高町家 台所

 

 寝る前、飲み物でもと台所に立ち寄った桃子。

 だが、そこではレンと晶がなにやら作業をしていた。

 

「あら、何してるの?」

 

 今の時間は日付も変わろうとする深夜。

 明日は休日とは言えもう寝る時間であろう。

 それなのに台所で何をしているのか。

 

「あ、桃子さん。

 ちょっと明日の仕込みを」

 

「明日にはお師匠も帰ってくるらしいんで」

 

 どうやら2人がしているのは料理の仕込みらしい。

 それも明日の夕食分だろう。

 今から準備が必要なものをわざわざ作るつもりなのだ。

 

「そうね。

 なのはに関しても明日には落ち着くって言ってたし」

 

 連絡があったのだ、恭也から。

 今夜あたりで、なのはと共に関わっている事が終わる予定だと。

 全てが元に戻る事はないが、落ち着く筈だと。

 

「何か手伝う事ある?」

 

「え? でも桃子さん明日も早いんじゃ?」

 

「いいのよー、少しくらいなら。

 私だってまだ若いんだから」

 

「あ、そんなら、こっちお願いします」

 

「はーい」

 

 暫し3人で料理の準備をする。

 明日、帰ってくる人たちの為に。

 

 

 

 

 

 高町家 道場

 

 深夜の道場。

 明かりもついていないその場所に美由希が1人正座で座っていた。

 

「……」

 

 目を瞑り、静かに周囲の変化に感覚を尖らせる。

 それは瞑想とは全く逆の行為といっていいだろう。

 

 美由希は普段道場で着ている運動着ではなく、戦闘用の衣服を着用している。

 飛針や鋼糸が仕込まれた、しかし普通の服にしか見えない服だ。

 そして、すぐ脇に愛刀を置き、完全に臨戦態勢といえる状態である。

 

「……」

 

 そんな状態でここに居るのは恭也から『一応』という前置きを着けて『警戒しておいてくれ』と言われたからだ。

 だからこうして、家族にも知られることなく、1人周囲に異変が無いかを探り続けている。

 

 美由希は、今夜なのはを始めとし、さざなみ寮の住人を含み数名の者が出撃しているのだと知っている。

 そんな中、美由希は呼ばれる事もなく、『一応』などという警戒にあたっている。

 だが、それに対して文句はない。

 そもそも美由希の戦いは、『理不尽な暴力』から護りたいと思う人達を守る事なのだから。

 だから美由希はこの日、ここに居る事が正しい。

 

「……」

 

 兄は『一応、警戒しておいてくれ』と言ってきた。

 わざわざ連絡をよこしてきたのだ。

 その言い方からすれば、この高町家が何かに巻き込まれる確率は極めて低いと取れる。

 だがそれでも連絡をよこし、警戒を呼びかけた。

 ならば、美由希が臨戦態勢をとるのに十分な理由で、家族を護る為ならば、一晩無駄になる事など気にも留める事はない。

 

 美由希はただ1人、静かに道場で夜を過ごす。

 もしも、などという事が起こらない様にする為に。

 

 

 

 

 

 月村家 地下工房

 

 深夜の地下工房。

 本来この空間には忍とノエルかファリンしか居ない筈だが、今日はすずかの姿があった。

 それも作業服姿でだ。

 

「はい、動かしてみて」

 

「ん〜……はい、問題ありません」

 

 すずかに言われて指を動かすファリン。

 その指はスムーズに動き、人間のそれと全く見分けがつかない。

 それに、袖をまくって見えている腕も、本来ある筈の人工皮膚の継ぎ目が全く見えない。

 それは本来忍が整備しているからこそ成し得るものだが、

 

「うん、合格。

 もう単純な部品交換くらいなら任せられるわね」

 

 姉忍は笑みを浮かべながら告げる。

 今回、基礎学習の終わったすずかが、ファリンの腕の部品を交換したのだ。

 教える方も教わる方も初めての経験だったが、綺麗に形になっている。

 

「本当?」

 

「ええ。

 時間制限でも無い限りは、問題ない作業だったわ。

 これからも何度かは私が見るけど、これならファリンの整備を全て任せる日もそう遠くないわね〜」

 

「はい。

 わずかな日数でもう部品交換という作業まで可能とするなど。

 私も主人に恵まれて幸せです」

 

「もう、ファリン……

 お姉ちゃん、私、もっとがんばるね」

 

「ええ」

 

 喜び合う忍とすずかとファリン。

 だが、その中には何故かノエルが居ない。

 この地下工房の中、この家の住人でノエルの姿だけが無かった。

 

「あれ? そう言えばノエルさんは?」

 

 すずかがそれに気付き姉に問う。

 今日は初めての部品交換作業という事で今まで気がつかなかった。

 別に居なければいけないと言う訳ではないが、いても良さそうなものなのに。

 

「ノエルお姉さまならお庭にいらっしゃいましたよ」

 

「今日は昼間に充電、まあ昼寝してたから、今晩中は外に居るんじゃないかしら」

 

 ファリンが居場所を、忍がその行動の予測を述べる。

 確かにノエルは本日仕事を早く終わらせて昼間に一度充電をしている。

 そんな時間に充電をするということは普段充電する時間帯、夜に充電する事が出来ないからだろう。

 

「え? どうしてですか?」

 

「ん〜、恭也から連絡があってからその準備をしてたみたいだから。

 まあ、何かあるんじゃないかしら。

 多分、ここには何もないけど、一応警戒しておく様な事が」

 

 忍も詳しい話は聞いてない。

 それどころか、連絡があったのはノエルに直接で、本当に連絡があった、という事しか知らないのだ。

 ノエルも忍に何も告げていない。

 それは秘密なのではなく、言う必要が無いと言う事なのだろう。

 

「なにがあるんだろう?」

 

「まあ、大丈夫でしょう、恭也なら。

 わざわざ連絡はしてきてるけど、何も言ってこないから。

 明日には帰ってくるわよ」

 

「そんなものなの?」

 

「ええ」

 

 何の根拠もない筈なのに、忍はそう言い切る。

 全く揺ぎ無い瞳で。

 ここに『帰って』来ると。

 

「そうだね」

 

 そんな姉を見て微笑むすずか。

 自然に出た笑み。

 自分も共感できる事としての笑みだ。

 そして、すずかは言葉を続けた。

 

「あのね、今度なのはちゃんに夜の一族の事を話そうと思うの」

 

 それは決意の告白。

 一族に関わる事で、連絡が必要な事でもあるが、しかし自身との決着が着いてこそできる行為の話。

 

「そう」

 

 その告白を、忍は静かに受け取る。

 少し、過去を思い出しながら。

 それから、

 

「がんばりなさい」

 

「うん」

 

 初めはなのはに自分の事を知られるのを恐れていたすずかが、今は笑みを持って返事をする。

 ずっと迷ってきた事を晴らし、先へ進もうとしている。

 前回会った時に最後に、当たり前の様に交わした再会の約束。

 それが果たされた時は、2人の関係に変化が起きる事は間違いない。

 

 

 

 

 

 その頃 月村家 庭

 

「……」

 

 ノエルは1人庭に立っていた。

 メイド服のままであるが、しかしそれは戦闘用のメイド服だ。

 スカートの中には予備弾薬を初めとする装備が仕込まれ、腕にもブレードが装着され、顔には夜間戦闘用のバイザーを着けている。

 更に、周囲の木々や芝生の影、果ては地面の中には忍特製のノエル用装備が多数隠されている。

 半分は忍の趣味で元々隠されているものであるが、今はその安全装置も解除されている。

 

 尚、忍特製であるが、ちゃんと恭也との共同テストで、どれも安全に使用可能である事は実証済みである。

 

「……」

 

 そんな密かで完璧な迎撃体勢をとりながら、静かに空の月を見上げるノエル。

 ノエルは機械故、『飽きる』とか『退屈』とかを感じることはない。

 しかし、今は本来やるべきこと以外の思考が混じっていた。

 

(明日は昼前に一度充電が必要ですね)

 

 戦闘の準備をし、迎撃体勢をとっておきながら、考えているのは明日の日常の事。

 しかし、防衛を疎かにしている訳ではない。

 それは、万が一とはいえ発生し得る防衛戦の後、ちゃんと護った対象が存在している事が前提の思考であり、防衛する事と同じ様に必要な事だ。

 そもそも戦うから、日常を、平和な日々を完全に捨て去る訳ではないのだから。

 

(明日は恭也様が今夜に行われる何らかの作業の後始末をしていると推測されます。

 そのため、夜間にここへ補給に立ち寄る可能性があります。

 何を用意しましょうか……) 

 

 平和の中の日常を思い、考え、悩むノエル。

 そうして、平和な中で自分がやるべき事があるのだと再認識し、だからこそ何があろうとここを護ろうと同時に考えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 フィアッセ、アイリーンのアパート リビング

 

「ふんふ〜ん♪」

 

 深夜のリビング。

 そのソファーに寝そべりながら、アイリーンは鼻歌交じりにファッション雑誌を眺めていた。

 

「何やってるの?」

 

 そこへやってくるフィアッセ。

 行儀が悪いのはもう言い飽きる程言っているので、とりあえず今は言わない。

 

「見ての通りよ〜」

 

 フィアッセの問いに、振り向く事もなく、簡単に答えるアイリーン。

 確かに見ての通り、やっている事はファッション雑誌を見ている、となるだろう。

 だが、少し様子がおかしい。

 確かにファッション雑誌を読むのは楽しい事ではあるが、それ以外の何かがある様に見える。

 

「妙に楽しそうだけど」

 

 少し気分が違っていれば尋ねたりはしなかったかもしれない。

 だが何故か、フィアッセはわざわざ問いただした。

 何故か、聞かなければいけない気がして。

 

「そりゃ〜、恭也に買ってもらう服を考えてるからね〜。

 楽しいわよ〜」

 

 それに対し、アイリーンは正直に答える。

 本来言うべき様な事ではない気もするが、より事態を楽しくする為に敢えてだ。

 

「なっ!? なんで恭也に服買ってもらうの?!」

 

「さ〜、なんででしょ〜」

 

 驚いて更に問い詰めるフィアッセと、そこでわざわざ振り向いて邪な笑みを浮かべるアイリーン。

 尤も、その事情というのも、フィアッセの携帯電話に恭也から掛かってきた電話に勝手に出た事から始まるもの。

 どちらにしろ火に油だろう。

 

「アイリーン!」

 

「あははは、何をそんなに慌ててるのかな〜」

 

 深夜だと言うのに楽しげな(一方的だが)声が響く一室。

 因みにだが、歌い手たる2人の部屋なので防音設備は完璧で、音が外に漏れる事は無い。

 2人は明日も恭也と会おうと思えば会えるのだと、それを当然としているからこそ楽しめる。 

 

 

 

 

 

 マンション屋上

 

 深夜のマンションの屋上。

 そこには1人の女性が立っていた。

 漆黒の長い髪を靡かせる大人の女性が。

 

「なんだか楽しそうだね……」

 

 その女性は防音が完璧の筈のフィアッセとアイリーンの部屋の様子を探っていた。

 そして、同時にその部屋の周囲を。

 

(それにしても、何があるのかな?)

 

 女性は今日事前連絡無く日本にやってきて、恭也に連絡を入れたところ、それならとここを任されたのだ。

 恭也の拠点で準備をして、一応持ってきた主装備をもって今フィアッセとアイリーンが住んでいるマンションの屋上に居る。

 

(護るのであれば、部屋の中にも普通に入れる美由希の方が適任だろうに……

 あの子なりの気遣いという事か)

 

 この女性が日本に戻って来る。

 美由希と、それにフィアッセがいるこの街に来るのは少なからず抵抗があった。

 恭也は恐らくその女性の心の問題を少し和らげようとここを任せたのだろう。

 過去を消せぬのならば、今フィアッセを護る事で帳消しにできる様に。

 

(そう言う部分、兄さんに似てきたな)

 

 今は亡き恭也の父であり、この女性の兄である人を思いながら月を見上げる。

 恐らく本人には自覚などないだろうし、むしろ正反対であると否定しそうだが、やはり父と子であったが故に似る部分がある。

 それが普段見えない部分であっただけの話だ。

 

(美由希とも話をしなければならないけど、恭也にも少し話をした方がいいかもしれないね)

 

 そんな事を考えながらも女性はこのマンションを護っていた。

 周囲一体の異変を細かく察知し、万が一だという異変に備える。

 恭也が気を遣ってくれたこの仕事を完璧にこなし、恭也が期待しているだろう効果を少しでも得る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 結界第3階層

 

 リンディ達が居る場所の1つ外。

 そこはジュエルシード・マスタープログラムが作り出した闇の世界の外側の空間。

 通常の空間、本来の世界から最も近い場所であり、元のその場所をそのままコピーした位相空間でもある。

 リンディ達が居る空間の外であり、中心点を同じくする半球形の異空間が存在していた。

 空間の形としてはドーナツ型である。

 

「出てこなくなりましたね」

 

「……そうね」

 

 そんな場所のある1点。  

 中心点を同様に同じとする正方形を描くように存在する4点の1つ。

 その場所には3名の人物が居た。

 

「……」

 

 1人は現在祝詞を読み上げるのに全身全霊を費やしている神咲 那美。

 神咲 薫、神咲 葉弓、神咲 楓と共に4点を司る術者の1人である。

 

「ああいう相手には慣れてるんですか?」

 

「いえ、過去を遡ってもあんな奴はデータにないわ」

 

「そうですか……」

 

 残る2人の内、1人は仁村 知佳だ。

 もしもの時、4点の4人の中では最も戦闘力が低い那美の為に、今回参加するメンバーの中では最高の防御力を誇る知佳が護衛に務める事になった。

 それと、もう1人は長いブロンドの髪の女性。

 左腕にブレードを、右腕に電気を帯びた鞭をもった知佳の知らない女性。

 知佳達の目の前にある世界の境界面から出現した闇の獣人を倒した人だ。

 

 この女性は今回のこの作戦に参加する知佳、リスティ、セルフィと同様に那美達を護る役目を担う者の1人だ。

 尚、ここ以外の3点は葉弓にはリスティが、楓にはセルフィがついている。

 残る薫の所にはここの女性同様に、知佳達が知らない拳銃を装備したブロンドの髪の女性がついている。

 一応参加する事は聞いていたが、合流がギリギリで、結局恭也から名前の紹介すらされておらず、配置の提案だけがされていた。

 

「恭也君から、この事件について何か聞いてます?」

 

「いや、全くと言って良い程何も知らされていないわね」

 

「そうですか」

 

 知佳は敵が出てこなくなってから、この女性と会話を試みるが、どうも上手く行かない。

 不謹慎かとも思うが、流石に仲間である以上はある程度コミュニケーションは取っておくべきだと考える。

 因みに、最初に名前を尋ねたのだが、恭也が紹介してないから言えない、と拒否された。

 どうもなかなか難しい立場の人らしい。

 

「この位置も、意味があるっていうのは解るんですけどね。

 薫ちゃんも那美ちゃんも下準備で忙しかったから、詳しくは聞けなかったし」

 

 恭也もなかなか難しい問題を抱えているのだと言うのは解っている。

 詳しく話せない事情があるのだ。

 だから、それを解った上で協力しているが、やはり知りたいとは思うのだ。

 

「4点はさざなみ寮とその山の上の湖、八束神社とその山の上の草原か……」

 

