闇の中のコタエ
第1話 それは、望んだカタチ
その手に持ったのは黒い宝石。
その夜に相対したのは自分自身。
運命など問う言葉はあまり好きではないが。
言葉にするならば運命の出会いといえる邂逅。
そこから始まった1つの物語。
魔法と呼ばれる力と、勇気と絆が織り成す物語。
そして、その裏で動く、愛と絆と信念の物語。
異変を感じて飛び起きた恭也が見たものは―――
己自身の姿だった
己が現在最高として、戦闘時に着用している黒の戦闘服に身を包み。
己が最も信頼する愛刀を携えて。
「……」
無言のまま立つソレと対峙する。
それを本能として行った恭也。
しかし、それ以上恭也は動けない。
(どう言う状況だ!)
異変。
それは目の前の自分だけではなかった。
まずここは家の中の自室であるのに、周囲にも他の部屋にも人の気配がなかった。
外も音が無く、月明かりにしては光の色も妙だ。
まるで自分だけ違う空間に迷い込んだかの様だった。
(俺以外の人がいない?
―――いや、なのはの部屋に……3人?!
なのはと久遠、しかも全力状態……それともう1人は誰だ!?)
この異常な空間の中、大切な妹とその友だけがいる。
もう1人の気配が何かが解らないが、久遠がいれば即座にどうにかなる事もないだろう。
兎も角、何故か自分達とこの目の前の偽者だけがいる空間なのだと言う事が解る。
(偽者……いや、人ではないな)
ダンッ!
恭也は相手から視線を外さぬよう、隙を見せぬ様に愛刀を手にとり、構えた。
少なくとも、この目の前の相手は味方ではあるまい。
そして、やはりと言うべきか、自分の愛刀はあった。
持ち物まで全てがコピーで、オリジナルではない。
「……」
恭也が愛刀を取っても変化を見せない相手。
ただ無言で立ち、恭也を見ている。
(自分の姿となるとドッペルゲンガーか……
それとも、このおかしな空間、夢魔の類か?
いや、それだとなのは達が居るのは何故だ? 一緒に居るもう1人のせいか?)
退魔師という職業の友と、妖狐の知り合いがいる恭也は、所謂オカルト系の知識を正しく習得していた。
基礎は友人である退魔師『神咲 那美』と『神咲 薫』からある程度教わり、世界に実在した妖怪や悪魔などの知識も身につけた。
そちらの方面の力は無いに等しくとも、この身で護りたいと思う人を護れる様に。
だが、知識を集めたといってもまだ趣味程度にしか身についていない。
この状況がどのような妖魔によるものか特定できない。
いやそもそも、本当に妖魔の類による事象なのかも判別できない。
(少なくとも……)
フッ!
偽者が動いた、恭也と―――そして父士郎と同じ二刀差しにした小太刀を。
恭也の愛刀、八景の偽物を抜刀し、構える。
(こいつは敵だな!)
なのはの傍には久遠がいる。
退魔の家系である神咲の主力総出でもってやっと封じられた狐の化生。
そして今はなのはの親友たる心優しき妖狐が。
だからとりあえずは心配あるまい。
ならば、自分は目の前の相手に集中するのみ。
ヒュンッ!
恭也は先手に出た。
真正面からの斬撃をもって。
ガキンッ! キィンッ!
正面からの左右の時間差攻撃。
だが、それは相手が持つ偽の八景によって止められた。
衝突の感触は確かに本物の小太刀で。
その受け方は剣士のもの。
更に言えば、その動きの癖は―――
(俺……か。
似せているのは少なくとも外見だけでは無いと言う事だな)
一体どの様にして模倣しているのか解らない。
しかし、現にこうして目の前にあるならば、それを受け入れるだけだ。
そして、対応し―――
勝つ
ガキンッ!
ヒュンッ!
キンッ!
相手を押し倒す様にしながら、その反動で離れる。
更に、その際腕を狙って剣を振る。
その攻撃は止められてしまったが、そもそも当たるとは思っていない。
大きく距離を取る。
そうして2人は、ここ恭也の部屋の両端に立つ事になる。
庭側に立つ恭也と、壁側に立つ偽者。
(次は、俺ならば……)
偽者である相手が自分を模倣しているならば、次にとる手は自分が思う手である筈。
そう考えた。
そして、それは現実となる。
「……」
「……」
両者が己の二刀を鞘に納めた。
そこから、
ドクンッ!
御神流 奥義之歩法
神速
入ったのは同時だった。
周囲の景色がモノクロとなり、全ての動きがスローモーションになる。
これが御神流奥義之歩法『神速』。
『神なる速さ』という名を持つこの業は、全身のリミッターを解除し、脳の処理能力すら操作し、大凡人間に出しうる最大速度を得るもの。
あたかも時間の流れを穏やかにしたかの様な状況のなか、自分だけが自由に動ける様な世界となる。
緩やかな時間の中、脳の処理速度を平時と同等の様に扱う為、外界から得られる情報のなかで、光は白と黒の2色に限定される。
そして、時間の進みが遅いという事は、空気も動きが遅くなり、空気抵抗はまるで水の中の様に重く圧し掛かる。
だがそんな欠点を差し引いても、この業は初見の相手には『必殺』となるもの。
唯一つの例外は、同じ業を使う相手、そう―――目の前の相手を除いては。
本来なら同じ御神流の剣士でなければ起き得ない状況が発生する。
神速同士の激突。
だからこそ、恭也はそこから続けて放つのは恭也が最も得意とし、信頼する技。
小太刀二刀 御神流・裏
「破っ!」
これは、父士郎も得意としていた技。
抜刀から始まる四連撃。
奥義之陸 薙旋
ヒュンッ ザザザザンッ!!
神速の中での薙旋。
恭也が使用可能な最高の技。
斬撃は恭也同様用に神速の中にいる偽者へと放たれる。
恭也同様に神速の中で動けるだけの―――
(違う!)
「……!」
ヒュゥンッ!! ズダダダダンッ!!!
相手が放ってきたのは同じ技。
神速の中での薙旋。
しかし、その技の在り方はまるで違う。
神速の中で動けるだけの恭也が放った薙旋とは。
神速の時点から違っていた。
「おおおおおおおっ!!」
ドクンッ
恭也は咄嗟に神速の二段掛けを行った。
視界は最早モノクロですらなく、僅かな影だけとなる。
白黒という色すら捨て、最低限情報だけに絞り、処理速度を更に上げたのだ。
そして得られるのは全ての動きはまるで止まったかの様な世界。
あくまで『様な』であり、敵は動いている。
そして、身体の動きは水中どころか鉛の海を進むかの様に重い。
しかし、それでも使わざる得なかった。
カッ!
ズダァァァァァァァンッ!!!!
恭也は障子を突き破り、庭へと投げ出された。
が、なんとか受身を取り、着地する。
二段掛けの神速の中、恭也は相手の薙旋に剣を合わせた。
そうして、攻撃を防ぎながら、わざと弾かれて後退したのだ。
しかし、そうした事で全身を強く打ち、腕は痺れている。
更に、神速の二段掛けにより頭は割れそうな痛みを悲鳴の様にあげている。
(偽者……という次元のものではないな……
こいつは……)
表に出てくる偽者。
ゆっくりと歩きながら。
恭也の部屋から出てくる。
「……」
このおかしな空間の恭也の部屋から出てくるソレは、まるでここでの主は己であるかと言う様に、家の縁側に立ち見下ろしてくる。
今の打ち合いでハッキリした。
目の前に立つのは、ただ恭也をコピーしただけの偽者ではない。
完全なコピーではない部分が存在するのだ。
それは、恭也にとって最大の欠点であり、剣士として致命的なもの。
ここにいる恭也の姿をしたものは、右膝を故障していなかった
恭也は膝の故障のせいで、剣士としては完成しない。
神速は会得していても『ただ動けるだけ』と言える。
神速の世界の中で自由には動けず大幅な制限が掛かっているのだ。
同じ錬度の御神の剣士を相手にしたら、決して勝てぬ程の。
(つまるところ完璧な俺、と言うことか。
俺の理想像ともいえるな。
それが敵として現れると言う事はつまり、これはナイトメアか……
いや、そんな事はどうでもいい)
相手がなにもので、どんな手段をもって『そうなる筈だった恭也』の姿を持っているかは知らない。
だが、今それがここにあり、敵対している。
この事態をどうするかだ。
ザッ
しかし、相手は考える時間を与えてはくれなかった。
「くっ!」
立ち上がり、構える恭也。
それに対し、相手が構えたのは―――
(射抜だと!)
