夜空に在るもの

第3話 違えた道

 

 

 

 

 

 その日、なのはは朝からアリサに呼び出された。

 アリサに『呼び出される』という事は、魔法関連である事は明白で、その時のアリサの声からあまり愉快ではない―――兄恭也発見の報せ等ではない事も解る。

 恭也の遺体が出たという程絶望的なものでもないだろうが、しかし、重い空気が感じ取れた。

 

「朝早く悪いわね」

 

「いいよ、そんな事は」

 

 集まった場所はハラオウン家。

 集まっているメンバーはアリサ、フェイト、モイラ、アルフ、なのは、久遠だ。

 クロノ達、大人は今はいない。

 

「クロノ達はアースラで緊急会議を開いているわ。

 私は貴方達への説明があるからここにいるの」

 

 アースラで行われる緊急の会議。

 今回の事件絡みだろうが、なのは達が参加していないという事は、なのは達のような正式な時空管理局の局員以外には話せない事か、上の人間しか聞けない話。

 だがアリサがここにいてなのは達にその事を話している以上、そうではない事情となる。

 確かになのは達がその緊急会議の場に居ないのは正式な職員ではないからだが、それは事情説明の手間という部分の問題だった。

 

「順を追って説明するわ。

 昨晩、例の事件の調査に出ていたアースラの部隊アルファチームが『敵』と接触したわ。

 結果は敗退、部隊長のアルスがやられたわ。

 幸いにも回収を早期に行えた為、命に別状はないし、多少時間はかかるけど戦列復帰も可能だそうよ」

 

 アリサはここに断言するそれが『敵』であると。

 アリサはジュエルシード事件以後、例え攻撃を受けてもその相手を『敵』と決め付ける事は止めていた筈だった。

 そう決めてしまう事で、解決の手段を狭める事になってしまうからだ。

 もしアリサが敵と最初から呼ぶ場合は、少なくとも時空管理局が『敵』と認識している相手。

 どうあってアリサの立場上は『敵』としなくてはならない場合で、つまりはなのは達への制約の伝達だ。

 形はどうあれ『倒す』という形を必要とする事になる可能性が高いという意味にも繋がるだろう。

 更に言えば、時空管理局も唯一度接触、戦闘をしたくらいで『敵』などと断定はしまい。

 つまりは―――

 

「既に『敵』と判断しているってことは、相手から敵対宣言をうけたの?

 それとも、時空管理局にとっては既知の相手という事?」

 

「後者よ、なのは。

 相変わらず気づくのが早くて説明の手間が省けるわ」

 

 『敵』だと判るという事は、ある程度その相手についての情報があるという事でもある。

 なのは達も既に時空管理局がブラックリスト―――つまりは賞金首としている者の手配書を見せてもらっている。

 実際に有力な情報を得たり、捕らえたりしたならば管理局の局員でも相当額の賞金が支給される。

 ただ、なのは達を含む一般に広く広められている手配書は、賞金を掛けた事で捕らえてもらう為の物ではない。

 賞金を掛けなければならない程時空管理局が手を焼いている相手である為、一般人が捕まえられるとは考え辛く、むしろ被害が拡大しかねない。

 手配書はそういった危険への予備知識としての機能がメインであり、リンディもそのつもりでなのは達に見せていたのだ。

 

 おそらくは恭也はなのは達よりも遥かに多くの手配書を、なのは達とは別の意図で提示されていただろう。

 そして、時空管理局が緊急会議を行わなければならない程の相手という事であり、恭也やセレネが気づかなかったとは考えづらい。

 では何故―――

 少ない情報の中で、なのははそんな事を考えていた。

 

「で、その敵についての情報よ。

 敵の名はヴォルケンリッター。

 『闇の書』とロストロギアを中心とした魔導師達よ」

 

「ヴォルケンリッター?!」

 

 アリサから出た名前に反応したのはフェイトとアルフだった。

 その後、その名前についてはなのはも思い出す。

 リンディから見せてもらった資料に名前があった。

 フェイトとアルフの反応が早かったのは、やはり元々ミッドチルダに身をおいていたが故の違いだろう。

 つまりは、一般人で世間から隔離されていた『アリシア』でも知っていたくらいの名前なのだ。

 

「資料は読んでるでしょうけど、一応説明しておくわ。

 ヴォルケンリッターはシグナムと呼ばれる女性魔導師をリーダーとする4名からなるチームよ。

 詳しい事は解っていないけど、闇の書が作り出した古代ベルカ時代の魔導師のレプリカかなにからしいわ。

 闇の書の防衛機構の1つとして考えられている。

 チームリーダーのシグナム。

 20歳前後の容姿の女性で、レヴァンティンと呼ばれる剣型のアームデバイスを使う古代ベルカの魔導師。

 直接戦闘に出てくるのはもう1人、ヴィータと言う10歳そこそこの少女の容姿をしていて、槌型アームデバイスを使う魔導師。

 補助役と思われる20歳前後の女性で、シャマルという名前の魔導師。

 こちらは使用デバイスの詳細情報はなく、指輪がそうだと言われているわ。

 もう1人、というか1体。

 ミッドチルダで言うところの使い魔らしい獣。

 たしかアルフに近い種族で、大型の犬に近い獣と浅黒い肌の男性の姿を持っているわ。

 以上4名がヴォルケンリッターの構成員よ。

 けど、この4人が強いのは確かだけど、厄介なのはそこじゃない」

 

「蒐集機能による魔法現象の再現と無限転生能力―――闇の書」

 

 アリサの説明にフェイトが呟く様に付け加えた。

 なのはにとっては手配書の人物に過ぎなくとも、フェイト達ミッドチルダの者にとってはそうではないのだ。

 その恐怖は幼かったアリシアの記憶にすら深く残る程。

 それくらい闇の書がミッドチルダに与えた衝撃は大きかったという事だ。

 

「そう、どんなに強い魔導師でもたった4人。

 組織たる時空管理局ならなんとでもできるわ。

 けど、やっぱりやっかいなのはロストロギアなのよ。

 半年前までならばジュエルシードと並び恐れられる程の存在。

 嘗て栄えていたベルカの高位魔導師3名と使い魔1体をコピーし、使役する事などその能力の一端に過ぎないと言える蒐集能力。

 そしてなによりも厄介な破壊不能―――いえ、破壊してもどこかに蘇ってしまう無限転生能力を持つロストロギア。

 時空管理局とも何度となく接触し、敵対、最終的には滅ぼすか、相手の自爆まがいの魔力放出で相打ちとしているわ。

 けど、その度に何年か後には蘇る。

 そして蘇った先で必ず大きな災厄を齎し、ミッドチルダが管理する世界のいくつかも大きな被害を受けたわ。

 小さい世界なら滅びる程に」

 

「そんなに?

 リンディさんから資料を渡されて時はそんな事は言ってなかったけど」

 

 なのははアリサ達が持つ闇の書への先入観の深さに驚く。

 ジェルシード事件でみせた可能性すら凌駕する闇がそこにあるのだ。

 なのはとて、今の自分がすべてを救えるなどと思っていないが、それでもできる筈の事も根深い闇の前では潰える事だと既にある程度知っているつもりだ。

 

「被害の大きさってだけならほかにも危険なロストロギアはいくつかあるわ。

 けど、リンディは闇の書について自分からは語る事はないでしょうね。

 なのは相手なら尚更。

 それはクロノや、セレネも同じ事。

 きっと私だけかしらね。

 わりと冷静に話せるのは―――ハラオウン家の中では」

 

 今アリサは敢えて新たにハラオウン家の一員となっているフェイトを数えなかった。

 それはつまり、フェイトが加わる前のハラオウン家の話だからだ。

 そして、今回の事件にとって、それはとても重大な事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住宅街

 

 八神 はやてはザフィーラと共に今日も日課である散歩にでていた。

 先日、内容は思い出せないが妙な夢を見た後から、何か心に違和感を感じるものの、今日も世界は変わりない。

 とはいっても、はやてにはこの街の中、それもごく一部だけの行動範囲であるが、その空気は変わっていないと思う。

 変わったのは自分とその周りで、それははやてがシグナム達と出会った事によるものだ。

 それもきっとよい方向に変わり続けるだろとうと考え、それを疑わない。

 

「みんなよく馴染んでるからかな」

 

 シグナム達が世界を渡って来たという説明は既に受けている。

 この世界とは大きく世界のあり方の違い場所。

 そんなところからこの世界に来て、しばらくは皆戸惑っていたが、今では自然となりつつある。

 

『それこそ主の成した事でしょう』

 

 と、そんな散歩中の独り言に、ザフィーラが念話で応える。

 ザフィーラが居る事を忘れていた訳ではないが、言葉が返ってくるとは少しはやては驚いた。

 普段はあまり口を開かない物静かな性格だと思っているからというのもあるが、外でわざわざ念話を使う事も稀だ。

 

『何かをした覚えはないのやけど』

 

『主がそうお考えならば、主にとってはそうなのでしょう。

 しかし、我等にとっては違ったという事なのです。

 そもそも、この世界を観察してきてきましたが、どうして我等を受け入れる事ができたのだろうかと疑問に思う程です』

 

『ん〜、確かに最初は驚いたものやけど』

 

 ザフィーラに言われ、その時の事を思い出す。

 それはそう―――夏も終わろうとしていた頃の話だ。

 

 事故で両親を失い、その後原因不明の半身不随状態となっていたはやて。

 入院の必要は無いと言う事で車椅子で生活はできているが、しかし春から休学状態で1人きりでの生活だった。

 はやてがまだ子供である事を考えれば本来ありえない事だが、遠縁の親戚が保護者としう形となり、書類上は問題が無い事になっている。

 はやてとしても、まともに会った事もない親戚を頼るのは怖かったのでそれでよかったと思っている。

 ただ、やはり寂しさはあった。

 両親を失った事で空いた穴はそう容易く埋まる訳もなく、学校にも行けない事で人との交わりがとても希薄となっている。

 話相手と言えば病院の担当医くらいだ。

 はやてにとって担当医だけが信頼の置ける人だった。

 

 いや春先からもう1人増えていたのだが、同じ病院に通っているのにその人とはほとんど会える事はなかった。

 だがどの道家では1人。

 車椅子での生活という不便以上に、孤独感がはやてに圧し掛かっていた。

 寂しさを紛らわす為に本を読んだりもしていたが、それでもふと夜1人である事を思い出すと怖くなる。

 

 そんなある日。

 夜、自室で1人読書をしていると、棚の本が突然動きだした。

 最初は地震かと思ったが、そうではなく、その本が動いていたのだ。

 はやてはその時気づいた。

 その本―――妙に古く、タイトルもないその本は一体いつからあった本だろうかと―――

 そして、本が強く輝き―――

 

 

 実はその後の事は覚えていない。

 次に目を覚ました時にはシグナム達が居た。

 恥ずかしながらシグナム達が出てきたのだという瞬間にははやては目を回して気絶してしまっていたのだ。

 そして、目覚めた時には既に『書』の主として必要な事は頭に書き込まれていた。

 つまりは主になったと言う事と、シグナム達がどういう存在であるかを。

 それは魔法の存在の説明であり、同時に実証でもあった。

 この世界、はやての住まう地球では『魔法』とは実在しないものの代名詞だ。

 最近超能力についての研究があり、HGS能力者の名前も表になってきているが、はやては実際にあった事はないし、懐疑的な人も多いのが実情だ。

 そんな中、魔法の本の主になって、従う魔導師達を得たなど例え情報が頭に直接書き込まれたとしても容易に信じられるものではないだろう。

 

 だがそんな状況下ではやてが第一に考えたのは―――衣服の心配だった。

 

『正直申しますと、あの時は我々はまだ主が混乱しているものと受け取っていました』

 

『ああ、それもあったかもしれへんな』

 

 ザフィーラに言われて笑うはやて。

 確かに今考えてもそれはおかしな事だったのかもしれない。

 けれど今でもはやては同じ行動をとっただろう。

 何せ出現した直後のヴォルケンリッター4名は黒一色の簡素な服しか着ていなかったのだ。

 はやてが女性だというのもあったのかもしれないが、綺麗な女性とかわいらしい少女がそんなものしか着ていない、服がないのは許せない事だった。

 とりあえず母の形見をシグナムとシャマルに着て貰い、ヴィータには自分のお古を着せ、その後3名を採寸し、ちゃんとした物を買いに行った。

 幸い保険金によりはやてには余りある資金があり、その日の内に女性らしい衣服を3名に揃える事ができた。

 デパートに連れられたシグナム達はどう反応していいのか解らないという感じで、戸惑っている姿を今でも鮮明に思い出せる。

 尚、ザフィーラに関しては最初から冷静に獣形態が主体である事を告げて不要として断っている。

 

