最後の戦いを前にして、なのは達は八束神社に来ていた。

 リンディに指示されるままに向かった場所。

 そこで最後の作戦会議にも参加しなかった、あの仮面の男が待っていた。

 ただし、強大だった筈の魔力も無く、マントと仮面以外は魔力で編まれたバリアジャケットを身に着けず、魔法の杖も持っていない。

 

「貴方は―――」

 

 嘗てあった筈の強大な魔力が無い理由はなのは達も解っている。

 あの魔力はリンディのものだったからだ。

 今はリンディが一緒ではない為、本来の魔力しかないだけ。

 しかし、今までなのは達が戦ってきたのは、この仮面の男である事に変わりは無い。

 

「……」

 

 呼ばれた声に応える様に、男はなのは達の方を振り向く。

 その仮面で覆った顔をなのは達に向ける。

 

 そうして男は自らの仮面に手を伸ばし―――

 

「覚悟は、いいな?」

 

 外した。

 晒される素顔と、掛けられる問い。

 今まで隠してきた顔と、仮面の男としての最後の問いがここに示された。

 それに、なのは達は―――

 

「あ、やっぱりおにーちゃん」

 

「やっぱり恭也だったんだ」

 

 この中では、その素顔に最も驚く筈の者。

 仮面の男の正体、不破 恭也をこの戦いの以前からよく知る2人は実に落ち着いていた。

 

「え? 恭也はなのはのお兄さんなの?」

 

「あー……てことは、最初の頃はなのはの部屋の真下に居たのよね?

 その時からリンディも居た、と……」

 

 驚きの声はあるが、しかしそれは寧ろ正体とは別の所にあるもの。

 フェイトはなのはとの縁に。

 アリサはその事実から導き出せる事柄にそれぞれ驚き、想いを馳せている。

 

「なのは、ごめん。

 私、1度恭也の妹を名乗っちゃった」

 

「え? ああ、別にいいよ」

 

 フェイトは1度衣類を購入する際、恭也が言った嘘に合わせ『恭也の妹』を名乗っている。

 恭也が言い出したことで誤魔化す為だと言うのは解っていた。

 だが、アリシアであった頃も一人っ子であったフェイトにとって、その時の嘘は複雑な中にも確かに嬉しいという感情があった。

 しかし、それはなのはと恭也の関係を、恭也に本当に妹が居たなどとは知らなかったからこそだ。

 兄妹というものを知らぬフェイトは、自分がなのはの立場を取ってしまったと感じている。

 

「でも、それならわたしとフェイトちゃんは姉妹だね」

 

「え? ……あ」

 

 無邪気な笑顔で言うなのは。

 その言葉にフェイトは顔を少し赤くした。

 

「んんっ!」

 

 それが面白くないのか、咳払いを持って会話を止めるアリサ。

 そんな3人を久遠とアルフ、そしてリンディは微笑ましく見ている。

 セレネも無表情だが、それでも心の中では笑っている事だろう。

 

「落ち着いていて何よりだ。

 覚悟もできている様だな」

 

 恭也もその光景を見ながら頷く。

 その言葉は嫌味の類ではない。

 下手な緊張をしていない事は、この先の戦いにとって良い事だ。

 それに仮面の男の正体如きで動揺する様ならば、この先の戦いは厳しいものになるだろう。

 だから、なのは達はこれで良いのだ。

 

「うん、大丈夫だよ。

 例え何が待っていても、わたし達は前に進める」

 

「うん」

 

「当然」

 

 先程までと同様、穏やかな笑みを浮かべながら、同時に真っ直ぐな瞳でこの先を見つめる3人。

 輝く心と、揺ぎ無い意志はここにあり、そこに外部から齎される不安や恐れなど付入る隙などないだろう。

 

 そう、これから向かう場所、相対する相手は心の闇を識る存在。

 数多の想いを聞きながら、叶わぬと散っていった願いの残骸。

 悠久の時の中を巡りて、欲望にまみれてしまった黒の宝石達。

 

 それ等を相手にするのに必要なのは、この子達の純粋な心なのだ。

 

「そうだな。

 では、始めよう」

 

 少しだけ笑みを浮かべる恭也。

 元より何の心配もしていなかったが、もう敗北など考え付きもしない。

 ならば、恭也も迷う事なく、始まりの合図が出せる。

 

「なのは、フェイト、ジュエルシードを出せ」

 

「うん」

 

「はい」

 

 恭也に言われ、なのはとフェイトはデバイスに格納していたジュエルシードを取り出す。

 なのはが取り出すのはT、X、Z、]T、]Y、]\、]]、そして、最初の1つにして、恭也に憑いていた[。

 フェイトが取り出すのはU、V、W、Y、\、]、]U、]W、]X、][、]]T、そして全ての始まりであり、フェイトの中にあった]Z。

 2人が持つジュエルシードは全て浄化封印処理が施されている。

 20個のジュエルシードは封印した者の周りに浮かび、回る。

 

 ジュエルシードは全部でT〜]]Tの21個。

 今この場に足りないのは]Vのジュエルシード唯一つ。

 

「これが未封印の最後の1つだ」

 

 その最後、]Vのジュエルシードを取り出すのは恭也。

 デバイスから分離したそれは、正常化の証である白い]Vの数字が浮かんでいる。

 だが、封印処理は施されていない。

 

 ほんの数日前ならば封印処理をせずに放置、どころか運用していた事など信じられなかっただろう。

 だが、なのはも、フェイトも、アリサも既にジュエルシードがどういうものかは理解している。 

 恭也やセレネに教えられなくとも。

 いや、恭也達は敢えて教えていないのだ。

 伝えられた言葉よりも、大切なものがあるから。

 

「これを封印すれば、全ジュエルシードは封印された事になり。

 マスタープログラムは動きだす」

 

「恭也さん、準備完了です」

 

「時の庭園も配置完了したわ」

 

 恭也の言葉に続き、杖を構えたリンディと、時の庭園を遠隔操縦しているセレネが報せる。

 ここの場だけでなく。

 なのは達だけでなく。

 全ての準備は整ったのだと。 

 

「では―――

 ジュエルシード]V、封印!」

 

 カッ!

 

 宙に浮いたジュエルシード]Vに拳を突き立てる様に術式を叩き込み、封印を執行する恭也。

 しかし、恭也の魔力は量も圧縮率も一般人のそれと変わらず、浄化も封印も不可能だ。

 だが、今恭也が封印しているのは既に正常化されたもので、浄化の作業は要らない。

 今まで恭也が使ってきた様に、ほぼ完全に恭也の支配下―――いや、共にある存在。

 ならば、その封印にも魔力は必要とせず、ただ必要な術式を示すだけでジュエルシードはそれに従い自らを封じる。

 

 キィィィンッ……

 

「封印完了」

 

 見た目はなんら変化は無いが、確かに封印はここに成る。

 その瞬間、

 

 ズバァァァァァンッ!!!

 

 突如、落雷の様な音が響いた。

 何かが降り立った音だ。

 その音はこの場所、八束神社から少し離れた場所。

 

「あそこは……」

 

「うん」

 

「そう、なるほど、あそこなのね」

 

 八束神社から程近い、この街を見下ろせる丘。

 なのはや久遠、恭也達がよく訪れる場所。

 そして、そこはなのはがアリサと出会った場所であり、恭也がジュエルシード[を拾った場所でもある。

 

 そう、全ての始まりの地とも言える場所―――藤見台墓地

 

 その場所に何かが―――いや、考えるまでもなく解っている。

 降り立ったのはジュエルシードのマスタープログラム。

 

 その直後、

 

 キィィンッ!

   バシュンッ!

 

「―――っ!!」

 

 封印されたジュエルシードが全てなのは達の前から飛んで行ってしまう。

 マスタープログラムの下へ。

 例え封印されていても、すぐ近くに出現したマスタープログラムの権限と力によって強制送還が掛かったのだ。 

 浄化も封印も解き、また元に戻す為、フォーマットを掛ける為に。

 

 こうなる事を恭也達は知っていた。

 プレシアテスタロッサが残した資料と、後のセレネの研究で解っていた事だ。

 その強制送還速度はあまりに早く、フェイトも動く事が出来なかった程だが、もとより動く必要などはない。

 更に、

 

 グワォォォォンッ!

 

 ジュエルシードを回収したマスタープログラムは闇を展開した。

 闇としか言えぬ結界―――いや、闇という世界を。

 藤見台墓地全てを覆う程の大きさで、ジュエルシード・マスタープログラムは己だけの世界を構築したのだ。

 

 キィィィィンッ!

   ズバァァァァンッ!

 

 だがそれと同時にリンディ達も動いていた。

 マスタープログラムの結界展開に合わせ、多重の結界を展開したのだ。

 ジュエルシード・マスタープログラムが展開した小世界すら覆う程の巨大且つ強力な結界を。

 その瞬間、僅か一瞬だけ上空に城の様な物が見えた。

 それは現在セレネが動かしている時の庭園。

 ロストロギアの動力炉を持つ空中庭園だ。

 

 その庭園の力も合わせ、マスタープログラムが展開した世界を抑える結界と、その結界を覆いつつなのは達が居る場所まで覆う結界。

 更に最低でももう1つ、マスタープログラムとなのは達が今居る場所を含む隔離世界と何かを繋ぐ結界が展開されている。 

 

「時の庭園正常駆動。

 エネルギー供給開始……接続完了、システムオールグリーン」

 

「多重時空結界完成。

 内部圧力許容範囲内。

 彼女達の取り込みも成功しました。

 全術式正常稼動を確認」

 

 なのは達の知らない所で着々と進められていた準備が、今ここに成る。

 いや、このジュエルシードとマスタープログラムを封じる結界の構築などその準備の成果のホンの一部でしかない。

 リンディ、セレネ、恭也、この3人の大人達は、なのは、フェイト、アリサの3人からみれば倍以上生き、戦い抜いてきた熟練者。

 同時に、なのは達が知らぬ所で多くのものを守り通してきた者達。

 その為の準備ならば、若くして天才と言えるなのは達ですら―――いや、逆に言えば機転を利かせる事しかできぬ子供でしかないなのは達では及びもつかぬ領域で展開されている。

 大人達の持つ圧倒的な経験の差によって。

 

 だから前もって教えてくれていない事があったとしても、なのは達は今問う事はしない。

 聞いたところで理解に時間が掛かるだろうし、自分達には自分達がやるべき事がある。

 そう、裏で動き、なのは達に知られずに事を済ませようとする3人の大人達をして、必要だとされて今ここにいるのだ。

 ならば―――

 

「ここまでは全て予定通りだ。

 浄化封印されたジュエルシードを初期化しているマスタープログラムが反撃してくるのはここからだ。

 お前達、やるべき事は解っているな?」

 

「うん」

 

「勿論だよ」

 

「当然」

 

 最後の作戦会議でも実はこの後にすべき事については特に話し合われていない。

 ただ、フォーマットされたジュエルシードによる反撃を躱しつつ、マスタープログラムの下に辿り着く。

 そこまでしか。

 

 何故なら話し合う様な事ではないからだ。

 恭也達も何かを言おうとは思わない。

 なのは達ももう気付き、感じているのだから、そこに余計な言葉を挟む必要などないのだ。

 だから、後は―――

 

「では―――」

 

 スッ

 

 再び仮面を着ける恭也。

 もう『仮面』としての意味はなくとも、フェイスガードという防具としての意味がある為の着用。

 そして、腰に差していた愛刀八景を抜刀する。

 なのはと久遠が正体に気付いてしまう為、今まではずっと隠していた武器、それを最早正体を隠す必要がなくなったが故に表に。

 恭也本来の八景の差し方、昔の武士の差し方と同じ二本差し。

 

 そう、恭也が手にする武器は棒でも戦斧でも長剣でもない。

 これこそが、恭也の―――

 

 ザッ!

 

 突入の体勢をとる恭也の後ろに並ぶなのは、フェイト、久遠、アルフ。

 この4名と恭也が本作戦の突入班。

 残るリンディ、セレネ、アリサは外で結界を維持、守備する役目を担う。

 

 二刀を持った恭也の背に続くなのは達。

 そんな恭也達を見送るリンディ達。

 

 

 その中、この戦いの先頭を担うのは恭也だ。

 天才と言える魔導師のなのは、アリサ、フェイトや強大な妖狐である久遠、フェイトの使い魔であるアルフ。

 更に天才の上に熟練の魔導師であるリンディとセレネ。

 そういった者達を差し置いて、恭也が先頭に立つ。

 

 持つ魔力は静かで闇に溶け易いという特性こそあるものの、量と強さは無いと同じ。

 着ているのは着慣れた漆黒の戦闘服であるが、バリアジャケットと比べればフェイトの薄いタイプよりも更に防御力は低く、気休めでしかない。

 持っているのは長年使い慣れた愛刀、小太刀『八景』だが、しかしなのは達のデバイスと比べれば原始的な鉄の棒切れとすら言えるもの。

 

 確かにデバイスは持っている。

 なのはのレイジングハートと色違いの黒の宝玉を、レイジングハートのスタンバイモードと同じ様に首から下げている。

 しかし、それには攻撃魔法も防御魔法も入力されていない。

 更には1度破壊され、ストレージデバイスとして、フォーリングソウルとして使用されるという過程を経て、再度命を持ってからはまだ起動すらさせていない。

 いや、起動どころかまだ名も無きデバイスだ。

 

 

 明らかに恭也はこのメンバーの中では異質だ。

 ジュエルシードの浄化封印に必要な魔力はなく、ジュエルシードの攻撃から身を護る防護服もない。

 武器は確かにこの世界で高い職人の技術によって生み出された日本刀とはいえ、ただの刃物と現在はただの宝石でしかないデバイス。

 いや、その2つは恭也にとって単なる武器ではなく、なのは達の様にパートナーという訳でもなく、それは―――

 しかし、その一点を除けば、リンディの居ない仮面の男は、今から最終決戦に向かおうとするなのは達の前に立つにはあまりに無力に思えるだろう。

 ミッドチルダの魔導師からみれば一般人となんら変わりない。

 

 だが―――だがしかし。

 誰一人として恭也が先頭に立つことを疑問に思う者はいない。

 誰一人として恭也を戦力として見ない者は居ない。

 むしろ恭也がそこに在る事を当然とすらしている。

 

 恭也は確かにここに居る者達と比べれば多くのものは持っていない。

 しかし、だからこそ―――多くを持たぬからこそ、唯一つの事だけを確かとした人。

 そして、その一つと、愛刀が合わさった時。

 更に今身に着けているデバイスも合わされば―――

 

 

 なのは達は知っている。

 身を持って、という言葉も使える程に。

 そもそもなのは達と戦っていた仮面の男は、魔法らしい魔法など使った事はなかった。

 リンディと一緒だったとはいえ、そのリンディの魔力を、魔法を必要としなかったのだ。

 だからこそ彼が先頭に立つ事に疑念はなく、むしろ共に進める事を嬉しいと思う。

 

「行くぞ」

 

「了解!」

 

 ダッ!

 

 恭也の合図と共に一気に結界の中の結界、ジュエルシード・マスタープログラムが待ち構える闇の世界へと突入する。

 二手に分かれての行動となるが、別れの言葉は交わさない。

 互いにやる事があり、再会は約束するまでも無い事なのだから。

 

 グワァンッ!