前に突き出された左と、その奥で刺突の体勢をとる右。
その技は、嘗て戦った恭也の叔母にして美由希の実の母である御神 美沙斗の得意技。
そして、恭也では実戦使用までは至らない奥義だ。
ドクンッ!
即座に神速に入る。
現在恭也と敵との距離は7m程。
一足で飛ぶには長すぎる距離であるが、御神流の奥義の中でも最長射程を誇るこの技の前では―――
ダンッ!
超高速且つ変幻自在の刺突がくる。
嘗て美沙斗と戦った時、破る事ができなかった技だ。
だから恭也は跳ぶ。
前へ。
初見の時は致命傷を避けるだけで精一杯だった。
二度目の時はなんとか反撃もできたが、相打ちにすらならなかった。
だから、今度は―――
ヒュンッ!
キィンッ!
刺突の側面へとまわる。
それでも迫り来るもう1つの刺突を小太刀で受け流し、蹴りを放つ。
ドンッ!
それは攻撃ではなく、回避の為に。
相手の身体を足場として跳ぶ為のものだ。
ザザザザッ!!
「く、はぁ……はぁ……はぁ……」
完全回避に成功し、着地した恭也はしかし膝を地についた。
息を切らし、頭痛に耐えながら、倒れるのだけはなんとか踏みとどまる。
だが、それだけだ。
恭也が使用できる神速は一回に4秒、1日に3回が限度。
1度目に二段掛けをし、射抜の回避に1度使用している。
使用時間は兎も角、既に神速の使用回数の限界だった。
全てを処理する脳は絶叫を上げ、各部の筋肉はストライキを始め、故障している右膝は死を謡っている。
「……」
対し、相手は無傷といってよいだろう。
神速の使用制限は不明だが、少なくとも恭也より少なくは無い筈だ。
そして、この相手が恭也が幻想する剣士としての完成形であるならば、射抜の他にも恭也が使えぬ奥義の数々を身につけているだろう。
誰よりも、恭也自身が幻想しているのだ。
恭也が焦がれる領域に。
自分より先の先を行く者。
恭也では、届く事叶わぬ世界。
(俺の理想。
俺自身が想い描く俺自身……)
勝てない。
勝てるはずは無い。
自分自身が、己が、最高としている存在に勝てる道理などないのだ。
しかし
だがしかしだ
視線を感じた。
家の2階の窓から。
なのはの視線だ。
父に焦がれ、父の生きた道を知りたいと思っているなのはが見ている。
いや、なのはだけではない。
この場になくとも、背に居る人達がいる。
贅沢極まりない事だが、多くの愛しい人がいる。
護りたいと想い、護ると誓った人達がいる。
何よりも、父に焦がれ、父の生きた道を行き、父と同じ様になりたいと想ったのは己である。
護ると誓った。
それは誰よりも自分自身に。
ならば―――
(理想の自分?
幻想しうる最強の姿?)
恭也は立ち上がる。
最早奥義どころかまともに剣を握る事すら出来ない筈の身体で。
「それが……!」
対峙する。
己自身と。
己の理想像と。
己の弱さが生んだ在り得ぬ望みのカタチと。
「それがどうしたっ!!」
ドクンッ!
御神流 奥義之歩法
神速
入った。
神速の領域へ。
己が定めた限界を超えて。
そもそも限界とはどの様にして定めたものか。
神速の限界の場合、使用による疲労でそれ以上使えば戦闘不能になるという理由だった。
既に限界回数の使用により、動くのもやっとの身体。
そこへ更なる神速。
そして、神速はそもそもなんであるか。
それは自身へのリミッターの解除だ。
脳のリミッターを解除し、処理速度を増加させ時間を遅くしたのと同等の世界を築き上げる。
そこへ各筋肉のリミッターも解除し、筋肉や骨への過負荷を代償に本来なら在り得ぬ爆発力を生み出す。
それが相手に『消えた』とすら認識させる速度を持ち、且つ正確無比な動きを可能とする。
己が定めた限界の使用により、既に身体はボロボロだ。
だが動けぬ訳ではない。
まだ剣を振るだけの筋肉は生きており、余計な事を考えられるくらいには脳の機能は正常だ。
ならば戦える
リミッターは本来自分自身を護る為に、自分の動作で自分を壊さない為にある。
神速を使っても、その限界ギリギリまでリミッターを引き上げるに過ぎない。
完全に解除はしない。
それを今、更に絞込み解放する。
余計なものは全てカットする。
全ての骨と筋肉はこの一撃の為だけに在る。
視界からは敵以外のモノが全て映らない。
目の前の敵を倒す為、己自身に打ち勝つ為の恭也がここに在る
元よりこの身、この魂は―――
ダンッ!
地を蹴った。
敵に向かって跳ぶ為に。
対し、敵は迎撃体勢を取った。
それは、己が最も信頼する技を持って。
奥義之陸 薙旋
ヒュッ! ズダダダダンッ!!
抜刀からの四連撃が始まる。
恭也が理想とする動きで。
恭也が最高とする強さをもって。
だが、
ヒュンッ!
恭也も同時に動く。
手にしているのは―――鞘に納まったままの八景。
貫
カンッ カキンッ!
「……!?」
止まった。
恭也の幻想する薙旋が。
恭也の持つ鞘に入ったままの八景によって。
左右の一撃目、それを鞘に入ったままの八景で止めていた。
その切っ先、鞘の先でもって。
元より見切れぬ筈は無い。
この相手は己であり、己の理想する様にしか動かないのだから。
それを越え様とする恭也が見切れぬ筈などない。
そして、恭也の一撃は此処から始まる
小太刀二刀 御神流・裏
相手は動けない。
動きは恭也が押さえているから。
いや―――ありえざる事態に、フリーズをしているのかもしれない。
理想が現実に負けるという、本来ならばある筈のない矛盾した事態に。
奥義之陸
だが、そんな事は関係無い。
恭也のやるべき事は唯一つ。
薙旋を受けている鞘から、恭也の愛刀八景が抜き放たれる。
そして、それは―――
薙旋
ヒュッ
ザザザザンッ!!
一陣の風が過ぎ行く。
そして、少し遅れて響くのは何かを断ち切った音。
ザッ
恭也は立っていた。
越えてきた己を背にして。
ボロボロの身体ではあるが、それでも。
確かに此処に勝利をおさめた。
バシュッ!
後ろでは、何かが弾けた様な音がした。
そして、その直後だった。
キィィィンッ!
「むっ!」
偽者との戦いの余韻に浸る暇もなく。
足元に碧の魔法陣と呼ばれるものが展開していた。
更にその魔法陣か放たれる光が恭也の身体を包み込む。
シュンッ!
次の瞬間だ。
「なに……」
何かがズレた感じを覚えた後。
恭也は自室に立っていた。
周囲に音や光が戻り、人の気配もある。
そこは確かに元の世界の高町家の自室であった。
「終った……のか?」
あの偽者を倒した事で何かが終った。
それは確かであろう。
しかし、倒した事で元の世界に戻れたという事では無い気がする。
(ん……あの世界には……)
あの世界にはなのは達も居た。
そのなのは達はどうなったのかと2階の気配を探るが……おかしい。
なのはの部屋から気配はするのに……どこかずれて感じる。
「なのは!」
自分となのは達に何か異常な事態が起き、そしてそれはまだ終っては居なかった。
恭也は直ぐに2階へと上がろうとした。
だが、その時―――いや、正確には声を上げる一瞬前にそれは起きていた。
ヴォウンッ!
