く圧し掛かる様だった。
『シグナムッ!!』
だが、それで立ち止まる訳にはいかない。
シグナムは仲間の声にそれを思い出し、剣を取る。
「それでも、私達は進まねばならない!」
「迷いを持ったまま剣を取るか、騎士よ。
まあいい。
俺も言葉で説得できると思っていない。
それは俺に役目ではないしな。
お前がその気であるなら、お前達を残さず捕らえ、主の前に引き摺って行こう」
仮面の男はその目元を隠す仮面故に表情は読みきれない。
しかし、何故か少し怒っている様に思える。
怒りはシグナムにとっては慣れ親しんだ感情だが、何故か初めて目にする様な感覚があった。
その頃 ホテル近くの通り
すずかを見失ったファリンは緊急連絡を各方面に入れた後、必死ですずかを探していた。
もう直ぐノエルも到着し、捜査に加わる予定で、更に状況がおかしい為神咲にも援助に駆けつけてくれる手はずになっている。
ただ、ノエルと忍の次に連絡を入れた恭也とは今もまだ連絡が繋がっていない。
だが、恭也ばかりを頼る訳ではなく、ファリンは自分でもちゃんと動いている。
状況がおかしい、というのはファリンが持つ計器にはすずかはそう離れていない場所に居る筈なのに、しかし姿が見えない、同時に反応も薄いという映り方をしている点だ。
ここに居て、ここにいない。
直ぐ近くなの筈なのに、遠い場所に居る。
そんな矛盾した感覚がある。
「お嬢様っ!」
誰の仕業だの、こうなった原因だのはどうでもいい。
今はすずかの身の安全だけを祈り、ファリンは走り回った。
おかしな反応を示す計器ではあるが、今はそれだけがすずかの手がかり。
少しでも反応の近い場所を探してまわるのだった。
同じ頃 某所
すずかは走っていた。
ファリンと一緒にノエルを待っている筈だったのに、いつの間にかファリンの姿が消え、街の様子もおかしくなっていた。
周囲を探しても人も動物も見当たらず、街の姿はそのままなのにゴーストタウンに迷い込んだ様だった。
そもそも空の色もおかしく、すずかの夜の一族としての感覚が、ここは正常な世界ではないと訴えていた。
「誰かっ! 誰かいませんかっ?!」
妙な場所に突如迷い込んだ。
その不安もあって、最初いた場所を離れ、街の方向へと走るすずか。
僅かだが、そちらに人の気配がした。
近づくのは危険だという感覚もあるが、しかし、この妙な世界から脱出する手がかりはそれくらいしかないのだ。
結界内 中心付近
シグナムとは別のルートから結界に入ったシャマルは地上ルートから結界の中心付近、ヴィータが拘束されている場所を目指した。
入り組んだ街の構造が上空から視界を遮り、魔法無しでも襲撃者からは身を隠して進む事ができた。
「ヴィータ」
「シャマルか」
現場に到着すると、意外に元気そうなヴィータの声が聞こえて一安心したシャマルだが、同時に驚く事になる。
「……拘束されたって聞いたけど、何それ?」
てっきりバインド魔法で拘束されて動けないのだと思っていたが、ヴィータを拘束しているのは鋼のワイヤーとお札の様なもの。
お札はこの世界の呪具であるという知識はあるし、ワイヤーというものも知っている。
だが、その2つを合わせて拘束されているというのは始めてみるものだ。
そもそも魔導師同士の戦いでこんな者を使っているのも珍しいを通り越して奇怪だった。
「何、と言われてもな」
「そうね、見たまんまよね」
だが、その実用性は十二分と言えるものだった。
札の方は術式が直ぐには解析できないので触って良いものかも判断がつかない。
下手に触れて自分まで魔力を封じられたら後がない。
ワイヤーの方に至っては、ちゃんとした拘束ではなく、ワイヤーを不規則に絡まって拘束している為、下手に結ばれているよりも性質が悪い。
断ち切るにはそれなりの力が必要で、札の邪魔もあってシャマルでは断ち切れそうにないし、力任せに斬るにもヴィータに密着しているので慎重に行わなければ成らない。
更には何処を斬れば拘束が解かれるというのも解りづらい。
どちらも解除には時間が掛かりそうだ。
更には―――
「グラーフアイゼン……なんてことに……」
ヴィータのデバイスの姿にも驚愕する。
カートリッジシステムが搭載されている柄と柄頭の間、そのカートリッジの排出口に太い針の様な物を差し込まれ、排出される筈だったカートリッジも変形してしまい、挟まっている。
これではカートリッジシステムが動作せず、カートリッジシステム搭載のデバイスとしては、その機能も殆どが使えなくなる。