 

 リンディが展開した結界の境界面を越えマスタープログラムが作り出した世界へと入る恭也達。

 その中は闇と言える黒一色の世界。

 だが、嘗てフェイトが作り出した闇のドーム同様視界は確保されている。

 それ以外の異変はない点もフェイトが作り出した闇のドームと同じだった。

 ジュエルシードでなくとも、結界魔法というのは侵入者を無力化する世界を作る事もできるというのにだ。

 おそらく、まだマスタープログラムはジュエルシードのフォーマットに忙しく、それ以外の活動が出来ずにいるのだろう。

 だから、この世界はまだ黒いだけの普通の世界。

 それは恭也達にとって都合のいい事だ。

 しかし、それは―――

 

「来るぞ」

 

「うん」

 

 先頭を行く恭也が敵の接近を伝える。

 言われて直ぐになのは達もそれを感知し、身構える。

 なのは達は恭也を先頭とし、右に久遠、左にアルフ、後部にフェイト、中央になのはという布陣でこの闇の中を駆け抜ける。

 それは予測できていたからこそ、計画していた陣形。

 前方から押し寄せる壁の如き彼の防衛機構群を押しのけて進む突撃陣形だ。

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 程無く、地鳴りと共に前方に黒以外の色と動きが見える。

 それは闇の獣人の紅い瞳と蠢きだ。

 この地鳴りは最早足音と言うレベルではなく、事実地面を揺るがしているもの。

 それだけの数が押し寄せてきているのだ。

 

 この世界が通常の世界と変わらないのは、寧ろこの防衛機構の為という部分もある。

 特殊な効果を付ければ付けるほど、防衛機構達も動き辛くなり、対象指定で効果を外す様な事をすれば更に莫大な負荷が掛かる。

 ジュエルシードのフォーマット中ともなれば、それはできない。

 同時に、この防衛機構達も普段のもので、特殊な効果や統率はとっていないと思われる。

 コレだけの数がいれば、統率の必要はなく、統率もまた負荷が掛かるからだ。

 だから、前から押し寄せてくる壁の如き闇の獣人達は思い思いに攻撃を仕掛けてくるだろう。

 己の欲望に従って―――

 

「ギャオオオオンッ!!」

 

 闇の中に響き渡る咆哮。

 この闇すら揺らし、恭也達に迫る。

 いや、違う―――

 

「疾っ!」

 

 ヒュンッ!

   ザシュンッ!!

 

 恭也が小太刀を振るったかと思えば、数体の闇の獣人がバラバラになってなのは達の横に転がる。

 

「せぇぇっ!」

 

「ギャオオオオンッ!!」

   

 ヒュオンッ!!

         ヒュッ!

   ブォンッ!!

 

 大津波と言える獣人の群れに対し、一陣の風の様に、壁を貫かんとする鋭い槍の様に、走りぬけ、突き進むのは恭也達の方だ。

 その一陣の風、たった一本の槍でしかない筈の恭也達―――

 いや、菱形の陣形を取り、その先頭に立つ恭也1人によって闇の獣人の壁はまるで最初から穴が開いていたかの様に崩されていく。

 

「……やっぱり凄い」

 

「うん……」

 

 一切速度を落とさず走りながら、なのはとフェイトは思わず呟いてしまう。

 今目の前で見る不破 恭也の全力というものを。

 本来この陣形は恭也が突破口を作り、久遠とアルフで道を確保し、なのはが全体の援護を、フェイトが後ろから回りこむ敵の対処をする陣形だ。

 その上で、なのはとフェイトは最後の大仕事の為に、可能な限り力は温存するという作戦であった。

 

 しかし、実際には恭也以外は何もしていない。

 速度が落ちていない為、後ろから回り込む敵がいないフェイトは勿論、一歩下がり左右に展開する久遠とアルフも、支援砲撃をしようと考えるなのはも先程から攻撃行動をとっていない。

 いや、とれない、とる必要が全く無いのだ。

 先頭を行く恭也が立ち塞ぐ敵全てをその両手に持った二刀の小太刀だけで蹴散らしてしまう為、援護すら必要がない。

 

「てか、私等居る意味あるの?」

 

「どうだろう?」

 

 恭也同様に敵を排除する役割の筈だったアルフと久遠は、たまに横から仕掛けてこようとする敵を牽制するくらいしかできない。

 『撃退』ではないのは、最前線の恭也が蹴散らす敵の残骸が左右に転がる為、それが邪魔で敵側も攻めあぐねているからだ。

 実際、久遠とアルフの位置だからこそ牽制をするが、なのはの位置まで攻撃が届く事はないだろう。

 

「……私、恭也と鍔迫り合いをした事がちょっと信じられない」

 

「私も、何度か格闘戦したなぁ……」

 

 凄い凄いと解ってはいた。

 それに、なのはは自分がある程度戦える様になった事で少しは兄の強さを理解できたのだと思っていた。

 しかし、そんな考えは全く間違っていたのだと、現実を突きつけられる。

 所詮、なのは達と対峙したあの仮面の恭也は別人レベルでの手加減がされていたのだと。

 

(本当に凄い。

 これが、恭也なんだね)

 

 恭也が八景を持った姿というのを始めてみるフェイトは、戦闘中でありながら恭也の姿に見惚れていた。

 格闘戦を主体とする者としてその技術に、1人の少女としてその後姿に。

 

 恭也は今津波の如く迫る闇の獣人の群れにこちらから突っ込んで、突き進んでいる。

 その戦闘は一歩進む毎に3体の敵を斬り、また一歩先に進んでは同じ事を繰りかえすというものだ。

 時間として1秒毎に倒す敵は7体以上になっているだろう。

 

 同じ事の繰り返しと表現したが、そもそも斬るという作業も簡単な事では無い筈だ。

 闇の獣人はなのはやフェイト、恭也達から見れば一体毎は雑魚に過ぎない。

 大凡一般人が捨て身で襲ってくるのと同じ感覚だ。

 だが、闇でできた体はやはり一般の人間と同じくらいの防御力があり、倒すのにはそれなりの攻撃力が必要になる。

 

 それに、敵とて無防備に立っているだけではない。

 その両手の爪と牙と、身体全体を使った体当たりで攻撃してくる。

 恭也はそれを見切り、その上で一体につき一撃を叩き込み、斬り伏せているのだ。

 闇の獣人はその成り立ち故か、人間で言うところの急所を突けば倒せる。

 だから恭也は首を落としたり、心臓を貫いたりして倒している。

 中にはそれらの急所を防御して体当たりしてくる敵もいるが、

 

 ヒュッ!

 

 恭也の振るう八景が、首をガードしていた闇の獣人の腕に触れる。

 その次の瞬間。 

 

 ザシュッ!

 

 腕をそのままに首が落ちる。

 フェイトはその業に覚えがある。

 素手の状態でバリアの上から拳打を打たれた時と同じものだ。

 フェイトはまだその業の名を知らないが、『徹』で斬撃を腕の後ろに徹したのだ。

 

(私じゃ、防御ごと斬り裂く事しかできない。

 でもそれじゃあ他の敵も居る中ではとても間に合わなくなる。

 本当に、恭也は凄いな)

 

 業の原理は解るが、魔法なしでそれを再現する事はフェイトにはできない。

 その業もさる事ながら、恭也はずっと同じスピードで走りながら、重なってくる敵や味方を盾にしてくる敵も全て一撃で対処している。

 どれも考えている暇すらない筈なのに、最良の結果を出し、今も突き進んでいるのだ。

 戦闘の慣れ方がそもそも全く違うのだろうと、フェイトは憧れの様な感情を抱いていた。

 

 一方、なのはも兄の後姿に思うところがあった。

 

「……あの、おにーちゃん、ディバインバスターで少し道を作ろうか?」

 

「必要ない。

 お前は可能な限り魔力を節約しろ。

 この先、嫌でも使う事になるからな」

 

「うん……」

 

 真後ろで兄の姿を見ていたなのはは、思わず尋ねてしまった。

 答えるにしても忙しい状態であるというのは解っているのに。

 

(少しは近づけたと思ったんだけどな……)

 

 戦う力を得て、兄の隣、とまではいかなくとも同じ場に立てるかもしれないと思っていたなのは。

 しかし、今この状況は護られているだけに等しい。

 この後、なのはにはやる事があるのだと解ってはいる。

 それに兄を見ていれば、兄の仕事に隙などなく、自分が手伝える事は無いと解っている。

 恭也は今この場ではなのはの力を全く必要としていないのだ。

 それが少しだけ悔しい気もした。

 

(魔法……おにーちゃんが使っている力とは別系統の力。

 そう、ただ違う種類の力であって、持っているから特別な訳じゃない)

 

 兄を見ていて本当にそうだと理解できる。

 魔法の力など一切必要としない戦い方で、なのは達よりも巧く戦う兄の姿を見ていれば。

 この進行、今は全て恭也の力に因るものだ。

 まるでドリルで強引に進むかの様でいて、ガラス細工を作るかの様に繊細な攻撃で道を作る恭也。

 そこには魔法の力などどこにもなく、ただ二本の小太刀と長い年月培ってきた力と技術による芸術とすら言える業があるだけ。

 ただそれだけで異世界遺失物であるジュエルシード・マスタープログラムの防衛に穴を開けているのだ。

 

 まだこの闇の世界は広く、中央までは距離があるが、しかし、なのは達は確実に近づいている。

 

(それにしても……)

 

 なのははふと周囲を見る。

 前の敵は全て恭也を目の前にして戦いを挑むが、それ以外の、左右にも広がっている闇の獣人の群れはなのは達を無視している。

 ただ外側へと向かい走って行く。

 

 外側、この結界の外、リンディやアリサが居る場所へだ。

 

(アリサちゃん達なら大丈夫)

 

 1度外へ意識を向け、しかし信頼する仲間がそこに居るのだとまた目の前へと意識を戻す。

 この戦いは自分だけのものではなく、多くの人が関わり、それぞれの役割を果たしてこそ勝利を得られるもの。

 だから、なのはは自分がやるべき事を思い出し、それに集中するのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、リンディ達

 

 マスタープログラムの下へ向かった5人を見送ったリンディ達。

 全員が完全に結界の内側に入った事を確認した後、まずリンディが動く。

 

「世界境界面改変」

 

 キィィィンッ!

   グワァンッ!!

 

 既に展開されているこの結界の魔法陣に変化が起きる。

 同時にこの空間も変形し、目の前にドーム上で展開されていた結界が形を変える。

 それはリンディ達3人の前に立ちはだかる壁の様な形になって固定される。

 ドーム上の境界を平面にするという変換だ。

 結界の中、マスタープログラム側からどの様にどの方向、どれだけの数の敵が出ようともリンディ達が居るこの位置の目の前に出てくる様にしたのだ。

 更にこの多重結界の中、リンディ達が居るこの空間の中から出る出口をリンディの後ろに敢えて用意する。

 そうする事で、敵の動きを誘導する為だ。

 たった3人でこの結界を護らねばならいないが故の構成である。

 

「結界内部に変化あり。

 もう1、2つのフォーマットは終わった様ね。

 防衛機構の大群が来るわよ」

 

 結界を制御するリンディが呼びかける。

 リンディは基本的に結界の制御維持に全力を注がなければならない為、戦闘力は無いに等しい。

 マスタープログラムもそれは解っているだろうから、リンディを狙う可能性は極めて高い。

 マスタープログラムの下に向かっている恭也達にどれ程の戦力を割くかはまだ解らないが、リンディ達の方にも戦力が向けられるのは確実だ。

 

 それを護るのはたった2人の魔導師。

 病を患っている欠けた盾、セレネ。

 そして、まだ幼い魔導師、アリサ。

 この2人だけでリンディを護らなくてはいけない。

 

「準備はいいわね?」

 

 セレネも既にバリアジャケットに換装し、仮面も被っている。

 そうしてアリサに問う。

 リンディが最も信頼し、リンディ・ハラオウンが『盾』たる人、セレネ・フレアロードが。

 恐らく初めて、完全に協力し合う事を前提にした共同戦線を張る義妹に。

 自分が護ると決めた人、リンディ・ハラオウンの敵を打ち払う覚悟を。

 

「当然。

 久々の全力戦闘、寧ろ楽しみでしかたないわ」

 

 答えるのは齢9にして時空管理局執務官補佐の地位に就く天才魔導師。

 あらゆる種類の魔法を使いこなし、攻撃は刃として形を持たせたものを得意とする万能型のAクラス魔導師だ。

 そんなアリサが今日まで手元になかった本来のデバイスを装備し、今ここに立つ。

 

「行くわよ、サウザンドリンカー」

 

『Yes,Princess』

 

 アリサの胸元から返ってくる女性の声。

 その姿は細い銀の鎖に下がる金色のリング。

 だが幾つにも重なり、全て中心は同じとしながら、別々の方向に回転し、球状にすら見える環の塊。

 これこそアリサ・B・ハラオウンのデバイス、ストレージデバイス『サウザンドリンカー千を繋ぐもの』だ。

 

 人工知能を持ち、魔法の自動詠唱や会話まで可能なレイジングハートやバルディッシュといったインテリジェントデバイスではなく、アリサのデバイスはストレージデバイス。

 制御の難しさを差し引いても便利で実用性を越えた高い性能を期待できるインテリジェントデバイスとは違い、魔法の記憶媒体と処理装置としてだけのストレージデバイスである。

 非常に重く扱いの難しい人工知能がない分処理は高速で、安定した確実な魔法が展開できる。

 ただ、アリサのサウザンドリンカーには返事をする程度と、ある機能の補助を目的とした簡易型の人工知能がある。

 人工知能はあるがインテリジェントデバイスとはいえず、純粋なストレージとは違うが、一応分類上はストレージである。

 因みに、簡易型なので会話は不可能だ。

 

 また、幾つものリングからなるデバイスという形状も変わったデバイスだが、変わっているのは形状だけではない。

 通常魔導師が使うデバイスは魔法の杖としての形態、デバイスモードを基本とした上で剣、槍、鎌といった武器の形態への変形をする場合が殆どだ。

 しかし、サウザンドリンカーはこの首から下げている状態はスタンバイモードでありデバイスモードでもある。

 この他にもモードが存在するが、術者であるアリサがサウザンドリンカーを直接手に持つ事はない。

 

「……リンディ、また勝手に応答音声変えたのね」

 

「ええ、貴方もまた可愛く成長したから」

 

 自分のデバイスから返って来た言葉、主である自分の呼称が今までと変わっていた。

 前までは『リトルレディ』だった筈で、ストレージデバイスであるこのデバイスは自分では勝手に呼称を変える様な事はしない。

 で、そんな事をする第一容疑者に尋ねたらアッサリ答えが返ってくる。

 微笑みながら。

 

 尚、仮に使っていた義兄のデバイスのコピーと、実際の義兄のデバイス、更にセレネのデバイスに使われている音声はリンディの声だ。

 何故かリンディは自分の声を家族のデバイスに入れたがる。

 アリサが理由を聞いてもはぐらかされ、ちゃんとした答えをもらえた事はない。

 まあ、それでも別に嫌ではないので使っている。

 

「まあ、いいけど……

 さ、久々の全力戦闘、張り切っていきましょう」

 

 1度身体を大きく伸ばし、構えるアリサ。

 本来のデバイスが戻り、今はバリアジャケットも本来のバリアジャケットだ。

 