この夜に最初に感じた異変と同じ感覚。
世界が切り替わる。
そんな感覚だった。
「ちっ!」
再び八景を構える。
声の反響や光から、先ほどよりも狭い世界だと解る。
いや、狭いどころか、この部屋だけが切り離された様な感じだった。
そんな中、今度は何処から何が出てくるか。
恭也はもう構えるだけでも精一杯の身体にもうもう1度、全霊をもって動かした。
だが、身構える恭也に降りかかったのは―――
『ご無礼をお許しください』
決意を秘めた若い女性の声だった。
敵意は感じない。
しかし、だからといって警戒は解かない。
「詫びの言葉を出す前に、姿を見せてはいかがですか?」
気配はある。
小さなものであるが。
しかし、恭也の目ではその姿を見つけ出す事はできない。
『今の私は、貴方の剣を受ける事はできませんので。
まずは……』
キィィィンッ
恭也の足元に魔法陣が展開した。
翠の光の魔法陣だ。
「むっ!」
タッ!
何かをされていると判断した恭也は飛び退いた。
が、魔法陣もその動きについてくる。
既にボロボロの身体ではとても振り切れそうにない。
そう、思ったときだ。
「……これは」
翠の魔法陣から出る淡い光。
それが恭也の全身を包んでいく。
そして、その光が体中の痛みを和らげていく。
頭痛も、膝の痛みも、各部骨と筋肉の異常も、半減近くまで回復した。
この感覚には覚えがある。
同じ感じの力を那美から受けた事があるのだ。
癒しの力―――だが、これは那美のそれより遥かに強力だ。
その差は力の大きさの問題ではなく、那美のものより整理された力ではないかと推察する。
『申し訳ありません、全快といきたいところですが、今の私ではこれが限界です。
どうか、少しだけお話をする機会をいただけないでしょうか』
凛とした声ではあるが、その裏に疲れが見える。
恭也は直感で、相当の疲労を隠そうとしているのだと解った。
演技ではないだろう。
「解りました」
相手を完全に信用した訳ではない。
だが、その誠意を受け取り警戒レベルを下げる。
そしてその証として、恭也は八景を鞘に納めた。
『無理な願いをお聞き入れくださいましたこと、感謝いたします』
キィンッ!
声と同時に恭也の前で光が弾けた。
そして現れたのは―――
それは、妖精と呼ぶに相応しい姿をした女性だった。
翠色の瞳に、同じく翠色の長い髪をポニーテイルにした女性。
服装はスーツに似た蒼い服で、その背中には金色の羽が二対ある。
形状は近未来の様な感じとでも言うのか、『妖精』というファンタジーと機能性の服のSF。
かなり異常な光景だ。
非常識といえる事態に多々遭遇してきた恭也だからこそ、落ち着いて観察ができる。
この女性の羽は、HGS能力者の翼、『リア―フィン』に似ていた。
特にその形状や色はフィリスやその姉リスティの『トライウィングス・r』と翼の枚数が違うだけでよく似ている。
更に恭也が情報として知る限り、HGS能力にも『変身』能力と言われるものがあるそうだ。
早計ならば、この女性もHGS能力者と考えるかもしれない。
だが、この女性の力はHGSとは全く別ものだと、恭也は判断した。
「……一時なら本来の姿を見せられそうです。
少々お待ちを」
キィィィィンッ
姿を現した女性はもう1度光に包まれた。
それは久遠の変身に良く似た光景。
それが、雷の光から翠の光に変わっただけだった。
光は膨れ上がり、やがて通常の人のサイズになっていく。
そして、光が弾けたそこに立っていたのは、先の女性。
それが妖精の姿から人になったものだった。
何か理由があるのか、人のサイズになって背の翼は消えていた。
「はじめまして、私はリンディ・ハラオウンと申します。
どうぞ、お見知りおきを」
女性は凛とした声で己の名を名乗った。
しかし、その額には汗が噴出し無理をしている事が解る。
「不破 恭也です。
話を聞きましょう」
恭也は『不破』の姓を名乗った。
恭也は『高町』と『不破』の姓を使い分ける。
恭也が持つ2つの姓、『高町』は主に平和な日常の中で使い、『不破』はある条件の下に使用される。
そして、その条件の内の1つ、この人と付き合う際はおそらく平和な日常とは違う場所であると予想した。
だから、ここで恭也は『不破』の姓を選んだ。
日常の家族や友の前にいる恭也ではなく、戦う者として己の名を示したのだ。
更に、恭也は質問をせず、相手が話すのを促した。
理由は解らないが、リンディと名乗った女性は長く話すことは出来ないと察した。
だから、聞きたい事は山ほどあるが相手に合わせる事にする。
「お気遣い感謝します。
そしてまず、順序を崩しでも見ていただきたい」
ブワンッ
一礼した女性は、庭のほうに手をかざす。
すると、庭へと続く空間に穴の様なものができ、そこから庭が見える。
いや、その風景は―――
「貴方が先ほどまでいた結界の中の映像です」
映しだされたのは高町家の庭。
しかし、恭也が先ほどまで偽者と戦っていた空間。
そして、今は―――
「なのは……」
そこにはなのはが居た。
両端が桃色の白い柄。
金色の外殻を持つ紅い宝石を先端にもつ杖を持って。
そして、対峙するのは黒い霧に護られた黒い宝石。
「あれは……」
自分が拾ってきたものだ。
何故か警察に届ける事をせず、持ち帰った黒い宝石。
見ればその黒い宝石が纏う黒い霧―――闇が何かのカタチを成そうとしている。
それを、全力状態の妖狐久遠が破壊している。
更にその後方、なのはの横には見知らぬ女の子がいる。
「あの黒の宝石は『ジュエルシード』。
貴方のご家族の隣にいるのは私の家族アリサです。
アリサはあの子をパートナーに選んだ様です。
……始まります、これから先、やっていかなければならない事が」
リンディの言葉の後、なのはが動いた。
その杖をジュエルシートと呼ばれた黒き宝石に向けて。
その身に桃色の光を纏いながら。
『リリカル……マジカル……
ジュエルシード……封印っ!!』
『Sealing』
カッ! キィィンッ!
なのはの言葉により、杖の宝石に文字が浮かぶ。
そして、杖から桃色の光が放たれる。
その光はジュエルシードが纏う闇を払いのけ、ジュエルシード本体を包み込む。
キィンッ!
暫しして、ひときは強く輝き、ジュエルシードに『[』という白い文字が浮かぶのを見た。
『Receipt number [』
文字を表示したジュエルシードが杖の宝石の中に消えていく。
それを見たアリサという少女が安堵の顔を見せる。
「私達が所属するのは、この世界とは異世界の組織『時空管理局』。
そしてジュエルシードは、ある失われた過去の文明の遺産。
しかし、その力は歪み人々に災厄をもたらします。
それ故に、私達はジュエルシードを探索、封印せねばなりません」
淡々と説明の言葉を並べるリンディ。
その中、『異世界』など、いろいろなものを見てきた恭也にとっても信じ難い話だ。
しかし、冗談でこんな事はできまい。
まだ完全に信用してはいないが、とりあえず疑問を挟まず話を聞く恭也。
「……アリサ達は戻る様ですね」
ブワンッ
映像を写していたスクリーンが消える。
リンディを見ると、額の汗を拭っていた。
どうやら、ただ映像を出しているだけでもそうとう疲労している様だ。
だが、それでも彼女は恭也に今のシーンを見せる事を選んだ。
「すみません、この身体では結界の維持もできないので……」
キィィィンッ!