こちらもカートリッジを取り除けば良いのだが、それも今すぐにはできそうにない。
どれを見ても一見大したものではないのだが、解決には時間を要するのだ。
短時間だけヴィータを戦闘不能にするには十二分の効果を発揮するだろう。
「……」
それに加え、どうもヴィータの様子がおかしい。
今は戦場となっているこの場所で、本来あるべき闘志が感じられないのだ。
「どうしたの? 拘束されてしまった事を気にしているなら、忘れなさい。
奇襲であった事は言い訳にできないにしても、そんな時ではないのよ」
「いや、解っているんだ……
それより、シグナムに伝えてくれ、あの男の情報を」
ヴィータが闘志を失っている理由は解らない。
だが念話も通じなかったヴィータから得られる情報は大きい。
シグナムに自分と同じ轍を踏ませぬ為にも、急がねばならなかった。
仮面の男と対峙するシグナム。
だが剣を鞘から抜き、正眼に構えるシグナムに対し、仮面の男は武器を―――デバイスを持っていない。
(魔導師らしい魔導師ではないといのは確かだが……)
基本的に魔導師が使うデバイスは手にそれと解る様に持っていなくとも、動作している事は魔導師同士なら解るものだ。
シャマルのデバイスなどは指輪型といえるものだが、たとえグローブをつけて指輪を隠しても動作していればそこにあると解る。
魔法を行使する為の道具なのだから、どうしても魔力が集中し、隠し切る事は難しい。
いや、それ以前に隠すメリットがあまり多くないというのもあるだろう。
(どちらにしろ未知の相手に対して待つ訳にはいくまい!)
そう考え、シグナムは攻めに出る事にした。
「レヴァンティン!」
己の剣、アームドデバイス『レヴァンティン』に呼びかける。
片刃の長剣の形をしたデバイスで、その能力を攻撃に殆ど特化したアームドデバイスらしいアームドデバイスと言えるものだ。
ベルカ式のアームドデバイスに装備されるカートリッジシステム、その魔法の使用の際に行うカートリッジロードが行われる。
ガチャンッ!
刀身付け根にあるカバーがスライドし、カートリッジロードと同時に空となったカートリッジが排出される。
その瞬間だった。
『シグナム、気をつけて! 仮面の男は排莢のタイミングを狙っている!』
バッ!
そんな念話が入り、その意味を理解した時にはもう―――仮面の男はシグナムの間合いの内側に入っていた。
「っ!! おおおっ!!」
シグナムは蹴りを放つと同時に後退する。
滅多な事では退く様な事をしないシグナムだが、しかし今のは自衛本能による半ば反射的な後退だった。
蹴り自体は回避され、無意味に空を切る事となったが、しかし後退には成功した。
デバイスも無事だ。
「……」
見れば蹴りを回避した男の手には針の様なものが握られ、デバイスのカートリッジ排出口には傷がある。
後コンマ1秒でも遅ければデバイスはカートリッジ排出口を潰され、機能の大半を殺されていただろう。
(なんという男だっ!!)
シグナムは驚愕を隠せない。
今ヴィータから得た情報をシャマルから流されているが、それを聞いて尚今の事態の理解には時間が必要だった。
今の一瞬で、シグナムは対峙していたと言うのに認識できない瞬間移動かの様な移動方法もそうだが、カートリッジ排出口を狙った攻撃もそうだ。
一歩間違えばカートリッジの暴発という事態を招き、デバイスはおろか攻撃した男の方にも多大な危険が伴うものだ。
カートリッジシステムを熟知していなければできない攻撃であると同時に、熟知しているからこそできない筈の攻撃でもある。
『Schlangeform』
ガキンッ!
先のカートリッジロードによる魔力を使用し、レヴァンティンが変形する。
『蛇』を意味するその形態は連結刃。
無数の刃を繋いだ鞭とも言えるものだ。
「はぁっ!」
ヒュォォオオンッ!!
少し見ただけでは正確な長さが測れない程の連結刃。
それをシグナムは自分の周囲を覆う様に展開する。
そうしてできるのは刃の結界ともいえる世界だ。
動き続ける刃の嵐に護られ、そう簡単にはシグナムには近づけないだろう。
同時に自らの動きも制限しているこの状態は、シグナムが護りに入った様にも見える。
だが、当然それだけでは終わらない。
「いけぇっ!!」
『蛇』を名乗るその由縁。
規則的な動きでシグナムを覆っていた連結刃は、その動きを変える。
シグナムを護る様な動きをするものも残しつつ、切っ先は仮面の男へと向かって走り、先ずは男を囲み、その上で背後から切っ先が男に迫る。
ガギンッ!!