 知佳達が現在いる場所は八束神社である。

 と言っても、八束神社の本殿がある場所からは離れている。

 さざなみ寮というのも、寮の近くであって、さざなみ寮の敷地内ではない。

 が、あまりにも近すぎる。

 そして、山の上の湖というのも、一般には知られて居ないが、そこには過去に強大な魔物が封じられていた場所だ。

 八束神社は神社という施設がある場所。

 さざなみ寮は何かと様々な能力を持つ人が集まる場所であり、とある人が『そう言う場所』だと言っていた。

 八束神社から昇った先にある草原については知佳は何も知らないが、少なくとも3点は何らかの大きな力のある場所なのだ。

 

 どうやら、今回の作戦の敵はそれを利用したらしく。

 逆にこちらも利用し返す策があるらしい。

 それが那美達の行っている作業である。

 下準備は済ませてあるが、しかし完成は当日でなければならなかったらしく、今こうして那美達ががんばってその『策』の完成を急いでいる。

 

「中は大丈夫なのかな……」

 

 完成する時間も計算しているとの事だが、何分中の様子はさっぱり解らない。

 そもそも、恭也が何を敵として戦っているのか自体が解らないのだ。

 信頼し、協力は惜しまなくとも、少し不安が残る。

 

 だが、その言葉に応えるものがあった。

 

「大丈夫でしょ、恭也だし」

 

 独り言のつもりだったその言葉に、反応が返って来た。

 じっと境界面を見つめたままだった女性からだ。

 それも無責任な言葉などではなく、確かに恭也を識り、信頼しているのだと解る言葉だった。

 

「そうですね」

 

 知佳は笑みを浮かべた。

 少しだけこの女性の事が解った気がして。

 それに、恭也達の事も少しだけ不安が晴れた。

 彼等ならば大丈夫だと、そう心から思える。

 

 そう、彼等ならばきっと―――

 

 

 

 

 

闇の中でこそ輝けるもの

最終話 闇の中で見つけた答え、その名前は

 

 

 

 

 

 父母に抱かれて安らぎを得ていた2人の少女。

 この優しい世界の中に溶けていく様に眠るかと思われた2人の少女は、しかし言葉を続けた。

 

「でも―――」

 

 と。

 

 

 

 

 

 なのはは父の手から離れ、立ち上がる。

 そして、告げる。

 

「でも―――この世界にはおにーちゃんが居ない」

 

 右手で胸の辺りに伸ばしながら、少し目を伏せるなのは。

 何も無い筈のそこで、何かを掴む様に。

 

「おにーちゃんって、お前に兄なんて……」

 

 娘が何を言い出しているのか理解できない父士郎。

 しかし、それでもなのはは続けた。

 

「本当はね、おとーさんを初めて見た時から気付いてた。

 この世界は幻だって」

 

 なのはは胸から右手を前へと突き出す。

 何かをそこから取り出した様に。

 

「おいおい、ここは夢の世界じゃないぞ。

 お前の目の前にあるのは確かに現実だ」

 

「うん、そうだったら良かったなって思ってた」

 

 父の言葉になのはは伏せていた目を上げながら答える。

 そして―――

 

「レイジングハート」

 

『Yes,My Master

 Stand by ready Set up』

 

 キィィンッ!

 

 なのはの呼びかけに応え、何も握って居ない筈の手からレイジングハートが出現した。

 

 

 

 

 

 アリシアは椅子から立ち上がり、一歩下がった。

 相手との適切な距離をとる為に。

 

「でも―――友達が待っているから、私は行かないと」

 

「え? 友達?

 何処へ行こうと言うの?」

 

 突然の娘の行動と言葉に驚く母プレシア。

 しかし、アリシアは続けた。

 

「最初は、過去の夢を見ているのだと思ったんだよ。

 幸せだった頃の夢を」

 

 フェイトはそう告げながら何も無い場所から何かを掴む様にして拳に握った。

 

「アリシア、どうしたと言うの?」

 

 プレシアは問う。

 何故そんな事を言うのかと、悲しげに。

 だが、それでも、

 

「違うよ、母さん。

 私はアリシアじゃない。

 私は『フェイト』だから」

 

 同じ様に悲しげに、しかし真っ直ぐな視線で告げ、それから、

 

「バルディッシュ」

 

『Set up』

 

 存在しない筈のパートナーに呼びかける。

 そして、それに応えるのはここには無い筈の金色のデバイス。 

 フェイト・テスタロッサの相棒たる魔法の杖だ。

 

 キィィンッ!

    ガキンッ!

 

 バリアジャケットへの換装と、デバイスのデバイスモードへの変形が完了する。

 そして、杖を向ける先は母親だ。

 

「アリシア、それは……」

 

 プレシアも驚いて立ち上がる。

 しかし、あまりに在り得ない事態故かそれ以上の動きは無かった。

 

「……ありがとう」

 

 そんな母に、母の幻影に、フェイトは最後にそう言った。

 

 

 

 

 

 ガキンッ!

 

 服がバリアジャケットへと変わり、デバイスはシューティングモードで起動する。

 そうしてその杖は父親に向けられた。

 ジュエルシードそのものたる父の幻へ。

 

「なのは、それは……」

 

 この世界には無い技術であるのもあるが、あまりの不測の事態故か、父はほとんど動けずにいる。

 そんな父へ、最後になのはは、

 

「……ありがとう。

 例え幻でも、おとーさんと話せて嬉しかった」

 

 キィィィンッ!!

 

 魔法の発射準備をしながら、なのははそんな言葉を口にする。

 決して叶わないと知りながら、夢見ていた事が現実となったのだ。

 この父は全くの偽物で、会話のシミュレーションにすらなっていないかもしれないが、それでもだ。

 そして、なのはは言葉を続ける。

 

「ごめんね、おとーさん。

 わたしはおにーちゃんや皆が待っている世界に帰る!」

 

 この世界に兄恭也は居なかった。

 それはこの世界がなのはの記憶と願望を元に作られた幻の世界であるからだ。

 もし父が生きていたら、という夢を映した世界。

 だから、恭也はこの世界では存在する事ができないのだろう。

 家族の中で唯一の男であるというのもあったが、父を一番よく知っているという兄に、父としての役割もこなした兄に、なのはは父の姿を見ていた。

 それ故に、本当に父という存在が割り込んだ場合、なのはの中では恭也とのイメージが重複してしまう為共存する事ができず、排除されたと考えられる。

 

 更に、この世界にはレンや晶も家族になっていなかった。

 ジュエルシードが何処まで考えているかは知らないが、やはり父士郎が生存した場合では大きく歴史が変わるのだろう。

 

 もし父が生き返るというのなら嬉しいが、今の世界を否定する事はできない。

 だから、

 

「さようなら……」

 

『Divine Buster』

 

 ズバァァァァァンッ!!

 

 なのははジュエルシードを浄化封印する為、ディバインバスターを発射した。

 ジュエルシードの場所も解っている。

 父の胸の中だ。

 

 ズダァァァァァァァンッ!

 

 元より至近距離、バスターは父に直撃し、ジュエルシードが押し出される。

 出てきたのは真紅の文字を浮かべたWのジュエルシードだ。

 

 パァァァァァ……

 

 ジュエルシードが再封印されるに伴い、この世界が、父の姿が消えていく。

 

「……」

 

 例え幻とはいえ、父をこの手で消滅させる事に心が揺らぐが、しかし、なのはは目を逸らさない。

 この先へ進む為にも、自分が描いた夢に自ら決着をつける為に。

 例え幻であろうとも……

 

「なのは……」

 

 だが、もう半分以上この世界と共に消えかけた父が、突如口を開いた。

 そして―――

 

「強く、育ったな」

 

 微笑んだ。

 

「……え?」

 

 最早偽物と知れ、この世界が崩壊しようという中だというのに。

 もう存在も消えかけている中だというのに、父は確かに―――そこに居た。

 

『Sealing』

 

 ァァァァァァッ!!

 

 封印が完了する。

 世界と共に、父の姿が完全に消えてゆく。

 

「おとーさん!!」

 

 最後の一瞬に見せた父の姿、父の言葉。

 そう、ここは元より父が眠る藤見台墓地の上。

 なのはの記憶にはない父の言動、行動は何処から得たのかと言えば、そこにある魂の残滓。

 ならば、この士郎は―――

 

 

 

 

 

 キィィン……

 

「ありがとう。

 例え幻でも、母さんともう1度話せて良かった」

 

 フェイトはサンダースマッシャーの発射準備を整えながら別れを告げる。

 この世界は幻とはいえ、過去に実際存在していた世界に限りなく近いもの。

 それ故に、『夢』だと言う意識はあったものの、自分が何をすべきかを思い出すのにやや時間が必要だった。

 しかし、友達の事を、なのはの事を思い出せば後はすぐに全てが繋がった。

 けれど、その前に、フェイトは少しだけこの世界でやっておきたかった事があったのだ。

 

 それは、最早叶わぬ事。

 人間不信だった母に、『友達』というものをどう考えているのかを尋ね、同時に自分に友達が出来たことを報告する事だ。

 この世界はジュエルシードが作った偽物の世界。

 しかし、ロストロギアが作り上げた幻想世界ならば、本物に近い答えが聞けるのではないかと試したのだ。

 そして、それはもう満足に行えた。

 

 いや―――後1つ残っていた。

 

「そうだ、母さん。

 私ね、好きな人ができたの。

 例え人の身でなくとも、女として成長しなくとも愛してくれると言ってくれた人が居る。

 でも、そんな言葉に甘えるのは良くないから、きっといつか母さんみたいな良い女性になろうと思うの」

 

「アリシア……」

 

 母は手を伸ばしてきた。

 しかし、元よりテーブルを挟んでいた為に届く筈の無い手。

 例え偽者でも、フェイトにとっては愛しい誘い。

 だが、

 

「ありがとう、母さん。

 私は母さんに貰った命で生きていく!」

 

『Thunder Smasher』

 

 ザバァァァァンッ!!

 

 フェイトはサンダースマッシャーを放った。

 ジュエルシードの在り処は母の胸の中。

 フェイトが望んだ母こそジュエルシードそのものだ。

 

 ズダァァァァンッ!!

 

 雷の砲が母に突き刺さり、ジュルシードを浄化、再封印して行く。

 押し出され、姿を現したのはVのジュエルシード。

 

 パァァァァァ……

 

 紅で浮かび上がっていたVの文字が薄れ、封印が完了しようとしている。

 それに共に、崩れ行く世界。

 フェイトの夢がここに終わる。

 

 そんな中、

 

「フェイト……」

 

 もう半分以上消えている母が動いた。

 伸ばしていた手を下げ、そして微笑み、告げた。

 

「幸せにね」

 

 穏やかな笑み。

 そして、それは見送る為の微笑みだ。

 

 プレシアは『フェイト』と呼んだ。

 これがフェイトの過去の夢ならば『アリシア』と言う名前でしか呼ばない筈なのに。

 ならば、これは―――

 

「え? ……あ、母さん!!」

 

 母はジュエルシード]Zに願いの代償として命を捧げた。

 ならば、その魂はジュエルシード]Zと共にあり、全てが1度マスタープログラムの下に集まったなら、番号は違えど、ここに居た母は―――

 

 ァァァァッ!

 

 夢の世界が閉じ、闇の世界が開く。

 フェイトは伸ばした手は母にではなく、元居た場所を掴んでいた。

 母に導かれる様にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、過去の自分と対峙していた久遠と、過去の家族と対決していたアルフは両者共に危機を迎えていた。

 だがしかし、その時2人は恐怖するどころか、笑っていた―――

 

 

 

 

 

「一歩、遅かったね」

 

 祟り・久遠に踏みつけられているという危機的状況でありながら、久遠は不敵な笑みを浮かべていた。

 そして、右手を祟り・久遠に向ける。

 指輪型のデバイスを、久遠の雷を魔力化してくれるデバイスを着けている右手をだ。

 

 バチ……バチバチ……

 

 同時に、雷の魔法の気配と電撃の音がする。

 だが、その音も気配もデバイスからでも、久遠自身から発せられたものでもない。

 その音と気配は周囲、久遠と祟り・久遠の周囲全体から聞こえ、感じるものだ。

 

「グルルル……」

 

 それに気付いて周囲を見渡す祟り・久遠。

 そこには―――

 

「嘗て、祟りであった久遠は、人という小さく弱い存在に負けた」

 

 久遠達の周りに浮かぶ無数の雷の欠片。

 それは、先ほどまで久遠が放ち、祟り・久遠に弾かれた雷だ。

 それを、

 

 キィィィンッ!

 

 久遠はデバイスで操作する。

 魔力化する事で得られた操作性―――尤も、なのはのディバインシューターの様な複雑な操作は出来ず、できる操作は1つだけ。

 そして、これは元々もなのはのスターライトブレイカーの為のエネルギー設置用魔法だ。

 故に、その特性は、

 

「小さくとも、集まる事で得られる、単純な足し算以上の力に!」

 

 ズバァァァッ!!!

 

 全方位、あらゆる方向に散りばめられていた雷の破片が集結する。

 『集める』という単純な操作を行う久遠の下へ、そこで変化が起きる。

 電気であるが故の特性を利用した、ただのスターライトブレイカー用のエネルギー散布ではない力が。

 

「受けろ!」

 

「グオオオオオオッ!!」

 

 ズババババァァンッ!!

 

 小さい破片となった無数の小雷。

 1つ1つは小さくとも、元は10発分以上の雷だったもの。

 それが集まり、ここに共鳴する様に連鎖し、ここに強力な磁場を作り上げる。

 その力が防御無視の攻撃をしてダメージを負っている祟り・久遠を拘束する。

 僅かながらのダメージを与えながら。

 その僅かながらのダメージというものにもこの場合は意味がある。

 

「そこだっ!」

 

 ズダァァァァァァンッ!!!!

 

 動けなくなった祟り・久遠に打ち込まれるのは久遠が最大収束させた雷。

 それ拘束している電力をも纏い、祟り久遠を貫き、ジュエルシードを穿つ。

 僅かながら存在した電気によるダメージによって、巨体であったが為に不明だったジュエルシードの反応が明確化していたのだ。

 

 

 

 

 

 ズダダダダダダダダダダンッ!!

 

 アルフに降りかかる無数の光の槍。

 しかし、

 

 ブワンッ!

 

 その無数の光の槍の雨の中から、アルフが飛び出してくる。

 

「―――っ!!」

 

 その姿を見たリニスの反応は驚愕。

 だが、それ以上のことはできない。

 何せ、今もまだ大魔法を撃ち続けている最中なのだから。

 そこへ、

 

「はぁぁっ!」

 

 ブォンッ!

   ザシュッ!! 

 

 アルフの拳が振るわれる。

 魔力が込められた拳が。

 その拳はリニスの胸部を貫き、中に存在していたジュエルシード]Yを抜き出すと同時に、圧縮した魔力により封印が施される。

 一度浄化封印されている為、ある程度の魔力と封印の術式を叩き込めば再封印は成る。

 

「悪いな、待ってたんだよ、ファランクスシフトを。

 バインド解除の魔法をずっと溜めながらね」

 

 アルフがシールド以外の魔法を使わなかったのは、既に魔法を準備していたからだ。

 それに拳に魔力をずっと纏っていたのはそれを隠す為だった。

 リニスがフェイトと同じ魔法を使うならば、最後の魔法はファランクスシフトだと予測できた。

 だからこそできた作戦。

 

 そもそもフォトンランサー・ファランクスシフトは、威力は強大だが、詠唱時間が長く、更に隙も大きい。

 それ故に撃つ場合はバインドで拘束する事が絶対条件なのだ。

 もし、それが破られたならば、魔力切れも含め危機邸状況に陥る危険な賭けでもある魔法。

 その事は、この魔法の有用性も含めて、アルフは熟知している事だ。

 更には、ファランクスシフトは単体の敵に撃つ場合でも1度広域にスフィアを展開する。

 それはフォトンランサー同士がぶつかり合うのを避ける為だ。

 それ故に、発射しきる前に真っ直ぐ術者に向かうと、元々直射魔法なのもあり、ほとんど弾が当たらず、最短距離での接近が可能なのだ。

 

「ありがとうな、リニス。

 私も生かしてくれて。

 私はこれからフェイトと一緒に生きていくよ!」

 

 キィィンッ!