再びリンディは光に包まれ、妖精の姿へと戻る。
そして、浮遊する事も最早困難なのか、机の上に着地した。
それに合わせ、恭也も座る。
リンディと視線の高さをあわせる為に。
「申し訳ありません。
突然この世界に飛ばされてしまい、身体も魔力もこの世界に直ぐには適応できないのです。
この非常用の変身魔法で姿を変え消費を抑え、回復を促しています。
一応、先ほどの姿が私の本来の姿になります」
妖精のサイズに変身した事で、リンディの顔色は大分マシになっている。
「解りました。
どうぞ無理をなさらず、その姿で話してください」
向かい合うにはこのサイズの差は少々困るが、それで相手に倒れられては意味がない。
相手は今の己に可能な限りの礼を尽くしているし、恭也がそれを悪く思うことなど無い。
「ありがとございます。
では、まずはジュエルシードがこの世界に来た経緯から―――」
リンディは語る。
己に科せられた任を。
そして、その失敗の話。
「過去に失われた今よりも高度な文明、遺失文明。
その遺産、ロストロギア。
ジュエルシードはその中でも第一級捜索指定を受ける危険な物です。
文献によれば、元は人の願いを叶えるものだったらしいのですが、いつからかその機能は歪み、穢れました。
その人が強く想う事を勝手にカタチにして、その人の命どころか世界そのものを飲み込むモノになってしまいました。
今までで、幾つかの世界が崩壊してしまっています」
「……」
恭也は静かにリンディの話を聞く。
普通なら信じられない話なので、まだ全てを信じた訳ではないが真実なのであろうと、受け入れて。
「……あの、私から言うのもなんなのですが。
冷静ですね。
それとも、単に信じていただけていないだけでしょうか?」
静かに聞いているだけの恭也に、だんだん不安になってきたのだろう。
そう、普通に考えれば自分達が責められてもしかたのない事態。
この世界に災厄の種を連れてきたのだ。
それなのに何も言わないのは、全く信じてもらえていない、という可能性。
確かに今の話、普通の人は信じないか、信じたならばそんなものを連れ込んだリンディ達を責めるだろう。
しかし恭也のとって、少なくとも少しは当事者となって信じられる事。
そして、信じたのであればリンディ達を責めるのは筋違いと理解している。
「全ては信じる事ができません。
申し訳ないが、今のこの世界の常識からはかけ離れた次元の話だ。
けれど、その一端に触れているので話を聞き流している訳ではありません。
ただ、俺達は全てを知らず現場にも居なかった。
そして、もしこのような事態になった事を責めるのであれば、それは製作者達に向けるべきでしょうね。
マスタープログラムなるものまで用意しながら、システムの堕落を防げなかった製作者を」
そこで、恭也は1度目を閉じる。
そして、想う。
今の話を聞いた限りでジュエルシードという存在がなんであるかを。
だから、言葉を続けた。
「尤、ジュエルシードの機能が壊れた原因は願った人間側にも問題があるかもしれませんね。
身勝手な願いばかり叶えさせられた結果といういうのも考えられますし」
「……ええ、そうですね」
恭也の言葉にリンディは1度驚き、その後で悲しげな顔をする。
驚いたのは、自分が接触した相手の人間性に。
悲しげなのは、同じ考えを持っていた故に、その上で滅びた世界を想いながら。
「―――それで、私達はなんとしてもジュエルシードを封印せねばなりません。
破壊は……難しい上に、もし成功した場合何が起きるか解らない為、危険なのでできません。
方法は、先ほど恭也さんのご家族が……」
「ああ、アレはなのは。
『高町 なのは』、俺の妹です。
もう一人の妖狐は『久遠』、なのはの親友です」
なのはの名前が解らず困っている様子だったリンディに、恭也が名前を教える。
なのはと、それと共にいた久遠の名を。
「……そうですか、なのはさんと久遠さんですね」
リンディはなのはの名前。
そう、なのはの紹介につけた『高町』の姓を聞いて少し考えて。
しかし、何も言わなかった。
それは変に気を使っているのではなく、なんとなく解ったのだろう。
「先ほどご覧になった様に、魔法を持って強制浄化、封印を行います。
それができるのが、資質を持ったなのはさんです。
そして、完全に調べられて訳ではないですが、少なくともここから半径1000km以内にはなのはさん以上の適任者はいません。
力が強い人はいるのですが、純粋な魔力を出せるなのはさんの様な人がいないのです」
強い力の持ち主。
それは妖狐久遠や、HGS能力者の事かもしれない。
1000km圏内というと、退魔師の神咲の人も調べられた筈だ。
それでも尚、なのはしかいないとなれば、世界を徹底的に探すしかないだろう。
だが、恐らくそんな暇はない。
『力』は兎も角、『適任者』となると難しいのだと解る。
どう言う条件か、まだ恭也は知らないが、感覚的には解るのだ。
此処までの話、恭也は大体理解した。
しかし、それ故に疑問が在る。
恭也はここで初めて自分からリンディに問い掛ける事にした。
直感として、これは自分から聞くべき事とも判断して。
「では、俺に接触した理由はなんですか?
貴方の話では俺にもその力は無く、封印の役には立たないでしょう」
特殊な力を求められる現場の場合、例え恭也が戦う力を持っていたとしても、それに加勢するのは難しい。
そのことは退魔師の那美の傍に居て重々理解している。
自分に出来る事は、危ないと判断した時に彼女を抱えて逃げる事くらいだった。
それでも彼女は己の身体能力からみればありがたく、必要だとしてくれてはいるが、恭也の方が足手まといなる事もあるのだ。
「ええ。
残念ながら、恭也さんに魔法の資質はありません。
小さな魔法なら兎も角、封印魔法ほどの大きな魔法は使える様になる事は無いでしょう」
恭也の思う通り、その点では役に立たない事をここに断言するリンディ。
しかし。
そう、しかし、とリンディは続けた。
「適任者はなのはさんしかいないからです。
だからこそ、私は貴方を必要とします。
なのはさんのご家族であり、強い絆のある貴方を。
何より、ジュエルシードの悪夢を自身で打ち破った貴方が―――必要です」
リンディは言葉を厳選した上で『必要』と言う言葉をここに使った。
『必要』というからには、他で代用が利かないと言う事だ。
それ程の価値が、恭也にあるという。
「それは、何故ですか?