『彼女達には初めての経験でしょう。

 従者となってすぐに服を頂けたのは』

 

『そうなん? うちとしてはそれが先ずやるべき事だと思うのやけど』

 

 それからは今にすぐ繋がる。

 はやてはあまり『書』の持つ力に興味を示さず、ヴォルケンリッターをただ家族の様に扱ったのだ。

 当初は戸惑ったシグナム達だったが、それも今では自然となりつつある。

 

 そんな今だからこそ、ザフィーラは問う。

 本来なら―――今までなら考えもしなかった問いを。

 

『1つ、主にお尋ねしたい。

 何故、我々の存在を受け入れる事ができたのですか?』

 

 どうあってたとしても受け入れて貰わねばならないし、頭に直接情報も書き込まれる。

 だから今までは誰にも聞く事はなく、聞く必要も感じなかった。

 けれど、ザフィーラの経験でも大凡初めてと言えるこのタイプの主だ。

 興味本位以上の意味をもって確かめたかった。

 

『せやなぁ。

 なんでかと言われても困るけど。

 悪意は感じなかったから、拒絶する必要がなかったのかもしれへんな』

 

『悪意を感じなかった?』

 

『だまそうとか、そう言うのでもなく、悪い事をする様な意思がない。

 それがつまりは悪意を感じないということやね』

 

 念話の中で、はやてはそう断言した。

 絶対の自信を持って。

 

『……そうでしたか』

 

『あ、疑っとるな〜

 ある人に教わって、うちはそう言うの本当に解るんよ。

 それに、1人で生きて行くのに必要な事でもあったんや』

 

 ザフィーラの念話での反応に、心でも読んだかの様にすぐさま言葉を続けるはやて。

 実際ザフィーラはあまり信じられる話ではないとして聞いていた。

 人にとって善悪を判断するのは非常に難しい。

 それが例え経験豊かな大人であっても。

 子供であるならば、逆に知識では補えない感性部分で何かを感じ取る事はできただろうが、自分達に対してすぐにその判断を下したとあれば疑わざるを得ない。

 しかし、はやての続けた言葉の中に気になるものがあった。

 

『その人というのはこの前会った方ですか?』

 

 ザフィーラは確かめるべきか一瞬迷った。

 どちらにせよはやてに不破 恭也の事を思い出させるのは今は危険だったからだ。

 しかしはやてが彼をどう思っているか、彼から何を教わっているかと言う情報が重要だというのも事実。

 会話の流れでもある為、ここは聞く事を選んだ。

 

『そうや。

 初めて会った時にな。

 あの人はほんまに不思議な人やから』

 

 その事を楽しそうにはやては話す。

 詳細はこれ以上口にしようとしないが、はやてにとってはいい思い出なのだろう。

 そこから始まった出会いなのであればそれも当然なのかもしれない。

 

(そうか、彼ならあるいは……

 それにしてもなればこそ『悪意を感じなかった』か……

 確かに、我等に悪意はないのかもしれない。

 そんなものは既に持ちようもない。

 しかし―――)

 

 恭也の事を話したからか、いつもよりも楽しそうな様子で散歩を続けるはやての横で、ザフィーラはふと考える。

 こんな事は今考えても仕方のない事なのに。

 けれど、やはりそれでも考えてしまうのは、自分も何かしら変わってしまっている部分があるのかもしれない。

 いや、期待しているのだろう。

 今までとは違う、何かを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 八神宅

 

 この日、シグナムは珍しく自室に居た。

 自室に居る事が珍しいというのも違和感を感じるが、更にそこには他の者の姿もある。

 シャマルとヴィータだ。

 はやてと共に散歩に出ているザフィーラ以外のメンバーがシグナムの部屋に揃っていた。

 

「状態はどうだ?」

 

 シグナムがそう言って確認しているのはシャマルの手の中にある書についてだ。

 世間一般からは『闇の書』と呼ばれる物。

 彼女達が生きていた世界、古代ベルカでとあるロストロギアを基にして作られた本型のデバイスだった。

 デバイスとは言ってもインテリジェンスデバイスとも、アームズデバイスとも違う、また特殊な物だ。

 

「それが今は不安定な状態なの。

 何か書き込みを行っている様で」

 

「書き込み? 一体何を?」

 

「解らないわ。

 周辺環境のデータかなにかを蒐集している可能性もあるけど、随分今更な気もするし」

 

「そう言うのって初期段階にやるものだからな。

 まあ、でも暴走している訳じゃないんだろ?」

 

「ええ、こちらからの閲覧が上手くいかないだけよ」

 

 『書』がこちら側から制御できない、というのは実はよくある事だ。

 この本は生きた魔導書、デバイスだ。

 実はこのデバイス―――周囲から『闇の書』などと呼ばれてしまっているこのデバイスについてシグナム達は詳しく知らない。

 より正確に言うならシグナム達の『記憶』には情報が無い。

 既に滅びた古代のベルカのある時期に流れ着いたロストロギアを基に作られた物という事は確かなのだろう。

 しかし、誰が、どの様にして、どうな目的で作ったのかは不明だ。

 ベルカが滅びた今、最も詳しい筈で、関係者であるシグナム達だが、実際には関係させられていると言った方が正しい状態だ。

 それに今は―――

 

「まあ、それは今は置いておこう。

 今後の話だ。

 昨晩、早速ミッドチルダの魔導師と遭遇してしまった。

 これで今後は更に活動が難しくなるだろう」

 

「結構骨のある魔導師だったんだって?」

 

「ええ、私達の事を知った上で尚戦意を失わず、むしろ昂ぶらせる程には」

 

 昨晩は同行しなかったヴィータは既に簡単な説明は受けている。

 だがあくまで簡単にだ。

 ヴォルケンリッターと言うチームとして動く上で必要な情報の共有手段があり、それは主が居る間も可能だが、やはり主不在の時に詳しい話というのは必要になる。

 

「ふーん。

 士気の低い魔導師なら恐れをなして逃げる事もあるんだから、まあそれだけでも十分判断基準になるか」

 

 敵前逃亡という行為は特に古代ベルカの騎士、つまりシグナムやヴィータ達から見れば信じられない行為になる。

 だから逃げたりしないというのを評価するにのは抵抗があるが、しかし逆に考えるならば、逃げ出さない以上は何か勝算を持っているとも考えられる。

 少なくとも1対1なら勝てても最終的に、戦略的に敗北し、『書』を破壊された事もあった。

 敗北、死の記憶すら残り、今活かせる事に複雑な気持ちを抱きながらも、活用しなければこの先はやっていけないと判断する。

 

「とりあえず、まだ見つかってはいないから、サーチ封じも問題なく機能しているんだろうな」

 

「ああ。

 仮にもロストロギアのサーチ封じだ。

 この数年で新たにサーチ能力のあるロストロギアでも実用していなければ、今回もここを発見される可能性は低いだろう」

 

 たった4名の魔導師が時空管理局という組織に隠れて活動できる理由はやはりロストロギアだ。

 生きた魔導書であるが故、このロストロギアは組織に狙われると学習するやいなや、自らとその関係者を隠す方法を編み出した。

 このデバイスに記録にある数多の情報から。

 このデバイスの主な機能は『蒐集』という能力だ。

 生物や環境、更には技術などを記録してゆく能力がある。

 人物の細かな情報や、魔法技術などがそうで、既に死亡している筈のシグナム達がここに存在しているのもその能力の応用。

 蒐集した魔法技術から新しい魔法を作る事もあり、それが今も展開されているサーチ封じの魔法だ。

 

「ホント、便利なんだよなこいつは」

 

「ああ、そうだな」

 

 その2つを考えるなら、とても有用なデバイスだ。

 もし問題視される理由を問うならば、人によっては『意思がある事』と答えるかもしれない。

 あまりに強大すぎる力を持つ道具に意思が宿る。

 人が制御できない力を勝手に使う可能性があり、実際いくつの世界を滅ぼしたか解らない。

 そんなものが最終的な破壊不可能と言われているのだから始末が悪いだろう。

 

 このデバイスの最大の機能―――無限転生能力。

 シグナム達も細かい技術や方法は知らない。

 ただ、どんな大きな力で書を攻撃し、破壊したと思っても、またどこかに出現する。

 もちろん完全な形となるには時間が必要になる。

 今がそうだ。

 数年前に破壊され、今はまだ元の力を取り戻していない。

 今なら簡単にまた壊せるだろう。

 

 だがサーチ封じの力が探す出す事をさせず、結局ほぼ完全な形になるまでは発見されないだろう。

 完成に近づけばそれまでの活動の痕跡と、取り戻し、隠し切れない強大な力を基に発見される可能性が高まってゆく。

 そしてまた大きな災厄を齎し、破壊できてもまた繰り返し、その連鎖が止まらない。

 

「そんな便利な物も所詮は使い方次第だ。

 ともあれ、今後は戦闘が続く事が予想される。

 恭也が残したデバイスのパーツと修理器具の搬送予定を早めよう」

 

「解ったわ。

 それはこちらで調整する。

 外出理由は私の方が作りやすいから」

 

「頼む。

 ヴィータにも動いてもらう事になろうだろうな」

 

「もう顔を見られたなんて言ってられる状況でもなくなったか。

 解った、家でじっとしているよりはいいさ」

 

「では、今晩も予定通りに行くぞ。

 準備をしていてくれ」

 

「ええ」

 

「解った」

 

 シグナム達は着実に動いていた。

 障害が増えても変わらない。

 目的はずっと1つだから、動く事には変わりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 アースラ会議室

 

 丁度、通信による時空管理局のトップレベルによる会議が終了したところだった。

 相手は闇の書と言う事もあり、提督クラスとそれ以上の人物まで参加する会議となった。

 しかし会議の内容は状況の報告がメインとなる程度で解決策が挙げられる様な事はなかった。

 元々闇の書と呼ばれるロストロギアに対し有効な対策は無いに等しかった。

 少しずつ解析は進められているが、情報が少ない上、学習するロストロギアでは対策に対する対処までされてしまう。

 今のところ相手の防衛戦力を超える戦力を持って破壊し、時間稼ぎをするのがせいぜいだ。

 

 だがそれも直ぐにという訳にはいかない。

 時空管理局は世界を跨ぐ程の大きな組織で、保持している戦力も膨大だ。

 しかしだからこそ管理も厳しく、また次元を跨ぐ程広大な世界を管轄しているからこそ、戦力の集結は難しい。

 何も闇の書だけが危険なものではないのだから、その世界を空ける事などできない。

 それに無駄な戦力などそうそうある訳もなく、少しずつ寄せ集めるにしても異動に伴う必要な処置と、寄せ集められた戦力が連携する為の必要な時間もある。

 更に今回は管理外世界という場所も影響している。

 距離として遠い上、下手な戦力を持ち込む事はこの世界との関係を悪いものにしかねない。

 この世界の危機でもあるが、それを知らぬ人々に対し軍団を差し向ければこの世界の人が敵となる可能性だってある。

 もしそうなれば、それこそ闇の書はそれを利用し、更なる力をつけるなり、逃げるなりの行動が可能となるだろう。

 

 強大な戦力が必要で、それを送りたいが、それが簡単に実現できない。

 それが現実。

 現在この世界に居るアースラ、リンディ提督はそんな条件の下、戦力が整うまで時間を稼がねばならない。

 敵を逃がさず、こちらの戦力も失い過ぎない様に。

 ジュエルシードの時は個人として動いていたリンディだが、今はアースラのトップとして、時空管理局の提督として動かなければならない。

 

 例え、相手に因縁があったとしても。

 

「それで、正直なところどうなのかね? リンディ提督」

 

 会議の終わった会議室、最後まで残っていたリンディにグレアムは問う。

 会議の場では話せない事を、しかし敢えて『提督』と呼ぶ事で仕事上の話としてだ。

 

「はい、正直協力者、不破 恭也さんを失った事は大きいです。

 この世界の裏にも通じる彼が居たからこそ、今までの活動はスムーズに行えました。

 ある程度はその中継する人とも面識のある高町 なのはさんから頼めるでしょうが、あまり多くは頼めないでしょう。

 流石になのはさんと恭也さんではその中継する人も信頼が違います。

 場合によってはこちら側を見透かされ、警戒される事も考えられます」

 