    シュパァァァンッ!!

 

 リニスに送る最後の言葉と共に、赤かったナンバーの色が強制浄化されて白へと戻る。

 そして、それと同時にリニスの身体は消滅する。

 最初からなかったものとして。

 

 パシッ!

 

 それから再封印されたジュエルシードを手に取るアルフ。

 それと、ほぼ同時だった。

 

 ズダァァァァァァンッ!!!!

 

 爆音が響いた。

 雷が炸裂する音が。

 それは久遠が戦っている辺りからで、アルフはそちらを振り向いた。

 すると、

 

「強制浄化、再封印、完了」

 

 そこには正常化された]Xのジュエルシードを手に取った久遠が立っていた。

 どうやらほぼ同時に敵を倒した様だ。

 そして更に、

 

 ズダァァァァンッ!!

 ズバァァァァンッ!!

 

 桃色の光と金色の光が闇の空を貫く。

 その貫かれた闇に降り立つ光がある。

 

 ガキンッ!

 

 同時に2箇所で響いた機械音。

 続けて、

 

「「封印っ!」」

 

 カッ!

   ズバァァァンッ!!

 

 再び桃色の光と金色の光が空を駆ける。

 2つの光は今度はある1点で重なり、

 

 キィィンッ!

 

 そこに隠れていたジュエルシード][を浄化、再封印した。

 

 スタッ

 

 封印を見届け、地上に降り立つ2人の少女。

 

「なのは!」

 

「フェイト!」

 

 久遠とアルフは帰還した2人に駆け寄る。

 だが、その前に、

 

「……」

「……」

 

 なのはとフェイトは互いを確認すると、黙って互いに抱き合った。

 その姿は再会を喜んでいるというよりもむしろ―――

 だが、

 

「くーちゃん」

「アルフ」

 

 その抱擁は僅かな時間だった。

 直ぐに2人は向き直り、

 

「「行こう」」

 

 先へ進むと告げる。

 

「うん」

 

「おう」

 

 そんな2人について行こうと久遠とアルフは応える。

 敵は倒し、2人も戻った。

 後は中央に進むだけだ。

 

 しかし、

 

「でも、恭也がまだだけど」

 

 なのはとフェイトは戻ってきたが、恭也がまだ戻ってきていない。

 それに、なのは、フェイト、久遠、アルフが相手にしたジュエルシードは1つずつ。

 更に、最初に皆を分断し、過去を読み取ったであろう][を合わせても5つ。

 後2つ足りず、恐らくは恭也には2つが差し向けられたのだと思う。

 1つでも苦戦するジュエルシードを、2つもだ。

 だが、

 

「おにーちゃんなら大丈夫だよ」

 

「それに、後で合流しようって言ってたし。

 私達は先に行こう」

 

 直接戦った事すらあり、恭也の強さは知っている。

 それに、恭也の強さは戦闘力だけではないのだというのも知っている。

 

「そうだね」

 

「行こう」

 

 だから、心配無いと、先に進む事を選ぶ。

 最後の相手が待つ中央へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 別の闇の中

 

 不破 士郎は八景を構え、微動だにしない。

 目線の先にはうつ伏せで倒れ、自らの血の池に沈む恭也が居る。

 先の薙旋、急所を狙い、それらは入った筈だ。

 ならば人間であれば生きている筈はなく、ジュエルシードの力でここに在る不破 士郎は目的を果たし、消える筈だ。

 

 しかし、それなのに士郎とこの闇の世界はまだ存在し、更に士郎は恭也から目を離さない。

 一定の距離をとってずっと見張っている。

 もしまだ生きていると判断しているならば、何故止めを刺しに行かないのか。

 それは、倒れているという一見無防備な状態は、ろくな飛び道具を持たない者には非常に厄介な状態であるからだ。

 トドメを刺すのであると、地面に向かって大きく体勢を崩して攻撃しなければならず、その瞬間には大きな隙が生まれてしまう。

 それに倒れているという状態は、相手の見える部分が少なく、相手が何かを仕込んでいても見抜くことがむずかしいのだ。

 ならば、不用意に倒れている者に近づくのは構えている相手に接近する事よりも危険だ。

 それも、たまたまかなのか、今倒れている恭也はその手から八景を離していないのだから尚更だ。

 

 そう、不破 士郎は判断し、今も離れた位置から見張るだけ。

 しかしながら、そうしているのには恭也が生きている事が前提であり、まだ戦える事が条件だ。

 先の一撃は必殺の一撃で、恭也はそれを受けたのだ。

 普通に考えれば生きている筈もなく、立ち上がり、ましてや戦う事など論外の筈。

 

 だが、それでも士郎は構えを崩す事はない。

 何故なら、ここに居る士郎は―――

 

「……」

 

「―――っ!」

 

 恭也が立ち上がっている。

 瞬きの一瞬の内だったのか、『何時の間にか』と言えるほど、ずっと見張っていた士郎すら立ち上がったタイミングが解らなかった。

 まるで、そうある事が自然であるかの様に、恭也は立ち上がり、士郎に対峙する。

 

「……」

 

 チィンッ!

 

 両の小太刀を納刀し、抜刀の構えを取る士郎。

 それは不破 士郎が最も得意とする奥義、薙旋の構えだ。

 士郎は万全を持って、この死に損ないとしか言えない恭也を倒す気だ。

 

 何故なら、不破 士郎は知っている不破 恭也という存在は―――

 

 

 

 

 

 恭也は立ち上がった。

 神速の二段掛けをしていた事で士郎の薙旋が直撃する後退しマントで防御する事ができ、4回の斬撃は全て致命傷を避けられた。

 しかし、失血は酷く、このままでは失血だけでも死に至るだろう。

 それに、例え立ち上がったところで、右目は使えず、左目も光を失った。

 そんな状態でまだ万全の状態にある士郎をどうやって倒そうというのか―――

 

 チィンッ!

 

 音が聞こえた。

 納刀の音だ。

 恐らくは士郎は薙旋を放つだろう。

 今度こそ完璧に恭也の命を奪う為に。

 

「……」

 

 それに対し、恭也も抜刀の構えを取った。

 鞘に納刀された状態だった小太刀を元の二本差しに戻し、損傷の低い右手による抜刀を行おうとする。

 

 現状、恭也は両目が見えず、神速も使用限界に達し、左腕は斬られた為に殆ど使えない。

 だがしかし、音は聞こえる、右手は使える、小太刀を握れる。

 動けぬ訳ではなく、命にもまだ猶予がある。

 ならば―――

 

「……」

 

 ダンッ!

 

 右手一本の抜刀体勢のまま動かぬ恭也に対し、士郎が動いた。

 神速に加え奥義・薙旋を放ってくる。

 

 ヒュォンッ!

 

 その斬撃、あまりの速度に風を斬る音が後から聞こえる。

 士郎が最初に地を蹴ってから1秒も経たぬ内にそれは放たれる。

 

「……」

 

 既に抜刀から始まる4連撃の最初の斬撃は放たれ、恭也に迫っている。

 だが、その中で、

 

「―――っ!」

 

 恭也は動いていない。

 見えぬ筈の左目を開き、抜刀体勢のままであり、しかし既に抜刀できる間合いではない。

 それどころか、恭也は呼吸すらしていなかった。

 そして、

 

 ザッ!

 

 士郎の放つ薙旋の初撃が恭也の右首筋に触れた。

 その瞬間、

 

 フッ

 

 風が通り抜けた。

 士郎はそう感じた。

 しかし、神速の中で奥義を撃っているという状況であるのに感じる風とは―――

 

 ヒュゥオンッ!

 

 次の瞬間、小太刀が風を斬る。

 他でもない士郎の振るう小太刀がだ。

 一瞬前まで、そこに居た筈の恭也はそこにはなく、薙旋は風を斬るだけだった。

 

 ザァッ!

 

 士郎は奥義を中断し、振り向く。

 すると、そこには抜刀した恭也が立っていた。

 

 キィィンッ!

 

 そして、音が響いた。

 それは魔力が収束する音であり、ジュエルシードが封印される時に聞かれる音。

 

「―――っ!!」

 

 見れば、恭也が何時の間にか抜き放っていた小太刀の刃にジュエルシードがある。

 それは士郎を構成していた]Uのジュエルシードだ。

 更に、マスタープログラムの制御下にあり赤かったナンバーが砕ける様に白へ戻り、今再封印がなされた。

 

「……ぁっ、はぁっ、はぁ……はぁ……」

 

 そこで、恭也はやっと呼吸を、生きる事を再開した。

 

 今の一瞬、恭也は勝つ為に生きる事すら切り捨てていた。

 ただ士郎に打ち勝つ為、全感覚をもって士郎の動きを捉え、全神経を持って士郎の見切りを更に見切る。

 士郎を倒す一撃の為に、それ以外の全ての身体機能を停止させていたのだ。

 

 生きる事すら切り捨て、生を掴む。

 そんな矛盾を実行したのだ。

 

 その結果が、士郎に対して『貫』の発動であり、最後の一撃を生んだ。

 間合いの内側であった筈なのを、通常の抜刀の型を崩す事で無視。

 更に、相手が攻撃中という最大の隙の中である上に、全てを徹して撃たれたそれは、士郎の中のジュエルシードを、その中のマスタープログラムの力だけを切り裂いた。

 士郎の薙旋をも越えるその一撃は、御神流に於ける究極の一。

 

 パァァァァァ……

 

 ジュエルシードが再封印されたことで、士郎の身体が崩れる。

 依り代を失って、闇に消える。

 その中、

 

「強くなったな」

 

 最後、姿が消えるその瞬間、士郎はそんな言葉を口にした。

 

「なっ!」

 

 慌てて振り向く恭也。

 元より目は見えないが、既にそこに士郎の姿は無かった。

 だが、今のは確かに父士郎の声だ。

 そもそも、今までの士郎はジュエルシードがここ藤見台墓地に残っていた士郎の残滓から作り上げたものだと予想していた。

 ならば、多少なりとも士郎自身の意思はそこにあったという事だろうか。

 

「馬鹿が、そんな余裕があるなら、なのはに……」

 

 既に無い父に対し叫ぶ恭也。

 自分なんかよりも、会いたいと願っていたなのはにこそ言葉を残すべきだと。

 だが、何故かその後解った。

 ちゃんとなのはとも話をしたのだと。

 

「……まったく、貴方には敵わないな」

 

 師弟としての擬似的な決着はここに成った。

 しかし、1人の人間としてはまだまだ遠く及ばないのだろうと感じる。

 まだ暫くは父を目標とする事になるだろうと。

 

「……さて」

 

 その後、恭也は向き直る。

 傷の治療をしたいが、その前にやる事がある。

 

 この世界、士郎との対決の為に作られたもう1つの闇の世界だが、士郎を倒し、ジュエルシード]Uを再封印しても消えない。

 それは何故か。

 

「そこかっ!」

 

 ヒュォンッ!

 

 恭也はもう光を捉えない筈の左目を向けた先に小太刀を振るった。

 

 ガッ!

 

 すると、闇の中からジュエルシード\が姿を現した。

 未だ文字が赤く、マスタープログラムの支配下にあるジュエルシードだ。

 

 キィィィンッ!

 

 そして、ジュエルシード\は本格的な活動を始めた。

 ジュエルシードが輝くと同時に、この空間に異変が起きた。

 

「なるほど、この空間ごと俺を消す気か」

 

 目が見えない中でも、それ以外の感覚だけで解る。

 この闇の世界が狭まりつつあるのだ。

 どうやら、マスタープログラムは恭也という存在を他のメンバーよりも脅威とし、こんな予防策まで用意したらしい。

 

「ならば―――」

 

 恭也は抜刀の構えを取った。

 先ほど士郎を倒したのと同じ構えだ。

 それは先の一撃、その感覚を忘れぬ内に再現しようというのだ。

 先程全てを掛けて撃った為、身体は瀕死の重傷だが、しかし、この業を体得する機会は今をおいて無い。

 フェイトの時の様に半ば道具の機能を頼ったり、他の全てを切り捨てて行うのではなく、完全な自分の意思で制御し、業を完成させる。

 この業は―――

 

 その時、

 

 キィィンッ!

 

 恭也が首から下げているデバイスが煌く。

 それはこの業の完成には何か影響を及ぼす訳ではないが、しかし―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻 結界第二階層

 

 闇の世界の1つ外側、そこでは今もリンディ達による戦闘が続いていた。

 だが、その戦いも終わりが近づいていた。

 

「さて、大体解ったわ」

 

 ザッ!

 

 闇の巨獣が吐く炎を回避し、地上に降り立つアリサ。

 闇の巨獣とは距離をとっているが、しかしアリサの背には結界境界面がある。

 これ以上は下がれない。

 

「ギャオオオンッ!」

 

 それを見て、追い詰めたと歓喜しているのか、咆哮を上げる闇の巨獣。

 だが、

 

「見た目通りの単純さで助かるわ。

 ちょっとは周りをみたらどうかしら?」

 

 不敵な笑みを浮かべるアリサ。

 そして―――

 

 ォウン……

 

 何時の間にか、闇の巨獣は全方位を碧のリングに囲まれていた。

 千の魔刃射出台にだ。

 そこから放たれるのは、

 

「終わりよ」

 

『Stinger Blade

 Execution Shift』

 

 ガキンッ!

  ズダダダダダダァァンッ!!!

 

 これがアリサのスティンガーブレイド・エクスキュージョンシフトの敵単体への使い方。

 敵の全方位を囲み同時に千の魔刃を発射する。

 一発一発は大した威力は無くとも、防御破壊の効果のある魔刃を千発だ。

 この魔法、リンディをして、発射体勢が整ってしまえば回避も防御も不可能と言わしめる殲滅魔法。

 その名の通り『処刑』を意味する魔法だ。

 

 ザザザザザザザシュゥンッ!!

 

 闇の巨獣はなす術も無く千の魔刃をその身に受ける。

 だが、闇で構成されるこの巨獣にはいくら魔刃を突き刺しても意味が無い筈。

 しかし、

 

「ギャオオオンッ!」

 

 闇の巨獣が咆哮を上げる。

 それは先程とは全く意味の違う咆哮。

 悲鳴にも近い叫びだ。

 その叫びと共にもがくが、千の魔刃が抜けず全く動けずに居る。

 そこへ、

 

 バシュンッ!

 

 バリアジャケットの上着をパージしたアリサが、

 

「フィニッシュ!」

 

 キィィィンッ!

    ザシュゥンッ!!

 

 巨大な1本の魔刃を手に、高速の突撃をもって闇の巨獣の身体を貫いた。

 アリサのスティンガーブレイド・エクスキュージョンシフトのトドメの一撃であり、ストライクブレイドによる串刺し。

 だが、ただ刺し貫いただけではない。

 その切っ先にはジュエルシードが、紅の文字でナンバーTを示すジュエルシードがあり、同時に浄化、再封印が施されている。

 

 事前に何度か撃ったスティンガーブレイドで大体のジュエルシードの位置を掴み、千の魔刃によって檻を形成、最後の一撃でジュエルシードを捉え、封印する。

 更に、位置を探る為に撃っていたスティンガーブレイドの発射台は消さず、エクスキュージョンシフトに備えていたのだ。

 それがアリサの作戦だった。

 

 パシュゥンッ!