何の為に俺が必要と」
必要である筈の『力』が無いのに、それでも必要とされる理由。
戦闘力があっても意味を成さない世界において。
例え、ジュエルシードに取り込まれない心の強さがあったとしても。
それでも、何の為か。
恭也は多分答えが解っている。
表で、なのはと並び戦えないのであれば。
それならば、恭也のやるべき事はきっと―――
「失礼かもしれませんが。
貴方は裏でこそ動くべき人であると判断しました。
故に、なのはさん達を裏でバックアップする役目を。
助けが必要でもギリギリまで助けず、成長させるのを手伝ってください」
それは、恭也が元より在るべきカタチ。
そして、それは恭也が望んでいたものでもあった。
恭也はこの時、運命という言葉を思い浮かべずにはいられなかった。
同時に、疑問が1つ解決した。
何故、家族だというアリサと合流せずに、結界を使ってまで2人だけの密談としたのか。
それは、今後の方針にも関わる事だ。
「いいでしょう。
なのはを成長させるというのであれば、俺も望むところです。
その裏方を俺にやらせてくれるといのであれば、喜んでやりましょう。
ですが1つ、聞かせてください」
まだまだリンディ達の全てを信じることはできない。
しかしそれでもその先が望むものであるから、協力はする。
だが―――
そう、だが1つだけ疑問があった。
リンディの言に1つだけ。
それは、きっとこの先の戦いにはあまり関係がないかもしれない。
しかし、それでも確かめたかった。
「何故、貴方は俺を裏でこそ動くべき者と判断したのですか?」
確かにそれは正しい。
自分でもそう思い、その道を歩んでいる。
だが、少なくとも恭也からすれば今出会ったばかりの人に。
そう言うところを見られた事が無い筈の人に、それが解る場面はなかった筈なのだ。
それでも、恭也をそう判別できたのは何故か。
もしそれが解れば、今後それを隠す為にも知らなければならない。
尤、恭也自身も、その答えはきっと直してどうにかなるものではないと解っていた。
リンディの応えは―――
「それは、貴方が私の良く知る人と同じ感じがしたからです」
少し複雑そうな笑みを浮かべならが答えた。
それはきっと、リンディがその人がそう在る事をあまり望んでいないからだろう。
なのに、その人と同じ人をその在り方のまま協力を願っている事を複雑に思うのだ。
「そうですか」
何故だろうか。
恭也は、今の答えで少しだけリンディの事を心から信用して良い気がした。
何か、深い縁か、絆になるものが見えた。
そんな気がしたのだ。
そして、それはいずれ―――
「あ……すみません。
そろそろ私は限界の様です」
リンディは困った顔でそう申し出た。
見た目上はあまり変わらない。
しかし、衰弱の色が濃くなったと恭也は判断できた。
「解りました」
「すみません。
少し眠れる場所をかしていただけねいでしょうか?」
「眠れる場所か……」
この時、リンディがこの妖精サイズである事が良い事だと思えた。
見つかっては困るだろうから、隠れなければいけないのだが。
このサイズならば隠れる場所は多くある。
「ならばここに。
ここならば、間違っても家の者は勿論、部外者もあけませんから」
恭也が思いついたのは押し入れの中の武器の隠し場所だった。
押し入れの側面の壁の一部がスライドして、その先に空間があるのだ。
隠し場所であるから通気もなく光もないが、しかし金属を隠す場所だから湿気は無い。
知っている家族、美由希は勝手に開ける事は無く、知らない者は存在すら気付かない。
因みに、広さはリンディのサイズからみれば10畳くらいの広さがある。
ついでに、リンディのサイズでも自ら開け閉めが可能だろう。
「ありがとうございます。
一晩ほど眠りましたら、話の続きを」
「はい。
後、気休めかもしれませんが、これを」
リンディに綺麗なハンカチを渡す。
堅い床で眠るよりは多少はマシになるであろうと。
「何から何までありがとうございます。
では、結界も解除しますね」
「はい」
キィィィンッ
この結界に入った時を同じ感覚がした。
世界が変わる感覚。
今度は正常な世界へと戻る感覚だった。
元の世界に戻った恭也は周囲の気配を探った。
そして、なのはが今度はちゃんと自室で眠っているのを確認し、自らも布団に入った。
これから、動き出す事態に備えて。
今はゆっくりと、眠りについた。
朝
いつも通りに起きて、いつも通りに行動する。
世界は昨日までと変わらず平和だ。
まるで昨晩の事は夢であったかの様に。
しかし違う。
リンディに半分まで回復させてもらった、だが半分残る全身の軋みが、アレが夢でない事を確認させる。
「さて、どうなるか……」
押し入れの隠し武器庫を見ればリンディが眠っているだろう。
しかし、確認する必要はあるまい。
だから、ただいつも通りに行動した。
「あ、恭ちゃんおはよー」
「ああ」
いつも通りに美由希と朝の挨拶を交わして、いつも通りに鍛錬を開始する。
そして始まるのはいつも通りのはずの日常
しかし、昨日までとは違う始まりの朝
「……」
朝食の席で、恭也はなのはの視線を感じていた。
昨晩アリサからどれほどの説明を受けたかは解らない。
しかし、少なくとも俺が悪夢と戦っているのを見ていたのだ。
「ん? どうした?」
「え? なんでもないよ」
視線があるのに反応しないのは、普段の恭也らしからぬこと。
だから、聞けばなのはが困ると解っていながら恭也は尋ねる。
そして返って来るのは案の定、答え様の無いなのはの困った顔だ。
これでは余計怪しい。
まあ、少なくとも昨日まで普通の小学生であった者に、その手の演技は無茶な相談だろう。
「そうか。
そういえば、久遠、那美さんは今日帰って来るんだったな?」
仕方なく、こちらから話題を逸らす事にした。
ついでに、昨日の事に対してなのはの疑問の解答を示そうとする。
「うん、那美、今日の昼に帰って来る。
どうして?」
久遠は聞き返す。
今回の那美の遠出は恭也も見送っている。
そして、その時に何時帰るかなどの情報は那美から直接言い渡されている。
何故それを今確認するのかと、久遠は尋ねてくる。
恭也にとってはこれで好都合だった。
「ああ、昨晩少々変わった夢を見てな。
相談に行こうかと思っている」
なのはでは、昨日の戦闘で恭也にどれほどのダメージがあったかなど解るまい。
外見上は無傷だったので、無傷で勝利したと思っているかもしれない。
いや、だからこそアリサはあの世界からただ帰すだけで、恭也になんの処理もしなかったのだろう。
そんな余裕が無かった、そこまで考えが至らなかったという可能性もあるが。
それに仮に外見上の傷があったとしても、夢魔やナイトメアといった夢を媒体とする妖魔と夢の中で戦った場合、夢の中の傷が現実に反映される場合もあるらしい。
久遠もその手の知識があるのだから、そう嘘の診断を告げるかもしれない。
「夢で、那美さんって、どう言うこと?」
桃子が怪訝そうに問う。
那美は鎮魂を得意とする退魔師で、大きな傷は治せないものの癒しの力を持っている。
それは高町家の人間は全員知る事である。
しかし『夢』であるならば、普通に考えれば医者の『フィリス』になる筈。
フィリスはどうやったのか、万能に近しい医療技術を持っているので、精神の方もある程度診れるらしい。
そして、恭也の主治医はフィリスなのだ。
だから普通に考えても『夢』という単語と那美とが結びつく理由は思いつかないだろう。
「ああ、昨日は久遠がこの家にいたのだから、まあ単にリアルな夢であったのだろうが。
少々気になってな」
「そう」
恭也の答えは問いの答えになっていないが、桃子も他の者もそれ以上追求しなかった。
すれば、何を見たかという話になってしまうだろうし。
恭也が人に相談したい程のものだ。
高町家には無粋な輩はいない。
久遠を理由にしているのは久遠の能力の1つに『夢映し』と呼ばれる、自分の夢を他者と共有する力があるからだ。
久遠がどれほどそれを意図的に操れるかは知らないが、その力をもって嘗て久遠の過去を見た事があった。
それは今はいいとして、なのはは少し複雑な顔をしていた。
アレを夢と判断している事が複雑なのだろう。
「晶、おかわり」
「ほい」
「レンちゃん、お醤油とって」
だが、すぐに普段通りに戻る。
恭也は思う、我が妹ながら良い心がけだと。
そして、これならば上手くやれるだろうと。
朝食後、恭也は桃子から弁当を貰い、部屋に戻る。
「……」
すると、部屋の机の上にリンディが立っていた。