次の瞬間、金属の衝突音と共に男が移動していた。
その移動を目で追う事はできなかったが、解る。
連結刃の壁をこじ開けて移動したのだ。
こじ開けたのは何時の間にか男の手にある短剣らしき物。
デバイスではない様で、ただの金属の刃物だと思われる。
ともあれ、ハッキリした事がある。
男の移動方法はあくまで速いだけで、空間を渡っているという訳ではないと言う事だ。
そうでなければわざわざ連結刃をくぐる為に剣を抜く必要はなかった筈。
「ならばっ!!」
ヒュオオオンッ!!
シグナムは連結刃を更に複雑に動かし始める。
男を囲み、追い込む様に。
実際それは上手く行き、男はミッドチルダではよくある筈の遠距離攻撃魔法も使うことなく、回避に専念し、徐々にシグナムが追い込んでいる様にも見える。
しかし――
ガギンッ!!
ブオゥンッ!!
再び連結刃の壁をこじ開ける為に短剣を振るった、そう思った。
だが、その一撃で連結刃が大きくたわむ。
いや、これは―――
ヒュォォォォォ……
連結刃の一部がシグナムの制御を離れ、慣性に従って飛んでゆく。
断ち切られたのだ、連結刃の一部が、その連結を。
「まさか、一撃で?!」
連結刃の連結は金属製の鎖の様な物が使用されている。
いくら剣よりも細いとはいえ、高速で動くそれを狙いって攻撃を当てるなど、シグナムでもかなりの集中力が必要になる。
更に一撃で破壊する、空中にある事もあってある程度衝撃を受け止めてしまえるこの連結刃の結合部を斬るなど、斬撃強化の魔法を使わなければ出来ない事だ。
「まだだっ!」
ガチャンッ!
ヒュォォンッ!!
まだ連結刃はその長さの70%以上を持っている。
カートリッジを使用し連結刃に魔力を込め、保護と共に攻撃力、速度を増す。
再び男を包囲し、追い込む。
だが―――
ヒュンッ!
ガギギギギィィンッ!!
男は金属製の小さな刃物をいくつか投げた。
本来この程度の攻撃、連結刃の波によって弾かれるだけなのに、それらは全て結合部へと入り、連結刃が大きくたわむ。
破壊こそされなかったものの、大きくダメージを受けた上、制御を失ったのだ。
「くっ!」
元々整備不良で不調だったのに加えて今の攻撃。
まさか不備のある箇所を狙ったとは思えないが、それでも十二分な効果のある攻撃となった。
どちらにしろ、この高速で動いている連結刃の結合部に狙って当てているのだ、その技量は賞賛に値するだろう。
ただ、1つ思うところがある。
(何故先程からデバイスばかりを狙う?
その技量があれば、私への直接攻撃もできる筈では)
シグナム自身はまだ攻撃を受けていなかった。
連結刃の結合部を狙って当てる程の投擲技量があれば、シグナムに向けて放たれれば牽制としてはデバイスを狙うより有効だろうに。
確かにデバイスを破壊してしまえばシグナムの戦闘力は大きく下がり、その後の戦闘に有利だろうが、例えこの連結刃を破壊したとしても、レヴァンティンの攻撃性能が0に成る訳ではない。
連結刃の破壊は他の形態へも影響が出るが、剣そのものがなくなる訳ではないのだ。
(何故だ?
―――何故、私は戦いに集中できていないのだっ!)
男の行動を疑問を抱くと同時に、自分自身にも問う。
そんな事は関係なく、シグナムはこの戦闘に勝利しなければならないのに。
その頃、ザフィーラと仮面の女は空中で激しい打撃戦を繰り広げていた。
両手が自由となったザフィーラが大きく攻めに出ていた。
それが大きな変化であるが、しかし―――
(動きが鈍いな、何故だ?)