 

 ジュエルシードTが再封印されると同時に霧の様に消え去る闇の巨獣。

 

「少し時間が掛かったわね」

 

 バシュッッ!

 

 ジュエルシードをその手に取り、ジャケットを戻してリンディの下に急ぐアリサ。

 

 

 

 同じ頃、セレネの側も決着が着いていた。

 

 ガシャッ!

 

「あったわ。

 まったく無駄に頑丈だから掘るのも一苦労ね」

 

 機械の残骸の中からジュエルシード]Tを取り出すセレネ。 

 そして魔力を込めて浄化、再封印を施す。

 

 シュゥゥ……

 

 それに伴い、塵と消える機械の残骸。

 それもセレネの周囲、幾つも転がった大量の残骸であり、全てセレネに結界魔法によって囲まれた物だ。

 

 セレネはあの自己修復する巨大ロボをシールドを纏った拳で破壊していった。

 巨大で力も強いが、ギミックが多い分、人間同様急所というのが存在する為、そこを突けば破壊は容易だった。

 それだけでは自己修復されてしまう為、破壊した部品を更に細かく分解し、その全てを結界に閉じ込めていったのだ。

 元々リンディと同じ結界魔導師であるセレネの結界の強度と同時展開の数を持って、ジュエルシードの作り出した機械の自律活動すら押さえ込んだ。

 そうする事でその部品は使えず、増殖もある程度行われたが、それは己を薄くする事となり、解体が更に容易となった。

 その作業を続け、最早抵抗すら出来ないほどバラバラにしてから、セレネは本体部分からジュエルシードを抜き出したのだ。

 

 ただ、何度か変形などを繰り返された為、時間が掛かってしまった。

 

「まったく、殆ど力押しの弱いものイジメになってしまったわね。

 まあ、私の能力はあまり戦術的に戦う事にはむいてないのだけれど」

 

 封印し終えたジュエルシードをしまいながら、呟くセレネ。

 力押し、とは言うが、瞬時にロボットの弱所を見つけ出してそこを正確に突く事は高等技術だと、リンディがいたら突っ込んでいただろう。

 

「まあ、いいわ、戻りましょう」

 

 もう1つのジュエルシードの気配も消えている。

 アリサの方も終わり、残るはリンディがおさえてくれている奴だけだ。

 ならば、後は―――

 

 

 

 

 

「アァァァァッ!」

 

 ドゥンッ!

 

『Protection』

 

 キィンッ!

 

 砲撃に対して防戦に徹していたリンディ。

 何度目かの防戦の中、リンディはこの結界内の2つのジュエルシードの気配が無くなったのを感じた。

 

(アリサもセレネも終えたのね。

 少し時間が掛かったみたいだけど。

 後は……)

 

 2人が戻れば、リンディと3人でこの蛇女を倒し、また来るであろう防衛機構群に備えなければならない。

 そう考えていた時だった。

 

 ィィンッ

 

「―――っ!」

 

 突如、杖から声が届いた。

 いや、正確には問い掛けが来たのだ。

 アステリアの本来の能力によって、遠く離れた場所から。

 

「リンディ!」

 

「ごめん、少し遅れたわ」

 

 そこへ到着するアリサとセレネ。

 その2人に対し、リンディは、

 

「2人とも、少しお願い!」

 

 そう声を掛けたかと思うと、何か大きな魔法の準備に入る。

 一切の防御を捨て、それだけに専念する。

 

「え? ちょっと!」

 

「まったく……」

 

 何をするのかはまだ解らないが、2人はリンディのフォローに入った。

 2人はそろってリンディの前に回りこみ、敵と対峙する。

 そして、アリサは蛇女の迎撃に、セレネはリンディの前に立ちバリアを展開する。

 

「アァァァァッ!」

 

 キィィンッ!

  ズバァァァンッ!

 

 無数の火炎の砲弾を作り出し放つ蛇女。

 対し、 

 

「いけっ!」

 

 ガキンッ!

  ズダダダダァンッ!!

 

 敵が放った数と同じだけの魔刃を生成し、相殺する。

 しかし、その方法ではリンディがやっていた様に敵を倒す事はできない。

 

「ねえ、任せて良い?」

 

 攻勢に出る為、リンディの前から移動したい。

 リンディのガードはセレネがいれば十分だと考えられる。

 だが、

 

「ちょっと待ってなさい」

 

 セレネは止めた。

 だが、止めた理由が解らない。

 防ぎきれないという意味ではなく、アリサが攻撃する事を問題としている訳でもない。

 

「なんで?」

 

 流石に意味が解らず半分振り向きながら問う。

 だが、すぐにその問の答えが姿を現した。

 

 キィィンッ!

 

 リンディの魔法が完成する。

 いや、正確には完成した、というよりも今完璧に繋がったのだ。

 

「来て下さい、私の―――」

 

 ブォゥンッ!

 

 そう呼びかけ、リンディの前に魔法陣が展開される。

 時空転移の魔法陣で、どこか別の空間をこの場に繋げたのだ。

 そして、そこから出てきたのは―――

 

 フッ!

 

 黒い影が空間の境目からこちら側へと飛び出してくる。

 出入り口の場所と方向からそれはリンディに半ば飛び掛る様にして。

 それを、

 

「私には貴方が必要です」

 

 リンディは抱きとめた。

 更に、

 

 キィィンッ!

 

 空間転移の魔法陣を消し、次にはフィジカルヒールを用意する。

 飛び出してきたソレは黒が主な色だったが、ついで多いのが赤という色だったからだ。

 

「え? 恭也さん?」

 

「見たところジュエルシードを2つ持ってるわね」

 

 それは恭也だった。

 傷だらけで、しかし本来魔法など使えない筈なのに、2つもジュエルシードを再封印している。

 そんな彼をここに呼び、この場所に戻したのだ。

 

 リンディは、恭也に助けを求められた訳ではない。

 ただ問われ、それにリンディが応えてここに呼んだのだ。

 リンディが必要だとして。

 

「アリサ、もう少し時間稼ぎを……

 いえ、それも要らないかしら」

 

「は?」

 

 2つもジュエルシードを相手にして重傷を負ったのだろうから、リンディが回復するには時間が掛かる、そう判断したアリサ。

 それはセレネも同じだった筈だが、セレネは何故か直ぐにその言葉を取り消した。

 何故なら―――

 

 ヒュッ!

 

 アリサの横を風が通り過ぎる。

 そして―――

 

 ポト……

 

 アリサの目の前に黒い石が落ちてきた。

 赤い文字でUを表示した黒い宝石―――蛇女を形成していたジュエルシードだ。

 

「まったく……」

 

 キィィンッ!

 

 流石に少しの間唖然としていたアリサだが、直ぐにジュエルシードを手にとって再封印を掛ける。

 思い出したのだ、セレネとよく似ているのだと。

 はっきり言ってしまえば悪い所が。

 

「治療くらいちゃんと受けなさいよ」

 

 消え行く蛇女の肩から降りた者に言っておく。

 いくらリンディとはいえこんな短時間では応急処置にしかなっていない筈で、そんな状態のまま飛び出した男に。

 

「呼ばれているからな」

 

 背を向けたまま恭也は応える。

 止血と僅かな回復だけで立ち上がり、再び戦いの地へ赴かんとするのだ。

 

「行ってください。

 後はあの子達に託します」

 

「……」

 

 恭也はリンディの言葉に首を半分だけ向けて頷き、そして再び結界の内へと突入した。

 リンディと一言くらい会話でもしていけばいいのに、全く無駄なく行ってしまう。

 それに、リンディも、

 

「さあ、どうやら次が来ているみたいよ」

 

 などと素っ気無い。

 恭也を呼んだ時には只ならぬ感情を言葉に乗せていたのにだ。

 

(ふぅ……この大人どもは、もうちょっと、ねぇ)

 

 アリサはそんなリンディを見ながら心の中だけで溜息を吐いた。

 リンディと恭也が只ならぬ関係であると、アリサとしても複雑なのだが、それ以上にこの2人には問題があると思えてしまう。

 

「さって……まだこっちに戦力を割くのね。

 好都合だわ」

 

 だが、直ぐに切り替え、迎撃体勢をとる。

 アリサも頭ではちゃんと解っている。

 全てはこれが終わった後でなければ始まらないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 

 

 中央部を目指していたなのは達4名は、この闇の中心部にして、マスタープログラムの下に辿り着いていた。

 その中心点たる場所の宙に浮かぶ直径3m程と思われる漆黒の球体。

 間違いなくそれがジュエルシードのマスタープログラムだ。

 

 しかし、

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

 ズダァァンッ!

 

 シールドを展開しながら吹き飛ばされるなのは。

 

「なのはっ!

 ……あっ!」

 

 ズダダダァァンッ!

   ガキィンッ! キィンッ!

  

 心配するフェイトだが、フェイトも敵からの射撃攻撃を防ぐ防戦を強いられていた。

 

「キシャァァァッ!!」

     「「シャァァァ!」」

 

 2人が相手にしているのは3体の闇の獣人。

 しかし、防衛機構としてある雑魚とは違う、ジュエルシードYが作り出した強敵だ。

 女性型と思われる2体と男性型と思われる1体で構成され、女性型は弓の様な武器を使って射撃を、男性型は格闘戦をしかけてくる。

 更にその3体は、

 

「はぁぁっ!」

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

「いけっ!」

 

『Divine Buster

 Quick Mode』

 

 ズバァァァァァァンッ!!

 

 カウンターの様に反撃の魔法を放つ2人。

 それは確実に相手を捉え、そして、

 

 ザシュンッ!

    ズダァァァンッ!

 

「ギギギ……」

 「ギジ……」

 

 バシュゥンッ!

 

 撃破した。

 しかし、

 

「シャァァァッ!」

 

 残った1体が咆哮を上げると、

 

 キィィンッ!

 

「ギシャァァッ!」

   「シャァァッ!」

 

 瞬く間に撃破した筈の2体が復元する。

 

「またっ!」

 

「これは、やっぱり……」

 

 どうやらこの3体は1体でも残っていれば、残る2体を復元できるらしい。

 ならば、3体同時に相手にできればいいのだが、

 

「久遠、右からっ!」

 

「っ!!」

 

 一方、同じ場所で久遠とアルフも戦っていた。

 

 ズドォォォンッ!

 

 起きる爆発。

 爆発したのは闇の獣人の1体だ。

 久遠はなんとか爆発を回避して下がるが、

 

「ギャォォォンッ!」

 

 また同じ相手が大量に目の前に現れる。

 

 相手はZのジュエルシード。

 嘗て、自爆する闇の獣人を作り出したジュエルシードであり、全く同じ能力を使っている。

 奥には殆ど動かない闇の獣人が1体おり、それがジュエルシード本体であり大量の自爆型の防衛機構を構築している。

 

「くそっ!」

 

 舌打つアルフ。

 過去に戦った相手と同じで、倒し方も解っているのに、倒せない。

 何故なら、敵はこれだけではないのだ。

 

「アルフ、来てるよ!」

 

「ちっ!」

 

 フッ!

 

 アルフに近づく影。

 この闇の中で、視認が極めて困難な、しかし異質な影の円がアルフの真下へと近づく。

 それに対し、アルフは飛んで逃げるのみ。

 その途中、

 

「おっとっ!」

 

「ギギギ……」

 

 近づいていた闇の獣人をフェイントをかけながら躱し、

 

 ブゥンッ

 

 影を闇の獣人へと誘い込む。

 すると、

 

 ブォゥンッ!

 

「ギギギギ……」

 

 闇の獣人はその影のある場所から動けなくなる。

 若干押しつぶされそうになっており、これは重力が増した様に動きを拘束されているのだと予測される。

 そして、

 

「ギギ……」

 

 ズダァァァァンッ!!

 

 拘束された闇の獣人が爆発し、影も少し薄くなる。

 どうやら激しい衝撃を受けると暫く影も機能できなくなるらしい。

 だが、それも少しの間だ。

 せいぜい10秒しか足止めにならず、今の様に闇の獣人を使える事など滅多に無く、久遠の雷で止めなければならないのがほとんどだ。

 何故なら、

 

「まったく、忌々しい!」

 

「あの風のバリアさえなければ……」

 

 アルフと久遠が見上げる先、影を操っているジュエルシードがある。

 そのジュエルシードはXで、むき出しの状態でそこにあるのだ。

 しかし、

 

 ゴォォォゥンッ!

 

 その周囲には風の様にエネルギーの渦巻き、バリアの役割をしている。

 それを起こしているのは]のジュエルシードである。

 更に、全体の指揮をしていると思われる]Wも一緒にあり、バリアが強力な為、現在この3つには手出しが出来なくなっている。

 

 全体を補助している拘束のXと指揮の]Wの存在で、なのは達は苦戦していた。

 Yの3体は陣形をつくり、絶対に3体同時に攻撃されない様にしており、更に久遠とアルフはZとXの相手をせざる得ない状態となり、配置交換すら出来ない。

 

 更には、状況はそれだけでは終わらない。

 

 キィィン……

 

 宙に浮かぶマスタープログラム。

 その周囲にはまだジュエルシードが残されている。

 恐らくこの闇の世界そのものを構築を補助している]]Tもそうだが、現在フォーマット中と思われる[、]Z、そして]Vがそこにある。

 なのは達がここに到着したとき、]\と]]が飛び出していった。

 その2つは恐らくリンディ達の下へ向かったのだろう。

 

 兎も角、今現状でも苦戦しているのに、まだ3つのジュエルシードが後に控えているのだ。

 できればフォーマットが済む前に決戦で終わらせたいところだ。

 しかし、状況はそんな事を気にしている余裕すらない。

 魔力も徐々も消費し続けている中、状況は不利になる一方だ。

 

 そして、ついに―――

 

 

『Divine Shooter』

 

 キィィンッ 

 

 ほとんど砲手と言って良いなのはに対し執拗に格闘を仕掛ける男性型獣人。

 その牽制になのははシューターを放った。

 この闇の獣人、強度はそれほどでもなく、直撃ならばシューターでもかなりのダメージを入れられる。

 だから、無視できる攻撃ではない筈だ。

 しかし、

 

「ギシャァァァッ!」

 

 ズダァンッ

    ドゥンッ!

 

 シューターが直撃し、右腕、脇腹を抉られたというのに、完全な防御無視で突撃を止めない男性型獣人。

 いや、完全な防御無視ではなく、ギリギリ致命傷だけを避け、消滅しない様にしている。

 

「っ!」

 

 なのはは咄嗟に杖を前に構え防御の体勢をとる。

 このタイミングではフラッシュムーブは一瞬間に合わないと、間に合わない分だけ攻撃を受け流すつもりだった。

 

「キシャァァァッ!」

 

 ブオンッ!

 

 敵の攻撃は爪による大振りの打撃。

 それを、なのはは杖で受け流そうとする。

 だが、

 

 ガギンッ!

 

 鈍い音が響いた。

 攻撃を受けたのは杖の先端部分。

 金色のフレームが欠ける。

 

「あっ!」

 

 紛いなりにも敵はジュエルシードの本体なのだ。

 その爪にはどす黒い魔力が込められていた。

 それがレイジングハートのフレームを破壊する。

 

 ピキィ!

 

 更に、真紅の宝玉にもヒビが入った。

 

『Flash Move』

 

 フッ! 

 

 次の瞬間にはフラッシュムーブで後退には成功し、デバイスの完全破壊は免れた。

 しかし、これではもう何度も大きな魔法は使えない。

 

 同じ頃、フェイトも―――

 

「はぁぁっ!」

 

 ザシュッ!