互いに目だけでやりとりする。
恭也はいつも通りに出かける準備をして、外に出る。
リンディは姿を消して、その直ぐ傍について行く。
互いに声での会話も念話での会話もできない。
音声は家の者はほとんど良く気付く者達で、気付かれてしまうからだ。
そして、念話すらしないのは、上にアリサがおり、久遠もいるからだ。
皆が起きているのに結界を張るのも危ないだろう。
ただ外界に情報を漏らさないものでも、何かで気付かれてしまう可能性もある。
だから、2人で外に出た。
そんな事を2人は話もせずに目だけで了解をとったのだ。
家から離れ、人の居ない山道に入った頃。
「……そろそろいいか」
「はい」
周囲に誰も居ない事を確認して、やっと2人は向き合った。
「おはようございます、リンディさん」
「はい、おはようございます、恭也さん。
朝からご迷惑をおかけします」
「いえ、俺が望んだ事です。
ところで、飛行するのは疲れないのですか?」
リンディは妖精のサイズだ。
姿を消した上、飛行して恭也の歩調についていかなければならない。
昨晩の様子を見るに、本来は息をする様に出来る筈の魔法も、大作業となっているのだろう。
「今日で2日目ですので、多少は慣れてきました。
それに、元の姿に戻るのと比べると、飛行の方が楽なので」
心配させないように微笑みながらの返答。
しかし、『飛行の方が楽』という表現はつまり、飛行も疲れると言う事だ。
「よければ俺の肩なり頭なりに乗ってください。
緊急時にこそ貴方の力が必要になるのですから」
「あ、はい、ありがとうございます。
では、お言葉にあまえて……っと……」
恭也の肩に座るリンディ。
しかし、何度か座りなおすが、居心地が悪そうだった。
「すみません、俺は変な事を言ったでしょうか?」
考えてみれば、よく知りもしない男の肩にのるなんておかしな事だったかもしれない。
それに、人は歩く時にけっこう身体が揺れるものだ。
これでは余計に疲れさせてしまうのかもしれない。
恭也はそう思っていた。
だが、
「あ、すいません。
私この姿は不慣れなもので、どう座ればいいのかと」
少しおろおろしているリンディ。
肩に乗るということは、恭也の顔の直ぐ傍に居ると言う事だ。
その距離と、掴まり方に少し戸惑っているのだろう。
そもそもリンディのこの姿は緊急用のもの。
何度か使った事はあっても、これで行動する事に慣れていない。
更に言うと、この状態のまま人と行動を共にする事は初めてだったので尚更だ。
「配慮が至らずすみません」
「いえ、私こそ……」
先ほどからお互いに謝ってばかりだ。
少し気まずい。
しかし、何故か少しだけ2人は安心した。
「とりあえず、落ち着いて話せる場所まで移動します」
「はい」
それから恭也はわざわざ山道を使い八束神社まで移動する。
何故八束神社かと言えば、滅多に人が来ないからだ。
ここを使う主な人、ここで巫女をしている神咲 那美と神咲 薫は遠出で帰って来るのは今日の夕方。
ここで遊んでいる久遠は今高町家のなのはの部屋。
なのはや美由希達は学校だ。
そして、ここは恭也もよく訪れる場所。
更に境内の中の勝手は知っているし、たまに那美と境内の掃除もしているので怪しまれる事は無い。
「こんなものか」
「ありがとうございます」
木箱と重ねた上に座布団を敷き、リンディとの視線の高さを合わせる。
それから恭也も座って向かい合う。
「そう言えば、貴方の体調と魔力はどの様になっているのですか?」
まずは恭也の質問から始まった。
昨晩はリンディに余裕が無かった為、ほとんど聞くだけになったが。
今日のリンディは顔色が悪くは無い。
「そうですね。
丁度突然高山に移動させられたという感じですね。
死ぬ事は無いですが、力は出ないですし、体力も低下しています。
私はこの様な事態もある程度経験があるので、5日もすれば半分くらいは戻ると思います。
1ヶ月あれば9割は戻ります。
でもあの子、アリサはこう言う経験もないので、殆ど回復できない筈ですね。
多分、1ヶ月くらいは結界を張るだけで手一杯でしょう」
「そうですか。
では、仲間との連絡は?」
「こちらに飛ばされるときに起きた次元震の影響で半年はこちらにこれないでしょう。
連絡だけなら、そうですね……あと1週間あればできます。
小さな非生物の転送は一ヵ月後くらいにはなんとかできるかと」
「なるほど……我々だけで全て終らせると考えておいた方がいいですね」
「はい」
ジュエルシードがどのようなペースで回収させるかは不明だ。
しかし半年もあれば大抵の事態が起こりえる。
ここは多少悲観的に考えておいた方が良いだろう。
「後、姿を消したりする魔法ですが、それはどれくらいアリサという子に有効ですか?」
「姿を消す、相手の認識を誤魔化して例え顔を見られてもそうだと解らない魔法というのがあります。
少なくとも私はアリサにかくれんぼで探すのも探されるのも負けた事はありません」
少しいたずらっぽく笑うリンディ。
つまり、相手がアリサである限りは多少なら表に出られると事だ。
流石に裏で動くだけでは限界があるから、援護する事もでてくるだろう。
その時に、アリサやなのはにこちらが誰であるかバレないと言う事は重要だ。
2人には助けがあるという考えをもって貰わない為に。
「とりあえず俺から聞きたいのは以上です。
説明の続きをお願いします」
「はい。
では魔法の話から始めますね。
魔法とは、自然摂理や物理作用をプログラム化し。
それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで、作用に変える技法の事の事です。
そして、そのプログラムを入力しておくものをデバイスと言います。
昨晩なのはさんが使っていた杖、レイジングハートがそうです。
そして、一応これが私のデバイスです。」
リンディが見せるのは翠の球体の宝石。
大きさは丁度ビー球ほどであろうか。
しかし、その石に輝きは無く、曇っている様に感じられる。
「この子、『シャイニングソウル』となのはさんが持っていた、本来アリサのデバイスであるレイジングハート。
2つは同じタイプの『インテリジェントデバイス』といわれるデバイスになります。
魔法というプログラムの入れ物と魔法処理を補助だけでなく、人工知能を搭載し、会話も可能とし、場合によっては自身の判断で魔法を使用するのが『インテリジェントデバイス』。
魔法初心者のなのはさんがいきなり魔法が使えたのは、資質とこのデバイスあってこそです。
既に入力されている魔法を単純使用するだけなら、魔力があればできてしまいますので」
「なるほど」
魔法についての知識0の状態でも、なのはがその力を発揮できたのは何故かとも思っていたが、理解した。
だがしかし、例えデバイスの力があっても、なのははいきなりアレほどの事ができる力を秘めていた。
それが、こんな事件で開花するのは少々複雑な気もする。
「私も恭也さんにこの子を預けられれば良かったのですが……」
リンディは悲しげに『シャイニングソウル』を見る。
輝きを失った翠の魂を。
「それは……死んでしまっていますね」
「解るのですか?」
「ええ、なんとなくですが」
リンディの言い方と輝きを失った宝石を見れば予想がついた。
機械に対し『生死』の概念を持ち出すのは、恭也が自動人形のノエル達に触れているからだ。
それに、リンディは己のデバイスを『この子』といった。
だからきっと、恭也の言い方は正しい事だ。
「ここへ来る時の戦闘で無茶をして、人工知能が完全に死んでしまいました。
少し直せばプログラムの入れ物のみの『ストレージデバイス』としては機能しますが、『インテリジェントデバイス』としては死亡しています」
「そうですか」
死なせた事を改めて想うリンディ。
それを静かに見つめ、待つ恭也。
リンディはただ悲しみに暮れるだけで終らない女性だと、もう解っているから。
「ですので、恭也さんには魔法の知識を身に付けていただきたいのです。
基本的に私が魔法を使いますが、知っていていただかなければならない事もありますので」
強い意志を持った瞳で恭也を見るリンディ。
そんな視線を受ける恭也もまた、強い意志を宿していた。
「解りました。
ご教授お願いいたします」
「はい、まず魔法の基礎構築に関して―――」
それから、リンディによる魔法講座が始まった。
この世界は元々リンディ達の魔法の概念が無い世界だ。
だからリンディはリンディの世界では常識とされる事から丁寧に教える。