仮面の女性は先程と打って変わって殆ど動かずにザフィーラの攻撃を弾き、カウンターでのみ攻撃をしてくる状態だ。
せっかくの背中の羽も動かなければ意味もない筈なのに。
しかし、防戦にしろ仮面の女性が強い事には変わりない。
ザフィーラがこれほど攻めに出ているのに全く勝てる気がしてこないのだ。
いや、それよりも戦っていて感じる事がある。
それは共感と呼べるものだ。
(もしや、この女元々俺と同じ盾の―――)
そんな考えが過ぎるが、その時だった。
『ザフィーラ、ヴィータの解放はちょっと時間が掛かりそうだから、そっちの援護をするわ。
本もこの手にあるし、いつもの手段でいくわ』
『解った』
シャマルからの提案にザフィーラは答える。
この女程の力なら、かなりの『足し』にもなる筈、襲撃者を行動不能にできて一石二鳥と言った所だ。
それを拒否する理由はなかった。
だが答えた後でふと思った、この女は自分達を知っている筈だと。
その上で、何故今殆ど動いていないのか―――
『待て、シャマル!』
『え?』
ザフィーラが止めようとしたその時だ。
既にシャマルの術は完成し、仮面の女性の胸の辺りから腕が飛び出る。
ザフィーラから本を回収したのと同じ、空間を渡る魔法。
シャマルはビルの陰に隠れてつつ、自らのデバイスの能力を使い空間を繋げ、仮面の女性の胸、そのリンカーコアを直接摘出しようとしたのだ。
魔導師にとっては心臓にも等しいその機関に魔法によって干渉し、摘出。
完全に分離する事は死を意味するが、霊的な結合にさえ支障をださなけば、心臓を鷲掴みにされた様に相手の動きを封じる事ができる。
しかし―――
バシッ! ギギギッ!!
『きゃぁっ!』
シャマルの手にリンカーコアは無かった。
相手も殆ど動いておらず、狙いは完璧だった筈なのに、外した―――いや、外されたのだ。
シャマルの術が完成し、空間を繋げられたその瞬間に、仮面の女はシャマルが気付かない程度に動き、リンカーコアの位置をシャマルの想定からずらしていたのだ。
その上で自分の胸から伸びた手を今、女性は掴んで離さない。
最初からそのつもりだったのだろう。
シャマルの手口を知っているなら、敢えて動かず狙われるようにした上で、シャマルの術の完成を感づけるなんらかの方法があれば逆手に取れる。
しかし、それは言うほど簡単な事ではないし、そもそもザフィーラと戦闘をしながらずっとそれを待っていたというなら、難易度は跳ね上がる筈だ。
事実、今までこんな形でシャマルのリンカーコア摘出を防がれた事も、逆手に取られたことも無かった。
「……」
だが現実それをやられ、シャマルは捕らえられた。
シャマルはこの状態から攻撃魔法は使えない、そもそも手持ちに攻撃魔法などない上、空間をつなげた先の手となると更にできる事が限られる。
筋力上も敵わない事は明白で、シャマルは無力化されたに等しいだろう。
「く……」
直ぐに救助したいザフィーラだが、相手は自分の胸から生えている状態のシャマルの手を握っている。
下手な攻撃はシャマルへのダメージになりかねない。
しかし、人質とするにはあくまで片手だ。
ここは覚悟を決めなければならないだろう。
「少し耐えろよ、シャマル!」
ザフィーラの攻撃は再開される。
だが仮面の女性はその場から動く事なく、ザフィーラの攻撃を片手で弾く事のみに専念し始めた。
同じ頃、拘束されたヴィータはビルの合間を歩いていた。
何とか足回りの拘束だけは外し、拘束された場所から離れる事には成功する。
ただ、だからと言って何ができる訳でもない。
念話もできないこの状況では戦いがどうなっているかも解らないし、シャマルと合流しても足手まといになるだけだ。
恐らく人質にとられる様なことは無いと、何故かそう感じるのだが、同じ場所にい続けるよりは良いだろうと歩いている。
ついでになんとか拘束がとけないかとがんばってはいるが、やはりこれ以上自分では難しい。
ドゴオオンッ!!