 

 接近斬撃で敵を切り裂いたフェイト。

 横薙ぎの一撃で、女性型獣人の1体は上下に分断される。

 だが、

 

「シャァァァッ!」

 

 キィィンッ!

 

 間髪入れずにもう一体の女性型獣人が復元を行った。

 それにより、

 

 ガシッ!

 

「シャァァッ!」

 

 まだ斬っている途中だったバルディッシュが復元された女性型獣人に掴まれる。

 

「くっ!」

 

『Scythe Slash』

 

 ザシュゥンッ!

 

 直後、フェイトはサイズスラッシュを発動させ、もう1度敵を瞬時に、完全に切り裂いて後退する。

 だが、

 

 ピキィッ!

 

 バルディッシュもダメージを受けてしまった。

 ダメージは大きく、半壊と言えるほどの損傷だ。

 

 

 同じ頃、アルフと久遠も、

 

「これは……」

 

「拙った……」

 

 2人は互いに背を預ける様にして立つ。

 いや、その場から動けずにいるのだ。

 

「ギャォォォンッ!」

 

 周囲には自爆方獣人の群れ。

 ほぼ囲まれつつあり、更に影も向かってきている為、最早逃げ道がない。

 1度くらいなら獣人の自爆を突破できるかもしれないが、それをしてしまってはこの先戦えなくなってしまうかもしれない。

 

 

 危機的状況に陥っていた。

 即座に敗北と言う事はなくとも、確実に敗北に向かいつつある。

 絶望的な状態であり、逆転の手などこの4人には無い。

 

 だが、しかし、

 

「……いくよ、レイジングハート」

 

「まだ行けるね、バルディッシュ」

 

「突っ込んでみる?」

 

「いいんじゃない」

 

 4人は4人とも、全く諦めていなかった。

 誰1人瞳に影を落とす者は無く、光に満ちた瞳でこの先を見ている。

 

 だからこそ―――

 

「助けは必要か?」

 

 そこに、声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃 

 

 リンディ達は新たに到来したジュエルシードとの戦闘を行っていた。

 今回来た数は2つ。

 恭也を見送った殆ど直後と言える到来で、この2つは恭也を無視してきた事になる。

 だが、恭也を見逃した理由はその能力で明白となった。

 

「ギャオオオンッ!」

 

 ドゥンッ! 

    ズダダダンッ!

  ヒュォンッ!!

 

 十数体の闇の獣人。

 それらは全て全く違う攻撃手段をもって襲ってきた。

 ある者は火炎弾を、あるものは魔弾の連射を、あるものは魔法の矢を放ってくる。

 

「はぁっ!」

 

 ヒュンッ!

   ズダァンッ  ドゥンッ!!

 

「せぇぇっ!」

 

 ズダンッ!  

   ドォンッ!

 

 リンディの前に立つ2人はそれ等を叩き落す。

 アリサはストライクシフトのブレードで、セレネは魔力を込めた拳で。

 リンディには決して攻撃が触れぬ様、決してリンディの前からは動かずに戦い、防戦に徹していた。

 

 この闇の獣人達は、元となっている願いがかなわかった者の中で戦う力を持った者達。

 それを更に知性を復元し、統制しながらここに出現させている。

 ただ1度に出せる数はせいぜい20体弱だし、所詮紛い物なので実のところそんなに強くはない。

 リンディを護りながらとは言え、アリサとセレネの2人が居て、完全な防戦になる訳がない。

 

 だが、事実2人は防戦を強いられている。

 それは、

 

「このっ!」

 

『Stinger Blade』

 

 キィィンッ!

   ズダダダダァンッ!!

 

 隙を見てアリサはスティンガーブレイドを放った。

 数は10発で、エクスキュージョンシフトの3倍のリングで生成した強化型の魔刃だ。

 普通に考えれば闇の獣人に対しては3倍もの攻撃力はオーバーキルにしかならず、無駄なエネルギーだ。

 しかし、

 

 フッ……

 

 僅か数mの距離を飛んだだけで、アリサのスティンガーブレイドが薄れてゆく。

 

 ズダダンッ!

 

 砲撃を仕掛けてくる闇の獣人群に届き、命中したのは僅か2発。

 それも、最前列に立っていた奴にだけだ。

 残りは自然消滅と、途中の砲撃で相殺されてしまった。

 

「く……」

 

 悔しげに空に浮かぶジュエルシードを睨むアリサ。

 強化型闇の獣人を展開している]]ともう1つ―――

 この空間の空には2つのジュエルシードがむき出しの状態で浮いている。

 アリサとセレネ、それにリンディまで居るこの場で、無防備に浮いているのだ。

 それは、魔力放出による射撃による封印も、魔力を纏った突撃による封印も来ないという確証がなければできない事だ。

 

「アリサ、AMF内で無茶しないで!」

 

 セレネはアリサを心配して呼びかける。

 今現在、この結界内にはAMF、アンチ・マジック・フィールドが展開されている。

 アンチマジックフィールドとは、その名の通り魔法を無力化させるジャマー系の防御技術である。

 魔法の結合、硬化等を阻害し、攻撃魔法だけでなく、防御魔法や飛行を始めとする補助系魔法も使用が難しくなる。

 単純に魔力纏うだけだったり、バリアジャケットにもあるバリアフィールドでアンチマジックフィールドを相殺できる自分の近辺ならば魔法は使えるが、放出系は大きく弱体化する事になる。

 特に刃としてしか形がなく、バルディッシュの様にデバイスから直接展開していない少々不安定なアリサの魔刃発射はAMFには弱く、突撃仕様の物以外は先の通り、着弾前に殆どの力を失ってしまう。

 セレネのクリムゾンブレイカーならば、それほど影響を受ける事はないが、これほど多くの砲撃が降る中ではとてもリンディの前を離れられない。

 そのリンディは、このアンチマジックフィールドの中和で最早会話すらままならない状態。  

 

 そう、リンディが中和してこんな状態なのだ。

 このリンディの世界とも言えるリンディの結界の中で、リンディが全力で抑え込んでこれなのだ。

 本来は、バリアジャケットすら分解しかねない程強力なAMFが展開されているのだろう。

 このジュエルシード、]\によって。

 

 そんな中でも]]が作り出した強化型闇の獣人は魔法を使っている者がいる。

 それは、恐らく同時出現数が少なくする代わりとして、]\のアンチマジックフィールドを無効化する力を働かせているのだろう。

 その為、敵は普通に魔法は使えても、こちらは満足に使えないという状況が発生しているのだ。

 

「私の魔刃じゃ無理なの……」

 

 アリサが唯一苦手としているAMF状態での戦闘。

 一応手元ならば魔刃は作れるし、全距離の戦闘が可能なアリサならばそれだけでも戦えなくもない。

 しかし、やはりアリサの魔刃は数を用意してこそという面が強い為、戦闘力が大きく下がってしまう。

 それが今の状況、2人でリンディを護る事しかできていない状態に繋がっている。

 

 だが、このままではいずれ押し切られる。

 セレネもアリサも普段より多くの魔力を使用し、魔法を維持している。

 リンディの中和もそう長くは持たないだろう。

 

(アレを使えば、隙を作れるかしら?

 この状態だと、色々問題あるし、その間はバリアジャケットの防御に頼りきりになるけど……)

 

 そんな中、セレネは1人考える。

 この状況を打開する策を。

 最早リンディに指示を仰ぐ事もできない状況ならば、セレネが決めるしかない。

 非常に危険ではあるが、この絶望の先に光を見出す為ならば―――

 

 そう、考えていた。

 だが、その時、

 

 ギギギギ……

 

 歯車がずれる様な音がする。

 セレネの内から、セレネにだけ聞こえる幻聴。

 それは、発作の予兆だった。

 

 ガッ!

 

 その場で膝をつくセレネ。

 リンカーコアからの魔力出力が下がり、あまりに急激な魔力の低下に激痛が走る。

 更に、魔力で強化している部分が多い為、全身の力も抜けてしまう。

 

「セレネ?」

 

 アリサが気付く。

 本当ならこの発作、リンカーコアに抱えた病気の事だけはアリサに知られたくなかった。

 この病気を患った時はまだアリサは幼く、説明された訳でもないし、入院した事を覚えているかも怪しい。

 実力と実績によってこの病気を持ってしても尚、戦闘部隊長として務めるが故に、アースラ艦内の局員にすら公になっていない病気だ。

 知っているのは艦長たるリンディと上司であるクロノと他数名のみ。

 リンディとクロノの計らいや、良い医者と自作のデバイスのお陰で部下の隊員達にも知られること無く何年も過ごしてきた。

 尤も、それ以外の多数の傷を抱えている為、目立つ事が無いというのもある。

 そもそもそう頻繁に起こる発作でもないのだ。

 

 だが、今はこのタイミングでは隠し通す事は不可能だった。

 いや、そもそも隠そうとする余裕すら無い。

 

「こんな……時に……」

 

 ィィィン……

 

 リンカーコアの出力が急激に下がる。

 更に、それによって魔力が維持できず、身体強化どころか、身体の損傷を補強していた魔力すら無くなり全身が軋み傷が開いてしまう。

 その上、魔力供給が止まったことで、アンチマジックフィールドの効果でバリアジャケットが崩壊し始める。

 本来なら身体強化も含め、デバイスに組み込んでいるカートリッジシステムの劣化応用品、バッテリーシステムによって補われる。

 だが、アンチマジックフィールドが展開している今は、元々低出力のバッテリーシステムでは緊急治療の分すらままならない。

 

「ぐ……」

 

 だが、それでもリンディの前に、アリサよりも前に立つ。

 最早バリアジャケットすら形しか保っていないが、それでもリンディの、いや護りたい人達の為の『盾』を務めようと言うのだ。

 

「セレネ!」

 

 アリサはセレネの状態を知って名を呼ぶ。

 だが、そこに、

 

「ギャオオオオンッ!」

 

 ズダダダンッ!!

   ドゥンッ! ドゥンッ!

  ヒュゥオンッ!

     ズバァァァァンッ!!

 

 砲撃が向けられた。

 セレネの状態を知ってか、セレネに対し、集中的に。

 数が多く、アリサが防ぐには射撃によって撃ち落すしかない。

 だが、アンチマジックフィールド下では今のアリサは射撃魔法を使えないに等しい。

 今のアリサでは―――

 

(また、私より前に立つの? セレネ。

 どうして? そんな必要ない。

 だって、私は……私は―――)

 

 その瞬間、アリサは思い出した。

 数日前、過去の夢を見た時も思い出した事で、大切な決意をした過去を、その言葉を。

 それは―――

 

「私は―――」

 

 全てを思い出し、アリサはセレネの横に並んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中心部 マスタープログラム前

 

 声がその場に響いた。

 よく知る人の声が。

 そして、

 

 ヒュッ

 

 同時に風が吹いた。

 

 ドッ!  ガッ!

 

 更に、その直後には鈍い音と、

 

 ヒュォンッ!

   ガッ!

 

 鋭い風の音が響く。

 

「ギシャァァァァッ!」

     「シャァァァッ!」

 

 気付けば、なのはとフェイトが相手をしていた男性型獣人と女性型獣人の1人が吹き飛ばされ、

 

 バシュゥンッ!

     ギギギ……

 

 自爆型獣人の3体が爆発せずに消える。

 消える直前、頭部に刺された跡があるが見えた。

 更に、重力捕縛の影には小刀らしきものが刺さり、動けなくなっている様だ。

 

 瞬時にそれだけの事が起きた。

 

「―――っ!」

 

 タッ!

 

 なのは達は全員その隙に体勢を立て直す。

 なのはとフェイト、久遠とアルフは合流し、彼の前に集まった。

 

「大体状況は掴めた。

 Yは一箇所に集めないとダメか、Zの自爆は意思と内蔵されたエネルギーの線を断てば爆発しないな。

 前の時、電撃で自爆できなかったのはその自爆命令が電気で撹乱され送れず、更に自爆のエネルギーは電気系では爆発するものではなかったからだ。

 攻撃時の爆発は攻撃による衝撃が原因だからな、線だけを切れば自爆もできん様だ。

 Xの束縛は敵味方識別不能か、適当に何か投げ込めばいい。

 残りは統制している]WとXと]Wを護る]か、まあ、一瞬でも穴を開ければそれで済むな」

 

 今来たところだと言うのに、彼は的確にジュエルシードの能力を見抜く。

 それもずっと戦っていたなのは達よりも正確に。

 それは、なのは達には無い熟練者としてのカンも含まれているのだろう。

 だが、それ以外にも何かある様に思える。

 

 しかし、その前に、

 

「後は残っているのは、[と]Zと]Vか」

 

 彼は宙を見上げる。

 それにつられてなのは達も見上げた。

 マスタープログラムの周囲に浮かび、フォーマットされようとしている3つのジュエルシード。

 

 が、なのは達もその時気付いた。

 今まで立て続けに迎撃の為にジュエルシードを送り出しておいて、なのはがここに到着してからずっとその3つには変化がない。

 そして、更に思い出す。

 その残っている3つとは、何であったかを。

 

「初期化できないのだろう?

 いや、正確にはお前が思っている様な初期化、最適化ができない。

 それ等は本当の意味でちゃんと初期化されているからな」

 

 彼は告げる。

 マスタープログラムですら忘れている真実を。

 端末である筈のジュエルシードが思い出している本当の意味を。

 

「来い、行くぞ」

 

 そして、彼は呼びかける。

 今日まで封印されず、ずっと共にあった同志に。

 いや、それ以上に、最早彼等は―――

 

 ヒュゥンッ!

 

 マスタープログラムの傍からジュエルシード]Vが動いた。

 強制的に集められ、フォーマットの為に拘束されていた筈のジュエルシードがマスタープログラムの命令に背いた。

 そうして辿り着く先は彼の手の中であり、

 

 キィィン……

 

 デバイスの中へ。

 自分が望み、あるべき場所へと戻っていく。

 

「さて」

 

 作業の全てが完了し、彼は構えた。

 しかし、それ以上は動かない。

 ただ、構えてなのは達の前に立っている。

 よく見ればボロボロの姿で、相当のダメージを負いながらもここへ来たのだと解る。

 だがそれでも尚、その姿はあまりに大きい。

 

(そうか……)

 

(そうなんだね)

 

 その姿を見て、なのはとフェイトは気付いた。

 理解できたと思っていた彼に対し、大きな勘違いをしていた事を。

 

(少しは近づいたと思ったんだけどな……違うんだね。

 そもそもその考え方自体が間違ってたんだ)

 

(駄目だね、横には並べない。

 そして、貴方も私が同じになる事は望んでいない。

 でも、それんら―――)

 

 この者と並ぶ事はできない。

 並ぶには今ある自分を捨て去らなければならないだろう。

 彼がそうまでして護ってくれた可能性をも全て。

 

 だから、なのは達は告げる。

 今、背を向けて待っている彼に対して、

 

「お兄ちゃん」

「恭也」

 

 担い手はここに在ると。 

 

「「斬って!」」

 

 何故なら、その人は―――

 

「承知」

 

 役割を任じられ、彼は動く。

 前に出ながらこの闇へと告げる。

 

「我は使命も宿命も持たず、ただ待つ者なり」

I existed in light once. Yet, I died and fell to darkness我は嘗て光にあり、しかし死をもって闇に堕ちる

 

 告げるのは呪文でありコード。

 それはなのはのレイジングハートにも掛けられていたデバイスを起動させる為のパスコードだ。

 だが、彼自身で言葉を紡ぐと同時にデバイスもコードを告げる。

 しかしその内容は復唱ではなく、意味の違う言葉だ。

 

「我が行く道に安息の夢も、未来の理想も求めず、光はここに無い」

I was again born in darkness, And I knew a meaning of the darknessそして、闇の中で我は再び生を得て、闇の意味を知った

 

 それはレイジングハートの起動コードにも似て、しかし全く異質の呪。

 それは一体誰に対して向けられた言葉なのだろうか。

 

「ただ『力』となることだけを求め、全てを研ぎ澄ます」

Then I have with darkness and goes with darknessならば、我は闇の中に在りて、闇と共に行かん

 

 それは己の事であり、他でもない自分自身に告げる様な言葉だ。

 しかし、それは違う。

 これは、自分以外の他者へ向けた言葉だ。

 

『今、我が担い手が我を求めるならば」

Therefore I named故に、我は

 

 待っている―――いや、今までずっと待っていたのだ。

 必要としてくれる人を。

 だから―――

 

 

「―――我は此処に『ツルギ』の意味を示さん」

―――Saber Soulセイバーソウルと名乗ろう

 

 

 そう、不破 恭也は、『ツルギ』である者。

 人を救う為の聖剣の如き正義的な存在でもなければ、破壊を齎す魔剣の如き悪魔的な存在でもない。

 不破 恭也という人間はただ単純に『力』たる『剣』なのだ。

 その『力』の性質は、担い手が行動を持って示すものでしかない。

 

 不破 恭也は己の為に『力』を振るわない。

 己の未来を求めて破壊を行う事はない。

 不破 恭也はただ己が認めた担い手の行く道を、それを塞ぐ障害を担い手が乗り越える為に『力』を添える存在。

 故に彼はただ純粋に『ツルギ』である人だ。

 

 キィィィンッ!