 アリサのバリアジャケットは、義兄のコピーデバイスでは扱えないほど変わったバリアジャケットである。

 サウザンドリンカーには特別にその為の機能が着けられているくらい特殊なバリアジャケットだ。

 一見しただけでは大凡の形はなのはのものと似たデザインのロングスカートにジャケットを着たような感じのものになる。

 白を基調とし、赤と緑で彩られているが、なのはの物とは違い服の方にリボンの様な飾りはない。

 装飾は普段から着けている髪の両側を止めているリボンくらいだ。

 装飾は少ないが、全体としてアリサの年齢相応の可愛らしさと、同時に凛々さを引き出すバリアジャケットである。

 

 そんなバリアジャケットは直立している状態だと、ぱっと見で変わった所は見つけ辛い。

 だが、まずスカート、膝下まできっちり隠れたロングスカートで、前に二本、足の動きを阻害しないようにプリーツがある様に見える。

 が、これが実はプリーツではなく、スリットなのだ。

 腰のところまでという深いスリットで、スカートと言うよりも腰周りを一周しない布と前掛け布の組み合わせとすら言える。

 腰を深く構え、膝を前に出すとスリットから足が覗く、プリーツなどよりも脚の動きを妨げない仕様となっている。

 尚、その足は白のニーソックス(正確にはオーバーニーレングスハイソックス)を穿いている。

 更に、深いスリットであるが、上の方は折り重なっている部分もある為、滅多な事では足の付け根の辺りまで見えない。

 因みに靴は黒い革靴に見えるもの。

 

 そんな格闘戦仕様かと思えば上着はなのはよりもやや分厚いだろうジャケットを着ている。

 なのはよりも重い仕様で、完全に重砲撃戦仕様といえる上着だ。

 しかし、その上着は破壊されていない限り任意で瞬間的に脱着できる様になっている。

 そして、上着の下は上着同様白を基調とした薄手のインナーで、これになると大分軽くなる。

 尚、インナーとスカートが一体の様に見えるが、スカート部は別でこれも個々に瞬間脱着できる様になっている。

 

 更に、このインナーとスカートを外すと、その下には白いレオタードの様なバリアジャケットが残っている。

 この状態になると、スカート部とマントのない無いフェイトのバリアジャケットと殆ど同じにデザインで、機能としてもフェイトのものと同じスピード重視の物となる。

 因みにだが、この下にまだバリアジャケットとして魔力で編まれた下着も着ている。

 

 とまあ、3重にバリアジャケットを重ね着している様な感じになっている。

 要は瞬間脱着によって、場面に応じてバリアジャケットのタイプを入れ替えられるのだ。

 遠距離砲撃から近距離格闘まで、全て瞬時の内に。

 

 アリサは自身が万能型である上に、バリアジャケットも常に最適の物を選べるという訳だ。

 当然そんな複雑なバリアジャケットを生成するのには魔力が必要で、制御も面倒なのだがアリサはこれを好んで使い、使いこなしていると言える。

 自分の持つ汎用性を極める為の装備として、今後もこの装備のまま改良を重ねて行くつもりでいる。

 

「鈍ってないでしょうね?」

 

「それはもう、リンディ達がリハビリまでしてくれたから」

 

 もう1ヶ月以上使っていなかったデバイスとバリアジャケット。

 だが、どちらも身体に馴染むし、身体も魔力も意識が通う。

 こちらの世界に来たことで、暫く力を失いながら、しかし実戦の中にいて、山篭りの時はリンディが程よいアリサ用の敵も作ってくれた。

 そのせいだろうか、一切衰えを感じないどころか、寧ろ前よりも軽くなった気がする。

 

「2人とも、来るわよ。

 カウント8秒!」

 

「了解!

 リンディ、貴方は私が護る。

 私は貴方の盾だもの」

 

「任せて、リンディ。

 貴方に近づく敵は全て切払うから」

 

 リンディの前に立ち、迎撃体制をとる2人。

 そんな2人の背を見ながら、リンディは1度微笑む。

 

「ええ。

 4,3,2、1……結界境界面に接触!」

 

 グォゥンッ!

  ギギ…… ギギギギ……

 

 一瞬、結界の境界面が揺らぐ。

 その次の瞬間にはその境界面から無数の黒い何かがはえてくる。

 それは闇の獣人の手であり、足であり、顔だった。

 

「ギャオオオオオンッ!!」

 

 結界の境界面からこちら側へと出てきた闇の獣人の数は無数の一言。

 最早数えるのも馬鹿馬鹿しく、それ等が上げる咆哮はそれだけで空間を揺るがしている。

 

 ―――だが、

 

「じゃあ、まずは私から。

 ようこそ、私の射程内へ」

 

 それ等を待っていたのは極上の笑みを浮かべたアリサ。

 そして……

 

『Stinger Blade

 Execution Shift』

 

 ォウン……

 

 この結界の天井に浮かぶ―――いや、この結界の天井を埋め尽くす無数の魔刃。

 全ての魔刃は同様に天井に浮かぶ碧のリングの中心に固定されており、これだけの数を同時に出現させているのに全く揺らぎが無い。

 その碧色のリングの正体は、アリサがサウザンドリンカーで展開している魔刃の生成台であり発射台だ。

 アリサが現在同時に展開できる最大数は千。

 これこそアリサのスティンガーブレイド・エクスキュージョンシフトの本当の姿であり、サウザンドリンカーの機能。

 

「いけ」

 

 ガキンッ!

  ズダダダダダダァァンッ!!!

 

 千のリングから放たれる千の魔刃。

 それは雨の様に闇の獣人の頭上に降り注ぐ。

 

 この魔刃の生成台にして発射台たるリングは、なのはがディバインバスターを撃つ時にデバイスの固定や発射加速に使う環状の魔法陣と同様の物だ。

 サウザンドリンカーはそのリングを展開する為だけのデバイスと言っても良い。

 このリングを今の様に広域展開させれば広域魔法を放つ事ができる。

 最大展開では殆ど照準は向けるだけで操作性はほぼ皆無の直射魔法になる。

 だが、数を絞れば細かい照準も可能となり、更に1つの魔法に対して複数重ねれば威力も射程も増大させる事ができる。

 アリサは万能型と言える魔導師であるが、攻撃魔法は何故か刃状の物しか上手く扱えない。

 その特性を逆に磨き上げ、あらゆる状況に対応させたのがこのサウザンドリンカーを使った魔法だ。

 

「相変わらず無駄に派手ね。

 それに沢山撃ちもらしてるし」

 

 ドッ!

    ガッ!

  グシャッ!

 

 派手な破砕音が響く後ろで、鈍い小さな音が鳴った。

 アリサは振り向く暇が無いから直接見ることは無いが、それはアリサが撃ちもらし、リンディに襲い掛かろうとしていた闇の獣人をセレネが倒した音だ。

 バリアジャケットで覆われているとは言え両の拳だけで、打砕き、捻り潰しているのだろう。

 セレネの攻撃魔法はクリムゾンブレイカーだけで、大凡唯一の攻撃手段と言っていい。

 だが、雑魚が相手ならば素手による純粋な格闘もする。

 寧ろ通常戦闘ではそちらを使用し、魔導師らしからぬ攻撃を持って相手を沈黙させているのだ。

 クリムゾンブレイカー用であるセレネのバリアジャケットは生半可な防御魔法など打砕く事も可能であり、鍛え上げた体術を駆使する事で並の敵ならば倒す事ができる。

 

「しょうがないでしょう。

 敵が多すぎるんだから。

 というか、貴方こそ2匹逃げてるわよ」

 

 千の魔刃は全て同時に放つ訳ではなく、波状攻撃として仕掛けている為、今も撃ち続けているアリサ。

 境界面から敵が出てくる速度から考えて最適の手段として選んだものだが、やはりそれでは運良く魔刃が当たらず、生き残る敵も出てくる。

 それを倒すのがセレネの役目だったのだが、リンディを無視した防衛機構の2匹が出口に消えていった。

 

「いいのよ、別に。

 まだ後があるし、向こうももしもの時の為のウォーミングアップくらいは必要でしょう」

 

 リンディの後ろの出口の出る先はまだリンディの結界の中だ。

 そこには後の作戦の為の人員が待機しており、ここでの戦闘はそこの人達を護る為のものでもある。

 だが、そこにもちゃんと要である4人を護る護衛は居るし、当然それなりの戦闘力を有している。

 しかしながら、その者達は今回の事件に深く関わった訳ではなく、防衛機構との戦闘は初体験だ。

 ならば、どうしても防ぎきれないくらいの数や質が出てくる前に少し慣れてもらおうというのだ。

 

「まあ、それもそうでしょうけど」

 

「大丈夫よ、リンディを無視する個体は少ないから」 

 

 個体―――ジュエルシードの防衛機構があくまでシステムであるならば、在り得ない表現だ。

 だが、セレネが言葉を間違えた訳ではなく、この防衛機構、闇の獣人達は確かに『個』を持っていた。

 

 まず、戦況を判断し統率されていた事もあったが、殆どの場合が単独行動でバラバラに動いていた点から疑問があった。

 例えば]Xのジュエルシードの時など、リンディを狙う個体と恭也を狙う個体に分かれた。

 あの時、状況を見ての判断であるならば、恭也の方を止めるべきなのに、リンディを狙う方が圧倒的に多かったのだ。

 それは浄化封印を止める為にしては多すぎるし、完全にそれに集中したならば恭也に半端に数を向けた意味が解らない。

 それに殆ど同じ大きさでまとまっていた上、直立した姿勢ではない為に解りにくかったが、闇の獣人の身体の大きさも実はバラバラだったのだ。

 

 それらの事実から考え、あの闇の獣人達はシステムではない『個』があるとほぼ断定できた。

 

 では、その『個』とは一体なにか。

 考え方や身体の大きさは一体何が元になっているのか。

 そう、『元』だ。

 ジュエルシードにはそれぞれ何かを元にして防衛機構として利用してきた。

 そんな何かがジュエルシードには取り憑いているのだ。

 

 それは―――嘗てジュエルシードに願いを込めた者達の残留思念。

 悠久の時の中、ジュエルシードが出会い、ジュエルシードに強い願いを込めた者達の魂の欠片だ。

 更に正確にいうならば、願いがちゃんと叶う事がなかった者達の強い無念。

 何故叶わなかったのかと言う呪い等しい執念だ。

 

 その思念が理性を失い人から半ば獣へと姿を変え、実体化したのが闇の獣人。

 この防衛機構群は全て元は人の強い想いの成れの果てだった。

 

 しかし、

 

「リロード!」

 

 ヒュッ!

 

 アリサの合図の直後、地面から何かが飛び上がり、天井にあるリングに収まる。

 

「セット!」

 

 ブォンッ!

 

 それは金属片、刃のあるナイフの様なものだ。

 このエクスキュージョンシフトが本来の姿と言ったが、実は姿だけで中身は少し違う。

 このエクスキュージョンシフトの魔刃の核には実体のナイフが使用されており、それに魔力をコーティングしているだけのものだ。

 元々一発の威力が低いアリサ本来のエクスキュージョンシフトよりも威力が低く、直撃でやっと生身の無防備な人間1人を殺す事しかできない程だ。

 大幅に魔力消費量を抑えた仕様。

 このジュエルシード防衛機構群を倒し続ける為の仕様だ。

 

 尚、当然これは事前に準備が出来たからこそできるやり方。

 普通の実戦ではまず不可能で、且つ使う機会など無いだろう仕様の為、専用の名前すら用意していない。

 ナイフはこの世界の物で、アリサに頼まれたリンディが恭也に依頼して集めて貰った物。

 魔法など無い世界だからこそ存在する、金属のナイフの中でも業物達だ。

 

「いけっ!」

 

 ガキンッ!

  ズダダダダダダァァンッ!!!

 

 一気に発射せず、波状に順次撃つというやり方は再装填の為でもある。

 この魔力消費を抑えた撃ち方を休む事無く続ける為に。

 

「はっ!」

 

 ゴスッ!

 

 運良く降り止まぬ魔刃の雨を抜け出しても、セレネの拳で頭を潰される。

 この方法ならば、どんなに多くても1度に抜けてくるのは一桁の数。

 ならばセレネは格闘だけで対処できる。

 

「……」

 

 セレネに倒され、崩れ行く防衛機構群。

 それ等の全てはリンディを狙い、その前に立つセレネに倒される為、その崩壊はリンディの目の前での事。

 しかし、リンディの目はあくまで戦う2人と結界に向けられ、崩れ行く防衛機構に視線が行く事は無い。

 リンディも、セレネも、そしてアリサももうこの闇の獣人達の事は気付いている筈なのにだ。

 

 それは3人が無情な訳ではなく、もし、この闇に堕ちた人々の想いを救える方法があるとしたら、この戦いこそそうだからだ。

 

 

 

 

 一方、闇の中を駆ける恭也達。

 その進行は一見順調で変わらずに進んでいる様に見えた。

 しかし、変化は突如起きる。

 

「久遠、アルフ!」

 

 恭也が2人の名を呼ぶ。

 敵の解体作業を続けながら、2人の意識をその解体作業の先へと向けさせた。

 

「「っ!!」」

 

 その呼びかけによって2人は気付くことができる。

 その対処もまにあった。

 

 ザシュンッ!

   ドゥンッ!!

 

 久遠の爪と、アルフの拳が闇の獣人を切り裂き、砕いた。

 今まで牽制程度しかしていなかった2人が攻撃に加わったのだ。

 進行速度は変わっていない、敵の密度も変わっていない。

 それなのに、恭也が相手にできる数は突然半分に減り、その残りが久遠とアルフにまわってくる。

 

「フェイト」

 

「あっ!」

 

 ヒュォンッ!