全て、目的を果たす為に。
それから3時間程。
まだリンディの講義は続いているが、そろそろ昼時になろうとしていた。
「あら、もうこんな時間ですか」
「そうですね。
お昼に……」
桃子が作ったお弁当は持参している。
だからそれを食べようかと思い、そこで思い出した。
「そういえばリンディさん食事は?」
「ああ、私はこの姿ですと食事はあまり必要ではありません。
その点に関しても節約できますので。
そうですね……一週間に1度元の姿に戻って食事ができれば十分です」
「なるほど。
解りました、用意します。
とりあえず、食べますか?」
「はい、そうですね、少し頂きます。
これからご迷惑をおかけしますね」
流石に生きるのに必要なエネルギーの事だ、リンディは素直に食べる事を申し出た。
少なくとも半年は恭也の世話にならなければならない。
それに、遠慮して食べなかった為に力が出せなかったなど、あってはならない事だ。
「いえ、これくらいお安い御用です」
それから、元の姿に戻ったリンディと食事を摂る恭也。
幸いメニューはサンドイッチだ。
問題なく分け合える。
「そう言えば、風呂などはどうしますか?」
食後、ふと気になって聞いてみる。
なのは達であれば、妖精の状態でも人の状態でも一緒に入ればいいだろう。
久遠と一緒に入れば騒がない限りバレる可能性は少ない。
だが、恭也ではそうはいくまい。
「そうですね……一応魔法で衛生的に問題はありませんが……
その、我侭ですけど、せめて一週間に1度くらいは入りたいです……」
こんな時に言う事ではないと自覚しながら、それでも女性であるが故に求めた。
いかに衛生的に問題は無くとも、気分というのはあるのだろう。
その限界がリンディでは一週間と言う事だ。
長いと判断するか短いと判断するかは、人それぞれだろう。
「解りました、可能な限り毎日なんとかします」
「ありがとうございます」
恭也には家以外に使用可能な風呂が幾つかある。
だから、なんとかなるだろう。
それから暫く休憩して、時刻は13時になろうとした頃。
「それでは、そろそろ講義を再開しますね」
「はい、お願いします」
リンディの魔法講座が再開された。
自分が一応にも学生である事を思い出せた1日となった。
それから更に4時間程講義は続いた。
時刻は17時をまわり、日は傾き始め、空が黄昏に染まった頃だ。
「あらあら、もうこんな時間ですか」
「そうですね」
長い講義であったが、時間を半ば忘れるほど聴き入る事ができた。
それだけリンディの解説が丁寧で解りやすかったと言う事だ。
ただ、やはり理解しきれぬ部分も多くあった。
それは、資質と関わる部分なので仕方のない事だろう。
「そろそろ此処に留まるのも限度でしょうか」
「そうですね、移動を……」
そろそろ那美達が、その住処である『さざなみ寮』に戻る頃だ。
那美のところに行く予定を伝えているので、そちらに移動しようと考えた。
その時だった。
トクン
(なんだ……)
恭也は鼓動の様なものを聞いた気がした。
それは、音としてではなく、頭に響く念話とも違う。
そう、心に響いた、と表すのが最も近い感覚だった。
「どうしました?」
リンディは何も感じなかったのか、急に動きを止めた恭也を怪訝そうに見るだけだ。
「リンディさん、この方向、距離約3km」
恭也はそれが聞こえた場所を―――
今まで経験の無い感覚なのに、何故かほとんど正確に割り出せた発信源を指した。
「え? ……っ!!
ジュエルシード! 起動している。
まだ力は発現させてないけど、直ぐに何かを具現します。
でも、何故?」
ジュエルシードは待機状態ではよほどの至近距離でも見つける事は困難だ。
それが見つけられるようになるのは、力を発動させた時。
誰かの想いを具現させた時になる。
つまり、常に後手に回る事になる筈だった。
しかし、今恭也は初期起動という力を発動させる少し前の状態で感知した。
それは、リンディが知る限り今まで出来なかった事だ。
「さぁ?」
恭也も、何故感知できたのか解らない。
だから、リンディの問いにも首をかしげるだけだった。
後に解る事だが、これは恭也がジュエルシードにとり憑かれた経験がある事に起因する。
更には、とり憑かれ、それを自らの力で打ち破った事で、耐性の様なものができたらしい。
リンディは1度とり憑かれた人は、そんな事が可能になるなどという事を知らなかった。
それは、ジュエルシードを自力で打ち破った人の記録など無く。
また、ジュエルシードの被害者がジュエルシードの捜査に協力したという事も無いからだ。
何故なら、被害者のほぼ全ては―――
「そんな事が可能な理由は後で調査しましょう。
兎も角、これは大きいですよ。
まだ力を発動させていない初期起動でも、そうなってはもう発動を止める事はできません。
しかし、発動しきる前に解れば―――」
「周囲を巻き込む前に対処できる」
「はい」
2人は大きな希望の光を得たと思った。
なにせジュエルシードは発動してしまうと、大抵周囲を巻き込んでしまう。
関係もない者が傷ついてしまうかもしれないのだ。
それを発動前に見つけて、最悪、強制的に結界に取り込んでしまえばそれだけは防げる。
なのはが成長するこの物語で、罪の無い人の命が消費されなくて済むのだ。
過去は変えられなくとも、今なのはが動いている現在の中で。
更には、バックアップする2人がなのはやアリサよりも先にジュエルシードを見つけられる。
それは、かなり有利な事となる。
「リンディさん」
「ええ」
2人は外にでる。
そして、リンディは恭也の肩に乗った。
そして、手を掲げて魔法を構築する。
キィンッ!
恭也の足元に展開される翠の魔法陣。
それは2人の姿、気配、その情報全てを消す魔法と、飛行の魔法だ。
「いきます」
ブワンッ! ドゥンッ!!
姿を消し、宙に浮く恭也。
そして、足元が弾かれる様な感覚を覚えながら恭也は空を飛んだ。
それから直ぐに目標となる者は見つかった。
ジュエルシードにとり憑かれた女の子。
なのはやアリサと同年代の女の子だった。
その子は、どこかそわそわして落ち着かない。
それは、何か目に見えないモノに怯えているのだった。
そして、それが具現される。
幼い心であるが故に、強い想像力をもち、それがジュエルシードによって現実とされてしまう。
「これは、多分あの子を襲う何かが具現しますよ」
「……幸い周囲に人は居ません。
リンディさん、場所は八束神社に」
「了解」
上空100m程の位置で女の子を監視しながら作戦は開始された。
リンディは、八束神社までの道を確保する。
人が来ない様に。
そして、八束神社に結界の展開の用意をする。
「え? ……な、なに?!」
下ではいよいよジュエルシードが発動体勢をとった。
女の子がスカートのポケットにしまっていた黒い宝石、ジュエルシードが輝く。
そして、それは闇を纏いてカタチをもつ。
全長3mはある巨大な闇の獣。
大きな翼と爪と牙を持つ、人を襲うだろう幻想の魔獣。
「リンディさん、彼女の意識に八束神社への誘導を」
「はい」
キィィィンッ
リンディは女の子に弱い念話を繰り返し送る。
内容は、何か怖い事があるなば神社に逃げれば良い。
と、そう言う内容だ。
それは、パニック状態の女の子にとって自分がそう考えた事の様に判断された。
そして、その通りに動く。
「い、いやぁぁぁぁ!!」
「グオオオオオッ!!」
己の幻想した魔獣から逃げる女の子。
それを追う魔獣。
「……アリサとなのはさんが動いた様です。
到着まで約20秒」
「……そうですか」
恭也とリンディはそれを上空から見ている。
2人とも自分の大切な家族と同年代の女の子が襲われているを見て平然としている様に見える。
だが違う。
心の底では今すぐにでも飛び出して助けたい。
しかし、恭也も、今のリンディにもジュエルシードを封印する魔力はない。
だから待つ。
己が信じる者達が来るのを。
最低限、到着までに女の子が無事で在る様に見守りながら。
被害を最小限にする為に裏で動きながら。
そして、女の子が神社へと続く階段を上りきろうとした時、それは来た。
アリサに連れられ、なのはと、久遠。
そして、3人は即座に状況を把握し、行動に出た。
「くーちゃん!」
なのはのとった行動は久遠を投げることだった。
投げられた久遠は黒い獣の頭上を通り過ぎる。
その間に、
シュバンッ!
「あああっ!」
一気に全力状態へと変化した久遠は女の子の前に着地すると同時に、女の子を回収して跳ぶ。
ヒュンッ!