 

 デバイスが完全に起動する。

 己の名を己の意思で決めた黒のデバイスが。

 嘗て『シャイニングソウル』として人を護っていたデバイスが、ジュエルシード]Vを組み込んで、『セイバーソウル』として新生した。

 しかし、このデバイス、ジュエルシードを組み込んでいるが、なんら特殊な能力を持っている訳ではない。

 それはただ―――

 

『Darkness Rider』

 

 フッ!

 

 なのは達の前から恭也の姿が消えた。

 

 ヒュォンッ!

 

 それと同時に幾つかの風が流れ、

 

 パシュゥンッ!

 

 なのは達の周囲を包囲しつつあった自爆型獣人が消滅する。

 ジュエルシードも黙って待っていた訳ではない。

 しかし、それも崩れ去る。

 

 恭也の動きはなのは達にすら見えていない。

 だが、恭也は神速を使っている訳ではなく、ダークネスライダーと名を改めたヘルズライダーでこの闇の中を駆けているに過ぎない。

 最後に恭也がヘルズライダーで戦った時、フェイトとの戦いの時ですらフェイトが目で捉えることは殆どできていなかった。

 しかし、ダークネスライダーとなった今、神速を使っているのと変わらない程、全く視認する事ができない。

 

 それは、デバイスが完成したからこそ実現した業である。

 

 セイバーソウルは高速処理装置の塊と言って良い程に機能を特化されたインテリジェントデバイスだ。

 そして、AIは恭也と同調する事だけを考えて作られ、ベースはリンディでありながら、殆ど恭也の思考をコピーしているに等しい。

 その為、インテリジェントデバイスとしてはある意味究極の同調を可能としている。

 しかしこのセイバーソウルは、あくまで同調を目的とする為、インテリジェントデバイスの自動防御などの機能は存在しない。

 

 そうして、大凡完璧と言える同調を得て完成したセイバーソウルと恭也の間には最早刹那の時間もズレが生じない。

 ジュエルシードはそんな同調のシステムを僅かに補助する機関に過ぎず、それを自ら受け入れた。

 ジュエルシードの力は僅かであるが、しかし、それによって生まれるのが完全同調、人間同士ではなしえない100%のシンクロ。

 それにより、『闇を駆ける者』として生まれたダークネスライダーは正に闇こそ己であると、その何処へでも自在に駆け往く魔法となる。

 そうだ、この状態において、この空間はもう恭也のものだ。

 

 ヒュゥン

 

 風が流れる。

 ただ風が流れる音だけがする。

 だが、それに続くのは、

 

 ズババババシュンッ!

 

 闇の獣人達が消滅する音。

 恭也がなのは達の行く手を阻むものを排除していく音だ。

 

「ギャォォォォンッ!!」

 

 殆ど完璧な包囲をされ、ジュエルシードが1つそのまま使って指揮しているというのに、ジュエルシードが防戦を強いられている。

 恭也が手にしたセイバーソウルは、持ち主と一体化する事で、その力を発揮する。

 しかし、ミッドチルダ式のインテリジェントデバイスとしては極めて異質な作りだ。

 起動の為のパスコードを自ら読み上げる。

 つまりは、力を発揮するか否かは恭也とデバイスの両者が合致しなければ認められないという事だ。

 デバイスの思考は基本恭也その物である為、恭也が自らに嘘を吐く様な戦いはできない事になる。

 更に、持ち手そのものになる為だけにキャパシティの殆どを使い切り、デバイスとして記憶している魔法は僅か2つ。

 

 このセイバーソウルの機能を活かせるのは恐らく恭也以外には存在しない。

 その特性から、インテリジェントデバイスとして、道具としては究極の一と言えながら、究極の駄作であるこのデバイス。

 ジュエルシードの存在すら無駄になっているとすら言える。

 

 だが、今恭也が手にしているのは小太刀『八景』。

 不破 恭也の愛刀にして相棒―――いや、それ以上に、二刀一振りのこの小太刀は不破 恭也にとって正に『半身』。

 そこへ更にセイバーソウルが合わさった時、不破 恭也と言う存在は―――

 

 バシュンッ!!

 

「ギャォォォォオオンッ!!」

 

 瞬く間に消え去る闇の獣人。

 闇の獣人が―――いや、ジュエルシードが悲鳴を上げる。

 たった1人の人間が、魔導師ですらない男が来ただけで情勢が一変する。

 恭也をここに到着させてしまった事はマスタープログラムにとっては最大の失策。

 2つのジュエルシードを同時に差し向け、完全に抹消できなかったのは、マスタープログラムにとっては最悪の展開。

 更に、ジュエルシード]Vを得て本当の意味で完成したセイバーソウルと八景を、つまりは『半身タマシイ』を得た不破 恭也と言う存在を許した。

 ]Vの離反と言うだけ済まされない、在り得ざる事態まで招いた事も含め、全て失敗の代償が、今此処に示される。

 

 それに、この機になのは達が黙っている事など在り得ない。

 

「くーちゃん!」

 

「アルフ!」

 

 なのはとフェイトは動きながらパートナーの名を呼ぶ。

 恭也が作ったこのチャンスを活かす為に。

 だがその言葉に指示内容の無く、ただの呼びかけだ。

 しかし、

 

「解った」

 

「了解」

 

 それでも2人はやるべき事を理解し、即座に実行に移る。

 

「はぁぁぁっ!」

 

「……」

 

 キィィィンッ!

 

 久遠の力が魔力が魔力変換され、アルフも魔法を展開し始める。

 今このタイミングで放つのは、

 

「いけぇぇっ!」

 

 ズダァァァンッ!

 

 先に動いたのは久遠。

 久遠は地面に拳を突きたてる様にして雷を全方位の地面に拡散させる。

 短時間のチャージの為、殆ど目眩まし程度の威力しかないが、

 

「ギシャァァァァッ!」

       「シャァァァッ!」

   「シャァァァッ!」

 

「ギギギギ……」

 

「ギャォォォォンッ!」

 

 全ての敵が一瞬だけ動きを止める。

 そこへ、

 

「いけぇっ!」

 

 ヒュォンッ!

 

 続いてアルフがリングバインドを放つ。

 数は10個程度。

 最も近い自爆型獣人とYの闇の獣人3体に向けられる。

 

 恭也が来る前までならば、ほとんど無意味な攻撃であった連携。

 それ以前に使う余裕すらなかったが、今ならば、

 

「ふっ!」

 

 ドッ!

 

「ギシャァッ!」

 

 恭也がリングバインドに気をとられた男性型獣人を蹴り飛ばし、

 

「はぁぁぁっ!」

「せぇぇっ!」

 

 ズダンッ!

   ヒュゥオン!

 

 「シャァッ!」

     「シャァッ!」

 

 なのはとフェイトがそれに合わせ、同じく雷とリングバインドに気をとられた女性型をそれぞれ叩き飛ばす。

 その吹き飛ばす方向は、

 

 ズドォンッ!

 

 同じ地点だ。

 

「「「ギシャァァァッ!」」」

 

 3体が吹き飛ばされてぶつかり合い、一点に止まる。

 なのは達4人だけでは、雷だけでは足りず、リングバインドを使ってしまうと人手が1人足りなくなってしまう為できなかった策。

 その最後に、

 

「「「封印!」」」

 

 ズダァァァンッ!!

 

 恭也、なのは、フェイトが一箇所に集まった3体に0距離で力を放つ。

 3人で、3体を一箇所で同時に封じる。

 

(あれ?)

 

 その時、なのはは見た。

 恭也は何故か新しい切傷の跡がある右目を開き、傷らしき跡が見えない左目を閉じて戦っていた。

 何故この戦いの中で、片目を閉じて戦っているのだろうか。

 

(左目……)

 

 フェイトもそれに気付いた。

 左目というの点で思い当たる事がフェイトにはある。

 だが、今わざわざ閉じている理由には繋がらない。

 それは意図的に閉じている事は間違いなかった。

 

 しかし、今その事を問う時間はなく、考える暇もない。

 今ここに1つのジュエルシードの対処を終えた。

 だがその間、アルフと久遠はまだ動いている。

 

「そう言えば、Zの自爆型同士なら影響ないみたいだけど、他のジュエルシードだとどうなるんだ?」

 

 ジャリィィィンッ!!

 

 そんな問いかけをしながらチェーンバインドを用意するアルフ。

 更に、

 

「ああああっ!」

 

 ズバァァァンッ!!

 

 久遠が今度は空中に雷を放つ。

 それはまるでスプレーを噴射する様に広域に散布される。

 

「ギギギ……」

 

 その雷は1体1体の敵には弱く、倒せる程でもなく、また電気では自爆もしない事が解っている。

 だが逆に言うと、電撃を受けているせいで、自爆もできない状態だ。

 それを、

 

「そらよっ!」

 

 ジャリィィィンッ!

    ヒュゥォンッ!!

 

 アルフがチェーンバインドで捕らえ、投げる。

 拘束のXの影と、]が作り出している風の結界へだ。

 

 ズドォォォォォォォンッ!!

 

 着弾後、電気がなくなったのもあり、正常に自爆に入る自爆型獣人。

 その爆発による影響はXの方は実証済みであったが、]の風の結界すら揺るがしている。

 

「なるほど、今回は1度に出る数が少ないと思ったら、誘爆に誘爆を重ねた時に味方を巻き込まない為か」

 

 そんな解説を口にしながらも、アルフは爆弾と化している獣人を投げる。

 だが勿論、そんな事を続けて倒そうなどという気はなく、

 

「ギャォォォォンッ!」

 

 久遠の雷の届かない所に出現していた自爆型獣人が久遠とアルフを包囲しつつあった。

 しかしそれは、今動ける自爆型獣人はアルフと久遠にだけ向かった事になる。

 つまりは、

 

「爆弾投げたから統率も狂ったか?

 そりゃあ嬉しい誤算だねぇ。

 というか、恭也が居るのに本体の護衛を疎かにするのはどうかね?」

 

 そんな独り言を呟くアルフ。

 その時には、既に、

 

 ザクッ!

 

「封印」

 

 Z本体までたどり着き、ジュエルシードZを闇の獣人の身体から小太刀で貫き、押し出して、封印を済ませていた。

 

 パシュゥンッ!

 

 そうして今回は大人しく消える自爆型獣人。

 前回を考えて、一応逃げる用意もしていたアルフと久遠だが、そのまま次の攻撃に入る。

 

「これで」

 

「ラスト!」

 

 まだ3つのジュエルシードが残っている中、久遠とアルフがそう叫びながら風の結界へと向かう。

 それぞれその拳に力を込め、それを力いっぱい振るう。

 

 ズドンッ!

 

 2人の力が直接叩き込まれ、風の結界が歪む。

 しかし、破壊には至らない。

 エネルギーの流れであるこの結界は多少の破壊など意味は無い。

 それは解っていた事だ。

 だが、そこへ、

 

「せぇっ!」

 

 ヒュォンッ!

 

 恭也の刺突が入った。

 

 ブワッ

 

 久遠とアルフの打撃で歪んだ処に鋭い刺突。

 それにより、結界に僅かな穴が開く。

 エネルギーの流れに僅かな隙間ができたのだ。

 それは数秒もすれば完全に閉じる小さな穴が。

 だが、通り道さえできれば、後は、

 

『Divine Buster』

『Thunder Smasher』

 

『『Sealing Mode』

 

 ズダァァァァァンッ!!

 

 Yを倒して以降、ずっと準備をしていたなのはとフェイトの魔法が放たれる。

 ボロボロのデバイスで撃てるギリギリ2発目の浄化封印用の砲撃魔法。

 

 ズバァァァンッ!!

 

 そうだ、強力な結界に閉じこもったが故に、Xも]も]Wも逃げ場が無い。

 

 カァッ!!

 

 なのはとフェイトの放つ光が小さな結界の中に満たされ、強い光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻 

 

 動けぬリンディを背に護るセレネに砲撃が降りかかろうとしている。

 そんな中、

 

「だって、私は―――」

 

 アリサはセレネと並び立つ。

 そして、

 

 キィィンッ!

 

 発射台にしてブースターたるリングを展開する。

 そこで生成されるのは、

 

「私は、皆の敵を切り払う『剣』だから!」

 

 ガキィンッ!

 

 リングの中に生成されるのは『剣』。

 不安定な『刃』ではなく、確固たる『剣』だった。

 それはまるで碧色の水晶の剣が実体化したかの様に美しく、そして鋭く光る退魔の護封剣。

 アリサの本来あるべき魔法の形が今ここに現れる。

 

「いけ」

 

 ズダダダダダンッ!!

 

 放たれる百の魔法剣。

 その魔法剣はアンチマジックフィールドの中でありながら、形を崩す事無く突き進み、

 

 ズバババァァァァァンッ!!

 

 全ての砲弾を切り払った。

 

 アリサの剣はアンチマジックフィールドの中でもその威力を下げる事はない。

 不安定であった『刃』が確固たる『剣』となって安定したのもあるが、確かな形を得た事で耐アンチマジックフィールド用のコーティングが施せる様になったのだ。

 それを、この土壇場でアリサはやってのけた。

 いや、これはアリサが己の魔法の本質を見つけ出した結果だ。

 それは、生まれついてのものも大きいが、それ以上に家族が、大切な人達が、『盾』となり、『杖』となって傷ついていくのを見て望んだ『剣』という形。

 それを今まで『切り払う物』として『刃』だけを形にしていたから力を発揮できずにいた。

 しかし今までズレていたアリサの魔法と本質の形が、再び『盾』の危機を見て思いだし、本来の形に戻ったのだ。

 

「ついに、完成したのね……」

 

 その姿を見たセレネは微笑む。

 だが、次には真剣な顔に戻り、そして告げる。

 

「私も負けていられないわね。

 姉として」

 

 発作によるダメージはまだ回復しきれていない。 

 だが、それでもセレネは構える。

 この状況を打開し、勝利する為の業を放つ為に、

 

 更に、

 

「あら、なら私も良い所なしじゃ終われないわ」

 

 それはアンチマジックフィールドの中和で喋る事もできなかった筈のリンディの声だ。

 更に言葉は続く。

 

「5秒で終わらせなさい」

 

 それだけを告げるリンディ。

 何を、などという余計な言葉は無い。

 だから、

 

「楽勝よ」

 

 アリサもただそれだけを答える。

 そこから始まるのは、

 

 キィィンッ!