 

 その上、恭也が仕留めた敵も、上に巻き上げるように飛び、フェイトが杖で払わなければならない事態も発生する。

 恭也1人による敵の解体進行に問題が生じた事が明らかだった。

 

「あ……」

 

「そういうことか」

 

 なのはもフェイトも気付いた。

 恭也が相手にしている闇の獣人、その中に妙に動きの良いモノが混じっているのだ。

 

 そもそもこの闇の獣人は願いがかなわなかった人の成れの果て。

 その個人は何らかの願いを欲する状態であっても、力無き者であったとは限らない。

 例えば、この世界での最初の被害者は恭也だった事を見ればそれは明らかだろう。

 ある程度の戦闘能力を持っていても、ジュエルシードに憑かれ、願いが果たせずに防衛機構として取り込まれる事も在り得る。

 そう言った力を持ったモノをジュエルシードマスタープログラムは選びカタチとし、恭也達の進行方向の配置するという事をしてきた。

 

 そんな事ができるくらい、ジュエルシードマスタープログラムに余裕ができたという証でもある。

  

 この元は力ある者だった闇の獣人は、確かに戦闘技術を持っている。

 だが、所詮は知性も理性も失った闇の獣人としてのカタチであるが故、そこまでの脅威ではない。

 それでも、恭也が今までと同じ速度で解体し続ける事はできず、久遠とアルフも道を開く作業に参加しなくてはんらなくなった。

 速度は落とせない。

 そうなれば左右の敵も相手にしなくてはならなくなるからだ。

 

「2人は力を温存しておけ」

 

「うん」

 

「解った」

 

 元々余裕などない状態だったが、更にギリギリの進行だ。

 それでも、なのはとフェイトは力を温存しなければならない。

 久遠もアルフもできるだけ妖力、魔力を使わずに爪と素手で倒している。

 この最後の決戦はまだ始まったばかりなのだ。

 

 

 

 

 

 その頃、リンディ達のところにも強い防衛機構が出現し始めていた。

 ただし、こちらは最初にアリサのスティンガーブレイドを浴びる為、その生存率が低く、セレネで対処できる。

 

「あ、またいくつか出て行ったわよ」

 

 その代わり、リンディを無視しこの場を突破する数が大幅に増える事となる。

 いくらこの先にもまだ護りがあるとは言え、とても良好とはいえない状況だ。

 

「負荷分散はしているわ。

 そうそう遅れはとらない筈よ」

 

「でも……スティンガーブレイドの密度を上げた方がいいんじゃない?」

 

「いえ、まだ戦い始まったばかり、ペースを乱す訳にはいかないわ。

 それに―――」

 

 丁度その時だ、リンディは己が結界に取り込んだ世界に異変を感じた。

 想定していた内の1つの事態。 

 

「……それに、その必要もなくなる。

 2人共、ジュエルシード本体が来るわ」

 

「数は?」

 

「2か、3だと思うわ」

 

「OK、そのくらいならなんとかなるでしょ」

 

 余裕の笑みを見せるアリサ。

 しかし、余裕そうに見せる裏でしっかりと構え、油断などはしていない。

 ジュエルシードは例え1つでも、浄化封印にどれほど苦労してきたか、それを忘れる事はない。

 それが同時複数ともなれば、どんな事態となるかは、本来なら考えたくも無い事態だ。

 

 だが、それは想定内の出来事。

 同時に作戦が進行しているという事でもある。

 そもそも、マスタープログラムがジュエルシードを差し向けるとはどういう事か。

 浄化封印されてしまい、わざわざこの地に姿を現して回収してフォーマットしたものを。

 再び浄化封印されてしまうかもしれないのに。

 それは、そんな選択をさせるくらいには、もう示し終えたという事だ。

 つまりは、このままでは突破できないし、接近も許してしまうと、そうマスタープログラムに認識させたのだ。

 

「それと、恭也さん達の方にも幾つか向かったみたいよ」

 

「そう」

 

「少し早いな。

 それとも焦っているのか、マスタープログラムは」

 

 既に両方にジュエルシードを向けられる程の数がフォーマットされ、更に戦力として投入してきた。

 想定していた事ではあるが、想定より早いとなると懸念事項もある。

 既にマスタープログラムにはこちらの戦力がある程度知られている。

 ジェルシードとの戦いの中でデータを取られてしまっている筈だ。

 それを脅威として、対策を練られている可能性もあり、こちらの想定を上回る強大な何かを仕掛けてくるかもしれない。

 

 だが、そんな事は考えていてもしかたがないだろう。

 

「大丈夫よ」

 

 アリサは笑みを浮かべながら告げる。

 何の根拠も無いというのに。

 しかし、それでも、

 

「そうね」

 

 リンディもセレネも微笑む。

 それは確かな事であろうと。

 何の根拠が無くとも、勝てると信じられる限り、負けることはないのだ。

 特に、この相手には。

 

「来るわ」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴッ

   ギギギガガガガガ!!!

 

 リンディの言葉と同時にまず地鳴りのような音が響き、結界境界面が揺らぐ。

 同時に闇の獣人達が出てこなくなった。

 その代わりに出てきたのは―――

 

「ギシャァァァァ!!」 

 

「ゴォォォッ!!」

 

「アアアアアアッ!!」 

 

 響き渡る3種の咆哮。

 現れたのは全長3m程の巨大な闇の獣。

 闇の獣人をそのまま大きくし、羽を生やした様なもの。

 Tのジュエルシードが具現しかけた化け物に似ている。

 2体目は全高4m程の闇色の機械人形。

 山篭りの修行の際、恭也が忍に作らせ、]Tのジュエルシードで遠隔操作していた物と良く似ている。

 3体目は全長不明、女性の上半身と蛇の下半身を持つ闇色の化け物。

 これは誰の記憶に無いものだ。

 

 ジュエルシードが具現化したのだろうこの3体、いずれも圧倒されるほど強大な力を感じる。

 前見たものに似ている2体は、その時とは比べ物にならない程だ。

 もしかしたら前の2体は、なのは達に封印されずに完全に力を発揮していたらこうなっていたのかもしれない。

 何れにせよ、とても敵うとは思えない化け物だ。 

 しかし、

 

「アリサは獣型を頼むわよ。

 セレネは機械人形を。

 私は、蛇女を抑えてるから」

 

「OK、直ぐ倒すからちょっと待っててね、リンディ」

 

「あまり無理はしないように」

 

 リンディ達はそれぞれ自分の相手を決め、この化け物に挑む。

 そう、今までだって戦ってきたのだ。

 例え相手が今までよりも強大であったとしても、今更迷う事などない。

 

「行くわよ!」

 

 アリサの声と合図に戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 結界内部

 

 リンディ達がジュエルシード本体との戦闘を開始するより少し前、恭也達の周囲でも異変が起きた。

 突如大量に居た筈の防衛機構群が居なくなったのだ。

 とめどなく流れてくる様に現れていたあの闇の獣人が突然、1体もいなくなる。

 その突然の変化に恭也達は驚く事もなく、ただ走り続けていた。

 だが、更なる異変が訪れる。

 

「数の中に質を混ぜる事すら止めて、完全に質そのものを切り替える気か」

 

「え? ああ……」

 

 恭也の言葉の意味が一瞬解らなかったなのはだが、直ぐに理解する。

 それとほぼ同時に大きな力を感じる。

 酷く淀んだ黒の力。

 色々なものが混ざり合いすぎて色としては黒に見えるけど、混沌と渦巻く幾つもの力の集合体。

 それは―――

 

 ヒュゥンッ!

 

「あっ!」

 

「早い!」

 

 何かが頭上を通り過ぎる。

 ジュエルシードだ。

 数は3つ。

 なのはとフェイトの迎撃すら間に合わぬ程の高速で結界の境界面へと向かっている。

 

「放っておけ。

 と言うよりも、こちらも忙しくなるぞ」

 

 恭也は気付いていたのだろうが、わざと見逃したのだろう。

 いや、見逃さざるを得なかったのだ。

 

「来るぞ……後で合流しよう」

 

「え?」

 

 恭也の言葉の意味はその時解らなかった。

 だが、新たに7つのジュエルシードが近づいてきているのが解った。

 そして、それ等が目の前に現れた瞬間だ。

 

 カッ!

 

 光が放たれた。

 黒い光が。

 一瞬だったが、『][』のジュエルシードの光。

 更にそれと同時に他の6つも動いた―――

 

 

 

 

 

 光で白く霞んでいた視界が戻る。 

 すると、目の前には高町家の玄関があった。

 

「……あれ?」

 

 なのはは何故こんなところに立っているのかが解らない。

 周りを見回せば確かにここは自分の家の前で、服装は学校の制服だ。

 

「……ぼーっとしてたかな?」

 

 それから、学校から帰ってきたところだと思い出す。

 何事も無い平和な一日の中で、家に帰ってきたところなのだと。

 しかし、

 

「……何か、忘れてる気がするんだけど」

 

 自分の姿をもう一度確認するなのは。

 服装は学校の、聖祥付属の制服で、今日は帽子はなく、いつものリボンを着けているだけ。

 学校自体は装飾品に関しては規制がゆるいが、なのはは基本的にピアスなどもしていないので、装飾は髪を結うリボンだけだ。

 

 それがなのはの標準のスタイルである事は確かだ。

 だが、何故か胸の辺りが落ち着かない感じがする。

 そこにあるべき物が欠落している、そんな感じだ。

 

「なんだっけ?」

 

 少し考えるが、思い出せず、なのははそのまま立ってても仕方ないと家に入る事にした。

 

「ただいまー」

 

 家に入り、帰りを告げるが、誰も居ないだろう。

 姉達はまだ学校で、母はお店に居る時間。

 それに……

 

「おかえり、なのは」

 

 だが、リビングに入ったとき、なのはの帰りを迎える人が居た。

 返って来たのは男の人の声で、リビングでソファーに座っているのは若い男性。

 その人は―――

 

「ん? どうした、なのは。

 父さんの顔に何かついてるか?」

 

「あ、うんん、なんでもない。

 ただいま、おとーさん」

 

 その人は高町 士郎。

 なのはの父親である人。

 普段は店の手伝いをするか、姉に剣術を教えるかしている人だ。

 たまに昔していた仕事の関係で、外に教えに行く事もあるけれど、滅多に家を空ける事はない。

 

 この時間だと普通は店にいて家には居ない筈だから、少し反応が遅れたのだ。

 なのははそう思った。

 

「おとーさん、今日お店は?」

 

「ああ、今日は客が少ないんでな、先にあがったんだ」

 

「そーなんだ」

 

 それから、なのはは午後の時間を過ごした。

 他愛の無い、日常の一つとして。

 

 

 

 

 

 光が目に掛かった。

 強い光が。

 

「ん……」

 

 光に慣れてきたので目を開けてみると、そこはベッドの上だった。

 どうやら目に差していたのは朝日だった様だ。

 

「……あれ?」

 

 見覚えがあるベッド。

 見覚えがある部屋。

 そして―――

 

「もう起きていますか、アリシア」

 

 部屋に入ってきた見覚えのある女性。

 淡いブラウンの髪をショートにした18歳くらいの女性だ。

 ここは室内だが、帽子を被り、ゆったりとした服を着ている人。

 

「……リニス?」

 

「はい。

 おはようございます、アリシア」

 

「あ……うん、おはよう」

 

「アルフはまだ寝ているのですね」

 

「え?」

 

 朝だからか、回転の悪い頭でリニスの視線の先を追う。

 そこは自分の真横で、ベッドにシーツのふくらみ。

 

「アルフ、朝ですよ」

 

 シーツをどけるリニス。

 すると、そこには小さな女の子が居た。

 赤橙色の髪と頭に耳とお尻に尻尾を持った女の子。

 アリシアの使い魔であるアルフだ。

 

「ん〜……おなかすいた〜」

 

「はいはい。

 朝ごはんはできていますよ」

 

 まだ寝言を言っているアルフにリニスは微笑みながら答える。

 しかたないなですねーというのと同時に、優しさが見える微笑だ。

 

「……」

 

 そんなリニスの横顔を見るアリシア。

 朝で、まだ頭がハッキリしない為か、幻を見ている様な気がするのだ。

 それに、何かを忘れている気がする。

 

「どうしました? アリシア。

 貴方もまだ夢の中ですか?」

 

「え? ああ、うん、大丈夫だよ」

 

 だが、聞こえてくるリニスの声はハッキリとしているし、目の前に居る実感がある。

 後、室内でもリニスが帽子を被っているのは、そこにある耳を隠す為だ。

 リニスは山猫の使い魔で、人の形態でも猫の耳と尻尾がある。

 何故かリニスはそれを見られるのが嫌らしく、ゆったりとした服、長いスカートで尻尾も隠している。

 それが見られるのはお風呂の時くらいだ。

 

 そんな、家族の事をわざわざ思い出していると、部屋にまた人の気配が近づいてきていた。

 

「リニス、遅いわよ。

 2人はまだ寝ているの?」

 

 部屋にやってくる女性。

 ウェーブの掛かった長いグレーの髪、優しげな瞳の大人の女性。

 

「あ……母さん」

 

「おはよう、アリシア。

 もう朝ごはんはできているわよ。

 顔を洗っていらっしゃい」

 

「うん」

 

 だんだん頭がはっきりしてきた。

 ここは家で、母さんが居て、母さんの使い魔で家族であるリニスと、自分の使い魔であるアルフの4人で暮らしている。

 これはいつもの、当たり前にある朝の風景だ。

 

 

 

 

 

 光が収まると、闇の世界そのものには変化はなかった。

 ただ、久遠とアルフを残し、なのは、フェイト、そして恭也の姿がなく、2つの新しい影がそこに立っていた。

 

「なのは達はジュエルシードと一緒に結界に取り込まれたのかな?」

 

「そうだね、ジュエルシードが作る世界に取り込まれたと考えるべきだろうね。

 で、これが私達の相手だね」

 

 3人が消え、2つの影が増えた事に関しては冷静な久遠とアルフ。

 3人はそれぞれ別々に隔離され、自分達はここに残った。

 ならば、やるべき事は1つだと、そう判断している。

 

「それにしても悪趣味だね」

 

「あ、そっちもなんだ。

 まったく、人の過去をなんだと思ってるんだか」

 

 そうして、目の前の影と対峙する。

 それぞれに用意されたであろう相手を。

 

「オオオ……」

 

 久遠の前に立っているのは全長3mオーバーの巨大な狐の化け物。

 9つの尾を持つ九尾の化け狐だ。

 それは、嘗て愛する人を人柱として殺されて、怒りと憎しみから祟りに取り憑かれ、破壊の限りを尽くしていた久遠の姿。

 

「……」

 

 アルフの前に立つのは薄いブラウンの髪をショートにしその頭に帽子を被った18歳くらいの女性。

 人間に見えるが、帽子とスカートで隠れているが猫の耳と尻尾を持っている、山猫を元にした使い魔。

 嘗て、まだフェイトがアリシアとして生きていた頃、アリシアの母、プレシア・テスタロッサが使い魔としていた者、リニス。

 

 2人の前に立ちはだかるのは自分の過去と、過去の家族。

 ジュエルシードが投影した偽の悪霊だ。

 

「でも、丁度いいかな。

 私もね、恭也みたいにやってみたいと思ったことあるし。

 自分自身を―――特にこの頃、祟りであった頃の自分を自分の手で倒すって事」

 

「そうかい。

 まあ、実際いい感じだよ。

 わざわざ各個撃破させてくれるんだからね」

 

 2人は迷い無く構える。

 ジュエルシードが実体化した幻影に対して。

 

「「行くよ!」」

 

 そして、2人は走る。

 それぞれの過去に向かって。

 

 

 

 

 

 光が収まったそこは、まだ闇の中だった。

 しかし、先程まで居た場所とは全く別物の闇の中だ。

 そして、ここに飛ばされたのは恭也1人で、目の前には恭也専用だろう相手がいた。

 

「まあ、そうなるだろうと思っていた。

 この地はそう言う場所だからな」

 

 目の前に居る相手を見て、恭也は思わず感傷を口にする。

 予想はしていたのだ。

 何せこの地、この闇の下にある場所は藤見台墓地だ。

 ならば、そこから出てくる奴がいるだろうし、マスタープログラムはそれを利用するつもりなのだろうと。

 

 だから、恭也の相手は―――

 

「こうして相対する事になるのは、まあ不本意だが、少し嬉しくもあるよ。

 ―――父さん」

 

「……」

 

 そう、恭也の前に立っているのは不破 士郎。

 恭也の父にして師である人だ。

 服装は仕事の時に着ている暗器類を仕込んだフォーマルスーツ。

 そして、腰には二刀差しの小太刀、八景。

 

 恭也が覚えている限り、完璧な父の姿。

 恭也が目標とし、しかし傷を持ってしまった為に越えられないと思っている、完全な御神の剣士がそこに居る。

 

「だが、それでも越えなければならなくなった」

 