 不破 恭也という存在は、時空管理局という視点から見ても大きな存在だ。

 単純な戦力としても特殊と言える戦術と能力により、並の戦闘局員は束でも敵わない程で、戦力として有用な運用方法が難しい事を差し引いても優秀だろう。

 だがそれより時空管理局という組織から見て大きいのはこの世界の裏にも通じている点。

 表の警察の動きに通じる事や、隠れている特殊な種族との繋がり、力のある組織とのパイプまで持っている。

 その能力があるからこそ、アリサやフェイトがこの世界の学校に入学する事が現実のものとなった。

 そんな有力な人材と知り合い、更には先のジュエルシード事件で絶対と言える程の信頼を提督という立場のリンディが得ているのだからもう1つの奇跡だった。

 

 確かになのはも警察に通じるリスティや神咲の那美、夜の一族たる月村とも親しい。

 だが恭也の様に仕事を頼むにはなのはが子供だという事を差し引いても、その信頼は大きく違うものになるだろう。

 なのはが大きな力を持ち、信頼を勝ち得ているのはあくまで『魔法』というもの。

 言ってしまえば時空管理局にしか通じないものだ。

 その力がどんなものか解らない、説明できない相手には意味の成さないものである上、やはり経験不足から恭也程の信頼は有り得ない。

 ある程度の事ならなのはからの依頼でも動いてくれるだろうが、それが大きくなればなる程、相手側に不審を募らせる。

 ジュエルシード事件の時の様な無茶な依頼はやはり恭也だからこそできた事なのだ。

 彼らの仕事を理解し、協力もしていた彼だからこそ、彼女達も応えてくれた。

 

 繰り返す事になるが、それを失った事はあまりに大きいのだ。

 現実として、これからは警察の動きなどは掴めないと言ってもいい状況なのだ。

 下手に動く事は時空管理局の存在を、魔法の存在をこの世界に晒しかねない危険が出てくると言う事だ。

 

 しかし、ここで幸運だったのは既にこの場、アースラにグレアム提督が居たと言う事だ。

 

「それについては私の方でなんとかしよう。

 流石に恭也君程ではないが、私の故郷でもある世界だ、少しはツテがある」

 

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

「ああ、準備に少し時間が必要だが、ある程度の情報なら得られるだろう。

 まったく、今回は幸か不幸かというところが多いな」

 

 グレアムもこの世界の出身者。

 グレアムは恭也程複雑な境遇ではなく、ほぼ一般的な立場に居た為にやはりできる事は限られる。

 それにこの世界と時空管理局の橋渡しではなく、時空管理局側についた為、その後もそれを伸ばす事はなかった。

 だがこの世界から出て時空管理局側の人間になる上でも、ある程度の下準備というものは必要だ。

 なにせ居る筈の人間がこの世界から姿を消すのだから。

 その分の下地は作り上げ、現在も活用できる状態にある。

 それにグレアム本人がこの世界で動く分には時空管理局としても、この世界としても何の問題もない事なのだ。

 

 グレアムが別件でアースラに既に居た事はまさに幸運としか言えなかった。

 提督クラスの権力と戦力を動かすには多大な労力が必要となる。

 それは別件、ジュエルシード事件の後始末というところで既に支払われているのだから。

 

「それともう1つ確認しておきたい。

 大丈夫なのかね? リンディ君」

 

 今度は階級をつけずに尋ねる。

 それは立場を抜きにした話だという事。

 立場を越え、交流のある者としてグレアム個人としての心配だった。

 

「大丈夫です、私は冷静です」

 

 リンディは闇の書と深い因縁がある。

 そこへ更に可愛い妹と、大切な人を奪われた可能性があるのだ。

 普通の人間なら平静ではいられまい。

 リンディは立場上それを表に出す事は許されないが、それでも人間である以上は隠しきれるものでもない。

 だがリンディは落ち着いていた。

 少なくとも今この時は、グレアムが見て取れる程度には。

 

「そうか。

 だが何かあったら言ってくれたまえ。

 私も微力ながら力となろう」

 

「グレアムおじ様ならそれこそ百人力というものですわ。

 でも大丈夫です。

 私は個人としても、提督としてもこの事件に正面から立ち向かえます」

 

「君は強くなったな」

 

 意図したものではなかったが、グレアムはそんな言葉を口にした。

 リンディを弱いと思った事はあまりない。

 だがグレアムはリンディという個人を知っているだけに、思ってしまうのだ、過去とは別人の様だと。

 そして同時に感じる。

 今の凛とした姿が儚いものであると。

 

「私はあまり変わっていませんよ。

 あの時からずっと」

 

 その言葉を最後として、リンディはグレアムに会議室を出ようと促した。

 この話はこれ以上続けるものではないと、そう判断して。

 確かにそうだろう。

 今は1分1秒でも惜しいのだ。

 それは時空管理局にとっても、リンディにとっても。

 そしてもちろん、グレアムにとっても。

 

 

 

 

 

 丁度同じ頃 同じアースラ艦内の医務室前

 

 会議後、クロノは医務室を訪れていた。

 今は用事も終わり、医務室を出たところだ。

 用事というのは他でもない、昨晩ヴォルケンリッターと遭遇し、倒れた仲間の見舞いだ。

 一応名目上、ヴォルケンリッターとの戦闘の影響の経過観察と当時の状況の聞き取りと言う事になっている。

 

「結構元気そうだったね」

 

 名目上記録係として付き添ったエイミィは安心した様子だった。

 管制官としてヴォルケンリッターの遭遇という連絡に続き、仲間が倒れたという連絡を真っ先に聞いていたのだ。

 冷静に仕事をしたからこそ受け入れ態勢を整える事ができたが、ずっと心配だった。

 

 昨晩倒れたアルスの容態は魔力の枯渇状態というもの。

 基本的にどんな生命でも持っている魔力の生成機関であるリンカーコア。

 それを身体から抜き取られ、直接魔力を吸収されたのだ。

 魔力は魔法やそれに類似した魔力を使う技術を使うかどうかに関わらず生命に必要なもので、魔力が0になると肉体は無傷でも死に至る。

 アルスの状態を『枯渇』と表現したが、実際には0ではなく正確に言えば枯渇寸前と言える。

 生命維持に必要な最低限を残し、魔法などで放出できる量が無くなったので『枯渇』と表現しているのだ。

 そう、一応ヴォルケンリッター達は基本的に魔力を吸い尽くして殺す事はなく、しかしそのギリギリの量を吸収する。

 リンカーコアの摘出とそこからの魔力吸収はそれだけで危険な行為で、場合によってはリンカーコアが損傷するし、量を間違えれば死に至る。

 ヴォルケンリッターに立ち向かった魔導師としては魔力を奪われ、それを利用されるのだからどちらにせよたまったものではない。

 

 アルスはだいぶ吸収に対して抵抗した様だがリンカーコアに損傷も見られず、回収も早かった事から時間さえあれば回復できるという診断だ。

 既に意識も回復し、エイミィを安心させる程度には会話も可能だ。

 勿論、必要な報告も受ける事ができた。

 

「そうだな」

 

 素っ気無く応えるクロノ。

 名目上は経過観察などと言ってはいるが、これは見舞いであり、クロノはクロノで部下を心配していたのだ。

 けれど部下の無事はクロノの心に安らぎを与える事はない。

 ただこれ以上負荷が増えなかったとだけだったすら言える。

 繰り返すが、今回部下の下を訪れたのは見舞いがメインだ。

 そうエイミィは考えている。

 だが―――

 

「クロノ君?」

 

 エイミィは一歩前を歩くクロノの顔を見ようとして、少し躊躇した。

 今のクロノの心境はエイミィでも計り知る事はできない。

 昨晩仕事としてクロノに報告を上げる時も、言葉が詰まる程だった。

 

 ヴォルケンリッター。

 クロノを始めとするハラオウン家には、この相手はあまりに意味が大きすぎる。

 

「どうした?

 僕なら大丈夫だよ、ただ少し気になってな」

 

 顔を覗き込もうとするエイミィに気づき、だいたいいつも通りといえる顔を見せるクロノ。

 エイミィが心配した憤怒を秘めた瞳でもなく、感情を押し殺した顔でもなかった。

 

「気になること?」

 

「ああ、アルスの報告では仮面をつけた状態の姉さんと恭也さんの映像を見せ、その上で『そんな仮面の男女は知らん』と答えたと言っていた」

 

「うん、そうだね。

 つまりヴォルケンリッターはやっぱり2人を知っているって事だよね」

 

 セレネと恭也の失踪にヴォルケンリッター、闇の書が絡んでいる事は既に確定だろう。

 それだけでもエイミィはクロノやリンディの精神面を心配してしまう。

 まだ死んだと決まっていなくとも、やはり行方が知れない状態というのは精神にどれほど負荷を掛けるか。

 そんな心配をしていたからだろう、エイミィはその言葉の意味を深く考えていなかった。

 けれどクロノは違った。

 

「仮面の男女、とヴォルケンリッターは言ったんだ。

 弟の僕が言うのはなんだが、恭也さんの方は兎も角、姉さんは仮面とバリアジャケットを装着していると性別なんて解るもんじゃない。

 声を聞くなりしないとな」

 

「それはつまり、セレネさんはなんらかの会話を試みたと言う事?

 説得か何かの為に」

 

「それもあるかもしれない。

 何か考えがあっての行動だった筈だからな。

 それともう1つ。

 『そんな仮面の男女など知らん』と答えた。

 明らかに知っている事を隠さずにわざわざそんな嘘を吐いた、その理由はなんだ?」

 

「挑発とか?」

 

「この場合その可能性が濃厚だろうし、実際アルスもそう受け取った。

 だがどうしてそんな言い方になった?

 もし2人がヴォルケンリッターによって倒されているなら、『倒した』と言えばいいだけだ」

 

 ベルカの騎士という存在は基本的に正々堂々とした戦いを好み、また嘘も嫌う人が多い。

 ヴォルケンリッターのメンバーはその悪評の高さ故に感情によって曲げられていない正確な情報が少なく、そもそも会話した記録も少ない。

 だが性格上あまり嘘を吐く方ではないらしい。

 『そんな仮面の男女など知らん』という言葉はアルスの言葉の意図からすれば嘘になる。

 しかし一歩進めて考えるなら、2人の顔や存在を知った上で『知らない』と答えているともとれる。

 

 騎士の性質として、戦闘による勝利や敗北はとても重要なものだとされている。

 嘘の勝利などありえず、敗北は必ず敗北と認めるというのだ。

 アルスへの返答がただの挑発であるならば、『倒した』という意味の言葉を混ぜた方が効果的だろう。

 あくまで『知らない』としたのには何か意味があると、クロノはそう考えているのだ。

 

「それはつまり、『出会いはした』けど『今の行方は知らない』という事を示している可能性があると?」

 

「ヴォルケンリッターは戦闘後、相手のリンカーコアから魔力を奪う。

 だが魔力を奪った相手は放置だ。

 止めを刺す事もないし、ましてや捕獲など記録にない行動だ」

 

「……たしかに、ヴォルケンリッターと遭遇しているならばこそ、2人の行方に謎が残る。

 2人は瀕死状態であった可能性が高く、自力逃亡は有り得ない。

 状態が状態だけに魔力を吸収する事はできなかっただろうし、捕らえる理由もない」

 

「楽観的に見るなら、何らかの理由でヴォルケンリッター側で治療を受けている可能性もある。

 事故による勝利など騎士が望む筈もないからな。

 だがそんな事をする利点もないし、そんな事をするなら応急処置だけしてくれればこちらで回収した方が治療できる可能性が高い。

 やはりそんな単純な話は考え辛く、また疑問は振り出しにもどる」

 

「謎、か」

 

 クロノ達からすれば2人の行動そのものが謎なのだ。

 この謎に答えを見つけるのは難しいだろう。

 しかし、それを導かねばこの事件の解決は無い様にも思える。

 

 ただ、1つだけ確かな事がある。

 

「はっきりしたのはやはりヴォルケンリッターと姉さん達は遭遇していたと言う事。

 それも姉さん達側から意図的に。

 何か考えあったの行動だろうというのは確かだが、しかし失敗した可能性が極めて高い」

 

 先のジュエルシード事件で、今までは不可能されていた何かができる可能性がある。

 闇の書に対しても、破壊ではない何かが。

 あの姉と恭也、そしてなのは達がいる。

 そう言う期待もしてしまう。

 