 

 地面に魔法陣が描かれる。

 元々この結界を展開している魔法陣であり、それに何かが加わる。

 

「アンチマジックフィールド、除去!」

 

 カキィンッ!

 

 リンディの声と共に、何かが崩れる音がする。

 それはアンチマジックフィールドが消滅した音、リンディが自分の世界から他者の力を排除した証。

 そこへ、

 

「受けろ、クリムゾンブレイカーのもう1つの型を!」

 

 ブンッ!

 

 大きく拳を振りかぶり、クリムゾンブレイカーの体勢をとるセレネ。

 しかし、正面の敵の背には結界境界面があり、突撃にはあまりに不向きな地形と配置。

 だが、それでも、

 

「いっけぇぇぇっ!」

 

 拳を前に突き出しながら、シールドとバリアが形成される。

 更に紅き翼、クリムゾンストライカーが展開し、セレネは一歩踏み出す。

 

 ズダァァァァァァァンッ!!

 

 その一歩。

 その一歩で拳を振りぬき、シールドとバリアの塊が広域に広がりながら放たれた。

  

 ブワァンッ!!

 

 クリムゾンブレイカーはセレネの唯一の攻撃魔法だ。

 だが、その型は1つではなく、幾つかのパターンがあり、それがあって如何なる状況、如何なる敵も打ち砕く魔法になる。

 これはその中でも広域の敵を殲滅する型。

 放ったシールドとバリアで相手を押しつぶす、広域重圧攻撃だ。

 その射程は短く、距離による減衰も酷い為、滅多に使わない型だが、今この場でなら、

 

「ギャオオオ……」

 

 ズドォォォォォンッ!!

 

 セレネのクリムゾンブレイカーと背後の結界境界面に挟まれ、結界内部へと押し出される闇の獣人達。

 ジュエルシード本体から離れ、闇の獣人がどうなるかは不明だが、どうなるにせよ、今この場から一掃できればそれでいい。

 何故なら、

 

『Stinger Blade

 Sword World Shift』

 

 ォゥン……

     ガキィィンッ!!

 

 その時には、アリサの攻撃準備が整っている。

 ジュエルシード2つを取り囲む千のリング。

 そこに生成される千の魔法剣。

 全て退魔の護封剣である。

 

「受けなさい、私の剣界を」

 

 ズダダダダダンッ!!

       ガキィィンッ!! 

 

 千の魔法剣を放ち、形成される魔法剣の檻。

 そこへ、

 

 バシュンッ!!

    ズバァァァンッ!

 ジャケットも上着もスカートもパージし、最軽量のレオタードだけの状態で最速の突撃を行うアリサ。

 

「終わりよ!」

 

 ガシャンッ!!

 

 刺し込まれるアリサが持つ1本の巨大な水晶剣。

 そして、

 

「封印!」

 

 キィィンッ!

 ズバァァァァンッ!!

 

 最後に刺し込まれた1本だけではなく、周囲の檻である魔法剣も共鳴し、封印が執行された。

 

 タンッ!

 

 再封印したジュエルシード]\と]]を手に着地するアリサ。

 

「ほら、楽勝」

 

「アリサ……」

 

 勝利の笑みを見せるアリサ。

 そんなアリサを見るセレネは、

 

「やっぱりその格好は少し露出が過ぎると思うわ」

 

 戦闘中だというのにそんな事をのたまった。

 

「それを今言うか!

 良いのよ、どうせこの姿を見るやつは記憶も消し飛ぶ私の必殺魔法を受けてるんだから」

 

 自信満々にそう告げるアリサ。

 

(味方はいいのかしら?

 クロノの苦労は知らないのね)

 

 などと考えている義姉。

 この場の敵を全滅させ、少し余裕ができたからこその思考。

 だが、

 

「……アリサ、ジャケットは戻しておきなさい。

 一応、念のために」

 

「……え?」

 

 バシュンッ!

 

 セレネに言われる前にジャケットは戻していたアリサ。

 だが、その時だ。

 

 ォォォォオオンッ!!

 

 何かが動き出した。

 

 バッ!

 

 即座に合流し、3人で背を合わせる様に身構える。

 

「……何、これ?」

 

 警戒しつつ周囲を見渡すと、そこへ更なる異変が起きた。

 

 ギギギギギ……

 

 何かを無理矢理押し出す様な、そんな音と共に、結界内の地面から黒い影が生えて来たのだ。

 そして、それ等は徐々に形をとる。

 人と獣が半分ずつのすがた―――すなわち、

 

「ォォォオオオオンッ!!」

 

 闇の獣人が現れた。

 しかし、それは今までのものとは、どれと比べても異質なもの。

 だが、それを見たリンディとセレネは落ち着いていた。

 

「どうやら中の方も順調の様ね」

 

「大凡予定通りか。

 なら、間に合うだろう」

 

「ええ」

 

 リンディとセレネだけで話、納得する。

 アリサは話に加われないが、しかしなんとなく解る。

 

「流石に用意周到ね」

 

 2人の台詞から大丈夫だと解るが、それでも3人とも構えは崩さない。

 準備はしてあるが、どんな不測の事態にも対処し、完璧に勝利する為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 中心部

 

 リンディ達の前に黒い影が出現し始めた頃。

 ここ中央部、マスタープログラムの前でも同様の闇の獣人が出現していた。

 やはり、地面から生える様にして。

 

「ねえ、おにーちゃん、これって……」

 

 なのはは気付いた。

 この場所とジュエルシードの防衛機構の成り立ちに気付いているのならばすぐに解る事だ。

 

「ああ。

 どうやらマスタープログラムは最後の手段に出たようだ」

 

 全員で宙に浮くマスタープログラムを見上げる。

 その傍には未だフォーマットされていない[と]Z。

 そして、この闇の世界を構築していると思われていた]]Tがある。

 その]]Tが今現在力を放っているところみると、この現象は]]Tが展開しているものの様だ。

 

「この影はここのお墓で眠る人達だよね?

 このお墓に残ってた思念を具現化したもの。

 ジュエルシードに憑いた思念じゃないから防衛機構じゃない」

 

 フェイトも気付き、考える。

 この先に起きる事を。

 

「ああ。

 この者達は今起こされただけだよ」

 

「じゃあ、ジュエルシードがこの人達を起こした目的は―――願わせる事」    

 

 ジュエルシードはそもそも願いを聞いて叶える存在だ。

 それが、何故か世界をも滅ぼしてきた。

 それはあまりの理不尽な願いの為に世界のバランスが崩れて起きる現象だ。

 つまりはジュエルシードの意思ではない筈だ。

 

 しかし、現にあまりに多くの世界が滅びてしまい、この世界のジュエルシードを見る限り、ジュエルシードが意図的に破壊に導いているとしか思えない。

 だが、ジュエルシードはあくまで願いを叶える存在である以上、自分の意思だけで破壊は起こせない。

 ならば、どうするか。

 

 そう、世界が崩壊してしまう程の願いを誰かにいいのだ。

 そして、人の願いの中で、高確率で且つ不可能な願いと言えば―――

 

「死者の蘇生」

 

「フェイトは例外中の例外だ。

 そもそも願った時点ではまだ『死亡』はしてなかったしな。

 本当に『死亡』しているならばジュエルシードでも不可能だ」

 

 誰でも思うだろう、死にたくないと。

 そして、もし死者がその死の間際に願うなら、その『死にたくない』は『生き返らせて欲しい』というものになる。

 その願いを、ジェルシードが受諾すれば、結果として世界が破壊される。

 それも藤見台墓地に眠る死者の数、その思念が残っている数だけでも見た限りかなりの数だ。

 1人でも不可能なものをこれだけの人数に願わせれば、世界は一気に崩れるだろう。

 

 これが、恐らくジュエルシードが崩壊させてきた世界で、何かしらの問題が起きた時に使った最終手段。

 全てを無にして、逃げ出す為の手段だ。

 仮に今のなのは達の様にマスタープログラムに対抗できる者がいても、墓場に眠る死者の思念を全て消し去る事はできない。

 

「まったく、機能の歪みも酷いものだ。

 だが―――」

 

 この状況下、恭也は動く気配を見せない。

 周囲の死者の思念に対し攻撃する素振りも見せない。

 何故なら、

 

「人をあまり甘くみるな」

 

 必要がないからだ。

 

 ァァァァァァ

 

 丁度その時、声の様なものが聞こえた。

 いや、それは風の音だったのかもしれない。

 この闇の世界の中で、外から風が吹いている様な気がするのだ。

 いや、それは気のせいではない。

 

 キィィィンッ!

 

 同時に闇の世界の地面に術式が展開される。

 それはリンディがこの結界を作り出すときに一緒に取り込んだもの。

 

「お前が人の思念を利用するならば、こちらもその思念で対抗しよう」

 

 ァァァァァァアアアアア

 

 徐々に強くなるその声は歌の様で、心が落ち着いてくる。

 そして、

 

「ギ……が……」

 

 パシュンッ!

 

 近くに具現していた残留思念が崩れる。

 ジュエルシードが形を与えたものが、根本から消え去ってゆく。

 

「あ、これ神咲が使う鎮魂の儀式だね」

 

 久遠が気付いた。

 今まで何度か見た那美達が大量の残念を払う時に行う術式だ。

 それをこの結界に取り込み、発動しているのだ。

 本来この鎮魂の儀式でも、全ての残留思念を1回で完璧に浄化する事はできないが、心を静めることはできる。

 しかもジュエルシードがわざわざ形を持たせたものだ、それ故に鎮魂の詩も伝わりやすく、蘇生を願わせる事を防止することは可能だ。

 

「他の世界はどうか知らんが、少なくともこの世界は『鎮魂』という技術がある。

 後は事前の情報さえあれば、防ぐ事くらい可能だ」

 

 ピキィッ!

 

 恭也の言葉を聞いてか、ジュエルシード]]Tのナンバーを示す紅い文字に亀裂が入る。

 そして、

 

 パキィィンッ!

 

 砕け散る音と共に、ジュエルシード]]Tは正常化された。

 この鎮魂の歌に、浄化がなされたのだ。

 更に、

 

 パキィンッ!

 

 それと同時にジュエルシード[と]Zが飛び出す。

 最初に恭也に憑き、なのはが最初に封印した[と、フェイトの蘇生に使用され、ずっとフェイトと共にあった]Z。

 恭也の]Vの様な特別な浄化と封印がされなくとも、長く共にあり、なのは達を見てきたこの2つもまた、既に本来の初期化がなされている。

 そして、[と]Zはこれからも2人の行く末を見届けたいと、それぞれなのはとフェイトの下へと戻っていく。

 

「あ、いいの?」

 

「来てくれるんだね」

 

 2人はそれを受け取る。

 2人にとって、大きな意味を持つジュエルシードが自分から来てくれた事を喜びながら。

 

 そうして、最早残るのはジュエルシード・マスタープログラムのみ。

 端末たる全てのジュエルシードを失い、本体だけが宙に浮いている。

 後は、このマスタープログラムさえ浄化封印すれば、この事件の全てが終わる。

 

 しかし、

 

 オオオオオオンッ!!

 

 最後の最後で、マスタープログラムは動き出す。

 

 ガキィィンッ!

 

 自分の周囲を強力なシールドで囲い、

 

 キィィィンッ!!

 

 大きな魔法の準備をしている。

 どうやら転移魔法で、この世界から単独で逃げ出そうと言うのだろう。

 

 それを許す訳にはいかない。

 

 しかし、度重なる戦闘により全員魔力は残り僅か。

 それにレイジングハートとバルディッシュも破損の後の2度にも渡る封印執行により最早限界。

 1度浄化封印がされていたジュエルシードならいざ知らず、恭也1人では流石にマスタープログラムの浄化は不可能だ。

 だが、それでも、

 

「恭也、バリアの方をよろしく」

 

「承知」

 

 誰も全く諦める気はない。

 恭也は前に出てマスタープログラムが展開するバリアと向き合う。

 それは魔導師ではない恭也でも簡単に解るほど強力なバリアだ。 

 外界との関わりを拒絶していると言っていい程の鉄壁の護り。

 結界などの本当の意味で世界から隔離する手段は解除される事を恐れて選ばなかったのか、それとも転移の準備の為に敢えて単純なバリアにしたのか、マスタープログラムの考えは解らない。

 

 しかし、

 

「行くぞ」

 

 そのバリアに恭也は挑もうと言う。

 魔導師ではない恭也が。

 その手の剣で。

 

Saber Soul:YAKAGE

 SemiFinal Mode』

 

 キィンッ!

   ヒュィンッ!

 

 その時、セイバーソウルは恭也の意思通りにセミファイナルモードを発動させる。

 恭也の首から下がるセイバーソウル本体から展開されるのは八景の外殻だ。

 

 ガキンッ!

 

 鞘にも見える外殻が八景に装着される。

 刃の部分は完全に覆われ、刃が無くなる。

 更に本来八景には付いていない鍔が形成され、刃を覆う外殻の大きさから長剣の様なシルエットになる。

 全体の形としては、フェイトを救う時に使用した名も無い試作型実剣器と似ており、刃の部分には魔力放出用のスリットがある。

 しかし、柄以外は完全に外殻に覆わる為、全体としてやや太くなってしまい、バランスをとる為に刃渡りは長くなっている。

 それ故に、大きさで言うと、太刀というよりも大太刀に近い大きさのものになってしまっている。

 

 そうして完成したセミファイナルモードの使用用途は嘗ての試作型実剣器と同じく、物理破壊をしない為の『鞘』である。

 

 これが、『セイバーソウル:八景』のセミファイナルモード。

 恭也の道からすれば余計なものであり、外れるものであるが、しかしファイナルモードの存在によりセミファイナルモードという名を持つ状態だ。

 これはあくまで魔力攻撃をする為だけの形態。

 それをもって、

 

「……」

 

 スゥ……

 

 恭也は左目を開いた。

 今まで閉じていた左目を。

 もう光を捉えることの無い左目をだ。

 

 しかし、そこには、

 

「……」

 

 現在鏡がない為、恭也は見えていない。

 だが、実感はある。

 左目の瞳孔が人のそれではなく、猛禽類や肉食獣によくある細長いものに変わっているのだ。

 色も元の色に近いが、しかし純粋な黒ではなくなっている。

 

 その変わった左目だが、相変わらず光は捉えない。

 その代わりに、

 

(なるほど、そうなっているのか)

 

 恭也の左目に映るのは本来視覚化されない魔力。

 普通の魔導師ならば感じられるものが恭也の左目に視覚化されている。

 元々恭也の魔力は低い上にその特性から相手の魔力を感知するのには不向きだった。

 その代わりとも言えるものが左目に、光を失う代わりに備わったのだ。

 

 ガキンッ!

 

 そうして、両目で見た情報から恭也は構えを取った。

 両の剣を自分の身体そのもので隠す抜刀の構えだ。

 そして、そこから始まるのは、

 

『Darkness Rider

 Death Master Mode』

 

 ドクンッ!

 

御神流 奥義之歩法

神速

 

 まず神速の領域に入る。

 右目の視覚は白黒になり、左目の情報も色を失った様に魔力の区別が見辛くなる。

 しかし、それでも十分だ。

 

 ダンッ!