その時女の子に向けられた爪は空を切る。
そして、目標を見失った魔獣は周囲を探す。
程無く、久遠と、久遠に抱かれた女の子を見つけ、それに向けて駆け出す。
久遠は今のショックで気絶したらしい女の子を安全な位置に置きに行く。
そこへ迫る魔獣。
だが、その間になのはが降り立ち、
「バリア!」
『Protection』
キィィィンッ!
「ガァァァァァァッ!」
ズババババァァァァァンッ!
バリア魔法を使い、敵を足止めする。
なかなか良いコンビプレーだ。
(戦闘は久遠に任せっきりになる事も考えられたが……
問題なさそうだな)
(その様ですね。
それにしても、なのはさんの魔法は見事です。
レイジングハートがあるからといっても、あのバリアの強度は凄い……
あ、アリサが結界を張る様ですね)
神社の脇の森の中に身を隠す2人。
姿を消してなお、そう言う場所に隠れている。
そこから戦いを眺める。
この、いざとなれば飛び込める距離で。
「いいコンビだわ、貴方達。
封時結界!」
(同調、侵入)
キィンッ!
周囲の景気が揺らぎ、同じ場所でありながら位相の違う空間へとシフトする。
リンディはアリサの結界魔法を読み取り、アリサがこの空間に取り込もうとする中に自分達を加えた。
それは、相手がリンディの良く知るアリサで、結界魔法を得意とするリンディだからこそできる高等技能。
(便利ですね)
(ええ、まあ。
この手の魔法は私が一番得意とするものですし)
念話で話ながら戦闘を眺める2人。
因みにだが、この念話は接触している状態で使い外に情報を漏らさない。
その為、アリサ達に気づかれる事は無い。
その後も特に問題なく戦闘は進んでいる。
「我、使命を受けし者なり
契約の下、その力を解き放て
風は空に、星は天に
そして不屈の心はこの胸に
この手に魔法を
レイジングハート、セットアップ!」
カッ! バシュンッ!
なのはがレイジングハートを起動させた。
その体が光に包まれ、光が弾けたそこには、白と青の防護服に身を包んだなのはが立っていた。
その手に、杖として本来の姿に戻ったレイジングハートを持って。
(アレは?)
(防護服、バリアジャケットです。
鎧としての機能と動きやすい服としての機能を兼ね備えてます。
因みに、目に見える服のほかに全身をバリアで護っています)
(そうですか。
便利な物がありますね)
この場でできる簡単な説明を聞きながら、やはり後で詳しく聞いておこうと思う恭也。
あの防護服によって、どれくらいなのはは護られるのか。
それを知っておかないと、必要の無い援護をしてしまうかもしれない。
「くーちゃん!」
「あああああっ!」
ズガァァァァァァァンッ!!
「グギャァァァァァァッ!!」
戦闘は進み、久遠の攻撃によって、闇の魔獣は砕かれた。
そして、その中か姿を現すジュエルシード。
「よし、なのは!」
「うん」
『Sealing mode
Set up』
ガキンッ!
なのはのレイジングハートの柄の先端部分が開放され、3つの魔力の翼が展開する。
レイジングハートが大出力の魔法の為の変形を行ったのだ。
封印の魔法が始まる。
「ギャオォォォッ!」
だがその時、黒い獣の周りに、小型の黒い獣が出現した。
ジュエルシードの防衛機構だ。
その姿は獣の頭をもつ、人の様に二足でも行動できる獣人といえるもの。
まるで人の心を暗喩している様な姿だった。
(アレはジュエルシードの嫌味ですか)
(そうかも……しれませんね……)
ジュエルシードは元々『願いを叶える魔法の石』として生み出された。
そう、その生まれた意味は清らかなものだったのだ。
なら、何故今こうなっているのか。
恭也は嫌な想像をせずにはいられなかった。
戦闘は防衛機構である闇の獣人を久遠が倒し、その背でなのはが封印魔法を完成させようとしていた。
「リリカル、マジカル」
封印魔法に集中するなのは。
その時だ。
ゴゴッ
倒し、消えかけている闇の獣の腕が動いた。
(むっ! リンディさん)
(はい)
キィィンッ
リンディは恭也の構える飛針に魔法を込めた。
存在を隠す魔法と、攻撃の魔法を少しだけ。
ヒュンッ!
そして恭也の手から放たれた飛針は動こうとしていた敵の腕に刺さる。
ビクンッ!
飛針が刺さった事で、敵の腕は1度痙攣し、もう二度と動かなくなった。
「ジュエルシード封印!」
『Sealing』
ズバァァンッ!!
そして、その間に完成したなのはの封印魔法が発動する。
レイジングハートから放たれたなのはの魔法が黒い獣を完全に消し去り、ジュエルシードを浄化、封印する。
程無くジュエルシードに『T』の白い文字が浮かぶ。
『Receipt number T』
レイジングハートの中へジュエルシードシリアルTが収納され。
戦いは終った。
「これで、2個目」
「うん」
「よかった」
初戦の勝利に歓喜する3人。
(ふむ)
(まだまだ、これからです)
それを見て、恭也とリンディは喜びながらも、考える。
今後の3人の行く先を。
戦いはまだ始まったばかりなのだ。
その後、なのはは助けた女の子に対しフォローまでした。
被害にあった子が、普通の生活に戻れる様に。
その姿を遠くから眺める2人。
そして、その姿を見送った後、恭也はリンディと向き合った。
「リンディさん。
改めて言いましょう。
俺はこの件において、なのは達の裏方につきます」
「はい、これからよろしくお願いします」
明日へと歩く3人を見て、思う。
もしかしたら、自分達は必要ないのかもしれない、と。
それくらい、あの3人には未来の希望を感じる。
しかし―――いや、だからこそ2人はその裏にいる事を選んだ。
その裏で、自分達だからこそ出来る事をやると。
この先の未来を、幸いにする為に。
その頃
どこかにある空間に城を連想させる建造物が漂っていた。
その中、研究所の様な場所。
「少し予定外ね」
紅い髪の女性―――雰囲気からは解りづらいが恐らく10代の若い女性がいた。
燃える様な紅い髪を首の後ろで纏めた、紅いローブをまとって女性がモニターを眺めている。
数字と文字とグラフで構成された何かを。
「まあ、予定の場所には送れたからいいわ。
後は臨機応変」
女性―――いや、紅い髪の少女が目を移した先には大きなシリンダーが2つ。
人がすっぽり納まってしまうほどのシリンダーの中には何かの液体で満たされ。
更にその中に何かが浮かんでいた。
今はこの光の少ない空間で見えないが、白い何かが見える。
「さて、最終調整をすませましょう」
そう言ってシリンダーに手を添えた少女は、何か表情を見せた。
影に隠れ、それが何だったのかは解らない。
後書き
一話裏だ〜
原作無視でパートナーチェンジです。
しかも恭也にリンディです。
その意味は……まあ追々。
始めの方だからここでも話せることが少ないな〜。
ああ、そうそう、恭也ですが、暫くはあまり戦わないのでよろしく。
それだけを楽しみにしている方は我慢してください。
では、次回もよろしくどうぞ。
管理人の感想
T-SAKA氏に裏の第1話を投稿していただきました。
プロローグでも書きましたが、私にとってはこちらがメインですので!
私の感情を抜きにしても、恭也編の方が物事の裏から見れるので色々わかって面白いです。
まぁ色々分かってしまうからこそ隠しているので、これを見た方はくれぐれも内密に。
恭也のパートナーはリンディさんですか。
大人の女性……美味しいな。
この2人もどういった関係になっていくか見物ですね。
リンディも原作とはまた違っているようですし。
戦闘に関しては完全に影働きに徹する様子。
なのは編と見比べてみると面白いですね。
恭也が手助けした部分はあそこか、と読み返せば納得できる事でしょう。
いずれ表に出てくる事になるかもしれませんが、それまでは暗躍ですね。
最後にちょっと出た少女については、分かるのはまだまだ先でしょうか。
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