 しかし―――

 

「……やはり状況が違う。

 世界が隔離されていたジュエルシードの時とは。

 動くのが遅いとはいえ、時空管理局が既に動いている。

 それに―――」

 

「クロノ君……」

 

 雰囲気が変わった事がエイミィには解る。

 この一連の事件で何か感情を秘めていた事は解っていたが、それが何なのか今まで解らなかった。

 しかし、今1つ解るのは『悲しみ』というものが混じっていると言う事だ。

 

「前回もそうだったが、しかし今回は打ち合わせもなしだ。

 私は時空管理局の執務官としてしか動く事になる」

 

 一人称を『私』と、対外的なものを使用してまでここに告げる。

 また自分は姉を手伝えない、姉と同じ場所には立てない。

 だからこそできる事があるとしても、クロノにはそれが悲しかった。

 そして、今回ばかりは姉の最初の計画は大きくずれ、破綻する事になるだろう事も。

 

 

 

 

 

 ハラオウン家 リビング

 

 闇の書とヴォルケンリッターについて現在解明されている限りの説明を受けたなのは達。

 手配書を渡されただけの時とはやはり情報量が違う。

 朝に集まって、もう昼を回ったが、まだ資料は残っている。

 それだけ時空管理局は永く闇の書と戦い、記録を残してきたと言う事だ。

 

 その説明も一段落したところだ。

 各自説明を受けた部分の資料を見返していた中、なのはが手を挙げる。

 

「アリサちゃん、ちょっといいかな。

 無限転生能力による転生、その先で新しい主が決まるみたいだけど、転生先に何か基準はあるの?」

 

 資料を見て記述が見当たらなかったのでアリサに尋ねる。

 だが大凡アリサからの回答は解っていた。

 

「不明よ。

 記録にある限りの闇の書の主についての情報を洗ってみたけど、共通点はないのよ。

 闇の書から見ればなんらかの共通点があるのかもしれないけど、こちらから絞り込む事はできなかったわ」

 

 これだけ厄介なロストロギアだ。

 その厄介な理由として主の強さもあると考えても不思議ではない。

 なのはの様に魔法の才能がある人が選ばれているというなら、むしろ簡単に納得できてしまうだろう。

 だがなのはが見る資料にもあった通り、ほとんど何の力も無いと言ってよい人も主であった事がある。

 逆に言えばだからこそヴォルケンリッターという防衛機能を必要としたのかもしれないが、しかしやはり謎といえるだろう。

 もしかしたら転生先は闇の書の方では選べないのではないかという説もある。

 これだけ厄介かつ便利すぎる機能だ、欠点の1つや2つあるのがむしろ自然だろう。

 

 ただ、もしそうだったとしても、時空管理局側から転生先が特定できないのだから意味はあまりない。

 そして、過去闇の書の所持者と争いにならなかった事がない事からも、完全ランダムとは考えづらいのだ。

 何かあるのかもしれないが、少なくとも時空管理局が得ている情報からはそれは見えない。

 

「やっぱりそうだよね。

 何かあるなら既に動いているだろうし。

 じゃあもう1つ。

 ヴォルケンリッターの人達が魔力を吸収する際、基本的に吸収された人は死んでないみたいだけど、何か理由はあるの?」

 

 被害状況の資料を見ながらなのはが疑問に思った事だ。

 魔力は生命維持にも必要なもので、魔導師が普段魔法を使う上で使用している魔力はその上に存在していると言ってよいだろう。

 魔導師ともなれば、生命維持に必要な分量は魔力総量から見れば僅かだが、魔力を吸収する際、それを見極めて吸収を止める方が難しい筈だ。

 

「ああ……はっきり言ってしまうとそれも不明よ。

 回復後、魔力を再吸収する為にって説もあるけど、同じ人から2度も魔力を吸収した例がないのよ。

 人を殺さないって訳でもない連中だし、魔力吸収だけそれって言う理由は解らないわ」

 

「魔力の吸収は魔法技術自体を盗んでいるのもあるからだろうけど、魔力がメインって考えなの?」

 

「ええ、時空管理局としてはね。

 実際無限転生は完全万能ではないから、転生後は機能を回復するのに多大な魔力が必要だというのが解っている。

 ヴォルケンリッターは闇の書を完全な状態の起動に回復する為に魔力を刈っていると考えていい筈よ。

 でも確かにおかしい部分は多いのよね。

 魔力を製造するならもっといい技術なんていくらでもある筈なんだけど」

 

 例えばジュエルシード事件でも使っていた庭園の動力は魔力を生み出す物だ。

 ロストロギアとして再建造は不可能だろうが、そう言ったエネルギーとしての魔力を作り出す方法ならいくらかあるのだ。

 人から取ってきた魔力を使うくらいなら、そう言った製造された魔力ではいけない理由が思い当たらない。

 他者の魔法を再現できる能力があるのだから、そう言った技術を再現できない筈もない。

 普通に考えれば効率が悪すぎるのだ。

 

「それに、気になるのはこの世界でやっている事。

 おにーちゃんも調べていたけど、一般人からごく僅かな、実感できない程微量の魔力を広範囲から集めている。

 この行為の意味は情報収集だとは思うけど、何故この世界の一般人からそんな事をしているんだろう」

 

「確かにね。

 実際、こんな事例だからこそ闇の書が犯人であるという予想はあまりしていなかったのよ。

 情報が不足して、相手の考えている事が謎だらけというのは確かよ。

 何年も戦ってきたというのに時空管理局の情報収集力もこれが限度だわ」

 

 なのはの疑問に答えられない事に自らが所属する組織の弱さを考えるアリサ。

 相手が相手というのもあるし、時空管理局はどうしても後手になるからというのもある。

 だが組織が大きくなった事で動き辛くなっているのは確かだ。

 先ほどアースラで行われていた会議の結果がアリサ達にも知らされた。

 やはり今すぐには時空管理局は動けない。

 闇の書の危険性を承知していて、対策も事前に講じられていて尚この遅さだ。

 時空管理局には改革が必要なのかもしれない、アリサにはそう思えるのだった。

 

「でもやっぱり一番気になるのは名前かな」

 

 最後の疑問としてなのはは名前を挙げる。

 それはジュエルシード事件の際にも拘った事でもあった。

 

「そうね。

 なのはがそう言うと思って既に再調査を手配しているわ。

 無限書庫なんていわれている巨大なデータセンターで文献を洗い直して貰う手はずよ」

 

「おねがい。

 『闇の書』なんて名前が本当の名前とはとても思えないから」

 

「そうだね、名前には意味があるものね」

 

 なのはに続きフェイトも名前の重要性を考える。

 アリサも既に動いていた通り、名前の重要性は解っている。

 それはなのはから教えてもらった事だ。

 ただの名前とはいえ、それがあるからこそ見えてくるものもあるだろう。

 

「後は、『騎士』というものについてももう少し情報が欲しいな。

 個人差はあるにしろ、どう考えるものなのか」

 

「解ったわ、そこはベルカの人達から話を聞いてみる」

 

 人は人である以上、個である為、民族、文化、宗教などの大きな基盤に乗っている様でいてもやはり差異はある。

 だがそれでもそう言った大きな基盤になっている考え方を知っているかどうかで、その人とただ会話するだけでも大きな差が出てくるだろう。

 地球上ですら文化の違いでタブーすら大きく違うのだから、そこは重要な筈で、争いの種にも和平の糸口にもなりえる。

 今の資料はあくまで敵がベルカの騎士だからという上での資料なので、一部偏見の様になっている部分すらある。

 その為、純粋な文化の資料が欲しいのだ。

 

「アリサ、そっちの話が終わったならちょっといいかな」

 

「なにかしら?」

 

 丁度話が1段落したところで、今度は久遠がアリサを呼ぶ。

 なのはとフェイトがヴォルケンリッターとの交戦の記録を主に見ていたのとは別に久遠とアルフはモイラと共に闇の書についてのデータを見ていた。

 その中で今久遠が見ているのは時空管理局がスキャンした闇の書の構成情報だ。

 

「ここの術式なんだけど……」

 

「ああ、それはね……」

 

 久遠とアリサで話すは術式の構成情報の話。

 アリサは久遠に予測を含めた時空管理局の解析情報ではなく、スキャンした情報をそのまま見せている。

 久遠の頭の良さから何か新しい事を見つけてくれるのではないかと期待しているのだ。

 

「それで、どう? 解けそう?」

 

「難しいね。

 時間があればできそうだけど」

 

「やっぱりそうよね」

 

 だが時空管理局が長年研究した結果を超えるのはやはり難しいだろう。

 しかし組織だからこそ見落としている点があるのではないかと、今後も久遠には闇の書の解読に当たってもらう事になった。

 

 

 

 

 

 それから更に暫くして。

 情報も一通り目を通し終えたたところだ。

 

「じゃあ、そろそろ今後の話をしましょう」

 

 当然話は情報を展開するだけでは終わらない。

 その情報を基にしたこの話こそ本題だ。

 

「一応、クロノ執務官からは『待機』と『遭遇したら撤退』を言い渡されているわ。

 時空管理局の嘱託として仕事をする以上はこの命令は遵守する必要がある。

 けど、なのはと久遠に限って言えばこの世界での事については貴方達の行動にこちらから制限を掛ける事はできない」

 

 アリサが告げるのは時空管理局としての判断と、なのは達の義務と権利。

 なのはと久遠、そしてフェイトとアルフは時空管理局と契約し、一緒に仕事をする事を決めている。

 立場としてはアリサの配下として動く事となり、組織の中で動く以上は上からの命令は絶対だ。

 だがこの世界は時空管理局にとっては管理外世界。

 そこでは現地の住人の意思と行動は尊重され、命令も拒否する事が可能となる。

 そう言った契約にしたのは組織ではでいきない行動をとる為、組織だからこそ選べない選択をする為だ。

 

「やっぱりクロノさん達としては危険という判断と言う事でいいの?」

 

「ええ、たとえジュエルシードを相手に立ち回った貴方達でもね。

 恭也さんというバックアップが無いというのもあるし、表としてはいっそ保護しておく方が最善かもしれないくらいだもの。

 これはなのはの行動パターンと、相手がまがいなりにも会話ができる人の形をしている敵というのも考慮しての事よ」

 

「それはつまり、会話ができそうでいて、無意味な相手という判断なの?」

 

「そういう事ね。

 『説得』という行為は過去に行われていたらしいわ。

 まだベルカが残っている頃、ベルカ同士で。

 いずれも失敗に終わり、いまやベルカは滅びている。

 ジュエルシード事件を解決できた貴方なら、という期待もあるけれど、なんの確証もなければ上は動けないの」

 

「組織というものの難しさだね。

 けど、だからこそ私達がいる」

 

 なのははここに断言したに等しい。

 その言葉には従わない、と。

 アリサの言葉の意味と、クロノの考えを理解した上でだ。

 

「だから私は『嘱託』でしかなく、アリサちゃんの下に居る」

 

 先にもアリサ自身が述べている通り、少なくともこの世界の中でならなのはは時空管理局には縛られない。

 それ以前に、本来時空管理局の命令には従う筈の嘱託契約だが、それもいろいろ条件を設けており、なのはの自由性は高くなっている。

 それはこういった事態にこそなのはがなのはらしく動く為の処置であり、大人達が残した道の1つだ。

 そもそも、なのは達を本気で止める気ならばこんな情報など与えない。

 それこそ何か理由をつけてこの街から離れる様に仕向けるだろう。

 つまりは、これはクロノ達も望んでいる事なのだ。

 

「そうね。

 でもね、なのは。

 前回貴方を巻き込んだのはいたし方の無い事だったけど、今回もまた貴方を巻き込みたくはないというのが本音よ」

 

「解ってるよ。

 アリサちゃんは優しいから」

 

「私は優しいのかしら? なのはのその言葉だけはいまいち自信をもてないわ」

 

 アリサの気持ちはそう言うものだと絶対の自信を持って言葉にするなのは。

 しかしアリサはその言葉になんか感情が揺れる事はなかった。

 場に少し暗い空気が流れる。

 しかし、なのはからアリサへ向けられるのは信頼の念であり、それはまったく揺るがない。

 アリサもそれを正面から受け続けている。

 程なく、アリサが再び口を開いた。

 

「そうね、今まで通りでは何も変わらないもの。

 貴方のやりたい事を聞かせて、なのは」

 