その時、上空で爆音が響く。
見上げればレヴァンティンの連結刃の一部がビルの屋上に当たっている様だ。
それも、本体から切り離された切っ先部分。
断ち切られたか、もしくは整備不良が重なって壊れたか。
「これは本格的に拙いな……」
いかにベルカの騎士とはいえ、デバイスが不調では実力を出し切れない。
整備不良など言い訳ににもならない事が原因など笑い話にもならないが、どの道人に誇れる戦いなど久しくしていない。
そんな事を考えながら、攻撃の余波から逃れるという目的ができた移動を再開する。
とはいえ、上空の状況が解らない為、向かう先は適当だ。
1度広い場所に出て状況を確認した方がいいかもしれないと、そう考えていた。
その時だ。
「誰か居るの?」
声が聞こえた。
仲間の声ではなく、あの男のものでも、女のものでもない。
少女の声だ。
それに声と共に駆け寄ってくる気配があった。
「え?」
振り向けば、そこには長い薄紫の髪の10歳くらいの少女が居た。
若干怯えている様子でこちらを見ている。
その様子から、襲撃者の仲間である可能性も低いだろう、拘束された自分に演技をする必要性も無い。
ここは結界の中で、本来自分達しかいないのだが―――稀に事故が発生する事もあると経験上知っている。
だから、これは―――
「乱入者だ!!」
ヴィータは叫ぶ。
念話が使えないからこれ以外に伝える方法が無い。
襲撃者にも聞かれるだろうが、そんな事はいいのだ。
襲撃者ならばいざ知らず、一般人が戦場と化したこの場に巻き込まれている―――自分達には絶対あってはならない事だ。
すずかは走っていた。
ビル街に入ってしまった為空の様子は見る事ができない。
しかし、金属の衝突音などが聞こえてくるのは確かで、危険な感じがする。
だが、人が居るのもまた確かなのだ。
さっき近くで爆音が響いたが、人の声も聞こえた。
普通の人間よりも鋭い聴覚でそれを拾う事ができた。
そして、ビルの合間に人影を見つける事ができた。
「誰か居るの?」
視界に人影を捕らえた事で、呼び止める様に声を出した。
同時に、暗い中だったので駆け寄って行く。
傍まで来たところで声に振り向いたのは女の子だった。
恐らく自分よりも年下だと思われる。
赤い服と帽子を被った女の子なのだが―――その子はワイヤーで拘束された上、札が数枚貼り付けられていた。
(あれ? あれって、確か3番鋼糸と神咲さんの―――)
それを見極めた上で、思い出す。
姉が作っていた鋼糸を繭状にした道具、相手を絡めとり動けなくする、恭也の為に作っていた道具の事を。
それに神咲の札も、種類こそ解らないが恭也が持っていたのを見た事がある。
それ等を使用され、拘束されるこの子。
見た目が幼い女の子である事など参考にもならないのだと、自らをもって知っている。
(恭也さんの敵?! でも、じゃあここには恭也さんが?)
驚愕と戦慄が走るが、同時に安堵もできる。
姉やなのはと共に信用できる人物が近くに居るのだ。
この妙な世界からも脱出できるかもしれないという希望が見える。
そんな思考がすずかの足を止めていた。
「乱入者だ!!」
すずかが足を止めている間に女の子は空に向かって叫んだ。
その言葉が何を意味するのかすずかには解らない。
だが、次に響いたのは―――
ズダァァアアンッ!!
爆音だった。
それも直ぐ傍、いや直ぐ上でだ。
それよりも少し前、仮面の女―――セレネ・F・ハラオウンは視界に捉えていた、すずかの姿を。
偶然にも見つける事ができたその姿、一瞬目を疑った。
結界への乱入は、設定に穴があった等の理由で起こり得るものだが、確率は非常に低い。
それにこの結界は彼女等が自分達以外には見えない、入れないものとして展開した筈だ。
ならば、事故の発生率極めて低い筈なのに―――
いや、そんな事は今はどうでもいい。
今ある現実を認め、行動を起こす。
『情報を展開』
先ずやる事は同じように戦っている恭也にこの事を伝える事だ。
セレネは見たままの情報を恭也に念話で送信した。
剣を持った女性、シグナムと戦っていた仮面の男―――不破 恭也。
セレネからの情報を受け取り、即座に行動に出る。
シグナムのデバイスに行っていたデバイス破壊の行動を中断、すずかの下へと走る。
セレネは現在動けない状態にあるのだから、恭也が動く以外にない。
シグナムがどう出るかは解らないし、伝える事もできないが、攻撃を掻い潜ってすずかを回収、脱出する事は可能だと考える。
(どうしてこんな所に!)
そう思わずにはいられない。
何故こんな場所にすずかが居るのか。
既に行動を起こしながらであり、その疑問に今答えは求めない。
だが、これによって今回の策が中断し、失敗に終わる事だけは確かだった。
後が複雑になるが―――しかしすずかの安全には変えられない。
月村 すずかは、忍の妹で、なのはの大切な友達という位置ではあるが、恭也自身にとっても護ってやりたい子の1人となっていた。
恭也の行動の変化にシグナムは不信に思っただろうが、攻撃の手は緩めない。
当然だろう、向こう側にとっては逃がす事もあってはならない襲撃者なのだから。
だが、その時声が響いた。
「乱入者だ!!」
ヴィータという子の声だ。
拘束して放置していたが、どうやら移動しすずかを見つけたらしい。
その情報は声という形で展開された。
後はどう動くかだ。
「っ!?」
既に背を向けた相手であるが、シグナムが驚き、攻撃を中断しようとしているのが解る。
今やっている攻撃は周囲への被害も馬鹿にならない。
半壊のデバイスで行っているのだから尚更だ。
恭也を包囲しようとしていた連結刃が解除されようとしている。
ただ、高速で動いていたもので、直ぐには元には戻せない。
その時だ―――
ガキィンッ!!