 恐らく、最初に光を放ったジュエルシード][、あれが全員の過去を読み取り、他のジュエルシードがこうして最も効果的な過去を投影しているのだろう。

 そうなると、ジュエルシードが1つ多いが、それは恐らく……

 

 いや、今はそれよりも目の前の相手を倒す事だ。

 なのは達も相対しているのだろう、過去の巨大な壁。

 トラウマや憧れ、目標としていた過去の姿が目の前にある。

 なのは達も、恭也もこの過去を越えなければならない。

 

 ならば―――

 

「だから、越えよう。

 ……行くぞ!」

 

 恭也は向かう。

 己が最強としていた相手に。

 最早叶わないと思っていた師弟の対決がここに成り、失われた想いと共に激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、なのはは父士郎に勉強を見てもらい、終わったら少し遊んで、夕方からは姉美由希と父の鍛錬を眺めた。

 夕食は父、母と姉、フィアッセとなのはの5人で摂り、その後店の片づけをしに行く父と母とフィアッセを見送った。

 帰ってきたら、一緒にお風呂に入ろうと約束して。

 

「……」

 

 その後で、なのはは1人1階の和室の前に居た。

 道場では美由希が1人で鍛錬をしていて、その音が聞こえる。

 けれど、この時間でありながら、家の中に居るのはなのはだけだ。

 

 いや、それが当たり前なのだ。

 働いている家族は店に、鍛錬をしている姉は道場か外に居る。

 それはいつもの事だ。

 

「……」

 

 そして、今目の前にしている和室は父士郎の部屋。

 母の寝る部屋でもあるが、母専用の部屋は2階にある。

 物を置くスペースの問題でそうなっているらしい。

 普段は両親共にこの部屋で寝ている。

 ときどき、なのはも一緒に。

 最近ではそれも少なくなったが……

 

「ん? どうした、なのは」

 

 ふいに声がする。

 振り向くとそこには父が居た。

 どうやら長くボーっとしていたらしく、もう仕事を終えて帰ってきた様だ。

 

「うんん、なんでもない」

 

「そか? じゃ、一緒に風呂に入るか」

 

「うん」

 

 父とした約束。

 日常の中にありふれた約束。

 そんな当たり前の事ができる事がどんなに幸せか。

 何故かそんな事を考えながら、なのはは今日父と一緒にお風呂に向かった。

 

 

 

 

 

 いつもの朝食。

 お肉ばかり食べるアルフにリニスが野菜を食べさせたり、そんな2人を見て母と微笑んだりする。

 そんな日常の風景。

 それから、午前中はリニスに勉強を教えてもらい、お昼を食べて、午後からは魔法の勉強をリニスと母の2人に教えてもらう。

 

「私も母さんみたいになりたいな」

 

 だが、大魔導師と言える母を持ち、直接教えてもらいながらアリシアの魔法はなかなか上達しなかった。

 生まれついての魔力も高いとは言えず、その時点でもあまり成長を期待できない。

 

「ちゃんと勉強していればなれるわよ。

 私だって生まれついての魔導師じゃないのよ」

 

「うん……」

 

 だが、それでもアリシアは諦めず勉強を続ける。

 そもそも母の様な魔法の研究者になりたいというのであれば、実際のところ魔力の高さはさほど重要ではないのだ。

 

「魔力の方は、食事の方でも向上を目指しましょう。

 メニューを考えておきます」

 

「ありがとう、リニス。

 がんばるよ」

 

「はい」

 

 食事による魔力の向上。

 魔力と肉体との関係はなかなかに複雑で、直接作用はしないが、大きく影響は受ける。

 その為、食事によって魔力やその回復力を高める事は可能で、魔力に良い影響の出る料理というのもある。

 アリシアは過去にもアルフを維持する為に食事の仕方、量を変えたことがある。

 ただそれより更に、となると今よりも食べなければいけない量は確実に増えるだろう。

 アリシアは元々食が細いので、そういった意味でもがんばらなければならないのだ。

 

 しかし、こうして周りが支えてくれる事は贅沢とすら言える事だと思う。

 だから、それに応える為にもっと頑張りたいとアリシアは考える。

 

「アリシアー、勉強終わった?

 遊ぼー」

 

 そんなところに子犬の姿のアルフが駆け寄ってくる。

 散歩に行きたいのだろう。

 

「じゃあ、今日はここまでね。

 遊んでいらっしゃい、今日もいい天気だから」

 

「はい。

 じゃあ行こうか、アルフ」

 

「おー」

 

「気をつけて行ってらっしゃい」

 

「お茶を準備しておきますね」

 

 アルフと一緒に外に出るアリシア。

 それを見送ってくれる母とリニス。

 そんな平和な風景。

 当たり前にある日常の1コマ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元の場所に残った久遠とアルフ。

 2人は過去に関係のある相手と激しい戦いを繰り広げていた。

 

「オオオオオオッ!」

 

 ズドォォォォンッ!!

 

 咆哮と共に強大な雷を放つ『祟り・久遠』。

 怒りと憎しみから放たれるそれは、その感情を具現化させたかの様に荒々しく重い一撃だ。

 この闇で構成された世界の空と地面を割って敵へと突き進む。

 

「はっ!」

 

 タッ!

 

 それを久遠は跳んで躱す。

 チャージ時間がある上、攻撃が単調気味なので回避する事は比較的容易だ。

 しかし、

 

 ズババァァァァンッ!

 

 地面に着弾した雷は、そのまま四方八方に飛び散る。

 それは収束も指向性も低い為に起きる現象で、所詮この雷は力業でしかないというのが解る状況だ。

 だが、着弾した後に拡散した雷ですら人に当たれば致命傷となりうる威力がある。

 直撃は避けても、この四散する雷まで避け切れなければ結局は同じなのだ。

 それは狙っているものではないが、逆にそれゆえに読み切る事ができず、非常に厄介だ。

 久遠の跳躍力だからこそ全て避けきれるが、その大きな跳躍は隙でもある。

 

「グオオオンッ!!」

 

 ブォンッ!

 

 雷を避けた久遠に飛び掛る祟り・久遠。

 その重量差を活かした大重量の爪撃だ。

 当たれば人間の身体なら確実にミンチになるだろう。 

 

「っと!」

 

 スッ!

 

 その一撃を久遠は相手の爪の受け流す様身を捻って躱す。

 更に、

 

「そこっ!」

 

 バリ……バリバリィッ! 

     ズダァァァァァンッ!!

 

 相手がまだ攻撃の途中であるこの瞬間。

 今まで収束させてきた雷をゼロ距離で放つ。

 それは回避も防御もできない完璧な一撃だった。

 

 だが、

 

「グルルルル……」

 

 シュゥゥ……

 

 雷は全て毛皮に弾かれ、僅かに金色の毛並みを焦がすだけに留まった。

 もとより雷を操る妖狐である為、雷に対して耐性があるのだ。

 一応、久遠は自分自身の雷で自殺も可能であるが、それはそう言う意思があってこそ出来ること。

 普段は完全無効とまではいかないが、少なくとも半減近くに軽減してしまう耐性が備わっている。

 しかも、相手は祟り・久遠だ。

 怒りと憎しみによって暴走し、且つその呪いを長年に渡って蓄えていた大妖怪。

 生半可な攻撃など、纏った瘴気だけで弾かれてしまう。

 

 その上、完全な攻撃形態とも言える巨大な狐の形態である祟り・久遠は腕力、雷の力、巨体、全て今の久遠を凌駕するものを持っている。

 唯一勝っているとすれば機動性だろうが、祟り・久遠が獣形態である事で巨体でありならが十二分に機敏であり、あまり差はない。

 その為、今の久遠は小回りが利く程度の優位しかない。

 前回の戦闘から久遠はデバイスを持っているが、それはあくまで雷の力を魔力化するだけの物で、攻撃力は変わらない。

 

(だけど、祟りであった久遠は負けた)

 

 久遠は思い出す。

 嘗て、今よりもずっと強大であった自分は、今の自分よりも小さく、力も弱い筈の人間に負けた。

 1人は死に、1人は引退する事になったが、しかし事実として久遠は人間の力で封じられたのだ。

 それにその昔、1人の人間を愛したが故に憎しみという感情を覚え、暴走した。

 それから人間の手によって封じられ、再び自分を信じてくれる人間の心に触れて今の自分がある。

 

「だから―――」

 

 タンッ!

 

 久遠は1度大きく跳んで下がる。

 しかし、それは逃げる為ではなく、次の攻撃の準備の為であり、勝つ為の僅かな後退だ。

 

 久遠は嘗て、強大な力を手にしていた。

 怒りと憎しみからなる大きな力を。

 だが、その大きな力を打ち砕くものに出会い、自分は本当に心を手に入れられたのだと思っている。

 ならば、

 

「私は負けない!」

 

 負ける訳にはいかない。

 たとえ幻影であり、なんらかの補正が掛かっている可能性があったとしても、過去の自分には負けられない。

 もし負ける様な事があれば、それは自分を信じてくれた者達への裏切りにも等しく。

 更には手に入れたと思っていた心は、本物ではなかったとすら言えてしまうのだから。

 

「来い、私の過ち!」

 

「グオオオオンッ!!」

 

 否定しても消えない過去。

 ならば越えようと、久遠は自分よりも強大な化け物に向かう。

 

 

 

 一方、その近くでも別の戦闘があった。

 アルフとリニスの戦いだ。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 ドゥンッ!

 

 魔力を込めた両の拳を構え、闇の空を飛ぶアルフ。

 対し、リニスは右手を前に突き出し、

 

「……」

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 そこから魔法が放たれる。

 デバイス無しに生成されるのはフォトンランサー。

 数は4発。

 フェイトが牽制としてよく用いる攻撃だ。

 

「てぇっ!」

 

 ズダンッ

      ドゥンッ!

    ダァンッ! 

 

 その攻撃の内3発を拳で叩き落し、1発を回避してそのまま直進する。

 そうしてついに拳の間合いに入ると、大きく振りかぶったその拳を振るった。

 

 ブォンッ!

 

 だがリニスとて、無防備にそれを受ける訳ではない。

 フォトンランサーを撃った手とは逆の手、左手をかざし、シールドを展開した。

 

 ガキンッ!

   ギギギギッ 

 

 拳自体はシールドで止まり、リニスに届く事はない。

 だが、突進の速度が加わっている拳打の威力はシールドで中和できる訳ではなく、シールドを張るリニスはやや後ろに押される。

 しかし、やはりそれだけで、リニスにはダメージを与える事はできていない。

 

「しっかし、私の相手がリニスか。

 まあ、確かにちょっと戦いたいって気持ちはあったけどね!」

 

 ドゥンッ!

 

 ダメージは与えられない。

 けれど、そこから更に一歩踏み込み、押し切ってリニスを吹き飛ばす。

 シールドでダメージこそ受けないものの、吹き飛ばされるリニスは、その直後シールドを解除し、再び右手を向けてきていた。

 

「……」

 

 ザバァァァァンッ!!

 

 その右手から放たれるのは雷の砲。

 サンダースマッシャーだ。

 フェイトの使うこの魔法は本来足場を固定して撃つ直射砲撃。

 しかし、この状態でカウンターの用に撃つそれは恐らく威力を下げ、更に自分が更に反動で飛ばされてしまうという命中精度も無いに等しい砲撃。

 だが、この距離ならば命中精度は高くある必要は無く、威力もカウンターである事を考えれば十分なものだ。

 

「ちっ!」

 

 キィンッ!

 

 対し、アルフは咄嗟にシールドを展開する。

 そこに着弾するサンダースマッシャー。

 

 ズダァァンッ!!

         バキィィンッ!

 

 着弾することで雷としての力が発現し、魔力が爆ぜる。

 その威力は咄嗟に展開したシールドで止めきれるものではなく、アルフのシールドが砕ける音が響く。

 

「……」

 

 それを見ながら空中で停止するリニス。

 リニスはその爆発から目を離さない。

 魔力が爆裂した事で失われた視界を、その先に居た筈の攻撃対象を。

 

「ああ、戦いたかったさ!」

 

 しかし、そこで声が響いた。

 アルフの声だ。

 

「っ!!」

 

 キィィンッ!

 

 その直後、リニスは右側にシールドを展開した。

 そこへ、

 

 ガキィンッ!

 

 展開されたシールドが受け止めたのは拳。

 魔力が込められたアルフの右の拳だ。

 

「フェイトがアリシアだった頃から、アンタほど優秀だったらと少し思っていた」

 

 アルフはバリアジャケットに若干焦げ目があるものの、無事だった。

 それもそうだろう。

 着弾の瞬間、シールドをその場に展開しつつ後退していたのだ。

 シールドはあくまで囮であり、時間稼ぎだった。

 着弾した時に爆裂した魔力にまぎれて回り込んでいた。

 

 フェイトも使う魔法である為、その弱点もアルフは理解しているのだ。

 

「そして、アリシアがフェイトになった後も眠りながら何度も考えた。

 あの時、アンタほどの力があれば、ってね」

 

「……」

 

 キィィンッ!

 

 だが、アルフが回り込んだその時には既にリニスの手には魔法が完成していた。

 リニスはその魔法が込められた手を、左手を振るう。

 アルフを爪で薙ぐ様に。

 

「……」

 

 ヒュォンッ!

 

 そこから発生するのは魔刃。

 色こそ違うが、フェイトの放つアークセイバーと同じ魔法だ。

 ほぼ零距離で放たれる斬撃魔法。

 アルフには回避する手段はない。

 

「尤も、私もアリシアもリニスの戦闘能力ってのを知らなかったけどな!」

 

 ブォンッ!

    バキィンッ!

 

 しかし、アルフはそれを先読みし、既に左の拳にも魔力を込めていた。

 それを上から振り下ろし、アークセイバーを側面から叩き割る。

 

 アルフは相手の攻撃を、リニスの攻撃を先読みして対応した。

 しかし、言葉の中にある通り本来アルフもフェイトもリニスの戦い方を知らない。

 だが、先ほどからリニスが使う魔法はフェイトの魔法と同じものだ。

 それはジュエルシードが何処からか得た本物の情報なのかもしれない。

 アリシアにはなく、フェイトにはある魔力と、その系統と考えればリニスがそうであったというのは可能性として高い話だ。

 どちらにしろ今となっては確証が得られない事ではあるが。

 

「ああ、そうだ。

 アリシアは本来使い魔なんてもてるほどの魔力は無かった。

 当時のアリシアの魔力じゃ、私は魔力の無い人間の子供程度の能力にしかならない」

 

 兎も角、知らない、解らない中でリニスが使ってきた魔法はフェイトのものと同じ。

 ならばと、アルフはそれを想定して動いたまでのこと。

 フェイトの使う魔法ならば、誰よりも自分が知っている。

 その利点も欠点も全て。

 

 しかし、

 

「―――っ!」

 

 ガキィンッ!

 

 アークセイバーを破ったアルフは咄嗟にシールドを展開した。

 リニスが居る方向ではなく、真横にだ。

 そこへ、

 

 ガギィィィンッ!!

 

 直後魔刃が衝突した。

 アークセイバーだ。

 

「くっ! このっ!」

 

 ヒュッ!

   バシュンッ!