 諦めの混じる声も交じりながらではあるが、しかし普段のアリサらしさを戻しつつ、アリサはなのはに問う。

 この状況で自分達でできる事を。

 何かを変えられるかもしれない可能性を。

 

「やっぱり、最初は会ってみないとどうにもならないと思うの」

 

 なのははそう告げる。

 今は何かを考えるより、ただその行動が全てだと。

 確かに対面しなければ会話もないもなく、相手の事を理解する事もできまい。

 そう言う意味ではこの様な資料など余計な情報だったかもしれない。

 なのははそれでいいのだ、とそうアリサは考える。

 

 しかし、先ほどかずっとアリサの中では不安があった。

 なのはなら大丈夫だと信じられるのに、不安が止まらない。

 姉や恭也の問題もある中ではあるが、それでも前は2人がむしろ敵だと思っていた頃もあったのに。

 なのはを魔導師として一番知っているのは自分だという自信があるアリサだが、それなのに解らないのだ。

 この先、確実に大きな岐路があるだろう。

 それが一体なにで、その先に何があるのか、まだ予想もできずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎ 住宅街

 

 はやてとザフィーラの昼の散歩が終わった後、シグナムとシャマルは外に出ていた。

 名目上は買い物で、実際買い物もして帰るつもりではあるが、当然別の目的がある。

 2人揃って歩いているこの場所は今夜の収集地点であり、目的は視察、情報収集だ。

 

「そういえば、本の方はどうだった?」

 

「あの後少し落ち着いたみたいだったわ。

 今夜の作業には問題ないと思うわ」

 

「そうか」

 

 今日確認してみたら何かを書き込んでいる様子だった肝心の『書』。

 シャマルは今までの経験上からデバイスの状態は夜には落ち着くと判断している。

 実際のところ、シャマル達にも『書』の事は知らない事が多く、経験則に頼る事も多々ある。

 

「主の方はどうだ?」

 

「大丈夫だと思うわ。

 本は周辺環境データの更新だろうということで、納得していたみたいだから」

 

「私達もそう思っている分、気は楽だな」

 

「そうね」

 

 『書』の事がはっきりしないのは、現時点では主たるはやても同じ事だった。

 管理権限をフルに使うには、デバイスが1度は覚醒状態にならなければならない。

 それにはある程度魔力が必要である事は説明済みだ。

 他者から魔力を得る方法についても最初に齎される情報として既に知っているが、はやてはその方法をとろうとしない。

 主の魔力だけでも時間を掛ければ覚醒可能な為、そちらの方法をとるつもりでおり、実際常に『書』へ魔力を渡している。

 

 その為、シグナム達が裏で行っている魔力収集によるデバイスの変化もそれによるものだと誤魔化せる部分もある。

 情報の収集はただここに居るだけでもある程度の情報は収集されるので、その分だと。

 魔力収集についてそんな嘘の吐き方をした記憶はシグナムにはない。

 シグナムはそれが何度思い返しても複雑でならなかった。

 

 だが、とうに後には退けぬ道。

 シグナムに迷いはない。

 

「この辺りね」

 

「住宅街から少し逸れるな」

 

「大体の場所は既に収集済みだし。

 それに遭遇率も下げたいから」

 

「そうだな、無用な戦闘は避けたいものだ」

 

 今居るのは収集の中心地を予定している場所だ。

 魔導的な観点から見た蒐集効率と周辺環境との兼ね合いから選ばれた場所だ。

 しかし位置としては住宅街の外れとなり、ここを中心として蒐集を開始しした場合、円形に広がる蒐集範囲の半分以上が商業施設で、夜は人が居る事が期待できない。

 だが既に主な住宅地の中心地での蒐集は終えており、本来ならこの街での蒐集作業は終えていい筈だ。

 それでも蒐集を続けるのは半年程前にこの街に襲来していたジュエルシードの情報を得る為。

 正確にはジュエルシードが襲来したにも拘らずこれと言った被害が見られない事、その理由を知りたいのだ。

 

 この街には既に遭遇したとおり、時空管理局が介入している。

 ジュエルシードの撃退方法としては、既にミッドチルダでもある程度の可能性は見出せていたのは知っている。

 それは浄化魔法による一時的なジュエルシードの無害化であり、捕獲だ。

 だがそれは一時的なものにしかならず、それを続けた結果としてマスタープログラムを呼び寄せ、最悪の事態を招く事も解っていた。

 それをどう回避したのか、それが自分達に有益な情報である可能性が高いと見ている。

 

 ジュエルシードが襲来したのがこの街が中心である事から、この街で蒐集を続ければ、何らかの情報が得られると踏んでいる。

 少なくとも被害者の数人の情報は得られる筈で、そこから追える情報もある筈だ。

 例え時空管理局の監視が厳しくとも、その情報が欲しいのだ。

 

「では少し歩くか」

 

「ええ」

 

 周辺の情報を得る為に、散歩を装い歩いて回る2人。

 だが少し歩いたところで足を止める事となった。

 2人の視界に見慣れぬものを捉えたからだ。

 

「……あれは?」

 

「えっと、『巫女』という、確かこの国で言うところの修道女ではなかったかしら」

 

 2人が目にしたのは白衣に緋袴を穿いた少女の姿だった。

 この世界の情報により、それが『巫女』と呼ばれるもので、自分達の元居た世界で言うところの修道士や司祭に近いものらしい。

 だがこの世界、この国は宗教の勢力が弱く、あまり普段見かける事はない姿で、シグナム達も情報として知るくらいだ。

 この街には八束神社という社がある事も知っていて、そこを通りがかった事はあったが、その時は留守だった。

 

 ともあれ、2人が今見かけた巫女は20歳に届かないだろう若干幼いといえる容姿をした少女だった。

 巫女が街中を歩いているのも珍しいが、その巫女は何かを探している様子だった。

 まだこちらに気づいてはいない。

 

(見たところ、それなりの魔力を持っている様だ)

 

(接触は避けた方がいいわね)

 

 接触念話で相談した2人は、不自然にならない程度にその巫女の視界から外れる事にした。

 角を曲がり、巫女がいる道からは逸れる。

 向こうから見えるのが後姿になったあたりから巫女からの視線を感じ、こちらに近づく様子も見せたが、更に角を曲がり、軽く撒いただけで追ってくる様子は無かった。

 その後の周辺調査でも遭遇する事はなかった。

 

 

 

 

 

 ハラオウン家での話し合いの後、なのはは1人、歩いて帰路へとついていた。

 ただし、少々寄り道しながらだ。

 その中で住宅街の外れを歩いていた時だった。

 

「あれ? 那美さん」

 

「あ、なのはちゃん」

 

 なのはは自身もあまり通らない道ではあったが、珍しい人を見かけた。

 いや、珍しいというのは人そのものではなく、場所と姿の組み合わせとしてだ。

 見かけ、声を掛けたのは神咲 那美。

 久遠の飼い主にして、久遠のパートナー、退魔師であり兄恭也のパートナーでもある人だ。

 その人が今巫女装束姿で街中に居る。

 巫女装束は彼女の仕事先でもある八束神社でよく見かける姿であるが、仕事着でもある巫女服を街中で着ている以上は、やはり今も仕事中なのであろう。

 

「どうしたんですか? こんなところで」

 

 仕事なのは確かだろう。

 仕事中なのか、仕事の帰りなのかは解らない。

 どうもなのはは魔力は感知できても幽霊の類を見つける事はあまり得意ではないらしい。

 試したところ、所謂ところの霊視、幽霊を見る力はそれなりにあり浮遊霊も見えるのだが、センサーとしてして周囲に居る存在を捉える事はできない。

 やはり霊感と魔力は似ているようで違う部分もあるようなのだ。

 

 と、それは兎も角、那美は兄と一緒に今回の事件にも関わっている。

 その関係かどうかは話してくれないかもしれないが、何か情報があるなら聞きたいところだった。

 

「うんちょっとお仕事でね。

 ところでなのはちゃん、近くで女の人の2人組みを見なかった?」

 

 場合によってはなのはが何故ここに居るのかと聞き返されるかと思ったがそうではなかった。

 質問についてははぐらかされたのは予想通りだが、聞かれる事は予想にもしていなかった事だ。

 

「2人組みですか?」

 

「うん、若い女性だったと思う」

 

「それは生きた人間でって事でいいんですか?」

 

「うん、そうだよ。

 因みに、ここの近くは自縛霊は居ないと思うよ。

 浮遊霊の気配もない」

 

 心配そうな表情から仕事関連だと思って確認したが違った様だ。

 いや、生きている人間相手でも仕事関連の可能性はあるが。

 

「あ、すみません、那美さんが仕事着だったのでつい。

 ここに来るまでは見ていませんよ」

 

「そう……」

 

 やはり那美はどこか心配そうだった。

 それ以上なのはなにかを問おうとしてくる様子はなかったが、なのははこちらから聞く事にする。

 

「その2人組みの女性がどうかしたんですか?」

 

「あ、うん、ちょっと良くないものが憑いている様に見えて。

 見かけたのは角を曲がろうとしていた一瞬で、顔も良く見えなかったのだけど」

 

 那美の表情はかなり暗い。

 普段明るい那美に仕事着である巫女装束でそんな事を言われるとこっちまで心配になってくる。

 そうとう悪い何かにとり憑かれている可能性があったのだろう。

 なのはでは見えない部分だろうし、顔も見ていないのでは探しようもない。

 久遠なら匂いでも追えたのだろうが、現在なのはも久遠とは別行動中だ。

 

「仕方ないわ。

 もう少し歩いて見つからない様だったら今日は諦めましょう。

 なのはちゃんも気をつけてね」

 

「はい」

 

 気になって仕方ない様だが、那美も探しようがないと思っているのだろう。

 なのはがここに居る理由も聞かずに行ってしまった。

 

(まあ、聞かれると少し困るから今はラッキーなのかなぁ?)

 

 そんな事を考えながら、なのはは近くにあった電柱の裏、道側ではなく家の壁がある側にお札を1枚張り、また移動する。

 この行為はある意味那美、正確には神咲の人だからこそ気づかれると困る事でもあったのだ。

 これを作ったのは久遠で、神咲の人にも秘密の事だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜

 

 八神家のリビングではシグナム達が出撃の準備をしていた。

 既にはやては就寝しており、魔法によって眠りはより深いものとなっている。

 先日時空管理局に発見された事もあり、今日からは可能な限り全員で出る事となった。

 

「これでよしっと」

 

 はやてへの処置を終え、大事にしまってあった『書』を取り出す。

 自分達を信じてくれている主人に対する背信行為と言える自分達の行い。

 それでも止められない事情があり、覚悟もある。

 だが、シャマルは今日もはやての顔を見てしまう。

 かわいらしい顔で眠っている主を。

 そうして自分の行いについて考え、1つの言い訳にたどり着く。

 今の主がはやての様な人だからこそ、何も知らず眠っていておいて欲しいのだと。

 

 シャマルはシグナム程には己を殺しきれない。

 そんな理論武装をしてやっと『書』を持ち出し、主に背く行為につくことができた。

 

「……あら?」

 

 癖の様なもので、『書』を開いてみたシャマル。

 そこで目に留まるページがあった。

 不破 恭也の事を記したページだ。

 前見た時まではほとんどの情報が読み出せなかったが、今は大幅に読める部分が増えている。

 今日なぜか書き込み作業が行われていた様だったが、この解析結果だったのかもしれない。

 

(今は読んでいる時間はないけど……)

 

 軽く目を通すものの、出撃の直前だ。

 直ぐに活用できそうな情報が無いかを探すが、やはりまだ読めない情報も多く期待はできない。

 ただ、気になる部分があった。

 

(武装の情報が……おかしいわね、主武装は乱入者の女の子に渡していた筈だけど)

 

 武器の項目を一部読む事ができた。

 それもこれはミッドチルダで作成された戦闘用デバイス。

 かなり変わった形と用途の様だが、それでも確かにデバイスだった。

 シグナムの話ではそんな物は使っていなかった筈なのに。

 

(後でシグナムにも見てもらいましょう)

 

 とりあえず今使える様な情報も無い様なのでシャマルは『書』を閉じた。

 移動しながらその事を話そうと考えながら。

 

 

 

 

 

 アースラ メンテナンスルーム

 

 深夜というこの時間、クロノとエイミィはメンテナンスルームに居た。

 クロノのデバイスの検査の為だ。

 

「はい、終わったよ。

 でもどうしたこんな時間に? 定期検査もしたばかりなのに」

 