破断の音が響いた。
連結刃が魔法の緊急停止という負荷によって壊れたのだ。
恭也の行っていた布石の数々が、ここへきて裏返る。
「―――っ!!」
ヒュォオンッ!!
よりにもよってその途切れた連結刃の一部がすずかの居る近くのビルへと飛んでゆく。
このままではビルの側面に衝突し、残っていた魔力によってビルの一部を破壊、その瓦礫がすずかへ降り注ぐ可能性が高い。
しかも、それだけでは終わらない。
「避けろ!」
シグナムの声が聞こえた。
恭也も解っている。
ヒュォオンッ!
恭也の背に迫る連結刃の一部。
これは恭也の進行方向へ真っ直ぐ向かってきていた。
避ける事は簡単だし、弾く事もできる。
だがしかし―――
ズダァァアアンッ!!
連結刃の一部がビルに衝突した。
予測通り側面にぶつかり、この結界の中の偽物の世界とは言え十分な質量を持ったコンクリートの塊が多数落下する。
「え?」
突然の破砕音にすずかは上を見上げる。
すると見えたのは、何かがビルに衝突し、そによって崩れたビルの破片が今降り注ごうとしている状況だった。
「あ……」
あまりに現実味の無い光景だ。
自分が崩れたビルの瓦礫に埋まろうとしているなど、人生でも2度もない経験なのだから当然だ。
しかし、そんなななすずかは冷静さがあった。
(これくらい自力で―――)
恭也によって恐怖は既に知っている。
『逃げる』という行動も知っている。
だから、すずかは持ち前の計算能力で落下を予測し、運動能力を駆使して回避しようとした。
しかし―――
(これは―――避けきれない?!)
数が多すぎた。
普通の人間よりも高い運動能力を持つすずかでも、ここはビルの合間の路地。
回避できる方向は限られている中、無数の破片が降り注ごうとしているのだ、回避できる場所はなかった。
冷静に考える事ができる分、その絶望を知る事となってしまったのだ。
ビルの倒壊を見たセレネは掴んでいたシャマルの手を離し、両手をビルへと向ける。
だが、次の瞬間だ。
ズバッ!
手を離した事で、シャマルは1度手を抜き、今度こそセレネのリンカーコアを摘出する。
セレネの胸から生える様にして出たシャマルの手にはセレネのリンカーコアが握られている。
だが、そんな事関係ない。
『シャマル、中止しろ、乱入者だ! この結界に一般人がいる!!』
『え?!
あ、ちょっと、こんな状態で動かないで!』
リンカーコアに接触されて居る為か、ザフィーラとシャマルの念話がセレネに入ってくる。
どうやらシャマルにはヴィータの声が届いていなかったらしい。
ビルの合間から放たれた少女の叫びだ、戦闘の音に紛れて届かなかったのだろう。
しかし、それもセレネには関係の無い事だ。
(全部は間に合わない、任せるわ。
降り注ぐ上部を結界で排除)
瞬時に計算し、崩れ行くビルの上部に結界を展開し、外側にすべり落とす。
(魔力不足、バリアジャケット解除、デバイスパージ)
機械の様に思考し、実行する。
リンカーコアからの魔力供給をシャマルに握られている為、常に魔力を消費していたバリアジャケットを解除、その魔力を還元して結界構築にまわす。
更に常時僅かながら魔力を消費する自分のデバイスも外す。
取り外し受け取る暇はないので正に切り離す事となり、当然この空から地表へ落下する事となる。
だが、それでも構わない。
『この人、リンカーコアに障害を? って、こんな状態で魔法を? 止めなさい、そんな事をしたら……あっ!?』
シャマルからの念話が入る。
1度摘出したリンカーコアを戻そうとしている様だが、セレネが魔法を行使した為にリンカーコアから衝撃が走ったのだろう。
その衝撃でシャマルの手からリンカーコアが離れる。
この状況ではリンカーコアはセレネから離れ行き、セレネの命に関わる。
自分で回収する事はできない、今はまだ結界の展開中だ。
「いかんっ!」
気付いたザフィーラがシャマルの手から落ちようとするセレネのリンカーコアを回収しようとした。
しかし、それ専用の魔法を掛けたシャマルの手とは違い、ザフィーラが魔力で覆っただけの手は、リンカーコアにとっては攻撃と大差は無かった。
ガラガラガラ……
ビルの破片は全て落下し、ビルの倒壊は収まった。
瓦礫の大半はセレネの結界によって外側へとそれた。
だが、やはり瓦礫はビルの路地一面を埋め尽くすように降り注いだ。
しかし、その中で立っている人影がある。
不破 恭也だ。
「怪我は無いか?」