 

 同時に始まったダークネスライダー・デスマスターモードを使用して闇の空を駆け、マスタープログラムの前に移動する。

 ただのダークネスライダーでも、ただの神速でも身体にダメージを受けるというのに、ダークネスライダーで神速を使う。

 その時の身体への影響は命を賭さねばなぬ程に重大だ。

 だからこそ、この時のモードの名は『デスマスターモード』。

 自らの生死すら統べてみせようという意思を示したものだ。

 

 そして、その領域で放つのは、

 

小太刀二刀 御神流

 

「そこだっ!」

 

 その業は曰く、距離を無とし、全にして一の答え。

 小太刀二刀御神流の全てであり、基本の一たる業。

 

奥義之極

 

 神速による超高速移動による空間を自在に往き、『貫』をもって相手の見切りも防御も見切り、『徹』を持って相手の防御力を無視して、斬撃を直接内部へと叩き込む。

 それを、全て一瞬でこなし、相手に瞬く間すら与えない一瞬の光の様な斬撃。

 故に、是―――

 

 

 カッ!

 

 恭也という存在自体から抜き放たれる剣は黒き光を刃とし、放つ。

 それは恭也の魔力だ。

 その光がバリアに触れる。

 その直後、恭也は離脱するが、暫く何も起きない。

 表面的には何も起きていない。

 だが―――

 

 バリィィィンッ!!

 

 数秒後、バリアは崩れ去った。

 ロストロギアたるジュエルシード・マスタープログラムが展開したバリアがまるでガラスの様に砕け散る。

 

 恭也が放ったのは本当に僅かな魔力。

 しかし、徹によってその魔力はバリアの内側へと入り込み、バリアの要点であった場所を内部から破壊したのだ。

 どんな強固な護りにも弱点は存在する。

 それが魔法という高度な技術、それもマスタープログラムが展開した難解で複雑な術式の上に高出力のバリアでも。

 いや、それほどのものなれば、エネルギーの供給付近に僅かな亀裂が入るだけで自壊する。

 そんな場所に衝撃が加わるなど本来在り得ないが故の自壊だ。

 更に言えば、外から破ったのではなく内部から崩壊させた為、再構築は容易ではない。

 

 ォォォォオオオッ!!

 

 バリアが崩れ去った後、音が響いた。

 それはマスタープログラムの驚愕と悲鳴だったのかもしれない。

 そして、そこに―――

 

「いくよ、皆」

 

「うん」

 

「いいよ」

 

「OK」

 

 なのは達は4人で一箇所に集まっていた。

 そして、なのはとフェイトはデバイスを前に構える。

 そこへ、

 

 キィィンッ!

 

 [と]Zのジュエルシードが飛び、デバイスの周囲を回る。

 

「手伝ってくれるの?」

 

「ありがとう」

 

 キィィィィ……

 

 そして、ジュエルシードはそれぞれレイジングハートとバルディッシュの中へと入る。

 すると、

 

 カッ!

 

 2つのデバイスが強い光を放ち、重なっていく。

 それから形を変えながら一つへ、

 

 ガキンッ!

 

 そうして完成するデバイス。

 半壊した2つのデバイスの合体。

 本来デリケートなインテリジェントデバイス、しかも半壊状態でそんな無茶をするなど考えられないが、最後の魔法を使うのにはデバイスが必要だった。

 だから、デバイスの主であるなのはとフェイトが協力して合体を執り行う筈だった。

 だがそれはジュエルシードによって実現される。

 完璧な形で。

 

 完成し、姿を見せる金色のフレームと純白の柄。

 形としてはレイジングハートのシューティングモードに近いが、先端はバルディッシュの様に鋭く、宝玉を囲むアームも4本になっている。

 宝玉と姿勢制御の為に先端部から展開している翼はプリズムに輝き、柄の長さもやや長い。

 これから行う魔法をちゃんと考えた形だ。

 

「「「「我等、輝ける汝を求める者」」」」

 

 4人は魔法の呪文を唱えながら完成したデバイスを握った。

 そう、4人全員でだ。

 なのはと久遠、フェイトとアルフでデバイスの左右にたって4人でデバイスを持つ。 

 

「それは、全ての心にありて、空を行く風の様に不確かなもの」

「それは、天の星の様に常にそこにありて、しかし届かぬ程遠いもの」

 

 久遠とアルフも唱える呪文。

 今しがた組み上げた魔法だが、唱える呪は迷い無く口から紡がれている。

 

「しかし、それでも常に眩しい程に強く」

 

 呼びかける様なその詠唱は、他でも無いジュエルシードに対するもの。

 

「しかし、それでもいつでも愛しい程に暖かい」

 

 なのは達は解っているのだ。

 ジュエルシードが本来何であったかを。

 遥か昔に、どういう理由で作られたのかを。

 それを、今―――

 

 キィィィンッ!

 

 魔力が収束し、宝玉の前に光が満ちる。

 4人全員分の魔力であり、4人の想いの塊でもある。

 それを向けるのはジュエルシード・マスタープログラム。

 

「「「「汝がそれを思い出せぬというのなら、我等はここに輝きの名前を告げよう」」」」

 

 カキィンッ!

 

 完成された魔法。

 4人分とはいえ魔力量は小さく、とてもジュエルシード・マスタープログラムを浄化、封印するには足りない。

 だが、これで、

 

「「「「届け!!」」」」

 

 ズダァァァァァンッ!!

 

 放たれる―――いや、届けられるのだ。

 これは攻撃魔法ではないから、伝える為の手段だから、放つのではなく、届ける。

 なのは達の想いが、嘗て在った筈の心へと。

 

 ズバァァァァァァンッ!!

 

 なのは達が放った光はジュエルシード・マスタープログラムへと確かに届いた。

 そして、

 

 オオオ……オオオオオオ!!

 

 音が変わる。

 マスタープログラムがもらしていた声が、悲痛な物から、徐々に。

 

 キィィィン……

 

 それに、あまりにも混沌としていて黒にしか見えなかったマスタープログラムの色も変わり始めた。

 中に在った何かが排除され、本来の色へと戻っていく。

 なのは達の伝えた気持ちは、マスタープログラムの内側へと響き、マスタープログラムは自ら変わろうとしている。

 

 

 

 

 

 その頃、恭也はその裏側に居た。

 なのは達とは対極の位置に。

 光が打ち込まれた反対側に。

 既にマスタープログラムは自らの役割を思い出し、自分に憑いていた闇を自ら払おうとしている。

 そう、マスタープログラムの中にあった闇をだ。

 しかし、今その光と闇は拮抗した状態にある。

 

 あまりに深すぎるのだ、闇が。

 一体今まで、ジュエルシードが闇に堕ちてどれ程の年月が経っただろうか。

 

「だろうな」

 

 恭也はその闇を見ている。

 今、ジュエルシードから追い出されようとしている闇の本体を。

 蠢き、人の形をとるジュエルシードに取り憑いていた人々の『悪意』を。

 

 ォオオオッ!!

 

 そう、それが闇の正体。

 恐らくは最初はただ1人の人間が残した残留思念。

 しかし、何を願ったか知らないが、それは純粋と言える程に『悪意』でしかなかったのだ。

 それが、ジュエルシード・マスタープログラムが犯した過ちであり、そこから全てが狂った。

 悪意の種は次第に他者の願いを、思念を食らい大きくなり、やがて他者の思念を防衛機構として動かすまでになる。

 そうしてジュエルシードはその機能を狂わされたのだ。

 

「これも人の業か。

 そして、これは俺の仕事だ」

 

Saber Soul:YAKAGE

 Final Mode』

 

 キィィンッ ガキンッ!

 

 恭也は八景を納刀する。

 セミファイナルモードの八景を、本来の鞘へ。

 その納刀は、外殻の分離と外殻の鞘への再結合が同時に行われ、完了する。

 そうして出来たのは二重の鞘に納まった八景の姿。

 

 しかし、セミファイナルモードで付属された鍔が鞘と同化している。

 これでは抜刀できない。

  

「―――貴様はここで消えていけ!」

 

 だが、恭也は意思を示す。

 この敵を斬るという意思を。

 そして、 

 

I have with darkness我は闇と共にあり,If call me, I will show possibility of the darkness求めの声に従い闇の可能性をここに示さん

 

 その意思にセイバーソウルが呪を唱える。

 最後のリミッターを解除するパスコードを。

 その中で、恭也は言葉を告げる。

 恭也とセイバーソウル、違う2つの存在でありながら、導き出した同じ道。

 それは―――

 

「我は闇の中で答えを見つけた」

『I found the answer in darkness』

 

 ガキンッ!

 

 剣と鞘の結合が解除される。

 最後のリミッターが今ここに解かれたのだ。

 そして、恭也は再び抜刀から始まる業を構える。

 

Therefore I appoint a meaning for my name故に、我はこの名に任ずる―――

 

 その業、生まれたばかりのセイバーソウルはここに示す。

 己の存在の意味として、

 

 

小太刀二刀 御神流

奥義之極

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 恭也が放つのは先と同じ小太刀二刀御神流が奥義の極み。

 だが、今回は手に持っている物が違う。

 余計なものを纏ったものではなく、しかし新たに同じ道を行く存在と共に、今抜き放とうとしているのは恭也の偽りなき『半身タマシイ』。

 

 キィィンッ!

 

 鞘から抜き放たれた八景には漆黒の光が宿っていた。

 それは恭也の魔力だ。

 恭也の魔力が八景の刃に宿っているのだ。

 

 セミファイナルモードはあくまで鞘の役割だ。

 それは物理破壊をしないという意味と、ファイナルモードの為の準備という意味がある。

 そう、セミファイナルモードの本来の目的は魔力攻撃をする事ではない。

 セミファイナルモードで魔力が放出され、魔力攻撃ができるなど、このファイナルモードに掛かっている魔法の欠片が飛び出しているに過ぎない。

 

 セミファイナルモードで準備され、ファイナルモードで形となる魔法、それは元々『ダークコート』という魔法だ。

 セイバーソウルに入力されている2つ目の魔法であり、補助魔法に属する魔法である。

 ダークコートは元々魔力による保護効果だが、それを一歩進め、魔力を宿らせ、一体化するというものに改造されている。

 その一体化、魔力を宿らせる為に必要なのがセミファイナルモードだ。

 鞘の如く八景の刃を覆い、本来魔力を扱うには不向きな鋼という素材に魔力を宿す為の装置であった。

 

 そして、恭也の魔力を宿したファイナルモードの八景は、物理でもあり魔法でもある刃を持ち、即ち全てを等しく斬る為の形態。

 故に、この業は―――

 

 

Shining Darkness

閃・薙旋

 

 

 ヒュォォォンッ!!!

 

 名と意思と意味を持った技が放たれる。

 そこに出現するのは輝ける闇の旋風。

 恭也の前に、光に抵抗し、自らの欲望のままに存在する『悪意』に対し吹き荒れる破滅の風だ。

 

 ヒュォォォォォォォォォンッ!!!

 

 本来ただの4連撃である筈の薙旋が、1回毎の斬撃で巻き起こる風同士で絡み合い、ここに巨大な旋風となる。

 斬撃によって切り裂かれながら、その上で旋風によって全てを巻き取られ、欠片すら逃がさない。

 しかし、いかに奥義の極をもって放たれた薙旋でもここまでの効果は無かった筈だ。

 それは、放たれたのが破滅の風でありながら、この場に展開する鎮魂の力、更にはここで眠れる魂達の力をも得て、祝福の風となっているからだ。

 『悪意』が呼び起こした事態、その対処が結果としてここに強大な悪意を払う力を顕現させている。

 なのは達のマスタープログラムを目覚めさせる側ではなく、その力は恭也の側に現れる。

 力を集結させる、全てが繋がるという現象はなにも光輝く側だけの特権ではない。

 むしろ、先人達の力が目に見えずとも働くのは―――

 

 オオオオオォォォッ!!!

 

 地上からはなのは達によって成されたマスタープログラムの自己浄化。

 それもなのは達から光を与えられ、思い出した本来の機能に因るもの。

 上空からは恭也による斬撃からなる破滅と祝福の風。

 その2つに挟まれ、『悪意』は悲鳴を上げた。

 だが、それでもまだ『悪意』は消えない。

 悠久の時の中で蓄積された人の呪いはまだ―――

 

 しかし、

 

「思い出して!」

 

 声が響いた。

 

「貴方の名前は!」

「お前の生まれた意味は!」

 

 呼びかけの声。

 マスタープログラムに対して、今、自分が変われるのだと気付いた者に対して言葉を送る。

 そして、光と闇の狭間で悪意にのまれていた者は―――

 

 カァッ!!

 

 ついに、思い出し、見つけた。

 

 周囲全てが光に包まれる。

 闇の世界であったこの場所が光に満ち溢れ、輝きを取り戻していく。 

 

 

 

 

 

 ァァァァァ……

 

 光が収まっていく。

 マスタープログラムの自己浄化が終わろうとしているのだ。

 そして、

 

『Liberation No.―――ZERO』

 

 デバイスが告げる。

 ジュエルシードは全て、悠久の呪いから解放されたのだと。

 

 ガキィンッ!

 

 告げ終わると合体していたデバイスが再び光に包まれ、元の2つのデバイスに戻る。

 ジュエルシードのサービスなのか、損傷まで直った状態だ。

 

「ありがとう」

 

 キィンッ!

 

 なのはが協力してくれたジュエルシードにお礼を告げると、ジュエルシードは光を放つ。

 宙に浮かぶマスタープログラムも同じ、ジュエルシードの本来の色、空と同じ蒼の光を。

 

「なのはー」

 

「フェイトー」

 

 そこへ、リンディ達もやってくる。

 その手には蒼い光を取り戻したジュエルシードが握られていた。

 

 

 

 

 

 その後、全員集まってジュエルシードの前に立つ。

 

 ヒュゥンッ!

 

 元の色に戻ったジュエルシード達がマスタープログラムの下へと戻る。

 恭也の]V、なのはの[、フェイトの]Zを除いて全て。

 

「本当にいいの?」

 

 キィィンッ

 

 なのはの問いに光で応えるジュエルシード。

 ジュエルシードは再び旅立とうと言うのに、この3つだけは残るというのだ。

 

「まあ、とりあえず、貴方は自分の名前をもう忘れちゃだめよ」

 

「その意味もね」

 

 キィィンッ

 

 アリサとセレネの言葉には謝罪と感謝が混じった多くの意味を持つ回答が返ってくる。

 ジュエルシードが再び旅立つのはリンディを始めとするミッドチルダの時空管理局の者も認めた事だ。

 ただリンディの独断なのだが。

 マスタープログラムも元に戻った。

 ただの機械ではなく、自己進化も可能なロストロギアのマスタープログラムなのだから、もう同じ過ちは繰り返さないと判断したのだ。

 もう2度と人の悪意にのまれ、暴走などしないと。

 

 それに、あまりにも強大な力を持つジュエルシードを管理するにはまだまだ人は未熟だという判断でもある。

 尚、公式にはまだ行方不明扱いにする予定である。

 

「結界の拘束機能を解除します」 

 

 そうして別れの時間がやってきた。

 

「じゃあ、また、いつか、どこかで」

 

 最後の別れの言葉。

 そう告げてジュエルシード達を見送る。

 これからまた永遠にも等しい時を旅立つ者を。

 

 キィィィィンッ

 

 上昇するマスタープログラムとジュエルシード達は最後に強く輝く。

 その名とその意味をここに示す様に。

 

 

 

 

 

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