 オールグリーンという結果の出たクロノのデバイスS2U。

 クロノが執務官という立場もあって、元々出撃の頻度は高くない。

 エイミィが言う様に定期検査後は出撃も無く、訓練でも使われなかった。

 検査はするに越した事はないが、こんな時間というが気にかかる。

 付き合うエイミィにも気遣って、昼間の空いている時間を選んでいた筈なのに。

 

「一応、念の為だ」

 

 素っ気無く返すだけのクロノ。

 こうして2人でメンテナンスルームを訪れてはいるが、実際今は2人とも忙しいのだ。

 敵が闇の書である事が解った以上、2人の立場では今の内にやっておかなければならない仕事が多い。

 

「直接出撃するつもりなの?」

 

「基本的にそれはできないよ。

 今の状況ではね」

 

 ただでさえ管理外世界という難しい場所だ。

 立場上、クロノは安易に出る事は許されない。

 それも相手が闇の書だとすれば尚更の事だ。

 だからエイミィの心配にも当然としてそれを返す。

 

 ただ、出撃しかねない状況というのも考えられるのだ。

 

「今日、アリサからなのは達に情報が渡されている」

 

「あ、うん、そうだね。

 アリサちゃんも今なのはちゃんから受けた調査依頼で動いているし」

 

 アリサは早速なのはが疑問に思っている闇の書と呼ばれているデバイスの名前と、騎士についての調査をしている。

 基本的にここから動けないので、アリサが調査を依頼するという形になるが、それでも動いてもらう為にする事が多い。

 そんな姿を見ているからこそエイミィは思うのだ。

 まだ準備の段階だと。

 

 しかし、

 

「その情報を聞いたなのは達が、大人しく待機しているだけだと思うか?」

 

「え? ……で、でもヴォルケンリッター達にしたって見つけようと思って見つけられるものではないのに?」

 

「そうだな。

 僕達の常識ではそうなる。

 だがなのは達だ。

 何かしでかす可能性が高い。

 その時の為の準備だよ、これは」

 

「……そうだね、なのはちゃん達だものね」

 

 なのは達という対象に、心配と期待が入り混じる。

 大人としては、あの子達の無事を最優先として関わって欲しくないというのが大きいのだ。

 だがどの道そうは行かず、そうなった時には何かが得られると信じたい。

 

「さて、そろそろ行くか―――」

 

 ここで話していても仕方ないと、部屋を出ようとしたクロノ。

 だが扉を開けようとしたところでクロノの動きが止まった。

 

「どうしたの?」

 

 突然動きを止めたクロノの視線はドアに向いていなかった。

 エイミィがその視線を追うと、そこにはデバイスの保管ケースがある。

 今となっては使われる可能性が極めて低くなった2つのデバイスが収められているケースだ。

 

「……いや、なんでもない。

 いくぞ」

 

「あ、うん」

 

 クロノは何故それが突然気になったのかは解らない。

 だがその気になった理由を敢えて考えずにエイミィと共に部屋を出る。

 少なくともケースは動いた形跡はなかく、中にはデバイスが納まっている筈だ。

 それで今はいいのだと、そう判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町家 なのはの部屋

 

 アリサから闇の書とヴォルケンリッターの話を聞いたなのはは、この日いつもより早く床についていた。

 今晩は久遠も一緒で今は狐の状態でなのはの隣で寝ている。

 それ自体は珍しい事ではなく、むしろジュエルシード事件からは日常の一部になっている。

 ただ、今日は少し様子が違った。

 

「―――!!」

 

 突然、久遠が飛び起き、そのまま人の形態へと変わる。

 

「なのは」

 

「うん」

 

 久遠がなのはの名を呼ぶと、深夜に起こされたにも関わらず、すんなり起き出す。

 まるで寝ていなかった様だが、そうではなく、そう言う準備をしていたからだ。

 見ればなのはの格好はいつもの寝巻きではなく外に出るときの普段着だ。

 今夜必ず何かがあり、出ると決まっていた訳ではないが、その期待があったが為の準備。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 シュバンッ!

 

 決意と共に告げるなのはに従い、久遠が再び姿を変える。

 狐の姿、それも大型犬程の大きさの形態だ。

 その姿でなのはを乗せ、久遠は窓から外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 丁度その時、部屋で眠っていた美由希は目を覚ました。

 何かが動く気配がしたのだ。

 窓から外を見ると稲妻の様な何かが飛んで行くのが見えた。

 

「……」

 

 それが何かは解っていた。

 だが美由希はそれを追う事はなく、しかし見なかった事にもしない。

 美由希は美由希でやるべき事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住宅街 結界内部

 

 時空管理局に発見される可能性を考慮し、全員で出てきたヴォルケンリッター。

 予定通りに結界を展開し、それぞれの配置についている。

 このまま後十数秒で蒐集も終えるだろう。

 上空で警戒にあたるシグナムはそれでも周囲への警戒を怠る事はない。

 時空管理局よりも先に、本来ありえないタイミングで侵入してきた者もいるのだ。

 ヴィータも一切の油断無く周囲を警戒する。

 ザフィーラも合わせ3人でお互いの死角をカバーしつつ全方位を警戒している。

 

 だが程なく蒐集作業も終え、続いて撤収作業に入ろうとした、その時だった。

 

 ズダァァンッ!!

 

 突如この結界の中に稲妻が走った。

 勿論外界の世界と隔離され、さして広くもない結界の中に天候としての雷が落ちる訳もない。

 当然人為的なもので、魔法である事は明白だった。

 しかし、それは攻撃魔法ではなかった。

 

「こんばんは」

 

 雷光が走った跡に残ったのは金色の獣と、その獣に跨る少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 家を飛び出したなのはと久遠は住宅街の外れを中心として展開された結界の中に居た。

 時間があまり無い事が予想された為、移動から直接久遠の雷の力を使って結界への侵入し、今目の前には3名の魔導師らしき人が居る。

 久遠の雷光によって照らされて見えたその顔は、今日見た資料にあった顔、つまりはヴォルケンリッターのメンバーの内の3名。

 シグナム、ヴィータ、ザフィーラだ。

 なのはのアテは見事に当たり、ヴォルケンリッターの蒐集現場に突入する事に成功したのだ。

 久遠は近くにあった丁度ヴォルケンリッターが飛んでいる高さと同じくらいの高さのビルの屋上に着地し、なのはも久遠から降りる。

 

「こんばんは」

 

 なのはは半ば反射的にそう挨拶を投げかける。

 まだ武装していないなのはは相手からどう見えるだろうか。

 少なくとも結界へ侵入してきた事もあり、警戒されている事は確かだ。

 3名共戦闘の体勢をとっている。

 

 なのははアースラの戦闘局員が偶然出くわしたヴォルケンリッターの蒐集現場に侵入している。

 ジュエルシード事件の後始末用として持ち出されていた機器を使い、それでも偶然、運良く発見する事ができたらしいこの現場に。

 

 実は昼間、なのはがハラオウン家からの帰りの道で、目立たない場所に張っていた御札はその為のもの。

 どんなに上手く隠せていても、そこに結界を展開しているならばその場所に魔法の発動を感知する物があれば引っかかる。

 なのはは久遠に頼み、こちら側の技術、紙に魔法をこめる技術を使い、ごく微量でも魔法を受ければ信号を発する発信機の様な御札を作って貰ったのだ。

 それを帰り道で張って歩き、その反応に備えて夜準備をしていた。

 

 設置型の探知機を用いた数に頼る物量作戦であり、今回なぜかこの街でヴォルケンリッターが蒐集を続けていたからできる策だった。

 管理外世界であるが故に時空管理局ではとれない方法で、この街に住むなのはと久遠だからこそ取れる手段でもある。

 ただ御札の作成に時間があまりかけられず、そもそも神咲の人にも内緒で作るので物資も十分ではなかったので、数に頼る物量作戦とはいえ数は心許なかった。

 展開される結界の予想規模から計算してギリギリの量で、上手く結界を検知できるかも掛けだったが上手くいった。

 

 ふと考えてみると、この場所、この結界の中心点は昼過ぎに那美と会った場所に近い。

 那美が見たというのもこの場所を下見に来たヴォルケンリッターだったのかもしれない。

 だが今はそれはおいておこう。

 今のなのはにはあまり時間がない。

 

「わたしは高町 なのは。

 時空管理局と嘱託契約を結ぶ現地協力者です。

 貴方達を異世界の人と判断し、確認させて頂きます。

 貴方たちの目的はなんですか?」

 

 会話を重視するなのはとしては不本意な事だが、自分の事の告げた直後に目的を尋ねる。

 時空管理局の所属であるという事を隠さない以上は敵と認識されるだろうが、それでもなのはは嘘を吐く事を選択できなかった。

 

「時空管理局に所属しているなら知っているだろう? 私達の事を。

 既に時空管理局の戦闘局員と接触しているのだ、情報が回っていないとは思えん」

 

「知っているのは時空管理局から渡された資料にあるだけの情報に過ぎません。

 それは度重なる調査の上にある情報だとしても、過去のものであり、真実とは限らない」

 

 桃色の長い髪をポニーテイルにした女性、資料にあったシグナムという人が口を開いた。

 感情の乗らない声で、ただ淡々と。

 しかし、それに対してなのははそれでも本人の言葉を聴きたいのだと跳ね除ける。

 そんななのはにシグナムは1度ため息を吐いて、だが答えた。

 

「魔力の収集が目的だ。

 それで満足か?」

 

 シグナムはなのはを睨む様に見るが、敵意をあまり感じない。

 問答無用と言う事もなければ、直ぐに戦闘をしかけてくるそぶりもない。

 時間を稼いでいる可能性もあるが、それでも会話できるのならなのはにはそれでいいのだ。

 

「それは真実を含みながらも、まだ目的を隠していますね?」

 

「……」

 

 魔力を集めるだけなら、この街での収集は効率が悪いどころではなく、収集する人達への影響を無くそうとしている行動すら見えるのだ。

 だからそれは事実に含まれてはいても、真実ではない。

 ついでに言えば、情報収集にしたってこの街に拘る理由が無い筈だ。

 なのはの言葉にシグナムは答えなかった。

 シグナム自身は何も反応を示さないが、一緒にいる少女、資料ではヴィータと名のある子は眉をひそめたのが見えた。

 

「私はここへ来る際、時空管理局に通報していません。

 しかし、私が結界に侵入した事によって動きが感づかれるでしょう。

 時間はあまりありません。

 ですから手順を飛ばしますが、私は現状貴方たちが資料にあるような『悪』であるとはとは思えない。

 それに、不破 恭也も敵として貴方達に接触してはいない筈です」

 

「―――」

 

 なのはの言葉にヴォルケンリッターは何も答えなかった。

 だが確実に何かが動いた。

 シグナムも表情は変えないが、それでも雰囲気に変化が見られる。

 それが良いものか悪いものか、今なのはが言葉にした事がどう影響したか、まだなのはには解らない。

 

「……時間無いそうだな?

 だが私達にとっては違う、むしろ待っているのだからな」

 

「え? それは……」

 

 シグナムの言葉に気づく。

 もしヴォルケンリッターが時空管理局から逃れようというのなら、今現在も行動を起こさずになのはの話を聞いているのはおかしい事だ。

 既になのはは自分が関係者である事を告げている。

 なのはの言葉を信用するかどうかは別にしても、どの道時間が経過すれば時空管理局にここが発見されるのは目に見えている。

 時空管理局と接触したくないのなら、もう撤退行動に出ていなければおかしいのだ。

 ならばこれは―――

 

 その時だ、結界が少し揺らいだ。

 同時にこの結界に新たな魔力が出現し、更に声が響く。

 

「時空管理局嘱託フェイト・T・ハラオウンです。

 貴方達には異世界への干渉の容疑があります。

 武装解除してください」

 

 結界に侵入し、そう宣言したのはフェイトだ。

 アルフと並び結界に侵入し、相手がヴォルケンリッターと確定していないが故、別の容疑で拘束を言い渡した。

 それは予定されていた行動でもある。

 まずそう言う事になるだろうというのはアリサとも話した事だ。

 だが、

 

(そんな、早すぎる!)