恭也は問う、自分の直ぐ傍で膝を崩した少女、すずかに。
「……」
すずかは答えない。
だが見たところ怪我は無い様だ。
恭也は神速で駆け込み、すずかに降り注ごうとしていた瓦礫を切り崩し、その上である限りの魔力で強化した腕と体を使って庇った。
仮面はその際に外れてどこかへと行ってしまったが、もう必要もないだろう。
ともあれ、その甲斐あってすずかに瓦礫の衝突を防ぐ事ができた。
あるとすれば尻餅をついてしまった分だろうか。
「あ……ぁあ……」
すずかは今も今も声を出せずにいる。
こんな怖い目にあえば仕方の無い事だろう。
けれど、すずかの声が出ないのは、瓦礫が降ってきた押しつぶされそうになったという状況だけではないだろう。
(さて……)
恭也は考える。
これからできる事を。
(ああ、そうだ)
恭也は抜刀したままだった八景を納刀し、背から鞘を外す。
幸い瓦礫の落下で落とす事も、破損する事もなかった。
それと一緒に首から下げていたセイバーソウルも外して纏める。
そして、それを―――
「すまないが、これをなのは達に届けてくれないか」
すずかに手渡す。
まだ震えているすずかには半ば押し付ける形となるが、仕方ない。
後はセレネのデバイスもあればいいのだが、生憎と拾いに行く事はできない。
「きょ、恭也、さん……」
「すまない、怖い思いをさせたな」
ヒュンッ!
やっとの思いで声を出し、同時に両手で渡した八景とセイバーソウルを胸に抱えながらも手を伸ばそうとしたすずか。
だが、次の瞬間目の前から消える。
状況が落ち着き、計算時間もできた事でセレネがすずかを本来の世界に戻したのだ。
流石にあの瓦礫の落下に間に合わせる事はできなかったが、残った力でそれだけは成し遂げる。
これで後はファリンが見つけてくれるだろう。
「すまない」
すずかを見送った後で、声が聞こえる。
シグナムの声だ。
地上に降りて、恭也の後ろに立っている。
「これは事故だよ」
「しかし……お前……」
ポタッ ポタッ
血が滴れ落ちている。
無いに等しい魔力でカバーしただけの身体で、ある程度斬り崩したとはいえ瓦礫をその身で受けたのだ。
頭や腕、いたるところから血が流れて出て、地面は血の池となっていた。
だが、シグナムが言いよどむのはそれよりも別の場所だ。
恭也の胸には背から貫いている連結刃の破片がある。
すずかが声を出せなかったのも、この姿を目の当たりにしたからだろう。
迫ってきていたのは解っていた。
だから小刀や飛針を投げて弾こうとした。
振り向いて切り払う時間は無く、避ければすずかに当たる事なる為にできず、できる事はそれが精一杯だったのだ。
しかし、魔力の篭った連結刃の破片はその程度では弾く事ができず、結局受ける事となった。
いや、小刀や飛針で威力を削れたからこそ、すずかに届かせず、この身を盾とする事ができたのだ。
「おい」
次に聞こえたのはヴィータの声だ。
その声は少し怒っている様な、それでいて戸惑っているかの様な声だった。
「何で私まで庇った? ―――そんな姿になってまで!!」
ヴィータは既にシグナムによって拘束を解かれているが、しかしあの瓦礫が降り注いでいる中ではすずかの傍に居た。
だから、ついでという訳ではないがヴィータに降り注ごうとしていた分も斬り、右腕の分はヴィータの盾にした。
魔法は封じていてもバリアジャケット、ヴィータ達ベルカの騎士の呼び方では騎士甲冑がある為、それだけあれば十分だった。
ヴィータに降り注ごうとしていた破片はすずかに降り注ぐも同じ事、そこに大差はなく、破片を庇う為に腕を伸ばした分くらいの差だ。
多少右手に受ける事となったダメージは増えただろうが、全身総合で受けた瓦礫のダメージとしては大差はなく、背に受けた連結刃の破片とは関係がない。
ただ、何故庇ったかと聞かれれば―――
「お前が怪我をして帰ったら、あの子は悲しむだろう?」
恭也は振り向きながら告げる。
八神 はやての笑顔を思い出しながら。
「っ、お前は―――?!」
恭也の顔を見たシグナムとヴィータは驚愕する。
そう言えば仮面はもう無いのだったな、と2人の反応にそんな事を思い出す恭也。
(後俺にできる事は―――)
恭也は考える。
残り少ない時間、できる事をやっておきたい。
この状況、この身体で他に何が遺せるだろうか―――
その頃、ビルの屋上ではシャマル、ザフィーラとセレネが居た。
「ちょっと、貴方また魔法を!