 

 アルフはシールドを展開しながら、受け流す様にアークセイバーの側面に回り、魔力を込めた回し蹴りでアークセイバーを破壊する。

 だが、その間にリニスの姿が消える。

 アルフは1度立ち止まり、空を、この闇の空を見上げた。

 

「まあ、そもそもアリシアと私の契約は『傍に居る事』でしかなかった。

 だから友達であれば良かったし、護って欲しいと言われた訳じゃない」

 

 続くアルフの独白。

 大凡ただの感傷でしかなく、大した意味は無い。

 けれど、リニスの姿をした敵に―――嘗ての家族の偽物を前にして、アルフはただ黙っている事はできなかった。

 

 だが、その時、背後に突如大きな魔力が出現した。

 

 ヒュォンッ!!

 

 同時に響く風を斬る音。

 恐らくはリニスが爪にのせたサイズスラッシュと同系統の斬撃魔法だ。

 それを、アルフは、

 

 フッ!

 

 身を屈め、回避した。

 背後からの攻撃で、攻撃そのものも見えていないのに。

 それは魔力を読み取ったのもあるが、リニスがブリッツアクションを使っていると解ったから、その出現に備えていたからできる事。

 ブリッツアクションを抜けるそのタイミングさえ解れば、後は斬撃系統の魔法を放つだろうから、魔力の位置で横薙ぎか切り下しかを予測すればいい。

 ブリッツアクション後では複雑な攻撃はあまりできないのだから。

 

 ブォンッ!

   

 そこから、アルフは身を捻りながら、拳を上へと振り上げる。

 狙うのはボディー。

 斬撃後であり、且つ間合いの内側まで入っているこの位置からは防御も回避も不可能な位置だ。

 

 ガキィンッ!

 

 だが、攻撃は受けられた。

 アルフが拳を振り上げた場所にはリニスの掌があったのだ。

 そもそもリニスはフェイトの様に両手で振るう武器を使っておらず、片手の爪での斬撃を放ってきた。

 だから、攻撃していない側の手は空いているのだ。

 

 ギギギギギッ!

  

 フェイトと同じ様に考えすぎたと、反省しつつ、アルフは攻撃を止めない。

 まだ拳は止まっていない。

 

「けど、ただの友達であれ、私は目の前に居たアリシアに何もしてやる事もできなかった!」

 

 そして、アルフの言葉もまだ終わっていない。 

 

 

 

 

 

 ガィンッ!

        キィンッ!

  ヒュォン

  

 剣戟の音と風の音だけが響き渡る闇の世界。

 

「はぁぁっ!」

 

「……っ!」

 

 ガキィンッ!

   ギギギギ……

 

 同じ小太刀、同じ業をもって剣戟を重ねているのは師弟であり親子である2人。

 士郎の方は恭也が知る限りの最新の情報、つまりは死亡した当時の姿で、今の恭也と比べると顔つきは兎も角、身長や体重は大差がない。

 単純な腕力もほぼ同等、小太刀もジュエルシードが可能な限りの完璧なコピーだろう。

 装備も恭也はマントと仮面を着けている以外、大凡士郎の装備と変わらない。

 

 ならば、この2人がぶつかり合った時、勝敗を決めるのは残る『技術』に因るところとなろう。

 

「……」

 

 ブンッ!

 

 鍔迫り合いの中、恭也の右足に蹴りを放つ士郎。

 相手の体勢を崩す為の牽制だ。

 

「てぇっ!」

 

 フッ!

 

 それに対し、恭也は一旦離れつつ、士郎が牽制をしている間に側面に回り込もうとした。

 だが、

 

「……っ!」

 

 ドッ!

 

 その回り込んだ先には士郎の肘があった。

 

「ぐっ……」

 

 士郎の肘打ちが脇腹を掠め、恭也は一旦大きく下がった。

 そして構え直して相手を見る。

 自分がよく知る不破 士郎の姿を。

 物心ついてからずっと目標にしてきた人であり、今も背中を追いかけている相手だ。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 既に述べた通り、流派も使う武装も全く同じもの、もしくは同レベルだ。

 ならば、勝敗は技術と言う事になるが、それは肉体が万全であるという前提が存在する。

 そもそも恭也には膝に問題を抱えている上、現在左目が影だけしか捉えず、更には徐々に完全に見えなくなっている途中という状態だ。

 膝の問題は短時間且つ神速の使用が限界である3回までで済めば無視できる。

 だが、左目の方は今この時も狭まり、今や視角は60度程度しかない。

 しかも、その視角の減少は戦い始めてから加速していて、神速を使えば更に加速する可能性が高く、下手をすれば1度の使用で完全に見えなくなるかもしれない。

 

 そして何より、不破 士郎は御神流の長い歴史の中でも『天才』と言われた人物である。

 『奥義之極』にこそ到達しなかったものの、それは若くして他界したからとも言えるだろう。

 そんなただでさえ敵わぬ相手に不利を抱える恭也。

 勝率は極めて低いだろう。

 仮に逆転の手があるとすれば士郎に無く恭也に有るもの、『魔法』だが、しかしデバイスはまだ眠っている。

 

(いや、俺が眠らせているのだろうな)

 

 恭也が今首から下げているデバイスはその存在理由から、この士郎との戦いの中では起動しないと考えられる。

 その原因は恭也自身だ。

 何故なら―――

 

(俺もつくづく自制が甘いな。

 例えこんな形であれ、父さんと戦える事に喜びを感じるとは)

 

 例え偽物でも―――いや、もしかしたらジュエルシードがこの地にある残念の欠片を利用した限りなく本物に近い存在かもしれないのだ。

 そんな相手が、自分が追いかけていた人、不破 士郎が目の前に居る。

 最早叶わぬと思っていた師弟の決着がここで擬似的に執り行う事ができる。

 ならば、その決着はあくまで御神流の剣術で着けたい。

 そう思っている自分がいるのだ。

 それどころではない大きな敵がその奥にいるのに。

 

(これもジュエルシードの心理戦の内かもしれんが……だが!)

 

 恭也は見る。

 相手の、不破 士郎を。

 その存在の全てを。

 

「それでも俺は、勝つ!」

 

 負けられない理由があり、勝たなくてはならない理由もある。

 ならば、今ここに在る不破 恭也がすべき事は勝利へと向かう事だけだ。

 最早戦いに不要な思考など全て封鎖し、恭也は過去に失った最大の好敵手へと刃を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、闇の世界の外、結界を護るリンディ達もジュエルシードとの戦闘を繰り広げていた。

 

『Stinger Blade』

 

「いっけぇっ!」

 

 キィンッ!

  ズダダダダダダンッ!

 

 巨大な闇の獣に挑むアリサは10本の魔刃を形成し、放つ。

 多数の雑魚に対する攻撃手段から、一体の強敵に対するものへの変化。

 数よりも命中精度と速度と威力を向上させた魔刃だ。

 

 ズバババババンッ!

 

 その全弾が命中した。

 巨体の割りに素早い闇の獣であったが、アリサの射撃の腕の方が上だった。

 闇で構成された身体に深々と刺さった魔刃。

 普通の生物であれば即死に近いダメージで、防衛機構としてある闇の獣人なら間違いなく消えていただろう。

 

 しかし、

 

「ギャオオオンッ!」

 

 咆哮を上げる闇の巨獣。

 その間にアリサが放った魔刃は力を失って自然に消えてゆき、巨獣は身体に魔刃が刺さっていた事など関係ないかの様にアリサに突っ込んでくる。

 

「ちぃっ!」

 

 タンッ!

 

 単純な闇の巨獣の突撃を大きく跳んで回避するアリサ。

 更に、

 

『Stinger Blade』

 

 キィンッ!

  ズダダダダダダンッ!

 

 今度は側面に先ほどと同じ魔法を撃ち込む。

 

 ズバババババンッ!

 

 今度は攻撃後の隙を突いた事もあり、簡単に全弾命中させることができる。

 だが、やはり、

 

「ギャオオオンッ!」

 

 闇の巨獣はダメージを受けていない。

 確かに刺し貫いたというのに、アリサの魔刃は何ら意味を発揮する事なく消え行くだけだ。

 

(確かに刺さってるんだけど……

 やっぱり一山幾らの防衛機構とは違うってことね)

 

 恐らく、この闇の巨獣は本当に『闇』で構成されているのだ。

 生物でないのは防衛機構も同じだが、闇の巨獣は生物の形をしているだけで、闇そのものでしかない。

 だからいくら魔刃で攻撃し、闇を刺したところで意味はない。

 

(なのはのスターライトブレイカーとかなら有効なんだろうけど……)

 

 闇その物でできているなら、その闇を撃ち払ってしまえばいい。

 広範囲に及ぶエネルギー攻撃ならそれが可能なのだが、あいにくとアリサはそう言う魔法を使えない。

 セレネも『吹き飛ばす』事は可能だろうが、下手をするとそれだけではまた再構築されて元通りになる。

 リンディにならできるだろうが、今結界を維持しているリンディにそんな無茶はさせられない。

 

(となると、後は核になっているジュエルシード本体を封印する事だけか)

 

 この闇の巨獣はジュエルシードが生み出している。

 そして、それはこの闇の巨獣の中に在るのは確かだ。

 しかし、それが何処に在るのかが解らない。

 それに例え1度発見しても、巨獣の内部を自由に移動する事も考えられる。

 

「さて、どうしたものかしらね」

 

 そう呟くアリサだが、その顔は不敵な笑みを浮かべていた。

 負ける気など微塵もないのだ。

 

「ギャオオオンッ!」

 

 アリサの方に首だけ向ける闇の巨獣。

 咆哮の後、大きく口を開き、その中に赤い物が現れる。

 

 ブォォオオオンッ!!

 

 そして噴出される炎。

 何を燃やしているかは解らないが、この闇の巨獣は炎を生成、発射する事まで可能らしい。

 

 タンッ!

 

 広範囲に及ぶ火炎放射の為、また大きく後退するアリサ。

 相手が巨体故とはいえ、先ほどから逃げてばかりな気もする。

 

「じゃあ、今度はこっちから行くわよ!」

 

 キィィンッ!

 

 闇の巨獣を睨み、再び同じ魔法を展開するアリサ。

 無駄な攻撃であるが、しかし無意味ではない攻撃。

 自分の勝利を微塵も疑わない攻勢が始まる。

 

 

 

 一方、その反対側ではセレネと巨大ロボットが戦闘していた。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 ズドォォォォンッ!!

 

 激しい爆音が響く。

 それはシールドを纏った拳と金属の装甲がぶつかる衝突音だ。

 

「ゴォォ……」

 

 爆音が響く程のセレネの拳打。

 しかし、闇のロボットは健在だった。

 直撃を受けた装甲は僅かに凹んではいるが、しかし瞬く間に修復されていく。

 

 装甲の修復が終わると、今度は腕をセレネに向ける。

 拳打では届かぬ距離があるというのに、真っ直ぐに。

 それは―――

 

「ゴォォッ!」

 

 ガキンッ!

   ドゴォォォンッ!

 

 機械音が響いた直後、爆音が響く。

 闇のロボットの腕の間から。

 それは火薬による爆発と、直進の為のバーニアの点火音だ。

 

 ドォォォンッ!

 

 大質量の物体が高速で飛んでくる。

 直撃すれば人間など押しつぶされてしまうだろう。

 だが、

 

 フッ

 

 僅かに動いたセレネ。

 移動距離としてはホンの僅かだった。

 しかし、

 

 ドォォォンッ!

 

 闇のロボットが放ったロケットパンチはセレネの横を通り過ぎた。

 自分よりも巨大な物体が飛んでくるというのに、その軌道を見切り、無駄なく回避したのだ。

 

「元は私がリンディに渡したあの図面の機械兵士でしょうけど。

 欠点は補われているわね」

 

 ロケットパンチの過ぎ去った後、そこにワイヤーはなく、あの腕は完全な無線制御が可能なものになっている。

 それに、パンチの速度自体も上がっている。

 更に、

 

 ドォォンッ!

 

 飛んでいったパンチが戻って来る。

 セレネは更に僅かに動いて回避し、腕が戻るのを見届ける。

 

「まあ、中からジュエルシードを抉り出すしかないか」

 

 面倒そうにそう呟いて敵を見るセレネ。

 硬く、巨大で、強い相手。

 更に高速の自己修復能力まで持つロボットだ。

 だがそれでも、弱音など吐くことはない。

 何故なら、自分のやるべき事はとうの昔から決まっているのだ。

 なら迷う事など何もなく、進むべき道はここにある。

 

 

 

 そんな2人の戦いを見ながらリンディも戦っていた。

 尤も、リンディのそれは完全な防戦だ。

 

「アァァァァッ!」

 

 ズダァァァンッ!!

 

『Photon Shooter』

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 黒い雷を放つ蛇女に対し、リンディは光の魔弾を駆使して相殺する。

 

「アァァァァッ!」

 

 ドゥンッ!

 

『Protection』

 

 キィンッ!

 

 間髪入れずに蛇女は炎を吐く。

 それに対してはバリアを展開して耐え凌ぐ。

 

 戦いが開始して以来、リンディはその場を動かず、蛇女の放つさまざまな砲撃を防いでいた。

 結界を維持するリンディは戦闘することができない。

 防戦だけで精一杯なのだ。

 先ほどから使っている魔法も殆どデバイスの能力に頼りきったもの。

 

 リンディが持つデバイス、月と星を象った銀の杖『ASTT改』通称『アステリア』。

 本来デバイスなど必要としない最高レベルの結界魔導師のリンディが持つのは少し変わったストレージデバイスだ。

 変わっているのは、その機能が仲間との意思疎通に関する魔法に特化されていると言う点。

 今は本来の機能を使用せず、攻撃魔法と防御魔法を処理させている。

 

(隙あらば倒してしまおうと考えていたけど、流石にそんなに甘くないわね)

 

 リンディは防戦を強いられている。

 本来リンディを護る筈の2人が現在他のジュエルシードを相手にしているからだ。

 それも、苦戦している様子。

 

 しかし、それでもリンディは冷静に相手の攻撃を無力化する。

 それではこの相手には勝てない事は百も承知だが、それでいいのだとして。

 

(大した時間は掛からない筈だもの。

 今の2人なら)

 

 リンディは待っている。

 自分を護るといってくれた2人が戻って来るのを。

 自分の信じた者達が、課せられた試練を打ち破れるのを。

 

「だから、貴方はもう少しそこで足踏みしてなさい」

 

「アァァァァッ!」

 

 何かに狂った蛇女が叫び、次の砲撃の準備を始めた。

 だが何が来ようと、リンディはその場を動かず、攻撃をかき消すのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 結界内部 闇の世界

 

「はぁぁぁっ!」

 

 ズダァァァンッ!!

 

 祟り・久遠の攻撃を回避しながら雷を放ち続ける久遠。

 その回数は既に10回を越えている。

 しかし、

 

「オォォォンッ」

 

 バシュンッ!

 

 久遠の雷は祟り・久遠の纏う瘴気に弾かれ四散してしまう。

 同じ攻撃を繰り返してはいるが、全く効果が出ていない。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 流石の久遠も疲れが見え始める。

 今使っている『雷』の連発は初めてだ。

 ある程度調整しているとは言え、力の消費は大きい。

 

 だが、そもそも何故久遠は効果が無い攻撃を続けているのか。

 この相手の防御は、今使っている『雷』の単発では突破できない。

 しかし、今の久遠ならば雷を槍の様にして貫通力を高める事ができ、それならば少なくとも相手の瘴気を突破できると思われる。

 確かに雷槍を放つには長い収束時間が必要で、祟り・久遠の攻撃を回避しながらでは難しいが、それでも―――

 

(もう少しかな……)

 

 周囲を少し見渡しながら考える久遠。

 無駄な攻撃を続けてきた訳ではなく、久遠は何かを狙っている。

 勝つ為の何かを。

 

 だが、相手も黙って攻撃を受け続けている訳ではない。

 

「オオオオオンッ!!」

 

 ズダァンッ!!