 

 なのはは驚いていた。

 時間がないとは思っていたが、いくらなんでも早すぎる。

 フェイトが全力で飛行したとしても、なのはが結界に侵入した直後にでなければこうはならない筈だ。

 

『なのは、私は撤退の支援でここに来た。

 ごめん、クロノが予め準備していたみたいなの』

 

 直ぐになのはにフェイトから念話通信が入る。

 時間稼ぎまでするつもりではなかったが、この行動の速さはなのは達にとっては予定外だ。

 まだろくな会話はできておらず、情報も収集できていない。

 しかしフェイトが来てしまったからにはなのはも独断行動に出る訳にもいかない。

 なのはと久遠がいかに現地の人間として行動に自由があろうとも、フェイトはそうはいかず、なのはを撤退させなければならない。

 それを跳ね除けるとなればフェイトにも迷惑がかかるばかりか、今後の活動にも大きな影響がでる。

 今はまだ強硬な行動にでる時でもないだろう。

 

『了解、仕方ないね、ここは―――』

 

 撤退を考えた。

 しかし、その時だ。

 

「1人と使い魔か。

 まあ、こちらとしては各個撃破となってやりやすいがな」

 

 シグナムのその言葉と共に、今まで動かなかったヴォルケンリッター達が動き出す。

 ヴィータとザフィーラはフェイトとアルフに向かい、なのはのところへは―――

 

 バッ!

 

 突然、なのはの胸元か人の手が生える。

 その手になのはのリンカーコアを持って。

 資料にあったシャマルによる遠隔のリンカーコア摘出だ。

 

「悪いが、お前たちの魔力も頂こう」

 

 構えながらも最初の位置から動いていないシグナムがそう告げた。

 

 バシュンッ!

 

「なのはっ!」

 

 それに対し久遠が大人の姿、戦闘形態へと変身し、シャマルの手を掴む。

 摘出されてしまったなのはのリンカーコアはあるが、久遠ならシャマルの手をへし折ってその手にもったリンカーコアを戻す事もできるだろう。

 資料を見て、この状態のシャマルの手を切断してもなのはに影響はない事を久遠は知っているし、リンカーコアの戻し方も全員が知っている事だ。

 勿論そう簡単にそうさせてくれる訳もないだろうが、それでもただやられるだけにはならない。

 

「くーちゃん、ストップ」

 

 だが久遠が攻撃行動に出る前になのはは止める。

 なのはは現在普段胸元に下げているレイジングハートを右手に中に持っている。

 こうなる事が予想できた為、デバイスを失わないようにという対策でもあった。

 しかしこの段階になってもなのははレイジングハートを起動させない。

 久遠の手で押さえられているシャマルの腕に自らも左手を添え、しかし力はこめずに言葉を続ける。

 

「悪いが、ですか。

 つまり貴方達はこれが悪い事だという認識があるのですね?」

 

「……」

 

 なのははこの状態でも会話を続ける気でいた。

 いや、この状態だからこそできる会話もあると考えたのだ。

 シグナムは何も言わないが、シャマルの手が一瞬動いた。

 なのはの声が届き、動揺したのかもしれない。

 ただ今なのはが見れるのはシグナムだけだ。

 なのははシグナムの目を見るが、そこに揺らぎはない。

 

 

 

 

 

 その時、シグナム達からは離れた建物の影にいるシャマル。

 シャマルは収集を終えた後、侵入者の出現によって結界中心点から移動して隠れていた。

 そしてシグナムの指示で今侵入者の少女のリンカーコアを遠隔で摘出している。

 遠隔摘出は先日大きな失敗をしているが、シャマルの攻撃手段はこれだけと言える。

 同じ失敗をしない様、細心の注意を払っていたところに少女の言葉が聞こえた。

 『悪いという認識があるのか』と。

 その言葉にシャマルは一瞬動揺してしまったが、今更の事だ。

 シグナム達他のメンバーなら一瞬も揺らがないだろうが、シャマルが揺れるのもホンの一瞬に過ぎない。

 解っているのだが、こんな事が正義な筈はないと。

 だがそれでもやらねばならない事がある。

 

「ごめんね」

 

 シャマルはなのはには届かないそんな言葉を口にしながら、しかしその手を緩める事はなかった。

 

(準備は整ったわ。

 時空管理局の援軍が来る前にこの子だけでも蒐集を終わらせないと)

 

 そう考えながら手にしていた『書』を開く。

 最早手馴れた動作で、蒐集の体勢へと移行しよとした。

 その時だ。

 

 グワンッ!

 

 突然『書』が黒き煌き、何かが本から飛び出した。

 その黒い何かは、シャマルの目では捉えきれない速さで走り、結界の外側へと向かう。

 

「なっ! え?!!」

 

 何が飛び出したか、今開かれていたページで明らかだった。

 そこのある筈の情報がごっそり抜け落ちていたのだから。

 

『シグナム! シグナム!』

 

 この異常事態にリーダーを呼ぶシャマル。

 だが呼んだシグナムの方は冷静だった。

 

『解っている、落ち着けシャマル。

 こうなる事は予想できていた事じゃないか。

 蒐集作業を開始しろ。

 もう時空管理局の部隊も近づいてきている。

 尤も、こうなったとなればその部隊はここへは到着できないだろうがな』

 

 シグナムはとても冷たい声で応えた。

 だが感情がそこに無いと言う訳ではなく、押し殺しているのだという事は長い付き合いで解る。

 だからこそシャマルも悲しくてたまらない。

 確かに予想していたのだ、この事態は。

 けど、それは大凡最悪のシナリオだった。

 

 

 

 

 

 その頃、戦闘局員の2部隊を率いたアリサは飛行魔法で現場に急行するところだった。

 アースラからこの街の上空、安全な場所へと転移してからの移動だ。

 既に戦闘用の結界が展開されている事もあり、現場への直接転移はできず、大人数の為に時間も掛かってしまった。

 だがアリサはモイラもつれており、現状出せる戦力としてはクロノやリンディを除けば全て出した事になる。

 今アースラがヴォルケンリッターに対してできる最大の対応だ。

 

「どうやらまだ結界は展開しており、ヴォルケンリッターは撤収していない様です」

 

「急ぐわよ、フェイトとアルフが向かったとはいえ、なのはが拘束されている可能性もあるわ」

 

 モイラからの報告を受け、アリサは全員に通達する。

 現状でも出せる限りの速度で飛んでいるが、それでも言わずにはいられない。

 アリサ単独ならもっと速く飛べるが、今は部隊を率い、更に偽装魔法も展開しなければならない状況だ。

 速度は最大よりも低くならざるを得ない。

 

 それでも既になのは達の居る結界は視認している。

 到着まで後わずかだった。

 しかし、そこでだ。

 

 ヒュオンッ

 

 風が吹いた。

 高速で飛行している為、アリサ達は自分達に向かって風を受けるのは大凡当然の事だ。

 だがその風はアリサを追い抜き、駆け抜けた。

 

「マスター!」

 

 同時にモイラが声を上げる。

 モイラの反応は早かったと言えるだろう。

 しかし、それでも遅かった。

 

「きゃぁっ!」

   「ぐわっ!」

 

 後方から悲鳴が上がる。

 振り向けば隊員が倒れ、またはデバイスを破壊され仰け反っていた。

 何者かの襲撃を受けている。

 それは明白だ。

 それなのに敵の姿は見えないのだ。

 次々と隊員が襲われ、ダメージを受けるかもしくはデバイスを破壊されてゆく。

 それも僅か一瞬。

 そう、一連の襲撃の結果は一瞬の出来事だった。

 

 そんな惨状なのに、アリサが目にできたのは黒い煌きだけだった。

 いや、それを見れたからこそ、アリサはとっさに構える事ができたのだ。

 

 ガキンッ!

 

 緊急で精製した魔法剣に何かが触れる。

 黒い何かが。

 しかし、それも一瞬で、次の瞬間にはその何かはアリサの上を掠めてゆく。

 

「モイラ!」

 

 それを感じたアリサはモイラに回避を指示した。

 防御力が低く、その分俊敏なモイラにはそちらが適切だと、そう考えるまでもなく出た直感での指示。

 

 ヒュォンッ!

 

 アリサの指示のおかげか、モイラは大きく飛び退き、黒い煌きはモイラを掠めるだけでまた飛び去った。

 そして、それができたからこそ、モイラは見る事ができた。

 

「マスター、あれを」

 

「あれは……」

 

 黒い何かが飛び去った後に見えたのは黒い羽の様なものだった。

 それが何を意味するか、アリサは考えるまでも無い。

 こういう事態も想定していた。

 だから今すべき事を優先する。

 

「負傷者回収! 偽装魔法の展開を維持なさい。

 アースラに伝達、クロノ執務官の出撃を要請!」

 

 部隊に戦闘不能者は出ていなかった。

 だが隊列を大きくかき乱される結果となり、デバイスを失った者も居る事から、部隊としては一度再編成が必要となった。

 いや、どの道今の部隊では今見た事態からは戦力不足なのが確定した。

 だからこそ、本来なら要請できないクロノの出撃までアースラに伝える。

 大凡最悪の事態の発生の報告と共に。

 

 

 

 

 

 結界内に侵入しなのはの撤退支援をする筈だったフェイト達。

 しかし、確率的に低いと考えていたヴォルケンリッター達の攻勢により無傷での脱出は難しいと判断していた。

 だが事態はそれだけでは済まなかった。

 突如黒い風が結界の中から外へと飛び出した。

 その風はフェイトにとってとても馴染みのあるもので、それが何なのか疑う余地はなかった。

 けれど、それがこの結界の中に突如出現し、その上外へと向かったとなればその意味は変わってくる。

 ただ気になるのは今自分達のリンカーコアを狙って襲い掛かってきているヴィータの顔を見れば、それは驚愕と言えるものだった。

 

 しかし、驚愕という表情を見せたのも一瞬で、行動が止まったのも一瞬だ。

 こちらも行動が止まっていた為、その隙を活かす事はできず、相手の攻撃を受ける事になる。

 

 ガキィンッ!

 

 槌の様なデバイスのスイングをデバイスモードのバルディッシュで受け止める。

 ヴィータは外見こそフェイトよりも年下の少女だが、当然魔力で強化されており、攻撃の重さは全力で踏みとどまる様に飛行魔法を調整していなければ吹き飛んでいた。

 デバイス同士の鍔迫り合い。

 こうして接近し顔をつき合わせて見て解るのが、ヴィータが妙に攻撃的な顔をしているというものだった。

 

(なぜ?)

 

 なのはの様にそう言った事を考える習慣はあまり無かった。

 だが、なのはと並んで戦うならそれも必要だろうと考える。

 けれど、今のフェイトには答えは見出せない。

 そして、そんな時間もなかった。

 

 ヒュォンッ!

 

 風が吹いた。

 フェイトの直ぐ傍を、漆黒の疾風が。

 

「がっ!」

 

 その風はザフィーラを交戦していたアルフを襲い、姿を消す。

 次の瞬間、なのは達の方でも風が吹いていた、シャマルの手を掴んでいた久遠が飛ばされている。

 そうした後、その風は止まった。

 丁度フェイトとなのはの間の空に。

 姿を現した風の正体は、やはりフェイト達にとって良く知る人物で―――

 

「恭也……」

 

「おにーちゃん……」

 

 しかし、その姿は変わり果てたものだった。

 着ている服は大凡いつもの戦闘用のジャケットだが、それはボロボロに穴が開いている。

 その穴から見える恭也の素肌である筈の部分は、黒い何か、魔力による何かが見える。

 恐らくは全身に受けていたであろう傷が黒い魔力が覆っている。

 そんな黒い部分が全身にあり、特に大きいのが背から胸を貫くもの。

 すずかも見た刃の様な何かが貫いた跡だろう。

 恭也はその黒い魔力のおかげで今生きているのだろう。

 回復ではなく、その魔力が失った身体を代行していると、そう考えられる。

 そうした上で、恭也はデザインこそ同じだが、しかし色が黒一色のマスクを着けてここに居る。

 

 そんな見て取れる変化の中で最も大きな変化は恭也の両手に持つ得物だろう。

 八景は今フェイトが持っている。

 再会を果たせたなら返すつもりで。

 だが今恭也は別の得物を使っている。

 それはなのはやフェイトも知っている物だった。

 八景と同じく漆黒の柄、その柄が本体であり、小太刀として運用するストレージデバイス。

 今は恭也の魔力を高出力バッテリーシステムで放出し、刃としている。

 この夜の闇に溶け、ほとんど視認できない黒い刃であり、闇の小太刀として今ここにある。

 このまだ名も無きデバイスは恭也の新しい武器となる筈だったもの。

 そしてそれは本来―――

 

 アースラで保管されている筈の新しいデバイスが何故そんなものがここにあり、恭也が持っているのかは知らない。

 けれどはっきりしているのは、その武器を手にしている以上、恭也は今戦う為にここに居るということだ。

 

「……」

 

 恭也は口を開かない。

 だがその代わりに聞こえてくる声があった。

 

(関わるな)

 

 なのはとフェイトの頭に直接響く、念話と似てしかし別の声。

 何と『関わるな』と言っているかは、この事件である事は明白だ。

 ジュエルシード事件の時とは違い、恭也は2人をこの事件から外れる事を望んでいるのだろうか。

 

 バッ!