自分の状態がわかっているの?」
丁度今、セレネはすずかを元の世界に届けた所だ。
いた場所が路地裏だったので、そのままの位置でこの結界から元の世界へと戻すだけで済み、この状況でもなんとか成功した。
この状況―――ザフィーラに抱きかかえられた状態で、ダメージを受けたセレネのリンカーコアをシャマルが治療すしているという状況だ。
その理由はあまり言いたくはないが、シャマルはリンカーコアにも精通しているし、メンバーの補助魔法担当であり、医療魔法も使える。
だが、今回のダメージはシャマルの手には余る。
既に魔力枯渇状態による肉体へのダメージも出始め、身体のいたるところで細胞が死んで行く。
それに、触れた事でそれ以前からリンカーコアに障害を抱えていた事も解っている。
並の医者なら匙を投げるほどの絶望的な状態だった。
「すまない」
そんな中、ザフィーラは沈痛な顔でセレネに告げる。
迂闊に魔力を込めた手で触れたからこそのダメージだ。
例え、そうしなければリンカーコアが引き離され、セレネが命を落としていたといしても、ダメージの原因がザフィーラである事には変わらない、とザフィーラはそう思っている。
「あやまるのは私の方が先だわ、ちゃんと状況を把握できていれば……」
ヴィータの声が届く位置にさえいれば、こんな事にはならなかった。
リンカーコアの摘出は攻撃にもなり、相手の行動を停止させる事もできる。
だからシャマルは行う事はあっても、決して相手を殺す為ではない。
殺したくなど無かったのだ。
「貴方達のせいではないわ」
悔いる2人に対し、セレネはただ静かにそう告げる。
バリアジャケットを解除し、既に素顔となっている顔で、その真っ直ぐな瞳で2人を見る。
2人を責める事もなく、自分のした事を悔いもしない、そんな少女の意思がここにある。
「貴方は―――」
そんなセレネに掛ける言葉が見つからない。
どうにか救いたい。
襲撃者ではあったが、危うく一般人を戦いに巻き込むところだった、それを救ってもらった。
それに、この戦いは―――
ゴゴゴゴゴゴッ!
その時だ、突如シャマルの傍らにあった本が動き出す。
暗く輝きながら空へと浮かび、開かれページが捲られる。
更に、この空間自体が揺れ始める。
「え? な、何?! どうしたの!!」
シャマルは何もしていない。
ザフィーラが止めようと手を伸ばすが、弾かれる。
何が起きているか解らない。
だが、そうしている間にも本から大きな力が吹き上がる。
「いけない!」
カッ!!
その声は誰の声だったか。
その声を最後に強い光が周囲を―――この偽りの世界を包む。
そして、光が収まると同時に結界は消える。
何事も無かったかの様に―――いや、事実この世界には何事も無かったとして。
バッ!!
なのはは夜中に突然飛び起きる。
何か悪い予感がして目覚め、周囲を見渡すが、ここは自分の部屋だ。
だが、不安は心から消えてくれない。
窓を開き、外を見渡しても何も変わらぬ世界がそこにある。
「おにーちゃん……」
不安は大きくなるばかり。
なのはは自覚のないまま兄を呼んでいた。
後書き
やっとこさ始動した2章。
いきなり重苦しい展開となっております。仕様でございます。
私ギャグもちりばめた作品にしたいと常日頃思っているのに、どうしてこうなったのだろうか〜。
ハッピーエンドにする事には全く変わらないんですけどね。
ああ、それと恭也達が強すぎる様に見えるかもしれませんが、そう見えるだけですからね。
強さのバランスはちゃんと本編でもちりばめていきたいですね。
管理人のコメント
ヴォルケンズが行った他の世界はモンハンですねわかります。
実際には違うんでしょうけど、私はあそこくらいしか竜種が異常にいる世界も知らないですし。
しかし、何で彼女らは自分の住んでる街で事件起こすんでしょうかね?
理由はあるみたいですが、日本の他の地域や、いっそ海外でも代替は出来そうなものですけど。
転移魔法あるんだから、他の次元世界よりも移動は楽だろうに。
そこらへんの杜撰さは原作でもありましたが、あるいはそれが彼女らの限界って事なんでしょうかね。
今回もそうですが、思考停止状態で突っ走って行き、結果的に悪い方へ悪い方へ進んでいきましたし。(最終的にはともかく
八神家の女性陣はリアルラック値軒並み低いんだろうなぁ……。
ちなみに私は原作のヴォルケンリッター大嫌いです。
そんな彼女らを、これから怠慢詩人氏がどう料理するか期待する事大であります!
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