 

 爆音にも似た音と共に地を蹴り、久遠に突撃してくる祟り・久遠。

 その速度は今までよりも速く、鋭い。

 

「くっ!

 はぁぁぁっ!」

 

 ズダァァァンッ!!

 

 これは回避が難しいと悟った久遠は先に雷を撃ち込んだ。

 今までどおりならば、それで敵は一瞬怯む筈で、その隙にまた後ろに回り込もうと考えたのだ。

 しかし、

 

「オオオオオンッ!!」

 

 バシュゥンッ!!

 

 祟り・久遠は止まらなかった。

 最早久遠の雷で多少のダメージを受ける事も厭わず、そのまま直進してくる。

 

「―――っ!」

 

 久遠の牽制は完全に意味を成さなかった。

 それにより今までなし得なかったダメージを与える事はできた。

 しかし、逆に今しがた雷を放った久遠には祟り・久遠の突撃を回避する事は不可能となったのだ。

 

 ドッ!

 

「がはっ!」

 

 ついに久遠は祟り・久遠の攻撃を受けてしまった。

 祟り・久遠の鼻先で突き飛ばされる久遠。

 

 ドサッ!

 

「ぐ……」

 

 何とか受身を取ることはできたが、祟り・久遠の突撃のダメージが重く、すぐには立ち上がれない。

 そこへ、

 

 ズドンッ!

 

「が……」

 

 仰向けに倒れていた久遠に落ちてくる超重量。

 祟り・久遠の右前足だ。

 

「グルルル……」

 

 久遠が見上げれば、そこには祟り・久遠の顔がある。

 やっとの事で捉えた獲物を見る祟り・久遠の目が。

 

 嘗て、見る側として在り、多くの人を食い殺してきた久遠が、今過去の自分に食われようとしていた―――

 

 

 

 一方、同じ空間で戦っているアルフもまた苦戦を強いられていた。

 

「……」

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 中距離から放たれる無数の光の槍。

 

「このっ!」

 

 バシュンッ!

 

 それを魔力を込めた拳で弾き、掻き消し、受け流す。

 全ての攻撃を掻い潜り、リニスへと一歩一歩近づく。

 

「はぁっ!」

 

 ブォンッ!

 

 そして、拳を振るうが、

 

 フッ!

 

 次の瞬間にはそこにリニスの姿はない。

 ブリッツアクションで逃げたのだ。

 

「……」

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 そしてまた別の場所からフォトンランサーを放ってくる。

 

「くっ!」

 

 先ほどからそんな事の繰り返しだった。

 最初の方こそ接近を許したリニスだが、最早ブリッツアクションを距離をとる事だけの使用に限定し、中距離からの射撃を続けているのだ。

 それに対し、攻撃魔法らしい攻撃魔法を持たないアルフでは攻撃を掻い潜って接近戦に持ち込むしかない。

 だが、ある程度近づけばリニスにはブリッツアクションがある。

 手が届かない位置でブリッツアクションに入られてはアルフにはどうする事も出来ない。

 

「さっきから単調な!

 それでもリニスの偽物かよ」

 

 そんな繰り返しで流石に非難の声を上げるアルフ。

 尤も、そんな事を聞き入れる相手とは思っていないし、そもそも、こんな単調な攻撃を続ける気など相手にも無い事は解っている。

 

(さっきから何かを狙ってるね。

 魔力も徐々に溜めてるし、恐らくは―――)

 

 リニスは、アルフが追いつけないのをいい事に着々と大きな魔法の準備をしている。

 アルフを倒す何かを。

 

(さって、私はどうしたものかね)

 

 それに対し、アルフが現在できる事はその準備を遅らせる事くらいだろう。

 

 しかしながら、アルフはこの戦いが始まってから魔力を込めた拳とシールドしか使っていない。

 チェーンバインドやリングバインドなどの魔法を使っていないのだ。

 使うタイミングが無かったかもしれないが、それでもアルフは殆ど魔力を使わずに戦っている。

 だがそれは、相手の魔力切れを狙っているものではない。

 そもそもこの相手に魔力切れなどというものがあるのかも怪しいのだから。

 

 その行為は主人であるフェイトへの負荷を軽減させる為のものというのもあるだろう。

 使い魔であるアルフはフェイトからの魔力供給を受けながら戦っていて、アルフが魔法を使えばフェイトの魔力がなくなる。

 今フェイトがどの様な戦いをしているかはアルフでも知る事はできぬが、少なくともまだこの先で大きな戦いが待っている。

 だから、魔力は節約できるに越した事はないだろう。

 しかし、それはこの戦いを越えられる事が前提だ。

 

「そうだ、リニス。

 あんたに言っておきたい事があった」

 

 そこで、アルフはまた言葉を紡ぐ。

 偽物相手では意味を成さない独り言でしかない言葉の続きを。

 

「何で、アリシアが事故に巻き込まれた時、傍に居た私に対して何も言わなかったんだ?

 まあ、大体解ってるけどさ」

 

 アルフはアリシアを守れなかった事を責められなかった。

 ジュエルシードと、自分の命まで使って生き返らせようとしたプレシアにすらだ。

 それどころか、アリシアが瀕死になって消えかけたいたところを助けてもらった今こうして存在できている。

 それは―――

 

 スッ

 

 と、その言葉が終わった所で、リニスが姿を現した。

 

「そこかっ!」

 

 ダンッ!

 

 その姿を確認したアルフは、今度こそ捉えんと跳ぶ。

 しかし、

 

 ガキィンッ!

 

 飛び出したアルフは空中で突如リングに身を拘束される。

 両腕と両足に一つずつ、電気で出来ている様に電光を発するリングだ。

 それは、

 

「ライトニングバインド! てことは―――」

 

 ライトニングバインド。

 それはフェイトも使う拘束魔法の一種で、雷系の魔法の威力を高めるという追加効果がある。

 そして、フェイトがこのバインドを使う時に放つのは―――

 

「……」

 

 ォウンッ……

 

 上空のリニスの周囲に展開される38基のフォトンスフィア。

 その魔法はフォトンランサー・ファランクスシフト。

 なのはとの戦いでは使わなかったが、ライトニングバインドはフェイトにとって殆どこの魔法の為だけの拘束魔法だ。

 相手を拘束すると同時に、威力を高め、魔力を使い切ってしまう代わりに必ず相手を倒す為に。

 しかし、フォトンランサー・ファランクスシフトは、本来フェイトがインテリジェントデバイス・バルディッシュあってやっと実現できる魔法の筈だ。

 それをデバイス無しで実現するのは、一体どういう反則かとも思うが、今はそれどころではない。

 

「これは……やばいか」

 

 拘束はそう簡単には解けない。

 元々準備に時間の掛かるフォトンランサー・ファランクスシフトの為の拘束であり、その拘束力は強力だ。

 そして、ライトニングバインドで威力が上乗せされたフォトンランサー・ファランクスシフトは、直撃すれば大凡どんな相手でも撃沈すると言われる程の威力。

 それも確実に物理破壊に設定されているとなれば、人間の肉体は原型すら留めないだろう。

 

「……」

 

 ズダダダダダダダダダダンッ!!

 

 無情に放たれる1064発のフォトンランサー。

 死へと誘う光の雨の下、アルフは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、なのはは父の部屋に居た。

 母は今お風呂に行っていて、戻ってきたら今日は親子3人で寝る予定だ。

 

「ん〜……」

 

 その中、なのはは1人悩んでいた。

 忘れている事が思い出せないのだ。

 

「どうしたんだ? なのは」

 

「うん……おとーさんとお話しようとしていた事が沢山あった筈なんだけど。

 上手く思い出せないの」

 

「ふむ、まあ、ゆっくり思い出すといいさ。

 時間は沢山あるからな」

 

「うん……」

 

 そう答えるなのはであるが、今すぐに思い出したかった。

 父とこうして2人で話せる機会など滅多にあるものではないのだから。

 

「ねえ、おとーさんは昔ボディーガードの仕事をしてたんだよね?」

 

「ああ。

 父さんは今美由希にも教えている御神流っていう剣術を使えてな。

 その力を使って仕事をしてた。

 それに、護りたい人もいたからな」

 

 父士郎が護りたいと言う人。

 その1人はフィアッセ・クリステラの父、アルバート・クリステラ。

 イギリス上院議員である人で、士郎の親友だ。

 なのはにはとても理解できない事だが、医療革命に力を入れている為に命を狙われる事がある。

 その為、父士郎は度々アルバート・クリステラの護衛をしていた。

 

「でも、その仕事は止めちゃったんだよね?」

 

「ああ、最後の仕事で怪我をしたしな。

 それに、桃子とも結婚して、なのはも生まれた頃だった」

 

 その頃の事ならばなのはも少しだけ知っている。

 まだ父と母は結婚してそう間もなく、姉達も幼かった頃だ。

 更に、その当時は丁度翠屋が開店した頃でもあり、非常に多忙だった。

 そこに父が怪我をして帰ってきて、でも家族全員で協力してなんとか乗り切ったのだ。 

 

「怪我は仕方ないけど。

 でもおとーさん、わたしが生まれる前、おかーさんと結婚するよりも前におねーちゃんが居たよね?

 その時は仕事続けてたんでしょう?」

 

 なのはの姉、高町 美由希はなのはとは姉妹ではなく、従姉妹だ。

 姉美由希の本来の名前は御神 美由希であり、父士郎の妹の娘である。

 なのはと美由希の違いはそれくらいだとなのはは思っている。

 例え複雑な事情はあれ、自分と姉は同じ士郎と桃子の娘であると。

 でも、父にとっては、そこには何か違いがあったかと、そう言う問いだ。

 

「ん? あれ? おまえ美由希の複雑な事情知ってたっけ?」

 

「もー、おとーさん、わたしだってそれくらい知ってるよ」

 

「そーかそーか、うん、すまん」

 

 どうやら父はまだ幼いなのはには伏せてあった筈の事だと思っていたらしい。

 尤も、なのはもちゃんと教えてもらったことは無いが、もう9年も家族をやっているのだ。

 それくらい気付かない訳が無い。

 

「あー、うん。

 別に美由希の事をなのはと違って娘と思っていない訳じゃないんだ。

 美由希もちゃんと俺の娘だよ。

 けど、まだあの頃は美由希の母親から預かっているっていう気持ちがあったんだろうな。

 いつかは必ず返す……いや、美沙斗の方から返却を求めてくる。

 そうあって欲しいと」

 

「そうなんだ……」

 

 姉と姉の本当の母親については、なのはもぼんやりとしか知らない。

 こればかりは父と父の妹―――その一族だけの深い問題なのだ。

 今のなのはではとても入り込めない深い深い闇の中にある過去の出来事に因るもの。

 

 ただ、父の目を見れば、それでもまだ光は失っていないのだと解る。

 少なくとも父は希望を持っているのだと。

 

「っと、その話はちょっとまだかんべんな。

 まあ兎も角だ、俺は桃子と結婚して、お前が生まれる事になって、やっと家族って何かを理解したんだと思う。

 それで、危険な仕事に行くのを止めた。

 死ぬのは最初から怖かったし、嫌だったが、『帰れない』かもしれないっていうのはやっぱり別格だったよ。

 帰る場所と、待っててくれる人ができて、そう思った。

 それに、ずっと傍に居てやりたかったしな」

 

「そうなんだ……」

 

 なのはでは完全に理解しきれぬ話。

 そうだろうと父も思っているかもしれないが、可能な限り伝えようとしてくれる。

 なのははそれを受け、今ある知識と経験の中で出来る限り受け止めて、その言葉を心に刻む。

 いつか、本当に理解できるその時まで。

 

「でもおとーさん。

 おとーさんが護りたいって思ってた人達がまた危なくなったら、おとーさんはどうするの?」

 

 だが、続けてなのはは問う。

 怪我で最早戦う力は殆ど失われた事を知った上で。

 それでも、嘗て命を掛けた仕事であり、自らの意思でそうしてきた道はどうしたのかと。

 全て捨ててしまったのかと。

 

「俺は怪我でもう昔みたいには戦えないだろうし、そもそも俺1人が居たからと言って絶対安全な訳でもない。

 それに、アル達も大体落ち着いてきているからな……」

 

 遠くを見る父。

 マシにはなった、というだけで、今も尚命を狙われる親友の事を想っているのだろう。 

 そうして父は続けた。

 

「けど、本当にまたアル達が危なくなったのなら。

 もし俺の力が必要になったと言うのなら、俺は行くよ」

 

 父の目つきが変わる。

 鋭いものに。

 今まで見た事の無い、父の戦う人としての目つきなのかもしれない。

 

 だが、その目つきもほんの僅かな時間だった。

 

「だけど、必ず戻って来る。

 俺の護りたいものは、ここにもあるからな」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、なのはの頭を撫でる士郎。

 先ほどの鋭い目つきとはまるで別人で。

 しかし、全く同じ暖かさを秘めた目で、なのはを見てくれる。

 

「俺はずっとここにいるし。

 出かけても必ず帰ってくる。

 だから、安心しろ」

 

「うん」

 

 穏やかで、平和な時間。

 きっとこの上なく幸せな時間。

 なのはは大きくて暖かい、父の腕に抱かれ、ただ安らかに身を委ねた―――

 

 

 

 

 

 昼下がりの草原。

 殆ど自然そのままの広大な庭にアリシアはいた。

 アルフは丘の先にある小川で水と戯れている。

 アリシアが居るのは丘の上。

 ここには大きな木があって、その下にはテーブルと椅子が用意され、今母プレシアと一緒に座っている。

 リニスは今頃お茶の準備をしているだろう。

 

 穏やかな日差しがこぼれる木陰で、のんびりと過ごす午後の時間。

 

「今日もいい天気だね」

 

「そうね」

 

 他愛も無い会話をしながら過ごす母娘。

 ここは楽園とすら言える穏やかな自然の中。

 俗世から遠くはなれた人界のオアシスだ。

 母と娘と、それぞれの使い魔しかいないこの世界は平和で、どこまでも穏やかで暖かい。

 唯一の欠点と言えば、まだ完全な自給自足ができず、たまに街まで物資補給に出なければならない点くらいだろう。

 

「そう言えば母さんは最近何の研究をしているの?」

 

 アリシアは母に尋ねる。

 昔からそうだが、母は研究所に篭る事が多い。

 元々研究者として名を馳せた人で、人は大魔導師と呼ぶ人物だ。

 昔は国から広大な研究施設を与えられ、多くの新技術を確立した人。

 そして、今でも細々とではあるが、研究を続け、何かを作ろうとしている。

 

 だが、それでも食事の時にはちゃんと研究室から出てくるし、娘の相手も欠かさない。

 母が研究をしているからといっても、娘は寂しいと思ったことはない。

 ただ、母が何をしようとしているのかが気になっただけだ。

 

「今は使い魔のシステムについての研究よ。

 もう少し形になったら見せてあげるから、待っててね」

 