 

 そんな恭也に意識を向けていた所に、フェイトの背にザフィーラが迫り、背から手を刺し込まれ、リンカーコアが抜き出された。

 リンカーコアの摘出は、遠隔でなければなにもシャマルの専売特許ではない。

 それを知らなかった訳ではないが、今のフェイトにそんな事は大凡関係なかった。

 フェイトのリンカーコアが抜き出されたと同時に、なのはのものと合わせ蒐集が始まる。

 それによりシャマルの位置も特定できるのだが―――なのはにとっても、フェイトにとってもそんな事はどうでもよかった。

 

(おにーちゃん……)

(恭也……)

 

 魔力が取られる、そんな状況でありながら、2人はその事が意識に無かった。

 ただ、恭也の姿を見て、想う―――ただ感情が湧き上がってくる。

 その感情が何であるか、2人はまだ自覚する事はできない。

 けれど、変化は起きる。

 

 ガキンッ!

 

『Sealing Mode』

 Set up』

『Sealing Form

 Set up』

 

 インテリジェントデバイスであるレイジングハートとバルディッシュが、自らの判断でその身をシーリングモードへと変える。

 大出力魔法を使う時の形態だ。

 レイジングハートに至ってはスタンバイモードからの変形。

 なのははそもそもバリアジャケットすら身に着けていない、戦う気もない筈だというのに。

 

 ドクンッ

 

 何かが動き出す。

 なのはとフェイトを中心に、何かが。

 

「っ―――!」

 

 2人の変化に、まず恭也が反応した。

 だが、言葉を発したのは別の人物だ。

 

「ザフィーラ、シャマル、手を離せ!」

 

 シグナムはリンカーコアを掴んでいる2人にそう命じた。

 2人に何が起き、そしてこれから何が起きるか解った訳ではない。

 ただ永年の勘が告げている。

 これは危険だと。

 

「むっ!」

 

 バシュンッ!

 

 フェイトの背後で、ザフィーラが顔を曇らせる。

 シグナムの命があるより前に、自らの勘が危険だと告げ、リンカーコアを戻そうとした。

 だがその処理は上手くいかなかった。

 何故かリンカーコアは戻りきらないところでザフィーラの手が弾かれたのだ。

 ただリンカーコアは自ら戻ろうとしている様で、落ちる事もない。

 しかし身体に戻りきらず、まだ半分以上が露出したままなのだ。

 そんな状態が維持されている。

 

 同じ頃、シャマルの手にある『書』が暴走を始めていた。

 シャマルが中断しようとした蒐集作業が何故か加速する。

 シャマルとザフィーラが戻そうとしたのに戻りきらなかったのはこの為である可能性がある。

 しかし、こんな事今までなかった事だ。

 

「これは―――」

 

 どういう事か、考えるより先に危険だという警告を本能が告げてくる。

 今すぐこの場から離れなければならないと。

 だがそういう訳にもいかない。

 ザフィーラはただ動けずにいた。

 しかし、それはこの場に居るヴィータもそうであり、同時にアルフ、久遠にも同じ事だった。

 アルフも久遠も、2人に大きな変化が起き様としているのが解っていながら、それをどうして良いか解らず、動けずに居た。

 

 そうしている間にその変化はいよいよ現実のものとなる。

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 何かが動く音がした。

 何が音を発しているのかは解らない。

 ただ、その音と共に変わる、なのはとフェイトの姿が。

 なのははバリアジャケットを着ていなかったところに、バリアジャケットが形成された。

 だがそのバリアジャケットは本来の白を基調としたものではない―――全体的に黒く、闇に沈んだ色となっていた。

 フェイトの方は、既に着用していたバリアジャケットの色が変わってゆく、元が黒を基調としたものだったのが紅く変化する、血の様な紅に。

 

「「……えして」」

 

 2人が少女が言葉を紡ぎ出す。

 同時に魔法が構築される。

 なのはは恐らくスターライトブレイカーで、フェイトはサイズスラッシュの筈だった。

 少なくとも久遠とアルフはそれに近いと考えた。

 紡がれる魔法の構成はそうだと。

 けれど、今形を成す魔法はそんなものではなかった―――

 

「「……返して」」

 

 やっと聞き取れるという小声でありながら、しかし結界の中に妙に響く声。

 その声が2人の少女のものだと解るのに久遠とアルフすら時間が掛かった。

 何故なら、こんな声は2人も聞いた事のないものだったから。

 更に構築される魔法は、その大きさを増してゆく。

 本来時間が掛かる筈のスターライトブレイカーはこの短時間に巨大化し、既に直径3mを越えている。

 しかも、そのスターライトブレイカーはなのは本来の魔力の色ではなく、黒くそまったもの。

 本来ありえざる魔法がここに出現している。

 フェイトの方は黒に近い紅で刃が形成されていた。

 サイズスラッシュならサイズモードでしか展開されてない筈なので、これはアークセイバーにも近いかもしれないが、しかしまったく別の魔法だ。

 刃に込められる魔力の密度も大きさもまるで違う。

 そして、2つの魔法に共通する本来の魔法との違い、それは―――その存在意義だ。

 

「これは―――総員退避!! 退避!!」

 

 シグナムがその力を察して逃げる事を命じる。

 ザフィーラもヴィータもその声によって硬直が解除され、全力で結界の外へと飛ぶ。

 結界を出た後の事など考えず全力で。

 シャマルも蒐集を止めない『書』を抱えて飛んだ。

 しかしそんな中、退避を命じたシグナム本人はこの結界の中央に、恭也の下へと飛ぶ。

 

 その行動こそ最後のトリガーとなった。

 

「「―――返して!!」」

 

 ズバァァァンッ!!

 ヒュォオオンッ!!

 

 なのはとフェイトはそう叫んだ。

 そして己が構築した魔法をここに放つ。

 漆黒のスターライトブレイカーと、黒紅のサイズスラッシュを。

 全てを飲み込んだ上で滅っそうとする闇の魔球と、大地を割り、世界を裂きその全てを断たんとする魔刃。

 こんな結界の強度などまったく考えず放たれた魔法は、この小さな世界ごと何かを消そうとした。

 

「なのは!」

「フェイト!」

 

 魔法が放たれた瞬間、久遠とアルフはやっと動く事ができた。

 2人は魔法を放ち終えたなのはとフェイトを抱え、その勢いのまま結界の外へと飛ぶ。

 この魔法は展開した2人をも飲み込むところだったのだ。

 

 既に恭也もシグナムに抱えられ結界を出て、他のヴォルケンリッターも既に退避が済んでいた。

 そんな誰も居ない世界でなのはとフェイトの放った魔法が衝突する。

 

 ドゴォォォオオオオオオオオンッ!!

 

 2人の手を離れながら、しかし膨張を続けた何かの力は衝突した事でその意味を展開する。

 絶望という意味を。

 住宅街の半分を覆う半球状の結界の中に力が満ち、この偽りの世界が崩れる。

 その力は結界を破壊し、その破壊を現実の世界へと広げようとしていた。

 しかし、

 

 キィィンッ!!

 

 結界を破壊した力が辿りついたのは結界の世界。

 ヴォルケンリッターが展開した結界より遥かに強く、揺るがない世界が2つの魔法を覆った。

 ただ、力は何も無い空間でその意味が消えるまでその意味を展開し続けた。

 

 

 

 

 

 丁度その時だ、結界の外でも1つの動きがあった。

 部隊の立て直しをしていたアリサとモイラは結界の上空に1つの影を見つけたのだ。

 その影を発見できたのは突如ヴォルケンリッターの展開した結界の上に極めて強固な結界が展開された事でその展開元を特定できた。

 そんな強力な結界の展開に発動前から気づけなかった事も衝撃だが、展開した者の姿を見た時、アリサは思考が停止した。

 ジュエルシード事件を経て、大概の事では驚かない自信もあったのに。

 

 そこには―――リンディが居た。

 

 いや、リンディ本人である筈が無い。

 リンディは今もアースラで指揮を執っている。

 それは今も通信を繋いでいるのだから確かな事だ。

 だから、今アリサの目に映っているのは偽者だという事になる筈だ。

 しかし、何故かアリサには自分の目に映っているリンディを偽者と判断できなかった。

 アリサの思考はそこで停止してしまう。

 ありえない矛盾を抱えて思考がそれ以上進まないのだ。

 

 恐らくは今回も冷静にモイラが見ているこの映像をアースラに転送している為、アースラでも騒ぎになっている事は容易に想像できる。

 きっとブリッジでは全員が上を見上げてしまうだろう。

 そして、そこに居るリンディを見てまたモニターに移っているリンディの姿を見比べてしまうだろう。

 後にアリサが聞いた話では実際そうだったそうだ。

 エイミィの話では全員が驚愕に言葉も出ず、リンディの隣に立っていたグレアムも驚きを隠しきれていなかった。

 ただ、リンディ本人だけの表情はひどく悲しげだったそうだ。

 

 やがて結界の中からなのは達が脱出し、ヴォルケンリッターも撤退した。

 暫く強力な力で中から破壊されそうだった結界も落ち着き、収束した上で消滅した。

 その直後だ。

 

 ヒュォンッ!

 

 結界を展開した術者、リンディの偽者に向かって黒い光が走る。

 それはクロノの姿だった。

 アリサの要請に応えて出撃し、ここに到着したクロノは今このタイミングで術者を捕らえんと動いた。

 だが、

 

 フッ!

 

 クロノが到着する前に、術者の下に仮面をつけた青年が出現する。

 恭也ではない、まったく別の青年で、仮面もまったく違うデザインで魔力も高い事が伺える。

 その青年は、ややあわてた様子だったが術者を掴み、転移した。

 クロノの腕が、術者の消えた虚空を薙ぐ。

 

「―――くっ! なんて事なの」

 

 その段階になってやっとアリサは動く事ができ、自らの失態を恥じる。

 いくら驚いたからといって動けなかった事を。

 同時に、分が目にしたリンディが何なのかも見当がついた。

 いや、思い出したと言ってよい。

 だが今はそれは置いておこう、下では久遠とアルフが気を失っているなのはとフェイトに声を掛けている。

 こんな状況で自分は何もできなかったのだと、嘆かずには居られない。

 しかし、嘆いている暇などないのだから、アリサは直ぐにやるべき事を考え、行動に移した。

 

「なのはとフェイトを直ぐにアースラへ。

 医療班を召集して!」

 

「了解しました、直ぐに転送準備を」

 

 モイラによってアースラと調整がとられ、アリサは動ける者を率いてなのは達を回収に動く。

 こうして、この夜の戦いは終わった。

 明確な敗北をもって。

 だが、これもまだ動き出した歯車のひとつの動きに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

第4話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 と言うわけで3話をお送りしました〜。

 ん〜、一体いつぶりだろう?

 あの地震から早半年、いろいろありました。

 生活的にそれどころではなくなり、更に地震の影響がいろいろなものに派生し、本当に様々な事がありました。

 自粛するまでもなく書く暇もなかった時期もありましたが、それにしても半年か〜。

 正直、間空きすぎてちょっと自信がもてないんですよね。

 既に本編補完の為の外伝が必要というのが出てきてますし。

 何の為にリリカルとは程遠い外伝を1つ書いたのやら。

 まあ、いろいろありましたが、これも私の大事な趣味の1つなので、ちゃんと書き終えるまで続けたいと思います。








管理人のコメント


 更新再開誠に祝着に存じます。


 話は、原作と違ってだいぶ混沌かつ洒落にならない状況になってきてますね。

 相変わらずヴォルケンリッターは好きになれませんが。

 しかし皆揃って間が悪いというか、1つ思惑がずれるごとに連鎖的に騒動が大きくなってきますね。

 最終的に収束するにしても、その過程でどれだけやばい事が起こるのか、ちょっとワクワクしてたりします。



 今回チラッとだけ出た恭也(肉体)ですが、中身はどうなっているか興味深いなぁ。


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