「うん」

 

 穏やかな笑みで答える母と、そんな母の答えに満足するアリシア。 

 また少し沈黙が続く。

 だが、そこには鳥の鳴き声や小川のせせらぎが聞こえる。

 会話はなくとも、暖かくて、穏やかな時間。

 

「ねえ母さん、『友達』ってどういうもの?」

 

 その中、少し唐突にアリシアは母にそんな事を尋ねた。

 別に他意はなく、知識として知っている単語の意味を尋ねる。

 なぜ突然そんな事を思ったのかは、アリシア本人にも良く解らない。

 ただ、急に母に聞いてみたくなったのだ。

 

「そうね……私とリニス、貴方とアルフから『使い魔』と『主人』という要素を外したもの、と言うと解るかしら。

 尤も、その要素があっても『友達』と言えるでしょうけど」

 

「うん、なんとなく。

 ところで、母さんには『友達』っているの?」

 

 重ねて問う。

 勿論、リニスを除いた上で他にいるか、と言う意味だ。

 今の説明に於いて、リニスやアルフと言った使い魔は普通『友達』ではないという意味から派生した問いだ。

 

「そうね……

 居たのかもしれないし、居なかったのかもしれないわね」

 

 そんな娘の問いにプレシアはずいぶんと曖昧な答え方をする。

 何処か遠くをみながら、静かに。

 

「聞いちゃいけない事だった?」

 

「いいえ。

 これは母親としての義務ですもの。

 こんなところに住む事を選んだ私の、娘に対しての」

 

 暫しの沈黙。

 そして、遠くを見ていたプレシアは娘へと視線を戻して続ける。

 

「貴方が生まれる前は、本当に色々な事があったわ。

 研究者として成功していたからそれはもう多忙で。

 でもそんな中、あの人と出会って、結婚して……

 そうね、確か友達と言える人は居た筈だわ、その当時は。

 でも、今こうして思い出しても、顔も名前も曖昧にしか思い出せない。

 どういう付き合いをしていたのかもほとんど覚えていない。

 だから、その時は友達だと思ってただけで、実は友達なんて1人もいなかったのかもしれないわね」

 

「1人も?」

 

「ええ。

 『友達』になるというのは始めるのは簡単で、でも本当の意味で『友達』になるのは難しい事なのよ。

 それこそ、互いに名前を知っていれば友達と言えるかもしれないけど、それだけだと簡単な事で壊れてしまうから」

 

 あくまで穏やかに告げる母プレシア。

 娘に自分が過去に得た大切な情報を伝える。

 その大切な情報を得る為に齎された嫌な事は、娘には降りかからない様にと。

 

「難しいんだ」

 

「そうよ。

 でも難しく考える必要はないの。

 肩肘を張って付き合っていたら、友達とは言えないもの。

 難しい事だけど、難しくは考えずに自然でいられる事。

 それが大切なの」

 

「なんだか難しいな……」

 

「そうね」

 

 穏やかに微笑むプレシア。

 まだ理解はできないであろう娘が悩む姿を見ながら、娘が安心できる様にと笑みを浮かべる。

 

「もし、私が友達を連れてきたら、母さんはどうする?」

 

 そこに、また唐突にアリシアは問いを重ねた。

 ろくに外に出ない、同年代の子供と話した事すらないだろうアリシアがだ。

 

「そうね……私はもう久しく他者を信用していないから、最初はどうしても警戒してしまうでしょうね。

 もしかしたら、貴方から遠ざけようとしてしまうかもしれないわ」

 

 娘の突然の問に、母は少し考え、そして答える。

 だが、そう答えながらも、言葉を続けた。

 

「でも、貴方は本当にその子を友達だと思うなら、その子を信じてあげなさい。

 私にはできないかもしれないけれど、貴方になら本当に友達を得る事が出来るかもしれないから」

 

「うん」

 

 母の言葉に安心して微笑むアリシア。

 その言葉の意味の全てを理解できた訳ではないが、それはこれから理解してゆくものなのだと感じられたから。

 

「母さん、ありがとう」

 

「いいのよ、アリシア。

 私はいつでもここにいるから。

 だから、貴方は何も心配しなくていいわ」

 

「うん……」

 

 穏やかな風が流れる。

 この平和な楽園の中に。

 穏やかで暖かくて、心地よい風が―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガィンッ!

    キィンッ

 

 闇の世界で、幾度と無く繰り返される剣戟。

 

「ふっ!」

 

「……」

 

 ヒュォンッ!

   ガキィンッ!

 

 右の小太刀で袈裟懸けに斬りつける恭也。

 だが、それは士郎の左の小太刀で止められる。

 

「てぇっ!」

 

  ヒュッ!

 

 そこに左で突きを入れる。

 心臓を狙った突きだ。

 だが、

 

 フッ!

 

 士郎は恭也の右の小太刀を受けながら、身体をそらして刺突を回避する。

 更に、

 

 ブンッ!

 

 同時に蹴りが放たれた。

 斬撃を止めながら、それも恭也は押していながら微動だにしないという状態で、回避から蹴りという連続行動。

 まるで魔術の様な巧みな体重移動が成せる業だ。

 

「くっ!」

 

 ザッ!

 

 受けられない恭也は後退するしかない。

 止められている小太刀で逆に自分を弾く様にして下がる。

 しかし、

 

「……」

 

 ヒュッ!

 

 後方に跳んだ筈なのに直ぐ目の前に斬撃が来ていた。

 どうやら蹴りはフェイントだったらしい。

 

「ちぃっ!」

 

 ガキィンッ!

   ヒュォンッ!

 

 二連斬撃を受けつつ更に大きく後退する恭也。

 完全に互いに射程外になる位置まで下がり、体勢を立て直す。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 息が上がりかけている恭也。

 それに耐刃加工も施されている恭也の戦闘服は既にボロボロだった。

 だが、斬撃はなんとか肉に至るまでには回避、防御している為、多少の出血はあってもまだ戦闘に支障はない。

 

「……」

 

 対し、士郎は息も乱さず、戦闘服もまだ無傷に近い。

 しかし、悠然と立つその姿に隙も油断もない。

 

 これが現実。

 恭也と士郎の差。

 2人の技術の間には絶望的と言う程の差はないだろう。

 恭也とて、既に多くの実戦を経験し、生き延びてきている。

 このジュエルシードとの戦いもそうだ。

 本来は経験しえない戦いを経験し、恭也は成長した筈だ。

 その為、2人の間にある技術の差は僅かなものと言えるかもしれない。

 

 だが、その僅かな差でも、全く同じ流派、全く同じ小太刀、全く同じ戦い方をする2人ならば時間を追う毎に、確かな形となって現れる。

 

(やはり……強い)

 

 恭也は、士郎と互いに本気の戦闘をした事はない。

 僅かに見ることができた、本気で戦う姿と、修行時の記憶から考えて強さを測ってはいた。

 しかし、やはりこうして直接戦って、そのイメージが明確なものとなって現れて、実感する。

 まだ、自分は父に追いついていないのだと。

 

(だが―――)

 

 身体的な問題もある上、技術力でも負けている。

 そんな相手ではあるが、勝たなければならない。

 

 しかし、どうやって?

 正攻法ではジリ貧となって恭也が負けるだろう。

 士郎程の達人であり、ジュエルシードが作り出した偽物となれば、隙など期待できない。

 それをどうやって勝とうというのか。

 

 ただ―――

 唯一つ。

 本物にあって偽者に無いもの。

 それを持って偽物の士郎にはできず、本物の恭也にはできるかもしれない業。

 それならば、あるいは―――

 

 尤も、『それ』をどうやってこの勝負に絡ませようというのか。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 息を整え、恭也は再び士郎へと斬りかかる。

 どの道この状況で『それ』に至るには奇跡に等しいものが必要だ。

 ならば今できる事、『それ』に至るまでの道を少しでも縮める為、もう1つ本物にしかないものを積み上げよう。

 そう、偽物には在り得ない『成長』を持って、今この時に出来る限り士郎に近づこう。

 

 激戦の中での成長。

 たまにある事だ。

 特に成長途上の者ならば、『覚醒』と表現できるほどの成長を遂げる事がありえる。

 成長途上の者、つまりは恭也がまだ強くなれるというならば―――

 

 ヒュッ!

 

 恭也の右の小太刀が走る。

 狙いは士郎の右首筋。

 しかし、士郎も動いている。

 

「……」

 

 ガキンッ!

    ザッ!

 

 士郎は右の小太刀で恭也の小太刀を受けながら、恭也の右側へと回り込もうとする。

 

 ヒュォンッ!

 

 そうはさせまいと恭也は身体を捻りつつ、右手の上を通して左の小太刀で士郎の頭を狙った。

 そこに士郎の左手も動いていた。

 恭也はこちらの小太刀を弾くものと思った。

 だが、

 

 ドッ!

 

 士郎の拳がクロスカウンターの様に恭也の顔面、仮面に入る。

 士郎は小太刀を囮にする様に、回避行動をとりつつ、小太刀を握った拳で拳打を放ってきたのだ。

 

「ぐっ……」

 

 拳打が入ったのは仮面だ。

 恭也にダメージは無かった。

 しかし、一瞬動きが止まってしまう。

 

 その一瞬だった。

 

 チィンッ!

 

 金属音がしたのを恭也は聞いた。

 その音は納刀の音だと解る。

 次の瞬間、士郎の右の小太刀が納刀され、左手は小太刀を持ったまま納刀された右の小太刀の鞘を持っているのを見る。

 それは抜刀の体勢だ。

 

「―――っ!」

 

 ドクンッ!

 

御神流 奥義之歩法

神速

 

 それを見た直後、反射と言えるレベルの速度で恭也は神速に入っていた。

 右目は白黒の世界に、左目は変わらず影だけを捉える状態となる。

 その神速状態で恭也は後退する。

 しかし、それでも、

 

(間に合わんっ!)

 

 士郎もとうに神速に入っている。

 このタイミング、状態では防御の為に小太刀を構える事も、完全回避もできない。

 同じ神速内、その上で放たれるのは恭也も士郎も得意とする、御神流斬式の中でも高速にして長射程を誇る抜刀術。

 

小太刀二刀 御神流

虎切

 

 キィンッ!

 

 抜刀の音だけが響いた。

 そして、それに遅れて、

 

 ザシュッ!

 

 肉が裂け、血が噴き出す音がする。

 

 カラン…… 

 

 その後、地面に硬い物が落ちた音がする。

 それは2つに割れた恭也の仮面だ。

 

「ぐ……」

 

 ダンッ!

 

 恭也は大きく下がり、傷を押さえた。

 斬られたのは顔の右側。

 丁度右目の辺りだ。

 仮面があったおかげか、皮一枚で止まり、眼球までは斬れていないが、しかし、少なくともこの戦闘では右目を開く事はできない。

 

 今の一撃で恭也が斬られたのは右目。

 しかし、奪われたのは視界だけではない。

 

 ―――時間だ。

 

「おおおっ!」

 

 チィンッ!

 

 恭也は両の小太刀を納刀した。

 そして抜刀術の体勢に入る。

 己が最も信頼する奥義、薙旋を放つ為に。

 

 恭也は現在左目の視力を失いかけている。

 神速を使った影響か、それが最早1秒毎に閉じていく程の高速で。

 右目は使えず、左目も完全に閉じれば勝機はあるまい。

 そう、最早成長する時間すら許されないのだ。

 だから、恭也はこの一撃に賭ける。

 

 チィンッ!

 

 対し、士郎も両の小太刀を納刀した。

 士郎も薙旋を撃とうとしているのだ。

 

 恭也の方が不利分が多い中、同じ奥義でぶつかり合う事になる。

 そうなれば…………

 しかし、それでも恭也は―――

 

「おおおおおっ!!」

 

 ドクンッ! 

 

御神流 奥義之歩法

神速

 

 神速の領域に入る。

 

 ギギギ……

 

 その時、幻聴がした。

 まるで扉が閉まっていく様な音。

 左目の悲鳴だったのか、もう真正面しか映していない中、更に狭まって閉じようとしている。

 

 だが、この一撃を放つ間、敵が、士郎さえ映っていれば良いと、恭也は構う事はなかった。

 

 ダンッ!

 

 両者が同時に地を蹴った。

 神速の中での踏み込み。

 闇で構成されている筈のこの世界の地面ですら凹み、超高速の2人が向かい合う事で、闇の空気すら悲鳴を上げる。

 そして、両者が撃ち合うのは、両者が最も信頼する業。

 

小太刀二刀 御神流・裏

奥義之陸

 

 それは、抜刀から始まる四連撃―――

 

 ガギンッ!

 

 互いの一撃目と二撃目が衝突する。

 が―――それは小太刀同士の衝突音ではなかった。

 

 ギギギ……

 

 鞘だ。

 恭也はまだ納刀されたままの、鞘で士郎の一撃目と二撃目を止めた。

 それは嘗てジュエルシード[が作り出した『理想の恭也』と戦った時に使った奇襲。

 同じ御神流を使うからこそ、同じ戦い方をするからこそ有効な奇策だ。

 

 ドクンッ!

 

 更に、恭也は神速の二段掛けを行った。

 左目は神速二段掛け状態の中で更に加速して閉じてゆく。

 しかし、それでも構わない。

 これで今の恭也の限界、最大だ。

 『理想の恭也』の時にはなかった二段掛け状態からの薙旋。

 これならば―――

 

 キンッ!

 

(……え)

 

 ここからまた薙旋を放とうとした恭也。

 だがその時、閉じかけた視界の中、士郎が動いているのが見える。

 それは―――

 

小太刀二刀 御神流・裏

奥義之陸 薙旋

 

 ヒュォンッ!

 

 四つの風が流れた。

 その後で解る。

 他でもない、恭也は自身の触覚で、右首筋、左腕、右脇、左胸。

 その4箇所が斬られたのだと。

 

 士郎は薙旋を放った。

 鞘で抜刀した小太刀を止められた状態から。

 いや、驚く事ではないかもしれない。

 そもそも、恭也がこの奇襲を成功させたのは『理想の恭也』だ。

 逆に言えば、所詮は『理想の状態』の『恭也』でしかない。

 つまりは、恭也は例え理想の状態であっても士郎には勝てていないのだ。

 

 そして、恭也より上を行く士郎ならば、恭也ではあくまで鞘に納まった状態からでなければ放てない薙旋を、鞘で抜刀された小太刀を止められた状態からでも撃てる。

 そもそも、本来抜刀から始まる薙旋を恭也は抜刀せずに奇襲として鞘ごと小太刀を振るっている。

 一応その身全てを鞘とし、抜刀術と同等に振るってはいても、士郎の抜刀術より遅かったのだ。

 その遅さもあって、恭也の2度目の薙旋は、士郎の薙旋より遅れたのだ。

 

 その結果が―――

 

 ギィィ……ガキンッ!

 

 最後に、父の本物の薙旋を見て、まるで鉄扉が閉まる様な幻聴と共に、左目は完全に光を失った。

 

 ガッ!

   ドサッ!

 

 恭也は倒れる。

 鞘に納まった八景を持ったまま、前のめりに。

 

 それから、この黒しかなかった世界に色が追加された。

 それは『赤』という色で、倒れた恭也の周りに広がってゆく。

 静かに……

 いや、静かになってゆく命の音と共に―――

 

 

 

 

 

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